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⑪ どこまで捨てられるか

 「古いものを捨てるべきリズムにある時、そのリズムに逆らっった場合、宇宙のリズムは強制的にあなた方に喪失を強いることになる。現代のあなた方は何でも溜め込む傾向にあり、それが宇宙のリズムを停滞させる結果を引き起こしている。

   それぞれの節目(ふしめ)においては、常に捨てることを心がけるだけでも、あなた方の人生は向上する。これを怠っていると、宇宙は強制的にあなた方のすべてを空(から)にさせる状況を与えるようになっている。そうやって宇宙は、リズムバランスを取り戻す働きをするのである。

   アメリカ軍のイラク攻撃が、あなた方の文明のルーツでもあるシュメールの記憶を消滅させることになったのは偶然ではない。これは法則によって起きるのだ。時の権力者は、たとえその文明が終末を迎えていても、最後の最後まで自分の支配下にある文明を維持しようと固執するものであるが、それを引きずれば引きずるほどそれは破壊され、終には彼自身を消滅へと追い込むことを我々は知っている。欲のままにその繁栄に固執すると、破壊もまた繁栄と同じほど大きなものになるのだ。

   今あなたが払うべき努力は、これまでの旧文明を出来る限り早く穏やかに、終息に向かわせる努力である。」

   
私は彼の話を聞きながら、ここ数年間に起きたアメリカの産油国への軍事攻撃に、人類史規模の意味があることを直感した。
   そして、私は9.11のことを思い出した。
   そういえば私はネット上で、9.11は演出されたものであるという情報を見たことがあるがあれは本当なのだろうか?

   「確かに、9.11(米国貿易センタービル爆破事件)はある勢力が演出したものである。
    しかし物事は、本質を見抜くことが必要である。
    問題は、そうした勢力の計画や動きが、なぜあのタイミングであの時期に生じるかということである。彼らは、「聖なるリズム」を知っているわけではないのだ。

   秋から冬に向けて森の木々が木の葉を落とす時、あなた方はその木の葉である必要はなく、あなた方はその木々であるべきだ。木の葉は落とされまいとしても、自然の法則に勝つことはできず、どんなにもがいても、落ちるべき葉は落ちるのだ。その葉であることを主張しても、それは悲劇でしかない。「彼ら」は今、落ちまいとしながらも落ちつつある「葉」の役を演じているのだ。すべては天地のリズムに導かれており、それに逆らうことは逆に、より悲劇的にその法則を成就させることになり、それが自分と他者に苦しみを招く。

   我々シュメールの叡智を保つ者たちは、「聖なるリズム」を自分の利益のために用いることをしなかった。なぜならそれは必ず、反作用を引き起こすことを知っていたからである。」

   
彼の言うことは非常によくわかったし、私には彼ら旧文明の権力者たちが、何か遠い存在のように思えてきた。そして新しい時代に向けて、自分は何をしたらよいのだろうかと思った。

 「私が言う旧文明とは、決して彼らだけを指すわけではない。
  それは自己の立場を守るために、旧文明の価値感を頑(かたく)なに主張し続ける人々であり、他人を犠牲にしてでも旧体制で獲得した権力を保持しようとする人々のことで、このような人々はあなたの国にも無数に存在していることを知らねばならない。そうした一人一人が、自分の生き方を変容させられるかどうかが本質的な問題である。そしてそれが達成できるかどうかは、あなた自身の生き方にかかっている。

 あなたは、日本の戦時中の話を聞いたことがあるだろうか。
 当時、
(戦地へ行くよう要請する)赤紙を渡された時、どれだけの人々がそれに「ノー」と言うことができただろうか。
  あなたが真に、あなたの価値感を旧文明のそれから新文明のそれへと変容させ、それを行動に表すことは、当時の人々が「赤紙」に「ノー」と言うのと同じほどの、自己犠牲的なまでの勇気を必要とする行為であることを、あなたはいずれ知るであろう。」

   
この時には、私はその意味がわからなかったのだが、後に私はその通りの現実に直面することになった。

   「自然界の木々が葉を落とすのは、新芽が胎動を始めたことを感知するからである。ゆえに木々が葉を落とすことを惜しんでいたら、木々は生命の危機に陥ることになる。この喩えがわかるであろうか。つまりあなた方はこのことを現文明、つまり旧文明でやろうとしているのだ。

   あなた方が過去の文明、過去のシステム、過去の権力、過去の考え方を失わないように躍起になればなるほど、宇宙はあなた方に厳しい喪失を強いることになるだろう。「今」はすべてを捨てるべきリズムにある。捨てなければ、新たな誕生を見ることはできない。

   捨てることに恐怖を抱くのは、新芽の胎動に気づかないからだ。
   あなた方が想像もできないほどの活気に満ちた素晴らしい文明が、すでに胎動を始めていることをあなた方は確信しなければならない。」

   
私は自分の人生と人類のあり方に妙な繋がりを感じながら、彼の話を聞いていた。
   ひょっとすると、私の人生の変化は、人類の変化と裏表なのではないか、といういままで考えたこともない思いが浮かんだ。

   「一人の個人が宇宙のリズムに乗るということは、あなたが考える以上に人類史に直結している。なぜならあなたの中心点は、人類の中心点でもあるからだ。

   あなた方日本人がする「年末の大掃除」の習慣は、我々シュメールの習慣に近いものがある。これを10日早く行なえば、自然のリズムに重ねることができる。この期間に不要な物を捨てると同時に、心における過去も捨て、澄み切った魂になることは自然のリズムにかなっている。このことをもっと大きなリズムで行なうべき時に、今、あなた方はいるのである。

   人間の努力には、本筋から外れた努力というものがある。
   現代のあなた方の中には、そうした努力によって自分を見失っている人が大勢いる。現代の文明にしがみついている人々もそうである。一度頂点に達した文明が死期へと至るとき、なおもそれにしがみつこうとした人々は、過去の文明でもたくさんいたのだ。一度握った権力を手放さず何とか維持しようとする人々、死期にあることに気づかず、今からそれを追いかけようとする人々は、そうした生き方によって結局、過去においても自らを失うことになった。つまり、その努力そのものが、彼らを宇宙のリズムから引きはがすのである。

   宇宙のリズムに合致した努力には必ず、あふれ出るような使命感や躍動感、爽快感を伴うものである。それらが感じられない努力は、いかなる努力であろうとも、宇宙のリズムから外れている。」

  「シュメールでは、人間の思いである思念は神から与えられるものと考えられていた。
  与えられた思念である以上、それは必ず宇宙のリズムに合致する。つまりそれを受け取るためには、受け取るための魂の空間を用意しなくてはならないというのが、我々神官の思考に対する認識であった。

  そのようにして用意された空間に、節目(ふしめ)の時には必要な思念が舞い降りる。
  そしてその思念は、次のサイクルに向けて強い創造力を発揮するのである。
  自ら作り上げた思念によっても物事は成就することができるが、しかしそれらは長期的には宇宙のリズムを壊すのである。

   思念というものは、心が空白でありさえすれば、必ず各人にもっとも必要なものが与えられるようにできている。それは自ら作り出すものではないことをあなた方は知らねばならない。それを受け取るべき「時の中心点」が、「節目の時」である。

   宇宙の星々は自らの主張のためにスピンするのではない。
   星々は中心の力にうながされ、その力に自らをゆだねることによって行なわれる、スピンという自己完成の悦びに打ち震える。宇宙の存在は、波に自らをゆだねるサーファーのようなものであり、いかにゆだねられるかですべてが決まるのだ。

   宇宙は、必要なところに、必要なだけの、必要な配置を与える。
   その計算に狂いはない。
   しかしながら、個人の意志で何かを目指し、個人的な思いの力でそれを実現しようとする者であふれる時、それはすでに、思念の次元に摩擦(まさつ)と闘争を生み出しているのである。」

   
与えられる思念などということを考えたこともなかった私は、彼の言葉に、私の人生観を変容させるほどのインパクトを感じていた。

   「現代のあなた方の社会は、さまざまな世界的問題を抱えており、あなた方はそれを解決するのは至難の業(しなんのわざ)と思っている。しかしそれはあなた方が過去を捨てようとせず、過去になおもしがみつこうとしていることがそのように見えるのである。」


              
                
「ガイアの法則」 千賀一生 徳間書店」

                        抜粋したもの



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