・真の思いやり

    天使の知覚の二つ目は「思いやり」である。私はこの知覚が大好きだ。思いやりとは無条件の受容である。それは自分自身を無条件に受容することから始まる。おそらく、あなたにとって最大級の課題は、自分自身を受け入れることだろう。「もしこうであれば・・・」「それから・・・」「でもまだ・・・」といった条件なしにだ。「私がこうなったときには自分を受け入れる」というのはダメだ。それは、今この瞬間のあなた自身を受け入れるという意味である。簡単なように聞こえるが、実はとても困難なのを知っている。
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  あなたは言う、「欠点ばかりなのに、そんな自分を受け入れることなんてできない」と。だがあなたが自分に対して思いやりを持っているならば、欠点という幻想は意味がない。年齢や外見、体重、服装、髪型のような俗世間の人間的なことをあなたはよく心配するが、そういうものでさえ、無条件に受け入れるに値するものだ。思いやりとは、同情や憐れみという意味ではなく、単に無条件の受容ということだ。
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  自分自身に思いやりを持つまでは、他の人や他の存在に思いやりを持つことはできない。自分は思いやり深い、と思っている人を私はたくさん知っている。クジラを救うことに人生をかけ、熱帯雨林を救い、飢餓に苦しむ子どもたちを救うなど、世間一般を救おうとする人たちのことだ。
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  別の領域に旅してまで、迷子になったすべての魂を救おうとする人たちもいるが、率直に言うと、彼らはそこに行く権利はない。このようなものはひどく欺瞞(ぎまん)的な思いやりだ。それはただ気晴らしをしているだけとすら言える。本物の思いやりとは、「セルフ」(自分自身)を「完全」に受け入れている状態のことだ。
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  「自分自身」を完全に受け入れていれば、他人への思いやりが何であるかを理解することができる。他人に対して本当の思いやりがあれば、あなたが何かを変えようとすることはない。つまり、誰かを救おうとすることはない。そこには完全な受容と尊重だけがある。
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  街角にいる物乞いを可哀想に思う必要はないが、だがあなた方の多くはそう感じる。あなたは言う、「そのように感じるのは正しいことではないのか?」と。あなたが理解するようになると、あなたの思いやりは街角の物乞いを違う眼で見るようになる。あなたは物乞いを可哀想に思うのではなく、彼に敬意を払い、称賛するだろう。「彼はヒーローだ。彼は自分の旅や物語、自分の幻想にあんなに深く飛び込んでる。しかも通りで物乞いするほどのレベルまで行ってる。何て驚くべき創造だ」と。
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  障害者を可哀想に思うべきだろうか? いいえ。そうではなく途方もない思いやりを持って、彼らを祝福することだ。彼らが選んだ「旅」に敬意を払ってほしい。彼らの内なる神に、あなたの内なる神からの敬意を表してほしい。「何てすごい創造だ! 自分がやってみたいというわけではないが、あなたは何とすごい体験を創造したのか!」と。思いやりがあれば、これにより「私は誰なのか?」に対する彼らなりの答えであると気づくだろう。
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  私は「創造のすべてにおいては、すべて良し(All is well in all of Creation)という言葉でディスカッションを終えるのが好きだ。これは思いやりの声明である。すべてはうまくいく、あるいはむしろ、すでにうまくいったということだ。それは自然のスピリチュアル物理学だ。すべてのエネルギーは解決を求め、意識は進化する。そこには混沌というようなものはない。あるのは、実際に起きていることへの「真の気づき」が欠如しているだけのこと!
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  あなたは未来永劫、永遠に地獄に落ちているという幻想を持つことができる。そうした人々を私は知っている。幽界にはそうした人々が何百万人とおり、地獄に行くかもしれないのを怖れている。しかし「地獄に行く」という、そんな現実を創ることにまず感心してしまう。だが最終的には、彼らは自らを自由にするだろう。クリスタルの中に十万年間いた私も、後に自分自身を開放した。だから彼らも脱出するだろう。
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  彼らはキリスト信者で、彼らはイェシュアをイエスと呼んでいるが、彼が来るのを待っており、救いに来てくれるのを待っている。そこで私たちはそこに立ち寄って、言う。「ちょっと聞いて。あなた自身が神なんだよ!」と。そして一目散にダッシュしてそこから逃げ出す。なぜなら彼らはそれを聞くと、非常に腹を立てるからだ。それほど怒ることができるなら、十分なエネルギーが動いて、あるいは自分がいかに今もゲームの余韻を引きずっており、地上でのどんなゲームに入り込んでいたかに気づくかもしれない。
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  思いやりとは、世界が現在、正確にあるべき場所にあることを理解することである。正確にね。さて、あなたは世界を見回して言う。「地球は混沌としており戦争が終わることなく、動物種の多くが絶滅している」と。そう、その通り。だが彼ら動物たちの多くが去ってしまったのは、彼らがあなた方のためのエネルギー・ホルダー(エネルギーを保持する者)だったからである。つまり、種としての彼らの時代は完了したということ。ではそれでどうなると思うだろうか? 
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  彼らは新しい種に取って代わる。つまり、より進化した種に。だからそうしたことを悲しみを持って見ないでほしい。でもあなたは言う。「分かっています。でも人間はクジラを全滅させています」と。そう、多分もっと良い方法があるだろう。でもひょっとすると、それはクジラたちが自ら選んでいることかもしれない。
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  私はクジラが大好きだ。地球にやって来た初期の時代、私たちはイルカやクジラに転生したことがある。実際、あなたは岩にエネルギーを入れようとしたがうまくいかなかったので、イルカやクジラのような塩水種に体現した。だから彼らと私たちには強い繋がりがある。
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  ではなぜ今、彼らは地球を去ろうとしているのだろうか? クジラはこれまで、あなた方が人間の生物体として転生するうえで、「エネルギー・ホルダー」の役割を担って来た。しかしこれからは、あなた方人間がその責務を完全に引き受けていくことになる。彼らクジラたちは旅立つ時に、もはや単なるエネルギーホルダーではない水生動物種の次なる進化へ向けて、エネルギーの種を残して行く。だから次なる種は、「エネルギーを進化させる者(energy evolver)」になる。
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  本物の受容とは、抵抗がなく、正すものが何もない、補修するものが何もない(心の)状態を言う。その意識の状態では、すべてが自然に自動的にバランスを取り戻す。だが、あなたがいじくり回して操作したり、判断し始めると物事のバランスが崩れる。
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  たとえば身体は投薬などの治療をしなくても、自ら癒すことができる。もしあなたが多くの薬物療法をしているなら、あなたは自分を信頼していないし、自分自身に対して思いやりを持っていない。人々は薬剤だけでなくサプリメント、聖なる水、魔法の金の粉などを使って治療する。実に次から次へとすごい妙薬が出て来る。だがあなたに真の思いやりがあれば、あなたの「意識体」は絶えず自らを活性化するだろう。
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  本当にあなたを癒すことができるものは一つしかない。それは「あなた」であり、それしかない。儀式でもなければ、特別な処方でもない。あなた以外には何もない。つまり、「あなた」以外に、あなたに何かを売りつけようとする人たちは、あなたの持つ弱さ、脆弱性で儲けているのだ。
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  他のすべての人に対し、彼らが自分自身で選び、まさに自分で決めた場所にいるということを受け入れることで、思いやりを持ってほしい。これに対して私に腕相撲を挑みたがる人がいる。たとえば私があなたの人生について、「なぜあなたは豊かではなく、身体に病気があるのか? なぜこのようなことが、あなたの人生にあるのだろうか?」と訊ねると、あなたは言う。
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  「分かりません。私はそのような状況を欲しいとは思っていないのです」 いいえ。実はあなたはそれが欲しいのだ。そうでなければ、それはそこにはないからである。他の誰かが、あるいは他の何かがそれをあなたに押し付けているわけではないのである。
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  他のすべての人に思いやりを持ってほしい。つまり、彼らを変えようとするのはやめなさい。世界を変えようとするのはやめなさい。そうすれば、それはあなたを変えようとするのをやめるだろう。あなたが外から妨害を受けているなら、それはあなたが妨害しているからである。何か他のものを変えようとしたその瞬間に、それがあなたを変えようとする。
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  次元間を旅して行く上で、これは重要な概念である。なぜなら、あなたはエーテルの領域を通り抜けて行くことになるからだ。そこは幾分馴染みのない領域(幽界)であり、幽霊や亡霊が徘徊している。あなたが彼らを変えようとすれば、彼らはあなたを変えようとするだろう。あなたが彼らを受け入れれば、彼らはあなたを受け入れるだろうし、もしかすると彼らはあなたの神性の輝きを見るかもしれない。思いやりは、天使の知覚の中でも最も私の好きなものである。
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.           アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
           『神性を生きる』ジェフリー・ホップス、リンダ・ホップス著
                       ナチュラルスピリット
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                              抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に知らせなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
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.   ここからコピーして掲載される方は、「本のタイトル・著者名・出版社名」を明記し、削除しないようお願いします。
                                    zeranium

・意識が変化するとDNAが変化する

   あなたのDNA(デオキシリボ核酸)は変化しているが、それはあなたの意識が変化しているからだ。DNAの内部で最初に変化するのは祖先のカルマ、つまりあなたの血統である。あなたは通常は、転生から転生にわたり同じ血統に生まれて来る。だからほとんどの場合、あなたは両親や自分の子どもたち、パートナーなどを、おそらく以前にも知っていたはずだ。
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   つまり、準備が整い、新たな転生に入る直前に、強力なカルマの引力があなたをその血統へと再び引き寄せる。それはたとえあなたが、「もうあの家族には絶対に戻らないぞ!」と思っていたとしても、(カルマが理由で)それがあなたを吸い寄せてしまう。
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   血統はあなたのDNAに織り込まれている。あなたが家族の人たちに外見が似ていたり、似た行動をしたり、もっと言えば同じような考え方をするのはそれが理由だ。
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   しかし現在、あなたのDNA構造は浄化され、掃除されることで、自然で純粋な本来のエネルギーに戻ろうとしている。それは素晴らしいニュースだ。なぜならあなたを、家族のカルマから開放してくれるからだ。祖先が残した霊的な負債やさまざまな負担から解放されるからだ。それだけでなく、生物学的に運命付けられたものからも解放する。
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   それはたとえば、あなたの家族の遺伝の特徴に癌や糖尿病が含まれているならば、それらはやがて消滅していく。だからあなたはもはや、古い家族の血統に閉じ込められることはなく、あなたは自らが望むイメージに、自分を作り変えることができるのだ。
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   DNAコードが洗い流されるに伴い、あなたの外見が変わってくることに気づくだろう。もしかすると目の色が変化するかもしれず、あるいは顔の形が変わるかもしれない。それはある日、あなたが鏡を覗き込むとき、以前の自分の写真に比べ、自分がどれほど変わったかに気づく。体重、あるいは体形に変化が現れるかもしれない。
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   あなたは家族とエネルギー的に関わりを持っているが、それも劇的に変化するだろう。あなたの一部は、もうそれほど深い繋がりを感じなくなる。ある朝目覚めたら、家族に対して今までのように、ほとんど親密さを感じなくなっているかもしれない。
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   あなたが家族と、強い愛情に満ちた繋がりを築いていたり、あるいは深い関わりを持っていたら、こうした変化はショックに感じるかもしれない。だから、家族に対する気持ちや繋がりに変化が起きても驚かないでほしい。
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      あなたの子どもたちに対しても同じことが言える。あなたが父親、あるいは母親であれば、自分がどこかおかしいのではないかと思うだろう。なぜなら突然、その子がもう自分の子ではないように感じるからだ。
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   他にも重要なことが起こる。あなたがDNAのコードを解放すると、もうじきあなたの家系に転生するはずの人のDNAコードもまた変化する。もしかするとそれは、まもなくまた戻って来る予定の亡くなった親や祖父母かもしれない。つまりコードが変化することで、彼らが再び、この古い祖先のカルマにはまる必要がなくなるのだ。
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   つまり、あなたは自分のエネルギーを動かすことで、彼らを自由にしているわけで、そのようにしてあなたは他の人々の未来の可能性までも変えることになる。これはすごいことだ。
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夢の変化
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  おそらく私からあえて言うまでもないだろうが、あなたの(睡眠時に見る)夢は最近変わった。それはとても強烈で、時には恐ろしく、色も鮮やかになっている。しばらくはそれが続くだろう。
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  眠りに入り夢を見るが、目が覚めるともう夢を見ていないとあなたは思っている。だがそうではない。夢は絶えず生じている。たったいま、あなたは夢を見ている。あなたはここにいるが、別のレベルでまだ夢を見ている。夢は一つだけではなく、それは何層にもわたっている。普段、あなたは眠りにつくまでは、こうした夢の現実から自分を遮断している。そうして眠り込むと、一つの夢の層だけに着地するが、実際には同時に数多くの層が生じている。
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  夢は変化しているが、実はあなたが変化しているのだ。今ではあなたは眠りにつくと、同時にさまざまな夢の層に入り込む。それは混乱を招くかもしれない。というのは、あなたの表面意識(マインド)は多次元の思考、より正確には多次元の解釈にいま一つ適応できていないからだ。実際にはあなたは複数の層で夢を見ているが、これからは目覚めている状態でもそれをもっと意識するようになるだろう。
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  グッド・ニュースは、同時にたくさんの領域で可能性を体験し、創造することができるということ。そして不快に感じることは、しばらくは夢が非常に紛らわしく思えることだろう。朝、目覚めた時、あなたはそんなものは覚えていたいとも思わない。(夢がうっとおしいので)眠っているより、起きている時のほうが気が休まるかもしれない。
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  さらに日常生活の中でも、多重の現実を体験し始める。あなたは意識的に目覚めた状態で、あらゆる別レベルの現実に入り込むことができるようになる。そして現在でも、実はあなたの一部は「新しい地球」を体験している。その気づきを、たった今ここにもたらすことが可能だ。「新しい地球」であなたが学んでいることは、この古い地球にいるあなたを助けてくれるだろう。
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  現在あなたは、一つの夢の層において、あなたが人生のほとんどの面で抱えることになった感情的な問題の解決に取り組んでいる。あなたは今、この夢の別の層で、自らの未来の可能性の数々をのぞき込んでいる。それは過去世での未解決の問題や、行き詰ったネガティブエネルギーを体験し、それを解放しようとしているのだ。
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  目覚めている間、もし夢の層に気づいているならば、あなたの人生はもっとずっと満ち足りたものとなる。そしてあなたの人間としての部分は一つのアスペクト(状態や進行形)に過ぎないことに気づくだろう。あなたはまったく新しいやり方で問題を解決し、エネルギーを動かす方法を発見するだろう。
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  夢は単なるファンタジーではない。それは架空のものではなく、夢は今のこの瞬間と同じくらい重要なものだ。なぜなら夢はこの「いま」の瞬間の一部だからだ。夢とはマインド(表面意識)が、行き当たりばったりに、ただ彷徨(さま)よっているわけではないのである。
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  夢は、あなたの神性や、別の領域に存在するあなたの一部からのメッセージである。夢はあなたに話しかけようとしているので、夢を無視すれば眠りが浅くなる。ベッドの脇にメモ帳を置き、夢を覚えているように自分に許可を与え、それを書き留めるとよい。このようにして夢を書き留めていくならば、それはあなたの重要な一部分であることが分かってくる。あなたはこうして夢の言語を理解するようになる。
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  私がここで話していることは、本来の神性を自らにを統合するプロセスを歩んでいる人たちのことを話している。つまり、世間一般の人たちの話をしているわけではない。なぜなら、彼らの夢はあなたが見ているものとは違うからだ。
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  あなたの夢はとてもシンプルな言語でやって来る。だから現在受け入れられているような、夢のシンボルの解釈本は使わないように。そうした本を持っており、学んだことがあるならば手放すこと。なぜならシンボルはもう違うからだ。
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  夢の言語は変化している。あなたの夢は以前より、ずっと事実に忠実だ。あなたが見ている夢の多くは現実に、実際に別の領域で起きている。また夢は、あなたが「新しい地球」で教えていることにも関連している。
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.             アダマス・セント・ジャーメインの」メッセージ
        『神性を生きる』ジェフリー・ホッブ、リンダ・ホッブ著
                   ナチュラルスピリット
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                       抜粋    
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。

   ここからコピーして掲載される場合は、「本のタイトル・著者名・出版社名」を明記し、削除しないようお願いします。
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・人間は「創造主」であることを忘れてしまったマスター

  「アイ・アム・ザット・アイ・アム(I am that i am. 私は私であるもの)、天界のオーダー、クリムゾン・カウンシルからやって来た、主権の領域のアダマスです。
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  あなたはなぜ、これを読んでいるのだろうか? あなたがこれを読んでいるのは、何かを学ぶ必要があるからではない。あなたはすでに、この本の中身をすべて知っている。おそらく、ただ一つ例外を除いては。
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  あなたがここにいるのは、「体験」への魂レベルで霊が満たされる体験への準備ができているからだ。生徒が探求をやめると、それが起こる。つまり、彼らは体験し始める。神は体験が大好きだ。そして、あなたもまた神である。
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  私はあなたの体験の中では、単なる乗客に過ぎない。そしてあなたが体験している間に助言やアドバイスをする。おそらくあなたにとって気に入らない助言の方が多いかもしれない。私はあなたが自分自身の声を聞くための微妙な声となる。私自身の物語をいくつか話すことで、あなたの物語というのは、ただの物語に過ぎないことに気づかせる。私たちは共に笑い、共に泣く時間を持つだろう。
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  最初のページに始まり、最後のページをあなたが読むまで、私は道の一つひとつの歩みにおいて、あなたと一緒にいる。昼も夜も、目覚めている時も夢の中でも、私の仕事は常に、あなたをあなた自身へと連れ戻すことだ。
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  特に、あなたがマインド(表面意識)に入り込み、別の領域で迷子になっているような時には、すべてがシンプルで、それがすでにあなたの内側にあることを絶えず思い出させるようにする。神秘的なものなど何もない。もちろん、あなたがそうあって欲しいと思うなら別だが。
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  あなたの幸せと満足を私は保証する。自分を信頼すれば、長い間あなたが成し遂げることのなかったものを手に入れることになる。すなわち、それが幸福、安らぎ、達成、そしてマスター性だ。しかも、地球上で肉体の現実を享受しながらだ。無条件に自分を信頼するなら、これらを手に入れられることを私が保証しよう。
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  「では、オーラが見えるようになるのですか?」 あなたは訊く。「石をゴールドに換えられるようになるのですか?」 そんなものは子どもの遊びだ。「瞬時に人を癒せるようになるのですか?」 とんでもないこと! それについてはその人が自分自身を本当に解放する準備ができるまで(手出しするべきではなく)、苦しませてあげなさい。なぜならそこには、あなたには想像できないほどの真実があるからだ。
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  それは本当に利己的な行為だ。私はあなた方が他人に瞬間ヒーリングを施そうとしているのを見て来た。それは恥ずべきことと、私は本気で言っている。なぜならあなた方は、それを自分のためにやっているからだ。それを行なっている人たちも見てきたが、それは自分がイエスのようだと証明したいからやっているのだ。
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  私たちはまったく違うアプローチをする。さまざまな物事で私はあなたに挑戦する。あなたはたくさんの信念を投げ捨てる。あなた方の中には、いくつかの信念にしがみついている人がいる。「このようなものは絶対に手放せるわけがない!」と。そう、でもいつかは手放すことになるだろう。それは泣き喚き、絶叫しようが、そうなる。そうでなければ、完全にそれを受け入れ許すことで手放すことになるだろう。
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新しいエネルギーの到来

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  今は新しいエネルギーの時代だ。もはやエネルギーは古い時代の時のようには作用しない。現在、あなたの直感的なフィーリング感覚が開こうとしている。あなたはこれまでとは違うエネルギーを感じている。それは定義するのがとても難しいもので、あなたの一部はそれを拒否しながら、別の一部は惹かれている。新しいエネルギーが少しづつ、今地球に入って来ている。私たちはそれに取り組んで行く。
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  これから何ヵ月、何年、あるいは何十年、あなたと一緒に過ごすかは分からない。しかし私は、あなたが進む道の一歩、一歩をあなたと一緒に取り組んで行く。あなたが幸せや安らぎ、満足感、それをどのように呼んでも構わないが、それらを手にすることに私は全力を注ぐ。だがそれを見出す直前、あなたは私をボロクソに言うだろう。なぜならそれらを手にする直前に、あなたはまるで自分が完全な混乱と混沌のさ中にいるように思うからだ。
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  私がこのように言えるのは、本来のあなたを知っているからだ。それは過去に体験を共有しただけでなく、あなたが自らの魂の道に深い献身をしているのを知っているからである。これまで数多くの挫折をして来たように感じているかもしれないが、あなたは固い決意を持っている。あなたの祈りと懇願を私は聞いた。それが、私がここにいる理由である。
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  私たちは難解な奥義には入らない。私たちが共に過ごす中で、何も起こっていないように思える時期があるが、後になって実は途方もないことが起きていたと分かる。新しいエネルギーはそのように作用する。進歩していないように思える時期があり、それからふと、進歩というのは幻想だと理解する。
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  私は地球上で数多くの生涯を過ごした。あなた方の多くの人とは、アトランティス時代の終わりの頃に、ティエンの寺院で一緒にいた。私はエネルギー的なクリスタルに閉じ込められ、そこで十万年以上を過ごすという体験を自らに与えた。クリスタルは実在のものだが、それは比ゆ的な意味で私の信念体形の監獄でもあった。
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  クリスタルの監獄から自由になった時、私はこれからは常に、率直に自由に生きる誓いを立てた。今後、地球に生まれて肉体を持ったら、私は二度と捕らわれることなく、自分が選んだ役柄を演じて行こうと誓いを立てたのだった。
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地球で経験した数々の人生
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  一つの人生では、私はイエスの時代のイスラエルに生まれた。私は反抗的なラビだった。その人生でイエスに出会い、イエスやマグダラのマリアとともにワークしたのは偶然ではなかった。私の行動は他のラビたちの怒りと懸念を買うようになり、私はラビとしての地位を捨て、イエスと共に行動するようになった。
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  彼はヒーラーだった。彼はエネルギーを変容させる人であり、本物の錬金術師だった。私は彼から学び、彼は私から学んだ。私のことは聖書には出て来ないが、それはおそらく良いことだろう。なぜならトバイアスやイエスのように、聖書の中に閉じ込められることがなかったからだ。
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  私は他にも数多くの生涯を送った。その中にはあなた方に一番なじみ深いセント・ジャーメインとしての生涯がある。つまりサン・ジェルマン伯爵のことだ。またマーク・トゥエインとして知られている者や、サミュエル・クレメンスとしての生涯も過ごした。私はアトランティスの時代だけでなく、その前後にもたくさんの人生を経験した。
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人間は「創造主」であることを忘れたマスター
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  私はあなたと似ている。ただ一つの例外を除いては。すなわち、私は自分を自由にしたということだ。つまり、人間の現実から、もっと良い表現をすれば、「人間の幻想という制限」から自らを開放したことである。
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  あなたと私の違いは、ごく細い線を引いて区別されているに過ぎない。その分け目が「幻想」というものだ。あなたは幻想のこちら側に、私はその向こう側に立っている。それ以外はすべて、私たちは同じだ。
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  私たちは天使として出発した。それは地球が存在するようになるずっと前で、私たちは闘い、また戯(たわむ)れた。そして地球にやって来た。それは肉体に生まれ、幾多の人生を送るとはどういうものかを体験するためだった。その間、多様な生涯、さまざまな人格、いろんなアイデンティティを創り出しながら、数多くの存在を体験した。
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  違いは、あなたと私の唯一の違いは、「幻想」という線だ。私が「幻想」と言うのは、ある時点でこの世界がすべて「ゲーム」であると気づいたからだ。つまり、私はセント・ジャーメインではなかった。ユダヤ教のラビでもなく、サミュエル・クレメンスでもなかった。
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  私はそれらすべてを貫く「アイ・アム(私は在る)」だった。それらの人格は、私が演じたただの役柄に過ぎない。俳優が舞台でさまざまな役に扮して演じるのと似ている。あなたと私の違いは、現在、あなたが非常に真剣にその役柄を演じているということだ。
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  あなたは、今のこの自分というアイデンティティこそが、始まりであり終わりであると思っている。だが私は、そのあなたは一時的な役柄に過ぎないと思っている。あなたに敬意と尊敬を払いながら私は、あなたの人間としてのアイデンティティはちっぽけなものだと言おう。それは消えてしまう。あなたが演じているこの役柄、自分はある特定の人間だと思い込んでいるもの、ある特定の職業に就き、特定の場所に住んでいるという独自の自覚など、そうしたものはなくなってしまう。
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  後に残るのは、体験の甘美さだけだ。当然、体験はあなたの一部ではあるが、あなたそのものではない。あなたは、自分には痛みや必要性、欲求があるというフリをしている。充分なお金や愛情、支援、チャンスがないというフリをしている。自分はどう生きていけばいいのか、進むべき道がわからないフリをするが、私にとってそれが何より悲しいことだ。

  あなたは、自分にはそれらに対して何の答えもないフリをしているからだ。しかしあなたの内なる「アイ・アム(私は在る)」であるスタンダード(模範的存在)は、すべてがゲームであると理解している。
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  あなたは腹を立てるかもしれない。それは私が、あなたの「気の毒な人生」を真剣に受け止めていないからだ。つまり、あまりあなたに同情しない。だがそんなことはもう終わりにしよう。それはエネルギーのムダ遣いでしかない。そして、そうしたエネルギーのムダ遣いをさせる事柄こそが、あなたをこの現実に閉じ込めておく手段なのだから。
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  あなたの周囲には、数多くの他の現実があるのが分からないのだろうか? あなたは今この一つの次元だけに焦点を合わせているので、他のことは何も見えないというフリをしている。だが、実はあなたの周りの至る所にさまざまな次元と現実、可能性があるのだ。
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  そして、あなたは神や天使に大声で呼びかける。「道を示してください」と。あなたの道は常にあなたと共にある。すでにここにあるのに、あなたは一体いつになったら自分の「道」を見るつもりなのか? いつになれば「道」を感じ、いつになったらその「道」を体験したいと思うのか?
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  あなたは言う。「でも、でも、でもアダマス!」 あなたが「でも」と言った瞬間、あなたが躊躇(ためら)い始めた瞬間に、私は立ち去る。あなたの頭の中には「でも」がいっぱいで、その躊躇(ためら)いがあなたをストップさせ、押しとどめる。あなたの「でも」は、時間と意識における戸惑いだ。
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  あなたは私に言う。「でも、でも私の家族はどうしましょう」。あなたの家族がどうだというのか。あなたは本当の「スタンダード、アイ・アム」なのだから、躊躇(ためら)ったり、戸惑う人間ではない方があなたの家族は幸せではないのだろうか。
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  「でも、でも」とあなたは言う。「仕事はどうなるのでしょうか?」「でも、でもお金はどうすればいいでしょうか?」どちらにしろ、あなたはいつも文句を言っているし、仕事も好きではないようだ。そのような態度ではいずれ無一文になって、飢え死にするかもしれない。多分、死ぬだろう。そしてあなたはあの世へと渡って来て、私たちは長いこと話をしなければならなくなるだろう。
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我々の誰もがエネルギーを扱う「創造主」
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  豊かさはあらゆる場所にある。それはあなたを取り囲む大気にある。あなたの周りのエネルギーの中にある。自分が透明な泡の中にいるのを想像してみなさい。この泡の中には、あなたが人間として必要なもののすべてが、壮大な豊かさがすべて含まれている。まさにすべてがここにあるのに、あなたはそれを見ようともしない。目の見えない人が大きな食料品店を歩き回り、「食べ物はどこにあるのか?」と言っているようなものだ。手を伸ばせば、目を開ければ、それが至るところにあるのをあなたは見るだろう。
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  豊かさを給与というありきたりの方法で手に入れる必要はない。誰かに与えてもらうことで手に入れる必要はない。ただ、それを顕在化させることだ。顕在化するとはどういう意味か? それがすでにそこにあることに気づくということだ。半次元離れたところに、半呼吸離れたところにそれはある。それは入って来てあなたに奉仕する準備ができている。
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  この宇宙はエネルギーに満ちている。それはあらゆるところにある。だがエネルギーは活性化されるまでは、中立の状態で存在している。そして、あなたが命じることで活性化されればそれは顕在化する。思い出しなさい。「マスターはエネルギーを自分に奉仕させる」ことを。
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  あなたはマスターなので、エネルギーを自分に奉仕させることができる。それはたとえエネルギーが他の人から来ても、あるいはエーテルの中立な倉庫にあっても、エネルギーはあなたに奉仕したいのだ。だがその前に、まずエネルギーが知りたいことが一つある。それはあなたが自分自身を、「創造主」であると認識しているかどうかということだ。
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  ほとんどの人間は自分は劣った存在だと認識している。自分は道に迷っており、何をしているのか自分でも分かっていないのだと。人間は自分自身を弱い存在だと認識している。自分を不自由と感じ、歪んでおり、知性があるなどとはとても言えない存在だと思っている。
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  するとどうなると思うだろうか? エネルギーはそう信じている通りに、具体的に、文字通りにあなたに奉仕する。朝起きてあなたはこう言う。「ああ、また同じような1日が始まる。人と競わねばならない。緊張とストレスがあるだろう。自分は太り過ぎている。請求書の支払いがやっとだ」。その瞬間、すべてのエネルギーが整列して、その日1日あなたが思った通りに奉仕する。
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  だから私は言う。「この日は私のもの、夜も私のものだ」。ここは私の遊び場なので、昼と夜は私に応える。そしてエネルギーはあなたに対してもそうしているが、あなたは気づいていない。すべてのエネルギーがすでにあなたに奉仕している。つまり、エネルギーはあなたの躊躇(ためら)いという「あなたの幻想」に奉仕している。
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  躊躇(ためら)い、躊躇(ちゅうちょ)するというのは、他人を幸せにするために自分が妥協しなければならないと思うことだ。躊躇(ちゅうちょ)するのは、あなたが大胆で勇気ある一歩を踏み出すのを怖れているからだ。
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  ある意味で、あなたには拍手を送らなければならない。あなたはマスターだからだ。ある意味、あなたはうまくやっている。それは日々、あらゆる瞬間に起きている。「私は在って在るもの」と言わずに、ほとんどの人間が「私は在って在るものではない」と言っている。するとエネルギーは入って来て、一日中、一晩中、絶えずあなたの「ない」に奉仕する。
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我々は自分が選んだ人生ゲームをしている
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  とはいえ、あなたがくぐり抜けているものを、私は正確に理解している。私は自らの監獄に十万年以上も閉じ込められていたが、少なくともあなたは私よりは賢明だ。あなたは十万年も立ち往生することはないだろうし、おそらくほんの数十回の転生で済むだろう!
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  あなたは訊く。「アダマス、なぜこんなに難しいのですか? なぜうまくいかないのか? なぜ、こんなくだらない人生を送っているのか? なぜ?、なぜ?」 答えは、あなたがそのゲームを選んだからだ。誰もあなたの代わりに選んだわけではない。つまり、そこにはあなたがそのゲームを好きになる何かがあるということ。そうでなければあなたはゲームをプレーしていないはず。それだけだ!
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  次のように訊いた人もいる。「アダマス、私はなぜこんな惨めな恋愛関係を続けているのですか?」 なぜなら、あなたは犠牲者を演じており、その状態の何かが大好きだからだ。「アダマス、私はなぜ病弱なのですか?」 あなたの健康状態が崩れているのは、自分の身体を信頼できず、自身の身体に治させることをしないから。「アダマス、私はなぜ精神的にこんなに落ち込んでいるのですか?」 精神的に落ち込んでいるのは、あなたが本当に生きたいのかどうか、自分に確信が持てないから。
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  あなたはゲームをプレーしているが、いつでもやめることができる。なぜなら、ゲームをする状況に自分で自分を陥れたわけなので、抜け出すことも当然できる。あなたは実に多くの悪霊や大蛇を内に持っている! だがそれらは単に、行き詰ったエネルギーであるに過ぎず、必死にその行き詰まりを解こうとしているだけに過ぎない。(ネガティブなエネルギーは行き詰ったエネルギー)
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  ゲームは、すでに古びた退屈なゲームに過ぎない。あなたはいつでも好きな時に、メリーゴーランドから飛び降りることができる。そうすると、あなたの人生は変わる。その準備はできているだろうか? だが実際には、ほとんどの人はできていない。つまり、ゲームが自分の人生を定義しているからだ。しかも人生ゲームなしでは、ほとんどの人は自分が本当に「生きている」という感じがしない。
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  だが、そこがあなたの誤解しているところだ。なぜなら結局、ゲーム、問題、危機というものこそが、あなたが意識的に生き、気づきを持つのを妨げることになっているのだ。あなたの人生が、あるいは一部にでも困難なものがあるとすれば、それはあなたがその中の何かが大好きだからだ。そうでなければ、そのようにはならない。そのエネルギーがどのようにあなたに奉仕しているかを特定し、あなたはそれを手放すことができる。
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    アダマス・セント・ジャーメインのメッセージ
               『神性を生きる』ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                          ナチュラルスピリット
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                             抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考えるものを掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください、いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
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                                   zeranium
 
 

・自分を愛し、自分のすべての行為を愛する

  あなたがいつも人に認められる必要を感じているのは、自らが自分自身を受け入れていないからだ。だからそれに代わる代用品として、人に認めてもらいたくなる。いったん、自分自身を受け入れたら、人が自分のことを良く思おうが悪く思おうが問題ではない。どう思うかは彼らの問題であってあなたの問題ではない。自分が自分のやり方で人生を生きていれば、それを他人がどう考えるかは、もうあなたの問題や心配ではない。
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  あなた方は本当に子どもの時から、自分はそのままではいけないのだ、という考えを絶えず浴びせられ、頭に叩き込まれて来た。こう振る舞うべき、ああ振る舞うべき、そうして初めて自分は受け入れられるのだと。だから人々が自分を受け入れてくれ、評価してくれ、尊敬してくれたら、それが自分が良い人間だということを意味すると、あなたは考えるようになる。
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  だが自分を受け入れていないために、このことが世界中の誰にとっても問題のすべてを創り出している。誰もが他人の意見に依存するようになり、他人の意見に支配されている。こういう単純な事実を見て、私は他人の意見を気にするという考えを捨てた。するとそれは、まったく名状し難いような自由を私に与えてくれた。ただ自分自身でいられるということは、非常な解放感だ。
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  もしあなたが人々の中に出て行って、人に出会うことを恐ろしいと思っているとしたら、それはあなたが自分をひどく空虚なものに感じているということだ。だがそうあるべきではない。人は自分自身で溢れているべきだ。他の誰の意見でも評価でもなく、自分自身の活気と心からの喜びで溢れているべきだ。そしてそれこそが、私が意図しているものだ。
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  瞑想は人に権威を、力を与える。その権威と力は他人を支配するためのものではなく、ただ誰もその人から奪い去ることのできない力の質であり、権威という質だ。それこそが、その人間のものだ。
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  自分自身の足で立ちなさい。聖者であろうが罪人であろうが、自分が何であれ、誰からも奪い去られないように、ただ自分自身を拠り所にしていなさい。大衆の意見に支持された聖者であるよりは、自分自身の足で立つ罪人の方がましだ。
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もはや「私」はいない
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  スーフィーの重要な導師の1人バヤジットは、弟子によく次の話をしたという。「わが師の許(もと)にいた頃、私は3年間というもの、師から目を向けてもらったことがなかった。それはまるで、私などいないかのようだった。そして、師は正しかった。今だからこそ私は、自分が実際にそこにいなかったことがわかる。体は確かにそこにあったが、私の意識(マインド)は世界中をさまよっていた。私は(師に無視されることで)ひどく傷つけられた感情を持っていた。師が私に何かを尋ねることはおろか、私の方を見ることさえしなかった。
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  3年経ったある朝、師は初めて私の方を見た。それは私にとって初めてのことだった。それからまた3年が経ったが、今や師は私がそこにいることを認めてくれたので、次は何か声をかけてくれるだろうと私は希望し、そのことを強く望んでいた。しかしやがて、その願いも希望も消え失せた。この人は変わった人のようだった。師は他の者とはよく話すし、しょっちゅうやってくるよそ者とも話す。一方、こちらは1日中、朝から晩まで座っている。
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  それからまた3年が経った時、師は私の方を見てほほ笑んだ。今なら私にはわかる。これまでなぜ師が私を見たり、ほほ笑みかけたりしなかったのか、今ならわかる。それは私の願いのせいだった。(私を認めてほしいという強い願い)が障害になっていた。私は、この人は変わった人だ、(認めてもらおうと)期待しても意味はない。私はもはやそんな願望を、希望をまったく忘れてしまった。私にとってそこにいるのは習慣になっており、ただそこにいるのが嬉しかったのだ。師の存在だけで充分だった。
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  また3年が経った。そのことが起こったのは、私が初めてその希望を捨てた時だった。師は初めて私の方を見ると、『バヤジット、どうかね?』と言った。そして私は今なら、師がなぜ12年後に初めて私に声をかけたのかが、わかる。人々は互いに出会った時に、『お元気ですか?』と声をかける。だが12年後ということはない! しかし師は正しかった。なぜなら師が『バヤジット』と私の名前を呼び、『元気かね?』と声をかけてもらったあの夜こそ、私が存在せず、師だけが存在している初めての時だったからだ。
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  その12年間は、(内なる)絶えざる溶解、消滅の月日だった。そして何という不思議な方だったのだろう。「私」がいる時には1度も尋ねず、「私」がいなくなった時、初めて『元気かね?』と尋ねて下さるとは。
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  その同じ日、師は私に言った。『あなたはもう準備ができている。あなたは行きたいところ何処へでも行き、言葉を伝えるがよい。あなたはもういないので、あなたのところにいるのは私だ。あなたは私のためにその場所を空けてくれた』と。それ以来、私はこの世に何の責任も、何の問題もない。すべては師が肩代わりしてくれた」
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「無選択」(無条件)に生きる
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  問題のすべては、人がどんな選択もなしに生きられるかどうかにある。何が来ようとも楽しみなさい。それが過ぎ去り何か他のものが来たら、それを楽しみなさい。昼は素晴らしい、だが夜もそれなりに素晴らしい。どうしてその両方を楽しまないのか? 一方に執着しなければ、人はその両方を楽しめる。
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  だから選択しない人だけが、生(せい)のジュースを全部搾り取る。決して惨めになることはない。彼は何が起ころうとも、それを楽しむ方法を見つける。そしてそれこそが、生のアートのすべてだ。その根本条件を覚えておかねばならない。それが無選択であれということだ。それは(無意識的ではなく)意識的で注意深い時にだけ、人は無選択(無条件)でいられる。そうでない限り、人は選択に陥ることになる。
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  それは(成り行きに任せるという放棄ではなく、意識的にする)無選択であり、気づいていることである。そうなれば人は、あらゆるものを楽しむことができる。成功が来たらそれを楽しめる。失敗が来たらそれも楽しめる。健康ならそれを楽しめばいいし、病気ならそれを楽しむことができる。何しろ、何にもどんな執着も持っていないのだから。
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  自分の命を、どんなものにも閉じ込めないあなた方の生は、自由な動きだ。それは時とともに動き、内なる存在の車輪とともに足並みをそろえて動き、しかも決して遅れない。生とは確かにアート、素晴らしい芸術だ。そしてその最も短い公式が、「無選択」(無条件)の気づきだ。
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自分を愛し、自分のすべての行為を愛する
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  あなたはまだ、自分を受け入れていない。あなたはまだ、「内なる存在」に対し、自分の存在を感謝したことがない。「内なる神」に対する心からの感謝がない。逆に恨みを抱いている。「なぜ私を創ったのか」と、心の奥底で問い続けている。「なぜ私は存在へと投げ込まれたのか?」「いったい何の目的で?」と。
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  もしどこかで神に会ったら、あなたは最初に何を尋ねるか考えてごらん。多分こう尋ねるだろう。「なぜ私を創造したのか? それは苦しめるためか、悩みを与えるためか? ただ繰り返し生まれて来ては、生から生へと彷徨(さまよ)わせるためなのか? なぜ私を創造したのか? さあ答えてほしい!」
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  あなたは自分を受け入れていない。それなのに、どうして自分の行為を受け入れられるだろうか。要は自分を愛することだ。あるがままの自分を受け入れることだ。もし私が自分を愛していれば、何をしようと私はその行為を愛する。私の行為は自分の存在から溢れ出てくるものだ。もしその行為を愛していないのなら、私はそれを止(や)める。続ける必要がどこにあるのか。
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  でも、あなたは自分の行為を愛してはいない。源泉である自分自身を愛していないのだから、それが生み出す産物も愛されることはない。それはあなたが何をしようと、あなたが技師であれ、医者、科学者、教育者であろうと、何をしてもあなたはその中に憎しみを持ち込む。その憎しみが行為を反復的にする。それを自覚していないが、あなたは嫌悪している。
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   そしてその口実を探す。「これをしているのも妻のため、子どものためだ」。そしてあなたの父親もそれをあなたのためにやり、そのまた父親も子どものためにそれをやった。あなたの子どももそれを自分の子どものためにやり、こうして誰も生きることを楽しまない。
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  あなたはただの臆病者だから、そこから逃れられない。臆病者だからこそ、それを捨てて自分の好きなことをすることができない。それであなたはすべてを子供や妻の上にのせ、彼らのせいにする。だから彼らもまた同じことをする。
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  子どもに聞いてごらん。子供は学校に行っている。でも退屈している。「自分が学校に毎日行くのは親のためだ。行けば親は安心するが、行かなければ親は心配するし、とても悲しむ」。妻はどうか。彼女はすべてをあなたと子どものためにやっている。
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  結局、誰も真に自分のためには生きてはいない。しかも自分をそれほど愛してはいないので、自分自身のためには生きられない。その結果、すべてがおかしくなる。自分という源泉が愛されていないために、つまり源泉が毒されているから、その源泉から生じるもののすべてが毒されるということが起きる。
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  では別の仕事だったら自分の行為を愛せるかというと、そういうわけでもない。あなたは自分の生きる姿勢をその仕事にも持ち込む。始めのうちは目新しさのために、興奮するかもしれない。でもそのうちに、それに慣れてしまい、また同じことが始まる。
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  だから自分自身を変えることだ。自分自身を愛し、何であれ、自分のすることを愛する。それがどんなに小さなことであれ、自分から溢れ出た行為として愛することだ。
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           『神秘家の道』『存在と一つに』 OSHO 市民出版社
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                      抜粋 
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。

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«・世界に構わないでいなさい。その代りに自分自身を変容させなさい。