・予防接種は誰のためにあるのか?

   子宮頸がんワクチンは、定期接種となる2013年4月以前から、健康被害が相次ぎ問題となっていたワクチンです。接種後には痛みや発熱、けいれんだけでなく、アナフィラキシーショックや失神が多発しました。次第に関節や筋肉が動かなくなって歩けなくなり、全身に激しい痛みが出るのです。検査しても異常が見つからず、治療する手立てがない。文字が読めないなどの記憶障害や視力障害が起こりました。それはこれまでのワクチンの副作用では見られなかった異常な症状だったのです。(略)
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   しかし増え続けるそうした症状に対し、厚労省の回答は、子宮頸がんワクチンの中止ではなく「積極的推奨はしない」というきわめて無責任なものでした。厚労省の真意は、副作用があるので表だって推奨はできないものの、ワクチンの在庫をタップリ抱えている医薬品メーカーや医師の意向があるので、「受けたい人がいるから」という理由で中止にしないでおくということです。
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   副作用の症例が集まるにつれて、複合性局所疼痛症候群という痛みが、子宮頸がんワクチン接種後に極めて特徴的に現れていることがわかりました。しかし2014年1月20日、厚労省の副反応検討部会は、そうした広範な疼痛あるいは運動障害は、「心身の反応により引き起こされた症状が慢性化したものと考えられる」と結論づけました。つまり、「気持ちの問題」だと言っているわけで、そうした集約の仕方に各方面から非難が殺到しました。
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   「子宮頸がんワクチンの被害者の会」のある方の話では、高校生の娘さんは歩けなくなり車椅子生活になったそうです。厚労省はそうした健康被害を抱えた人々への救済対策として、慢性の痛み対策研究事業なるものを発足させていました。そこでその人は後遺症の軽減を求めて、厚労省指定の病院へ行きました。ところが、その大病院の担当医は開口一番、「お母さん、ワクチン受けたこと、忘れませんか?」と言ったそうです。
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   つまり、「痛みの研究」とは名ばかりで、実際には強引にそうした症状をすべて「心因性」のものにして、ワクチンとの関連はなしとする結論に導こうとしているわけで、その思惑が見え透いています。しかも接種後、車椅子になった少女に対し、「子宮頸がんワクチンが原因だと思うから状況が悪くなるんです。無理にでも歩けば治ります。3ヵ月間早起きして、朝日を浴びて散歩しましょう」と言ったそうです。
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   かつて1989年にスタートしたMMR(はしか、おたふくかぜ、風疹)ワクチンが導入されてすぐ、2歳未満の赤ちゃんに無菌性髄膜炎の副作用が多発しました。しかしその時も、当時の厚生省はその副作用を認めようとせず、接種を続行しました。そしてMMRワクチンが中止されたのは、導入されてから4年後でした。5人の死亡を含む、1700人以上の被害を出す最悪の結果を残しました。
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   なぜ、すぐ中止にできないのでしょうか? どうして結果から学ばないのでしょうか? 2014年9月現在、いまだに子宮頸がんワクチンは中止になっていません。しかも今も、勧められるままにワクチンを打ち、被害を受けている人がいるのです。
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子宮頸がんワクチンは「がんを予防しない」
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   「子宮頸がんワクチン」とは通称であり、正式にはヒトパピローマウイルスワクチンといいます。それを子宮頸がんワクチンと呼んでいるのは日本だけです。つまりこのワクチンは、子宮頸がんの原因とされているヒトパピローマウイルスの感染を防ぐとされるワクチンであって、子宮頸がんそのものを予防するワクチンではないのです。
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   それにもかかわらず、厚労省はそれを子宮頸がんワクチンだとして、偽った名称を堂々と使用しているのです。(つまり子宮頸がんという名称に国民は騙されているわけです) ワクチンとは、ある病気の病原体に対し免疫抗体を作り、その病気を防ぎます。それは鍵と鍵穴の関係です。鍵と鍵穴がぴったり照合している関係だからこそ、ワクチンは意味があります。そのようにして数々のワクチンが開発されてきました。しかし子宮頸がんワクチンは、その鍵と鍵穴の関係が「完全に」無視されています。
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   「ヒトパピローマウイルスの感染を防ぐワクチンだから、将来、がんも防ぐかもしれない。まだ確認できていないが、30年後もおそらくワクチンの効果が続き、その時もヒトパピローマウイルスの感染を防ぐだろうから、多分がん化するのも防ぐだろう・・・」というわけで、「風が吹けば桶屋がもうかる」式というか、ほとんど希望的観測により作られたものでしかないワクチンなのです。
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   子宮頸がんの原因は、女性が性交渉によって男性から感染するとされ、それがヒトパピローマウイルスだとされています。ですが本当に、感染経路はそれだけなのでしょうか? では男性はどこから感染するのでしょうか? 実際にはほとんどの人がヒトパピローマウイルスに感染しますが、ほとんどの人が子宮頸がんにはなりません。しかもワクチンができて間もないこともあり、効果も調査できてはいないのです。(略)
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メディアによって広められ宣伝された「嘘」
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   また子宮頸がんが若い人に増えているとされて、積極的に打つよう宣伝が行われました。ですが統計上では、亡くなっているのはほとんどが中高年以上の人であることがわかっています。このワクチンには、病気の実態だけでなく宣伝にも明らかな矛盾が見られます。宣伝では、「がんを防げる唯一のワクチンです」「子宮頸がんはワクチンで防ぐことのできるがんです」と大々的に行われましたが、これはかなり無理のある言い方であって、詐欺にも等しい宣伝です。
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   公的な子宮頸がんワクチンの説明文を読むと、「予防する効果が期待されています」としか書かれていません。つまり、「効果が期待される」とは、効果があるかどうかまったくデータがとれていないワクチンについてしばしば使われる表現なのです。壮大な実験に参加してデータをとり、協力をするつもりがないのであれば、そんなワクチンは打つべきではありません。
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新型インフルエンザの登場でワクチンの輸入が始まった
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   日本で認可されている子宮頸がんワクチンは、グラクソ・スミスクライン社(イギリス)のサーバリックスと、メルク・アンド・カンパニー(アメリカ)のガーダシルという2種類のワクチンです。最初に認可されたのはサーバリックスで、2009年に新型インフルエンザが発生した年でした。

   輸入するかどうかで、もめにもめましたが、海外から輸入の新型インフルエンザワクチンがやって来る年末、日本ではインフルエンザの流行はほとんど沈静化していました。結局、日本政府はノバルティス社(スイス)の新型インフルエンザワクチンの3割を解約し、莫大な解約金を支払いました。グラクソ・スミスクライン社との契約も3割解約しましたが、こちらは解約金なしでした。
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   そしてこのグラクソ・スミスクライン社の子宮頸がんワクチン、サーバリックスが認可されたわけですが、2010年11月には子宮頸がんワクチンだけでなく、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンなど3つの海外産ワクチンに対し公費助成が決まったのです。
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子宮頸がんワクチンは地方自治体の政治家と学校の奨励で広まった
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   2010年の参院選で、選挙公約に「子宮頸がんワクチン無料化」をかかげ、当選したタレント議員がいました。そしてその年の選挙活動はどこの地方自治体も、「女性を子宮頸がんから救おう」の大コールでした。その結果、ワクチンに補助金をつけた自治体が現れ、子宮頸がんワクチンが予防接種法に入っていなかったので、選挙活動や政治家のアピールを通じて大いに推奨されました。しかもその子宮頸がんワクチンは、科学的データや臨床的データなど何一つ検証されないままに、地元の政治家主導で宣伝されていったのです。
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   そして自治体の動きとしっかり連動していたのは学校でした。
   学校ぐるみで集団接種を行なったところすらありました。そして学校を通じて子宮頸がんワクチンが奨励されていったために、ますますおかしな追い詰められた事態となりました。ヒトパピローマウイルスは、おもに性交渉によって男性から感染するとされており、すでに性交渉の経験があれば子宮頸がんワクチンは無効とされます。そのために学校の現場では、「接種を拒否すれば性交経験者と思われてしまう」「誤解されてしまうから拒否はできない」という非常に嫌な状況ができてしまったのです。
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   当時、自治体や学校において、子宮頸がんワクチンをさかんに推奨した人たちは、それが本当にどういうワクチンかわかっていたのでしょうか? 彼らがそれをキチンと理解した上で勧めていたとはとても思えません。
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震災後、日本中の女性を不安に陥れた「子宮頸がんのテレビCM」
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   子宮頸がんワクチンは自費で打てば、5万円以上もする高価なものです。
   しかし2010年11月、政府の補正予算「子宮頸がん接種緊急促進臨時特例交付金」として大金が投じられ、子宮頸がんワクチンの公費助成が決まりました。そして、そんな中、2011年3月11日、東日本大震災が東北、北関東を襲いました。日本中が喪に服す中、民放のテレビ番組のスポンサーである企業が娯楽系のCMを自粛しましたが、それに替わり公益社団法人ACジャパンのCM ばかりが流れることになりました。
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   その中で繰り返し放映されたのが、子宮頸がんに罹った経験をしたある女優を起用した「子宮頸がんの怖さを訴えるCM」でした。こうして震災後の不安な中で何度も繰り返し流されたCMは、日本中の女性たちに衝撃を与えました。このようにして子宮頸がんの認知度は一気に上がっていったのです。
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   「危険だ、危険だ」「大変だ、怖い、怖い」そのように繰り返しメディアで紹介される病気や伝染病、感染症があったら十分気をつけることです。そのうちその病気を予防するワクチンや薬が売り出されるかもしれません。人は命と健康が脅かされると、いくらでもお金を使ってしまうし、何でもしてしまうのです。立派な経歴の先生の論文を引用して宣伝されれば、疑うことなくすぐ信じてしまう。そうした人々の心理につけこんだ薬剤やワクチンの宣伝が、何の規制もされないままにテレビや新聞で垂れ流しになっています。
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   宣伝に引用された論文は、データ改ざんや捏造、つまり嘘の可能性があることを、私たちは頭に入れておくべきです。そして実際に効果がないのにもかかわらず、嘘の宣伝をして売りさばかれている薬の何と多いことか。ワクチンも同じですが、ワクチンの方がもっとたちが悪いです。
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   2014年の4月、子宮頸がんワクチンなどの副作用について審議する、副反応検討部会のメンバーたちが、子宮頸がんワクチンのメーカーから講演料などを受け取っていたにもかかわらず、すべてを申告せずに審議会に参加していたことが公表されました。同じく、子宮頸がんの制圧を目指す専門会議と称した、子宮頸がんワクチン接種の啓発を進めている医師や学者を中心とした団体が、ワクチンメーカーから莫大な寄付金を受け取っていたことも暴露されました。これらはほんの氷山の一角です。
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   これだけの被害を出し、今も出し続けており、しかもワクチンとしての価値すらないとしか思えない子宮頸がんワクチンを、未だに中止することができないのはなぜでしょうか? それは中止するとそれによって潤っている人たちが困ることになり、受け取るものが減ってしまう人たちがたくさんいるからです。
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   政治家主導で行われてきた子宮頸がんワクチン。
   このワクチン促進に、「中止する」と引導を渡せる人は誰なのでしょうか?
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 『もうワクチンはやめなさい』
     医学博士・元国立公衆衛生院疫学部感染症室長 母里啓子著 双葉社
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.   多くの方々の著書から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。著作権利侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
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・人生は目的にあふれている

   郵便配達人がケイシーの家に運んで来る手紙はどれもみな、助けを求める悲痛な叫びに満ちていた。彼の晩年には、手紙はアメリカ国内だけでなく、ついに世界中から届くようになっていた。それは南米やカナダ、イギリス、それにヨーロッパの戦場から、太平洋戦争の最前線から、アラスカ、オーストラリアからも届けられた。

   これらの手紙を読むと、心を打たれずにはいられない。彼らの手紙には、人間が遭遇し得るあらゆる悲惨さがつづられていた。そして長年にわたり、そのことごとくにリーディングを与え続けたケイシーの尽力と、彼がこの仕事に骨惜しみしなかったことから彼の人柄がしのばれる。
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   ケイシー亡きいま、彼のその透視を通じて個人的助言を受けることは不可能になったが、似たようなケースに与えられた彼の言葉を検討することで、自分の解決策を見つける助けとなるだろう。人々に与えられた助言では決まって、その苦境の究極の原因は自分の中にあると諭している。リーディングは、それこそが悩める人々の受け入れるべき第一の教訓であることを示している。つまり、すべての問題は結局自分が引き起こしたものであり、自分で償うべきものなのである。
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   不幸や不愉快な体験の経験をするのは、自分自身の中に何か間違ったものがあるという証拠であり、それを思い起こさせるものである――このことが理解されるようになれば、人は自己満足から目が覚めるだろう。周囲の状況や人々を責めるのをやめ、回りを何とか変えようとするのをやめ、自分の心の中に目を向け、どこに自分の欠けたもの、足りないものがあるか、また学ばねばならない教訓があるかを探るようになるだろう。
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   困難が何であろうと――それが孤独や淋しさであれ、相性の悪い夫、妻であれ、知的障害を持った自分の子どもであれ、劣等感であろうと、思うようにならない環境であろうと、それらはすべて自分自身の変革によってのみ事態は変化することを悟らなければならない。つまり、自分の態度を変えることが第一に重要なことなのである。
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   ケイシー・リーディングは一貫して、いわゆる「神」といわれる「宇宙の創造力」「創造的エネルギー」は存在すると主張している。我々の生きる現象世界のあらゆるものは、宇宙の創造的エネルギーの一つの表現である。そして我々はこの中に生きて存在し、そのエネルギーや神性を分かち与えられているゆえに、我々はこれと一つであることを悟る必要がある。ケイシーリーディングに述べられた多くの表現の中から、いくつか拾ってみよう。
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   「人生とは何か。神である創造主のエネルギーはこの物質界に顕現している。なぜなら我々が生きて活動し、存在を保っていられるのは、我々が神の中にいるからである。生命とは、我々が神と呼ぶ宇宙的力であり、エネルギーの物質的あらわれだからである」
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   「人は自らの内にある神とともに行動するか、さもなければ内なる神にさからって行動するかのどちらかである」
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人生は目的にあふれている
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    「人生とは、個人的な意味でも普遍的な意味においても、偶然にもたらされたものではない。人生の最終目的は、自らの神性を自覚しながら生きることであり、内なる神と再び一つになることにある。我々はそのはじめ、創造主である神と一つであった。しかし物質への無知な愛着と差別や傲慢、利己主義などが原因で、そのために神から分離したのである」
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   「人は誰でも偶然に生まれるのではない。
   なぜなら地球は因果の世界であるからだ。地球においては因果律という因果応報が自然の法則として用いられる。それぞれの魂がなぜこの物質世界にやって来るかといえば、自分がここへ入ることになった目的をよりよく知ることができるように、それらの教訓や真理を得るためである」
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   「あなたは太初、神との親しい関係を保っていた。
   だが物質的願望を満たすものばかりを選択したことから、創造主との親しい関わりを失ってしまった。それゆえ、(キリスト教徒の)主(イエス・キリスト)がそうであったように、あなたは何度も何度も地上世界へ入ることになり、あなたの魂が神と一致して親しさを取り戻す存在となるために、「因果応報の法則」を成し遂げるためにやって来るのである。
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人生は連続的なもの
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   「我々が自らの神性を自覚し、内なる神との再融合はすぐには実現しない。
   なぜなら意識の成長、進化は遅々とした歩みでしかなく、そのゆえに完成は永劫の時を通して行われる。究極的な意味では時間というものは存在しないが、だが我々の三次元的な感覚には時間が存在するように感じられる。我々の持つ限界ゆえにそうした時間の理解に従うとき、人生は連続的であることを理解しなければならない」
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   「人は天国や極楽に行くのではない。
   天へ向かって成長するのである。なぜなら人生は肉体を超えて連続しているからだ。そこには停止というものはない。我々はただ進歩するか退歩するかのいずれかなのだ。人はたえず連続して生きるものであり、その意識状態が変化し存在の波動が変わることにより、その様相が変化するだけである」
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   「今日の自らの実体の状態は、何日か前、あるいは何年か前、何万年か前の自らの経験の結果である。なぜなら人生は連続しているからだ。それゆえ今、自らの実体が物質界に現れていようと、そのほかの意識状態に現れていようと、同じことである」
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   「次のことをよく学ぶことである。
   まず人生は連続するということ。時間というものは存在せず、あるのは一つの時間があるだけということ。空間というものもない。一つの空間があるだけだ。そして力というものもない。宇宙のエネルギーである創造主の一つの力が、さまざまなすべての様相に現れているだけである」
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あらゆる人生は宇宙の「因果応報の法則」のもとにある
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   「地上には不変の霊的法則があることを覚えておくことである。
   まず第一に、同類は同類を生み出すということ。人は何であれ、自分が蒔いたものを刈り取るということ。そしてあなたが他人にした扱いをもって、あなたも将来他人から扱われるようになるということ」
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   「この次元に生きることが生のすべてではなく、また死ぬこともすべてではない。
   宇宙全体あるいは中心から眺めれば、生から死が、死から生が誕生する。つまり、あらゆる放射を生じている宇宙の中心にむけて、それぞれの魂が行ったり来たりしているだけの経験に過ぎないからである」
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   「覚えておきなさい。
   あなたがかつて行なったことに、今あなたが出会っているのだ。そして次のことを心に留めて生きなさい。すなわち、たとえほんのわずかであっても宇宙の法則を破ったならば、人はその1片に至るまですべてを償わなければならないということを」
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   「今のあなたが肉体的、精神的、霊的にどのような状態にあろうとも、それはあなたが自分でつくり上げてきたものであり、あなたの成長に必要なものである。けっして自分を憐れんだり、誰かに虐待されたなどと考えてはならない。なぜなら人は自分が蒔いたものを刈り取るからだ。あなたが人を虐待しないのに、他人から虐待されることはない。似たものは似たものを生じさせるのであり、そうでなければ自然に反することになる」
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   「今、あなたがどのような状況にあろうと、それは今のあなたにとってベストである。
   過去の出来事がもっと違うものであったらと、過去を振り返ってはならない。むしろ、今あなたがいるところで心を立ち上がらせ、上を見よ」
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      MANY MANSIONS by Gina Cerminara
    改訂新訳 『転生の秘密』 ジナ・サーミナラ著  たま出版
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                             抜粋
 

・他人にする批判、中傷、嘲笑に気をつけよう

   ケイシーファイルの中には、興味深い前世的起源を示す次のような例がある。
   ニューヨークで生まれ育ったある歯科医がおり、彼はずっと都会で生きてきた。彼の家族も何代も前からずっと都会育ちの人々だった。歯科医の仕事は繁盛し、都会生活もきわめて彼の性に合っていて好きだった。だが彼にはある衝動があり、それは鉄砲や釣り竿を担いで、自然や野山や川へ出かけたい衝動に駆られることだった。そして実際に彼は定期的に、荒野へ行って1人でキャンプしたり、野外生活に強烈な興味を抱いていた。
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   それは彼の徹底的に都会的な性格とは矛盾する要素である。
   だが輪廻説から見れば、このことはよく理解できる。ケイシーのリーディングによれば、彼の前世は初期のオランダ植民地時代に、この国(アメリカ大陸)にやって来たデンマーク人だった。彼はニュージャージーの沼や湖や川の多い地方に住み、猟師であり毛皮の商人だった。それゆえ、森や小川に対する郷愁が、今世において都会生活をするようになっても残っていたのである。
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   このようなどこかの場所に魅力を感じる原因は、ケイシーのリーディングによれば、そこで楽しく過ごした前世の無意識の思い出にあるようだった。アメリカ東海岸に住んでいたある実業家の女性は、長年にわたり西南部へ移転したいとずっと願っていた。彼女はついに願いが叶って移転し、現在はニュー・メキシコ州でホテルの支配人をしている。リーディングによれば、彼女は2回の生涯をこの地方で過ごしたことがあるので、その地方への郷愁がずっと持続していたのである。
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   そのほかにも、人が持つ特徴や興味や態度などが、前世にその起源をもつことを示すおもしろい実例をケイシーファイルは提供してくれる。ある資産家の婦人は、非常に尊大で横暴だったが、ライフリーディングによると彼女のこの傾向は、かつて前世でオハイオ州で教師をしていたことや、パレスチナやインドにおいて権力者の地位にあったことからきていることがわかった。(略)
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   ある少年は、子どもの頃から非常に議論するのが好きで、きわめて鋭い推理力を持っていた。その性質は、アルフレッド大王によって陪審制度が設立された頃に、彼が法律家として生きていたことと、ペルシアで裁判官をしていた前世に由来していた。また神秘的で瞑想的な傾向を持つある婦人は、19世紀における前世で修道院の院長をしていた。ある金持ちの青年は、治る見込みのない悪質な飲酒癖のために、名門の家名を貶めていたが、この欠点の基は、アメリカのゴールド・ラッシュ時代の自堕落な経験によってつくられたのだった。(略)
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霊魂の性質は自ら育
て、稼(かせ)ぎとったもの
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   ケイシーのファイルには、これに似た何百という実例を見出すことができる。
   以上を要約すると次のようになる。つまり、近代心理学は、人間の相違は第一に両親の遺伝子により、第二には環境の影響によって決定されると考えている。しかし輪廻の考え方によると、遺伝も環境もともに前世のカルマが持つ決定的要素の結果であり、1人1人の霊魂の持つすべての性質は、両親から遺伝されたというよりは自ら稼(かせ)ぎとったものなのである。(略)
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   ケイシーファイルの中には、社会的的適応がうまくいった例やそうでない例で、これまで述べた原理を裏書きするものが多くある。その一つのケースは、ワシントン州で私設秘書をしていた48歳の女性の例である。彼女は過去にその外交的才能を濫用したために、現在否応なしにその心理的態度を矯正させられている。彼女の手紙には、彼女が入っていくどのようなグループにおいても、自分が歓迎されない人間だと感じていることが現れている。
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   「私は恐怖心を持って育ちました。それが一生つきまとっています。群衆の中にいるとき、私はいつも自分が不要な存在であると感じます。どうしてよいのか、何といったらいいか途方にくれるのです。私は人から嫌われるのが恐ろしくて、そのために、人から求められる以上のことをしなくてはならないという気がいつもしています。ですから誰か他の人のために何かしようとして、そのために自分の楽しみや健康まで犠牲にしてしまうのです。私は人から必要とされたいのです」
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   彼女はこれまで3度恋愛の経験があったが、そのうち3度とも、男は愛を誓いながら彼女を捨てて他の女と結婚してしまった。ライフリーディングは、彼女が前世でオハイオ州の初期の頃の移民であったと指摘し、次のように述べている。「過去において、彼女は他人に対して慇懃(いんぎん 形式的には丁寧で礼儀正し)かったが、それは自分の利己的な目的のためであった。それゆえ、自分は満足したが、多くの人を失望させた。つまり今世において彼女を躓(つまづ)かせている人々に、かつて彼女は権力をふるったのである。他人を踏み台にすることは、いつか必ず自分自身でその埋め合わせをしなければならないカルマに陥ることになる」。
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   宇宙は正直である。
   宇宙はそこへ放たれたものをそのまま投げ返す。この婦人の悲惨な状態は、彼女がかつて他人の生活に対してつくった状態を、真実を映す鏡のように暴露する。前世における彼女は、他人との交際も、それが自分の利益にならない場合はしなかった。そのために現世では家庭における彼女の子ども時代の環境も、自分を無用な人間だと思わせる基をつくった。こうして彼女は不安定な内向的性格となり、それが大人になっても続いている。彼女は十人並みの容姿を持ち、男性を惹きつけるだけの社交的才能もあったが、男たちが彼女を愛していても、結局どの男にも失望したのだ。
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   自分は要らない人間であるという意識や内向的性格が、人から好かれて必要とされるようになるために、他人を助けようという努力へ向かわせることになった。このようにしてカルマの矯正目的は行われつつある。つまり自分の利益のために、過去において自分の社交的能力を不誠実に濫用したが、その能力が今世では抑圧されているので、いやでも誠実で無私な態度をとり、自分を社会に順応させることしか道がないのである。(略)
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.他人への批判や中傷、嘲笑のカルマ
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   不寛容と同じような特徴に属するものに「批判的傾向」がある。
   次の例は過度の批判が生み出すカルマの結果の興味深い例である。その人は27歳になる青年で、劣等感でひどく苦しんでいた。この人格的な欠陥に対する原因を、彼の子ども時代に見出すことはできなかった。あるいは批判的で理不尽な親を持っていたのかもしれず、もしかすると肉体的な外見が彼を級友の嘲笑の的にしていたのかもしれない。我々がこのような推測をするのは、彼のカルマの罪の性質のためである。

   リーディングは、「人は蒔いたものを刈り取らなければならない」という。
   「あなたが人を批判したから、今度は自分が批判される番になったのだ」と。リーディングは、この青年が前世で文芸批評家であり、自分の気に入らないものはすべて容赦なく痛烈に批判したことを明らかにした。つまり、過去において他人に多大な自己不信を植え付けたために、今度は自分自身が自信喪失で悩まなければならないというわけである。ここにカルマが持つ多種多様な働きの一断面が見られる。このことは非常に重要な面であり、我々が当然と思って行なっている行為についての、道徳的な意味を熟考する必要がある。
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   なぜなら現代に生きる我々にとって、他人に対する気軽な批評や批判はたやすく、どこででも行われる娯楽のようなものになっており、おもしろおかしく気晴らしに行なっている。それがたとえ1円もかからぬ批評、批判であっても、自分の口から出た言葉に対して、いつか必ず支払わねばならぬ高い娯楽であるのは確かである。ケイシーの情報源はしばしばこうした面において、多大な誤りを犯している多くの人々に鋭い警告を与えている。
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   リーディングは言う、「人は腹を立てると他人を厳しく批判する傾向がある。これは改めなければならない。なぜなら、他人について言ったことはすべて、いつか何らかの形で自分自身の身にふりかかってくるからである」。注目すべきは、動機と目的がカルマの作用を引き起こす力になるという点である。つまり、この青年が前世で文芸批評家を職業としていたことが問題なのではなく、むしろ彼のとっていた心の態度や、それに従って自分の職業を軽率に遂行したことがカルマを引き起こしたのである。(略)
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権力の濫用と性的過剰のカルマ
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   前章において我々は、前世で人々に命令を下していた経験が、しばしば高慢な性格を形成した例を見てきた。リーダーシップは称賛すべき性質であるが、同時にしばしば横暴へと堕落するものである。そうした職務上の地位が、不謹慎なうぬぼれや尊大さへと導いた例はケーシーファイルにも多々見られ、権力の濫用とそのカルマの結果のひどい実例がある。
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   その一つだが、アメリカのサーレムで行われた魔女裁判の時代、有力な地位についていたある人物のケースを見てみよう。多くの女性たちが魔女の嫌疑をかけられて迫害されたのは、ほとんどがこの人物の責任だった。そのときの清教徒たちは、キリスト教信仰の保護のためとして魔術を防止することに情熱を傾けていたが、この男は自分の置かれた地位と権力を利己的な目的のために行使するようになった。彼は投獄された女性たちを、自分の肉欲の満足のために利用したのだった。
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   ケイシーファイルでは、この清教徒の「やくざ者」が、今世ではしばしば猛烈な「てんかん」の発作に襲われる、11歳の少年として生まれていることを明らかにした。彼の母親は夫に捨てられて貧困に喘いでおり、リーディングがとられたとき、彼は左半身の自由がきかず、しゃべる能力も失っていた。一人で大小便もできず、衣服を脱いだり着たりもできなかった。肩は前にかがみ、2、30分ごとに起こる痙攣が2、3日も続くと、頭を上げることも一人で座っていることもできなかった。
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   ケイシーによると、「てんかん」はしばしば性的過剰のカルマの結果である。
   この場合は権力の濫用がこの事態を引き起こした主要な要素であり、母親の貧困と最底辺の生活は、かつての彼が経済的に安定した立場であったのとは対照的であるが、彼の「てんかん」そのものはやはり性的過剰のカルマの結果であり、これは職務上の地位の濫用の一形態なのである。(略)
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   こうした実例から理解できることは、輪廻の考え方とは、決して日和見(ひよりみ)的な安易な態度をとることではないと力説しなくてはならない。おそろしい窮乏の教訓を学ばなければならない人々は、それが可能な歴史的時期や場所、環境を選んで誕生する。しかし同時に、他人の運命改善のために積極的に動かない人々は、怠慢の罪を犯しているわけである。他人を意識的に食い物にする者は、積極的な犯罪を犯している。こうした同胞、隣人に対する2つの罪は、いつか償わなくてはならないものである。
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   私の理解が正しければ、輪廻は同胞を欺こうとする者や、横暴な人間にとって救いにはならない。輪廻の教えが第一に強調している点は、心理的な面である。なぜならそれは個人の魂や、魂が完成を実現するための法則や条件に関係しているからである。そしてすべてのものにとって愛が究極の目的であり、愛こそが人々の進化を調整するカルマの主要な部分だと言える。
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         MANY MANSIONS by Gina Cerminara
              改訂新訳 『転生の秘密』 ジナ・サーミナラ著  たま出版
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                                  抜粋
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   多くの方々の著書から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。著作権利侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
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                                           zeranium

・「変わる気がないのなら、今のまま治らぬほうがよい」

   他人に対して嘲笑(ちょうしょう)や嘲弄(ちょうろう)などのあざけりの行為が表現されるとき、それは特にカルマを生じるものである。なぜなら残酷な笑いや蔑(さげすみ)みの言葉は、肉体的な攻撃と等しいものであるからだ。ゆえに、ここに「投げ矢のカルマ」が生じることとなり、嘲笑された人が悩んでいる苦悩と同じものを結果的に受け取ることとなる。
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   エドガー・ケイシーのファイルには、この種のカルマを原因とする深刻な実例が7つ挙げられている。そして奇妙なことにそのうちの6つは、ローマのキリスト教徒迫害時代にその起源を持っている。ここにも我々は、歴史のある時代に一群の霊魂たちが、他の時代に同時に再び地上に戻って来る様子を見ることができる。
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悲惨な状況にある人を嘲笑したカルマ
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   実例の1つ目は、脳性麻痺のケースである。
   ある45歳になる女性は、法律家の妻で3人の子どもの母親であるが、36歳の時に脳性麻痺になり、それ以来歩行不能となってしまった。彼女の生活はすべて、車椅子の中で営まれている。家の内部でも他の場所へ行くためには、すべて誰かに頼らなければならない。ケイシーのリーディングによると、このカルマの原因は、古代ローマにおけるこの人の行ないにあるとのことだった。
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       彼女はその当時、王族の一員で、ネロと緊密に提携してキリスト教徒を迫害したのである。「この人は闘技場で戦いを強いられて足が破壊された者に嘲笑を浴びせかけた。だから見よ、それと同じことが、今度は自分の身に起こっているのだ」、とリーディングは言うのだった。
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   第二の例は、おそらくケイシーファイルの中で、これ以上悲惨な例はないと思われるものだが、34歳の女性のケースである。生後6か月で脳性麻痺になり、そのために背骨が曲がり足が悪くなった。父親は農業をしていたが、こうした娘のありさまにまったく無関心で、不自由な体で娘が養鶏で稼いだお金を自分のために勝手に使った。
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       運命はこの女性に2度も不幸な恋愛をもたらした。だが最初の恋人は第一次世界大戦で戦死した。その後別の男と婚約したが、男は大病に罹り、病気が治ると、入院中に世話してくれた看護婦と結婚してしまった。こうした肉体的精神的痛手に加え、両親は絶えず夫婦喧嘩をし、農場の生活は淋しかった。その後、石段から転げ落ちてしまい、ただでさえ曲がっている背中に大けがをし、病床に臥してしまった。
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   リーディングは、少なくとも肉体的な状態だけでなく、前々世にさかのぼるローマ時代にカルマがつくられたという。「この人はその当時、宮廷内の家族の一員で、しばしば人間と人間との闘いや、人間と猛獣との闘いを特等席に座って眺めた。現在彼女が受けている肉体的苦悩の大部分は、その当時、命がけで闘う人々の悲惨な状態を見て笑った、その嘲笑に原因がある」と。
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他人の弱さを嘲ったカルマ
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   第三の例は、ある映画のプロデューサーで、この人は17歳の時に脳性麻痺にかかり、ある程度スポーツや乗馬ができるようになったが、いまだに足が不自由だった。この人の場合も、初期キリスト教徒が迫害されたローマがその罪の場所だった。「この人は軍人の仲間であり、闘技場に連れ出されて恐怖におののく人々や、抵抗することなく屈してしまう人々を見て嘲笑を浴びせかけたのである。彼のこの行為のために、この人は今世で敗北者となった。今世で肉体の障害を持ったことは、内的自己の目覚めのためと霊的力を発達させるために必要な経験なのである」。
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   脳性麻痺以外の病気で、嘲笑の行為に原因を持つケースが他にいくつかある。
   腰椎カリエスで足を悪くした女の子がおり、彼女の前世はアメリカの初期の開拓者だった。彼女の病気のカルマ的原因がつくられたのは、その一つ前の前世であるローマだった。当時この人はネロの宮廷の貴族の一員で、闘技場でキリスト教徒の迫害を見物するのを楽しんだのである。彼女は特に、ライオンの爪にかかって横腹を引き裂かれた少女をあざ笑ったのだ」。
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.自分よりも劣っている人や醜い人を嘲ったカルマ
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   次は18歳の少女だが、彼女の肥満の原因を医者は脳下垂体の過度の活動だとした。ケイシーのフィジカルリーディングも、これを「腺の異常」と呼んでいる点で一致していた。しかしリーディングは他の場所で、腺そのものが霊魂あるいはカルマの遺伝を現す焦点だと言っている。ゆえにこの少女の腺の状態とそれから生じる肥満症とは、カルマに原因を持つものと考えていいだろう。彼女は2つ前の前世においてローマの運動選手だった。彼女は美しさもスポーツ選手としての技能もすぐれていたが、彼女ほど敏捷でなく、肥っている人をあざ笑うことがしばしばあったのである。
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   次のケースはカトリック信者の21歳になる青年だが、両親は彼を司祭にしたがっていた。だが彼はその使命を感じなかったので、両親のすすめに応じなかった。彼の人生におけるもっとも大きな中心的な問題は、非常に強い同性愛の衝動だった。彼の依頼でライフリーディングがとられた。
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他人をさばくさばきで自分もさばかれる
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      それによると、彼の前世はフランス宮廷の諷刺家であり、宮廷内の同性愛のスキャンダルを、持ち前の漫画的才能を持ってすっぱ抜くことに特別な興味を感じていた。「あなたは他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている」。リーディングは終わりに言った、「あなたがさばくそのさばきで自分もさばかれ、あなたがはかるその秤で、自分もはかり与えられる。さばくあなたも同じことを行なっているからである」と。
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   今見て来たさまざまな肉体的苦悩のケースであるが、生まれながらにそれらの病気にかかった者が1人もいないのは興味深い。どの場合でも、苦悩は生後6か月から36歳にわたる期間に後天的に現れている。だが表面上の原因の陰に、別のもっと深い原因があるように思われる。不慮の災難に遭っても、ある人は死に、ある人は死なない。あるいはある人はかすり傷一つ負わないのに、ある人は醜い障害を負うという場合、これらは一見、偶然のことのように思える。
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        しかし前述の数々の実例は、不慮の災難の混乱の中においても、何らかの内的な見えない力が働いて、カルマの上から言うと、当然払うべきものが正確にそこに割り当てられているように思われる。それがたとえば脳性麻痺の菌に感染しやすいということさえも、そうした誘因があるように思われる。
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   嘲笑という、ほんの些細なことに対して、こうした大きな懲らしめが与えられることは一見、不釣り合いのように思えるかもしれない。しかしよく考えてみるならば、それが当然の報いであることは歴然としている。「他人の苦しみをあざ笑う者は、自分には知らないある必要性が他人の事情の中にあることを見抜けないからである」。つまり嘲笑とは、いかに下劣で愚行に見えようとも、その経験をもって自らを進化させようとする、すべての人がもつ権利を軽蔑していることなのだ。嘲笑、あざけりという行為は、もっとも下等な意味における自己主張なのである。
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   リーディング資料に見られるもっとも明らかな要素は、病気の悩みがカルマからきたものであることが述べられると、必ずそれに引き続いてその治療法が示されていることである。肉体的カルマの場合には、たいてい治る見込みのあることがはっきり示される。
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   ここに注目すべき例がある。
   ある原因不明の病気にかかっていた34歳になる電気技師は、最近、医者から治る見込みのない多発性強皮症と診断された。彼は歩くことができず、目がかすみ読んだり書いたりもできなくなっていた。次々とあちこちの慈善病院へ回され、その間、妻がデパートの店員をして家族の生計を立てていた。彼のリーディングは3ページにもわたるものであり、医学的な説明の後に、その病気はカルマからのものなので、心の持ち方を変えて、憎しみや敵意を意識から完全に取り除くようにとの勧めがなされた。
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   それから約1年後、この男性はもう1度リーディングを受けたいと手紙で言ってきた。
   それには、言われた通りの治療を行なった結果、すぐに回復の兆しがあったとの報告だった。それによると4ヵ月間は順調に行ったが、また逆戻りしたという。おそらく、あまり精神的な面への注意を払わず、肉体的な指示だけを守った様子だった。というのはリーディングが、次のようなあからさまな言葉で、彼をとがめたからである。
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   「そう、この体は前にも見たことがある。なるほど、肉体的な面は次第に回復してきている。だが、まだまだしなければならないことがある。前にも言ったように、これはカルマから来たものである。だから隣人や物事に対する本人の心の態度を変えなければならない。機械的な矯正による治療で肉体への回復は現れている。しかし本人の自己満足や、あまりに自己中心的なところ、憎しみや敵意、不正や嫉妬がある限り、つまり忍耐や辛抱、隣人愛や親切さ、やさしさと矛盾する何かが心の中にあるかぎり、肉体の完全な治癒は望めない」。
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「自分を.変える意志がないのであれば、今のまま治らぬほうがよい」
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   「この人は何のために病気を治したいのか? 自分の肉欲を満足させるためか? ますます利己的になるためか? もしそうなら、今のまま治らぬほうがよい。もし心の持ち方や目的が変わり、言葉にも行ないにも変化を現すならば、そしてそのうえで指示した物理療法を行なうならば本当によくなるだろう。だがそのためには、まず心と精神と目的と意図を変えなくてはならない。
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       あなたの目的が内なる魂の進歩、向上を目指さないのであれば、どのような機械的療法を用いようとも、完全な回復は望めないだろう。この勧告を受け入れるのも拒否するのも、それはあなたの心次第だ。あなたが「償い」をしないのであれば、これ以上リーディングをしても無意味である。これで終わる」。
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     MANY MANSIONS by Gina Cerminara
    改訂新訳 『転生の秘密』 ジナ・サーミナラ著  たま出版
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                              抜粋
 

・愛に欠けた行為は必ず償われなければならない

   今日では、苦しみを「罪」のせいと考える者はほとんどいない。
   しかしエドガー・ケイシー(1877~1945)のリーディングの観点からすると、たとえその原因は隠れていて見えないとしても、罪と苦しみは厳格な因果関係を持っている。ケイシーのライフリーディングは、人間の現在の苦しみや、思い通りにならないことの原因を、過去の特定の行為に帰着せしめ、カルマという抽象概念をより鮮明に身近に浮かび上がらせた点で魅力がある。(略)
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   カルマという言葉の文字通りの意味は、「行為」というサンスクリット語からきている。
   哲学的な思想としては、あらゆる人間の行為を支配している因果律、あるいは作用反作用を意味する。インドのブラフマン哲学の遵奉(じゅんぽう)者であったエマーソンは、この概念を「償いの法則」と言っている。新約聖書でイエスが、「人は自らが蒔いた通りのものを受け取る」と言ったのは、端的にこの意味である。(略)
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   これまで約2千年の間、西欧の道徳意識は、「神の子であるキリストを通して罪が贖(あがな)われる」とする、「身代わりの教義」を基本とする神学によって鈍化されてきた。つまり、キリストは神の子であり、彼は人類の救いのために死んだ、とするこの説から教義を作り上げ、この信条を信じることこそが救いだとする教えは、一部の神学者の犯した大罪である。しかも自らの行為の責任を他へ押し付けている点においては、心理的犯罪ですらある。
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   救いというものを自らの本質的神性に求めるのではなく、誰か他人の神性を信じることに依存させるような神学は、物質科学と精神科学によって厳しく鍛えられた21世紀の人間にとって、もはやこのような教議を易々と真(ま)に受けることはない。(略)
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   心理的に、かつ倫理的に我々を納得させてくれるケイシーのリーディングは、我々の懐疑を挫(くじ)くために役立ってくれる。不思議な情報源から特殊な方法で与えられるこれらの情報は、人生というものが、我々の閉じ込められている小さな世界よりもはるかに広大で、想像を絶する宇宙構造を持つものであることを、また今まで考えたこともないような、壮大な意味が我々の人生にあることを教えてくれる。
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   これまで述べてきた肉体的カルマのケースを調べると、ある奇妙な事実に気づく。
   それはあるカルマの行為が、壁にぶつかったボールがすぐ跳ね返るように、反動がすぐには現れないことである。時として一つの人生だけでなく、いくつかの生涯という間をおいてから現れるわけであるが、なぜこのようなカルマの停止に見えるものが必要なのかということだ。
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   これに対する答えの一つは、自我は、それがつくり出したカルマを償うのにふさわしい「時と場所」を待たなければならないということだ。それには、適当な機会が現れるまでに数世紀を要するかもしれない。それまでの期間は、本人の性格的な問題の解決に使われる。この種のカルマの停止のよい例は、ケイシー資料の中のかつてのアトランティス大陸に住んでいた人々においてよく見られる。(略) 
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.アトランティスに生きた人々の多くが現在の世界にグループで転生している
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   リーディングによれば、アトランティスは今日の我々よりもはるかに高い水準に達していたようで、電気、ラジオ、テレビ、航空機、潜水艦、太陽エネルギー、原子力エネルギーの動力化などが高度に発達していた。彼らは現代のものよりもはるかに効率の高い暖房や、照明、輸送技術を持っていたという。だが、ケイシーのライフリーディングが繰り返し言っていることは、「アトランティスはその巨大な力を誤用したために破滅した」ことである。アトランティスでは、電気エネルギーや心霊エネルギー、ある種の催眠術を用いて、性欲の満足や他人を強制労働に追いやるために利用したという。そのために人間は極度の堕落に陥った、というのである。
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   それが事実であれば、当時の人間の人格的堕落は、電気や心霊学、心理学などの知識が当時と同じように利用できていない時代には、完全な償いはできないということが理解できるだろう。たとえば大食を克服し得たかどうかの最終的判断は、当人をもう一度美食で囲み、彼が節制を守り得るかどうかを見て判断されるものだ。また、美女に囲まれて誘惑に断固抵抗することができないならば、性欲を克服できたことにはならない。
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   それと同様、アトランティスの科学がその絶頂にあった時に、その巨大な力を濫用した者たちは、それと同じ機会が提供された中で、それを建設的に用いることができないならば、その利己主義と権力欲を克服したとは見なされない。歴史の周期的進歩は、20世紀をちょうどそのような時期にした。ゆえに、ケイシーのリーディングによると、アトランティス時代に生きた人間の多くが現代に非常に数多く転生しているという。つまり、アトランティスと共通するテクノロジーの現代において、かつての利己主義や文明という仮面を付けた蛮行への、新たな誘惑に耐えられるだけの素質と成長を、彼らが獲得したかどうかがこの試験場で試されるのだ。
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   ゆえに、カルマの償いは適切な文化の到来を待たねばならないということが、いっとき、カルマが停止しているかのように見える要因である。これは同時に、地球に転生してくる「霊魂たちのグループ」があることを意味している。だがリーディングは、そうであっても1人1人の魂は自分の転生する時と場所を選択することができるという。
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   カルマの停止のもう一つの理由は、次の例による説明がわかりやすいだろう。
   銀行からある人が5千ドル借りたが、翌日にはとても返済できない。だが翌週、翌月、あるいは翌年になっても返せるかどうか疑問だ。ゆえに借りた人が十分な返済金を準備できるまで猶予されることになる。まだ返す能力がないのに、返済を要求することはできない。これと同じことがカルマの償いにおいても要求されるわけで、同様の扱いが行われるようである。
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.「投げ矢のカルマ」
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   ブーラメンのように投げた人のところに返って来るカルマの実例は、ケイシーのファイルの中に数多く見出される。その一つは、生まれながらにまったく盲目の、ある大学教授の例である。(略)彼のライフリーディングは、4回の生涯にわたる彼の過去世について述べた。直前の一つ前は南北戦争時代のアメリカ、二つ目は十字軍時代のフランス、三つめは紀元前1千年頃のペルシア、そして一番古いのが沈没直前のアトランティスであった。それによると、現在の彼に盲目をもたらした霊的法則は、ペルシアの時代に彼が発動させたものだという。
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   彼は野蛮な風俗をもつ民族の1人で、その民族は赤く焼けたコテで敵の目を潰す慣習があり、彼はそれを行う職業についていたという。ここで当然疑問が生じるのは、単に自分が生きる社会の慣習上で課せられた義務を遂行したに過ぎないのに、どうして個人がその責任を負わねばならないかということである。これについては徹底的に論じる必要のある問題なので、23章で詳しく述べる。
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   次の例は、マニキュアの美容師をしていた女性だが、1歳の時に小児麻痺になり、そのために足の発育が止まり、常に松葉づえと添え木がなければ歩けなくなった。リーディングによると彼女の障害の原因は、アトランティスに生きているときに、彼女が何らかの方法によって――それが薬品、テレパシー、催眠術によるのか、リーディングは明らかにしなかったが――「人々の足を弱くし、人の後からついて歩くことしかできないようにしたところにある」というのだ。このために、今度は自分がそのような目に遭っているというのである。
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   ブーラメンのカルマの興味深い三つ目の例は40歳の婦人で、彼女は子どもの頃からアレルギーの症状で悩まされていた。それは主にパンや穀物だが、それを食べると花粉症のようにクシャミが始まるのだった。またある材質、主に靴の皮やメガネのプラスチック製のふちなどに触れると、横腹に神経性の激痛が起こるのだ。長年にわたりさまざまな医者にかかったが、良くならなかった。
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   リーディングは次のように述べた。
   「この人は前世において化学者だった。そしてある物質を用いて人に痒みを起こさせた。だから今世において自分が同じ目に遭っているのだ。また彼女は、吐く息が他人にとって毒性を持つようにある種の物質を用いたこともある。それゆえこの人は今世において、ある種の金属やプラスチックや匂いや皮に触れるとすぐ中毒するのだ。つまり、この人がかつて前世で他人を害するために用いた材質と同じものであれば、この人は中毒する」と。(略)
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   次の例は「象徴的カルマ」とも呼ばれるべきものである。
   小さな子どものときから貧血症で悩んでいる青年がいた。父が医者だったこともあり、あらゆる治療法が試みられたが何の効果もなかった。いっこうに治らないこの青年の病気は、根深いカルマに原因があることを暗示していたが、事実、リーディングは過去世を5回の生涯もさかのぼったペルーでの前世に原因があるとした。この青年はその当時、横暴な力を用いて国の支配権を奪い、統治者の地位についたのだった。「多くの血が流された。それゆえに今世において貧血症になったのだ」とリーディングは語る。
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   この青年の例は、他の肉体的カルマの例と比較すると、少し異なるのがわかるだろう。もしブーラメンのような「投げ矢のカルマ」であれば、青年は同じく支配者による無情な殺戮の犠牲者になったと考えられるからだ。しかし青年はそうはならず、彼自身の肉体が殺戮の戦場になったのである。いわば自分の罪を償ういけにえの祭壇だ。

   このように、一生肉体的障害から逃れられないということは、戦場における血なまぐさい死よりも、はるかに教育上有効な刑罰である。青年はかつて、征服者の侮蔑を持って人々の血を流した。それゆえ彼は、いま自分自身の血液の不足によって病身となり、彼の肉体の一部が象徴的にカルマを負っているのだ。
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   さて、ここで注目すべきことは、、いわゆる象徴的カルマなるものと身体的な器官との間に見られる、密接な関連である。つまり、象徴的カルマの場合は、その人の意識の中に自己の犯した罪に対する罪悪感が非常に強くあるため、その罪悪感が肉体に投影されて現れてくるように思われることだ。そしてこの場合、犠牲になる器官は象徴的に適切だと思われるものが選ばれる。
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   ケイシーファイルの中の例を二、三挙げてみよう。
   ひどい喘息患者がケイシーに言われた。「他人の命を押し潰す者は、いつか自分の命を押し潰すことになる」。耳の聞こえない人には、「これからは二度と、あなたに助けを求める人に耳をふさいではなりません」。(この人はフランス革命の時に貴族だった)。脊椎カリエスの患者は、「この人は他人を妨害したので、いま彼自身がそのような目に遭っている」。進行性筋萎縮症の患者が言われた。「これは単に下肢の神経や筋肉が萎縮したのではない。前世において、あなたが自分や他人の生活の中につくり出したものの結果である」。
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かつての殺しの伝道師は今世で夜尿症になった
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   象徴的カルマのもっとも注目すべき例は、2歳の時から慢性夜尿症で親を困らせていた11歳の少年の場合だろう。このケースは治療の過程が特異なので、少し詳細に述べることにしよう。

   幼い頃、彼は非常に大人しい子どもで、親を煩わせることがなかったが、2番目の子どもが生まれた時から寝小便をするようになった。それも毎晩必ず漏らす。親は下に赤ん坊が生まれたことでその子の心に動揺が生まれ、親の注意を引こうと、幼児に逆戻りしたのだと考えた。両親はあらゆる努力をして愛情を注いだが、夜尿症は続いた。
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   子どもが3歳になった時、両親は精神科医に相談し、1年あまりかかったが良くならず治療をやめた。その後もあらゆる専門医に相談してはさまざまな治療を試みたが、まったく効果はなく、8歳になっても治らなかった。少年が10歳になった時、両親はエドガー・ケイシーのことを聞き、子どものリーディングをとってもらうことを決心した。
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   少年のライフリーディングによると、彼の前世は初期の清教徒時代、つまり魔女裁判の時代における福音伝道師で、魔女を椅子に縛りつけて池に沈める刑を積極的に行なったという。だがリーディングは、このカルマの説明とともに治癒の希望を与えた。両親は少年が夜眠りに入る時に、ある暗示を与えるよう指示された。その暗示の内容は、肉体的なものではなく、精神的なものでなければならないと言われた。
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   母親はリーディングを受けてすぐに、子どものベッドのそばに座り、子どもが眠りに入るのを待った。彼女は次のことばを低い単調な声で言い始めた。「あなたは親切で立派な人です。あなたは多くの人を幸福にするでしょう。あなたは、あなたと付き合うすべての人を助けるでしょう。あなたは親切で立派な人です」、と同じ内容のことをさまざまな言い方で5分から10分にかけて、子どもが眠りかけた時に繰り返した。

   するとその晩、少年は何と10年ぶりに寝小便をしなかったのだ。
   母親は数か月間、この暗示を続けたが、その間1度も寝小便をしなかった。次第に暗示は週1回ですむようになり、ついにその必要さえなくなってしまった。少年の夜尿症は完全に治癒したのである。
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   この暗示を始めた最初の晩に、9年越しの夜尿症がピタリと止んだのは不思議なことである。しかもこのような素晴らしい効果を現した暗示が、「寝小便をしてはいけない」というような暗示では決してなかったことである。暗示は子どもの肉体的な意識には全く向けられず、むしろその霊的意識とでも言うべきものに向けられたことである。

   つまり、彼がアメリカのサーレム時代の前世から引き続き持っていた罪の意識に向けられたのだ。彼はかつて、自ら手を下して他人を「水に沈めた」か、あるいは水浸しの刑の責任者だった。それゆえ今、自分自身に復讐を受けていることを、ぼんやりとではあるが感じていたのである。
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   この子どもは現世においては、誰にも危害を加えたことはなかったが、彼の心のある層では、かつて自分が他人に与えた惨(むご)い刑罰のしつこい記憶のために、いまだに自分の親切心を疑い、自分は社会に受け入れられないと思っていた。だが母親を通して与えられた暗示は彼の心のこの深層に達し、彼の罪は償われている、償うことができるという保証を与えた。その結果、これ以上、象徴的復讐を自分に与える必要がなくなったのである。
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   子どもはそれ以来、よく順応するようになった。
   彼は人々から好かれて人気者になり、優秀な学生で、生来の内向性は矯正された。両親の観察によると、現在16歳になるこの少年のもっとも大きな特徴は、他人に対するまれな寛容さである。他人の中に見るいかなる性格上の欠点に対しても、彼は何らかの心理的な説明や、何らかの弁明を見出してやるのだった。

   彼のかつての前世での狭量(異端審問などの、そのために肉体的な欠陥が生じて苦しむことになったが)、彼はそれを積極的な寛容さへと変化させたように思われる。このバランスはすでに彼の中に取り戻せているので、当然、肉体的カルマは消え去るはずである。
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 改訂新訳『転生の秘密』 ジナ・サーミナラ著  たま出版
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                              抜粋
 

・すべての出来事はあなたの目覚めを促すために起きてくる

「偉大なる変容」への準備
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       外部へ向けた、広大な宇宙へのシフトのために準備をするということは、あなた方自身を成す細胞あるいは意識において、闇に囚われた意識を浄化するために準備することを意味しています。この毒を持つ意識は、あなた方の判断や分離、そしてエゴの密度に固執し、飲み込まれたことによって生まれたものです。
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   準備するということは、『大宇宙の源である”無条件の愛”にすべてをゆだねる』ことです。この愛が、あなた方にとって非常に遠く感じられるときがあったとしても、その愛は常に、すべてに影響を及ぼしています。
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   問題はあなた方が、根源的創造主を信じることができるかどうか、なのです。
   もし信じるのであれば、起きることのすべてが、神の愛の意識的な流れであることを理解しなければなりません。たとえ信じられなくとも、最も困難な暗闇の時と失われた魂の影から、夜明けの輝きや天使のきらめきに至るまで、あらゆるすべてが創造主の秩序の中にあることは確かなことです。
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   薄暗い不透明さの中から、光へ向かうあなた自身の変換のプロセスを容易にするためには、実際にあなたに起きているあらゆる出来事を拒否することなく、落ち着いて経験することを学びながら、生命の霊的な理解と、あなたが人体の中にいるという事実への理解を深めなくてはなりません。
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   あなたを取り巻くあらゆる環境にある、すべての毒性を持つ状態、つまり、あなたの意識におけるすべての毒性のある思考を、できる限り取り除くことが一つの重要事項であり、やるべきことです。自らの毒性のある状態を排除するためには、次のことを心掛けてください。
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身体における浄化を行なう
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  ・ あなたの自然なエネルギーを邪魔する、"すべての電磁気装置"を減らすこと。
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  ・ あなたの周りにある合繊(化学繊維)の衣類、合成(加工)食品、化学製品を、自然の繊維や健全な野菜食品、オーガニックな物と入れ替える。
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  ・ あなたの意識的思考や瞑想を行ない、細胞レベルで、また神聖な幾何学模様を使うことによって、再調整された浄化水(きれいな真水)を飲む。
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  ・ きれいな空気や土地と調和した環境を選び、できるだけ自然との調和を保つ。
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  ・ 細胞ユニットの一つ一つを明るくする呼吸法で息をしながら、体を強く保つために鍛える。
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毒性のある思考を排除する方法
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  ・ 瞑想と適切な呼吸。
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  ・ 条件なしに自分と人を愛することで、(創造主の)無条件の愛に自分を委ねる。
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  ・ 感情が癒されるために、心臓の真ん中に意識の光を当て、自らの感情と向き合いそれを受け入れる。
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  ・ 贈り物である自然の中できれいな空気を味わい、共に生きるあらゆる生き物、動物を愛し、植物や木々とともに呼吸をする。
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  ・ 美しさを求め、あなたの世界の健全なもののすべてを称賛する時間をもつ。
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  ・ 否定的な思考や行動へあなたを誘い込むような、低い振動のものに近寄らない。
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  ・ あなたの思考や行動のすべてにおいて、高い善だけを行うようにする。
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   どんな祈り方でもよいので、あなたの”心の中”に祭壇を作ってください。
   それは自分の絶対的な中心を作ることであり、大地のパワーを基礎とする英知を尊重しながら礼拝するのです。
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健全な思考と心のバランスを保つ
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   最後に、この計画における私たちの話を少しして終わりにします。
   これから激しい変化が起きるこの時に、あなたが最も必要としていることは、「健全な思考」という信条です。集中した心と感情のバランスがとれた静けさの中で、いったい自分は何に圧倒されているのかを自問する時、あなたは当然、それが未知に対する恐怖であることに気がつくでしょう。
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   それはあなたの居心地のよい空間の外側に、闇の支配者たちが実際に世界で引き起こす出来事に対するあなたの意識に、絶え間なく覆いかぶせる不安や恐怖をあなたは怖れているのです。
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すべてはあなたの目覚めを促すために起きてくる.
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   ですが、少し考えてみてください。
   実際にはあなたはとるに足りないことに恐れを抱いており、怖れを感じさせることで自分は無力だと感じるように操作されているのです。単に家から出ることが、どんどん難しくなっていることがわかりますか。ですが、起きていること自体があなたにとってどのように絶望的に思えるとしても、それはあくまでも、あなた自身が”目覚める”ためのプロセスの一部でしかないということです。
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   注意することは必要ですが、周りで何が起きているのかを平常心で観察してください。
   混乱して取り乱すことなく、心を一つにして、そうした低い感情を抑えましょう。慎重に、自分の周囲を注意深く見てください。そしてあなたの焦点を恐怖ではなく、地球の美しさや、すべてに対する愛情、信頼から生まれる平穏、そしてあなたを取り巻く奇跡のほうへと向けて行きましょう。
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   スターシード(星の種)の皆さん、あなた方は、ここにいることを選んだのは自分であるということを忘れてはいませんね。あなたの歩む道には山もあれば谷もあることを承知で、あなたがそれを選択したのです。
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   光と美しさの子どもである皆さん、思い出す時が来ました。
   あなたが本当は誰であるかを思い出す時が来ました。
   私たちはあなた方を心と思いで抱きしめます。
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   私たちはシリウス高等評議会です。
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     『グレート・シフト』  パトリシア・コリ著 ナチュラルスピリット刊  
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                           抜粋    

・フリーエネルギーが広まれば闇の世界支配はすぐに終わる

   私の元に一綴(つづ)りの書類が届いた。
   差出人は仮にNさんとしておこう。それには次のようなタイトルが付してあった。『ユダヤ金融資本による世界一極支配(NWO:New World Order)を終わらせたいと本気で思っている方々へ』とある。Nさんは、複数の人々にこの書簡を送付していることがわかる。
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   文面からは、彼の真摯な思いが伝わってくる。彼はこう訴える。
   「世界一極支配の構造は、とてつもなく単純です」 つまり、支配構造は「誰にでも必要なもの」を一極支配することで実現し、貫徹されるからだ。彼は自問し、自答する。「では何が最適か?」「当然、エネルギーです」そしてそのエネルギー支配構造から、世界の構造を彼は読み解く。「ドル建て決済、石油支配を崩そうとした「『フセイン政権』『カダフィ政権』が標的とされたのは、支配者側から見れば当たり前の政策であると理解できます・・・・」
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   そこで彼は、人類が支配者から自立するための活路として、フリーエネルギーの存在を挙げる。しかし・・・、である。「世界中の人々が『エネルギーは買わなければ手に入れられないと思っているという前提を崩すものは、何であれ排除しなければならない」 これは言うまでもなく、世界一極支配側の論理である。
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   だが残念ながら、これまでフリーエネルギー技術は、支配体制を超えて広がることがなかった。それは闇の勢力による徹底した弾圧があったからだ。これまでにもフリーエネルギーを開発した人々はたくさんいるが、彼らはいつのまにかいなくなり、行方不明になる。世界にはすでに、フリーエネルギー学会なる学術団体まで存在するというのにだ。
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   ところがある人が言うのには、「この学会そのものが罠であり、世界中のフリーエネルギー研究者をおびき寄せるためです」。 こうして真面目な研究者たちが毒牙にかかり、抹殺されてきた。その首謀者は当然、石油やウランなど地球のエネルギー利権を独占するロックフェラーやロスチャイルドなどの、巨大エネルギー・メジャー以外に真犯人はあり得ない。
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   ただし、フリーエネルギーがなかなか一般に浸透しなかった背景には、他の問題もあった。それが、

  ①:開発者が自らの利益保持のために特許を取ることから、(隠れることができず)攻撃目標とされてしまった。
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  ②:一般の人には真偽の判断ができず、自分で真似することができない。
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   Nさんは、この二点をクリアすれば、「大多数の人々にフリーエネルギーの存在を信じさせ、求めさせることができ、既存の『複雑なフリーエネルギー技術』も外に出ることができる」と断言する。すなわち、「一極支配NWOを終わらせることができる」。そこでNさんが提案するのが、「水を燃やす装置」なのだ。
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これで石油、ウラン巨大利権は完璧に崩壊する
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   添付された著作コピーに目が釘付けになった。
   それは倉田大嗣氏の『水を燃やす技術』(2008年 三和書籍刊)だった。実は私も15年ほど前に、倉田氏から著書を献本されていたからだ。彼は、プラスチック油化技術を確立したエンジニアとしても知られる。「水に重油をわずか1割加えただけで、水は燃えるのです」 電話口で「水は燃える」という事実を淡々と、かつ熱を込めて語っておられた。しかしその後は音信不通だ。
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   私は彼の著書で「水が燃える」真実を知って衝撃を受けた。
   水は無尽蔵にある。つまり、エネルギー源は私たちの周りにいくらでもある。おまけにタダだ。そうなると石油やウランなどは、いっさい存在意義を失ってしまう。そしてロックフェラーやロスチャイルドなどの、世界を支配する巨大権力もその存在パワーを失う。そうなると彼らが取る手段は明らかだ。「水を燃やす」技術を持つ人物を抹殺する必要がある。だから倉田氏はその後行方不明なのか・・・。しかし倉田氏の著作は我々の手に残されている。
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.水が燃える仕組み
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   「水が燃える」
   これを聞いてほとんどの人は、苦笑するだろう。なぜならこれまでの狂育ならぬ教育と、呆道(ほうどう)ならぬ報道で徹底的に洗脳されてきた我々現代人は、そうした反応が当然だからだ。Nさんは「水が燃える」メカニズムを簡潔に要約する。それは特定周波数で水素を分離させて”燃やす”!。「水は酸素と水素が『共有結合」によって結びついている物質であり、この『共有結合』の電子が共鳴するような周波数の電磁波をあてると、ほんの少しのエネルギーで酸素と水素に分解する。その混合気体で、電磁波発信に要した何倍ものエネルギーを得ることができる」
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   その周波数の一つが926kHz(キロヘルツ)であることも解明されている。
   「共鳴作用さえ起こせればよいので、整数倍または整数分の一の周波数などで、他にも共鳴を起こせる周波数が存在するはず」(Nさん) この共鳴現象を起こす電磁波を発生させるエネルギーは極小でよい。その共鳴で、水は水素と酸素に分離される。その水素が燃えて極大エネルギーを出す。まさに投入エネルギーより、はるかに大きな出力エネルギーを生み出すのだ。これこそ、フリーエネルギーそのものである。
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   「電磁波は電圧が変化するときに発信され、必要な周波数で電圧が変化する電子回路を設計することで、『水燃焼装置』が作れるはずです」(Nさん) 実際にNさんは手作り装置にチャレンジしている。それは1個20円のICチップ、1個20円のオペアンプ(増幅器)、1個1~20円程度の抵抗、コンデンサー等を組み合わせて、電源はアルカリ電池2~4個という安上がりの装置である。「…水が100℃で沸騰するのと同じような物理的事実として、『水は○○ヘルツの電磁波で燃料になる』と世界中に広めることで、支配構造の前提は崩壊し、NWOの構造は永久に不可能になります」(Nさん)
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   ここまで読んでも、「本当に水が燃えるのか?」と半信半疑の人も多いに違いない。
   我々は生まれた時からコントロールされた世界に生きており、脳に刷り込まれた”常識”はこのような”非常識”を受け付けない。

   倉田氏は、その著書の『水を燃やす技術』で次のように解説している。
   「水は通常、約104度の角度で2つの水素(H)と1つの酸素(O)と結合しています。ですがこの原子はH-O-Hと、180度に並んでいるのではなく、通常、酸素(O)を起点に、約104度の角度で『共有結合』しています。同時にこのHは、近くの他の水分子と『水素結合」によって穏やかに繋がっています。このことが、水のさまざまな特徴を作り上げているというわけです。」(倉田氏)
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   よく水の”クラスター”というが、それは”塊”(かたまり)という意味である。
   つまり水はHOという単分子であると同時に『水素結合』で繋がった高分子でもある。「活性水」(かっせいすい)などもよく聞くが、つまりエネルギー準位が高い水という意味だ。クラスターつまり塊が小さいと、飲用した場合でも生体への吸収が早い。具体的には渓流の水や湧き水がそれに相当する。そして水は河川を下って下流に行くほど、エネルギーを失い、クラスターが大きな水に変化する。下流のドブ川の水などがそうである。さらに、水の神秘に迫って行こう。(略)
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   この実験装置は、バッグに入れて運べるほどポータブルなので、少し大きくすれば台所用コンロに使える。しかも水燃焼の燃料である水はどこにでもある。この「倉田式」水燃焼実験装置のポイントは、「水を簡単に水素と酸素に分離する」仕掛けに尽きる。その原理が”波動理論”なのだ。(略)この磁気力は「アインシュタインも見落としていた」と彼は言う。倉田氏がエネルギー問題に取り組むきっかけとなったのは、17歳の頃に、「アインシュタインの相対性理論に電磁気学が入っていない」ことに気づいたからだという。まさに早熟な天才といえる。(略)
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スタンリー・マイヤーは水で走る車を作っていた
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   この「水が燃える」という真理に到達したのは倉田氏だけではない。
   すでに多くの人が知っているエピソードに、米国の発明家のスタンリー・マイヤーの悲劇がある。彼は「水が燃える」という衝撃事実を突き止め、それを応用して水で走るエンジンまで開発していた。さらにそのエンジンを搭載した試作車を作ったが、それはなんと、アメリカ大陸横断が可能という高性能なものだった。
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   その時の映像がyou tubeに残されているが、「水は普通の水道水でも雪解け水でも何でもかまわない」と言っている。そして1998年3月20日、マイヤーは仲間たちと完走祝いの乾杯グラスを飲み干した。ところが彼は突然、苦悶し始め、抱えられて外に出たマイヤーは「奴らに毒を盛られた!」と最後の言葉を残して昏倒し、絶命した。57歳だった。
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   聞くところによると、水エンジンを発明したマイヤーは、出資者を募っていた。
   そこに現れた”協力者”が件(くだん)の(ベルギー人)2人だった。マイヤーは資金援助に意を強くし、小型の水エンジン車まで製造し、大陸横断を計画した。だがこの”協力者”にとって、この事実は闇に封印する必要があった。そこで乾杯のグラスに注いだクランベリー・ジュースに毒が盛られた、という。しかし未だ真犯人は判明していない。彼の死を調査したコロンバス警察は、彼の死因を”病死”と発表した。
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   ちなみに、ユル・ブラウンも同様に水を電気分解して、水素と酸素を発生させ、ガソリン車のエンジンを改造し、実際の走行にも成功している。1リットルの水から2000リットルの酸素混合の可燃ガス(ブラウンガス)を発生させ、350~400キロも走行できたという。つまり、1リットルの水でこれだけ走れるのだ!マイヤーの水エンジン車が83リットル弱の水で大陸横断できるののも当然だろう。
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   これが、現在の水エネルギーの発明事情である。
   そしていまだに、石油とウランが世界を支配しており、人類はフリーエネルギーに移行できていない。だが「水は燃える」のだ。この新しい”常識”、当たり前の真実を人々に伝え、広めてほしい。
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    史上最凶レベルの言論弾圧に抗して諸悪すべてを暴く
                『日本の真相! ③』 船瀬俊介著  成甲書房
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                               抜粋
 
   多くの方々の著書から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。著作権利侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
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・「真の世界史」が日本から世界へ発信されることを怖れた「闇の勢力」

   わが国が戦後70年経っても、国是(国の基本的な方針・方向)を見失ったまま漂流している根本的理由は、国民が「満鮮経路」を意識から追い出してしまったからです。国是の根本である「満鮮経路」をもう一度思い起こさなければ、日本の将来は見えてはきません。そして、その「満鮮経路」の根本である淵源は「欠史八代」であり、ここに遡ることなくして何一つ見えません。つまり、諸悪の根源は、戦後の史学界が「欠史八代」を「存在しなかった」としたことにあるのです。
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   私が前著『天皇とワンワールド』で主張した第一点は、早稲田大学教授・津田左右吉が戦前に言い出した「欠史八代天皇架空説」が誤謬であり、実際にはその2代・綏靖(すいぜい)(天皇)から9代・開化(天皇)までの天皇が、日本史上に確かに実在したことです。『記紀』(古事記・日本書紀)などの古文献を金科玉条とする戦前の「皇国史観」を、実証史学の立場で否定した津田左右吉の本質は、歴史家というよりは思想史家というべきものだったようです。
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   満鉄調査部の出身で早大教授となった津田は、2代綏靖(すいぜい天皇)から9代開化(天皇)までの八代の天皇を「欠史八代」としただけでなく、これに続く10代崇神(天皇)、11代垂仁(天皇)、12代景行(天皇)、13代成務(天皇)、14代仲哀(天皇)および神功皇后までの実在を否定する「欠史13代不在説」を主張しました。

「真の世界史」が日本から世界へ発信されることを怖れた「闇の勢力」
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   これに対し、皇国史観を代表する慶応大学予科教授・蓑田(みのだ)胸喜などから、「悪魔的虚無主義の無比凶悪思想」との攻撃が為されました。検察からも不敬罪に問われた津田は、出版法に定める「皇室尊厳冒涜罪」で有罪判決を受けましたが、控訴中に敗戦となり、容疑じたいが取り消されました。その後、大東亜戦争(太平洋戦争・第二次世界大戦)の敗戦後に、米国連合国軍司令部(GHQ)の監督下に置かれた日本国文部省(もんぶしょう)は、戦前とは一転してなぜか津田説を採用し、15代応神天皇以前の天皇をすべて日本の歴史教科書から削除しました。
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   その一方で占領米軍は、刀剣など隠匿された武器を摘発するとの名目で、全国の神社に立ち入り、膨大な古文書などを押収して米国に持ち帰ったわけですが、米国はそれだけ日本古来の神道を畏れていたわけです。それはやがて、日本人が敗戦のショックから目覚めた時に始まる、日本人の歴史研究を妨害する目的の下に、計画的に行なわれたと見るしかありません。
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   これは、連合国指導層に潜む「真の世界史」を知る者が、「真の世界史」が日本から世界に発信される事態を畏れたためと聞いています。「真の世界史」とは当然、「旧約聖書の真否」です。つまり、ワンワールド内の一部勢力が、世界史の秘密にかかわる重要な情報が、日本各地の神社に古文書として残されていることを知っており、世界史の秘密を独占するために行なったのが、神社古文書の強奪であったのです。

   現在も米国ネバダ州の地下倉庫に保管されている強奪文書を、米軍はもとより米国の学者の誰も解読し得ていないと聞きますが、現在の日本にもこれを解読できる学者がいるとは思えません。

家永三郎や朝日新聞が(偽証・従軍慰安婦の)吉田清治証言に加担した
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   敗戦日本にマルクス史観がどんどん流入したのは、日本占領に関する米ソ間の秘密協定によるものです。アメリカとの談合により、日本の精神界を指導する役割を担った国際共産主義勢力(コミンテルン)が日本の教育・言論界を支配するための構造をつくりましたが、その典型の一つが「日本史学界」なのです。戦後の史学者が、皇国史観からマルクス史観に転向した例は数えきれないほどあり、その代表が東京教育大学教授で教科書編纂に携わった家永三郎です。
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   家永は、日本共産党の末端分子・吉田清治が、日本官憲による営内接客婦(いわゆる従軍慰安婦)の済州島での強制連行を虚証(偽った)著書『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)の記事を、家永自身の著書『戦争責任』(岩波書店)に転載し、『太平洋戦争 2版』(岩波書店)においても同著書を引用しています。
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   嘘の証言が明らかになったあと、いくつかのメディアによる熱心な調査でも、結局、正体が不明のまま終わったとされる吉田清治ですが、実は彼は日本共産党に関係していたことが判明しています。一般人であっても荒唐無稽と感じる吉田の著書の内容を、無批判に受け入れて自分の著書にまで転載した家永は、とうてい「歴史家」とは言える立場ではなく、単なるマルクス史観を喧伝するだけのアジテイター(扇動する人)でしかなかったのです。
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   今日、吉田清治の証言と、悪意に基づいてこれを世界に発信した、朝日新聞の卑劣な行動が矢面(やおもて)に立たされていますが、家永の場合は公金を食らいながら売国活動を行なってきただけに、朝日新聞と同罪どころか、もっと始末が悪いのに、家永を批判していたのが秦(はた)郁彦だけであるとは、まことに情けない体(てい)たらくの日本史学界です。
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   マルクス史観の立場から反皇国主義の本家とされた「津田(左右吉)史観」が、やがてその矛盾を次々に指摘されたのは当然です。ですが、10代崇神(すじん)天皇から14代仲哀(ちゅうあい)天皇・神功皇后(じんぐうこうごう)にかけては実在説が有力とはなったものの、現在では2代綏靖(すいぜい)天皇から9代開化天皇までの8代に限り、実在を否定する「八代不在説」が日本史学会の主流となっています。
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   そのような風潮の中で、「欠史八代」を「葛城(かつらぎ)王朝」と呼び、その実在を唱えたのが大阪教育大学教授・鳥越憲三郎です。ですが彼の業績は2、3の著書を除いて史学界からは無視されており、ウィキペディアにも歴史家としてその名前が出てきません。鳥越の学問的業績とその勇気に感じ入った私が、同じく賛辞を贈りたいのが、元昭和薬科大学教授・古田武彦です。
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       私の前著『天皇とワンワールド』の刊行の3日ほど前の、平成27年10月14日に古田武彦の死亡記事に接し、私はウィキペディアを検索して初めて古田説の存在を知りました。(略)またウィキペディアによると、古田の最大の論敵であった産能大学教授・安本美典も「欠史八代」の実在を主張しているそうです。
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  ① 日本神話は、史実が伝承として伝わったもの。
  ② 『記紀』が「高天原は九州」とするから邪馬台国は九州にあった。
  ③ 邪馬台国はいくつかの国の総合名称で、吉野ケ里(よしのがり)は女王支配国の一つ。
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  ④ 筑後川流域全部が邪馬台国で、卑弥呼の宮殿は筑後川上流に在った。
  ⑤ 『記紀』の神武東征は史実に基づく。
  ⑥ 「欠史八代」は実在した。
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日本史学会はなぜ「欠史八代不在」という捏造を今も固辞し続けるのか
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   鳥越・古田・安本の説は、戦後の日本史学界では異端とされており、この3人は「まともな歴史学者」として扱われないまま今日に至っています。こうなった理由は下記の4点です。
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  ①占領米軍が原爆の投下や東京裁判の開廷など、自らの戦争犯罪を正当化するため「日本性悪史観」を日本政府に認めさせたこと。
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  ②敗戦日本の保守政体が、占領米軍に迎合するために、「戦前否定史観」による歴史教育を推進したこと。
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  ③国際共産主義の指導と、政治的支援を受けた革新派学者が「マルクス史観」の浸透を図り、それが「戦前否定史観」と合流したこと。
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  ④学校教育の現場を支配下に置いた日教組(にっきょうそ)が、間接的に占領米軍の指示を受け、過去の日本を先験的に悪とする「自虐史観」を学童・生徒に刷り込んだこと。
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   ④は、世間にはあまり知られてはいませんが、第二次大戦の終盤で、日本軍と連合軍を天秤にかけたソ連の外交術策にまんまと嵌(はま)ったアメリカが、ソ連との秘密協定により、北海道と東北地方の占領を望むソ連を諦めさせる代わりに、思想・報道・教育などの文化面において、日本社会を(ソ連のように)共産主義化することを承諾したことから発したものです。
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   アメリカ軍の占領とそれに続く保守政体の下で、日本社会党と支持母体の日教組・官公労などの労働者団体、および朝日新聞・NHK・岩波書店など言論機関は、世界的基準に照らせば、それ自体立派な共産主義勢力なのに、なぜか漠然と革新勢力と見なされて公然と活動が許されたばかりか、間接的な公費支援さえ受けてきたことは、今思うとまことに不可解な現象ですが、その原因は実はここにあるのです。
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   だからこそ、「政治・経済は親米保守」なのに、「文化・教育は隠れ共産主義」という奇怪な2本立て構造、すなわち「日本の戦後体制」がわが国にできあがったのです。さらに言えば、この体制が日本国民によって是正されないままに平成時代にまで至った原因は、次の3点です。
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  ①米国が日本を思想的に弱体化させるために、日本社会に敗戦思想を強要したこと。
   具体的には「政治経済は親米保守で、文化・教育は親共産主義」とする二本立て構造を押し付けたこと。
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  ②米国が日本を収奪する貿易利権構造を作り、永久化したこと。
   具体的には輸出代金の一部を米国債で強制的に受け取らされ、自由に処分できないこと。
  ③米ソ二極構造を前提に、占領憲法で日本を非武装化したこと。具体的には、日本を軍事的対米従属に追い込んだこと。
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「天皇半島渡来説史観」は反日勢力によって”創作”された

   津田左右吉自身は反共主義者とされており、天皇についても機関説(天皇を機関車・機関銃にたとえ、それとともに突き進むとする)思想の持主だったようです。ですが彼が唱えた「欠史八代不在説」は、皇国史観排撃の功績だけが評価されて一人歩きし、結果的に日本的伝統の全面否定を目的とするGHQの御用史学とされたのでした。しかも天皇の絶対性を否定したことを理由に、マルクス史観とみなされた津田史学は、天皇制の廃止を究極目標とする共産主義の推奨を受け、戦後の日本史学界の主流となったのです。
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   要するに、戦後の日本史学界を独占支配してきた「天皇半島渡来説史観」は、米ソ両極が合い携えて日本に強制した古代史捏造の基盤とするために、反日外国勢力によって創作されたものなのです。だからこそ、これらにもろ手を挙げて協力した転向史家あるいは戦後史家が、文教予算と著作活動の機会を独占したのです。こうした状況に逆らう史家は、日本列島のどこにも身の置きどころがなかったと思われ、それを思えば、鳥越憲三郎・古田武彦・安本美典は称賛に値する三君子です。
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   その反対に、歴史家・マスコミ・日教組は言うに及ばず、いわゆる戦後文化人がこぞって「天皇半島渡来人史観」を流布し、その報酬として栄誉と権勢を得てきたありさまは、まことに見苦しく情けないことです。それよりもさらに遺憾なのは、反国家思想の左翼作家はもとより、中道派の歴史作家さえ、学会の権威にへつらい、こぞって「欠史八代不在説」を信奉したことです。
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   結局、戦後の日本史学界は「欠史八代不在説」から完全に狂ってしまったのですが、この70年間、その惨状をあえて指摘する人士はついに出現せず、近刊の私の著書がわずかにこれを口走ったに過ぎません。
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    古代から現代に続く日本國體の根本
                『天皇と黄金ファンド』 落合莞爾著 成甲書房
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                                    抜粋
 
 
   多くの方々の著書から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。著作権利侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
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連絡方法; トップページのバックナンバーから、2014年7月26日「”zeraniumの掲示板”について」へ行ってください。コメント欄から連絡できます。
 
 

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