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すでに始まっている「未来社会プロジェクト」

   すでに現在の地球の科学や技術の進化レベルは、ほとんどの人々の認識を覆(くつがえ)すほどのレベルに達している。しかしそれにもにもかかわらず、それらは世に出ることなく潰されているのは、ごく一部の人たちの陰謀ももちろんあるが、それだけではなく、私たちの意識が非常に狭いコントロールされた社会意識に閉じ込められており、社会が直面している危機や、地球が直面しようとしている危機に気づかないことが上げられる。また気づいてはいても、多くの人が社会の変化を望んでいないということも上げられる。よってこの壁を突破するためには、抑圧されているこれらの非常にレベルの高い科学や技術を、スムーズに実用段階まで進めるような体制作りが必要である。

   これから地球に起きて来る大激変に対し、私たちはただ呆然と立ち尽くすしか方法がないわけではなく、すでに多くの科学者たちが、世界中に存在するピラミッドやオベリスクの意味などについて解明している。しかしこれらの事実が公けに知られるようになると、これまで長い間隠蔽されてきた世界の歴史的事実が顕(あら)わになることを恐れる人々が、しばしばこのような研究に圧力をかけて潰そうとしてきた。

   世界各地にあるピラミッドには役割があり、ピラミッドを地球が必要としている場所に確実に配置していくことにより、これから起きる地球上の災害のほとんどを回避できることがすでにわかっている。それには必ずしも新しいピラミッドが必要というわけではなく、すでにあるピラミッドの幾つかを修復して活性化するだけで十分なものもある。前に述べた12使徒のグループたちはすでにこのような活動を行なっているが、新しいピラミッド建設に関しては多くの問題がありなかなか前進していない。しかし私は、今に必ず、宇宙的なタイミングにこの動きがピタリと合った瞬間にこのことが大きく前進することを確信している。

   天才的な素晴らしい能力を持つ科学者や技術者たちの活動をサポートするための具体的方法としては、世界中の優れた科学者たちがそれぞれ単独で活動するのではなく、彼らを保護する団体とともに科学者グループを組織し、活動を促すことが提案できる。しかし自分の個人的な功績や権利に囚われてしまうと、このようなグループでの活動は難しいかもしれない。したがって、これらの作業を進める中で同時進行して行かなければならないのは、このような利益に囚われやすい概念を変えていくための「意識改革のためのプログラム」を展開することである。それは新しい社会のモデルをシュミレーションすることで、それぞれが新しい人生の在り方を体験的に習得していくことが中心になる。

   たとえばクリーンでランニングコストのかからないフリーエネルギーや、原材料を安定供給できる水質や土壌の改善、改良、またすべての生産のオートメーション化による労力の削減などによる衣食住の在り方の変化、そしてそうすることによって起きて来る人間や動植物の基本的生命活動と意識の変化についての理解が促されれば、私たちの生活に貨幣が必要ないことは自然に見えてくるだろう。そして、それとともに現状を手放すことに対する恐怖がなくなる。

   私たちの生活環境が向上すると、人間は気づきを失い、向上心を失うのではないかと心配する人がいる。しかしこの程度ではそうはならず、とりあえずは、まず私たちが見失ってきた自分自身の霊性に気づき、ようやく霊的な学習や探求にも時間をとることができるようになるといったレベルであり、まだまだ向上の余地は限りなく残されている。何よりも私たちが自分という存在に気づくようになることで、宇宙や母なる大地とのバランスのとれた共存が促されることになり、私たちは必要以上に物質や他者に依存するといった欲求がなくなっていく。

   たとえば自分の所有欲を満たすために、次々新しいものを手に入れるための労働も必要なくなり、また欲求不満を彼氏や彼女や夫や妻や子にぶつけ合うこともなくなり、穏やかな生活を取り戻すことができるようになる。またこのように感情の起伏が少なくなり、ストレスが軽減されることによって、サバイバル脳である大脳の働きもリスクを回避するためのあらゆる活動をやめ、違った意識領域で機能するようになるので、人間の本質である創造性が目覚めることでより多くの可能性が生まれるだろう。

   新しい設備やシステムを包括したプロジェクトを作るための初期投資は確かに必要である。これはやがて、みんなが公平に豊かさを分かち合うために必要な投資であり、特定の企業や団体に対するものではない。よってどんな技術やシステムに対してもそれを特定の誰かが所有することはなく、すべてがそこに参加する全員に同等に分かち合われるものである。これらのプロジェクトに賛同する企業、団体、個人は、このプロジェクトに必要なお金、技術、材料、人材、アイディアなど持てるものを提供し、それぞれができる部分の協力する。

   そして、このプロジェクトの基礎を成す部分が整いさえすれば、少しずつ必要なお金は軽減してゆき、ついには不要となり、誰かが特権的な立場に立つこともなくなる。このような技術の革新はすべての人の概念を変化させ、高い意識状態で生活するための余裕を与える。そして私たちは霊的な存在としての充足感を感じながら日々を生きるようになるので、人から奪ったり、支配したりする心境を持たなくなる。

   今後はこのような、新しいプロジェクトによる新しい社会モデルが世界中で次々と実験的に進行することになるだろう。そしてすでにアメリカには「Venus Project」(ヴィーナスプロジェクト)という、未来社会のモデルを構築しようとするプロジェクトがある。これはジャック・フレスコという95歳になる天才的建築家が中心となって立ち上げたプロジェクトである。彼は独学で科学を勉強し、第二次世界大戦中にはアメリカ海軍の兵器開発技術者であった経歴もあり、多くの民間企業のコンサルタントとして技術開発や発明したものを残している。彼はこのモデルにおいて、「ボーダーラインのない世界とマネーフリーは可能である」ということを提案している。

   そのような動きはロシアにおいても始まっており、ジャック・フレスコとはまた違った視点で捉えたもので、地球と人間社会が調和のとれた形で共存するためのプロジェクトが始まっている。こちらのプロジェクトは、人間の意識場や自然界のフィールドを調整するピラミッド建設を中心としたプロジェクトである。このプロジェクトの中心となるヴァレリー・ウバロフ博士も専門はジャック・フレスコと同じ建築であり、しかも科学者であるという部分が二人に共通している点は非常に興味深いことである。ギリシャや古代ローマにおける天才たちは、科学者であり、建築家であり、芸術家であったことを考えると、彼らの魂が非常に深い知恵に満ちて成熟した魂であることをうかがい知ることができるだろう。

   確かに現段階ではまだこのプロジェクトは完成の途上にあるので、改善の余地のあるものである。しかしこれらのプロジェクトは、今までの社会とは比較にならない圧倒的な安全と平和を私たちにもたらしてくれるのは間違いない。それぞれのプロジェクトが互いに交流し合い、よりよいものを構築していけることを私は希望している。

   「バベルの塔」の記述にあるように、バラバラに散らされた私たちはあの時、ノアの箱舟にあるような大洪水を経験した後であった。そして私たちは二度とあのような恐ろしい思いをしなくても済むようにと、二度と大切な家族を失ったり、散りじりに離散することがないようにと、最高の技術を駆使して高い塔を建てよう、頑丈な塔を建てようと、人々は知恵を出し合い協力して造り上げたものであった。そしてあの時の大洪水も、現在の私たちが経験しようとしている地球の大変動と同じく、地球の大きなサイクルの中で地軸の変動によって起きたものであった。しかし、これまでの多くの困難から学んだ人類の知恵の結晶であった「バベルの塔プロジェクト」は、自らを神と名乗る宇宙人が「天から降りて」きたことで、彼らによって完全に阻止されたのであった。

   しかしあれから、私たち人類はあのときのままではなく、何も進歩もしていないわけではない。そして今は大きな飛躍を遂げる可能性がある。何よりも今の私たちがあの時と違う点は、神の力を当てにしていないと言う点ではないだろうか。なぜなら多くの人々がすでに、「自分の中にこそ神の意識と力が宿っている」ことに気づいているからである。このように科学技術の爆発的な進化は無条件に社会構造を変化させ、意識革命を起こすのである。その結果パラダイムシフト(固定概念の変化)が起き、私たちが長い間手放せず、執着してきた価値感が無意味になり、逆にこれまで価値がないと思っていた物事の重要性に気づく時がすでに来ているのである。


        「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat  ヒカルランド

                         抜粋したもの


         
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好きなように「お札」を印刷する人たち

   すでに述べたように、地球資源は無尽蔵にある。
   それはお金もそうである。なぜなら今のお金は紙幣であり、つまり紙である。しかも何の保証もないところから好きなように生み出されている。本来無尽蔵にある地球の資源でありながら、なぜ現在
のように制限が加えられているかというと、人類が持つ「所有」という概念が生み出した金融カルテルの仕組みに他ならない。

   もしあなたの目の前においしそうなマンゴーがあったら、あなた方はこのマンゴーにどんな価値をつけるだろうか。日本では高価なものになると1個5000円で売られている。しかし南国にに行けば、誰も食べない野生のマンゴーが地面に落ちて腐っている。つまり1個5000円の状況を生み出すのは、所有という概念とそれが作り上げた経済社会に他ならない。もし誰かがマンゴーで大きな利益を上げたいと考えるならば、マンゴーの価値を釣り上げるために南国へ行ってマンゴーの木を根こそぎ枯らし、ある特定の地域でのみ収穫できるようにする。そしてその地域のマンゴーの木をすべて所有するだろう。このようにしてマンゴーの生産量をコントロールし、安定した価値を維持することができるのだ。

   これが、金や銀、レアメタルや石油、ダイアモンドなどに行なわれてきたのである。
   実際にはこれらの資源は地球に無限にあるものでありながら、あたかも特別なもので希少性があるかのように制限されコントロールされてきた。それによって権利を独占し、大きな利益を得てきた人々にとって、今あるエネルギーに替わるものが登場することは許せないことなので、これまでの長い間、さまざまな発明などは徹底的に抑圧し、弾圧してきた。しかしこのようなことを聞くと、彼らはあなた方よりも力を持った特別な人間のように思うかもしれないが、そんなことはなく、彼らは彼らなりに自分の望みに従って自分の立場でできることを実行してきただけなのである。それに、彼らに従わない者が全員殺されるわけでもない。

   しかも現在は状況が変わってきており、地球ロゴスが新しく入れ替わって地球を取り囲むグリッドが完成し、支配体制をとってきた宇宙人グループもそれぞれが浄化の道を進もうとしているので、これまでその支配下で権力をふるってきた人々も今までのようにはできなくなる。このように状況が変わっているにもかかわらず、新しいエネルギーを開発して世に出そうとする人はすべて抹殺されるかのように思うのは非常に残念である。私たちは恐怖心を刺激されると、頻繁にいつまでもこのような幻想を持ち続けるものであり、そうやって自分の可能性を自分自身で抑圧してしまうのである。

   しかもこのような恐怖は多くの人々を巻き込む力があるので、私たちは自分でも気づかないうちに、石油王やマンゴー王の一味となって忠実に働いていたりするのだ。そしてもしあなた方がマンゴー王に使われていたことに気づいたら、マンゴーが適正な価格で均等に流通されるように努力し、そうやってマンゴー王に恐れることなく立ち向かうだろう。しかもそれがマンゴーではなくエネルギー資源であれば、なおさら諦めることなく抗議しなければならない。しかしエネルギー資源は、マンゴーとは比較にならない市場の大きさと、多くの人々と大金が絡んでいる。

   このようにしてお金と権利を独占することによって新しい資源開発を抑圧し、科学技術の進化を食い止めてきた者たちは、毎日紙を用意して印刷するだけで新しい紙幣を作り、又新たな抑圧材料を作り出す。そして抑圧される者とは、彼らが印刷したお金によって利益を得てきたすべての人々のことであり、そのゆえにこの体制を崩すことを怖れる人々のことである。つまり、雇用されることで何とか生活を維持するお金を得てきた人々も、科学技術の発展が進むことで人員削減が行なわれ、雇用が減ることを怖れている。こうして結局あなたも、マンゴー王の一味となっているのである。

   金融カルテルに絡む人々はそれぞれに何らかの権利が与えられており、エネルギー資源においてもそれを独占するための強力な体制が作られている。これらの体制の中にいる人々は、当然、自分たちの権利を脅かすものをすべて摘み取ろうとする。こうしてあなた方の前に立ちはだかるのは、多くの人々を巻き込んでしっかりと組織化された頑丈な壁である。その中にはあなた方の身近な人々も入っている。

   どうだろうか、これが「所有」という概念に基づいた現代社会なのである。
   こうして私たちはこれまで、いつでもお金によって脅迫され続けてきた。そして知らないとはいえ、自分が脅迫されているのと同じだけ無意識に他人を脅迫してきたのである。このような社会構造は欧米だけではなく、実は、日本はアメリカ以上に、このような構造を崩しにくい国であることを自覚しておく必要がある。

   だからといってお金を否定しても意味がなく、何の変化も起きない。
   もしすべての人が所有という概念を手放し、公平な形で印刷され、流通するのであればお金は便利なツールである。しかし今や電子マネーの時代に入っており、お金はもはやアセンションして物質的な姿を消してしまった。そうであれば私たちもそろそろ、お金を基盤にした社会から卒業する時が来ているということだろう。

   私はここ1ヶ月にわたり、多くの経験をさせてもらったことで、ことに経済社会が人の判断や決断、実行力に至るまでの過程で、どのような心理的影響を与えてきたかを学ぶチャンスを得ることができた。すでに述べたように今ある金融の仕組みは、何の保証もないところで特定の誰かによって勝手に印刷された「お金という紙」が、地球社会のすべての原動力となっているという、まったく理解できない仕組みである。そして一番危険なことは、多くの人がそのことにほとんど気づくことなく、しっかりとその仕組みの中で、マンゴー王の一味となって役割を果たしているということである。しかも努力して、特に勤勉に働いている優良な社員であればあるほど、このようなシステムに疑問を持つことに抵抗を示すものであり、こういう人のこのような心理的精神的な「意識の危機」こそが、本当の危機を生み出すのである。

   すべての人が地球資源の有り余る豊かさを享受するのは、実にシンプルで簡単なことである。あなた方にとってもっとも必要なことは、安全な食べ物を得られることと、安全な環境で十分な睡眠や休息が得られることである。この二つの要素を満たすことは、今の科学の水準からすると決して難しいことではない。
しかしその間に割って入り込んだ社会の構造が、極めて単純な人類の基本的欲求さえも入手困難にしているのは明らかである。

   そしてあなた方がこの2つの必要最低限のものを手に入れるために、つまりお金を手に入れるために、「人からの評価」や「社会的信頼」をいかに重視しているかということである。しかもあなた方が一番怖れているのは社長や署長や部長ではなく、実は家族や親戚や仲間、友人、近所の人といった一番身近な人たちからの評価なのである。こうして人々は、「社会意識」という目に見えない「檻」の中で互いに監視し合う優秀な奴隷として、会ったこともない地球を支配するご主人のために貢献し、互いに監督し合って生活しているのである。

   私たちはいつでもすべてのことを、定められた何らかの標準という基準に合わせて評価することに慣れており、そのゆえに「ただ在るありのまま」をそのままに認めるということはない。それはむしろ評価し合うことによって、作業効率を上げるような仕組みになっているのだ。このようにここ地球ではほぼすべての人が、幼い時から自覚がないままに評価し合い、監督し合う関係の中で育つ。その結果、人々は互いに真実を語り合ったり率直な意見を交わして、互いの個性や自由を尊重するような関係を築く経験をすることが難しく、本当の意味での仲間を持つチャンスを得ることはより難しい。

   私たちはこのような人間関係を変えて、評価のない「愛」の関係を学ぶために何度も地球に転生して来ているにもかかわらず、常に繰り広げられる社会意識にいつも洗脳されてしまい、結局、「愛」というものを学び、理解することなく、今回もここまで来てしまったのである。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat 
ヒカルランド

                         抜粋したもの




     
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「正義」のために人を傷つけるのは正当化される?

   現在、水面下でしっかりと手を組んで進められている「新世界秩序」であるが、私たちがその路線から離れ別の可能性を実現するためには、人間の意識と心の交流の基本の上に行なわれる科学技術の提携や、文化交流などによる世界的な分かち合いを始める必要がある。これによって偏って伝えられた情報が開示されることにより、お互いの弱点をカバーすることができる。こうした活動を阻み、妨げるような法律を乗り越えて、世界中が公平に分かち合いを行なうためには、国境をなくすることも必要である。

   しかし実は、それ以前にしなければならないことがある。
   それはまず私たち一人一人が自分に対する認識を深め、目を見開いて現実を直視する必要がある。なぜなら人を監督しているのは法律ではなく、実は私たちを監視しているのは隣人であるからだ。つまり、少しでも今までの秩序とされてきたものが乱されることを許さず、排除しようとするのは私たちの隣人なのである。私たち自身が他人のこの優良な監視役を買って出ることのないように、まずは自分の心をチェックしてみなければならない。私たちには他人の生き方をチェックする責任はなく、人の生き方はいずれ本人が気づいた時に自分で行なうものだからだ。

   私たちが一番陥りやすい傾向は、何事に対しても常に批判や非難に走りやすいことである。それは「正義」のためには、人を傷つけることも正当化されるとする愚かで無知な発想なのだ。それは「背徳者とされる人」に対して、一斉にこぶしを振り上げて抗議するそのさまであり、それは人類を支配する彼らにコントロールされ、欺(あざむ)かれている地球人の姿そのものなのである。

   陰謀論者ではなく陰謀信者と言えるような人々がいるが、このような人々はそれなりに宇宙人たちが繰り広げる陰謀に心を奪われている部分があるのだ。確かに私たちの地球社会はあなた方が想像している以上に欺瞞に満ちている。よってこのような陰謀信者は本人が気づかずに、彼らの陰謀の片棒を担いでいる場合もみられる。なぜならそれによって人々は非日常的な興奮を与えられ、好奇心を掻き立てるこれらの話に心を奪われてしまうからだ。特にweb上で発信している人たちは、読者の反応にも影響されるので、脳内の興奮系ケミカルに中毒症を起こさぬように注意しなければならない。

   しかしながら、これまでに書籍などを通して語られてきたことがすべて事実であるとは言わないが、大体のストーリーはほとんどが事実であると言ってよい。このような書籍が世界中の人々に多くの気づきときっかけを与えてくれたのは確かである。しかしこれは楽しんでいるようなことではなく、このような体制を壊すために何ができるかをそれぞれが考え、実行に移すべきときである。単なる批判や評論が、現実世界を動かすために役に立つことは決してない。陰謀信者が感情的な発信をすることは、かえって多くの人に批判を募らせ、「自分には何もできない」と思っている人たちの怒りと恐怖と不安を煽るくらいにしか役に立ってはいない。彼ら支配する者たちの目的や方法は今や多くの人々が認めており、かなりの理解を促されているだろう。そして今私たちは、自分たちに何ができるのかを論じることが必要なのである。

   時代はすでに非常に早いスピードで移行している。
   今や私たち人類は新しい展開の中にあり、残る2つの可能性の中で地球の進化と言う可能性に向けて果敢な挑戦が始まっている。つまり私たちは今、善や悪、光や闇といった2つのタイムラインの真ん中にすべての人が立っており、その中で多くの人が最後の挑戦をしている状態なのだ。それはこれから始まる宇宙の大きな活動期を乗り越え、進化の道をたどるために、まずは気づいた人が確固とした高い意識を持ち、過去に囚われることなく、過去を捨てる勇気を持たねばならない。私たちは決して非力なのではなく、私たちは自らの内に創造者としての力を持っていることを思い出してほしい。

   私たちが考えなければならない実践的な側面は、お金に代わって社会を健全に支えるものが何であるかということである。もちろんそれは、第一に私たちの「意識」であるが、意識というものは急に変わるものではない。そこで私たちが今優先的に、早急に着手しなければならないのは、高度な科学技術を社会において活用できるように実用化させること以外にはない。最初に設備を作るために費用がかかるとしても、フリーエネルギーが開発されて循環型のシステムが構築され、さらにエネルギー消費量の少ない技術がすべての面で導入されれば、ランニングコストは無料で、その分多くの物が生産でき、また生産過程でもオートメーション化が進めば人々の労働力や就労時間を短縮することができる。まず、フリーエネルギーが実用化されることである。

   そうなれば私たちの生活には余裕が生まれ、ゆったりした時間の中でじっくりと物事を考え、読書や研究や、趣味に費やす時間など、健康な肉体を維持するための時間をとることができる。このような生活の向上は否が応でも、あなた方の意識を変えてくれるだろう。これまでの人類の歴史における生活を振り返ってみても、何もかもが人間の労働に頼って行なわれてきた苦しみから人類を救い出したのは、政治でも経済でもなかった。それは科学と技術が便利な道具を開発したことによって成し遂げてきたのである。

   しかしこれらの技術が発展していく過程において、常に重大な間違いが行なわれてきた。それはそこに、「所有」という概念が持ち込まれたことによる。たとえば、ある人によって非常に便利なエアコンというものが開発されたとして、その技術をすべての電気メーカーに
同じ金額で売った場合、それぞれの電気メーカーがその技術を基にさらに発展させたものを自由に作って売るだろう。しかし開発者がその技術に関する権利を主張すると、そこには「所有」という概念が持ち込まれ、その人のところには永久に権利収入が入ることになる。そして商品には必ずその分の価格が加算され、さらに自由に発展させることを抑圧する。

   よってこのようにしてできた権利は、そのものがより便利でクリーンで、よりコストを抑えた形に発展していくための障害となるのである。それだけでなく権利者がそれによる利益を多く望む場合には、製品を大量に生産して大量に販売しなければならないが、そうすると売るためには永久に故障しないような上質な品質を追求することはできなくなる。また生産効率を上げるための資金が必要になり、そのために設備投資の費用がエアコン1台に加算されることになる。

   そしてこれが当然の概念として社会に蔓延している状態であれば、すべてをコントロールされる要因となり、そして実際にそうなっている。このようにして今や私たちの社会は、経済をコントロールするためのあらゆる方法が編み出された状況である。その結果、これ以上科学技術が発達すると失業率がますます高くなると多くの人が考えるために、産業のオートメーション化を排除しようとし、企業は絶えず生産販売を促すために、デザイン性の向上は進めても、品質や製品のテクノロジーが向上することを好まないのである。その結果、頻繁にモデルチェンジが行なわれ、車も冷蔵庫も洗濯機もすべては故障し、それぞれが少しずつ変化するだけである。

   それはたとえば、ピラミッドの中のようなところに物を入れておけば、電気などを使わなくても、物の持つ磁場が活性化されることによっていつまでも新鮮さを保つことができるといった技術とは異なる。そしてもし石油やガスや石炭などが不必要になり、送電線も鉄塔も電柱も要らなくなれば、それらを所有している人たちばかりか、多くの企業が倒産することになり、たくさんの人々が職を失うことになる。そう考えると、実は長きにわたって慣れ親しんだ「所有」という概念の中で生きる私たち自身が、新しい技術開発を排除しようとしている可能性があるのだ。

   このように「所有」という概念は人が与えた「価値」というものと深く関わっており、権利を不動のものとする一方で、進化の自然な歩みだけでなく、物や技術の公平で均等な流れを阻害しているのである。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat ヒカルランド

                        抜粋したもの



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日銀(日本銀行)は株式会社である

   日本ではお金がどのように作られて、どのようなルールで分配されているかについて日本の国民は知っているのだろうか? 人のよい日本人はそんなところに問題があるなどとは考えるはずもなく、そのような思いが大きな問題を見逃してきたのだ。日本の場合、もちろんお金は日本銀行が印刷している。あなたが会社で働いて受け取った給料というお金は、日銀(日本銀行)が日本政府から要請を受けて金利をつけて民間銀行に貸し付けたお金である。つまりあなたが給料をもらうたびに、事実上間接的に日銀(日本銀行)に利息分の借金をすることになるのだ。

   さて、ここまでですでに何かが変である。
   日銀はこのようにして、国内のあらゆる銀行に金利をつけてお金を貸し付けており、その利息分を日銀の利益として受け取っているが、その膨大な利益が誰によって何のために使われているかを国民は知る術はない。少なくともわかることは、それが決して国の政治のために使われるのでないことだけは確かである。そしてその利息は民間銀行が支払うために、銀行はさまざまな手数料を徴収することで回収し、貸付金利は当然日銀の金利に上乗せされる。つまり、その金利は私たちが払わされているのである。1994年以降、銀行の貸付金利は公定歩合制度による決定であったものが廃止され、民間銀行の完全自由化になったので、銀行は競争社会に放り込まれることになった。これは危険だと直感しないだろうか?

   これが銀行のあるべき姿なのだろうか?
   「日銀・日本銀行」とは何ものなのだろうか?
   日銀は国の機関だと思っている人がほとんどであるが、そうではない。日銀は株式会社なのである。しかし確かに一般法人とは違う面があり、日銀銀行株の55%は日本国政府の所有であるが、残りの45%の内、平成22年3月の時点で、個人の所有が36.9%、金融機関が2.4%、公共機関は0.2%と公表されている。と、ここまではとりあえず、「米国のFRBのようでなくてよかった」と一安心かもしれない。

   しかしここからが問題である。
   日本銀行の大株主は、実は日銀の経営に関して一切発言権を持っていないのである。つまり、最大の大株主であるはずの日本国政府がその経営に口を挟めないのだ。さらに日本銀行には政策委員会というものがある。この政策委員会とは日本銀行の最高意思決定機関であり、その権限は、通貨や金融の調節に関する方針決定や、幹事及び参与を除いた役員の職務の監督などの任務だそうで、それ以外にも多岐に及ぶ重要な決定権を握っている。

   さらにこの委員会には、政府の「財務大臣の出席は認められるが発言権はない」となっている。ということは、政府は資本金1億円のうちの5500万円を出していて55%の株を所有している大株主でありながら、何の発言権もなく、何の権限も持っていないということになる。日銀の総資産は112兆7409億円であるが、しかし資本金が1億円とはいったいどういうバランスなのだろうか? そして誰にもまったく知らされることなく、民間から選出される政策委員会のメンバーとはいったい何者なのだろうか?

   なぜこういうことになったかといえば、第二次世界大戦後にアメリカの指示で日本銀行役員の民主化を強いられ、事実上日銀は買収されたからである。日銀の資産112兆7409億円であるが、その株の大半は天皇が持ち、残りは銀行家グループが持っている。それはつまり、彼らを背後から支配するE.Tグループの存在と、その存在たちに使われる天皇や銀行家グループの取り巻きたちが日銀を思いのままに動かしているということであり、残念ながら、米国のFRBとの違いはないと言わねばならない。

   なぜなら天皇家の莫大な資金が実際に使われるときには、当然一度「表のお金」に衣替えしなければならず、その時には世界中の銀行家グループの機関が使われる。しかし「円」は日銀しか発行できず、巨額のお金を円に兌換(だかん)するために日銀を通しているはずである。ということは何らかの形で、日銀は天皇家と裏の関わりを持っているということに他ならない。

   世界中のどの国においてもこれらの仕組みは基本的に同じであり、国家とその国の中央銀行との関係は表向きは独立したものでありながら、その裏ではドロドロした癒着があるものである。しかし亡くなられた中川昭一元財務大臣は、このような勢力に勇敢に立ち向かった人であった。若くしてあのように、軋轢に対峙して戦ってくれた議員はなかなかいないものである。彼の政治家としての考えや活動は、スペシャリストとして真っ当で高潔であった。彼はまさに陰謀に嵌(は)められたのであり、あのG7の時にも彼の功績は一切報道されることなく、彼を貶めるような報道に終始したことに彼らのやり方を見ることができる。政治を裏で操作する金融の仕組みを作った宇宙人グループとそれに従う人々が、どのような露骨な手段で私たちの世界を支配しており、中川氏のような勇者を見せしめのように暗殺するか、そのやり方の一端を見たのである。
      http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/13-7e34.html
      http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-93ee.html

   ほとんどの陰謀論は、欧米社会の裏側が日本に与えてきた影響という視点で語られることが多いが、日本という国の裏の顔は、決して被害者ではないということがわかってもらえただろうか。これまでこの地球を何らかの形で支配してきた勢力は、宇宙戦争をもくろんで戦闘態勢を整えてきた宇宙からきた6つのグループであり、天皇家も含めて世界に君臨する王侯貴族と言われる人々のすべては、その宇宙人グループの支配下に置かれてきたことは紛れもない事実である。

   しかしここで私たちが改めて知っておかなければならないことは、誰がどんな悪事を働いているかといった単発的なことではなく、すでにこの社会は多重構造になっており、表面からは見えないところで動いている社会は私たちの理解できない常識を覆した世界であり、水面下ではすでに世界中がつながっているという事実である。そして今、彼らはこのような支配体制を水面下から確実に表面化させようとしている。彼らのそのシナリオが「新世界秩序」というものであり、そのために地球を一つに統一する完全征服に向けて、シナリオは急速なスピードで進行中である。その一つの具体的なものが、もちろんTPPである。


        「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat ヒカルランド

                        抜粋したもの


      
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あり余る地球資源をコントロールする者たち

   私たち人類はかつてワンワールドの地球に生きていたが、故意に引き裂かれた結果、言語や文化、価値基準などそれぞれが異なる生活の中に生きてきた。そのような人類がいきなりすべてを同等に分配し、理解し合うのは難しいことであり、大きな混乱のもととなることは十分に予測できる。よってワンワールド化に向けて、私たちはまず何を目的にするべきかなどについて十分に理解し合い、できる部分から交流を始めることが段階的に必要である。

   ここで旧約聖書の「創世記」にある、「バベルの塔」について引用しておこう。
11:1 世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。
11:2 東の方から移動してきた人々はシンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。
11:3 彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。
11:4 彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。

11:5 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、
11:6 言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることができない。
11:7 我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
11:8 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
11:9 こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

   これは新共同訳によるものだが、この時点でしばしば間違いがある。
   11:4の「有名になろう」はおそらく誤訳だろう。前後の流れから考えると、「目印にしよう」あるいは「シンボルにしよう」が自然なものである。聖書の解釈は、例によってその解説は実にさまざまであるが、その理由は私が説明するまでもないだろう。聖書のこの場面は、人間の進化と向上心を抑圧し、主である神が、自分たちの支配力を固持しようとする場面として理解するのが自然である。

   しかしキリスト教の信者や神父、牧師にかかってしまうと、ここからもとんでもない解釈が飛び出すことになる。その中でもっとも多い解釈は、人間の驕(おご)りによって人類が神の領域を侵すことで、人間が過ちを犯すことのないように守ってくれたというものである。しかしその裏にあるものは、「神が行なうような科学技術の進化を、人間が行なうのは尊大で傲慢な行為である」とする意見であり、考えである。よって初めから、人間の「驕り」に焦点を合わせる意図のもとに、11:4の訳を「有名になろう」といった取って付けたような訳にしたのであろう。

   おまけとして、せっかくこのように神が人間たちを散らしてくれたにもかかわらず、携帯やインターネットなどの発達のせいで、再び人間は驕り、遺伝子組み換えや原子力発電などを考えるようになり、その結果、自分の首を絞めるようになったのはその報いだという意見も結構ある。しかし一方で同じ信者の中にも、「バベルの塔」の意図とは反対のことが起きるように、つまり「神が人類の進化を促進してくれるように」という考えを持つ人々もいるのだ。

   さて私たちは、人類の歴史を大きく変える時を迎えている。
   地球の大いなる進化のために、地球人が自分たちの真の力に気づいて発揮できるように、今、地球自身も苦しいプロセスに耐えている。このような中で、私たちが国境を越えて手をつなぐためには、TPP自由貿易のような、支配体制に限界がなくなるような恐ろしいものではなく、私たちの知恵と心がつながり合うものでなければならない。

   地球上のすべての人が一人残らず満足に食べることができ、快適な環境で喜んで暮らすために必要なすべてのものを手に入れたとしても、それでも地球の資源は不足することなく豊かにある。つまり地球の資源である食糧や水、エネルギー、鉱物、植物などには、空気と同じくそれらに価値をつけることはできないものなのである。

   しかしながらその中で誰かが利益を得ようとすると、それらはコントロールされるようになり、それらが市場に出回る量をコントロールすることで価値が作られることになる。つまり経済社会における価値とは、少ないという「希少性」の上に成立しているものなので、少ないから価値がある、入手できない、特別なものという価値感を持たされてきた。そして実際にそのために、大量の石油が海に捨てられてきたのである。つまり一見非常に便利でよくできているように見える現在の貨幣経済は、地球本来の持つ豊かさが人類に反映されることではなく、それとはまったくかけ離れた世界に人類を追いやってきたのである。

   お金を必要としないマネーフリーは本来ごく自然なことであり、宇宙の先進文明においては当然のことである。しかし私たち人類はお金で生活することにすっかり慣らされた結果、多くの人がお金が便利なツールであることを体験したので、お金がいらないという概念に戸惑いを感じるだろう。多くの人がお金さえあれば、自分の必要はいつでも満たせると考えている。しかしそのお金の流れを作る金融の仕組みが、実は自分の生活を苦しめているのだということに気づくためには、社会全体を見渡す必要がある。

   実際にほとんどの人が一日中働き、住宅ローンを抱え、子どもには高学歴を与えねばならず、そのためには多くのお金が必要とされ、人並みの生活を何とか送るだけで精一杯の状態にある。よって、それ以外のことに意識を向ける余裕などないのである。それでも日本人は非常に恵まれているとしなければならないと皆が自覚しているので、誰も文句は言わないが、言おうものなら、「世の中そんなもんだろう」と諭されてしまう。

   現在、世界の人口の約50%が1日5ドル以下の生活を強いられている。
   多くの人が毎日十分な食事を得られていないのが現状である。私たちは、そのような状況を作り出している、今の経済社会を成立させている根幹の金融の仕組みから脱却することが必要であり、世界中のすべての人が一斉にお金を捨てるためには、大きな意識革命と、科学技術を爆発的に進化させることが必要である。

   そして今、いくらお金を持っていても、必要なものが自由に手に入らない状況が来ようとしている。そしてそれを引き起こすのは異常気象や天変地異、環境汚染などであり、地球温暖化の原因も考えられるが、これらのほとんどは仕組まれた現象なのである。そしてこのような現象を起こすことで、人類の文明が自然界を破壊している元凶であるかのように思わせている。そうしてそれらを仕組む者たちは新たなエコ産業で収益を上げる一方で、彼らがコントロールしやすくするための人類の人口削減計画は着々を進んでいる。

   そのためにもうかなり前から、食糧はすでにコントロールされており、自由貿易によって植物の種は私有財産化されており、種のできないターミネーター型と呼ばれる品種が開発されている。また日本ではすでに減反政策や、今回の放射能汚染などによって、じわじわと世界的な大飢饉を演出する準備が進められてきた。

   ではどのようにしたら、これらの謀略の全体を眺めることができるのだろうか。
   社会のすべての活動の動機はお金である。つまり現代社会を動かす機動力はお金でしかなく、あなた方の行動の動機はすべて、このお金が得られなくなると生きられないという「恐怖」に起因している。金融の仕組みはどのようになっており、経済はどのように流れており、誰がそれをコントロールしているのかを調べることで全体を見通すことができる。

   日本ではお金がどのように作られ、どのようなルールで銀行に分配されているかについて国民は知っているだろうか。それよりもまず、自分の国を動かす仕組みについて興味を持っているのだろうか。多くののんきな日本人は、そんなところに問題があるはずがないと考えるので、その仕組みを知ろうとする人はまずいないだろう。そしてこのような多くの日本人の姿勢が、実は大きな問題を見逃してきたのである。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat  ヒカルランド

                        抜粋したもの


       
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かつて地球は「ワンワールド」だった

   世界を一つにするワンワールド化という課題は、もしその頂点にすべてをコントロールしようとする一握りの権力者たちが立つならば、それはとてつもなく恐ろしい構図となり展開となるだろう。しかしその反面、地球が宇宙の中の一部として進化していくプロセスにおいては、どうしても必要な推進されるべき事項なのである。私たちはそのマイナスな面だけに注目するあまりに、反対意見が多いことも承知している。しかしどんなことにも必ずリスクが伴うものであり、リスクヘッジに囚われるあまりに前進できないとすれば、それは本末転倒と言わねばならない。

   現在の地球社会は、経済だけが価値基準の中心になっており、その考え方に私たちはすっかり慣らされてしまった。その例として今回の原発事故が上げられるだろう。原子力発電が人間の生命にどのような危機をもたらす可能性があるかといった、安全に対する明確な保証が得られていないままに原子力発電所が作られ、今回のように事故が起きても、経済の混乱を生む可能性が少しでもあれば原発の稼動を止めることに躊躇し、しり込みしてなかなか前に進めないのが実情である。

   しかし宇宙の先進的な文明を持っている星の中でも、地球のように地域ごとに分かれた国や都市や町のように、それぞれが異なった自治体制が敷かれているようなところは存在しない。この制度は著しく不均衡を生むものであり、それぞれが利害関係を作ることになるので力関係が生じる。その結果、ごく一部の人だけに富を集中させるためには合理的なものであるが、多くの人々にとっては地球の豊かさに触れることは決してなく、人類にとっては決して得策ではないのだ。

   実際にあなた方は、自分が暮らす社会についてどれほどのことを知っているだろうか。日本の国を運営しているのは日本政府であるが、国民がどんなに政府の政治政策に関心があったとしても、政治家たちの職務のすべてを監視することは不可能であり、彼らがどのような外交を行なっているかについても、その全貌を知ることはできない。これは政治の世界だけのことではなく、会社においても同じである。

   あなたが勤めている会社のそれぞれの部署で何が起きているのか、取締役会議でどのような話し合いがあったかについてあなたに知らされることはない。それについてあなた方は何の問題も感じていないかもしれないが、このような仕組みは実は計画的に作られたものであり、この仕組みを上手く利用してきた人たちがあなた方を全体から引き離し、目先のことにしか関心が持てないように人々の意識をコントロールしてきたのである。

   そしてこの仕組みこそが、私たち人類が国境を越えて人々と心でつながり、助け合うことさえできない困難な状況を作っている。今回の震災の時にも、実は全世界から多くの医師たちが救済活動に参加するために日本の被災地を訪れたのであった。しかしこれらの医者たちは、一人の患者を診ることもなく自国に送り返されたのである。その理由は、日本の医師免許を持っていないからというものであった。

   私たちは日本という豊かな国にいて、遠く離れた貧しい国で生きる力を失っている多くの子どもたちに、自分たちに何かできることがないだろうかと思ったことが一度もない人はいないだろう。このように私たちは、同じ地球人として助け合おうとする自然な気持ちを持っていても、国というボーダーラインがあるために簡単にはできないのが実情なのだ。それもせいぜい募金活動に参加するのが関の山といったところで、まるでブラックジョークのような現実なのだ。国連という機関は人類のために作られたものではなく、一握りの人々がコントロールする金融システムのためにある。

   しかし、もし地球がワンワールドであったらどうだろうか。
   それぞれの地域の立地条件や政治的政策、科学技術などの違いが、こんなにも大きな今ある貧富の差を作り出すことは考えられないはずである。地球にはそれぞれの地域によって気候や気象条件による差があり、生まれた場所や環境によっては生まれながらに貧富の差があるので、どこに生まれたかによって最初から不公平な条件のもとに、厳しい人生を突きつけられることになる。

   貨幣というものは、このような状況を改善するためにあるべきものである。しかし地球の現在の貨幣の在り方は、むしろこの状況をさらに悪化させるだけであり、このようなことは宇宙の先進文明においては考えられないことである。もし貨幣経済システムというものが、始めからすべての人類の平和と公平な分かち合いのために作られたものであったなら、地球に国境を設けバラバラに管理する必要はなかったはずなのだ。

   つまり、あなた方が何よりも知っておくべきことは、地球はもともと「ワンワールド」であったということである。そして先にも述べたが、そもそもここ地球に最初からいたのは地球人類ではなく、地球外生命たちであった。彼らははるか数百万光年も離れたところからやってきており、しかも自分たちの星と交信する技術も持っていた。そのような彼らがこの小さな地球上で、地球の裏側にいる自分たちの仲間との情報のやり取りに不便を感じたはずがない。そのゆえに、世界中のにある遺跡からは同じような土器や石器、文様や言語、また巨大なピラミッドのような建造物が存在するのは当然なのである。

   そしてこのような地球に後からやって来た地球外生命がおり、彼らはこの星の一部の支配権を握ることを計画した。彼らにとってワンワールドにいる人類が協力し合うことによって進化することは、何としても避けたいことであった。そのために彼らが考えたことは、それぞれの地域を細分化することによって、そこに生きる人間たちの間でしか通じない暗号のような言語を使わせることで、協力せずむしろ対立し合う関係を作ることであった。そして彼ら自身を神として奉らせ、彼らの言うことに従わせながら教育していくことで、独自の文化や価値感が生まれるようになった。その経緯が「バベルの塔」の話なのである。これらのことは決して自然に発生したものではなく、計画通りに仕組まれたことなのである。

   カタカムナ文字という、非常に古い文字を石版に刻んで記録されたものが、日本のあちこちから見つかっている。もちろんこれは古事記や日本書記よりも古いもので、この文字をさまざまな人が研究している。また突然にこの文字を理解できるようになったという不思議な人の話も何度か聞いたことがある。このような古い記録によるとエホバが教えてくれたように、神々の世界は、現在の神道の中で伝えられている「神道の世界」とは違う世界観のようである。

   カタカムナによって記述されているものは、宇宙の根源である神「天御祖神」がいたことを記しているのである。つまりユダヤ教やキリスト教やイスラム教などのアブラハムの宗教の神である、ヤハウェやエホバやアッラーなどすべてを包み込む根源の存在のことである。かつて世界中の人々は同じ神を信仰し、同じ名でこの神を呼び、同じ言葉を使っていたのであった。


        「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラSaarahat ヒカルランド

                          抜粋したもの


            
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人間関係とはエネルギーの関係である

   私は、オーストラリアのタスマニアで生まれて成長した。
   私は乳母車に乗るほど幼いころに抱いた、はっきりした意識を今でも覚えている。それは、「地球に来た」という意識であった。子どもの頃の私は普通に霊を見ていた。私は普通の子どもとどこか違っていたのだ。祖母のお葬式の時、私は肉体から離れた祖母を見ていた。魂の存在に戻った祖母は、上の方から私に微笑みかけていた。私もお葬式のときに微笑んでいたので、周囲からは変わった子どもだと思われた。

   寝ているときにもたくさんの霊がやってきた。
   私はそういう存在たちを恐ろしい存在として考えたことがなかった。優しい顔や表情を見せてくれる霊もいれば、私を見に来た霊や仕事をしているように見える霊もいた。私は霊を見ていただけではなく、自分が子どもの頃から不思議なエネルギーを発していることに気づいていた。私がいる場所では、人々は正直に話し出すのだ。時に口論になることもあったがそんなとき、親戚の大人たちは「あのカーリーヘアの子どもを連れてこないでくれ」と言っていた。

   だんだんと成長するにつれ、私は自分の与える影響で不思議な現象が起きることに気がつくようになった。学校では先生が、私の目を見ないと1日を始められないというので、私を教壇の前に立たせることもあった。私の目から肉眼でもわかる光が出ていると言う人たちもいた。私は、人が普段は黙っていることを刺激し、表面化させ、また近い将来肉体的な症状として現れる可能性のある、その人の溜め込んだ悲しみや怒りなどを取り除くということに、今では気がついている。

   私は子どもの頃から動物が好きだった。
   私が住んでいたところには、動物たちがたくさんいて道を歩いていた。小さい頃はまだはっきりわからなかったが、私が動物たちを撫(な)でると、特に犬や猫たちが体をくねらせて私の手を置いて欲しい場所を教えてくれるので、私はその場所に手を当ててあげていた。動物は全部そうするものだと私は思っていた。

   私は食べ物に関して好き嫌いがはっきりしている。
   味わう前に、食べ物を見て感じるだけで食べるべきだとわかり、そして実際に自分はそれが好きなものだとわかる。赤ちゃんが食べ物を吐き出すのを見たことがあると思うが、赤ちゃんは嫌いな味がするものは食べないのだ。私には味見さえしない食べ物が子どもの頃からあり、それは今でもそうである。そういう食べ物は、私にとって合わないエネルギーを発しているのだ。

   子どもの頃のある食事のとき、私の親はこれはチキンだからといってウサギの料理を食べさせようとしたことがあった。しかし私は直感で、それが違うことを知っていた。なぜなら肉の皿の周りで、ウサギが駆けっこをしている様子が見えたからだ。私はたまにステーキなどを食べることがあるが、皿の周りに顔が見え、その顔が私を見つめているのだ。私はベジタリアンではないのでたまに肉も食べるが、野菜のほうが好きである。

   私は、非常に無邪気で子どもっぽい性格をしている。
   しかし人生の時間の経過とともに、私はいろんなことを学び、覚えておく必要があった。そして自分の人生に現れる人すべてが、よい意図を持っているわけではないということを学ぶ必要もあった。私がこういう人たちに出会うのは、その人たちの学びと成長に関わることであったと思う。私の無邪気さを心配した父は、私に無邪気でいないように教えようとしたがあきらめたようであった。そして今もあの頃と変わらないものが私の中にある。

   私の周りの人たちは、私の態度にフラストレーションを感じることがよくあるようだった。それは誰かが私に困らせるような、不愉快なあり得ないようなことをしても、私は次の日には何事もなかったかのように、何も気にすることなくその人に接していたからだ。私にとって昨日のことは昨日のことであり、今日は今日という新しい日であり、他人の間違った行為は昨日に関わっていることなので、私はそれらを昨日に置いてきたからである。

   学校にはいじめっ子がいる。
   学校だけでなく、いじめっ子はいつの時代にもいる。私の子どもの頃、いじめっ子は体の大きい女の子だった。あるとき彼女はそのターゲットに私の妹を選んだ。私には2人の妹がいるがその妹はどこか自信なさそうだった。いじめっ子はそういうところを見逃さない。妹が母親にその女の子がしていることを話しているのを聞いて、私は何か行動が必要だと思った。

   校庭に出ると校門の周辺には多くの子どもたちがいたが、その女の子を見つけるのは簡単だった。私は自分が何かをすると思った。私の妹が前を歩いていたが、女の子は妹を見つけると素早く妹のところに歩いて行った。私は素早くいじめっ子の隣に並び、私の妹に言っていることを聞いた。それは脅しのような言葉であったが、重要なポイントは妹がその子の話を本気にしていることだった。その女の子は言葉で脅すだけであって、行動で何かをしたわけではなかった。しかしいじめっ子というものは無意識のうちにある種のエネルギーを知っていて、それが誰を脅えさせるかを知っているのだ。よって自分より強いエネルギーを持っている人を苛めることはまれである。

   この時、私の妹にはこの女の子が強そうに見えたことがわかった。
   つまり妹にはこの女の子が力を持っているように見えたのだ。それが何であったか今は覚えていないが、女の子は妹に、何かをしないと傷つけると言ったのだ。その子は長い髪を一つに束ねてお下げにしており、その長く編んだお下げがそこで私を待っていた。私はそのお下げを、グイッと強く引っ張ったのだ。

   その後、その女の子は校門で妹を待たなくなった。
   私には力があるという噂が学校中に広まった。私は少しの間それを楽しんだが、その女の子のことが気になり始め、心配になった。そうでなければいいのにと思いながらも、この子はいつも一人だった。私は今、このいじめっ子の影響を受けており、私が次にとった行動は昼食のときに彼女の隣に座ることだった。最初、女の子は怖がり、他の人たちはまた私が髪を引っ張ると思っていたので、私が隣に座って話しかけるのが理解できなかった。この子の名前はスーザンで、スーザンは少しずつ気持ちが和らいできた。

   私は人間関係とはすべてエネルギーのことだと考えており、関わることでお互いの間のエネルギーが変化するのである。ある時点で一方が力とエネルギーを持っているように感じるが、それはもう一方に移行したりする。いじめっ子の人生には問題があり、もし幸せなら力を使って誰かを標的にしたりはしないのだ。しかし苛められた方は跳ね返すことができず、いじめを止めることができないので、親や先生は子どもたちの声を聞くことが不可欠である。

   私が10歳のとき、2つの出来事があった。
   それは私にとっては「知っている」(knowing)という感覚であった。しかしこの感覚は人には理解されないために、私は辛い思いをしていた。私の父は、レース用のグレイハウンドという犬を飼っていた。そしてこのグレイハウンドが8匹の子犬を産んだのである。私は新しく生まれた子犬を見に行き、その後友人を連れて来て、私が子犬を抱き上げて友人に渡したその時、母犬が私に襲いかかってきたのだ。私の顔は母犬の鋭い牙で唇を引き裂かれ、大量に出血した。その瞬間、私は自分の過去世のある場面を見たのだった。

   私はどこかで、こういう仕打ちを受けても仕方がないということが「わかって」いた。
   後になって、過去世を見る能力を持ったオーストラリアに住むオランダ人の長老から、私の多くの過去世の話と、あるエジプトでの私の過去世の話を聞くことになった。当時、私はエジプト王室に生まれており、多くの秘儀や儀式を経た後に、2頭のライオンを所有していた。私は自分がライオンを飼っていたことがあるのをどこかで知ってはいたが、その時の私は悪意を持って近づく人に対して、このライオンをけしかけていたそうである。私はこのグレイハウンドの母犬に襲われたとき、どこかで仕方がないことだと「知っていた」が、それはこの過去世が原因であったのだ。

   もう一つの話は、私が庭で雑草を抜く手伝いをしていたとき、わたしの皮膚は何か毒を持つ草に触れてしまったようだった。その後、手は腫れ上がり、激痛を伴った。病院に行ったが、大したことはないとの診断であったが、私にはこれは簡単なことではなく、重大な緊急事態だと「わかって」いた。ますます具合が悪くなり、意識は朦朧(もうろう)として、再び病院に運ばれた。私には、どこかで「知っている」という感覚が人生において何度もあり、このときもそれと同じ感覚であった。

   私のエジプトでの過去世を話してくれた長老は、私の今回の人生の直前の人生はドイツの医者であり、毒が体内に入って亡くなったと話してくれた。この病院に運ばれたときに感じた「知っている」という感覚は正しかったのである。しかし大人たちは、子どもの私がどんなに説明をしても信じてはくれなかった。そして、前回の人生において死の原因になった肉体の症状や病気というものは、現世における最初の10年間の間に、再び肉体に生じることがよくあるということであった。


        「太陽の癒し タッチング ザ ソウル」 ジュディス・カーペンター著
               徳間書店5次元文庫    抜粋したもの



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なぜ日本人は英語が話せないのか

   日本人は意図的に、外国語を話せないように教育された人々である。
   その理由は聖書に登場する「バベルの塔」の話にも出てくるとおりである。私はこのように原稿を書いていて思うのだが、日本語は繊細な感情的動きや感覚的なことについてはとても表現しやすい言語だが、論理的に語るにはむしろ英語のほうが明確に表現できる。

   霊的な分野においては特にそうで、本来霊的分野とは科学であるので当然である。
   日本語はそのような言語であるにもかかわらず、日本人は決して感情的に見える国民ではない。日本人から見ると、ラテン系の人や韓国人の情熱的な表現には圧倒される部分が多いだろう。

   これは日本語という言語の特徴と関係があるように思う。
   その理由の一つは、感情的なことを言葉にして表現しやすい上に、主語がなくても通じることや動詞が最後に来る、また情緒的表現をいくらでも羅列できて、その部分が充実すると肝心の最後の動詞がなくても何とか話が通じるなどの理由である。そのために露骨な表現をしなくても済み、話すほうも聞くほうもお互い興奮状態に陥りにくいと考えられる。

   しかしその反面私たち日本人は、実はどの国の人々よりも粘着質のしつこい感情をいつまでも引きずるタイプの人が多く、その理由の一つはこの言語に起因しているようにも思う。もちろんこれはすべての人々に該当するわけではなく、自分の感情を冷静に表現しようとすると、とりあえずそれが自分の使える言語であるゆえに、感情的なエネルギーが蓄積され、発散されないこともあるだろう。このような言語の弊害によって、日本人は意識を停滞させられる要素がある。

   また形容詞や副詞を次々に並べて、自分の感想や意見について述べているうちに、肝心の自分が伝えたいことが何だったのか忘れてしまうことがある。実際にセッションなどで個人的に話を聞いていて、自分が思っていることをうまくまとめられなくて何がしたいのかわからなかったり、どうしてほしいのかを相手に的確に伝えられないために、欲求不満を抱えている人が非常に多いのも気になるところである。

   確かに曖昧な表現が許される言語なので、何となくニュアンスだけで通じ合っているような気がしていても、いざグループで活動しようとすると、実はまったく理解されていないために、コミュニケーションが躓きとなって作業効率が下がることもある。

   また日本語の曖昧な表現は、私たちの脳内の想像力も曖昧なものにするので実現化の力も弱くなる。たとえば、「こんな素敵な家に住めたらいいなぁ~」という表現ではその人の想いは伝わっても、一つの明確で具体的な可能性として脳が示すことはできない。もしそれを望むのであれば、住めたらどうなるのか、住む意志が本当にあるのかどうかなどが明確でなければ現実にはならないのである。日本語の文型の最後に来る部分は結果と意志を表す重要な部分なので、自分が思ったことを実現化につなげるためにも、最後まで確実に言い表す習慣を身につけることが必要である。

   日本語は世界中の言語の中でおそらくもっとも難しい言語かもしれず、それだけもっとも繊細なことを詳細に表現できる言語であり、「言霊」(ことだま)という言葉が示すとおりに叡智の詰まった特別な言語であると私は確信している。またこの難しい言葉を使える日本人として生まれてきたことを本当に誇りに思っている。

   また毎日の生活は言葉によって表現されているものなので、もし考え方や生き方が混沌としてくると言葉も混沌として乱れてくるものである。現在多くの日本人が先を明確に見通すことができないでいる今、当然私たちが日常的に使う日本語も不明瞭になっているはずである。つまり日本語の弱点である語尾が消えて曖昧になったり、明確な意見のないいい加減な表現になっていることが考えられる。

   実際にほとんどの日本人は、美しく正しい日本語を話していない。
   そうであれば、自分の考えを的確にまとめて具体化し、それを現実的に実践していく力が養えるはずがない。言葉は、その人の考え方や意識に深く影響を与えるものである。そして日本語のような特殊な言語を持つ私たちの精神性や意識にも、特別な部分があるかもしれない。

   特に几帳面で正確な作業や、サービス精神は世界でも類を見ない素晴らしい特徴だと思われるが、しかし言葉が乱れてくると、まずそういった素晴らしい特質は失われるのである。私たちは日本語の素晴らしさをもっと理解する必要があるのかもしれない。そのためにも、もう一つ別の言語を改めて学んでみることは有益である。

   昨年、私はエジプトに行き、世界中の人々の集まりに参加した時、一度日本に行ったことがあるというアメリカ人が、「先進国の日本はみんな高学歴なのに、なぜあんなにみんな英語が話せないのか不思議で仕方がない」と言っていた。その通りである。私たち日本人は文科省の制定で、中学高校と実に6年間の英語教育を受けているにもかかわらず、それはなぜかまったく役に立っていない。6年間といえば短くはない期間である。その根底には英語を必要としない生活スタイルがあることは理解できる。

   日本語は文法も特殊なだけに、ほとんどの日本人の脳は外国語を受け付けず、最初に大きな壁にぶち当たることも多く、しかもシャイな性格のゆえに上達が難しい。しかしそうであっても、私たち日本人が別の言語をマスターすることは今とても重要である。なぜなら今後は日本人が世界に向けて発信していくことが多くなると予測できるので、新しい可能性に向けた活動のためにはとても重要なことなのだ。

   より多くの日本人が、世界の人々と直接交流する機会を作らなければ、地球レベルの大きな飛躍にはつながることができない。せっかくパソコンがあっても、日本語サイトのかなり狭い範囲の限られた情報しか検索できない。しかし
外国語ができるとかなり情報網は広がり、私たち日本人が、かなり偏った狭い角度からしか物事を見られないように操作されていることに気づくだろう。

   
今どこの国を見ても、国民の生活や安全、幸福のために国家政策が行なわれていない状況であり、つまりはもう私たちにとって国境というボーダーラインは必要ないものであり、むしろ国家というラインがあるために、地球人類の危機を救うための動きが妨げられているのは日本以外の国でも同じである。もちろん、それがいきなり外国人に選挙権を与えるというような愚かな話になるわけではない。しかし国と国という関係においては上手くいっていない部分があっても、個人と個人という関係では非常に素晴らしい関係を築けることはよくある。

   日本には素晴らしい文化があるが、この文化の継承が危ぶまれているのも元をたどると、実は日本人自身が自国の素晴らしさを知る機会がないことに行き着くように思われる。そして日本の文化や財産を守ろうとする知識人の多くが、外からの侵害を避けるために国を閉ざすことを考えていることも事実である。しかしそれでは何の進歩も進化も起こらない。世界中の人たちが肩書きも学歴も身分も関係なく、一人の人間として心を開いてお互いに協力しあうことこそが、むしろそれぞれの良さを守ることになるのだ。


  「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat  ヒカルランド

                         抜粋したもの

日本人はどの国の人々よりも強く洗脳された国民

   私たちは今、山積みの問題を目の前にして、弱い立場に置かれている日本政府を当てにしている時間はない。まずはそれぞれが思ったことを実行に移していくことしかない。そしてただ情報を発信するだけでは力を生み出さないことを理解した人も多いだろう。

   日本が統治国家になってこれまで、いまだに一度も民主主義が実践されたことはない。敗戦後、一応表向きには民主主義のような体制をとってはいるが、私たち日本人の精神は完全にコントロールされた中にあり、自分の意見を述べることも、新しいアイディアを発信することも法律で許可されていたとしても、事実上は許されていない状態にある。しかも宇宙には地球に狙いをつけた存在たちが、そのために人間の意識をコントロールすることに何億年の昔から研究開発を行なってきた。それは緻密で複雑な脳を持つ人類を、長い間にわたってコントロールする技術である。

   そうやっていつの時代にも真実は容易に隠されてきた。しかも私たちは事実を事実として認識することを拒否する、自分の思考や行動にも気づかないほどコントロールされてきている。私たちは自分の国がもっとも平和で、もっとも理性的で精神性が高い民族で、世界の模範的国民であると思わされてきているが、日本という国には我々国民が知らないだけでなく、政治家や財閥や大企業のエリートたちですら知らない顔があるのだ。私たち日本人は世界中のどの国々の人々よりも強く洗脳を受けており、そのように教育され、「模範となる優良な奴隷」として従順かつ勤勉に働いてきた。その結果が3.11の大惨事であるが、その他に何かよいことがあったのだろうか?

   このような土壌には、日本の優れた学者たちがどんなに素晴らしいテクノロジーを発明開発したとしても、それが人々のために役立てられるために世に出ることはない。つまりお金で権利を買われて終わるか、または身ぐるみ剥がれるような目にあうか、あるいは投獄されたり消息を絶たれてしまう。私たちはこのような現実に立ち向かう力を持っていないのだろうか。私は決してそうは思わない。未だに収束できないこの惨劇から私たちは最大限のことを学ばなければならず、自分たちにとって安心して生きられる環境を、自分たちの手で創造しなければならない。この災害は今となっては、それを計画した者たちにとっては誤算であったと言えるかもしれない。なぜならすでに、彼らが思い描いたタイムラインは崩れ始めているからである。そしてこの災害によって、世界中の多くの人々が陰謀に気づき、新しい社会の創造のために立ち上がったからである。

   ここでもう一つご紹介しておこう。
   すでに日本でも各地のグループが自主上映会を開いているが、これは『THRIVE』というアメリカのドキュメンタリー映画である。この映画は、日本では上映禁止になっているが、アメリカではかなり大きなムーブメントになっている。内容は、世界中のあらゆることが「ある一部の人々」によって支配されているために、地球が平和で豊かな世界になることはないという事実を、非常に分かりやすく解説してくれる映画である。 thrivemovment.com で検索すると、25ドルで購入できる上に、日本語の吹き替えがついている。

   今後日本に起きることが予測される災害についてであるが、東海地震や南海地震も危惧されているが、それ以上にまことしやかに、パニックを煽ろうとするかのように言われるのが、関東に大地震の起きる可能性や特に東京が機能しなくなる可能性と、富士山の噴火についてである。確かに東京の過密ぶりは恐ろしいほどで、ここに大地震が発生すれば多くの人々は逃げ場を失うだろう。そして実際に東京都の災害対策マニュアルでは、災害時に環状7号線以内にいる人はその外に一歩も出ることができなくなる。それが交通状況の混乱を回避する対策であるとしても、しかしあえてここから出てはいけないと言われると、かえって不信感を抱くものでパニックになるのは自然な心理だと思われる。しかも今世界には、「人口増加が問題だ」ということを平気で言う人たちがいるので、「もしかしてこれは間引き政策ではないか?」と疑いを持つ人がいるのも理解できないことではない。

   東京がやられれば都市機能が果たせなくなり、即座に地方にも大打撃を与える。
   こうなれば完全に日本の経済は終わるはずであるが、しかし考えようによって私たちの意識いかんでは、これがまったく新しい社会を構築するチャンスになるかもしれない。すでに今ある便利な経済の仕組みを手放せというのは非常に困難なことで、それは何の保証もない未来に向かってすべてを捨てろというのと同じである。しかしそういう破綻状態に陥った時には誰もが必死で解決策を考えるものであり、そのような状況におかれた時、人類は常に新しい可能性に挑戦し、人間の偉大さを発揮させてきた。

   富士山についてはどうだろうか。
   前回の1707年に起きた宝永の大噴火から300年以上が経った今、富士山が危険な状態にあることは確かである。昨年、東日本大震災の直後に静岡県で震度5強の地震があったが、それ以来、富士宮の浅間神社付近からは大量の地下水が噴出し続けている。私は以前、「富士山は山ではなく存在である」、と市杵嶋媛(いちきしまひめ)から聞いたことがあり、確かに富士山はそんな高い山ではなく、シャスタ山やレーニエ山などの世界中の神聖な美しい山の中で、最も存在感の強い特別な山であると感じさせられる。

   これまでの長い間、静かに日本を見守ってくれていた富士山は、私たちにとって単なる風景の一部でしかなかったかもしれないが、実は地球のエネルギーを循環させる生き生きした活火山であることを忘れていた人も多いだろう。富士山は、木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)の御霊が宿る大切な山である。以下、木花咲耶姫(サクヤヒメ)とする。実は雅子様はサクヤヒメの分霊を持っている方であるが、今彼女が周囲からひどく傷つけられている状態なので富士山は活力を失っている。

   したがって、すぐには富士山の噴火はないだろう。
   私たちにとってそれは幸いといえるかもしれないが、富士山に活力が戻らないと、日本の浄化と二極性のバランスは完全に回復することができない。そこで今、富士山は新しいロゴスたちによって守られ始めている。そうなると今度は噴火の心配をしなければならないが、これに関しては避ける方法があるので、それについては後にお伝えしよう。しかしこのような天変地異の出来事は、何が起きたとしてもそれなりの混乱と困難を余儀なくされるので、それぞれが準備をして備えることが非常に重要である。特に今は、関東近郊の千葉や茨城、埼玉、群馬、そして静岡や山梨あたりの人は十分に防災対策を考えておかれるようにお勧めする。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラ Saarahat ヒカルランド

                         抜粋したもの



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3・11も9.11同様イルミナティを動かす宇宙人のしわざ

   天皇家の内部は一枚岩ではない。
   皇太子と雅子妃は一般庶民の我々から見ても、明らかに肩身の狭い立場に追い込まれておられるように思われる、暗に彼らを中傷したような記事や、いかにもそれらしいことが世間の噂になっているかのように、情報操作された週刊誌を利用して誹謗中傷が行なわれており、彼らに対して国民の非難を煽ろうとする意図が見え透いてわかる。お二人は宮中ではさぞ過ごしにくい日々であろうと思われ、あのご成婚の日以来、お二人が安眠できた日はなかろうと思われる。

   ごく普通に我々が学生時代に学んだ歴史を見るだけでも、天皇家や戦国武将、そして鎌倉時代の幕府内においても、それが絶えず恐ろしい陰謀と野望、そして残虐さの中にある世界であることがわかる。まして今現在、皇室の中では皇太子だけが全く違ったグループ出身の魂を持っておられる。

   そして、あのご成婚の直前まで、多くの葛藤を抱えながらご自分の選択を悩まれ、ついに、これまで天皇家を長きにわたって支配してきた宇宙勢力と決別する意志として雅子様をお妃に選ばれた。あの記者会見で、「何があってもお守りします」という表明は、まさに宣戦布告のような発言であった。

   一方で、これに対し支配者である宇宙勢力は、マスコミを利用して、皇太子より秋篠宮を優遇するような記事を書き立て、結局、秋篠宮に男児を与えてまで継承権を優位に立たせようとしている。皇太子は、これまで天皇家を操ってきたE.Tたちが畏れる、「新たに降りたロゴスたちの叡智のグループ」に属する魂の持ち主である。そして彼は世界中の王族たちが完璧だと評価されるに相応しい叡智を持っている。つまり彼が天皇という地位に立つと、宇宙勢力にとってはこれまでのように天皇家を支配するようなわけにはいかないことがわかっているのだ。

   今現在、地球ロゴスたちは、これまでのエホバに代わり次に地球の覇権を狙う存在たちに対して進化のチャンスが来ていることに気づかせ、彼らが完全に中立な意識を取り戻せるように活動している。この作業が進めば結果として、天皇家の方々は長い魂の苦しみからようやく解放され、ご自身の健全な霊性を取り戻し、本来の役割を全うされるだろう。皇太子殿下はこの時が来て、新しい社会の仕組みを人々とともに作っていく時期を待っている状態である。

   ここでこのように思い切ったことを書かせてもらったのは、こんなにも特別な日本という国を選んだ日本人であるあなた方には、すべてを知る権利と、すべてを自由に探求する権利を持っていることに気づいてほしいからである。しかし今や時代は、戦争の話も聞いたことのない世代に移行しつつあり、捏造されてきた歴史しか知らない私たち日本人は、知らないゆえに世界に対して恥をかくこともなく、あるいは心痛を感じることもなくいられるのは、何とも皮肉なことではないだろうか。

   しかしこれらは過去のことなので、今からどんな可能性を選択するかによってはいくらでも書き換えることができる。だからこそ新しい可能性に向けてタイムラインを書き換えるために、日本人としてこの過去の事実を私たち全員が引き受けるべきではないかと思う。そして私たちの魂はそれを引き受けるべく、この特別な地である日本に転生することを選んだ高潔な魂であると確信している。

   過去に何があったかを知る必要性やタイミングは、それぞれ個人によって違うと思われるが、私たちが今やらなければならないことは、知ろうとする態度と、知ったことをそれで終わりにさせることなく、新しい社会が展開していくために自分に何ができるのかを真剣に考えることで、何よりもそれを実践することであると思う。もし日本が持つ強大な力を未来と地球の進化のために使うことができれば、一気に世界を変えることができるのである。

   さて、もっともネガティブな状態はもうじき終息していくが、今しばらくはもっとも混乱した状態が続くだろう。震災からもう1年以上が経った。そしてこのような事態にあっても、いまだに原発を止めることができない。しかし政府ばかりを責めても何の解決にもならない。

   この国の土中にはうなるような「金」が眠っているにもかかわらず、政府はその金には一切手をつけることができず、何の権限も与えられていないために、常に私たち国民から過剰徴収することしかできない。しかも政府は、お金を握っている「陰の力」と対決しなければならない状態なのである。日本国民として本当に残念であるが、ここはまさに悪の巣窟のような状態なのだ。

   3.11は一部自然災害の部分もあるが、それに少し人工的な力を加えれば、あり得ない力となって大災害が起きることが陰謀者たちにはわかっていた。そしてそれを仕組んだのは、天皇家を含む世界の王侯貴族やイルミナティを陰で操作する「E.Tグループ」であった。

   3.11は9.11同様に自作自演であり、イルミナティがしきりと謳(うた)っている「新世界秩序」の頂点に立つのは日本の天皇という可能性が浮上するのである。しかしこれはあくまでも「天皇の地位」という意味であり、天皇自らは決して望まれてはいないはずだ。

   つまり、このような画策を練っているのは、これまで天皇という「権力の象徴としての地位」を支配し、利用してきたE.Tたちと、彼らに洗脳されて同じように天皇を利用してきた財閥や特権が許されている人たちである。しかし私自身は、このようなことは決して実現するとは思っていない。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat ヒカルランド

                        抜粋したもの


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天皇というポストを操作する宇宙人

   まず、天皇家がもっとも畏敬の念を持っているのは稲荷(いなり)である。
   なぜなら稲荷はすでに述べているように、いわゆる日本の神社に祭られている神々とはまったく違う系統のパワフルな意識体であるからだ。そして彼らは、誰に対してもどんなことに対しても価値判断のような評価をせず、ただ黙って、彼らが経験と叡智への道を歩むのを見守るのである。

   「麻や稲は、非常に重要な力の象徴」だとエホバが教えてくれた。
   麻はあなた方もよく知っているように非常に利用価値の高い貴重な資源であり、食用や油、繊維などに用いられ、非常に早く育成して強く、また二酸化炭素をよく吸うので、現在では環境改善のためにも重要で役立つ植物として注目されている。しかしある時期から、なぜか麻の陶酔作用の部分だけが取り上げられて規制の対象とされた結果、麻を栽培することに厳しい制限が課されるようになって現在に至る。

   つまり、麻という植物は「神通力」を持っており、次元を行き来する霊的なワークには麻は欠かせない重要な役割を持っていた。大麻は人間の意識を拡大し、量子場にその意識をつなげることのできる不思議なフィールドを持っている。また、イネ科の植物である麦や米は「縛る」(しばる)という作用を持っており、それは無限に広がる可能性を意のままに止めるという意味で、「自在に扱う」という意味でもある。つまり麻と稲を合わせて、「神通力を自在に操る」ということである。

   これは余談だが、私たちの社会では、私たちが知らないうちにいつのまにか、あらゆるものに権利が生まれていてそれぞれの所有者がいる。麦や米のような貴重な資源もやはり権利を持っているグループがおり、麦はユダヤ系のグループが、そして米は天皇が持っている。

   さて、初代神武天皇から数えて、約2720年続く天皇家の血脈は、エホバが述べたように単一ではないことがわかったと思うが、この長い間にはいろんな方法で
さまざまな種族がこの血脈に入り込んだのであった。実際に、生まれてきた皇子と入れ替えられたこともあり、聖母マリアの処女懐胎のようなことも多くあった。天皇という地位を操ってきたグループは、このポストを継続して使い続ける計画を持ち、家系的につながっているように操作してきたのである。よって、彼らの肉体に入る魂も次々と入れ替わっており、つまり生きている間にも肉体を乗っ取られてウォーク・インされているのである。

   私たちの存在の本質は魂であるので、肉体に入っている魂が誰かの魂と入れ替われば、入れ物である外見はそのままでも実はまったく別の人格である。そして誰もそのことに気がつかない。これが、天皇家に起きている状態なのである。このようなことが長い間天皇家に起きてきており、かつて天皇が現人神(あらひとがみ)として畏れられていた時代とは違い、現在の人々にとって天皇家はあまり関心の対象にはならないこともあって、天皇家をこれまでコントロールしてきた宇宙人たちが何をやろうが、ほとんど不審に思われることのない状態にある。

   あなた方も気づいているように、日本の歴史の多くは捏造されている。
   それほど過去のことでなくても、現在の状況でさえ、水面下で何が仕組まれているのかの予測はできても事実を知るのは困難である。そして天皇という地位を巡ってここまで起きてきた抗争を考えると、これから述べてゆくことも一概に嘘とも言い切れないと思うはずである。戦国時代に入ると天皇は影を薄くしていくが、そのポストがなくなることは決してなかった。むしろこのポストを支える体制を世界中に作ってゆく準備のために、あえてこのような時代を仕組んだのであった。この時代に信長が武器を輸入し、造船を行ない、世界戦争へのデビューのために準備を始めたのである。

   そして南北朝、足利、鎌倉幕府へと移行していくこの流れも、すべてが何者かに仕組まれていることであるとしたら、その延長にある現在起きていることも納得できるかもしれない。このように権力を推移させているように見せながら、天皇の座であるその拠点を東の外海には面していない江戸に移し、日本列島すべてを統治する体制が欲しかったのである。しかし当時の戦争で敗北し、みじめな思いをした人々はもちろん、自分たちが一つの大きな宇宙勢力にコントロールされていることなど気づく由もない。

   徳川家康は、その執念深く、思慮深い性質を認められ、この時のために最後まで守られてきた。なぜなら徳川は、かつて苦湯(にがゆ)を飲まされたアイヌの末裔だからである。彼が再び日本の天下を取ることにどれほど執念を燃やしていたかを宇宙人勢力は見逃すことなく、彼に唾(つば)をつけておき、その役目を担わせたのである。そしてその計画は見事に成功した。

   260年の長きにわたって江戸幕府が作り上げた絶対君主制は、まさにユダヤ人たちが絶対君主に従う体制と同様であった。逆らえば命がないだけでなく、自分達一族郎党が子々孫々にいたるまで代々仕打ちを受けることを恐れて、家族や仲間同士が互いを監督し合う体制がきっちり出来上がったところで、権力の座を天皇に戻したのであった。そして一気に待ち望んでいた戦争を仕掛け、最後には「負ける」という筋書きまで決めてあったのだ。その理由は天皇のポストを守るためであり、負けておくことで彼らにとってのさらなる可能性を残すためであった。

   第二次世界大戦の最後には日本の国力も尽き、国民は食べるものを食べずに「お国」のために戦わされ、最後には自分の体を武器として戦った特攻隊のことなどは周知の事実である。そしてそのときまでに日清、日露、第一次世界大戦と続けられた戦争により、暴力団組織を使ってまで相手国から奪い取った財宝は、すでに天文学的な量になっていたのだ。その時の状況は表現することさえはばかられるような、日本国民として目をそむけずにはいられない状況であることは察しの通りである。

   この筋書きは、天皇というポストを操作する宇宙人勢力が仕組んだものであり、彼らは手に入れたこれらの財宝と金塊を守るために、さらに多くの人々の命を奪っていった。驚くことにその戦争中であっても天皇ファンド(資金)は通常通りに機能しており、しかも相手国の戦争費用は天皇が賄っていたのである。なぜなら「敵」の連合軍を支配しているのも、同じE.Tである宇宙人グループであったからだ。

   そして今、地球ロゴスの交代が行なわれて以降、これまで天皇という地位を使ってすべてをコントロールしようとしてきた宇宙人たちのゲームも最終ラウンドに入っており、次のステージに向かうように急き立てられている状態にある。現在の今生天皇は今非常に危険な状態であること、そして今彼が崩御されれば日本は非常に危険な状況になることを、新しく降りたロゴスが夢の中で私に伝えてきた。ロゴスから、「あなたも天皇に対して最大限できることをしなさい」とも言われた。天皇陛下は今、非常に強い霊的な攻撃を受けておられる状態にあり、肉体的にもかなり容態が悪いようである。だいぶ快方に向かいつつあるが、予断を許さない状況であるだろう。

   現在、天皇の威光はすっかりなくなって、影の薄い存在のように思う人々もいるかもしれないが、この状況もこれまで天皇をコントロールしてきた宇宙人存在たちの計画に他ならない。日本の政治力のなさも、アメリカにコントロールされているかのように見せてきたのもすべては、天皇家のバックにいる存在が計画している作戦なのである。天皇は数々の戦争で手に入れた莫大な財宝を持っており、しかも天文学的ともいえる途方もないお金を常に生み出す仕組みを持っている。これは(イルミナティという)銀行家でさえ舌を巻くような事実なのだ。詳細は、高橋五郎著『天皇の金塊』学習研究社 を参考にするとよい。

   したがって、世の中を一挙にひっくり返し、独裁者になることも可能なのである。
   しかし私としては、それをすることなく、逆に世界中の多くの人々に豊かさを分配できる社会の仕組みや科学技術の発展のために、この資金を使っていただけることを切に願うものである。実はこの資金は、現在進行形ですでに社会に流出している。もしこの途方もないお金が、国民の知らないところで次々と放出されるようになれば、「天皇のポスト」は再び沈黙のうちに陰の力を持つようになり、独裁体制を復活させることなど簡単にできるのである。

   なぜならあなた方もよく知っているように、日本政府はお金を持っていない。
   というより、政府の力が天皇の「金力」を上回ることのないように、アメリカやその他の国を使い、日本は常に余剰金を搾取されてきたからである。そして今、震災復興や原発の処理などでさらにお金を使い果たし、さらに国民から徴収しなければならない状況なのである。そしてもし、大企業や社会的に影響力を持つ団体などに大きなお金が一気に放出されるようなことになれば、それは大きな新しい権力を作ることになりかねないのである。そしてこれは、非常に恐ろしいことでもあるのだ。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat ヒカルランド 

                        抜粋したもの



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手を合わせて拝むものの実態を知らねばならない

   天孫降臨した天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、天から降りてきたのであるからE.T、つまり宇宙人である。その時代から神武天皇が即位するまでに、すでに179万2470年が経っていると記述されている。この話をそのまま受け取るならば、レムリア時代よりもさらに前のことである。

   その間に何があったかを明らかにすることは非常に困難なことである。
   よって今の天皇家の方々は、当時の天照(あまてらす)の子孫ではないと考えるのが自然である。なぜなら「当時の」天照大御神(あまてらすおおみかみ)というのは、個人名ではなく、「一つの称号」であったからである。

   「天照大御神」は、日本の天皇やヨーロッパ諸国の国王、また女王のように絶対的権限を持つ「地位に対する称号」である。したがってこの地位には、常に同じ血族の者が立つわけではないのである。ゆえにこれまでにもこの地位を巡り、さまざまな抗争が繰り返されてきたことも容易に想像がつくと思う。

   初代天皇である神武天皇が、東方征伐において覇権を奪った相手である饒速日命(にぎはやひのみこと)も同じく、降臨した宇宙人である。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が「三種の神器」を受けて降りてきたのと同じく、饒速日命(にぎはやひのみこと)は天照大神から「十種(とくさ)の神宝」を受けて、天磐船(あめのいわふね)に乗って現在の大阪辺りに降りて来て、その後奈良に移って都を造ったとされている。またそれ以前には、天照(あまてらす)の弟である建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)の子孫たちが、大和(やまと)を治めていたのではないかという説もある。

   このように同じ血筋同士が争ったり、同じ主人に仕える者同士が戦わされたりする様子は今もまったく変わっていない。これだけの話からだけでも、あなた方日本人が祭っている神々とはどういうものであるかがわかり、その印象は大分違ってくるだろう。神々として祭られているE.Tである宇宙人たちの行為も、私たちとそれほど変わらない。

   すべてはそれぞれの立場においてベストを尽くした結果であって、すべては彼らの魂の気づきに必要な経験であったのだ。そして今も、「上にある如く下にある」そのままに、彼らと同じことを繰り返している私たちは、もうそろそろそのような経験から卒業してもいいのではないだろうか。そうした意味でも私たちは自分たちが拝んでいるものの実態を悟り、真実を探求しなければならないのである。

   ここ最近天皇家の方々はすっかり人間そっくりになられたが、それでも一般の人間よりは確かに彼らは生命力が強く、強靭な肉体を持っておられる。なぜなら「いついかなる時にも、王に選ばれる者の必須条件として生命力の強さが上げられるからだ」と、突然の発病で亡くなられた高円宮(たかまどのみや)様は言っておられた。「我々と皆さんの違いはそこだけです」とも。そう言われた当のご本人が、あんなに丈夫でおられたのに、なぜ突然亡くなられたのだろうか? 私にはその明確な理由が見えている。

   その隠された事実について囁かれてきたが、いつものように単なるゴシップとして消えてしまった。生前の高円宮様は非常に気さくで、一般の人々に対しても誠実な人間関係をつくられる方であった。また皇室のあり方を時代とともに変える必要を述べるなど、ご自分の役割を生きられたと思う。

   私にとって印象深かったのは、高円宮様の皇太子殿下夫妻に対する熱意であった。宮様は皇室の中でももっとも、皇太子夫妻と親密な関係を持たれていたようだ。宮様は、皇太子殿下がいかに完璧な人物でおられるか、またいかに世界中の王侯貴族の人々から信望が厚いかなどについて数々の話をしておられた。縁あって、私も皇太子ご夫妻のご成婚以前の様子などを知っているが、高円宮様が語られたことに偽りがないことをよく理解している。

   皇太子殿下は、私に対しても誠実で実直なご意見を伝えてくださり、何度も感激する機会があった。私は皇太子殿下が、日本国民に対する責任ということ以上に、もっと大きな地球という次元でご自分の使命を自覚されていることに驚きと感銘を受けた。

   皇族の方々のDNAの中には、物事を非常に広い視点で捉えることのできる宇宙人的視点が組み込まれているようである。肉体的な臓器の大きさも機能も全く違うということも聞いている。その中でも特に皇太子殿下の肉体は完璧であり、さらに精神的な強さや人格的なバランスも完璧であると、世界中の王様や女王様による「宝」のお墨付きがあるそうだ。

   また彼らには彼らの世界でしか通用しない何か特別な概念があるようだ。
   つまり普通なら求められないような身体的機能や能力の基準であり、そのような基準を完璧に満たす者は彼らの中からもなかなか出てこないのだということが徐々にわかってきた。

   ちなみにその中からいくつかを上げると、何日食べなくても大丈夫、どんなにアルコールを飲んでも酔わないばかりか、姿勢も言葉もまったく乱れず、トイレにもいかない、一度聞いた話は忘れない素晴らしい記憶力、また他にもメンタル面でのとんでもない能力などについて聞いた。そして特に重要なことは、皇太子殿下が本来天皇が受け継がれるはずの「非常に強いサイキック能力」と「叡智」を持っておられるということである。

   一時、私をさまざまな形でサポートしてくれていた「エホバ」によると、「ユダヤ教を作ったヤハウェを妬んだエホバは、より強大な支配体制を世界中に広げるためにキリスト教を作った。しかし東洋へと勢力を広める際に仏教という関があり、中国思想という関があったので、我々は柔軟な対応をする必要があった」と言ってる。

   そして東の端の最後の日本に関しては、「天皇という地位に関わり、干渉し、支配しようとしてきたE.Tである宇宙人たちは、数知れないほどのその都度違った遺伝子情報をインプラントされてきた種族であり、天皇家はもっとも複雑な血脈を持っている」、また、「天皇家とは、それらの際限のない支配欲を満たすために利用されてきた地位である」とも言っている。

   それは天照大御神(あまてらすおおみかみ)という地位も同様であり、「神とその御子という形を作ることで世界を支配しようとしたキリスト教だけでなく、イスラム教もユダヤ教もまったく同じ構図である」とも言っている。そして、この地位に祭り上げられた者を支配し、コントロールしようとする多くの取り巻きたちによる凄まじい争いがあり、このような家系を巡って、常に魑魅魍魎(ちみもうりょう)とした世界が展開されてきたことも事実である。

   エホバの話から理解できることは、日本の神道を現在のように体系化し組織化した経緯は、キリスト教を世界中に広げて支配体制を構築してきた様子とまったく同じ要素が見られることである。エホバによると、「現在の神道に残されている教えなどは、キリスト教やユダヤ教が自分たちの都合に合わせて、聖書を次々と書き換えていったのと同じことが神道でも起きたのである。神道の本来のものはアニムズム的で、中立な宇宙観を持った古神道以前のより以前の、いわゆるカタカムナ文字などで綴られた原初的なもので、貨幣システムのない文明に多く見られる宇宙との交信や外交などの様子が、そのまま書かれた内容であった」と言っている。


        「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat ヒカルランド

                        抜粋したもの



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日本の国土は高い波動を持ったレムリアの一部

   2011年の3.11以来、あなた方は隠蔽されていた多くの事実に気づくきっかけを得たことだろう。本書の最初にお話したように3.11以前にすでに危機的状況は始まっており、宇宙では日本に地震が起きることもわかっていて、原発が大きな事故となって多くの被害者を出すこともわかっていた。そして彼らはこの事態を止められなかったわけではなかった。しかしそうしなかったのは、あなた方の気づきと意識の変化を起こすことで、これ以上の惨事が繰り返されることを防ぐためであった。

   この状況には多くの犠牲が払われた。
   宇宙からの干渉がなかったことに関しては、「なんて非情な」と思う気持ちは私も同じであるが、今後次々と起こりうる大激変を乗り越えていくに際し、すべてを彼らに助けてもらうわけにはいかないのだ。私たちは学習し、知恵をつけ、そして強くなる必要がある。なぜなら私たちは本来、彼らよりも優れた能力と肉体を持っているのだ。だからこそ今回の惨事を無駄にすることなく、本来の私たちの能力が抑圧されずに、自由に発揮できる新しい社会を構築しなければならない。

   よって、現実的な取り組みは今非常に重要なのである。
   3.11の起きる直前から、地球の周囲には宇宙の武装勢力が結集しており、まさに緊迫した状態は今にも決戦かという状況であった。このような状況下で銀河連合や宇宙連合のとった決断や態度は、未来を見通してのことであったと今になるとよくわかる。

   日本は特別な、国だと言う人がよくいる。
   確かに日本はあらゆる意味において非常に特別だと思う。伊勢や出雲の神々は魂のレベルで見ると、今地球に転生している私たちの仲間ともいえる宇宙人である。伊勢神宮には「ダビデ紋」と言われる六芒星(ろくぼうせい)が多く見られることをあなた方も知っていると思うが、ではこのダビデ紋は何を意味しているのだろうか?現在多くの人がユダヤ、あるいは権力の象徴といった印象を持っているようだが、それらには関係なく、本当の意味は「知恵の象徴」であるはずなのだ。

   宇宙的に見ると、本来地球という小さな惑星にはさまざまな宇宙人たちが訪れ、それぞれが生命や科学、技術や知恵をもたらした。その当時の地球にはまだ国という境は存在しなかったので、もたらされたそれらの知恵や技術は地球全体に波及していった。これが六芒星の意味するところで、実はこれは宇宙連合と深く関わるシンボルであることを教えられた。六芒星は神聖幾何学と言われる形であり、それ自体に宇宙的な知恵とパワーが込められており、霊的な知恵とエネルギーを安定した形で発する「エネルギー調整機能」さえ持っているそうである。

   しかし、なぜ、いつから六芒星が、ユダヤや権力の象徴といったような印象を与えるようになっていったのだろうか。なぜ伊勢は、出雲から覇権を奪ったのだろうか。神々の世界にも私たちの世界と同じように多くの謎があり、不可解な点が多い。つまり、「上の如く、下も然り」という言葉があるように、神々はまさに私たちの原型なのである。

   私たちが考えるように彼らも考えており、私たちが搾取されるように彼らもまた搾取されており、私たちの社会の権力者たちがさらにその上で権力を握る者たちにコントロールされているように、権威ある立場の神々も、さらにその上で大きな権勢を誇る神々にコントロールされているのだ。またそこには一つの権力的な地位を巡って血で血を洗う戦いがあり、さらにその地位を得た者を思いのままに動かそうとする取り巻きがある。

   このようなすべての連鎖を断ち切り、それぞれが自由に自分の創造的な生命の可能性を引き出すことができれば、これまでの過去のすべてのタイムラインを書き換えることができるだろう。

   現在の日本の国土がある位置は、レムリアの文明が展開される以前から非常にパワフルな大地が広がっていた。当時の地球のロゴスたちは、この地でさまざまな霊的な営みを展開しており、やがてこの地に現れる生命たちを受け入れる準備をしていた。植物たちの成長に必要な環境を作り出すグリッドをつくり、土や空気、水や風を清浄に整え、海中はまるで生命たちの揺りかごのように、力強く優しいエネルギーに満ち溢れ、そこにはたくさんの生命たちが放たれた。陸だけでなく海中にも、あらゆる生命の間に調和のとれた共存が展開されるようにグリッドが整えられた。

   そしてその後、ここに降りてきた知恵ある宇宙人たちによって、さまざまな種類の生命の種や遺伝子が持ち込まれ、この世界は新しい時代を迎えて、新たな美しい生命の繁栄が始まることになった。このように私たちが住んでいる日本の辺りの、現在は海の底深くに沈んでいる大地は、少なくとも100万年くらい前から繁栄する神聖な地であったのだ。

   レムリアの時代には、日本のあたりにはいくつもの神殿が建てられていた。
   現在の出雲の西のはずれにある日御碕(ひのみさき)から日本海を見下ろすと、その沖には巨大な神殿があった。その巨大な神殿の中には学校や研究室がいくつも備えられており、幼い子どもの頃から生涯にわたり、さまざまな分野において教育を受ける機会が与えられていた。

   そして、当時の教育に携わった教師たちが、再び地球ロゴスとして降り立つのである。
   日本と同じような頻度で地震の起きるニュージーランドも、日本と同じように非常にエネルギーの高い神聖なエリアであった。この近くにおいても、当時のロゴスたちが目覚める準備をしている。

   日本という地は、このように非常に高いバイブレーションが降り注いでおり、生命を支える大地の豊かなパワーと、まさに六芒星に示されているような知的レベルの高い波動が溢れている広大な地の一部である。確かに日本の地は特別な意味を持つ美しい聖地であることに間違いはないが、だからといってこの地に住む私たち日本人を、特別な存在だと思うのは行き過ぎた考えである。

   しかしながら私たち日本人にはユダヤ人の意識の根底にある、すべてのモチベーションである「選民意識」という遺伝子情報を受け継いでいる人が多いことを思うと、なるほど、と納得がいくことではある。

   選民という意味ではなく、私たちの魂はこの地の特殊なエネルギーを受け、知恵を持つべき種である日本人として生まれることを選択したのは確かなことである。そして今後日本人が、多くの可能性を抑圧してきた社会意識という見えない檻から脱出し、本来の知恵を取り戻すことで世界を変えることにつなげていくのは確かであろう。

   レムリア文明を支えてきた偉大な土地が海中に没し、さまざまな場所にその片鱗が残されてきた。そしてこのような地はこれまでにも絶えず抗争の種になってきた。これらの地を巡る歴史は、多くの血が流された惨事と悲劇の歴史なのである。そしてこの歴史は、今現在にいたるまで途切れることなく続いているのだ。そのような地に生きる私たちがこのことについてどう捉え、どう考えるかが私たちの未来の可能性を創造していくうえでの重要なポイントになるだろう。

   私たち日本人は、過去の真実から学ぶことがたくさんある。
   同時に、(現在を変えることで)過去を書き換える勇気を持った、素晴らしい魂を持つ国民であることも事実なのだ。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat  ヒカルランド

                         抜粋したもの


     
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宇宙における正義には制裁と罰はない

   災害についてであるが、以前から中立な立場でずっと地球をサポートしてくれていた存在がいる。日本では「月読命」(つきよみのみこと)の名で知られているが、彼を祭った神社は非常に少なく、あっても人里離れた所や険しい山を登らないと行き着けないようなところにある。この存在は非常にユニークで、女性性と男性性を両立させた神秘的な存在であり、常に冷静で淡々と仕事をこなし、全く評価のない世界に身を置き、いつも中立な愛と慈悲に満ち溢れた存在で、内面に深く強い情熱を隠し持っている。彼はスサノオのミコトの兄であるが、この二人は兄弟だけあって容姿も、愛妻家であるところもよく似ている。

   これまでにも「日本危うし」というXデーが何日かあり、最近では2012年3月9日であった。この日はおそらく関東より上の地域で再び大きな地震となる可能性が大きかったのだが、この「月読命」(つきよみのみこと)が水のエネルギーを注いだためにそのエネルギーは中和されたのであった。このように危うい日になると雨や雪を降らせて何とか救ってくれている。これからももちろんXデーはあるが、しかし今このように「月読命」に限らずたくさんの存在たちが、地球のエネルギーを上手に放出させるように助けてくれているのだ。この先もそうあるように私は切に願っている。

   「月読命」は目立つ神ではないので、日本ではあまり知られていないが、彼は非常に強い浄化を促す力を持っている。彼が集中的に浄化を促す時には雪を使う。この冬、世界中で例年をはるかに上回る豪雪となったのは、彼が地球の浄化を手伝っているという印なのである。

   今まさに、地球の浄化は進行中だが、地球内部世界でも同様に浄化のプロセスが進行している。その様子は You Tube の「Filmed Hollow Eaeth」というタイトルを検索すると面白い画像が見られる。ポールシフトが起きるということで、内部社会でも大きな混乱が起きている。私たちの住む地上の世界も隣り合わせにあらゆる次元が共存しているように、地球内部世界にも幾つもの次元が別の社会を展開している。

   その中にはシャンバラと呼ばれる調和のとれた美しい世界もあるが、そうではなく地上の社会と同じように二元的両極がバランスを失い、支配や権力で成り立つ社会もあるのだ。またそのようなところには悪い寄生虫もつくもので、地上の支配者層にさまざまな宇宙人が巣食っているのとまったく同じことが、内部世界にも起きている。地球や地球ロゴスたちは、そこにも浄化が必要なことを知らせて気づきを促し、そこに寄生している宇宙人たちにも進化の道があることを気づかせようとしている。

   先に述べたエホバとリリトの時もそうだった。(バックナンバー5月 憎しみと復讐の神エホバの改心を参照) 彼らは自分の心に住み着いた野獣ともいうべき化け物に自分を占領されてしまった。しかし大宇宙中央評議会では彼らのためにも必要なすべてを準備した。そして彼らの望みは叶えられ、すっかり改心したエホバは地球ロゴスとともに地球社会の浄化に努めており、リリトは特に女性性の資質を生かした奉仕の訓練を始めている。

   このように宇宙では、どんな悪行と言われるようなことをしてきた存在であっても、制裁を加えたり、罰せられるようなことはまったくない。なぜなら、正義とは罰して懲らしめることではないからである。それは、それぞれの魂が抱えるカルマをクリアするために必要な経験を全うしたということであり、そのゆえに祝福の限りを尽くした扱いを受け、彼らが必要とするすべてが与えられるのである。それを見ると本当にそこには批判や評価がなく、すべては必然で、すべては完璧な営みの中にあり、すべての存在が宇宙の一部として祝福を受けていることを理解させられる。

   そして実は、私たちの世界にはすべてが有り余るほどにあり、必要ならいつでも創造することができるにもかかわらず、常に「足りない」という共通の認識のもとに、椅子取りゲームの世界を楽しんできたに過ぎないことも実感させられる。地球内部世界に寄生する寄生虫たちも同じゲームをやってきており、私たちをコントロールし、自分の尊厳と権威を必死に見出そうとする人たちのゲームと同じことを行なってきたが、そのゲームも終わる時がきた。内部世界は太陽からの直接的な影響は受けないかもしれないが、電磁気的な混乱やさまざまな光線の混乱などの影響はある。そのために新しいテクノロジーの開発を急いでいるようである。

   私たちや、私たちをコントロールしてきた彼らのゲームが終わりに向けてクライマックスを迎えつつある状況で、彼らはどんな手段を使ってでも人間の意識をコントロールしようと必死になっている。その方法の中で非常にポピュラーなものは、特に人間が恐怖や不安と直面したときに大きな効果を発揮する「方法」である。そういう不安と恐怖の状況はそれを予測できるだけに、すでに不安でいたたまれない人がいるかもしれない。しかしそうであっても不安を抱えて恐怖することは、何よりももっとも大きなリスクを背負うことになることを改めて確認しなければならない。

   去年の3月11日の震災の後、私は被災地出身のある人から非常に衝撃的な話を聞かせてもらった。彼の友人の多くは亡くなり、彼は自分が行ったところで何の役にも立てないことを知りながらも、すぐに行かずにはいられなかった。被災地の様子はまさに惨憺たるむごいもので、それよりもその後の人間関係や、二次的災害のほうがはるかに恐ろしいもので、それらが被災者に鋭い爪あとを残したという。そこに繰り広げられたのは、親密な人間関係の中で起きる盗みであり、外部からやってきてどさくさに行なわれたレイプ殺人、強盗、そして津波でぶよぶよになった死体の指や耳を切り落としてまで行なわれる貴金属の盗みであった。

   人間は危機に直面すると、自分でも予想のつかない動きをする可能性があるものなので、被災者の間で盗みが起きるのはまだ理解できる範囲であった。しかしわざわざ外部から行って、全てを失った絶望と悲しみの中にいる人々の間で、遺体を切断してまで行なわれたことは想像できないことであった。このような行動は、私たちの中に巣食っている、支配と欲望によって損なわれた「意識の損傷」(オブジェクト)によるものだと私は感じる。

   オブジェクトとは、主に宇宙人や黒魔術師などが人間のフィールド内にある領域に挿入する非物質的な「杭・くい」のようなもので、これを使って相手の意識や活動をコントロールすることができる。オブジェクトの中には、物質的なものもあり、その場合には、人間のフィールドではなくターゲットの人物の生活範囲のどこかに設置されるものだ。


   自分という存在の霊性に気づかず、知らずにそれを抑圧し、不安や恐怖に向き合うことを回避することだけで日常を送っていると、無意識の状態が多くなるので、その間にこのような「オブジェクト」を挿入される危険が多くなる。オブジェクトは(何らかのメッセージに刺激されて始動するので)何も起きていないときには気づかないものだが、実際に多くの人々にそうしたオブジェクトが見られる。しかしたいていの場合のオブジェクトは、実は自分自身の想念や思考や感情のパターンが引き起こしている場合が多いのだ。

   そのような人の思考や感情のパターンを見てみると、本質的に真面目で心優しく繊細で、あのエホバとよく似た部分がある。しかしそのような性質が裏目に出る経験が多いと、多くの不安と恐怖を抱え、疎外感や劣等感など被害者意識から無気力に陥り、うつ病のような状態になり、そして自分を正当化するためのオブジェクトを自ら引き寄せるのである。

   外部からオーラというフィールドにオブジェクトを挿入された人々は、管のような挿入物を通して意識場のエネルギーを吸い取られるので意識場に損傷が見られ、穴が開いたりしている。しかも外部からコントロールされているので、これまでは自分自身でオブジェクトからの影響を断ち切るにはかなりの訓練が必要で、非常に困難であった。しかし現在は宇宙連合からの介入があり、多くの中立な存在たちが私たちを観察して、そのような人々の低い意識が形成する思考や感情に気づくと、直ぐにオブジェクトを取り除く作業をしてくれている。

   自分自身が作り出す場合には、意識場には損傷は見られない。
   しかし自分で作り出したものに関しては、逆に他人がそれを取り除くことはできず、本人が自分の思考や感情を形成している大きな概念に気づくことで、それを手放すことによってのみ、自動的にオブジェクトは消えていく。

   日常の波風のない生活の中では気づくことはないが、災害時のような危機的状況になると、オブジェクトによってコントロールされている人の意識は(メッセージを得て)、意識の拡大が露わになり、凶暴性を発揮したりするようになる。私たちの多くは隷属的な立場にいるので、自分が尊厳を持つ存在として自由に物事を考え、洞察し、何がベストであるのかを判断する必要がなく、いつもの習慣化した決まりきった、折り詰め弁当のような生活の繰り返しを強いられていることに気づくことがない。

   しかしながらある時、いつもの繰り返しのルーチンワークから大きく外れるような非常事態が起きると、私たちの意志とは裏腹に脳は恐怖を拡大し、完全なるサバイバル状態にスイッチが入る。そして脳内では逃げるべきか戦うべきかの迅速な判断が必要になり、その時、外部から挿入されたオブジェクトはその人を凶暴性へと駆り立て、その力を発揮するのである。

   このような状態は未来にある多くの素晴らしい可能性を、私たちから遠ざけてしまうことは言うまでもない。私たちにはまだ多くの未開発の素晴らしい能力があり、この能力を発揮して新たな可能性のタイムラインへつなぐためにも、自分の抱える不安や恐怖を生み出す思考パターンを吟味し、気づき、そのオブジェクトを取り除いておかなければならないのだ。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat ヒカルランド

                         抜粋したもの



   

すべての宇宙人が1度はなりたいホモ・サピエンス

   私たちの魂はそれぞれに転生先を見つけて生まれてくるが、最近アルクトゥルスや金星に転生したいという人によく会う。また「私は金星から来ました」とか、「アルクトゥルスから来ました」という人もいる。彼らの中にこれらの星に対する憧憬を強く感じるが、私はとても不思議に思うのだ。なぜなら私の分身も金星にいたことがあり、金星は私にとってあまり面白いところではなかったからである。もちろん金星は平和でとても美しいところであるが、何もかもがシンプルで時間の感覚は地球とは全く異なり、すでに瞬間を捉える感覚の世界なので物事の変化のプロセスが薄く、結果だけが唐突に現れるような世界なのだ。よって感情的情緒的な変化もあまりなく、淡々としたシンプルな生活になる。

   しかし地球は何よりも大きな進化に向けて、ばらばらなものが力強く統合されていくような力強く変化と創造に富んだ場所なので、そのパワーを体験してしまうと、あなた方にとって金星は単調で変化の乏しいところと思うだろう。ただ地球にいるものにしてみれば、金星では全員が魔法使いのようなものなので、好きなように現実を創造することができるので楽しい場所には違いない。しかしそう感じられるのは、地球の重くて遅い時間の中でたくさんの感情を抱えながら、力強く前進しなければならない歩みを経験したからなのだ。そうでなかったならばあなたも多くの金星人のように、地球に憧れて、何とか地球へ降りるチャンスはないものかと探すことだろう。

   金星に何度も転生を繰り返すと、どうしても停滞感を覚えるようになる。
   なぜなら金星では、地球のようにさまざまな異なった要素と触れ合うことがないので刺激に乏しく、また問題が生ずることもめったになく、そのゆえに物事を深く考えるほど真剣になる必要性がないからである。もちろんそれはそれで素晴らしいことには違いないが、金星での飛躍のチャンスは実に希少である。

   アルクトゥルスともなるともっと単調である。
   そこの生命体はふわふわと漂うようにして遊んでおり、地球のクラゲのような存在である。アルクトゥルスは春の夜空に現れる牛飼い座の中の一つで、地球から見て4番目に明るい恒星である。言うまでもなく恒星なので、太陽と同じように地殻がない。アルクトゥルスの次元は地球とはかなり違っており、時間の帯そのものがないので大きな変化はまったくない。

   地球は非常にバラエティーに富んだ神秘的な星である。
   多くの植物や動物たちがおり、自然界も複雑な部分を持ち、それらが本当に調和のとれた状態を保つことができればこれほど素晴らしいことはない。このように地球はたくさんの存在たちが生命活動を営み、人類の価値感や文明もさまざまであるが、良い悪いは別として、これは多くの宇宙からの来訪者が自分たちの持っているものを与えていってくれたからである。しかし他の星ではこのような多くの来訪者はないのだ。宇宙から見ると地球はそれだけ魅力的なところであり、母なる地球は誰もが憧れる、強くて美しい、意識を持った惑星なのである。

   今まで何度も地球に転生し続けていると、他の星での経験を覚えていないこともあり、しかも地球では多くのアンバランスを経験しなければならない苦しみがあるので、他の星に憧憬を感じたり、早く帰りたいといった感覚を持ったりすることに共感できなくはない。しかし地球ほど多くの飛躍のチャンスが転がっている星は他にないのである。ましてやホモ・サピエンスは、すべての宇宙人が一度はなってみたい「憧れの生命体」なのだ。

   一度手放してしまうと、次はいつ私たちにホモ・サピエンスになるチャンスが巡ってくるかわからない。少なくとも私は、今の人間としての「私」ではなくなるのだ。この特別な時期に人間としてここに存在できることの価値に十分気づき、地球の進化のためにもぜひ魂の浄化を進め、常に新たな可能性を選択し続けられることは実に素晴らしいことなのである。

   地球には、「12柱のロゴス」という意識の集合体が地球の運営を助けるために降りてくるということをすでに述べたが、そのそれぞれに12使徒と呼ばれる人々がおり、彼らは「叡智の伝承者」と呼ばれている。その中には地球人や、他の星から来た地球と深く関わる宇宙存在たちもいる。それぞれのロゴスの役割が異なるように、12使徒のグループもそれぞれ違った役割を持っている。私の大切な友人であるキーシャ・クローサーも「Wisdom Keeper」(叡智の伝承者)という12使徒グループの一員であり、リトル・グランドマザーと呼ばれている。

   このグループは、地球の意識や磁場の状態や、エネルギーの変化などについての知恵を持っており、今後起きてくる地球の急速な変化に対応するために地球の浄化を手伝い、また地球が今後大きなエネルギーを放出するときに、地球の助けとなる活動をするだろう。特に彼女は幼い時から母なる地球と会話をする中で成長し、彼女が学んだ地球の素晴らしさについてあなた方に伝える役割を持っている。今後地球がどのように進化のプロセスをたどろうとしているのか、また私たちはその変化を助けるために何ができるのかについて彼女は世界中に向けて発信しているが、中でも日本の占める役割は大きいと言っている。

   今地球には今までにないほどのエネルギーが宇宙から注がれており、この状態は3年ほど前から強くなってきている。その影響で始めのうちは、地球人類に混乱が生じ、否定的な感情や感覚が引き出されるような出来事が促されて、多くの葛藤や迷いや混乱、不安を抱えることが多くなってきていた。しかし今現在は、新しいグリッドによってある程度バランスが保たれるようになったので、かなり落ちついてきたと感じる人が多いのではないだろうか。
つまり感情的になることが少なくなり、なったとしてもすぐに客観的に自分を見つめ直すことができるはずなのだ。そして今までのように感情的になる代わりに、新たな目的に向かおうという意欲を持っている人もいるだろう。

   これは人間だけでなく、地球にも起きているのだ。
   これまで地球上では多くの異質な宇宙存在が共存してきたリスクとして、大きな不調和とたくさんの争いが繰り返されてきた。これらのカルマ(課題)は、すべてが人類や地球外からやって来た存在たちのものではなく、地球自身の課題でもあるのだ。そして今、地球が抱えてきた多くのカルマが浮上しており、それを浄化する時が来ている。地球の周囲には多くの武装シップが集結しているという話をしたが、これも見方を変えると、地球のカルマを浄化するために起きているということもできる。その後の経緯をここでお話しておこう。

   これまで地球の権利を巡って勝手に戦ってきた宇宙人の種族はたくさんいるが、その中にはすでに多くの気づきと学びを得て、このレベルから次のステージへと去っていった種族も多い。しかし最後まで粘り強く残っている宇宙人種族が6つあり、そのうちの一つが「エホバ」率いるもっとも大きなグループであった。当然エホバであるからイスラエルの民を率いていたが、今日のキリスト教を見るとわかるように、途中でたくさんのグループを吸収して巨大な組織になっていった。しかし先に述べたように、現在のエホバは過ちを改めて進化への道を選択しており、今や完全に中立なエネルギーとして存在している。

   そしてこれまで、エホバの巨大なグループに抑圧されて動きを阻害されてきた残りの5つのグループはタガが外れた状態にあり、今や歯止めが利かない状態になっている。それはまさに無法地帯のようなやりたい放題の状態であるが、2012年1月21日を境に徐々に変化してきている。そしてさまざまな闇が明らかになり、善良な顔の裏で不正を働き、弱者を締め上げるような陰謀が明るみに出ている。また人口削減を図る数々の恐ろしい陰謀や、個人情報の管理の目的が明らかになり、私たちの人権が尊重されていないことや、経済的制裁や食糧のコントロールによって私たちを締め上げる計画も、また意図的に地球を侵害することでこの星が持つ偉大な生命の豊かさを封じ込めようとしていたことも、すべてが公けになってくるだろう。

   なぜならこれは私たちのカルマなのであり、地球とともにこの課題に取り組む必要があるからなのだ。大宇宙中央評議会で話し合いが行なわれた結果、私たち人類に十分な気づきがもたらされた後は、彼ら(ニビルのイルミナティやグレイなど5つのグループ)にも順番にエホバと同様に、進化のチャンスに気づく措置が投じられることになっている。それまでは、特に日本や中近東の国々ではもっとも地球上のエネルギーが不安定であり、意識や意見の食い違いなどが蔓延してそれが政治や経済にも投影されるので、混乱や恐怖の中に生きる人も多いだろう。

   エネルギー的にもここは不安定になるので、姿を持たない存在がこの磁場に入り込み攻撃を仕掛けてくることもあるだろう。私の周囲でもしばしば変な怪奇現象が起きている。無人の車が突然動き出したり、無人の場所で突然警報機が鳴ってブレーカーが落ちたり、充電したばかりの携帯が大事な電話の最中に突然充電切れになって切れたり、落ちるはずのない物が唐突に落ちてきたり、使っていない電気器具が突然始動したりするが、あなた方の周囲ではそのようなことは起きていないだろうか。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat ヒカルランド

                           抜



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戦うことから学ぶ「第8世界」

   私たちは複数の分身を持つ存在なので、一つの魂にはたくさんの存在の記憶が刻まれている。それらが残した問題を解決して知恵を得ることが、魂が持ってきたカルマの浄化である。2012年は地球レベルの浄化が進む中で、私たちの魂の浄化は自分にとってもっとも大切な役割である。魂にはそれぞれに属するグループがあるので、個人で解決するカルマのほかに、もっと大きな魂グループに関わることで、グループ全体で解決しなければならないグループカルマというものがある。グループカルマはより大きく社会問題を起こして、多くの人が巻き込まれることになる。そして解決すべきタイミングが迫ると、自然に引き寄せ合って集まって来たりする。

   自分の魂が記憶している人物は地球だけではなく、他の星やエリアにいた場合もある。よってそれらの存在の現実から影響を受けることになる。私には「戦士」であった時の記憶があるが、この戦士とは宇宙戦士である。宇宙の中には「第8世界」というエリアがあり、そこでは常に戦争をしている。そのエリアは、戦うということがどんなことかを経験する必要のある魂が転生する場所であり、そこで何かを得て学び卒業するまで何度でも、その世界に転生して戦い続けることになる。

   私の記憶の中の存在はルイイという名の女性戦士であり、数十万という非常に大きな軍隊を率いている女性将軍であった。彼女は長い間勝利することしか考えずに生きてきたので、そのためには非情になることも冷酷になることもできる面を持っていた。同じ仲間の軍隊を率いるもう一人の将軍は男性で、この将軍はルイイとまったく違った面を持ち、勝つためには部下を大切にすることが大事だと考える人であり、勝つことに集中し切っていないその態度と考え方を私は軽視していた。

   私の部下には彼を慕う者も多く、私に相談できないことでも彼には相談することも多かった。しかしそんなことを意に介することなく、勝つことにのみ集中してきた彼女であったが、長い戦いの間には戦う目的を見失う瞬間が出てくるようになった。つまり勝っても勝っても、休む間もなく態勢を整えてすぐ次の戦いに挑まなくてはならない。こんなことをいつまで繰り返すのかと思うたびに一瞬の隙を突かれるようになり、男性将軍に何度も助けらながらも異常なまでにプライドの高いそのときのルイイは、彼の厚意に対しても侮辱した態度を返してきた。

   そんな中、あるとき本当にピンチに陥ることになった。
   彼女は部隊を置き去りにして一人で相手の拠点に乗り込もうとした。部下を連れていては目立つし、足手まといになるといううぬぼれもあったのだ。しかし一番集中を要する場面で、戦う意味がないことに一瞬意識がぶれてしまい、姿のない敵からその隙を見事に突かれて攻撃され始めた。彼女は完全に敵に監視されていて逃げ場を失ってしまった。それはまさにあなた方がよく知っているアニメやアメリカ映画の世界であるが、宇宙戦士たちは地球におけるものとはだいぶ違い、肉体も脳も戦う次元も異なる。彼らは自分の肉体を完全に理解し機能させるための特訓を受けているので、肉体のダメージやパワーダウンについて、それを再起させるために必要な時間を理解している。自分に必要な情報は、ちょうど額の位置から15センチほど右斜め上あたりにホログラムの画面が現れて、それを自動的に脳が読み込み認識することができる。

   彼女の記憶は、「あ~、あと3分時間があれば・・・」で途切れてしまった。
   その後は彼女は完全に脳機能をコントロールされ、操り人形になってしまった。彼女はその状態で自分の部隊に返されたが、一瞬正気に戻ると自殺しようとする状態であった。そして仲間が報復している間に自殺してしまった。そして彼女の魂は、二度と戦わないと決意して第8世界を卒業したのだった。これらのすべての状況を、私はある時完全に記憶として甦らせたが、昨年になって、死なずに同じ時間を繰り返す、次元の歪みの中に閉じ込められている、未だに逃げ続けているもう一人のルイイがいることに気づいた。そしてようやく、もう一人のルイイも救うことができたのである。

   私のそれらの記憶は今の地球や日本の状況とはまったく異なっているので、その記憶からは何も影響を受けるはずがないように思うのだが、実は決してそんなことはなかった。私は今回の人生でもずい分と追われたり、尾行されたり攻撃されてきた。にわかには信じられないかもしれないが、リサ・ランドール博士の提言のように隣り合わせにいくつもの次元が存在している。よって、これらの別次元にもし自分の分身がいれば、お互いに影響を与え合うのである。実は実際にこの現実には、あなた方が想像できないような奇異なことがたくさん起きているということを、あなた方にも知っていただきたいのであえて挙げておく。

   私が初めて、いつも誰かに見られていると感じたのは14歳の時であった。それは遠いところから、何か地球上にはないようなテクノロジーや感覚を用いて見られているような感覚であった。しかし少し大人になると、私ごときをそんなに観察する必要などあるわけがないと思うようになった。しかしその一方で、現実として見られているだけでなく、確実に後をつけられていると感じることが頻繁にあり、何度も交通事故に遭ったり、不意の事故に巻き込まれたりしたが、楽天的な私はまさか自分がターゲットになっているとは思いもしなかった。

   その後もこのような状態は続き、さらにエスカレートしていった。
   特に何か原因があるわけでもないのに、突然の激痛に襲われて気絶することもあり、そのために臨死体験も何度かしたことがある。そして2010年11月16日深夜に、眠っている最中に何者かが突然私のフィールドに侵入してきて、ベッドに体が沈みこむほどの強い力で激しくみぞおちを掴まれた。声を上げることも息をすることもできない痛みで失神しそうになり、意識をこの次元に叩きつけられるように、痛みと苦しみに意識を集中させられる感覚が2時間続けられた。

   しかし、あるマスターに助けられた。
   そうでなかったら私はあの時殺されていただろう。マスターからは、「あなたは自分のセキュリティが甘すぎる。まだ自分のことを疑うのか?」と注意された。それ以来私は自分に対する認識を変えることになり、自分の安全に注意を払うようになった。私の魂の記憶にはルイイ以外にも追われる存在が何人かあることに気づき、その後それらの問題も解決してきた。

   このようにこの次元に生きるあなた方は、目に見える世界と隣り合わせるようにいくつもの時間の帯が流れている中にあり、いくつもの異なった次元の現実が、まるで『マトリックス』という映画の世界のように同時進行しているのである。私のように極端ではないとしても、あなた方にもお互いに影響し合う異次元の平行現実がある。

   私は戦いの世界である「第8世界」を卒業したはずなのに、なぜまだこういうことが起きるのだろうと真剣に考えた。もう金輪際こんな目に合いたくないという切実な思いがあったからである。私は何が原因なのかについて熟考を繰り返し、瞑想し、内観し、リモートビューイングし、できることはすべてやった後、「自分はいったいどうしたいのだろうか」と自分の本心を確認したとき、迷うことなく、「戦いたくない」「戦いは終わりにしたい」と心から思った。そこで戦いを終わりにするために必要なことは何だろうと思ったとき、「愛と慈悲」という言葉が上から転がり落ちてきたのだった。

   そうだ、これに尽きる。
   すべての批判や判断を捨て、すべてのエゴイズムを捨て、ここにあるすべての状態を受け入れ、宇宙に包まれるすべての営みは完璧で必然であることを理解するには、「愛と慈悲」を生きるしかできることはないことに気づいたのだ。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat ヒカルランド

                         抜粋したもの


     cancer
*********taurus********horse********run********snail********aries********cat

  

自分を変えるメカニズム

   眠りの状態は些細なことに影響を受けるので、簡単にはコントロールできないものである。なぜならすべての場である量子場は些細なことに影響を受けて常に変化しているからである。眠りの状態とは、純粋な「意識の状態」である。そのゆえにこの状態は、量子場のような繊細でかつダイナミックな変化をいとも簡単に起こしてしまう。すべての人が毎日違った眠りを経験している。たとえば心配やプレッシャーの多い状態が続いているときには非常に多くの夢を見るものだが、安心しているときには、夢を見ても記憶に残らないことが多く、夢の印象も薄いものになることが多い。

   それは個人的なことだけではなく、たとえば2011年3月11日(福島大震災)の明け方、あるいはその1週間前には、何かただならぬ予感を感じさせる夢を見ていた人も多かったはずである。これも量子場に起きている変化が、多くの人々の意識に影響を与えたのである。このように夢は、私たちの起きている時の活動や精神状態と大きく関係している。また私たちの社会や地球に変化が起きようとしているときにも影響する。

   もしあなたが非常に良い状態の眠りにあり、アストラルレベルの意識からうまく超意識、スーパー意識の状態に入っていくことができれば、翌日起きることをすべて見通すことができる。つまりそれは、ここにあるすべての可能性を見ている状態であるからだ。

   しかし逆に悪夢にうなされたり、迷子になる夢を見ている時には、まさにあなたの意識も迷子になっていて、選択しなかった別の可能性の現実を見ている場合もある。目覚めてからもその意識を引きずってしまうと、その日1日はまるで不協和音の中にあるようにすべてがぼんやりとして、ピントが合っていないような感覚になる。そしていつも通っているはずの道を間違えたり、忘れ物をしたり、時間通りにことが運ばなかったり、人から誤解されたりして、スムーズにいかない1日を過ごすことになる。

   この状態は、あなたの意識が自分の選択した現実にチャンネルが合っていない状態であり、ラジオのチューニングがずれた結果雑音が入ったり、よく聞き取れない状態とまったく同じである。これが極端にずれてしまうと、起きているにもかかわらず別のラジオ放送が聞こえるので意識が極端に違ってしまい、それがアストラルレベルであったりすると別の現実を見ることになる。

   私は子供のころ、度々このような自分の意識の焦点が現実から外れてしまうことが起きて、多くの奇妙な現実を体験した。私は子供のころ何度も、「狐の嫁入り」や「狐の葬式」に遭遇したことがある。その時の私は確かに母親のそばにいたし、そこから一歩も離れた記憶がなかったのに、気がつくと私は深い森の中や林の中におり、しかも真っ暗な夜中であった。時代は江戸時代の頃で、女性は髪を結っており、男性はちょんまげ頭であった。全員が和服であり、厳かな雰囲気の中、提灯を持った行列が暗い森や林の中を歩いていくのだが、よく見ると全員が狐のような顔をしている。私は自分の存在を知られてはならないと直観的に感じ、暗闇の中でじっと息を凝らしてその様子を見ていた。帰る道も方向もまったくわからないのでなす術がない。

   そして決まって、母親やたまに一緒にそこにいた大人の人の声が聞こえると、突然辺りがぱっと明るくなり、まるで夢からさめたかのように現実の世界に戻るのだった。私にとっては、息を凝らして狐の行列を見ていたのはせいぜい5分くらいの感覚であるが、いつも非常に心配して驚いた様子をする大人たちは、実は私を2時間くらい探していたのである。

   この状態はまさに意識と時間の関係を示しており、私が狐の行列を見ていた意識の領域はアストラル意識の領域である。ここでは時間というものは帯状に連続して流れているわけではない。ゆえに私は突如森の中に出現し、そしてかなり遠くから行列を見ていたのに、何だろうと意識をそちらに向けた瞬間にいつの間にか、行列のすぐ横の木の後ろに隠れて息を凝らさなければ見つかってしまうほど近くにいたりする。あなた方の夢も突然場面が変わったりすることがあると思うが、これも時間というものが連続していないために起きるのである。

   そのほかにも1時間20分かかる距離をたった20分で到着してしまったり、絶対間に合わないはずのものがなぜか間に合ってしまったりしたことは多いが、あなた方にもそういう経験はあるだろう。このときの意識状態は、偏性意識と呼ばれる通常の意識状態ではないトランス状態である。その時のあなた方の意識は突然偏性意識状態になり、時間の「ねじれ」を経験したのである。

   このように時間というものは連続性を持たず、不規則にあらゆる可能性がここに存在しているものである。そしてその可能性の中から、次の瞬間を選び続けて1本の糸のようにつなげているのはあなた方の意識であることがわかっただろうか。しかし日常の生活の中では、自分の意識について客観的に観察することは少ないので、「この瞬間の可能性を選択した」と認識することもない。しかしそれは、実は非常にもったいないことだと気づいただろうか。

   あなた方が今この瞬間に考えていることやイメージしていることが、あなたの未来を決定している。だから自分自身の思考や想像を徹底的に管理し、普段自分がよく使う思考の形を知っておくことは大切である。しかしそれを実際にやって挑戦してみると、自分の考え方のパターンを変えることはそう簡単ではないことに気づくだろう。自分の考え方が明らかに前向きな現実を遠ざけていることに気づくだろうし、より前向きな物事の捉え方や考え方を意図的に行なっても、現実に直面すれば相も代わらずいつもと同じような反応をしてしまい、気がつくと相変わらずのパターンに戻っているのだ。

   なぜ思考はこのように特定のパターンを形成し、それを繰り返そうとするのか、その考え方を決定しているシステムについてお話しよう。アメリカの神経科学者で神経物理学者、脳科学者であるキャンディス・パート博士は、人間の複雑な情動とそれを伝達する神経伝達物質であるペプチドについて研究している第一人者である。彼女の発見したこれらのシステムは、まさになぜ私たちが同じような思考パターンを繰り返すのかを説明する。

   あなたが現実的な何らかの出来事に対しある感情を抱いたとき、それは脳内の視床下部からその感情を特定するペプチドが分泌されることによって起きている。ペプチドとは、アミノ酸がいくつか連鎖してできたものであり、さらにこのペプチドがいくつか連なるとタンパク質になる。だから細胞にとってペプチドは新しい細胞を作る上で必要な材料になるので常に欲しがっている。このペプチドには連結の型があり、それぞれの型はそれぞれの感情に適応している。つまり何か出来事があって反応したり、頭の中で空想したりすると、その結果湧いてきた感情に対応するために視床下部からペプチドが一斉に放出される。

   たとえば心配型ペプチド、恐怖型ペプチド、イライラ型ペプチド、怒り型ペプチド、喜び型ペプチドがある。ある人はとても心配性でいつもイライラしている。その結果その人の視床下部からはいつも心配型ペプチドとイライラ型ペプチドが大量に放出されており、ときどきは怒ったり、喜んだりもするのでたまに怒り型ペプチドや喜び型ペプチドも出るが、それはとても少ない。

   細胞には細胞膜があり、細胞膜の表面にはペプチドを取り込むためのレセプターがある。レセプターは感情と関わるものだけではないが、感情的な人間は特に感情に関わるペプチドを取り込むレセプターが増えるようになり、その中でもしょっちゅう放出されるある感情型ペプチドのレセプターを増やしていくようになる。あまり放出されない型のレセプターは2ヶ月ほどでぐっと減り、こうして効率よくペプチドを取り込むようにできている。

   そしてあなたが、好ましくない思考パターンや感情パターンを持っていることに気づき、これからは常に喜びと期待にあふれた前向きな感情になるように努めたとしよう。すると細胞たちは、普段使われていないために喜び型ペプチドのレセプターが非常に少ないためにひもじい思いをすることになり、脳に抗議することになる。その結果あなたに何が起きるかというと、気分が悪くなり、倦怠感や疲労感、だるさや吐き気、腹痛や頭痛など、場合によっては発熱したり嘔吐したりする。つまり全身のおよそ70億兆個の細胞が「死活問題だ!」と一斉に反乱を起こしてやめさせようとするので、非常に気分が悪くなるのも当然なのである。

   その結果あなたはすぐに不安になり、せっかく前向きな考えを持っていたのに一気に考えが変わり、この状態は、何か自分によくないことが起きているのではないかという考えが浮かぶ。そして原因不明の気分の悪さに少しイライラしたりすれば、もう細胞の勝利である。こうしてあなたの細胞はこれまでのようにイライラ型や不安型のペプチドを要求するので、そのほかのペプチド、たとえば喜び型のペプチドを放出することを許さないのである。

   しかし勝負は2ヶ月である。
   細胞からどんなにイライラ型不安型ペプチドを要求されてもそれに応じることなく、痛みや気分の悪さに耐えながら、素晴らしい未来の多くの可能性を思って喜びペプチドを出し続けると、あなたの細胞膜は変化を起こし、いつのまにか喜び型ペプチド対応のレセプターの数が圧倒的に増えているだろう。その時には今までにない爽快感を味わうだろう。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラ Saarahat  ヒカルランド

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人間は意識体であり魂である

   時間というものは継続するものではないが、優秀な脳の血の滲むような作業のゆえに、時間はあたかも連続しているかのように私たちは錯覚させられている。その結果、すべてを過去の延長線上における瞬間と捉えるために、常に過去の持つ可能性というものに縛られ、あらゆる可能性の中から自由に選択することを阻まれてきた。あなたの脳は常にバラバラな可能性の「かけら」を、一つの起承転結しているストーリーとして組み立てようと必死で働いてくれているのだ。

   「あっ、この光景見た気がする」という瞬間があるのは、あなたの脳がすでに記憶している光景だからそう思うのだ。つまりあなたはその日のその瞬間を、すでに何度も経験しているので「デジャヴュ」が起きるのだ。この話をすると寒気がするとか、ゾクッとするという人が結構いるが、あなたは同じ時間をぐるぐると循環することができる。そしてこれから先、あなたはまたその瞬間を通過するかもしれない。

   実際にあなたが生まれたのが1959年だとすると、2012年までの時間をあなたは実は何度も経験しているがほとんど記憶していない。もしこれまでの記憶をすべて明確に顕在化して捉えることができれば、あなたはいやになってしまい、もうこの人生にうんざりしてしまうだろう。それだけでなく、過去に囚われやすい大脳は、何もしたがらなくなってしまうだろう。

   記憶がないことは大きな救いである。
   そして現在は、ヒプノセラピーという過去世回帰などで過去世を堀り返すことが可能でありそういう人が多いが、それも結局、同じ時代を何度も循環することで、迷路から抜けられなくなって救いを求めた結果のヒプノかもしれないのだ。人間はどこかで自分の状態をちゃんと感じる能力を持っているようである。

   その「どこか」というのは、実は「超意識」といわれる部分であり、緊急事態に陥った時にはこの意識が全権限を指揮して、脳のすべての機能をコントロールすることができる。それはたとえば、心配することを生き甲斐のようにして心配の種を決して見逃さない人が、その日頃の訓練の成果が実現して「おれおれ詐欺」にだまされ、そのショックのあまり茫然自失で赤信号の横断歩道を渡ろうとしたとき、目の前を突然カラスが横切ったせいでハッと気がつき車にはねられずにすんだ、というようなことを起こしたりして命を助けたりするのだ。

   またその人の選択が、大きく魂の道を外れてしまうような危険性を持つ時には、人生の大改革をするなどして気づかせてくれるが、それ以外の普段の生活ではほとんどの人が「超意識」の存在を忘れているものである。もし私たちが「超意識」と人格としての「エゴ意識」の間に常にコミュニケーションがとれる状態であれば、これほど同じような瞬間を何度も繰り返すことはないかもしれない。そしてこれが、仏陀が非常に嘆いたことなのである。人間はクリアされることのない同じような課題を持って、同じ時代の同じところを何度も何度も繰り返し転生していることを仏陀は知っていた。だからこそ意識を拡大して、超意識のままに生きることを説いたのであった。

   私は例の早朝特訓の中で、意識の層と時間の関係についても学んだ。
   私たちの意識には、潜在意識、社会意識、顕在意識、アストラル意識、超意識、スーパー意識、そしてウルトラ意識という7つの違う領域での意識活動が可能であり、それぞれの意識の時間の感覚は異なっている。ではそれに共通する「意識」とは何だろうか。またあなたの意識はどこにあって、どこから発しているのだろうか? 意識については分子生物学や脳神経学、脳科学といった分野の専門家がさまざまな見解を持ちながらも、なかなか真実に到達できずにいる部分である。

   「意識」とは、あなたがここに転生する際に魂が持ち込んだ重要なシステムである。あなたは自分の属する魂のグループから出て次に転生するときに、あなたがクリアするべき魂の課題と、それを成し遂げるために必要な経験を創造する「記憶」や「知恵」「知識」という情報や、その経験を通してあなたが新しい人格や性質や体質を形成するのに必要な情報のすべてが、魂という「意識」にインプットされる。それらを考慮したうえで、あなたを子どもとして引き受けてくれる両親役の魂たちとの契約が成立すると、あなたは自分の肉体を形成するために、自分の魂が宿るべきお母さんの胎内と生まれる前の中間生を行ったり来たりして忙しくする。

   そのときのあなたは、意識体と呼ばれる「エネルギーの球」の状態である。
   あなたの肉体が無事に母親の胎内で成長していく間、魂という意識体であるあなたは母親の胎内を出たり入ったしながら生まれ出る環境をリサーチし、家族や家や近所の様子などを観察したりしている。たまに、生まれる前の出来事なので知っているはずがないのに、家族に起きた出来事の記憶を覚えている人がいるのはそういう理由による。

   小脳については医学や脳科学の分野ではまだほとんど解明されていないが、この小さな脳の神経細胞の数は大脳よりもはるかに多く、しかもすべての神経系に直接つながるバイパスのような機能を持っているので、何かただならぬ役割があるのではないかと最近注目されている。その予測は正解である。小脳は「神である脳」であり、ここには超意識場のあなたの魂グループに関する情報や、宇宙全体の情報など霊的な意識活動に関わる膨大な情報をダウンロードする機能があり、常に新しい情報に更新されている。またここには、叡智と呼ばれる神聖な知恵も詰まっているのだ。

   このように述べると脳がすべての指揮をとっているように思うかもしれないが、そうではなく、脳は意識に従い機能させられているに過ぎない。つまり意識とは多くの情報を含むエネルギーであり、あなたの魂でもあるのだ。私たちは7つの意識の層とつながることができるが、しかしあなたの焦点が常に社会意識や顕在意識に囚われている状態では、他の意識につながることはない。よって超意識や潜在意識に焦点を合わせる訓練をするなら、誰であってもそのための脳内神経網(ニューロネット)を発達させることができるので、それらの意識状態でいることができる。

   そうしたアストラル意識においては時間の制限から外れることができるので、私たちは夢を見ているときの状態や深い瞑想時のような状態になる。特別な訓練をしていない限りこのような意識状態の経験は、通常眠っている状態で起きるものだ。一般的に夢は、レム睡眠と呼ばれる状態で見ているが、レム睡眠とは肉体は眠っている状態にありながらも、脳は起きている時と同じような活動をしているので眼球運動も盛んに行なわれている。

   その反対が「ノンレム睡眠」と言われるもので、脳の活動も眼球運動もほとんど行なわれない。一般的に眠り始めて約1~2時間がノンレム睡眠で、その後「レム睡眠」が20分~30分続き、またノンレム睡眠になり、以後約90分おきにやってくるノンとノンレム状態が交互に繰り返されると言われている。これは非常に理想的な睡眠であるが、残念ながらこのように安定した良い睡眠がとれている人はほとんどいないと考えられる。なぜなら現代社会においては、安定した状態でメラトニンが分泌される状態を阻害するような要素が多くあるからである。

   たとえばテレビや携帯、パソコンなどその他さまざまな電磁波を発する家電製品の影響や、食物の中に含まれるさまざまな科学物質による影響、そして特に都会では一晩中どこかで照明がついているために暗闇というものがない。しかし人間の脳は暗闇の中でのみ機能させる特殊な部分を持っている。このような状況の中で、人間の持つ非常に繊細な内分泌システムはバランスを崩している。

   そして実際に睡眠障害といわれるような症状に苦しむ人々も多く、朝起きても疲れがとれていないという状態の人は非常に多い。疲れが残ってしまうのは、先に述べた潜在意識場の機能が十分に働いていない状態にあるからだ。もしあなた方の潜在意識場が十分なエネルギーとともに機能していれば、毎日生まれたばかりのように活力と希望であふれて目覚めることができる。


book 「宇宙パラレルワールドの超しくみ」by サアラSaarahat   ヒカルランド

                           抜

次元上昇とは「意識の拡大」である

   宗教についてだが、カトリック教会は消えていくだろう。
   奇妙に思うかもしれないが、実は25年前からカトリック教会の崩壊が始まっている。カトリック教会の最近の調査を見ると、かつてはカトリックが世界で一番多くの土地を持っていたものだが、最近ではそれは非常に劇的に変わっている。

   日本の立場はどうなっていくのだろうか。
   日本は相当いい感じで、ユニティ(一致)のシフトに向かって非常にうまく乗り切っていくだろう。最終的には中国が崩壊していくだろう。それは不動産のバブル崩壊から始まる。これまでにも世界中でバブルが崩壊したが、しかし中国のものは、世界中のバブル崩壊を全部集めてもそれに匹敵しないほどの規模で起きるだろう。それが起きると中国の政府高官が刑務所に入ることになる。そして軍隊が主権を握り、その崩壊から回復するのに3年はかかるだろう。その3年間で軍部が政府を再び作り出し、軍部は国の未来を保障するために世界の3分の1くらいの領土に向けて拡大していくだろう。

   それが日本にとってどういう影響があるのだろうか。
   日本の国のカルマは中国とともにある。中国は日本を侵略しない。しかし中国は日本を遠くから支配しようとするだろう。つまり日本の文化はそのまま手付かずに残ることになる。そして中国は日本に「こうあるべきだ」という風に指示するようになるだろう。

   残りの3分の1は、超欧州共同体のようなものが支配するだろう。
   中国が崩壊し、今度はヨーロッパの国々がアフリカに進出して天然資源を横取りするだろう。これまでの10年に中国政府は密かにアフリカの天然資源を開発してきたが、今度はEUがそれを支配するようになる。

   アメリカは、カナダや中央アメリカ、南アメリカと一緒になる。
   この後、ブラジルが大きく成長するだろう。アメリカが3分の1、EUとアフリカが3分の1、そして中国が3分の1ということで、基本的に未来の世界はこのように3つに分かれるだろう。しかしそれは「経済的に」という意味においてである。

   社会的な分類というのはあまりいいことではない。
   その中でも日本はかなりいい感じで進んでいくので、実際には中国は、日本文化を見て日本をお手本にするのである。日本は50歳以上の人々が約7兆ドルのお金を持っている。それは貯蓄や債権、保険などを全部集めた額だ。そして実際に日本でバブルが崩壊したときに、その貯蓄が日本を救ったのである。しかし今の日本の法律では遺産に税金がかかるようになり、そのほとんどが国に入るようになってしまった。

   今日本は超高齢化社会なので、これから亡くなる人はどんどん増えていくので、そういう意味では日本は黒字になっていく。それはこれから成長していく世代にとってはいいことなのだ。なぜならそういうお金を日本政府はインフラに投資していくからである。ネガティブだ、否定的だと思うことがあれば、必ずその裏にはポジティブ、肯定的なことが起きるのである。たとえば今のアメリカの政治状況はよくない。しかしその結果、人々は団結し始めている。財閥がすべてをコントロールしようとしているので、人々は逆に一致し団結を作り出しているのだ。

   今、世界中に多くのすごい変化が起きている。変化そのものは破壊的な要素を持っているが、その移行においてもっとも怖い部分は人口が減るということだろう。これから次の10年、15年に世界の人口は急激に減少する。

   中国の悲劇はこれから先、24時間という短い間に多くの人々が亡くなるということだろう。中国政府はニュースを公けにしないのが普通であるが、その中でも三峡ダムの構造に問題がある。それはダムの設計の時点で水の圧力や重さを考慮しなかったのだ。このダムにはすでにヒビが入っている。このダムが崩壊すると、24時間以内に3億人が亡くなるだろう。非常に短い間にこれほどの人が亡くなるので、このことが中国の崩壊を誘引することになる。中国には13億の人がおり、それが10億になる。これは世界にとってはとんでもない悲劇である。しかし問題は3億人が亡くなっても、中国政府は大したことではないという態度をとるので、その政府の態度が、中国人のハートを変えていくことになるだろう。

   インドでもいくつかの悲劇が起きる。
   それは原子力発電所の問題である。またインドの南のほうに肥料工場があるが、それが爆発するだろう。そしてこういう似たような事件が世界中で起きるようになる。それは人間が引き起こす悲劇が次から次へと起きていくような感じである。トルコとギリシャのエリアはこれまでも一番地震が多発する悲惨な地域であったが、その地域が揺れ始める。

   さまざまなことが世界に起き始めるが、それは集合意識が内的葛藤を手放しているということだけでなく、地球が非常に活発なサイクルに入ったという理由でもある。そのうちの一つの原因は、近づいてくる彗星によって引き起こされる引力が引き起こすものである。2012年に来る彗星は、尾が二つに分かれている彗星で、それは太陽と地球の間を通るだろう。地球と太陽の間は9300万マイル離れているが、2011年12月16日に来た彗星は2500万マイルのところまで近づいた。(1マイルは1.6キロ) これにより、また地球の地殻が活発化することになる。

   2万6000年ごとに同じ状況が地球に起きている。
   2万6000年前に、アマゾンのジャングルの中に大きなクレーターができた。北アメリカにも大きなクレーターがあるが、それは5万2000年前にできたものである。彗星が近づいてくると、隕石ベルト(アステロイドベルト)の引力が軌道の邪魔をしてバラバラになる。一番最近に大気中に起きたこの種の出来事は、1908年にツングースカというところで起きたものである。そしてツングースカの事件の後、火山が爆発し、地震が起きた。

   シフトを超えた人はこれから先3ヶ月以内に起きることを予知できるようになり、テレパシーで交流できるようになるだろう。物理的な世界ではコミュニケーションが猛烈なスピードで行なわれるようになるだろう。大気を通じて電磁波がビームのように放射される。つまりそれはニコラ・テスラの発明が実践されるのである。また同時に2ヶ所に存在するバイロケーションの研究も行なわれるだろう。

   ユニティ(一致)のシフトを起こした人にとっては、アトランティスの時のように言葉を使用する重要性が少なくなっていくだろう。レムリアからアトランティスの時代に移行したときにも非常に短期間の間に言語が消失した。そして再びユニティ(一致)から分離の時代に戻ったとき、テレパシーは使えず、かつての言語を取り戻す必要があった。

   西洋には「バベルの塔」の伝説がある。そして実際にシフトが起きたとき、それまでのようには話せなくなってしまった。アトランティスでは声というものはコミュニケーションにではなく、儀式やセレモニーにだけ使っていた。それは自然の音を真似て自分の音を出すもので、エネルギーを活性化するためのものであった。アトランティスでは人と人との間には境界線のようなものはなく、視覚が一番優勢な感覚ではなく、嗅覚が一番大きな感覚であった。そしてまたその時代が戻ってくるのである。

   ユニティ(一致)へのシフトは、形而上学(けいじじょうがく)的に3つの違う次元に開いていく。よく地球は5次元へ上昇するというように聞くことがあるが、実際には上昇するのではなく、意識が拡大して「別の次元を自分の意識の中に含めるようになる」ということなのである。


             「光の超12日間」 ゲリー・ボーネル著 ヒカルランド

                         抜粋したもの


     
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自分の体験は自分が作っている

   集合意識が選んだ「苦難の道」というのは、「苦労することや辛い出来事を通して自分を浄化する」という意味である。しかし人類の集合意識がその道を選んだからといって、あなた方がそれを選んで体験する必要はないのである。これはとても大切なことだ。つまり人類の集合意識は、抱えている葛藤を浄化するために苦難の道を選んだが、あなたはその道を選ぶ必要はなく、あなた方はただ、自分の葛藤を手放せばよいのである。

   ふだん何かに対して、「正しくなければいけない」という考えや必要性を持っているとき、そのことに対してあなたは葛藤を持っているといえる。葛藤というのは、あなたの外側に広がる現実に対して自分の正しさを証明しようとすることである。つまり、他人に対して自分の正しさを示す必要を感じているということであり、そのためには他人との比較が必要で、これまでの情報と社会的な常識といわれるものをもとにして先のことを予測しようとする。葛藤を手放すにはたった一つの方法しかない。それはただやめることである。

   体を真の意味で敬意を持って扱うなら、体の組織に溜まっている葛藤のエネルギーを解放することができる。そのための方法として呼吸法や、瞑想、ヨガなどがあり、ヨガは肉体と霊のためにとてもいい方法である。そういう形でも葛藤を手放すことができるが、しかし肝心なことは、あなた方が自分の考え方に執着しないということに尽きるのである。あなた方の意識がシフトするために、「どのようにどのくらい」ということは誰にもわからない。それは一人ひとり違うからであり、それぞれの問題であるからだ。「光の12日間」をあなたは自分だけのこととして体験する。

   私は本当は、人類が集合意識として一度にシフトしたほうがよかったと思っている。2年くらい前から、どうやら集合意識は「苦難の道」を選びそうだということが私にはわかったが、当時はまだ完全には決まっていなかった。そしてその後完全に決定したあと、世界経済は悪化し不景気がやってきている。これからの25年間に人類の群集心理は、どうやって一つの考え方になるのかということを必死で探す期間になるだろう。そしてこのようにして、これまでの古いシステムの枠が次第に外れていくだろう。

   「変化」とは、破壊的な性質を持つものである。
   しかしこの破壊的にみえる変化の中にあっても、あなたが常に自分の中心に留まることができるなら、あなたの人生は満たされるのだ。あなたが葛藤を手放せば手放すほど、あなた方の人生は努力なしに、楽に展開していくだろう。

   現在の地球は人口が過剰であり、そして過密になった人口を減らすプロセスはもうすでにスタートしている。あなた方がこの次元を去る人々の中に入るのかどうかは、あなたの決断による。そしてこの「苦難の道」の時代を「生きたくない」と思っている人々がいることも知っている。それは、「もういい、やりたくない」という感じであり、この部分が予言に関して、あなた方の不安や心配を一番かき立てる部分であるだろう。

   これから先の25年間で、人口は大体60億人ほど減少するだろう。今が70億人なので、大勢の人々が去っていくことになる。これまでの人類の歴史の中で、人間の遺伝子をたどっていくと、実際に絶滅するくらいまで数が減ったという事実が過去にはあり、しかもそれが何回も起きている。それと同じことが再び起きるのである。だが何が起ころうとも、とにかく一番大事なことは、あなた方が意識的に自分の人生を生きるということである。

   これまでの何千年間にわたって、さまざまな教えや呼吸法、瞑想法が人類に伝えられてきたが、それらの全部がある一つのポイントを指し示している。それは内的葛藤を手放すこと、つまり自分の考えに執着することをやめることである。それらの行為とは自分の内なる思考に働きかけることであり、それはあなた方自身がしなければならないことなのだ。人生において立派な教育を受けてしまうと、それを忘れてそこから脱するためには5回の転生を繰り返さねばならないと言われている。それほど私たちは、同じ思考のパターンをずっと持ち続ける傾向があるのだ。それは本当に深いレベルで瞑想ができるようになっていても、一方で葛藤を手放せないという状況があるのだ。だから体や心に関して、常に意識的に生きることが非常に大事なのである。

   ずっと昔、レムリアのサイクルが終わり、分離からユニティに移行したときも同じようなことが起こり、それと同じことを私たちは今体験しようとしている。そしてそのとき、実は多くの魂たちがその移行に成功することができなかった。その結果残った感覚は、「もう取り残されたくない」というものであった。よって私たちの潜在意識の中には、また今回も移行できないのではないかという恐れを魂の中に持っているのである。

   本当に自分の人生を意識的に生き始めなければならない。
   それは自分の人生の主人公として、自主独立した存在として生きるということである。それは自分の人生の体験は自分だけが所有するという自覚であり、自分の人生のどんな細かい部分も自分の外側で起きているのではなく、自分自身が自分の体験を生み出している原動力であり、原因であると知ることである。

   体の次元上昇(アセンション)についてお伝えする。
   この予言が語られてから、アセンションというのは人類に起きる体験だと言われてきた。そして多くの人がアセンションは魂に起きることだと考えている。しかしアセンションは魂に起きるものではない。なぜなら魂とは本来、最初から純粋なエネルギーの状態にあるものなのでアセンションする必要はないからである。よってアセンションというのは物理的肉体のほうに起きる出来事なのである。それは魂から肉体に与えられる贈り物であり、魂がこれまで宿っていた肉体を純粋なエネルギーに戻すことなのだ。今はまだそれがよく理解できないかもしれない。しかし十分な葛藤を手放した肉体は、自然にこの肉体を純粋なエネルギー体に戻したいという衝動を感じるようになるだろう。

   私たちの輪廻転生するエネルギーがこの肉体を作っている。
   人が亡くなると、肉体を維持していたエネルギーは離れ、魂も体から離れる。そして肉体はただの抜け殻になる。肉体を維持していた継続する感覚意識のエネルギーは、魂の属する同じ家系の中において新しい肉体をつくる。つまりアセンションとは肉体の感覚意識のほうに起きることであり、感覚意識が物理的な肉体のエネルギーを統合するのである。そして本来純粋な魂は、次の体験に向かって進むだけである。

   アセンションとは、継続する肉体感覚意識と物理的肉体のエネルギーが一つの存在として融合し、その結果、魂のようなエネルギー体になることをいう。ある意味アセンションというのは、新しい魂が誕生することとも言える。肉体の感覚意識と肉体のエネルギーの融合は、地球の物質から長い年月を経て進化した、地球生まれの意識である。

   ナザレのイエスがそれを実際に体現した。
   彼は自分の信者たちのところに実際に姿を顕すことができた。信者が彼に走り寄ってきたとき、「私に触れてはいけない。まだ完全に終わってはいないのだから」と彼は言った。つまり感覚意識と肉体の持っているエネルギーが完全に融合するのに3日間かかるからだ。信者の一人が「かつてのあなたの姿とは違う」と言ったら、イエスは少し待つようにと言い、そして段々聖痕が顕れ始めた。

   この段階までいくと、肉体はどんな形態にも自由自在になることができるのだ。かつてこの世界に属していた「肉体と肉体の感覚意識」という物質はアセンションする。それでイエスは次のように言った。「私はこの世にいる。しかし私はもうこの世のものではない。」「かつて私は人の子であったが、今は神の子である」と。

   魂は永遠である。
   それは最初から神とともに存在している。それは神のものであるとも言える。つまり魂であるあなた方は、自分の肉体にアセンションをもたらすことが可能なのだ。それは人間の肉体という形態に魂が与えるプレゼントなのである。繰り返すが、多くの人々が一緒にアセンションするという波はもう来ないのである。福音主義のキリスト教信者たちは、イエス・キリストの再臨を信じている。彼ら全員がキリストの霊に抱かれてアセンションするのだと信じているが、残念ながらアカシック・レコードには、そのような出来事が起きてそれをサポートするような情報はないのである。


             「光の超12日間」 ゲリー・ボーネル著 ヒカルランド

                         抜粋したもの


  
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自分の問題のすべての原因は自分である

   これまでの「分離」の時代においては、私たちは地球に転生するたびに「協力的で文明的な人間」として生きるために、生まれてから少なくとも最初の5年間は、そのための練習をその都度何度も繰り返さなければならなかった。しかし新しい時代を生きる新しい体には、魂が完全に覚醒した状態で入ってくる。人類はこの新しい「性別のない」体で2000年~3000年を過ごすことになるだろう。そのためには人間は、まず個人というものの主権をしっかり生きて示すことができなければならない。

   それは自分という存在が、物質的形態である肉体の中に宿っている魂であること、そして、そのような人間としてあるべき正しい状態を完全に知るということである。葛藤から解放され、自由に生きる人間になってから数世代後に人間の遺伝子に変化が起こり、それは後の世代に作用する新しい遺伝子コードとして現れるだろう。それによって現在の人間の肉体が、性別のない新しい体に変容する可能性を持つのである。

   これまで世界の国々の政府はどうして、国民の創造性と知的能力を抑圧し操作するという方向へ進路をとってきたのだろうか。なぜ世界の大国は、他の国々を軍事力により、テロ行為により、制圧し続けることで支配しようとしているのだろうか。これらが現在世界で起きていることであり、人々を支配するために彼らが行なっている意識的な操作方法なのだ。このようなことを行なっている人々が「目覚め」という恩恵を受け取ることはないだろう。しかし別の言い方をするなら、今のこの世界は人々を支配するためのルールを持っている「目覚めていない指導者」がいるので、その指導者のために労働の負担を背負うべき「目覚めていない人々」が必要なのである。

   シフト(変化を)起こして下さい!
   これから後25年にわたって、(目覚めていない)人類の集合意識がたどろうとしている進路から私たちは逃れなければならない。私たちの周りにはすでに、この世界を支配している「時間という枠組み」を超えるシフトを遂げた魂たちがいる。彼らには時間は存在せず、彼らは私たちに気づいているが、私たちは彼らに気づいていない。つまり、シフトした人はシフトしていない人たちに気づいているが、シフトしていない人たちは、シフトした人たちに気づかないのである。

   私はこれまで数十年にわたり、新しい時代へのシフトに関する情報をアカシックレコードによって示してきた。来たるべきシフト(変化)に関する多くの情報は、現在の人類が選択している生き方にとっては厳しく対立的なものである。しかしながらこれは怖れるべきものではなく、理解されるべきものなのである。なぜなら、もしあなたの内的世界に葛藤がなく、しかも独立した個人として生きることができているならば、あなたが許さない限り、どんなこともあなたに影響を与えることはできないからである。葛藤のない純粋無垢(むく)な状態においては、あなたはあらゆる影響から無傷でいられるのだ。つまりあなたは、この世界にありながらこの世界に属してはいないのである。

   集合意識的な社会の変化を、十分に理解することは非常に難しいことである。
   新しい時代である「ユニティ」(一致)では、個人ではなく集合意識が重要になる。つまり「ユニティ」の時代では、これまでの「分離」の時代にしていたように個人的に考えることはせず、「全体に益となるように」集合体として同じ思考を共有することになる。この状態はあらゆる側面において分類された小集団の形成を意味しており、個人はどのようなルールに従うのかによってどこに属するかが決まってくる。

   現在の今の社会では、社会に対して何をどれだけ負担するのかは、基本的に私たちがどのような区分に属しているかによっている。それはあたかも任意であるかのように見えるが、実際には社会的に一方的に課される、強要されたものである。つまり怠惰な人は多くを持つことはできないが、多くの野心を持つならば多くを所有することができる。しかし未来の社会ではこれまでのお金は、新しい通過システムにとって代わることになる。それは預金や負債のように蓄積されるものではなくなり、個人的な貯蓄や買いだめといったものも過去のものとなる。

   近い将来に起きる「分離」社会の出来事は、人々を「ユニティ」(一致)へ導くために必要なものかもしれない。これまで行なわれてきたようにこの世界の支配体制は、人々の関心をコントロールすることによって展開されるだろう。つまり彼らは、「変化」が起きるたびに巧妙に人々の関心と注意を逸らし、そこへ新たに準備した新しい仕組みを徐々に意識して自覚させながら、別の規範を守り従う段階へと人々を導いていくだろう。しかし意識的にシフトする人たちは、「彼ら」が逸らそうとする「変化」を自覚して気づいているので、どのような結果が自分たちに降りかかろうともそれに対して(エネルギーの)投資はしないだろう。

   「一致」へのシフトがいつになるのかという問題は、最初から大きな論点であった。
   結局この日にちの問題は、このシフトが集合的なものになるのか、個人的なものになるのかということにかかっていた。当初の予言通り「集合意識的なシフト」になるのであれば、2012年12月21日といったような日にちを見極めることができただろう。しかし実際には現時点においても、今すぐ集合意識がシフトするのに十分なエネルギーがこの惑星には存在している。つまり、もしも十分な数の人間が内的葛藤を解放するならば、今すぐにでも「天秤のはかり」は集合的シフトのほうに傾き、すべての人々は来たるべきシフトの間に完全に同じ出来事を体験することになる。

   私は今まで多くの人々から、「シフトが始まるその日その時に、葛藤を解放できないのか」という質問を受けてきた。しかしそれはすでに時間的な問題ではなく、あなたが内的葛藤を解放すれば、時を待たずしてそれは今すぐ始まるのである。古いことわざがある。それは、「すべての瞬間にオープンでいられれば、特定の瞬間のために準備したり心配する必要はない。」

   葛藤を手放すことを拒否する内的状態にあるとき、人は抑圧した自分の感情を他人に反映するものである。

   
個人の人生において重要な転換をもたらすものの一つは、
   「自分自身こそが、自分の存在の、自分が抱えるすべての問題の原因であり結果である」と気がついた時に起きてくる。

   そしてもう一つ必要な点は、「バランス」をより重要なものと認識することで、葛藤がもたらす対立の力関係そのものを捨て去ることである。これらの対立する力は葛藤がもたらすドラマであり、このようなドラマに埋没することを止め、バランスと調和を望むことで、葛藤の泥沼と堂々巡りから抜け出そう。

   あなたを覚醒から遠ざけている唯一のものは、あなたが自分には葛藤が必要だと思い込んでいることにあるのだ。それを手放し、捨て去るとき、あなたに覚醒の状態がやってくるだろう。


             「光の超12日間」 ゲリー・ボーネル著 ヒカルランド

                           抜粋


  
AAAAAAAAAAA*************AAAAAAAAAAAAA*************AAAAAAAAAAA

葛藤を抱えているかどうかどうしたらわかりますか?

   これまでの総合的な予言とは異なる、もう一つの違いについて述べよう。
   今後25年間に人類にさまざまな災害が起きる可能性がある、これは北極と南極の氷塊の動きによってもたらされることになる。極地の氷冠が溶けてなくなっていくと両極にかかっていた重力は変動し、地球の形はより円形に近づいていき、これによりプレート運動と火山活動が活発になる。そして地球は、現在の膨れ上がった人口を支え、維持することはできない。自然はすべての種にバランスをもたらすものであり、私たちは人間という種として存続し続けるが、その数は当然大幅に減少することになる。数が減少した人間は、これまでとは大きく異なるライフスタイルを持つようになるだろう。

   近い将来、それぞれの文明の中にいる個人は貢献度によって振り分けられるようになる。それは自然淘汰ではなく、人類は同じ考えや意欲を持った人々のグループに分類されるのである。そしてそれが、個人的な経済と人間関係の基礎になるだろう。このように分類により将来的には、より少ない人口で、非常に効率よく、しかも必要とする以上の生産を確保するようになるだろう。そこで基準となるのは、思考というエネルギーをどう処理し、どのように新しい思考エネルギーを生み出すかということなのである。

   この分類は実は今よりも早く起こるはずであったが、人類は欲につながる「葛藤」を手放すのをためらった結果、それを戦争へと持ち込んでしまった。中東における戦争は、人類の核となる葛藤の「集合意識の解放」をより加速させることができるはずであった。非常に残念なことであったが、偽善的要素を排除し、人々がなぜ戦争をしているかを正直に話すことで、この戦争を通してより多くの葛藤を解放することが可能であったのだ。

   重要なことはこれらは私たちのためのことではなく、これからの世代のためのものだということだ。つまり2036年にやってくる、決定的なシフトポイントを生き抜く若い世代と、その前後に生まれる人々のために設定しているのだ。決定的なシフトポイントとは、先に述べた25年間の猶予(ゆうよ)期間が終わり、完全に「一致」の周期へと変わるポイントである。そこでは人々は、現在の分離の時代を支配した信念や価値感、そしてそれから生み出した葛藤を持ち続けることはできない。

   すべての内的葛藤を手放し、聖なるシフトの前に覚醒した人々は、文化的社会的な集合体からどのような影響も受けることなく、独立した存在として生きるようになる。そのためには、内的葛藤を手放すことが非常に大切なのである。内的葛藤のない解放された状態にあれば、あなたは集合意識の選択の中で自分を見失うことなく生きることができる。また起きてくる出来事から影響を受けることなく、来るべき変化の時を切り抜け、無意識の状態でいる人々が目覚めるのを手助けすることができるだろう。私たちがこの変化の時をどのように生きていくべきかは、先に述べた「急激なシフトに対する人類の集合的反応の変化」によって変わってくる。

   これから先は、似た考えや関心を持つ人々と一緒にいることが非常に重要になってくる。2012年~2015年のイベントの後はより大切である。蓄積された葛藤を手放すために、人類の集合意識がどのような願いを持つかがこの時期に決まる。この件に関しては私が間違っていることを願っているが、どのように人類の数が減少するかを決めるのも集合意識のようである

   あなたは葛藤を抱えていますか?

   
究極の質問である「来るべき苦難に向けて私は何をするべきなのだろうか」という問いに対する答えは単純で、これに対するメッセージは何年にもわたって一貫している。それは

葛藤を解放してくださいのひと言に尽きる。過去数ヶ月に起きた人類の集合意識のシフトに関わるさまざまな出来事を見ると、もしも今、この先25年にわたって起こることになる苦難をあなたが信じていなければ、近いうちに信じることになるだろう。もし現在あなたが葛藤を抱えているなら手放す準備をし、葛藤を解放しながら自分の目的に沿ったことを実行し、現実化するとよい。繰り返し言うが、これはあなた次第であり、完全にあなた次第のことなのである。

Q、 葛藤を抱えているかどうかはどうしたらわかりますか?

   
あなたが他人を責めたり裁いたり、物事を批判したりしているなら、あなたは葛藤を抱えている。また自分や他人、物事や状況に対して、「00であるべき、××であってはならない

」などと特定の枠や考え方、基準に、自分や他人を従わせようとするなら、あなたは葛藤を抱えているということである。

   魂の本質である「エーテル体の中で「葛藤」はどのように見えるか?」という質問があるが、透明で光り輝くダイアモンドを想像してみてほしい。そのダイアモンドに不純物、つまり傷やヒビや曇りがあると、それはダイアモンドの中心を通る光のエネルギーを歪め、本来の光が通る道を変えてしまう。これと同じことがエーテル体を流れる「気」に起こる。葛藤とは、完璧であったはずのダイアモンドにある欠陥と同じものなのだ。気のエネルギーはそこにある葛藤を迂回して流れることになり、それによって物理的な肉体に「影」あるいは「空洞」を作る。その空洞は遺伝子のスイッチを入れたり、切ったりすることで特定の精神的な傾きを悪化させ、さまざまな症状や疾患を身体に引き起こし、感情体や精神体にも影響を与える。

   もしヒトラーやヒムラーが、ユダヤ人問題の解決策として発表した「ユダヤ人絶滅計画」に葛藤を感じることなく実行していれば、ドイツは世界を制覇しただろう。つまり、いわゆる倫理的な善悪というものは現実化することにおいて妨げになるものではなく、そこで問われるのは「葛藤があるか、ないか」ということだけなのだ。

   あなたを取り巻く状況は、必ずしも内的葛藤を投影してはいないかもしれない。しかしあなたが自分の状態と、周りに展開している状況に葛藤を感じているかどうかはあなたにしかわからないことである。しかしあなた自身が病気であったり、家族や友人が病気であったり、借金があったり、人生の選択に苦しむ子どもがいたり、無理強いする友人がいたり、自分の貢献が認められていなかったり、よくバカにされたりなどいろんなことがあると思うが、そんな状態にあっても葛藤のない精神状態でいることはできるのである。

   何にどれほど投資して、どれほどそれに期待し、予測し、しかしそれが期待通りにならず、それに対してどんなに不安になり、不愉快になったかはあなただけが知っている。私たちは現実が自分の思うようになっていないと感じた時、自分の力を他人や状況を操作しようとして使うものである。「もしこうなれば・・・」「こうやったら・・・」と自問自答したり、秘密を隠すためにエネルギーを使っている。また力不足を感じていながら未来の瞬間のために準備をしなければならなかったり、悪いと思わないのに謝ってしまったり、何かや誰かに対して義務感を持っていたり、不公平を感じていたり、謙虚なふうを装っていたりしていれば、あなたは「葛藤」を抱えている。

   以上のような傾向を持ち続ける人は、基本的に「光の12日間」を「一致」へ向けたシフトとして自覚せずに過ごすことになるだろう。ユニティの時代において、人類はこれからさらに飛躍を遂げることになるが、そのためにはこれまでの古いシステムによる決まりきったやり方を捨てなければならないのである。


            「光の超12日間」 ゲリー・ボーネル著 ヒカルランド

                          抜粋


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「葛藤の苦しみ」を手放そう

   現在の地球は一つの周期である1万3000年を終えようとしており、次の1万3000年の周期への移行期にある。その移行期間は1000年もあり、人類は今、その1000年のちょうど中間の辺りにいる。これまで人類を支配してきた分離の時代であった1万3000年が、次の1万3000年に移行するにあたり、世界中のアカシックレコードを読むリーダーのグループが、その情報更新を数ヶ月かけて完了した。

   人類は過去5000年間の出来事を通して、その集合意識を今年の冬至に通過する移行ポイントに備えてきた。これから起きてくる出来事に対し、人類の集合意識がどのように反応するのかを予測するには方法は一つしかない。それは、1万3000年前の前回の移行のときに集合意識にどのようなことが起きたのかを、アカシックレコードに記録されている情報を見て予測することである。これまでの「分離」の時代からこれから迎える「一致」の時代へ移行している中間地点で、これから起きる可能性のある出来事に対して、人類の集合意識がどのような反応と行動をするかを予測するためには、前回の1万3000年、つまり約2万6000年前に起きた前回の移行を参考にするしかないのである。

   当時の地球には約5億人の人間がいた。
   現在は当時よりも約60億人も多いのであるが、5億という人口の数は、これから起きる変化に対して現在の人類がどのような反応をするのかを予測するには十分な数であると考えられている。来るべき変化に対して人類の集合意識の反応の予測のためには考慮すべき要素が一つあり、それは太陽系以外の星系から地球にやって来ている魂たちの多様性である。前回の地球のシフトの時に地球に存在していた魂たちは、3つの星系から来たものだけであった。しかし現在の地球には7つの星系からやって来た魂たちが存在しているために、その反応もまた多様化しており、そのゆえに起こりうる可能性を複雑にしている。この状況を踏まえたうえで、「光の12日間の最終更新情報」お伝えする。

   clover 人類全体が一斉にシフトすることはなくなり、
        一人ひとりが光の12日間を体験することになった。

   2011年の冬至から2012年の冬至までの間に「光の12日間」があり、到来する大いなるエネルギーの波によって「一致」の周期へとシフトしていく。すべての人がこの「12日間」を同時に通過する。

   
これまでの予言と異なるのは以下の点である。
   今の人類の現段階では、人々の意識状態は「一致」の周期へ向けて一斉に移行できるほど、人類の集合意識は「葛藤」(かっとう)を解放することができていない。つまり、人類の多くが人間の存在の本質である魂としての自己を思い出し、大いなる叡智の立場から人間や世界を認識することができず、その結果、これまでの二元的な信念や価値感に囚われて否定的に生きていることである。そのためにこれまでの解釈と異なり、すべての人は同時にこの「光の12日間」を通過するが、そこでの体験は人類全体としてのものではなく、「個人的なもの」になったということである。

   
それはどういうことかというと、内側に「葛藤」をかかえたまま生きていくことを選択した人々は、この「12日間」にほとんど変化を体験することはないということである。多少は日常の中で瞬間的に意識が変容した状態になったり、少し神秘的な体験があったりするかもしれないが、ほとんどが普段と変わらないだろう。そのような人々と他者との関係も、そして自分の生きている世界に対する考えも変わることはなく、時間も今までと同じように体験する。

   これまで「移行」への準備をしてこなかった人々は、おそらく「妄想の時代」が終わるまで変化することはないだろう。「移行ポイント」を過ぎても、その後約25年間はそのようにして生きることが許される。しかし残念ながら「葛藤」を手放すことを拒否した結果、まさにその葛藤の中で生きることになる。「移行ポイント」を過ぎるとそれぞれが抱えている葛藤が現実の生活に現象として実現化するが、それは時間が進むにつれて激しさと強さを増すことになる。つまり個人的には混乱と病気が激増し、集団や社会の集合意識においてはさまざまな苦難と向き合うことになる。それは戦争や苦難が激増する時代なのである。

   意識的に移行する人々もいる。
   彼らは新しい「一致」のエネルギーの中で意識的に生きるだろう。彼らは一瞬で覚醒したような状態になり自己認識から自己覚醒へと至り、葛藤のない状態へと移行する。彼らはすべてのことが明らかになっていく中で生きるだろう。しかしこのたぐいの覚醒、つまり何年にもわたって心を尽くしてきた結果として到達した「真の覚醒」でない目覚めは、「真の覚醒」とは異なるものがある。

   「真の覚醒」へと到達した人々は、自分がたどったこれまでの転生のすべてを一つの人生へと集約するので、その中で得た能力や叡智など発達させたさまざまなものを完全に発揮することができるようになる。そして彼らは思考を現実化しながら生きるようになる。そして先に述べた「一瞬で覚醒した」人々は、このすべての転生を統合することはできない。それは他の転生や大いなる叡智の存在に気づいてはいるが、それを活用するまでには至っていないということである。

   かつて約1万3000年前の分離から一致への移行のときにも、ほんのわずかな人々だけが叡智を保ちながら「移行」を迎えた。今回のシフトにおいては、大勢の人々が分離の時代の意識を持ち続けている。私は現在の人類の集合意識を支配している、主(おも)だったものを踏まえてアカシックレコードの情報を解釈し、可能性として3つの明確に異なるシナリオを導き出した。

   (1)のシナリオ
     内的に普通の葛藤を持つ人々は完全に無意識な状態で12日間を過ごし、強烈でリアルな夢の情景の中で後悔と葛藤で苦しむことになる。その夢から意識的に目覚めることができないために、ほとんどが悪夢のように感じられるだろう。無意識の状態にあった人々は12日間が終わったあと、何が起きたのかを説明しようと試みるが理由がわからず途方にくれるだろう。政府や宗教的指導者たちはそれぞれの視点から、この12日間を説明しようとするだろう。

   (2)のシナリオ
     一人ひとりが霊的で好奇心に満ちた12日間を過ごすだろう。
     その中で彼らがどんな信念を抱いているにせよ、自分の思考が現実化するのを目撃することになる。強く宗教に傾倒している人は、体験したことを自分が信仰する教義に照らして説明しようとする。3つの波で起こるはずの次元上昇(アセンション)についても同様に説明しようとするだろう。

   (3)のシナリオ
     最後のシナリオでは、人々はこの宇宙のすべての「創造」を、大いなる叡智に基づいた視点で捉え、完全に覚醒したような状態になるだろう。それ以後彼らは地球にいながらにして、何にも囚われることなく、地球上で起きることの目撃者になる。彼らは非常に高い波動を保ち、ゆくゆくは彼ら自身の肉体を次元上昇(アセンション)させることができるだろう。

   シフトするかしないのか、光の12日間をどのように迎えるのかは、完全にあなた次第である。しかしながら先に述べたように、現在の集合意識が葛藤を十分に手放すことができていないので、人々はすべてをありのままに認識することができない。そのような状態において行なわれるあらゆる歪んだ解釈が、人々の集合意識に多大な影響を与えている。このような状況にあっても、自ら内的葛藤を手放し、個人としての目覚めを迎えられるかどうか、つまり自分を取り巻く集団や社会の集合的な意識に惑わされたり、責任を転嫁したりすることなく独立した個人として生きるかどうか、それとも集合意識に飲み込まれて自分を見失ったまま生きるかどうかは、完全にあなた次第なのである。

   ほとんどの場合人々は、12日間の体験を外的要因によるものにしようとするだろう。そのために彼らはこの期間に起きたことにほとんど気づくことなく過ごすだろう。集合意識に属するほとんどの人々は、自分の内的葛藤の投影を見ているに過ぎない出来事を、自分ではなく他人のせいにする選択をするのだ。

   この「他人を責める」という選択は、残念ながらキリスト教において語り継がれてきた、「人々の罪を贖(あがな)うためにイエスはむち打たれ、処刑された」という創作された物語の中に見ることができる。イエスの殉教の物語は、「苦難を通してのみ罪は贖われる」という考えと、「殉教により聖者となる」という二つの非常に強力な信念を人類の集合意識に植えつけることになった。そして後に続くすべての「聖人といわれる」人々もそれを模倣したのであった。イエスが信頼した弟子たちでさえ、拷問と死という浄化を通してのみ「神の唯一の息子」になるという考えを真実としたのであれば、現在でも多くの人々がその考え方を受け入れているのは無理もないことである。

   一方、イスラム教のコーランでは、信仰心を持たない者を殺して殉教した者は、彼らを完全に受け入れてくれる処女のいる天国への昇天が約束されていると言われている。人類が集合意識として「一致」へ向けて移行するかどうかは、人々の反応を決める集合意識それ自体なのである。現在地球の人口の約半数をキリスト教徒とイスラム教徒が占めており、彼らが先に述べたような信念を持っているという事実が何を示すかは、容易に想像できるのではないだろうか。

   今現在、地球には5億人前後のマルデックからの魂が転生している。
   マルデックは科学技術の間違った使用により惑星そのものが破壊されて消滅したために、彼らはその苦い経験を繰り返してはいけないという考えを持って、この地球のシフトのために転生してきている。そして戦争や破壊という脅しを繰り返している人類が、原子力によって自滅するのを防ごうと格闘している。しかし彼ら以外の残りの魂のすべてが、人類が選択した結果に対して中立であるとは限らない。

   すべての人が一斉に12日間を、霊的な光輝く時として自覚しながら迎えるという解釈はすでに変わってしまった。すべての人はそれぞれが抱えている葛藤によって、自動的にまた瞬間的に葛藤に応じた道に導かれる。これは自らが作った「葛藤(という苦しみ)を通して浄化されたい」という集合意識を持っているからである。つまり、罰(という葛藤)を受けることで救われるわけである。


             「光の超12日間」 ゲリー・ボーネル著 ヒカルランド

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夜空の明るさが植物を死に追いやっている

   あなた方は最近、星空を見上げたことがあるだろうか。
   毎日忙しくて、星を見ることなど忘れていたという人も多いのではないだろうか。そんな人はぜひ今夜、夜空を見上げてみてほしい。街の灯りで見えにくくなったとはいえ、天気さえよければまだ数多くの星を見ることができるはずである。そんな中で彗星探索家は、いつどこに現れるともわからない彗星を、ひたすら目で見て探すという地道な作業を毎日続けている。そして私もそうした彗星探索家の一人なのだ。

   私が初めて彗星を発見したのは1990年であった。
   それは彗星探索を始めてから7年目のことだった。3月16日午後7時35分、北西の低空に他の星とは違う、ボーッと少しにじんだような光を発する星を発見した。それはまだとても弱い光だったが、たしかに彗星特有の青みがかった美しい光であった。「やったっ!」という喜びよりも、見間違いではないかという思いのほうが強かった。新彗星らしきものを発見したらまず星の位置をスケッチし、国立天文台に連絡を入れる。私は震える手でていねいにスケッチを描いた。そして急いで家に帰り、発見した時刻と場所、星の見えた位置などを国立天文台に電話で報告した。

   しかしそれですぐ結果がわかるわけではない。
   私の発見した星が本当に新彗星だったのかどうかは、二、三日後の結果を待たなければならない。それにほんとうに新彗星だったとしても、私より早くそれを発見した人がいれば私の発見にはならない。新彗星発見は、1分1秒を争う早い者勝ちの世界なのだ。世界中に彗星探索家は何万人もいる。その何万もの目が毎夜、新彗星を夢見て夜空を見続けているわけで、一番乗りを果たすというのは大変なことなのだ。

   新彗星を発見しても賞金が出るわけでもないが、それには換えられない名誉と喜びがある。発見した新彗星には発見者の名前がつけられ、その名前が永遠に残る。早い者勝ちとはいえ紳士協定のようなものがあり、非常に近い時間内に発見報告をした人がいた場合は、3人くらいまでなら発見者の名前がその新彗星に命名される。そして私が発見した最初の彗星も、リトアニアの男性と三重県の公務員の人、そして私の3人の名前を冠して「チェルニス・木内・中村彗星」と名付けられた。

   実は彗星探索には「正しい探し方」というものはない。
   大勢いる彗星探索家がそれぞれ思い思いの方法で、彗星を探しているというのが実情である。それでも大きく分けると二つの方法がある。一つはランダムに夜空を観察するだけだが、非常に効率が悪いうえに、その確率は偶然といってもいいもので、宝くじよりも確率は低い。もう一つは彗星の軌道を計算して観測する方法である。そしてほとんどの彗星探索家がこの方法をとっている。しかしこれは企業秘密のようなものなので、他人に教えたりはせず、それぞれが試行錯誤しながら自分だけの計算方法を確立していくのである。

   私も始めたばかりの頃は計算式など持っていないので、ただ夜空を見ていただけであった。そんなことを何年も続けていたが彗星の発見に至ることはなかった。これではだめだと思い始めた頃に、ある出来事をきっかけに独自の計算式を作り上げることができたのであった。そのきっかけとなったのは、釣りであった。私はフライフィッシングという毛鉤(けばり)を使った川釣りをするのだが、その日はたまたま上流のほうに人がいて、後から来た私は下のほうで暇つぶしに糸を垂れていた。なぜなら先人を追い越して上流に行くというのは釣り人の間ではルール違反なので、上流へ行くためには先人が移動するのをじっと待たなければならないのだ。

   私が糸を垂れたのは、ちょうど川がダムのようにせき止められて渦を巻く流れができている場所であった。そういう場所には楕円を描くような一つの流れができる。フライフィッシングの場合、毛鉤がその流れに沿って自然に流れたときに魚が釣れる。しかし人間が少しでも糸を引いたりすると、動きが不自然になるのがわかるのか絶対に魚はかからない。暇つぶしのつもりでやっていると、イワナが一匹釣れた。それ自体はどうということはないが、次に同じ場所に同じように毛鉤を落とすと、またイワナが釣れた。同じところで同じ魚が釣れる。そこでちょっと場所をずらして毛鉤を落としてみたが、もうイワナは食いついてくれない。何度試しても同じ結果であった。

   なぜ同じ場所でないとイワナは食いつかないのか。
   考えた末、虫の死骸やイワナの餌になるようなものは、必ずこの流れに乗って同じ位置に来るということをイワナは知っているのではないかと思い至った。そのことを知っているのでイワナは、餌の来る道筋で待ち構えているのではないかということであった。この川の流れの中では、同じ重さの餌は同じ場所を流れる。それならば太陽系にやって来る彗星も、流れに乗って同じような場所に来るのではないか、そう考えたことが私なりの軌道計算法をみつけるきっかけになったのであった。

   それから私は、過去に太陽に接近した彗星すべてのデータを調べ、その動きを数値化してみた。そうして自分で計算式を作ってみると、彗星の軌道には8つのパターンがあることがわかった。こうして彗星を観測するポイントを絞り込むことができるようになったのであった。8パターン全部の軌道をチェックするとしても、広い空の中のわずか8ヶ所を観測すればいいので、ランダムに全体を観測するよりもはるかに効率的になった。多くの彗星探索家が自分で割り出した軌道上を追いかけるような形で観測していくのに対し、私はイワナよろしく彗星がやってくるのをジット待ち伏せすることにしたのだ。軌道計算が間違っていなければ、そこで待っていれば遅かれ必ず、彗星を観測することができるはずであった。

   そして先に述べたように、私が最初に彗星を発見したのは、この計算式を確率してからわずか1年目のことであった。それ以後、1990年7月16日の「土屋・木内彗星」、1991年1月7日の「メトカーフ・ブルーイントン彗星」、1992年9月27日の「スゥィフト・タットル彗星」と、わずか3年の間に立て続けに4つもの彗星を発見したのであった。このメトカーフ・ブルーイントン彗星とスゥィフト・タットル彗星は過去に発見されていたものだが、その後軌道を見失い行方不明になっていた彗星である。なので正しくは再発見ということになる。

   私は1994年12月に行なわれた第1回「将来世代フォーラム」の世界会議に出席した。
   この会議では64カ国の代表が集まり、将来世代にどのような地球環境を残すのかということについて議論が行なわれた。その中には大量の核兵器の処分の問題も含まれていた。核兵器の処分方法については、放射能が漏れないような容器に入れて海溝に沈めようという提案がされていた。しかしいくら厳重にしても今の技術では安全の保障は200年が限度だという。その後はどうするのかというと、200年も経てば科学技術が進歩するから大丈夫だろうという。

   私は、将来地球に危機をもたらすはずの彗星や小惑星を破壊するために、核兵器を提供してほしいと申し出た。さらに宇宙にステーションを作り、そこから核ミサイルを発射できるようにすることも提案した。目的が地球を守ることなので、この申し出に正面きって反対する国はなかった。現在16ヶ国で宇宙ステーションの建設を行なっているが、それはこの会議での提案から始まったことである。さらに地球に衝突する可能性のある天体を探すために、ネットワークを作ることも提案した。これは現在アメリカにおいて、NEO〔Near-Earth Object地球近傍小天体) としてネットワーク組織の活動を進めている。

   このネットワークを成立させるために私がアメリカに解放を要求したのが、通信システムとしてのインターネットであった。インターネットはもともと、アメリカ軍によって冷戦時に開発された軍事用の通信手段であった。しかしアメリカはすぐには首を縦に振らなかった。そして1995年にマイクロソフト社のウィンドウズ95のフィーバーが起きたのであるが、その陰には国際会議での熾烈なやりとりがあったのである。

   しかし前述した、彗星や小惑星への地球への衝突を回避させるという私の提案に水を差す人物がいた。ヨーロッパの植物学者である彼は次のように言った。

   「あなたが言っているのは100年も200年も未来のことだろうし、地球はどうせそこまで持たないのだからそんな計画は無駄だ。だからやめたほうがいい。」

  私はびっくりして、なぜ地球が100年持たないのか尋ねた。

  「あなたは今年(1994年)、ヨーロッパの植物学界で発表された内容を知らないのか?」

  知らないと答えると、彼は実に衝撃的な報告をしてくれたのだ。
  それは17年後には、世界中の植物がいっせいに枯れ始め、約3年ですべての植物が枯れてしまうだろうという調査報告であった。1994年から数えて17年後なら、2011年には植物がいっせいに枯れ始めるというのだ。植物の死は動物の死に直結する。つまりこの植物学者は2014年には人類はどうせ死に絶えてしまうので、彗星のことなど気にするだけ無駄だといったのである。植物がいっせいに枯れるなんて、そんなバカな、そう思われるだろうが、この植物学者の言ったことは嘘ではなかったのだ。

   最近、昔よりも夜が明るくなったと感じている人は少なくないだろう。
   夜空に見える星の数が減ったのは何も大気汚染のためばかりではない。夜空が明るいために、星の明るさが打ち消されてしまっているからである。あなた方は「光害」という言葉を知っているだろうか。これは一晩中消えることのない街のネオンや照明、また大気汚染や気象条件の変化などによって作り出された、「明るい夜」がもたらす害のことである。夜空が17等星の明るさというのは、空一面が17等星の星で埋め尽くされたときの明るさである。

   ではなぜ夜が明るいことが害になるのだろうか。
   昼間は明るく、夜は暗いというのが自然のリズムである。植物は昼間太陽の光を受けて光合成を行ない、夜の闇では休むというサイクルを持った生き物である。しかしそれが一晩中人工的な灯りにさらされているために、ストレスを溜め弱ってきているのだ。人間が同じような環境に置かれたことを考えれば容易に想像できるだろう。つまり光害とは、私たち人類の文明が植物に与えている害のことなのだ。

   植物がすべて枯れてしまうと、大気中の酸素濃度はエベレストも山頂と同じくらいの薄さになると言われている。光害は経済至上主義社会が生み出したものだ。というのは光害の大きな原因となっているのが原子力発電だからである。現在の日本の発電事業は火力、水力、原子力の3つに支えられている。水力発電はダムを作り、落下する水の力でタービンを回し発電する。火力は石油などのエネルギー資源を燃やし、その熱でお湯を沸かし、蒸気の力でタービンを回し発電させる。原子力発電も火力発電と同じようにお湯を沸かしてタービンを回すのだが、決定的に違うのは、原子力発電は生産量をコントロールすることができないという点である。

   原子力発電は核融合エネルギーを用いるために、状況に合わせて発電量をコントロールできない。つまり原子力発電は一度動かし始めてしまうと、電気があまり使われない
真夜中であれいつであれ、昼間と同じだけの電気を発電し続けるしかない。しかも電気は蓄えておくことができないエネルギーであるので、絶えず作り出される電力を昼間に使うことはできない。そこで電力会社によって深夜の電気使用量拡大として考え出されたのが、都市や観光地のライトアップキャンペーンであった。さまざまな建物や場所に灯りがつけられ、電飾なども盛んに行なわれた結果夜は確実に明るくなり、そして人類は満天の星空を失った。

   夜のライトアップが植物を死滅に追いやっているにもかかわらず、人々は灯りを消そうとはしない。それはなぜだろうか。金儲けにつながっているからである。観光地はライトアップで人を集め、都市はネオンサインで自社製品を宣伝し、24時間営業のコンビニが必要以上に明るいのも人の購買意欲をそそるためである。すべてがただ金儲けのために行われている。

   私たちはもうそろそろ、お金よりも大切なものがあることに気づかなければならない。そのためには、私たちにとって本当に必要なものは何なのかということを見直す必要がある。お金儲けを最優先事項にしている限り、人類は崩壊のシナリオを歩み続けるしかないことに気づかねばならない。地球で生きることを大前提として、今ある産業や経済の構造について考え、より相応しいものに移行していくことが必要なのだ。

   命というものは循環である。
   しかし命の循環はどこかで度を越した余分や不足が出ると崩れてしまう。循環は限られたバランスの中でしか維持することができないからである。これが「偉大なる意識」が創り上げたこのゲームの決まりなのだ。しかもこの地球上でバランスを崩してしまっているのは人間だけなのである。それは命の循環よりも自分たちの利益や欲望を優先してしまうからである。私たち一人一人の意識は宇宙の「偉大なる意識」につながっている。そのゆえに私たちはどうすればバランスを取り戻し、命を謳歌することができるのかを知っているのだ。なぜなら私たち一人一人が「偉大なる意識」そのものであるからだ。


          「生き方は星空が教えてくれる」 木内鶴彦 サンマーク出版

                           抜粋


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過去は書き換えることができる

   リンカーン大統領の演説を聞きに行ったバシアーゴが体験した過去について、どのような説明ができるか考えてみよう。

   本来時間というものが「今」という瞬間しかないのであれば、そしてすべての時間は「流れている帯」のようなものではなく「瞬間が堆積しているもの」であれば、しかもすべての瞬間にあらゆる可能性が含まれているのであれば、過去、未来という区別さえないということになる。

   たとえばある一つの瞬間、つまり今右足にしびれがあるのは3年前に交通事故に遭ったことが原因とするその「しびれ」を維持している今の瞬間だとしよう。しかしその人が「次の瞬間」というタイムラインの持つ可能性を知ると、その人はあらゆる可能性がすでにここに含まれて潜在しているということを知る。そしてその人が次の瞬間に、「足にしびれがない瞬間」を見事に選んでしびれが消えたなら、当然、同時に過去というタイムラインも変化するのだ。

   その人は、過去の事故が起きる可能性と起きない可能性の中から、今まで真面目に事故が起きる可能性のほうばかりを毎瞬毎瞬選び続けてしびれを選択してきたのだが、今未来にいる自分を変えることで、事故の起きなかった瞬間を選択し直し、同時に過去さえも変えてしまったのである。

   このように私たちは、今という認識を変えることによって、未来ばかりか過去さえ変えることができるのである。つまり過去の事故は、今足にしびれがあるという事実の原因にはならないのだ。原因は、その人が過去に事故に遭った瞬間を、まるで申し送りするかのように毎瞬正確に選び続けていることにあるのだ。

   私はこれらのことを証明できる素晴らしい経験を幾つか持っている。
   その一つは喫煙の話である。今から15年くらい前まで私は喫煙者であったが、ある時、タバコを吸う自分を不自由と感じ、タバコをやめたいと思うようになった。当時、タバコがなくなるとまるで人生の一大事のように騒がなくてはならなかった自分を、いったい何だろう、自分はそんな程度の価値しかない存在なのかという疑問とともに、こんなものに支配されている自分をとても情けないものに感じた。

   そこで早速吸うのをやめてみたが、吸っている人を見るだけで脳はぐるぐると活動して、吸ってもいい理由や言い訳を探す。そして1本吸ってしまうともう逆戻りである。このように2~3ヶ月禁煙しては1本をきっかけにまた吸い始めるというパターンを3回繰り返した時、「何かが違っている!」という気がした。するとその瞬間、耳元で声がした。「あなたはいったい何がしたいのか? タバコを一生我慢して、我慢強い人間にでもなろうとしているのか?」と言われた瞬間、はっと気がついて、「私は我慢したくはないんだ!」とわかった。

   そこで私は、「タバコやめる」という発想から、「タバコを吸わない人になる」という発想に切り替えたのであった。タバコを吸わない人とは、タバコを吸ったことのない人であり、ニコチン依存症でなく、肺の中にヤニがべったりこびりついていたりしないということである。そう思うと、私はどうすればよいかを一瞬で思い出した。私の意識が一つの瞬間に焦点を合わせ始めると、目の前にある壁や天井や床、テーブルや椅子など、そこにあるすべてのものがまるでダリの絵のように歪み、ややしばらくすると元の状態に戻った。そして、次の瞬間、私はタバコを吸わない人になっていた。

   次の日の朝、洗面を済ませた後、いつものようにタバコを指に挟んで準備したにもかかわらず、私の頭と心は、「?何、これ?」とケラケラ笑い、これまでの肉体の習慣を、脳はまるで別人の行動を見ているように反応するのだ。朝食の後、再びいつものように一服するためにタバコとライターを準備するのだが、脳と心はおかしくて仕方がなく、そんなことを繰り返しながら私は声を上げて笑った。こんなことが3日も続き、4日目には肉体も諦めたのか新しい自分を受け入れたのか、タバコにもライターにも一切触れようとしなくなった。

   実験のつもりで何度かもらいタバコをして、ためしに吸ってみたが一口でむせてしまい、それ以来本当に吸えなくなってしまった。つまり過去にニコチン依存症であった事実は、今ニコチン依存症であり続ける原因にはならないということなのだ。そして今を変えることによって過去さえも変えることが可能だという事実を、この出来事が教えてくれたのであった。

   もう一つの驚くべき経験もお話しよう。
   少し前であるが、私は重たい植木鉢を抱えてマンションの外階段を下りていた。花屋との約束の時間に間に合うかどうか心配で焦って階段を下りていると、途中で転倒してしまった。植木鉢を放すと割れてしまうし、下に誰かいたら怪我をさせるかもしれないと思い、重い植木鉢から手が放せず、重力と勢いに任せて相当派手にひっくり返った。その時、足のほうでメリメリ、バキっと鈍い音が聞こえた。その瞬間の痛みは目が飛び出すかと思った。そして階段の下でひっくり返ったまま、激痛で霞む目で恐る恐る足を見上げると、足は明後日(あさって)の方向を向いていた。

  私は目を閉じて考えた。
  「・・・、バッグがどこかにあるはずだ、そこに携帯があるはずだから、119を押して救急車を呼んだとすると、このまま到着を少なくとも15分は待って、それから帰宅するはずの子どもたちに電話して、入院、手術、約束していた花屋に電話して・・・・・、あぁ~もう無理だ! 私にはそんな暇はない! 入院して手術するような優雅なことはしていられない!」とかなり長い間無様(ぶざま)な格好のまま考えて私の出した結論は、「無理! こんな現実は受け入れられないわ!」ということであった。

   その間はすべての時間が止まっていて、急に何の痛みも感じていない自分に気づいた。「これは、もしかしていけるかも」と理由もなく思い、そろそろと立ち上がり、あさっての方向を向いていたはずの足には目を向けず、ひたすら何もなかったかのような振る舞いをすることに専念した。植木鉢は割れてしまっていたが、それらを集め、再び抱え、ゆっくり階段を下りると、植木鉢を車に積んで運転席に座る。動かないはずの右足でこれからアクセルとブレーキを踏み続けるのであるが、私はそのことよりも花屋に遅れたことを何と言って謝ろうかと考えていた。すると痛みもなく、足も自由に動くではないか。

   このようにしてその日の出来事は私を夢の世界に投げ込み、私は現実をすり替えることに見事に成功したのだった。それ以外にも何度もこのような経験がある私には、「過去を書き換えることは可能」というのは、単なる理論ではなく真実なのである。

   あなた方はこれからすることを考える時、よく「これまでの経験」という過去に照らし合わせて検討するという作業する。それは無意識のうちにかなりの頻度で行なっている。たとえば、「今度一緒にスノボーしに行かない?」と誘われたとすると、あなたの脳は瞬間に自分がうまく滑っている記憶を探そうとするがこの記憶がないことに気づくと、とたんに怖気(おじけ)づいて誘いに乗るべきか断るべきかを必死で検討する。しかし実は、実際にあなたがスノボーをした経験があるかどうかは問題ではなく、興味深いのは、あなたが楽しく滑っている光景をイメージできるかどうかが問題なのである。

   なぜなら脳は、想像と現実の違いを区別することはないのである。
   つまり脳は、想像することも記憶として認識するので、実際にスノボーしたことがなくても、あなたが上手に滑れるイメージをすることができれば、脳は勝手に経験したかのように認識し、あなたも自分がうまく滑れるような気になって行くのが楽しみになる。このような脳の単純さとかなり大雑把な性質を利用して、それを実現化している試みが多くある。特にスポーツの世界では、実際の練習量以上にイメージトレーニングというものが重要視されている。

   では逆に、もし以前にスノボーで大きく転倒して骨折した経験がある場合どうするだろうか。当然、脳内ではその時のさまざまな記憶を掘り起こして、一斉にやめろ断れサインを出すだろう。あなたはどんどん気が重くなり、その日は都合が悪いことになり、お金がないことになり、お母さんを病気にしたりして、断るための理由をあれこれ考え始める。一般的にあなた方が重要な決断をする時や、人生を大きく左右する決断を迫られる時、また新しい何かを始めようとする時には必ずリスクについて考えるだろう。これはサバイバル脳と呼ばれる「大脳」の大きな役割の一つである。

   それは過去の経験に基づいて未来を予測し、より安全な道を選択させるという役割であるが、前に述べたように、実は大脳にとっての過去の経験は、私たちが時間の中で認識している過去の経験ではなく、あらゆるイマジネーション、想像といってもよいものなのだ。しかも大脳は、常に私たちの記憶に残っていないような情報さえかき集めてリスクを計算しようとする。それはたとえば、過去世の一つの可能性かもしれず、平行現実と呼ばれる自分の記憶の一つかもしれない。そしてリスクが高そうだと判断した場合、大脳は即座に中止する方法をイメージすることに切り替わる。

   このリスク計算の作業を常に行なってきた人は、断るためのツールがぎっしり入った引き出しが大脳の中に美しく整列していて、大変優美な言葉を並べて、誰からも疑われることなく不快に思われることもなく上手に断り、辞退する。しかしこのような脳内のニューロネットが、「回路を発火させればさせるほどネットワークのつながりは強くなり、より発火しやすくなる」という「ヘッブの法則」に従って発達してしまうと、リスクは少なくてすむかも知れないが、その人の人生は何の奇跡も感動も味わうことなく、新しい可能性を創造することなく終わる確立は非常に高い。そしてその人の魂は死んだも同然の感動のない人生に、虚しく悲しい思いをすることだろう。

   つまりあなたの脳が、実際の経験も想像の世界も同じように記憶として捉えてくれるのであれば、あなたは実際の過去に囚われる必要はまったくないのである。なぜなら過去は、今のあなたのありようによって、いくらでも書き換えることができるからである。
そうだとすれば、リスクを考えることは決してリスク削減にはならずに、むしろ逆にリスクを創造してしまう可能性があるといえるのだ。

   よく「最悪の場合を考えて備えなさい」という言葉を聞くことがあるが、私はなぜそんな矛盾したことを言うのだろうかと疑問に思う。あなたも量子の世界の法則を知ることによって、これまで自分が疑うことなく受け入れてきた概念は、常識は間違っているかもしれないと思い始めるだろう。



                 「宇宙パラレルワールドの超しくみ」
            by サアラ Saarahat (E.Tソウル/宇宙連合メンバー
                        ヒカルランド

                        抜粋したもの



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脳は現実と想像を同じ体験として記憶する

   先に述べたリサ・ランドール博士は、私たちが生活しているこの3次元空間のすぐそばに5次元があるのではないかという仮説を立てている。それは彼女がマサチューセッツ工科大学で量子物理学の共同研究を行なっていた時に、突然消えてしまう素粒子があるという理論的矛盾に突き当たったことによる。そして、もし私たちが生活している3次元的現実のすぐそばに、薄い膜で隔てるような形で別の次元が存在しているとすれば、この現象は説明できるのではないかと考えたのである。

   彼女のアイディアはまだ証明されてはいないが、来年からこの実験が始まる予定である。それは3500億円を投じてスイスに建築中の地下100メートル、1周27Kmの加速器を使った実験で、陽子の衝突時に、もしどこかに消えてしまう素粒子を発見することができれば、別の次元が存在することを証明したことになるというものである。この実験が成功すれば、人類に大いなる飛躍をもたらしてくれることになるだろう。それは霊的な意識の世界ではすでに当然の認識であるが、これが科学によってすべての人が知る事実になることは、世界を変える大きなきっかけになるものである。

   彼女が提唱しているように実際に、私たちが生活する次元の隣り合わせにいくつもの別の次元が存在している。そして人の意識とは、この次元を自由に行き来できる「素粒子の流れ」なのである。そして実際に私たちのフィールドは、大きく分けると3つの次元を抱えている。それは彼女が言うとおり、ごく薄い目に見えない膜を隔てて存在している次元なのである。このように、霊的な世界感と科学が私たちの中で融合していくことによって、地球文明のレベルや地球人の意識のレベルは少しづつ、本来の宇宙の標準レベルへと近づいていくだろう。

   再び時間の話に戻るが、タイムラインとは私たちの意識がつなぎ合わせている時間の帯だということができる。しかし私たちの多くは意識的に瞬間瞬間を選んでいる自覚がないのであるが、それではいったい誰がどのようにして自分のタイムラインを作っているのだろうか。端的に言うなら、今という瞬間に何を思い、何を考え、どんな感情を抱き、どんな態度でどんなことをしているかが、次の瞬間を選んでいる。

   
時間があたかも連続しているかのような錯覚を起こさせるのは脳の働きによる。
   しかし「ろうそく集中法」によって私たちの意識のあいまいな部分に気づくと、誰が私の代わりに次の瞬間を決定しているのだろうかと心配になる。ろうそくに焦点を合わせようとして意識を集中させているときでさえ、私たちは頻繁に気絶状態になるのであるから、日常生活ではかなりの頻度で自分の意識がどこに行っているのやらわからない状態であると予測できる。そのスカスカで、途切れ途切れの無意識の間は、一体誰があなた方の未来を決定しているのだろうか。

   その答えの一つは、あなたの脳の癖である。
   なぜならあなたは、日頃こういうふうに物事を考えようとかと事前に計画して考えたり感じたりしているわけではなく、ほとんどがいつもの自分の決まった思考パターンで考えたり感じたり、思ったりしているはずなのだ。つまりこれは、脳内のニューロネットの出来上がる段階で作られた「癖」であり、「習慣」なのである。

   たとえばあなたが非常に心配性であれば、まだ起きてもいないことをあれこれ考えて心配するだろう。その時あなたは、自分の思考を観察しているだろうか。そんなことはないはずだ。あなたは自分が想像する心配の世界に「心地よく入り込み」、まるで「Go Found The  Concern !」(心配を見つけろ!)というシリーズものの映画を、臨場感たっぷりに感情移入しながら見ている状態にあるのだ。その時のあなたは、まさに客観性を失った状態にある。

   しかしそれが問題なのは、脳の中では現実と想像の世界は同じことであるので違いがないということである。たとえば映画鑑賞をしている時のあなたの脳内では、現実において実際に体験するのとまったく同じ反応が起きている。それは脳内だけではなく、体の心拍数や呼吸、血圧といった全身的な機能にまで影響を与えている。そしてこれらの状況は脳内においては、実際にあなたが体験したこととして記憶されていく。つまり心配性の人は、このような「心配記憶」ともいうべき「心配情報」がぎっしり脳に詰まっているので、繰り返しそれを想像して心配することで、脳内に同じような想像回路が頻繁に発火してそれを強めていくことになる。

   ニューロネットの発火には「ヘッブの法則」というものがある。
   これは心理学者のドナルド・ヘッブが提唱したもので、「Wire Together Fire Together」という言葉で表現されているように、「発火させればさせるほどネットワークのつながりは強くなり、より発火しやすくなる」という法則である。このように考え方の癖は無意識のうちに繰り返されているので、たとえ1秒間の何分の1の間に気絶した意識不明の状態であったとしても、あなたの脳はちゃんと心配しなければならない次の瞬間を選び取り、「心配」に相応しい見事に適応した困った出来事を創造してくれる。

   答えの一つは脳の癖であるが、もう一つの答えは、あなたの人間環境である。
   あなたの周囲には、あなたと似た要素、傾向を持った人々がいるはずなので、それらの人々の持つ想像力が、あなたの次の瞬間の現実を選んでくれている場合もある。実際に私たちの量子場には、自分だけでなくさまざまな意識が同時に働きかけている。そこにはあなたの家族やあなたが関わるすべての人々が含まれているのである。

   それだけでなく、あなたに直接的な関わりがなくとも意識は同じような意識を引き寄せるので、たとえば同じように心配性の人や、同じような価値感を持っている人、考え方が似ているような人たちからも影響を受ける。また同じ大学に通っているとか同じ職場、同じ地域に住んでいるといったことからも同じ量子場に互いの意識が作用して影響している。そのようにして無意識の間に影響されたあなたの意識は、多くの可能性の中から現実を選択しているのだ。

   このようにして、あなたが意識不明の失神状態にあっても、たくさんの他人の意識があなたの未来を決定していても、心配性のあなたが毎日飽くことなくネガティブな想像に意識を集中し続けても、今まで命を落とすような最悪の事態を選択することなく生きてこれたのは、あなたがまったく気づいていないところであなたの高次の意識が量子場に働きかけて、そのような危険な瞬間をその都度修正してきたおかげでもある。よって三つ目の答えは、あなた自身の決して失神することなく常に目覚めている高次の意識が、あなたの未来を選択しているということもできる。

   しかしあなたがこのような状態では、どっちみちあなたが満足するような人生のストーリーの展開になるには、かなり困難であることも理解できるだろう。そして、あなたが意識不明な状態を極力なくし出来るだけ明確な意識を保ちながら、ここに存在するあらゆる可能性の中からベストな未来を選び続けるなら、人生は喜びに満ちたものへと大きく変化することも想像できるだろう。

   次の話は、時間が連続しているものでないこと、また多くの可能性が瞬間として存在していることを示す一つの例となる話である。1931年にニコラ・テスラが発足させた「レインボープロジェクト」の一環で、1943年の第二次世界大戦中に行なった「フィラデルフィア実験」というものがあった。知っている人も多いと思うが、これはフィラデルフィアの海上に浮かぶエルドリッジ号という船に船員を乗せて行なった大規模な実験であったが、目的は敵のレーダーから姿を消す方法を探ることであった。結果は、レーダーから船は姿を消したばかりではなく、実際に人々の見ている目の前からも姿を消し、2500km以上も離れた場所のノーフォークに船ごと瞬間移動したのであった。その後このプロジェクトは中断したかのように隠されつつも、名前を変えて残っていった。それが引き継がれたのがプロジェクト・ペガサスと言われるものである。

   これはタイムトラベルの実験を目的としたプロジェクトで、この実験において劇的に技術の進化を遂げた裏には、宇宙人との提携と言う理由があったようである。この実験では当時は6~7歳くらいの子どもを被験者として使い、過去や未来に行かせていた。その当時の被験者であったアンドリュー・D・バシアーゴとローラ・マグダリン・アイゼンハワーの二人は、2010年になって彼らが体験した当時のさまざまな実験内容を人々に公開した。

   その中におもしろい話がある。
   これはバシアーゴの話であるが、もっとも短い演説で有名な「リンカーン大統領のゲティスバーグ演説を聞きに行く」という指示に従って、彼は何度もその当時のゲティスバーグに行った。あなた方が思っているように時間は直線で過去は一つしかないのであれば、彼がそこで見る光景や出来事は常に同じであるはずだが、行くたびに少しづつ違う点があったという。それは天気が違っていたり、隣にいる人が女性であったり男性であったり、会場入り口にいる係りが違ったり、子どもである自分に誰かが話しかけたり、あるときは話しかけられなかったりということであった。このバシアーゴの経験は、多くの経験が、今まさにいつでもここにあるという状態を証明するものなのだ。


           「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラ Saarahat
             (E・Tソウル/
宇宙連合メンバー)   ヒカルランド

                          抜粋


   
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時間は継続するものでなく、「瞬間」の堆積である

   今から少し前の話だがが、ある日の早朝4時ごろに、「さあ、それでは授業を始めよう」という声で目が覚めた。その時はまだ猛烈な眠気の中にあったので、空耳だと思い再び眠ってしまった。次の日もまた同じように、「さあ、それでは授業を始めよう」と言われて目が覚め、時計を見ると午前4時20分だった。しかしまたしても私はその声を無視して眠ってしまった。そして、まさかの3日目である。その声は懲りることなく最初の日と同じ調子の声で、「さあ、授業を始めよう」と声がしたのは、やはり4時20分であった。さすがの私も、今日こそは無視するわけにはいかないだろうと覚悟を決め、重厚感のある男性の声が話し始めようとするのを押しとめ、「ちょっと待ってください、今筆記用具を用意しますから」と言って、メモとペンを取りにいき、ベッドの中で話の続きを聞くことにした。

   その内容は、まさに量子論や脳科学、脳神経学であり、さらに人間の感覚や想像力と創造行為の相関関係、意識とエネルギー、肉体について、現実との関わりについて、経験とは何か、宇宙のフィールドとはどんなところか、などの範囲に至るものであった。そしてその日から、2ヶ月にわたる早朝講義が展開されたのである。後になって、その授業を担当してくれたのはDr(ドクター)マーリンと呼ばれている、宇宙の高等数学や高等科学の専門家のマスターであることがわかった。タイトルだけ聞くと非常に難しい科学や心理学や哲学の授業のようであるが、彼の講義はとてもおもしろく、どの話も私たちが幼いころから当たり前のように認識していたことを、大人の言葉で論理的に説明されたような感覚を持った。あなた方もそうだと思うが、感覚的にはよくわかっていることでも、いざそれを論理的に説明するとなるとできないという歯がゆさがあると思うが、彼の説明はそのようなストレスが吹き飛ぶような快感さえあった。

   一般の人々の持つ「科学は難しい」という概念のせいで、そのために無理にほかの言葉で説明しようとするためにかえって人々に伝わらないということが、私たちの思考やコミュニケーションの中には多くある。そして科学に対して、非常に難しいことを理解しなければならないように感じるのは、実は間違った考えであり概念であることをぜひ知ってほしい。

   私たちの世界や現実のすべてを構成している、原材料である極小の小さな「粒」は素粒子と呼ばれ、彼らの習性は「振る舞い」という言葉で表現されており、彼らの「振る舞い」は私たちの知っている物質世界の現象とはまったく異なっている。それは私たちを、またすべてを構成する彼らの極小の世界では、物質的には起きるはずのない矛盾というものが満載された世界なのである。まず簡単に、この世界について表現される代表的な特徴を述べよう。

 sign04one 極小の世界は、「粒」であり「波」である。(
物質は波動という波と粒子という粒でできている) これはダブルスリット(二つの隙間)実験による有名な現象である。そしてそれらの中から一つが現実として現れるのは、観察者が観察したときである、ということだ。(つまり実験結果には観察者が影響するのだ) また、「ここ」という一つの位置が確定される前には、実は一つしかないはずの電子がまるで靄(もや)のような状態で何ヵ所にも同時に存在するのである。

 geminitwo 非局在性 
     このことについてはよく霊的な世界でも語られるが、それは一度関係性を持った分子や原子、素粒子同士というのは、どんなに離れていようが距離には関わりなく、片方に変化が起きればほぼ同時にもう片方にも変化が起きるという性質のことである。

 typhoonthree 不確定性原理
     これは方向性を確定しようとすると位置が定まらず、位置を確定しようとすると、方向性が定まらなくなるという性質である。

 shinefour スーパーポジション
    これも霊的な世界では普通に扱われる話であるが、人間においてこれが起きることを「バイ・ロケーション」という。つまり同時に何ヶ所にも存在するということであるが、現在分子は、同時に3000ヶ所までは存在することができることが証明されている。

   この中でonetwofourは特に時間のパラドックス(矛盾しているようで正しいこと)と関係している。では量子場において時間はどのようになっているのだろうか。あなた方はおそらく科学の授業で原子について学んだと思うが、「原子核の周りを電子が飛んでいる、あるいは電子が回っている」というような表現を聞いたと思う。その時に黒板に書かれた図は間違ってはいないが、実際とは少し違っている。

   たとえば原子は、原子核の周りに電子が一つある。
   その電子の状態は、原子核の周りにまるで靄がかかったような状態で無数に広がっている。つまり1個しかない電子のはずが、分身の術でも使っているかのように無数に広がった状態でそこにあるのだ。科学の世界においては最近になってこのことがわかってきた。だが、この無数にあるように見えるものは実は1個しかない。またそれまでは霧の中にあるような状態でどこにあるか確定されなかったものが、「誰かが観察することによって」、どこかに現れて結果が確定する。このことを「観察者効果」と読んでいる。

   これを時間という枠組みの中で考えると、私たちにとって時間は過去から未来に向けて直線的に継続して流れるものという概念がある。だからそこでは1つしかないものが、ここにもあそこにも同時に存在することはあり得ないことで、ここにあったものが次の瞬間に別の場所に移動することなら可能である。しかし量子場においては、Aという位置の瞬間とBという位置の瞬間が同時に現れるということであって、言い換えるとABだけでなく一つしかないものがあらゆるところにあり、それぞれの持つ可能性がすべて、今という瞬間にあるということになる。

   霊的な世界において時間を語るとき、「今という瞬間しかない」と言うが、物理学的説明ではこのように誰かが観察して電子の位置を確定しない状態においては、すべての位置にある可能性が同時にここにある状態になっていることを指している。つまり、「全ての時間がこの瞬間にある」ということなのだ。

   これまでの話は見えない極小の世界のことであるが、それでは現実や物質といった目に見える世界ではどうなっているのだろうか。実は同じことが言えるのである。私たちは意識してはいないかもしれないが観察者として目の前の現実を見るとき、実験をしている観察者同様に、ある一つの可能性を見ているにすぎない。つまりほかにも無数に存在する可能性を見ることはできず、それを見るためにはかなりの訓練が必要である。

   「キャンドル・フォーカス」(ろうそく集中法)という非常に古くからある意識の訓練方法がある。これは単純に目の前のろうそくの炎に集中して見続けるものだが、これをやることによって量子場に意識を合わせ、瞬間瞬間を確実につかむことができるようになる。始めはろうそくを見ていても何の変化も感じられないので次第に眠気が襲い、続けるのが困難になる人が多い。そして一点に集中し続ける集中力は持続できないことに気がつく。実は人間の集中力と焦点を合わせる力は非常に弱く、始めのうちは1分ともたないものである。

   1、2、3、4と数える間にも視点はサッとどこかに飛んでしまう。最初はそれさえ気づかなかったものが、自分を観察する能力が次第に養われていくと、短い瞬間ではあるが、そのサッと視点が定まらなくなった瞬間は、まるで気絶しているかのように目の前が暗くなっていることに気づくだろう。この状態を体験すると、私たちの意識は瞬間と瞬間の間に空白の時の部分があり、それはほとんど気絶しているかのような無意識の時間という空白があることに気づくのである。この現象は、つまり時間というものは継続しているものではなく、時間は瞬間瞬間が堆積したものでしかないことを示している。しかしマスターたちは、ここにあるすべての瞬間に意識を集中し続けているために、気絶状態という時間がないのである。

   サブリミナル効果というものを知っていると思う。
   これはテレビや映画などで広告のために普通に使われているものであるが、たとえば映画のスクリーンの下のほうに「あなたはのどが渇いてジュースが飲みたい」というような文字が入れられたりする。人間が認識できる瞬間の長さは人にもよるが、たとえば1秒間の20分の1くらいの長さで画面に映し出されても、人々は映像に夢中になっているのでその文字を見つけることはできない。しかしすべての瞬間に焦点を合わせることのできるマスターのレベルでは、その瞬間的に映し出されたすべての文字を視覚で捉えることができる。

   このような集中力があれば、電子が雲のようにあらゆる可能性を示してここにある状態を見ることができるので、現実レベルにおける可能性を見ることもできる。そして、ある瞬間の可能性を意識的に選ぶことで次の瞬間の可能性が現れ、そして次の可能性の中からまた一つの可能性を・・・というように作業を続けることができるのだ。

   このような状態を作り出すには、理屈っぽい左脳を深くリラックスさせて何も考えず、ただこの瞬間の一点に意識を集中し続ける。すると突然意識は別の領域へと変化し、その領域では特に頑張ることもなく、ただ心地よく感じている状態でもあなた方のフィールドは強く活性化する。この状態にあるとき、あなた方のフィールドにおける超意識場は、あなたに本来内在する霊的な力、時にサイキックな力を発揮させることになる。


                  「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 
              
by サアラSaarahat(E.Tソウル/宇宙連合メンバー)
                         ヒカルランド

                           抜粋


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霊的世界とは科学の世界である

   地球に異常なほどに多くの地震が起きたり、太陽が頻繁に大きなフレアバーストやCMEを起こしたりするのは、地球を含む太陽系全体が活動期に入ってきているからである。地球の地震や火山の噴火は太陽フレアの発生と同じように、地球内部に溜まったエネルギーを放出しようとする活動である。そして太陽や地球を含む太陽系のすべての星が徐々に極移動を起こしており、これは銀河系全体や銀河群全体にも同様に起きていることで、すべての宇宙がセントラルに向けて方向を転回しようとしているために起きている。

   これからこの宇宙に起きるさまざまな現象について、人類に危機的状況が訪れる運命にあることを確認せざるを得ない。しかしこのような不安が社会に蔓延することはもっと恐ろしい現実を生み出すと誰もが思っているために、どの国の政府も正面からこの事実に向き合おうとすることができないでいる。では我々は何もできないままにその時を待つしかないのだろうか。この点に関して、あなた方はもっと積極的に考える必要があるのではないか。

   私は2011年の4月から2ヶ月ほどアメリカの田舎に滞在していた。
   その間にアメリカ政府は、2014年までに巨大な太陽フレアが地球を襲うことは避けられない事態だと発表し、国民は自己責任において以下のものを揃えておくようにと、ご丁寧にも緊急時に備えるべきもののリストまでが提示されていた。さらにもしそのような事態になれば人類が地上で生きることは不可能だとも言っている。

   さらに驚いたのは、アメリカ政府所有の地下にある核ミサイルを一般企業に売却し、その格納庫を居住するための場所に改築中であるという発表もされた。地下13層の構造になった格納庫の図と一戸当りの価格までが記載されており、一番安い価格は日本円で約80万円であった。もちろんこのニュースはアメリカ国内に向けてのものなので、日本では知られていない。それに対し、「日本はいったいどうなっているのだろうか」と叫ばなければならない状況がすでに来ている。

   すでに述べたように、宇宙連盟の中立な機関ではこのような事態に備えてすでに積極的にこの状況に干渉し始めており、地球に進化したテクノロジーを広げる活動をしている。しかし私たち自身がこれらを積極的に受け止めようとせずに、むしろ鎮圧したりしている状況では何にもならず意味がない。このような先進的テクノロジーを地上に展開させるためには、それなりの私たちの意識の変化や、マネー経済への依存による洗脳を断ち切ることなしには実現しないのである。

   さてこのように大きく運命を二分する岐路に立った状態でスタートした2012年であるが、宇宙は常に進化を望んでいる。そのために、過去という古い殻を脱皮して成熟した人類へと大きく飛躍するために、それを促すたくさんの出来事が起きるだろう。それらの出来事をあなた方が自身の進化のためのチャンスとして活用し、自分の運命を自分の意志で決定しなければならない。そのためにはまず「タイムライン」という、あなた方には聞きなれない言葉の意味を理解する必要がある。

   おそらくパラレルワールドやパラレルリアリティといった言葉のほうが馴染みやすいかもしれないが、「タイムライン」という言葉の示す意味を理解すると、なぜパラレルワールドやパラレルリアリティが存在するかを理解することが容易(たやす)くなる。私たちの持っている時間の概念は、過去から現在そして未来へと続く直線的なものであるが、実際には時間とは連続するものではなく、瞬間瞬間が今ここに存在している。その中で「タイムライン」という意味をもっとも単純に説明すると、このように個々が連続せず、バラバラに「瞬間」として存在している状態の中で、次の「瞬間」を選び取って未来へとつなぎ合わせて作られる時間のことを言う。

   人類のほとんどは無意識の状態の中で次の瞬間を生きており、過去から未来へとつながる直線的に連続する時間を体験し、時間は勝手に流れてゆくものと捉えてきた私たち人間にとっては、これは非常に理解しにくい話であるに違いない。そもそも私たちは、次の瞬間を選び取っているなどという自覚も意識もないのであるから無理もない。このことを理解するためには、量子論について語らなければならない。しかし多くの人々は「科学や物理は難しい」という概念を持っているので、尻込みする気持ちも理解できなくはない。しかしそれらを、「非常に難しいことを理解しなければならない」ように感じるとすれば、それは「間違った概念」であることをぜひ知っていただきたい。

   現在、世界中で注目されている理論物理学者のリサ・ランドール博士は、「普通の人々は、今科学の世界で何が起きているかを理解することさえ難しい。すべての人が科学をもっと身近に知るチャンスを今もっとも必要としている」と言っている。私もまったく同感である。彼女は自分でも言っているように、『ワープする宇宙-5次元時空の謎を解く』という著書において専門用語を使わずに、挿絵や図解などを多く利用して、難解な次元の話をわくわくする新しい理論として伝えてくれる。

   最近では、霊的な内容の本やセミナーでも量子について語られることが多くなっている。なぜなら量子の世界を理解することはつまりは自分自身を知ることなのであり、私たちが経験するこの現実世界を理解し、この現実を変化させるためにはその知識が必須事項なのである。よって時間についての理解も同じである。

   量子論とは、すべてのもの、つまりこの宇宙のすべてを構成している私たちを含めたすべて、大きなものでは地球やその他の天体、惑星や恒星などすべてを成している最小単位の極小の世界について論じられる知識である。私たち人間の視覚は決まったものしか見ることができないが、実は何もないように思っているこの空間には、非常に濃厚なポタージュスープのように「ぎっしりと」小さな光子がひしめいて詰まっている。

   もしあなた方が自分の現実や状況、環境に不満を持っていて、その現実を変えたいと思っていれば、また自分自身の性格や考え方、健康状態などを変えたいと思っているとすれば、光子ともいうべき素粒子について知りたいと思うのはごく自然なことである。なぜならあなた方を取り巻く物質を構成しているのが素粒子という原材料であり、あなた方の現実を形作っているのが正確には光子だからである。

   よって仏陀の説いた教えの中には、この光子たちがどのような性質を持っていてどのように振舞うのか、それがどのように物質や現実を構成しているかについての内容が網羅されていた。今でこそ光学顕微鏡が発達して、分子、原子、電子、素粒子というような用語があるが、仏陀の時代にはそのような言葉は存在しなかったので、彼は何とかしてそれを表現して理解を促そうとした。そして彼はそれを非常に美しくわかりやすい言葉で表現している。仏陀だけでなく、ヒマラヤの聖者やバイカル湖の聖者、インドや南米の奥地に潜むマスターたちはこれらの極小の世界、つまり量子場がどのような法則を持って成立しているかをすべて知っていた。そしてこの量子場に意識を同調させることによって、周囲の現実を瞬時に変化させることができる。

   しかし目に見える世界だけの概念に捉われて生きている私たちにとって、量子場の法則を理解することは少々困難かもしれない。だが今はそれを説明するための言語やツールがたくさんあり、特に映画やCGなどの映像による理解は非常に大きいものがある。この時代に生まれていることに本当に感謝したいと思う。次回は素粒子について述べる。


     「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 byサアラ(E.Tソウル/宇宙連合メンバー)
                         ヒカルランド

                          抜粋



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