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本来1年は13ヶ月であり、グレゴリオ暦は操作されたもの

ハトホル   
   どの国も、同じような今日の人類意識的なものの見方をしている。
   領土や所有権にこだわり、自国の利ばかり求め、まるで個人のようにふるまっている。人は自分の責任は自分でとることができる一方で、他者の不足や窮状に対しても敏感でいようとする合意が、いまだ人類意識の中に存在しない。

   だから諸国はさまざまな進化段階にあり、誠実な真心からの国際的な協調関係は成立していない。自国の富や資源を他の国に分かち合えるような善意ある国は、富や資源がありながらそうしない国に比べると、明らかに高次の理想を表現している。世界の多くの国の意識には、合意に至らぬ要求が純化されないまま存在しているため、予測可能な未来において、戦争は終わらないと言えるであろう。

   しかし我々の見るところでは、地球全土のあらゆる世界において、社会のあらゆる地位や役割において、個人が目覚め始めているのがわかる。そうした目覚めが進めば進むほど、容認すべきではないものごとへの認識が高まれば高まるほど、社会が変化しているのがわかるであろう。

   社会は独特の構成をもつ組織であり、そこに感化を及ぼせる期待できる影響力は、あなたが社会のどのレベルで動けるかにもよるが、それだけではなく、むしろ今必要なのは、決定する立場にいない多くの平均的な人々の意識である。

   意識、波動、共鳴の領域にある自分本来の姿を真に理解した人々によって、つまり他人や周囲を気遣う愛と平和の感情を持つ人がいると、人から人へと伝わりやすい振動エネルギー場を呼び起こすことになる。するとほかの目覚めつつある人たちも同じようにし始める。恐れであれ愛であれ、憎しみであれ赦しであれ、ある特定の振動をもつ人々が充分な人数に達すると、その社会に強い影響力を及ぼすパワーになる。

   よって、一見矛盾しているように思えても、あなたが自分と他人とのあいだにポジティブな関係を築くことにより、社会を変える鍵を持つことになるという事実に行きつくのである

   自然のリズムにそって生物的な時間を計っていくと、おおよそ1年間に満月が13回めぐってくる月の時間につながる。「月の運行にあわせた時間」は、現在、特に欧米社会をはじめとする世界中の多くの国々で使われているグレゴリオ暦よりも、より有機的で、事実に即した時間の計測法であると言える。

   1年が12ヶ月から成るグレゴリオ暦は、月の生物的な時間感覚から人を切り離すために作られたものである。グレゴリオ暦の考案者はその数字の算出過程において抜け目がなかった。その行為は、率直な言い方をすれば、地上での「詐欺行為」にも匹敵する。「つながり」を絶ってしまったのだから。それは人類の意識を、地球の「偉大なる母」の気づきから引き離し、抽象的なものに結び付けてしまったからである。

   したがって、グレゴリオ暦で時間を計るとき、人は文字どうり本来の時間の流れとの同時性を失う。この暦はいうなれば、帽子からウサギを取り出す手品のように、安易に割り出された恣意的な測定法であって、自然から生まれたものではない。グレゴリオ暦は、体のリズムを反映するものでもなければ、地球を反映するものでもない。本来の時間は、月のリズムに立ち戻ることによってのみ知覚することができるのである。

   いわゆる「世捨て人」でないかぎり、どこかでバランスを確保する必要はある。
   大多数の人がそうであるように、社会に適応する必要があるなら、決められた時間は守るべきであろう。しかし時計に合わせる一方で、自分の体にも意識を向けていてください。ほかのみんなが食事をしていても、あなたにとっては食べる時間ではないかもしれない。あなたにとってはむしろ、休息したり読書したり散歩するための時間で、食事の時間はもっと後なのかもしれない。

   リズムには相当な個人差があるので、自分独自のリズムに敏感になり、時計やグレゴリオ暦に注意を向ける一方で、自分の体の叡智にもとずいた選択を心がける必要がある。あなた方には、月の位相に注目し、新月から次の新月までの運行を感じてみることだけでもお薦めしたいと思う。もし二つの世界に生きることができれば、同時に自然の深いリズムに気づき、そのなかでも生きることができるであろう。


                 「ハトホルの書」 ナチュラルスピリット

                         抜粋したもの

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