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アダムとエヴァは細胞から創られた

   旧約聖書のアダムの物語の本来の姿を知りたいのであれば、シュメール文書にまで遡らなくてはならない。そうすれば、どこがどう変えられているかがわかるだろう。Gods(神々)は「地の塵(ちり)」でアダムを創り、アダムの肋骨でエヴァを創った、と創世記にはある。この「地の塵」はヘブライ語の「ティト(乳首)」から翻訳されたもので、それはシュメール語の「ティ・イト(生命とともにある物)」に由来している、とゼカリア・シッチンは指摘している。つまりアダムは、「地の塵」から創られたのではなかった。アダムは、「生命とともにある物」、すなわち生きた細胞によって創られたのだ。

   シュメール語の「ティ」には二つの意味があった。
   それは「肋骨」と「生命」だ。そしてまたしても、翻訳の際に誤まった選択がなされたのである。エヴァ(命を持った女性)は、アダムの肋骨から創られたのではなかったのだ。エヴァは「生命をもつもの」、すなわち生きた細胞から創られたのだ。

   シュメール文書によると、ルル/アダムの創造には、アブズ(現在のアフリカ・ジンバブエの地域)にいた女性(直立原人)の卵細胞が使われたという。そして公認の現代考古学は、アフリカで発見された数多くの化石を調査した結果、ホモ・サピエンスはアフリカで発祥したという結論を出している。さらにヨーロッパ、中東、オーストラリア原住民、ニューギニア原住民など、それぞれがまったく異なった遺伝的背景を持つアメリカ人女性に対しても遺伝子調査が行なわれているが、それらの150人の女性全員が、14万年から29万年前に生きていた女性を先祖としている、というのがその結論であった。しかし私は、人類にはさまざまな起源があり、アヌンナキによって創られたものがすべてではないと考えている。

   「アヌは、地球を開発し、支配させるために、二人の息子を派遣した」とシュメール文書は述べている。その二人の息子とは、ホモ・サピエンスを創った男「エンキ」と、その腹違いの兄弟「エンリル」である。この二人は、地球の支配権をめぐって壮絶な争いを繰り広げることになる。アヌンナキ社会は強烈な「遺伝子信仰」の習慣があるので、アヌの長子であるエンキは、腹違いの弟エンリルよりも低い位にあった。エンリルの母は、アヌの従妹であった。つまり別の母を持つエンキよりも、エンリルのほうがアヌの系統の遺伝子をより純粋に受け継いでいるということだ。

   さらにシュメール文書は、アヌンナキが地球支配の任務を負うべき血流を創り出した経緯を伝えている。この血流の一族は、現在の地球を支配している一族である。シュメール文書によると、王権というものはアヌンナキによって創られ、人類に与えられたものであるという。王権、すなわちキングシップは、支配者であるアヌの名にちなんで「アヌ・シップ」と呼ばれていたという。

   ブラザーフッド(イルミナティ)たち、アヌンナキの遺伝子を受け継ぐ者たちによって形成されている秘密結社の家系の者たちも、同じく「遺伝子の純粋性」という強い観念に支配されており、愛情など関係なく婚姻関係を結んでは、同系交配を繰り返している。ヨーロッパの王侯貴族や、アメリカ東部のある家系たちがその典型である。彼らはそのゆえに単一の部族とも言うべきものであり、遺伝子的に相互に結びついている。彼ら一族はこれまでも同系交配の強迫観念に取り憑かれてきたが、これはシュメール文書に述べられているアヌンナキたちの様子とまったく同じである。彼らが同族間で結婚を繰り返すのは、なにも貴族意識からではない。それは唯一、「シェイプ・シフト(変身)能力」を与えてくれる、特殊な遺伝子構造を維持するためなのである。

   シュメール文書によると、エンキによって出産能力を与えられた人類の爆発的人口増加は、数においては決して多くはなかったアヌンナキたちを、飲み込んでしまうほどの勢いであったという。地球の支配権を争うエンリルとエンキたちによる、アヌンナキの壮絶な内部抗争によって、ハイテク戦争が繰り返された。ゼカリア・シッチンのシュメール文書解釈と同じく、インドの聖典『ヴェーダ』の中にも、地球支配の最高覇権を求めて激烈な戦争を繰り広げるGods(神々)の姿が描かれている。このように古文献を照合することによって、gods(アヌンナキたち)の闘いの様子がより明らかになる。

   太古の時代、ハイテク戦争を戦ったのは、宿命のライバルであるエンキとエンリルたち息子であった。聖書に描かれたソドムとゴモラの滅亡は、アヌンナキたちの戦争の凄まじさを物語っている。これらの都市は死海の南端にあったと推定されるが、現在においてもこの地域の放射能のレベルは、通常の値をはるかに超えている。なお聖書には、「振り向いたロトの妻は、そのまま塩の柱になった」とあるが、聖書の原型とも言えるシュメール文書に言及したシッチンは、「ロトの妻は蒸気の柱となった」、が正しい解釈であると主張している。

   「大洪水伝説」は、世界中のあらゆる原住民文化の中に伝えられている。
   シュメール文書も例外ではなく、「シュメール文書には、大津波が地上の人類を一掃し、アヌンナキが飛行物体に乗って地球を脱出したときの様子が述べられている」とシッチンは言う。いずれにしても紀元前1万1000年から紀元前4000年の間に、想像を絶する破局的状況が地球を襲ったというのは確かのようである。

   それを示す数々の地質学的・生物学的証拠が発見されている。
   ヨーロッパ、スカンジナビア、ロシア、アフリカ、南北アメリカ大陸、オーストラリア、ニュージーランド、小アジア、中国、日本など世界中からその証拠があがっている。その大破局の様子は、ほとんど次のような言葉で語られている。

   「海をも沸騰させるような凄まじい熱。その熱を生み出す火を吐く山々(海底火山)。太陽も月をその姿を隠し、世界は漆黒の闇に包まれた。血と氷と石の雨が降り、天地はひっくり返った。大地の隆起や沈没は凄まじく、巨大な大陸が失われた。そして氷河がやってきた。」

   このような言い伝えの中には必ず、地上を一掃した超巨大な大津波のことが語られている。彗星の衝突によって引き起こされた超巨大な津波だが、その様子は映画「ディープ・インパクト」の中に描かれたようなものだろう。また中国の古い書物は次のように語っている。

   「天を支える柱が砕け散った。天は傾き、低くなった北西側へと太陽や月や星は滑り落ちた。海や川は、大地が傾いて低くなった南東側へと流れ出した。このときに生じた洪水によって、地を覆っていた大火災の火は消し止められた。」

   そのほかアメリカのポニー・インディアンに伝わる伝説も、南北の極性がその位置を転じたときの様子を語っている。北米に伝わる数々の伝承は、海をも沸騰させる強大な熱と、天を覆いつくした巨大な雲のことに言及している。グリーンランドのイヌイット(エスキモー)たちは、彼らの地にやって来た宣教師たちに、「遠い昔に地球は一度ひっくり返っている」と言っていたという。ペルーの伝説では、「天と地が争ったとき、アンデスは引き裂かれた」と言っている。ブラジルの神話では、「天地がその居場所を転じたとき、天は破裂し、降り注いだ破片はすべての生き物を殺した」と語られている。北米のインディアン、ホピ族の伝承では、「大地はズタズタに引き裂かれ、一部の狭い隆起を除いて、地表は完全に水に覆われた」という。

   これらの伝説はすべて、天変地異によって海の底に沈んだと言われる、幻の大陸「アトランティス」や「ムー(レムリア)」と関係しているようである。大西洋にあったとされるアトランティスや、太平洋にあったと言われるムーは、ともに高度な文明を持った種族によって統治されていたと信じられている。これらの大陸はそのときの天変地異によって、海の底に沈んでしまったと考えられている。そしてアゾレス諸島などは、アトランティスの名残だとも言われている。

   アトランティスの姿については、ギリシアの哲学者プラトン(紀元前427年~前347年)も述べている。彼は神秘主義的秘密結社ネットワークの高位階者であった。彼らのような選ばれた小数の者のみに秘密の知識を伝える秘密結社ネットワークは、それ以外の大衆がそのような知識を持つことを決して許さなかった。そのために公認の歴史学は、アトランティス大陸が存在したというプラトンの主張をあえて完全に無視することで、その情報を抑えているのだ。

   アトランティス大陸の一部であったとも言われているアゾレス諸島の海底、深さ3200メートルから5620メートルの地質を調査した結果、アゾレス諸島の海底が昔は陸地であったということが判明している。ムー(レムリア)大陸についても同様に、現在は太平洋の底に沈んでいるとされる地質学的証拠があがっている。その地域はバーミューダと南フロリダ、それにアンティル諸島を結んだ「バーミューダ・トライアングル」と呼ばれており、長い間アトランティスと関係があるのではないかと言われてきた。

   このバーミューダ・トライアングルは、その地域を通る船や飛行機が消えることでも有名である。この三角地帯にあるバハマ沖の海底には、水没した建物、塀、道路があり、さらにストーンヘンジのような環状列石やピラミッドのようなものまである。それらの塀や道路は、興味深いラインを形成している。

   人々が知らない事実はほかにもある。
   ヒマラヤ山脈やアルプス山脈、それにアンデス山脈は、約1万1000年前に生じた隆起によって現在の高さになったのである。ペルーとボリビァの国境にまたがるティティカカ湖は、現在の航行可能な湖としては最高の、標高3810メートルの高さにある。しかし1万1000年前は、なんとティティカカ湖周辺は海だったのだ。これほどの高山地帯にある湖で、魚類など海洋生物の化石が発見されるのはなぜだろうか。それは、そこが昔は海だったからだ。昔、地球に地質学的大変動があったという可能性は、今日の地質学研究によって明らかにされつつある。


          「大いなる秘密㊤ 爬虫類人」 デービッド・アイク著 三交社

                          抜粋




     

       
   

マスコミ報道の裏を探れ!

   現在絶版となっている高橋清隆氏の『偽装報道を見抜け!』から、マスコミによる「叩き」報道が国内の優良企業の乗っ取りに使われた例をかいつまんで紹介したい。

   少し前の話になるが、2007年に相次いで報道された食品偽装事件についてである。
   この一連の騒ぎは、2007年1月に不二家が消費期限切れの牛乳を使用していたことをマスコミが大々的に報道したことから始まった。そして6月には、食品加工卸会社のミートホープが牛ミンチへ豚肉を混入していたと報道した。8月には、北海道土産(みやげ)で有名な「白い恋人」の賞味期限改竄(かいざん)が、10月には、これもお土産として中部地方で有名な「赤福」の製造日改竄などの、食品偽装をテーマにした事件報道が相次いだ。

   マスコミが食品業界にはびこる巨悪を暴いた、と誰もが思ったことだろう。
   食品業界の不祥事は事実であるが、なぜこれほど立て続けにこの時期に、しかも大げさに報道したのだろうか。マスコミの意図は、実はまったく別のところにあったのだ。それは不祥事報道で非難の的にされた企業のその後を追ってみるとよくわかる。

   不二家の場合であるが、ロスチャイルドのゴールドマン・サックス証券が、なぜか不二家の不祥事が発覚する前に、不二家の株が下がることを予期して大量の空売りをかけており、不祥事報道後にその影響で株価が変動して莫大な利益を上げていたのだ。そして不二家本社のあった銀座の土地と建物は、事件報道後にロックフェラーのシティ・グループのものになった。

   
一方、不祥事報道に悪乗りして、不祥事の一部を捏造(ねつぞう)までして報道した朝の人気ニュースバラエティ番組のテレビ局は、不二家からの抗議を受けて謝罪をしている。これらはコントロールされている日本のマスコミが、外国資本の利益のために世論を誘導した一つの例である。もちろん不二家の食品管理体制にも問題はあったので、その責任は負わねばならない。しかしこの不祥事を報道した日本のマスコミには、その表現に過激で真実でない点が多かった。この事実は視聴者に伝えられていないので指摘しておきたい。

   まず不二家が消費期限切れの牛乳を商品に使用していたとされることであるが、マスコミは食品衛生法で決められた消費期限を過ぎていたかのように報道したが、実際には法定の消費期限までには3日の余裕があった。不二家は社内で独自に消費期限設定をしており、それが独自の消費期限を超過していたのだ。また商品から大腸菌群が検出されたとする報道だが、実際に検出されたのは大腸菌に良く似た性質を持つ別の菌であったが、まるで大腸菌が検出されたかのように報道された。さらに「洋菓子の衛生規範」の規定値を越す菌が検出されたとし、食品衛生法に違反したかのように報道されたが、そのような規定は存在しない。また「洋菓子の衛生規範」には法的な拘束力がないことも付け加えておく、

   その他の企業も同じである。
   「白い恋人」の石屋製菓は、消費期限改竄報道の後、創業者一家が会社を明け渡すことになった。新しい社長には、同社に7億円を融資した北洋銀行の関係者が送り込まれた。そして不二家の場合と同じく、マスコミ報道が行なわれる同年の初めには、数々の国際銀行家が関わる世界最大の国際金融グループが、北洋銀行を所有する証券会社の株を大量に買い付けていたことが、多くの報告書から判明している

   赤福の場合は、製造日改竄報道の後、創業家一族の役員は責任を取って退任したが、創業者一族とは関係のないロスチャイルド系の住友銀行関係者が、会長に就任している

   このようにして「乗っ取り」が行なわれており、日本の優良企業に国際銀行家(イルミナティ)率いる外資系大企業が、彼らの支配下にあるマスコミを操作して用意周到に行なうのである。

   一連の食品偽装報道の裏側はこれだけではなく、さらに深い意図があるのだ。
   それはアメリカから日本に加えられる圧力である。毎年アメリカ政府が日本政府に突きつけてくる具体的な手段として、「年次改革要望書」というものがある。
この年次改革要望書は、表向きは日米両国の経済発展のために存在する。しかし実情は、その名目からは程遠いものである。つまり日本側からアメリカに出す要求は瑣末なものであるのに対し、アメリカ側から日本に出される数々の要求は日本のシステムを根底から覆すほどに大きなものなのだ。それはアメリカの一方的な苛(いじ)めといってよい。
 
   しかし当然ではあるが、この「年次改革要望書」についてマスコミが取り上げることは決してない。毎年毎年アメリカから日本に対して要求が突きつけられており、ほとんどの日本の政治家はこの要求に応じて動いているに過ぎない。国会で議論される問題のほとんどがこの要求についてなのである。極論すれば、日本の国会というものは、アメリカからの要求に対して「困った、困った」「どうしようか、こうしようか、ああしようか」と与党と野党でやり合っているだけなのだ。

   この年次改革要望書は、正式には「日米規制改革および競争政策イニシアティブの基づく日本国政府への米国政府要望書」という。その具体的な内容は、労働基準や建築基準、医療制度、保険制度などから、食品やワクチン、クレジットカードに至るまで、何から何まで全てに関する要求であり、日本という国のあり方まで決定づけてしまうものである。そしてこれに素直に従う政治家はマスコミで持ち上げられるが、日本の国益を重視し、アメリカの要求に反対する政治家は、スキャンダルや微細な不祥事を取り上げられてマスコミで散々に叩かれるのである。前述したように、日本のマスコミは歴史からみてもその始まりから、構造的にもアメリカに支配されているので仕方がないのだ。

   話を年次改革要望書に戻そう。
   食品偽装報道の相次いだ年の、アメリカからの年次改革要望書には、輸入食品の手続きの効率化と、新しい食品添加物の審査期間の短縮化の要求がある。つまりこれは、輸入食品と添加物の審査基準をもっと甘くして、早く輸入できるようにしろ、ということである。その理由としてアメリカ政府側は、日本が競争の自由化と世界における自由貿易を邪魔していると主張するのだ。それは食の安全を守る日本が、まるで世界の悪者であるかのような論調である。そしてこのアメリカ側の言い分に、日本国民の世論をいかに納得させ、同調させるかが、日本のマスコミの仕事なのである。

   意図的に行なわれた食品偽装報道であったが、その裏で「食の安全」がいつのまにか「規制緩和」にすり替えられてしまい、年次改革要望書の存在をマスコミが報道しないために、このことは国民に気づかれることなく忘れ去られてしまった。ちなみにこれとまったく同じ構図で、「郵政民営化」や「各種ワクチンの輸入」が行なわれたことを付け加えておく。

   この仕組みを知らされていない多くの国民は、マスコミ報道を素直に信じ、「日本の食品業界は腐ってる! マスコミもたまにはいい仕事をするじゃないか」と拍手喝采で、うっぷんが晴らせたと思ったことだろう。しかし我々はマスコミの報道することには、二重三重のメガネをかけて見る必要があるのだ。彼らに簡単に騙される結果、いずれそれが自分の首を締めることになる。

   誤解を避けるために繰り返し言うが、国内の食品偽装問題は正されるべき問題である。しかしそれを名目に、安全性の確かでない輸入食品や添加物がどんどんアメリカから入ってくるのだ。これらの添加物が恒常的に食品に使用され、日本国民の健康が侵されることのほうが、賞味期限切れの食品よりはるかに深刻な問題であるはずだ。そもそも要望書を書くまでして圧力をかけないと、日本政府が許可しない輸入食品や添加物を、あなたは信用できるだろうか。

   (年次改革要望書は、1994年から始まり自民政権が終わる2008年まで続けられていた。民主党に政権交代してからはこの要望書の存在が見られなくなったが、現在の政権もこの形を変えた要望書に従って動いていることに変わりはない。現在、アメリカ側の要求は、もっと隠された形で日本側に突きつけられているようである。)



        book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                       5次元文庫徳間書店

                           抜粋


     



    
 


          

『アミノ酸等』の表示は興奮性神経毒のこと

   1960年代にアメリカで、中華料理を食べた人が頭痛や眠気、顔面の紅調、発汗、身体のしびれなどを訴える出来事が相次いだ。その原因として、調味料として大量に使われていたグルタミン酸ナトリウムが指摘され、これらの症状は「中華料理症候群」または、「グルタミン酸ナトリウム症候群」と呼ばれた。1969年にマウスの実験でグルタミン酸ナトリウムの悪影響が指摘されると、国連内部の専門機関によって1日の摂取許容量が定められたが、その後の追加試験により、通常の摂取ではヒトに対する毒性はないとされたため、現在では1日摂取量の上限は決められていない。

   今やあらゆる食品に使われているグルタミン酸ナトリウムであるが、市場に出回り始めたころは「味の素」という名称で知られていたが、その後「化学調味料」というイメージの悪さの代わりに、業界団体によって「うまみ調味料」という用語が作られて定着している。また加工食品の原材料名としては「アミノ酸等」と表示されている。それは1908年に東大の池田菊苗教授によって発見され、後に世界に誇る「日本の十大発明」の一つとされる画期的な出来事であった。そして発明から100年経った現在では、世界100ヶ国以上で食品添加物として広く使われている。

   グルタミン酸の興奮作用が初めて発見されたのは1954年で、慶応大学の林髞(たかし)教授である。林氏はグルタミン酸が犬の大脳皮質に強い興奮作用を及ぼすことを発見した。そしてこの発見が、「グルタミン酸が脳内の情報伝達に重要な働きをしている」と報じられたことで、「グルタミン酸を飲めば頭が良くなる」という噂になり、それを信じた母親たちが子どもに、化学調味料(グルタミン酸ナトリウム」をご飯にまぶして食べさせるという社会現象まで起きた。この噂の真偽はすぐに否定されたが、現在でもグルタミン酸が「脳の代謝を促す」「うつを改善する」という俗説がある。この件に関しては製造メーカーも、そのような効果はないと否定している。

   1957年に、ルーカス博士とニューハウス博士はグルタミン酸ナトリウムをマウスの新生児に投与した結果、それが網膜内の神経細胞を死滅させること確認した。また1969年にジョン・オルネイ博士が、グルタミン酸ナトリウムの有害性が目の網膜だけでなく、脳全体にわたることを発見し、この病理作用を「興奮毒性」と名づけた。「興奮毒性」とは、グルタミン酸ナトリウムなど興奮性のある神経伝達物質による過剰な刺激により、神経細胞が傷ついて死んでしまうことである。このグルタミン酸の持つ興奮毒性は、今では神経科学の専門家の間では広く知られていることであるが、現在、このうまみ(化学)調味料に含まれる、グルタミン酸ナトリウムの危険性を指摘する科学者が一人もいないのは、実に不思議なことである。

   そのような中で、アメリカの脳神経外科医であるラッセル・ブレイロック博士は、非常に貴重な存在である。ブレイロック博士は有名な脳神経外科医として長年の実績を持ち、現在は著作と講演活動をしている。博士は3冊の著書で、グルタミン酸ナトリウムやアスパルテームが興奮性神経毒として働くメカニズムと、その害を防ぐ健康法について述べている。しかしこの著書は日本では紹介されていないので、この機会に博士の主張の一部をここに紹介したい。専門的で少し長いが、健康に関わり、ときに生命にも関わる大事な話である。

   
『私はグルタミン酸に関するあらゆる研究報告に目を通した。
   また、グルタミン酸の安全性を主張する専門家や、中でももっとも著名な人々とも文書でやりとりしたが、彼らの中の誰一人として、私の主張に反論できる者はいなかった。

   グルタミン酸は安全であるとされている。そして多くの専門家は、脳は血液脳関門で守られているのでグルタミン酸の害を受けないと言っているが、それは嘘である。グルタミン酸の受容体は血液脳関門にあり、これらの受容体はグルタミン酸にさらされると、開いてしまう。つまりグルタミン酸は、血液脳関門を開くのである。血液脳関門が破られる状況は他にもあり、たとえば高齢になると血液脳関門が弱くなる。そのためにアルツハイマー病患者のほとんどでは、脳関門が機能していない。また熱中症や発作、自己免疫疾患、多発性硬化症などではすべて、血液脳関門が機能していない状態にある。

   現在は、以前はあまり見られなかった数々の神経系の病気が世界中で急増している。それらは、アルツハイマー病や自閉症、多動症、パーキンソン病などのさまざまな神経変成病だ。このような病気が今では当たり前のようになっているが、これは恐ろしいことである。しかも神経科学の研究論文をどんなに読んでも、これらの病気の原因について解明されていない。専門家でさえ、なぜこれらの病気が増え続けているのかが分からないのである。

   原因が特定できないのは、我々の身近にあふれる毒性の物質の種類があまりにも多いからである。たとえば、水銀やアルミニウム、農薬、除草剤は、これらの神経変成病と関連があることがわかっているが、どれが原因であるかは特定することができない。しかし調べてみると、それらの化学物質が脳に損傷を与える仕組みはみな同じで、それらのすべてが興奮毒性のメカニズムを持っている。我々の身の回りにあふれるこれらの毒物だけでなく、グルタミン酸ナトリウムやアスパルテームのような神経毒が、食品を通して体内に取り込まれることで、脳内の興奮毒性が驚異的に加速されることになる。その結果として、現在あるアルツハイマー病や自閉症、多動症、パーキンソン病などあらゆる種類の神経病の蔓延が見られるのだ。

   グルタミン酸の受容体は、脳や脊髄などにある中枢神経系のシナプス(神経細胞)に多く存在しているが、さらに最近の研究ではそれらが中枢神経だけでなく、体内のすべての臓器や組織に存在することがわかっている。心臓や肺、卵巣、精子まで含むすべての性殖器系、副腎、骨、すい臓までもグルタミン酸の受容体で活動が制御されていることがわかっている。それら体内に多く分布するグルタミン酸の受容体は、脳内のものとまったく同じ働きをする。その結果、化学調味料入りの食事をした後では、グルタミン酸の血中濃度が非常に高くなり、体内のすべてのグルタミン酸受容体が刺激される。

   そして現在では、心臓突然死が増加している。
   もし化学調味料入りの食事とアスパルテーム入りドリンクを飲んだ直後に、激しい運動をしたらどうなるだろうか。おそらく心臓にあるグルタミン酸受容体が強く刺激されて、人によっては心臓突然死を起こすだろう。心臓突然死は二つの原因で起きる。それは不整脈と冠動脈攣(れん)縮である。そのどちらもがグルタミン酸によって起きる。しかし死亡診断医はこの情報を知らず、まったく聞いたことがないのだ。実際に私が話した心臓病専門医のほとんどが、心臓刺激伝導系や心筋にグルタミン酸の受容体が多く存在することを知らなかった。アメリカ国内だけでも、不整脈を抱える患者が数百万人いるが、心臓を刺激するグルタミン酸やアスパルテームを避けるようにと、彼らに助言する医者はいないのである。

   また心臓突然死に深く関係するのは、マグネシウムの欠乏である。
   マグネシウムが欠乏しているとき、グルタミン酸受容体は過敏になるので、激しい運動をする人でマグネシウムを補給していない場合、心臓突然死を起こす可能性がある。

   興奮性神経毒は、がん細胞の成長と転移を劇的に促進することも最近になって判明した。実際にある研究者が、がん細胞がグルタミン酸との接触で刺激されて動き回ることを観察している。化学調味料の成分であるグルタミン酸ナトリウムも同じようにがん細胞を活性化し、癌の転移を促す。グルタミン酸ナトリウムと接触した癌細胞は成長し、組織内で動き始めることが、それより前の研究でも観察されている。つまり体内で、化学調味料によるグルタミン酸濃度が上がると、癌細胞はたちまち広がるのだ。しかしグルタミン酸を阻害すると、癌細胞の成長は劇的に低下する。つまり、グルタミン酸の活動を抑えることで、癌細胞の活動が抑制されるわけである。

   今や、神経科学の研究論文は、すべてが興奮毒性をテーマにしている。
   この分野で今もっとも注目されているのが、興奮毒性とグルタミン酸受容体の働きなのである。彼ら研究者たちは食品中のグルタミン酸について言及しないが、私の役割は、化学調味料や食品に含まれる興奮性神経毒について伝えることである。   つづく



        book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                      5次元文庫徳間書店

                           抜粋


    

人工甘味料は「うつ」を引き起こす

   人工甘味料アスパルテームは、今やほとんどの食品やドリンクに入れられている。
   このソフトドリンクをもっとも大量に消費するのは誰だろうか。それは子どもや若者たちだ。アスパルテームは人工甘味料で、砂糖の代替物として用いられているが、砂糖の業界を支配しているのもイルミナティである。彼らは子どもたちや若者を、死ぬまでずっと何も考えず、疑問も持たないロボットにしたいと考えている。

   アスパルテームはニュートラスィートやイコール、スプーンフルなどさまざまな商標名を持っている。甘さは砂糖の200倍で、米国で1981年に登場したが、米国食品医薬品局(FDA)に寄せられた苦情の75%がこれに関するものであった。その中には頭痛やめまい、注意障害、記憶障害、ろれつが回らない、視覚障害などの問題があった。そうした症状は現在では、グルタミン酸ナトリウム(人工アミノ酸)という調味料によっても起きることが知られており、これがグルタミン酸症候群と呼ばれるように、「アスパルテーム病」として知られている。

   セントルイスのワシントン大学医学部のジョン・W・オルニーは、「神経病理学及び実験神経学ジャーナル」で、動物実験の結果アスパルテームを与えたラットは脳腫瘍になる確率が高いと述べている。またアスパルテームの使用を増やすと、悪性の脳腫瘍が急激に増加するとも述べている。米国海空軍も次のように警告する論文を、「海軍の生理」と「飛行の安全」という彼らの機関紙に次のように載せている。

   「数人の研究者の発見によると、アスパルテームによって発作の回数が増え、小さな刺激で発作が誘発される可能性がある。これはダイエット飲料を飲むパイロットが「フリッカー・バーティゴ(光の点滅によるめまいや意識喪失)」を起こし、光の点滅に誘発された「てんかん」に襲われやすいということを意味する。またパイロット全員が、計器飛行中に突然の記憶喪失やめまいに襲われる可能性があり、次第に視力を失う可能性があるということを意味している。」

   しかしアスパルテームは、もはやダイエット飲料だけに限らずほとんどのドリンクに使われている。アスパルテームは脳の科学的性質を変えて発作を起こしやすくし、気分障害などの神経系の問題を起こす。しかも依存性があるので、アスパルテームを含むドリンクの消費を抑えるのは難しいことが多い。アスパルテームの消費を止めると、多発性硬化症や慢性疲労、関節リウマチ、鬱(うつ)などの気分障害の症状が多くの患者で見られなくなった。

   この「合法的な」毒物の10%は摂取後に分解してメタノールになるが、これはメチルアルコールとして知られる神経系の毒である。これは視神経にとって極めて有害で、失明の原因になることで有名になった。メタノールは血液中に放出されて、神経毒で癌の原因となるホルムアルデヒドや蟻酸になる可能性がある。

   アメリカの食品医薬品局(FDA)もまたイルミナティの機関である。
   アスパルテームの場合も正当な検査なしに使用が認可されたが、その後、動物の発作と脳腫瘍の原因になるという研究による指摘で、認可を取り消さねばならなかった。しかしFDAは、公的な審議会での満場一致の大反対にもかかわらず、1981年にドナルド・ラムズフェルドの介入によって認可を復活させたのである。あらゆる証拠があるにもかかわらずこの毒が認可された理由は、単純な汚職にある。

   コカ・コーラ社はアスパルテームの危険性をよく知っていた。
   なぜなら全国ソフトドリンク協会のメンバーとして、FDAのアスパルテーム認可に反対したからだ。しかし現在アスパルテームは、ダイエットコーラの中で何をしているのだろうか。この甘味料は非常に依存性が高く、コカ・コーラ社がアスパルテームを入れた途端に売り上げが急増したのであった。またダイエットコーラは少しもダイエットではない。それはすべてのアスパルテームを入れた食品と同じく、セロトニンの生成を抑えることによって炭水化物に対する欲求が強くなるので、飲むと太ってしまうのだ。このように我々は、大がかりな詐欺の渦中に生きているのである。

   抗うつ薬として処方される「ブロザック」という化学薬品がある。
   ブロザックは、ジョージ・ブッシュ所有の製薬会社イーライ・リリーが製造している薬である。イーライ・リリーは、ブロザックがFDAによって認可される2ヶ月前までに比較臨床試験を行なっており、27人が亡くなっている。15人が自殺で、6人がブロザックの過剰摂取、4人が射殺で2人が水死だった。ブロザックは彼ら全員に直接関係していた。その他にもやはり試験で12人が亡くなっている。

   FDAには多数のブロザックの副作用報告が寄せられており、1992年までには2万8600件に達し、死者はさらに1700人増えていた。しかしFDA委員のデービッド・ケスラーによると、報告されたものは深刻な副作用のほんの一部でしかなく、事例の約1%でしかないと言っている。つまりこの計算だと、1992年までだけでも、ブロザックにかかわる副作用が実は286万件あったということになる。それが現在までだといったいどれくらいになるのだろうか。おそらく想像を絶する数のはずだ。それなのに依然として、ブロザックの一種の化学物質が子どもたちに処方されており、マインドコントロールの犠牲者たちに広く使われているのだ。

   スコットランドのダンブレーンで子どもたちを殺害したトマス・ハミルトンがブロザックを服用しており、米国コロンバイン高校銃乱射事件のティーンエイジャーの一人、エリック・ハリスがブロザックと同じ種類のルボックスという薬を服用していた。ダイアナ妃が殺害されたときの車の運転手アンリ・ポールの血液からは、ブロザックのものと同じ活性成分が検出された。そしてブロザックは、同じ効果を発揮するその他数多くの薬のほんの一つである。

   子どもを標的にした「リタリン」も、精神を矯正する薬であり、子どもたちの行動に深刻な影響を及ぼす可能性がある。この薬は、多くの暴力的行為に関わりを持ってきた。アメリカ政府は、リタリンをコカインやヘロインと同じカテゴリーに分類している。国際人権委員会会長のデニス・H・クラーク氏によると、「子どもにリタリンを使う目的は、反応を鈍らせておとなしくさせ、黙らせて動き回りにくくさせるため」だという。薬を与えるのは親や教師にとって簡単な解決方法だという。米国精神医学会の出版した『精神疾患の分類と診断の手引き』の改訂版にその研究結果が掲載されていたが、最近の版からはリタリンに関する情報などのすべてが削除されており、業界が隠蔽工作に関わっていることが明らかだと彼は言う。それを指摘された業界は、削除は単なる「ミス」だったと言っている。

   クラークによると、小学校時代にリタリンを服用している子どもは、成長するとブロザックなどの薬に切り替えられることが多いという。薬の処方をやめてもリタリンの効果は長く続く可能性がある。薬剤認識のための国際連合の理事を務めるアン・ブレイク・トレイシー医師の指摘によれば、こうした薬を使用する成人は暴力犯罪に走る傾向が非常に強い。トレイシー医師の出身はユタ州でモルモン教の本拠地であるが、ここでは一人当たりのリタリンとブロザックの使用量が、アメリカのほかの地域の3倍である。ユタ州の殺人や自殺率は、薬の使用量に比例して増加してきたと彼女は述べている。デニス・H・クラークによると、子どもの暴力事件の多さや自殺率の増加は、行動を抑える薬を与えられている子どもの数が始終増え続けているせいだと考えられる。

   クラークによると、暴力事件が起きると、製薬会社の「強制終了チーム」が出動して事態を沈静化させる。彼らは精神科医のチームで現場に派遣されると速やかにカルテの封印を確認し、医者には黙っているように説得し、犠牲者は買収されて裁判沙汰にするのを思いとどまるという。そこではすべてが周到に隠蔽され、巨額の金が動くのだ。また「ワールドネットデイリー・ドット・コム」の編集者デービッド・M・ブレスナハンによると、ユタ州の小学校教師がクラスの子どもたちにリタリンを摂取するように定期的に勧めているという話を、彼は教師本人から聞いたという。今、1年生の子どもは29人中11人が毎日学校で薬を飲んでいると女性教師は言った。

   リタリンと暴力行為の関係がおおやけに認識されない限り、暴力を振るう子どもは将来さらに増えるだろうとクラークは予言している。問題は、一般の人々や保健当局や親たちがそのことを認識していないことにあるのだ。国連国際薬物統制審議会のメンバーであるハーバート・S・オーカンは記者会見で、メチルフェニデート(リタリン)がアメリカで大量に処方されすぎていることを述べた。彼によると、アメリカでは、毎日3億3000万錠のリタリンが服用されており、アメリカ以外の国では1日6500万錠である。我々の子どもたちは制度的に習慣のように薬を飲まされており、教師や親たちは何も知らず、それを傍観しているばかりか奨めることも多いのだ。主な標的は、活発な精神を備えた子どもや他の人々とは異なる行動をする人々なのだ。


      book 「竜であり蛇であるわれらが神々 ㊦」 デービッド・アイク著 徳間書店

                          抜粋





    
   

過去の自分を受け入れて直感力を発揮しよう

  オリン
  
 直感とは何だろうか。
   またそれはどのように作用するのだろうか。それを説明するには、何が直感でないかについて説明するほうが簡単かもしれない。少なくともそれは、頭を使っていろんなことを理解しようとするマインドのことではない。また直感は1+2=3というように働いたり、理屈を考えたりするわけでもなく、直感は形と構造の中で動くエゴでもない。

   直感とは、言葉もなくわかり、説明もなく真実を感じる能力のことである。
   直感は時間と空間を越えて働き、魂のハイアーセルフ(高次の自己)と結びついている。また直感は肉体に束縛されず、過去、現在、未来を越えて作用する。それはマインドにある欲望を未来へと連れ出し、それを手に入れる方法を示す。直感は啓示や衝動、洞察を通してあなたに話しかけるが、「・・・をやらねばならない、・・・をするのはいいことだ」というような知的な思考ではない。

   直感は、「それをやったら楽しいだろうな。」「それをしたらワクワクするだろうな。」「それが今日できたらな。」というように話しかけてくるものだ。多くの場合直感は、あなたの中の遊び好きな子供が、厳しい仕事から喜びと遊びの世界へ強く誘っているように感じられるものだ。そして驚くことにその喜びと遊びの世界において、自分が何ヶ月も探し続けていたあらゆる答えを見つけるのである。

   直感は、一瞬にして考えを統合する。
   そして多くの天才たちは、非常に洗練された高い直感の世界で仕事をし、時間と空間を越えたところから新しい考えを生み出す。直感は知られているものを超えて未知の世界へと進むことができ、そのために他人が知らない情報を見つけることができるのだ。人間の体の第6のチャクラにあたる直感は、藍色、赤紫色と関わっている。もしあなたがこの色に引かれているなら、この領域が開かれつつあるのかもしれない。第6のチャクラは一般的に眉間(みけん)の第3の目と呼ばれており、この部分を開きつつある人々の課題とは、直感に耳を傾け、それに従って行動することである。

   自分の直感に従うとき多くの扉が開かれ、そのとき何年もかかって取り組んできた問題に、瞬時に答えを得ることができる。たとえば、「自分は仕事をやめたいけど、生活できなくなるし、お金がないからやめるわけにいかない」と考えているとする。それに対し直感は、「自分にはそれができるというフリをしてみたらどうだろう。もしかすると思いがけないことが起きて実現するかもしれない」と言う。理性と直感の間の溝を埋めるためには、信頼と信念というハートのエネルギーを使うことである。しばしば直感は論理的に思えない答えを与えることが多いのであるが、信頼して、それに基づいて行動すればうまくいくのだ。

   自分の直感を、どうしたら発達させることができるだろうか。
   まず第一に、それを信頼することである。ほとんどの人々は、自分のやりたいことやどんな人になりたいかなどの囁きを心の中に持っており、それについて考えているものだ。また自分の望むビジョンを持っているが、そのビジョンについて空想することを自分に許さない人もおり、さらにそれを、実際に実現させるほどに信頼している人はもっと少数である。

   しかし、あまりにも直感の世界に生きることには幾つかの落とし穴がある。
   まず直感は未来の時間に作用するので、未来の考えに捉われてしまうと、それに比べて現在が平凡で退屈に思えるようになる。つまり物質的現実と精神的現実の間には違いがある。物質的現実は直感の世界や思考よりも、ずっとゆっくりしたエネルギーから出来ているので実現に時間がかかる。それに対して直感とマインドは一瞬のうちに想像し、実現し、経験することができるという違いである。物質的現実の世界には形と時間が必要だからだ。そして、それらを実際に創造するよりも、アイディアを考えるほうがずっと楽しいことがあるものだ。しかし直感を物質的現実に実現しようと思うなら、忍耐や信頼、自信、集中力といった性質を自分に育てる必要がある。

   すべての人々には直観力があり、予感に従う能力がある。
   ときには、電話がかかってきたとき、それが誰からのものかわかることがあるが、それが直感というものだ。またあなたは、どんな人間になりたいかのヴィジョンを持っているとすれば、その課題は、そのヴィジョンに関心を払い、自分の行為や言葉、態度、行動などをそれに合わせることである。あなたは直感に従って行動するとき、自分の本当の力を感じることができるのだ。

   あなたはおそらく、やるべき物事のリストをたくさん持ち、計画を立てているだろう。
   しかし、なぜ自分の中に喜びがなく、自由を感じないのかと不思議に思うかもしれない。もしそうであれば、あなたはあまりに思考の世界にはまりすぎているのかもしれない。知的思考に対する直感は、左脳に対する右脳とも呼ばれてきた。左脳は記憶し、理屈を扱い、時間の中で連続する。それに対して右脳は直感と感情であり、創造性と想像力であり、つまりそれらは言葉と時間を超えた世界だ。

   しかし直感の世界に生きるだけでは十分ではない。
   あなた方の誰もが見たことがあると思うが、夢見て空想し、大口をたたく以外には人生で何もせず、自分の大きなヴィジョンや計画については繰り返し話すのに、現実には生活が貧しく、何も生み出さない人々がいる。直感を現実のものにするには、多くの集中力や忍耐、そして意志と意欲が必要なのだ。物質的現実では、ある考えを抱いた瞬間にそれはすでに古くなる。だからこそ、自分が過去に取り組んできた物事を敬い、過去の自分を愛することが大切である。あらゆることは、直感を通じてそれが意識にのぼる瞬間、つまりあなたがそれを聞く瞬間に過去のものになってしまう。過去の自分と、自分がいた場所を敬うこと、つまり、自分の過去を敬い、愛することが大切なのだ。

   多くの人々は、過去の自分を嫌い、自分を非難する傾向がある。
   たとえば何かを製作しているなら、1年前に製作したものを好きではないかもしれない。またある程度成長したと今思っているなら、過去を振り返って、「2、3年前の自分は駄目だったなぁ」と言うかもしれない。

   だが、過去の自分を敬えば敬うほど、ますます直感の声を聞くことができて、自分の未来に進んでいくことができる。もしあなたが自分自身の過去を愛さず、嫌って批判しているだけなら、あなたが直感を聞くのは難しいことである。なぜなら直感というものは、過去において自分が育てた形を愛すれば愛するほど、開かれていくからである。つまり、過去において自分が生み出したものを愛すれば愛するほど、より高い直感の次元で行動することができるようになるのだ。


         book 「パーソナル・パワー」 サネヤ・ロウマン著 マホロバ アート

                           抜粋



   

化学薬品やワクチン、食品添加物の真の目的

   私は何年もの間ずっとほかの研究者たちに混じって、「世界軍」の計画について書いてきた。それは最終的には、国連平和維持軍とNATOが一つになり、NATOが代表になるということと、「人々を救う」という名目でNATOが介入するために、人為的に作られた紛争が増えることを覚悟しなければならないということだった。これらの紛争によって前例を作ることで、やがてNATOは世界警察部隊になっていくだろう。この過程は現在順調に進められており、湾岸戦争やボスニア、コソボなどの紛争はみなその一部なのである。

   そうした紛争の操作には、キッシンジャーアソシエイツという組織が常に深く関わっている。それは当然、世界各地を飛び回って操作を行なっている、イルミナティのヘンリー・キッシンジャーがこの会社を支配している。この会社を設立した取締役の一人は、10年近くイルミナティのビルダーバーグ・グループの会長を務め、またNATOの事務総長でもあった彼の友人のキャリントン卿である。

   ボスニア紛争の主な目的は、世界警察部隊というNATOの役割を推進することにあった。それまでは紛争が始まるとそうした問題を抱える土地には、常に国連平和維持軍が派遣されていた。しかしイルミナティはその構成を変える計画をたて、そのために死者や苦しむ人々の恐ろしい映像を世界中にいっせいに流して人々の心に訴え、その一方でメディアキャンペーンを行ない、ボスニアでの国連の活動はほとんど効果がなく役に立たないとして糾弾した。これがうまくいってNATO軍を投入する口実ができ、それによってイルミナティの謀略は大きく前進することになった。彼らの支配するマスコミであるテレビは、我々に対してこのように使われているのだ。

   その結果、世界はコソボにNATOの介入を期待するようになり、醜悪で残虐な爆撃作戦の結果、NATOは計画通りその管轄を拡大したのである。世界軍を作っても戦う相手がいないのに、彼らの世界軍は何を相手に戦うのだろうか。世界軍が戦う相手とは、実は人類である。つまり世界政府が世界軍を支配するのだ。彼らの仕事は、どこかの国が逆らって従うことを拒んだとしても、世界政府の法律と決定を実行することだ。これは世界的なファシズム体制であり、その強制的な構造が我々の目の前で着々と導入されつつある。

   人々を支配しようと思えば、自分で考えたり、情報を得たり、世界中で起きていることを理解したりしたいという人々の欲求を抑圧する必要がある。そのために薬剤やワクチン、食品添加物を使った精神や感情の操作が行なわれている。製薬会社を支配しているのは巨大食品企業である。それらを支配している人々は、政府やWHO、銀行、メディア、企業など、そのほかのすべてを支配しているのと同じ人々であるということを、我々は理解しなければならない。

   毎年何百万人という人々が、癌やAIDSなどの病気で亡くなっているが、決められた治療法である原始的な手術や化学薬品という方法だけでなく、利用できるすべての治療の中から選択することができていれば、それらの人々は健康を取り戻すことができていただろう。私は、「大手術を受けなければ生きられる希望はない」と宣告された人々が、時にわずか15分で治療されるのを見たことがある。また重い肺癌で車を運転する力もなかった女性が、たった一回の治療で車を運転するまでに力を取り戻し、その後継続した治療で病状が改善し、手の施しようがないと言っていた医者たちのところに戻って再び検査を受けたところ、癌が消えていたこともある。

   奇跡というものは存在しない。
   このような「治療」は奇跡ではなく、自然法則と万物の力が作用して起きた結果である。こうした力を利用する知識はこれまでもずっと地球上に存在していたが、その知識は権力によって抑圧され隠蔽されてきたので、人々は無知なままに公認の医療の「専門家」の言うことに従ってきた。私の知っている「治療師」は以前は普通の外科医であったが、やがて現在の医療界で行なわれていることや、治療の知識がどのように「人々」から隠されているかについて真実
を悟ったのであった。ここで言う「人々」には医者も含まれている。

   現在の医学教育を仕切っているイルミナティはそれを組織化し、彼らによって認められた「真理」だけを擁護する人々を育てている。つまり彼らによって公認された「真実」を認めなければ国家試験には合格できず、たとえ合格して仕事に就いても、公認の「真理」を支持しなければ職を失うことになる。それは医療だけではなく、科学者や教師、考古学者や歴史家など、政府の役人でさえがそのような状況にいるのだ。

   我々人間の存在は、物理的な身体をはるかに超えたものである。
   肉体は、我々の存在の内でももっとも僅かな要素である。つまり肉体とは、遺伝子の宇宙服のようなものだ。脳はコンピュータであり、不死の魂の精神を死すべき肉体に接続する交換局である。私たちは脳を基点として考えているのではなく、脳を経由して考えるのだ。脳に損傷がある人々はコンピュータが壊れただけで、精神に損傷があるわけではなく、脳の損傷のために、肉体的で物理的な表現ができないだけなのである。精神とは、脳を通して作用するが、脳自体ではない。つまり「我々」は、「脳」ではないのだ。

   ストレスを感じて情緒不安定になると、まず起きるのはどんなことだろうか。
   我々はまともに頭が働かなくなる。そして不安定な感情の振動が精神の明晰さと安定を乱す。ストレスがある程度強く長く続くと、不安定な振動は物理的な身体に影響を与える。つまり、振動の不安定さが身体の細胞に作用して化学変化を起こし、これが「病気(disease)」と我々が呼ぶものであり、まさに言葉とおりに「dis-ease(不ー安心)」なのだ。このようになって初めて振動の不安定さの影響が、身体に見える形となって姿を現す。そして医者は初めてその姿に興味を示す。

   現代の医者は、人間という存在が本当はどのようなものかを理解していないので、彼らは原因ではなく症状だけを相手にする。つまり、物理的な身体しか見えていないので、物理的な身体だけを治療する。そのために、イルミナティの作った医療教育制度は彼らを訓練しており、そこから逸脱することを決して許さないのである。

   しかし真の治療師は、身体に現れた症状の原因であるエネルギーの不安定さを治療する。彼らは患者に当てた手を通して、周りに無限に存在するエネルギーを導き入れる。そのような治療はさまざまにあり、鍼(はり)治療の針は身体のエネルギーの流れを整えることができるし、クリスタルセラピーやホメオパシーは、水晶や植物の振動を利用して患者のエネルギー場を整える。こうした代替医療にも詐欺師はいるが、製薬会社や医療機関の人間ほどの規模ではない。こうした原因が取り除かれると身体の症状も消えるので、「奇跡の治療」だと言われるが、それは奇跡でも何でもないのだ。そして私もこうした「奇跡」を経験したことがある。

   イルミナティたちがなぜこのような治療法を冷笑し、「インチキ療法」と呼び、「邪悪だ」と非難するかといえば、彼らこそがこうした治療法を自分たちのために密かに使っているからであり、彼らはその治療法を我々に知らせたくないからである。このような抑圧された治療方法が普通に広く使用されていれば治ることができたのに、そうでないばかりに苦しんだり亡くなったりした人々が何十億といる。これは医者に対する非難ではなく、彼らを縛り付けている制度に対する非難である。

   デービッド・ロックフェラーやヘンリー・キッシンジャーのような、高齢でもっとも有名なイルミナティたちの多くが、まるで40代のように世界をジェット機で飛び回っていられるのはなぜだと思うだろうか? ロックフェラーの製薬帝国が我々人間のために生産した薬を使っているからだろうか? このような人々は、自分の行動によって何十億という人々が苦しんだり死んだりしていることを知っているが、我々が牛の苦しみを気にかけないように、人の苦しみを気にしない。彼らが我々のために作った「薬」は、我々を本当の意味で健康にするようには作られてはいない。

   彼らの目的は、我々の脳の機能や明晰な思考を妨げ、人間が本来持つ高い水準である、精神的意識や直感という「第六感」に接続することを不可能にする薬や化学物質を、我々に与えることにある。これが、我々が毎日身体に取り込むあらゆる薬やワクチン、そして食品添加物の背後にある本当の理由なのである。


      book 「竜であり蛇であるわれらが神々 ㊦」 デービッド・アイク著 徳間書店

                           抜粋



 
   

自分とは「想像の産物」

   「物質とは、エネルギーがより遅い波動へと凝縮されたものに過ぎない。
   我々はみな、もともとは一つの意識であるが、その意識を主観的に経験している。本当は死などというものはなく、人生は夢に過ぎず、我々自身が、実は我々の想像の産物に過ぎないのである。」、と知的ですばらしいコメディアンであった、偉大な故ビル・ヒックスは述べている。

   20世紀のもっとも著名な科学者である、アルベルト・アインシュタインの発見を見てみよう。彼のE=MC2が示しているのは、物質はエネルギーの一形態に過ぎないことと、エネルギーは破壊されることはなく、別の状態に変換されるだけであるということを表している。我々の存在はエネルギーそのものであり、意識もエネルギーであるが、それは不滅であることが公式にも認識されている。つまり、我々は永遠に生きるのである。真実は常に目の前にある。

   単に温度、つまり周波数を変えるだけで氷は水になり、水は蒸気になって見えなくなってしまう。この単純な温度変化が、「固体」の氷を見えない蒸気に変えるのは、異なる温度が異なる周波数を表しているからだ。これらはみな同じエネルギーであるが、状態がまったく異なるのだ。我々の肉体は密度の濃い物質的領域内にあり、いくつかのそれぞれ異なる下位の周波数でできている。X線を例にとると、X線の周波数は、肉体の骨格と一致するところに合わされているので骨格を捉えて映し出すが、違う周波数で振動している周辺の肉の部分は写真には写らない。また同じ理由からX線写真は、建物の壁は写さずに内部の鉄筋だけを写す。

   X線の周波数で世界を見ると、我々の世界とはまったく違っていることがわかるはずだ。さまざまな物や人がどのように見えるかは、あなたがどのような周波数で見ているかで異なってくる。現代の科学技術が示しているように、人間の持つオーラは異なる色の周波数の集まりであり、思考や感情の変化によってオーラの色も変化する。X線は目に見えなくても、存在することが確認されている周波数の一例に過ぎない。また紫外線やガンマ線、赤外線や電波などもそれぞれ異なった周波数なのである。

   隠された真実をみごとに言い表した、ビル・ヒックスの言葉の大事なポイントは、「我々自身が、我々の想像の産物である」という部分だ。我々の人生は、身体的経験も含めて我々の思考が現れたものである。つまり、自分が「こうである」と思うのが自分自身なのだ。そして、自分自身と周囲の世界について想像することが身体的経験となる。自分を平凡だと思っていれば、あなたは「平凡」になる。自分を無力だと思っているなら、あなたは無力なのだ。他人ばかりいい思いをすると思っているなら、その通りになる。そうやってすべてが、我々自身の思考によって作り出されるのだ。

   我々の住む高密度の周波数帯域では、思考が物質的に実現するまでの時間が長く感じられることは事実であるが、だとしても思考は、やはり創造の手段なのである。たとえばあなたの回りを見回してみよう。建物や家具など、ありとあらゆるこまごました道具や物は、おそらく思考によって創造されたのだ。誰かがそれらの物を設計しようと考え、それらを造ろうという「考え」を持たなかったなら、それらのものは存在していない。つまり思考がなければ、それらは物質的な創造物とはなり得ないのだ。

   しかしエネルギーがもっと密度の薄い状態にある別の領域では、思考とその実現は同時に起こり、思考は一瞬にして具現化される。これらのことが意味するのは、我々は幻影の世界に住んでいるということである。なぜなら世界とは、人間の思考の反映であり鏡であるからだ。つまり世界がこうであると考えれば、そのようになるので、少なくとも我々は、それが世界だと認識するのだ。

   現実とは、あなたが現実だと「信じているもの」にすぎない。
   『マトリックス』のモーフィアスは言った、「現実は脳で解釈された単なる電気信号だ。」つまり、我々には物体さえも見えておらず、見ているのは光の反射でしかない。カーテンを閉め切って、電気を消してみるといい。何が見えるだろうか? 何も見えない。もし何かが見えているとしたら、どこからか差し込んだ光が、見えている物体に反射しているのだ。つまり、我々を取り巻く宇宙の質量「ダーク・マター」とは、我々の周波数帯域では光を反射せず、我々の目には見えないことを示している。

   我々は、光の反射以外には何も見ることができない。しかもその物体も我々の目に入って来るときには、上下逆さまに入って来て、それを脳がひっくり返すので、我々は上下を正しく認識できるのだ。「音」もそうで、我々が「聞く」のは音そのものではない。実は耳は、空気中を伝わる圧力を一続きの波に転換し、それを脳が「音」として知覚できるように変換している。テレビもラジオもこうした作業をしており、放送は画像や音声が空気中を伝わるのではないのだ。番組は電波放送として送信され、テレビやラジオの技術がそれを画像や音声として解読している。

   「宇宙の質量のうち、実に90%は我々には観測不可能な暗黒であり、10%だけが光によって観測されるものである。我々が認識している見える宇宙には、無数の星や銀河が存在するが、それは我々に見える10%のうちの、さらに小さな一角に過ぎないといえる。」と、イタリア人物理学者のジュリアナ・コンフォルトは述べている。異次元の存在が活動しているのは、こうした我々には見えない「暗黒物質」ダーク・マターの領域である。ジュリアナ・コンフォルトによると、星雲によっては人間の目には見えないこのダーク・マターの質量が、観測可能な物質の100倍も存在する場合があるという。そのような星雲の場合には、我々の周波数帯域からは存在する物質のわずか2%しか観測することができないのだ。しかし心を開き、周波数帯域の視野を広げるなら、もっと多くの惑星や恒星を「発見」することができるに違いない。

   原子は物質の基礎であると言われているが、原子内部のほとんどの部分が、人間の目には「空っぽ」にしか見えないのである。あらゆる有形物を作り出す基である「物質的原子」は、一つの原子核とそれを周回する電子からなる「小さな太陽系」のような構造をしている。ダグラス・ベイカー博士は、『第三の目を開く』の著書の中で、「水素原子を大聖堂の大きさにたとえると、それに含まれる電子は大体5セント硬貨ほどの大きさになるだろう。」、と述べている。原子内部の「宇宙」に占める圧倒的な量が「ダーク・マター」であり、我々人間には見えない周波数で機能しているのだ。

   我々は公認の科学から、観測できる宇宙に存在する無数の惑星や恒星のうち、生命が発達したのはこの地球だけであると信じることを求められている。しかし観測可能な宇宙とは、目に見える「光」の一部でしかなく、それも全質量のたったの10%にしか過ぎないのである。しかもこの数字は現時点での計算にすぎない。そして実際に、我々が目で見える割合が10%というのは、極めて楽観的な数字である可能性が高いのだ。



       book 「竜であり蛇であるわれらが神々」 デービッド・アイク著 徳間書店

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自分の意識を訓練する

オリン   
   思考は磁石のようなものである。
   思考の次元が、自分の引きつけるものを決定するだけでなく、自分の受ける影響も決定する。だからより高い思考を持つにつれて、宇宙のより高い次元と結びつき始めるし、より多くの光を人生に引き入れるようになる。しかし反対に、苦痛や恐れというようなより暗い思考を持つと、宇宙からも同様な思考を引き付けることになり、上を向くことが困難に思えることがある。なぜならそのような時というのは、より低い行動をしている人々の思考を引き寄せ、結びついているからである。

   自分の思考が現実を創造する。
   しかしそのためには真の自己愛を実現し、精神的集中を自分のものにする必要がある。そうでないとき、必ずしも自分の思考が自分の望むことを生み出さないように見える。たとえばあなたが自分の体が痩せることを思考し、イメージしているとする。しかし体はそれに反応してくれない。そしてあなたは、なぜ自分の思考が実現しないのかと不思議に思う。しかし、あなたが自分の体を愛していない中で、体に関するあらゆる思考がすぐに実現しては困るのだ。体に関してのあなたの思考が、真に自分を愛する高い次元に引き上げられるまでは、思考と実現の間にギャップが生じるのだ。

   もしそのような状況を変えたいと思うのであれば、もっと愛を持って自分の体を考えるようにしなければならない。自分の体を軽蔑したり、体を粗末に扱ったり、体に対して愛が欠けるようであってはいけない。そのような思考を、愛を持って自分の体を受け入れる思考に変えなければならない。あなたが自分の体に関する思考のすべてを、より愛に満ちた考えに変えるにつれて、自分が望み、イメージしている体を生み出すことが可能になる。なぜなら自分に害を与えるかもしれな否定的なイメージや思考が、もうないからである。

   あなた方の世界で、もしあらゆる思考が即座に実現するとしたら、非常に困ることになり、あなた方はそれを取り扱えないはずである。なぜなら人生は、あまりに早く変わってしまうからだ。また自分が思考すると同時にあらゆることが変わってしまうと、あなた方の世界は機能しなくなる。だから物質世界に住むあなた方は、自分と自分が思考することとの間にギャップを作ったのである。それは愛のない思考を克服するためであり、そのような破壊的な思考がすぐに実現してしまわないようになっているのだ。

   しかし愛に満ちた思考の高い次元においては、より早くそれを実現することができる。
   だから、もしあなたがある事を得ようと望んでいるのに、それがやって来ないとすれば、まずあなたの人生のその領域について自分の持っている思考を吟味する必要があり、もし否定的思考を持っていることに気づいたなら、その考えをより高い質の思考に置き換えることである。

   至高の創造主から生まれた魂の目標の一つは、精神をより高く、愛の波動の中へと連れていくことである。それを実現するためには、誰か他の人間からではなく、より高い次元から思考を受け取ることが必要だ。もしぼんやりと他人のことを考えていると、その時点で彼らが感じていることや考えていることなど、彼らが背負っているあらゆる事を自分に引き寄せることになる。もし彼らが苦しんでいるなら、あなたは彼の苦しみを引き込むことになる。だから他人のことを考えるときは、彼らに愛を送ることが大切だ。なぜなら愛を送るときには、あなたは彼らの放送を拾い上げないからである。

   もし、考えたくないのにしつこく、他人が自分のマインドに入って来ることに気づいたら、あなたは愛を送り、彼らを手放すことができる。そして、彼らの状況や生活について想像したり考えたりしないことである。そうするならば、あなたの現実に彼らの現実を引き込むことはない。

   自分の意識を訓練することで、自分が考えたいことを選ぶことができ、勝手に出てくる考えから自分の意識をコントロールすることができる。そのように訓練された意識では、思考は招待され、選択されてそこに存在する。だから自分の望まない否定的思考が沸き起こってきた時には、何度でも「ノー」と言って、それらを退けることができる。そのようにしてより良い思考や言葉、感情に置き換え、自分が望まない物ごとを考えなくても済むようになる。

   マインドを訓練するのに役立ついくつかの方法がある。
   一つは、花やロウソクのような対象物を選んで、それにまる1分間集中する方法だ。たとえ何か他の考えが心に入ってきても、見ているものに集中し続け、その考えが消え去っていくのを想像する。意識にあれこれ考えさせないようにすると、自分が望む方向へ意識が考えるように訓練することができる。そしてどれくらい長く、自分が考えたいことを考え続けられるか、また、自分が安定して集中力を保てる時間を1分から5分に延ばせないか試すとよい。

   意識・マインドを訓練するもう一つの方法は、1分から5分の間、思考が通過するままにそれらをただ観察することである。訓練されていないマインドは、自分のほうにやってくるあらゆるものに気が散るものだ。あなたを目がけてさまざまなものがやって来ては通り過ぎていく。その瞬間心引かれることや突き動かされること、宇宙からの合図などいろんなものに気を引かれる、自分の思考の流れをただ見守ることだ。というのは、あなたの多くの思考は、電話やテレビ、周りにいる人々など、外側に向かう刺激によって引き起こされているからである。また他人の思考だけでなく、テレパシー的な影響でも心を刺激される場合がある。

   ここでの目標は内面に向かうことである。
   そうすれば、周りで起きている出来事に影響されて自分の思考が決定されるのではなく、自分で考えたいことを自分で決めることができる。しかしこのように訓練されていないマインドは、自分を通過するさまざまな思考に影響されて、感情的になったり、落ち込んだりするものだ。あなたがより高い情報を受け取りたいと思うのであれば、マインドのとりとめないおしゃべりを静める必要がある。もしほんの瞬間だけでもそのしゃべりを止め、内なる静寂を感じ、思考を止めれば、より高い波動が入って来る空間を生み出すことができる。さまざまな思考を観察し、自分の思考は、実はしばしば心の内なるおしゃべりの産物であるということを理解する必要がある。

   意識・マインドとは、あらゆる方向に伸びている素晴らしいアンテナである。
   あなたが自分の魂の支配のもとに落ち着くようになるまで、あなたという意識はしばしば外部からの影響で動揺を引き起こされる。どのように何もないところから、突然あることを考えるようになるかに気づくことだ。それは多くの場合、あなたとつながっている人々の思考を拾い上げているのである。だから自分の思考や他人の思考に『自動的に反応することをやめる」ことが必要だ。そうするためにはまず内なる対話を見守り、それほど高くない考えを、愛のある思考と置き換えることである。

   あなたは人々との会話の中で、どのような言葉を使っているだろうか。
   彼らはあなたを引き上げてくれるような言葉を使っているだろうか。それともあなたの中の否定的感情に触れるような言葉や考えを使うだろうか。会話の中では、より高く明るい言葉を使うのがよい。励ましの言葉は、より自分が明るくなり、喜びの感覚が増えるものだ。あなたがより高く愛のある言葉や思考を言うとき、同じように、高い次元で考えている世界中の何万という人々のマインドと共鳴し始めるのだ。もし誰かが、「世界とは恐ろしいところだ」というのを聞いたら、それを自分の現実の一部にしないことが必要であり、あなたの中で「世界はとても喜びに満ちたところだ」というような言葉と置き換えることだ。

   人の話を聞くとき、それに反応したり、判断したりせず、心の中で意見を言ったりもせず、ただ静かなマインドで聴くことである。そうすると、感情や心象などの、彼らが言っていることの表面下にあるものの多くを理解するようになるだろう。マインドに入ってくる否定的な思考を何度でも拒否し、それをより高い思考と置き換え、周りで何が起こっても、自分の考えをより高い考えに集中することである。集中を保ち、マインドを訓練し、それをあなたの友として利用することである。そうすればあなたは、回りの人々すべてにとって光と愛の源泉となるだろう。


         book 「パーソナル・パワー」 サネヤ・ロウマン著 マホロバ アート

                           抜粋


      

人類の秘密の記録「シュメール文書」

   1850年、イギリスのオースティン・ヘンリー・レアードが、古代アッシリアの首都ニネヴェの跡地から何万枚もの粘土板を発見した。発掘場所は、イラクの首都バグダードから400キロ離れた、ティグリス川に臨む都市モスルの近くであった。はるか昔メソポタミアと呼ばれていたこの地域では、その後も多くのものが発掘されている。これらの粘土板は「シュメール文書」と呼ばれており、紀元前4000年~前2000年にかけて住んでいたシュメール人を起源とするものである。

   この「シュメール文書」は人類にとって最大の歴史的発見の一つであった。
   しかし発見されてから150年たった今も、世界中で公認とされている歴史教育にこれらが反映されることはなく、アカデミズムは頑なにこれを無視し続けている。なぜなら「シュメール文書」を認めてしまうと、これを隠蔽することで築かれてきた公認の歴史的見解が、崩壊してしまうからである。

   シュメール文書のもっとも有名な解読者に、考古学者のゼカリア・シッチンがいる。
   彼はシュメール語、アラム語、ヘブライ語をはじめ、中近東の数々の言語を読むことができる。そしてシュメール文書を詳細に調査・解読した彼は、シュメール文書は地球外の「異星人」のことを述べているという驚くべき結論に達したのであった。

   彼と他の研究者の解釈によるとシュメール文書は、「シュメール文明はgods (神々)からの贈り物であった」と述べているという。このgods (神々)は神話上のことではなく、実体として存在し、古代シュメールの人々とともに生活していたという。シュメール文書によると、そのgods (神々)は、「アヌンナキ(天から大地へ降りて来た者たち)」や、「ディンギル(火を噴くロケットに乗ってやって来た正しき者たち)」などと呼ばれていたという。またシュメール自体も、もとは「キエンギル(ロケットに乗った王の治める土地、監視者たちの土地)」と呼ばれていたようだ。シッチンはそのように述べている。

   「エノク書」として知られる古代文献も、gods のことを「監視者」と呼んでいる。
   また古代エジプト人たちも、自分たちのgods のことをネテル(監視者)と呼んでおり、さらに彼らは、「自分たちのgods は天の船に乗ってやって来た」とも言っている。

   ゼカリア・シッチンは、アヌンナキたちがどのような経緯でこの地球にやって来たかを次のように説明している。「ニビル(横切る星)」と呼ばれる彼らの母星は、冥王星の彼方からやって来て火星と木星の間を抜け、再び冥王星の彼方へと去って行くが、それは3600年周期の長大な楕円軌道を描いている。冥王星の遥か彼方に位置する「惑星X」と呼ばれる天体が、現代科学によって発見されており、この天体は太陽系に属すると考えられるが、その楕円軌道は非常に不安定である。

   シュメール文書は、それよりもはるか以前から伝わる伝承を元に書かれたものであるゆえに、細部が付け加えられたり失われている可能性がある。また我々のほうとしても、文字通りの事実として書かれているものを、間違って喩(たと)えや象徴として解釈しないように注意しなければならない。私はそのようにして生じた混乱を、いくつか知っている。また私はゼカリア・シッチンの惑星ニビルについての数々の時期については、大いに疑わしく思っている。

   しかしシュメール文書自体は、数多くの真実を語っている。
   特に天文学の知識がすばらしい。太陽系の惑星全体について、その配列、軌道、相対的サイズなどが驚くほど正確に述べられている。それらの知識は、地球の近代科学がここ150年かかって、やっとの思いで証明してきたものと同じものであった。海王星や冥王星の性質や色についてまで、驚くほど正確に記述されている。それらの知識
はつい最近になって初めてわかったことであるが、シュメール人たちは、「進んだ」現代科学が最近になってやっと発見したことを、紀元前何千年もの昔にすでに知っていたのだ。

   シュメール文書のなかでももっとも衝撃的なのは、ホモ・サピエンスの創造についての記述である。シッチンは、「アヌンナキは約45万年前、アフリカで金を採掘するために地球にやって来た」と言っている。「主要な金鉱は、現在ジンバブエとなっている場所にあった。その地域はシュメール人たちからは『アブズ(深き鉱床)』と呼ばれていた」と彼は言っているが、それは的外れとも言えない。アングロ・アメリカン・コーポレーションの調査によって、推定10万年前(少なくとも6000年前)にアフリカで金採掘が行なわれていたという数々の証拠が出てきている。アヌンナキによって採掘された金は、中東にある基地へ集められ、そこから彼らの母星へと送られたという。シッチンのシュメール文書解釈は、そのように説明している。

   しかし私は、この「金採掘」ビジネスについては、さらに知るべきことがまだかなり残っていると思う。つまり金採掘が、アヌンナキが地球にやって来た理由の一つであったとしても、それは主な理由ではないと私は考えている。「金採掘は、初めのころはアヌンナキの労働者階級によって行なわれていたが、彼ら鉱夫たちの反乱が起きたために、アヌンナキの王族のエリートたちは新たな労働種を創り出すことを決定した」とシッチンは言う。アヌンナキの要求を満たす「現在の型の人類」を創り出すために、アヌンナキと原人類の遺伝子が試験管の中で組み合わされた。

   シュメール文書はその様子を物語っている。
   試験管ベビーなど、シュメール文書が発見された1850年当時においては、まったく馬鹿げた話であっただろう。しかし現代の科学者たちは、実際にそのような実験を行なっていることを我々は知っている。刻々と進展する現代科学は、シュメール文書の内容が正しいことを示している。たとえば20万年前に、今のところ説明不可能な突然の変化が人類の姿、形に生じたことがわかっている。しかし公認の科学は、その原因が何であるかという問題については沈黙を守り、単に「ミッシング・リンク(失われたつなぎ目)」などといって放置している。

   しかし事実を避けて通ることはできない。
   つまり、ホモ・エレクトゥス(直立原人)は、突如としてホモ・サピエンス(知恵ある人)になったのだ。しかもホモ・サピエンスはその初めから、著(いちじる)しく巨大化した脳と、複雑な言語を話す能力を持ち合わせていた。「このような大変化が生じるには、普通は何千万年もの時間経過が必要である」と、生物学者のトマス・ハクスレーは言っている。そして実際に150万年前にアフリカに出現したホモ・エレクトゥスの姿・形は、100万年が経過してもほとんど変化しなかった。それが突如として、ホモ・サピエンスへと劇的に変化したのだ。さらに3万5000年前、ホモ・サピエンスは現在の我々のような形へと、急激な変化を遂げたのである。

   シュメール文書の中には、奴隷種の創造に携わった2人の中心的科学者のことが述べられている。1人は「エンキ(地球の王)」と言われ、もう一人は「ニンハルサグ(生命の母ニンティ)」と呼ばれていた。医療の権威で「生命の母」とも称されていたニンハルサグは、のちに「マミー」とも呼ばれるように」なり、「ママ」「マザー」の語源にもなった。またニンハルサグは世界中の神話に見られる「母なる女神」の原形となった。それはセミラミス、イシス、バラティ、ディアーナ、マリアなどで、ニンハルサグはしばしば妊娠した女性の姿でも描かれる。

   シュメール文書には、アヌンナキ内部での彼女のリーダーシップを、次のように物語っている。
   「彼らは、その女神(ニンハルサグ)に尋ねた。
   そして、生命を生み出す力を持った賢明なる女神は答えて言う。
   (この星の)動物に命(遺伝子)を与え、労働者を創り出すのです。
   重労働に耐えうる原始的な労働者を。
   エンリルの指揮する(金採掘)事業には、彼らを使うといいでしょう。
   神々(アヌンナキの労働者階級)の負っていた苦役を彼らに肩代わりさせるのです。」

   シュメール文書には、「エンキとニンハルサグは、正しい遺伝子の組み合わせを見つけるまでに、数々の失敗を重ねた」と記されており、彼らが数々の欠陥種を生み出した様子が述べられている。まさに身の毛もよだつ内容なのだ。

   しかしこのような恐るべき実験は、実は現在も、地下の基地施設で行なわれているのである。実験室で造られた男、フランケンシュタインの話はそれらの出来事を象徴しており、それらは単なる創作ではないのである。フランケンシュタインの作者メアリー・シェリーと彼女の夫はともに、秘密結社ネットワークの高位階者であった。彼ら秘密結社ネットワークは、民間に伝承されて残っている古代からの知識を抑圧するために、あえて創作物語にしたりすることで、それらの情報を秘密裡に独占し続けてきた。

   シュメール文書は、「エンキとニンハルサグは、ついに正しい遺伝子の組み合わせを発見した」と述べている。ホモ・サピエンスが誕生したのだ。シュメール人たちは、新しく生み出されたこのホモ・サピエンスのことを、「ルル(混ぜ合わせて創られたもの)」と呼んでいる。聖書でいうところのアダムである。ルルは、ホモ・エレクトス(直立原人)にgods (アヌンナキ)の遺伝子を組み入れることによって創り出されたハイブリッド(雑種)である。gods (アヌンナキ)たちはついに人間働き蜂とでも言うべき奴隷的労働者階級を創造したのだ。それが20万年から30万年前のことであった。続いてルルの女性版も創り出された。「人間」を意味するシュメール語は「ル」であり、その原義は「奴隷」さらには「家畜」である。これは人類の置かれた状態を的確に表現している。

   アヌンナキは最初は目に見える形で、そして現在は目に見えない形で、何千年ものあいだこの地球を支配し続けてきた。そしてシュメール文書の内容も、さまざまな方面へと伝えられていく過程ですっかり変わってしまった。それは文字通りの事実として受け取るべきところを象徴的に解釈したり、その逆が行なわれたりすることで、シュメール文書の原義がほとんど失われてしまったのである。そのようにして出来上がった空想物語が、現在ある「聖書」というものである。


        book  「大いなる秘密㊤ 爬虫類人」 デービッド・アイク著 三交社

                           抜粋



              

自然なお産で子供をトラウマから守ろう

   「子供を産む」というのは、人間の自然な営みである。
   それが現代では、医療行為になっている。この現状は今の社会では当たり前に受け入れられているが、今一度考えてみたい。昔から日本人の「お産」といえば、産婆さんの介添えで自宅で行なうものであった。しかし今ではお産は、大病院の産婦人科か産院での出産がほとんどである。そして病院の現場で行なわれるお産の医療行為は次のようなものである。

   妊婦の陣痛が弱いと診断されると、陣痛促進剤が投与される。
   赤ちゃんを出やすくするために会陰部をハサミで切開する会陰切開。
   産道内の赤ちゃんの頭を金属かゴムの吸引器で引っ張り出す吸引分娩。
   腹部を切開し、赤ちゃんを取り出す帝王切開。

   読むだけでも痛々しいが、現代の産院では何の問題もない母子にまで、これらの医療介入がルーチンワークのように普通に行なわれている。もちろんこれらの医療行為で助かる場合も多いだろう。日本で現在のようにお産において、母子が何らかの医療介入を受けるようになったのは1960年以降のことであり、ここ50年来のことである。それ以前までは人は自然に母親の胎内から生まれ、世代を超えて命をつないできた。

   吉村医院の吉村正院長は、医療介入をしない自然出産の先駆者であり、これまでに2万例以上のお産に立ち会ってきた。吉村医院の方針では、陣痛促進剤などの薬剤投与や会陰切開、吸引分娩、鉗子分娩などをせず、それぞれの母子の自然なペースのお産を尊重している。吉村院長は『お産! このいのちの神秘』『『幸せなお産」が日本を変える』という著書の中で、現代のお産はすべて、医者の都合のいいように決められていると指摘している。

   陣痛促進剤や会陰切開、吸引分娩、鉗子分娩などのすべては、母子の安全のためと言われるが、実際には何時間かかるともしれないお産を効率的に済ませて、産科医がその日の仕事から早く解放されるために行なわれているのが実情であるという。さらに医療行為は利益にもつながるために、医者はこれらの介入を必要以上に行なう傾向があることを指摘している。どうしても必要な医療介入は行なわれて当然であるが、多くの健全な母子には不要なものであるという。このような考えと長年の経験から、吉村院長は「自然なお産」へと行き着くことになった。しかしその一方で過剰な医療介入が、その後の子供の人生にどのような影響をもたらすかについて、多くの産科医は考えたことがあるのだろうか。

   「バーストラウマ(出産時の心的外傷)」という言葉がある。
   それは胎児期や分娩期、出産後に受ける激しい苦痛が、赤ちゃんのその後の人生に影響を与えるという概念である。バーストラウマの研究者によると、安産で生まれてすぐに母親と接触して抱かれ続けた子供は、母親からの絶対的な愛情と信頼を受けた原体験から、後の人生において楽観的で外交的、人を疑わない性格で困難に強く、自信と幸福にあふれた人生を送る傾向を持つという。

   一方、生まれてすぐ母親との接触が許されず隔離された子供は、たった一日離れただけでも、淋しさや孤独や見捨てられた恐怖感、自己否定、「私は愛されない」という信念を持ち続けるという。隔離が長期にわたればわたるほどその傷は深くなり、無力感や無気力感も伴って、何に対しても諦めやすい性格が形成され、十分に得られなかった母の愛の代わりを求めて、その後の人生でさまざまなものに依存し、中毒しやすい傾向を持つという。

   そこで現代の多くの産院で行なわれる、典型的な出産の様子を見てみよう。
   生まれたらまず、赤ちゃんの鼻や口に細いチューブを差し込み、羊水を吸引したあと、即座に臍の緒を切る。ごくわずかの間、生まれた我が子を抱きしめるチャンスが与えられることもあるが、ほとんどの場合これらの処置が優先される。この後、会陰切開を受けた母親から生まれた赤ちゃんであれば、血だらけの体を沐浴させられ、身体測定にかけられる。計測が終わって再び母親と体面するのは、30分ほどした後である。

   しばらくすると体温を下げないためや様子を観察するなどの理由で、赤ちゃんは新生児室に預けられ、母親は一人取り残される。母子同室であれば翌日から一緒になれるが、母子別室であれば授乳時間以外は、退院できるまで赤ちゃんとはずっと離ればなれのままである。このように医学的管理の名のもとに、母子の絆(きずな)を生まれた瞬間から切り離すといった、西洋医学の風習が日本でも定着している。

   一方、吉村医院でのお産の風景はどうだろう。
   まず妊婦には、安産のためにしっかりとした生活指導
 がされる。産科学の常識に反して体をよく動かし、下半身を鍛えることや伝統的な和食の粗食が、安産には欠かせないものとして勧められる。のんびりリラックスしながらもゴロゴロせず、よく動き、よく歩く。いちいち不安にならずにしっかり構える。「ゴロゴロせず、パクパク食べず、ビクビクしない」である。その結果として、医師の介入しないお産がある。

   冷たい分娩室でなく、和室のリラックスしたお産。
   たいていの赤ちゃんは助産師の助けだけで、自然につるりと生まれてくる。そのまま臍帯がつながったまま、家族水入らずの時を過ごす。医師は何かの異常事態のために控える脇役に過ぎない。へその緒を切るのはしばらく落ちついてからである。そこには時がゆっくりと流れる穏やかな空間があり、神聖な雰囲気さえ漂うという。お産は母子にとって、このように素晴らしい体験になり得るのだ。その生命の神秘に触れた両親が生き方を変えてしまうことも少なくない。まさに自然のお産は、人間の在り方まで変えてしまうような革命的なことなのだ。吉村院長は、母子分離は言語道断であるという。以下は吉村院長の著書、『「幸せなお産」が日本を変える』からである。

   「お産のとき、親子の絆を作る愛情ホルモンが一気に放出されます。
  その愛情ホルモンのおかげで、子供に対する愛着が強まるのです。このことは最近になって、科学的に研究されてわかってきたことですが、しかしそんなことがまだわからない時代から母親は自分の子供を抱きしめ、わが子の匂いをかぎ、わが子の温かさを皮膚で感じることで深い絆を築いてきました。それは生命をつないでいくために、神が用意した周到な戦略です。

   ところがお産直後に母子を引き離してしまうとどうなるでしょうか? 赤ちゃんは目の前にいないのですから、出産に伴って起きる怒涛のようなホルモンの嵐はやんでしまいます。そしてしばらくたってから赤ちゃんを連れて来られても、母親のホルモンの嵐はすでに終わっているので、頭では自分の子供だとわかっていても、体の深いところで本能的に可愛がる可愛がり方ではないのです。だから子育てに義務感が伴ってしまいます。母子を分離させるなど、余計なことの最たるものだと私は思います。」

   お産への過剰な医療介入は、自然の摂理に無知な医者の傲慢さにほかならない。
   医者がかくも特別で偉い存在になったのは、いつ頃からだろうか。その経緯を調べてみると、国際銀行家(イルミナティ)の存在に突き当たる。一職業に過ぎなかった医者を特別な存在にしたのは、ロックフェラー財閥の初代ロックフェラーである。石油王としても知られる彼は、1903年に「ロックフェラー医学研究所」を設立し、アメリカの医学界の制圧を画策した。まず彼が最初にしたことは、当時欧米で急速に広まっていたホメオパシー(同種療法)の医者を潰すために米国医師会と結託したことである。米国医師会は、現代医学の主流である化学薬品を使ったアロパシー、つまり対症療法医学の薬品業団体である。そして次にしたことは、医学教育制度を変更させ、大学の医学部は高額な研究設備を装備することを義務づける法律を作らせた。これによって医者になれるのは、極少数の裕福な家庭の子供に限られるようになった。少数にすれば、独占支配が可能だからである。

   ロックフェラー財閥は、日本の医療教育にも多額の寄付をすることで主導権を握ったために、同じ制度が日本でも定着し、現在に至っている。それは国際銀行家が医学の世界を支配することで、人間の生から死までも管理するという構図である。お金が支配する医療は、ビジネスではあっても真の医療ではない。貪欲に利益と支配を求めることから、自然の営みであるお産にまで医療が過剰に介入している現実には、こういった背景がある。

   アメリカでは赤ん坊が生まれたときから社会保障番号とともに、国際銀行家(イルミナティ)が運営する株式市場で商品として登録されるそうである。つまり、人間はモノとして扱われているのである。人間としての尊厳を取り戻す第一歩として我々にできることは、医療から自然なお産を取り戻すことではないだろうか。

        book 『「幸せなお産」が日本を変える』 吉村正著 講談社+α新書
        book 『分娩台よ、さようなら』 大野明子著 メディカ出版



        book 「マスコミとお金は人に幸せをこうして食べている」 THINKER著
                      5次元文庫徳間書店

                          抜粋



       

FRB・連邦準備銀行はイルミナティの組織

   日本では明治時代に、松方正義によってあっさりと設立されてしまった中央銀行、つまり日銀であるが、アメリカでは歴代の大統領が国を守るために命をかけて、中央銀行と戦ってきた歴史がある。創成期のアメリカはまさに、政府と銀行の闘いの連続であったのだ。18世紀の半ば当時はまだイギリスの植民地であったアメリカでは、独自の「植民地代用紙幣」が流通していた。しかしアメリカ経済が発展し、繁栄するようになると、イギリスは支配を強化するようになり、イングランド銀行を支配するロスチャイルド一族の株主たちがイギリス国王に働きかけ、植民地の代用紙幣の発行を禁止する法律を作った。支配者であるイギリスにとって、植民地からもっとも効率よく搾取する方法は、通貨発行権を独占し、利子をつけて紙幣を貸し出すことである。

   やっと流通し始めた独自の通貨を禁止されることは、アメリカにとって大きな痛手であった。しかしイギリスの中央銀行を支配する者たちは、アメリカにも中央銀行を設立してそれを所有することを画策した。それに対して、アメリカ合衆国建国の父たちが激しく抵抗して起きたのが、独立戦争であった。つまり1775年から1783年まで続いた独立戦争とは、国家の「独立」のためではなく、通貨発行権をめぐる戦いであったのだ。そしてアメリカは、独立を果たして国家として認められることにはなったが、肝心の通貨発行権の戦いには負けたのであった。

   公認の歴史では、単にアメリカの勝利ということになっているが、実は完全な敗北であった。そして、初代ワシントン大統領は危険性をよく知りながらも、中央銀行の設立を20年の期限つきで認めた。そして、ロスチャイルド一族から支援されていた当時の財務大臣ハミルトンは、アメリカ合衆国独立後、初の中央銀行(第一アメリカ合衆国銀行)を設立した。その設立の大部分は、イングランド銀行やロスチャイルド一族からの資金で行なわれた。つまり、アメリカ合衆国の独立は、その始めから形だけのものであり、イギリスと同じように銀行家たちに財布の紐を握られた国家になったのである。

   しかし、アメリカ創成期の大統領たちは、通貨に対して正当な哲学を持っていたので、一部の者たちが私物化する中央銀行に戦いを挑み続けた。それは第二代ジョン・アダムズ大統領、第三代ジェファーソン、第四代ジェームズ・マディソンであり、四代目大統領は言った。通貨を発行し金融を支配することで、政府をコントロールし続ける者たちは、あらゆる悪事や策略、騙しや暴力を使ってきたことを、歴史は記録するだろう。」 第七代ジャクソン大統領は、ロスチャイルド一族の支援を受ける銀行家のビルドと、政治生命をかけて激しく対決した。

   ジャクソン大統領は二度の暗殺未遂事件をも切り抜け、「銀行は不要! 大統領にはジャクソン!」のスローガンで大統領に再選すると、「お前たちのような悪党や泥棒の一味は、永遠なる神の力を持って一掃してやる!」との言葉通りに、ビルドの中央銀行(第二アメリカ合衆国銀行)を潰すことに成功した。その後77年間、アメリカに再びロスチャイルド一族たちの中央銀行が設立されることはなかった。彼の墓石には、「私は銀行を潰した」と刻まれている。

   第16代大統領リンカーンは、南北戦争を操作しアメリカを分断して弱体化させ、再び中央銀行設立を企むロスチャイルド一族の存在に気づき、彼らのような銀行家に頼らないグリーンパックという「政府紙幣」を発行した。

   彼は言っている。
   「私には二つの強敵がおり、それは南軍とその背後にいる銀行家だ。私にとって最大の敵は銀行家である。そしてこの戦争で最悪な結果とは、企業が王座を占めることだ。そうなればひどい腐敗の時代が訪れることになる。富が一握りの人々に集中し、国が崩壊するまでその力を失うことはないだろう。」「彼ら金の権力者たちは国民を食い物にし、有事には罠を仕掛ける。そのさまは誰よりも横暴で、横柄で、利己的である。そして彼らは、自分たちのやり方や犯罪行為を指摘する者を「公衆の敵」と呼び、攻撃するのだ。」「政府には信用と通貨を発行する権利があり、それを税金やその他の形で回収する権利を持っている。政府が、運営のためや公共事業のために利子を払って金を借りる必要はないし、そうするべきでもない。」

   議会の反対を受けながらも、リンカーンが推し進めて発行した政府紙幣は、絶大な経済効果を発揮した。つまり、中央銀行(FRB)から利子つきで借りる必要のない、政府独自の紙幣が有効であることを証明したのであった。しかしこの紙幣も、リンカーンの暗殺とともに消えてしまった。彼の暗殺の背後には、政府紙幣の発行を阻止しようとする国際銀行家の存在があったことは言うまでもない。

   第20代大統領ガーフィールドは、就任してまもなく中央銀行であるFRBへの不快感を表明した。彼は言っている。「誰であろうと通貨をコントロールする者が、すべてを支配しているのは分かりきったことだ。ごく一部の権力者がすべてのシステムを操作しているのであれば、インフレと不況がどうやって起こされるのか、人に聞かなくてもわかるはずだ。」 そして彼は、この2週間後に暗殺され、リンカーンに続いて在任中に暗殺された2人目の大統領となった。

   第35代大統領ケネディは1963年6月に、通貨発行権を中央銀行であるFRBから政府の手に取り戻すことに成功した。しかし、そのわずか半年後には暗殺されてしまった。その後ジョンソン大統領は、ケネディの刷った政府紙幣を即座に回収し、破棄した。それ以来、中央銀行であるFRBから、通貨発行権を取り戻そうとする大統領は出ていない。

   また第40代大統領レーガンは、アメリカ国民の所得税のすべてが、中央銀行であるFRBへの利子の支払いに当てられていることを調査した後、暗殺未遂に遭っている。

   以上が、銀行家に対する歴代のアメリカ大統領の命がけの戦いである。
   このFRB・連邦準備制度理事会とは、全米の都市にある12の連邦準備銀行を統括する組織である。この中で最大の銀行が、ニューヨーク連邦準備銀行であり、アメリカの通貨発行と金利の決定などはこのニューヨーク連邦準備銀行が取り仕切っている。FRBとはニューヨーク連邦準備銀行である。それらの株はナショナル・シティ・バンク、ファースト・ナショナル・バンク、バンク・オブ・コマース、チェース・ナショナル・バンクなど民間銀行が持っている。その民間銀行の株主をさらにたどると、ロスチャイルド銀行・ロンドン、ロスチャイルド銀行・ベルリン、ラザール・フレール・パリ(ロスチャイルド財閥の銀行)などヨーロッパに11行のロスチャイルドの銀行ある。

   つまり「FRB」の実体である「ニューヨーク連邦準備銀行」の株は、そのほとんどをロスチャイルド財閥の銀行が保有しているのだ。チェース・マンハッタン銀行のみロックフェラー財閥の銀行であるが、民間銀行であることに変わりはない。そしてアメリカ政府は一株も保有してはいない。アメリカ経済の安定のためと称して設立されたアメリカの中央銀行FRBは、政府とは関係なく、その支配権も利益も民間の銀行家の手に委ねられた、完全な私有企業なのである。

   この20世紀最大の秘密を発見したのは、ユースタス・マリンズ氏である。アメリカ議会図書館の研究員だったマリンズ氏は経済関連の書籍をすべて読み、その中に「ジキル島の出来事」について書かれた小冊子を発見した。そして、FRBが国際銀行家の私有組織であることを暴く『民間が所有する中央銀行』を1952年に出版した。2010年死去。



        book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                       5次元文庫徳間書店

                           抜粋


     

ある「特異な血流の一族」

   本書を書くにあたり、私には二つの選択肢があった。
   つまり真実ではあるが、「普通では信じ難く理解するのが辛いような情報は伏せておく」という書き方も可能であった。そのように、一般の人々が安住している常識的な感覚を、逆なでせずに済む情報だけを伝えるのであれば、それは私にとっても気楽ことであったと思う。

   しかし結局私が選択したのは、あえて「茨(いばら)の道」のほうであった。つまり、理解するのが辛く、不愉快なものを含め、すべての情報を与えるというやり方のほうであった。それらの情報は本来、三次元を超えて、宇宙全体とつながった多次元の意識を持つ我々の現実感覚を、ぎりぎりの臨界点まで拡大させることになるだろう。

   しかしそれを、「人々はまだそれを知る段階には達していない」として、情報を出し惜しみするとすれば、それこそ人を馬鹿にした傲慢というものではないだろうか。そして誰がそういう段階を判定できるというのだろうか。人々が未知の情報に触れて自分で判断して初めて、個人の判断がなされるのだ。つまりは誰も、準備ができているかどうかなんてわからないのである。

   友人たちは私に、人々にはさしさわりのないごく普通のことだけ語るようにと忠告した。「レプティリアン(爬虫類型異星人)のことは絶対に言ってはだめだ」、と彼らは強く忠告した。あなた方にも、彼らがなぜそう言ったかの意味はよくわかるであろう。私だって彼らが心配してくれた意味は十分理解していた。

   しかし私には自分の道を進むことしかない。
   私は自分が知っていることのすべてを、たとえリスクを冒すことになっても語らねばならない。安楽で無難な場所に留まっているわけにはいかない。それが私という人間の在り方なのだ。本書は、豆粒大の自分だけの世界観に安住している人々からは、必ず嘲笑を浴びせられるだろう。

   そしてこの本の内容が真実であることを知っている者たちは、大衆にそれを秘密にしておくために、本書に対する世間の嘲笑をさらに大きくするに違いない。だが、それが何だというのだ。私はそんなことを気にしている暇などないのだ。「たとえあなた方が少数派であったとしても、真実は常に真実なのだ」、とガンジーも言っていたではないか。

「特異な血流の一族」によって宗教が持ち込まれた

   世界には、古代中近東に発生し、一族の間で交配を重ねてきた、ある衝撃的な「特異な血流の一族」が存在する。この「特異な血流の一族」は何千年もの時をかけて、その勢力を世界中へと拡大してきた。その鍵となるのが、彼らの計画を秘密裡に推し進める、神秘主義的秘密結社のネットワークである。そして彼らは人々の精神を封じ込め、互いに競い、争そわせるための方法として、さまざまな宗教と宗教組織を創り出した。宗教は彼らによって持ち込まれたものである。

   宗教はその本質からして、常に精神の枠を形成するものである。
   彼ら「特異な血流の一族」の持つヒエラルキー(ピラミッド型の階層序列)は、何人かの女性を除くとほとんどが圧倒的に男性で占められている。彼らの秘密結社ネットワークは、古代バビロンの時代に形成され、時代から時代へと受け継がれてきた。彼らはそれを「偉大な計画」と呼んでおり、私はこれを「ブラザーフッド・アジェンダ」と呼んでいる。

   現在の世界はブラザーフッド(イルミナティ)の大規模なコントロール下にあるが、ここ数年や数十年、数百年だけでそうなったわけではない。それは何千年もの時間をかけたものなのだ。政治や金融、ビジネス、軍事、メディアなど、現代世界のあらゆる構造は、彼らによって見事に仕切られている。

   それは現代世界のあらゆる構造が、彼らによって侵略されているのではなく、実はこれらの構造自体が、彼らによって創り出されたものなのである。ブラザーフッド」のアジェンダ(計画)は、何千年にもわたる長大な計画なのだ。それは地球全体のコントロールという目標に向かって、長い時をかけて徐々に現実化されてきた。

   彼らの血流的ピラミッド組織は、おもに父から息子へという形で、代々受け継がれてきた。継承者として選ばれた子供たちは人生の始まりのときから、「計画推進」に向けて教育され、それが絶対的使命となる。そして次の世代にバトンを渡していくのだ。その間に彼らは徹底した洗脳教育を受け、調和の精神を欠いた人間へと育てられる。

   彼らは非常に知的ではあるが、同情や慈悲の心をまったく持たず、無知な人々を支配するのは自分たちの当然の権利だと考えている。しかし中には、彼らの洗脳教育を受け付けない子供たちもいる。そんな子供たちはすばやく後継者コースからはずされる。このようにして絶対に秘密を漏らさない「安全な」人間だけが、ピラミッドの上層部に到達し、秘密の知識を受け継ぐことになる。

   ブラザーフッド(イルミナティ)の血流をいくつかあげてみよう。
   まずイギリス王室のウィンザー家、ロスチャイルド家、ヨーロッパのすべての王族、貴族、ロックフェラー家など全部で13の血流がある。しかし彼らの最上層部は、決して人目に触れることのない陰の世界から、人類全体をコントロールしている。バランスを欠いている彼らはこの地球の究極的支配権をめぐって、常に血みどろの派閥間抗争を繰り広げている。

   ある研究者はこれを銀行強盗の一団にたとえる。
   つまり、「一仕事やる」ことについては完全に合意して動くギャングも、その分け前については激しく争うのだ。しかしながら彼らは、自分たちの「計画を実現させたい」という点では完全に一致している。だから計画の推進が阻まれるようなときには、彼らは見事なまでにその力を結集させるのだ。

   「偉大な計画」を推進する、特異な血流の一族による人類操作の歴史は何千年も昔に遡る。研究が進むにつれてますますわかってきたことは、地球を乗っ取る計画を持つ彼らの血流の起源は、実は地球外の惑星や異次元にあるということである。つまり彼らは、異星人の子孫なのである。ところで、もしあなたが異星人など存在しないと思うならば、少し考えてみてほしい。我々の銀河だけでも、太陽のような恒星は約千億個はある。

   ノーベル賞受賞者のフランシス・クリック卿は言っている。
   「この宇宙には、約千億個の銀河が存在している。そして我々の銀河系内だけでも、生命を育む可能性のある惑星が少なくとも百万はある」と。それが宇宙全体だとどのくらいの数になるか考えてほしい。我々の住む物理的次元を超えた周波数を持つ異次元や存在をも考慮すれば、地球以外に知的生命体が存在する可能性は計り知れないのだ。

   そして光の速さ(秒速約30万キロ)で宇宙を旅したとしても、我々の太陽系にもっとも近い恒星に到達するだけでも4.3年もかかる。どうして現在の人類の科学レベルで、「生命はこの地球にしか存在しないし、宇宙に異星人が存在するなんて馬鹿げてる」と断言できるのだろうか。

   世界中の古代遺跡として残っている、驚くようなさまざまな構造物を見れば、かなり進んだ文明を持った種族が当時存在していたことは確実である。しかしわれわれは、古代世界には現代人に比べはるかに遅れた人々が住んでいたと教えられている。

   しかしそれは間違いだ。
   これまで、アカデミズムの歴史考古学を作り上げた者たちは、自らの説を証明された事実として絶対化し、それにそぐわない事実的証拠をことごとく握りつぶし、無視してきた。そして彼らの「説」を基に作り上げられた教育によって刷り込みが行なわれる。

   しかし公認の「歴史」に従わない者は、他の歴史家や考古学者たちから孤立化させられ、はじき出されることになる。つまり公認の「歴史」に従わなければ、自分の仕事や評判、研究資金を失うことになるのを誰もが知っているのだ。このことは教職をはじめとして、「知的な」職業についている人々のほとんどが直面することである。

   現代の技術と同等か、それ以上の技術によって造られたとしか考えられない構造物が、今も世界中のあちこちに存在している。レバノンの首都ベイルートの、その北東に位置するバールベク神殿には、一つが800トンもの巨石が三個も使われており、それは約500メートル以上離れた場所から運ばれてきたものである。しかも驚くことに、紀元前何千年も前にそのような運搬が行なわれている。

   またバールベク神殿には、一つが1000トンの重さの巨石も使われている。
   1000トンといえば、なんとジャンボジェット三機分の重さである。このようなことがなぜ可能だったのだろうか。しかし公認の歴史は、このような疑問には決して触れようとはしない。なぜならその答えが、彼らが作り上げた「説」を根底から突き崩してしまうことを知っているからだ。

   ナスカの地上絵やレバノンのバールベク神殿、ギザの大ピラミッドなど、驚くべき巨大さと正確さを持った数々の建造物があるが、それを作り上げた技術は、一般の古代人たちよりもはるかに進んだ文明を持った種族によってもたらされたものである。


    book 「大いなる秘密㊤ 爬虫類人」 デービッド・アイク著 三交社

                          抜粋



 

「ワクチン」ビジネス

   子宮頸がんワクチンは、すでに一部の学校や市町村では公費負担による無料接種が開始されており、全国で数十万人の女子児童が接種を受けている。しかしこのワクチンは世界中で物議をかもし、警告されている。インドでは、メルク社のガーダシルという子宮頸がんワクチンを、小学生女子児童2万4000人に接種した後、6人の死亡者を出している。

   しかし死亡原因はワクチン接種とは無関係であるとされたが、接種後の死亡率の高さから、インド政府は接種計画を急遽(きゅうきょ)中止した。日本で導入されているグラクソ・スミスクライン社のサーバリックスという子宮頸がんワクチンでも、2009年にイギリスで、14歳の少女が接種後に死亡したことが欧米のマスコミでは伝えられた。

   「まさかワクチンの中に危険な物質を入れて子供たちに接種するような、そんな悪魔的な行為が世の中に存在するわけがない」、と思うのが多くの人々の常識であるだろう。しかしながら、国連のWHOロックフェラー財団には前歴がある。

   メキシコやフィリピン、ニカラグアにおいて彼らが接種した破傷風ワクチンの中に、妊娠状態を維持できなくする物質であるhCG(破傷風の毒素と性腺刺激ホルモンを合成したもの)が入れられていたことが、1990年代にカトリック信者の民間団体(コミテ・プロ・ビダ・メキシコ)の調査で判明している。

   この破傷風ワクチンも子宮頸がんワクチンと同様に、不思議なことに女子児童にのみ、3回の接種が奨励されていた。しかも破傷風で死亡する確率は、男性の方が高いことがわかっているにもかかわらずだ。

   この事件の発覚後の1995年、フィリピンでは最高裁が、国連、WHO、ユニセフが300万人を超えるフィリピン女性を秘密裡に不妊化にさせたことを認め、ワクチン接種計画を中止させる裁判所命令を出している。hCG入りの不妊化ワクチンは、人口爆発の著しいインドの国立免疫学研究所やロックフェラー大学の人口評議会などによって、過去20年以上も研究されてきたものである。

世界の支配者の使命は人類の人口削減

   アメリカの医学情報ライブラリーのデータベースには、「不妊化ワクチン」に関する50件以上の論文がある。そのうちの一つにはこうある。「我々はこのワクチンのメカニズムと副作用について研究を始めた。これは世界的な人口増加の制限に有意義であるに違いない。」

   人口削減は、国際銀行家(イルミナティ)が使命だと考えていることである。
   ロックフェラー財団は、アウシュビッツ収容所において数々の人体実験を行なった死の医師、ジョゼフ・メンゲレ博士の有力なスポンサーであった。

   彼らの哲学は、人種的に優位にある人間や知性の高い人間のみが生存するべきであり、それに満たない人間をあらゆる手段で排除しなければならないというものである。そのためにこのような実験が世界各地で、さまざまな方法によって実施されてきた歴史というものを知っておく必要がある。日本で過去に、風疹ワクチンが中学生女子にのみ奨励されていたことがある。

   我々は、単なる一市民に過ぎない。
   莫大な富を持ち、世界を管理することを使命と考える彼らからは、我々は同等の人間とは見なされていないことをよく肝に銘じておくべきである。しかしそれでもまだ、その可能性は絶対にないと考える人は、原子爆弾のスポンサーが誰であったかを今一度、思い出してほしい。

   子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)は、ごくありふれたウイルスであり、その感染の90%は体内の免疫で自然に消滅してしまう。医者の遠山高史氏の『医者がすすめる不養生』の中には次のようにある。

   「癌の中で、取り扱いがたやすいとされる子宮頸がんは、早期の癌と診断されると、通常はほとんどが手術となってしまう。つまり早々と取ってしまうので、早期の癌に自然消滅があるのかどうかなど確かめられない。ある調査がある。集団検診によって子宮頸部の上皮内癌(早期の癌)と診断されながら治療を受けなかった女性を、20年間追跡したニュージーランドの疫学調査である。

       それによるとこのような女性750人のうち、子宮頸がんになった者は10人(1.3%)であった。しかも検診で見つかった早期の癌から本当の癌に進展したと認められたのは2件であり、他は当初の上皮内癌とは関係なく起こったものと考えられたという。もちろんニュージーランドの疫学調査を100%鵜呑みにはできないとしても、日本のがん患者がこの論文を否定し得る証拠を示せないことは確かなのである。したがって、日本の癌医学は未来の予測を成し得ておらず、それは科学といえる段階にさえまだ達していないのだ。」

   このようにワクチンが予防するとされる前駆病変(早期の子宮頸がん)が、実際に子宮頸がんに進行するという科学的証拠はない。それにもかかわらず、すべての女性がワクチン接種と検査を受けなければならないとする論調が展開されることに、疑問を持つべきである。

   それらはテレビのニュースなどのマスコミを通して、子宮頸がんの危険性がより強調されるため、子宮頸がんで亡くなった芸能人や子宮を全摘出した人が取り上げられる。そしてそれらの番組のスポンサーは決まって、外資系の保険会社や大手製薬会社である。

   子宮頸がんの形成には、HPVウイルス以外にも食生活や環境ホルモン、食品添加物の接種、ストレスなどさまざまな要因が関係している。また専門家の指摘では、「癌で亡くなる人の多くは、癌そのものよりも、抗ガン剤や放射線治療など、体に過剰な負担をかける治療がもとで亡くなっている」という。つまり癌そのものが死亡原因ではなく、抗がん剤の副作用で死亡しているというのだ。

   2010年5月から、全国に先駆けて子宮頸がんワクチンの集団接種を実施してきた、栃木県大田原市が、同年12月に集団接種を取りやめることを発表した。また読売新聞の報道では、「子宮頸がんワクチンで副作用、失神多発」として、子宮頸がんワクチンの接種で失神する例の多いことが、厚生労働省の調査で判明したとしている。

   2009年12月以降、推定40万人が接種を受けたとされており、2010年10月末までに厚労省に寄せられた副作用の報告は81人である。その中でもっとも多いのが失神であるが、実態はもっと多いと考えられる。

   2011年2月には、宮城県大崎市の内科医、佐藤荘太郎氏が「子宮頸がんワクチンの効果は医学的に示されておらず、副反応が顕著である」として、ワクチン接種助成の見直しを市議会に求めることを明らかにした、と毎日新聞が報道した。

   さらにアメリカの民間団体「国民のワクチン情報センター」のデータベースには、米メルク社の「ガーダシル」の接種後の死亡例が85件、英グラクソ・スミスクライン社の「サーバリックス」による死亡例が4件報告されている。死亡以外の副反応は2万件に近く、その情報のせいかアメリカの女子では、3回の接種を完了する割合が27%と低いという。

   警戒しなければならないのは、インフルエンザワクチンや子宮頸がんワクチンだけではない。ワクチンビジネスは今や、世界中の投資家の注目の的なのだ。市場の動向を予測するリサーチ会社によると、今後世界のワクチン市場は、わずか4年の間に2倍の爆発的な成長を遂げると推測している。

   つまり、ここ4年以内に世界中で、今の倍の量のワクチンを市場に流通させるための準備が、製薬業界で進行しているということである。作ったものは当然売らねばならない。そのために今後もさらに、ありとあらゆる種類の新型の病気が作られ、そのためのワクチンが登場してくることは間違いない。

   一方、B型・C型肝炎のワクチンの薬害訴訟を見てもわかるように、ワクチンによる薬害が身体に表面化するのは20年、30年後である。同じくワクチンの長期的な副作用は、医者はもちろん製薬会社にも時間が経過しないとわからないのである。自分と家族の健康は、自分で責任を持つしかない。新聞やテレビの情報を鵜呑みにせず、自分自身で幅広く情報を収集して判断することをお勧めしたい。



  book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                  5次元文庫徳間書店


                           抜粋


      

「日銀」が属するのは政府ではない

   この国の「通貨発行権」を所有しているのは誰だろうか。
   硬貨には「日本国」の刻印があり、紙幣には「日本銀行券」と書かれているはずだ。つまり10円玉や5円玉、100円玉、500円玉などの硬貨は「日本国政府」が発行しており、千円札や五千円札、一万円札などのお札は「日本銀行」が発行している。

   硬貨の原価は500円玉で30円、100円玉で25円、50円玉で20円、10円玉は原価と同じ10円、5円玉は原価割れして7円、1円玉も3円で原価割れだ。だから5円と1円は発行すればするだけ政府にとっては赤字になる。それに対して「日本銀行」発行のお札は、千円札の原価は15円、五千円札が20円、一万円札で22円と、額面に比べて原価が非常に安い。お札は紙であるから当然ではあるが、一枚平均がわずか20円ほどである。

   我々が「日銀」と呼ぶ「日本銀行」の仕事は、財務省の印刷局で刷られた紙幣を1枚20円の原価で買い取り、それを千円、五千円、一万円紙幣として政府や銀行に貸し出すことである。それはビジネスとしてみると大変な利益率である。一万円札が一万枚で一億円であるが、その原価は約20万円だ。つまり、20万円で印刷したものが一億円に化けるという話である。紙幣を生み出す権利がどれほど大きな力であるか想像できるだろうか。日本国政府が持っているのは硬貨の発行だけで、紙幣の発行権は日本銀行が持っている。そして実際に通貨の大半は紙幣であることから、「通貨発行権」を持っているのは実質的に「日本銀行」ということになる。

   この銀行はいったい、どのように設立されたのだろうか。
   日銀の歴史を調べてみると、ロスチャイルド一族の影響下で設立されたことがわかる。「日銀」は、明治14年(1881年)、大蔵相だった松方正義によって設立された。当時の大蔵相といえば、まだ内閣制度が創設される前であり、彼は政府の最高権力者であった。その松方は明治10年(1877年)にフランスに渡り、蔵相のレオン・セーから「日本も通貨発行を独占する中央銀行を持つべきだ」と助言を受けた。松方は帰国すると、自らの権限で国立銀行条例を改正し、当時、国立銀行が発行していた政府紙幣をすべて回収して焼き払った。そして中央銀行を設立し、銀行券以外の紙幣を発行することを禁じた。つまり、通貨発行権を独占したのであった。

   松方にこれらの政策を指示したレオン・セーは、フランスロスチャイルド家の4代目当主アルフォンス・ロスチャイルドの使用人であり、蔵相になる前は、ロスチャイルド一族の鉄道会社の経営陣の一人として腕をふるっていた人物である。松方はロスチャイルド家当主の間接的な指示により、国立銀行から通貨発行権を日銀の手に奪い取ったのである。

   そして日銀は、実は完全な政府組織ではない。
   日銀の持ち株の55%は政府が所有することになっているが、残りの45%の株は、政府以外の民間人の所有となっている。ある説ではロスチャイルド一族と天皇家が20%ずつ持ち、残りの5%を個人や法人が持っているとも言われ、また別の説ではロスチャイルド一族から支援を受けた三井財閥や住友財閥が所有しているとも言われている。そして実際のところは、残り45%の株式所有者についての情報は非公開であるため、事実は不明である。

   日銀は、日本と日本国民の経済発展のために存在するとされているが、実際には、政府と国民の意思を反映する機関ではない。日銀は政府から独立した機関であり、紙幣をどのくらい創るか、あるいは創らないかを独自に決める権限を持っている。また日銀総裁になる人は国民の選挙ではなく、日銀関係者内部の一存で決められ、国民は選ぶ権利を持たない。つまり半年や一、二年で交代させられるような総理大臣よりも、お金の実権を握る歴代の「日銀総裁」こそが、「日本の国王」であるという専門家の指摘がある。

   日銀は、「認可法人」で、政府機関でもなければ株式会社でもなく、曖昧な定義の組織である。2010年の時点で、政府を除く45%の日銀株式所有者の内訳は、個人が35.9%、金融機関が2.4%、公共団体等が0.2%、その他の法人が6.5%である。通常の株式会社と異なり、出資者は経営に関与することはできないが、出資額に対して年5%以内の配当を受け取ることができる。つまり、非公開の個人や団体が、通貨の発行から利益を得ていることになる。

   世界各国の中央銀行の頂点には、中央銀行を束ねる国際決済銀行(BIS)という存在がある。国際決済銀行はもともと、1930年に第一次世界大戦で敗戦したドイツの賠償金の支払いを統括する機関として造られ、本部はスイスのバーゼルにある。そして、この銀行を代々、取り仕切っているのは、フランスロスチャイルド一族の血縁者である。

   日銀総裁はときおり、世界中の中央銀行総裁が集まる会議に出席して、そこで決められた指示に忠実に従うことになっている。つまり、日銀が属しているのは日本政府ではなく、事実上は国際決済銀行に属しているのである。国際決済銀行が、世界中の中央銀行にそれぞれ指示を出し、世界中に出回る通貨の供給量をコントロールしている。ちなみに日本政府は、戦時中など一時期に中央銀行制度の枠組みを外れて、日本政府独自の紙幣を刷った過去がある。しかしその時だけで、それ以外はずっと、常にロスチャイルド一族の中央銀行制度の枠組みの中で、通貨の発行を行なってきた。

   なお、この中央銀行制度がない国といえば、世界中には残りわずか5カ国しかない。
   それが、北朝鮮、イラン、スーダン、キューバ、リビアである。これらの国はすべて、国際社会では「ならず者国家」として非難されている。アフガニスタンとイラクもつい最近まで、中央銀行を持たない国家であったが、アメリカに侵略された後、中央銀行制度への仲間入りを余儀なくされている。



        book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                      5次元文庫徳間書店

                           抜粋


      

真の健康は「動物食」をやめることから

   うちは4代続いた酪農家である。
   長年、牧場で汗と埃にまみれて働いてきた。モンタナの農場に育ち、20年もカウボーイをやってきた。そしてどうすれば牛が育つかを体で覚えた。当然、この国でどうやって肉が生産されているかもよく知っている。もちろん私も多くの人たちと同じように、牛ステーキをこれまでにもたらふく食べてきたものだ。しかしあなたの目の前のステーキにいったい何が紛れ込んでいるか、それを食べたらどうなるかを知ったら、あなたは間違いなく私と同じベジタリアンになるだろう。

   もしあなたがアメリカ人で肉食主義者(ミート・イーター)なら、次のことを知る権利がある。それはあなたが食べたほとんどの牛に共通する真実のことで、つまりあなた同様に、牛もまた「肉を食べてきた」ということである。牛が屠殺されると、重量で言えば半分ほどは食用にはできない。つまり腸やその内容物、頭部、ひづめ、そして角などである。同じく骨や血も食べられない。そこでこれらは「レンダリング・プラント」(動物性脂肪精製工場)というところに運ばれる。そして巨大グラインダー(攪拌機)に投げ込まれる。ついでに言うと、「病気で死んだ牛は丸ごと放り込まれる」。ほかの牧場で病死した牛以外の家畜も同じだ。

   このレンダリング・ビジネスは、今や年間24億ドル強という巨大産業になっている。ひどい病気に罹った動物や癌になった動物など、農場で死んだ家畜以外にも、毎年保護施設で処分された600万から800万頭ものペットの犬や猫たちが、ここに運び込まれる。たとえばロサンゼルス市だけでも、毎月約200トンもの犬や猫の死体がレンダリング工場に送られる。それらは動物管理局によって捕獲されたのら犬やのら猫、そして事故で死んだ動物たちも混ざっている。

   この「混合物」はレンダリング工場でミンチに刻まれ、高温蒸気で「調理」される。
   そして、軽い脂肪分が表面に浮いてくるが、それは化粧品や潤滑油、石鹸、ろうそく、そしてワックス原料などに精製される。より重いたんぱく原料などは乾燥され、茶色の「肉骨粉」に加工される。しかしその4分の1は糞便である。その「肉骨粉」は家畜の飼料と同じく、ほとんどのペットフードの増量材として使用される。これは農家で「濃縮たんぱく」と呼んでいるものだ。1995年だけで、こうした「残り物」が屠殺場から約500万トンも出ている。それらが全米の動物たちの飼料として売られていく。私もそんな「エサ」を、何トンも家畜のために買ってきた。しかし、牛を牛に食わせているとは夢にも思わなかった。

   1997年8月、BSEいわゆる狂牛病への不安が巻き起こった。
   これに対し米食品医薬品局は新しい規制を発表し、牛などの反芻動物のたんぱく質を反芻動物に与えることを禁止した。しかし規制は形だけであったので、今でも牛たちは他のミンチになった馬や犬、猫、豚、鶏、それに七面鳥などの肉を食べている。同じように死体から選別された血液成分から糞便まで食べている。全米で約9千万頭の牛が飼われているが、そのうちの約75%が日常的に、レンダリング処理された動物の死体から作られたエサで「栄養強化」されている。

   動物の糞便をエサに混ぜるのは当たり前のことである。
   なぜなら飼育業者たちは、糞便を処理するためにエサに混ぜて家畜に「食べさせる」のが、一番効率的な「処理法」であることを知っているからだ。畜産業全体で毎年排泄される家畜の糞便の量は、160万トンにも達する。そしてその一部は家畜に食べさせることで処分されてきた。たとえばアーカンサス州の平均的な農場では、毎年50トン以上の鶏の糞を牛にエサとして食べさせている。ある畜産農民は、「鶏の糞がなかったら、俺の飼っている牛の半分は売らなければならん。他のエサは高くて買えないんだ。」と言っている。もしあなたが肉好きの「ミート・イーター」なら、あなたの食べる肉はその糞便を食べて育った肉であることを覚えておくことだ。

   病気になった不健康な動物を食べるとどの程度まで危険なのかは、よくわかっていない。しかしある種の病気は、宿主から人間に感染することはわかっている。よく知られた食物感染は食物が糞便に汚染された結果、流行性E大腸菌によってもたらされる伝染病だ。毎年、約8000人ものアメリカ人がこの感染症で亡くなっている。食品の毒物汚染の約80%は、汚染された肉から発生している。

   鶏の90%以上が工場で育てられている。
   エサもきわめて安価なものが与えられる。そして彼らの排泄物もエサに混ぜて与えられる。これは驚くほどのことではない。そして、農務省の調査でも99%以上のブロイラーの死骸から、E型大腸菌が検出されている。さらに調査では、アメリカで消費されるチキンの約30%がサルモネラ菌に汚染されていた。

   サルモネラ菌のほうが悪名高いが、カンピロバクター菌は、1年間に200人から800人の死者を出すほど危険な菌である。このカンピロバクター症候群は痙攣や腹痛、下痢、発熱などを起こすが、非常にまれな麻痺性症状のグレイン・バレー症候群という疾病を引き起こす。このバクテリアは、処方された抗生物質に対して急速に抗体を作ることでも知られている。つまり鶏の病気に対して投与された抗生物質によって、より進化し強力になったのだ。そのためにこれらのチキンは、しばしば塩素消毒の液槽に浸けられて消毒される。

   バクテリアの目指すゴールが人間に到達することであるなら、彼らは賢い選択をしたものだ。魚はふつうは、検査をほとんど免れており、牛肉や鶏肉よりはるかに簡単なチェックしか受けずに市場に出回る。1992年の「コンシューマー・リポート」の調査によると、検査された魚の約半数がバクテリアに汚染されていた。これらの微生物は、人間と動物の排泄物に由来している。そして「疾病コントロールセンター」によると、米国では年間、32万件の食中毒事故が発生している。あなたの食卓のテーブルに上がるまで、死んだ魚はおよそ2週間以上の日数が経っている。寄生するバクテリアは、あなたの自宅の冷蔵庫の中でも繁殖している。

   さらに、あなたは自分がどんなタイプの魚を食べているか、ほとんど知らない。
   同じ調査では、30%以上の魚が嘘の表示で売られていたのだ。魚はときに、「オメガ3脂肪酸を含み、健康にいい」と宣伝される。しかしそれらは大豆製品やカボチャ、青野菜や麦芽などに比べると体に吸収されにくいのだ。魚に含まれているものはそれだけではない。それはコレステロール成分と多くの有毒化学物質群であり、水銀や鉛、農薬、そしてPCB類だ。

   都市から出る廃棄物や農業が排出する化学物質、我々はそれを下水や河川に放出している。そして雨水はこれらの汚染物質を海へと運ぶ。そして当然その物質は、魚や貝に吸収され、組織に蓄積される。こうしてあなたの大好きなシーフード・レストランのメニューに並び、ほとんどの海鮮料理の一つ一つにまでたどり着いている。「コンシューマー・リポート」の調査では、PCBは鮭の43%から、カジキマグロの25%から検出され、、ハマグリは高濃度の鉛に、90%のカジキは水銀で汚染されていた。

   骨粗しょう症は我々中高年のアメリカ人にとって、なによりも辛く苦しいものだ。
   それは骨の構造が脆弱化することで起きる。今や数百万人のアメリカ人がこの病で苦しんでいる。そして我々はみんなこう聞かされてきた。「骨粗しょう症は、食事の中のカルシウム欠乏で起きる。だからそれと戦うベストの方法は、カルシウムが豊富な牛乳を大量に飲むことだ」と。酪農業界は「牛乳は骨粗しょう症と戦う」という考え方を強力に推し進めてきた。しかし、彼らはそれを実現させることに失敗した。なぜなら、骨粗しょう症はまったく違った病気であったからだ。実はそれは、動物食を中心とした食事で発症するものなのだ。しかも牛乳や肉は、なんと、骨粗しょう症の症状を和らげるどころか、悪化させてしまうのだ。

   多くの中国人はほとんど乳製品を摂らない。
   彼らはカルシウムを植物から摂る。またイヌイット(エスキモー)は牛乳を飲まない。しかし一方でカルシウム豊富な肉、魚を食べる。しかし彼らの間には驚くほど高率の骨粗鬆症が発生しているのだ。1600人の女性を対象にした研究結果がある。菜食者と肉食者の骨を比較したもので、彼女たちが80歳になるまでに骨からミネラルが消失した現象を調べた。それによるとベジタリアンの女性の骨から消失したミネラルの量は、肉を食べる女性たちの約半分であった。人間の体は過剰なたんぱく質や糖分を蓄えきれないために、尿から排泄したり、カルシウムと結合させて排出する。過剰なたんぱく質は、血液の酸性化を進める。この酸性化を中和するために、カルシウムが骨から溶け出すのだ。酪農産業は、このことをあなたに教えることはない。

   骨粗鬆症は、日常の食事のカルシウム欠乏ではほとんど起こらない。
   それは、たんぱく質の過剰摂取で起きるのだ。それが、牛乳を飲むほど骨がもろくなる「ミルク・パラドックス」と呼ばれる現象だ。たんぱく質の食べすぎは腎臓に負担をかける。それが結果として骨からカルシウム脱落を招く。その結果を、我々は骨粗鬆症と呼んでいる。あなたのカルシウムは植物から摂るのが好ましい。そしてたんぱく質はできるだけ低めに抑えることだ。そして嘘のプロパガンダ(過剰宣伝)に耳を貸さないことである。

   我々の肉食は単なる習慣である。
   人々は社会的に「ふつう」で「健康によい」と信じ込んでいるだけのことで、肉を少しづつやめたとしても「禁断症状」に苦しむことはない。むしろ間違いなくあなたは、より活力がみなぎるのを実感するだろう。あなたはより長生きし、より健康に人生を楽しむようになる。あなたの血管はこれまで、飽和脂肪酸やコレステロールでダメージを受けてきた。しかしそれも、動物性食品を劇的に減らすことで、すぐに回復する。あなたは自分の体の血管の大掃除を始めることになる。こうしてさまざまな病気に罹らなくなる。ある意味で、これらのさまざまなやっかいな病気のすべては、たった一つの「病気」から生まれたものなのだ。その病名とは、「動物食」である。


     book 「まだ、肉を食べているのですか」 ハワード・ライマン&グレン・マーザー著
                    三交社       抜粋


「国連」を作ったのはイルミナティ

   第二次世界大戦の後、米国に国際連合が作られた。
   これで、世界は一致団結して平和への道を進めていく、と誰もが思ったことだろう。我々は当然のごとく国連は、平和のために世界中の国々によって作られた組織だと思っている。しかしよく調べてみると、事実はまったく逆であることがわかる。国連を作ったのは世界中の国々ではなく、またもやロスチャイルド一族やロックフェラー一族を中心とする国際銀行家なのである。彼らは世界恐慌を起こし、第二次世界大戦を起こし、原子爆弾を作って広島と長崎に落とした後で、世界を一つにまとめるために国連を作ったのだ。

   アメリカのニューヨークにある国連本部のビルは、ロックフェラー一族が寄贈した土地に建てられている。そして国連の要職には、例外なくロスチャイルド一族やロックフェラー一族の関係者が就いている。軍需産業を運営する彼らが国連を設立した目的は、平和や軍縮を訴えて古い武器を捨てさせ新しい武器を買わせるなど、国際世論を見方につけ、国連を隠れ蓑に兵器ビジネスを展開できる点にある。

   国連では、表向きには核兵器に対して「ノー」と言っているが、核を持ってはいけないのは常任理事国以外の国々であって、彼らの支配下にある5つの常任理事国であるアメリカ・ロシア・中国・イギリス・フランスには核兵器の所有を認めている。このようなダブル・スタンダード(二重基準)を平気で使い、世界中の国々を支配しているのが国連という組織である。

   国連の会議である安全保障理事会ではときおり、イランや北朝鮮が核兵器を開発している疑惑があるといって、アメリカを中心とした国から非難の声が上げられる。しかし本当に危険なのは、実際に核を所有しているアメリカやロシア、中国などの大国なのだ。テレビや新聞のニュースでは、いかにもイランや北朝鮮のような小国が、世界に危機をもたらす巨悪のように書き立てる。そして世界の大半の人々は、マスコミの情報を鵜呑みにし、「イランや北朝鮮は何をするかわからないから、制裁されて当然だ」と思い込み、その世論が世界を支配することになる。

   しかしイラク戦争のときのことを思い出してほしい。
   アメリカ政府はあのとき、まったく同じ手法で戦争を仕掛けたのだ。「イラクはテロリストをかくまっている。大量破壊兵器を持っている。核兵器を隠している疑いがある」と言って、無差別爆撃をして、多数の市民を虐殺したのである。そしてついに、イラクを占領した。その後にわかったことは何であったか。イラク戦争後のブッシュ大統領の発言には呆然とさせられる。
   「イラクはテロリストとも関係なかったし、大量破壊兵器も所有していなかった」

   当然のごとく、核開発の事実など一切なかったのだ。
   すべては戦争をするために、アメリカ政府がついた大きな嘘だったのである。

   そしていつも、これらの嘘が生み出されるのは、国連の安全保障理事会(安保理)からなのだ。国連の安保理で、世界中の国々の代表が同席する中、次なる侵略のターゲットとなる国が槍玉に上げられ、悪者として各国から非難される。それに同調しなければ同罪とされるために、弱小国は従うしかない。そして多くの加盟国の同意を得た後には、平和維持のためと称して加盟国から集めたお金で、国連平和維持軍と称した多国籍軍が結成される。そしてターゲットにした国を一方的に攻め込んで侵略し、その国の資源をすべて奪い取るのだ。

   このように国連という機関は、国際銀行家(イルミナティ)が国際社会の承認を得ながら、大々的に世界を侵略するために作られた私的機関に過ぎないことがわかるだろう。もちろん表面的には、平和活動や慈善事業もしているし、国連で働く多くの人たちはこのような仕組みを知らない。しかしその上層部がやっていることは、平和とは正反対の侵略と略奪以外の何ものでもないのだ。

   前国連事務総長のアナン氏は黒人であるが、ロスチャイルド家の女性と結婚しており、ロスチャイルド一族である。そして現国連事務総長の潘 基文(パン・ギムン)氏はケネディ行政大学院において、ジョセフ・ナイ氏の指導を受けた人物である。ジョセフ・ナイ氏とは米国の国会安全保障会議の議長として、米国政府の政策を担う中心人物であり、彼の政策である「東アジア戦略」は、日本・韓国・中国をお互いに戦わせた後に国連を介入させ、東シナ海と日本海のエネルギー利権をアメリカ、つまりイルミナティの所有にすることである。

   彼はその使命の遂行のために、高級官僚を養成するハーバード大学ケネディ行政大学院の院長を務めており、そこから輩出される多くの官僚や政治家たちの司令塔となっている。韓国人のパン・ギムン氏も彼の指示で動く一人に過ぎない。尖閣諸島問題や北朝鮮の脅威で揺れる東アジアの背後には、その他の紛争地域と同じく、国連を通じて世界中のエネルギー利権を合法的に手に入れようと企む国際銀行家・イルミナティの存在がある。

   彼らは国連も支配下に置く国際銀行家であるが、彼らの力はそれだけに留まらない。
   新聞やテレビなどのマスコミは、本来、公平で真実を伝えるものであるはずだと多くの人が思っているはずだ。しかしこの分野にも彼らの力は及んでいる。ニュースの発信源である世界の二大通信社のどちらも、イルミナティの所有である。ロイター通信はロスチャイルド財閥が、AP通信はロックフェラー財閥が所有している。だから当然そのニュースの内容は彼らが伝えたい情報や、彼らにとって都合のよい偏った報道になっている。その一方で、彼らにとって都合の悪いニュースの多くは握り潰されるか、あるいは歪曲して流されることになる。

   医療に関しても同じで、大手の製薬企業はイルミナティが所有している。
   病気の治療法にしても、効果のある治療法は抹殺され、これまでもすでに発見されている癌治療法なども潰されてきたし、安価で効果的なものは法律で禁止されてしまう。その代わりに放射線治療や抗がん剤治療など、化学薬品治療やワクチン接種など、あまり効果もなくそのうえ重い副作用があったり、高額で危険な治療法が優先して用いられ、病院で採用される。しかもそれらの治療法は、科学的に正しいものとして社会に普及しているのだ。

   学校の教育に関しても彼らの力は及んでいる。
   ロックフェラー財閥は財団や学校を持っており、さまざまな教育や研究のために奨学金や寄付金が、多くの大学や研究機関に与えられている。非常によいことである反面、たとえそれが世界中の病人を救う治療法の研究であっても、彼らの意に沿わないものには圧力がかけられ、援助が打ち切られ、潰されてしまう。また彼らの存在についての記述や彼らに都合の悪い事柄が学校で教えられることはなく、逆に彼らにとって都合のいい知識が「正しい」教養として教えられるのだ。

   ここまで聞いて、きっと気が滅入ってしまったことだろう。
   しかしいくら目をそむけようとも、彼らの支配があらゆるところに及んでいて、我々はその影響下で生きていることに変わりはない。まずはそれらの事実を知り、厳しい現実を直視し、その事実を受け入れるところから始めるのだ。


        book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                      5次元文庫徳間書店

                           抜粋


      

     


        

ワクチンを使った「人口削減計画」

   世界中のお金を操作し、独占し、国を操り、大企業を所有して、戦争や金融恐慌までも意図的に作り出し、嘘の環境問題までも創作し、世界を統一して支配しようとする者たちがいる。彼らは自分たちの理想の世界を築くためなら、人間の命など簡単に犠牲にできるのだ。そのようにしてこれまでやってきたように、彼らは計画を着々と進めていくのだろう。近い将来にも社会現象として起きたかのように、金融崩壊を起こして各国の経済を破壊し、金融規制を強化して通貨の量を減らし、不景気を長引かせた挙句に国民を戦争に巻き込んでいくのだろう。株価の暴落や国家破産、テロ事件や国家間の緊張と戦争の気配など、テレビのニュースに出てくるトピックは、決して表には出てこない人々によって仕組まれているのだ。

   我々はこれまでの歴史を繰り返さないためにも、騙されてはいけないのだ。
   戦争にはどんな理由があっても決して協力してはいけない。それは愛国心や自衛権など、どれほど崇高な目的やもっともらしい理屈があろうともである。それで得をするのは、常に国際銀行家や彼らに協力する一部の政治家や軍人、そして企業だけなのである。しかし、世界はやがて彼らによって統一されていく可能性が大きい。問題は統一のされ方で、それが国民の同意のもとにバランスをとって進められるか、あるいは戦争や金融恐慌など混乱のさなかで強制的に行なわれるのかということである。そういう状態では非常事態という口実のもとに、どんな無茶苦茶な法律でも作られる可能性がある。

   世界統一がどのように進められていくのかは、一般市民の一人一人の力が影響してくる。社会の動きに何も疑問を感じず、黙って羊のようについていくのであれば、一部の権力者の思いのままに世界が支配されていくだろう。しかし我々の一人一人が社会のあり方について考え、疑問を持ち、すべての人にとって良い社会の仕組みについて考え、アイデアを提案し、実際に行動を起こしていくならば、必ずこの世界はよい方向へ進んでいくのだ。「自分にはそんなことはできない」といって諦めてはいけない。一人の人間が社会を変える可能性を持っている。始まりは常に小さいものだ。一人の小さい力が周りの人々の共感を呼び、やがては社会を変える力になっていくのだ。

   国連において人口問題は大きな課題とされている。
   今の世界の人口は国連の推計では、2012年の時点では70億人である。現在の世界人口の約半分が各国政府の研究者の憶測で推算されているため、この数字がどのくらい正確なものかはわからない。それは権威やデータを利用して、人口問題を緊急課題にするために操作された数字かもしれず、現実に近い数字であるのかもしれない。世界の人口を一人ずつ数えることなど不可能なことなので、本当のところは不明なのである。

   しかし国連によると、人口問題は解決されなければならない緊急課題とされている。
   彼らが世界の人口を減らさなければならないとして根拠にしているものは、もともとはマルサスの「人口論」という本であった。マルサスは18世紀の経済学者で、このまま人口が増えていけば食料不足になり、社会制度を変えても問題は解決できないと訴えた。しかし今は21世紀である。技術も進み、マルサスの生きていた200年前とは事情が違う。食料は分け合うなら、皆に行きわたるだけのものが実際にはある。そのために現在では人口削減の正当化の理由が、食糧問題から資源の枯渇と環境問題にすり替えられている。彼らが人口を削減したい本当の理由は、実は別のところにあることがわかる。

   信じがたいことであるが人口削減計画は、今、世界中で進行している。
   我々市民に関わってくる一つの例を挙げる。それはインフルエンザワクチンや子宮頸がんワクチンなどの、ワクチンを使用した人口削減計画である。

   2009年に大流行した新型インフルエンザは、国連の内部組織であるWHO(世界保健機関)によって、パンデミック(世界大流行)が叫ばれた。その要請を受けた日本や先進各国はワクチンを製薬会社から大量購入したが、新型インフルエンザはWHOが警告したような危険な被害をもたらすことなく収束した。しかし一方で新型インフルエンザワクチンの安全性の確認は実施されることなく、マスコミ報道によって接種を勧める報道だけが行きわたり、その結果国内だけでも高齢者を中心に、接種後に100人以上が死亡している。

   元米国海軍将校でジャーナリストであるウェイン・マドゥセン氏は、この新型インフルエンザ騒動は、アメリカの生物研究所で人工的に作られたウイルスを使用したバイオテロであったと指摘している。その背後には、米国立の生物兵器研究所だけでなく他の製薬会社とWHOの存在がある。マドゥセン氏は、ロシアのインターネットテレビ局のニュース番組において、日本人の科学者がこのウイルスを国外に持ち出す際、インドネシア空港で逮捕されたことをあげ、日本政府もこのバイオテロに関与していたことを暴露している。

   また欧州評議会代表のウォルフガング・ウォダルグ医学博士もこの件について、WTOと大手製薬会社は、新型インフルエンザウイルスの危険性は低いことを知りながら、ワクチンを売るために各国政府に圧力をかけ、安全性が未確認のワクチン接種を奨励していたと糾弾した。しかし彼はまもなく職を追われることになった。おかしい点はこれだけではない。この年、日本が大量に輸入したスイス・ノバルティス社のワクチンには、ペットの不妊剤と同じ物質(MF-59)が免疫活性剤として添加されており、またイギリスのグラクソ・スミスクライン社のワクチンには、不妊作用のあるポリソルベート80という界面活性剤が免疫活性剤として添加されている。これらの輸入ワクチンのほとんどは使用されず廃棄されたようであるが、そのために、これらの輸入ワクチンの危険性が国民の注意を引くことはなかった。

   これらの情報から推測できることは、国際銀行家(ロスチャイルドやロックフェラーなど)の指示により、彼らが所有する大手製薬会社とWHO、米国生物研究所が、新型インフルエンザ騒動を起こし、各種の化学物質をワクチンに加え、不妊効果の成分別比較実験をしている可能性である。これについてポーランド保健相であるエブァ・コーパチュ氏は自らの医師としての経験から、「私は医師として、自分の家族に処方できないような薬は患者にも与えない。今回のインフルエンザワクチンのように、製薬会社ごとに成分の異なるものを一括して政府が輸入許可を与えるのはおかしい。ポーランド国民は製薬会社の策略には騙されない」と国会で発言し、拍手喝采を得ている。

   先に述べたウェイン・マドゥセン氏の発言や、ポーランド保健相の発言の様子は、THINKERホームページで日本語訳付きの動画が閲覧できるので、ぜひ自分の目で確認して欲しい。

danger 新型インフルエンザ発生の真相
   http://www.youtube.com/user/THINKERmovie#p/u/10/PVZokaPLX-g
danger ポーランド保健相の国会での発言
   http://www.youtube.com/user/THINKERmovie#p/u/7/hu3zCn21Ghw 


               book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
                      5次元文庫徳間書店

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「麻」を抹殺したのは誰か

   「麻」「大麻」「ヘンプ」「マリファナ」と聞けば何を連想するだろうか。
   それらはすべて同一の植物を指す呼び名である。麻の英語読みはヘンプで、それは繊維の原材料として連想され、大麻やマリファナといえば法律で禁じられている麻薬のイメージがある。では、この植物の正体は一体何なのだろうか。麻の歴史を調べてみると、これほど人類に幅広く用いられてきた植物はないことがわかる。

   麻は、中央アジア原産の一年生の植物で生育が早く、あらゆる気候に順応できることから、熱帯から寒冷地まで、世界中のほとんどの地域に分布している。麻は古来から人類の暮らしに密着してきた植物で、世界各地で繊維のためだけではなく、食用にも栽培されてきた。種子は、現在でも七味唐辛子に入っているようにそのまま食用にできるし、油は食用にも燃料としても利用できる。その他、麻の花や茎、葉に至るまで捨てるところはなく、さまざまな用途に活用されてきた。

   日本でも麻は古来から自生しており、紀元前から栽培されていたようである。
   その様子は「三国志」などにも記されている。戦国時代になって大陸から綿が渡来するまでは、衣類は主に麻から作られており、また神道でも、神聖な植物として数々の儀式に使用されてきた。戦後になって大麻取締法ができ、大麻の栽培や所持が禁止されるまでは、麻は日本人にとって馴染み深い植物だったのである。

   一方、世界に目を移すと、中国では古来から種の中身は漢方薬として利用され、インドでは、麻の花から採取できる樹脂が鎮痛剤や消化促進剤として古くから用いられてきた。また古代エジプトでは、神殿で麻を焚いた煙を吸い、神と対話できる精神状態を作り出すことにも使用されたことがパピルスに記されている。つまり麻は食料だけでなく衣類、燃料、薬剤のすべてをまかなう驚くべき植物であったのだ。これほどまでに紀元前の古代から世界中の文化で人類に重用されてきた植物が、今では「大麻=麻薬」として忌み嫌われ、法律によって規制されるものになっているのだ。その背景には何があったのだろうか。

   麻が「大麻」「マリファナ」などと呼ばれ、世界的に禁止される麻薬として扱われるようになった始まりは、アメリカである。しかし禁止される前のアメリカ社会においても、麻は広く使用され人々の生活に浸透していた。麻の栽培は、合衆国の歴史を通じて大々的に奨励されており、17世紀と18世紀の植民地時代には、麻の栽培を義務づける法律さえあったのである。初代ワシントン大統領や、第三代ジェファーソン大統領が麻を栽培していたことは有名な話だ。1800年初期のアメリカでは、人々は麻で税金を支払うことができ、それほど多く栽培されていた作物であった。

   大航海時代の帆船の帆やロープの9割は麻から作られていたし、1920年代までの布地や織物、ベッドシーツ、カーテンなどの8割は麻製であった。また聖書や学校の教科書、国旗や地図、合衆国の独立宣言書などのすべてが、麻を原料とした紙で作られていた。そして1916年に米国政府は、麻には樹木の4倍以上の生産効率があることを認め、1940年までには全ての紙を麻から生産する体制を作るとして、森林破壊を食い止めるための政策の実施を決めたのであった。

   また産業界においても麻は大活躍していた。
   ヘンリー・フォードの開発した初期のT型自動車は、麻の種を絞って作られたヘンプオイルが燃料であったし、車のボディも、鉄の10倍の強度を誇る麻製の強化プラスチックで作られていた。つまり車の本体から燃料まで、すべてが麻から作られていたのである。医療の分野でも麻は広く普及していた。1840年代には、医薬品の約半分は大麻が占めており、1850年代のアメリカ薬局方には「睡眠障害、不安神経症、神経痛、痛風、筋肉痙攣、狂犬病、コレラ、痙攣、舞踏病、ヒステリー、うつ病、錯乱、子宮出血」などに効果があるとして、実に数十種類の病気に対する治療薬として記載されている。ちなみに1800年から1900年初頭においてアメリカだけでなく、麻は世界中で同じようにもっとも使用された薬であった。日本でも明治時代には、喘息の治療薬として「大麻たばこ」が販売されていた。

   そして、1937年のことである。
   アメリカで「マリファナ課税法」という法律が作られた。この法律はマリファナの害を防ぐためではなく、膨大な大麻製品に課税することが目的であったが、実際には麻の栽培や販売に厳しい許可を義務づけるものであった。つまりそれは、事実上麻の使用を禁止するものであったのだ。「マリファナ課税法」は、石油産業、つまりそれを所有する国際銀行家のために作られた法律であった。この法律によって麻から作られた薬や紙、布、燃料などすべてに高額の税金がかけられることになり、麻は市場から抹殺されていったのである。

   しかしコストや利便性において非常に優れた麻に、石油産業が打ち勝つことは容易ではなく、そのために高額の税金だけでなく、取り扱いを規制するという二重の圧力がかけられた。その甲斐あって麻製品は衰退し、石油産業だけでなく、製紙、繊維産業も大きな利益を得ることになった。今まで麻で作られていた医薬品や布、紙、燃料などが、石油や木材から作られるようになったからである。

   麻の評判を落とすために用いられた一番強烈なものは、「マリファナを吸うとみんな殺人鬼になる」というプロパガンダ(過剰宣伝)であった。麻が人間の精神に及ぼす影響は本来極めて穏やかなものであるが、凶悪な殺人事件が起きると、殺人者がマリファナを吸っていたと強調され、マリファナは人格を破壊する危険な麻薬として、マスコミで大々的に報道された。しかし当時のアメリカ国民は、マリファナがただの麻に過ぎないことを知っていた。また医療関係者も麻に麻薬のような習慣性がないことを知っていたが、法律が作られてからは徹底的な取り締まりが行なわれ、麻から作られた薬を処方した医師や、麻を研究した科学者も犯罪者として扱われるようになった。麻の薬を服用していた患者や医師ともども刑務所に送られたのであった。

   その結果、数世紀にわたって得られた大麻の研究成果のすべては捨て去られてしまった。大手新聞はわずかに残った麻の研究者の存在さえも、「麻薬を広める詐欺師」と表現し、汚名を着せることで社会から完全に葬り去ってしまった。日本では戦後、アメリカ占領軍の指導のもとに昭和23年に「大麻取締法」が施行され、大麻の栽培が禁止された。しかし日本のこの法律には規定された目的がない。おそらくアメリカの指示に従っただけであろう。

   このようにして、エコで安全で捨てるところのない有用植物である麻は、我々の手から奪い去られてしまった。麻こそが人間の健康を守り、地球環境を守る道であったのだ。それもすべては、お金と石油を支配する国際銀行家の利益のためである。


         book 「マスコミとお金人の幸せをこうして食べている」 THINKER著
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                        抜粋

明治維新はロスチャイルドが仕組んだ

   お金の流れから世界の近代史を見てみると、大きな出来事がすべて一本の糸でつながっていることがわかる。歴史の複雑さの謎が解けるのだ。我々が学校教育で習った歴史や一般常識の歴史には、国際銀行家とお金の存在がそっくり丸ごと抜け落ちている。そして出てくる登場人物は全て政治家や軍人だけである。その歴史観を車にたとえるなら、自動車の外観だけを見て、車の全てを判断しているようなものなのだ。我々が見ているのは車の外観だけで、歴史も同じなのだ。戦争がどのように作られるのかといえば、その原動力はお金である。そしてそのお金がどこから誰によってもたらされたのかを知ることなしに、本当の意味で歴史を理解することはできない。

   国際銀行家のお金が日本に影響を与え始めるのは、幕末からである。
   あの伊藤博文や坂本竜馬も、ロスチャイルド一族とつながっていた人物であった。ロスチャイルドやロックフェラーの名前は教科書には出てこないが、実は歴史の背後には常に彼らの存在があったのだ。江戸時代、長い間鎖国していた日本は、明治に入ると西洋文明を取り入れ、一気に近代化へ向けて加速して行った。その裏には何があったのだろうか。

   一般的な通説では、明治維新の一大事業を成し遂げたのは、薩摩藩や長州藩、それに土佐藩など地方の下級武士であったとされている。代表的な人物には、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)などがいる。ほかにも、テレビドラマ化されて再三登場する坂本竜馬などがいた。そして、彼らの背後にいたのが、ロスチャイルド一族の使用人であるイギリス人の、トーマス・グラバーという武器商人であった。この人物こそが、明治維新のキーマンである。

   グラバーは、イギリスのロスチャイルド一族の貿易会社マセソン商会の社員として中国の上海に来た後、日本の長崎にやって来た。そこでマセソン商会の日本支社であるグラバー商会を立ち上げ、幕末の混乱を利用して薩摩藩や土佐藩などの倒幕側に武器や弾薬を提供した。そして坂本竜馬もグラバーから約7000丁のライフルを売ってもらい、それを薩摩藩名義で長州藩へ横流しすることで、薩長同盟を成功させたのである。つまり竜馬も、幕府を倒したいグラバーの計画通りに動かされていたのだ。これを示すグラバーの言葉が残されている。

   「徳川幕府の反逆人の中で、自分が最大の反逆人だったと思う。」
   「このグラバーが日本のために一番役に立ったと思うことは、私がハリー・パークス(イギリス公使)と薩摩・長州の間にあった壁をぶち壊してやったことです。」

   こうしてグラバーがイギリスのロスチャイルド家のために働く一方で、フランスのロスチャイルド一族は、江戸幕府を支援していた。このように日本の幕末から明治初期の動乱の間、ロスチャイルド一族は、幕府側と倒幕側の両方に武器を提供して大儲けしたのである。つまりどちらが勝っても彼らが利益を手にし、支配権を握るような仕組みであった。これこそがヨーロッパで彼らが実践し、今もなお活用している手段である。表向きにはイギリスとフランスは、日本の支配権争いで対立しているように見えていたが、これがロスチャイルド一族のやり方であって、彼らは国を超えてつながっていたのだ。しかしそのことは、幕府側にも倒幕側にもわかるはずはなかった。

   また日本の初代内閣総理大臣の伊藤博文は若いときに、長州藩の仲間と一緒にイギリスに留学している。そしてイギリスのロスチャイルド家当主やそれにつながる人たちのお世話になっている。この若者たちは5人いたので「長州ファイブ」と呼ばれたが、イギリス側からは「マセソン・ボーイズ」と呼ばれていた。それは彼らの世話をしていたのが、ロスチャイルド一族に仕え、グラバーのボスでもあったマセソン商会社長のヒュー・マセソンだったからである。

   日本人から見れば後に天下の宰相になるにしても、彼らはまだ20歳そこそこの少年たちに過ぎなかった。伊藤博文をはじめとする5人の長州藩の若者は、いずれも後に明治新政府で要職に就くことになる。ほかにも15名の薩摩藩士の若者たちがイギリスに留学している。そして彼らは政治家になった後に、恩を受けたロスチャイルド一族の要求に沿った制度改革を実行に移していくことになる。

   こうしてイギリス人の存在も含めて明治維新を見直すと、それはロスチャイルド一族とその配下のイギリス人たちが、日本の下級武士たちに起こさせたクーデター(倒幕)であったことが見えてくる。その後、イギリス勢は下級武士と協力し、明治維新と呼ばれる数々の構造改革を行ない、日本を間接支配していくのである。


        book 「マスコミとお金はこうして人の幸せを食べている」 THINKER著
                      徳間書店6次元文庫

                          抜粋


日本のマスコミはアメリカ政府に属している

   テレビといえば、現代の多くの人々にとってはもっとも身近なマスコミであるだろう。
   インターネットが普及したとはいえ、いまだに大きな力を握っている。日本発の民放である日本テレビの創設は、「日本のテレビ放送の父」と言われる正力松太郎の功績とされている。しかしこれは史実の一つの側面に過ぎない。

   2000年に、「日本帝国政府情報公開法」がアメリカで制定され、これまで機密扱いとされてきた過去の重要書類が一般公開された。そのとき早稲田大学教授の有馬哲生氏が渡米し、米国立公文書館に眠っていた474ページにも及ぶ機密ファイルを調査した。そして驚くことにそこには、元警察官僚で大物政治家の正力松太郎が、テレビを通じて親米世論を形成するために、アメリカ政府の諜報機関であるCIAと協力関係にあったことが明記されていた。その内容は、有馬教授の著書『原発・正力・CIA』、『日本テレビとCIA』に詳しく書かれている。

   有馬教授の調査をもとに、日本におけるテレビの歴史を以下に紹介する。
   敗戦後、武装した米軍兵士が各地に駐留して治安の維持を確保していた。それは現在のアフガニスタンやイラクの状態と同じである。それが連合国総司令部、つまりGHQ統治と呼ばれるものだ。そして昭和27年にGHQが撤退した後は、それに代わりCIAなどのアメリカ政府の情報機関が対日政策の主導権を握るようになった。これらの情報機関によって日本支配計画として導入されたのが、日本におけるテレビ放送であった。

   このために、日本のテレビシステムはすべてアメリカのものがそのまま流用され、当時のテレビ番組にも、アメリカが日本人にとって憧れの的になるようなものが意図的に放映されたのであった。それが野球やプロレス、西部劇などである。その目的とは、進駐軍が撤退した後も日本国民が親米感情を持ち続けるようにと、日本国民をコントロールするためにほかならない。つまりアメリカ政府の日本支配の方法が、武力によるものから洗脳へと変わり、銃を持った米兵がテレビに代わったのだ。

   つまりテレビは、アメリカ政府の「日本国民の遠隔支配装置」なのだ。
   そしてアメリカ政府の背後には、ロックフェラー一族の存在がある。つまり大きな視点から見るならば、国際銀行家が日本のマスコミの支配者であることがわかるのだ。

   また日本の通信社の歴史をたどってみると、戦時中をのぞき、世界情勢に関するニュースの配信をロイターやAP、AFPなどの欧米の通信社に依存してきたことがわかる。情報の入手を相手に依存するということは、相手のいいように情報が操作されてしまうことでもある。明治時代には国内にも多くの新聞社と通信社が乱立したが、政府による繰り返される言論弾圧で潰され、政府追従の大手の新聞社だけが残った。しかしその新聞社と通信社もアメリカ側から圧力を受け、AP通信に倣(なら)って合併が行なわれ、日本人が知らないうちに情報の一本化に仕向けられていった。そしてこれがそのまま、戦時体制下の日本の通信社の基礎となったのだ。

   つまり日本を英米と戦争させるために、英米人の手によって日本の情報社会が計画的に整備されたのである。その後、戦時中の大手マスコミは軍部の言論統制に協力し、国民を無駄な死へと追い込んだ。戦後もマスコミの人間たちは戦犯として裁かれることもなく、以前の持ち場に復帰して、日本のマスコミ界を支配した。仕える主人が日本軍からアメリカ政府に代わっただけで、同じ企業と人脈が現在も日本のマスコミの上層部に居座っている。彼らは戦争時にはその本性を現すが、平時には、国民にお笑いやスポーツなどの娯楽を提供して人々の知性を貶(おとし)める。

   太平洋戦争の前年、政府は近所の人々の非国民的な振る舞いを互いに監視させ合うために「隣組」(となりぐみ)という制度を作った。それは5軒から10軒が1組で、ご近所同士が助け合って親しくしましょうという触れ込みで、「隣組」の歌まで作って流行らせた。「とんとんとんからりんと隣組~」という明るい調子の歌詞だ。この曲は戦後、テレビ番組の「ドリフの大爆笑」のオープニング曲として歌詞を変えて再流行した。この番組では国民的笑いの創造のために、笑いの同調と増幅効果を狙った「ラフトラック」と呼ばれる音響技術がアメリカから導入された。これは人工的な笑い声や拍手を挿入するものである。これを作った制作会社は国内の政財界と強力なコネクションを持ち、英米の財閥ともつながりを持つ。この曲は幾度となくテレビCMに使われ、最近でも耳にする。音楽や娯楽を通じ、国民の政治的関心を明るい平和ボケへと誘導することも、マスコミの仕事の一つなのだ。

   マスコミの成り立ちを知らされていない我々は、マスコミに疑いの目を向けながらも大方のところでは好意を持って信用している。大手マスコミ各社は民間の一企業に過ぎないにもかかわらず、彼らは「客観・公平・中立」を掲げながら、毎日偏向した報道を流す。我々はその風潮に完全に慣らされてしまい、それがいかに異常なことであるかに気づく力を失ってしまった。歴史を見てもわかるように、通信社はもともと投資家や国家のために設立された情報機関であり、大手マスコミが設立された目的は世論誘導と営利追求である。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、マスコミや通信社とは、国民の利益のために作られたものではないのである。そして、テレビはその最たるものである。

   善良な市民として、テレビや新聞にもまだジャーナリズムの正義があると思いたい心情は、少なからずあるだろう。しかしマスコミの歴史を知れば、そこには「客観・公平・中立」な報道が存在したことは一度もなく、初めから幻想であったことに気づかされる。「いくら政府やスポンサーに頭が上がらないとしても、ニュースくらいは事実を伝えるだろう」と思う人も多いだろう。しかし、世論を操作する側の立場からすれば、ニュースこそがもっとも操作に利用したいものなのだ。

   日本が占領統治されていた当時のアメリカ政府内の心理戦局文書には、次のように書かれている。「ニュース素材の提供は、いかにも作為的に行なわれていると、日本人が気づかないように細心の注意を払って行なわれなければならない。」最後の部分の「日本人に気づかれないように細心の注意を払って」とあるが、ここから読み取れるものは、それは我々にすぐばれてしまうような単純なものではなく、かなり手の込んだテクニックが使われていることである。そこには日本人の心理を知り尽くしたうえで、ニュース構成と世論誘導が行なわれているのだ。

 マスコミ報道の常套手段
   「叩き」  
マスコミを所有している国際銀行家(ロックフェラーやロスチャイルドたち)にとって、戦略やビジネスの展開に都合の悪い人物や企業、商品を事故やスキャンダル報道などでイメージを傷つけ、社会的信用を失墜させる手法のこと。

   このパターンには、「ミラーマン」の汚名を着せられた経済学者の植草一秀教授の例が当てはまる。彼が国策逮捕されたのは、郵政民営化の裏側の情報を伝える彼の本が出版される直前であった。当時の日本の郵便局は国営であったので、海外では資産運用ができなかった。そこで、アメリカ政府は日本人の郵便貯金を手に入れるために小泉首相と竹中大臣に働きかけ、郵便局を民営化することを計画した。つまり株式会社にしてしまうことで、海外での資産運用という形で資産を奪い取ることができるからである。そして、300兆円を超える国民の貯金は民営化後にアメリカ国債やヨーロッパの外債の購入に充てられることになった。その大元は国際銀行家だから、郵便局をいったん民営化することでそれができるのである。その危険性を訴えようとしたのが植草氏であり、アメリカ政府とそれに追従する日本政府の権力中枢にとって、彼は目の上のたんこぶの邪魔者であったのだ。

   現在では、郵政民営化の真相や植草氏の冤罪(えんざい・政府による国策逮捕)を知る人も多いが、何も知らない世間一般の人々の見方は、いまだにただの痴漢事件である。アメリカ政府と日本の権力中枢とマスコミが結託した「叩き」は多くある。アメリカ政府と結びついた検察(検察は戦後米国進駐軍によって作られた組織)の捜査の可視化に手をつけようとした小沢一郎氏や、ロシアと独自のパイプを築き始めた鈴木宗男氏が「政治と金」の問題で叩かれるのも、アメリカ政府の手先として動くマスコミの仕事であり、彼らマスコミは「正義」とは無縁なのである。

   さらに政治以外の分野においても、欧米の国際銀行家たちの大きな医療利権にとって好ましくない自然療法や、ワクチン接種に反対するホメオパシー療法なども、指示によって動くマスコミの標的の一つになっている。その一方で、アメリカ政府の要求に協力した小泉氏や竹中氏のような政治家や、大手製薬会社がどんなに汚いことをしてもマスコミに叩かれることはない。彼らがアメリカ側の命令を裏切ったり、大きな集団訴訟でも起きれば話は別だ。マスコミで悪者にされる人物や団体の裏側には、マスコミが社会に知られては困ると考える多くの真実が隠されているのだ。

   「逸(そ)らし」  何か重要な事件の存在を国民の目から隠すために、他のどうでもいいニュースを大々的に取り上げて、視聴者の注意や関心をそらしたり、論点をすり替えて報道する手法である。

   このパターンの代表的な例は、国連がよく使う「平和運動」や「環境保護」関連のニュースがある。広島の平和祈念のときには、毎年「核のない世界」などの軍縮のニュースがアピールされ、古い核ミサイルなどが廃棄される裏側で、弾道ミサイル防衛構想など新型兵器のビジネスが推進されている。他にも国民の反対を受けそうな法案や予算が国会で審議されるときには、政治的関心から国民の注意をそらすために、芸能人の麻薬であるとか、愛人、離婚、暴力騒動、また相撲界の八百長問題など、ありとあらゆるニュースが公共の電波を占拠する。

   「宣伝」  ニュースに見せかけて、スポンサーの商品を視聴者の潜在意識に刷り込む手法である。

   近年特に頻繁に見られるのが、インフルエンザや風邪などの感染症が流行しているというニュースである。これらのニュースは一般的なCMよりも効果的だ。視聴者は無意識のうちにスポンサーである製薬会社のワクチンや風邪薬、石鹸会社の抗菌製品や消毒薬を買うように仕向けられる。その伏線として、ある病気が流行する前から、「00病流行の兆し」として、自然発生するはずのない感染症の流行が予告され、わずかな症例が全国規模のニュースで流される。時には、対応が遅いとして、各種行政機関や医療機関を叩くことまで平気でやってのける。これらは国民の安全を守っているとして行なわれるために、何かの意図があってやっていると疑う人はまずいない。(略) 

   

        book 「マスコミとお金は人の幸せをこうして食べている」 THINKER著 
                      徳間書店5次元文庫

                           抜粋


邪悪な邪馬台国と卑しい卑弥呼は誰の創作か

     日本人が誇れることを載せない歴史教科書
   
国内の中学で使用されている歴史教科書がどのように日本の成り立ちを説明しているかを、東京書籍の『新編 新しい社会 歴史』を例にとって示すことにしたい。同教科書は、日本の中学校のおよそ半数が採用しているもので、もっとも普及している中学の歴史教科書である。

   この教科書では「古代までの日本」という章を掲げ、人類の出現から平安時代の前期までを解説している。まず、同書は歴史の教科書であるはずだが、およそ歴史とは分野の異なる人類の進化について述べ、人類の祖先がいつごろ生まれ、日本人の祖先はどこから来たかという問題に答えようとする。そして日本列島はかつて大陸とつながり、マンモスなどが棲んでいたことや、移り住んで来た人々が石器を作って獲物を捕らえていたこと、また話が世界に飛んで、人類が土器と磨製石器を作り始めて新石器時代に入り、次に世界の文明の発生にふれて、文明の一つとして中国文明を紹介した後、再び日本の話題に戻り、日本の縄文文化の解説が始まる。

   ところでこの教科書では、中国文明は世界四大文明の一つとして紹介されているが、エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、中国黄河文明を四大文明として世界文明の祖とする考えは、すでに学問の世界では完全に否定されている。なぜなら考古学的発見により、同じ条件を満たす地域が世界にいくつも発見されたからである。しかも欧米では、四大文明という考え方そのものがこれまでにも存在しない。つまり、世界に通用しない学説を当然のように載せ続けているのが、日本の中学の歴史教科書なのだ。

   これに続く縄文時代の説明はわずか1ページで、日本列島が大陸から離れたこと、縄文土器が作られるようになったことを述べる。しかし青森県の大平山元(おおひらやまもと)1遺跡出土の縄文土器が、世界最古級の土器であるという説明はない。また世界最古の磨製石器が日本から出土したことも記載されてはいない。これらのことは日本人なら誰でも誇りに思えるような事柄だが、教科書にはそのような記述は載せてはいけない暗黙のルールがあるかのようにさえ思える。続けて同教科書では弥生時代について1ページの紙面に、弥生土器の出現を説明し、出土物の年代測定法を紹介する。これまでの解説は生物学や地質学、考古学などの理系分野の知識を用いて、非常に科学的な説明がなされてきたことを覚えておいてほしい。

     邪馬台国の強調に見られる歴史歪曲の意図
   
そしてついに、日本列島に国が誕生する話になり、日本列島に小さな国々が百あまりも成立し、中国に朝貢(ちょうこう)する国もあったと中国の歴史書を引用して説明する。そしてようやく教科書の本文に、最初の日本人の固有名詞が登場する。それは「魏志」倭人伝を引用して女王卑弥呼と邪馬台国について語られているのだが、これではまるで、卑弥呼こそ日本建国の象徴であるかのような印象を受ける。しかも卑弥呼や邪馬台国の記述は日本側の記録には一切見つけることができず、それらの記述は中国の書物の、それもたった一ヶ所に書かれているだけである。また邪馬台国との関係が特定できる出土物も一つも発見されてはいない。それだけでなく邪馬台国に関しても、中国の歴史書の記述通りに行こうとすると、海の上にたどり着いてしまうといういい加減なもので、『魏志』の記事がそのまま史実であると捉えるべきではない。

   この「邪馬台国」「卑弥呼」という表現は、中華思想では周囲の民族を軽蔑する思想に基づくものである。「邪」は「邪悪」、「卑」は卑しい」という意味で用いられる悪い意味を持つ漢字であり、中国王朝は日本人を蔑(さげす)んで、「魏志」においてこれをわざわざ使用している。邪馬台国は「やまとこく」(大和朝廷)であるとの主張もあるが、もし発音が近かったとしても、邪馬台国と「やまとこく」を関係づける証拠は何一つない。もし邪馬台国がヤマト王権の母胎であるなら、日本人の立場としては「邪馬台国」ではなく「大和国」と表記すべきである。

   それどころか後に記すように、ヤマト王権の成立は三世紀前期に、奈良県の三輪山のふもとに巨大古墳が造営されたときに見ることができる。ヤマト王権が大和朝廷の母胎であることは疑う余地がない。そして、魏志倭人伝が記す邪馬台国は三世紀の記事である。すなわちもし中国の資料が正しければ、ヤマト王権と邪馬台国は同時に存在していたことになる。したがって可能性としては、邪馬台国がヤマト王権であるか、あるいはそうではないか、この二通りしか想定することができない。もし前者であれば、邪馬台国はヤマト王権のことであり、国名として表記するならやはり「大和国」とするべきであり、もし後者であれば、邪馬台国はいずれかの段階で滅ぼされた一地方政権に過ぎないので、どちらにしても日本の国史にとってあまり影響はない。

   しかも、邪馬台国が統一王権の基礎となったことを示す根拠はどこにもないのであるから、日本建国の歴史を、邪馬台国を軸にして語るのはもっとも不適切というしかない。それこそ注釈に、「中国の歴史書にはこのような記述もある」と小さく紹介すれば十分なことである。卑弥呼と邪馬台国を用いて国の成り立ちを語ろうとするところに、政治的意図が見える。

   いよいよ本教科書は、日本国の起源である大和朝廷成立を説明する。
   しかしなぜか本文では、「大和政権」の語が用いられており、「政権」には「交代するもの」という印象があるので、あえて「朝廷」ではなく「政権」の語を用いることで、現在の日本国と大和朝廷との繋がりをうやむやにわからなくさせる意図があるものと思われる。本文は、「3世紀後半になると、奈良盆地を中心とする地域に強力な勢力(大和政権)が生まれ、前方後円墳をはじめとする大きな墓(古墳)がつくられるようになりました。」と記す。これこそが、大和朝廷が一定の勢力を持つようになったことを意味する部分であるが、現在の日本国である国家が成立したという趣(おもむき)は、この文章からは微塵(みじん)も感じることはできない。しかも、大和政権は王が率いていると説明はされるが、その王の名が紹介されないばかりか、どのように王権が成立したのかについては、まったくふれられてはいないのだ。

     古墳時代から飛鳥時代への不自然なつながり
   続けて同教科書は、前方後円墳が各地に造られるようになり、大和政権の支配領地が広がったことを述べる。そしてここで、「国のおこりについての神話や伝承も、次第に形づくられていきました。」と記し、注釈が示すページを参照すると、そこには奈良時代に「日本の国家のおこりや、天皇が国を治めるいわれを確かめようとする動きが興りました」という説明の後に、『古事記』と『日本書紀』の名が登場するのだ。だがこの記述と記載の仕方では、どうしても後世になって神話的に『古事記』と『日本書記』が創作されたかのような印象を持たざるをえないのだ。

   詳しくは第2章で述べるが、記紀(古事記と日本書紀)は長年にわたり、口伝により継承されてきた言い伝えを記した歴史書であって、後世の創作ではないので、この教科書の表現は不適切というほかない。ここにも記紀(古事記と日本書紀)を封印しようとする政治的な意図を感じるのだ。

   次に中国、朝鮮との交流、そして多くの渡来人が日本に渡り、さまざまな技術を伝えたことがていねいに記述されている。そして大和政権の王は、5世紀には九州から東北地方南部にまたがる地域の豪族を従えて「大王(おおきみ)」と呼ばれるようになり、中国にたびたび朝貢し、その当時の大王は「倭の五王」と呼ばれていたと説明が続く。ここで大きな違和感を覚えるのは、「倭」という文字の使い方である。「倭」とは、中華思想を持つ中国皇帝が「おちびちゃん」という表現で、日本を蔑む意味をもって使った字と考えられるもので、それを日本人が自ら「倭」と称することはなかろう。しかも「倭の五王」というのは中国の歴史書における表現であり、日本では用いてはいないものだ。

   それから教科書の欄外に、稲荷山古墳出土鉄剣刀に記されている「獲加多支鹵大王」(わかたけるだいおう)の文字は紹介されているものの、それが雄略天皇を意味することは書かれていない。それどころか、その大王は倭の五王の一人である「武」と同一人物と考えられていると解説がついている。写真まで掲載しておきながら、なぜその人物の日本における呼称を記載せずに、中国の文献上の呼称だけを記載するのか理解に苦しむ。どうやら古墳時代の天皇には一切ふれたくないようで、皇室が日本の歴史の中核であり続けたことを、極力隠そうとしているように思えてならないのだ。


       book 「日本人はなぜ日本のことを知らないのか」 竹田恒康著 PHP新書

                           抜粋



      

世界最古の国 日本

   「建国記念日はなぜ2月11日なのか」、「日本はいつどのようにできたのか」 
   世界中のどの国の国民でも知っている自分の国の成り立ちを、多くの日本人は答えられない。初代天皇の存在は隠され、『古事記』や『日本書記』は非科学的であるとして封印される。何よりも、日本が現存する世界最古の国家である事実を、学校教育では教えない。それはまるで日本人に誇りを持たせたくないかのような歪んだ歴史教育なのだ。日本は戦争もなく統一を果たし、中国から独立を守り抜いたその奇跡の歩みをひも解こう。世界で一番人気のある国日本を、我々自身が愛せるようになるために。

   学校教育で建国の歴史を教えない国は、世界中で日本だけではないだろうか。
   わが国は現存する国の中で、世界最古の国家である。日本人ならこの事実を素直に喜び、誇りに思えるこの重大な事実をなぜ日本人は知らないのか。日本が最古の国であることを知ったとき、私は心から感動し、日本はすごい国なんだ、と思った。それなのになぜ、日本人に誇りを持たせるはずの、これほどのすごい重要な歴史を教えないのだろうか。それは非常に不自然なことである。

   日本国民の意識から「建国」が完全に抜け落ちてしまった結果、現代の日本人は建国精神を忘れ、民族の誇りを忘れ、日本人の気質を失ってしまったように見える。そしてその結果現在の日本は、建国記念の日に建国を祝う国民がほとんどいないという、世界的に見ても極めて異常な状況にあるのだ。日本国が存在することのありがたさを、日本人はまったく実感していない。これは国家・民族の危機ではないだろうか。戦後の教育が行なってきた大きな過ちは、国を滅亡させる力を発揮し得るのだ。

   現代の日本人があまりにも国の歴史に無知であることは、現代日本社会の歪みをそのまま表しているように思えてならない。我が国は先の第二次世界大戦の終末以来、日本人としての誇りを持つことを禁止されてしまったように見える。自分の国と民族に誇りが持てなくなったら、その民族は滅びるに違いない。

   世界には190を超える国が現存するが、その中で世界最古の国家が日本であることはほとんど知られていない。このことは戦前までは誰もが共有していた事実であったが、戦後になって国民の記憶の中から抹消されてしまった。世界の歴史は王朝の交代する歴史であり、世界史の年表を眺めると、国家というものは数十年、あるいは百年程度で成立と滅亡を繰り返していることがわかる。人類史上でも、400年以上にわたって国を守りきれたのは数えるほどしか例がない。

   ところがその中で日本だけが古代から続く王朝を守り、今も存在しているのである。
   そして我が国の建国よりも前にあった王朝はいずれも滅び、今は存在しない。では日本の建国はいつなのか。正式な歴史書である正史『日本書記』によると、初代神武天皇の橿原宮(かしはらのみや・奈良県橿原市)において行なわれた即位が我が国の建国であり、それが紀元前660年なので、今から約2700年前に相当する。しかしアカデミズムの考古学界からは、これに対して根強い批判がある。『日本書記』には神話的要素が強く、特に建国に関する記述には信憑(しんびょう)性が乏しく、認められないというのである。

   しかし3世紀前期に、奈良の三輪山(みわさん)のふもとにある纏向(まきむく)遺跡に、前方後円墳が作られたころがヤマト王権の成立を示しており、それがやがて日本列島の大部分を統治する大和朝廷となり、以来現在に至るまで王朝の交代がないことは、考古学界でも共通した認識になっている。このことからも日本の建国は、考古学の立場から考察し、もっとも短く見積もっても1800年前であり、いずれにしても我が国は現存する最古の国家であることに違いはない。しかし瞬時に大和朝廷が立ち上がるとは考えにくいので、それにつながるさまざまな小国家がそれよりも前にあったはずなので、弥生時代の緩やかな時間の流れを考慮すると、1800年に数百年上乗せした歴史があると考えるのが自然である。そうすると我が国の建国はおよそ2000年か、それ以上と考えても大きく外れてはいない。

   日本の国の歴史の長さは、他国と比較すると理解しやすい。
   現存する国家の中で、日本に次いで二番目に長い歴史を持つのがデンマークである。10世紀前半に海賊たちを統合した初代国王ゴイムが建国したと言われ、現在の国王はゴイムの子孫とされる。しかしそれでもその歴史は千数十年で、日本の半分程度に過ぎない。次いで三番目がイギリスで、初代国王ウィリアム1世によるブリテン島征服が1066年である。ところで国連常任理事国はイギリスを除いてどの国も歴史が浅い。アメリカは1776年、フランスは1789年、中国は1949年、ロシアは1991年が建国の年である。日本国が2000年以上の間、王朝を守ってきたことは、人類史上奇跡といっても過言ではないのだ。

   私は慶應大学の大学院で憲法の授業をしているが、学生たちに「日本はいつどのようにしてできたのか」と問うても、応えられる学生はほとんどいない。大学院でもその状態であるから、ましてや全国の大学生や高校生も知らないと考えられる。この状況は国家の存亡に関わる、極めて重大な危機と考えるべきだろう。この事態を外国に置き換えてみると日本の異常さがわかる。たとえばアメリカの教育を受けていながらアメリカの独立戦争を知らず、初代のジョージ・ワシントン大統領を知らないアメリカ人がいるだろうか。同じようにフランス革命について語れないフランス人や、毛沢東を知らない中国人がいたら「もぐり」だろう。

   国民が建国の歴史を知っていることは、何も国が新しいからとは限らない。
   日本についで古いデンマークやイギリスでも、国民は建国の歴史を雄弁に語ることができる。初代国王ゴイムを知らないデンマーク人や、初代国王ウィリアム一世を知らないイギリス人がいるはずがない。このように国民が国家・民族の歴史を熟知しているのは、国が力を入れて教育しているからにほかならない。どの国も自国の歴史は、建国から丁寧に子供たちに教え込んでいるのだ。だからその国の子供は自国の歴史を知り、外国人にも説明することができるのである。

   同じように日本でも、義務教育の現場では歴史を教えている。
   中学校の社会科には歴史の科目があり、日本の子供たちは確かに日本の歴史を勉強しているはずである。ところがそうであるのになぜ、日本の若者は建国の歴史を知らないのか。その答えは、中学で使われている歴史の教科書の中身にある。実はなんと、中学の歴史の教科書には、どこにも我が国の建国の経緯が書かれていないのだ。それどころか初代の神武天皇も紹介されていないばかりか、天皇とは何かについてのひと言の説明もされていない。これでは子供たちが、日本はいつどのようにしてできたのか、あるいは日本はどのような国なのか分かるはずがないのだ。


      book 「日本人はなぜ日本のことを知らないのか」 竹田恒泰著 PHP新書

                          抜粋



         

自分の注意が向くところにエネルギーが流れる

   瞑想というものは、遥か昔の太古の時代から人々の生活に浸透していたものである。それは古くから実践されてきたものの一つであったが、過去において大きな力を持つようになったキリスト教が瞑想を非難するようになったために、あらためて人類に紹介される必要があった。瞑想はキリスト教によって、異教の教えやオカルト的な使用と関連付けられて排斥されてきた。しかし実際には、瞑想とは内なる自己に焦点を合わせ、物理的な世界を離れて、他の広い世界を眺めるために利用されるものなのである。

   瞑想とは、あらゆるものに生命を与えているエネルギーの源に自分の波長を合わせて、その存在の一部となり、自らのエネルギーをコントロールするための手段である。我々は、人類を操作して偽りを信じさせようとしている者たちの犠牲者ではなく、自分の運命の創造者となることができる。なぜなら魂は、唯一いかなる場合、いかなる人生においてもあらゆる出来事に対する自由意志を持っているからである。創造主から与えられた自由意志とともに生きるとき、自分を取り巻く周囲の状況の犠牲者になることなく、自分の運命の支配者になるのだ。

   あなたは自分自身を癒す力を持つ、神聖な存在であることを知らなければならない。
   他の人たちを癒すことよりも、自分自身を癒すことが何よりも良いことである。我々は常に他人を愛し、必要な助けを与えるべきであるが、常に心に留めておかねばならないことは、他人を癒すエネルギーは我々の一部ではあるが、我々自身が癒しを行なうのではないということである。これを自分の功績にしようとするエゴがある場合は、それは神聖なエネルギー源を操作しようとする危険な行ないとなる。

   宇宙万物を生かしながら流れるエネルギーとは、至高の創造主、あるいは神と呼ばれる存在である。我々は、例外なくすべてのものが創造主の一部を成す魂であり、その創造物である。我々のすべては聖なるものとして誕生し、誰もが存在目的を持っている。我々が物理的な世界に送られるのは、魂がそこでできる限りの体験や学習をするためである。自分がどこから来たのか、あるいは自分が魂の存在であることをまだ分かっていない状態から、少しずつ段階的に理解を増しながら、やがては我々自身が創造する者になっていく。我々自身が自らの運命を創造するようになるのだ。

   我々は多くの輪廻転生を経験する者である。
   我々は物理的な世界に生まれる前に自らの人生を選択し、生まれてからはその人生において悪戦苦闘しながら、多くの時間をかけて自分が学ぶべきことを習得していく。そしてどんな出来事が起ころうともそれを克服していこうとするようになれば、学習はさらに加速され、自分自身とその人生についての理解をさらに深めていくようになる。

   自分がどのようなことに注意を向けているかを知ることが大事である。
   なぜなら我々はエネルギーであるので、あなたが関心を向けるところにあなたのエネルギーが流れることを忘れてはいけない。あなたの心を乱す物事や、情緒的なストレスを引き起こすものに焦点を合わせると、あなた自身にもそれを引き寄せることになるので、建設的ないい体験にのみ焦点を合わせることが大切だ。病気であれ争いであれ、あなたが心配して注意を向けると、そこにあなたの力を与えることになり、その出来事をますます大きくしたり、新たに発生させてしまうことにもなるのだ。

   戦争が起きている地域には常にプラスの思考を送ることだ。
   いつも善意が勝つことを理解し、暗い運命や否定的な状況を考えたり、予測したりしないことである。自分自身のことについても同じことだ。自分をイライラさせる何かに注意を向けると、それがさらに悪化することに気づくはずだ。しかし意図的に自分の意識や関心を別のものに逸らせることができれば、それに煩(わずら)わされずにすむ。そのように自分の意識とエネルギーを、建設的で肯定的な方向にコントロールすることができる。そのようにすることで自分のエネルギーを、自分と他人のより良い世界を創造する一翼を担うために使うのだ。

   我々金星人はあなた方地球人とは異なり、あなた方が死と呼ぶものを、ある存在状況から別のものへの移行、あるいは上層世界への次元上昇と捉えている。だから我々にとって、死とは喜びに満ちた出来事で、より制限の少ない世界へ旅立つ一種の卒業のようなものである。さらに地球人と我々が違うのは、金星人たちは前もって自分の運命を知っており、今までいた場所を去るときにはすでに準備ができているのだ。

   アストラル界に住む金星人は、物理的な世界に生きる地球人のように、老化のプロセスを経ることはない。我々が物理的な世界に肉体を持って顕現するときには、地球時間にして約500年の寿命を持つが、金星では5、6千年の寿命を持つ。しかし地球における作られた時間の概念を克服するなら、それはあなた方が思うほど長いものではない。魂は不滅であって、我々の誰もが実際には永遠に生きるのであれば、数千年が何だというのだろうか!

   このように我々の時間の概念は、死の概念と同様に、地球のものとは異なっている。
   死による移行によって変わるのは次に自分が存在する場所だけで、それを決めるのは直近の人生において自分が何を学んできたかによる。だから、あなたがまだ学んでいないことは何であるか、そして既に学び達成したことは何であるかによって、魂であるあなたは次に行くべきところを決めるのだ。我々は誰もが魂として真に独立した個人なので、宇宙における多くの領域の、どの宇宙の、どの惑星に移行するのかは、それぞれの魂によって異なるのである。

   我々金星人は、死ぬ、亡くなるということを、何か悲しいことと捉えたり、それによって喪失感を覚えたりはしない。なぜなら誰も亡くなる人はおらず、去り行く魂たちは存在し続けるのであり、我々の関係は生まれ変わるごとに変わっていくだけなのだ。あなた方がこれらのことを理解して受け入れるならば、人間同士やペットたち、またあらゆる物事に対して執着を持たないようにすることが容易になってくる。我々金星人は、自分たちは何も所有してはいないのだということを知っている。ただ必要とするものを一時的に使うだけであり、あらゆる存在あらゆる物は、ただ至高の一なる存在に属するものなのだ。結局のところ自分の魂だけが自分のすべてであり、それだけが自分でコントロールできる唯一のものなのだ。



          金星人オムネク
         book 「地球を救う愛のメッセージ」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋


    

         

世界には善悪ではなく「無知」だけがある

   私たちの誰もが、さまざまな生命形態を経験してきている。
   あらゆる生命がそうであるとするならば、万物に対してさらなる深い思いやりと愛情を持たずにはいられないはずである。どんな魂をも受け入れて、悪戦苦闘しながら生きている存在たちすべてに、敬意を払わずにはいられないはずなのだ。そして受け取った情報に混乱させられ、方向を見失ってさまよっている人々を助けずにはいられないはずである。また、無知のゆえに他人に酷い不正を働いている者たちに対しても、彼らよりも多くを知っている者として、知性を分かち合って助けることは我々の義務でもある。

   知性というものは、それを得た者は後にそれをどう生かしていくかという責任を伴うものであることを、理解しなければならない。より知性を得た者は、より良くなるべきなのだ。この世界にあるのは善悪ではなく、あるのは「無知」だけである。しかし知性は優越感を伴うものではなく、精神を啓(ひら)くものであり、何が真実で正しいことであるかを教えてくれる至高の創造主に感謝をすることである。それが、魂として存在している真実のあなたの姿なのだ。

   至高なる神性には、7つの基本法則と7つの聖なる法則がある。

   7つの基本法則
 1 自分自身が創造主の一部であることを知る
 2 すべての経験に感謝をする
 3 裁くことなく、すべての存在を受け入れる
 4 自分があらゆる生命形態として存在してきたことを知る
 5 それぞれの人生において、自分の責任を果たす
 6 自分が存在する世界の、自然の法則と社会の法則に従う
 7 同じ訓練を繰り返さないために、過ちから学ぶ

   7つの聖なる法則
 ① 生きているものすべてを愛しなさい
 ② 自分が生きている世界をより良くするために、自分の力を使いなさい
 ③ 知識と知恵を分かち合いなさい
 ④ すべての魂は平等であることを理解しなさい
 ⑤ 決して他人を操作したり、コントロールするために力を使ってはならない
 ⑥ 魂は不滅であり、永遠に生きることを知りなさい
 ⑦ 一なる至高の創造主である存在に、日々感謝しなさい

   
これらの法則は、創造が始まって以来ずっと存在しているものである。
   この至高なる神性の法則を学び、心に留めて、それに従って生きるなら、多くのカルマを克服し、万物と自分との関わりについて広大な視野から見渡せるようになる。これらは人間が作った規則とは異なり、限られた教えや社会組織だけに通用するものではなく、すべての生命を包括する法則なので、いかなる信条をも妨げることはない。

   またこれらの法則は、あなたがいつどこに存在していようとも、あなたの選択と自由を妨げるものではない。だからそれぞれの魂は、自分が選んだ精神的教えや社会の規律を守り続けることもできる。これらの法則は、至高の創造主が我々の存在意義を認めているように、我々もまた他の生命存在を裁くことなく受け入れて、魂という視点から相手を理解しようとする手助けをしてくれるものである。

   我々は自分の人間関係を整え、調和とバランスのとれたものに保てるようになると、他の魂たちに対する執着や束縛も薄れていく。そうなっていくほど、不必要なカルマや戒めを経験する必要がなくなる。なぜなら自分がその関係からまだ学んでいなかったり、責任が取れずにいたりするために、再び同じ体験を繰り返す必要がなくなるからである。

   基本的なカルマというものは、3次元的な物理的世界だけではなく、他のレベルの世界においても同じように蓄積される。これらは魂の発達のために、相互関係の学びにおいて必要なことなのだ。だから基本的なカルマは、我々が目標を達成する学びを助けるために持ち越される。

   不必要なカルマは、基本的なカルマとは異なるものだ。
   それらは過去や現在の人生において、情緒的な状況に対する執着や、人生のサイクルを終えるにあたって、自分で清算する必要性に気づくことなく蓄積してしまったカルマである。どの輪廻転生における生涯であっても、遣り残した務めというものは肉体の消滅とともに消えてしまうものではない。未解決の人間関係は、繰り返し転生することを通して解決せねばならず、生まれ変わる先が物理的世界であるか別のレベルの世界であるかに関係なく、問題解決のために一人、あるいは複数の魂たちと再び出会うことになる。

   一方、カルマには良いカルマというものもあり、それは他人への思いやりや善意の行為のお返しとして受け取るものだ。良いカルマは、情緒的で知性的、物理的な面で他人に捧げられた行為を通して生じる。しかしそれは見返りを求めて行なわれたものではなく、真に無私の行ないであったのだ。その人がある人生の生涯を終えるとき、良いカルマは未来の物理的世界あるいは別の次元の人生において報われ、体験させられることになる。

   良いカルマを作るためには、常に人間関係のバランスを保ち、心や体に傷を与えるような未解決の情況に身を置くことなく、人に対してあらゆる優越感や執着心、利己心を持たず、同じく物などの富に対しても行き過ぎた執着心や利己心を持たずにいることである。なぜなら経験は、自分への恩恵と学習のためにあるのであって、他人を軽蔑したり利用したり、コントロールしたりするためのものではないからだ。

   魂の視点から見るならば、実はネガティブやポジティブというものは本来存在しないのだ。なぜならあらゆる体験は相対的なものであり、魂にバランスをもたらして完成させるためのものだからである。

   人生には多くの苦悩がつきものであるとしても、人は痛ましい体験を通して多くのことを学ぶ。それを通して、そのような状況にある人に同情し理解できるようになる。しかしそうであっても、人は生涯を通じていつまでも犠牲者のままに留まるべきではない。現在の状況から何を学ぶ必要があるのか、何度も繰り返し起こる出来事からどのように逃れたらいいのかについて、問うてみなければならない。何度も発生する問題はカルマ的なものなので、そこから教訓を学ぶ必要があり、そうしない限りは何度も目の前に現れ続けるだろう。

   苦しい環境でもがくことをやめ、貴重なレッスンとして受け入れるようにすれば、人生はもっと容易なものとなる。自分に問いかけなければならない。そしてもはや必要ではないと分かったならば、どのようなものであっても拒絶しなければならない。



         金星人オムネク
         book 「地球を救う愛のメッセージ」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋


自分の現実は思考と感情がつくっている

   フリーエネルギー開発に関わっているある人物が、興味深いことを教えてくれた。
   彼は、フリーエネルギーの技術は「時計回り」の方向に働くことに気づいた。しかし既存の我々が使っている電化製品のほとんどは、「半時計回り」に動くように作られている
というのだ。人間の体のエネルギーポイントであるチャクラは時計回りに働いている。つまり電化製品のエネルギーはチャクラと対立する動きをしているのだ。

   彼はこれを、チャクラの動きを止めて閉じさせ、人間を他の意識界から切り離すことを目的として作られていると考えている。イルミナティはもちろんそういうことをよく知っていて、それも一つの理由でそのために多くの場合殺人によって、フリーエネルギー技術の開発を阻止し、抑圧してきたのである。

   通常の家庭の電気配線は毎秒60サイクルであるが、これは人体に極めて有害であり、脳波の活動に悪影響を及ぼす。ブライアン・デズボローは、内部に電気配線のある壁にベッドをくっつけている人は、病気の症状などが悪化すると言っている。そういう訴えも、ベッドを壁から60センチも離せば症状が消えてしまうことが多い。

   我々はこうした悪い電磁波があふれる海の中で生活しており、それが常に人間の肉体や感情、そして精神的健康に影響を及ぼしているのだ。人類の精神や肉体、感情は信じ難いような攻撃にさらされている。それはブラザーフッド=イルミナティが必死になって、人類全体の意識が飛躍することで、彼らの周波数を超えてしまわないようにしているからである。

   イルミナティが構築した人類の「教育」体系やマスコミなども、人間を「左脳」に閉じ込めておくためのものだ。左脳は物理的な世界観や「合理的」思考、また見たり、触れたり、聞いたり、匂いを嗅いだりすることを扱う領域だ。右脳は直感であって高い次元と結びついている。この領域がユニークな思考や表現に刺激されて、芸術性や創造性が生まれる。

   そして現在の教育システムや、そこから派生してくるマスコミや科学は左脳にのみ語りかけ、右脳思考のスイッチを切るようにできている。だからこそ世界中で芸術的な分野への学校予算が削られ、硬直した左脳にのみ向けられた教科に力が入れられているのだ。「教育」によって脳には情報が詰め込まれるが、その大半は間違っているか、不正確な情報である。溜め込まれた知識は試験用紙の上に吐き出すことだけが要求されており、ロボットのようにそれができれば合格である。


自分の現実は自分の思考と感情がつくっている


   
これから私が言うことはブラザーフッド=イルミナティが、これだけは知らせたくないと封印し続けたがっていることなのだ。それは、我々自身の運命を決めるのは自分であって、ほかの誰でもないと知ることである。気づこうが気がつくまいが、それはこれまでも常にそうであったし、これからもずっとそうなのだ。しかし多くの人々は、それはおかしい、と思うかもしれない。なぜならこれまで私が言ってきたことは、イルミナティによる数千年の世界支配に関することだったからだ。そうなのだ。だがその方法は何であったのかだ。

   それは人類の思考と感情をコントロールすることによってであり、今もそうである。我々はエネルギー体なので、自分がどう考え、どう感じるかで我々の現実の経験が生み出される。しかしもし、他人の力や影響が自分の考えや感情を操作することを許すならば、自分の経験、つまりは運命をも支配させてしまうことになる。しかし、自分で考え自分で感じるという自分の主権を取り戻せば、我々は一瞬にして変わることができるのだ。自分自身の現実を生み出し、自分の運命を決定していくことは、核心においてはごく簡単なことである。一言で言うと、「与えたものが戻ってくる」(送り出したものが戻ってくる)ということだ。

   その方法をこれから述べようと思う。
我々の心や感情は、さまざまな波長を持った数々の周波数と共鳴しており、どの周波数に同調するかは自分の考え方や感じ方によって違ってくる。これは意識している表面的自己だけではなく、潜在意識にも言える。潜在意識とは、自分で向き合いたくない思考や考え方や感情を抑圧して、一時的に放り込んでおく大きな釜のようなものだ。そして、実際には潜在意識という根っこの部分が我々の意識に共鳴しているのであるが、本人は自分がやり過ごしたその感情を意識していないということが起きてくる。

   たとえば子供の頃に抑圧した怒りがあり、無意識下にそれを持ち続けていると、大人になってもその周波数を周囲に発信し続け、しかも本人には自分が怒りを抱いているという意識がない。そうすると、類を持って集まるという霊的な引力の法則により、意識しているいないに関わらず怒りを抱いた人間を引き付けるのだ。

   アメリカで聞いた歌の歌詞に、「怒ってばかりいるとどうなると思う? とても怒った人たちが一杯集まってくるんだ」、というのがあった。人間の精神的・感情的な「雰囲気」というものは、一連の波型として周囲に発信されていて、それが同じようなものを引き付け、人や場所、生き方や経験といった形をとって自分の周りに集まってくる。つまりそれは、自分が発信して送り出したもの、与えたものが、他人を通して戻ってくるのだ。

   この自分の発している「雰囲気」という振動数の中には、我々の意識的な思考や感情だけでなく、さらには誕生したときから、中には胎児の時からという人もいるが、天文学的占星術からくるパターンが入っている。我々は生まれるとき、つまりこの世界にやってきたその時・その場所・その時間の地球のエネルギーパターンを受け取る。このパターンは、その時太陽系の各惑星が地球とどのような関わりにあり、どの惑星が地球にもっとも強く影響を及ぼしていたかによって変わるものである。

   エネルギー場というものは刻一刻と変化するので、人がいつ、どこで生まれたかということは、その人がどのようなエネルギー場が持つパターンを受け継ぐかを決定するのだ。逆に言うと、人間は時間と場所を選んで生まれることにより、自分の人生設計にもっとも適したエネルギーパターンを手に入れるのである。

   それはおびただしい証拠を見ればわかることだが、特定の職業についている人間は同じ時期に生まれる傾向がある。バビロニアン・ブラザーフッド=イルミナティは占星術を邪悪なもの、愚かしい単なるオカルト、占いとして人々がこれを軽蔑し、無視するように仕向けてきた。それは特にキリスト教を通して、また科学を通して意図的に行なわれた。

   だがバチカンには、巨大な占星術天球図があるが、実は彼らこそが占星術を用いているのだ。この点においても世のキリスト教徒はイルミナティのために大きな貢献をしてきたのだ。しかも彼らの大半が、イルミナティの推し進める長期的人類奴隷化計画について何も知らないでいる。

   人間の発する「雰囲気」という振動数は他と相互作用し、それが引き付けてくるものは、自分自身の反射したものだ。自分を他からの犠牲者だと思い、人生は思うようにならないと考えているときは、そういう周波数に共鳴している「人や経験」というエネルギーに同調する。そして、自分は犠牲者で、無力であると感じさせられる物質的経験をすることになる。

   他人ばかりが運に恵まれていると思い込んでいると、本当にそうなる。
   それは、現実になれば人生にとって最良のものとなるはずのエネルギーが、あなたと結びついていないからだ。お金がないと思っていたら、いつまでたっても金は入ってこない。お金もエネルギーなので、そのエネルギーを引き付けようと思えば、それを自分の振動数と結びつける必要がある。イルミナティはこれを用いて、お金を引き付けるようなエネルギーの流れを作り上げているのだ。

   それと同じく、人が何かを怖れていれば、必ずその怖れているものを引き付けることになる。恐怖のエネルギーは同じエネルギーを引き付けるので、怖れているものが現実の経験となって実現する。お金がなくなるのを怖れていれば、その状況が実現する。孤独や拒絶、攻撃などを怖れていれば、それらの実現に手を貸すことになる。それを避けるにはどうすればいいか。

   それは自分自身がエネルギーであるということ、自分の思考や感情もエネルギーであって、自分の発信するエネルギーは同じものを引き寄せるということを理解するしかない。つまり原因は自分自身であると知ることだ。だから自分の人生に関して他人を責めてみても仕方がない。あなたの思考や感情がそれを作り出したのか、そうでなければあなた自身が、宗教やマスコミ、政治、医者や教師などによる、思考や感情の操作の影響を自分に許した結果であるかのどちらかだ。いずれにせよ、あなたの人生はあなたの責任なのだ。

   だがもしそうであるのなら、この事実は素晴らしい知らせではないだろうか。
   現在の好ましくない現実を作り出しているのが自分だとしたら、それと同じように、好ましい現実を新たに作り出すことができるということだからだ。要は自分次第なのだ。あなたがすべての答えを持っている。あなたがあなた自身の宇宙の中心で、あなたの宇宙を自分の望むものに変えていってもいいのだ。そのように生き始めるなら、間違いなくあなたの世界は変わるのだ。



    book「大いなる秘密㊦ 世界超黒幕」 デービッド・アイク著 三交社


                           抜粋


    

日本文明の独自性への目覚め

   あなた方の国には盆栽というものがある。
   盆栽家は自然というものを真に会得(えとく)していなければ、その盆栽に自然界の息吹を吹き込むことはできない。人の目にはどんなに凡人に見えても、そうした感性を会得した者は、一つの境地に達しているものだ。そのような宇宙的体感力を持った盆栽家の作り上げたものを、それを受け取れる者が見た時、一瞬にして、彼が捉える世界を理解する。その域に達した者同士の間に、無言のキーを通してすべてが伝わる。しかしそうでない場合には、その次元にすら気づくことがない。これからの人類は、こうした体験を経て言葉を超えた次元へと向かうのだ。その個人差は非常に大きく、この数十年でそのような感覚を会得した人々が、多くの人々を導くことになるだろう。

   
私はそれまでただのお年寄りの趣味だと思っていた盆栽について、彼が言及したことに驚いた。多分私はそうした盆栽家が目の前にいても、そうした次元に気づくことができないだろう。そして多くの人々がそうした人物を素通りして、知名度や巧みな言葉、あるいは人目を引くセミナーなどに引き付けられる、まだそんな段階であるように思う。

   あなた方日本人は、日本の文化をそうした人間の根本的能力を目覚めさせるものへと、今後100年をかけて高めてゆくことになるだろう。そして今はまだない新たな文化が生み出され、それが世界中の真に進歩的な人々を目覚めさせることになる。人類は創造と変化を自ら成し遂げるために存在している。言葉を超えた伝達次元は、自分の意志と体験によって成し遂げられる。倫理(言語)伝達には多くの言葉や情報の獲得が必要であるが、象徴伝達は、一つを深めることに基づく。それを体得するためには、同じ一つの型に無限に触れ、無限に体感する必要があることを覚えておくことである。

   
言葉を超えた伝達と聞いて、私はテレパシー的な能力を連想した。

   そうした能力を得ようとして、さまざまな瞑想方法に頼ろうとする人々がいることも私は知っている。そうしたすべてを否定するわけではないが、そうした姿勢は人間というものをトータルに把握していない直線的方法である。そうした方法から生まれる能力は二元的次元の能力であり、私とあなたという両者を直線的につなぐことでしかない。

   あなたは私のこの力を、あなたの心を読み取るテレパシーだと思っている。
   肉体を持つ人間にはもちろんそうした次元がある。しかし今の段階の私のそれは、そうした読心を超えたものだ。あなたが心に疑問を抱いた瞬間、私の中には語るべき言葉が響いてくる。そこには私とあなたという相対関係ではなく、あなたと私が一体となった中で、円的次元の中で必要な答えが生成されてくる。

   
私は彼の言葉にはっとした。
   私の「能力」という言葉自体が二元性の概念であることに気づいたのだ。「象徴伝達」が二元性を超える経路であり、そうした要素が日本の文化に色濃く見られることは、少しわかりかけてきた。五七五で成り立つ日本の俳句は、世界一短い定型詩であると聞いたことがある。その短さに象徴されるように、日本人は究極まで象徴性を極めようとする傾向があるようだ。同じ東洋の中でも何かが違うようだ。

   たとえば、『古池や、蛙飛び込む水の音』というわずかな句に、あなた方日本人は宇宙を認識することもできる。しかし倫理(言語)伝達で育った人々がこの句に接するとき、その世界は伝わらず理解されないために、「蛙が池に飛び込めば音がするのは当然ではないか」で終わってしまう。倫理(言語)伝達で育つか、象徴伝達で育つかの違いは、あなた方が考える以上の大きな潜在的違いをもたらす。本来あなた方の文化は、そのすべてが象徴伝達であった。

   あなた方が神道と呼ぶ文化の本質は、型にある。
   体を通した動作によって言葉の限界を超えて伝える。しかしあなた方が数ある宗教の中から神道が優れていると主張するならば、そのゆえにあなた方は逆に、文化の真の本質を見失うことになる。なぜならあなた方がさまざまな国の人々に伝えるべきことは、その奥に流れる現代の社会が失ってしまったその本質にあるからだ。倫理(言語)伝達は直線次元の伝達方法であるが、象徴伝達は、一点から無限に広がる波紋のような円的次元の伝達である。それは、135度文明の開化に不可欠な要因となる。

   
現代の日本人が考える、頭がよくて、能力が高くて優秀な人だと思う人とは、倫理(言語)伝達的思考がいかに発達しているかを基準にしたものである。子供の頃からそのような能力だけに目を向け、獲得し、競争に勝ち抜くように育てられ生きてきた日本人は、本来日本人が持っていた大切な原点を見失っているのではないだろうか。

   0度文明地域では、現代の西洋文明誕生の前から、倫理(言語)伝達文明に必要な分析能力や巧みな言語表現力が発展していた。これと同じく、地球という母なる命の脈動は、その時その場に必要とされる性質と能力を育むのであり、あなた方日本人は西洋とは対照的な能力を母なる大地によって育まれてきた。

   現在のあなた方日本人の中には、新しい霊的な考え方を海外に求めたがる人がいるが、我々の眼から見ると、どんなに最先端の霊性よりも、あなた方本来の持つものこそが真の幸せをもたらすものであり、それがこれからの世界に必要なものであることが我々にはわかる。天があなたを、なぜ日本という大地の子としてそこに誕生させたのかについて、あなた方は今一度自分を見つめる必要がある。そうした意味でもあなた方は、自身の記憶をしっかりと蘇(よみが)えらせなければならない。

   
私は、さまざまな外国人講師による自己啓発セミナーなどを主宰する人から聞いた、考えさせられる話を思い出した。それはアメリカ系スピリチュアルの世界にとって、世界最大の市場は日本であり、外国人であれば飛びつく人の多い日本に来れば、簡単に儲かるという共通の理解が、外国人講師たちの間にあるという話であった。またそのようなセミナーによって洗脳された結果、人生を台無しにされた過去の実体験も聞かされることになった。

   しかもこうした世界に頼ろうとする人々の大半は、そうしたセミナーが集団洗脳を目的としていることも知らず、自身が洗脳されていることに気づくこともなく、手を変え品を変えて提供されるものを追い求めて人生をさまようのだ。そういったセミナーの背後にあるものが何であるか、そうやって集められた金がどこに回っているかも私は知っている。それもこれも、私たちが自分の原点を見失っているからこそ惑わされるのだ。

   愛を求める者が、見かけだけの愛であってもすがるように、宇宙につながっていない人の心は、宇宙につながるかのような言葉に弱いものだ。あなた方は、そのようなことを熟知している現代文明を維持する人々に、惑わされてはいけない。あなた方日本人が持つその性質と文化とは、決してあなた方が気まぐれに生み出したものではない。それは母なる大地が必要に応じて育み、育てたものなのだ。あなた方はそうした大地の力を放つ子であるから、自らの意志を持ってそれを育まなければならない。地球の脈動の焦点が結ばれ、光の注がれる大地の人々は、そのゆえに地球という命にとって大切な一つの役割を担うのである。

   現代のあなた方はその宇宙につながる文化性という手段を失い、かつてのそれを、無数に存在する文化の一つくらいにしか認識していない。あなた方の知る神道的所作は、現在では本来の型の残骸に近いものしか残っていないが、直接的記憶によってその原形は復活させることができる。あなた方の祖先は、普遍的言語によって空間とつながることができた。空間につながるとは宇宙とつながることであり、宇宙とつながることによってのみあなた方は、自らの魂が求めるすべてを満たすことができる。

   あなた方日本人は象徴伝達の文化を、かつて世界中でもっとも極めた歴史を持っている。だが倫理(言語)伝達である、直線的二元性文化を無批判に受け入れたことにより、あなた方の大切な文化を失い続けてきた。必要なことは、物質的、現象的な
次元に目を向けてそこに留まることではなく、現象を超えて宇宙の本質を受け入れ、そこに委ねることにある
。あなた方がいかにしてそこに至れるかについては、後ほど伝えよう。

   あなた方日本人は、一度失ったこの未来のための大切な遺産を復活させねばならない。それは人類にとって、未来の豊かさへ至るために不可欠な一歩なのだ。あらゆる存在は、必要であるがゆえに存在する。自然界に存在する一つ一つが必要であるがゆえに存在し、自らの役目を忠実に行なっている。日本列島が地球にとって、必要で欠かせない一つの性質を宿したエリアであるように、そこに生きるあなた方が一つの特性を備えた集団であるという事実は、人間の意志によるものではなく、大地の導きであり、宇宙の導きによるものなのだ。

   西洋文明であるアングロサクソン文明が、近代になってさまざまな自然破壊や人類における摩擦を生み出したのは、彼らの持つ本来の性質に原因があるのではなく、その性質にエゴが加わった分だけ、それが歪みとなって現れているのだ。これはあなた方日本人にも言えるのだ。あなた方は同じ過ちを繰り返すことのないように、自らを謙虚に見つめる必要がある。我々の子孫でもあるあなた方日本人を、我々は常に見守り続けている。天の意志、宇宙のリズムに沿う生き方をしている限り、あなた方は必ず善い方向に導かれる。そして我々の次元からも常にあなた方をサポートするであろう



            book  「ガイアの法則 Ⅱ」 千賀一生著 ヒカルランド

                           抜粋


         



       


    


                

   
   
      

太陽が西から昇るとき

   はるか数千年前のバビロンではイルミナティのグレゴリオ(グリゴリ)暦が使われていた。グレゴリオ暦はちょうど、洋服をダンスの中に次々投げ込んで、扉が開かないようにもたれかかって押さえているようなものである。彼らが時間に対してやっているのはそういうことなのだ。洋服はタンスの中に収まっているかもしれないが、それはしっかり押さえているからで、中はめちゃくちゃなのだ。

  我々の世界で「標準」とされているものは、1年が12ヶ月で1時間は60分、1日は24時間である。ひと月は30日のものもあれば31日のものもある。ある月は28日でそれが4年に1度29日になる。このような操作は、本来1年は13ヶ月であるものを、無理やり12ヶ月に作り直すために必要としたことなのだ。彼らは13番目の月をなくしてしまったのだ。占星術は古来からの天文学知識であり、占星術にはもともと13星座あったということもわかっている。そしてイルミナティのトップたちは、自分たちの暦は13ヶ月の時間に合わせている。これも彼らが13という数字にこだわる理由の一つであり、人間が13という数字を忌み嫌うように仕向けている理由でもある。ダイアナの車が13番目の柱に衝突したのも、こうして人間の時間認識から第13月をなくしたことを象徴しているのだ。

   人間を自然の時間の流れから切り離してしまえば、その時間の流れに沿って活動しているあらゆるものからも切り離されてしまう。こうして西洋の「文明」は自然界とのあるべき関係を失い、自然のリズムからも外れ、それが世界へと広がり浸透していったのである。占星術の13番目を表していたのが「クモ」であり、この星座はその他の星座すべてを含んでいて、各星座のエネルギーを一つに紡ぎ合わせるもので、常に占星術の円の中心にあった。そういえばイルミナティのトップたちが、毎年ボヘミアの森で生け贄の儀式を行なうが、そのときの彼らのモットーは、「糸つむぐクモよ、来たるなかれ」というシェークスピア(フランシス・ベーコン)のセリフであるのも興味深い。

   我々は大地のエネルギー場の中に生きているので、周囲の振動波の状態から絶え間なく影響を受けている。イルミナティ=ブラザーフッド=レプティリアンたちはもちろん、そのようなことをよく知っている。だからこそ彼らが象徴的な意味合いや儀式に、それも強迫観念ともいえるほどにこだわる理由の一つなのだ。あらゆるものはそれぞれが固有の振動数を持ち共鳴する。そしてシンボルというものはその強力な例だ。シンボルは思考の物質的表現であり、その意味はそれが共鳴するエネルギーを意味する。

   たとえばオベリスクは男性の性的エネルギーを象徴するので、引き付けるエネルギーは男性の性的エネルギーである。一方、ドームは子宮、つまり女性を表すのでそのようなエネルギーを生み出し、かつ引き付ける。だからこういうものを、特に強力なエネルギーの中心や、地磁気のグリッドに配置することで、世界のエネルギー振動場にさらに効果的な影響を与えることができる。だから彼らは街路計画に幾何学を用い、シンボルを組み込み、建物を関連付けながら幾何学的に配置するのである。

   現在、調査によってある種のパルス、つまり電子的な信号が存在することがわかっている。これは銀河系の中心で生まれ、我々の太陽だけでなくほかの恒星にも達しており、太陽からさらに地球へと送られてきているのだ。このパルスは人間の心臓へ入り、脳へ送られ、脳を出て全身の細胞へと進む。このパルスが道筋を壊されることなく完全に通過するとき、人間は宇宙と一体化される。こうしてあらゆる細胞が宇宙のパルスとつながり、調和する。しかしほとんどの人は頭と心、知性と直感、肉体的なものと霊的なものが別々になっているので心臓と脳とのつながりが切れている。そして今日、イルミナティが長期にわたる人類奴隷化計画を急速に推し進めようとしている理由は、彼らにとっても大きな試練が目の前に迫っていることを知っているからである。

   グレッグ・ブレイドンは、マヤが変化の年とした2012年には、地球の共鳴は毎秒13サイクルとなり、地球の磁場はほとんどゼロになると考え、これを「ゼロポイント」と呼んでいる。そのときには地球の磁場はほとんど消滅する。つまり地球の自転が止まるのだ。だがこれは重力がなくなることを意味しない。重力は別の現象から生じるもので、地球の自転とは無関係なのだ。このようなことが過去450万年のあいだに、少なくとも14回は起きているいわれる。

   最後のものは約1万1千年から1万3千年前と推定され、「時間の窓」はアトランティス大陸が沈んだ時期と一致する。また紀元前1万500年以降に起こった、あの大地殻変動から立ち直り始めるのもこの時期だ。1万3千年前がちょうど、2万6千年かかる大周期の折り返し地点だったと思われる。今それが一巡して、また大きな変化が起きようとしている。地球の自転が止まるかどうかは断言できないが、その可能性も排除できないのも確かなのだ。

   しかし磁極の転換はもっと最近で、およそ3500年から3600年前に起こった可能性のあることが、グリーンランドや両極地方の氷を調べてわかってきた。地球では、今我々が見ているような急速な磁場の減少が起きるたびに、北と南の磁気が入れ替わって極の転換が起こっていたのだ。ブレイドンをはじめとして多くの科学者は、やがて地球の自転が数日間止まり、それから逆方向に回転し始めると推定している。知っているように、鉄の棒を流れる電流の向きが逆になると、磁極も逆になる。地球が逆に回れば電流の向きも逆になり、したがって磁極も逆になるはずだ。地球の自転が止まれば、その間は地球の片側は太陽が照り続け、反対側は闇になる。まさにその通りのことが数千年前に起こったと、古代の人々は伝えている。

   ペルーでは3日間の「長い夜」があったという伝承があり、聖書には昼が20時間続いてもっとも長い日になったという。ホピ族の記録では、太陽が1日に2度昇ったとある。それは1度西から昇って東へ沈み、そのあとで東から昇って西に沈み、その周期がそれ以来長く続いたという。ほかにも太陽が西から昇って東に沈んだという古代の伝承はたくさん残っており、かつては地球が逆方向に回転していたことを示している。あるチャネラーから霊界からの情報として、「世界は変わる。北は南に、東は西になる。時間が始まったときからそのように決まっている」と教えてくれた。

   マスコミは取り上げないが、カリフォルニアで研究しているブライアン・デズボローも、何か大きな地球物理学的な事件が起きつつあり、地球の地磁気の場が指数関数的な割合で弱くなっているのは確かで、間違いなくもうすぐゼロになると言っている。私も同じ考えであるが、我々は控えめに見ても、地質学的に相当でこぼこ道を走っているのだ。アメリカ地質学局によると、地球の磁場は50万年ごとにゼロになって、それからゆっくりと回復し、そういう時期に大きな地殻変動が起きたり、地震や火山の噴火があったりするという。それは地球の自転が一時的に止まるためなのだ。デズボローの情報源によると、太陽の磁場はすでにゼロになっていて、水素からヘリウムへの変化は高水準にあるようだ。太陽フレアは赤道から緯度にして上下に19.5度のところで噴出しており、この表面下で自転のエネルギー交換が行なわれ、地球ではこの緯度に、世界各地にピラミッドが配置されている。

   我々はすでに、「フォトン(光子)ベルト」と呼ばれる広大な電子場に入っていると言われる。古代人は周期の大きな変化を知っていて、エジプトやマヤ、チベット、中国などの古代の暦はすべて、我々が生きているこの時代で終っている。エジプトの暦は約3万9千年前から、マヤでは1万8千年前から始まっているが、それらの暦が現在の我々の時代で終わっているのだ。マヤの伝承では、そのとき古い世界と新しい世界の移行期が訪れ、時間のあり方が別のものへと変わっていくという。この時期は「ノー・タイム」(時間のない時)と言われ、1982年7月に始まり、2012年12月12日にかけて移行が起きる。これが人類にどういう影響を及ぼすかは容易に理解できる。

   アメリカ人の二人の科学者、テランス・マッケンナとデニス・マッケンナは、宇宙は64の波動、すなわち時間の尺度からなるホログラム(光による立体映像)であると言っている。そして『易経』には64の卦があり、「生命の樹」は64本で、DNAには64のコドン(遺伝情報最小単位)がある。この二人がコンピューターで分析したところ、2012年には64の波動すべてが頂点を迎えるという結果が出たそうである。



        book 「大いなる秘密㊦ 世界超黒幕」 デービッド・アイク著 三交社

                           抜粋


    

   

人類は『標準』によってコントロールされている

   人間の遺伝子には64種類の暗号、つまりアンテナがあり、さまざまな周波数を発信・受信するのだという。その64本の隠れたアンテナが、高い周波数や低い周波数に我々をつないでくれる。だがブレイドンは、働いているのはそのうちの20本だけで、44本は「スイッチが切れている」という。これは我々の力や知恵、潜在能力などをフルに発揮する能力が、かなりの部分で駄目になっているということである。我々が脳の潜在能力をほんのわずかしか使っていないというのも、これが原因に違いない。

   米国のハートマス研究所では、DNAの「触覚」を働かせたり閉じたりさせるのが「感情」の波長であることと、それが常にDNAを通過していることが研究されている。そしてあらゆる否定的感情を生み出す「恐怖」の感情は長くてゆっくりとした波長であり、DNAの持つ触角のうちのほんのわずかにしかスイッチが入らない。一方、あらゆる肯定的な感情を生み出す「愛」の感情は短くて速い波長で、はるかに多くのDNAのアンテナが動き出すのだ。したがって、恐怖に囚われているときの人間は、全体である無限性との真のつながりから切り離されてしまい、小さな意識の一滴として卵の殻に閉じ込められた人生を送ることになる。そして愛の感情を表現するとき人は多次元的な自己とつながるので、我々は無限の大海である「神」とつながるのだ。

   我々の生きる世界は常に、これまでもずっと戦争や紛争が絶えることがなく、テロリストによる暴動があり、金融不安があり、そのほか否定的な出来事が絶え間なく起きるのはそれがブラザーフッド=イルミナティによって仕組まれてきたからである。それは人類を、圧倒的な恐怖状態という限定された状態にコントロールしておくためである。その結果人々の間には憎しみや怒り、復讐心や非難といった恐怖心が引き起こされ、しかもそれがさらなる紛争と恐怖を生み出すのだ。それに加えて恐怖を刺激しているのが、宗教である。人類はさまざまな形の恐怖によって消耗させられ、圧倒されている。我々が自分の本質から切り離されているのはそのためなのである。

   バビロニアン・ブラザーフッド=イルミナティはそのことを我々に隠しておくために、すべての情報をコントロールしてきた。学校や大学や「科学」機関で教えられることも、マスコミが信頼している情報も管理、操作してきた。そして彼らが用意した『標準』に異議を唱えるものはどんなものでも抹殺されてきた。人間はこれまでもずっと、マスコミを通じて上映されている「世界という映画」を観て、それを現実だと信じ込んでいる。だから本当の世界は視界からは隠されているのである。ジャーナリストは世界で起きていることを伝えているのではなく、前もって用意された映画の筋書きをレポートしているに過ぎないのだ。

   もしマインドコントロールの定義を、「人の心を操作して望むような思考や行動をとらせること」とするなら、現在の地球上でマインドコントロールされていない人間がどれくらいいるだろうか。ケネディ大統領やダイアナ妃の死もこれに含まれる。これは本人たちが実際はどういう人間であったかどうかではなく、大衆にどう受け取られていたかということなのだ。その意味でJFKはやはり、未来への新たな希望を表していたと大衆からは認められている。

   実際にどうであったかは問題ではない。
   大衆はそう考えたのであり、したがってそれがJFKの表現していたものなのだ。私は多くのアメリカ人から長年にわたって聞かされてきたが、JFKが殺されたとき、アメリカ人の心の中で何かが死んだのだ。希望と呼ぼうが正義と呼ぼうが、それは構わない。そのとき何か、アメリカ人の魂の奥底にあるものが、JFKとともに死んだのだ。そしてそこに生み出される感覚は、善人は早く死に、勝つのは常に邪悪だと思う、ということなのだ。

   ダイアナの場合も同じだ。
   彼女の例は、この場合にまさにふさわしいと言える。実際に彼女は、純粋な愛を身にまとった女性であった。彼女が死んだ後に起こった大衆の感情の波、それは人間としてのダイアナに対するもの以上に、愛のシンボルとしてのダイアナに対するものであった。大衆が見せたあの悲しみは、何かが、ダイアナとともに死んだという悲しみだった。そのとき、愛が死に、善が死んだのだ。善人は殺され、邪悪がいつも勝つ。このように二人の死は全世界的規模で、大衆心理が無力感と絶望感へと操作された好い例である。このような大衆心理操作の研究は、イルミナティのタヴィストックネットワークで行なわれている。

   大衆というものは、恐怖や無力、絶望の状態に置かれると、心のスイッチを切ってしまう。そして意図された通りの羊の群れになり、生涯を通じてただ呆然と、他人の動きに合わせて動くだけの「烏合(うごう)の衆」になってしまうのだ。だが人間の心と感情を操作することで根源意識から切り離すということは、これよりもずっとはるかに根が深いのだ。

   彼ら低層4次元に住むレプティリアンは、創造主である根源意識から霊的にも感情的にも切り離された存在であるが、精神面では非常に鋭く、彼らはもともとは高度な知性と知識を持っている存在なのだ。彼らの知識は、イルミナティの秘密結社ネットワークによって古代社会のころから蓄えられている。その一方で彼らは、人類の土着文化の破壊や異端審問の恐怖、アレキサンドリアなど各地にあった秘儀に関する偉大な文献資料などの情報を焼却し、人類の手に届かないところへ隠してしまった。

   バランス=調和だから、バランスが崩れれば調和も崩れる。
   調和を壊したければ、バランスを崩せばよい。これは単純な事実であるが、イルミナティのテクニックにおいては基本的なものである。女性エネルギーは直観力と結合するエネルギーだ。男性も同じ能力を備えてはいるが、男性エネルギーを体現するイルミナティはできる限りの手段を講じて、調和のとれた女性エネルギーを抑圧してきた。それは宗教を通じて行なわれ、女性を男性の奴隷とし、女性が自己を表現するあらゆる機会を奪ってきた。

   一方で、男性の内部に存在する女性的な極面を抑圧するために、「男らしさ」や「男はかくあるべし」という青写真が作られ、マッチョ(男らしさ)や攻撃性が「本当の」男らしさとして押し付けられてきた。このような偽りの男らしさのために、男性は実は迷子になって脅えた子供であり、男性は昔も今も、自身のバランスをもたらす女性エネルギーから切り離されているので、直観力や自らの高次元へのつながりはほとんど消滅している。

   女性エネルギーの操作とリンクして行なわれているのが時間の操作である。
   これもアルマ橋トンネルにおける象徴的な意味の一つだ。イルミナティは、人間の時間意識を操作している。つまり人間は宇宙のリズムに逆らって合わないままに生きているので、調和を崩しているのだ。実は時間などは存在せず、あらゆるものは過去、現在、未来が同時に存在している。我々は操作された時間認識のせいで、すべてを直線的な時間でしか捉えることができない。だがその直線的な時間においてさえ、我々は宇宙の自然な流れ
から切り離されているのだ。

   1572年に教皇グレゴリウス15世が新しい暦、つまりグレゴリオ暦の導入を宣言し、これが1582年10月から実施された。これもブラザーフッドの謀略の一つであるが、それ以来グレゴリオ暦は世界の『標準時間』として定着することになった。そして我々が時計を見たり、手帳で予定を考えたりするたびに、この人工的な「時間」の流れに人間の心が同調させられることになった。

   ではこの時間体系の中心、つまり全世界の人々が時計を合わせるゼロ地点はどこかと言うと、ロンドンのグリニッジしかない。そこからテムズ川を渡ればロンドン・シティの金融街、すなわちイルミナティ・ブラザーフッドの活動拠点である! ではグレゴリオ暦の発想はどこから来たかと言うと、これはバビロニアで使われていた暦がもとになっている。古代ギリシャ語で「ウォッチャー」、つまり人間と交配した神々の子を表す言葉は「グリゴリ」だ。すなわち、グレゴリオ暦はグリゴリ=レプティリアンの暦なのである。



          「大いなる秘密㊦ 世界超黒幕」 デビッド・アイク著 三交社

                           抜粋


   

   

一人の生き方が全体に影響を与える

   人類は今、自分の力を放棄してしまうとどういうことになるのかを学んでいるところである。一方、イルミナティ=レプティリアン一族はこれから、力を濫用すればどういう結果になるかを学ぶことになるのだ。つまるところ、これはゲームなのだ。進化というゲームの中で、我々は自分の精神と感情をコントロールすることを学んでいる。これまで述べてきたことのすべてが、それに関わるあらゆる集団にとっての、進化のための一つの経験なのである。我々の誰もが、自ら決断し、選択し、その結果と直面する。我々は今、そうした結果を経験している。今、新たな選択をすれば、また違った結果が生まれる。我々は自身の運命を支配しているのであり、多くの人々はやっとそれに気づき始めている。

   あらゆる存在はエネルギー振動の組み合わせであり、そのエネルギーは思考や感情によって作られる。あらゆる存在は同一のエネルギーであるが、その振動による組み合わせは無限にあるために、存在の形式も無限にあるのだ。ちょうど水が、液体、気体、蒸気、氷と姿を変えるように、見かけも触感もまったく違うが形が違うだけで、やはり水は水なのだ。エネルギーの組み合わせによって、ある時は人間の肉体として現れ、別の場合には人間の魂となる。またそのほか、鳥や樹木、昆虫や空、空気になる場合もある。

   純粋なエネルギーとしての段階では、あらゆるものは、それ以外のあらゆるものとつながっている。そこには「我々」と「彼ら」といった分離ははなく、あるのは我々と究極的な「私」だけなのだ。我々は皆、自分以外のあらゆるエネルギーに接触する能力を潜在的に持っている。つまりエネルギーと意識は同じものの現われであり、我々はあらゆる意識、すなわち究極の意識である「神」に近づく能力を持っているということである。

   この「神」は我々と別物ではない。それはわれわれ自身であり、我々が「神」なのだ。
   我々の一人ひとりは、この「神」という究極的な意識の側面の一つであり、それはイルミナティやレプティリアンなどあらゆる存在がそうなのである。そして我々は、この究極の精神力のすべてを活用するだけの潜在力を持っているのだ。なぜなら究極の精神状態が最高のレベルにおいて表現されるとき、その一部であるわれわれのすべてもまたそうなのである。そして、あらゆるものがそうなのである。

   我々は無限の大海の水の一滴のようなもので、ある程度までは独立しているが、集合すれば全体となる。全体とは一滴一滴の集まりであるが、一滴一滴がなければ大海はできない。だが、次のような疑問がある。我々はこの大海とどれくらいつながっているのだろうか。もし、それもほんのわずかのつながりであれば、それは繭(まゆ)か、卵の殻の中に生きているようなもので、大いなる知識や愛、理解や知恵と言った無限の潜在能力からは隔絶されていることになる。そうであるなら、我々の人生は先の知れたものとなり、悩みや恐怖に支配され、平凡で、自分の運命を動かしていく力などないと考えるようになるだろう。

   だが、もし精神と心を開き、その卵の殻を破って外へ出ることができれば、無限とのつながりはどんどん大きく広がるのだ。そうして人は、自分が物質としての肉体以上の者であることや、意味のない生涯を生きて経験するだけの者ではないことを理解するだろう。そして無限の意識につながることで、この世界を体験し、経験を通して進化する、永遠に続く旅を生きる一滴となるのだ。人はすべてであり、すべてのことを知り、すべてのことを行なうだけの潜在能力を内に秘めているのである。


   我々が見ているこの世界は、現在知られ、教えられてきた「人類の歴史」を通じてのものにすぎない。つまり我々が本当はどういう存在であるかといった知識は体系的に破壊されており、それらの知識は人目に触れない場所に隠されてきた。しかし人類が自らの本質や力、価値を真に理解していれば、人間を陰から操作することは不可能である。人類をこういった知識から切り離すことによって、イルミナティ=ブラザーフッド=レプティリアンは長期にわたり、人類奴隷化計画を数千年にわたって推し進めることが可能であった。そのために彼らが作ったものが宗教科学という基本であり、それらは彼らと同じ流れをくむ数々の秘密結社が造り上げてきたものである。

   宗教というものを用いて行なわれたのは「神」の概念をつくることであった。
   「神」というものを一人の人間、あるいはある形態に固定化して認識させることで、あらゆるものが神であるという理解が抑圧されてきた。その結果、現在はそれが徹底して浸透しているので、自分は神であるなどと言おうものなら、とんでもない嘲りと非難を招くことになる。自分が実は何であるか、我々すべてが何であるかを口にすることは、神を冒涜することとされているのだ。そして、宗教を信じない者のためには科学が用意されており、証明可能なものだけが存在するという認識の枠組みに閉じ込められて、無限や永遠性を否定するのである。

   イルミナティ=ブラザーフッドの長期計画は常に一貫しており、それは人類の自己認識を枠組みの中に幽閉し、操作しようというものである。我々は至高の無限性(創造主)の一部であり、潜在能力のほんのわずかの部分で活動しているにすぎない。だがイルミナティ=レプティリアンもまたこの至高の無限性(創造主)の一つの表れであって、我々は、彼らが

我々に与える経験を利用することで進化して行けるのだ。それはまた彼らも同じで、我々もまた彼らに経験を積ませているのである。

   レプティリアンが我々を操作してくる次元は低層4次元のアストラル界であり、低層周波数帯からである。地球を支配するためには、人類の大部分がこのレベルの周波数帯以下にあることが必要であり、それ以上の高い周波数帯につながることを阻止しなければならない。このことがわかれば、これまでに世界で起こったことや今まさに起きていることに筋が通り、理解できるのだ。つまり、人間の心を根源意識から切り離して無知な状態にしておくために決定的に重要なことは、恐怖や罪悪感、怒り、自己嫌悪、他人への軽蔑などの否定的感情である低い周波数にコントロールすることにある。こういう否定的感情のすべては結局、恐怖心がさまざまな形で現れたものであり、このような感情こそが低層4次元の周波数帯と共鳴するのだ。

   一度このような感情の支配に完全に屈してしまうと、それは低層4次元のレプティリアンの意識と共鳴し、支配されることになる。支配という言葉に注目してほしい。我々は生きている間にはさまざまな経験から、今述べたような否定的感情を持つことはあり得る。それは我々が成長し進化するために、より大きな理解と知恵を得るためには重要なことである。しかしこのような感情に完全に支配されるようなレベルになってしまうと、心の焦点はすべて低層4次元につながってしまう。感情とは我々の本質の大きな部分を占める。そして感情とは意識であり、エネルギーであり、振動である。それらが彼らの意識と共鳴し、浸透するのだ。

   また彼らは、我々の脳のR複合の持つ性格的特徴を刺激する。
   R複合とは、我々の脳に組み込まれている爬虫類脳と呼ばれる部分のことで、攻撃性や儀式を好み、上下構造の欲求を持つ。私がここで述べていることには、証明できる理屈がある。米国の科学者や研究者は、恐怖の感情は低い振動パターンで、長い波長と同調し、一方愛のような感情は高い振動パターンで、短い波長と同調することを突き止めている。これは極めて重要なことで、つまり人体の遺伝子を形成している物質は、さまざまな周波数に対応する、非常に高度な送信機であり受信機なのである。

   数々の実験によって明らかになっていることは、DNAを電子の詰まった試験管に入れると、電子はひとりでに集まってそのDNAのパターンに並び、しかもDNAを取り去っても同じパターンを維持する。言い換えれば、DNAは常に周囲のエネルギーに影響を与えているということであり、つまり我々の存在の仕方が、刻一刻とこの世界に影響を与えているということなのだ。だから人が生き方を変え、その在り方を変えれば世界が変わるのだ。なぜなら人は全体の一部であり、さらに言うなら一人は全体なのだ。これでもなお、自分を平凡で無力な存在だと思うだろうか。



         「大いなる秘密下 世界超黒幕」 デービッド・アイク著 三交社

                           抜粋


      

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