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プリンセス・ダイアナの死 ①

   ケネディの暗殺とダイアナ妃の暗殺との間には数多くの類似点がある。ダイアナの暗殺は、古代人がディアーナと呼んでいた月の女神を殺す儀式だったと確信している。ケネディがあの場所であの時間に死ぬことは、彼が大統領になる遥か以前から計画されていた。それと全く同じでダイアナも、あの時間にパリのあの場所で殺すために、少なくとも何十年も前から多年にわたり彼女は飼育されてきた。

   こういうことが幼児期、あるいは生まれたときから計画されているということは、イルミナティ=ブラザーフッドを詳しく研究すれば直ぐに理解できることである。彼らが計画を立てるのに、数週間、あるいは数ヶ月ということはなく、文字通り何世紀も前から計画されるのである。低層4次元というアストラル界から地球の3次元と関わる彼らは、我々とは時間の観念がまったく異なっている。

   ダイアナが1961年に、レプティリアン(爬虫類人)の一族であるスペンサー家に生まれ、彼女が女神ディアーナのシンボルとして選ばれ、チャールズと結婚したことや、カトリック信者のケネディが裏からの操作で1960年に大統領になったのもすべて、彼らによる計画によるものであった。ダイアナが計画的に殺されたのであれば、膨大な計画が立てられ、とてつもない時間がかかっているはずだと人は言うが、その通りである。

   ダイアナには現スペンサー伯爵である弟チャールズと、二人の姉ジェーンとセーラがいる。子供時代の彼女はとても不幸であったと言っており、子供時代に与えられなかった愛とぬくもりを常に求めていた。ごく小さい頃からエリザベス女王のことは知っており、王室の子供たちとも遊んでいた。ダイアナの記憶によると、愛情からではなく、長い休みになるとその度に毎年女王の屋敷に行かされ、『チキ・チキ・バン・バン』という映画ばかり観させられたそうである。この映画が選ばれたというのは興味深いことである。なぜなら原作のイアン・フレミングはイルミナティの諜報部員であり、アレイスター・クロウリー(悪魔的超能力者)の友人で、ジェームズ・ボンド小説の作者であるからだ。

   この映画には、子供が大嫌いな王と女王が出てくる。
   二人が雇った「子供さらい」が子供たちを誘い出し、誘拐して檻に放り込む。捕まった子供たちは城へ連れていかれ地下牢に監禁される・・・と、このように話は展開するのだが、これは実際に行なわれていることを象徴したものであり、ウィンザー家がこれを何度もダイアナに見せたというのは偶然とは思えない。ダイアナはこの時点で、サンドリンガムのウィンザー家の妙な空気を感じ取っていたようで、「・・・そこへいくときには、私を連れて行こうとする者に私はしばしば抵抗し、蹴飛ばしたり暴れたりした。」 そしてウィンザー家は、ダイアナが生まれた瞬間から彼女に目をつけていたのだ。

   ダイアナは13歳のとき、ノーフォークからノーサンプトンシャーのオルソープへ移り住む。そこはスペンサー家先祖代々の地であった。ダイアナの心がとくに荒廃していったのは、父親が再婚してからだった。心に苦痛を抱える人々にダイアナが示す感情移入は、彼女自身が生涯背負っていた心の傷からきていた。スペンサー家はエリートの血を引く家系だ。マールボロ公爵家、デボンシャー公爵家、キャベンディッシュ家や、チャールズとダイアナの共通の祖先は国王ジェームズ一世である。

   ダイアナは他にもスチュアー王朝のチャールズ二世から、フランスのメロビング王朝の血筋までいくつもの血統を受け継いでいる。チャールズ二世は婚外子が多かったので血筋がわからなくなっているものもあるが、一つ確かなことは、イルミナティのブラザーフッドは知っているだろうということである。エリートの家系に関する限り、スペンサー家は重要な血統であり、ダイアナはルーカン伯爵も含めた、数え切れないほどの貴族の血統とつながっている。さらにスペンサー家の血縁はアメリカの有力家系にまで広がっていて、遠くはあるがロックフェラー家ともつながっている。

   結婚への秒読みが始まったのは、オルソープでダイアナがチャールズに会ってからだった。1977年当時、チャールズはダイアナの姉セーラと関係を持っていた。そのときダイアナは16歳で、ウィンザー家が彼女のために本当に動き出すのはそれから三年後だ。皇太后とレディ・ファーモイ(ダイアナの祖母)のお膳立てで、ダイアナはチャールズ30歳の誕生日を祝うパーティにバッキンガム宮殿へと招待された。その翌日、チャールズに招待され、ダイアナは結婚の申し込みを受け入れた。「あなたをとても愛しています」とダイアナは言い、「愛がいかなるものであろうとも」とチャールズは答えた。

   ダイアナが幼稚園の保母をしていたとき、チャールズとの関係がマスコミに漏れ、彼女の生活が大衆の目に触れるようになって、常にスポットライトが当るようになった。ウィンザー家との悪夢もこのときから始まる。振り返ってみてダイアナは、チャールズが自分だけを愛したことなど一度もなかったことを知った。チャールズが本当の愛人カミラ・パーカーボウルズと関係があることも結婚する前からわかっていた。この関係は結婚してからも続く。チャールズとカミラは、「グラディスとフレッド」という暗号を使ってずっと連絡を取り合っていたのである。

   ウィンザー家がダイアナに望んだことは、スペンサー家の遺伝子を持った跡継ぎを産むことで、彼女はそれだけの存在、いわば「孵卵器(ふらんき)」でしかなかった。チャールズとの婚約から1週間後、ダイアナの拒食症が始まった。これは一種の摂食障害で、ダイアナは一日に三、四回も吐き、ひどく痩せていった。先の章でも述べたが、子供時代に悪魔教による性的虐待を受けた犠牲者は、成人してから拒食症になることが多い。ダイアナによると、拒食の引き金は、チャールズが腰に手を回して言った、「おや、ここ少しぽっちゃりしてないかな?」という言葉だった。病気というのは大半がそうだが、拒食症は心の病だ。ダイアナは結婚前からすでに情緒不安定だった。ダイアナによると「チャールズの態度は、変化が激しく、熱くなったと思ったらすぐ冷たくなり、その上がったり下がったりを激しく繰り返した。一緒にいてもチャールズは母親を怖れ、父に脅え、私はいつも二の次の存在だった。」

   ダイアナは二人の姉と会い、結婚生活には耐えられそうにない、特にカミラがいるときには、と訴えたが、もう選択の余地はないと言われた。「あなたの顔がナプキンにまで印刷されてるのよ、もう逃げ出すわけにはいかないのよ」と。ダイアナとチャールズは1981年7月29日にセント・ポール大聖堂で結婚式をあげた。その朝のクラレンスハウスでダイアナは、死んだような静かな心境だったと言い、「私は自分のことをこれから屠(ほふ)られる子羊だと感じていた。わかっていても、どうすることもできなかった。」 なんとも予言的な、その後の現実を言い当てた言葉ではないか。ダイアナの拒食症は悪化し、不幸の大きさを思うと自殺を考えるほどだった。
   
   1982年、ダイアナは王族の公務の一つとして、モナコのグレース公妃の葬儀に女王の代理として出席した。グレース公妃(元女優のグレース・ケリー)もイルミナティのブラザーフッドの犠牲者の一人で、彼女は車のブレーキに細工をされて海に落下し、殺されたのである。ダイアナが出産ま近のある日、出産をチャールズのポロの試合スケジュールに合わせるように命令された。そしてそのときからダイアナにはある薬が投与され始めた。そして1982年6月21日の夏至の日に、ブロンドで青い目のウィリアムが生まれた。出産日の指定は何を意味するのだろうか? それは王子の出産日時調整が占星術と秘儀術によってコントロールされたのである。

   実際に、ウィンザー家の占星術と秘儀術に対する執着は相当なもので、私の友人は母親が心霊占星術師であるが、彼女は女王や皇太后が毎日着る服の色を気味悪いほど正確に言い当てる。彼女は日にちと色に関する法則を知っているからであった。悪魔教の秘儀の神秘と、太陽信仰とに大きく依存している一族が、自分たちの跡継ぎの出産を、太陽の力が頂点に達する夏至の日に合うように誘導したのである。

   1984年9月にヘンリー王子が生まれ、ウィンザーにとってダイアナの存在価値はなくなった。「ハリーが生まれると、急に何もかもが終わりになった。結婚生活もすべてが無意味になった。」とダイアナはアンドリュー・モートンに語っている。そして1992年、ダイアナとチャールズは別居し、1996年に離婚した。そのほぼ1年後、ダイアナは死んでしまう。

   闇の組織=イルミナティ=ブラザーフッド=爬虫類人=ウィンザー家の組織は、ダイアナの信用と彼女に向けられる尊敬と人気を貶めるために、盗聴して得たダイアナの電話テープをマスコミに流した。これは彼女の信用失墜を狙ったものだったにもかかわらず、いやおそらくそうだったからこそ、ダイアナの人気はさらに高まっていった。彼女の大きな心と世界的な知名度があり、ウィンザー家への恨みを晴らしたいという強い意志とが絶妙に交じり合って、ダイアナは王家の存続にとっての脅威となった。また彼女の持って生まれた大衆に対する共感と同情が、何の感情も持たないウィンザー家の影を薄くした。つまり王家がもはや時代遅れで、なんら今日的な意味を持たないことを暴露してしまったのだ。

   ウィンザー家の蜘蛛の巣におびき寄せられた、無邪気で内気だった19歳の娘は、今や成熟した女性となり、自分の真のパワーに気づいてそれを行使しようとするまでになっていた。ダイアナが地雷の問題を取り上げれば、それまで誰も見向きもしなかったものが世界中の新聞、雑誌の大一面で扱われるようになった。どんな課題を取り上げても、それだけのことができる土台を彼女は持っていた。ウィンザー家とブラザーフッドにとって、この女性は特筆大書すべき危険な存在となったのである。

   さらにダイアナは、ウィンザー家と現体制の中枢の者しか知らない秘密を数多く握っていたのである。死体がどこに埋められているかも聞いていて、1996年11月には、BBCの時事問題番組『パノラマ』での有名な対面取材で、その一部を暴露する用意があると語った。あのインタヴューでダイアナは、自分と王室との不幸な関係について極めて率直な言葉で語り、ウィンザー家に大きな打撃を与えた。彼らはこれで、ダイアナは次にいったい何を言い出すのかと、考えるようになったに違いない。

   私が世界遊説旅行中に会ったある男性が、1997年3月にダイアナから電話をもらったと言っていた。それは彼女の死の数ヶ月前のことである。「プリンセス・オブ・ウェールズです。」と言われてびっくりし、さらにイギリスの「スーパーマーケットの公衆電話」からだと言われて、初めは信じられなかったという。だがダイアナと男性との共通の友人によると、ダイアナは盗聴されずに安心して話したいとき公衆電話を使うそうで、特にケンジントンのあるデパートの電話を使っていたという。

   ダイアナはこの男性を、知識も見識もある人物として尊敬していた。
   彼女が、世界を揺るがすような内容を暴露しようと思うが、どうするのがよいか教えてほしいと言ってきたのだ。この男性は話の内容は私に語ってくれなかったが、私が、ダイアナはウィンザー家は麻薬密輸と関わっていることに気づいたのではないか、と尋ねると、「違う、そんな程度のことじゃない!もっと大変なことなんだ」と答えた。それがいったい何であったのかは、この章の終わりで明らかになる。ダイアナは、大衆が理解するよりもはるかに多くのことを知っていた。しかしこれもまた、ダイアナ暗殺計画の一つの側面に過ぎないのだ。

   

          book「大いなる秘密 世界超黒幕 
下」 デビッド・アイク著 三交社

                          抜粋





   
  

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