・1人1人の成長が地球の進化の決め手となる

マスターソウルに還れない地球人
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   第1章でも少し触れましたが、私たちは本来、宇宙に存在する「マスターソウル」という意識体から分離し、一つの魂を持ってこの地球にやって来ています。そのしくみは左の図の通りです。宇宙に存在する複数のマスターソウルは、グループの違いや大きさの違いこそありますが、そこに上下関係はありません。(マスターソウルとは複数存在する自分の魂のこと) 
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   ですが地球人の感覚からすると、自分の魂の大元であるマスターソウルと、そこから派生しているソウル、つまり自分の魂は別物という感覚かもしれません。でも実は、自分自身の本体は今ここにいる自分という肉体でも魂でもなく、この大元のマスターソウルが自分なのです。
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   地球以外の宇宙の他の惑星や星に散らばって行った魂たちは、大元のマスターソウルが自分だという感覚をちゃんと持っています。(つまり自分の分身を複数持つので、)その先にあるもっと大きなマスターソウルも、自分だという感覚を持つことができます。ですがこの地球にいる私たちの魂にはブロックがかかっており、記憶喪失に陥っているので、地球人だけはマスターソウルが自分だという感覚がありません。
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   地球がそうなってしまった背景には、宇宙におけるある歴史的な出来事があります。ある時代に、宇宙でめざましく勢力を拡大した巨大文明がありました。その文明からは辺境に位置していた地球は地球人の知らない間に、彼らの囚人を送り込む「流刑地」として使用されていたのです。それが始まったのが地球時間で1万数千年前のことです。(巨大文明(闇の帝国)については『エイリアンインタビュー』のエアルの話を参照してください)
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   ですが囚人とは言っても、窃盗や殺人、詐欺などを働いたいわゆる罪人ばかりとは限りません。中にはあまりにも優秀なために妬まれた人たちや、世の中の仕組みを公平にする研究開発などに取り組んだ人たちなどがおり、そうした動きはその文明の支配者の利益とは相反するため、彼らは罪人として地球に送り込まれたりしました。
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   ですがそうしたいわゆる罪人も、肉体の死によって魂はマスターソウルへ還り、生まれ変ってまた同じ文明に生まれて、同じテーマに取り組もうとするはずです。そして、その巨大文明に彼らが戻って来ることを望まない支配者たちは、二度と返って来させないために「幽界」という世界を作り出しました。これは他の天体にはない、地球人専用の死後の世界です。
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   こうして幽界ができると、地球に送り込まれた囚人はもとより、自ら選んで地球に生まれて来た人も、地球人の死後は次の二つしか選択肢がなくなりました。一つは幽界に行き、そのままそこに閉じ込められる。もう一つは、幽界から再び地球に生まれ、また幽界へ戻るというサイクルを延々と繰り返す。そのどちらかしかないのです。
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   そして、マスターソウルに還れない魂の多くはリニューアルする機会が失われ、その上(巨大文明が維持する)幽界の管理者から虐待を受けたりするので、魂は傷ついて劣化していきました。そういう状態がこれまで延々と続いた後、地球は2300年ほど前にやっと、流刑地としての役割を逃れることができました。ですが、あまりにも長く続いたそうした影響は、地球人の意識に未だに色濃く残っているのです。
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夢には大切な情報が含まれている
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   多くの地球人の意識は、7つの階層がある中の「社会意識」という非常に低いレベルに押し込められたままになっています。社会意識とは、地球社会で当然だと捉えられている科学的なことや、政治的なこと、皆が正しいと信じていることや、同じ価値感や共通する概念を共有する(集合)意識のことです。
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   この意識をしっかり持っていないと、その社会で生きる上で生活の確保や、信用を得たり、自分の立場を築くことが困難になるので、この意識が不要になることは決してありません。ですがそうした社会的意識ばかりに集中してしまうと、魂が本来的に持っている可能性を発揮できずに制限することになります。
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   しかも地球では、目に見えない世界は軽んじられており、「そうしたことをナンセンスで意味がない」と教育されるので、本来魂が持つより高度な意識が自分にあることに気づくことがより困難になっています。ですが、そうではあっても夢の世界ではUFOを見たり、E.T(宇宙人)たちとコミュニケーションの体験をする人たちもいるでしょう。つまり、夢の世界も現実と思う世界も、同じように意識の投影なのです。
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   寝ている時は、社会意識に集中している自我が眠っているので、本来の意識が自由に解放されている状態にあります。そして夢見の状態では、私たちの意識はアストラルレベルにチャンネルを合わせた状態にあります。その意識状態は、それ以上あるいはそれ以下の意識への架け橋となるレベルになるのです。
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   ですから夢の世界では、覚醒時には決して見ることのないような人物や出来事、存在が登場したり、行ったことがない世界を訪れたりしているのですが、みなさんは疑問を持たず、「夢だから」と無視したりします。ですが実は、それらはあなた方の意識のどこかにある情報なのです。つまり、それはあなたの魂に保存された情報の投影であり、自我というエゴが眠り込んだために、自由にアストラルレベルの意識の世界に投影して、あなたに見せているのです。
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   夢で見る内容には、大切なことがたくさん含まれています。特に、マスターソウルとのコミュニケーションを断たれてしまった状態にある多くの地球人にとっては、夢はマスターソウルからダウンロードされた情報をキャッチするための、大切な手段であることがわかります。
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   今地球に生きている私たちの魂は、たとえマスターソウルの自覚がなくとも、そこから切り離されることなく、意識の先端としてつながっている状態にあります。ですがそうした概念を持っている人はほとんどいないでしょう。つまり、「自分という主体性は絶えず大元のマスターソウルにあり、そこから魂という触手を伸ばしてここ地球にいる」というようにイメージするとわかりやすいでしょう。そしてこのゲームの目的は、エゴ(自我)というキャラクターを使って成長のストーリーを描くことです。
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個々の「魂」はマスターソウルの分身(私たちは複数の分身を持つ存在)
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   マスターソウルは、そこから派生する複数の分身を持っています。そして今の自分自身も複数の一つの魂です。こうしてそれぞれの魂が、いろいろ違うテーマの目的に応じた可能性を追求しています。魂はテーマの探求に必要な情報をコピーして受け取り、保存しておく器であると同時に、マスターソウルに替わり、人生の経験を通してテーマに関する探求をします。
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   ですから肉体的な物理的次元に生まれて来た魂が、マスターソウルから受け取った情報を、何らかの経験を経て得た知恵を元に書き換えた場合、ただちに大元のマスターソウルのオリジナル情報も更新されます。
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   死を迎えた魂はその後、アストラル界に行って終えたばかりの人生を振り返ります。その結果、まだ自分が探究できる可能性が残っている、あるいは経験による学びが未消化で、完全に消化させる必要があると判断すれば、再び地球へ戻ります。それ以外の場合はマスターソウルへ戻ります。
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   地球に来ている全ての人たちを魂レベルで見ると、「地球の進化」という大きなテーマを持っています。地球の進化とは何かということではいろいろな言い方ができますが、まず公けに宇宙に向けて門戸を開放し、依存の関係ではなく公平な交易を行なうことが出来る状態を作ることです。このためには飛躍的に人々の意識を変える必要があります。(依存しない関係を持つためには、たとえ自分たちよりも遥かに秀れていると思える存在に対してでも、神のように崇拝したり隷従したりする必要のない意識改革が必要です)
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死後、魂がたどる本来のコース
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   ここで改めて「地球人」というものを定義しておくと、魂の入った肉体が、地球由来のホモサピエンス・サピエンス(ヒューマノイドの一種)ということです。ですから魂そのものがどこどこの人という定義はできません。魂がたどるコースは、次のようなものです。
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  P.74の図を説明すると、本来のコースは死後、魂はリハビリセンターであるアストラル界へ行って魂は新生され、そこから自分のマスターソウルへ還る。再びマスターソウルから出て転生する場合、目的に沿った選択により地球であったり他の惑星へ行ったりする。
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   しかしこれまで、多くの地球人の魂の場合は死後、宇宙の巨大文明によって築かれた「幽界」へ行く魂がほとんどなので、アストラル界へは行かず魂の新生も行われず、「幽界」と地球だけの間で転生を繰り返して来た。
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アストラル界という霊的世界
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   まず地球人は、肉体を持って物理次元を経験していた魂が、肉体を手放すことを「死」と言っています。肉体から離れた魂は、まず「霊的次元である「アストラル界」という世界へ行きます。地球から還ってくる魂のためにはそれ専用のアストラル界があり、他の惑星から還って来た魂であれば、それぞれにそれ専用のアストラル界があります。
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   アストラル界に戻った魂は、まずその霊的世界に慣れるための時間を過ごして休養します。その後、終えて来た直近の自分の人生について振り返りを行ないます。その人生で自分は経験によって何を学び、何を知ったのか。どのように成長することができたのか。アストラル界に戻った魂は、本来の霊的視点を完全に取り戻すことができるので、肉体を持って生きている時よりも、明確に人生を見つめて分析することができます。
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   こうしてしばらくの間、リハビリも兼ねてそれぞれがアストラル界で、自分のさらなる成長のために、自分に合った役割を果たします。たとえば、アストラル界に戻って来る魂に対して、新しい霊的世界に慣れるための手伝いの役割や、還って来た魂が自分の人生を整理するのを手伝う役割、あるいは地球で生きている人々の成長のために、気づきを促すガイド役を引き受ける魂などもいます。
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   いずれにしても、アストラル界においてもそれぞれが、さらなる成長を目的として過ごします。そして十分な成長を遂げて準備ができた魂は、まずマスターソウルに一度戻り、どのような成長と学びのテーマを持ち、そのためにどこに転生するのが最適かを検討します。
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次の人生はどこに転生するのか?
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   もちろん地球の人生を終えた人が、再び地球へ転生することも稀ではありません。ですがそれ以外の惑星や(進化した宇宙では惑星上ではなくシップ内に生きる魂も多く)シップ(巨大な宇宙船)を選択する魂も当然あります。ですからあなた方も次の人生が必ず地球とは限らないのです。
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   むしろ今、地球に生きている人のほとんどは、別のエリアか別の宇宙文明を選択すると思われます。なぜならここ地球での経験は、他の世界とは圧倒的に違うからです。しかもあなた方はこれまで地球が持つ独特の輪廻というサイクルの中で、もうイヤというほど何度も繰り返し地球人を経験して来ました。このような経験は非常に稀なことです。ですからこうした特殊な経験から得たさまざまな知恵や力を、宇宙の他の文明にシェアする必要があるのです。
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   次の転生のために必要な情報をマスターソウルから取り込み、可能性の追求のために再び転生して行くわけですが、自分のマスターソウルにたとえばシリウス文明に関する情報が何もない場合は、あえてシリウスに転生することはまずありません。にもかかわらずそれが起きるとすれば、それは大変な冒険になるはずです。
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   ある意味、(幽界と地球だけの繰り返しの中にあった)地球人のマスターソウルは、これからは次々と地球以外の様々な世界に魂を送り込むことになるので、それぞれのマスターソウルだけでなく送り込まれる魂たちも、大きな冒険に挑むことになるでしょう。
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   それとは別に私のように最初から、地球の進化をサポートするテーマを掲げ、自分自身の成長のためはもちろんですが、地球社会や母なる地球に貢献するためにも、宇宙の他の文明の経験を沢山する場合もあります。ですからここ何十年かは、そのような魂が続々と、地球に送り込まれて来ているように思います。
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個々の成長が地球の進化の決め手
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   私たちはたとえどこに送り込まれたとしても、まずは個々の魂は「自分の成長」を促すための取り組みから始めます。特に地球は今、これまで2160年間続いてきた魚座の時代から、みずがめ座の時代に大きく時代を推移したところです。このような特別なタイミングの時には、当然、惑星としての飛躍的な進化と劇的な変化があります。ですからまず地球上の社会的変化だけでなく、惑星としての地球そのものにも大きな変化が起きるのです。
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   それが、このところ世界中のさまざまな火山が噴火したり、寒暖の差が大きくなって非常に強い風が吹き荒れたり、大きな地震が頻繁に起きるなどしているのは、まさにこの惑星そのものが成長しようとして動き始めていることの証(あかし)なのです。
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   地球にやって来て存在している全ての生命は、植物でも動物でも、昆虫や人間や存在するすべての生命は、地球というフィールドの中で生きている運命共同体です。前著『「あの世の本当の仕組み」』で「人類にはこういうフィールドがある」という説明をしましたが(本書39ページの図参照)、地球にもまったく同じようなフィールドがあるのです。
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   地球のエネルギーは私たちと分離してはおらず、まさに地球のエネルギーの一部が自分自身なのです。ですから1人1人が感じ取り、経験した全ては、地球の経験の一部なのです。地球と地球人は運命共同体であり、1人が成長すればそのエネルギーで地球も成長し、1人が進化すれば全体が進化し、地球も進化するのです。
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        あなたはなぜ「この世」にやって来たのか?
             『「魂」の本当の目的』 池川明・サアラ 大和出版 
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                             抜粋
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。。。多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
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                                 zeranium

・日本人の知らない「八百万(やおよろず)の神」

   祟りを起こすと言われる”怨霊(おんりょう)”というのは(人間の)霊ではなく、スピリッツが怒っている状態のことである。祟りが起こったと言われる場所に行ってみると、そこにいるのは霊ではなく、怒り狂ったスピリッツがいる。前述の子供の幽霊とバッドスピリッツの合体などは非常に珍しい例だ。
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   バッドスピリッツのことを「いわゆる悪魔のことだ」と説明すると、日本人は祟りを起こす悪霊と勘違いするかもしれないが、まったく違う。バッドスピリッツの目的は、最終的には人間の魂の成長を阻害し、堕落させることである。そのために真理や法を学ぶことを邪魔する。
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   賢く知的なバッドスピリッツは、人間にとって都合の良いこと、つまり”欲望を満たすこと”を与える。よって人々はより多くの欲望と煩悩の中に入っていく。こうして魂を堕落させる。暴力的なバッドスピリッツは事故や病を人々に与え、学ぶ機会や体力を奪う。これは人々が思っている”祟り”とは少し異なるだろう。では人間が祟りと呼んでいるものは実際にはどういうことなのか、身近な話を挙げる。
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   ある時、私は1人でドライヴしていたが、道を間違えてしまい、途中の店の駐車場で車の方向転換をしていると、突然、車がガクンッ!と止まった。一瞬、車が壊れたのかと思った。だが周りを見渡した時、原因を発見した。そして(あぁ、またか)と私は溜息をついた。
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   その店の横に大きな木の切り株があった。それは切り株を土台として上に板が置かれ、テーブルとして利用されていた。切り株には落書きまでされていた。だがこの木にはスピリッツが宿っていた。スピリッツは私に話しかけてきた。それによると、もともとの木に宿るスピリッツは店の人を攻撃することもなく、仲良く暮らしていたつもりだったが、人間の方はそうは思っておらず、ある日、店の横にある木が邪魔になり、木を切ってしまったという。
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   そして上に板を載せて机にし、物置きにしているという。この扱いにスピリッツが憤慨した。そして彼らの話がわかる私がたまたま通りかかったので、自分の話を聞いてもらうために車を止めたのだった。(うん、うん、怒るのは分かるんだけど、見知らぬ私がいきなり店の人に、「あの木が怒っていますよ」とは言えないでしょう。頭のおかしい人だと思われるだけで、人間の側から依頼されないと私も動けないのよ)とスピリッツに説明して、その場を後にした。
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   薄情に思われるかもしれないが、こういったことは私にとって日常茶飯事であり、きりがないのだ。この話から知ってもらいたいことは、力のあるスピリッツというのは、その気になれば”走っている車でも止められるほどの力がある”という点だ。言い換えれば”交通事故に遭わせて人間を殺すことも簡単にできる”のである。
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   このように人々は知らないうちに、スピリッツ達を怒らせる行動をとっている場合がある。その結果、彼らは人々を攻撃して来るのだ。そして人々は原因がわからないままに、不都合なことが続くので何かの”祟り”ではないかと思うようになる。
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   再度述べるが、単なる幽霊すなわち”死者の魂”はこのような力を持つことはない。死者や、ましてや先祖の霊が”祟る”ということはないのである。しかし、ただ一つだけ死者の魂が関与する場合がある。恨み、執着、等々を強く抱いたまま肉体を離れた人の魂をバッドスピリッツが取り込み、人の魂の悪念に呼応してバッドスピリッツが行動した場合、死者の意志を受け継いだ”祟り”が発生することがある。
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自殺者の魂
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   自殺したくなるほど辛い時というのは、人生において誰にでもある。”自殺したい”というのは(自殺すれば現状から逃れられる)、あるいは(死んだら今より楽になれる)と思っているからだろう。だがそれは死後の世界を知らない、無知から来る勝手な思い込みである。では、ある自殺者の魂の話をしよう。
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   「息子が自殺した相談で父親が来る。息子の魂がどこにいるか探すのを手伝いなさい」とスワミから連絡が入った。子供が自殺した親にはこれまで何人も会っている。父親の相談を受け、スワミが魂の救済の儀式を始めた。私は後ろで、(自殺した息子の魂の居場所を教えてください)と祈り、深く瞑想した。
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   頭の中に映像が映し出される。
   橋がかかっている。橋の下の向かって左側が石壁になっており、その近くの地面に息子の魂がいた!
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   その場所を拡大して視ると、そこには楕円状の真っ黒い非物理的な塊りがあった。その黒い塊りの右側に二つの小さな赤い光がある。そこに息子の意識がかすかにあった。赤い光は息子の両目のようだった。黒く大きな醜い塊りに、息子の魂が取り込まれている。これはバッドスピリッツに魂が食べられてしまった状態を示している。
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   わずかに息子の意識が残っていたので、声をかける。
   「お父さん来てるよ」。すると反応はあったが言葉ではなく、恨みの意識が返ってきた。(これ以上やると私がヤバイな)と思い、映像を切った。
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   ちょうどその頃、儀式が終り、スワミによると「残念ながらバッドスピリッツに食べられて、息子の魂はもういない」という話だった。私は映像で見た場所を詳しく説明すると、父親が「そこは自殺した場所だと思います」と言い、自殺現場の写真を見せてくれた。そこが私が視た映像と同じ場所だった。この場所で息子の魂は、すでに真っ黒な塊りに取り込まれてしまっていることを説明した。スワミいわく「チャオカンナイウェイ(後述)の影響で自殺したのだろう」という話だった。
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   自殺者というのは死ぬ間際に、辛い、苦しい、悲しい、憎い、などの強い想念を持ちながら死ぬ。そのような魂はバッドスピリッツから見るとごちそうであり、否定的な強い想念がバッドスピリッツを呼び寄せ、食べられてしまう可能性が非常に高い。そうなってしまうと、死後の世界からお迎えが来ても行けず、輪廻転生の輪から外れてしまう。そして自分という意識は無くなり、バッドスピリッツの一部となる。
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お墓と仏壇に幽霊がいる理由
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   何の疑問も持たず、「死んだ者やご先祖様の魂は仏壇の位牌に宿り、お墓に眠っている」と本気で思っている人々がいるだろう。だが仏壇やお墓を所有してはいるが、先祖や故人の魂がそこに宿っているとすることに疑問を持っている人の方が、実は多数派なのである。ただ彼らは表立っては、そのことを口に出して言わないだけだ。つまり実際には、仏壇やお墓に故人の魂が宿ると信じている人は非常に少ない。しかも真実はどうなのかわからないながら、深く追求することもない。
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   だが私がこれまで見てきた限り、日本では確かに仏壇前やお墓周辺に幽霊が多いことも事実である。それはなぜなのか? 
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   これまで日本人は文化や風習などの共通認識により、(死後、魂は仏壇に宿る)とか、(人は死んだらお墓で眠る)などの思い込みを自分に形成する。その結果、死後、肉体を離れた時、どうしていいかわからず、とりあえず生きていた時の思い込みに従い、仏壇やお墓へ行くことになる。
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   すでに述べたが、亡くなってもまだ肉体が焼かれていない場合は、魂は遺体からあまり離れない。しかも嘆き悲しむ親族たちと一緒に、本人も自分の葬式に参加している。肉体が焼かれてしまった後は、自分の墓に納骨されるのを親族と一緒に見届ける。家族が墓に向かって声をかけるので、そこに居なければいけない気持ちになる。墓や仏壇の認識が薄い魂は、死後も自分の部屋やお気に入りの場所にいることが多い。
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   また事故死した場合は、ショックでわけが分からずその事故現場に留まる場合もあり、家族もなく長い入院の末、病院で病死した場合は、病院が自分の居場所と思っており、死後も病院に留まっている場合もある。
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   ただ、何処にいたとしても、その人の本当の寿命が来て、死後の世界からお迎えがやって来た後は、魂はその場からいなくなる。よって最終的に、家の仏壇や墓に永遠に先祖や故人の魂が居るということはない。「いやご先祖や故人はずっと仏壇や墓にいる」というのであれば、あなたのご先祖たちは永遠にどこにも行けず、お迎えも来ず、次なる輪廻転生もできず、ゆえに何の成長進歩もできない可哀想な魂だ、ということになる。
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神社に神はいない
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   日本人は目に見えない存在のことを、ひとくくりに全て”神”だと思ってきた。しかし日本の神社にいて力を発揮しているのは、神ではない。それはその土地に住む”スピリッツ(自然界の自然霊的存在)”である。スピリッツの中には酒を好む者や、肉、魚を好むスピリッツが多くいる。供物を捧げている人が、神に捧げているつもりでも、実際はスピリッツたちの好物を捧げているのであり、神ではなくスピリッツとの関係性を作っているのである。
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   また、必ずしも神社にスピリッツがいるわけでもない。私が視て来た限り、本殿や拝殿にスピリッツが宿っている神社は、宮司の信仰心が強く、ご神体のお世話をとてもよくしている。専任の宮司(ぐうじ)がいない神社ではスピリッツは境内(けいだい)の祠(ほこら)や岩、木に宿っていることが多い。
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   スピリッツは人間に影響を及ぼせるほどの力がある。そのため、神社で人間が失礼なことをして神社に宿るスピリッツを怒らせると、災いが来る可能性がある。これを、人間が「神の祟り」だと言っているのである。
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   一方で神社に足しげく通い、参拝しているとスピリッツに注目され、願いが叶うかもしれない。人間はこれを「神様が自分の願いを叶えて下さった! 神の恵みだ」と思う。人間が神社にお賽銭をしただけで、神が本当に願いを叶えてくれるだろうか。神の存在とはどういうことなのか、そしてスピリッツの存在など、真の儀式の意味を知らない日本人は、すべてを混同して考えている。
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   古代日本では、土や水、風、火など全てのもの、森羅万象に八百万(やおよろず)の神が宿ると信じていた。しかしそれらは自然に住むスピリッツやエンティティのことである。つまり真の知識や学びが足りないために目に見えない存在のことを全て「神様が」と言ったり、幽霊とか「霊障だ」と思っている。
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   本来、神聖な存在は人間のすることにいちいち干渉しないものである。日本はそうした意味で、真の叡智、真理から非常に遠い国であると言わざるを得ない。
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     ――先祖の霊など宿っていない
          『墓と仏壇の本当の話』 ウズメ著 ヒカルランド
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                       抜粋

・日本のエンティティ(自然に住む霊的存在)

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   高い位では龍の姿だが、本当の龍は人間が行けるような場所にはいない。神社で龍神を祀(まつ)っている場所には、白い蛇の姿をしたエンティティ(霊的存在)をよく見かける。白蛇のエンティテイは力があるので、良い関係性を築けるならば、人間にとって都合の良いことが起きやすい。しかし怒らせると大変に執念深いので、龍神系の神社への参拝は失礼がないように注意しなくてはいけない。
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   以前、私は龍神を祀っている神社に参拝に行くことになり、念のため水の龍神の力の神聖物を身に着けて出かけた。神社に着いて本殿を見たが、何のスピリッツも宿っていなかった。そして帰ろうとした時だった。本殿ではなく、本殿の横の祠(ほこら)に、小さく細い白蛇のエンティティが宿っていることに気が付いた。
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   姿は白蛇だが、まだ幼く力の弱いエンティティだった。私は腰を下ろし、「こんにちわ」と声をかけた、。私が神聖物を身に着けていたからか、その白蛇のエンティティは少し戸惑い気味に見え、「何故ここにいるの?」と言った。「今日はここへ参拝に来たんです。もう帰りますね」と挨拶してすぐに帰った。
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   龍神系の神社に住む蛇のエンティティは、たとえ幼くとも妖精や小人(こびと)などよりも力があり、怒らせるとしつこいので、私はある程度の距離を保ち接するようにしている。それは稲荷(いなり)系の神社も同様である。稲荷系の神社も力のあるエンティティ(霊的存在)が住んでいる場合があり、関係性を築くと人間に都合の良いことが起きやすい。だがエンティティの性質が独特なので、やみくもに深入りしたり、怒らせるようなことをすると、その被害は計り知れないほど大きくなる。
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日本のエンティティ(霊的存在)
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   日本でいう山の怪、木の怪、水の怪、雪の怪、動物の怪などの”妖怪”は、まさに日本のエンティティのことである。烏(カラス)天狗、河童(カッパ)、海坊主、雪男、雪女、猫又、座敷童子(ざしきわらし)、等々はお伽(とぎ)話ではなく、大昔から実際にそういった霊的存在に遭遇した人達の体験から、そのような話が生まれたのだ。
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   ”ご神木を切ってはいけない””むやみに花を踏みつけてはいけない””川の水を汚してはいけない””山のものを持ち帰ってはいけない”等、どこかで聞いたことがないだろうか。
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   日本では昔から”森羅万象に神が宿っている”と信じられて来た。至る所に八百万(やおよろず)の神々がおられると信じ、祠を建て豊穣を祈って手を合わせてきた。それは神ではない。つまり至る所に霊的存在であるスピリッツ達が宿っているのである。
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      本当の神聖な存在は彼らよりは遥かに次元が上の存在なので、人間と同じ次元、空間にはおらず、また人間に興味もない。つまり、日本人が「神の恩恵だ!」「神の祟りだ!」と思っていることのほとんどは、実はそうしたスピリッツたちが起こしている現象なのである。
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   田んぼの中にある祠(ほこら)の写真(P.105~106)を撮るため、私はその祠の近くまで行った。だが祠は木の枠組みだけで、何かを祀っているわけではなかった。中に宿る対象を置いていないため、祠は田んぼに住む小さな妖精たちの集会場のようになっていた。
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   森林を切り開いた時、死人が多数出ることがある。それはスピリッツが宿っていた木を伐(き)ってしまい、エンティティ(霊的存在)の怒りをかったことが原因の場合が多い。しかし田畑をつぶして死者が多数出た話はあまり聞かない。
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      スピリッツ側のことを考えると少し可哀想な話になるが、田畑に住む小さなエンティティ達は人間に居場所を奪われても、その場から逃げることしかできない。田畑にいるエンティティはか弱く小さな存在であり、人間に災いを与えるほどの力はないからだ。
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   (写真の)伐られた柿の木の前に祠が建っている。祠を視るとエンティティがいた。話を聞いてみると、もともとは祠の後ろの柿の木に宿っていたというが、木を伐られることがわかり祠に移ったそうだ。祠には大きな存在が宿っているわけではなく、周辺の柿の木に宿るエンティティたちが、祠を拠り所として出入りしているようだった。
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   だがエンティティのことが分かっていても、怒らせてしまうことがある。ある日、私はスワミと数人の仲間とで山の中の洞窟に向かうことになった。危険がないようにと、朝の瞑想の時、神聖な存在に「先に分かることがあれば教えてください」と祈った。すると『その山は多くのエンティティが住んでいる。エンティティが宿っている木に触らないように』と教えてもらった。
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   登山中、仲間たちが木に紐を結び、帰りに迷わないように目印を付けていることを知った。そして私にはその一つの木に、エンティティが宿っているのが分かった。だが仲間たちが息切れしながら必死でその作業をして来ているのを見て、私は言いづらくなり、何も言わずにその場を後にしたのだった。
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      それを知っていたエンティティ達は私を非難したが、無視して山を登った。その後私は道中、2回足を滑らせて転び、足と腰を痛めた。家に帰ってからも、夜夢の中で誰かにずっと責められ、毎朝疲れて目が覚めた。
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   私はスワミに事情を説明した。そして後日、同じ山に行った時、エンティティの宿る木に結んだままになっていた紐をカッターで切り、非礼を謝った。こういう場合、何も分からずに紐を結んだ人よりも、わかっているのに無視した私の方が責任を問われる。私は強力に守られているので、エンティティの怒りをかっても、転んで身体を少し傷める程度で済んでいるが、守りの弱い人間がエンティティを本気で怒らせた場合、とてつもない災難に見舞われるだろう。
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バッドスピリッツ
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   バッドスピリッツというのは、いわゆる悪魔のことだ。悪魔だ、天使だというと映画の中の話だと思うかもしれないが、そうではない。厳然たる事実として彼らは存在している。バッドスピリッツは人間の欲望が大好物で、人間の欲望を増やす手伝いをし、最終的には肉体が滅んだ時に魂を食べようと待ち構えている存在だ。
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   欲望の強い人はバッドエナジー(悪い気)に包まれており、バッドスピリッツから見るとても美味しそうに見える。もし死後にバッドスピリッツに食べられてしまうと、死後に行くべき場所には行けなくなる。すなわち、無理やり輪廻転生の輪から引き離されるのだ。
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   日本は物資が豊かで物欲にまみれ、バッドスピリッツがとても多い国だ。大都会は人口が多く、欲望が渦巻くため、バッドスピリッツが沢山いるので要注意である。特に東京は欲望の塊りの場所であり、ニューヨークと並び、世界有数のバッドスピリッツの巣窟である。
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バッドエナジーとバッドスピリッツの違い
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  ”バッドエナジー”というのは、”悪い気の塊(かたまり)”であり、一般的には物理的に目に見えないものだが、そこには意識というものはない。例えば、腐ったミカンがバッドスピリッツだとすると、バッドエナジーは腐ったミカンが発する腐敗臭のようなものだ。
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   私には、バッドエナジーは黒い煙のように見える。私はスワミのように、個人の内臓までは透視できないが、だいたい患者の身体の悪い箇所にはバッドエナジーが溜まっているので、その悪い箇所が黒く見える。スワミのヒーリングの助手をしている際によくあることだが、心臓の悪い人は心臓の辺りにバッドエナジーが溜まっており、心臓の辺りが黒く見える。脳の一部に損傷がある人は、その箇所から湯気のように黒い煙が噴き出している。
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   スワミはヒーリングの際、瞬間的に深い瞑想状態に入り、その人の身体の中に入って行き、深く精密な診断を出す。「心臓のこの部分に穴が開いているから、それをヒーリングでまず塞ぐ」「頭のこの部分の神経が切れているから、まずこことここの神経を繋ぐ」 こうして患者の容態と真の原因を見極め、最適なヒーリングを行なう。
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   人間だけではなく、汚い物や汚い場所にもバッドエナジーは溜まる。廃墟だけではなく、人が住んでいる家でも掃除をしない汚い家や、長く放置された汚い納屋などには、大量のバッドエナジーが溜まっている。
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   よく建物を壊したことで人が病気になることがあるが、非物理的世界のことが原因ならば、二通りのことが考えられる。一つは建物にスピリッツが住んでいたので、怒って攻撃して来た場合。もう一つは、その場に溜まっていた大量のバッドエナジーを浴びたことだ。建物を壊すと、その場に蓄積していたバッドエナジー(悪い気)が外に溢れ出す。
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   つまり大量のバッドエナジーを浴びたことで、一時的に精神状態が悪くなったり、病人の場合は持病が悪化する場合がある。例えれば、臭(くさい)匂いを嗅ぐと、気分が悪くなる」のと似ている。しかし悪い気を浴びただけなら、綺麗に掃除して、風呂に入って体を洗い流せばほとんど問題はない。
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   ただ注意するべきは、本人がバッドエナジーを発生させるような原因を抱えていないかどうかである。掃除をしない、ゴミを捨てない、洗濯もしない、身なりも汚ない。考え方は欲深く、嫉妬深くと、悪い気を発生し続けていれば、バッドスピリッツが『こいつは美味しそうだ!』と寄って来るだろう。
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   悪い考え、特に物欲や嫉妬、妬みの強い人は、頭の周りが黒い煙で覆われている。バッドスピリッツの影響下にある人は、身体的に悪くなくとも、全身が真っ黒な煙(けむり)に覆われているように私には見える。
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   この場合、エクソシズム(憑依霊を追い出す)でバッドスピリッツを追い払っても、本人が考え方を変えて生き方を改めない限り、また新たなバッドスピリッツを呼び寄せるので、何度行なっても同じである。実際にバッドスピリッツの強い影響下にある人は、考え方や生き方を変えるのが困難だ。
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   その場では改心した言葉を放っても、(病気になればまたヒーリングしてもらえばいい)とか、(またエクソシズムしてもらえばいい)という恩知らずで、自分勝手な考えが根底にあるので、こういう人は同じことを繰り返す。
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   これはヒーリングやエクソシズムをとても軽んじることであり、スワミを通して行われる神聖な存在が起こす奇跡を馬鹿にする行為である。だが、同じ過ちを犯した人には、二度目のヒーリングやエクソシズムを受ける機会は恵まれず、縁が切れて終わった、という状況も数多く見てきた。
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      ヒーリングやエクソシズムで病いを完治することはできても、その後の考え方や生き方を変えることができなければ、何も変わらない。他人は自分を変えてはくれず、自分を変えるのは結局、自分自身でしかない。
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         ――先祖の霊など宿っていない
              『 墓と仏壇の本当の話』」 ウズメ著 ヒカルランド
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                            抜粋
 

・自然界に宿る「霊的存在たち」

スピリッツ(自然界の霊的存在)と幽霊の違い
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   ここで、特に日本人が誤解している点について述べておこう。これまでの説明で幽霊の話はほぼ出てこなかった。だが日本人なら、お墓や仏壇、非物質的存在とくれば”幽霊”を連想するだろう。しかし私はあくまで”スピリッツ”として説明してきた。
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   スピリッツというのは天界にいる神様でも天使でもない。彼らは人間と同じようにこの世界に住んでいるが、肉体を持たないため、普通は人間の目には物理的に見えない存在である。そして幽霊も、天界ではなくこの世界におり、肉体を持たず、人間の目には物理的に見えない存在である。ではスピリッツと幽霊では何が違うのだろうか。何か特色があるのか。
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   スピリッツというのは、輪廻転生のサイクルから外れている(霊的)存在である。そのためスピリッツは、人間の魂のように生まれ変ったりしない。つまり何百年、何千年とこの世界に住んでいる。そしてお墓の章でも説明したように、スピリッツを怒らせると、人間を病気にさせるくらいの力がある。彼らスピリッツは、”人間の現実世界に直接、物理的影響を及ぼすことができる存在”なのだ。(略)
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   幽霊とは、輪廻転生の輪の中にいる人間の魂である。肉体というのはあくまで魂の器のことである。だが本来の寿命よりも早く、肉体が滅んでしまった場合、魂は肉体という器がないまま、次の世界からお迎えがやって来る日を待たねばならない。しかし生きている間に、死後のことを何も学ばず、正しく知らないために、どうしていいかわからず、ただとまどっている者たちが多い。この存在を”幽霊”と呼んでいるのだ。だが幽霊には、”現実世界に物理的影響を及ぼすほどの力はない”。
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   ではここから体験談も交えてより詳しく説明していこう。
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お墓、仏壇、神棚のスピリッツ
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   まずはスピリッツについて説明しよう。
これまで述べてきたように、お墓や仏壇だけでなく神棚にスピリッツが宿りやすい。これは一体何を表しているのだろうか。
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   お墓にスピリッツが宿りやすい主な理由は、スピリッツが多く存在する豊かな自然の中にお墓が建っている場合が多く、しかもスピリッツの好む自然の石などを使っていることにある。さらに人間が墓参りで花や食物等を供えることが多い。これはスピリッツからすると好条件の場所である。
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   自然界に存在するスピリッツの中には力のあるものもおり、そうしたスピリッツが宿る場合も多い。一般的に人々は知らないが、一家庭が所有する土地の範囲と、スピリッツの土地の縄張りは異なる。そして各土地にはスピリッツの長(おさ)がおり、縄張り内に長の配下であるスピリッツ達がいる。よって自然界ほど、スピリッツたちの縄張り意識が強くなるために、自然に近い場所にあるお墓に宿るスピリッツは、縄張り意識の強いことが多い。
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   そのため、スピリッツの宿った墓石を、他の場所に移動させたりすると問題が起きる可能性が高い。ましてやスピリッツの住みかとなっている墓石を壊すようなことをすると、大変な怒りをスピリッツから「かう」ことになる。
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   ところで墓石とは違い、仏壇や神棚は家の中にある。なのになぜスピリッツはわざわざ家の中にやって来るのか。その答えはお墓と共通する。日本では神棚よりも仏壇の方が多く、しかも死者と結びついた考え方のため、毎日のように線香を焚いたり、食べ物を供えたりする人が多い。日々お経を唱える人もいるだろう。つまり、毎日毎日そのようなことをやっていると、『ここに居れば毎日食べ物をくれて、拝んでくれて大事にされる』と、か弱く幼いスピリッツが宿る場合がある。
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   だが一方で、人間が仏壇の前で死者をしのんで毎日泣いて暮らせば、仏壇にバッドエナジー(悪い気、エネルギー)が溜まり、そこに住むスピリッツにも悪影響を与えることになるので要注意だ。仏壇の章で説明したが、本来、”仏壇とは何をする場であるか”を、日本人はもっと理解しなければならない。
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   家の中の神棚にもスピリッツが宿る場合があるが、家の中に来るスピリッツは自然界のスピリッツと比べてとてもか弱い。仏壇、神棚ともに同じことが言えるが、高尚なスピリッツというのは、欲深い生活を送る一般家庭の中には宿らない。一般家庭の仏壇や神棚に宿っているスピリッツは、か弱くて幼い存在がほとんどで、私はそれ以外には今まで見たことがない。
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   日本の一般的な神棚はお社(やしろ)があって榊(さかき)や水、米、お神酒(おみき)をお供えするが、ほとんどが天井近くの高い位置にあることから、毎日お供えをしてお世話している人は少ない。このためか、私が見てきた限り、一般家庭の仏壇と神棚とでは、仏壇の方がよりスピリッツが住んでいることが多かった。
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   そして日本人は、仏壇と神棚の前では意識が異なる。仏壇の前では、暗く後ろ向きなことが多く、神棚の前では、欲深く前向きな意識である。そしてその意識に見合ったレベルのスピリッツを呼び込むことになるので、注意が必要だ。
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   仏壇や神棚に住むスピリッツは、お世話をされている間は人間に好意的である。時には願い事が叶うこともあるだろう。
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  仏壇に願ったら、願いが叶った。
   「きっと亡くなった父が私の願いを聞いてくれたんです」
  神棚に祈ったら、願いが叶った。
   「必死で祈ったから、神様が僕の願いを聞いてくれたんだ」
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  違う! それらは全てスピリッツの仕業である。
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スピリッツの大きさ
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   スピリッツというのは宿る対象に応じて大きさを変える。大きな木ならその大きさで、小さな花ならその花に乗れるくらいの大きさだ。川の水に宿っている場合、水の流れに沿うように長かったり、山のような大きさの巨人もいれば、小石と一緒に踏んでしまいそうな小さな小人たちもいる。墓石なら墓石の大きさに、仏壇ならそこに住めるくらいの大きさになる。
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   スピリッツは霊的な存在なので、宿る対象の大きさによって変化が可能なのだ。以前、実際に巨人のようなスピリッツが憑いている人を見つけ、スワミに頼み、手に乗るくらいの小さい丸い石に移してもらい、持ち歩いていたこともあった。彼らは一瞬で移動し、一瞬で宿る。
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スピリッツの種類
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   スピリッツの種類はさまざまである。
   スピリッツを大きく分類すると、ルーシー、エンティティ、バッドスピリッツなどに分かれる。ルーシーというのは、本来なら天界の高いレベルにふさわしい魂だが、天界を選ばず、あえて徳を積むためにこの世に留まっている存在である。例えば過去における歴史的に有名な大聖者と言われる魂などは、死んで神になるのではなくこの世に留まり、肉体を持って生きる現世の聖者たちに力を貸し、人々を助けている。
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   スワミには高い位のル―シーがついている。だからスワミのヒーリングは、人間であるスワミの力で治しているわけではない。ルーシーの力を借りてヒーリングを行なっているのだ。病院から見放された末期がん患者の癌が治ったり、歩けない人が歩けるようになったり、目が見えなかった人が見えるようになったりと、人間の常識の世界ではあり得ないことが起こる。そうした奇跡は、人間の常識外にある”ルーシーの力”を借りているから起こる現象なのだ。
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エンティティ(霊的存在)
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   土地や水、火や空気など、自然界に宿るスピリッツを”エンティティ”という。エンティティもさまざまである。
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花に宿る妖精
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   人間が妖精、フェアリーと呼ぶ存在は、自然の中でも主に花に宿っているエンティティ(存在)のことだ。花に宿るエンティティはとても純粋でか弱い。花の妖精フェアリーというと、皆が連想するのは、背中に羽のついた小さな愛らしい少女が、花の周りを飛んでいるという感じだろうか。実際のフェアリーの姿を見た時、私はこう思った。「うわ、蚊みたい」 美しい夢を壊して申し訳ないが、存在が小さくか弱すぎて、エンティティの世界でいうと虫のような存在である。
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   私は昔、フィリピンのジャングルで行われていた”魔法学校”に入学した。魔法学校の授業の一環としてフェアリーの観察が行なわれた。その時、フェアリーはとてもか弱い光を途絶えることなく放っていた。この光は物理的に見ることができる。フェアリーは青い小さな光を放ちながら飛んでいる。蛍(ほたる)の光は点滅するが、フェアリーの光はっずっと点灯しているのだ。
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   魔法学校の1人の先生が、私の手の平にフェアリーを乗せてくれた。最初、蚊を乗せられたかと思ったが、集中してよく視ると小さな人型をしていた。この時の体験から私はフェアリーを視る感覚を覚え、日本でもよくフェアリーを視るようになった。私が視てきた限り、フェアリーは草ではなく花に宿っている。(なぜ草には宿らないのだろう?)と不思議に思っていたが、ある日その謎が解けた。
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   私はスワミと一緒に、ある家を訪問した。
   私はひとり庭に出てフェアリーたちと話をしていた。すると後からスワミが庭にやって来た。するとこの時、フェアリーだけでなく、か弱いスピリッツ達も一斉に逃げ出したのだ。スワミの存在感はとてつもなく大きく、か弱いスピリッツ達からすると、何もされていなくとも恐ろしいのだ。
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   フェアリーの動きを注意深く観察すると、花から花へと逃げていた。そして(なるほど!)と気づいたことがあった。つまり、人間は草は平気で踏んで歩くが、咲いている花をわざわざ上から踏みつけて歩く人はまずいない。スピリッツ達からすると恐ろしいスワミも、花は踏まないように歩いている。フェアリーが花に宿るのは、ただ花が好きなだけかと思っていたが、踏まれないよう自分の身を守る一つの知恵なのかもしれない。
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木や岩に宿るエンティティ(霊的存在)
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   すでに述べたように、人間が木の精霊と呼ぶ存在は木に宿るスピリッツのことであり、地のエンティティのことだ。彼らは妖精よりももっと力が強い。その木に強烈な存在が宿っていると、人間が木を切り倒した場合、災いを起こして人間を殺したりすることもできる。樹齢数百年以上という古木や、自然の中の古い岩などには、強いエンティティが宿ることが多く、災いを怖れて人間はそれを御神木、御神岩などと呼び大切にしている。だが、決して木や岩そのものに力があるわけではなく、それらを住みかとするスピリッツの力によって、様々なことが起きているわけである。
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   だが御神木、御神岩として祀られている木や岩に、必ずしもエンティティが宿っているわけではない。写真のご神木とご神岩には人間に好意的なエンティティが宿っている。神社内の木や岩に宿るスピリッツは、わりと人間に好意的なエンティティが多い。(P.94~98を参照)
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   気をつけなければならないのは、人がほとんど行かないような自然の中や木や岩に宿るエンティティである。人間が足を踏み入れない自然界に宿るエンティティは、力も圧倒的に強い。もしもそのようなエンティティを怒らせてしまえば、大変な被害に見舞われることになる。
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   自然界に宿るエンティティは人間に関心が低い。だから人間が故意にエンティティの領域を荒らさない限りは、被害も出にくい。しかし注意するべきことは、人間の側に悪気がなくとも、彼らとは価値観が異なるエンティティを怒らせることがあるということ。木は切らないように触らないように気をつけることもできる。だが人間は木よりは岩に対する意識が低い。むやみに腰かけたり、山の岩を持ち帰らない方が賢明である。
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   山のふもとで小さな祠(ほこら)を多々見かける。それぞれの山にはその山に宿るエンティティの領域があり、ふもとの祠には門番を務めるエンティティが宿っていることがある。もし山に入る時に祠を見かけたら、手を合わせて「これからこの山に入らせて頂きます。もし気づかずに失礼がありましたら、どうぞお許しください」と、一言挨拶すると良いだろう。
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巨人
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   高い木々が生い茂る森林や山には、巨人が住んでいることがある。巨人は何体か見たが、私が視た限りでも巨人にもいろいろ種類があった、全身毛に覆われた巨人、手足の長い巨人、頭にコブのある巨人、鬼の姿の巨人と姿はさまざまであった。巨人は力は強いが、知能が少し低いようだった。丸い石に移して所有していた巨人も知能が低く、何かしてもらうにも何度も説明が必要だった。私の思うように巨人を動かせずイライラすることもあったが、これはスピリッツ同士の間でも同じらしく、利口なスピリッツが頭の悪い巨人にイラついていたのを見たことがあった。
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   巨人が憑いている人はたまに見かける。巨人が憑いている人をエクソシズムする(憑いている霊を祓う)場合には、巨人の影響が強く出て、人間とは思えない力で暴れることが多々ある。魔法学校でスワミが女性患者のエクソシズムをしている時、彼女が突然暴れ出し、4人の男性が彼女を押さえつけていたが、4人を同時に5メートルほど吹っ飛ばした。その4人は、1人は空手の師範、一人は元陸自の特殊部隊、一人はヒマラヤのガイド、1人は190センチある大男であった。
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小人
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   小人が憑いている人間は、手足が異常にやせ細ったり、多動症のように落ち着きがなくなったり、精神的に不安定になりやすい。特に子供に憑いているのをよく見かける。また声が小さくか弱くなる。多動症の子供を視ると小人が原因の場合が多かった。
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   小人は、樹齢数百年の立派な太い木や古くて大きな岩よりも、その辺の木や岩、石の周辺をウロウロしているので、家の木を切ったり、山の石を持ち帰ったりするだけで、運悪く小人が憑いてしまう場合がある。また、人間の目に見えないために、登山中や、家の庭で踏みつけてしまい、小人を怒らせることが多い。
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   山や森林など自然界の物をむやみに傷つけたり、持ち帰ってはいけないのはもちろんことで、木や岩のある庭付きの古い家は、小人などエンティティの問題が起こりやすい。特に、広い庭であまり人間が手入れをしていないような鬱蒼(うっそう)とした庭は、何らかのエンティティが住んでいる可能性が高い。
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水に宿るエンティティ
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   水に宿るエンティティ(存在)もたくさん見たが、これもいろいろ種類があった。灰色でドロドロと上から泥が溶けているような姿や、灰色や茶色でビラビラとしたヒラメのような姿であったり、丸くプックリしたゼリー状の姿などが多かった。水のスピリッツの中でも最も知能があり、影響力が強いのは、見た目が河童(かっぱ)のような人型のエンティティである。
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   井戸や池に住まうスピリッツは水のエンティティだ。水のエンティティは人間の価値観からすると、雰囲気も見た目もおどろおどろしく不気味な感じだ。だが人間への影響力が非常に強いため、私は水のエンティティとはなるべく直接は会話せず、別のスピリッツに水のエンティティのことを聞く方法を取っている。
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   昔から井戸や池など、そうした水にまつわる物を埋めたりすると、一家全滅するほどの悲劇が起こる場合がある。それは水のエンティティを怒らせてしまったからだ。この対策は大変に難しい。彼らからすれば自分の家を突然壊されてしまったことになる。知能も力もずば抜けた水のエンティティの怒りは容易には静まらない。だから「井戸を埋めて、空気穴を開けた」程度のことで、水のスピリッツが許してくれようはずがないのだ。
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空のスピリッツであるエンティティ(霊的存在)
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   空には空のエンティティ(存在)がいる。私は何度かUFOを目撃したことがあるが、UFOを見たことのある人は少なくないはずだ。私のところにも何人も「こんな形のUFOを見た」「宇宙人に会ったことがある」などという相談があった。ちなみに私が視たのは、色は白くて円盤状であり、一定の場所で八の字に動いていた。当時の私はもっと身近な怪奇現象に日々悩まされていたので、遠い空に浮かぶUFOなど、自分の身に被害が及ばないものには全く興味がなかった。
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   その後、私は様々な奇跡現象を体験し、偉大な多くの先生方から貴重な叡智を授かった。学びが深まったことで、”UFOは空のエンティティ”(スピリッツ)であることがわかった。つまり空のスピリッツたちがそのような姿で物質化し、こちらに見せているだけなのだ。”そういった姿をとって人間に見せているエンティティがいる”ということなのだ。
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   「UFOは宇宙人の乗り物」と多くの人たちが勝手に思い込んでいる。しかし真実はUFO現象も空のスピリッツたちの悪戯(いたずら)だ。「UFOの中から宇宙人が出て来るのを見た!」という人もいる。だが多くの場合、それはまさにエンティティたちの姿に過ぎない。すなわち昔で言えば、”河童(かっぱ)”と同様の現象である。
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      ――先祖の霊など宿っていない
               『墓と仏壇の本当の話』 ウズメ著 ヒカルランド
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                           抜粋
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。。。多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
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   ここからコピーして掲載される方は、「著書名・著者名・出版社名」を明記し、省略しないようお願いします。
                                             zeranium

・仏壇の本当の意味

   仏壇を捨てた、新しい仏壇に替えた。その後、家族が病気になった。これはよくある話である。こういったことが起きた場合、多くの日本人は「仏壇を替えたから、ご先祖が怒っておられるのだ!」と思うのだろう。でも本当にそうなのだろうか。
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   「あなたのご先祖の魂は、仏壇やお墓に宿っているのですか? そしてあなたのご先祖は子孫を病気にすることで、自分の不満を解消しようとするような、そんな人間性の悪い人だったのですか?」 死んだら魂はどうなるのか、本当の死後の世界を正しく学べたならば、そのような考えは無くなるはずだ。
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   最初に、多くの日本人の”勘違い”を明らかにしておく。
   仏壇というのは、”仏を祀る壇”である。すなわちそれは本来、仏陀を祀るための場所であり、死者を祀る場所のことではない。もし死者を祀るのなら、それは”死者壇”と呼ばねばならない。日本人は「死んだら仏になる」と言い、故人を「仏様」などと呼ぶ。このことが大きな誤解と間違いの始まりなのである。
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   仏というのは仏陀の”仏(ブッ)”を指す。
   そもそも”BHU(ブッ)はサンスクリット語で”覚者”の意である。その言葉がインドから中国へと伝わり、”BHU(ブッ)”の発音に最も近い漢字が”仏”だというだけのことである。”仏陀”というのは個人名ではなく総称であり、悟りを得た”覚者”のことだ。仏陀の代表的人物の名が、シャカ族の王子ゴータマ・シッダールタである。日本でお釈迦様と呼ばれている人物である。
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   仏壇は本来、故人に話しかけたり、ましてや先祖に願い事を言う場でもない。本来の意味の通りならば、仏壇は仏陀を祀る場所である。しかし残念ながら現在の日本では、完全に間違えたことをしていると言わねばならない。
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本当の先祖供養とは
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   ところで巷(ちまた)ではよく「先祖供養が大切だ!」と言うのを聞くが、では「先祖供養とは何ですか?」と問うて正しく答えた人に出会ったことがない。
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   「僧侶を呼んでお経を唱えてもらう」
   「故人が好きだった食べ物を供える」
   「仏壇をきれいにする」
   「親族が集まり故人の思い出を語る」
   「仏壇の前で話しかける」
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   一見正しそうな答えが返って来るが、全て的外れである。そもそも”供養”とは、”供え物を捧げる”という行為のことである。ではなぜお釈迦様や神や神聖な存在に供物をささげるのか? それはこの行為が”徳分”を生み出すからである。徳分については後で述べる。
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   前述した通り仏壇とは本来、死者壇ではなく、仏陀(お釈迦様)を祀る壇としてつくられたものである。現在の仏壇は基本的にその上部に、お釈迦様であったり、大日如来とか、あるいは様々な神聖なる存在を祀っている。本来、仏壇はお釈迦様や神聖な存在に対して供物を捧げる場所である。神聖な存在に供物を捧げた善行為により徳分が生まれる。そしてこれを取り次いでもらい先祖に捧げるために、「この徳分を先祖の誰々に捧げます」と祈る。
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   亡くなったご先祖様に対して”子孫が唯一できることは、徳分を捧げること”なのである。つまり先祖のために、神聖なる存在に供物を捧げて徳分を作り、それを先祖に捧げる。だから「先祖のために神を供養する」(先祖のことをお願いしますと頼むために神や仏陀を供養する)というのが正しい表現なのだが、それが短縮されて「先祖供養」になってしまった。そこから誤解が生じ、直接先祖に働きかけることが「先祖供養」と考えられるようになってしまった。
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   仏壇には位牌があり、それには先祖の名や没月日、享年などが書いてあるので、徳分を捧げたい先祖のことを(仏陀や神聖な存在に)正式に言うことが出来る。仏壇はそこに祀られている仏陀や神、神聖な存在に供物を捧げて徳分を作り、その徳分を先祖に送ることを行なう場所なのだ。仏壇は本来、それを行なう場所ではあるが、非物理的世界に住まう様々な存在たちを見て来た私の経験では、仏壇自体にご先祖様の魂が宿っているのを見たことはない。先祖の魂が永遠に仏壇に居続けることなどあり得ないのだ。
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   だが、仏壇を粗末に扱うと悲劇が起こるのも事実である。
   では、そこには一体何があるのだろうか。
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スピリッツ鑑定
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   私は幼い頃から様々な経験をして来た。それでその体験からスピリッツに関わる問題を視て解決する”スピリッツ鑑定”をやるようになり、依頼があれば引き受けて来た。だが内容は、カウンセラーや占い師とは全く異なる。
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   私は幼少から、自分に備わっていた第六感に苦しんだ時期があった。だがその後、スワミをはじめとする素晴らしい師達との出会いがあり、数々の叡智を学び、授かり、師の下での修行による鍛錬により、個の能力を大きく発揮出来るようになっていった。私が道を間違えないように、力を正しく使うよう、常に師が導いてくれた。特殊能力によってスピリッツに関わる問題を視い出し、授かった叡智によって解決策を出し、その解決に至るまでを”スピリッツ鑑定”と名付け、私は活動するようになった。
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   スピリッツ鑑定の依頼があった場合、私は可能な限り現場へ行く。それは依頼者の相談を聞くためだけではなく、現場のスピリッツ達にも直接話を聞くためだ。だから私に嘘は通用しない。
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   次のような例がある。
   依頼者が「うちは庭を大事にしていて、毎日花や木に水をあげているんですよ。」とにこやかに話す。だが庭にいるスピリッツに聞いてみると、彼らは怒っている。『毎日なんかしてないよ。それどころか、あいつは勝手にあの木を切ったのだ!』と。
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   それで「あの木を切った覚えはないですか?」と依頼者に尋ねると、「はい・・・昔そういうこともありました。」と答えが返って来て、真実が発覚する場合もある。人間は何十年前のことはもう忘れているか、自分が生まれる前のことは知らないこともある。しかし土地に住むスピリッツというのは、現在そこに住んでいる人間よりも、はるか昔からそこに住んでいる場合が多い。
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   また、「この家の前の道路は、昔はもっと狭かったでしょう?」と聞くと、「いやぁ、子供の頃からそんなに変わっていないと思いますけど」と言う。しかしその土地のスピリッツに聞くと、『昔はこの周りは木と土と砂利ばかりだった。でも家の前はコンクリートで埋められ、大きな車が走るようになった。その家の後ろには病院が建ち、ほとんどのスピリッツ達は逃げて行ったんだ』と教えてくれる。
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   それでそのことを伝えると、「確かにそうだった」と思い出す場合がある。だからスピリッツに直接聞いた方が早いことも多い。この人間とスピリッツの発言の照らし合わせも、スピリッツ鑑定のやり方ならではなのだ。
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スピリッツとの会話の手段
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   ある仏壇を鑑定した時の話である。依頼者から電話があった。「実家の母の引っ越しが決まり、一緒に住むことになったので実家を取り壊します。実家の仏壇の枠組みは家と同化しているため、動かすことができません。仏壇を替えたくはないのですがどうしようもない。視てもらえませんか。」
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   私は現場に行った。仏壇を視ると、男女のスピリッツが二体、住み着いていた。これは珍しい。私が視てきた限り、仏壇にスピリッツが居る場合は男のスピリッツが一体というのが多かった。仏壇の中段の左側に女のスピリッツ、右側に男のスピリッツがいた。スピリッツは人型であったり、液状であったりと姿は様々だ。この仏壇に居るスピリッツは二体共、人型のスピリッツだった。腕を組み、足も組んだ状態で、段に腰掛けている。その男女のスピリッツは丸々と太っていた。話しかけてみたが返事はない。
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   私の場合、スピリッツと対面した状況は大きく三つに分かれる。
  ①スピリッツの姿も見えて、話もできる。
  ②姿は見えるが、話ができない。
  ③姿は見えないが、話だけできる。
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   この仏壇のスピリッツは②に相当した。視えたはいいが話ができないと、判断するのが難しい。こういう場合はどうするかというと、私と話ができるスピリッツを探しに行くのだ。
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   庭がある家だったので、庭に出てみた。そこの何本かの木にスピリッツが宿っていた。人間が住む家の敷地内にある木や石、花などに宿っているスピリッツは、姿は鮮明に見えないが、話ができる場合が多い。それは向こうが私に、何か聞いてもらいたい話があり、話す意思があるからなのだ。
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   私は木に宿るスピリッツに声をかけた。
  「ここは引っ越しで〇月〇日に家を取り壊すから、その前に逃げた方がいいよ。」 すると木に宿る一体のスピリッツから返事があった。
  『自分はここを動かない。自分には役割があるのだ。』 
    「そう。ところで仏壇にいるスピリッツはいつからあそこにいるの?」
  『あれは昔はこの土地にいた小さなスピリッツだった。人間が仏壇を大事にしているのを見て、そこに住みかを移した。あそこは今は力のある場になっている。その力をどんどん吸収して大きくなっていった。』
   やはりそうか、と思ったことがあった。
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”天の扉開き”で出現した神聖物とスピリッツによる影響力
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   タイに”アチャン・バラミーターン”という司祭がいる。彼はタイの高僧達が認める偉大な司祭である。そして私の大切な師のひとりである。アチャンは儀式によって、”無から有が生じる物質化現象”を起こすことができる。この儀式を”天の扉開き”という。そしてこの儀式によって出現したものを”神聖物”という。神聖物は、天の扉開きの儀式に参加した者のみが授かれる。神聖物には強烈な力があり、授かった人は恩恵を受ける。神聖物の種類によって恩恵も様々である。(神聖物の写真 P.52~53参照)(略)
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   そして依頼者家族は、天の扉開きの儀式に参加したことがあり、神聖物を授かっていた。家族全員がとても信仰深い人達であり、この家の仏壇には神聖物が祀られていたのだ。木に宿るスピリッツに聞いた話では、神聖物が祀られるもっと以前から、そのスピリッツはこの家の仏壇にいたらしく、お供え目当てで住み出したそうだ。
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   神聖物には非常に強い崇高な力がある。神聖物が祀られると、その場から悪い存在は逃げて行くが、彼らは悪いスピリッツではないようで、そのまま仏壇に居ることができたようだ。仏壇の神聖物は神聖な力を放っている。しかしまた、仏壇というものは日本人の風習から、欲や悲観的な想いのエネルギーが溜まりやすい場でもある。
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   もともとがお供えの食べ物を目当で、居座っているスピリッツだったので、仏壇の中の神聖物より発する良い力と、その家族の欲や感情による悪い力を溜め込んでおり、それが私から見ると丸々と太ったスピリッツに見えたのだった。
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   神聖物というのは、スピリッツよりもはるかに高尚な存在が宿っており、その種類によっても特徴がある。例えば、お金が溜まる恩恵の神聖物を家に祀ると、その家から余計なお金が出て行かなくなったり、神聖物を身につけていると、自然と無駄遣いしなくなり貯金できるようになる。
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   同様にスピリッツが家の中に住んでいる場合、そのスピリッツの持つ特徴がその家に住む人間に影響する。溜め込み型のスピリッツがいると、その世話をしている人間も同じように、”手に入れた物は手放したくない。捨てたくない。いろんな物を持っていたい。蓄えたい”という思考回路になるようだ。そのため、家の中は”物”で溢れてしまう。
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   私はその家の家族に、仏壇にいたスピリッツのことや、木に宿るスピリッツから聞いた話などを説明した。すると、確かにその仏壇を世話していた年配の女性は、物を捨てられない人で、物を蓄える癖のある人だとのことだった。(略)
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お供えの効力
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   (略)外にいるスピリッツは酒や肉や魚を好むことも多く、必要に応じてそうした物を儀式の供物として捧げなければならない場合がある。しかし私は、家の中の仏壇にいるスピリッツに対しては、酒や肉や魚を供えるのはお勧めしない。非物理的世界の存在は、霊的に高い存在ほど酒や肉は好まない。だが低俗な存在ほど酒や肉を好む。つまり、家の中に神聖ではない存在を招く行為はしない方が良いのだ。
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   特にこの家の仏壇に住む男女のスピリッツは、いろんな力を溜め込む癖がある。酒や動物の死体、すなわち肉や魚などを供えると、仏壇の中に悪い力も一緒に溜め込むことになるので、そういった物は決して供えないようにと説明した。基本的に、日本のその辺のスピリッツはあまり高尚ではなく、『供え物さえくれたらいい』というのが多い。
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   仏壇に肉や魚、酒などを供えている人は、仏壇の意味を全く理解していないことを表す。では仏壇にそのようなものを供えると何が起こるのか。結論から言えば、低俗なスピリットは肉や魚、すなわち動物の死体や酒などが大好きである。その結果、動物の死体や酒を供えている仏壇は、低俗なスピリッツの住みかとなっていく。
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   その家の住人は低俗なスピリッツの影響を少なからず受けることになり、低俗な人生へと向かうことが多い。酒、金、ギャンブルなどを好み、欲望を叶えることに奔走する人生となっていく。こうして低俗なスピリッツと関係性が強くなると、欲望も叶いやすくなり、人はあたかもそれを”神”のように思ってしまうのである。
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   しかし、これは人間の人生として本来あるべき姿でないことは当然である。こうして人々の霊性を落とし、物質的、感情的な満足を得ることだけを目的とする人生になっていく。あなたの家の神聖な場が失われないように、仏壇に供物をする際には内容に気を付けてほしい。
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   以前、ある家でスワミが儀式をした際、助手として同行していた私は儀式の前に、「この家の中にある酒と動物の死体を全て、家から出してください」と家の人に指示した。家の人は冷蔵庫や納戸にあった酒や肉や魚を全て外に出した。「これで全部です」と家人は言ったが、仏壇のすぐ横に”鳥のはく製”が飾ってあった。一般の人はこれくらい”動物の死体”が家にあってもわからなくなっている。
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   仏壇は、家庭で徳分を作れる大切な場所だ。そこは家族が故人をしのんで嘆く場ではない。そこはお釈迦様など神聖な方々に、日々礼拝し、供物を捧げることで、その行為によって徳分を生じさせ、その徳分が先祖に行くようお釈迦様などに取り次いでもらう場だと理解して、そうした姿勢を心がけていただきたい。
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   しかし低俗ではないスピリッツが宿っていたとしても、スピリッツというのは、あなたが彼らを怒らせるようなことをすれば恐ろしい存在になる、ということも忘れてはいけない。
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     ――先祖など宿っていない――
             『墓と仏壇の本当の話』 ウズメ著 ヒカルランド
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                             抜粋
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。。。多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。

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                                               zeranium
 
 

・お墓や仏壇には先祖の霊など宿っていない

.  「お墓参りをしなかったらバチが当たる!」とか、「仏壇を捨てたら祟(たた)りがある!」  日本人なら誰もが耳にしたことがある話だろう。だがこれは根も葉もない話ではなく、昔から実際にそのようなことが起きているためにそのように言われ続けている。ではその「バチや祟り」は、誰が、なぜ起こしているのか? 
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.     当然、日本人なら「ご先祖様が怒っているから」と答える人が多いだろう。だが、それは本当なのか? あなたのご先祖様は、そんな理由で子孫を苦しめるような酷い人たちだったのか? もしそんなことを言われたら、あなたは、「私のご先祖を馬鹿にするな!」と怒らないといけない。
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.   私はこれまで多くの墓や仏壇の鑑定をして来たが、そこに先祖の魂、あるいは人の霊が宿っているのを見たことはない。ならば”バチや祟りは、一体誰が起こしているのだろうか”? その答えは、私のこれまでの実体験と、それを裏付ける叡智の学びの中にある。それは非物理的世界のことなので、にわかには信じられないかもしれない。だが私の体験そのものは事実である。本書を読み終えた時、あなたの中にはこれまでとは違う世界が広がっているに違いない。では、新しい世界にご案内しよう。
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スピリッツ(自然霊・精霊・妖精)の呼びかけ
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  「何をそんなに怒っているの?」
     『人間が長(おさ)の居場所を奪ったんだ!』
  「どうして欲しいの?」
     『長の場所を元に戻せ! そして謝れ!』
  「わかったよ。伝えてみるね。」
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.   これは人間同士の会話ではない。私は、とある墓場に来ていた。そこは小高い山あいの場所にある集合墓地だった。なぜそのような場所に行くことになったのか。
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.   私の霊性の師であるスワミのもとに、ある夫妻が訪ねて来られた。ご主人が肺癌で、スワミによるヒーリングを受けに来られたのだ。そしてスワミは指摘した。「病気の本当の原因はお墓を作り変えたことにある」と。その後、スワミが墓場で謝罪の祈りの儀式を行なうため、私も同行することになった。
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.   墓地に向かう車内で、私は自分と伴にいる神聖な存在に静かに祈った。「何か先にわかることがあれば教えてください。」 すると別の違う存在が私の頭の中に映像を映し出し、話しかけて来た。いくつもの墓が並んでいる場所が視える。
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 . 『人間が・・・・した。・・・で格好悪い。・・・恥ずかしい。』「何? よくわからない。後でね。」と 頭の中で返答した。私が何かの存在と会話を交わす場合には、何らかの電子機器に触れていると感度が下がり、車の中では精度も下がる。そうした状態の下ではまるで壊れたラジオを聴いているような感じで、全ては聞き取れない。しかもまだ現場を見ていないことから、私にはこの話の意味がわからなかった。墓の持ち主である夫妻と同行していたので、今視えた内容を簡単に伝えた。「集合墓地のような映像が出てきて、何かを恥ずかしいと言ってますね。」
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.   私は祈ることで、縁のある神聖な存在が答えを教えてくれることがある。頭の中に映像で答えが映し出されるのだ。しかし、そうした存在とは違う相手がこちらに伝えたいことがある場合は、無理やり映像を見せられることがある。私と縁があるなしに関わらず、非物理的存在が自分の言いたい事を伝えるために、私の頭の中に勝手に映像を映し出すのだ。私は一時期この能力に大変苦労したため、普段は映像が映し出されないように遮断している。だがたまにこのような割込みがあるのだ。
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スピリッツの怒りの原因
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.  墓場に着くと、そこは自然の中にある古い墓地で、墓石も自然石が使われているような墓ばかりだった。すると自然の中の木々や岩、花などに宿る存在たちが私に話しかけてくる。それは人間と場所を共存する非物理的存在達には、人間のする行ないに対する悩みが常にあるからだ。そのために、自分たちのことが分かる人間がやって来ると、われもわれもと話しかけてくるのである。
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.   『人間に酷いことされたんだ!』
   『ねえ、あの人に伝えて。』
   『何しにここへ来たの?』
   『お話しましょう。』
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.   きりがないので、一言だけ伝える。
   「今日は別の目的で来てるから聞けないの。ごめんね。」
.   私は寄り道することなく、目的の墓へ向かった。
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.  そこには墓石がいくつか並んでおり、家系の墓であることが一目でわかる。事前に見た映像の通りだった。そして墓を見た瞬間に原因がわかった。敷地の一番中心となる場所に、大きくて立派な墓碑があり、そこに先祖の名や没年月日などが刻んである。ツルツルに磨かれた美しい黒石の墓碑でまだ新しい。だがその墓碑には”何も宿っていなかった”。しかし、周りの古い墓石には”スピリッツ”が宿っていた。
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.  スピリッツというのは、神様や天使のような天界にいる神聖な存在ではない。かといって地上をさまよう幽霊のことでもない。彼らは肉体を持たないために物理的に人間の目には見えない。だが、彼らはこの世界の様々な場所に住んでいる。しかも人間を含めた現実の世界に影響を及ぼすほどの力を持っている。この存在のことを”スピリッツ”という。
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.  日本語には、このスピリッツに相当する的確な言葉が存在しない。なぜなら日本には、スピリッツに関する概念と叡智が伝わっていないからである。そのため仕方なく、スピリッツというラテン語を使うことを許していただきたい。
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.  土地に宿るのは地のスピリッツ、井戸や池など水に宿るのは水のスピリッツ。このスピリッツの存在が、人間にとって良い存在となるか悪い存在となるかは、人間の行ない次第で決まる。日本では「八百万(やおよろず)の神」と呼ぶ場合もある。それは昔から日本人は、人々に都合の良いことをもたらす非物理的存在のことを、ひとくくりに「神」とよんだためである。
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.  夫妻に尋ねると、現在墓碑が置かれている場所には、もともと一番主となるご先祖のお墓があったが、その後場所を移動させたという。墓石の台座となる石も捨てたとのことだった。そして新たに、墓の周辺を囲む柵をつけたようだ。
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.  (なるほど、この大きな墓碑を置くために、ここに住むスピリッツ達の長(おさ)がいる墓石の場所を移動させ、台座も捨てた。このことがスピリッツ達の逆鱗に触れたんだな。)とわかり、それをスワミと夫妻に伝えた。
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スピリッツと人間の価値観の違い
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.  スワミが墓石に宿るスピリッツに対する謝罪の儀式を始めた。私は墓の中央部分に当たる柵の外に座っていた。すると儀式の途中で、目の前の墓石に宿るスピリッツが物凄い剣幕で話しかけてきた。
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.   『人間が我々の長(おさ)の居場所を奪ったのだ!』 
  詳しく聞くと、そのスピリッツの話では、彼らが宿った石を後から人間が墓石にしたわけではなく、そこにスピリッツが好む石が墓石として用いられ設置されていたので、彼らの格の高さの順にそこにある石に宿ったということらしい。
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.  その後、そこを墓場として使用する人間が、スピリッツ集団の長が宿る墓石を格下の場所に移動させた上、台座の石も捨てたという。そのため、彼らの長の宿る墓石の高さは、格下の他の墓石と同じ高さになってしまった。そして長が本来居た場所には、ツルツルピカピカの美しい大きな黒石の墓碑が設置されてしまった。
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.  『あんな石を置かれて、恥ずかしい。』 彼らの話から初めてわかったことがあった。それは土地のスピリッツが良く宿る物の一つに「石」があるが、彼らにも”好み”があるということらしい。しかもどうやら”人間の価値観とは逆”である。つまり、彼らはより自然な状態を好み、風化しているようなボロボロの石ほど、スピリッツたちからすると『格好良い』という認識のようだ。よってツルツルに光っているような綺麗に加工してある石は『格好悪い』という認識らしい。
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.  そこから見える他の場所には、さまざまな家系の墓がいくつも立ち並んでいた。私が見渡す限り、確かにスピリッツが宿っている墓はボロボロになった墓石ばかりであり、ツルツルに磨かれたような綺麗な墓石にはスピリッツは一体も宿ってはいなかった。
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.  ここへ来る途中、車の中で聞いた『人間が・・・した。・・・で格好悪い・・・恥ずかしい。』というのは、『こんな格好悪い物を自分たちの縄張りの中心に置かれ、自分たちが守っている長をないがしろにされて、恥ずかしい。』ということだった。「ああ、さっき車の中で話しかけてくれたのは、あなただったのね。ありがとう。」と礼を言った。
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.  私の場合、スピリッツの姿が見える場合と、姿は見えないが話は出来るという場合がある。この時は一瞬だけ姿が見えた。それは男のスピリッツだった。角はないが鬼のような表情をし、半裸の力強い体格で右手に細く長い棒のようなものを持って立っていた。とても力強く感じられるスピリッツである。中央の右側の墓石にも同じような風貌の、力のありそうなスピリッツが宿っていた。
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.  よく寺院の山門の両脇に仁王像が立っているが、あれは仏敵を退散させる守護神であり、見た目がそれに近い。本来そういう姿をしたスピリッツなのか、それとも自分たちが長を守っているという意識から、こちらにそのような姿を見せているのか、そのどちらなのかは分からなかった。
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.   スワミは謝罪の儀式を黒石の墓碑の前で行なっていた。すると長を守っているスピリッツが激しく訴えて来る。
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  『おい、なぜあれ(黒石)の前で(儀式を)やっているのだ。』
     「あそこしか場所がないのだから仕方がないでしょう。」
  『長の前でやるべきだろ!』
     「ここには柵があるから無理でしょう。」
  『この柵も人間が勝手につけたのだ!』
     「わかった。後で伝えるから。」
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.   儀式を終えたスワミと、立ち会っていた夫妻にスピリッツの話を伝えた。今の立派な墓碑を撤去して元通りに戻すとなれば、大変な費用がかかる。そのうえ後日、儀式をやり直さないといけない。それは夫妻に対してもスワミに対しても、とても言いづらい話であった。
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.  「移動させられたスピリッツの長が怒っているわけではないんです。『人間が自分たちの長に失礼なことをした』と、長を守っていた周りのスピリッツたちが激しく怒っているのです。」(中略) 私は夫妻とスワミに真剣に頼んだ。「大変だと思いますが、この墓碑を撤去してください。それから捨てた台座の代わりになる自然石を探してください。可能な限り、捨てた石と似ている石が良いです。その石を台座にして、墓を元の位置の高さに戻してください。この周りの柵も取ってください。その後に謝罪の儀式をもう一度行なうのが良いです。」
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   夫妻もスワミも快く応じてくれた。後でスワミと次のような話をした。
ウズメ  「墓場にいるスピリッツは、かなり古い自然石の墓石に宿っていることが多いようです。自然の中の古い墓場に問題が多いのは、そういう場所は多くのスピリッツの居場所になっており、それを動かすことで価値観の異なる人間と彼らが衝突するからです。反対にツルツルに加工した綺麗な墓石は、スピリッツの好みではないので、そこには一体のスピリッツも宿ってはいなかったのです。」
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スワミ  「じゃあ全ての墓石ををツルツルの強化プラスチックで作れば、スピリッツは嫌がって墓石に宿らなくなるから、墓でのスピリッツの問題はなくなるな。」
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ウズメ  「そうですね。風情は皆無ですが。」 そう言って二人で笑い合った。
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.  この墓地の区域の入り口辺りに、大きな木が4本立っていた。その木にはスピリッツたちが宿っており、彼らは私達の一部始終を見ていて、『大変だねぇ。』とささやいていた。私は見られていることに気づいてはいたが、少し離れていたので、とくにこちらから話しかけることはしなかった。こういった木に宿るスピリッツのことを、日本人は”木の精霊”などと呼ぶのだろう。(略)
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スピリッツの意識は家系の一番上の男に向かう
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.  1ヶ月後に工事が終わり、二度目の謝罪の儀式に同行した。儀式の成功を願い、私は謝罪の儀式の供え物とは別に、再びスピリッツたちへの手土産を持参して行った。彼らのご機嫌を取るためだ。手土産だけでも酒やジュースなどが何十本もあるため、持ち運ぶのに苦労しながら、何とか目的の墓にたどり着く。
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.  私は木と墓石に宿るスピリッツに挨拶をし、手土産を捧げた。「私がここへ来るのは最後かもしれませんが、今日は何卒宜しくお願い致します。」実はこれは大事な一言なのである。しばらく来られないとわかっている場合は、供え物を捧げ「しばらく来られませんが、何卒(なにとぞ)。」と一言挨拶しておくと、しばらく行かなくてもあまり問題がない。「またすぐ来ます。」と言っておいて、行かない方が問題が起きる。
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.  スピリッツに対して、出来ないことは軽い気持ちで約束しない方が良い。安易に「願いが叶ったら○○しますからお願いします。」などと祈る人がいる。だが忘れた頃に願いが叶い、自分の約束事も忘れ、約束を守らなかったらどうなるか? 願いが叶うよう力を貸してくれたスピリッツの怒りをかうことになる。しかも人間同士とは違い、声に出さずとも心の中で祈ったことも、約束したこととして捉えられるので注意しなければならない。
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.  以前夫妻にお願いした通り、墓場から墓碑と柵が撤去されていた。彼らの長の墓石は元の場所に戻され、自然の石を台座にし、高さも元通りになっていた。私は注意深く視ていたが、スピリッツたちの怒りが感じられることはなかった。前回の時は、スピリッツたちの不満は抑えきれないほどに憤り、儀式の間も私に激しく訴えかけてきたが、今回は儀式の始まる前からとても静かであった。
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.  ただご主人の方が体調が悪く、今回はご主人だけ来られなかった。前回の儀式のときにスピリッツが怒っていた相手は、そのご主人だった。つまりご主人1人にスピリッツの怒りが集中していたのだ。
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.  私が、スピリッツの問題をこれまでいくつも見てきた限りでは、たとえお金を出したり、主導権を握っているのが女性であっても、不思議とスピリッツはその家系の一番上の男性に意識が向かう。一家の長となる者が一番の標的となる。家族に問題が出れば、結局その男性も困ることになるからである。
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.  私はその日ご主人が来ていないことだけが気になり、心配になった。それで「後日、体調の良い時にお墓に来て、”先日は体調が悪くて行けずに申し訳ありませんでした。”と一言(ひとこと)スピリッツに謝罪してください。」と、ご主人に伝えてもらうよう、奥様にお願いした。
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スピリッツの問題と寿命
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.  このご主人は一時期命に関わる病気に陥ったが、スワミのヒーリングを受け、病の本当の原因も解決できたので病気は治っていった。それからしばらく経った時のことだった。このご主人が亡くなったと連絡が入った。私はその悲報を聞いた時、(まさかスピリッツの怒りがまだおさまっていなかったのだろうか)と心配した。それで念のため、墓石に宿るスピリッツに聞いてみたが、『自分たちには関係ない』との返事があった。彼らとしても、何でもかんでも自分たちのせいにされるのは迷惑なのだ。
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.  私はスワミと一緒に通夜の前に、ご遺体が安置されているご自宅に訪問することになった。そしてご遺体と対面した。亡くなったご主人はご遺体の横に立っており、ニコニコした笑顔でこちらを見ていた。私はご主人を見て、死因がスピリッツではないということがわかった。もしスピリッツが怒ると、バッドエナジー(悪い気)が大量に発生するが、しかしここにはバッドエナジーはなかった。
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.  バッドエナジーというのは物質ではないので目に見えないものだが、”悪い気の塊(かたまり)”のようなもので、私にはそれが黒い煙のように見えている。つまりスピリッツを怒らせている人はバッドエナジーに覆われているのだが、本来の魂だけになったご主人を見ると、一切濁りのないとても美しい状態であった。
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.  スワミの話では、このご主人は本人の寿命が満ちる約1ヶ月前くらいで亡くなったそうだ。別の章でまた詳しく説明するが、寿命と肉体が滅ぶ日は別である。スピリッツと関わる問題が大きいと肉体に影響が出て、肉体の滅ぶ時期が早まる可能性がある。このご主人は長年、スピリッツとの問題があったために、病に苦しんだ時期があった。しかしスワミのヒーリングを受け、スピリッツの問題も解決したのでほぼ寿命を全うできたようだった。
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.  余談だが、亡くなってもまだ肉体が焼かれていない場合、魂は遺体からあまり遠くへは離れられない。離れられないというよりは、気になって離れようとしない、という感じに見える。
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.  このご主人の場合、みんながご遺体を囲んで話していると、皆と一緒に自分の遺体を囲んでおり、みんなと肩を並べて頷きながら一緒にスワミの話を聞いている。(中略)そしてその部屋の扉が開いて孫が入って来ると、ご主人は嬉しそうに孫にかけ寄ろうしたが、また自分の遺体が気になって戻った。ご主人は、自分の遺体と家族と客人を気にして忙しそうだ。
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.  私はその場でそうしたことを実況中継したくなるが、現場は悲しみに暮れているのでそうは話せない。人々は、二度と動かなくなった故人を惜しみ嘆き悲しんでいるが、亡くなった側はまだそこに存在していて、みんなの様子をすべて把握できるので、それほど寂しさは感じていない。大体が、残された人よりも、亡くなった人の方が明るい。そして火葬場で遺体が焼かれる時に、一番戸惑っているのは、他の誰でもなく、亡くなった本人なのである。
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ヒーラーとスピリッツの問題
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.  私の師であるスワミは、儀式を行なう司祭としてだけでなく奇跡を起こすヒーラーでもある。だがスワミは表舞台には一切出ないために、知る人ぞ知る人物だ。スワミの活躍は日本だけでなく、途上国の貧困層の人々をはじめ、母子感染のエイズの子どもたち、世界各国の芸能人、著名人や王族など、あらゆる人々を助けて来た。つまりエイズの子供や、病院から見放された末期がん患者を完治させたり、見えない人が目が見えるようになったり、歩けない人が歩けるようになったりと、スワミが起こす数々の奇跡を私はそばでずっと見て来た。
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.  だがヒーリングで病が治ったとしても、それがスピリッツとの関わりという問題があればどうなるか。その病の原因がスピリッツとの関わりであった場合、次から次へと問題が出てくる。今度は違う病気が発症したり、あるいは精神的な病の症状が出たり、大変な事故や事件に巻き込まれることになる。
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.  スワミの元には、日に何十人と患者が来る場合もあるが、私が見る限りでは10人に1人はただの肉体の問題ではなく、スピリッツの問題が関係している。スワミはヒーリングだけでなく、スピリッツの問題を解決する力も圧倒的だが、その病気の本当の原因を正しく見出さなければ、ヒーリングは成功しない。なぜなら原因がスピリッツとの問題であれば、別の対処をしなければならないからだ。いわゆるエクソシズムであるが、スワミは本物のエクソシストである。
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.  スワミの元には様々な問題を抱える人たちが救いを求めて来る。私はスピリッツを見る力が特出しているため、スピリッツとの直接交渉で解決できる問題は私で完結する場合もある。だが大きな問題の解決は、スワミにしかできないことが多い。あらゆる病気、不運というものは、単なる人間の肉体的事情や運だけのものではない。そこには非物理的世界の存在が関わっているのだ。
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.  あなたの家系には、代々続く同じ病気はありませんか? あなたの家のお墓は大丈夫でしょうか? ご先祖が怒っていることはあり得ません。しかし墓石に宿るスピリッツを怒らせてはいませんか?
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.         先祖の霊など宿っていない
        『墓と仏壇の本当の話』 ウズメ 著 ヒカルランド
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                      抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考えるものを掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
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   ここからコピーして掲載される方は、「著書名・著者名・出版社名」を明記し、省略しないようお願いします。
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