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私たちは限りなく経験を積んだ何十万歳の魂

   金星は、私たちの太陽系においてもっとも古く、より進化した惑星の一つです。
   私たちの祖先は遥か太古の時代から存在していたので、もっとも若い地球が生まれ、惑星として発達していく過程をずっと観察することができました。そしてそこが初めて人間の住める緑の星となった時には、訪問して探査することもできたのです。私たち金星の文明は、個人として、精神的、文化的そしてテクノロジーにおいて発展を遂げ、地球の人々からは想像もつかないほどの域にまで達しました。ティサニアン(金星人)と地球の人々との根本的な違いは個人の自己認識にあると言えますが、それはいまだに天地ほどの開きがあります。何百万年にもわたる惑星の発達の度合いは、人々がいかに目覚め、気づきを得てきたかによって決まります。

   私たちが自らの文化や技術などの、あらゆる面における発展を語るとき、常にその功績は、「至高なる神性の法則」と呼ばれる、私たちの惑星の科学的教義に帰します。なぜならそれは、精神性と科学という、2つの顔を持つ1つの叡智だからです。私たちは科学を通してのみ、非常に多くの領域で成長を果たすことができたのです。この科学の認識を通してのみ、あなた方は金星人の生活を理解することができます。この「至高なる神性の法則」がなかったなら、金星は今日の地球と同じであったでしょう。

   私は子供の頃に、大人と同様に、この「法則」の基礎をしっかり教え込まれました。
   なぜならこの「教え」の真実はずっと昔に見出されており、それが惑星全体の人々に理解されてきたからです。「至高なる神性の法則」がいかに貴重なものであり、その「教え」の基礎をしっかり身につけさせてもらえた自分が、いかに幸運であったかに気づいたのは、地球で暮らし始めてしばらく経ってからでした。私はすでに自分のカルマや、物理的な世界における人生の目的を知っており、3次元以上の世界も認識していたので、地球での悪夢のような自分の人生を生き抜くのがより容易になったと感じていました。しかし誰であってもこの「教え」に心を開く人は、物理的世界の問題を克服することができます。いつの日か、「至高なる神性の法則」は、地球においてもその本来の形のまま認識される時が来るでしょう。そしてすでに、その種は蒔かれているのです。

   「至高なる神性の法則」を学ぶ人にとって生きた経験となる理解とは、「私、自分」を意味するものが何かということです。「自分」が何者であるかを完全に理解するようになると、物質的3次元の世界だけでなく、その他の世界における目的というものがわかってきます。つまり自分の正体に目覚め、全体像を認識できたとき、個人がこれまでの無数の生涯を生き抜いて得てきたすべての体験が完結することになります。「至高なる神性の法則」は霊的な教えであり、さまざまに異なった呼び名を持ちますが、試練に満ちた数多くの人生体験を通して、目標に到達しようとしているすべての人が見出せる「教え」なのです。

   この宇宙のあらゆる惑星に生きる個人は「魂」の存在であり、すべての存在がそれ以上でもそれ以下でもありません。地球において「魂」という言葉は、長い間宗教や精神哲学によって用いられてきており、その本来の意味に近いものとなっています。しかし私たちの場合は「自分は魂だ」と自覚したり、それを信じたりするだけに留まらず、私たちは魂の体での意識的な体験を通してそれを『知っている』のです。魂はとても現実的なものなので、それを実感するために、誰も肉体の死まで待つ必要はありません。それは今、この瞬間に体験できるものなのです。

   物理的な肉体においては、魂は通常はちょうど眉間(みけん:眉と眉の中心)の奥に位置していると考えられています。しかし魂は、肉体が生きている間でもそこを離れることができ、体の1、2メートル上方や数キロ先、あるいは宗教的な表現で天国と呼ばれるさまざまなレベルの世界へ旅することもできるのです。魂とは本来の自分自身であり、認識する自分のことです。そして魂の本質とは、「神」と呼ばれる本質的存在の分身なのです。つまり私たちすべての生命は「神」の分身なのです。

   自分の魂の年齢がどれほどであるかを知ろうとするのは意味のないことです。
   なぜなら魂というもの自体が、時空を超えた存在であるからです。私たちには多くの過去世があることを考えれば、軽く何百万歳にもなるはずです。これらすべての生涯を通じて、あなたは個人で在り続けてきたし、肉体への最後の転生を終えた後でもあなたという個人であり続けます。私たちは繰り返される人生経験の中で、さまざまな教訓を学びながら精神性を開花させてきました。なぜなら学び、成長し、そして目覚めていくことこそが、永劫(えいごう)の昔に私という魂が初めて、物理的な世界に入ることを決めた目的であったからです。

   3次元の物理的世界以上にある異次元、あるいは階層世界ではそれぞれに異なった振動率や周波数を持っており、そのゆえにそれらの世界が異なっている理由でもあります。3次元の物理的世界の一つ上にある領域はとても周波数が高く、そこに住む人々はその世界の山々や建物や壁を、さらに人々さえも容易に通り抜けることができます。3次元を超越した世界は、物理的な世界と非常に似ている部分がありますが、すべてにおいて3次元よりは遥かに美しく、ある意味天国のような様相をしています。そこにもあらゆる種類の人間や都市や村落、動物、植物、山、海、砂漠、そして日没などもあります。しかもこれらの世界は3次元世界のどんなに進化した惑星よりも途方もなく優美で、想像を絶しています。このように物理的世界のすぐ上にある世界はあまりにも素晴らしいので、「死んだ」後にここに住む人たちは、そこが究極の天国だと誤って信じ込んでしまうのです。

   私たち「魂」は、ただ最初から人間という姿に宿ったのではありません。
   魂は可能な限りの経験を重ね、物理的な世界が提供してくれるすべての意識状態を実体験する必要がありました。まず魂が最初に宿って体験する意識レベルは、鉱物の状態です。私たちから見ると、鉱物には意識があるようには見えませんが、体験できることが限られているような鉱物の状態で生きることは、自身の物理的な存在を理解する必要のある魂にとっては必要なものなのです。初めは私たちのほとんどは、自らに必要な体験に応じて長い長い期間を鉱物の状態で過ごします。むろんあなたが本当に鉱物や岩そのものであったことは決してないのですが、あなたの魂は上昇を始めるにあたり、そのような形に宿っていたのです。

   鉱物の状態における意識レベルを体験した後は、魂は植物の状態を体験します。
   植物としての魂は日光や風や雨を感じることができ、高次の生命形態をとる存在たちのための食糧として奉仕します。地球だけでなく他の多くの惑星において、苔や草花、野菜や樹木として多くの生死を経験することで、魂は次の段階へ進む準備ができます。それは動物の意識状態で生きることです。それぞれの魂は自らの性質や個性に合った動物の形に宿ります。動物の生命力も魂ですが、動物は常に独自の個性を保ち続けます。魂は動物の意識状態において、ある種から別の種のものへと発展しながら多くの時間を過ごします。それは昆虫から爬虫類、鳥類、そして哺乳類へと、地球上だけでなく他の多くの異なった惑星での生涯を送ります。

   そして物理的な世界において魂が到達し得る、物質的発展の最終段階は、もっとも高次に進化した存在である人類です。それは物理的な宇宙における進化の頂点であり、この世界において、魂が最後の経験をするために用いられる形態としての肉体なのです。肉体を持つ人間として、魂は可能な限り、あらゆる体験をする必要があります。1回の人生は進化の時間の中においては、ほんのわずかの小さな斑点のようなものにしか過ぎず、物質的世界で必要なすべての学びと成長のためにはあまりにも短い一瞬でしかありません。しかも地球で生きる人間は寿命が短いために、転生のサイクルである144年を生き切ることさえできません。そのために魂は、人間として必要なすべての体験を得るために、何百万年もかけて輪廻転生という生まれ変わりを限りなく繰り返してきたのです。

   ですから歴史というものは、私たちの祖先の物語なのではなく、実は私たち自身の人生そのものなのです。つまり私たちが自らの祖先なのです。私たちは誰もが多くの惑星において、あらゆる種類の性格を持った男性や女性、そして多くの異なった人種としての生涯を送ったことがあり、しかもほとんど数え切れないほどのあらゆる状況や境遇を体験してきています。そしてその都度新しい肉体と心、性格をまとい、地上に戻って来るのです。そして一方で、下層世界に生命が存在し続けるために、新しい魂も絶えず創造されています。「至高なる神」である創造主は、自らの創造物を通して存在し、常に一定の生命が宿る階層世界を維持しているのです。


      book 「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋


人は精神的に成熟すると宗教に満足できない

   もし人々が、自らの行為のすべてといつか必ず真正面から向かい合うことになるということを知っていたなら、正常な心の持ち主であれば、他人を苦しめたり悲しませたり、傷つけようなどとは決して思わないでしょう。それは、自分がして欲しいと思うことを人にもするということなのです。他人に為した行為は、いつか必ず自分にも為されるということで、それは自分が与えたものをいずれ自分が受け取るということなのです。

      私は地球に来て、慈悲についてのシンプルな教訓を学びましたが、それはどの惑星に生きる人々であっても、その人なりの学びがあるということと同じことです。また私の地球での人生は、金星のような進化した惑星に転生したからといって、過去世で作った自分のカルマという課題からは、逃げられるものではないということを証明するものでもあります。

   数十年前までは、人々は私が述べたような考え方を受け入れる準備はまだできていなかったでしょう。しかし多くの意識や認識が新しい段階を迎えたことが、この本の出版を可能にしました。そして人々の私に対する反応いかんによっては、さらに多くの私の仲間たちが自らの出身を告白するようになるかもしれません。私が地球に来ている個人的な理由以外に、私たちは地球人の意識というものについて非常に深い関心を持っています。これは生命や宇宙についての基本的な理解に関わることであるとともに、全体における自分というものの認識に関わるものです。

   今の地球において私たちの全体的な関心は、地球人の精神的な覚醒に向けてある役割を担うことです。それは政治的、社会的な変革が私たちの直接的な目標ではないからです。誰の生き方もそうであるように、地球の人々の生き方は、自らの精神的な開花の程度だけ、あるいは個々の意識の目覚めの程度だけを反映したものに過ぎないということです。物理的な3次元的宇宙に生きる理由は、霊的な覚醒のためにほかなりません。ですから人々のどのような人生の局面においても、この大きな計画から逸(そ)れるものはないのです。

   地球には聖職者と言われる人々がいますが、それについての私たちの考え方も、おそらくあなた方が期待するようなものではないでしょう。つまり霊的な覚醒とは、宗教的な献身者になったり、または聖者のように生きようとしたりすることではないからです。私たちの精神的な教えとは、実際には高度な形の科学なのです。

   霊的なものと科学とは、本来一つのもののある側面を言い表しているに過ぎず、別々のものではないのです。その真理の一端に、神や命や死について、また来世や転生についてなどの理解があり、この側面が地球の人々が宗教的に、また精神的なものとして探求しているものです。そしてもう一端のスペクトルには、物理的な宇宙とその法則の完全なる理解が示されており、それは驚くほど素晴らしいテクノロジーとして反映されているものです。

   過去の時代において、金星から地球へと精神的な指導者が送り込まれてきましたが、彼らがもたらした教えのいくつかは、その後宗教として発展したものがありました。その教えの多くは今日では、とても限定された意味での自由や英知、そして愛をを教えています。しかし私たちはそれらの教えのどれをも
非難することはできません。なぜならそれぞれの教えが、一定の意識レベルの信奉者を引き付けており、そのレベルは多様なのです。

   もしその道が一個人の求めているものを提供することができ、その人を満足させるのであれば、それは彼にとって良い方向だと言えるのです。けれども人が精神的に成熟すると、彼はもはや伝統的な宗教やそれらが示す探求の道に満足しなくなります。なぜならそれらには、何か重大なものが欠けていることを理解するようになるからです。

   私はテネシー州で過ごした子供時代に、プロテスタント系の教会に通わされました。
   その教えは私にはとても原始的に感じられました。私はこの国で出会ったさまざまな精神的教えに幻滅させられ、その制限の多さに苦痛を感じるようになりました。金星人たちは、人が作った法則よりも、自然のあらゆる面において神聖で自然な法則に従って生きています。これはまさに、地球と他の惑星との基本的な相違なのです。個人的な体験というものは「極めて自然な何か」なのですが、それは地球にある伝統的なあらゆる宗教や探求の道において、明らかに欠落しているものです。

   金星では、「オム ノシア ゼディア」と呼ばれる至高なる神聖な教えがあります。
   それは普遍的な教えのことであり、名前は変わることがあっても教えは変わりません。それは然るべき時に、そして人々が受け入れる準備ができた時にもたらされることでしょう。その「教え」は地球に植民が行なわれるようになった時以来、存在しているものです。

   そしてそれ以来、多くの異なる名前で教えられてきました。
   ある時にはオープンに、またある時には密かに、人から人へと伝えられてきました。レムリアやアトランティスの時代にはオープンに教えられていましたが、ほとんどの時代においてはカモフラージュして教える必要がありました。

   なぜならこの「教え」は、人々に自由をもたらし、気づきを与えるものであるからです。
   そのために、組織化された伝統的な宗教団体や支配者たちは、この「教え」は自分たちの繁栄と安泰を脅かすものであると考えています。それで、これまでにも権力者によって何らかの抑圧を受けてきました。そしてピタゴラス(紀元前5、6世紀のギリシャの哲学者、数学者)はその教えをマスターし、哲学という隠れ蓑に隠してそれを密かに伝えていた人でした。

   イエスは愛の英知としてその教えをもたらしました。
   このもっとも古い教えは、何千年もの間チベットで知られており、最初に地球に植民が行なわれた当時からここでは知られていたのです。ある時代に、強い勢力を持った宗教団体によって計画的に、この「教え」がしっかり抑圧されてしまったことがありました。そこで地球に再び、この「教え」をもたらすことが必要になり、そこでヒマラヤの奥深い場所が選ばれました。そこではこの「教え」の根本となるものが今日でも厳重に護られています。

   もしティサニァ(金星)の人々の進化にさらなる貢献をした要素を一つ上げるとすれば、それはこの「教え」の科学であると言えます。それは至高なる神聖な法則ともいえるものです。それは私たちに、時間と空間、物体とエネルギーという宇宙の最奥の秘密を発見させてくれました。さらに私たちは、人間そのものや心というもの、また意識というもっとも深遠な神秘の扉を開けることができました。

   これらのすべてが金星での生活において、そして地上の楽園のような世界として反映されています。金星には貧困や戦争はありません。そして私たちは病気というものも知りません。人々の寿命は何百歳にも及び、肉体の加齢は20歳から30歳の間で止まります
。(訳者註: 物理的な世界の金星人の寿命は500歳をも超えるが、アストラル界に属する金星においては時間の概念が異なるようである) 

   都市のサイズは大きくなく、シンプルなデザインで設計されています。
   そして犯罪は存在しません。金星ではずっと昔に磁気と太陽エネルギーが開発され、それが私たちの生活を根本的に変えました。宇宙とは私たちにとって最大のチャレンジの場所でもあります。宇宙とは、常にさらなる学習ができるようにデザインされているところなのです。

   私たちの宇宙船は重力や摩擦、それに光速といわれているものからも自由で、私たちの宇宙船は光よりも速く飛行することができます。宇宙船の母船のサイズは何キロメートルにも及ぶものがあり、太陽系の他の惑星まで行くのに数日しか要せず、むしろ別の太陽系に行くほうがもっと速いのです。

   私たち金星人は、誰もが自分の心と意識の力についてよく知っています。
   あなた方地球人が超能力と呼ぶ能力は、私たちにとってはほんの初歩的なものであり、子供だましにしか過ぎません。テレパシーは私たちの通常のコミュニケーション手段です。そして私たちは未来を展望することも、過去世を思い出すこともでき、また思念の力で物体を動かすこともできます。私たちの多くは、時間の中を前進したり後退したりすることを学びました。しかしこのような能力を行使しようとする者は、その能力に対して責任が取れるほど精神的に成熟していなければなりません。

   ネガティブな惑星に生きていると、このような力をすぐ誤用してしまうことになります。
   そして地球にもそのような人たちがおり、その能力を無分別に軽い気持ちで使っていますが、彼らはその代償を数多くの来世において支払い続けることになるでしょう。私はそのような能力はもっとも緊急を要する時以外は決して使いません。そしてその際には、細心の注意を払う必要があるのです。

   私たちはこの物理的な宇宙を越えた別の宇宙が存在することを発見しました。
   そして自由に、その世界を行き来できるようになったのです。金星においてはそれ自体が科学そのものになりました。地球のある人々はこの世界を「平行宇宙」と呼んできました。そのような世界は実際に確かに存在しており、そこでは別な秩序である座標の時間や空間、物質、そしてエネルギーが支配しています。

   また時間や空間、物体、エネルギーを超越した世界も存在しています。それらの世界を発見し、探求していく中で、私たちは「死」と呼ばれる神秘も解き明かすことができました。それは別世界の中の一つへ移行していくだけのことであり、それぞれの人生における単なる自然の側面でしかなかったのです。

   死は地球においては、依然として不可思議なものであり続けています。
   それは単に、これらさまざまな現実や存在を発見したり探求したりする人がいないからなのです。地球人たちには、これから解明していかなければならない宇宙における生命の神秘が、大きな課題として横たわっています。私の述べることが、あなた方の暮らす世界とご自身の内面の世界を、より深く探求し、解明していくことを願っています。

   私はたとえあなた方が、私の話す金星の話を想像の産物として結論づけたとしても、心を乱されることはありません。人間が創造したすべてのもの、またあなた方の周りにあるあらゆる人工物は、想像から生まれたものなのです。想像力とは人間のもっとも強力な能力であり、人間が超人類となるための鍵でもあるのです。想像力を有する人間は、神ご自身と等しい創造者なのです。


      book 「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋



      

地球はカルマの解消ができる唯一の惑星

   皆さんにとっては興味深い事実をお伝えしましょう。
   それは土星や木星における地表での重力は、地球の科学者たちが推測しているほど大きなものではないということです。同様に、海王星や冥王星、そしてそれより外側の惑星は、氷点下の気温の惑星ではありません。太陽からの距離は、水星を例外として、どの惑星の表面の気温にも影響を与えることはありません。海王星とその外側の惑星が、海王星と冥王星の間にあるアステロイド帯(小惑星帯)の影響を受けているというのは本当です。

   それはアステロイド帯が真空管のグリッドと同じ働きをして、太陽からの放射エネルギーを増加させているのです。
(訳註: アステロイド帯が真空管のグリッドと同じ作用で、太陽から離れた惑星へも放射エネルギーを増大させているという原理は、アダムスキーもまったく同じ喩(たと)えで説明している)火星と木星の間にあるアステロイド帯も同じように、木星や土星、天王星、そして海王星に太陽の放射エネルギーを増加させて伝えています。

   アメリカとロシアの宇宙計画が隆盛した結果、地球から近隣の惑星に探査機が送られてきました。そのとき初めて、他の惑星の大気圏内に突入して地表近くの映像が撮影されました。しかしこの驚くべき発見が公表されることはないでしょう。これまでにも多くの探査機によって地球に送られたデータのほとんどは、決して公表されることがありませんでした。つまり、「他の惑星に人間が生存するのは不可能である」とするために、注意深く選ばれた証拠だけが公表され、人々はそれを信じて受け入れているのです。結局、宇宙探査機は嘘をつけませんが、それをコントロールする人々は何とでもできるのです。

   
(訳註: 実際に、NASAや旧ソ連の宇宙探査報告には多くの矛盾が指摘されている。火星の青い空と陸地の鮮明な写真が出てしまい、それは間違いだったとして赤いフィルターをかけた画像に差し替えたり、金星は非常な高気圧で硫酸の雨が降っていると説明しているのに、金星表面に探査機をパラシュートで数回軟着陸させたりしている。このように数多くの矛盾が存在している。)

   
遥かな昔から、宇宙の旅行者たちは物理的な宇宙を探索してきました。
   そしてどの惑星においても、そこにはもっとも正確な秩序と規則性が存在することを発見してきました。それは原子だけでなく、惑星や太陽系に至るまで、すべては自然の法則に従っているのです。それは銀河が生成される以前からすでに存在していたものです。つまりそこには宇宙の計画と法則が存在するということなのです。しかし、地球の人々はそれらについてほとんど知りません。物理的な宇宙の仕組みは、その秘密を発見した者たちにとっては深い意味を持っています。

   宇宙は心に浮かんだひとつのアイディアによってデザインされました。
   それは多くの生命の形態を維持することです。地球の科学者たちも気付き始めているように、生命というものは偶然に生まれたものではありません。それは多くの自然の法則に支えられ、それを支える太陽系の法則までが必然で活動しています。物理的な宇宙における生命の進化のどの段階においても、そこには秩序と規則性という自然の周期があり、私たちはそれを認めるとき、そこから学ぶことができるのです。

   生命の源ともいうべき宇宙の至高の存在は、そのゆえに生命を見捨てることはありません。人間とは、物理的な宇宙においてもっとも高次の生命形態の一つです。物理や化学の法則が地球上のどこにでも見出せるのと同じように、同じような鉱物や植物、そして動物や昆虫などが他の宇宙にも偏在しているのです。そして実際に、地球にある多くの植物や動物たちが地球を起源とするものではなく、それらどれほど多くのものが地球への植民の際に持ち込まれたものであるかの事実を知れば、あなた方は驚くことでしょう。どの惑星も、多くのレベルの生き物が生息できるように造られているのです。

   ですから私たちは宇宙を旅していく中で、ほとんどの惑星が人間が住める環境であることを発見しても、少しも驚くことはなかったのです。人類は地球で発祥したものではなく、宇宙で創造されて地球に植民したものなのです。人間という種族は、宇宙存在としてデザインされたものなので、多くの惑星の環境に適応できるように創られています。もしかつて探検隊が北極圏に暮らしているイヌイット族を発見していなかったならば、あのような極度の極寒の状態に人間は適応できないという見解が、今日の常識となっていたかもしれません。

   人間の肉体は、時間をかけることで正反対の極端な環境にも適応することが可能で、実際にそうしているのです。遅かれ早かれ、私がここで述べている真実は、現実のこととして確認されることでしょう。宇宙に偏在している一つの生命形態としての人間は、他の多くの惑星で進化を遂げており、その中には地球人の理解の範疇を超えるような精神的、知性的、肉体的なレベルに達している種族もあります。

   私たち金星だけでなく、その友人である近隣の惑星の人々はとても慈悲深い人々です。私たちもまた、地球と非常によく似た歴史を経て今日に至っており、かつて金星でも同じように度重なる戦争や権力闘争、人々への抑圧や残虐な行為が繰り広げられてきました。私たちは地球がいつまでもそのような状況から脱却することができず、なかなか成長できないことを心配しています。

   つまり地球では、限りなく同じ過ちが何度も何度も繰り返される中にあるのです。
   それは驚くほどの長きに渡っており、地球人はまるで袋小路に迷い込んだようになっており、戦争の経験を経て進歩していく代わりに、状況は改善されるどころかますます悪化してきています。地球という惑星全体に、黒い雲が垂れ込めているのです。

   私たちの科学者は、地球の大気圏の上層にある巨大な母船で働いています。
   そこにはさまざまな仕事を持つ者たちが生活しています。私たちは苦しみの渦中にある地球の人々を無視することができず、ここまで来ています。私たちの中には自分自身の成長のために必要な体験を求めて、この地球で暮らしている者たちがおり、私自身もその一人です。地球は、私たちの太陽系のネガティヴな惑星として、自分の成長のためにネガティヴな経験を必要とする多くの人々を引き付けています。

   多くの教えにおいてこのような必要性のことを、カルマあるいは義務、因果応報と呼び、それは輪廻転生、つまり生まれ変わりの概念に相当します。生まれ変わりの概念は、私たちの太陽系のすべての惑星においては人生の事実として理解され、受け入れられています。それは非常に具体的で現実的なものであり、高度な文明社会に生きる者であれば誰もが理解しているものです。そのためには死というものの理解が欠かせず、私たちは科学的な意味において、あなた方が死と呼んでいるものを超越しています。それは長い時間をかけた精神的、技術的な進化の賜物でもあります。

   今日、地上で生きているすべての人々は、現世だけでなく、これまでにも多くの人生を送った過去世という経験を持っています。しかし地球に生きる人々はそのことをほとんど知らず、特に西洋社会の人々と、その影響を色濃く受けている人々は概してそのことを知りません。生まれ変わりということを念頭に置くと、地球というネガティヴな惑星に自分が今いることはそれほど悲劇的なことではないとわかります。私たちはさまざまな経験を必要とするものであり、その中でネガティブな経験というものは、地球や他の惑星で人生を送りながら成長するためのプロセスの、ほんの一部でしかないのです。

   私たちそれぞれの人格というものは、永遠に個人的なものであり続けるでしょう。
   そのことは地球だけではなく、たとえどの宇宙、どの時空世界にも経験として転生する必要がなくなったとしても、私たちの人格は個人的であり続けるのでしょう。カルマというものは、目に見えない宇宙の法則であり、望む望まないとにかかわらず、また信じていようがいまいが、私たちは従わざるを得ないものなのです。そしてまさに私たちの人生はその中に展開されているのです。

   それは原因と結果、因果応報の法則としても知られています。
   私たちの行為のすべて、考えること、また感じることのすべては、実は自分に向けられたことなのです。その意味は、自分が他人に向けて為したと思う行為のすべては、自分が受け取ることになるということです。自分の行為の結果はただちに戻ってくるとは限らず、それは何年も先になって、あるいは次の転生後に受け取ることもあります。

   私たちは誰も自分の行為から逃れることができず、カルマの法則は、すべてが清算され尽くすまで人生のあらゆる状況を支配し続けます。それは未来のすべてが決められているということではありません。なぜならこうして生きて活動している間にも、一瞬ごとに新しいカルマが作り出され、同時に古いものが収穫されているからです。それはとても合理的で緻密で抜け目のない法則であり、いかなる人であれ、自分の作り出した「幸せや災難」から逃れることはできないのです。

   私が地球にやって来た理由の一つは、私のいくつかのカルマの帳尻を合わせるためでした。私は慈悲について学ぶ必要があり、さらに地球において、前世でやり残していたことの仕上げをしなければならなかったのです。私の金星での生活は至福そのものであったので、そのままそこに居るという選択もできました。しかし自分が金星で生涯を過ごすことは、避けられない自分の課題を先延ばしにするだけであることに気づいたのです。

   つまりいつかは、地球に転生することは避けられないことであったのです。
   今振り返ってみても、地球に転生して後、私が経験した多くの苦しみと試練を勘定に入れても、私は自分の残りの人生を地球で過ごす決意をしたことを嬉しく感じています。

   私たちはカルマのバランスをとるために、他の惑星の住民が地球に来ることは珍しいことではありません。自分の抱えるカルマを今暮らす人々との関係で解消したり、人生において関わり合う人々とともにカルマを清算する場合もあるでしょう。このように、すべてにおいて私たちの人生は必然によって導かれているのです。そして戦争や貧困といったネガティブな経験から学ぶ必要がある場合は、私たちの太陽系でそのような経験が出来る場所は、地球以外にはどこにもないのです。


      book 「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋



  

近隣の進化した惑星のことを知られると困る者たち

   私たち金星の代表者と地球側の話し合いは、結局どうなったのでしょうか?
   最終的に、2つの超大国とその他の国々は核実験の中止に合意し、将来お互いを絶滅させることになる「大規模な抑止力を持つ」とした考えを放棄することで意見が一致しました。しかしながら実際には、私たちの提案は水面下では拒否された結果、その代わりに政府による隠蔽が始まったのです。それはことの真相が社会に公表されることで、自分たちの既得権益が損なわれることに気づいた人々があまりにも多かったからです。

   
(訳者註: アダムスキーによると米国は一度、大気圏内での実験を試みたが、実施直前になって宇宙船が飛来してきて、ロケットの先端の核弾頭だけを回収して飛び去り、実験を見守っていた科学者たちを唖然とさせたという。なぜならもし大気中で核実験が行なわれていたら、一瞬にして地球は丸こげになり、地球自体は大丈夫でも、あらゆる生命はすべて死滅していたという。)

   
この地球ではほんの一握りの人々が、世界中の資源や土地、工場、そして貨幣のほとんどを所有しており、その他大勢の人々を支配する道具として貨幣が使われています。私たち金星の社会では、貨幣やそれに類するものを必要とすることなく生活することが可能になっています。ですからその結果として、物を貯蔵したり蓄積する必要がなく、そのために他人を搾取するために武器というものが必要なくなりました。その変化は実に驚くべきものでした。

   また金星では中央政府や官僚による政府というものはなく、階級制度のようなものもありません。ですから地球の資源と富と権力を独占している者たちは、近隣の惑星のことを人々に知らせることを好まず、私たちの生活様式を人々に知らせたくないのです。なぜなら真相を隠すか隠さないかということは、彼らにとっては死活問題であるからです。

   エネルギー産業の利権に関わっている人々は、UFOやそれに関する情報はどんなものでも阻止しようと必死になっています。なぜなら技術的に進化した惑星では、磁気と太陽をエネルギー源としているのでそれらは無尽蔵に供給でき、ほとんどコストもかからず、もしそれらを利用するテクノロジーが地球に導入されれば、既にあるエネルギー産業は成り立たなくなってしまうからです。

   磁気のパワーは私たちの円盤や、より大きな母船の動力としても使われています。
   誰もがこのようなエネルギーで動く乗り物を使うことができるようになれば、コストはほぼ無料となり、自動車やジェット機や電車などはもはや不要になるのです。高速道路や鉄道、空港など、現代生活における多くの不便なものも必要とされなくなります。そして人々はもはや、都会に住む必要もなくなるのです。なぜなら、毎日数千キロもの距離を通勤するのも、非常に簡単にスピーディーに移動でき、なおかつほぼ無料になるからです。

   このことが、既得権益を持つ者たちにとって、どれほどの損失になるか考えてみてください。このことに関して、彼らがどのような立場をとるかは明らかです。地球の近隣の惑星からテクノロジーが導入されればそれはエネルギー革命をもたらしますが、それは既存の社会システムを維持しようとしている利己的な人々にとっては、絶対に起こって欲しくない変化なのです。

   今日の地球には、私たちにとって多くの敵対者がいます。
   一般の人々は私たちを歓迎してくれるかもしれませんが、私たちは地球を、金星にとって敵対的な惑星だと考えています。これまでにも私たちの宇宙船は何度も、軍部や警察、そして恐怖に駆られた市民たちから銃撃を受けて来ました。私たちが敵意を見せていないにもかかわらず、目撃と同時に宇宙船は攻撃を受けてきたのです。これが、私たちの宇宙船が人口密集地を避けて飛来する正当な理由の一つなのです。

   宇宙の兄弟姉妹たちは、地球の未熟さを警戒しています。
   これはこの惑星がまだ若い星であるということであり、その反映に過ぎないことでもあります。人々は予期しない出来事に対して、あまりにも恐怖に満ちた否定的な反応をするのです。地球の人々は、これまでに非常に多くの戦争や災難を経験してきたために、他の惑星の存在に対する考え方も不安に満ちたもので、あまり心安らぐものではないのです。あなた方がSF映画やテレビドラマで見るような、地球を侵略しにやって来る作られた宇宙人のイメージが、すでに刷り込まれているのかもしれません。

   私たちの金星からやって来た宇宙船は、敵対者の領域を飛んでいるためにとても逃げ足も速いのですが、彼ら政府や軍部の者たちは、本当は私たちを敵だとは思っていないのです。なぜなら私たちはやられたらやり返したり、攻撃したりはしないことを、彼らは知っているからです。しかし彼らは敵対的な態度をとるだけでなく、実際のUFOの目撃情報や着陸、またコンタクトの出来事をベールで覆い隠すために、ありとあらゆる徹底的な作戦を展開しています。政府や情報機関がいかにマスメディアを完全なコントロール下に置き、目撃者たちの口を封じ、偽りの声明を出し、貴重な証拠を没収してきたかについては、これまでにもさまざまな人々や本によって曝露されてきました。

   多くの人々は「検閲」というものがあることに気づいていますが、それが実際にどれほど厳しく徹底したものであるかを知ったなら、非常に大きなショックを受けることでしょう。このような嫌がらせを受けながらも、私たちの宇宙船は地球での任務を続けています。幾世紀にもわたって大幅に発展を遂げた私たちのテクノロジーにより、地球を観察する装置は究極のレベルにまで開発されました。そして地球を警護する宇宙船とその着陸、そして地球人とのコンタクトの数は、有史以来かつてないほどの多さになっています。地球に暮らしながら、信用できる友に自らの正体を明かす私たちの仲間の数もますます増えています。

   話を続ける前に一つお知らせしておかねばならないことは、すべてのUFOが私たちの太陽系の金星から来ているのではないということです。それは他のさまざまな太陽系から飛来して来ているものもあり、遥か彼方からやって来ているものもあります。あるものは実際にはアストラルや異次元的な存在であり、またある者は私たちですら「知らないもの」なのです。このようにUFOの全体像はとても複雑なものなのです。でもこれまでに、非常に多くの私たちの宇宙船が地球に着陸し、多くの人々がコンタクトを受けてきました。

   世界中のあらゆるところで私たちの宇宙船は活発に活動しており、地球の空と陸と海を監視し続けています。現在も続いている核実験による深刻な影響に私たちは特に懸念を抱いており、同時に地震や気候の変化、地軸の傾きなどの天変地異にも注意を向けています。このような私たちの活動を目撃しながら、UFOの中には進化した惑星から来ていることをさらに多くの人々が確信を持つようになっています。その結果、UFOの乗組員とコンタクトしたという話を聞いても、すぐに笑い飛ばす人々も減ってきています。しかし地球と近隣の惑星とのつながりについては、未だ政府による真相の公開は行なわれていないので、しばらくは今のような状態が続くでしょう。


      book 「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋


   

我々に与えられる宇宙情報は操作されている

   地球の科学とテクノロジーは新たな飛躍的発展を遂げてきています。
   電気や鋼鉄、エンジン、飛行機、核エネルギー、そしてその他にさらに多くのものを「再発見」してきました。そして戦争は絶え間なく続き、より殺傷能力の高い武器が開発されてきました。しかし地球の人々は、同じ太陽系の近隣の惑星について知らされていないので、もっと精神的に高い生き方をしている人々が、近隣の惑星には多く存在しているという事実を全く知らずにいます。

   1940年代の後半に、地球ではUFOの目撃情報が驚くほどに増え始めました。
   人々はそれらが、地球の最先端の飛行機をしのぐ性能とスピードを有していることを目の当たりにして驚愕しました。世界中の政府や軍部がUFOに混乱させられながらも、それに強い関心を示し、同時に固く口を閉ざしていました。しかしその時、実は地球が突然に、他の惑星から興味の対象になっていたことに気づいていた人はほとんどいませんでした。

   それは、地球の科学者たちが繰り返し行なっていたレーダーの実験の過程で、彼らが発生させたレーダー・ビームはついに金星にまで到達したのです。金星の監視センターは、地球から届いた初めての救援要請の信号らしきものを受信し、それに応えて応答信号を送りました。しかし当然のことながら、地球の専門家たちはその信号を解読することはできませんでしたが、それが地球に近い場所から発信されてきたことは正確に割り出すことができました。

   
(訳者註: アダムスキーも同様の話を宇宙人から聞かされており、1946年に米国から月に向けて発信されたレーダー・ビームが月面の縁で跳ね飛んだ結果、それが金星と火星で受信され、それをSOS信号と解釈されて応答信号が送られたが返答がなかったので、宇宙船が大挙して地球の、主に米国に飛来したという。地球の科学者たちは信号を解読できなかったが、それらが太陽系の近隣の惑星と宇宙空間から発信されたことを時間計算で割り出したという。)

   
その時金星からは、調査のために宇宙船が派遣されました。
   そして、彼らが地球で見つけたものは恐ろしいものでした。なぜなら地球では以前よりもはるかに強力な核兵器が開発されており、その核実験が試みられていたからです。過去50年にわたり、地球のテクノロジーは驚くほどの発展を遂げていました。しかしそれとは対照的に、精神的な成長はほとんど実現されないままであったのです。

   悲しいことに、それはかつてのアトランティスやレムリアにおいて見られていたパターンと、何ら変わることはありませんでした。その恐るべき『原子科学の復活』は、他の同胞の惑星の科学者や精神的指導者たちにとって重大な懸念となりました。もはやこれは、地球だけの問題ではなくなったのです。核の力に目覚めたことで、この地球という惑星は太陽系の全惑星にとって脅威となったのです。

   
地球の首都や工業地帯、軍事基地、そして研究所や核実験場に不可思議なUFOが飛来していることに、世界中の政府が気づき始めていました。それらの宇宙船が有人飛行をしており、優れたテクノロジーによってコントロールされていることはほとんど疑いのないことでした。彼らは不安に駆られ、自分たちより進化した人類がどこか別のところに存在していることを知らされるショックに対し、彼らはまだ心の準備ができていませんでした。しかしながら事態は、他の惑星の兄弟姉妹の代表者が、自分たちの身元を示す十分な証拠を携えて、地球の主要な指導者たちとコンタクトをするという重大な局面にまで至りました。

   宇宙からの来訪者が伝える驚くべき真実を、直接聞かされた米国の大統領は1人だけではありません! 私たち金星からのメッセージは、助言や説得の一つではあっても、決して威圧的でも強制的なものでもありませんでした。年月をかけて多くの意見交換が行なわれ、他の惑星について、またそこに住む人々について多くのことが伝えられました。私たち金星の代表者たちは地球の指導者たちに対して、私たちの進んだ文明の力で、決して地球の問題に干渉するようなことはしないと説明しました。私たちはそうしたいと思えばいつでもたやすく、地球を征服することができたでしょう。

   しかしこれは、「それぞれが自由意志のもとに決めた結果、自らが招いた体験を受け入れねばならない」という精神的信条に沿わないものでした。つまり、もし核戦争が勃発しそうになって、地球を訪問中の私たちの代表者たちや宇宙船が危険にさらされる事態になったとしても、それでも私たちは地球の状態に干渉しないということです。私たちは個人のレベルであれ、集団のレベルであっても、そしてたとえ自己防衛のためであっても、そのために誰かを殺したりはしないのです。

   私たちの代表者たちが地球の指導者たちにもっとも強く訴えたのは、核の威力とその危険性についてでした。影響力のある2ヶ国の指導者たちには、核兵器の危険性とその無益さについて直接助言が行なわれました。私たちの科学者たちは、地球の軍部の最高責任者たちと、核開発を担当する科学者たちに対して、核実験の継続は自己破壊的な行為であることを明確に伝えました。また私たちの宇宙船に搭載されている機器と宇宙研究施設で、地球の核実験が地球環境へ与えるダメージを確認したことも説明しましたが、そのことは地球の科学者たちはいまだ気付いてはいないことでした。

   私たちが地球の政治システムについて触れた際には、怒りと反論を招きました。
   しかしこれは私たち自身の経験から言えることなのですが、2、3の政党による政治は非常に多くの問題を生じるのです。なぜなら国民の大部分はどの政党であれ政権を握った政党のやり方に不満を持ち、真の意味で恩恵を受ける人たちは誰もいないからです。その状況で腐敗や汚職、不正、そして破壊的な競争が政治システムにそのまま組み込まれることになります。

   私たちはこれが、単なる理論ではないことを協調しました。
   なぜなら他の惑星では、地球に植民をするはるか昔の時代に同様な問題をすでに経験していたからです。それで私たちは、日々の権力闘争がいかに破壊的であり、民族同士の争いが単なる子供の喧嘩と同じレベルのものであることを指摘しました。そして本当の意味での民主主義というものが、代議制によるものも含めてこの地上にはどこにもないことも告げました。

   この地球の世界は、国々の少数の人々によって支配されています。
   そして彼らの活力源は貨幣です。地球の人々は、この独裁者たちによる世界支配体制が、どれほど完璧なものであるかをまったく知りません。それは私たちの太陽系の近隣の惑星について知ることがショッキングであるのと同じくらい、人々にとって地球が支配されていることを知るのはショッキングで信じられないことなのです。


      book 「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                          抜粋

人類を援助し続けてきた宇宙の存在たち

   私の母星である金星の社会や文化は、何千年もの歳月をかけてゆっくりと改革されていきました。昔の金星社会は今現在の地球と同じくらい、それよりももっとひどいと言える状態にありました。つまりかつては金星も、大勢の人々の労働を搾取することによって、一握りの少数の者だけが潤い、支配するというシステムであったのです。

   そしてあるとき一般庶民たちが、自分たちで何とかしなければいけないと立ち上がったのです。そしてそのうねりが極限に達したのが、惑星革命とも言うべき出来事で、それは未だ地球社会では誰も経験したことのないようなものでした。しかもそこでは一滴の血も流されることなく、貨幣経済や階級制度が永久に葬られたのです。それまでの少数の富める者たちや権力を持つ者たちが、心を入れ替えるか、そうでなければ惑星から出て行くかの2つに1つの選択肢しかないほどに、金星の人々の意識が変わったのです。それとほぼ時を同じくして、他の惑星の人々も同じように成長のための痛みを経験していました。

   その時ちょうど地球は、もっとも近い場所にある植民可能な惑星でした。
   そこで金星や他の惑星を去る決断をし、追い出された者たちは地球に生活の場を見出したのでした。しかし彼らは十分な装備を持って地球に到着しました。彼らが当時持ち込んだものは、反重力の宇宙船や電気・太陽光・核にによる発電や、その他の高度なテクノロジーであり、それは未だ地球では再発見されてはいないものです。

   地球への入植者たちが立ち上げた政府や導入した生活様式は、彼らが元いた惑星で造り上げながら、人々に崩壊させられてしまったのと同じようなものでした。彼らはそこでも大勢の奴隷の労力を搾取することで利益を得るというシステムを造ったのです。

   しばらくの間地球上において、彼らの文明は栄えたのです。
   しかしすでに、強欲と虚栄心、怒りなどの激情に侵されていたこれらの地球への新参者たちは、この地球という惑星が持つアンバランスでネガティブな影響に取り込まれ、屈してしまったのでした。人々の感情は激昂し、寿命も短くなり、自然災害も頻発するようになり、地球上の生活はまさに悪夢へと変わっていきました。そして地球は現代の状態と非常によく似た、激動に満ちた星となったのです。それ以来、地球は戦争と破壊を繰り返すことを宿命づけられてしまいました。

   そこから脱却するのは、人々が精神的に成長できたときなのですが、まだ現在もその時は来ていません。最初の入植者による文明は、核戦争と天変地異によって滅びてしまいました。そして彼らのもたらした知識や文化も、時代の移り変わりの中でゆっくりと、忘却の彼方へ葬られていきました。その時代の人々はほとんどの時間を生存競争に費やし、若者の真の教育はないがしろにされ、貴重な英知は失われてしまいました。これまでの地球はいつの時代も、生き残りをかけて強者が弱者を支配する弱肉強食の時代であったのです。

   ムー大陸のレムリアの時代の前に、2つの主な民族が地球上で栄えていました。
   しかしどちらの民族も、彼らの母星の人々のように、戦争を通して平和の大切さを学ぶことはありませんでした。つまりその意味は、太古の地球の歴史は、それぞれの地域で強大な文明が現れては滅びるという物語が、際限なく繰り返されたものであったのです。レムリアもその他の文明と同じように隆盛しては消えていきましたが、レムリアは地球でもっとも栄えた高度な文明の1つでした。その中心都市のカラホタは、今は広大なゴビ砂漠の砂の下に眠っています。そこでもまた強欲で権力を振りかざす一握りの支配者層が、貧しい人々を徹底して抑圧したのです。

   ムー大陸の大部分は現在の太平洋の底に沈み、その時生き残った者はほとんどいませんでした。アトランティスはとても大きな大陸の島で、今で言う大西洋の位置にありました。多くの面でアトランティス人は現代の地球人よりも技術的には優れていましたが、彼らもまた、テクノロジーをコントロールできるほど精神性が成熟することなく、技術革新の競争に明け暮れていました。そして核実験やその他の多くのテクノロジーの誤用により、大陸は崩壊し、ついにはわずか1日でその大陸は海中に没してしまったのです。逃げ延びた生存者はごくわずかでした。

   このように地球上では嵐のような混乱の時代が繰り返し続いており、他の惑星の兄弟姉妹たちは地球を未成熟な子供のようなものと考え、導きを必要としていると考えていました。そして地球の文明が栄枯盛衰を繰り返す中で、他の惑星の人々は宇宙船で地球を訪れては、人々の中に紛れ込んで生活していました。これまでの何世紀にもわたる地球の闘争の歴史において、地球の人々は一度も忘れられたり、見捨てられたりしたことはありません。慈愛に溢れた母星の人々は、自分たちの遺伝子を受け継いだ種族を援助するために常に地球を訪れてきました。

   過去においては、地球人が自らの本当のルーツを思い出し、宇宙からの訪問者たちや、地球人に紛れて暮らしていた私たちのような存在を認めて、オープンに迎え入れていた時代がありました。しかしこれまでの原始的な時代や、特に地球の近代においては、現在の地球を支配する地球外生命体は、自分たちの存在を知られることに非常に注意深くなっています。

   レムリアやアトランティスの時代においては、私たち金星人は地球人の精神的、文化的、そして技術的な進歩を援助する存在として受け止められていて、たとえば土星人たちは、アトランティスの発展のために援助しました。古代エジプトにおいては、地球外生命たちは国王(ファラオ)と良い関係を続けていたのです。アトランティスの時代には、他の惑星から来た科学者たちは、精神的な英知と科学的な知識を地球にもたらしました。

   ピラミッドを建設した技術者たちの中には当然、他の惑星の者たちがいました。
   エジプトの文明が栄えた背景には、このような影響があったのです。それはいわゆる暗黒時代と言われる過去の時代の地球においても例外ではなく、宇宙からやってきた旅人たちはずっと地球を訪れていました。

   しかしながら地球の人々は、宇宙からの訪問者をありのままの存在として受け入れる代わりに、神々としてあがめるようになったのです。世界中の多くの聖典が彼らが地上で行なった活動について書き記しています。

   地球人を援助する過程において、彼ら宇宙からの訪問者たちもまた自ら学んでいたのです。つまり、彼らの伝えた新しいテクノロジーはそのまま、権力と支配の獲得を巡る闘争に利用されてしまい、その結果人々に大きな災いをもたらす様子を目(ま)の当たりにしたからです。彼らは地球人に対して非常に警戒するようになり、次第に自分たちのテクノロジーや知識を無条件に与えることを止めるようになりました。知識の提供が止められるようになって、地球の民族たちは自らが受け継いだ「本当の遺産」というものに、ほとんど気づくことができなくなってしまいました。

   それ以来、他の宇宙からは精神的な指導者たちがより頻繁に地球に派遣されるようになり、誤用の危険性のない技術的援助のみが与えられるようになりました。それはあなた方の言う聖書の時代であり、宇宙人たちは地球人の精神的な成長のためにより大きな影響力を行使したのです。聖書に出てくる多くの預言者たちや精神的な偉人たちは、他の進んだ惑星からやって来た地球外生命体です。あなた方の旧約聖書には、天から降りてきた存在たちやその宇宙船についての多くの記述があり、地上の指導者たちは降臨した「神」と対話しました。

   そのような出会いは世界中の多くの場所で行なわれた「天からの神々」との遭遇であり、そうやって崇高な真理が人々にもたらされたのです。しかしテクノロジーがそれまでのように、自由に分け与えられることは決してありませんでした。しかしその代わりに他の惑星の科学者たちは、地球の社会に紛れ込んで密かに人類を手助けしながら、彼らが与えた知識が誤用されないように確認していました。そしてそれと同様のことが、現代の地球でも行なわれているのです。


      book 「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                           抜粋



太陽系の近隣の惑星には進化した文明が存在する

   私はオムネク・オネクです。
   私は他の惑星から来て地球で暮らしている何千人の中の一人です。ある人たちは自分の特殊な任務を終えると母星へと帰って行きますが、多くの人たちは余生のすべてを地球で過ごすという勇気のある選択をしてやって来ています。そして高度に発達した惑星から地球を訪れて来ている人たちは、科学者や医師、教師、芸術家、技師などの専門家として、またごく普通の人として地球の人々の中に密かに紛れて生活しています。

   広大な宇宙の中で、知的生命を宿しているのは地球だけであるはずがないという考え方は、今では現代の多くの人々に受け入れられています。そしてそれら何百万人という人々は、UFOというものが、地球よりもはるかに進化した遠い惑星から飛来して来ている宇宙船だと信じています。

   私は地球に来てからずっと悲しく思ってきたことがあります。
   それは太陽系の地球以外の惑星はどれもが、人間を寄せ付けないような荒れ果てたものであるとして人々が信じており、それは地球の人々の心にあまりにも強く焼き付けられてきたことです。

   子供たちは学校で必ずと言っていいほど、金星や火星が極端にひどい環境であると教えられています。公式の天体望遠鏡や宇宙探査機も同じように伝えています。地球の宇宙飛行士が近隣の惑星を訪問するならば、彼らがそこで見つけられない唯一のものは人間であるはずです。なぜなら地球人のレベルの現実においては、人間を確認できないはずだからです。

   私は地球のほとんどの人々が抱いている他の惑星についての考えは、真実とはあまりにも遠くかけ離れていることを知りました。この地球上の現在の各国の政府が隠している「最大の秘密」とは、私たちの太陽系の他の惑星の多くには、高度な人類の文明が確立されているという事実なのです。そして毎日、地球の空に目撃されている物体としての宇宙船が、それらの惑星からやって来ているという事実です。世界中のほとんどの政府は、私のような多くの人間が、他の惑星から秘密裡に地球へやって来て暮らしていることをよく知っています。

   真相を知っている政府や軍部は、彼らの持つある理由と目的のために、UFOを目撃した人々や、宇宙探査機、宇宙飛行士たちや天文学者たち、そして私のような存在から真実の情報や証拠が流出するのを力ずくで阻止しているのです。ただすべての宇宙飛行士や天文学者が真実を知っているというわけではありません。

   そのような中で大衆のほとんどは、公的に発表される政府機関や天文学者たちからの不確実な情報だけを聞いて信じており、またそれで満足していて疑うことを知りません。このような状況では、真実を語ってもそれを聞いても信じられないのは当然のことです。そして私のような者は人々から奇人扱いされるのです。それは政府による公的な宇宙探査の報告を信じるほうが、その裏に重大な秘密が隠されていると疑うよりもたやすいことであるからです。

   しかしそうであっても実際には、金星だけでなく太陽系の全12惑星において生命が活発に活動しているのです。そして太陽系の半分以上の惑星には人間が住んでおり、私の知っている他の惑星の人類の文明は、精神的にも技術的にも地球よりずっと進歩しています。それだけでなく彼らは、今日地球に存在するどの民族よりも昔から存在しているのです。そして宇宙には、私たちの太陽系の惑星家族以外にも無数の太陽系が存在しており、その大部分には人間が住んでいるのです。まさに人間というものは、全宇宙における普遍的な種族なのです。

   近年になって地球では、人類の過去についてのこれまでの定説を見直そうとする人々が増えています。考古学者たちもはるか太古の昔に、地球に高度な文明が存在していた可能性を認めています。先史時代に、現代をしのぐほどのテクノロジーがあったことを示す十分な証拠があります。また人類の歴史を通して、他の惑星からの来訪者によって地球文明に援助が行なわれてきたことを示す証拠もあります。私はこのことをずっと昔から知っています。これは真実なのです。いつの時代にも外宇宙からの訪問者たちは、世界中の民族の文化やテクノロジーに影響をもたらしてきました。

   世界各地にある聖典が空を飛ぶ宇宙船について記しており、人間と似た存在が天から降臨して、さまざまな偉大な奇跡を行なったことを物語に記しています。多くの伝説や神話も、人間の姿をした者たちが地上に降りてきて、人々とともに暮らしたことを伝えています。古代の都市や遺跡も現存しており、それらの建造物が現代のテクノロジーでは再現できないことや、岩に残された彫刻などから、その古代遺跡を造ったのが地球外生命体であることを示す何よりの証拠となっています。

   全世界に散在する説明不可能な多くの遺跡が、同じような事実を物語っているのです。
   太古の人類は、現代人が考えるよりもずっと頭脳明晰であったのです。そして彼らは決して、この宇宙の中で孤立した存在ではありませんでした。

   今から何百万年も前のことですが、私たちの金星から最初の探査隊がカル・ナーア(地球)に降り立ちました。そこは当時はもっとも若い惑星で、いくつかの星の宇宙科学者たちが地球の環境が進化し始めたことを確認して以来、幾度となく調査のための宇宙船を派遣していました。それは太陽系内のすべての惑星が一度に同時に創造されるわけではないので、星々は絶え間なく誕生し、成熟し、やがて朽ちていくのです。ですから新しい惑星には当然植民が行なわれ、寿命を迎えた惑星から植民が行なわれます。

   私たちの星である金星の探査隊は、地球が太陽系内でもっとも緑豊かな惑星であることを発見しました。けれども美しい惑星ではあっても、地球はすぐに他の惑星から植民の対象となった結果、私たちが住み着くには間違いなく非常に危険な場所となってしまいました。やがてその噂が広まり、地球は敵対的でネガティブな惑星として知られるようになりました。地球が「カル・ナーア」と呼ばれるようになったのもその頃からで、それは「ネガティブな子供」という意味です。探査が終了した後は、金星の人々は誰も必要以上に地球に滞在することはなくなりました。

   地球が惑星として抱えている問題の一つは、月が一つしかないことです。
   物理的な宇宙においては惑星はふつうは2つか3つの月を従えています。そのようにして月同士が互いに与える影響のバランスを取っているのです。そもそも月を持たない惑星なら問題がありませんが、一つしかない状態は惑星をアンバランスな状態に置いてしまうのです。ですからこのことからも私たちの太陽系では、地球は独特な存在となっているのです。

   月は地球の周りを公転しており、その引力の影響で地球はわずかに膨張し、海面を周期的に上下させます。月の影響は、地球に住む者やそこに生まれた者すべてに一生涯にわたってもたらされます。その原因の一つは人間の体内にある水分であり、月は海の水に与える影響と同じように、人間の体内の水分にも影響を与えます。そしてそれは私たちの心や感情にも悪影響を及ぼすのです。その影響がどんなものであったかは、地球の過去の歴史を通して見ることができます。それは月が一つである限りずっと続いていくことでしょう。

   具体的に言うと、それは人々の中に燃え上がるネガティブな感情であり、それは実際に自己破滅的な作用を個人にもたらします。英語のルナシー(精神異常、狂気)と言う言葉の語源も月(ルナ)にあります。地球への訪問者たちは、満月の間は水分を十分に摂るようにとアドバイスを受けています。そうすることで地球の環境に適応しやすくなるのです。月は人間の感情を左右するだけでなく、体全体をアンバランスにする影響を与えるので、そのことが人間の寿命を縮める要因にもなっています。

   地球のバイブレーション(振動)は金星や火星のものよりも、きめが粗くて重いために、より多くの病気や気分の低下を引き起こします。このような理由のために、初期の地球は人気のない惑星であり、近隣の惑星に急激な環境の変化が起きるまでは、植民が行なわれることはありませんでした。

   
(訳者註: メンジャーは異星人と話したとき、「あなた方の月は一つで・・・」と語るのを聞いて、地球に月は一つしかないのになぜそのような言い方をするのか不思議に思ったという。アダムスキーも地球には見えない位置に2番目の月があることをほのめかしている。実際にそのような物体を目撃した天文家や、見えない月の存在を主張する研究者もいる。コンタクティのケルビン・ロウは、地球の周囲には宇宙人によって置かれた2つの人工の月があると聞いている。)


      book 
「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店

                          抜粋

戦争・争いの根本にあるものは「貨幣経済」

   私は高校生活を終え、担任の勧めと家族の理解に助けられて、ある大学を受験し合格した。入学を決めた私は家族や友人たちに見送られ、東京で人生修行を始めることになった。その後社会人となってからは仕事に専念し、故郷での出来事はすっかり忘れてしまった。やがて定年を迎えたある日、突然、宇宙大使からコンタクトがあり、『宇宙の法』を受け取った。それは前著『北の大地に宇宙大使が降りてきた』(たま出版)で発表した。

   それから数年後、母方の叔父が亡くなった。
   その法事に出席したとき、脇で従兄弟(いとこ)が話しているのを聞いていると、ある町で行なわれたイベントの『さくらんぼ娘』の話が出てきた。それは従兄弟の娘が『さくらんぼ娘』に選ばれて、街のいろんなイベントで活躍しているのだという。私はそれを聞いたとたん、過去の記憶が、地球のあるひとコマの未来が、まざまざと甦ってきたのであった。それはプレアデス星の工業都市エミールで、エナールから見せられた未来のひとコマが実現したのかもしれなかった。

   私はそれを確認するために、後日、その町から『さくらんぼ娘』のポスターを取り寄せた。そしてそこには、プレアデスで見せられた通りのそのままの描写が写っていたのだ。5人の『さくらんぼ娘』の中には、従兄弟の娘が入っていたのである。私は思わず、「アッ!」と声を上げた。「これだ、まさにこれだ! 俺はプレアデスでこの場面を見たのだ、間違いない。本当の出来事なんだ! こんなことってあるんだろうか」、と自分で自分に言い聞かせるように叫んでいた。

   つまり、50年前に見たことが地球で実現したのだ。
   やはりプレアデスの科学も、自分の体験も現実だったのだ。あらためて過去や未来に自由に行くことができ、画面だけでそれを見られるプレアデスの科学技術の素晴らしさを思い知らされたのであった。

   そんなある日のことであった。
   私はお盆で実家へ帰ったとき、八幡宮の前を通りかかった。するとそこに、一匹の銀狐が参道を登って行くのが見えた。「これは珍しい。今でもこの森に狐がすんでいるんだな。どれ、後をつけてみよう」 私は少し間を置いて登って行くと、なんと狐は神社の前に座って私を待っていたようだった。私が驚いて、「お前はここの主(あるじ)かい?」と呼びかけてみると、狐は私に一回おじぎをするとひと声大きく「ケーン」と鳴き、走って藪の中へと消えた。

   狐がいた場所へ行ってみると、そこには不思議な色をした紙切れが落ちていた。その印刷された文字には、『宇宙は生きた一つの生命体である』と書かれていた。その瞬間、これは宇宙大使が知らせてくれたのだと感じた。私は「宇宙大使ありがとう」と心で呼びかけて、その紙切れをポケットにしまった。

   八幡宮の杜(もり)は夏でも涼しく感じられ、私は石段に腰掛けて、しばらく野鳥と蝉の声に聞き入った。私は子供の頃から自然が大好きだった。そして自分が納得するまで自然に語りかけ、答えが返ってくるまでじっと耳を傾けるのが常であった。そうしているうちにいつしか我を忘れ、自然の中に溶け込んでいくのだった。このときも、何も考えずに自分を自然に溶け込ませると、思考が止まったように感じられた。その瞬間、私の脳裏に突然、言葉が入ってきた。

   「剛史、しばらくぶりですね。元気そうですね。
    私ですよ、覚えていますか? 声に聞き覚えがあるでしょう。剛史もいい年齢になりましたね。でも、剛史の脳はまだまだ若々しいですよ。」

   私は、「あっ」と驚いて、回りをキョロキョロしながら聞いた。
  「宇宙大使ですね、お元気ですか、今どこからですか? しばらく連絡がなかったので忘れておりました!」

  「うん、よく思い出してくれましたね、剛史。
   上ですよ、上、上を見てごらんなさい。ぽっかり浮いた雲の上ですよ、今、少し見えるようにしますからね」

   言われるままに上を見ると、空にぽっかり浮いた雲があり、その雲の脇から半透明の宇宙船が微かに見えた。しかしそれは、よほど気をつけないと見落とすほど微かなものであった。

   「どうしてそんなに気を遣っているのですか? 何か怖いことでもあって、はっきり姿を現してはいけないのですか?」

   「はい。我々もいたずらに地球人を刺激しないようにしているのです。
    最近の地球人は我々を見ると、必要以上に騒ぎ立てますから。それにだんだん地球人の科学も発達して、最近では戦争のための破壊兵器を各国が競争で作っています。その中にはレーザー砲などのかなり強力な武器もあり、我々にとっても危険なものがあるのです。ですから我々は必要のない限り、できるだけ姿を見せないように方針を変えました。そのためにこちらで必要のある人にだけ、我々の姿を見せています。その一人が剛史なのです。

   我々は戦争することが好きな地球人を、どのようにしたらその考えから脱皮させることができるかについて、長い間観察しながらいろいろと模索してきました。前にもお話しましたが、その原因を探っていくと、それは地球人が貨幣制度を導入してその基盤の上に、社会のあらゆるものを競争制にしていることが根本の原因であるとわかりました。

   『競争』というものが格差や差別を生み出すものであり、それは拝金主義へと人々を追いやるもので、そのような社会においてはいくら平等を唱えたところで、そこに『真の平等社会』が生まれるはずもありません。その結果人間は激しい物欲の塊りとなってエゴの社会を形成し、争いは絶えず、それが昂じて国家間の戦争となっていくのです。

   聖戦という言葉で自らの戦争を正当化したところで、戦争には良い戦争も悪い戦争もなく、それはもともと行なってはならないものなのです。地球人類が真に平和な社会を確立したいのであれば、争いや戦争のもとになっているものが何であるのか、人間を必要以上に物欲に駆り立てているものが何であるかを糺(ただ)していかなければなりません。

   その時に必ず突き当たるものが、貨幣経済のあり方であるはずです。
   地球人は今ある貨幣経済から脱却しない限り、争いや戦争から抜け出すことはできません。

   今の地球人類は余りにも物質欲に囚われすぎています。
   それはあまりにも長い間、貨幣経済が生み出す競争社会にさらされてきた結果なのです。物というものは必要な分だけあればいいのであり、必要以上にとってはならないのです。そのような人間社会に害を及ぼすような独占欲は、社会から排除していかなくてはなりません。

   剛史は我々の社会を見ているので知っていますね。
   我々の社会では誰も物を必要以上に取る人はいないし、むしろ、人に譲ろうという心がけのほうが強いのです。人に与えることを喜びとする社会は、相手の喜びを見て自分も喜びを感じる、そういう社会になってこそ競争や争いのない社会が誕生するのです。

   そのためには『愛の奉仕行動を基本とする社会』を構築することなのです。
   『思いやり』、『助け合い』、『協力』、『譲り合い』を人々の心に自然に根づかせる環境づくりが必要です。そのためには教育のあり方が大いに関係するでしょう。知識を得るのも大切ですがそれ以上にもっと大切なのは、人間の心の『あり方』なのです。そのような社会を形成できるかどうかによって、地球人類の未来は大きく変わっていくでしょう。

   もし地球人類がこの宇宙で、我々のように科学を発展させたいという意欲があるなら、社会のあり方を根本から変えなければなりません。まず地球人類に必要なものは、新しいエネルギーの発明と発見によるエネルギー革命であり、宇宙エネルギーや自然エネルギーを100%利用していく波動科学の革命でしょう。真の宇宙開発や宇宙科学は、下から押し上げる力学に頼っていたのではダメなのです。宇宙が持っている力をすべて利用してこそ、宇宙船を自然に航行できる科学にまで発展させることができ、そうなって初めて「宇宙科学を得た」と言うことができるのです。

   地球人類の将来を左右するのは、地球人自身の精神的目覚めにかかっています。
   地球人が目覚めを得て、生き残りをかけて、宇宙に生きる宇宙人として発達し、変身を遂げられるかどうかなのです。そして『あなた自身の目覚め』が成功したとき、初めてこの地球上に『真の平和』が訪れ、地球人が宇宙人としての目覚めを得て、科学が飛躍的な発展を遂げ、宇宙人の仲間入りを果たすことができるのです。

   我々は、剛史がある時期が来たら過去を思い出し、地球人の指針となるような聖書を書き出すように、脳をセットしておきました。我々は剛史がいい聖書を書き上げるように期待しながら、はるか彼方から見守っています。さようなら、剛史」

   宇宙大使の言葉が終わった。
   そして半透明に見えていた宇宙船はスーッと消えていった。私は「宇宙大使ありがとう!」と叫び、「さようなら、また会えるかい?」と言って、ひとりで涙ぐんだ。目をつむり、ジット耳を澄ましていると、子供の頃が思い出されてきて、八幡宮の縁日の祭囃子の笛や太鼓、鉦(かね)の音が遠くから聞こえてくるようだった。

   突然、けたたましいカケスの鳴き声がしたかと思うと、羽ばたきとともに自然のシンフォニーが破られ、私は夢からさめた。そしてそれが合図のように森のカラスたちがうるさく騒ぎ始めた。遠くでは二羽の鳶(とび)が輪を描きながら、車輪のように舞っていた。久しぶりに故郷の自然に触れ、昔と変わらぬその営みに私の心は癒された。

   それから再び年月が過ぎ、もろもろの出来事は記憶の底に埋もれたまま私は老境を迎えた。少ない退職金と年金でささやかな幸せに満足し、平々凡々と生活を送っていたある日、ふいに私の中に宇宙大使が降り、今まで忘れていた過去の体験が次々に思い出されてきたのであった。

   それをひたすら、書き記したのが本書である。


             book 「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋




   
                              

何事も起きるべくして起き、成るべくして成っている

   「話しているうちに地球に近づいて来ましたね。
    今は音速の何十倍かまでにスピードを落としています。まもなく地球の上にたどり着くでしょう」とクレオパが言った。画面のマップには、母船がどんどん地球に近づいていく様子が映っていた。

   やがて宇宙船は停止した。クレオパは言った、「宇宙船は今地球の真上に来ており、大気圏のはるか上空で滞空しています。これから小型宇宙船に乗り換えて地球まで行きます。さあ、急がなければ。自走機で移動しましょう」

   私はクレオパ、宇宙大使、他の3人とともに自走機に乗り、艦内の小型宇宙船がたくさん止まっている駐機場へと急いだ。「この小型宇宙船に乗ってもらいます」とクレオパが言い、腰のバンドのバックルのようなものを指で触ると、小型宇宙船の扉が音もなくスーッと開いた。

   操縦席に宇宙大使が着き、両脇の助手席にクレオパと私が座った。
   リリーやローズ、スターツの3人も同乗すると、小型宇宙船は母船のステーションから発射口へ向かい、卵でも生み出すように、ポーン! ビュー!と表に吐き出された。「本来なら私は母船に残るのですが、今日は特別に剛史の見送りのために乗ることにしました」と笑いながらクレオパが言った。

   小型宇宙船は猛スピードで近づいていく。
   やがて青い地球が見えてきて、雲の様子が確認でき、陸と海がはっきりしてくると、「竜(たつ)の落とし子」のような陸地が見えてきた。私は興奮して、「やぁー、あれは日本じゃないか! やっと日本に帰れるんだ。日本は美しい地形をしているんだなぁ、素晴らしい国だよ!」と叫び、思わず涙ぐんでしまった。

   やがて画面は陸地でいっぱいになり、夕暮れの岩手山と盛岡の街が見えた。
   少し進むと小井田川に沿った細長い農村の村落の風景になった。それは忘れようにも忘れられない、活気のない、何の変哲もない、静かなだけの我が故郷「楢山」だった。

   宇宙大使が言った。「もう少しで着陸しますが、前とは別のところに着陸します。野馬頭(のばかしら)は剛史の家から遠いので、もっと近くに降ろしてあげましょう。さあ、みんなとお別れの挨拶をすませてください」

   私はそう言われて、ああ、そうか、もう、別れの時間なのか、と時間の早さを改めて実感させられた。そして、「みなさん、本当にありがとうございました。誰も体験できないような宇宙旅行をさせてもらい、感謝しています」と言いながら、クレオパ、宇宙大使、リリー、ローズ、スターツと握手を交わした。「どうもありがとう。さようなら」と心を込めて最後の別れをした。

   すると急に眠気に襲われ、ソファーに倒れこんでしまった。
   そして不思議な夢を見た。私が美しい龍に乗り、龍にはたくさんの宝物を積んで、天女たちに見送られながら、天牛に引かれて地上に下り立つ夢であった。

   ふと、顔に冷たいものを感じて目を開けると、宇宙船がだんだん高く離れていくのが見えた。私はいつの間にか、向かいの畑の山道の草むらに降ろされて寝ていたのだ。突然、私の脳裏に、やさしいクレオパの声が入ってきた。

   「剛史、よく最後まで私たちと付き合ってくれました。
    剛史が体験したことを地球人類のために役立ててください。私たちは必ず、剛史を応援します。また剛史が望むなら、私たちと会う機会はあるでしょう。さようなら。どこまでも強く生きてください。困ったときには私たちを呼んでください。何か力を与えましょう。さあ、早く起きて家族のもとに帰ってください。家族が捜していますよ、さあ、早く行きなさい」

   起き上がると、私はいつのまにか作業服に豆絞りの手ぬぐいでほっかむりをし、戦闘帽をかぶり、三ッ馬のゴム長を履いていた。脇には籠、坪器(つぼけ)、鎌が置いてあり、籠の中を覗いてみれば、ちゃんと野馬頭の山で採った栗やアケビ、山葡萄がそのまま入っている。それを確認した時は、ほっとしながらも何ともいえない不思議な気持ちになり、まるで夢のようだった。しかし夢ではないのだ。

   それを物語る証拠が、今私がいる場所なのだ。
   私は野馬頭山へ出かけ、弁当を食べた後、昼ねをしている最中に宇宙船に乗せられて、宇宙旅行に出かけたのだ。そして今、私がいるところは野馬頭山とは正反対の場所であった。そこは家の向かいの畑の山道の草むらで、野馬頭山から2里(約8キロメートル)以上も離れた場所なのだ。

   私は宇宙旅行は現実の体験だったのだと確信した。
   「さぁ、帰るベェ」とひとり言を言って、坪器を腰に下げて籠を背負い、右手に鎌を持って歩きかけたとき、上の方から「オーイ!、オーイ!」と叫ぶ声が聞こえた。それは「のろさん」であった。

   「やっぱりそうだ、剛史じゃないか!今までどこへ行ってたんだ!
    お前ば、昨日から村中総出で捜していたんだぞ、こんな近くにいたのかや。よかった、よかった、家族が心配している、さあ、早く帰ろう!」

   私は「のろさん」と歩き、20分くらいで家に着いた。
   夕方の我が家では、母が家事をしながら村人たちの情報を待っていた。そこへ私がひょっこり帰ってきたので、母はびっくりするやら嬉しいやらでしばらくきょとんとしていた。そして我にかえると「よく帰ったな」と言うより早く、「剛史!、お前、今までどこへ行ってたんだ、みんな心配するじゃないか、この馬鹿が!」と言って私の頭を軽く叩いた。それから私は母の作った夕食を夢中で食べた。母は目を細めながらお代わりを勧めてくれた。

   兄弟たちも集まって来た。
   私を捜しに出かけていた爺様、婆様も山から帰ってきて、「やッ、剛史いつのまに帰ってたんか! 馬鹿たれがこの!、みんなに心配かけあがって!」、とお灸をすえられたので、「うん、わかったよ、今度から気をつけるよ」と、私は謝ったのだった。その時はちょうど三連休の最中であったので、私は学校は休まずにすんだのだ。

   高校三年の夏休み迎えた。
   それは天気のいい暑い日だった。私は自室の二階の窓から何気なく向かいの山を見たとき、1本の木の周辺だけが、いつもと様子が違うのに気がついた。それは木の途中に熊のようなものがおり、同じ場所からいつまでも動かないのだ。それをカラスたちが遠巻きに見ながら騒いでいるのであった。

   私は異変を感じたので急いで走って行き、木の下まで行ってみた。
   そこにいたのは熊ではなく、ロープで宙吊りになった人間であった。腰にロープを巻いた状態で木にひっかり、腰から宙吊りになっていた。私は急いで村の小学校へ駆け込み、当直の先生から一戸警察署へつないでもらった。

   やがて一台の車が到着し、警察官と医者が降りてきた。
   警察官が現場写真を撮り、村の消防団によって宙吊りになっていた人が静かに下ろされた。タンカの上に乗せて仰向けにされた人間は、変わり果てた「のろさん」であった。

   私は宇宙船の中で見せられた、『地球の中のあるひとコマの未来』が、まさに今、実現したことを知らされたのであった。『何事も起こるべくして起き、成るべくして成っているのだ』と、かつてプレアデス人に聞いた言葉を自分に言い聞かせるようにつぶやいた。その日の夕方、私は母に確認してみた。

   「母ちゃんは昨日、小川で行水しただろう?」

   「剛史、お前見ていたのかい? 悪い奴だね。
    母ちゃんはね、あまり暑い日には仕事を終わったあと、小川で少し汗を流すのさ。気持ちいいよ。お前はどこで見ていたのさ。」

   「うん、俺はずっとずっと遠いところから見ていたのさ。
    顔はわからなかったけど、何となく母ちゃんじゃないかなと思ってね。そうか。やっぱり母ちゃんだったのか」

   やはり、宇宙船で見た未来のひとコマと、そして宇宙での体験は現実だったのだ。


            book 「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                          抜粋


私たちは神につながって生きている存在である

   母船は再びある星の上に停止した。
   やがてその星の大地が見え、自然の姿が映し出された。その自然の色はとても色鮮やかで、色彩が濃く、植物や花は大ぶりだった。蝶や蜂、その他多くの昆虫たちの体も大きく、色もあざやかでイキイキと感じられた。生き物たちが自然を謳歌しているようだ。そこには地球にいる生物だけでなく、見慣れない動物たちもたくさんいた。中でも、翼を持った馬が空中を飛んでいる姿には驚いてしまった。私にはそれらの馬が、英知を持っているように感じられた。クレオパが言った。

   「その通りで、彼らには英知が宿っています。
    そしてお互いに言葉で意識し合っているのですよ。」

   画像が斜面に移ると、そこには奇妙な姿の生命体がたくさん立ち並んでいた。
   その一つは動物と植物が一つに融合したような、植物の幹の上に人間の顔が乗っているような状態の生物であった。しかし彼らもまた神々(こうごう)しい顔をしており、英知があるように感じられた。クレオパが言った。 「彼らにも英知が宿っています。他の星にはこういう生命体はいませんね。」

   「彼らは言葉を話すのですか? 
    どうやって繁殖しているのでしょうか、立っているようにしか見えませんが」

   「彼らはテレパシーで意識し合っています。
    私たちは彼らのその使い方も参考にしたことがあります。この星は創造の神々が戯れたところなのでしょうね。ここには他の星には見られない奇妙な生物がたくさんいますよ。繁殖の方法は私たちにもよくわからないのですが、植物と動物の中間の働きによって繁殖を行なうようです。」

   「でもあれでは頭部が守れないと思うのですが、蚊や蛭(ひる)がたかって血を吸われたり、他の動物に食われたりしないのでしょうか?」

   「それが不思議なことに、彼らは何らかの毒性物質を持っているようで、血を吸う生物は近寄らないようです。でもよく見ると彼らにも肩があり、両脇に手のような枝のようなものがついていて、時々それで顔を払うのですよ。」

   その時突然、彼らがいっせいに歌を歌い始めたので、私はびっくりしてしまった。
   言葉はわからなかったが、これほどの素晴らしい合唱は聞いたことがなかった。そしてなぜか、彼らは私の訪問を喜んで合唱しているのだということがわかった。それは「あなたの訪問をみんなとても喜んでいます」という彼らの意識が、私の脳裏に入ってきたからであった。クレオパは「話しかけてみてください」と言った。私は、「彼らと話ができるのですか?」と言うと、「そうですよ、今は彼らの強いテレパシーによって意識が通じています」と言う。私は心の中で彼らに話しかけてみた。

   「こんにちは、始めまして。
    私は地球の剛史です。小さな人間です。先ほどは私を歓迎して合唱してくださりありがとうございます。とても素晴らしい合唱で感動しました。」 すぐに返事が脳裏に入ってきた。

   「いいえ、それほどでもありません。
    私たちは歌を歌うのが大好きで、歌が仕事にもなっています。朝、昼、晩と三度の合唱が日課で、その他必要を感じればいつでも合唱しています」

   私は思わず、無礼とも思われる質問をしてしまった。
   「あなた方はそれで、幸せなのですか?」 それには「動けないで歌ばかり歌っていて」という意味も含まれていた。

   「はい。動くことのできる者にとって、私たちの状態は不自由で不幸なように感じるようですが、私たちはそのようには感じておらず、歌うことに何よりも喜びを感じています。それが私たちの仕事であり、心の支えでもあります。剛史が私たちの姿を見て、奇妙な生物だと思っているのはわかっています。でもそれは偏見というものですよ。

   祖先から私たちの意識に伝えられていることによると、私たちを創ったのは気の遠くなるほど遠い他の銀河から来た、恐ろしいほどに発達した科学を持つ神に近い人間なのです。それはむしろ、神々に近い子孫と言ってもいいでしょう。その神々の子孫がこの星で戯れ、神々の実験によって私たちが創造されたのです。戯れのうちに創られたからか、気まぐれというか、奇妙というか、この星には他の星では見られないような変わった生物がたくさんいます。

   私たちの体の秘密は胴体にあります。
   根で吸い上げた養分や水を、血液に変換する仕組みが胴体に備わっており、その養分が植物体から動物体に変換されます。この器官組織が私たちの体に組み込まれたところに、私たちを創造した神々の偉大さがあり、それは他には真似のできない発明とも言えるものです。

   私たちは植物体でもあることから花が咲き、実もつけます。
   体は雌雄どちらでも自由になれるので、そのときの気候変動や状況に合わせて、自由に自分をコントロールできるシステムが遺伝子に組み込まれています。

   もっと進化した暁には、私たちも地から這い出し、あなた方と同じように地上を歩いているかもしれません。ただ、今の私たちは歌を歌うことが大好きで、それが仕事であり、日課であり、そのことに幸せを感じています。」

   「剛史はもう帰らなければならないようですね。それでは惜別の歌を歌ってあげましょう」そう言うと、彼らはまた素晴らしい合唱をしてくれた。「どうもありがとう、さようなら!」と言いながら、私は感動で涙があふれた。涙にむせびながら、なぜか自分にもわからず、「モーアイ!」と叫んで彼らに手を振った。それを見ていたクレオパが、「この星とのお別れの時が来ました」と告げ、母船を急いで急上昇させると自動操舵に切り替え、ホッとした顔になった。

   「これ以上は道草をしていられません。あとは地球へまっしぐらに飛びます。」

   母船は時々宇宙ジャンプをしながら、猛スピードで宇宙を航行した。
   そしてついに、地球が属する太陽系内に到達した。そこからややスピードを落として進むと、土星と木星が目立って見え、木星は大きくて土星はとても美しく見えた。私はクレオパに聞いた。「土星はなぜあのように帽子を被った状態なのですか?」

   「あれは星が出した宇宙の塵とガスが、土星の遠心力と引力にとらえられて輪となって一緒に回っているのです。土星の引力が赤道上に強く現れるために、あのような輪が形成されるのでしょう。土星のような輪を持つ星は太陽系の他にもたくさんあるのですよ。剛史が私たちの星を訪問し、いろんな星の種族を見てきたように、他の星や他の太陽系にはたくさんの生命体が存在しています。

   この銀河系においてさえ、生命の存在している惑星はおよそ2000億個あり、そのような銀河が宇宙には数え切れないほど存在しています。ですから宇宙というものが想像を絶する、果てしない大きさであることがうかがえるでしょう。

   神のような科学を持っていると剛史が思う私たちでさえ、まだ宇宙のほんの一部分しか知らないのです。宇宙とはそれほど広く、大きく、深く、厚く、また限りなく繊細で、膨大で、偉大な存在なのです。私たちが神の子として誕生して生きているように、宇宙はあらゆる生命を育み、活動しています。星には星の意識があり、太陽系には太陽系の、銀河系には銀河系の、そのまた銀河団には銀河団の意識があり、さらにそのうえにマクロな宇宙が存在しています。

   それは果てしがないように思えますが、そこには確かにれっきとした宇宙意志が存在しており、それが神の意識とも言えるものです。その意識に連なって、私たちが存在しているのです。ですから私たち人間は争いや競争、戦争のない『誰もが平等に平和に暮らせる社会』を目指さなければならないのですよ」


             book 「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋



知識よりも心のあり方を重要視する社会

   しばらくしてクレオパが、「核戦争によって生物が滅亡した「キロSX星」を参考のために見ておきましょう」と、母船をある星の上に停止させた。画面で星を拡大していくと都市の残骸が見えたが、辺りはほとんど荒涼とした砂漠と化しており、生物の姿は見えなかった。星全体がガスのようなもので覆われており、その不気味な静寂に、言い知れぬ悲しさが感じられた。

   「この星では、核戦争によって全都市が破壊されました。
    そして戦争を起こした種族だけでなく、その他のすべての生命も滅亡してしまったのです。今は強力な核の放射能によって覆われているので、危険でとても近づくことができません。もはやこの星の生態系は破壊され、もう生命の住めない死んだ星になってしまったのです。これから先、何千万年、何億年もの時間を経なければ元に戻ることはできないでしょう。しかし元に戻れないまま、星の終焉を迎える可能性もあります。

   彼らは最高の知的生命体であったはずなのに罪深いことをするものです。
   それは下等動物にも劣るような行為をして全体を駄目にしてしまうことで、それが知恵のある者のすることでしょうか。いったい何のために知恵ある存在にまで進化を遂げたのでしょうか。進化を遂げたのなら、「その上をめざして」努力しなければ意味がありません。「その上を目指す」とは、神の存在に近づくように努力し、進化を遂げていくことです。

   そのために私たちの社会や教育は、知識よりも心のあり方を重要視するのです。
   なぜなら心のあり方を変えれば、生き方が変わり、社会のあり方が変わることになり、自然に、犯罪や戦争のない社会が確立されていくのです。地球人類の社会になぜ犯罪や戦争が絶えないのか、考えてみてください。それは貨幣経済を基本とした社会が生み出す、限りなく、終わることのない競争社会であることが原因なのです。そこには子供たちが楽しんで学べない、競走と比較に追いまくられる学校制度に原因があるのです。

   この旅も最後に近づいているので、もう一度繰り返しておきます。
   地球人類が今よりも良い方向に進化を遂げていくためには、『愛の奉仕行動を基本とする社会』を立ち上げ、『弱い者ほど助け、足りない部分ほど補う社会』を構築しなければなりません。『愛の奉仕行動を基本とする社会』であれば、『人に恨まれることもなく、人を恨む必要のない社会』である『真の平和な社会』が確立されるのです。そのためには、もっと『他人を愛する心』を高めなければならないのです。さあ、ここに長居は無用です。早く立ち去りましょう」

   クレオパは母船を上昇させ、また自動操舵に切り替えた。
   画面には宇宙ジャンプで飛んでいく様子が続いた。「このへんで地球の一部の未来を剛史に見せておきましょう。右の画面を見ていてください」とクレオパが言うので画面を見ると、そこには地球が映っていた。日本列島がクローズアップされ、さらに楢山、そして私の家が見えてきた。季節は真夏の暑い盛りのようであった。

   画面には一人の農婦が見え、畑で野菜の手入れしているようだった。
   やがて農婦は仕事を終え、近くの小川へ向かった。よく見ると、それは私の母であった。あまりにリアルな映像に、私は思わず「母ちゃん!」と叫んだ。母は小川のそばで着物を脱ぎ、行水を始めた。それを、川から少し離れた所の木の上から見ている男がいた。

   私は思わず、「母ちゃん、早く着物を着てくれ!出歯亀がいるぞ!」と叫んでいた。
   だが私の声が聞こえるはずもなく、母は汗を洗い流しタオルで身体を拭くと、急いで着物を着た。そして籠に野菜を入れ、家路へ急ぐ足取りになって画面から消えた。その一部始終を見ていた樹上の男は私のよく知っている人物で、枝の葉陰からチラッ覗いた顔は、木登り上手の「のろさん」であった。

   「のろさん」は虚(うつ)ろな目をして、一生懸命何かシコシコやっているようだった。
   そして、「ウォー!」と一声唸ったかと思うと、次の瞬間、身体のバランスを失って頭から真っ逆さまに落ちてしまった。そして下にあった太い枝木にしたたか頭を打ち、「グェッ」とひと声上げると、ロープで宙吊りになったまま動かなくなってしまった。そこで画面は消えた。

   「あぁ、どうしたんだろう・・」

   「これは局所未来の映像です。
   これはある人物を通して見る、未来のあるポイントの映像です。これが現実であるかどうかがわかるためには、そのときのその瞬間まで待たなければならないでしょう。そのために剛史に、この場面をぜひ見せておく必要があったのですよ。」

   「今この母船は、地球に向かって航行中なんですよね。
    なのにこの中にいながら、地球の一部の未来が覗けるのですか。前に宇宙船ごと未来に行って、地球の一部の未来を覗かせてもらいましたが、今回は画面で未来の一部を覗いたのですね。いったいあなた方の科学はどうなっているのですか? 神の科学のようです。」

   「まさにその通りです。
   人間は神を目標に置いて、神に限りなく近づくように努力しなければならないのです。そうすることによってのみ、人類に真の平和の社会が築かれるのですよ。私たちが今日の科学に辿り着けたのは、自然を敬い、神を敬い、少しでも神に近づけるようにと敬虔に努力を積み重ねた結果なのです。それは心のあり方を重要視する人間を育てるための教育とそのような社会を志してきたことが「真の平和社会」を築くことにつながっているのです。

   それは日常生活において争いや戦争のない、「誰もが平等に平和に暮らせる社会」のことで、そのために地球の人々は民族や国家を超えて、人類全体が覚醒し、変革を遂げなければならない問題なのです。民族や国家にこだわっているうちは、「平和」など口にするのもおこがましい話なのです。

   残り時間が少ないので、剛史に印象付けたいと思って少し厳しい言い方になってしまいましたが、ごめんなさいね。さあ、時間がありません、先を急ぎましょう。もうひとつだけ、珍しい星を覗きますよ。」

        
             book 「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋



  

宇宙旅行とは光よりも速く飛ぶ技術

   クレオパは円盤型母船に自動操縦の指示を与えると、ひと息ついた様子で母船について説明してくれた。

   「この母船は常時5000人を収容する能力を備えています。
    今回はプレアデスの奉仕員や各専門家、エンジニア、指導員、一般の人々、子供たち、そして学者や他の星の住民など合わせて、総勢で4000人程度が乗船しています。生活のすべてはこの母船で賄えるシステムだということはもう知っていますね。

   自然のエネルギーを利用し、それぞれ必要な部署のために必要なエネルギーに調合し、また作り変えて最良のものを作り出して利用しています。シーサの母船もそうだったと思いますが、野菜や穀物、果物などを栽培できる人工農場や魚類の養殖池も備えられています。

   艦内の気圧も自動コントロールシステムです。
   私たちが眠っていてもちゃんと目的地まで飛び、知らせてくれます。それくらいでないと、重力で歪んだ空間や磁気嵐、電気嵐、ガス嵐、それに彗星による嵐など、さまざまな大宇宙に起きる現象をかいくぐって航行できないのです。

   母船は定期的に点検と補修を受けながら、地球人類の持つ単位で何万光年、何十万光年、何百万光年、何千万光年、何億万光年も、その役目を終えるまで飛び続けます。地球人類の科学では光がもっとも速く、それ以上のものはないという認識のようですが、プレアデスの基本的科学では、『光よりも速く進み、光よりも速く飛ぶ科学技術』が常識です。

   地球人の持つ単位では、光の速度Cは2,99793×10の8条m/secであり、光は1秒間におよそ30万キロメートルの距離を進みます。地球の天文単位で言えば、光が1年間に飛び続ける距離は1光年ですね。ということは私たちが属している銀河系の中でさえ、光と同じ速さで飛んでいたのでは、自分が生きている間に自分の故郷の星にさえ戻れないという事態になってしまいます。

   私たちが銀河系の星々を観察しながら何度も宇宙旅行をし、自分の母星に何度も往復しているという事実は、つまり私たちの宇宙船が
光よりも速く飛んでいるのをまさに証明しているわけです。光よりも速く飛ぶ科学技術を持たなければ、私たちの銀河系内だけであっても宇宙旅行はあり得ない話なのです。宇宙旅行は光よりも速く飛ぶ技術があって初めて可能であり、成り立つものだと言うことをよく理解し、認識しておいてください。それは人間の心のあり方や生き方にも影響するでしょう。

   私たちは『光よりも速く進み、光よりも速く飛ぶ科学技術』を、自然から学びました。
   この世のことも、あの世のことも、この世界のすべてのことの答えは自然の中に隠されているのです。私たちはその一つひとつを自然から教えられ、また自分たちで発見して、その結果今日のプレアデス科学に達し、それを確立することができました。今回は剛史に、他の知的存在の星も体験してもらう予定でしたが、残念ながらその時間がありません。でもなんとか2、3ヶ所くらいは覗けるかもしれません。その前にひとまず母船を案内しましょう。」

   私たちは自走機に乗り、艦内を走り回った。
   この円盤型巨大母船の直径は約2.5キロメートルあり、中心の一番高い所で最高600~800メートルくらいの高さがあり、母船全体は何十層の階にもなっている。各部屋の天井の高さは3メートルくらいで、ここでも壁全体が発光しており、円盤の中心には非常に太い柱が上から下まで通っていた。

   そして同時にそれが自然エネルギーを吸収し、有用なエネルギーや必要な物資に変える装置でもあり、母船の心臓部でもあるようだ。その中心から十字型に巨大通路があり、30~50メートルおきに輪状に、約10メートル幅の通路があるために艦内を自在に回ることができる。部屋と設備はほとんど、葉巻型母船と同じであった。

   再び私たちは、司令室の操縦席に戻った。
   画面には母船が瞬間移動をしている様子が映し出されていた。宇宙ジャンプをしながら進んでいるようだ。通常の航行の時は、母船を表示する点が航跡を残して進んでいくのでスピードがよくわかるが、宇宙ジャンプをして光よりも速く飛んでいるときは、母船の点がピッ、ピッと瞬間的に移動して宇宙マップの中の星の位置が目まぐるしく変わっていく。宇宙船から見た方向が激しく変わるからだろう。宇宙ジャンプで飛んだときは一瞬、何かをかいくぐるような感覚がある。

   クレオパが、「これからSRX星を少し覗いてみましょう」と言って、母船の運動を緩めると、ある星の上で停止させた。「この星は爬虫類から知的生命体に進化した星です」と説明された。クレオパが母船に指示を与えると、画面に映っていた星がどんどん拡大し、やがて地上の都市らしきものが見え始めた。

   そこにはお椀を伏せたような建物が点在しており、そこから人間らしき生命体が出入りしているのが映し出された。ある一組のカップルにズームアップされると、顔や姿がはっきり見えた。二人は向き合って話し合っている様子だが、奇妙なことにお互いが舌を出し合い、ペロペロとなめあっていた。肌には鱗(うろこ)状のものが見えた。

   「舌を出して舐めあうのはSRX星人の日常の挨拶です。
   親しい者同士が会ったときはすぐに舌を出して舐めあうのですよ。お互いの気持ちを確認し合っているのでしょう。服装はシンプルで、男女とも上は半袖、下は膝までのタイツ風の服を着けるのが日常で、行事によって違った服装をするようです。

   彼らの成長はとても早く、1年から2年で親離れします。
   3年間でさまざまな教育を受けて大人となり、社会で一人前に扱われて仕事に従事します。平均寿命は50歳くらいですが、地球人が20年で大人扱いされるのに比べると、4年で大人として活動するSRX星人のほうが、活動期間ははるかに長いですね。」

   「彼らは言葉を持っているのですか? 
    また乗り物や何か通信手段を持っているのですか?」

   「はい、持っているようです。
    SRX星人は電気を利用するのが上手で、あらゆることに電気を利用しています。地球では石油で稼動するものが多いために公害が起きていますが、彼らは公害を出さない社会を確立しています。丸いものが沢山動いているのが見えますか? あれが地上の乗り物です。また空中にも丸いものが飛んでいますが、あれは宇宙船に似た乗り物です。プレアデスのもののように光より速く飛ぶことはできませんが、音速の何倍かで飛べるようです。

   また彼らはクリーンエネルギーに徹しているので、平均寿命も除々に延びていくでしょう。彼らも言語を持っており、電気と電波を利用した通信手段も持っています。またテレパシーによる通信手段も開発し、普及しつつあります。

   SRX星人は母系家族で、一夫一婦制ではありません。
   子供が4年で独り立ちすると父親である男性は去り、母親は又新しい男性を捜すのです。そしてお互いに愛が芽生えれば、母親はまた子作りをします。その点においてはとても進歩した社会体系が確立しているようです。

   男性も女性もお互いに、一人の人間に縛られないということはとても素晴らしいことだと思います。地球人類のように夫婦の愛憎や肉親、親子の愛憎から、殺し合いが演じられることのない、とてもサバサバした母系社会のようです。これは種による進化した社会体系と言えるものでしょう。その星によって見習うべきものはあるものですね。

   この星でも子供たちの教育は集団教育です。
   義務教育を3年間で終了するというのも、とても進歩した教育方法をとっているからでしょう。クリーンエネルギーの観点から見ると、この星は地球人類よりも良い方向に進化していると言えます。さあ、あまり時間がないので長居はできません、彼らに気づかれないうちに立ち去りましょう。」

   クレオパが母船を自動操縦に切り替えると、再び母船はジャンプしながら進んでいった。私には、SRX星人の舐めあう赤紫の舌が、なぜか強烈な印象として残った。


             book 「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋

アジア人モンゴロイド系人種は宇宙に多く存在する

   宇宙空港が近づくにつれ、円盤型や葉巻型、芋虫型の母船がたくさん並んでいるのが見えてきて壮観な眺めになってきた。宇宙大使は言った、「これから空港へ降ります。よく見ていてください。来るときは葉巻型母船で来ましたが、帰りは円盤型母船で送り届けます」

   小型宇宙船は宇宙空港ターミナルビルの屋上駐機場へ降り立った。
   そこには市長のアーサや、来るときの葉巻型母船の船長、それにそのとき一緒だった他の3人が待っていてくれて、「剛史、お帰りなさい」とみんなで迎えてくれた。アーサが言った、「剛史はもう帰らなければなりません。さあ、急いで司令室へ行きましょう」

   まもなく司令室に着くと、アーサが中央の画面を見るように言った。
   彼女が画面に向かって何か指示を出すと、画面に突然、宇宙の光景が現れた。そして天の川銀河や満天の星々、太陽系の惑星、そして地球、日本、東北とクローズアップされていき、最後に私の故郷が映し出された。映像には、私の家族や村人が総出で私を捜している場面が映った。私はそれを見て思わず方弁が出てしまった。

   「うわあ、これはたいへんだじゃ!
   俺はちゃんとここにいるのに。早く帰ってやらなきゃなんなかべぇ」

   「今回、剛史に許された時間はこれまでですね。
   私たちは急いで剛史を地球まで送り届けます。本当によく私たちに付き合ってくれましたね。心から感謝します。そのご褒美(ほうび)と言っては何ですが、ひとつだけ夢をかなえてあげましょう。剛史がこうしたいという希望があったら、一つだけ言ってください。できるだけその希望がかなうように私たちが応援し、努力しましょう。希望を一つだけ言ってください、一つだけですよ」

   「一つだけと言われると迷いますね。
   金持ちになりたい、世界中を旅行したい、左手が欲しい、何でも欲しいものを手に入れられる人間になりたい、学者になりたい、政治家になりたい、人を助けられる人間になりたい、本をたくさん読みたい・・・、あぁ、たくさんあって困りますね。一つだけとなるとありすぎるなぁ」

   「そう欲張らないで、当面こうなりたいとか、ああしてみたいとか、身近な希望を一つだけ言ってください。地球人の強欲さには際限がないのを私たちはよく知っていますから、身近なものを一つだけ言うほうがいいでしょう」

   「身近なもの、身近なもの・・・そうだ、日本で一番大きい都市で思いっきり楽しい生活をしてみたいですね。東京で生活してみたいですね」

   「東京で生活してみたいのですか。
   いいでしょう、剛史にはきっといい経験になるでしょう。希望がかなうように私たちが努力しましょう。きっと剛史は、東京から何かを得られるでしょうね」

   アーサが、「これから乗る母船の船長のクレオパです」と彼女を紹介してくれた。
   彼女は、「剛史のことは前から大体知っていますよ」と言って、ニッコリ笑った。

   「プレアデスではどこへ行ってもそう言われます。
   地球では名前を知られていない僕なのに、プレアデスでは意外と人気があるみたいだけど、本当にどうなってるんだろう、わけがわからない」

   アーサや来るときの葉巻型母船の船長とは、ここでお別れだった。
   私は、「さようなら。お世話になりました。どうもありがとうございました」と丁寧にあいさつし、つい涙ぐんで別れの握手を求めると、彼らは、「また会えるでしょう、剛史の気持ち次第でね。だから悲しむことはないのですよ」と言った。

   自走機にはクレオパ、宇宙大使、他の3人がすでに乗り込んで私を待っていたので急いで乗った。「さようなら!」と手を振ると、アーサとシーサも、「さようなら! また来るのですよ!」と手を振ってくれた。

   自走機でしばらく走り、1階まで降り、円盤型の巨大母船までまっすぐ伸びた通路を向かうと、自走機にいるクレオパが前の母船に指示を与えた。すると驚くことに母船の下から口が開いて傾斜通路が降りて来て、自走機とピッタリつながった。そして私たちは自走機に乗ったまま、巨大母船に搭乗したのであった。

   母船のステーションホームに降り立つと、私たちと同じような人々が、次から次へと自走機でやってきたところだった。彼らはさまざまな星から来たさまざまな人種のようで、多彩な顔と体形をしていた。私たちはホールで休憩したが、ここもたくさんの星の人々と人種でいっぱいだった。

   空いたテーブルを見つけて陣取ると、私を残して他の人たちは飲み物を取りにいった。
   周囲には明らかに地球人と思われる顔が見かけられた。中にはアジア系やアフリカ系、ヨーロッパ系、ロシア、アメリカ、ラテン系など、さまざまな人種の顔が異性人に混じって談笑していて、明らかに日本人と思われる者もいた。ここへ来るときの葉巻型母船内でもそうだったが、自分以外にも日本人が来ているのかもしれないと思った。

   やがて彼らが飲み物を手に戻ってきた。
   クレオパはグラスを私に差し出し、隣に座った。そして言った、「剛史、どうぞこれを飲んでください。さっき、剛史が思ったことはその通りなのですよ」

   「えっ、何のことですか?」

   「この母船には地球人は剛史だけではないということです。
   そしてまた地球人と同じ系統の種は、他の星にもたくさんあるということです。つまりモンゴロイド系の人々は他の星にもたくさん存在しているのです。たしか今回はもう一人、M・M氏が乗っていると思います。」

   「うわぁ、僕の心を読んでいたのですか、かなわないなぁ」

   クレオパは笑い、全員が着席するのを見て言った、「剛史を無事、地球まで送り届けられますように、天に祈って乾杯しましょう。剛史の幸運を祈って、乾杯!」

   クレオパは急いで、「もう出発しなければならない時間が迫っています。急いで司令室へ行きましょう」と言うと席を立ち、私たちについてくるようにうながした。そこから自走機に乗り、展望室兼司令室兼運転室に到着した。クレオパが操縦席へ、宇宙大使が左側、私が右側の助手席に座った。「さあ、動かしますよ。よく見ていてください」と言うと、クレオパは母船に頭脳で指示を与えた。

   すると母船は少し揺れながら動き、ゆっくりと上昇し始めた。
   そして宇宙空港の指令センターの展望室兼司令室の高さで止まり、ホバリングした。すると指令センターの展望室から、アーサとシーサが一生懸命手を振っているのが見えた。私は「さようなら、ありがとうございました!」と心でつぶやき、大きく手を振って応えた。急に涙が溢れてきてどうしようもなかった。その時私の頭の中に、アーサの声が強烈に入ってきた。

   「剛史、なぜ泣くのです。剛史の得がたい旅がこれから始まろうというのですよ。めでたい門出の日ではありませんか、笑顔で笑って帰るようにしてください。剛史の気持ち次第でいつでも私たちと会えるのですよ。さあ、笑って、笑って!」

   私は「どうもありがとう!」と心で叫び、笑顔を作って「さようなら、アーサ」と呼びかけた。それを聞いたクレオパは、「さあ、出発」と母船に指示を与えた。母船は少しずつ上昇し、スピードを上げた。


             book「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                          抜粋

存在するすべての物に意識や感情、心がある

   「地球の学校では、暗記力に頼り、成績主義を押し付けられ、義務教育時代から競争させられて生徒たちはいつも四苦八苦です。試験のたびにビクビクしていますから、伸び伸びと楽しんで学ぶことを知らないで育ちます。それに比べるとプレアデスの子供たちは楽しみながら学べて試験もなく、社会奉仕が身につく学習なんて素晴らしいですね。ところで体育の時間はないのですか?」

   「もちろん、ありますよ。
   特に伸び盛りの子供たちには運動が必要ですからね。また自分の好きな運動をすることで、ストレスの発散や解消につながります。」

   やがて大きな体育館に着いた。
   ここは子供から大人まで楽しめるスポーツセンターだという。

   「子供たちは自分の好きな運動やスポーツをします。
   また我々の社会には地球のように、スポーツにおいてプロとアマチュアの区別がありません。それはプレアデスには貨幣経済がないので、プロスポーツが一切存在しないからです。スポーツや運動は子供たちの成長を促すためのものであり、大人にとってはストレス発散と健康維持のためのものです。我々は苛酷な練習はしません。地球人のように極限を超える肉体の訓練は、その時は鍛えられたように感じられても、肉体の部分を消耗しているので、後で後遺症が出ることになります。

   また地球の学校の先生は、生徒たちにとって怖い存在のようですが、我々の学校の指導員はあらゆる面において指導を行なう、生徒たちの良き相談役でもあります。それはある意味で親よりも親密な相談者であり、生徒たちに好かれる存在です。」

   しばらく歩いて、あるホールに着いた。
   そこでは60人くらいの生徒たちが思い思いの楽器を手にし、輪になって演奏に夢中になっていた。

   「ここは音楽堂です。
   今、さまざまな楽器を使って、誰かが作曲したものをみんなで演奏しているところです。私たちの音楽は心を表現し、心を歌い、心身を癒すためのものなのです。ですから音楽で病気を治すこともできます。心を歌うとは、それは個人のことに限定されません。私たちが考える「心」とは、ありとあらゆるすべての「物の心」のことです。それは神、宇宙、星々、自然界のありとあらゆるものから未来創造、過去からつながる宇宙の源、つまり人間にかかわるすべてのものであり、それらすべての心のことです。

   私たちは、存在するすべてのものに意識や感情、心があると認識しています。
   そして私たちの脳は今では、一つの石ころの感情さえも感じ取れるほどに進化を遂げました。それは私たちが常に心のあり方を第一と考え、最重要と考え、それにしたがって行動してきた証(あかし)でもあります。それはつまり、神の目的にかなった行動をしてきた証です。人間の個人的欲望を捨て、『他人を愛する愛』を高めていったことで、『愛の奉仕行動を基本とする社会』を構築することができたのです。そして私たちの進化は科学の発展とともに加速していきました。

   しかし私たちは、宇宙に生きる人間の中で一番発達し、進化した知的生命体ではありません。この大宇宙の中には、私たちよりもはるかに進化した知的存在がたくさん存在しています。それは神に近い存在であると言ってもいいでしょう。彼らはもはや肉体の存在を必要としない生活を送っており、必要なときにだけ私たちのレベルにまで降りてきて、私たちに姿を現してくれるのです。」

   音楽堂にはたくさんのパネルがあり、その画面は音によってさまざまに画像が変化していた。グラフ状だったり、たくさんの点滅や、さまざまな形や色に変化したりしており、その音楽の感情とでも言えるものがビジュアルで表現されるようだった。圧巻は中央のパネルで、そこでは音楽を聴いている人が音楽のテーマに溶け込んで、パネル上の人物になってしまうのだ。たとえば宇宙を表現した音楽なら、その音楽の表現する宇宙へ入り込み、実際に宇宙遊泳しているような感情を体験できるのである。音楽と聞いている人の想像力、感情が一つになり、中央のパネル上に現れるという不思議な音楽堂なのだ。私が音楽に酔っていると、パトリヤが言った。

   「剛史、もう時間がありません。
   帰らなければならない時間が迫っています。すぐここを出発しましょう」

   私は立ち上がり、離れたところで演奏していた生徒たちに向かい、
   「みなさん、今日は私のために素晴らしい音楽をありがとう。私はこの体験を生涯忘れないでしょう。みなさんのしあわせを祈ります、さようなら!」と心の中で声をかけて、右手を大きく振った。すると私の心が届いたようで中央のパネルに日本語で、「私たちは剛史の成功を祈っています。さようなら、また会えるといいですね」と大きな字幕が流れた。私は字幕に向かい、「どうもありがとう」と一礼し、急いでパトリヤと宇宙大使の後に続いた。宇宙大使が言った。

   「剛史の母船に乗る時間がきました。
   家族や村の人たちが総出で剛史を探している、と指令センターのほうから情報が入ったのです。すぐ小型宇宙船に乗り換えてアクーナの都市を出発しなければなりません。まだまだ見せたい施設はあるのですが、今回はもう時間がありません。またいつか、機会を作って宇宙旅行をしましょう。次回のためにとっておくのも、人生の楽しみというものです。」

   自走機に乗ってステーションへ着くと、私はパトリヤに別れの挨拶をし、宇宙大使と小型円盤に乗り込んだ。アクーナの都市から飛び出して海上に出ると、円盤は大空へ飛び立った。

   「宇宙は、自然は素晴らしいですね。神の偉大さが肌に伝わってくる感じです。」

   「そうでしょう。私も宇宙旅行をするたびにそれが肌に感じられて、この世界に生まれて来たことに喜びを感じます。さあ、これから首都アーラに向かいます。母船が我々を待っているでしょう。」

   「あなた方が宇宙人と呼ぶに相応しい生活をしているのに、それに比べたら地球人は幼くて、本当に恥ずかしく思います」

   「悲観しないでください。
   我々の星や生命が、ただ地球よりも誕生するのが少しばかり早かったというだけなのですよ。地球と地球人類にとってこれからが大事な時で、地球人類はその大事な時期をクリアーできるかどうかの瀬戸際に立たされています。

   地球人にはこんな言葉がありますね。「いくら親がああしろ、こうしろと言っても、子供が言うことを聞かなければどうにもできない」。まさにこれと同じで、我々が一生懸命地球人類にアドバイスしても、それをどう捉え、どう感じ、どう判断するかはあなた方の心にあるのです。それ以上の関与は我々にはできません。

   人間は物事を正しく捉えられるように本性を正しく磨き、真理を探究し、正しい方向へ向かわなければなりません。それは誰かがどうにかしてくれるかの問題ではないのです。地球人は地球人の判断で、正しい方向へ進まなければなりません。、滅亡へ向かってひた走るのか、それとも神の方向へ向かって正しく進むのか、地球人はよく考えて行動しなければならないでしょう。さあ、首都アーラに近づいたようです。画面を見てください。」

   画面に映る輝きは、都市全体が夕陽に反射して宝石のように輝く姿であった。
   宇宙船はその輝きに向かって突っ込んで行く。「なんて美しいんだろう・・・」と絶句してしまった。宇宙大使は、「たまらない美しさでしょう。私もこの美しさが一番好きなのです。この景色をぜひ剛史にも一度見せておきたかったのですよ。」

   「これから宇宙空港へ向かいます。
   そこからまた母船に乗り、地球へ向かいます。一刻も早く剛史を無事に送り届けねばなりません。今回は駆け足の旅で剛史にとって大変な宇宙旅行だったと思います。今回は本当にハードなスケジュールなのに、私によく付き合ってくれましたね。心から感謝します。」


             book 「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋

科学とは魂の進化とともに発展すべきものである

   「うらやましいですね。僕もこういう学校で学んでみたいものです。」と言うと、パトリヤは答えて言った。

   「地球人は学問的知識覚えるのに、もっぱら暗記力に頼っているようですが、我々はそのような苦労はしません。先ほども言いましたが、我々は覚えるために脳に記憶を植え付け、知識を脳にレコーディングします。それは年齢別にレコーディングの種類や量が決められており、そのために図書館には、あらゆる分野の知識が詰まったチップが揃えられています。

   そのチップをレコーディングマシーンにセットしてその知識を脳に流し込むだけで、物理なら物理の知識が記憶されます。剛史もこちらで体験したと思いますが、実際にその現場に行ったのと同じような生の記録として脳に刻まれていきます。

   我々の科学では、人間の脳の記憶を消すことも、同じく記憶を与えることも自由に行なうことが可能です。人間は一人一人に個性があり、性質が異なりますから、年齢とともにだんだん自分の得意分野がわかってくるようになります。そしてやがて、普通過程をこなしながら、自分が得意な分野をより深く学ぶことで、将来はその分野において社会で奉仕をすることになります。また得意分野には飛び級があり、自分の能力に合わせて進んでいくこともできます。

   このようにプレアデスの子供たちにとって、勉強とはとても楽しいことなのです。
   学校や勉強は楽しめなければ能率も上がらず、せっかくの時間がムダになってしまいます。この画期的な科学的教育法により、我々の文明は加速度的に進化することができました。それは「一つの命」が発展していくための時間が伸びたということで、まさにそれは、医学と科学が自然を解明することで手にした結果の現れなのです。」

   「地球人から見たら夢の科学ですね」

   「地球人類も心のあり方について意識を高めていくことができれば、いずれは我々の到達しているレベルまで進化が進むことでしょう。これまで我々の仲間たちがいろんな場所で説明したと思いますが、隣人を愛し、他人への愛を最重要と考え、助け合い、協力し、奉仕する社会を打ち立てればよいのです。

   なぜならすべての分野はつながっているからです。
   その第一歩として、地球人類は今ある貨幣経済が生み出している競争社会から、一刻も早く脱却しなければなりません。さあ、次は7歳児の5年生の教室を見学しましょう」

   パトリヤの後について5年生の教室にそっと入ると、子供たちはやはりレコーディングマシンをかぶり、前の画面を見ていた。私たちが後ろの席に座ると、パトリヤが、「これを頭につけてください」と言って、同じものを渡された。私はそれを頭に装着してみると、そのとたん、頭の中に宇宙の知識がどんどん入ってきたのである。それは脳に心地よく染み込むような感覚であった。

   そして前の画面にはやがて地球が映し出された。
   さらにクローズアップされて日本列島が映り、さらに東北地方から私の住んでいる村、そしてなんと、私の家まで映ったので仰天してしまった。祖父母や母はもちろん、弟や妹たちが庭で遊んでいる姿までがリアルな映像で現れた。私はここから呼んだら聞こえるのではないかという錯覚に陥り、思わず弟たちに向かって、「おーい!」と呼びかけたほどであった。

   この映像を見たせいか、急に地球が恋しく感じられた。
   そして映像は別の星の旅へと変わった。さまざまな星に生きる生物たちを見た。それらは爬虫類や魚類、鳥類、昆虫などから知恵を持つ人間へと進化した生命体などであった。それらがひと通り終わった時、子供たちがレコーディングマシーンを頭からはずし、私たちのいる後ろのほうへ向き、いっせいに言った。

   「地球の剛史だ! こんにちわ!
   私たちの学校を見学に来たのですね。遠いところからよくおいでくださいました!」

   初めて会った子供たちが流暢な日本語で挨拶したので、私は驚いてしまった。

   「みなさん、こんにちわ。
   歓迎してくれてどうもありがとう。みなさんは日本語がうまいですが、どこで覚えたのですか?」 彼らはいっせいに言った。

   「レコーディングマシーンで覚えたのです。
   私たちはみんなこれで知識を蓄えるのですよ。」

   「みなさんは今僕と初めて会ったのに僕を知っているようだけど、どうしてかな?」

   「私たちはレコーディングマシーンでなんでも知ることができるので、これを使えばわからないことはありません。わからないとすれば、この宇宙を創造した神様がどこから来たのかということぐらいです。それに私たちの脳は地球人と違って、近くにいる人の意識が伝わってきてわかるので、だから剛史が地球から来たことがすぐにわかったのです。

   私たちの脳は魂の進化によって、受信や発信が出来る便利な脳に発達しています。
   そのおかげで、意識と意識によるテレパシーの会話ができるほどに脳が発達しました。それで私たちは神のほうに向かい、神に近づくように進化を続けています。」

   このような子供らしからぬ説明を、彼らはまるで単なる日常会話でもしているように話した。私はこんな小さな子供たちが、地球の大人以上の認識で話すことを聞きながら、プレアデス人の進化のレベルは半端(はんぱ)ではないと感じた。

   「地球人とプレアデス人との進化の差は何百万年、何千万年、あるいは何億年の違いがあるかもしれませんね。本当にプレアデスの社会は素晴らしいと思います。私たち地球人も早く、プレアデスの科学と社会にまで到達できるようになりたいものです。

   ところで一つ疑問があるのですが、プレアデスはあらゆる面で地球人よりも遥かに進歩した科学や社会を構築しているのに、なぜ地球人に対しておおっぴらでなく、隠れたような付き合い方をするのですか? もっと堂々と国の要人にアプローチしたらどうなのでしょうか? 私のような力のない個人に接触しても得るところはないと思うし、プレアデス人は地球人にもっとオープンになってもいいと思うのですが。」

   この質問にはパトリヤが答えた。
   「剛史の疑問と考えはもっともだと思います。
   実は我々が調査したところによると、現在の地球人はあまりにも攻撃的で、非常に疑い深いということがわかっています。ですからそのようであれば、とうてい我々を受け入れることはできず、しかも大国の要人だけでなく、ほとんどの国の要人や科学者であればあるほど受け入れることができないのです。

   仮に剛史が言うように、地球の政府の要人に我々が接触すると、彼らは我々をどこかに監禁し、我々の宇宙船や他の機械を没収してしまうでしょう。そしてプレアデスの科学を自分たちのものにしようとして、その機械を分析し、破壊してしまうでしょう。そして我々自身も隔離して何らかの実験材料に使うでしょう。それらのことははすでに起きていることなのです。

   ですからまだ地球人類には、我々プレアデスの科学は与えられないのです。
   もし地球のどこかの国にプレアデスの科学が与えられたすると、その国はその科学を、他の国を征服し、支配するために使うでしょう。つまり地球人はまだ、我々の科学を戦争の道具としてしか使うことができないのです。

   地球人類の競争と争い、戦争の絶えない社会には、とうてい我々の科学は与えることができません。もし地球人類がプレアデスの科学を手に入れたいのであれば、まず心のあり方と人間の生き方、そして社会のあり方を変えなければなりません。

   地球人類は、『助け合い、協力、奉仕が基本となる社会』を形成しなければなりません。
   それは、『他人を愛し、奉仕を基本とする社会』のことです。人間は知識を得ることも必要ですが、それ以上に『心のあり方』が重要なのです。その心のあり方において、地球人はあまりにも幼稚でありすぎると言わなければなりません。ですから我々は地球人に対してアドバイスはしても、科学的な知識を与えることはしません。

   地球人が我々のアドバイスにしたがって魂の進化を遂げることで、争いや戦争、競争のない社会を構築できたとき、我々は初めて安心して心から地球人と交流し、我々の科学の一部を地球人に与えるでしょう。科学というものは魂の進化とともに発展すべきもので、科学だけが発展することは自然の掟に反することだからです。地球人が魂の進化を遂げられるかどうかは、まさにこれからの地球人の心のあり方にかかっています。

   かつて高度に発達した文明を持ちながら、しかしその魂の進化を推し進めることができず、その結果自らの星を人が住めないほどにまで汚染し、破壊し、星の崩壊とともに自ら滅亡していった例は宇宙にもたくさん存在します。地球人類は我々のアドバイスの中から、また自分たちがこれまで経験してきたことの中から、気がつき学んだことによって自分の心を改め、神の方向に向けて進化し、発展していくように努力しなければならないのです。

   心のあり方を変えることによって生き方が変わり、そのようにして社会のあり方が徐々に変わっていくでしょう。まず、一人ひとりの人間が行動を起こさなければなりません。その行動とは、『助け合い、協力、奉仕』であり、『愛の奉仕行動を基本とする社会』を構築することなのです。」


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                         抜粋したもの

他人を愛するように育てられる子供たち

   私は気になっていたことを質問してみた。
   「子供たちが見当たらないようですが、どうしたのでしょうか? アクーナには子供たちがいないのですか?」

   「そんなことはありません。
   あなた方地球人が学校と呼んでいるところに、私たちの子供たちもちゃんといます。プレアデスの社会では、子供たちの教育は集団生活を通して行なわれます。それは日常生活から学ばせ、自分の考えで何でもできるように育てることが目的なのです。そして親も自分の子供を学校で集団生活させることによって、安心して社会への奉仕ができるのです。」

   「ここには身体や脳に障害があったり、身体の神経系に異常があって体の自由がきかなかったり、集団生活についていけなかったりという子供はいないのですか?」

   「そうですね。私たちの医学は非常に進歩しているので、障害児は生まれてこないようになっています。つまり妊娠の初期の段階で異常がある場合はすべてわかるので、その場合には胎内で人の形になる前段階の卵のうちに分離して消去されます。なぜならその卵子と精子の結びつきは、正しい結びつきではなかったからです。

   この他にも妊娠の中期段階においても医学的な施しが完璧に行なわれ、障害児の生まれない対策がとられています。地球人はこれを人間性を欠いた冷たいシステムと考えるかもしれませんが、これはむしろ逆であり、それは人間であればこその賢明な選択なのです。

   なぜなら、重い障害を持って生まれてきた場合、多くの場合本人は「生まれてこないほうがよかった」という苦しみを背負い、それを生涯にわたって背負って生きなければなりません。そして親兄弟に大きな負担をかけるだけで終わっていく生命にもなります。

   そういう命であることがわかっている場合、妊娠初期及び中期の段階でその苦しみを取り去るほうが、人道的な施しになるのです。地球人類はこのようなことを、人道的でなくモラルに欠ける行為として問題視し、騒ぐでしょうが、プレアデスの社会においてはごく当たり前の選択なのです。

   そういうことをモラルがどうのこうのと騒ぎ立てる地球人ですが、一方でいとも簡単に人を殺し、しかも限りなく争いや戦争を繰り返すことのほうが、まさに地球人のモラルが問われるべき問題ではないでしょうか。そのようなモラルのあり方こそが、地球人の進化や発展を妨げている要因でもあるのです。」

   「障害児が生まれてこないのは素晴らしいと思いますが、生まれた後に何かの事情やショックによって障害者になる人はいないのですか? たとえば僕のように、突然の事故で左腕を失くすような人がいると思うのですが。」

   「もちろん、プレアデスでも後天的に身体に障害を負い、手足を失う場合はあります。でもほとんど、もとに戻ります。部分によっては元通りに成長するまでには、少し時間がかかる場合がありますが、それはその人の細胞を利用して、失った部分を成長させる方法なのです。またその知識は、トカゲの尻尾を切ってもまたしばらくすると尻尾がちゃんと伸びてくることや、蟹や海老が手足を切られても、しばらくすると再び生えてくることからヒントを得て、医学に応用したのです。

   生命に関することは、すべてにおいて自然界にヒントが隠されているのです。私たちはそのために自然界の生命の在りかたについて解明し、それを人間の生命にも応用できるように、日夜研究を重ねているのです。では、子供たちが集団生活をしている学校を見学に行きましょう。」

   私たちは自走機で海底都市を走って学校へ行った。
   校長のパトリヤは、「今日は剛史に会えて本当にうれしく思います。では、早速学校を案内しましょう」と言った。説明によると、プレアデスの学校も地球と同じように、年齢によってクラス分けがされているようで、3歳から15歳までが13段階に分けられ、16歳以上からは専門の研究クラスとなる。そして8歳からは社会への奉仕が義務づけられており、学校内の日常生活において教育の行程が組まれているという。

   「我々は、『子供たちはプレアデス全体の宝である』というように捉えています。
   ですから地球人のように、我が子だけを大事にするというような扱いはしないのです。なぜなら自分の子供も他人の子供も皆同じように大切だからです。また子供たちに集団生活をさせるのには訳があります。それは小さい子供のうちから、社会全体への愛の奉仕行動を植えつけるためと責任感を持たせるため、そして社会における自分の存在感について意識を持たせるためです。

   ですから子供たちが学校を卒業する頃には、プレアデスの永遠の精神となっている「助け合い」や「協力」「奉仕の精神」が心に芽吹き、それぞれの得意分野において社会奉仕が発揮されるようになります。3歳から6歳までは指導員と上級生が絶えずつきそって面倒を見ますが、7歳からは自分の意思で行動していかなければならず、指導員や上級生カからアドバイスされながら、学業や日常生活をこなします。

   離れて生活しているので親子の縁が薄くなるとか、愛情がなくなるということはなく、むしろその逆で、親子の愛情は前にも増して強くなっていきます。地球人のように、いつまでも親離れ、子離れができなかったり、親兄弟が憎しみあって殺傷するような事件が起きるといったことはありません。」

   「集団生活についていけない子供はいないのですか?
   たとえば勉強についていけないとか、一緒に日常生活をこなせないとか、仲間はずれにされたり、いじめられたりすることはないのですか?」

   「地球で生活していた剛史からすると、それはもっともな質問ですね。
   しかしここでは仲間はずれや苛めはありません。みんなで何かを成し遂げるというのがプレアデスの社会であり、永遠の精神なのです。ではクラス別に子供たちを見て回りましょう。」

   パトリヤが先に歩き出し、私と宇宙大使について来るように促した。
   やがて一つの教室に静かに入りながら、「1年生で3歳児の教室です。今、全員に知識を植え付けているところです。」と言った。小さな子供たちは頭にヘルメット状のものを装着し、前の画面を見ながら勉強していた。「こんな小さなうちから無理に詰め込んだら、精神異常にならないでしょうか?」と言うと、パトリヤは笑いながら答えた。

   「いいえ、大丈夫です。
   私たちの教育法は長年の研究により、そうならないように年齢に合ったプログラムが組まれていて、子供たちが楽しみながら自然に知識を身につけられるようになっているのです。1日、1週間、1ヶ月、1年とカリキュラムが無理なく組まれており、特に学問的な知識以上に、心の問題のほうが重要視されています。学問的な知識は年齢に応じて脳の記憶にレコーディングできますが、心の問題については体験を通して身につけさせていくのが一番です。

   そのために日常のいろんなことを体験させるために、学業の中に奉仕を義務づけています。それは隣人を愛し、他人を愛する重要性を教え、助け合い、協力し、奉仕の心が知らず知らずのうちに身に染み込むようにさせていきます。これらは13年の行程で完璧に仕上がるようになっており、プレアデス人の精神が揺るぎなく息づいていくのです。」

   「学校に入ったら、卒業するまで家へは戻れないのですか? 親子は会えないのですか?」

   「いいえ、月に一度は家に帰ることができますし、必要に応じていつでも会うことができます。ただ学校は子供たちにとってとても楽しいところなので、彼らは家へ帰っても、すぐ友達の居る学校へ戻りたがるのです。地球人の学校と我々の学校とでは、教育課程と環境において大きな違いがありますね。地球人の子供たちにとって学校とは「自分に苦痛を与えるところ」でしょうが、プレアデスの子供たちにとっては、学校は「自分の家にいるより楽しいところ」なのです。つまり環境もよくて、友達がたくさんいて、楽しい体験ができて、指導員や上級生たちのもとで学べるからです。」


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                         抜粋したもの


   

人を責めるより自分が進んで責任をとる社会

   しかし私はある疑問が浮かび、パールリに聞いてみた。

   「争いや戦争がいけないというのはわかります。
   聖戦というものはないということもわかります。しかしよその国から攻撃されたらどうなのでしょうか? それでも黙って相手のなすがままになっているしかないのでしょうか? 相手から暴力を振るわれた時、ただ黙って耐え忍ぶというのでしょうか? それでは国が滅びてしまうし、国民は傷つき、場合によっては殺されてしまうこともあります。それでも黙って手を出すなと言うのでしょうか? 

   それからプレアデスでは動物を屠殺(とさつ)しないということですが、海の魚は養殖して食糧にしていますね。なぜ動物を食糧にするのは悪くて、海の魚がいいのか、その違いを教えてください。」

   「最初の質問ですが、私たちの社会には人を攻撃する人は誰もいません。
   またプレアデス星は地球よりも大きくて、さまざまな星からの人種も数種類存在しますが、国境がありませんからよその国から攻められるということはありません。それに人に嫌がらせをしたり、攻撃するようなことも一切ありません。

   しかし地球人の社会では人に責任をなすりつけ、自分は責任を逃れようとする風潮が強いようですが、私たちの社会では、他人を傷つけるくらいなら自分が傷つき犠牲になるでしょう。人を責めるくらいなら自らがすすんで責任をとるでしょう。しかも間違いを犯したからといって誰も責めることはありません。

   次に、私たちが動物を飼育して食糧にしないのは、動物たちは人間に次いで生命体の格が高いからなのです。魚はまだ知恵がそれほど発達していないために、人間に恨みを持ったりしません。すべての生命体は、自分が成長するために必要な物を、自然から食することを神から許されています。しかしだからといって、人間が自然を荒廃させ、星の持つ資源を枯渇させてもいいわけではありません。私たちは自然の状態をよく観察し、養殖でコントロールしながら必要な分だけをとっています。

   地球では、地球人が植物や動物、鉱物などを何でも必要以上に取り過ぎた結果、地球の資源を枯渇させてしまいました。そして必要以上に物を生産し、消費し、ムダに廃棄しています。しかもその段階で生まれる大量の公害を撒き散らすことで、自然環境の破壊を繰り返し、汚染し続けているのです。

   問題は、地球人類の『欲望のあり方とその節度』にあります。
   
つまり地球社会には、競争社会を勝ち抜き、頭のよく回る人間たちを含めて、強い人間だけが得をする社会制度が確立されているからです。貨幣をたくさん集める強い者は力にまかせて何でも独占し、物を必要以上に自分のところに集めています。そしてそれが人々の生活の格差を生み出し、争いと競争の原因を作り出し、それが物を枯渇させる原因となって、際限のない物欲と汚染につながり、地球人類を「死の淵」へと追いやっているのです。そのすべての元凶が「貨幣制度」であることはすでにお話しましたね。

   この広大な宇宙は、地球人類にだけ知恵を与えているのではありません。
   この大宇宙にはたくさんの知的生命体が存在しています。地球人類はその中の一つの生命体であり、地球人は今や宇宙人としての目覚めが必要な時期を迎えており、物事に対するこれまでの価値感を変えなければなりません。それは自分の中からエゴを排除し、正しい眼差し(まなざし)と正しい価値感を養い、正しい欲求を持つように努力しなければならないのです。

   私たちは海の魚だけではなく、海の資源もムダなく最大限に活かしています。
   たとえば海水を分解してさまざまなミネラルや栄養素を取り出し、さらにそれらを調合して食料品や工業用品を作っています。海水を真水にしたり、海水を利用して電気を起こすこともしています。また陸地の水脈を通って海低から湧き出ている真水も、飲料水やさまざまなことに利用しています。これからそれらについての一連の流れをお見せするために、コントロールセンターにご案内しましょう。」

   パールリの操縦する自走機に乗って私たちは都市を走り回った。
   私は景色の美しさに酔いしれていたが、すぐにコントロールセンターに到着した。このセンターでアクーナの全都市機能をコントロールしているのだという。そこには大勢のオペレーターや専門家がおり、彼らがその流れを見せてくれた。農場の配送センターのときと同じく、実際に現場へ行ったような感覚で体験学習ができた。

   海水を利用する装置や設備では、まず海水を吸引する漏斗(ろうと)弁から太い管に入り、その管からは何十本もの管に枝分かれして網板状の盤に流れ込んでいる。網板状の盤は
何重にもなっており、それをくぐり抜けて下の槽に流れている。この盤からは、塩分やミネラル濃度の違いや、さらにさまざまな物質を取り出す何百、何千、何万もの海水分離分解装置と化学物質抽出設備装置につながっている。それらはまたさらに別の装置や設備につながっており、取り出した物質を調合してさまざまな物に製造されるのである。そして、これらのすべての盤を透過して一番下の槽に溜まる水は、純粋な真水に生まれ変わっているのだという。

   「海水を分解していく段階で、塩分やミネラル、酸素、炭素、真水を取り出し、海底都市の生活に使っています。海の生物や海底の物質などからも、食品や薬品、工業用品などさまざまなものを製造しています。生活汚水や廃棄物を完全分離分解して、自然に還元する設備もあります。これらの設備は陸地の設備とつながっており、陸地でさらに精査して用途別に分けられ、完璧な形で自然に還元されます。人間や動物が出す生活ガスも細大漏らさず科学的に分離分解し、再調合して再利用されます。

   ここでは空気や温度、湿度や気圧、太陽エネルギーの問題も、人間が感じる以上にロボットや機械、設備そのものが敏感に感じ取るので、彼らがそれを自動調節してくれるので安心していられます。しかもその安全機能は何重にも保護されており、何十年先の事態まで前もって見越して知らせることもできる、自己再生型の修理システムなのです。このようにアクーナの都市は、まさに生物として機能していると言ってもいいでしょう。」

   パールリは私たちを海中散歩に連れて行ってくれるというので、宇宙大使とともにプールへ案内された。このプールはアクーナの都市へ出入りするためのステーションになっており、こういう場所が他にも何ヶ所かあるという。待っていると、いつの間にかプールには巨大な魚が現れて近づいてくるので、私は思わず後ずさりしてしまった。そしてその魚が突然浮上したかと思うと、私の目の前でピタリと止まり、大きく口を開けたのである。そして「さあ、どうぞ」と話しかけられたので、私は二度びっくりしてしまった。

   パールリが私をせかし、「さあ、急いで乗ってください」と言って自分から先に魚の口の中へ入った。中は魚の頭部に10人くらいが乗れる構造になっていた。やがて魚の口が固く閉まると、パールリが操縦席に着いた。

   「この乗り物は魚の機能を応用した海中船です。
   外側の皮は鮫の皮膚のように、水を柔軟にはじいて泳げるようになっています。泳ぎ方そのものも魚のようですよ。さあ、行きますよ、出発!」

   パールリが命令を与えると、船は勢いよくプールを飛び出し、太い通路を通り、我々が来るときに通ったラッパ管から勢いよく海中へ飛び出した。そして海中を泳ぎ回ったが、確かにこの船は魚のような泳ぎ方をするようだった。アクーナの海底都市は宝石をばら撒いたように美しく輝き、海いっぱいに広がっていた。そこにはさまざまな魚や海の生物たちが色をなして泳ぎ、踊っており、それは尽きることのない美しさであった。


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                         抜粋したもの


「聖戦」などなく、いかなる戦争も間違いである

   私は地下にある配送センターについて、かねてから気にかかっていたことをナレルに尋ねてみた。

   「プレアデスの農業はどうして地下に倉庫や工場や各都市への流通路、配送センターがあるのですか? 地上のほうが早く運べるのではないでしょうか?」

   「まず地下に農産物の倉庫や貯蔵庫を設けるのは、保存状態をよくするためと、地上の景観を損なわないためです。また地下に工場や配送センター、都市への流通路が備わっているのは、地上での騒音防止と地上よりも早く物資を届けることができるためです。地上はあくまでも人間が住んで生活するために、できるだけ自然環境を損なわないようにしています。また我々の星には地球のような地震は起きません。

   我々の日常生活は非常にシンプルで、家族団らんで食事をとるのは仕事が休みのときくらいです。地球人類は貨幣を多く手に入れる者だけが物を独占しているようですが、我々の社会は『弱い者ほど助け、足りない者ほど補う社会』で『愛の奉仕行動を基本とする社会』なので『誰もが平等に平和に暮らせる社会』が確立されているのです。

   地球人は生産しすぎたり、収穫されすぎた物は、価格を統制するために廃棄処分したりしていますね。しかし我々の社会は、物はすべて有効利用される「『完全リサイクル社会』です。我々の社会は物をムダにしたり、粗末にしたりしません。なぜなら物というものはすべてが全体のために存在するものであり、自分たちが住む家でさえが自分のものだとは考えていないからです。それはこの世に存在するすべての物は神の表現であるので、何一つ個人の所有物ではないからです。それは誰か人間が力をこめて作った物でさえが、神が表現された物でしかないのです。ですから我々は地球人のように、物を独占したり、奪い合ったりしないのです。」

   「ここでは物がすべての人に平等に行き渡る社会なので、すべての人が「物」に満ち足りているからなのですね。」

   「その通りです。
   地球人は貨幣制度を基盤にして、競争社会を造り上げました。それこそが、格差と差別、そして争いを生み出しているのです。地球人類の進化を圧し止める『癌』は、地球人がもっともありがたがっている貨幣経済にあることをしっかり認識し、脱却することを真剣に考える必要があります。そうでないと、地球人類はエゴの塊りとなって自ら滅亡することになります。さあ、時間がないので宇宙大使、急いで行ってください。」

   ナレルと別れて、私たちは小型円盤に乗り込んだ。
   
   「次は海洋都市アクーナへ行きます。アクーナも素晴らしい都市ですよ。」と宇宙大使が言った。

   小型円盤でしばらく飛行すると、海岸線に沿うように丸い家がたくさん見えてきた。
   しかし円盤はその沿岸の街へは下りず、海へ向かって飛んで行った。眼下に広がる海を見下ろすと、海中がまるで宝石でもばら撒いたように光輝いていた。宇宙大使は「ここが海洋都市アクーナです」と言うと、そのまま円盤を操作して、海面目がけて海へ突っ込んで行った。海の中を円盤で進んで行くと、ラッパのような構造物があり、円盤はその広がった先端の口の中へと入って進み、やがて巨大なドーム状のプールに浮かび上がった。回りにはたくさんの円盤が並んだ駐機場がある。そこは、海洋都市アクーナのプールステーションであった。

   私たちは自走機に乗って都市を回り、ひときわ大きい立派なドームにたどり着いた。宇宙大使は、「ここがアクーナのシティーホールです。これからアクーナの市長パールリに会いに行きます」と言った。そこはまるでおとぎ話に出てくる龍宮城のような美しさで、そのきらびやかさは筆舌に尽くしがたいほどであった。宇宙大使がいつものようにドアに手をかざすとドアが開き、中には龍宮城の乙姫様ではないかと思われるような、美しく、燦然と輝く女性が座っていた。

   「アクーナのパールリです。剛史、よくここまで来ましたね。あなたが来るのをずっと待っていましたよ。さあ、どうぞかけて楽にしてください。今、美味しいものを差し上げますから。」

   そう言ってパールリがひときわ目を美しく輝かせると、彼女の目から一条の光が走ったかと思うと、テーブルに薄紫の液体が入ったグラスが3個現れた。それを飲むと身体がさわやかになり、芯から元気が出るのを感じた。

   「素晴らしい飲み物ですが、どこから運ばれてきたのでしょうか?
   ですがそもそも、ここは現実の都市なのですか? 私の国の日本には「浦島太郎」というおとぎ話があって、龍宮城と乙姫様が出てくるのですが、僕にはまさにここが龍宮城で、あなたが乙姫様ではないかと思えます。そして僕は、亀に乗って龍宮城を訪れた浦島太郎のような気がします。」

   「剛史、ここは現実の都市よ。
   私は乙姫様でもないし、単なるアクーナの都市の一市民で、一奉仕員に過ぎません。あなたが飲んだ先ほどの飲み物は、あなたがこれまで何度か見たことがあり飲んできたものと同じものです。これは、心に強く思うことによって物質化する、思念物質化現象です。まだあなた方地球人は私たちほどには進化してはいませんが、これと似たようなことは起きているはずなのです。

   たとえば自分が「こういう物が欲しい」とか「こうなりたい」「ああしたい」と常に考え、心に強く思って努力していると、自分の思いや夢が思いがけない形で実現したり、欲しい物が手に入ったりすることがあると思います。それらはすべて、自分の思いがそれを引き寄せ、物事を形ち作り、現実化させたのです。

   私たちとともにあるのは神の意思しかなく、この世界、この宇宙を創り出しているものこそが「神の意思力」です。つまり神の力が働いているからこそ、私たちが存在するのです。そのゆえに私たち人間は神の理念である、「自然の摂理」に背く行動をしてはならないのです。

   プレアデス人は常に自然の摂理に重きを置いて、自然との共生を第一に考えた生活と、完全リサイクル社会を確立し、公害を出さないシステムを構築しました。このアクーナの海洋都市も、私たちの生活の汚れが海洋を汚さないように設計されています。生活廃棄物は完全に分離分解され、完全リサイクルと完全還元のシステムによって自然に調和しており、それは農場でのシステムと同様なのです。

   私たちは地球人の自分勝手でやりたい放題の生き方と、社会のあり方を懸念しています。地球人類は未だに、人種や宗教や民族の争いを際限なく繰り返しています。そして特に大国と呼ばれる国が戦争を引き起こし、新たな戦争を押し進めています。戦争はいかなるものでも正当化されるものではなく、「聖戦」などというものはあり得ないのです。

   テロというものの根本原因は、『無知と貧困、社会の不平等』からきています。
   地球からテロ行為と戦争をなくするためには、この根本原因であるものをなくさなければなりません。なぜなら地球人類は、人間としての生き方と社会のあり方において、そのほとんどの方針が間違っているからです。

   私たちの社会では、『全体への奉仕』という『愛の奉仕行動が社会の基本』にあります。それに対し地球人類の社会の基本は「競争制」です。この違いが、人間と社会の進化に大きく影響しているのです。このままの状態であれば地球人類は戦争によって自ら滅びることになり、地球は再生する力を失ってしまうでしょう。それを防ぐために私たちは剛史をここへ呼んだのです。あなたは自分の見たこと、体験したことをそのまま書いてくださいね。」

   「行くところ、行くところで同じことを言われます。
   でも私にはそういう才能はありませんし、本なんて書けません。まして約束なんてできません。」

   「その時がくれば、剛史は必ず書くようになるのですよ。」

   「・・・それにしても海底都市だというのに、中は昼のように明るいし、空気もふつうにあるのですね。地上の都市と同じような生活ができて、しかも公害が出ないシステムが確立されているなんて驚いてしまいます。」

   パールリは私と宇宙大使を自走機に案内すると、彼女の操縦でしばらく走った。
   そして、「剛史、見てください」と言って上を指差し、「どうですか、ここが海の中であることがよくわかるでしょう」と言った。そこはドームの天井付近の透明な場所であり、そこから魚たちや海の生物たちが元気よく、気ままに活動している様子が見えた。そこは海洋都市の海洋牧場であったのだ。

   「ここでは食糧にするさまざまな魚を、大、中、小と大きさによって分けて養殖しています。海洋都市は地上の農場から穀物や野菜、果物を送ってもらう代わりに、養殖した魚を加工して地上の都市へ送っています。」

   自走機に乗って走りながら見る海の中は、まるでこの世のものとは思えないほど美しく、楽しく、いつまで見ていても飽きなかった。


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                        抜粋したもの


遥かな昔地球へ「島流し」にされた人々がいた

   小型宇宙船でしばらく飛ぶと、眼下に大農場地帯が広がって見えてきた。
   モンゴルのゲルのような丸い建物がところどころに見え、かまぼこ形の建物が見えた。近づくにしたがって、トラクターのような機械が農作業をしているようだった。穀物や野菜、果物、その他というように分かれているようだった。

   「農作業はほとんどが機械とロボットが行ない、人間は管理だけをしています。ここは地下が倉庫になっており、コンピューター管理によって運営されています。ここの地下にある流通路を通って都市から都市へと、必要なところへ必要な分だけが配送されるシステムになっています。個人が自分の趣味でやっている園芸農園もあるんですよ。」

   しばらく飛ぶと集落の町が見えてきて、私たちの小型宇宙船は町近くの農場へと降り立った。そこはアースナムという農場の町で、農場長兼町長のナレルを訪問することになった。到着すると、ナレルと思われる人物が私たちを迎えてくれた。

   「よく来ましたね、待っていましたよ。
   うちの農場で生産されているものをお見せしましょう。」

   彼は地下倉庫へ私たちを案内してくれた。
   そこには、地球で生産されている穀物や野菜、果物のほとんどのものがあった。しかしそこのものは地球のものよりも穀物は粒が大きく、野菜や果物は色が濃くてイキイキしていた。また地球にはない種類のものもたくさん見られた。私はつい、前と同じ質問をしてしまった。「どうしてここに、地球と同じものがあるのでしょうか?」

   「それは逆なんですよ。
   はるかな昔に我々の祖先たちが地球を訪問したとき、地球で生活しながら調査や研究をするために地球に持ち込まれたものが多いのです。古い時代には、我々の星にも争いや戦争がありました。その時に、政府に対する反乱軍をひとまとめにして宇宙船に乗せ、地球に島流しにしたことがあるのです。我々の調査では、その当時の地球には人間が生活できる環境があることがわかったからです。

   しかしこれには一つの実験としての目的もありました。
   それは、『人間の新天地での生活と、進化の過程を見る』というものでした。そのために当分生活できるだけの物資とともに、自分たちの力で生産して生活していけるようにとの配慮から、たくさんの種(たね)が地球に持ち込まれました。ですからその結果、地球には我々の星にあるのと同じようなものがたくさんあるのです。

   当時の地球には、地球の環境から生命が進化してやっと人間になったばかりの者たちと、我々が島流しにした犯罪者たち、また他の進化した星から宇宙旅行の途中で立ち寄った人間たち、そして我々と同じように地球を調査するために来ていた他の星の人間たちがいました。地球という惑星は昔から、さまざまな星の進化した人間たちにとって、観察や調査、研究の対象になる魅力的な星だったのです。」

   「ということは、地球人は地球だけで生まれた人間ではなく、他民族ならぬ多星人の民族なのですね。そして僕たちには、あなた方の犯罪者の血も混ざっているのですね。」

   「その通りです。さあ、先を急ぎましょう、次は配送センターです。」

   ナレルは私たちを自走機に案内し、さまざまな出荷場や製造工場を見学しながら配送センターに向かった。センターに着くとコントロール室に案内され、そこにはコンピューターがずらりと並んでいた。

   「ここでは各都市からの要求に基づいて、作付けや生産、出荷のすべてがコンピューターシステムで行なわれています。この壁にあるたくさんの画面から、農場すべての作業状況や収穫を見ることができます。

   ナレルは小麦の生産について、要求数から作付け、収穫から出荷、配送までの一連の流れを画面で見せてくれた。重労働はすべて機械とロボットがやり、人間は管理だけをする。私たちは地上に出て、作業の様子を見た。機械を動かすのはすべてロボットで、農場のところどころに、収穫物を地下の倉庫に送り込む収納口があった。

   次に、ナレルが自分の趣味でやっているという農園を見せてくれた。
   野菜や果物、花々や樹木が栽培されており、自家製ワインのような飲み物も作っていて、それらは各都市のバザールにも出すという。そして私は、ある樹木の前に案内された。

   「この木は『ミルクの木』と言って、植物でありながら牛の乳と同じ成分を出してくれる、とても素晴らしい木です。牛を飼うよりもずっと楽ですよ。」

   その木は高さ2メートル、直径20センチほどで、枝が傘状に広がっていた。
   幹は毛に覆われ、葉は灰色がかった緑で、なぜか葉の形が牛の耳に似ており、やはり細かい毛に覆われていた。

   「この木は花も咲き、実もつけます。
   花の色は赤やピンク、白、黄、紫、緑とさまざまですが、その花の色によって少しずつ味も違います。花が結実すると乳のような実が成り、その乳が溜まって流れるので、食器を枝にかけて吊るしておきます。そのようにして3ヶ月くらい乳を出し続けます。」

   そこには漏斗(じょうご)のような管と、柔らかいビニールのような材質の大きなビンがつながってたくさん並んでいた。ナレルは木にかかっていたビンの一つをはずすと、白く溜まったものを私にくれた。「剛史、飲んでみてください、おいしいですよ」そう言ってナレルは自分で飲んで見せ、私に勧めた。私は一口飲んでみて驚いた。

   「これは間違いなく牛乳じゃないか! ああ、美味しい。でもどうして木から牛乳がとれるんだろう?」

   「今の地球人に言っても信じてもらえないかもしれませんね。
   我々は、牛が草を食んで血肉を作り、乳を出すことからヒントを得て、長年の研究を重ねた結果、この木の生育に成功したのです。つまり遺伝子工学を駆使して、植物細胞と動物細胞を組み合わせたのです。我々は魚類を養殖して食糧としていますが、動物を飼育して殺し、その肉を食べることはしないので、動物は自然のままに生きています。ちなみにこのミルクの木ですが、乳を出し終わった実は、最後にチーズのようなものになって落下するんですよ。」

   ナレルが落下したチーズを一つ拾い、「食べてごらんなさい」と私に手渡した。
   私はひと口食べてみてその珍味に驚き、一気に食べてしまった。


             「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                        抜粋したもの


どの程度他人を愛せるかが自分の進化の度合い

   宇宙船の組み立てに使われる部品には30メートル、40メートル、50~200メートルというようなワンスパンの構造があり、母船はそれらを接続して組み立てられていた。母船の規模もさまざまで、1000メートル、2000メートル、3000、4000、5000から、10キロメートルから30キロメートル級の大きさがあり、いずれもワンスパンごとの構造になっていた。また地球で行なう鉄骨の溶接とはまったく違い、継ぎ目なく接続されていた。

   作業風景のクローズアップを画面で見せてもらったが、接続用ロボコンが部品の合わせ目と合わせ目をゆっくり往復すると、物質が完全に溶け合い、一つの物体になったように見えた。

   工場には機械やロボット人間だけでなく、各セクションに各分野の専門家たちがいて、作業が滞らないように全体をコントロールしているそうである。完成した巨大母船の中には、直径が2キロメートル以上はあろうかと思われる円盤型宇宙船もあり、中央部の高さは600から800メートル以上もあった。

   「葉巻型でも円盤型でも、巨大母船にはそれに収容できる人口に合わせて、人工農場や山岳、公園などが必ず内部に設けられています。つまり農産物や果実などは母船内の人工農場で生産されるわけで、搭乗者の食糧はそこで十分賄えるようになっています。その他にも内部に人工の養殖池があり、そこで魚類を養殖し、加工して食糧に当てています。まさに生きた母船と言えます。」

   プレアデス人に案内された、私のような見学者があちこちに見かけられた。
   「私のようなお上(のぼ)りさんがいっぱいいるようですね。」

   「必ずしもお上(のぼ)りさんばかりではないのですよ。
   我々の星と彼らの宇宙科学や宇宙工学の進歩や発展の違いを、見学に来ている専門家たちもたくさんおり、自分の目で見てどの部分が遅れて、どの部分が進んでいるかなどを比較検討しているのです。彼らによってまた我々も学ぶことができます。」

   私は部品が面白いように接続されていくさまを、しばらく見入っていた。
   何百メートル、何千メートルの長さがある途方もない巨大な母船が、たちまちのうちに造られていくプレアデスの科学には驚くばかりであった。同時になぜか私は、このプレアデス星には前々からいたことがあるような、馴染み深い気持ちを感じるのであった。私はすぐに、この星の社会に溶け込んでしまえるような気がした。私は宇宙大使に聞いてみた。

   「他の星から来た人がこの星の社会に慣れてしまうと、住み着きたくなったり、自分の星へ帰りたくなくなったりしないのでしょうか?」 

   「よく感じましたね。
   あなたが感じたとおり、我々の社会に溶け込んで生活している異星人はかなりおり、本人の希望で一生をここで過ごす人もいます。ただし受け入れる条件としては、その人が属していた社会で、その人がいなくなることで支障が出ない場合によります。もちろん、本人が帰りたくなった時には、いつでも責任を持ってお送りしています。」

   「この星に留まって、この星の人と結婚できるのでしょうか?」

   「もちろんできます。
   それはどの星でも、どの国でも、どの社会においても同じです。つまりお互いが好きになればどの社会においてもそうで、特に若い人達の仲においてはそうです。我々の社会では、異星人同士で結婚している人がたくさんいます。血が混ざれば混ざるほど優秀な人間が生まれ出ることは、生物学的、優生学的に証明されていることなのです。ですから異星人同士の結婚による混血は大いに歓迎されます。

     なぜなら、どんな宇宙にも適応できる新生児の誕生は喜ばしいことだからです。
   その存在は宝物です。地球人の社会では、混血が差別を受けることがしばしばありますが、我々の社会は『他人を愛する社会』です。剛史にも、我々と地球人の進化の度合いの違うところを学んでいって欲しいのです。」

   私たちは自走機に乗り、各セクションを急いで回り、その後小型宇宙船に乗り換え、ひときわ大きいピラミッド型の建物に入った。

   「ここは工業都市ミールの本部で、ヘッドコンピューターが置かれているところです。
   これから市長のエナールに会いに行きましょう。」

   自走機で建物の中を進み、ピラミッドの一番上の段に到着した。
   宇宙大使がある部屋の前で手をかざすと、ドアがスーッと開いた。中には光輝くオーラを発している、天使のような人がにこやかに立っていた。

   「いらっしゃい。剛史が来るのをずっと待っていましたよ。」

   私は宇宙大使とともに室内に案内されたが、エナールはすぐに私の考えを読み取ったらしく、言った。

   「今、私は剛史に、私のオーラが見えるように思考を働かせました。
   オーラは誰にでもあるもので、その輝きはその人の進化のレベルを表すものでもあります。ですからその人のオーラを見れば、その人の成長度、進化度がはっきりわかるのです。どんなにお金を持って、高い地位についていたところで、人と競争して勝ち抜くことしか知らず、物欲と独占欲いっぱいで、エゴを満たすことしか考えていない人のオーラは輝いていません。

   常に人を出し抜いてうまく立ち回るずる賢い人間や、人に強制しながら自分は何もしない奉仕のできない人や、見かけは天使か悟った人のような態度をしていながら、裏では他人を馬鹿にし、軽蔑し嘲(あざけ)る人間なども同じです。どんなに言葉が巧みな政治家や学者であっても本心を隠すことはできず、それらはすべてオーラを通して一目瞭然にわかるのです。

   オーラは『他人を愛する心』をもとに、『他人への奉仕』や『全体への奉仕行動』を行なうことによって、つまり「善の思考」と「愛の思考」を高めることによってのみその輝きを増していきます。なぜなら、どのくらい『他人を愛する』ことができるかの度合いが、すなわち魂の進化レベルを示すものでもあるからです。では剛史にぜひ見せたいものがあるので、前の画面をよく見ていてください。」

   エナールは思念でヘッドコンピューターに命令を出したようだった。
   すると画面上に、ある会場が映し出された。そこには二十歳(はたち)前の5人の若い女性が笑顔を見せてポーズをとり、果物の実った果樹園の前で写真を撮っていた。

   「この画面は、今から50年ほど先の未来の日本です」、とエナールは言った。

   50年先の未来を見られるなんて、まるで夢のようだった。
   私は驚いて画面を見ると、その若い女性たちが手にしているのは枝いっぱいに実った「さくらんぼ」であった。

   「そうです。これは日本のある地方の町で、その町の特産物である「さくらんぼ」を宣伝するために企画されたもので、「さくらんぼ狩り」会場での一場面です。そのためにキャンペーンガールが撮影されているのです。」

   「私は過去や未来の場面を、宇宙船で一度体験させてもらいましたが、ここにいながら他の星や宇宙を見られる科学力なんて、神業(かみわざ)としか思えません。でもどうしてこの場面なのですか? 何か訳があるのですか?」 

   「ええ、その通りです。実はこの5人の女性の中に、剛史の親戚の娘さんがいるのですよ。」

   「でもこの場面が50年先の未来だとすると、その娘は現時点ではまだ生まれていないということになりますが」

   「そうですね。ですがこの場面は、日本のある地方で確実に起こる場面なのです。
   実は剛史に今回のことを記憶しておいてもらうために、ぜひこれを見せる必要があったのです。多分、剛史は一度全部忘れ去ってしまうでしょうが、「その時」が来たら確実に思い出すでしょう。」

   「わかりました。いながらにして宇宙の星を自由に見られるテレビなんて、地球人類には不可能な科学だと思います。以前に母船の船長から講義を受けましたが、過去や未来にどうしたら旅行ができるのか、僕の頭ではまだ理解できません。」

   「それはもっともです。
   人間の頭脳は、送信と受信の両方の機能を備えています。私たちの肉体は、魂によって進化を遂げた結果、頭脳による思考だけの会話、つまりテレパシーによる会話ができるようになりました。テレパシーは、時間や距離にまったく制限されることがなく、言葉というよりは、感情や心がそのまま伝わる、心と心の対話です。それは瞬時に、今思ったことが星の裏側にいる人に伝わります。この星だけでなく、それは他の星にいてもそうであることを私たちは実験によって調べました。つまり人間の思考の伝達は、明らかに、ふつうの電波とは違うものだったのです。

   私たちは、過去の人との対話や物質の瞬間移動、テレポーテーション、思念による物質化現象などにも注目し、日夜研究を重ねました。そしてついに、宇宙にはこの大宇宙が存在し始めて以来の記録である、「アカシックレコード」(宇宙図書館)というものがあり、それを見ることですべての過去がわかることを発見したのです。過去の場面とは、映画のフィルムの一コマを見るようなもので、過去の次元に入り込み、焦点を合わせ、現場に入り込み、場面を体験することができます。ただしその状況に手を加えて関わったりして変えてはならず、単にその場面を覗き見することができます。」

   「私たちは過去や未来へ入ろうとして何度も挑戦し、そして何度も失敗しました。
   失敗の中には、過去や未来に行きっぱなしになってしまった者もおり、つまりアカシックレコードの次元に入り込んだままになってしまったのです。そのような経験をしながら、ついに私たちはアカシックレコードにアクセスする方法を確立し、ある公式を編み出すことに成功しました。そしてその公式を宇宙科学に応用し、今では私たちの宇宙船は自由に宇宙図書館(アカシックレコード)に出入りすることができます。私も少しですが、これらの体験をしています。」

   「過去は実際にあった現実ですからある程度理解できます。
   でもまだ現実になっていない未来を、どうして捉えられるのか僕にはわかりません。先ほどの「さくらんぼ娘」にしても、まだ生まれてもいないし、その両親になる人は結婚さえもしていないわけなのに、どうして次元に入ったりできるのでしょう。しかもアカシックレコードは過去の記録ですよね。」

   「もっともな疑問です。
   物質というものがこの世に誕生するとき、その物質には、その物質の一生が記録されています。ですからそれが人間の肉体であれば、その肉体と魂をさぐることでその人の未来も知ることができるのです。つまりこの宇宙に存在するすべてのものは、未来の記録も同時に持っているのです。つまり、過去も未来も同時に、今ここに存在しているのです。ですから過去に遡(さかのぼ)れるのであれば、未来にも遡ることができるのです。もっと厳密に言えば、遡ると言うよりも、『その次元に入り込む』と言ったほうが適切かもしれません。地球人的に言えば、タイムマシンですね。」

   そう言うと、エナールは空中からサッと飴のようなものを物質化して出し、私と宇宙大使に渡し、自分も一個口に入れた。その飴を口に入れるととても美味しく、さわやかな感じがし、すぐに頭がスッキリして、身体全体が生き生きしてきた。

   「さあ、時間がないのでどんどん先へ進んでください。
   宇宙大使、頼みましたよ。」


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                        抜粋したもの


争いと競争が絶えない人類は精神面の成長が遅れている

   宇宙大使は私を自走機に乗せ、館内を見せてくれた。
   公的なホールにはさまざまな星人や人種がおり、みな楽しそうにくつろいでいた。宇宙大使が、「あれはオリオン人でこちらがシリウス人、むこうはアンドロメダ人でその隣がリラ人、それからカシオペア人、牧牛座人、ヘラクレス人、レチクル人、リゲル人・・・」などと言って教えてくれたがとても覚えきれなかった。

   「彼らはそれぞれの目的のもとに、我々の母星を訪問しています。
   それは研修であったり、宇宙旅行の途中で立ち寄ったり、剛史と同じような目的だったり、また宇宙連合の会議に出席するためであったりします。今私がそれぞれの人たちを紹介したのは、地球人の星座を使って地球人にわかる名前で表現したのであって、実際には名称は違っています。我々の科学も本当はピクス科学と言いますが、地球人にわかりやすいようにプレアデスという名称を使っています。」

   彼らの顔や体型にはそれぞれ特徴があり、特に目立ったのは、鳥や爬虫類や牛などの特徴を持った人間だった。

   「彼らもまた進化した人間なんですね。」

   「もちろんそうです。
   科学力においては地球人類よりもはるかに進化を遂げています。顔が地球人のようなヒューマノイド形でないからと言って、見下げるのは間違っています。科学力において進歩しているということは、精神面においても進化していると思っていいでしょう。知恵と精神面の発達はとても重要で、その人類の生き方や社会のあり方を決定づけるものです。

   地球人の社会に争いや競争が絶えないのは、精神面が非常に遅れていると考えなければなりません。それは要するに、まだ大人になり切れずにいるということで、そのためにこの宇宙から生命として滅亡する可能性が大きいのです。

   地球人類の多くが競争社会を受け入れ、「争いや戦争はやむを得ない必要悪」として容認しています。なぜならその心の底には、「自分さえよければいい」という「エゴの心」が満たされているからです。それはむしろ、「エゴをよしとする集団」ともいえます。そのような人間は、自分たちがいずれエゴによって滅びる運命にあることに気づいていません。さあ、次は工業都市へ行きましょう。」

   宇宙大使と私は自走機で小型宇宙船が駐機している屋上まで行き、そこから小型宇宙船で工業都市へ向かった。上昇した宇宙船で都市全体を見回していると、各ドームが一斉に色とりどりの美しい色に変色した。

   「我々の建物は、建物自体が色によって自分を表現したり、太陽の有害な光線から内部を守ったりするために、さまざまなエネルギーを取り出したりしています。つまり建物自体が自ら設備に必要なエネルギーをまかなっているので、そのために変色するのです。」

   「プレアデス星にやってくる人々の中には、環境の違いから具合悪くなる人はいないのですか? たとえば気圧が違ったりして」

   「それは母船にいる間に身体が調整されています。
   それにさっきアーサが飲み物を出してくれましたが、あれを飲んだらとても気分がすっきりして元気が出たと思いますが、あの飲み物には眩暈(めまい)を起こさせないようにする成分が含まれており、身体の細胞が調整されるのです。」

   「あなた方の科学は何もかも素晴らしいですね。
   地球の人類から見たら神業(かみわざ)としか思えないようなことが、日常生活に普及されていて、本当に驚くことばかりです。」

   「いいえ、大したことではありません。
   我々が宇宙人として、地球人類よりも少し早く誕生しただけなのです。さあ、工業都市ミールです。良く見てくださいね。」

   工業都市ミールは、先ほどの首府アーラとは違い、透明なピラミッド形の建物が多かった。その他にも箱型のものやドーム型のものも点在しており、この都市もたとえようがないほど美しかった。山脈に続く一角にはさまざまな宇宙船が並んでおり、宇宙船はこの工業都市で製造されていることが一目でわかった。

   「工業都市は他にもありますが、宇宙船は主にこの都市で製造しています。
   工業都市にはそれぞれ特徴あり、宇宙船だけでなく、ありとあらゆる機械やロボット、コンピューター、設備品、家庭で使う小物の道具類まで、我々の社会に必要なものの全てが製造され、そこから全国へ配送されます。すべては国の管理のもとに必要に応じて製造され、ムダなく使用されます。

   我々の社会は、地球人のように会社同士が競争し、必要以上に製造してムダにすることはありません。プレアデスでは、『必要な人が、必要なものを、必要なときに、必要な分だけ受けられる社会』が確立しているので、人よりも物を蓄えようとする物質欲ははるか昔になくなっています。我々の社会では、『人に与えることが自分の幸福』なのです。では宇宙船を造る工場に案内しましょう。」

   宇宙大使と私は小型宇宙船で、大きなドームとかまぼこ型の建物がたくさん並んでいる工場に向かった。そこから私たちは自走機に乗り、各セクションを回ることになった。まず、葉巻型巨大母船の骨格の組み立てや接続などの流れ作業である。最初に宇宙船の活動目的が決められ、それに沿って設計図が作られ、ヘッドコンピューターにその宇宙船の目的と設計図が入力される。それをもとに各セクションに指示が出され、部品が製造されていく。それを機械とロボットが流れ作業で組み立てていく。私は見たものをこのように解釈したのだが、宇宙大使は私の考えを読んで言った。

   「剛史の解釈は少し違います。
   宇宙船を造るときにはまず最初に、波動科学や宇宙科学、生命科学、工業、医学、学術、文化、教育、社会科学、農業、漁業、食糧の生産製造、機械工学、ロボット工学、遺伝子工学、バイオ科学、電気工学、エネルギー科学、通信科学、交通と物流配送システム工学、自然環境科学、水科学などの、さまざまな分野のスペシャリストが一堂に会します。そこで会議を開き、どういう目的でどういう活動を行なうのか、宇宙船の規模、つまり大きさや収容人員、設備、航行距離について話し合い、一応の目標を定めます。

   そしてエンジニアが会議で決まった内容をヘッドコンピューターに読み取らせていきます。ヘッドコンピューターに担当者の思考を読み取らせて知識として情報を吸収させ、人間の思考をヘッドコンピューターの思考とするのです。その結果、ヘッドコンピューターは自らの知識を駆使して、主人のために最高で最良の宇宙船を設計します。

   出来上がった設計図はそれぞれの分野のスペシャリストが確認し、おかしいところや不足な箇所があれば指摘し、再び彼らの思考を注入して修正を加えます。その後は必要な部品の製造が、各セクションのコンピューターへ指令としてが出され、先に使われる順番に組立工場へ送られます。そこからはロボットによる流れ作業で、コンピューターの指示どおりに寸部の狂いもなく組み立てられていきます。

   完成した宇宙船は、最初は人間が乗らず、ロボットによって試運転が行なわれます。これらのロボットや宇宙船は感情を備えた生命体のように反応し、人間の思考どおりに働いてくれます。そのあとで各分野の専門家が搭乗し、百光年、千光年のテスト飛行をして細部にわたって性能を確認します。そのテスト飛行を無事終了して、初めて一般の搭乗が実現します。」


               「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                            抜粋


すでにある自然の中にすべての真実が隠されている

   小型宇宙船は大きな皿状の構造物の上にゆっくりと降り立った。
   タラップを降りて自走機に乗り、市長室の前に着くと、友人の宇宙大使がドアの前で手をかざした。するとドアは、音もなくスーッと開いた。中にはにこやかな若い女性が待っていた。

   「どうぞお入り下さい。お待ちしていましたよ。
   私はこの首府の都市アーラの市長、アーサです。慣れない宇宙の旅でお疲れでしょう。どうぞかけて楽にしてください。今、元気の出る美味しい飲み物を差し上げますから。」

   「始めまして。私は地球にある国の一つの、日本に住んでいる剛史というものです。」

   「剛史のことはわかっています。
   私たちはある大事な目的のために、あなたをずっと待っていました。」

   アーサは指をピン! と鳴らした。
   すると私の前にピンク色のジュースの入ったグラスが出現した。彼女はもう一度指を鳴らして、今度は宇宙大使の前に同じものを出し、最後にもう一度鳴らして自分の前にも出した。私は手品でも見せられたのかと思ったので、飲んで確かめてみたが、一口飲んでその美味しい味にびっくりしてしまい、一気に飲み干してしまった。見ると宇宙大使も飲み干している。アーサが言った。

   「これは手品でも魔術でもなく、私の思念が創造した産物です。
   『思考は目に見えなくても生きているものであり、精神は感応する』という性質を、私たちは宇宙科学に応用しました。宇宙ジャンプやテレポート、非物質化、物質化現象を応用することで、光よりも速く飛べる宇宙船を開発しました。ですから光の速さなら何百年、何千年、何万年かかる距離であっても、我々の宇宙船なら一瞬のうちに目的地に着くことができます。」

   「それはここに来るまでに船長に見せてもらいました。
   そのときにも思ったのですが、普通の生活でもこのようなことができるのであれば、野菜を作ったり、魚を獲ったりする必要がないですね。自分の思いによって、好きなものや料理を出せばいいわけですから」

   「剛史、それは違います。
   私たちはいつもこの能力を使うわけではありません。ちなみに我々は日常生活で、農業や漁業、園芸もやります。また必要な生産作業によって得た収穫物を加工し、利用して、食糧や飲み物にしています。私たちも額に汗して、地球人と同じように働くのです。それもできる限り、自然を尊重して自然の姿に従うようにしています。

   ただ地球人と私たちの違いは、私たちはあらゆる面を機械化、ロボット化しており、大半の作業はそれらに任せているというところです。先ほどお見せしたジュースの物質化は、「人間にはこういうことも可能で、私たちはそれを宇宙科学に応用している」ことを、あなたに教えるためにやって見せました。私たちも家庭ではちゃんと料理をして食事を作ります。」

   「また地球と私たちプレアデスの社会では、人が亡くなった時の処理の仕方は違います。街にはどこでも必要と思われる場所に、『平安の家』という小さな家が設置されており、そこには『やすらぎの器』という機械が置かれています。これは突然行き倒れになった人のためのもので、そういう人を見かけたら、通りすがりの人がその人を「平安の家」に運び、「安らぎの器」に乗せてあげます。機械はその人の魂が身体を離れて昇天しているかどうかを判断し、まだ死亡していなければ生存していることを知らせ、どこへ連れていくべきかの指示を出します。

   なぜなら誰もが必ず連絡先の書かれたカードかチップを携行しているので、それを見て家族に連絡します。家族がない人の場合は役所へ連絡が届き、奉仕希望者に来てもらいます。魂が身体を離れている場合には、本人の所持品のカードやチップから家族に連絡がいきます。家族が近くにいる場合はそこまでやってきますが、ほとんどの場合連絡を受けた時点で家族は、「カードを入れてください」と頼みます。

   つまり『やすらぎの器』という機械は遺体処理機であり、カード(チップ)を機械に入れると遺体処理機が作動し、肉体は完全に分解されて跡形もなく消滅します。しかし魂がまだ肉体にある場合は、処理機は絶対に作動しない仕組みになっています。カード(チップ)に残る記録や遺体の記録、死亡原因なども含めて、それらは役所のコンピューターに送られて記録されます。

   人が亡くなった時、私たちの社会では地球人のように悲しんだりしません。
   なぜなら『肉体の消滅とは、本人が次の生まれ変わりに向かったことであり、それは本人にとって喜びであることを知っている』からです。また私たちの科学は、本人に会おうと思えばいつでも会えることを可能にしているからです。

   私たちの科学は進歩したので、過去や未来に自由に行くことができます。
   つまり霊界という別次元にも自由に出入りができるので、本来の姿である魂本人に会って話すこともできます。地球人にとっては未だ信じられないような話かもしれませんね。」

   「日本にも『イタコ』と呼ばれる霊媒の人たちがいます。自分の霊を飛ばして、使者の霊と対話するそうです。」

   「まさにそうで、私たちはそれを分析し、応用したのです。
   すでにある自然の中には真実が詰まっており、そこにはすべてが隠されています。私たちはすでにある自然の中からそれを見つけ出し、解明していかなければならないのです。それをするために神は人間に知恵を与えられたのです。その知恵を使ってあらゆる困難を乗り越えていくようにと。」

   「ところで地球人の目から見て、私は何歳くらいに見えますか?」

   「若い女性ですから、20歳前後くらいでしょうか」

   「まあ、剛史は口が上手ですね。私はその十倍は歳を重ねています。」

   「エッ、200歳ですか! とてもそのようには見えませんが」

   「私たちの社会は『愛の奉仕行動を基本とする社会』なので、争いや競争がなく、貨幣経済に振り回されて精神的にダメージを受けることがありません。ですから医療費に悩むこともなく、バランスのとれた食生活が送れて栄養も行き届いています。、そして自然と共生する生活を送っているので、歳を重ねても若さが失われないような体質になっているのです。

   この母星のプレアデスは寒からず、暑からずの温暖な気候なので、地球人のように体力を消耗することがありません。また科学と医学が高度に進化していることから、プレアデス人は地球人の数倍は長生きできます。それに太陽と私たちの惑星はバランスがいいので、生命の発生や成長、細胞維持のためによい条件が揃っており、肉体が長持ちするのです。だからすべてがイキイキしています。さあ、時間を無駄にしないように、宇宙大使に次を案内してもらってください。」


             「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                        抜粋したもの




     
   

弱肉強食、適者生存の考え方はすべてを滅ぼす

   「我々プレアデス人の母星は、伴星の恒星にしたがっている惑星です。
   双星の太陽のもとに我々の母星であるプレアデスXⅡは育まれ、多種多様な生命が誕生しました。我々は宇宙の進化の目的にしたがって成長進化を遂げ、現在の宇宙科学を駆使できるまでに発展を遂げたのです。」

   船長は母船に命令を与え、着陸の準備をしているようであった。
   母船は、青く輝く母星の大気の外側まで迫っていた。私は船長に聞いた。

   「地球が太陽の周りを回っているように、プレアデスXⅡも回っていると思いますが、二つある双子の太陽のどちらを回っているのですか?」

   「我々の母星は、双子の太陽の弟のほうを回っている惑星の一つで、兄と弟の中心から弟寄りの内側を回っています。双子の太陽の兄のほうがほんの少し大きく、重量も若干(じゃっかん)重いのです。太陽の弟のほうは11個の惑星を従えており、兄は12個です。」

   「太陽の兄と弟で引っ張り合いはないのですか?」

   「当然、引っ張り合って現在の宇宙の均衡が取れているのです。
   宇宙が形成される段階で、星同士のぶつかり合いや引っ張り合いのけんかがあり、その結果それらが全体的に収まって現在の宇宙は誕生しています。今は安定した宇宙の法則の元に運行されていると見てよいと思います。しかし我々の宇宙科学が進んでいると言っても、わからないことはまだ沢山あるのです。たとえば宇宙の果てについてや、ダークマターについてはまだ解明できていません。

   大宇宙には、我々よりもはるかに宇宙科学に進歩した宇宙人がたくさんいます。
   それは我々の銀河よりもはるかに遠い、別銀河の宇宙から来ている宇宙人たちです。私が受け持っているのは、天の川銀河の宇宙連合の中のほんの一部分にしか過ぎませんが、そのさらに上である銀河同士の銀河連合も存在しています。そのくらい宇宙は広いのです。その意味では今の地球人類は、宇宙においては「井の中の蛙」という言葉がぴったりでしょう。もちろん私は地球人をけなしているのではなくて、地球人類が宇宙的に目覚めてほしいと思っているのです。」

   船長の命令で、母船はぐんぐんプレアデスXⅡへ近づいて行き、青く輝いていた大気圏に一気に突入し、丸く見えていた惑星に山脈や青い海が見えると、スピードがゆるやかになった。そしてゆっくり降下して地表に近づくにつれて、都市の形状がはっきりしてきた。透明の丸いドームが大小延々と連なっており、それらが透明の太いパイプで連結されているのが見えた。

   宇宙空港は都市郊外の山脈近くにあった。
   さまざまな宇宙船がそれぞれの着陸場所で待機していた。葉巻型宇宙船が台のような構造物でしっかりと固定されて、何十機と駐機している。私たちの乗っている母船も船長の指令により一つの台に降り立つと、その台はやがて山脈のほうへ向かって動き出し、中へと吸い込まれていった。山脈の中は空洞で、母船と同じく光源がないのに真昼のように明るい。

   やがて母船の3ヶ所からタラップが降ろされ、さまざまな人々がいっせいにステーションのホームに降り立った。彼らは目的にしたがって、それぞれ自走機や小型宇宙船に乗って行ってしまった。私は友人の彼の案内で、透明の小型宇宙船に乗った。それは上部が透明な硬化プラスチックでできているようなドーム型の船であった。小型宇宙船は山脈の空洞都市から飛び出すと、地上都市へ向かって走り始めた。

   空から眺めると、多くの同じような小型宇宙船が目的地へ向かって飛行している。
   地上すれすれに多くの自走機が走っているのが見えた。歩道をゆっくり歩いている人の姿も見えた。透明の丸いドームを連結している透明の太いパイプは、近くで見るとそれは交通路であり、その中を自走機が走っているのが見えた。それは都市を形作るドームからドームへ渡り歩くような構造に見えた。我々の小型宇宙船はいったん空高く舞い、都市を見渡してから、ひときわ大きいドームに向かって降下した。このドームには小型宇宙船がたくさん駐機していた。

   「この建物は、あなた方地球人が言うところの「役所」です。
   あらゆる情報がここへ集まり、発信されていきます。我々はこれから地球人で言えば「市長」に当る人に会いにいきますが、この「市長」や「船長」という名称も地球人に理解しやすいように使っているだけで、プレアデスの社会には階級制度は一切ありません。地球人が持つ、「位(くらい)」を表す表現もないのです。」

   「ではその人達はどのようにして選ばれるのですか?」

   「地球人は公平な選挙と言いながら、実際には力のある者がさまざまに工作してその地位を獲得しているようですね。すでにお話しましたが、我々の社会では「弱い者ほど助け、足りないものほど補う」という「愛の奉仕行動」が基本になっており、「全体のために奉仕することが自分の幸福を手に入れること」なのです。だから自分の利益を得ようと思って奉仕している人は一人もいません。学校や社会で学んだ知識や技能、経験は社会や全体のために役立てて活かすことが、自分にとって何よりも喜びであり、誇りでもあるのです。

   我々の社会では、一人ひとりの個性や知識、技能、経験などがすべてコンピューターに登録されています。それは誕生したとき、いえ、受精したときからと言ったほうが正しいでしょう。個人の記録はすべてわかるようにカード化、チップ化されています。

   市長や船長、宇宙大使、工場長、各種施設の責任者や担当者は、まずその人の奉仕希望を聞き、それに加えて知識や技能、経験、能力などによりふさわしい人が選ばれます。しかしそれでも本人の希望が第一なので、位が上だとか、偉い人だといったイメージは誰にもありません。

   ですから格が上の仕事とか格が下の仕事という認識もなく、単純な仕事であれ、技術的に難しい仕事であれ、すべての奉仕者はみんな同じ評価なのです。それは単に役目や役割が違うだけにすぎません。地球人はすべてを競争制にして、地位が上の人ほどいい思いをし、いい生活ができるという社会の仕組みになっていますね。そしてそこに格差や差別が造られ、争いと競争の絶えない社会になっています。

   地球人類が滅亡へ向かっている根本原因は、社会の基本に貨幣制度が敷かれ、競争社会を造っていることにあります。我々の社会には貨幣経済は存在しません。お金がなくても、「必要な人が、必要なときに、必要な物を、必要なだけ受けられる社会」が確立されています。それは「真に平等で平和な社会」です。ですから地球人が「真に平和で平等な社会」を心から願うのであれば、現在ある貨幣経済から一日も早く脱却しなければなりません。法律によって競争制になっているのなら、その法律を廃止しなければならないでしょう。

   我々プレアデスの社会では、「すべての人間は平等な生活を営(いとな)めるものでなければならない」というのが基本です。それは「全体に奉仕することで自分も幸せになる」という「平等の基本」であり、したがって争いや戦争はありません。

   地球人類にはこんな理屈があるかもしれません。
   「人間も自然の産物であり、生命の一つである。自然の姿は適者生存なので、強い者が残り、弱い者が滅びるという自然淘汰は自然本来の姿なので、やむを得ない」と言う考えです。しかし神から知恵と英知を与えられている生命の頂点にいる人間が、他の動物にも劣るような戦争を繰り返すのが自然本来の姿と言えるのでしょうか。地球人は自分たちの住む地球さえも破壊してしまうような、大量破壊兵器をたくさん製造しています。戦争の道具と武器を製造する競争もとどまるところがありません。これが自然本来の姿と言えるのでしょうか。

   まず地球人は、「この地球は人類だけのものではない」ということを深く理解し、自然と共生できる生き方に変えていかなければなりません。「人間は生命の頂点に立っているのだから、この地上で何をやってもいいのだ」という考え方は間違っています。地球人類は今や宇宙において、性質(たち)の悪い病原菌、また害虫に成り下がっていることを知らなければなりません。人間は神から英知を与えられ、生命の頂点に立っているのですから、その「最高の生命にふさわしい行動と生き方」をしなければならないのです。」


             「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋



   

地球の野菜や果物は多くの宇宙人からもたらされた

   船長が操縦席に座り、私はうながされて左の補助席に座った。

   「宇宙を移動するには、宇宙船が障害を受けないで飛べる空間のコースや、宇宙間ジャンプのできるコースがある。我々はそれを宇宙の目と呼んでいる。我々の母船にはその宇宙の目を自動的に探して航行する自動システムが備わっているので、行き先をセットするだけでいいのです。」

   画面に見える星の光はゆっくりと後ろに流れていたが、母船がスピードを上げるにつれてだんだん星の流れる速度が速くなってきた。そして光の雨が猛烈な勢いで流れるようになったが、やがてそれさえも見えなくなっていった。

   「宇宙ジャンプをして光よりも速く飛んでいるので、これから何度か宇宙ジャンプをして我々の星へ到達します。」

   「光よりも速く飛ぶと、宇宙船の表面が摩擦熱で損傷しないのですか?」

   「すでに説明しましたが、小型宇宙船も母船も自分の母体を保護するために、波動の力で「力の場」であるフォースフィールドを張っています。ですから摩擦熱による損傷は起こらないのです。」

   私はそこで船長と別れ、私の友人の彼に自走機で母船の艦内を案内してもらうことになった。艦内のどこへ行っても光源がないのに真昼のように明るい。壁全体から光が出ているようだが、しかし影は映らなかった。小型宇宙船の駐機場や公園、スポーツクラブ、談話室、宇宙パノラマ室、そして図書館やレストラン、プライベートルームなどを急いで回った。駐機場には30機くらい宇宙船があったが、全部で100機はあるということだった。それはドーナツ型や釣り鐘型、芋虫型、透明ロケット型などさまざまな型があり、中でも一番多いのはアダムスキー型であった。

   公園が中央の中段上にあり、樹木や草花が咲き乱れていい芳香を放ち、植物の色合いはとても濃くて元気だった。自然の中に小川が流れ、散策路やベンチがあり、歩くと心が癒される素晴らしい公園に作られていた。そこからさらに農場や150メートルほどの山岳に連なっており、まさに自然そのものが存在していた。スポーツクラブものぞいて見たが、彼らは地球人のように、究極まで自分の身体に負担を強いるような激しいスポーツはしないのだという。宇宙パノラマ室では、プレアデス人が把握している全宇宙を見ることができ、宇宙の広さや奥の深さを知らされた。また図書室には地球だけでなく、ありとあらゆる星に関する図書があった。

   「我々プレアデス人は現在では本を使いません。
   それは家に居ながら、世界中のことを知ったり見たりできるからで、子どもたちが勉強するのにも本は使わない。年齢に応じて脳に知識を入れていくシステムがあるので、その記憶装置を使ってどんどん知識を増やすことができる。子どもたちはやがて自分の得意分野へと進んでいき、個性を生かした社会奉仕へと向かっていきます。」

   公園でもそうであったが、レストランにもさまざまな星からいろんな人種が集まっていた。「食事を取りましょう」と言われて、しばらくして彼が食事の載ったお盆とコップを持って戻ってきた。彼にうながされてコップのものを一口飲んでみると、それはありとあらゆる種類のダシを取ったような味のスープであった。皿の料理をスプーンで一口食べてみたが、これも地球では味わったことのないおいしい味覚であった。

   「こんな美味しいものは味わったことがありませんが、どんなものから作られているのですか?」
   
   「さまざまな穀類の粉と動物たんぱく質をほどよくミックスし、それに自然の調味料が加えてある総合的な栄養食です。動物たんぱく質といっても我々は動物を殺戮するわけではなく、主に魚を食糧に利用します。そのために魚を養殖してムダなく利用し、自然に還元する仕組みです。自然の成り立ちを損なわないようにしているのです。」

   食堂では、明らかに地球人と思われる人種が食事をしていた。

   「私の他に、地球人が母船に搭乗しているのですか?」

   「多分、いるでしょう。
   
それはまた別のグループで、別の目的と使命のもとに活動しているので、勝手に話しかけてはならないのです。」

   プライベートルームを出て、次は農場へ向かった。
   そこには地球と同じ野菜や果物が見られた。トマト、キャベツ、白菜、ブロッコリー、芋類、苺、林檎、桃、葡萄、マンゴー、バナナ、米、麦、粟、蕎麦、その他にもさまざまな調味料
に使う植物や茸(きのこ)類があり、地球にはない果物や野菜、穀類も多かった。

   「地球にあるほとんどの食物は、はるか昔に我々の祖先がプレアデスから持っていったもので、それが地球で野生化したり、地球人が改良したりして混ざり合って新種ができて今日に至っています。かつて地球には我々プレアデス人以外にも多くの宇宙人たちが立ち寄っているので、彼らによっても種(たね)は持ち込まれています。それは何十万年、何千万年、何億年前のことで、気の遠くなるなるような昔のことです。」

   「これらの植物を育てるために、自然の太陽の光を農場まで引いて照射したり、人工太陽も利用しています。また太陽の熱と光を貯蔵して効率よく利用し、成長ホルモンをコントロールして高単位の栄養を与え、成長を早めています。地球と比較すると、我々の農場では何十倍も成長が早く、もちろん無農薬の有機栽培です。」

   「我々の宇宙船は、この大宇宙に遍満する宇宙エネルギーを吸収しながら飛んでいます。太陽エネルギーだけでなく、星々の地場エネルギー、海洋のエネルギー、雷から発生するような自然の電気エネルギーも利用します。宇宙にはエネルギーとして利用できるものが満ち溢れているのです。我々のエネルギー消費量は、地球人類が使うものよりはるかに少ない。おそらくあなた方の何十分の一、何百分の一にとどまるでしょう。

   それでも我々はムダなエネルギーは使わないように心がけています。
   たとえば使わない部屋の明かりは消す、設備は使うときまで稼動させないなどですが、実際にはそのように気を使わなくても、母船自体が自分で自分のボディーをコントロールするシステムが作られています。

   壁が明るいのは、壁の素材に、光が何百倍にも拡大する特殊な材料が使われているからです。電気を光に変換する装置と連携して壁全体に光を流しています。あなた方人類の今の科学力では、特殊な材料という言葉でしか表現できないでしょう。この特殊な材料がまだ地球にはないだけでなく、地球人類の科学には基本のところに大きな誤りがあるので、教えてもまだ作ることができないでしょう。」


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜
粋 

   

弱い者ほど助けが必要で、援助しなければならない

   ひとしきり話していた母船の船長が一息ついた時、私は聞いてみた。

   「船長はどうして私を知っているのですか?」

   「私たちは剛史が生まれたときから君に注目していた、と言うよりそれ以前からで、剛史が魂の修行をしてきたこれまでの過去世のすべてを私たちは知っている、というほうが正しいかもしれませんね。我々は個人の過去世や未来を見ることができます。それはただ自由に見てよいというわけではなく、社会的、宇宙的に、また科学的に判断してぜひ必要な場合にだけ、必要に応じて見るのを許されているのです。

   だからあなたも必要な場合には、自分自身を見ることができるし、それだけでなくもう一人の自分にも会うことができます。あなた方地球人の常識では信じられない話だと思いますが、我々の科学力ではこれは常識なのです。これは「人間は肉体だけではなく、その本質は魂である」という真理に関係しています。

   ごく少数ですが、地球人類の中にも修行を積んだ人がおり、彼らは霊体を働かせて、過去や未来に自由に行くことができました。我々はそれを科学的に分析し、霊体の性質を科学的に応用し、その結果、いつでも必要な時に過去や未来へ行くことができるように発展させることができたのです。そして光よりも早く飛び、目的地へ短時間で行き来できるようになりました。ところで剛史は「どうして僕を知っているのか」と聞いたので、それに対するヒントをこれからお見せしましょう。」

   母船の展望室からは満天の星空が見えていた。
   正面には大きな画面のパネルがあり、船長はそれに向かい合った席に座った。彼は母船に何か命令を与えているようであった。やがて画面に宇宙地図と思われるものが示され、そこに母船の現在地が示されると、赤い点がそこから延びてある小さな星で止まった。その星の画像はだんだん拡大され、海や陸地が見え、もっと拡大されるとある山岳地帯が見えてきた。

   それは見覚えのある風景であった。
   
そこは楢山(ならやま)の村落だったのである。私の家が見えた。庭では母が洗濯物を干しており、私と弟二人と妹は庭で石とり遊びをしていた。裏庭では爺様と婆様が野菜の手入れをしていた。私は、あっと驚いた。これは俺の家の風景ではないか! どうしてここで見られるのだろう。もしかしてフィルムを回しているのかもしれない。船長は素早く私の思いを読み取って言った。

   「これはフィルムを回しているのではありません。我々の母船は小型宇宙船が行ったところならどこでも見られるようになっているのです。」

   船長は再び母船に命令を出した。
   画面が変わり、今度は私と弟二人に妹の4人が炬燵(こたつ)に入り、トランプをしているシーンが映し出された。これは間違いなく俺の家の中ではないか!ババヌキをやっていたときがそのまま映っている。いったいどういうことだろう。不可解な思いになった私の心を、また船長が読み取った。

   「建物の中まで観察できるのは、人の視力と思考を科学的に応用し、そこに光と電磁波の波動科学を組み合わせているからである。この場合は剛史の視力と思考を利用している。剛史の思考が我々の科学設備の中に登録されているのだ。

   「思考が登録されているとはどういうことですか。僕には理解できません。」

   「それは剛史の頭脳が特別で、我々に必要だったからです。
   それでいつでも剛史の思考を母船のコンピューターや、母星のヘッドコンピューターでキャッチできるようにしたのです。」

   「僕は勉強嫌いで出来の悪い学生ですから、僕からは何も得られませんよ」

   「剛史はそう思っているようですが、我々にとっては得難い頭脳であり、あなたの脳を知ることで地球人類について相当のことがわかるようになったのです。あなたの頭脳には奇想天外な想像力があって、その想像力にはかなり教えられた部分があり、我々の科学に応用したものもあります。次にもっと面白いものをお見せしましょう。右と左の画面をよく見てください。」

   彼が母船に命令を出すと、右の画面にはこの部屋にいる我々が映り、左の画面には別の部屋が映し出された。左の部屋は船長室か司令室のように見えた。そして船長は私の見ている前で何やら精神統一をし始めた。すると突然、目の前から船長の姿が
消えてしまったのである。まもなく、「剛史、こっちですよ」と船長の声がするので左の画面を見ると、船長はそこに座っているではないか。船長だけではなく、いつも私とともにいた他の4人も船長と一緒にいる。私が後ろを振り返ってみると、そこには誰もいなかった。

   「これはテレポーテーションです。
   それは地球人の中でも修行を積んだ一部の人はすることができました。要するに、自分の思考力だけで物質を瞬間移動させるわけで、我々はこれも分析し、宇宙科学に応用したのです。そのおかげで我々の宇宙科学は飛躍的な発展を遂げ、光よりも早く宇宙船が飛べるようになったのです。これは我々にとって革命的な進歩でした。またそちらへ行きますよ」

   船長が画面の向こうで精神統一をすると、スーッと姿が消え、同時にいつのまにか展望室の椅子に船長が座っていた。そして他の4人たちも戻っていた。私はまるで狐につままれたような気分だった。

   「これは魔法ではありません。
   肉体と魂が進化を遂げると、どんな人間にも普通にできることなのです。それは思考力によって物質を創り出すと言うほうがわかりやすいかもしれません。つまり人間には想像したことを実現させる力が備わっているのです。だからこそ思考というものは重要で、思考は見えないが「一定の作用と力」を持っているのです。我々はそれを宇宙科学に応用し、我々の宇宙船は操縦者の思考を読み取ることが可能になり、宇宙を自由に飛び回れるようになりました。それもまさに感情を備えた生き物のようになのです。

   人間の思考には「一定の作用と力」があるという事実は、強く想像すればそれが実現化するということを意味しており、それはまさに、「宇宙とは想像により、創造されていく」ものという証明でもあるのです。強く思念を働かせることで物を生み出したり、テレポート(瞬間移動)したりすることも自由にできるのです。しかしながら、人間の本質である魂を進化させなければテレポートは起こせないでしょう。なぜなら肉体を持ちながら、思念の世界で霊体を自由に移動させるためには訓練を必要とするからなのです。

   自分の本質を働かせるとは、自分の本質は神の分身の魂であると自覚することでなのです。我々は一人ひとりが神から分けられた魂なので、本来我々の神なる魂は万能なのです。自分の内なる神と出会い、それを自分の意思どおりに用いることができれば、人はまさに万能の人間になり、それは文字通り神のようになるのです。

   「それでは神の力をお見せしよう。 今、何か欲しいものはないですか?」

   「そうだなあ、冷たくておいしい飲み物が欲しいです」

   「それはお安い御用です」
   
   船長はサッと空中に手をかざすと、さあ、どうぞと言いながら、テーブルの上でウエイターがお客にすすめるような手の仕草をした。するといつのまにか、薄いピンク色の液体が入ったワイングラスが出現した。それは全員の前に用意された。

   私はあっけにとられながらもグラスを取り、一口飲んでみた。
   それは想像を超えるおいしさで、身体が生き返るように思えた。全員がグラスを手にして飲んだ。

   「これは手品ではありません。
   私は人間の思考力がどれほどのものであるかを見せたかっただけなのです。私は今、私の思いを、私の思念の力によって物質化しました。人間は想像により創造していくものであり、それは宇宙を創造した神の力が、我々人間にも宿っていることの証拠なのです。私は今、神の力を一部示したのであり、正しくいうと、「私を通して神が働いた」と表現したほうがいいかもしれません。」

   「どうすれば神の力が働くのですか。それは僕にもできますか?」

   「そのためには先に述べたように、自分の魂を進化させる必要があります。
   簡単に言うと、自分の心を、わずかの曇りもなく、澄み切った無欲の空(そら)にすることなのです。そこに内なる神が働けば世の中は思いのままになるでしょう。自分の心を水晶のように透明で純粋にすることで、肉体を霊的に変化させることができます。すべての人間は神の分身の魂であるので、内なる神の魂とともに生きるようになれば、当然人間はみな万能になるでしょう。

   地球人類は単に、霊的進化が遅れているだけなのです。
   そのためには一人ひとりが、自分のエゴの心を一掃して社会からエゴを排除し、「弱い者ほど助け、援助する」という「愛の奉仕活動を基本とする社会」を立ち上げなければならないのです。そうすることによって初めて、地球人類全体の霊的進化が進み、高まっていくでしょう。

   我々の科学は魔法や神のように思えるかもしれないが、我々よりも進化した宇宙人は、この大宇宙には多く存在している。我々はいつも物質化するわけではなく、必要に応じてその力を使う。できるだけ自然の物を摂るように心がけているので、我々も地球人類と同じように自然のものをたくさん調理する。

   我々はあなた方地球人よりもはるかに自然を愛し、大事にしています。
   そのことは我々の星を訪問してもらえればよくわかるでしょう。地球人類は我々のそういうところを見習う必要があると思います。地球人類は地球を破壊する一方であるが、人間の行ないによって自然が失われ、このままでは近い将来そのツケが確実に、人間に降りかかってくるでしょう。地球は泣いて、怒っています。でもそのことを地球人類はわかっていないのです。


              「プレアデス訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋


人類の諸悪の根源は「貨幣制度」

   「剛史、我々の母船にようこそ。君がここへ来る日を私はずっと待っていました。
    さあ、どうぞ、椅子におかけなさい。」

   「地球の剛史です。お招きにより母船に来ることになりました。」

   「剛史をここへ呼んだのは私です。」
   そう言って、この宇宙船の母船の船長は私を迎え入れてくれた。
   
   「あなたをここへ呼んだのは、あなたの運命が我々には必要で、そのためには暗記力のある鋭い頭ではなく、剛史のように鈍く、耐久力のある頭脳が必要だったのです。それはどんなことにも耐えられる精神力と、奇想天外な想像力です。今回はあなたにさまざまな体験をしてもらいますが、一度それを完全に忘れて、その後もう一度少しずつ思い出してもらうという、気の長い実験をします。それはこれからあなたが母船や他の星を訪ね、その体験を地球人社会に持って帰り、地球人類の進化のために役立ててもらうためなのです。

   なぜなら地球人類は今、自らの手によって滅亡して宇宙から消え去るか、それとも進化を遂げて我々のような宇宙連合の仲間に加わるか、という瀬戸際に立っているからなのです。地球人類は、今の社会体制を続けていく限り、滅亡は免れないでしょう。

   地球人類の諸悪の根源は、『貨幣制度』を社会の基礎に導入していることにあります。
   しかしそのことにまだ誰も気がついていません。あなた方人類がもっともありがたがっている貨幣にこそ、人類を滅亡させる原因が隠されているのです。貨幣経済は人間に限りない欲望を募(つの)らせ、競争や格差、差別社会を生み出しています。そして物質欲のエゴをむきだしにして争い、地球の資源を枯渇させ、公害となる汚染物質を垂れ流し、溜め込んでは環境破壊を繰り返しています。これらが自然のサイクルを狂わせ、今や地球を瀕死の状態に追い込んでいるのです。

   その根本的な原因が「貨幣経済」にあるのに、学者や政治家も、誰一人何もわかっていないのです。それは「自分さえよければいい」、「今さえよければいい」という刹那(せつな)的なエゴの心に蝕(むしば)まれていることで、それを改めようとする者がいないというのが今の地球人類の現状なのです。

   我々プレアデス人の社会には、貨幣経済は存在しません。
   貨幣がなくても、必要な物はすべての人に平等に行き渡ることができます。我々の社会の基本にあるのは、「愛の奉仕行動」であり、『全体を良くすることによって、自分も幸せになる』という考えです。地球人類のように「自分さえよければいい」というエゴの考えを持った人間は一人もいません。我々の社会にもプライベートがありますが、それさえも社会全体にとってどうなのかということを先に考えます。

   あなた方からすれば、それでは個人の自由がないのではと思うかもしれないが、それは違います。社会全体を先に考えた自由とは、他人に迷惑をかけない自由なのです。その結果として、エゴの育たない、レベルの高い自由社会が醸成されることになります。すべての人が幸せで、犯罪のない社会が形成されるので、『誰もが平等に暮らせる社会』が自然に確立され、『真の幸福が得られる平和な社会』が構築されるのです。

   また我々の社会にも、あなた方地球人と同じように男女の恋愛というものがあります。
   そして当然、人にはそれぞれ好みがあって、好きなタイプ、好きでないタイプというものがある。しかしどんな場合においても、人に害を与える人間は存在しません。たとえば男女間において、一人の女性あるいは一人の男性をめぐって複数の異性が好意を寄せる場合があるが、その対象の女性あるいは男性が自分ではなく他の誰かを選んだとわかると、その時点で他の候補者は二人の幸せを心から祝福する。

   我々は地球人のように相手を恨んだり、害を与えたり、レイプしたりするような行為は一切しません。それはさっぱりしたものです。なぜなら自分とその相手との恋愛を、神が望んでいなかったのだということをはっきり自分に感じることができるので、心から納得することができるからなのです。

   高度に進化した星の生命体は、魂が高度の進化を遂げているので、相手に害を与えたり、恨んだりする感情は起こらず、相手をいたわり祝福する感情しか湧いてこないのです。地球人類も『他人を愛する愛』に目覚め、魂の進化を遂げなければなりません。そうすれば民族間の争いや国家間の戦争もなくなるでしょう。地球人類はこの『他人を愛する愛』の意識を高める必要があり、それを基本として行動することによってだけ、『誰もが平等に平和に暮らせる社会』を構築することができるのです。

   あなた方地球人類の多くは、「肉体が死ねば終わりで、それ以外なにもない」と考えているが、そうではありません。人間の肉体を活かしているのは幽体であり、霊体でもあり、魂でなのです。人間の本体は霊魂ともいうべき、魂なのです。人間の肉体は魂によって生かされていると知らなければなりません。魂があって初めて人間なのです。人間が高度に進化していくとは、肉体の3次元から4次元の幽界へ、5次元の霊界へ、そして霊界から神界へと進化していくことを意味しています。つまりそれは自分の霊魂を浄化し、高め、魂を進化させていくことなのです。自分の魂のレベルが上がらないと、人間社会のレベルも当然上がることはないでしょう。

   それは難しいことではありません。
   一人一人が日常の生活の中で、他人に奉仕する行動を少しずつでも実行することなのです。それは見返りを求めない行動のことで、そのように生きる人々が増えることで社会に波及し、その動きは大きなうねりを作り出すことができます。そのためにはまず一人一人が、見返りを求めず無心に実行することが必要です。学者も、政治家も、社長も社員も、上下に関係なく、社会のため、困っている人のために、一つでも二つでも実行していくことなのです。

   このような行動は我々には簡単なことであるが、現在の地球人類にとっては難しいことであるかもしれません。しかし、これは必ず乗り越えなければならない大きなハードルなのです。進化する生命はそれを乗り越えてきたし、あなた方もそれを乗り越えなければなりません。それは個人としても必ず乗り越えなければならないハードルであるのです。もしそれが乗り越えられなければ、あなた方地球人は『真の平和の扉』を開けることはないでしょう。

   その目覚めときっかけを作るために、剛史にここまで来てもらいました」。
   『人間は地球人類だけではなく、大宇宙には進化した知的生命体が多種多様に存在している』という事実を知ってもらい、我々の母船や母星、そして宇宙の体験をしてもらい、それを地球人類の目覚めのために役立てていただきたいのです。」


              「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋


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宇宙にはさまざまに進化した人間型宇宙人がいる

   彼は宇宙船に命令を与えているようだった。
   正面の画面には野場頭の山が見えていたが、だんだんそれは連なる山並みへと変わっていった。さらに上空へ行くにつれて、平面に見えていた地球の景色が丸みを帯び、ついに球体の地球が見え、その地球が急速に小さくなって遠ざかっていった。やがて母船らしき葉巻型の宇宙船が画面に映し出され、私はその巨大さにただ驚くばかりであった。

   「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで直径700メートルから800メートル以上あります。さあ、着きました。これから母船に入ります。」

   宇宙船は母船の周囲を何度か回った後、後尾へ回り、下のほうからスーッと中へ入り込んだ。艦内には小型宇宙船が乗るための受け皿のような構造物があり、私たちの宇宙船がそれに乗ると、ピタリとはまって固定された。ここはプラットフォームとして使われているようだった。ここには母船の中を自由に行き来するための自走機というものがあるようで、3人乗り、6人乗り、12人乗りとあり、私たちは中の6人乗り自走機に乗り込んだ。

   「この母船は一つの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。それは生き物のような船であると言ってもいいでしょう。」

   なんとこれでも中規模程度の母船らしい。
   10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの、地球人には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートおきに道路が設けられており、階層はもっとも層の厚いところで40~50層になっているという。母船の中に公園や山河まであり、この母船で生まれ、育ち、一生を過ごす者もいるそうである。

   宇宙の人々はそれぞれに母星というものを持っているが、母船にはその母星にある都市機能が備えられているので、母星の社会がそのまま存在している。つまり母船が惑星としての役割を果たしているので母船が故郷となる者もおり、そういった人々はある意味で母星に暮らしている人々よりも精神的に進化しているようである。彼らは「自分たちはOO人、××星人」という枠を超えた、本当の意味での宇宙人なのだ。彼らはスペースマンとして生まれ変わり、これからもそうして生きていくという自負を持っており、母船での生活に誇りを持って生きているのだ。

   「それぞれの母船にはそれぞれ異なった役割があります。
   また大きさや型によって何十年型、何百年型、何千年型と航行耐用年数があります。宇宙船のほとんどは自己補修型、自己再生型に作られているが、母船の種類によっては半年、1年、3年、5年おきに母星に必ず帰港し、保守点検や改良、補修を行なうことが義務付けられています。5年、10年前の宇宙船ともなると古い型になってしまうので、定期的に母星に帰港して改良や補修を加えます。その間、母船の住民は、母星で旅行をしたり好きなことをして楽しみます。

   「ここにはあなた方地球人と同じように、私たちにも仕事上の役割による人事異動があります。しかし私たちの社会においては何ごとにも強制されることはなく、社会の基本はあくまでも「愛の奉仕活動」によって行なわれているので、異動というより、「希望による交代」と言ったほうが合っているかもしれません。母船の住民が母星で生活したい場合も、逆に母星の住民が母船で生活したい場合も同じく自由に認められます。次に誰が降り、誰が交代になるかについても、母船と母星の間で絶えず連絡が交わされているので、人事異動に問題が起きることはありません。」

   通路は自走機が通る部分と、歩行者の部分に区分されていた。
   彼らプレアデス星人の他にさまざまなタイプの人種を見たが、その種類の多さには驚かされた。さらに彼らの顔や姿がよく見えるのは艦内が明るいからだが、しかしそれにしても照明器具に当るものが、つまり光源が見当たらないのだった。そして彼が私の心を読んだようで、私が質問するよりも先に答えた。

   「地球人類のように、私たちの社会には光源となる電球を必要とするシステムはありません。初期には私たちの祖先も電気設備を利用していたようであるが、それは電気の利用法としては非常に効率のよくないものでした。また電気を起こすまでの段階で環境破壊が伴うので、やがて廃れていきました。その代わりに、宇宙空間から無尽蔵に得られる宇宙エネルギーが利用開発されたのです。そして私たちは照明に電球を必要とせず、壁そのものが発光するようにし、物質を効率よく利用しているのです。

   また私たちの日常生活や社会では、必要なものは完全にリサイクルされており、完全利用のシステムが構築されています。そのために私たちの社会では、必要なものを必要以上に取るものは誰もいません。「必要なものを、必要な人が、必要なときに、必要な分だけ受けられる社会」、「誰もが平等に平和に暮らせる社会」が、何百万年も、何千万年も、何億年も前からここには確立されているのです。」

   「この母船には私たちプレアデス星人だけでなく、さまざまな星から来た人々が協力のために同乗しています。その中にはあなた方人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは、私たちが遺伝子工学やバイオ化学、宇宙科学を駆使して作り出したロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。そのほかにも、爬虫類や鳥類、魚類、昆虫、植物などの形態から進化した人間もいます。ここで私が人間と言っているのは、知恵を持ち、道具を利用し、社会生活を営んでいる知的生命体を意味しています。このように大宇宙には、進化した生命が存在する星がたくさんあり、人間は地球人やプレアデス星人だけではないのです。」

   自走機は中央の広い道路を走り、終着点のホームに着いた。
   そこではじめて、自走機が床から20センチくらいのところを浮いて走っていたことに気づいた。さらにそこから上の階層に上がるために「エレベーターのようなもの」に乗ったが、仕掛けはまったく違っており、吊り下げるワイヤーなどはなく、磁気を応用して無重力化させて動いているという。エレベーターを降り、再び自走機に乗り、中央の部屋の前で自走機が止まった。彼が先に降りて感知装置のようなものに手をかざすと、ドアがスーッと開いた。中には中央にテーブルがあり、中央の椅子にこの母船のシーサ(船長)が威厳のある顔で座っていた。


             「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋


        
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基本的な理解に欠ける人類の科学

   それは、私がまだ16歳で、故郷の岩手県に住んでいたときのことであった。
   天気の良いある休日の朝早く、私は秋の山の恵みを求めて野馬頭山(のばかしらやま)まで一人で出かけた。朝5時ごろに家を出て、歩いていくにつれて秋の野山は上のほうから少しづつ色づいて美しかった。野場頭山へ着くと、さっそく右手に鎌を持ち、面白いほど落ちていた栗を拾い、頂上付近を探し歩いてアケビと山葡萄を見つけ、籠はすぐにいっぱいになった。日影の落ちる様子から推測すると午前11時ごろだったと思う。

   私は水筒の水を入れ替えるため斜面を下り、杉の大木の根元から冷たい水がこんこんと湧き出ているのを見つけ、すくって飲んでみると、身体に染み渡るほどおいしく感じられた。そしてそのまま木陰に座り、母が作ってくれた味噌焼きおにぎりで早めの昼食をとった。その後私は山の頂上へ上がり、四方を眺めまわし、大きな声で「オーイ、オーイ」と叫んだ。とても気分が良く、自然との一体感が感じられた。この日は朝早かったこともあり、疲れたのか私は急に眠気に襲われて草むらに横になった。青空を見つめていると吸い込まれるような気分になった。

   すると突然。青空にピカッと光るものを感じた。
   それは美しい天使のように見えた。だんだん空から降りて来た天使のような存在は、地上から5、60メートルのところでいったん停止すると、私に話しかけたのである。そのまま彼の姿はかき消えたと思うまもなく、今度は上空で宇宙船が陽光を浴びてキラキラ輝きながら、どんどん私のほうに近づいてきた。

   そして急に私の頭の中へ彼からのメッセージが入ってきたのだ。それは私にとって、14歳の時に遭遇して以来の懐かしい声であった。私はそれまで彼には二度遭遇していた。最初の出会いは9歳の時で、御家倉山(おやくらやま)に登ったときであった。そして二度目は14歳の時で、5月の天気の良い日に野張山(のばりやま)の頂上で出遭ったのだった。

   地上100メートルほどで宇宙船は滞空し、グリーンの光の帯が降りてきた。
   私は半分眠った状態のままその光に包まれ、上昇していった。つまり私はそのまま光に引っ張り上げられて、宇宙船の中に入ってしまったのだ。気がつくと、船内のソファーの上に寝ていた。そこには彼だけでなく他に3人の人々がおり、笑顔で迎えてくれた。

   「いらっしゃい。 今日はこれからあなたを我々の母船に招待しましょう」

   私は安心してリラックスすると、さっきの私を持ち上げた光に対して疑問が浮かんできた。「地球の光は暗いところを明るくする照明として使われますが、あなた方の光は人間のような生命体とか重さのある物体を移動できるのですね。どうなっているのですか?」

   「それは今のあなたには説明してもわからないでしょう。
   あなた方の地球の科学は基本的なことの解明が非常に遅れており、しかも大きな誤りがあります。あなたがわからないだけでなく、地球人類で一番頭がいいと言われている人物や、最高の頭脳と言われている人間であっても、現在の地球レベルではわからないはずです。むしろ地球で偉大と言われるがゆえに先入感が先に立ち、理解できないのです。

   私たちの宇宙科学は波動と光の科学であるといっても過言ではありません。
   私たちは物質世界と非物質世界について徹底的に解明し、これ以上できないほどのレベルにまで細分化することができました。そして波動と光の科学を駆使し、元の原子、分子に科学の力を加え、新たな物質を創り出し、物質を自由にコントロールするところにまで科学を進めたのです。

   たとえば、あなた方地球人類は「真空は無だ」と考えているようですが、そうではありません。透明なガラス容器を限りなく真空にし、それに光を当てると光は透過します。光が透過するということは、そこに光が存在するということです。つまり「無」ではなく、そこには何らかの物が存在するという証明なのです。よって、宇宙空間は限りなく宇宙エネルギーの詰まった空間なのであり、決して「無」ではありません。

   「空間は星の重力により歪められ、光は屈折する」ということを、あなたも学校で習ったはずです。地球が所属する太陽系を見てもわかるように、太陽、つまり恒星に地球のような惑星たちが幾つか所属して運行し、それが集団を成し、天の川銀河系を構成して反時計周りに渦を巻いています。その銀河系は、地球人類の数字で言うと1000億以上の数が存在しています。また、地球人が捉えている銀河系集団以外にも、人類の気づかない、それと同じような別の宇宙も存在しているのです。

   人類が把握している宇宙と、人類が把握できずにいる外宇宙の間は光も届かない漆黒の闇で、あなた方はそれを「ダークマター」と呼んでいます。しかしダークマター」を含むのが宇宙なので、宇宙の90何パーセントはそのダークマターで占められていることになります。では宇宙の90何パーセントが暗黒の闇だから「無」か、と言えばそうでもありません。私たちの科学は地球人類よりも進んでいますが、しかし私たちにしても宇宙のすべてを解明できているわけではないのです。宇宙のほとんどは私たちにとっても謎のままですが、しかし宇宙のおよその仕組みや、成り立ちについては、地球人類よりも私たちのほうが進んでいると言えるでしょう。

   さっきの光が、どうして重い物体を持ち上げられるかの説明をすると、あのグリーンの特殊な光は、物体を無重力化する働きをしています。無重力化した物体が浮いたところを引き上げて、宇宙船に誘導する仕組みになっているのです。

   「あなたとは前に母船への招待を約束しましたね。今回は剛史にそれを体験してもらうためにやってきました。」

   「もちろん体験したいのですが、宇宙船で事故は起きないのですか?」

   正直に言うと、宇宙船にも事故はあります。
   でもそれは地球人類の飛行機事故に比べたら、比較にならないほどの低い確率です。
それに私たちの宇宙船は自らを完全にチェックするシステムと、完全自己補修や自己再生機能が備わっているので安心していられます。しかし宇宙には予想外の突発的なことが起きるものなのです。過去にはそういう出来事にも遭遇し、宇宙船が一瞬のうちに木っ端微塵(こっぱみじん)に吹き飛んだこともありました。そして現在の宇宙船は、危険を未然に察知するシステムが備わっており、また危険から宇宙船を護るためのフォースフィールド(力の場)を張って自らを保護しています。よって、99.9999%、つまりほぼ100%に近い安全の保証ができると言えるのです。


              「プレアデス星訪問記」 上平剛史著 たま出版

                           抜粋


     
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あなたが発した心の波動は一周して戻ってくる

   あなたのハートの中心から発せられた感謝の波動は、地球の表面をぐるりと一周して、あなたの後ろに戻り、あなたの背中を通過して再び元の位置へと帰ってくる。感覚を研ぎ澄まして、地球を一周回って戻ってきたあなたの感謝の波動を感じてみよう。ハートのエレメントを活性化させるには前面だけではなく、背後にも意識を向けることが重要である。そしてこの流れは絶えることがない。ハートから言葉を発するとは、前方に光を発していると思うかもしれないが、実はハートから発する光は前方だけではなく、四方八方に拡がっていくのだ。

   誰かに花を贈る際に、送られるのは花だけだろうか?
   それは本当に贈りたかったのは花ではなく、花に込められたあなたの想い、花に託されたあなたの願い、花を介して運ばれるあなたの祈りにも似た感情であるかもしれない。その際に起きていることはこうである。あなたは誰かに花を贈ると同時に、その花をもらった人の喜びを受け取っている。

   通常の意識状態ではあなた方は、目に見えない世界で繰り広げられていることを理解できないが、心のこもった贈り物は、それを受け取った人の喜びが目には見えない粒子になってあなたのところに送り返され、あなたのハートの領域には一輪の光の花が咲く。あなたが高次元領域に入ることができれば、人々の胸に幾つものバラの花が咲いているのを見るだろう。どれだけバラの花を咲かせることができるかは、どれだけ他者を喜ばせることができたかによる。

   あなたのハートの中心には、あなたの庭、あなたの心の聖地、いわば心の聖域がある。その庭園にはさまざまな喜びを発しながら、光の花が咲いているだろう。心の聖域には、あなたが許可した相手しか入ることができず、それがハートの仕組みである。

   ではもう一つ上の次元から、ハートの領域をスキャニングしてみよう。
   ハートの領域で輝いているものを多次元的に解釈すると、これは光の粒子である。バラの花の形にも見えるかもしれないが、これは宇宙創造の設計図のようなものである。つまり鉱物も、植物も動物も、そしてヒューマノイド型の人間も、そして人の意識も、惑星地球の意識も、すべてはその設計図に則(のっと)っている。それはどんな微細で小さな存在にも同じ設計図が描かれており、その設計図にしたがって創造の螺旋(らせん)をさかのぼれば、必ず第一原因の、創造の原理へと到達できる。

   風のエレメントでの領域であるハートの話をもう少ししよう。
   心を開くという言葉があるが、厳密に言うと心は開くことはできない。たとえば耳を「開く」という文字表現は誤りで、耳は「啓(ひら)く」ものだ。なぜなら耳は開閉できず、そういうものに対しては開くではなく「啓く」という文字を使う。いままでわからなかったことを理解した時にもこの文字を使う。また未来を開くというのは、正しくは未来を『拓(ひら)く』である。

   
「それでは、心はどうやってひらくのですか?」

   
たとえて言うと、心は温度を上げてゆくことによって他者との関係を拓(ひら)くことができる。目の前にいない相手にも、遠く離れた場所にいても、微細な振動数がハートのネットワークを用いて相手へと伝わる。粗い振動数の怒りや欲望は、3次元の肉体の下位の部分を刺激し作用する。たとえばもっとも微細な振動数である超越した祈りという形態は、時空を超えてすべての障壁を取り払うことができる。

   
「超越した祈りって何ですか?」

   
超越した祈りとは、自分のことではない利他的な祈りのことである。
   それは純粋な祈りの言葉のことで、生命に対する賛歌でもある。心の温度を上げるためには、軽くなることであり、余計な荷物を下ろし、軽やかに、爽やかに、そしてしなやかになることである。


           「宇宙の羅針盤 ㊤」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                         抜粋したもの


        
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どんな意識状態でいるかによって起きる現象が変わる

風のエレメントと正八面体
   
三角形が8枚集まってできた立体である正8面体によって、風のエレメントは具現化された。それはちょうどピラミッドが水面に映っているように、上向きのピラミッドと下向きのピラミッドが底辺で連結された形である。本来ピラミッドは、この正8面体の形をしている。

   風は、地球上ではどのようなものだろうか?
   風は水面を渡り、木々を揺らし、そして季節を運ぶ。心地よいそよ風は心を爽やかにし、そして軽やかにしてくれる。しかし一方で風は燃えさかる炎を煽り、荒れ狂う嵐は破壊をもたらすこともあるだろう。

   風のエレメントである正8面体は、ピラミッドが水面に映ったような形をしている。
   この形を平面的にとらえると、上向きの三角形と下向きの三角形が底辺で連結され、受信と送信のバランスがとれている。人間の肉体でいうと、心臓周辺のエリアに当たる。この立体の特徴はバランスであり、それは光と影の統合をあらわしている。

   風のエレメントは、思考的で、知的な活動を司(つかさど)り、そして合理的な性質を持っている。また慈愛を司り、愛を与えることや受け取ることがテーマである。しかしこのエネルギーが停滞すると、自分勝手で自己中心的になる。風のエレメントのバランスが崩れると、与えることも受け取ることも難しくなるだろう。イライラし、せっかちになり、不平不満が多く、絶望感に囚われたり落ち込んだりする。その状況に囚われて身動きできなくなると、呼吸が浅くなる傾向がある。風のエレメントのバランスが取れていると、軽やかに、しなやかに、そして柔軟性が生まれる。このエレメントは本来、爽やかで、涼やかで、調和を大切にする立体なのである。

   風のエレメントである正8面体を、植物の成長にたとえてみよう。
   植物の種から芽が出て、太陽に向かって伸び上がり、そして風にゆらぐことによって植物は強く成長するが、これは植物だけではない。まず水を加えられて粘土がこねられ、完成した泥人形を火の中で焼いてみよう。しかし焼きあがった人形もこのままではただの泥人形である。最後に息吹を吹き込んで、初めて人間が完成する。正8面体に象徴される風のエレメントとは、最後に吹き込まれる「息」でもある。そしてあなた方の言語で「息」という文字は、自らの心と書くように、自分の心に息を吹き込んでようやく人間が完成するのである。

   
「息ってすごいんだね。そういえばわたしの母語では、人が亡くなる時には息を引き取ると言いますよ。それに危機的状況から帰還した時は、息を吹き返すとも言います。」

   
宇宙的にみてもそれは的確な表現であり、惑星地球で生きていくうえで、最初の息と最後の息はとても重要である。しかし最初と最後だけでなく、実は一息一息すべてに意味があるが、あなた方はいつも当たり前のように息をしているので、呼吸をしていることさえ忘れてしまうことがあるだろう。吐く息と吸う息、そしてその狭間の息、この三つのパターンが使われていることで、あなた方は常に宇宙とつながっているのである。それは一息ごとにあなたの意識を宇宙に送信し、また一息ごとに宇宙の意識を自分の中に受信しているとも言える。

   あなた方は、どのような意識状態でいるかによって起きる現象が変わるということを実際に経験したことがあるだろうか。この現象は、正8面体に象徴される呼吸の原理を知れば図形的にも納得がいくだろう。これは扉の原理と同じで、内側と外側が同じ周波数にならないと扉が開かないように、扉が開くと内側と外側が混じり合う。このパターンを90度変換すると実は、どのような意識状態で呼吸をするかによって、どのような同じパターンの意識を「吸い寄せて」いるかが手に取るようにわかる。

   「息」は「意識」であり、あなたがどんな意識を発しているかによって、どんな意識を吸うかが決まってくる。最初は実感できないかもしれないが、ハートの領域に正8面体を意識して呼吸すると、やがてその仕組みを実感できるようになるだろう。

   
そしてあなたが『太陽の図形』と称して描いた創造の図形も、この正8面体と関連がある。
   「えっ、そうなんですか、アヌビス? たしかに太陽の前面で回っていた図形は8個の要素からできていました。その答えは8面体にあるのでしょうか?」 

   マヤはノートを見せながらアヌビスに質問する。
   マヤはアヌビスに促されて静かに目を閉じ、ゆっくりと息を吐きながら、正8面体の中心に自分の意識を置いてみると、前後左右を三角形で囲まれている安心感があった。それは宇宙にあるものは地球にもあるという安心感で、上下、左右、前後のバランスが取れてくる。この図形は瞬時に、前後左右を入れ替えることができた。8方向すべての面に映像が映り、意識を向けた画面に瞬時に移動できるというのがことの真相だろう。多次元的な視点とはこういうことかもしれない。

   
この図形に入ると見えてくるものがあるだろう。
   結論から先に言うと、身体の前面だけではなく、背面も重要だということである。地球人類は顔の前に目がついているので、ほとんどが前方にのみ意識を向けがちであるが、後ろにも目があるような気持ちで、360度全てを見渡す視点を心がけてみよう。「目」とは皮膚が「特化」したものであり、本来はもともと皮膚全体が目でもあるのだ。

   身体の外側に正8面体があり、自分の身体の心臓付近にも小さな正8面体があるとイメージしてみよう。身体の外側にあるものも、内側にある図形も大きさが違うだけでまったく同じ形状をしている。同じ形のものは、たとえ大きさが異なっていても同じように共鳴する。外側にある正8面体と内側にある正8面体を共鳴させ、意識を向けてみよう。まず外側から、次に内側から、また外側と最低4回繰り返してみよう。

   自分の内側と外側を反転させるとはこういうことである。
   これらの図形はあなた方の身体だけではなく、地球の中心にも、また地球の外側にも存在している。地球の真ん中に正8面体があるとイメージしてみよう。そして外側にもあるとイメージして意識を向けてみよう。

   たとえば二人の人物が会話しているとき、その様子を真横から観察してみよう。
   そこには発せられているのは音声としての言葉だけではなく、目には届かない何らかの色が発せられていることがわかるだろう。それは色彩のある雲のように見える場合もあれば、光のビームのように見える場合もあるだろう。その光がどこから発せられているかよく観察してみよう。

   
アヌビスはスクリーンを物質化して、その中にさまざまな場面を上映して見せてくれた。伝説のスピーチや、歴史上の人物の顔もあった。
   「見て見てアヌビス、あの人は心でなくて、おでこから言葉を発しているね」

   
眉間(みけん)から発せられている言葉は、二極の答えを要求している。
   つまり白か黒か、良いか悪いか、損か得か、プラスかマイナスか、利益があるのかないのかという二極性である。そして眉間から発せられた二極性に満ちた言葉が、欲望や権力、恐怖や支配などと結びつくと厄介なことになる。一方、ハートから発せられる言葉はすべてを受け入れながら、二元的な答えにこだわらない傾向にある。

   ハートから真実の言葉を発しないかぎり、伝わらないものがある。
   たとえば、赤ん坊や言語を持たない存在とコミュニケーションを取る場合は、ハートによるコミュニケーションが有効な手段になるだろう。動物や植物や石、また惑星地球と話す場合にも人間の言語が使われるわけではなく、そこにあるのはハートの言語である。ハートのコミュニケーションを用いることができれば、時空を超えてさまざまな存在とコンタクトをとることができる。惑星地球でのあなたのミッションは、歪んだ言葉を整合化させることでもある。

   言葉を整合化させることで、時を越えて、場所を越えて、そして種を超えて、さまざまな存在とコミュニケーションが取れるようになる。それは宇宙共通言語を理解すれば、宇宙図書館(アカシックレコード)のすべての文字が読めるようになるということである。かつて地上では、同じ一つの言語であるハートの言語を話していたが、(バベルの塔以来)人々がバラバラの言語を話すようになってから互いに相手の言葉がわからなくなり、それだけでなく、惑星地球や太陽の言葉まで理解できなくなって現在に至っているのだ。

   結論から先に言うと、数字や図形は宇宙の共通言語である。
   しかしその言語を理解できないうちは、数字や図形は単なる記号にすぎない。それをどのように理解し、解釈できるかは、その人の持っている多次元的な言語の解読能力に委ねられている。数字や図形を、単なる計算の道具や何かを測るものとしてだけに使っている間は、数字や図形の発する声なき声を聴くことはないだろう


   宇宙図書館(アカシックレコード)のある領域には、数字と図形だけで書かれた本が存在しており、何が書かれているのかわからなかったが、そこには芸術と数学が融合されたような美しさがあった。本当の芸術とは主観的なものではなく、客観的な比率や数値が根底に流れているのだろう。図形の中に入ってどんな感じがするか、どんな言葉を発しているかということは、地球上のどんな幾何学の本にも載ってはいないだろう。まだ言葉を話せない幼い子供や、話すことがままならない状態にある人、石や植物や動物たちの気持ちを察したり、過去や未来の人と交流をはかったり、はるか遠方にいる人や、地球以外の他の星の存在たちと話したり、もしそんな機会があれば、その時に数字や図形などのツールは役に立つに違いないとマヤは確信した



           「宇宙の羅針盤 ㊤」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                           抜粋



         ******************************diamond*****************************   

「生命」に対する理解度がすべてに通じる

火のエレメントと正四面体
   
地のエレメントや水のエレメントは、暗く、ジメジメしていて光が足りなかった。
   暗くて湿っぽい場所は爬虫類が好んで生息する領域であり、いわば爬虫類脳が支配するエリアでもある。そこに光が射してくると、ようやく人は自立し、自分自身を見ることができるようになる。

   この正四面体という立体は、知性やスピードを司っている。
   それは推進力や洞察力、集中力、行動力、瞬発力であり、バイタリティーにあふれている。目的意識がはっきりとして、頭脳を明晰な状態に保つことが可能になる。正四面体は三角形が4枚でできており、火のエレメントをあらわしている。

   火のエレメントの特徴は頭の回転が速く、聡明で積極的であるが、行き場がなくなると怒りとなって爆発する。烈火のごとく怒っている人や頭の毛を逆立てるように怒っている人、頭から湯気を出して怒っているような人を見たことがあるだろうが、「怒り心頭、頭にくる」と言う言葉のように、怒りとは頭に血がのぼった状態である。火のエレメントのバランスが取れていないと、やる気が起きず、自己中心的になり、他人をコントロールしようとするだろう。怒りや恨みなど、そして後悔の念を抱きやすくなる。しかしバランスが取れていると、許すことや感情を手放すことが容易にできるだろう。

   火のエレメントは、暗くて湿気の多いものに真実の光を投げかけて、真相を明らかにしたり、暴いて、隠れることを許さない、という厳しい一面も持っている。目に見える外側の太陽だけでなく、内側にある太陽をあらわす場合もある。ヒューマノイド型人類では、身体の中心軸上にあるお臍と胸の間の、ちょうどみぞおちのエリアにあたる。先に述べた水のエレメントは、すべてを洗い流すような働きがあったが、火による浄化は自らをも焼き尽くすような激しいエネルギーを持っている。

   太陽の光が不足するとどんよりとして暗く、寒く、活力がなくなる。太陽は暖かさやぬくもり、そして活力の源泉なのである。しかし一方で、灼熱の太陽は水分を奪い、大地はカラカラに干からびてしまう。また植物の成長にたとえると、地中に眠る種に水が注がれ、そこに太陽の光である日射しが当たり、太陽に向かって成長していく。植物や動物の成長に欠かせない太陽の光は、創造性をあらわしている。

   正四面体は、3次元に存在し得る、直線から構成される正多面体の最小単位である。
   その意味は、この形はもっとも少ない枚数の面から構成されている正多面体であり、
正四面体よりも面の少ない正多面体はないということである。つまり、曲線を使わず直線から構成される面を張り合わせる際に、正三面体や正二面体、正一面体では立体になり得ないということである。そのゆえに正四面体は、宇宙をあらわす最小単位としての『時間のモデル』にしばしば使われている。時間のモデルとは、タイムトラベラーが時空を旅する際に使用するツールである。いわば正四面体は、次元を超えていく際の舵取りであり、宇宙船の推進力には、この図形が組み込まれているはずである。

   時間にはプラスの時間だけでなく、マイナスの時間もある。
   過去と未来は同時に存在しており、厳密に言えば、過去も未来も区別することができない。プラスの時間とは未来に向かって進んでいく時間であり、マイナスの時間は逆のベクトルで過去へと向かっていく時間のことだ。つまり「すべての現象」に、プラスとマイナスとゼロがあり、作用に対して反作用がある。それは時間も同じことであって、未来へと向かう時間があれば、過去へと向かう時間も存在するということである。

   なぜ現在の地球人類は、マイナス時間を有効に使わないのだろうか?
   あなた方がこのことについてなぜ「不可能だ」と思うかと言えば、あなた方は生命に対してある一部分しか見ていないからである。あなた方の時間に対する理解度は、死んだら終わりだと思っていることや、死と呼ばれているものの後にも、意識というものは連綿と続くものであることを理解していないこととよく似ている。つまり、時間というものを半分しか見ていないのであり、それは360度の円のうち、半分の180度しか見ていないからである。

   それは昼間の太陽の存在は認識しても、夜になると太陽がなくなってしまうと思っているのと同じようなものである。次元に対する理解度は、「生命」に対する理解度と比例する。よって、生命に対する認識をここから一歩先へと進めなければ、いつまでも次元についての理解は境界線を越えることができないだろう。

   夜星を見て、あなた方人類は、目には見えない線を引いて星座というものを作った。
   しかし夜空を見上げるとき、その星座の一つひとつの星の距離や奥行きというものを見ているわけではなく、平面として捉えているのである。しかし星の光
は、地球からの距離によって何百年前、何千年前、何万年前の光が届いているわけだが、別々の時間を地球への距離を定点にしながら同時に見て、しかもそれらを同じ星座と認識している。

   時間というものを考えた時、このことは何を教えてくれるのだろうか?
   それは、それぞれが違う時間を有しているにもかかわらず、同じ空間を共有し、時間的な多様性をすでに含んでいるということである。しかし少なくとも、地球に住んでいる人類の目からは平面に見えるわけである。また惑星地球は太陽の周りを回っているが、その太陽も銀河の中心を回っているので、厳密に言えば惑星地球は円軌道ではなく螺旋(らせん)を描いていることになる。時間というものもそうで、あなた方は直線的に時間が進んでいるように感じているかもしれないが、実は時間は波形を描きながら、過去から未来、未来から過去へと向かっている。

   もう一歩踏み込んだホログラムの話をしよう。
   ホログラム映像とは、この正四面体の各面から当てられる光と、四方向から見る光によって立体に見える。この正四面体は、レンズの焦点や集中力として使うことができると同時に、本来の姿を映し出すことができる


   「本来の姿を?」

   
あなた方は次のような伝説を聞いたことがないだろうか。
   「死後の世界で、羽と自分の心臓を天秤にかけて、心臓が羽よりも軽くないなら食べられてしまう」という伝説を。


   アヌビスは虚空にスクリーンを物質化して、古代エジプト時代の壁画のようなものを見せてくれた


   この壁画にある死後「天秤」に掛けられるという「たとえ」は、この正四面体のなかに入ると、本来の姿が明らかになるという宇宙的な事実を、地球的に理解できるように翻訳したものである。つまりこの壁画に描かれている天秤は、正四面体を表現するために描かれたのである。なぜなら壁画に正四面体を描いて、どれくらいの人がその意味を正しく理解できるだろうか。古代エジプトの壁画は平面に描かれているので、正四面体を描こうとしたらただの三角形になったに違いない。

   ピラミッドは正四面体ではなく、正八面体である。
   地上に見えるピラミッドは、正八面体の半分が現れており、その半分は地中にある。正四面体はもっともシンプルに本来の姿を映し出す。この図形の中に入れば、もはや何も隠すことはできない。ホログラム映像とはその仕組みを利用した技術である。

   もう少し具体的な例を上げると、正四面体の底の三角形に立っていると想像するとよい。そして自分を囲むように3つの三角形があるので、意識を他の面に向ける。その方向は合計四方向である。自分が立つ場所が絶えず入れ替わっても、常に三角形が三方向に存在するわけで、このようにして自分を別の角度から客観視できるようになる。自分の現在の思考を中心点として、その他に三方向の視点を獲得し、自分をスキャニングできる。

   一つでは点。点と点をつないで線に。三点を結んで図形になり、そしてさらにその三点にもう一つ点を結んで始めて立体的な解釈ができるものなのである


   マヤは正四面体の中に立ち、底にくる三角形を次々に入れ替えながら、その動きはおもちゃの「起き上がりこぶし」のように思った。60度ずつ方向転換しながら視点が変わっていく


   次に、この正四面体の底に当たる三角形を上に向けて、三角形の頂点を下に向けてみよう。三角形の頂点を上に向けるか、下に向けるかでスピード感が異なることがわかるだろう。決して焦る必要はないが、時を読み、使命を作動させる際の『集中力』としてこの図形を使うとよい。魂が持っている計画書を読むことができれば、この正四面体が、使命を作動させる際のサインになっていることに気づくだろう。

   過去のことを思い出すという行為は、マイナス時間を使って意識を過去へと巻き戻していることである。それは時間を逆行させるわけではなく、感情や色や数字などのさまざまなインデックスを使い、時間を飛び越える。


          「宇宙の羅針盤 ㊤」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                         抜粋したもの



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自分と他人との「感情の境界線」の自覚

   宇宙図書館(アカシックレコード)の記録によると、1万3000年前から人類の言葉は歪み始めており、今では宇宙の法則に則(のっと)った言葉を発する人は稀のようだ。1万3000年前というと・・・たとえばレムリアの時代の人と会話をするには、歪みのない言葉を発しなければ本当の気持ちは伝わらないのだろうなと、マヤは思った。
   アヌビスは虚空にスクリーンを設置して、海に注ぐ三角州の映像を映し出していた。

   
海に注ぐ川の水について、海水と淡水が交わるところで水の性質を説明しよう。
   海水と淡水が二分されているのは、浸透圧のためである。浸透圧の仕組みは、次元間の仕組みとよく似ている。浸透圧の原理を理解できれば、幾重にも重なる次元がなぜ混ざったりしないかが理解できるだろう。また水には次元間をつなぐ役割もある。

   つまり次元には浸透圧と同じような性質があり、それぞれの次元は交じり合わないようになっている。次元と次元の間は、網目の大きさが異なるヴェールのようなもので仕切られており、粒子が細かい物質はさまざまな次元を行き来できるが、粒子の大きい物質はヴェールを通過することができない。よって、さまざまな次元を自在に行き来するためには、自分の振動数を上げて粒子を細かくするしか方法がないのである。

   水のエレメントの特徴は、循環する、流れるようなエネルギーである。
   つまり情報も物質も、お金も、その循環するエネルギーは水のエレメントの領域なのである。また水のエレメントは記憶や感情を司っている。水のエレメントをうまく流せないと悲しみに浸ったりして、感情の海で溺れてしまうだろう。また自分と他人の感情の境界線がよくわからなくなるのは、これは浸透圧の原理を理解していないことを意味しており、他人の感情を自分の感情と思ったりする。

   よく覚えておいてほしいことは、相手の感情を読むために宇宙図書館のデータを利用する行為は、決して宇宙図書館検索とは言えないことである。それはただ単に、自分と他人の間に境界線が引けないだけなのである。そのような者は、自分の感情の問題を他人に投影しているだけであり、自分に都合のいいように世界を脚色しているに過ぎない。自分と他人との境界線に問題を持つ者は、水のエレメントが歪んでいることを示している。

   彼らの特徴は、物理的にも精神的にもしっかり地に足がついておらず、その姿はまるで根っこのない植物のようなものである。彼らのエネルギーを観察してみると、彼らは惑星地球の中心とつながっていないので直接地球からエネルギーをもらうことができず、そのために人の情にすがり、身近にいる人に結びついてエネルギーを補給している。つまり彼らは、地球と子宮を間違えているのだ。

   たとえアカシックレコードに接続できる者であっても、境界線に問題を抱えている者が読み取るデータは地球劇の感情の記録であって、決して、宇宙からの情報ではない。他人をコントロールするために、他人の感情にアクセスして恐怖や欲望をあおる行為は、アカシックレコード(宇宙図書館)検索とは言えず、それはあってはならないものであり、この宇宙では違法行為なのである。惑星地球はいまだに未開の星なので、そのような行為も黙認されているようであるが、近未来において、あなた方が銀河レベルの大人になった際には糾弾されるだろう。宇宙図書館(アカシックレコード)の情報は、もっと普遍的な宇宙の法則に則ったものなのである。

   人間の恐怖や欲望にはいくつかのパターンがある。
   あえて言及すれば、いくつかのパターンしかない。あなた方は自分の衣食住が満たされればそれでいいのだろうか? 魂の声には耳を傾けないのだろうか? あなた方が生きることや死ぬことに恐怖を感じるのは、生命というものの本質を理解していないからではないのか。たとえ肉体は滅びても、魂には永遠の世界がある。なぜならこの宇宙に存在するすべてのものは振動するものであり、死と呼ばれるものも振動数の変化に過ぎない。私たちは形態が変わるだけで永遠の旅を続けるものである。

   わたしアヌビスは、ネコ族の一員である。
   わたしは秘密を守護するものであり、異界への入り口に立ち、その案内役をつとめ、時空を旅するものの守護者でもある。あなた方はスフィンクスは一体しか存在しないと思い込んでいるが、ピラミッドにはまだ発見されていない鏡面の部屋が存在するように、砂の中に埋もれたままになっている別のスフィンクスがある。

   もしあなたに理解できない、読めないのであれば、あなたにとってそれを受け取る時期ではないのである。なぜなら文字とは理解とは、それぞれの霊的レベルに応じて、それぞれの感性によって読むものであるからだ。宇宙言語とは表面をなでるだけでなく、その裏に隠されている意味を掘り当てなければ理解することはできない。一つの単語にも何層にも意味が連なっているからである。

   あなた方人間は、太古の時代に高度な文明があったことをどうしても認めたくない。
   あなた方が言うところの原始人の時代に、どれほど地球人類が発展を遂げていたか想像もつかないだろう。たとえ高度に発展した文明の痕跡を示すものが発見されたとしても、また実際に発見されているが、それは「なきもの」として消去されてしまう。しかしそれも無理もないことで、あなた方はまだ太古の文明のレベルにさえ到達していないからである。


           「宇宙の羅針盤 ㊤」辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                         抜粋したもの


       
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自分の発した歪んだ感情と言葉は永遠に残る

 水のエレメントと正二十面体
 
  地球は、水の惑星と呼ばれている。
   それは宇宙空間を旅する彗星に乗って、惑星地球に水がもたらされた。大気圏内に形成された雲は雨となって地上に降り注ぎ、川になって海へと流れ込む。そして海水は太陽の熱であたためられて水蒸気になり、雲を形成し、やがて雨となって再び地上に舞い戻る。この水の循環を人間の魂として考えてみると、宇宙から地上へ、また地上から宇宙へと、魂も同じように旅を続けているのである。

   さまざまな条件が重なった結果、地球は今なお、水の惑星として存在している。
   太陽からの距離がもっと近くても、もっと遠くても、また月との比率が異なっていても、このような状態で水を保つことはできない。あなた方地球人類は地球の表面に住んでいるので、海の中のことにはあまり興味がないようだが、地球の海は生命の揺りかごでもあり、そこではたくさんの生命が暮らしている。つまり、惑星地球上の多くの生命は、この海から生まれたのである。そして海から地上に上がった人類も、その体内には海と同じ成分の水を保持している。胎児は羊水と呼ばれる水にぷかぷか浮かんでおり、あなた方は人生の初期の段階では、水の中に住んでいると言ってもいいだろう。その水は海の水ととてもよく似ている。

   ある意味で5つの立体(正6面体・正12
面体・正4面体・正8面体・正20面体)は、宇宙のエッセンスの結晶体のようなものである。鉱物の結晶の中に、これらの5つの立体と同じ結晶体を作るものがある。宇宙創造の原理とは、植物や鉱物、DNAから銀河まで万物にあてはまるものである。

   水のエレメントの特徴は、流れる、情報を運ぶ、循環する、記憶する、受容する、浸透させる、感覚的、しなやかさ、浄化などが上げられる。また無意識の感情や夢の世界、記憶の奥底に眠るもの、そして非合理さをあらわす。水の属性である正20面体は、人間の体で言うとお臍(へそ)周辺にある。変化や流動性、そして可能性や創造性をもつかさどっている。この流れを昇華させて宇宙の創造に参加するか、それとも自らの生存欲にとどまるかの、その分水点になっている。

   水のエレメントが活性化されると、潤いがあり、みずみずしくて、感受性豊かに創造性を発揮することができる。しかしバランスを崩すと依存心が強くなり、被害者意識、自己耽溺(たんでき)、自己憐憫(れんびん)に陥りやすく、そして執着心が強くなる。たとえば植物の成長を観察すると、水がなければ植物は干からびてしまうが、水を多く与えすぎても根は腐ってしまうことから、たくさん与えればいいというものではない。同じように「感情の海」に溺れてしまわないように注意しなければならない。

   さらに水の性質として、水は丸い容器に入れれば丸くなり、4角い形に入れれば4角く、3角に入れれば3角になる。そして無色透明のゆえにどんな色にも簡単に染まる。つまり水には順応性があり、自在に姿を変えると同時に、従順であるがゆえに本来の自分自身を見失ってしまう可能性をも持っている。そして、循環しない水は腐る。

   
「・・・正20面体は、停止した時点で腐ってしまうのか。」
   そう思うと、はかなげで可哀想な図形のような気がした。でもこの感情に取り込まれることが、「憐憫」や「耽溺」という水のエレメントを帯びているものの特徴なのかもしれない。


   そのためには、今ここにはない悲しみに浸らないようにしなければならない。
   過去に起きたことを思い出して何度も悲しむ必要はない。今、目の前にあるものを味わいつくし、気が済んだら潔(いさぎよ)く手放すことである。今ここにないものを悲しんでも意味がなく、悲しみを乗り越えたからこそわかることもあるのだから。

   今のところ地球人類は、感情の高低差しか理解することができない。
   高いところから低いところに落ち込み、またそこから高いところに昇るという、その高低差しか感知することができない。つまり目の前にあるものを全身全霊で感じることではなく、今ここにはない悲しみや恐怖に翻弄されて、比較したり、悲しんだり喜んだりして、感情の触れ幅によって一喜一憂しているのである。

   水は高いところから低いところへと落ちてゆく性質があるが、振動数を上げることによって再び上昇することができる。温度によって氷―水―水蒸気になることを思い出すとよい。現在の地球人類は、感情を伴った記憶しか長く留めておくことができないが、そこに大きな矛盾が存在している。いつか地球人類の誰もが宇宙図書館に自由にアクセスできるようになると人類の記憶システムも変転することだろう。

   この宇宙空間において、地球人類の『感情』というものは重要な要素の一つである。
   宇宙の進化の歴史をひも解いてみると、この広大な宇宙のある時空領域において、感情というものは進化の妨げになるという理由によって、感情を切り離してしまった者たちが存在する。しかし彼らはある一定のところまで進化した後、感情という要素を使わなければそれ以上先へは進化できないということにようやく気がついたのであった。ある一面から捉えるとき、感情というものは理性的な判断を邪魔するものに見えるが、それは感情というものが持つ一つの側面に過ぎない。そして方向性を指し示す羅針盤となるのもまた、感情なのである。

   目先の進化の邪魔になるからという理由で感情を排除するのではなく、感情を自分の意志でコントロールして有効活用することが大切である。そのためには自分自身の感情のパターンをよく知ることが必要であり、自分の心の闇までも真っ直ぐ、淡々と見つめることである。感情という流れを抑え込むと、発露を見出せない感情は凍りつき、集合意識の底で氷の柱となり、いずれは巨大な怒涛の水量となって決壊するだろう。このように、この正20面体のように、感情にもさまざまな側面があるということを理解することである。

   人は忘れ去るという忘却のヴェールで心の痛みを覆い隠し、しばしば闇の中で自分を取り戻そうとする。しかし自分の心の闇を怖れて覆い隠していたのでは、同じことを何度も何度も繰り返すことにしかならない。この水のエレメントである正20面体は、言えなかったことや伝えられなかった気持ち、また流せなかった涙の結晶でもあるのだ。

   客観的に見ても、惑星地球の重力は大きいものである。
   そして洗練されていない地球人類の感情は重く、その感情はしばしば諸刃(もろは)の剣にもなる。歪んだ感情はブラックホールを形成しており、すべてを飲み込もうとするだろう。人間の発する歪んだ感情は、正常な図形めがけて揺さぶりをかけ、正常な図形を蝕んでいく。現在の惑星地球において図形を正常なままで保つということは、真っ暗闇の山の中の一軒家でこうこうと灯る電球のようなものである。少しでもスキがあれば、外部からの侵入は避けられないだろう。

   しかし、ぬくもりや潤いを与えてくれるものもまた感情であり、感情を昇華させることによって生み出される光もある。それが水のエレメントの特徴でもあるのだ。

   
「どうしたら歪んだ感情を、本来の形に戻すことができるのですか?」

   
感情を整合化させるにはこの5つの立体を、知性と感性、そしてそれを自分の体験としてハートの中心に落とし込み、深いところで納得することである。知識だけでなく、感覚を通して理解し、全身全霊を傾けてそれを実践することである。結論から先に言うと、現在の地球人類は、この5つの立体が著しく歪んでいるが、その原因は、歪んだ感情をそのまま垂れ流していることにある。これは環境問題にも匹敵するものであり、感情の垂れ流しを放置することで地球人類全体が危険な状態に陥ることになる。なぜなら感情もまたすべてつながっていることから、その汚染は局所的なものに留まってはいないからである。

   もう少し踏み込んで説明すると、あなたの感情と言葉が一致せず乖離(かいり)することによって、これらの立体は歪んでしまうのである。つまり、心にもないことを言ったり、思っていることとは裏腹なことを行なうことで心と行動が一致せず、その結果図形が歪むのだ。言葉だけではなく、笑いや涙もそうである。大人になると笑い声が歪んでしまうのは、面白くもないのに愛想笑いをしているうちに、その音はだんだん不自然なものとなり、歪んだ音になってしまうのである。

   涙を流すのは悪いことではない。
   涙という水を使って異物を外に排出したり、感情の浄化を行なっていることもある。地球という惑星に自浄作用があるように、人間の心にも自浄作用がある。人間の流す涙は降りしきる雨のようなもので、五月雨(さみだれ)、時雨(しぐれ)、通り雨など、雨にもいろいろあるように涙にも、痛い涙、寂しい涙、悲しい涙、歓喜の涙などいろいろある。あなた方の母語である日本語には雨を表現する言葉がたくさんあるが、それは水が豊かにある地域であるからだ。

   
「『水に流す』と言う便利な言葉もありますよ。」

   
水に流すという言葉もあなたの母語の持っているユニークな性質であるが、しかし流した水はどこへいくのだろうか。水に流せばすべてきれいになるのだろうか? たとえばキッチンから流された水はやがて川へと流れ込み、いずれ海へと向かうが、水に流した汚れはどこへゆくのだろうか? 厳密にいうと、汚れは他の場所へと移動させただけで、汚れ自体は浄化されないのである。同じく感情もそうである。たとえば自分の怒りや不満を誰かにぶつけて、ぶつけた本人はスッキリするかもしれないが、ぶつけられたほうはどうなのだろうか?あなた方にその怒りや不満の行方を追跡調査することができれば、その感情は永遠に、この宇宙に刻まれていることがわかるだろう。

   一度発した言葉や感情は、この宇宙が永遠に存在する限り、永遠に、刻み込まれるのである。残留思念というものがあり、これが、惑星地球が抱える大きな問題なのである。惑星地球は未開の星なので、感情というものが垂れ流しの状態であるが、他の星からするとそれは非常に迷惑な話なのである。なぜなら宇宙はすべてつながっており、惑星地球から発せられた歪んだ感情は宇宙全体に影響を与えているからである。だからこそ、自分が発する感情や言葉には、責任を持たなくてはならないのである。

   
地球人類が発する感情が、宇宙の調和を乱していると聞いて、しっかりとこの5つの立体についてマスターしなければ、とマヤは思った。


          「宇宙の羅針盤 ㊤」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                          抜粋


         
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地球にしっかり根を張り宇宙とつながろう

   私アヌビスのいう幾何学とは、現在の地球の3次元にある幾何学という学問とはまったく解釈が異なるものである。それはこの宇宙図書館という領域での多次元的な捉え方であることを理解してほしい。本来、幾何学とは、物理学というよりはむしろ意識の幾何学なのである。

   大地のエレメントと正六面体
   
大地は生命を育む命の揺りかごであるとともに、死を迎えた体が再び戻る場所でもある。惑星地球の多くの生命体は大地から生まれ、大地によって育まれ、再び大地に還る。それは自分がどこから来てどこへ行くのか、という問いかけの一つの答えを示してくれる。またあらためて地球という惑星を眺めてみると、宇宙からの光が地球に着地できるように大地は存在している。

   正六面体とは、上、下、左、右、前、後の計6枚によって組み立てられた図形で、地のエレメントを表している。この正六面体は一番低い位置で回っていることから、地のエレメントは他のエレメントよりも重く、密度が高く、安定性がある。またそれは変化や流動性に乏しく、頑固で窮屈な印象を与えるが、一方でとても現実的である。地のエレメントはずしりと重く、安定感があり、基礎を築くことに適している。その反面暗い土の中は光に乏しく、融通が利かず、凝り固まり、頑固な一面もある。あなた方の言語の中に「四角四面」という言葉があるように、この形は生真面目で、新しいものを簡単には受け入れないような、伝統やしきたりを重んじる傾向にある。また、平凡でありふれている形という側面も否めない。

   地の属性は、あなた方ヒューマノイド型の人類の肉体でいうと尾てい骨周辺にあり、それは植物の根っこの役割を果たしており、その根は地球の中心へと真っ直ぐに伸びている。あなた方の肉体の中心軸である尾てい骨周辺の基底部と地球の中心を、目には見えない光の糸でつなぐことができれば、自分に対する安定感が高まり、現実を力強く生きることができるだろう。しかし、地球の中心とつながっていないと足元が定まらず、地に足が着かず、本来の自分を見失いやすく、本来の自分の魂の目的や仕事から外れてしまい、この惑星へやってきた目的も見失うことになるだろう。あなた方が「生きている」と実感したり、もっとも安心感を覚える時というのは、つまり、あなたにおいて「天と地がつながれた」瞬間に訪れるのである。

   「さぁ、それではこの立体の中に入ってみよう。」
   「えっ? そんなの無理、絶対入れない。」

   あなたが無理だと思っているうちは、きっと無理なのだろう。
   物質というものは硬い固体ではなく、顕微鏡で見ればわかるように隙間がたくさんある。あなた自身を意識において微細な粒子に変換していくことができれば、この隙間を通り抜けることができる。あなたがこの立体の中心にいるとき、あなたはすべての面に対して直角、すなわち90度を保っていることがわかるだろう。90度という角度は、この地上に着地するために重要な角度なので、90度という角度を忘れてはいけない。他の立体に対してもそうであり、反射する角度が重要で、角度にも深い意味がある。

   たとえばピラミッドの傾斜を、何度の角度で立ち上げてゆくかということが重要である。もし43度で立ち上げたピラミッドがあれば、それが目指しているのは137度であり、Z=1/137という式を解く際の最大のヒントになるだろう。多次元を理解するためには「角度」というものが重要であり、着地の角度と浮上の角度、突入の角度と脱出の角度というように、互いに対になっているものの角度が大切である。

   角度の話はまた触れることにして、身近なもので地のエレメントについて説明をしよう。たとえばあなた方は小学生の頃に、植物の種で水耕栽培の実験をしたことがあると思う。シャーレのようなものに水を入れ、その中に種を入れておく。しばらくすると種から何か出てくるが、それは何だろうか? 最初に出てくるものは芽と思いきや、実は種の周りに曲線を描くように出てくる根っこである。そして根がある程度伸びた段階で、芽が出てくる。つまり、芽だけが出るということはないのである。芽を出すには根を張らなくてはならず、最初にしっかり根を張らなければ倒れてしまい、高く伸びることができない。しかもこれらのことは通常は、地中で行なわれていることなので、あなた方がこのプロセスを目撃する機会はほとんどない。このように地のエレメントは惑星に根を張り、基礎を築くために必要不可欠なエレメントである。

   たとえば、あなたの魂の系譜がこの惑星地球以外にあったとしても、現時点では、地球によって育まれた肉体というものを使わせてもらっている。そしてそのことは、惑星地球の許可なしには地球圏に入ることはできないということであり、それを忘れてはいけない。進化は、惑星地球の意思が尊重される。地球人類が進化すること、たとえば人類の集合意識に影響を与えるような何か新しいものを創る際には、それを創り出してもいいかどうか惑星地球に許可を得ることが、外来種としての基本的なマナーである。

   さらに肉体にはDNAの系譜というものがあり、あなたのためにたくさんの人々が連綿とDNAコードを運んで来てくれたからこそ、今、この地球という惑星に肉体を持って存在できるのである。その間の誰一人欠けても、あなたはここに存在することはできない。このことを真の意味で理解した時、あなたは自分の肉体に対して、またDNAを運んで来てくれた存在たちに対して、自然と感謝の想いが湧いてくるはずである。DNAコードを正しく使ってあなたの先人たちに頼めば、たいていのことは可能になるだろう。なぜなら彼らにとってはるか遠い未来の自分たちの子孫から頼まれれば、祖先たちは何でも喜んで手を貸してくれるはずだからである。

   ところで、人はどのような時に後悔するのか知っているだろうか。
   人は自分の才能に生きる時、もっとも輝きを放つものである。そのゆえにやってみてダメだったことよりも、やらないで終わったことのほうがはるかに悔いが残るものである。たとえば何かの事情で、自分の才能を発揮できなかったあなたの祖先がいたとする。その同じDNAに刻まれたパターンコードを持つあなたという、遠い未来の子孫がそれを生かそうとしていたら、その祖先は喜んであなたを手助けしてくれるに違いない。

   ここで、宇宙的な見地からあなた方の祖先のことについて説明しよう、
   時間軸を巻き戻し、はるか祖先を遡(さかのぼ)っていくと、現在の地球人類はわずか数人の母親へと戻っていく。つまり地球上の人々は、目に見えないDNA的な絆(きずな)でつながっているのである。さらにエレメントである土、水、火、風、空、光を遡っていくと、究極的には惑星地球へとつながっていることがわかるだろう。だからたとえば自分の両親がわからなくても、祖先がいるのかどうかわからなくても、すべての生命はつながっているのである。

   先ほど話した、種から芽の出る話は、人間の魂の成長を表した「たとえ」でもある。
   宇宙図書館の情報を正確にダウンロードするためには、現実の3次元の世界をしっかり生きることである。つまり、しっかりと地に足をつけていなければ、宇宙とつながることはできないのである。足元が定まらない状態で宇宙からの情報につながったとしても、その情報は著しく精度が低く、信憑性に欠けるからである。なぜなら足元が不安定な状態は現実からの逃避や依存を生み出すことになり、自分の中心であるゼロポイントに焦点を合わせることはほぼ不可能だからである。地底に深く根を張っていない植物は高く伸びることができないように、宇宙を目指すには足元の地球と強くつながることである。これが宇宙の原則である。

   自分の中に地のエレメントを活性化させるためには、たまに裸足で歩いたり、自分の足で歩くこと、田畑を耕して植物を育てることも有効である。人類は本来、惑星地球の庭師としてこの惑星にやってきたのである。そのことを忘れてはいけない。

   最後に、地のエレメントにまつわる根源的な話をしよう。
   この惑星ではなぜ、地面に値段がついているのだろうか? 地面に値段を付けた時点から、人類は地球をモノとして扱うようになり、地球を我々と同じ生命として扱うことをやめてしまった。人類が地球と会話できなくなったのはその頃からである。地面をアスファルトで固め、土手をコンクリートでふさぎ、地面が呼吸できなくしてしまった。たとえ人類がどんなに進化を遂げたとしても、今、この惑星地球に存在できることに感謝し、地面に大地に感謝することを忘れないようにしてほしい。

   次元の秘密は、生命についてどのように捉えるか、つまりどこからどこまでが生命なのか、生命は死んだら終わりなのか、それから先にも意識はあるのかなど、その捉え方によって変わってくる。死によって3次元的な肉体は土に還り、それぞれのエレメントに分解され、このエレメントは次の生命を育む材料となる。逆説的に聞こえるかもしれないが、惑星地球としっかりつながることによって、あなたはより多くの宇宙情報をダウンロードすることができるようになる。

   わたくし、アヌビスは、あなた方が通常いだいている生命の解釈よりも、もっと広い世界があることを知らせる者でもある。


          「宇宙の羅針盤 ㊤」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                        抜粋したもの
 


          *****************************door*****************************  

「回転」を知るものは「創造の原理」を知る

   この宇宙空間において、すべてのものは振動している。
   すべてのものには固有の振動があり、生きているということはすなわち振動しているということである。数字も同じである。数字はそれぞれ波形を描き、図形は固有の振動数を放っている。その振動数に意識をチューニングし、その数字や図形の持つ固有の振動数に合わせることができれば、次元の扉を開けることができる。しかしたとえ宇宙図書館にアクセスしても、あなたに受け取る準備ができている情報でなければ読むことはできない。宇宙からは絶えず真実の光が降り注がれているが、準備ができていなければ受け取れないのである。

   図形とは、多次元を理解するためのツールの一つである。
   しかし通常は、対象よりも一つ上位の次元の意識状態を獲得していなければ、対象とする次元の図形はわからない。たとえば2次元の平面図形を理解するには3次元の意識が、3次元の立体を理解するには4次元の意識が必要で、4次元の幾何学を理解するには5次元の意識を持っていないと本当のことはわからない。それが『プラス1』の視点を持つということである。

   その点、数字というものは宇宙の普遍的な言語であるので、どの次元の意識状態においても共通の基盤、いわばマトリクスとして使うことができる。その意味において現在の地球人にとっては、数字のほうが扱いやすいかもしれない。しかし数字は、使う側の意識状態によっては直線的で平面的な部分しか理解できないかもしれない。次元というものを理解するためには図形は必須のアイテムと言える。つまり数字も図形も根本的には同じことを表しているのだ。

   多次元的なものとは、空に浮かんでいる雲をつかむようなことではなく、すべてはあなた方の五感の延長線上にある。見る、聞く、触る、嗅ぐ、味わうなど、すべての感覚となってあなた方の中に存在し、畳み込まれている。紙の上に描かれた図形を2次元平面としよう。しかし書き写す前の図形は平面ではなかったはずである。それはいわば、立体が畳み込まれて2次元平面の上に表現されている。たとえば影絵を想像してみてほしい。影というものは、どんな立体であっても平面に影として落とされて認識されている。そして紙の上の世界を元の立体に立ち上げると3次元になり、それに回転が加わると、時間の経過による変化という意味において4次元の幾何学になる。

   この宇宙にあるすべてのものは「回転」している。
   この銀河も、あなた方の太陽も月も、そして地球という惑星もそうである。それは分子レベルに至るまでそうであり、つまり回転こそが宇宙を貫く仕組みなのである。回転を生み出すものを理解することができれば、あなたは宇宙の「創造の原理」へと真っ直ぐ進んでいくことができるだろう。「回転」を知ることは、「創造の原理」へと直結しているのである。

   何かを創造する時、よく観察するとそこには必ず図形が関与していることがわかる。つまり、『はじめに図形ありき』であるが、このことは3次元的意識のままでは到底同意できないことであるだろう。

   「アヌビス? はじめに図形ありきなんて聞いたことがないですよ。最初にあったのは光か言葉じゃなかったかな・・・」

   その間に図形が入っている。
   あなたが言うところの言葉と光のあいだに、実は図形というものが関与している。別の言い方をすると、言葉と光のあいだに図形があることを認識していないと、光と言葉がうまくつながらないと言うことができる。

   一見、硬く見える物質も、実は「音の振動」でできている。
   音から図形へ、また図形から音へと変容させる宇宙の普遍的な法則を理解すれば、音を物質化することも、物質を音に変換することも可能になるのだ。たとえば宇宙図書館の入り口にある知恵の紋章には『汝(なんじ)自身を知れ』という言葉が、勇気の紋章には『汝自身で在(あ)れ』という言葉が刻まれているが、この「汝自身を知れ」という言葉による図形的な介在があってはじめて、自分を知るという行為をより客観的に捉えることができるだろう。また知恵の紋章を見て、これが「汝自身を知れ」を表していると気づけば、自分を知るということを、自分と距離を置いて明確に行なうことができるのである。

   つまり図形の介入によって、自分ともう一人の自分との間に「距離」が生まれる。
   自分を客観視するためには、この距離が必要なのである。図形は次元を変え、見るものと見られるものという双方の視点を統合することを助けてくれるだろう。言葉あるいはその文字を正しく発音した音声というものは、図形で表現することができる。たとえば『あ』という音声には『あ』に対応する図形がある。『い』にも同じように『い』に対応する図形が存在する。なぜなら図形も音声も固有の振動数を持っており、つまり周波数の波に変換することができるからである。

   宇宙は、基本的に5つの立方体から構成されている。
   (基本となる5つの立体は、正六面体・正二十面体・正四面体・正八面体・正十二面体である) これらは立体によって回転率が異なっている。

   
たとえば大地や土は、正六面体(さいころ型)のエレメントを持ち、塩もそうである。
   水は正二十面体のエレメントを持っている。イギリスのミステリーサークルと呼ばれるものは、この幾何学図形を使ったメッセージだと言われている。

   
これから一人ひとりの体験を通して、人類の集合意識にあるパターンにアクセスしていこう。図形と意識の関連性、図形と3次元の現象の関連性、そして図形と宇宙創造の原理との関連性を理解しなければ、真の意味を理解することができず、図形は単なる形骸に過ぎない。なぜ図形がそのような意味を持つのか、その根拠となる事象を一緒に体験していこう。


          「宇宙の羅針盤 ㊤」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                         抜粋したもの


      
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我々の銀河は約1000億個の銀河の中の一つ

   たとえば美しい図形を見た際、それを誰かに伝える手段がないとしたらどうするか。
   少なくとも現在の惑星地球の3次元的領域では、夢で見た風景や心の中の映像を共有することは物理的に不可能である。夢のネットワークというものがあるが、そこにアクセスできる者はまだ圧倒的に少ないのが現状である。

   基本的に、人は自分が知っているものしか見ることができない。
   たとえば多次元的な美しい図形が地球の上空を悠然と飛んでいても、かつてその形状を見たことがないならば、それが目の前にあっても見えないのだ。なぜなら、目に映るものが見えるのではなく、脳が認識したものだけが見えるからである。

   さて、美しい幾何学的なパターンを見ても、それを正確に伝える手段がないとする。
   そういう時は、美しい図形を見た自分自身が変わることである。あなた方はその美しさを自分の中に浸透させて生きていくことしか、あなた方にはできることはない。誰も人と同じ体験はできないし、人と同じ道は歩めない。しかし、その道のりの途中で見つけた美しいものを自分の中に抱擁し、それと同じくらい自分自身が調和して美しくなることは誰にもできる。

   もしあなた方が人類の集合意識が織りなす幾何学的なパターンを見ることができれば、その美しさにわれを忘れ、言葉を失うだろう。流動し変化し続けるその姿を、ずっといつまでも見ていたいと願うことだろう。人類の集合意識はそれだけ刻一刻と変化しながら、美しい幾何学的パターンを織りなしているのだ。たとえそれを静止画像として捉えたとしても、この美しさの1%すら表現できないだろう。しかしこれを目にすることは、実は地球人類が本来持っている権利であり、その時が来れば1万3000年に及んだ「眠りの時代」を終え、誰もがこの光景を目にする当たり前のものとなるだろう。

   だが、これらの図形を何かの拍子に垣間見てしまった者は、ほとんどの場合三つのパターンに分けられる。まず一つ目のパターンは、自分が選ばれた者だと思ってしまうことである。実際には人のフンドシで土俵に上がり、自分が創造主だと主張するかもしれない。選ばれし者という妄想を打ち砕くことなく、地上に戻っても意味はない。もし自分が選ばれた者であるとすれば、同じくすべての生命は誕生の時点からすでに選ばれた者である。生命にとって特別ということはなく、すべての生命は平等なのである。

   もう一つのパターンは、誰か特定の人物を先生として崇拝してしまうことである。
   間違っても、私を先生と呼んで崇拝してはいけない。私もあなた方と同じく、宇宙の真実を探求する者の一人に過ぎないからである。「師」というものはあなたの外側の世界にではなく、実はあなた自身の中にあるのだ。いつの日か、地球人類が長い眠りから覚め、銀河レベルで交流できる大人になった暁(あかつき)には、私のこの言葉の意味が理解できることだろう。

   そして三つ目のパターンは、光の世界だけに焦点を合わせるあまり、闇を認められずに「ゼロ ポイント」を見失ってしまうことである。光の世界だけを見ようとするのではなく、

光と闇の両方を掌握し、理解することで「ゼロ ポイント」を保つことが重要である。そして「ゼロポイント」に留まり続けることではなく、再び旅立ち、そして再びゼロポイントに戻ってくることが大切なことである。自分の中にも闇があるということを認めない限り、宇宙の創造に加わることはできない。自分が自分で在り続けるために、人は自らのうちに光と闇を統合し続けるのだ。光だけの世界というものも、また詭弁(きべん)であることを覚えておくとよい。

   さらに惑星地球の現状を見ると、これらのパターン以外にも話しておかねばならないことがある。真の自由とは、誇り高き宇宙の民として、生きとし生けるものとともに歩むことにある。地球人類も銀河レベルの大人になって創造に加わるためには、責任を持たなければならない。ここで、「宇宙には本気度を測るマスがある」という言葉を今一度思い出してほしい。真の創造とは誰かの物まねや模倣ではなく、ゼロの状態から何かを生み出す行為であり、何もないところから3次元において形にすることである。

   誇り高き宇宙の民であれば誰でも知っていることがある。
   それはたとえ作るものは異なっていても、創造の源泉にアクセスしたことのある者は、創造物に対する敬意というものを持っていることだ。なぜなら真の創造とは、自分を明け渡し、自我を消滅させ、宇宙と一体となったときに生まれるものだということを経験として知っているからである。しかし、創造にアクセスしたことのない者はいとも簡単に人の模倣をし、似ても似つかぬものを作り出す。そこには創造物に対する敬意や尊厳などはない。

   そのような者たちは真実の探求者とは言えない。
   創造行為は物質的なものだけとは限らない。創造には常に責任が伴うものであることを理解すると、軽々しい行動は取れないはずである。今あなた方地球人一人ひとりに求められていることは、その者が真実の探求者であるかどうかをしっかり見極める目を持つことである。その目を養い高める方法はただ一つであり、それはあなた方がどれだけ自我を消滅させているかによって、それがわかる仕組みになっている。

   あなた方はこの宇宙図書館の領域において、署名のない文章が受理されないことを知っているだろう。銀河の議会においても匿名の発言などは言語道断である。つまり署名のないものが横行しているのは未開の星だけなのである。「名前」とはその者の生命の息吹であり、生命の言葉でもある。どんな些細なことでも構わないが、宇宙と一体となってゼロから何かを創造してみるとよい。創造行為とは物質的なものだけとは限らないが、その領域にたどり着くと、すべての創造物に対する敬意と畏敬の念が自然に湧きあがるだろう。その境地に達すれば、無闇に創造物を破壊しようとは思わなくなるものなのだ。

   われわれの銀河は、約1000億個ある銀河のうちのその一つと言われている。
   われわれの銀河には2000億個以上の恒星があり、その中の一つである太陽は、約2億年の時をかけてこの銀河を一周しているのだ。この惑星地球の軌道には、約2万6000年の周期があることがわかるだろう。そして昼と夜のサイクルを、約1万3000年ごとに繰り返しているのである。今から1万3000年ほど前、地球人類は眠りの時代に入っていった。そして今、人々の眠っていた記憶が呼び覚まされ、意識の夜明けを迎えようとしている。宇宙空間から眺め渡してみると、今起きていることの真相が手に取るようにわかるはずである。

   あなた方地球人類は、時が経ち、物質的なことに興味が移るにつれて、多次元からの支えや援助すら理解することができなくなって現在に至っている。つまり、このミッションも失敗に終わるかもしれず、それとも無事に夜明けを迎えることができるかどうかといった、宇宙的に見てもその瀬戸際にあると言える。あなた方が自分のなかの二元性を統合させることによって、外の世界でも統合が起きてくる。自分が進化することによって、相手もまた進化していくのである。なぜなら集合意識というものはつながっているので、一人ひとりの進化が全体において大きな意味を持つからである。さらに人類の意識が進化することによって、惑星意識や恒星意識、そして宇宙意識もまた進化するのである。

   創造の元へと帰還する道とは、一人ひとりの霊的成長の旅でもある。
   ここから先は、知識ではなく自らが実践していくことである。あなたの魂を解き放ち、何ものにも囚われない自由な心で宇宙と一体となり、創造に参加することである。これが宇宙の命題である。自由と責任を乖離(かいり)させたままでは、二つは永遠に一つにはなれない。魂は自由を求めて孤独になり、責任を果たすために再び孤独になる。この二つを統合するとき孤独な魂は元の姿に戻り、創造の元へと帰還 するのである。


          「宇宙の羅針盤 ㊦」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                        抜粋したもの


          
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人類の集合意識が22を超えられない理由

   「G、一つ質問があります。22を超えてゆくにはどうしたらいいのですか?」
   マヤは真っ直ぐな目をしてGに
尋ねた。
   「幼い獅子よ。長きにわたる宇宙図書館を巡る大冒険も終焉を迎え、いよいよその解答を受け取る時がきたようだ。」 Gは柔和な笑みを浮かべていた。

   22を超えてゆくとは、いろいろな解釈ができるだろう。
   なぜ宇宙創造の幾何学的なパターンは、22種類あるのか。
   なぜ宇宙の神話は、22のパターンにわけられるのか。
   なぜ集合意識は、22%を超えた時点で情勢が反転するのか。
   これらのすべての解釈を統合すると一つの結論を導き出すことができる。

   結論から先に言うと、「22を超えてゆく」とは、地球人類の集合意識を超えてゆくということである。22を超えたあとは、宇宙意識と一体となり、創造に加わる。夢がハートの中心で創造されるように、イマジネーションがこの宇宙を彩(いろど)っている。

   具体的な数字に当てはめて説明すると、宇宙の創造に至る33段の階段のうち、11段までは個人の意識の領域であり、22段目までが人類の集合意識の領域である。そして22段の人類の集合意識を超えて宇宙意識へと至る道が、「22を超えてゆく」という言葉に端的に表現されている。しかし現状として、地球人類が22を超えてゆけない要因は大きく分けて三つある。
   one 感情の海に溺れるあまり、物事の本質を見ていないこと。
   two 時間や空間や思い込みの枠に囚われていること。
   three 自分の自我と欲望に翻弄され、本来の魂の目的に焦点が合っていないこと。
   
   この三点である。

   これらを打開するためには、自分自身を知り、自分自身で在ること。それは個でありながら全体であり、全体でありながら個という意識状態に到達することである。つまり全体像を見渡し、自分の内なる世界と外の世界は同じであると知ることである。「22を超えてゆく」とは、人類に課せられた限界を超えてゆくことでもある。

   人間が人間と呼ばれる理由は、惑星地球に存在する3次元の肉体の自分と、宇宙に存在する本来の自分の2つの視点を束(たば)ねることにある。他人を蹴落としてでも自分だけ助かろうとする者や、自分の身内だけを守ろうとする者は、結局、22を越えることはできないだろう。何の報いも期待せずに他人を助けようとする時、人は「22を超えてゆく」ことができるのだ。

   地球人類が、なぜいつまでたっても「22を超えて」行くことができないのかについて、集合意識の仕組みから説明をしよう。たとえば誰かが何か人類にとって新しいことを始めようとすると、必ず邪魔が入り、阻止されるということが起きる。これでは人類の進化は進まない。つまり、誰かが人類の集合意識に光を投げかけるようなパターンを作ろうとすると、必ず妨害する者が出てくるのである。

   その妨害とは、誰か個人的な悪意や妬みというものだけでなく、人間一人ひとりが出している、羨望のような嫉妬のような些細な感情が集合意識によって雪だるま式に増大し、新しいことをやろうとする人の前に立ちはだかるのである。自分の抱くそんな小さな感情が、まさか人類の進化を阻んでいるとは誰も思いもよらないはずである。

   そして誰もが、そのような感情や思いの発信者になり得ることを自覚しなければならない。このような感情が何も特別なものでないことは、あなた方もよくわかっているだろう。あなた方に人類の集合意識を観察することができるならば、自分が発している感情には責任を持たなくてはならないということを思い知るはずである。

   この種のネガティブな感情を極力発生させないためには、自分がどこから来てどこへいくのか、また自分は誰であり、自分という存在は何であるのかを思い出す必要がある。自分自身を知り、自分自身で在り続けることができるならば、他の人が何であれ、あの人がどうであれ、外の世界に翻弄されることはない。

   また一方で、あなた方の発する感謝や喜びという些細な感情が、木々や植物、動物たちの生育に影響を与え、滋養を与え、あなた方の惑星地球に影響するのである。それだけあなた方人類の持つ感情というものは、未来への可能性に影響を及ぼすだけでなく、大きな可能性をも秘めていると言えるのである。


           「宇宙の羅針盤 ㊦」 辻 麻里子著 ナチュラルスピリット

                         抜粋したもの



   

希望するならあなたには霊的ガイドが送られる

   地球はこれから、宇宙に向かって大きく門戸を開放していきながら、あり得ないほどに刺激的な出来事が始まろうとしている。このような劇的な変化をこの先多く経験してゆくことになる私たちは、この大きな混乱の只中でも自分をしっかり支え、かつ自分自身の意識を進化させていかなければならない。そのためには自分に備わっている「内なる神」の意識に気づくことが必要で、エゴ意識や人格の部分が統合されなければならない。

   私たちが「内なる神」の力を発揮するためには、「ZERO POINT」という霊的な概念についてさらに深く理解し、活用する必要がある。なぜならすでに述べたように、このポイントがすべての始まりであり、私たちの根源的意識の在るべきポイントであるからだ。このZERO POINTとは、すべての創造の根源である状態のことである。それは潜在的にあらゆる可能性をを持つ物理的には何もない暗闇の広がりであるが、それは当然物質でも場所でもない。それを「空」(くう)と表現することができるが、この「空」を擬人化して考えてみよう。

   「空」(くう)は無限の可能性と創造の力を持っている。
   しかし「空」は未だ、物理的には何も存在しない広大な闇の広がりであり、何の動きもないが、しかしそこには爆発的な何かを潜在させている。「空」は自分自身について思う、「?」と。「空」(くう)は、内在している可能性について知りたくなったのだ。「わたしが持っている可能性とは何だろうか?」と。「空」が自分の内側に潜むその可能性を知ろうとしたことで初めて創造したのが、「ZERO POINT」であった。


   私たちの創造行為もすべてはここから始まっており、今もその瞬間もやり方はまったく同じである。ゆえに私たちがこの「ZERO POINT」に意識を重ね合わせる時、私たちの意識は完全にバランスを取り戻すので、すべては思いのままに創造することができる。このポイントを完全にマスターするためにはかなりの訓練が必要であるかもしれないが、しかしそうであっても、少なくとも自分自身の霊性につながることで、自分自身があり得ない可能性を秘めた「空」の一部分であることを知り、どんな時にも偉大なる自己という意識を取り戻すことができる。

   つまり時間というものや、量子という小さな光の不思議な世界の法則を知ったあなたは、昨日までのあなたとはすでに異なった可能性を秘めていると言えるのだ。そしてあなたが、この新しい可能性について「もっと知りたい」という欲求を持つとき、新しい可能性が開けてくる。あなた方は常に、いついかなる時でも神の意識とともにあり、その意識とは新しい可能性を創造する意識のことである。つまり、「ZERO POINT」に意識を合わせることは、自分自身のもっとも高い意識と、人格がもたらす低い次元の意識を統合させることなのである。また地球に作られた新たなグリッドに意識がつながり、本格的な魂の浄化が始まってさまざまな記憶を取り戻していく間は、意識が多次元的な状態になるので混乱するかもしれない。そのような中にあって明確な気づきや解決を得るためには、このポイントに意識を同調させておくことが非常に重要である。

   ではどのようにして、このポイントに自分の意識を同調させればいいのだろうか。
   それにはまず、「社会意識」という「檻」から自分を解放することである。通常は自分の考え方や感じ方を深く検証したり観察したりする機会はないので、この機会にぜひ、自分が何を基準に物事を考え、感じ、反応し、判断しているかにについて、自分の思考体系をぜひ観察してみてほしい。

   たとえば、「これが普通」「これが常識」、あるいは「これは非常にいいこと」という基準を自分が持っていることに気づいたら、それらの考え方はどこから来たものか、また本当に自分はそのように思っているのかどうかについて考えてみるとよい。なぜならほとんどの場合、人はこれらの概念によって自分を判断し位置づけ、絶えず自分を評価しているからである。そしてほとんど習慣化したこれらの概念は「常識的な」人格をあなたの中に作り出し、その通りに生きられない自分に欲求不満を起こし、自分を嫌悪し批判し、抑圧し、劣等感を抱くのである。これではあなたの本質である意識と同調することはできない。

   あなたがまだ気づいていないかもしれない、歪んだ社会的概念に気づくための方法の一つは、これまでの私たちの「所有」や「支配」という概念から離れ、もしあなたが地球の豊かさを公平に分かち合う健全な社会で生活しているとしたら、あなたは何を求めて何をしているかを想像してみてほしい。そうなったときの自分に焦点を合わせシミュレーションすることで、今の自分の考え方に欠けているのが公平さであったり、多くの批判と裁きをしている自分に気づくだろう。このような作業は、あなたがこれまでの過去の繰り返しに戻ることを押しとどめてくれるものである。

   自分を静かに観察し続けるためには、少々の忍耐力と思いやりが必要である。
   なぜならそのような作業はなかなか理想通りにはいかず、多くの場合あなたが望む理想の自分とそうでない自分に気づくとき、自分を責め、卑下し、落ち込み、悲しみ、不快感でいっぱいになってしまう。そのような感情や感覚はあなたのエネルギーを著しく消耗させ、意欲を阻害してしまう。重要なことは、普段からしょっちゅうそのような気分を感じていると、すでに述べたように、あなたの脳の細胞膜に、そのような感情に対応するホルモンのペプチドを取り込むレセプターが増加することである。そうなると、そのような感情から脱するのがより困難になる。

   自分を観察するときには、自分を強く批判したり、糾弾したりしないように、自分に対する思いやりを忘れないようにすることが大きなポイントである。その時々に感じた感情だけでなく、ただ事実を見出そうとすることが大切である。そして自分がどんな出来事や状況に反応し、人のどのような態度や言葉にどのように感じて反応するか、そのとき何を考え、自分がどう行動するかを観察する。またあなたにとって、もっとも大切で優先すべきだと考える物事は何か、あなたが大切だと考える信条や信念は何か、どんなときに自分を評価し、どのようなときに大きく感情が揺れ動くのかなどについて、静かな気持ちで自分を観察し続ける。

   まず、やってみようと試みることが重要である。
   なぜならこのような試みによって感情の起伏や激しさが少なくなり、多くの混乱やトラブルが回避できるからである。あなたはいつもの考え方の習慣によって無意識に思考しており、決断し、行動し、発言している自分を意識的に捉えることで、いつもの混乱した感情と感覚の渦の中から自分を助け出すのである。このような意識の状態が習慣化すると、あなたの意識はより明晰で活動可能な状態になる。こうなると、かなり「ZERO POINT」の意識状態に入りやすくなる。また以前のようにすぐ感情的なったり目的を見失うことがなく、しかも閃(ひらめ)きや直感が冴えてくるので、目的を達成することや問題を解決に導くことが容易になるだろう。

   ハーバード大学の心理学教授であるエレン・ランガー博士は、「配慮する力が新しいことを知覚させる」と言っている。彼女の言う「配慮」とは、一瞬一瞬をボーッと無意識的に過ごすことをやめ、
「すべての物事」を認識しようと努めることだと言う。彼女の提案は、毎日何気なく過ごしている家の中であってもすべてをきちんと意識することだと言う。それは外側に向けられた意識であるが、私はその意識の「配慮」を、自分自身の思考や感情などの心の状態に向けることを提案したい。しかし結果的にどちらにしても無意識の時間が少なくなるので、気がつくと人生は大きくポジティブな方向へと進路を変換することになるだろう。そしてあなたはいつでもより広くて高い明晰な意識と、今自分が焦点を合わせている2つの意識のポイントを掴めるように、自分で訓練をしていくことをお勧めしたい。

   この2つのポイントが明確になると、面白いことが起きるようになる。
   それはあなたのより高い意識が、いつしかあなた専用の特別ガイドや教師としてあなたの役割を果たし、何でもしてくれるようになるのだ。私は、常にこのポイントに合わせてやって来る教師たちから多くの教えや訓練を受けている。その中には不思議な経験をすることも多くあり、この2つのポイントをつかむ訓練さえすれば、私だけでなく誰にでもできることである。このように「ZERO POINT」意識に自分の意識の焦点を合わせるだけで、本来の霊性が持つあり得ないような力を発揮させることができる。あなたの人格がより明晰さを持つことは大切なことであるがそれには限界があり、それよりもあなたの霊性と人格を統合させることで、霊的な力を発揮できる状態に常に備えておくことのほうが、これからの次元上昇のためには必要なことである。

   これから先、あなた方が進化することを希望するならば、一人ひとりにそれを導く教師やガイドがつけられて導きを受けられるようにと、宇宙連合中央評議会が決定している。このチャンスを無駄にしないように再三お伝えすることは、このような教師の導きを受け取るためには、できるだけ社会的な固定概念を手放し、自分自身に起きている出来事を疑わずに素直に受け入れてほしい。そしてあなたが受け取る感覚を、怖れず、気持ちよく分かち合うことにチャレンジしてほしい。

   すべての人一人ひとりに必ずガイドがつき、そのまたガイドを導く教師がつく。
   すべての人間は、まだ本人さえ気づいていない偉大なる霊である意識の住まいであり、それはあなたが「ZERO POINT」意識の状態に入り、その自分の内なる偉大な霊性に気づくのをじっと待っているのだ。あなたが自分の霊性に気づいて人格に対する執着を手放しさえすれば、あなたを導く教師たちはこのポイントに意識を同調させて、自己統合が起きるのを促してくれるだろう。

   2012年の現在、今地球には高いエネルギーがたくさん流れ込んでおり、大きな変換期を迎えている。私たちは今たくさんのインスピレーションを受け、多くの気づきが起き、多くのアイディアに基づいて行動を起こしている。そして地球という豊かで力強い母なる大地と新たな関係を築く時が来ている。刻々と変化を続ける地球を常に意識しながら、地球とのつながりを強く求めてほしい。今年はあなたの低次のチャクラにも重要な変化が起きるだろう。これらのチャクラを大切にして、この世界の物理的次元に起きる現象を観察してほしい。あなたが見るものは刻々と変化し、浄化され、新しく生まれ変わってゆくだろう。

   あなたの「新しい意識」が作り出す「新しい次元」である現実に移行するにあたり、あなたは自分自身に辛抱強くあるべきであり、古い自分に囚われてはいけない。時に不安になるにしても、あなたは決して一人ではない。あなたの周りにはたくさんの仲間がおり、たくさんのガイドや教師が力強くあなたをサポートしている。あなたが自分自身の偉大さと大きな可能性に気づくまで、彼らは決してあなたのそばを離れることはないだろう。

   宇宙は人類の進化を切望している。
   やがてやってくる素晴らしい光の束が私たちの脳を完全に活性化させると、それは私たちの肉体に変容をもたらし、圧倒的な光が私たちのフィールドを満たして活性化する。そしてこの新しい体と目覚めた新しい意識とともに、私たちは新しい次元の扉を開き、母なる地球という星の「新しい夜明け」を体験するのである。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat  ヒカルランド

                         抜粋したもの


         
ship***yacht***********yacht******************ship*************yacht

我々の友人のE.Tである宇宙人たち

   さてこれまで述べてきたことは、地球が今、運命を大きく分ける分岐点にあるということであった。そしてこれまで私たち人類が何度も繰り返してきた歴史的な事実について、その中で日本人はどのような選択をするべきなのか、また宇宙から見た地球の権力構造と今後の動きについて、現在の地球社会を変えるための方法など、できるだけ具体的でわかりやすく解説してきたつもりである。しかし人間の意識はその時々で刻々と変化するものなので、これまで読んできてもピンと来なかった部分が、別の時に読んでみると「なるほど」と合点(がてん)がいくこともあるだろう。

   本来ならば、実はここまでの内容はすべて序章とするべきかもしれず、ここから先のこと
こそが実は私たちの魂にとってもっとも重要な内容となるべきかもしれない。しかし何事にも神聖なるタイミングがあるとマスターたちは言っている。よって今回はそのすべてをここで述べることはできない。しかし私たちが本当に待ち望んできた心躍るような出来事が、実は次々に起きる「時」が近づいていることを感じていただければ幸いである。

   まずあなた方にお知らせしたいことは、はるか地球創世の時代から、ほかの星でさまざまな経験をしている私たちの仲間の
宇宙人であるE.Tたちが、私たち人類の前に姿を現すそのタイミングを待っているということである。しかしこれまで、人間の生活を脅かして苦しみの原因を作ってきた宇宙人たちの話を散々聞かされてきたあなた方にとって、宇宙人やE.Tを受け入れるという話には抵抗を感じるかもしれない。しかしながら宇宙は本当に広く、そこはおそらくあなた方が想像するものとはかなり違っている可能性があり、そこには私たちの知らない多くの知的生命体が住んでいるのだ。そしてその中のごく一部の者たちが、健やかな地球を脅かしてきたに過ぎないのである。

   彼らのような者たちはその内のほんの一部であり、それ以外の仲間たちはかつての地球がそうであったように、地球に再び豊かな文明を築き上げるために私たち人類を援助したいと考えている。それはこれまで抑圧されてきた人類の進化を促し、高度な技術や叡智をもたらし、地球の主であるはずの人類にふさわしい意識を取り戻すことであり、そのためにたくさんの慈愛に満ちた高次元の教師たちが私たちをサポートしようとしているのだ。

   宇宙の私たちの仲間は多種多様であり、姿、形もそれぞれに異なるのは当然であり、中には人間に似たヒューマノイドもいるが、もちろんそうでない者たちもいる。しかしその姿、形がどうであれ、彼らは人類をサポートしたいという慈愛と熱意にあふれており、今地球が直面している大きな問題を解決するために、彼らは本当に素晴らしい働きをしてくれている。彼らはそれができるだけの大きなエネルギーを持つ存在たちであるが、あなたは彼らを受け入れることができるだろうか?

   実は今彼らは、どのようにして地球人たちに受け入れてもらえばよいか思案しているのである。なぜなら自分たち人間の姿に慣れている私たちが、それとは異なる姿を持つ彼らを見て当然困惑し、怖れたり、奇異の目で眺め、混乱するのではないかと危惧しているのだ。彼らはそのような混乱を避けるために、私たちに悟られないように身をひそめながら活動することしかできず、そのためにかなり不便な状況にいる。

   あなたはE.Tである宇宙人を受け入れることができるだろうか?
   あなたは彼らに好意を持つことができるだろうか?
   それとも気が動転してパニックになってしまうのだろうか?
   恐怖におののいてしまうだろうか?

   もちろん実際に会うまで想像できないのは当然であるが、しかし私が思っていたよりも多くの人々が「怖い」と言い、あるいは「すごく興味はあるがちょっと怖い」と言うことから、そのことを知っている彼らが心配している理由がよくわかった。

   そこで私は、地球人に「宇宙人に対する免疫力をつけるための作戦」を買って出ることにした。しかしこのことは笑っていられるようなことではなく、私たち人類にとっては実は深刻な問題なのである。すでに述べたように地球をサポートする使命を持った12使徒の中には、地球人だけでなくさまざまな地球外生命である存在がいるが、上に述べたような理由から混乱を避けるために人前で作業したり、メッセージを送ったりすることができずに困っているのである。

   しかし、今私にできることは、私が知っている彼らについての情報をあなた方にお伝えすることしかない。あなた方の中で、私のこの作戦に協力してくれる意志のある方はぜひ知らせてほしい。そしてE.Tに関して知りたと思っていることや、こんな交流がしてみたいなどのご意見を聞かせてほしい。
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   FAX   03-6369-3287


   シリウス人、プレアデス人、ランギ星人、クラリオン星人などが、地球のために協力するために来ている。
   
まず、私と縁の深い宇宙の仲間たちの話をしよう。
   それはロゴスの話にも出たシリウス人たちである。人間の祖先が猿に似た原人だといわれているように、彼らの祖先は四つ足の存在であったと言われている。彼らはそのように変容することもできるが、現在は彼らのほとんどが人間と同じようなヒューマノイドである。
彼らと私たちとの大きな違いは、まずその大きさであるだろう。彼らは非常に背が高く、がっちりとして大きく、身長は女性でも190cm以上あり、男性でも210cm以上あると思われる。これは単なる私の印象であるが。

   彼らの髪はプラチナブロンドのように真っ白である。
   青い瞳の人もいるが、私の良く知っている仲間たちのほとんどは、瞳の色がヘマタイトという鉱物にそっくりなブルーグレーである。そしてほとんど白目が見えない。彼らは言うまでもなく非常に知性的な人たちで、繊細な感覚を持っている。そのために彼らは特に、地球人を傷つけるかもしれないことに感じやすくなっているところがある。彼らは、新しい地球ロゴスとして降りてきた彼らの教師たちから、地球という惑星や彼女の意識について、また地球の自然界などについてきっちり教育を受けている。

   次にプレアデス人であるが、彼らは主にオーストラリアの先住民族や南米の住民たちと今でも深い交流を続けている。彼らプレアデス人は、シリウス人よりもさらに私たちに良く似たヒューマノイド型の肉体を持っている。体の大きさも人間たちとほとんど変わらず、独特の茶色っぽい黒い瞳や、緑がかった青や澄んだ青、澄んだ緑の瞳のタイプがいると言われている。彼らは一つの星だけでなく宇宙のかなり広いエリアに住んでいるので、その環境に合わせて変化していった部分があるようだ。プレアデス人も聡明であり、愛嬌があってとてもフレンドリーな感じの人が多いそうである。

   ランギ星人は翼を持った翼族の仲間で、非常に美しい肉体を持ち、彼らはしばしばいわゆる天使と間違えられている。その翼は人間の想像によって描かれた翼とは異なるかもしれないが、大きな羽とヒユーマノイド型の大きな肉体を持っている。彼らは主に
ポリネシアやミクロネシアの文明にその痕跡を残しており、占星学の獄空間認識能力に非常に優れた存在である。ポリネシアやミクロネシアにあるピラミッドなどの建造物の技術は彼らがもたらしたものである。

   また同じヒューマノイド型であるクラリオン星人や金星人、それに少し形態は異なるがオリオン星人や火星人など、上げていけばきりがないほど多くの宇宙人であるE.Tたちが、今地球のために協力するためにやってきている。彼らの伝えたいことが何であるかををまとめて、あなた方にお伝えできるようにしたいと考えている。


       「宇宙パラレルワールドの超しくみ」 by サアラSaarahat ヒカルランド

                        抜粋したもの


        
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