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アメリカのスパイに翻弄される日本の政治家

中丸   振り返ってみると、橋本首相の政治生命を短くしたのは米国債の売却発言でした。これも本多一夫さんが橋本さんに言わせたのです。それは1997年のことでしたが、たまには売りたい気持ちもある、と橋本首相が言ったので大変な話題になりました。日本にとってはそれは勇気ある発言で、国際世論に一石投じることになればすばらしい功績になったでしょうが、結局は橋本さんを追い落としていく以外の何物でもありませんでした。アメリカに独自のしっかりしたパイプがないから、本多さんのようなスパイの誘導に乗ってしまうのです。

   二重スパイというのはそういうこともするわけです。
   ですから日本の政治家はもっと気をつけなければいけません。本多さんが言っていましたが、「日本には在日関係の政治家が36人いる」と。闇の権力はこれまでにも世界で、アフリカを統治するために少数民族を使ったし、ある意味アメリカを統治するのにユダヤ人を使いました。そして日本を統治するために戦後、アメリカは在日を使ったのです。そして実際彼らはアメリカに協力して絶大な力を得たのです。

   戦後間もない頃から、銀座エリアの一番いい場所を在日が占領し、バーやカフェを開きました。パチンコも駅前を押えている。戦後の日本の政治家の中で、純粋な日本人は田中角栄さんと小渕恵三さんだけだという話もあります。ほかは何らかの形で北朝鮮や韓国とつながっている。日本人はこのことを自覚しなければなりません。

菅沼   戦争末期に、アメリカは日本を殲滅(せんめつ)するために、日本兵捕虜の中から朝鮮人だけをピックアップして、彼らの反日の闘志として訓練するという作戦がありました、サイパンなどにその訓練所があったのです。そのやり方ですがアメリカは、多くの元日本軍の朝鮮人を教育した後に、彼らをまず朝鮮半島に帰します。そしてアメリカ軍が朝鮮半島に上陸するときに、日本軍に対して先兵としてゲリラ戦を仕掛けて、日本軍を攻撃するという構想でした。その人たちは日本の降伏により北朝鮮に送られました。ですから朝鮮戦争の始まる前アメリカは金日成の計画を知っていました。アメリカに反日教育された朝鮮人闘志は、その後もいろいろな姿で生き延びました。

   すでに亡くなっているのでお話しますが、日本の戦後政治の裏にはフィクサー(背後で強い影響力を行使する者)と呼ばれる人がいました。児玉誉士夫氏もそうかもしれませんが、彼より少しまともなことをやった国策研究会の矢次一夫さんという人がいますが、彼は朝鮮人です。この人は岸信介さんに信頼されていて、日本の保守政界で力を持っていました。たとえば朴政権の時代の日韓国交回復のときには、裏で非常に活躍しています。そのほかいろいろな形で彼は働いているのですが、しかしそのバックには常にGHQが存在している。それは児玉誉士夫さんも同じです。

   話は異なりますが、戦後、鳩山一郎さんや重光葵さん、石橋湛山さんもそうでしたが、日本の独立を考えた人は皆死に方が不審です。また田中角栄さんと一緒に毛沢東と握手をし、中国との外交をうまくやっていたのは大平外務大臣です。この人も選挙のときに亡くなりました。田中角栄さんの場合ははっきりとアメリカに立ち向かって、そのためにロッキード事件で政界から追われましたが、そういう表向きの対立がない場合でも、みな不審死です。それは竹下さんもそうです。つまりアメリカに楯突いた人はみなおかしな死に方をしています。証拠がないのでアメリカに殺されたとは言いませんが、ただ不審死です。

   戦後に下山事件や松川事件など、いろいろと不審死がありました。
   松本清張と同じことを言うつもりではありませんが、それらはすべて朝鮮戦争をめぐっての事件だと言われています。仕掛け人は誰なのでしょうか。かつてGHQの直轄秘密機関として存在したキャノン機関があります。ここのナンバーツーは朝鮮人です。この人もどうもアメリカの捕虜になって育て上げられた人ではないかと言われています。そういう人たちが、アメリカによる日本統治を強化するための下手人になっていた可能性が高いのです。

中丸   本多さんと話していて、彼の狙いをあらためて認識したことがありました。
    北朝鮮との話を進めている途中で本多さんが私に、「ここからはいろいろ利権が動き出します」と言ったのです。つまり北朝鮮との関係改善のための事業も、途中からはビジネスやお金の力が絡んでくるというわけです。しかしその段階に入れば、もう私には関係のないことでもあり、そうしたことが関係改善によいことかどうか疑わしかったので、私はもう本多さんとは関わらないようにしました。その後、北朝鮮に行った時に、北朝鮮側から、「あの本多さんという人は何者ですか。いろんなことを約束する割には何も進みません」と言われました。

   そして本多さん自身から聞いて驚いたことは、彼はスキャンダルを作る意図を持って佐川急便の創業者佐川清さんなどに近づき、誰それにお金を持って行くといい、などと言って佐川さんに指示して、佐川さんからあれこれ送らせたというのです。それがたとえば、伊勢神宮の理事をしていた伊勢神宮参道の老舗の和菓子屋で、三重県県会議員から後に官房長官まで務めた藤波孝生さんなどに送るように指示していたというのです。つまり国家を守るような人に金品を送りつけて、後で佐川急便のスキャンダルになれば捕らえられてしまうというリスクを作らせているわけです。そしてこういう怖ろしい人が橋本首相から信用され、暗躍していたということです。

菅沼   まさに本多さんは偽りを語る人で、実際のところ何者なのかわからない存在でしたが、よくよく考えれば実際には二重スパイだったわけです。彼は神奈川県の大磯にある「エリザベス・サンダースホーム」で育った人だということはわかっています。エリザベス・サンダースホームというのは戦後、米駐留軍と日本人女性の間に生まれて、親や親戚から捨てられた子どもの主に混血児を受け入れていた施設です。本人は横須賀の中学の卒業で、明治大学を卒業したと言っていましたが、それらの学校の卒業名簿には載っていません。それどころかかなり若い頃から、アメリカに行って米軍の情報員としてベトナム戦争で活躍しています。ですからアメリカの情報機関は普段から、各国の戦災孤児などをエージェントにするために育て上げていたのです。

   彼がなぜ神興(みこし)協会の会長を務めていたのかという疑問があったので私も調べてみましたが、協会に彼のことを聞いても本多さんが何者なのか誰も知らなかったのです。それなのに、なぜ彼が会長なのか尋ねると、結局児玉誉士夫さんの紹介だったからというのです。つまり本多さんは、日本人を信用させるために三社祭の役員に入り込んだわけで、そうすれば誰もが納得するからでした。児玉誉士夫さんは、二重、三重のアメリカの協力者です。戦争直後、巣鴨プリズンに収監された人はみんな、その後アメリカの手先にされてしまったのです。そんな本多さんも1998年7月に、アメリカから帰国直後に肝臓がんで亡くなりました。

中丸   私は本多さんとは会うのを控えていたのですが、ちょうど私が北朝鮮で金正日さんに会えることになり準備していると、どうやって知ったのか、彼が久しぶりに電話をしてきました。彼は、「あなたが金正日と単独で会見するようなことになれば、誰の利益になると思いますか」と言うのです。それで私は、「もし金正日さんに会って独占会見して、彼がまともな人であることがわかったりすると、誰か困る人がいるのでしょうか?」と聞き返すと、彼は「そうだ」と言うのです。「それはCIAですか」と聞くと、「いや、名前は出せないけれど」と。そして「もしどうしても実行するというのでしたら、身辺お気をつけ下さい」と、最後に脅しのような捨てゼリフを言ったのです。

菅沼   本多さんは亡くなる直前に、橋本首相にお別れに官邸に行ったようです。
    その後私はパレスサイドホテルの部屋で彼と会いました。本多さんはもうその時には車椅子でしか動けない状態で、全身の具合が悪いようで、その後すぐ亡くなりました。「本多さんを偲ぶ会」には橋本さんも参列されていましたが、彼は最後まで本多さんの素性を知らなかったのではないでしょうか。しかも橋本さんが弔辞を読んだのです。橋本さんは中国女性にも引っ掛かるし、あちこちで情報を取られていたようです。本当に脇の甘い人でした。

   北朝鮮問題に関して、橋本さんが頼りにしていたのは外務省の加藤さんや内閣情報調査室の杉田さんでしたが、彼らも大きな花輪を出していました。おそらく結局、彼らも大方の参列者も、本多さんの正体を知らないまま付き合って情報を垂れ流していたのでしょう。中丸さんに脅しをかけたのも、彼にとっては本気だったかもしれません。なぜなら彼は暗殺に関わることもあったからで、ベトナム戦争でもやっていて、むしろそんな活動ばかりやっていたと言ってもいい人物です。しかし最後は本多さん自身が、「これはやられたな」と自覚していたと思います。なぜなら人を殺すことにおいては彼自身がよく知っていますからね。

   本多さんのことをもう少しお話すると、彼は大野つや子という参議院議員の事務所を拠点にしていました。大野つや子さんは自民党の議員で衆議院議長まで務めた大野伴睦さんのご子息の妻です。彼は、永田町にある北野アームスというビルに事務所を置いており、肩書は日本国際交流機構理事長で、その事務所の一員として北朝鮮へ行ったりしていました。ちなみに北野アームスには、警視総監になった秦野章さんもいました。この北野アームスに限らず、誰がどこにいて、誰がどのような活動をしているかなど、アメリカは本当によく知っています。

中丸   アジア経済への関与においては、日本だけが閉め出されています。
    日本人は北東アジアの情勢についても、北朝鮮に対するヨーロッパの国々の動向などほとんど知らないと思います。実際、北朝鮮には欧米の資金で建てたものすごく立派なホテルもあります。今、北朝鮮にはユダヤ人もたくさん入っていますが、ユダヤ人のいる場所は発展するのです。ユダヤ人は、古代イスラエルの12士族の中でユダ族を祖先とする人々です。髪と瞳は黒か茶色で白人系ではなく、黒い帽子をかぶる信心深い人たちです。

   これに対し東欧のハザール帝国から来た古代アッシリア人がいます。
   この人々は8世紀にユダヤ教に改宗した人々で白人系です。容姿はアングロサクソンを祖先とする金髪碧眼に近く、ルシファーを信仰しています。ルシファーとは、神から離反した天使で堕天使の長です。つまり古代イスラエル10士族を奴隷として連れ去った民族のことです。この人々が現在の闇の権力者の源流であり、ヨーロッパでは貴族との婚姻を繰り返すことで王族になったり、金融で力をつけた人たちなのです。

   そしてこうした闇の権力は第二次大戦中に、ナチスを通して本来のユダヤ人であるスファラディと言われる人々に、残虐な仕打ちを行ない、財産を略奪したのです。それがアーリア人種を優れているとする思想によるユダヤ人迫害です。そして戦後になるとパレスチナ国家、つまりイスラエル建国を獲得したのでした。ですから本来のユダヤ人は、途中から改宗することで入り込んできたアッシリア人によってユダヤ民族という立場を乗っ取られた形です。そうした人々は世界中におり、闇の権力者たちはお互いの国に関係なく裏では連携しており、現在もそれぞれの国で重要なポストに就いています。

   つまり彼らには国境はなく、しかも血族的な繋がりをもっとも重視します。
   ですから彼らは血のつながりにおいて、すべてが親族なのです。そしてアジアなど他民族の国家には傀儡政権を置いて、搾取の限りを尽くすというわけです。現代社会の成り立ちは、実はこういったことを理解しておけば大体のことはわかります。

   ですから各国の指導者が、なぜ国民優先の政策を採らないのかということや、なぜアメリカが4000万人もの生活困窮者を救わずに、何千万ドルも戦争に費やすのかや、なぜ東京電力を税金で救済したのかといったこともすべて、彼ら闇の権力の思惑で引き起こされているのです。

   国のリーダーが国民から尊敬されるような統治を実現していれば問題はありません。
   しかし現代では、イギリスから始まった議会制度の体制になっていますが、そ
うした議会を構成するメンバーが、本当にそれぞれの国民の代表である場合においてだけ、民主主義は理想的なものです。しかし「本当に国民の代表なのか」と思わせられる政府のいかに多いことでしょうか。ここにはすでに闇の力が入り込んでいるのです。



    book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店

                           抜粋 

政府にはワクチン接種義務化で国民を管理する計画がある

菅沼   少し俗な話をしますが、日本が金銭をむしり取られているのはダイレクトに金融市場だけではなく、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)といった、お金には関係のなさそうな舞台でも同じなんです。2012年に、日本のプロ野球の選手団がWBCへの不参加を表明したことがありましたね。のちに撤回しましたがあれは何だったのかということですが、WBCはMLB(メジャーリーグ・ベースボール)機構とMLB選手会が主催しています。ところが運営資金はすべて日本が負担しているのです。しかし日本の選手が参加しても、日本の選手にはまったくそのお金が回ってこないで、全部メジャーリーグが取ってしまうのです。ですから日本の選手は参加しようとは思わないわけです。スポーツの世界でさえ、日本が持っているお金はアメリカに全部取られてしまう、そういう構造になっているのです。

中丸   この間、ドイツのメルケル首相は、アメリカの財務省が日本に手を突っ込んでどんどんお金を巻き上げようとしている様子を見て、オバマ大統領を一喝したそうです。「もういい加減にしてください。ヨーロッパもジャパン・マネーを当てにしているんですよ。もしヨーロッパが倒れたらどうなると考えているの。あなた方もEUあってのアメリカじゃないのですか」と。この発言から、結局のところ世界中がジャパン・マネーに期待していることがわかりました。そして実際にはドイツは決して親日ではないのです。日本はライバルでこそあれ。

菅沼   1937年の盧溝橋事件以来、支那事変が続きました。
    あの頃、誰が中国の国民党、蒋介石に武器を提供していたかというと、のちにはアメリカやソ連もそうでしたが、主な武器は全部ドイツが供給していたのです。蒋介石総統の軍隊に対し、当時のドイツ国防軍は軍事顧問団を大々的に送り込みました。盧溝橋で始まった戦争も上海へ移ります。上海には日本海軍の陸戦隊がいましたが、その陸戦隊が国民党軍にコテンパンにやられてしまったのです。なぜかというと、まさにドイツの顧問団が作戦を立て、ドイツ製の新兵器で攻められたからでした。

   しかしそのために杭州湾上陸という形で、日本の陸軍が大々的に入っていくことになりました。そして南京攻撃です。南京は中国、支那の首都でした。しかし攻撃の前夜、ドイツ大使のオスカー・トラウマンが日中の停戦に乗り出したのです。なぜなら南京が陥落して国民党政権が崩壊すると、もう自分たちの武器が売れなくなるのでそれは困ることだったからです。南京にはユダヤ系のドイツ人兵器バイヤーも多くいました。

   杭州湾から上陸した日本陸軍は松井石根大将を総司令官にどんどん進撃し、あれよあれよという間に南京まで到達しました。戦争の目的を達成したのになぜ日本軍は戦争を続けるのか、というのが周囲の考えでしたが、日本の論理では勝利を目前にこのまま戦争を終わらせるのでは、亡くなった英霊に対して申し訳ないという理由で突き進んだのです。そこで世界中は「いったいなんだ、日本は」となったわけです。

   日本は世界の人々の理解を超えたことをやるものだから、国民党の例の南京大虐殺の宣伝も事実であるかのような信憑性を帯びて話題になりました。しかもそうなるようにそれを世界に一番広めたのは誰かというと、ドイツ人の商人だったのです。私も南京大虐殺の記念館に行ってみました。いろいろ展示してありますが、南京大虐殺を証言した人たちが掲載された新聞記事もあって、それを見ると全部ドイツ語で書かれている。そしてドイツはこれでもかというほど、南京大虐殺を喧伝し続けたのです。またヒトラーも、独ソ不可侵条約の締結などで日本人を何度も騙したのです。

中丸   あのときの日本は、トラウトマン工作が潰れて、それ以前から続けていた交渉にさらに二つ条件を付け加えて蒋介石に迫るという事態になったもので、蒋介石は受諾できなくて逃げてしまいました。いつの時代にも闇の勢力イルミナティが隠れているものです。彼らは世界中にはびこっていて、全世界をこれまで傷めつけてきました。ドイツが日本を裏工作で攻撃するのも、背後には闇の権力があります。こうして全世界を最後の最後まで自分たちのために牛耳るのが彼らの目的です。

   ジョージ・オーウェル氏が『1984年』で書いているように、最終的には全人類を家畜のようにする計画です。その前に、人間が多すぎると言う理由で徹底的な人口削減計画を実行します。その一つが病気の予防と思われている各種のワクチン接種です。ワクチンは人口削減計画を実現するためのツールであり、各国の政府が大量に購入するので儲けの源泉でもあります。ですから当然、世界の大手製薬会社は闇の勢力の手中にあるということです。

   日本でも子宮頸がんワクチンや、インフルエンザワクチンについては強制的に接種させることが決まっていて、すでにそれをいつから実施するかという段階にまで話は進んでいます。ワクチンは人々の免疫を弱めてしまいます。子宮頸がんワクチンいたっては、直接若い女性たちの不妊を高めるためのワクチンです。人口を増やさないために人々に子どもをつくらせないワクチンは、男の子を対象にしたものも開発されており、今後、導入を迫って来るという段階に来ています。

   ワクチンとは関係ないですが、「注射」という医療行為そのものを利用して、チップを身体に仕込むことも彼ら闇の勢力は準備しています。それは人間一人一人を家畜のように管理するためで、ペットなどにはすでに使われており、迷子になったときに便利だと報道されています。やがては人間にも入れておくと便利ですよ、という世論をつくっていくための誘導で、生体にチップを埋め込むことに対する心理的な抵抗を取り除くことが目的なのです。こうしたテレビ報道を繰り返し見ていると、いつの間にかそれが当たり前のようになって抵抗がなくなっていくのです。

   私がカナダを訪問したときにも、そうした話を聞きました。
   その人はスウェーデンの王族の女性でしたが、知人男性が具合が悪いというのでレントゲンで診てもらうと、体内に大きなチップが入っていたと言います。そのために外部からコントロールされるために、予測できない行動を起こすようになっていたそうです。それは1960年代ということだったので、もうその頃からそういう闇の進める技術があったということです。

   そしていよいよ日本でも、
チップとデータベースで、国民の口座から病歴、家族関係からすべてを一元管理しようとしています。国民にはチップを埋めたカードを渡すのだと言うでしょうが、予防注射の機会にチップを注射器でピュッと入れてしまうでしょう。残念ながらこうした話を陰謀論だと主張する人こそ、洗脳されているのです。つまり、真実が怖くて聞くことができないような頭の構造に変えられてしまっているのです。陰謀論ではなく、現実に怖ろしいことがずっと繰り返されてきており、今後もますますエスカレートするでしょう。

   スウェーデンでも国民の洗脳は進んでいるようで、女性は真顔で、「スウェーデンでも本当に政治家は腐っています」と言っていましたが日本も同じです。一般の人々だけでなく、国を動かす政治家までが洗脳されています。東日本大震災を引き起こしたのも闇の勢力です。ここで撒き散らしてしまった放射能にしても、その処分を利権として金のなる木にするつもりなのです。多くの人々の命を奪っておいて、その後の処理も食い物にするという考えられない浅ましさです。しかもこの利権は、20万年か30万年先まで続くビジネスなのです。

   未だにたくさんの瓦礫が、被災地にはうず高く積まれたままです。
   今後の処理について、私は非常に不安だったので、その解決方法がカナダにあると聞きつけて、行ったわけです。それは瓦礫をパウダーにする過程で、放射能を全部除去するという技術でした。パウダーにした後は、無害の建築資材などとして使うことができます。ところがすでに、闇の権力が放射能の処分事業を利権化していたために、これを日本に導入しようと考えてもできなくなっていたのです。

   カナダの担当者は、「この技術を公開すると、放射能はいつでも処分できるので多くの人が安心するでしょう。でも本当は危険な原子力利用にまた拍車がかかるので、外には出せない」というような趣旨のことを話していましたが、真相はどうやら、すでにできてしまった利権構造に割って入ることができないからのようでした。日本でもこれが使えればたくさんの問題が解決できるのですが、不可能です。


     book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店

                           抜粋






領土問題、拉致問題も米国が工作したもの

中丸   今では日本と中国が円と元でやり取りするようになりましたが、実際にドルは基軸通貨ではなくなりつつあるのです。アメリカの覇権も終わりつつありますね。今回の金融緩和は巷ではあまり騒がれないし、実際効果もない。日本の政財界や官界は、今回のQE3がどういうものなのかわかっているのでしょうか。

       ところでたまたまヘンリー・キッシンジャー元米国務長官のメモワールを読んでいたら、1972年の沖縄返還の時、条約調印に佐藤栄作首相が訪米したときのことをキッシンジャー氏が書き綴っているのですが、それには「安全保障も外交も、よその国に全部任せるという国の首相がやって来る」と書いています。

   そして、その丸投げの態度は、日本では今でも続いているのです。
   アメリカは日本に資金面では頼っていますが、一方日本にすれば日本はお金さえ提供すれば、日本に降りかかってくる諸問題はアメリカがすべて解決してくれるのだと考えているのです。尖閣諸島を巡る争いにしろ竹島の問題にしろ、未だにすべてがアメリカ頼みで、アメリカがどうにかしてくれるのではないかと思っているようです。

   しかし本当にアメリカが日本の課題を解決してくれるのでしょうか。
   もっとも低く見積もって、アメリカは日本が提供している資金に見合うだけの努力をしてくれているとでも言うのでしょうか。そんなことはまったくあり得ません。なぜなら日本を困らせている張本人とも言うべきアメリカが助けてくれるわけがないのです。そのような期待をかけるのは実に愚かなことと言わざるを得ません。

   尖閣諸島にしろ、竹島、北方領土問題にしても、もともとの原因はすべてアメリカが作っているのです。こうした領土問題が深刻化している状況は、日本がそろそろ気づく必要があるという警告だと思います。政治家も国民も目を覚まさなければなりません。つまりアメリカは、竹島という問題の種を撒いて、日韓を仲良くさせないように計画しているのです。竹島問題は日本がまだアメリカの占領下にあって、日本が独自外交をできなかった時代に、韓国から漁師の大量拿捕(だほ)などにより仕掛けられた問題です。このときアメリカがこれに対応しなかったことが問題化の発端になったのです。

   北朝鮮の拉致問題もCIAが仕掛けたことです。
   中国の尖閣諸島の論争についても、日本の領土であることは明確なのに、日本政府はしっかりと説明せず、あるいは世論にアピールもせず放っておきました。それも何かあればアメリカが解決してくれるという、よその国に国を任せる他人任せの姿勢がそうさせてきたのでしょう。尖閣諸島問題は、本来中国も占有権を主張していなかったのですが、1960年代の末に地下資源が豊富にあるということが明らかになって以来問題化しています。これを明らかにしたのは、闇の権力の実行部隊である国連の関連機関です。

   日本の領土に絡む紛争は、このほかにも北方領土問題があります。
   このロシアの北方領土問題と韓国の竹島は、第二次大戦直後から問題化しており、もう70年近くくすぶり続けているのです。北方領土については、日本が放棄した「クリールアイランド」に、国後(くなしり)、択捉(えとろふ)が入るかどうかを、やはりアメリカとイギリスによって曖昧なままに放置されたことがきっかけになっています。

   彼ら闇の権力がなぜこのようなことをするのでしょうか。
   それは日本と周辺国が団結しては困るからです。闇の権力は世界支配を続け、広げるためにできるだけ国や地域を分断し、対立させて弱体化させ、操作しやすい状態に置こうとするのです。ですから日本の領土問題もこの戦略の一環であるのは言うまでもありません。こうしたことを知らないで、何かあればアメリカに頼もうなど、あまりにも愚かというしかありません。

   ペリーがやって来て日本が開国せざるを得なくなった後でも、闇の権力の影響が今のように大きくなる以前は日本人はこうではありませんでした。竹島についても、1880年に政府はしっかりと調査しています。そして1895年には閣議で日本の領土と決めたのです。にもかかわらず、1974年には韓国が竹島に派出所をつくってしまいました。考えてみれば本来日本の領土なのに、「領土問題」となること自体がおかしいのです。結局は、日本の国力が強まることやアジアがまとまること、アジアの国同士が結束することを闇の権力やその実行部隊は何としても避けたいわけで、それが一番怖れていることなのです。

   アメリカは北朝鮮と日本を近づけまいとしています。
   韓国が朴政権だった1960年代、日本は外貨準備高がおよそ20億ドルと、当時の1ドル360円で換算すると7200億円しかない時に、官民合わせて6000億円も韓国に送金しました。韓国はそれを使ってインフラから何から必要なものを整備していきました。当時の韓国の国家予算は1300億円程度ですから、その5倍もの資金を日本から受け取ったのです。

   今では韓国がいくら貿易をしてアメリカに対して黒字でも、日本との貿易では日本のほうが黒字なのです。それは韓国製品は日本の部品でできているからで、韓国は日本の工業力がなければ経済が成り立たないのです。日本から見れば、韓国を通して日本の製品を世界に売っているということで、アメリカは日韓のこうした経済関係を理解しています。この上、北朝鮮のあの真面目な2700万人が強い日本の技術力と一緒になったら、「朝鮮半島は完全に日本の支配下になるのではないか」「東アジアの経済力が強大になりかねない」と考えているのです。

   だからアメリカはこの事態を避けたいのです。
   そのために日本と北朝鮮を絶対に仲良くさせないために介入するのです。関係がよくなりそうになると、拉致問題を取り上げて騒ぎ立てたり、ミサイルを発射するなどといった嘘をマスコミから言わせるのです。そうしたことから拉致問題は準備されているわけで、その首謀者はCIAなのです。アメリカ政府の奥に控える、闇の権力に牛耳られているマスコミが騒ぎ立てることで、わざと問題解決をこじらせているわけです。それにはマスコミだけではなく関係者も買収されて問題を複雑にしています。

   ちなみに北朝鮮には、これから1000年掘っても余りあるだけのウラン資源があります。アメリカとしては中東からオイルを取り上げ、やがて東洋からは北朝鮮を暴発させてウランを取り上げる。そういう構想も彼らにはあるのです。ですから「北朝鮮は危ない」と日本国民に思わせておくことが必要で、それが米軍を日本に展開する理由にもなっているのです。アメリカの覇権を東アジアに効かせておくためにも、日本と朝鮮半島を仲良くさせないのです。

   ちなみにフランス以外のヨーロッパの国々は、全て北朝鮮に大使館を置いています。
   なかでもドイツ大使館の活動は非常に活発です。日本のニュースでは伝えられませんが、アメリカもAP通信社の支局を開設しており、平壌ではすでに組織を作っています。そのようにして満州から朝鮮半島にかけて、ユダヤ人たちも虎視眈々と狙っているのです。というより、これからの世界の経済発展の原動力になるのがこの地域であることを、誰もが認識し始めているのです。

   アメリカは間接的に、日本やアジアに工作してくるだけではありません。
   それは信じられないくらいの直接的な指示も出しているのです。首相官邸の下には地下道が通っており、かつての東京ヒルトンホテル、現在のキャピトル東急ホテルからは毎日、アメリカの要人が官邸に行っているのです。菅元首相にしても野田前首相にしても、直接彼らから指示されていたのです。今は7人くらいの要人が出入りしており、人事まで指示しています。

   民主党政権の時、アメリカに牛耳られる日本の政治は変わるかと思いましたがだめでした。ただ小沢元民主党代表と、鳩山由紀夫元首相時代だけはアメリカの言いなりにはなりませんでした。そのために普天間問題や小沢さんのスキャンダルを捏造するなどして彼らを叩き落し、再び、アメリカの言うことを聞く自民党政権に戻してしまったのです。


     book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店

                            抜粋

   


道州制とTPPは国家解体思想で、闇の権力の目標

中丸   IMFと消費税に話を戻しますが、闇の権力とともに力の弱まっているIMFは、中川さんを抹殺した後も性懲りなく、今度は消費税の増税により、日本人からお金を集め、自分たち闇の権力の支えにしようとしています。それが消費税の正体です。そのことが政治家たちにはわかっていても、中川さんが抹殺されたこともあって怖れて彼らには逆らえないと思っている。ですから消費税増税に突き進んでいく誇りのない政治家は選挙で落選させましょう。まさにアメリカとIMFがつるんで財務省を動かそうとしているのです。

   IMF(世界通貨基金)と消費税、TPP、道州制、脱原発。
   これら5つの大きな政治的選択を政治家がどう考えているかが、政治家を見定めるためのわかりやすい目安になります。アメリカや闇の権力がどういう目的を持っているかを考えて、それに従おうとする政治家には票を入れないようにしなければなりません。反TPP、増税反対、脱原発を掲げる政治家は日本のことを考えていると思います。しかしそうは言っても既成政党の政治家はずい分迷っているようで、それには多分に勉強不足があると思われます。真実を知らない国民もまだまだ多いし、有権者の要望を聞いても迷ってしまうことが多いのだと思われます。

   そんななか、橋下氏のような人物が登場しましたが、まだその正体は確かには見えないのですが、彼は信用できるのでしょうか。橋下さんはTPP賛成と言っているし、道州制の導入も主張しています。ですから残念ながら彼は要注意人物だと認識せざるを得ないのです。道州制TPPは闇の権力のアジェンダ(やるべき目標)です。特に怖ろしいのがTPPです。これを受け入れれば日本は息の根を止められるようなものなので、橋下さんはそれを理解できていないようです。

   GHQが日本に与えた憲法により、家族や地域コミュニティの破壊が一層進んでいるので、日本は以前のように結束力は強くありません。このうえさらに道州制を導入するのは高いリスクを伴うでしょう。

菅沼   道州制は国家解体の思想です。
    さらに言えば、国家を解体へと招く政策です。TPPについてはそれがどういうものかについて、中野剛志さんなど多くの人が本を出しています。国民も少し感じ初めていて、新聞やテレビの報道はおかしいのではないかと考える人も多く、TPPに参加することがよいとストレートに思う人はいないようです。国民側はTPPを推進しようという空気ではありません。それは多くの人が感じていることです。そして昨年の総選挙でも、TPPを声高に叫ぶ人はいなかった。結局それを全面に出すと票が減るからです。しかし今となっては、もう政府はTPP参加の方向へ向かっています。

   TPPはとにかく、非関税障壁に対しては容赦なく攻撃するので注意しなければなりません。お米の関税などと矮小化して考えてはダメで、問題は、要するに日本という国をあらゆる意味で解体していくことを目的とした協定なのです。ですから当然、郵貯や簡易保険、共済制度、医療制度、そのほか日本のすべての制度を解体することになります。最後には非関税障壁と称して、日本語も問題となります。地方自治体の事業も狙ってきます。地方自治体の6億円以上の公共事業にアメリカの企業が参入できるようになると、地方自治体のつくる入札関連の文書はすべて英語にしなければなりません。

   ちなみにTPPで二の足を踏んでいた日本政府に対し、アーミテージ氏はかつてこう言い放ちました。「TPPがダメならNAFTAに入れ」と。まさに本音丸出しで、それはアメリカ、カナダ、メキシコの北米自由協定なので、そこへ日本も入れというのです。つまり日本はアメリカの1州になれというわけで、メキシコなどもNAFTAの犠牲者です。

   TPPによる市場開放を突き進めていくとどうなるか。
   「日本語が最大の非関税障壁だから、公用語は英語にしなさい」と迫ってくるでしょう。そして実際に、企業でそれを実施しているところも目立ってきました。先を行っているというべきか、アメリカの要求を理解している会社というべきなのか、楽天やファーストリティリングが会社内で公用語を英語にしている。すでに日本の中で日本語が公用語ではなくなりつつあるのです。

   つまりTPPによって、日本はアメリカの1州にされてしまうということです。
   アメリカと一体化した経済・文化・社会になれと指令が出ているのです。こうなるとアメリカにとってまさに望みのままで、商売が格段にやりやすくなります。そして日本にとっては、先人たちによって伝えられた文化や伝統や、これまで育まれてきたものすべてがご破算になるのです。そうした事実を政治家たちはキチンと知らないのだと思います。

   TPPを結べば日本の社会はどうなるかは、今の韓国を見ればわかります。
   韓国は、李明博前大統領がアメリカとの間でFTA条約に調印しました。そしてその後韓国はどうなったでしょうか。あまり報道されてはいませんが、韓国社会は今、非常に乱れています。報道だけだと韓国企業は世界にシェアを伸ばし、調子がいいような印象ですが、実際の韓国経済はボロボロなのです。

   サムスンは儲かっていますが、ほかの会社はだめです。
   優良企業と言われていた会社の不良債権も相当溜まっています。2012年の春から夏にかけて貯蓄銀行が何行も潰れています。しかもサムスンは、実はすでに韓国企業ではなく、外資のものです。すでに54%が外国の株主です、ですからどんなに儲けても、利益は全部彼らの手に渡っていきます。

   一方、韓国の社会情勢はどうなっているかというと、これがものすごい格差社会になっています。実際の経済は疲弊しているので、若者の就職口はありません。仕事がないので彼らが社会を乱し、治安悪化を招いています。新聞の記事にもありますが、性犯罪も残酷極まりない。韓国はレイプ事件の多い国ですが、さすがに残虐事件は問題になっています。

   日本も毎年3万人の自殺者を出していて問題になっていますが、人口10万人当たりの自殺率を見ると、韓国が世界でもっとも高く、韓国とリトアニアが高いのです。それだけ韓国の人々は生きていくのに辛い社会であり、あるいは自殺に追いやられる非情な社会環境があるということです。脱北者が韓国の生活に耐えられず、北へ戻るという事例もあります。

中丸   李明博氏は、まさに国を売り飛ばしてしまったということです。
    そして韓国で起きたことが今、日本でも起きようとしています。つまり韓国も日本も全部、アメリカに支配されようとする状況が迫っているのです。あらためて米韓FTAの恐ろしさを紹介するとすれば、それはいわゆる「毒素条項」と言われているものでしょう。市場開放はもちろんですが、一度規制を緩和すると、その後どんなことがあっても元に戻せないという条項があるのです。たとえば、狂牛病が発生しても牛肉の輸入はもう中断できません。ですから市場開放を決めたなら、何があってももう閉じることはできないのです。

   そして韓国企業に投資したアメリカ企業が、韓国の政策によって損害を受けたり、あるいは期待した利益を得られなかった場合には、国際機関に提訴することができ、韓国の法律によっては裁判しないという決まりもあります。FTAとはまさに、韓国という国の独自性を奪う屈辱的な協定なのです。そして日本における脅威が、言うまでもなくTPPなのです。

   アメリカ企業やアメリカ人に対しては、韓国の法律ではなく韓米FTAを優先して適用せよという条項もあります。韓国法では、日本と同じように公共事業やテレビ局などに「外資」を制限していましたが、FTA締結後にはもうこのようなことはできなくなっています。メディアも完全に乗っ取られてしまうことが現実に起きようとしているのです。

菅沼   韓国では、2012年4月に総選挙がありました。
    それまでは主に野党の人々がFTAに反対する声を挙げていました。ところが野党が負けてしまったために、韓国はFTA賛成へと流れていったのです。つまりどの国の与党にもアメリカが食い込んでいるということの表れなのでしょう。FTAにしても問題は山積みです。現在、アメリカ産牛肉を世界でもっとも輸入している国は韓国です。それこそ品質はまともなものから劣悪なものまで、さまざまな牛肉を韓国はアメリカから買っています。かつて
は日本がそうでした。しかし現在は韓国が、アメリカンビーフの最大消費地なのです。

   世界銀行のトップには韓国系のジム・ヨン・キム氏を据えました。
   つまりこういう環境設定をしておいて、韓国には世銀の政策に対して有無を言わせず、潰していくのです。韓国の金融機関である韓国第一銀行は、外資100%です。90%、70%の外資が入った銀行もたくさんあります。もっとも少ない銀行でも34%の外資なので、いわばすべてが外資系金融機関なのです。外資は吸い上げるだけ吸い上げて、少し傾いてくるとサッと引き揚げていきます。

   日韓貿易では日本が儲かっているので、韓国をささえる意義はありますが、発動したあと韓国は日本が融通した資金を返済できるのかどうかという懸念はあります。しかしいざとなったら日本が韓国を助ける準備をしているというだけで効果があります。この協定は2011年にウォンが急落していたときに、たまたま野田さんが、例の李朝の儀軌を李明博氏に渡すためにソウルに出向いていた時に、ついでに協定も結んできてしまった格好です。その額は700億ドルで、5兆円超ですからものすごい額です。ほかにも日本は韓国に巨額の債権を持っているので、そんなに騒ぐこともないのですが、韓国には借りたものは返すようにと言っておきたいですね。

   日韓通貨スワップ協定については増税設定分の570億ドルの契約をやめ、130億ドルの協定に戻しました。韓国の国際を買うこともやめました。韓国にしてみれば、李明博大統領の暴言や竹島上陸で墓穴を掘ったわけです。これから韓国は、日本に対して、また世界に対してどのような外交をしていくつもりなのでしょうか。韓国は社会的にも経済的にも、さらには政治的にも最低・最悪の状況になりつつあります。このため韓国は再度、李明博前大統領が仕向けたような反日を繰り広げなければならなくなるかもしれません。なぜならそうすることで、国内の状況の悪さをエスケープ(他へ転嫁)する必要があるからです。

   その意味では中国の反日活動も条件的には、韓国と似ているかもしれません。
   反日が終わると最悪な状況の内政にげんなりするだけで、第一に経済的な凋落は深刻です。反日をしたところで本質的な解決にはならないのです。韓国は負のスパイラルに巻き込まれています。

中丸   今回の米韓FTAが結ばれる以前、1997年のタイから始まったアジア通貨危機に韓国も巻き込まれ、IMFの管理下に入ってからというもの韓国はもうどうしようもなくなったのです。これまで日本は韓国のためにいろいろと便宜を図ってきたわけですが、便宜を図るのならそのあと韓国にどうして欲しいのか交換条件を提示すべきです。日本もピシッと言うべきことを言うべきです。しかし李朝の儀軌の交換条件として、日本が日本の寺院から韓国人に盗まれた文化財の返還を求めても、時効だなどと言われて引き下がるのだからダメですね。

   それにしても李明博前大統領はイメージだけで、本当に国のことを考えていない人ですね。彼の兄は物心つくまで日本にいたせいか、比較的親日派で日本とのパイプ役でしたが、彼は韓国で逮捕されてしまいました。このためにもう日韓関係の悪化は止まらなくなったようです。秘書たちも含めて李前大統領の身辺の人は20人以上も捕まっていると言われます。韓国の末期政権のいつものこととは言え、日韓関係を悪くするパフォーマンスは行き過ぎでした。あれだけやっても李明博氏はおそらく逮捕されるでしょう。自分を「英雄」に見せるためにひと芝居打ちましたが、その効果もほとんどありませんでした。

   李明博氏の愚かさも呆れますが、日本の政治家もほめられたものではありません。
   たとえばある人が自民党の政治家に、経済が行き詰まったらどうするのかと聞いたところ、「日本経済が立ち行かなくなったら、IMFを呼んで入ってもらえばいい」と答えたそうです。自民党の人ですよ! 一度IMFが入ったら、TPPどころではなく、もう強制的にすべてが解体させられて、金目のものはすべて巻き上げられるのです。日本の政治家もそのくらい、不勉強のためにわかっていないのです。今の韓国の様子を見ればわかるように、怖ろしいほど何もわかってはいないのです。

   闇の権力の手先としてIMFが、資源国家などにどんどん資金を貸し付けて、返せなくなるとそこの資源をすべて奪い、その国を支配していきます。そうやって南米やアフリカを侵略したのです。そしてその手を韓国に使ったのです。


     book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店

                           抜粋

マスコミと教育で「自虐史観」を植えつけられてきた日本人

中丸   今回の増税は、日本国民の大切な稼ぎを、さらに闇の勢力に貢いでいく仕組みなのです。こうした時代にあえて消費税をアップしようというのは、その目的が実は財政の安定のためではないということなのです。なぜなら景気が低迷しているなかでの増税は、景気をさらに悪くすることはあっても、財政の安定にはつながらないことは歴史が証明しています。しかも消費税を上げなければ日本の財政は立ち行かないから早く導入せよとは、国民の側からは一言も言っていないのです。

   では誰が言い出したかというと、IMF(国際通貨基金)です。
   IMFは、それを堂々と日本政府に突きつけているのです。IMFは世界の通貨の番人のような存在で、通貨の流通を取り仕切っていますが、その大本締めが闇の権力なのです。しかし最近のIMFはどうかといえば、闇の権力のお金の力は弱まっているのでIMFの力も衰えています。実際にリーマン・ショック直後には、IMFも機能不全に陥りました。あのときIMFを救済したのが日本で、麻生太郎首相の時でした。麻生さんと中川昭一財務兼金融担当大臣がIMFを助け、ドル崩壊による世界経済の大混乱を食い止めたのです。

   ちなみにこの時中川さんは日本の国益を考えて、日本がIMFを助ける代わりに、IMFに対する発言権を強めようとしたのです。世界の要人もこれに合意しており、日本のプレゼンスは非常に高まりつつあったのですが、闇の権力がそれを見逃すはずはなく、中川さんはすぐに彼らによって抹殺されてしまいました。それでまたしても日本は、お金を出すのみとなったのです。それが2009年2月にイタリア・ローマで開催されたG7の席でした。サミット終了後の記者会見が泥酔会見という前代未聞の会見となったのです。

   中川さんの側にいた財務省の幹部と、白川方明日銀総裁がそれを実行したのです。
   中川さんが側で朦朧としているのに、白川さんは何もしないというあの怖ろしい状況こそ前代未聞でしたね。中川氏に、自覚できないほど朦朧とさせるために薬を盛った実行部隊は、読売新聞の女性番記者であったこともわかっています。

   屈辱的な姿を世界中に晒すというやり方で、政界から追放するという卑劣なやり方こそ、彼らの得意とするところです。そしてマスコミも泥酔会見を面白おかしく伝え、中川さんを擁護することなく貶めたので彼らも実は共犯なのです。中川さんはその後辞任し、そして殺されました。今の一番の「悪」は彼らの手先に成り下がったマスコミであり、ほとんど染まりきっています。

 
IMF・国際通貨基金を運営しているのはイエズス会のマルタ騎士団といわれている。)

菅沼   アメリカの対日政策とは何だったかを改めて考えてみると、占領当時は「日本を弱体化するにはどうするか」という活動でした。これまでにもアメリカはいろいろ画策しましたが、その柱の一つにマスコミ対策がありました。たとえば竹村健一さんですが、彼は今もアメリカの思惑に沿って動いています。竹村さんは毎日新聞の英文毎日にいましたが、英語の勉強ということで、フルブライトの一期生として米国に留学しました。

   本来、アメリカがフルブライト交流事業を設けた目的は、海外に親米派の人材をつくるためですが、アメリカの手先を作るためと言ってもいいでしょう。それを上院のフルブライト議員が資金を出して始めたということになっていますが、対象は日本だけではなく、同じようなことが他の国でも行なわれています。

   フルブライト交流事業は戦後、すぐに始まっています。
   これまでにも世界中で30万人以上がアメリカで学び、日本では1950年代初頭までにフルブライトの前の制度で約1000人が米国へ留学しましたが、1952年からフルブライト交流事業になり、竹村さんはその一期生です。1980年からは日本政府もお金を出しています。公費で、毎年日本人とアメリカ人がそれぞれ50人ずつ行き来をしており、同窓生は日本人で6000人を超えるようです。それはマスコミ業界だけではなく、教育や行政、法曹界、ビジネス界にまで及びます。その目的は親米派を育てるための実施ですから、当然、それを使って留学した人は好む好まないにかかわらず、必ず親米派として行動することが要求されます。

   ですから彼らが日本に帰国して、たとえばフジテレビなら『報道2001』というような人気番組にコメンテーターとして出演するわけです。私も彼とはいろいろ話しましたが、しかし彼には自分の意見というものがないんです。経済なら、ロンドンの「エコノミスト」という雑誌に書いてあることをそのまま自分の意見として言い、中国やロシアの批判はしますが、アメリカの批判はまったくしない。「報道2001」で司会をしていたのが黒岩祐次・現神奈川県知事で、私が呼ばれていた頃は黒岩さんが司会を担当していましたが、彼は番組の流れを親米寄りに引っ張っていくのです。

   彼も一度番組を降りて、フジテレビのアメリカ支局へ行きましたが、そのあと帰国して再び再登板するのです。つまり日米を行き来してまた新たな情報を仕込んできて、日本にも新たな親米派のコメンテーターをアレンジして報道番組を作るのです。言い換えれば、日本人の顔をしたアメリカ人をテレビに出して、アメリカ寄りの情報を発信するのです。朝日新聞もそうです。元朝日新聞主筆の船橋洋一さんがアメリカへ行きましたが、帰国して彼が朝日の親米化を進めました。

中丸   実際には今では日本のすべてのマスコミは、完全に掌握されているといってもいいでしょう。CIAの息のかかったコメンテーターたちは、アメリカの批判はしません。それでは何のためのコメンテーターなのでしょうか。私も黒岩さん司会の「報道2001」に出たことがありますが、やはり親米の司会進行でした。小泉政権のとき、マスコミはアメリカの言うこと以外は書かなくなりました。下手なことを書くと潰されそうでしたからね。特に日本経済新聞が偏ったと思います。要するに日経はグローバリズムの先兵なわけです。

   アメリカが日本の金融制度や経済政策を変えたいと思えば、日経新聞から情報を発信して日本人に読ませるのが一番手っ取り早いわけです。しかも経済界では日経を信じてみな読んでいますから、「そうなのか、なるほど」とみな納得してしまうわけです。船橋洋一さんは、闇の権力の討議機関である三極委員会の委員にもなっていますね。ですがもともと、朝日新聞は最初からアメリカに牛耳られていたのです。朝日も毎日も戦前は、日本の参戦を煽り、戦争中は国民に勝利の幻想を抱かせたのです。

   戦後は一転して、中国や韓国、北朝鮮寄りの記事を書いているように見えますが、しかし何も変わってはいないのです。戦前から、アメリカのバックにいる闇の権力の意向をしっかり伝えています。アジアを重視した反米の態度に見えますが、実はそうではなく、手の込んだやり方で国民に情報を発信しているのです。産経新聞は、社長も務めた住田良能さんが編集長だった頃から変わったように思います。その頃から最初の安倍政権が成立する頃までに、保守論壇の周辺で何か陰謀のようなものが渦巻いたようです。その一つが、新しい歴史教科書をつくる会の運動です。この運動の裏でいろいろ動いたようです。

   同じグループのフジテレビの日枝久さんは、デビッド・ロックフェラーの系列ですね。
   ロックフェラーの本が出た時に、彼は日本に来て出版記念会のような集まりを開催しましたが、このときに日枝さんが挨拶をしていました。ですから産経新聞も日枝さんの言うことは聞かざるを得ない立場にあるはずで、彼はキッシンジャーが来た時にも一生懸命案内していましたね。

   新聞報道について具体的に言えることは、まず普段から中国や韓国、北朝鮮を持ち上げる記事を書きます。そして一方で日本を陥れる記事を書きます。そうすると周辺国は、日本の新聞がこう言っているから我々は正しい、優れた民族だ、と強気になります。しかし一方日本国民は、自分たちは間違っている、大した国民じゃない、という思いを募らせていきます。戦後日本人は、こうした自虐報道をいやと言うほど聞かされてきたので、国際政治を強く主張できないというおかしな癖がついてしまいました。特に、高度経済成長期を担ってきた世代はそうであるはずです。

   こうして米国はGHQを通して、戦前の日本を否定し、戦後はますます彼ら闇の権力の忠実な僕になるようにと、さまざまな政策を遂行してきたのです。教育の面では日教組を組織し、この日教組とリベラル系のマスコミが足並みを揃えて、自虐史観を子どもたちに植え付けることに力を入れたのです。

菅沼   情報の発信の方法が変わったという面があります。
   船橋洋一氏は帰国してから、2010年に新聞社を辞めましたが、それから朝日新聞もすっかりスタイルが変わりました。リベラル系の新聞もかつては手の込んだ自虐史観を打ち出していましたが、今は表現が直接的で、いうなれば隠しながら出していたものが、堂々と出すようになったということです。つまり親米ぶりが直接的なのです。そして今一番問題なのが、産経新聞です。それは保守路線であった産経が大きく親米寄りになったことです。そこには経営的に苦しいマスコミ業界の事情もあります。

   1990年代から続く不景気は、マスコミ業界の経営も追い込んでいき、今では公告も減り、読者も減る一方です。産経新聞も同じで、住田良能さんが社長だった2007年から2009年頃まで大幅なリストラを敢行し、記者もかなり解雇されました。この時に、反米保守の記者がほとんど切られてしまい、親米保守の記者だけが残されたという背景があります。すっかりメンバーが変わってしまったことで親米に勢いがついているのです。

   TPPにしても何にしても、アメリカのやることには全面的に賛成、という姿勢です。
   それは産経新聞に限ったことではなく、日本の新聞それにマスコミはもはや真実を伝えず、本来の批評精神という牙を抜かれ、生命力を失った単なる「張子の虎」です。


    book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店

                           抜粋

あらゆる戦争を仕掛けてきた闇の勢力の目的は「支配」

  
中丸   日本社会が変わってしまった背景には、戦後米軍のGHQがたとえば日教組を組織させて、彼らによって日本の歴史を否定する自虐史観を広めたという経緯があります。本来、人権には厳格であるはずのリベラルな人々が、階級闘争などを通してかえって多くの人に差別意識を植え付けてきたことがじわじわ効いてきたのです。米国の目的は究極的には日本民族を弱めていくことだったのですが、日本も戦後GHQから押し付けられた憲法を後生大事に守っているという矛盾を抱えています。我々日本人が押し付けられた憲法には、日本のよき家族や地域社会、仕事仲間の結びつきを崩壊させる考え方が意図的に盛り込まれています。

   そこには太平洋戦争を果敢に戦った日本人を怖れる気持ちがこもっています。
   日本人の高い精神性と、みなが団結する力を壊したいという意思です。ちなみにドイツでは、占領軍から与えられた憲法を戦後間もなく、自分たちが制定した憲法に書き換えています。日本も同じようにしなければなりません。何年か前に、かつて日本国憲法の作成を担当していたという、90歳を超えたアメリカ人女性に会いに行ったという人の話ですが、その人が彼女に「日本ではあのときの憲法を未だに使っています」と伝えたところ、彼女は大層驚いてこう言ったそうです。「ではもう日本の家庭はボロボロになっているでしょう」。

   確かにそうで、戦前と比べれば日本の家庭も核家族化が進みました。
   その結果少子化も進み、田舎では老人たちがいなくなれば村には誰もいなくなるという「限界集落」がたくさん存在しています。都会でやっていけなくても、実家のある集落に戻れば何とかなるのが古きよき日本でしたが、もはやそのような社会はなくなってしまいました。また日本には世界に類を見ないほど、長く続いている老舗企業が数多く残っています。なかには何百年という歴史を持つ企業もあります。ですがやはりGHQの政策により労使紛争を煽り、労働環境に対立を煽り、企業を内側から破壊することが進められています。

   ですから本来なら、まず日本という国が再生していくように憲法を改正して、教育も見直し、子どものころからしっかりとした人間に育むところから取り組まなければなりません。しかし憲法改正は簡単なことではありません。ちなみに憲法九条だけは、天照大御神が昭和天皇に降臨して制定されたもので、まさに人間復興の世界平和を先取りする珠玉の条項なので、これだけは守らなければなりません。

   私は2012年の夏にカナダに行き、途中バンクーバーに寄りました。
   バンクーバーはカナダの三番目の都市ですが、道路には浮浪者があちこちに布団を敷いて寝転んでいました。さらにバンクーバーは「ホンクーバー」と呼ばれるくらい中国人が多いことでも有名で、3分の1が香港から逃げて来た人々です。しかし浮浪者になっているのは中国人ではなく、カナダの白人の若者なのです。日本でも就職できない若者はたくさんいますが、しかしここまでの事態ではないでしょう。

   今、人は1%の富者と99%の貧者に分かれているという話があります。
   1%とはこうした仕組みを作り出している闇の権力とそれに連なる人々で、わずか1%だけが肥え太る仕組みになっていて、今、世界の99%の人、つまりほとんど全員が貧乏になりつつあるのです。浮浪者はこうした人々の中でも少し先行していると考えられますが、近い将来もっと多くの人々がそういう状態を余儀なくさせられる可能性があります。カナダの例はあまり知られていないようですが、実はアメリカはこの状態がもっとも進んでおり、国民は家畜化されているのです。

   そういった現状はマスコミからは聞くことはありませんが、実はアメリカそのものが真っ先にやられてしまっているのです。教育も程度が落ちており、無学に近いような人々が増えています。私たちはアメリカを批判するにしても、実際には一般の人々は被害者であり、そうした人々が悲惨な境遇にあるということを理解しておく必要があります。アメリカを一つでくくることはできず、アメリカを牛耳ってそういう状況を作り出しているのはほんの1%の人々であり、実際には割合で言えば1%よりももっとわずかな人々なのです。

   しかし日本もこのままでは、アメリカやカナダのようになってしまう可能性があります。
   本質的なことを考えれば、いうまでもなく政府をつくり出すのは、やはり私たち国民なのです。そのためには国民が真実を知らなければなりません。私たちはそれを知ったうえで政治家を選ぶ権利があるのですから、そこでしかっり真っ当なことをしていける政府を生み出さなければなりません。

   ここで、東日本大震災について改めて触れておきましょう。
   あの震災そのものが、日本をゆするための手段でした。そのために闇の権力者が人工地震を誘発させ、地震と原発の災害を引き起こしたのです。ですから福島第一原子力発電所の災害も、事故ではなく事件なのです。私は全国を訪れて講演していますが、最近質疑応答の際に、東京や東海沖での地震の可能性についてよく聞かれるようになりました。これは東日本大震災を引き起こした地震が人工地震であることを、人々がよく理解していることを示しています。闇の権力は、東北と同じように首都圏や東海も破壊しようとするのか、という不安からくる質問だと思います。

   ちなみに9・11の事件も、米国政府がいうようなテロリストによるハイジャック事件ではありません。これらもアメリカ政府に巣食う闇の権力が新たな戦争を始めるための、準備された計画でした。それも膨大な人々の生命を犠牲にする仕掛けであったことが、今では多くの人々の知るところとなっています。アメリカ政府はこうした伝統的な手段を用いて、これまでにも数々の戦争を始めています。古くは1898年のスペインとの戦争で、アメリカはこのとき、プエルトリコ、フィリピン、グアムなど、カリブ海や太平洋のスペインの植民地を獲得しています。

   きっかけはその年の2月にハバナ湾で、アメリカの戦艦が爆発・沈没し、多くの米国人乗組員が亡くなりましたが、アメリカはそれをスペインによるものだとしたので戦争に突入しました。未だにこの爆発の原因は謎とされていますが、アメリカの自作自演だと考える人は多いのです。人を生け贄にすることを何とも思わず、そうして強欲を達成しようとするやり方は彼らの常套手段であり、彼らの背後には闇の権力が控えており、彼らがアメリカを操作していたのです。

   アメリカにとっては、太平洋を掌握するという課題がありました。
   スペインを打ち破った後、排除すべき勢力、それは日本でした。周知のように1940年代、日本は空襲や原爆によって甚大な被害を与えられ、破壊されてしまいました。多くの日本人の犠牲者を出し、日本の勢力は排除されたのち乗っ取られてしまいましたが、元はと言えばそこでも挑発はアメリカからだったのです。戦争が始まる前から日本は世界中に、悪の枢軸国のようにアメリカによって喧伝されました。そして数々の陰謀と挑発が日本に対して繰り返されましたが、結果的に開戦の口火を切ったのは日本でした。それが真珠湾攻撃だったわけです。

   もうわかると思いますが真珠湾攻撃も、アメリカによって準備されたものだったのです。スクラップのような米国の艦船をそこに浮かべ、お膳立てよろしく、日本からの攻撃を待っていました。もちろん日本側の行動は、傍受した暗号通信文などによってすべてアメリカに読まれています。ハル・ノートを突きつけられて戦わなくても潰されると判断した日本は、アメリカの筋書き通り、真珠湾を攻撃することになりました。「恭順を誓い、頭を垂れたところに金槌を振り下ろしてくるのがアメリカだ」と言ったのは、リビアの元元首カダフィ大佐です。彼も結局、欧米によって殺されたわけです。

   ベトナム戦争もそうです。
   
(ベトナムから先に砲弾が打ち込まれたとして、アメリカによる攻撃が開始されましたが、当時の米艦隊の最前線にいた司令官は後に、「そんなものは飛んでこなかった」と証言しています。)彼らの目的は9・11のように、「テロとの戦い」という旗を掲げることで、いつでも引き起こし、続けられる戦争を編み出すことであり、そのためには自作自演は常套手段なのです。

   話を戻しますが、東京や東海でもまた地震が引き起こされるのかという質問ですが、それに対する私の答えは、「あまり心配しなくてもよい」です。古代のマヤ暦が終わりを示した2012年12月は、闇の権力に言わせれば世紀末でした。彼らはこの世紀末にふさわしい戦争というイベントを引き起こさなければならない、と今も考えています。地震についてはあまり心配する必要はないと思いますが、まったくないとも言えないので細心の注意と準備は必要です。

   ただし闇の権力といっても、彼らの意図のままにすべてが運ぶわけではありません。
   失敗もあるわけです。ですからそれほど悲観的になる必要もないのです。彼らの意図は支配下にあるペンタゴンから指令が出て、実行部隊が動き、人工地震などが起こされるのですが、そのプロセスにおいて思うように実行されないこともあるわけです。にわかには信じられない人々も多いでしょうが、実は3・11の地震は東北だけではなく、東京湾直下や富士山周辺でも起きるように、多くの場所に仕掛けがされていたことがわかっています。実はシベリアなど国外にも仕掛けられているのです。

   
(彼らの計画では、3・11の地震で太平洋側の東北の一部を海底に陥没させる予定でした。それで彼らは早々と陥没した日本地図を作成して用いていましたが、しかし実現しなかった。 zeranium )
                                                


   闇の権力に従う人々により、地震を起こすための核爆弾が東京湾の海底と、富士山周辺の地下に4ヶ所セットされていました。しかし幸いなことに、3・11と同時に爆発させる予定だった東京湾も富士山周辺も、爆弾は不発だったのです。これまでも講演や著書でお伝えしてきたように、人工地震の直接の原因は海底に埋められた核爆弾です。ひずみのエネルギーが溜まった地殻に核爆弾をセットして爆発させれば、そのエネルギーが解放されて大地震につながります。こうした理論は新しいものではなく、地震学者であれば誰でも知っていることです。実際に人工地震は、地震のメカニズムや地下構造、地質を調べるときにも使われているもので、特別な技術ではありません。

   自然からの恩恵により生かされている日本は、そう簡単には滅亡しません。
   普段は自覚することが難しいのですが、私たちはともに生きる人々からたくさんの恩恵を受けており、よいエネルギーをたくさん受け取っています。しかし残念ながら同時に私たちの周りには、悪のエネルギーである「闇のエネルギー」が存在しています。それは自分の中にも潜んでいるので時々それを自覚することも必要ですが、それよりももっと強く影響を受けるのが、自分の周りから受ける闇のエネルギーです。

   彼らは実際に悪魔信仰ををしており、ルシファーを信仰しているので彼を呼び寄せるために、おどろおどろしい儀式などを通して闇のエネルギーを引き寄せてもいます。ですから彼らが握っている権力が仕掛ける洗脳も、こうした悪のエネルギーの作用なのです。そのほかにも抵抗が難しい闇のエネルギーによる悲劇があり、今では自然災害も悪のエネルギーによって引き起こされることがあります。

   ちなみに東日本大震災で、彼らは首都圏の破壊まで考えていたのですが、その意図の裏にはアメリカによる日本再占領計画がありました。首都圏が大地震に見舞われれば、日本の行政や経済その他すべてが一時的にせよストップし、国家運営に支障が出ます。そこへ表向きはこれを支援するとしてアメリカ軍が乗り込む算段でいたのです。そのためにアメリカの空母ドナルド・レーガンは他の艦船とともに艦隊を組んで日本近海に常駐していました。そして3・11直後から、日本に上陸可能な体勢を取って待機していたのです。

   もしこの時、首都圏で大地震が起きていたら、ただちにアメリカ軍が上陸していたでしょう。アメリカにすでに洗脳されている官僚や政治家などと組んだ臨時政府のような組織が設置され、早急な復興を理由に、彼らに都合のいい政令が次々に公布されるという事態に陥ったに違いありません。そうなればアメリカ政府を牛耳る闇の権力にとって、当然、沖縄の普天間基地移設問題やTPPにしても、もう日本政府と交渉する手間は不要です。主導権を握ればこうした問題は即決することができます。そして逆に言うと、TPPもまさに日本を占領するためのものなのです。TPPは、国際的な同意を取りながら、じわじわと日本をアメリカのより強力な属国にする手段です。

   人工地震を起こした核爆弾の設置には、日本の研究船「ちきゅう」が関与していたことが明らかになっています。この船は深さ何千メートルもある海底をさらに深く掘削することのできる研究用掘削船です。しかしながらこの船はもはや、日本の研究機関のための作業に使われているのではなく、国際的な組織下に入れられており、そこでは多くの外国人も多数加わって作業しています。人工地震から何から全部、彼らは本当に実行する闇の権力です。

   「東海地震が来る」とか、「4年以内に直下型地震が東京に来る」などと言ってマスコミがテレビを通して煽っています。NHKも特番を放映するなどして煽るようなことをしています。死者が30万人を超えるとか、高知には30メートルを超える津波が来て町並みが全滅するなどと言うのです。それもわざわざCGをを作ってテレビで見せつけるのです。

   もう一つ驚くべき話があります。
   それは福島第一原子力発電所の4号機にまつわる話ですが、その4号機の地下4階あたりで日本は核兵器をつくっていたという話です。それを闇の権力は察知し、イスラエルのネタニヤフ首相もそれを怖れた。しかも核兵器の原料となるプルトニウムは日本各地の原子力発電所にはたくさんあるわけで、それを北朝鮮を通してイランに売っていた。だから見せしめに、福島第一原発を破壊したという説もあります。


     book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店

                            抜粋

   

四つ目の約束: 常にベストを尽くすこと

   あなたが自らの人生を変えるつもりでいるならば、自分がこれまで合意によって取り込んできた諸々の信条を変えるつもりでいるならば、そのためにもっとも重要になることは「気づき」です。なぜなら自分の好きなものや嫌いなものに「気づいて」いないならば、自分の合意を変えることはできないからです。自分が何を変えたいのかに気づくことなくして、どうやって何かを変えることができるのでしょうか。

   しかしただ単に気づけばいいということでもありません。
   なぜならその違いを生み出すのは「実践」だからです。つまり気づくことができても、それで人生が変わるわけではないからです。変化は行為することから生じるもので、それは実践の賜物であり、実践の積み重ねだけが達人を生むのです。

   あなたがこれまで学んできたことはどんなことも、それは繰り返しと実践によって身に付けたものです。あなたは幼い頃から歩き方を身につけ、話すことや書くことを繰り返しによって身につけてきました。あなたは母国語を自在に話せますが、それは実践したからです。同じようにしてあなたは、自分の人生を思いのままにしているさまざまな信念を実践によって身につけたのです。ですから今この瞬間におけるあなたの生き方は、長年にわたる実践の賜物なのです。

   これまでずっとあなたは、今現在自分だと自覚しているものになるために、一瞬一瞬を実践し、それが習慣になるほどに繰り返し実践してきました。ですからもしあなたが何か新しいことを実践し始めると、つまり自分が自分だと信じているものを変更すると、当然あなたの人生全体が変化することになります。「非の打ちどころなく(正しい)言葉を使う」ことを実践し、「何事も自分に向けられた言動として受け取らず」、「憶測をめぐらさなくなる」と、あなたは自分を地獄につなぎ止めている何千という合意を破っていくようになります。そうするとすぐに、あなたがこれまで自分だと思い込んできたイメージの自分ではなく、本来のあなた自身が新たな合意を選択するようになります。

   一つ目の約束である「非の打ちどころなく、正しくふさわしい言葉を使う」ことで、美しい人生が創造されます。この約束はあなたを、あなた独自の天国まで運んでくれます。そしてこの約束を実践するために必要なものは、「何事も自分に向けられたものとして受け取らない」ことであり、「憶測をめぐらさなくなる」と、「非の打ちどころなく言葉を使う」のが容易になることがわかるでしょう。つまり「憶測をめぐらさなくなる」と、「何事も自分に向けられた言動として受け取らなくなる」のです。もちろんその逆も然りですが、多くの人々はそうではない生き方で自分を苦しめているのです。

  四つ目の約束: 常にベストを尽くす

   
常にベストを尽くすことは誰にもできる約束です。
   それは時々80%やって、残りの20%をやるということではなく、常に100%の力を出すということで、そのように意図することです。ただしあなたのベストはどの瞬間をとっても同じではなく、それは疲れを感じていたり、壮快であるかや、感情的な状態によっても異なるでしょう。あなたのベストは時間が経つにつれ変わりますが、この四つの約束の実践が習慣になるにつれて、あなたのベストは良くなっていくでしょう。

   四つ目の約束の実行は、最初の三つの約束が深く染み込んだ習慣になります。
   繰り返しと実践によってあなたは達人になることができますが、それをすぐマスターできると期待してはいけません。なぜならこれまでのあなたを形作ってきた習慣は非常に強固であり、しっかり根付いているからです。ですから単にベストを尽くすことです。一つを守れなかったら、再び同じことを明日始めてください。実践し続けるなら、それは日一日と容易になっていきます。

   これまでのように、自分に他人に誤まった言葉を使うことで対立を生む習慣や、どんなことも自分に向けられた言動として受け取って疑心暗鬼になる習慣、憶測することで思い込みにはまって動けなくなる苦しい習慣などは、四つの約束を実践するためにベストを尽くすことで、時間が経つにつれ弱まっていき、あまり起こらなくなるでしょう。自分の習慣を変える行動を取り続けるならば、今私が話したことは必ず実現します。続けるうちに、こうした四つの約束が習慣と化す瞬間が訪れます。それは努力することなく、自然にやってきます。それによって今までのような自分との葛藤や自分に対する格闘の代わりに、人生全体がとても容易に運ぶようになっていることに気づくでしょう。

   しかしそれでも何もしない、何も創造しないという選択をすることもできます。
   そうするとあなたの中の裁判官は、退屈して何もしないあなたを当然のように、あなたが信じていることに従って裁くでしょう。「怠け者だ。人生そろそろ何かするべきじゃないのか?」と。仮にも自分の限界なら信じることができているのなら、どうして自分を通して開花する力と喜びの可能性を信じないのでしょうか? 

   一旦あなたが、無意識のうちにも夢見ているものがどんなものであるかに気づくなら、自分がそうしようと思うときにはいつでも、自分の夢という望みを変えるための力を取り戻すことができます。自分にそれを作り出す力があることに気づくと、あなたは自分の夢を変えたくなるはずです。そして四つの約束がそのための完全な道具となるのです。この四つの生き方は、自分の頭の中に住む専制君主や裁判官、そして断罪された自分という犠牲者に挑戦します。つまり、あなたの人生を困難なものにしている「合意のすべて」に挑戦するのです。

   自分の信じていることは本当かと単に自問することで、自分の信念の正当性を疑ってみると、いろんなことに気がつくでしょう。あなたはこれまでの人生で、他人の期待に応え、他人から受け入れられ認められようとしてあらゆることを準備し、自分自身のことは常に後回しにしてきました。あなたは自分の見解ではなく、他人の観点、見解に従って生きるために、自分の個人的な自由を犠牲にしてきたのです。あなたは母親に、父親に、先生たちに、伴侶に、子どもたちに、宗教に、そして社会にそぐおうとしてきました。そのように何年も努力した挙句、今度は自分にそぐおうとすると、自分が自分にそぐわないことが判明します。

   もう、自分のことを優先するべきことに気づいてもいい頃です。
   こうして、おそらく人生始まって以来始めて、自分自身を無条件に受け入れることによって、自分を無条件に愛する方法を学び直すことができます。無条件の愛を本来の自分に投じ、そこから自分を愛することを実践してください。自分自身を無条件に愛するようになると、あなたはもう、あなたの人生をコントロールして支配したがる外部の存在たちの餌食になることはありません。あなたはもう、誰のためであっても自分を犠牲にしたりはしないのです。自分を愛することを実践することで、自分を愛することをマスターするでしょう。

   最初の三つの約束は意識的なことなので、それは仮想現実における約束ですが、しかし四つ目の「常にベストを尽くす」という約束は、物理的現実におけるものです。常にベストを尽くすとき、あなたは行動を起こしていて自分を変容させながら人生を変えています。これらの約束の目的は、自分が信じていることに向き合い、それを変容させることにあります。それは知らなかったとはいえ自分が行なってきた「合意」を変化させ、心を自分なりに方向付けし直すことにあります。あなたが求めているものは、信念体系に牛耳られた人生ではなく、自分の人生を生きる自由です。自分がつくり上げた法則ともいうべき鉄則という信念体系が心に存在しなくなると、あなたに指示し、裁く専制君主や裁判官、それにあなたという犠牲者も姿を消します。

   あなたに必要なことは、自分自身に正直になることです。
   あなたには自分が抱いている迷信や嘘、自分自身だと思い込んでいるものをを直視する勇気があるでしょうか? おそらく、「そんなことわからないよ」と思うでしょうが、しかしあなたが今行なっていることは、自分の嘘をすべて捨て去ることなのです。これらの四つの約束は、実は自分がすでに学んだことを捨て去るプロセスのことなのです。

   あなたは合意して取り入れることで学んできました。
   しかしそれらの合意を破棄することで、これまで学んできたことを捨て去るのです。一つ、合意を破棄するごとに、あなたがその合意を守るために費やしてきた信じる力が、あなたのもとに戻ってきます。なぜならもはや、その合意を守り生かしておくために、エネルギーを注ぎ続ける必要がなくなるからです。

   まず大した力を必要としない小さな合意から初めてみてください。
   それらを捨て去るにつれてあなたは自分の知識体系を取り壊し始め、そのおかげであなたの意識が解放されていきます。あなたの意識が力を取り戻すにつれて個人的な力が増し、意志が強くなっていきます。そうするとその力は別の合意を変える力となり、そうして次々と他の合意を変えていく力になります。

   そのようにしてあなたの個人的な力は増大し始め、あなたは自分にとってすべてのことが可能であることを発見するでしょう。なぜならあなたは以前よりも、はるかに大きな力を身に付けるようになっているからです。ほどなくあなたは幸福や歓喜、愛に至る合意を生み出すようになるでしょう。そしてその新しい合意は外の世界と相互に作用し始め、あなたの夢全体が変化するのです。

   まず、自分の信じていることに向き合うことから始めてください。
   ではどうやって自分の信じていることに向き合えばいいのでしょうか? そのための手段は一つしかなく、それは「疑問に思う」ことです。当然、「疑問」も一つのシンボルという言葉ですが、それは非常に大きな効果をもたらします。疑問の力を用いて、自分が伝達し、受け取っているメッセージの一つ一つをすべて疑ってください。自分が本当だろうと思っている信念体系にある、一つ一つの信念を疑ってください。次に、社会を支配している一つ一つの信条、常識といわれているものの正当性を疑ってください。そして最終的に、あなたの世界を支配しているあらゆる嘘と迷信の呪縛を打ち破ってください。


                       book 「五つの約束」
         ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス&ジャネット・ミルズ共著
                      コスモス・ライブラリー

                           抜粋

   

   


   

   

自分を裁き、否定し、断罪する「信念の力」

   当然のことながら幼い時分、私たちは言葉を学ぶようになると、他人の信念の力によって打ちのめされてしまいます。言葉というシンボルは素晴らしい発明です。しかしシンボルという言葉の手ほどきを受けると同時に、すでに存在するあらゆる見解や信条も一緒に私たちに叩き込まれてしまうのです。その一つ一つの考え方見解が真実であるかないかにかかわらず、それを問うこともなく私たちはそのすべてを鵜呑みにします。しかしそれが問題となってくるのは、私たちが成長しながら見聞きする見解とともに、一つの言語を習得する頃には、言葉というシンボルが私たちの信念の力を握ってしまうことなのです。

   
(古来、人類は言葉を必要とせずに意思疎通をしていました。しかし人類の歴史のある時期に言語というものが持ち込まれ、それぞれの民族が固有の言語を用いるようになったことです。つまり本来人類は言葉を必要とはしていなかったにもかかわらず、なぜか突然、言葉を生み出すようになったのです。他の研究からもわかっていることは、20万年前に人類の脳が異変を起こしていることです。それ以来、人間の脳の左脳と右脳は正常なバランスを失い、つまり左脳が損傷を受けたことがわかっています。左脳は言語をつかさどっていますが、その頃から損傷を受けた左脳が暴走を始めたと言われています。そして人類は進化を止め、退行を始めたのです。   zeranium)

   
私はこれを良いとか悪い、正しい、間違っていると言っているわけではなく、これが事実という現実であり、この世界に生きる私たち全員に起きるということです。私たちはこの社会の一員となるために言語を学び、宗教や哲学を学び、生き方を学びます。そして自分に言われたことを礎にして信念体系全体を構築します。苦しみや悲痛な出来事が起きるまでは、他人が自分に言ったことが嘘だと疑うことはありません。しかしそのようなことが起きると、私たちは他人が言うことの中には真実でないものがあると気づくのです。

   あなたはサンタクロースが実在しないことを知ったとき、自分がどう感じたかを思い出しますか? あなたの両親に悪気はなかったのです。多くの人々にとってサンタクロースの存在を信じるのは素敵な習慣です。クリスマスがやってくると、子どもたちが貰うプレゼントには大きな違いが見られます。たとえばあなたはサンタに自転車をお願いして、その年は一年中良い子であるように努めました。しかしあなたの家はとても貧しかった。あなたは貰ったプレゼントの包みを開けました、が、それは自転車ではありませんでした。一方あなたの近所にはいじめっ子で悪い子がいます。あなたは「とっても悪い子」の意味がわかっています。が、その子は自転車を貰いました。

   あなたは言います。「私は良い子にしていた。あっちの子は悪い子だった。なのにどうして私は自転車を貰えなかったんだろう? サンタクロースが本当に私のことをお見通しなら、近所のあの子のやっていることも全部分かっているはず。だけどなんでサンタは私じゃなく、あの子に自転車をあげようと思ったんだろう?」 これは理不尽きわまりないことであり、どうしてそうなのかあなたには分かりません。あなたが示す感情は、羨望や怒りであり、さらには悲しみですらあります。例の近所の子どもが嬉々として自分の自転車を乗り回し、以前よりも意地悪をしているのを見かけると、あなたはその子をぶん殴って、自転車をぶち壊してやりたいと思います。

   不公平です。
   しかしそのような不公平を感じるのは、実はあなたが「嘘」を信じているからなのです。あなたはサンタクロースは実在しないことを発見しました。しかもあなたはすでに、怒り、嫉妬、悲しみを経験し、有害な感情を解き放つことで苦しんでしまいました。こうしたことはいかに私たちが、言葉というシンボルに信頼を置いているかということを示す一例に過ぎません。私たちが学ぶシンボルという言葉や物語、そして迷信、つまり嘘は何百、何千となくあります。サンタクロースというシンボルは、こうした罪のないように見える嘘でさえがそれを信じてしまうと、それが心のうちでいかに燃え盛る炎のような激しい感情を引き起こすか、ということを示すものです。

   そうした激情、情動は毒のように感じられ、それらは私たちの心を傷つけ、私たちの肉体を損なうのです。私たちは真実ではない話のせいで苦しみを味わいます。しかし話は嘘であっても、私たちが感じるそうした激情、情動は本物で実在するものです。ですからたとえ架空の話であっても、私たちがそれを信じるならば感情を掻き立てられて苦しむのです。

   自分はどうしてこうも不幸なのか、とあなたが自問しているならば、それはあなたが自分に本当のことではなく、「自分が信じている話」を語りかけているからです。事実は、「あなたの夢は歪んでしまっている」ということです。それは良いとか間違っているということではなくそれが現実であり、それが何十億という人々に起きているということです。そうした状況に置かれているのは、何もあなた一人ではないのです。

   シンボルの世界は、実は怖ろしく強力な力を持つものなのです。
   なぜなら私たちの内面深くから生じる「生」や「信頼」、「意図」と呼ぶ意思の力が、そうしたシンボルに力を与えて強力なものにしているからです。私たちはこうしたことをほとんど知らず、気づくこともありませんが、あらゆるシンボルは合わさり、合意によって作られたある構造を形成しています。それを、私たちは自らの「信念体系」と呼んでいます。一つの文字から単語の一つに至るまで、また物語一つから哲学体系全体に至るまで、自分が信じることに合意したものは何であれ、その構造に組み込まれています。

   自分の信念体系は、自分が作り出す仮想現実に形と骨格を与えます。
   そして私たちが信じて受け入れ合意するたびに、その構造は強固なものになり、潜在的な力を増し、ついにはレンガ造りの建物と同じくらい堅固なものになります。生涯をとおして学び続けるなかで、私たちはあらゆる分野のシンボルを混ぜ合わせます。それは相互に作用し合い、複雑な概念や観念がますます組織されていき、その構造は発展し続けます。そして最終的に私たちは、自分の知っていることすべての総体を手にするのです。

   この構造は、トルテックの人々が「ヒューマン・フォーム」(人間の型)と呼んでいるものです。「人間の型」とは、もちろん身体的形状のことではなく、それは私たちそれぞれが持つ心の形状のことです。それは自分自身に対する信念構造であり、自分が存在している「夢の世界」を理解するのに役立つ信念構造のことです。自分の信念体系にあるものは自分にとっての真実であり、それがたとえ自分の本質に反するものであろうとも、私たちは自分の信念体系に従ってすべてのことを判断し、裁くのです。

   飼い慣らしの過程で、自分のつくり上げた信念体系は、自分の人生を律する「法の書」と化していきます。信念体系は心の中で自分を裁く裁判官になると同時に、自分を悲惨極まる犠牲者にもします。なぜなら最初にそれは自分を裁き、次に自分を罰するからです。裁きはシンボルという言葉から成っており、それは自分が知覚するすべてをシンボルを用いて評価します。それは私たちが知っていることを何でも利用します。人生どのように生きるべきかから、自己裁定、自己否定、罪悪感、羞恥心などを作り出すためにも言語を使います。つまり言葉というシンボルを使って私たちを虐待し、不幸に突き落とすのです。

   自分がつくり上げたものでありながら、信念体系は専制君主のように人間のすべてを支配します。それは実際には実在すらしないものなのに、私たちが信じることに合意したあらゆることがあなたの心を支配するのです。そうなるとあなたは、あらゆる裁きと罰を受ける犠牲者となります。人体は美しく完全なものですが、そうなると身体は単なる乗り物と化してしまいます。

   信念体系は心の領域にあります。
   私たちはそれを見ることも測ることもできませんが、それが存在することは知っています。しかし私たちが知らないでいるのは、この構造は自分が作り出しているから存在しているだけであるということです。私たちはあまりにも長い間、このように生きてきたので、自分がこうした構造の中に生きていることに気づくことがありません。心とは実在する本物ではないにもかかわらず、それは仮想のものなのですが、「すべての力」でもあります。なぜならそれもまた、自らの生命が創造したものだからです。

   ということで、「気づき」をマスターするために非常に重要なことは、自らが創造した創造物に気づくことと、それが生命を持っていることに気づくことです。私たちの信念は言葉によって存続しています。それは一つの文字が発する音のような小さなものから、哲学全体に至るまでそれらのすべてが私たちの力を用いて存続しています。私たちがこの構造全体を支えているので、私たちが存在しなければこれらの観念は存在せず、構造全体は崩れてしまうでしょう。

   子どもの頃、私たちは学ぶことのすべてに信頼を置き、こうして自分自身の人生を支配する力を失ってきました。大人になる頃には、私たちの信頼はすでにおびただしい数の嘘の上に置かれており、その結果、自分が創造したい夢を実現するための力はほとんど残っていません。何も知らずに合意によって取り込んだ信念体系が私たちの力を全て握り、力が分散されて均一にならされてしまった頃には、私たちには力は残っていません。たとえばサンタクロースのようなシンボルを通して、自分がいかにそれに信頼を置いていたかを知るのは簡単ですが、それと同じことを、多くの出来事や物語、言葉というシンボルに対しても行なっているかを認識するのは容易ではありません。

   このことを理解するのはとても重要なことです。
   そしてそれを理解する方法は、「それが自分が行なっていることである」と気がつく以外にはありません。あなたは、「自分が信じるあらゆることに自分の個人的な力を注いでいる」と気づくならば、言葉というシンボルから力を取り戻すことが可能となるでしょう。一つ一つのシンボルという言葉すべてから力を奪うと、言葉は単なる言葉でしかなくなります。そうなると言葉は、創造主である本来の自分に従うようになります。そして本来の言葉の役割である、私たちの意思疎通のために使う道具としての役割を果たすようになります。

   サンタクロースが実在しないことを知ると、私たちはもはやその存在を信じなくなります。そうすると、そのシンボルに注ぎ込んでいた力が自分の元に戻ってきます。その存在を信じることに合意していたのは自分であることに気づくのは、この時です。こうした気づきを取り戻すと、言葉というシンボル体系全体を信じることに合意していたのは、自分自身であることが分かります。それらのシンボルに信頼を置き力を与えていたのが自分であれば、その力を取り戻せるのも自分だけなのです。

   このような気づきを持つと、信念体系の代わりに自分に信頼を取り戻すことが容易になります。そうすると自分を裁き、否定し、断罪し、罰するあの力がどこから来るのかが疑いもなくわかるようになり、私たちはそうした信念体系の構造を解体し始めるのです。一旦、信念体系の構造が存在しなくなると、私たちは非常に柔軟になります。自分のしたいものを創造でき、やりたいことはなんでも実行できるようになります。どんなことでも、自分が信じたいものに信頼を置くことができるようになります。

   すべては自分次第なのです。
   自分を苦しめるあらゆる知識をもはや信じなくなると、その時、まるで魔法にかかったかのように苦しみが姿を消します。多くの思考は必要ではなく、私たちに必要なのは行動なのです。なぜなら違いを生むことになるのは行動だからです。


                      book 『五つの約束』
         ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス&ジャネット・ミルズ共著
                      コスモス・ライブラリー

                           抜粋

三つ目の約束: 憶測をめぐらさず、思い込みをしないこと

   何世紀、何千年の長きにわたり人間たちは、自分たちの心の中に「善悪の対立」が存在すると信じてきました。しかしそれは真実ではなく、対立が生み出すものが「善悪」なのです。対立というものは、「真実と嘘」との間に存在するものです。あるいはすべての対立は、嘘の結果であるというべきかもしれません。真実には対立というものはあり得ないからです。なぜなら真実には、それが真実であることを証明する必要がなく、私たちがそれを信じようが信じまいが、真実は存在するのです。

   嘘が存在するのは、私たちがそれを作り出す場合だけであり、それが存続するのは私たちがそれを信じるからです。嘘とは言葉の歪みであり、メッセージの意味が歪められたものに過ぎません。そしてその歪みは、それが生み出された人間の心の中にあります。嘘は実在する本物ではなく、それは私たちがつくり出したものです。しかし私たちはそれらに命を吹き込み、自分の心の仮想現実の中で実在するものに仕立ててしまいます。

   私は十代の頃、祖父からこの明白な真実を教わりました。
   しかしそれを本当し理解するのに何年もかかりました。なぜなら私はいつも、「どうしたら真実を知ることができるか?」と考えていたからであり、私は真実を知ろうとするために「シンボル(言葉)」を用いていたのです。シンボル(言葉)は真実については何も話せないということが明白なことであったのに。

   私たちはつくり出したり、形を変えたりする芸術家であるので、シンボルという言葉を用いて常に真実を歪めています。しかしそれが問題であるのは、私たちがその歪められたものを信じていることなのです。中には罪のない嘘もありますが、命取りになる嘘もあるのです。私たちが言葉を用いて、いかに迷信を作り出しかねないかについて考えてみましょう。ここではそれを「椅子」にたとえますが、それを「ある人々」や「ある生き方」「ある動物たちや生き物」「品物」などに置き換えてもいいでしょう。

   私たちは椅子について何を知っているでしょうか。
   それは椅子は木や金属や布を用いて造られているということはできますが、それは見たものを述べるためにシンボル(言葉)を使っているに過ぎません。真実は、実は私たちはその物体が何であるかは知らないということです。しかしそうであっても、私たちはそれについての見解やメッセージを伝えるために、自分独自の言葉を独断的に用いることができます。つまり、「へんな椅子、こんな椅子は大嫌い」と。メッセージはすでに歪められてしまいました。

   しかしこれはまだほんの序の口です。
   私たちは、「これはロクでもない椅子だ。こんな椅子に座ったら、座った者までロクでもない奴なってしまう。壊してしまおう。誰かが座って壊れでもしたら怪我をする。この椅子は悪だ。こんな椅子があるから社会に脅威を与える。この椅子を誰も使わないように禁止する法律を作ろう。今後はこの邪悪な椅子に近づくことを禁止する」と、そこまでエスカレートするかもしれません。

   私たちがこうしたメッセージを伝え、それを受け取り、それに同意した人は誰でもその「邪悪な椅子」を嫌って怖れるようになります。またたく間にそうした恐怖と嫌悪感は人々の間に広がり、その椅子を怖れるあまり、その椅子の悪夢にうなされる人まで出てきます。そうした人々はその椅子に悩まされるあまり、椅子にやられてしまう前に椅子をやっつけてしまおうと考えるようになります。

   これが、私たちがやりかねないことであることがわかったでしょうか?
   その椅子は単なる物体です。その存在は真実ですが、しかし私たちがその椅子についてつくり出した話は真実ではなく嘘です。その嘘のメッセージを真(ま)に受けないならば、何も問題はありません。しかしその嘘を真に受け、それを他人に押し付けてしまうならば、嘘は私たちが邪悪と呼ぶものを引き起こすでしょう。

   確かに、邪悪と呼ぶもののレベルには、私たちの個人個人の力に応じて現れ方が異なります。ですから何百万人という多くの人が死ぬ大戦争に、全世界を巻き込むことのできる人たちがいます。世界中の至るところにはそうした嘘を信じさせて、国民に他国を侵略させたり、その地の人々を虐殺させる人がいます。

   そういうわけで、なぜ人間の心の仮想現実においてだけ、葛藤や対立が存在するかがわかります。人間の心の中だけというのは、自然界に存在する他の生命たちの中にはそれらは存在しないからです。頭の中でさまざまなシンボルという言葉を歪め、その歪められたメッセージを人々に伝達している人間が何十億と存在します。これは実際にこれまで起こったことであり、今も起きていることです。こうした事実が、なぜ多くの戦争が行なわれ、多くの不正と迫害が存在し、人間にとっての地獄の世界が存在するのかに対する「答え」です。

   地獄とは、嘘と偽りに満ち満ちた夢以外の何ものでもありません。
   私たちの夢は、自分が信じるものに左右されることを忘れないでください。そして私たちが信じていることは真実でもあり得るし、架空のものでもあり得るのです。真実は私たちを、本物の自分自身と幸せに導いてくれます。
そして当然、嘘は私たちに生きるうえでの限界や苦しみやもめごとに導きます。私たちは天国や地獄へ行くために死ぬ必要はありません。自分の周りに天国をつくり、地獄をつくるのもまた自分なのです。

   天国とは一つの観点、一つの心の状態であり、地獄もまたそうなのです。
   これまで多くの嘘が、私たちの頭の中を取り仕切ってきたことは事実です。人が嘘をつくり出すと、今度はその嘘がその人を支配します。しかし遅かれ早かれ真実が到来すると、もうその嘘は真実の存在に耐えることができません。何百年も昔には、多くの人が地球は平らであると信じていました。しかしどれほど多くの人々がその話を信じたところで、地球は平らにはならないのです。

   現代、私たちが耳にするもっとも大きな嘘は、「完全な人間など誰もいない」ということです。それが、自分たちの振る舞い、行動に対する都合のいい言い訳になっており、ほとんどの人が誰でもそう思っています。でも、それは本当でしょうか? 実は不完全どころか、この世界にいる人間は誰もが一人残らず完全なのです。しかし私たちは子どもの頃からこの嘘を聞き続けてきたために、私たちは自分の抱く完全というイメージに照らしては、自分自身を常に裁き続けてきました。

   しかし一方で、私たちは完全性を追及し続けており、宇宙にある万物は人間を除いて完全であるということを発見します。太陽は完全であり、星々も完全であり、惑星も完全であるのに、こと人間の話になるとなぜか、「完全な人間など誰もいない」となるのです。しかし真実は、「創造されたすべてのものは完全である」ということであり、それにはもちろん人間も含まれています。

   もし、この真実を見るための気づきが私たちにないのであれば、それは私たちが「嘘」に目がくらんでいるからです。「身体に障害を抱えている人はどうなの? 完全なの?」とあなたは言うかもしれません。ほとんどの場合あなたが知っている知識に照らせば、そうした人は不完全になるでしょう。しかしでは聞きますが、あなたの知っていることは真実ですか? 身体障害であるとか、あるいは病気と私たちが呼んでいるものが不完全である、と言っているのは誰なのでしょうか? 

   私たちはあらゆる点において完全です。
   それにはもちろん、私たちが負っているかもしれないさまざまな肉体的ハンデや病いも含まれています。しかしそうであっても学習障害を抱えている人は完全です。指が3本で生まれて来た人も、両腕がなくて生まれてきた人、あるいは耳がなく生まれてきた人も完全なのです。病いに冒されている人も完全です。そこには完全性だけが存在するのであり、そのことに気づくことは進化への新たなる重要な一歩なのです。

   完全でないということは、真の自分に対する気づきを持っていないことを意味します。
   だからといって、「自分たちは完全である」と言うだけでは不十分です。私たちは、自分が完全であることを「信じなければ」ならないのです。自分が不完全であると信じると、その嘘が支えを求めてより多くの嘘を寄せ集め、それらの嘘が真実を制圧し、私たちが創造しようとしている夢を方向づけてしまいます。嘘はどこまでいっても嘘であり、迷信以外の何ものでもありません。そして私たちはこれまでずっと間違いなく、こうした迷信の世界に生きています。しかし尋ねますが、あなたはそのことに気づいているでしょうか?

   少し想像してみてほしいのですが、翌朝起きてみたらあなたは14世紀のヨーロッパにいたとします。あなたは現代にいるそのままで中世のヨーロッパにいるのです。そこで、当時の人々があなたをどのように思い、判断するかを想像してみてください。毎日入浴するという罪で、人々はあなたを裁判にかけるでしょう。あなたが信じていて話すことは、何から何まで当時の人々を脅(おび)かすことでしょう。人々があなたを魔法使い呼ばわりするのに、そんなに時間はかからないでしょう。あなたが信じていることを怖れる人々は、あなたを拷問にかけ、魔法使いであることを自白させ、最終的にあなたを殺してしまうでしょう。

   当時の人々が、そうした迷信にどっぷり浸って生きていたことは容易に理解できます。
   それは今のあなたが信じているもののおかげで、あなたには容易にわかります。しかし当時の人々は自分たちの迷信には気づいてはおらず、自分たちの暮らしはまったく正常だと思っています。それも仕方のないことで、他に学ぶことのできなかった当時の人々には、その程度の頭しかなかったのです。

   ですから、今のあなたが自分自身について信じていることも、遥か昔の人々が信じていたこと同様に、迷信や嘘に満ち満ちているかもしれないのです。今、現代に生きる私たちが自分について信じていることを、7、8世紀先の未来から来た人々が知り、それについて解説したら何が起きるか想像してみてください。私たちのほとんどの人々は、7、8世紀前ほどではないにしろ、自分の身体に対する扱い方は粗野で野蛮です。私たちの身体は自分にまったく忠実ですが、しかし私たちは身体を評価し批判し、虐待します。身体は私たちの味方であるのに、私たちは敵に対するかのように身体を扱うのです。

   私たちの社会はマスメディアの影響で、テレビや映画、ファッション雑誌などから与えられるイメージに翻弄されており、そうしたイメージに合う魅力を持つことをひどく重要視するようになっています。その結果、自分はさほど魅力的ではないと信じるのであれば、あなたは嘘を一つ信じることになり、そこから私たちは自分に敵対する言葉、つまり真実に反する言葉を用いるようになります。

   マスメディアを牛耳っている人々がそれを通して、信じることや着るべきもの、食べるべきものを私たちに教え、人類を操作しています。そうしたものを通して私たちはコントロールされているのです。私たちに何かを、誰かを憎ませたいと思えば、彼らはマスメディアを使ってその人物のゴシップやスキャンダルを言い広め、嘘がその力を発揮します。しかしマスメディアの操り人形であることをやめると、自分のこれまでの人生が嘘と迷信に導かれていたことが明らかになります。もし今の私たちの世界に、未来から来た人々が私たちの信じている迷信を知ってどう思うか、想像してみてください。彼らが万物の完全性を信じていたら、その信条が理由で私たちは彼らを磔(はりつけ)にするのでしょうか?

   真実、そして嘘とは何でしょうか。
   気づきは非常に重要なものです。なぜなら真実とは言葉や知識を伴わないからです。しかし嘘はそういったものを伴います。そして嘘は数限りなく存在し、そのために人間は非常に多くの嘘を信じてきました。それは私たちに気づきがないからです。私たちは真実を無視するか、あるいはそれが目に入りません。私たちが「飼い慣らされている時」、私たちはたくさんの知識を蓄えました。そしてそうした知識のすべてがちょうど霧でできた壁のようになって、そのせいで私たちは真実という、実際にあるものが知覚できなくなりました。私たちは自分が見たいものだけを見、耳にしたいものだけを聞いているのです。つまり私たちが持っている信念体系は、自分が信じているものだけを見せてくれる鏡のようなものなのです。

   さらに私たちはその嘘について考え、自分の考えることを信じるので、その構造はさらに複雑さを増していき、自分の信じているものが相対的な真実なのか、仮想真実なのかを検討することは決してありません。そしてほとんどの場合、そうしたものはいかなるたぐいの真実からも程遠く、しかし気づきを持たずに得られるものからは、もっとも近いのです。

  三つ目の約束: 憶測をめぐらさないこと (思い込みをしないこと)

   
ということで、三つ目の約束は、憶測をめぐらさないことです。
   憶測をめぐらせば単に災いを招くだけです。なぜならほとんどの憶測は真実ではないからです。それは架空のものなのです。私たちを苦しめるものの一つは、自分の現実にあるかのように想像することや、他人の現実にあるかのように想像することを、思い込みと憶測によって真実だと思ってしまうことにあります。

   しかし、気づきを用いると、自分の憶測を容易に理解することができ、自分がいかに憶測と想像をめぐらしやすいかが分かります。人間には強力な創造力があり、それは非常に強烈なものなので、私たちはおびただしい観念や物語を想像することができます。私たちは他人について何を考えているのか、自分について何を言っているのかを想像し始めると物語をつくり上げます。しかしそれは自分ににとってだけの真実であるにもかかわらず、私たちはそれを信じるのです。

   一つの憶測が別の憶測と結びつき、私たちは自分が想像だけでつくり上げたものだと知っていながらそのストーリーを気にし、クヨクヨし、気分を害します。そうなると私たちは他人を咎めるようになり、ほとんどの場合他人の悪口中傷噂話を始め、自分の憶測を正当化しようとします。その結果、悪口や中傷をすることで歪められたメッセージはさらに一層歪められていきます。

   憶測をめぐらし、それに心を煩(わずら)わせると、誰にも覚えのあるこの世の地獄が始まります。私たちの葛藤や対立、反感のほとんどすべては、そうしたものに基づいています。なぜそうなるかを理解するのは簡単です。なぜなら憶測とは、私たちが自分に語りかける「嘘」だからです。私たちは何が真実であるのかないのか、自分たちには知るすべがないにもかかわらず、いたずらに大騒ぎを生み出すのです。

   あなたが自分に語りかけていることのほとんどすべては憶測である、ということに気がついてください。そして多くの場合、それは「心配する」「不安になる」「怖れる」という状況を生み出します。あなたが親であれば、自分が子どもに対していかに憶測をめぐらしやすいかが理解できるでしょう。真夜中だというのに、ダンスに行った娘はまだ帰っていません。もう帰宅してもいい頃だとあなたは思います。そしてあなたは最悪の事態を想像し始めます。つまり憶測を巡らし始めたのです。もしかして何かあったのかも!、警察に連絡したほうがいいかも!、とあらゆる事件の可能性を頭の中に作り出し始めます。10分後、娘はニコニコしながら帰ってきました。真実が到来し、すべての憶測という嘘が一掃されて始めて、自分の状態に気がつきます。憶測をめぐらしてはいけません。

   「何事も自分に向けられた言動として受け取らない」ことで、他人との付き合い方において免疫ができ、「憶測をめぐらさない」ことで、自分に対する付き合い方に免疫ができます。

   
憶測をめぐらさないでいるほうが、本当の真実に注意集中することができます。
そうすると、自分が見たいように見るのではなく、ありのままの人生が見えるようになります。そして憶測を信じなくなると、憶測につぎ込んでいた信念の力が自分のところに戻ってきます。憶測、思い込み、想像につぎ込んできたあらゆるエネルギーを取り戻すと、私たちはそのエネルギーを自分独自の天国の世界の創造に用いることができるようになります。憶測をめぐらしてはいけません。


                      book 『五つの約束』
         ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス&ジャネット・ミルズ共著
                      コスモス・ライブラリー

                           抜粋

   

 
   

   

私たちは「かつて失ったもの」を捜し求めている

   何千年も昔から、「トルテック族」は「知識を持った人々」として、南メキシコにおいて知られていました。人類学者は彼らのことを「国家」や「民族」として分類してきましたが、実はトルテック族とは古代の科学者や芸術家の集団であり、古代人の霊的知識やその実践を保護する目的を持っていた人々でした。トルテックの人々は師や弟子として、ともにテオティワカンにやって来ました。テオティワカンとはメキシコ郊外にあるピラミッドの建つ古代都市であり、そこは「人間が神になる場所」と呼ばれて知られています。

   しかしその後、何千年の長きにわたり、彼らはそうした祖先から伝承されてきた叡智を隠し、秘かにその存在を守ることを余儀なくされてきました。それは一部の弟子たちによる個人的な力の誤用が増えたことと、ヨーロッパからやって来た人々による侵略征服があり、また知識を賢明に用いる準備のできていない者や、私利私欲のために故意に知識を利用する可能性のある者たちから、知識を隠さなければならなかったからです。

   しかし幸運なことに、トルテックの神秘的知識はさまざまな部族の「師」(ナワール)たちによって保護されまとめられ、幾世代にもわたり受け継がれてきたのです。その神秘的知識は長いあいだ神秘のベールによって包まれてきましたが、古代の予言では人々にこの叡智を返すべき時代がやってくると予告していました。それが今であり、そのためにドン・ミゲル・ルイスとその息子ドン・ホセ・ルイスが、トルテックの強力な教えを人々に伝えるために導かれてきました。

   
  すべては組み込まれている

   
この世界に生まれた瞬間から、あなたはその存在によって世界にメッセージを送っています。それは無限からやって来て、人体に宿ったメッセンジャーなのです。あなたは生まれて成長し、年を重ね、そして再び無限へと帰っていきます。あなたの身体を形作る細胞の一つ一つはどれをとっても、それ自体が一つの宇宙を現しています。その一つ一つは英知を備え、完全で、それ自体で完結するべくプログラムされています。

   あなたには、あなたになるべくプログラムがされており、あなたが自分のことをどのように思おうとも、それでプログラムに影響が出ることはありません。プログラムとは思考する心の中にあるわけではないからです。それは身体の中の、私たちがDNAと呼んでいるものの中にあります。ですから始めのうちは、あなたは本能的にその英知に従います。どんなに幼くとも、あなたには自分の好きなものと嫌いなもの、そうするのが好きな時とそうでない時とがわかります。自分の好きなことを求め、嫌なことは避けようとします。あなたはこうして本能に従い、本能に導かれて幸せになり、人生を楽しみ、戯(たわむ)れ、愛し、欲求を満たすのです。

   人間はシンボル(言葉)を使用することで、人間を理解します。
   孤島に生まれ、独りぼっちで生きていくならばそのために10年かかるかもしれませんが、それでもあなたは自分が目にするすべてのものに名前をつけ、それがたとえ自分自身のためだけであっても、自分のつくり出した言語を用いるでしょう。

   しかし、でもなぜあなたはそうするのでしょうか?
   その答えは簡単です。でもそれは人間に高度な知性が備わっているからではありません。答えは、それは私たちが言語を生み出すようにプログラムされているからなのです。私たちは自分たちのために、言葉というシンボル体系を考案するようにプログラムされているのです。

   その後身体が発育し始め、心が成熟し始めると、あなたは自分の思いや望みを伝えるために言葉というシンボルを用いるようになります。そして話せるようになると、私たちは面倒を見てくれる人々から、彼らが持っている知識を教えられます。その中にはその人たちが属する文化の社会的、宗教的、道徳的規律なども含まれています。人々はあなたが彼らのようになるように教育します。私たちはどのように男性に、あるいは女性になるかを、自分が属するようになった社会で学びます。また、どのようににするのが「正しい」振る舞いであるか、つまり「善人」になるかも学びます。

   実を言えば、私たちは飼育されている動物たちと同じように、「飼い慣らされている」のです。私たちは大人たちが望んでいることをすると「良い子」と言われ、大人たちが望んでいないことをすると「悪い子」と言われます。時には悪くもないのに罰せられたりします。私たちは良い子というほうびを貰えない恐怖から、他人を喜ばせようと努力するようになります。私たちは良くあろうと努めます。なぜなら悪人はほうびをもらえず、罰せられるのです。

   「飼い慣らされていく」過程で、自分の属する家庭と社会のさまざまな規律や価値感が、私たちに課せられていきます。私たちが生活をともにしている人々は、彼らの意見である、何が善くて何が悪いか、何が正しいか、何を信じて何を信じてはいけないか、何が美しくて何が醜いかなどを私たちに教え込みます。そして私たちの頭の中にはまるでコンピューターのように、こうした情報がすべてダウンロードされるのです。私たちは何も知らないので、両親や大人たちが自分に言うことを真に受け、その通りだと合意します。

   そしてその情報が記憶に蓄えられます。
   私たちが学ぶことはなんでも合意することによって心の中に入り、留まり、つまり注意を通過します。私たちが言葉というシンボルを学び、そのシンボルに何の意味も感情も結び付けないでいるうちは、人生は単純です。しかし一旦言葉というシンボルに意味を与えるようになると、物事について考えるために、美と醜、デブと痩せ、馬鹿と利口というように、自分が実在すると想像するものごと考えるためにシンボル(言葉)を用います。

   学校へ行くようになるまでに、つまり5、6歳になると、私たちは善悪や敗者と勝者、完全と不完全というような抽象的概念の意味を理解します。私たちは学校で、シンボルとしての言葉の読み書きを習い、その結果私たちはますます多くの言葉というシンボルに意味を与え続け、無意識に考えるようになります。そうなると私たちが習得してきたシンボルは私たちの中で「知識の声」となって、自分に語りかけてくるようになります。その知識の声はあるときは母親の声、父親の声であり、兄弟姉妹や学校の先生であったりします。しかし、その声は実在する本物ではありません。それは自分がつくり出しているものですが、私たちはそれが実在する本物であると信じています。

   なぜなら私たちはそれを信頼しているので、その声に生命を吹き込み、その声を何の疑いもなく信じています。そして、周囲の人間たちの意見が私たちの心を支配し始めるのは、この頃なのです。私たちの周囲の人の誰もがあなたに対する見解を持っており、あなたが何であるかを伝えてきます。中でも特に母親はあなたが何であるかを告げ、私たちは母親を信じます。人々は私たちの見た目について色々言い、私たちは自分のイメージを他人という鏡の中に見て、それが自分であると納得します。

   そして納得するやいなや、その意見は私たちの信念体系の中に組み込まれていきます。このようにして、他人から言われたさまざまな言葉によって、私たちの行動はジワリジワリと修正され、自分自身のイメージが形作られていくのです。「自分はきれいだ。あまりきれいじゃない」、「自分は利口だ。あまり利口じゃない」、「自分は勝ち組みだ。負組みだ」、「これは得意だ。あれは苦手だ」というように。

   そしてある時点で私たちは、親や学校の先生たちの言うことや、社会や宗教のさまざまな見解を知って、自分が彼らに受け入れられるためには、ある特定の型にはまらなければならないと信じるようになります。それらの見解は私たちに、どうあるべきか、どういう格好をするべきか、どう振舞うべきかを伝えてきます。私たちは「こう」あるべきであり、「ああ」であってはならないのです。私たちは本来の自分であってはならないので、自分ではないもので装い始めます。受け入れてもらえないかもしれないという恐怖は、不完全でイマイチな自分であるという恐怖へと姿を変え、私たちは「完全」と呼ばれる「しろもの」を探し求めるようになります。

   そして、その探求の中で私たちは、完全性のイメージ、つまり自分はこのようでありたいという姿を形成するのです。しかし当然ながら、自分はそのイメージに合ってはいないので、そのことで自分を裁き始めるようになります。私たちは自分自身が嫌いで気に入らないのです。そして自分に向かって言います。「なんてブサイクなんだ! 醜い! チョーメタボ! 背は低いし、何て貧弱なんだ! こんなアホ面! 間抜け!」と。

   こうなると葛藤劇の幕開けです。
   なぜなら今や、シンボル(言葉)は私たちに敵対しているからです。しかしながら実は私たちは、自分自身を拒絶するためにシンボルという言葉を習得したことを知らないし、気づきもしません。私たちが「飼い慣らされる」以前は、自分がどうであり、どういう風に見えるかなど気にすることはありませんでした。私たちには生まれつき、探査したり、自らの創造性を表現したり、快さを求めて苦しみを避けたりする性質が備わっています。幼い時分、私たちは自由で伸び伸びとしており、自意識も自己判断も持たずに駆け回っていました。私たちは真実に生きていたので真実を語りました。私たちの注意はその瞬間瞬間に向けられ、未来を怖れたり、過去を恥じたりしませんでした。

   しかし「飼い慣らし」を受けるようになると、私たちは他のすべての人々から受け入れてもらうために、本来の自分を生きることができなくなりました。私たち正常な本来の人間に生まれつき備わっている性質は、飼い慣らされる過程において失われてしまい、その後私たちはその失われてしまったものを一生をかけて捜し始めるのです。私たちは本来の自分である自由を失ってしまったので、自由を探求し始めます。幸せを失ってしまったので、私たちは幸せを捜し求め、自分が美しいことをもはや信じなくなってしまったので、私たちは美を探究するのです。

   世の中には「飼い慣らし」が比較的容易な地域に住んでいる人もいれば、そうではない地域にいる人々もいます。しかし一般的に、私たちのうち誰一人として、「飼い慣らし」から逃れることのできる人はいません。誰一人として。私たちは大人になると再び探求を始めます。そのころになって私たちがますます捜し求めるもの、それは自分であり、見失ってしまった本来の自分です。

   私たちは愛を求めています。
   なぜなら愛とは自分の外にあると教えられ、そう信じるようにと学んできたからです。私たちは正しさを求めています。自分たちが教わった信念体系には、公正さなどこれっぽちもないからです。私たちは真実を求めています。なぜなら自分の心の中に蓄えてきた知識しか私たちは信じていないからです。そして言うまでもなく、依然として完全性を求めています。今や私たちも、「完全なものなどどこにもいない」ということを信じるようになったからです。


                      book 『五つの約束』
         ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス&ジャネット・ミルズ共著
                      コスモス・ライブラリー

                           抜粋

二つ目の約束: 何事も自分に向けられた言動として受け取らない

   脳が目覚めているときには、物質的な枠があるおかげで、私たちは物事を直線的に知覚します。しかし脳が眠っている最中には枠がないので、夢はめまぐるしく変化します。しかし脳が目覚めている状態においてですら、私たちは空想にふける傾向があり、枠のないその空想という強力な想像力は、私たちをさまざまな場所へ連れていってくれます。私たちは想像の中で他の人たちが見ていないものを見、聞こえないものを聞いています。そうでないとしても、それはすべて私たちの夢の見方次第なのです。

   想像力は、私たちが目にする像に動きを与えます。
   しかし像というものは、心の中や夢の中だけに存在するものなのです。おそらくあなたは、これまで自分の心が常に夢を見ていると気づいたことは一度もなかったでしょう。でも一瞬でも想像力を働かせてみれば、私があなたに説明しようとしていることが分かるでしょう。そこで今度は、自分が鏡を覗き込んでいると想像してみてください。鏡の中には物質世界全体が存在していますが、しかしそれは本物を映し出しているに過ぎないことがあなたには分かっています。それは本物のように見え、真実に見えますが、触れようとすると単に鏡の表面に触れるだけです。

   今度は、鏡の代わりに、自分の目の中を外から覗きこんでいると想像してください。
   あなたの目は、外に存在する無数の物体から反射された光を知覚しています。太陽は世界中に光を注ぎ、そのおかげであらゆる物体がその光を反射しています。つまり見えるとは、膨大な量の光線があなたの目の中に入り込み、そこに物体の像を投影することです。あなたは自分がこれらのすべての物体を見ていると思っていますが、実は唯一本当に見ているのは、物体から反射された光だけなのです。

   しかしあなたの目の奥には、あらゆるものを理解しようとしている脳があります。
   脳は、あなたが見ている像に与えた意味に従って、あなたの言語構造に従って、あなたの心に組み込まれている全知識に従って、知覚した物事の一つ一つを解釈しています。つまりあなたが知覚するものはすべて、あなたの持っている信念体系というフィルターにかけられます。そして自分が信じているあらゆることを用いて、自分が知覚したものを解釈した結果が、あなたの個人的な世界であり夢であるのです。このようにしてあなたは心の中で、自分独自の仮想現実世界をつくり出しているのです。

   人間は自分が知覚するものを、いかに歪曲しやすいかということを知っているでしょう。光は物体の完璧な像を複製しますが、私たちは自分が取り込んだ諸々の意味や見解を用いてその知覚したものを歪めてしまいます。つまり私たちは想像力を用いて、その知覚したものを見ようとするのです。ですから実際には自分が知覚したものとは、自分が記憶に溜め込んできた諸々の知識や感情を通して歪められたものを見ているのです。

   私たちが自分の外側に見ていると思っている世界は、実は自分の「内側」にあります。そのことを古来から人々は、「人生とは夢である」という表現をしてきました。しかし問題は、自分がその意味と、そのことに気づいているかどうかということなのです。自分の心が常に自分独自の夢の中にあることに気づいていないと、自分の個人的な歪みや、人生におけるさまざまな災難を、自分の外に存在する他人や物事のせいにしてしまいます。

   しかし自分独自の夢の世界に生きていることに気づいた時、私たちは初めて、自分自身の進歩に向けて大きな一歩を踏み出すことができます。なぜなら自分の夢の世界が面白くない場合、自分はそれを変えることができることに気づくからです。自分の人生が気に入らないのであれば、あるいは自分について思い込んでいることが気に入らないのであれば、それを変えることができるのはあなたしかいません。

   あなた独自の夢の世界は、刻々と変化します。
   それは昨日とは違うかもしれず、体調の変化や心の状態、、あるいは会話した人や読んだ本によっても、自分が信じていることに応じて変化します。そしてあなたはそれが、自分でつくり上げた夢であり物語以外のなにものでもないことを発見します。それは現実ではなく仮想現実なのです。

  二つ目の約束: 何事も、自分に向けられた言動として受け取らないこと
             (何事も個人的に受け取らないこと)

   
私たちの豊かな想像力を用いて、これからしばらく私と一緒に夢を見てください。
   私たちは今、何百という映画館が入っている超大型のモールに来ています。そして驚いたことに、あなたは上映されているものの中に自分の名前を見つけたのです。入ってみるとそこには観客は1人だけで、他には誰もいません。あなたは静かにその人の後ろの席に座ります。その人はあなたにも気づかず、映画に見入って集中しています。

   あなたはスクリーンに目をやって、びっくり仰天してしまいました!
   そこに登場する人物たちはすべて、自分の知り合いばかりではありませんか! 両親や兄弟姉妹、伴侶に子どもや友人たちです。次に映画の主人公が目に入り、それはなんと、あなただったのです。つまりあなたはその映画の主役であり、その映画はあなたの物語だったのです。そして改めて自分の前の席に座っている人を見ると、これもあなたであり、映画の中で演じている自分自身に見入っています。しかしあなた自身は自分の物語を知っているので言うまでもなく、あなたが思い込んでいるとおりのあなたであり、他の脇役や諸々の状況もすべてそうです。あなたは自分が見たばかりのことに少し圧倒されましたが、別の映画館に行ってみることにしてそこを出ました。

   次の映画館でも、やはり観客は1人だけでした。
   あなたはその人の隣に腰を下ろしましたが、その人は気づきもせず、一心に食い入るように画面を見つめています。あなたが画面を見始めると、登場人物はみな顔見知りであり、しかしそこでは、あなたは単なる脇役の1人でしかないことがわかりました。そして隣で食い入るように映画を見つめているその女性は、あなたのお母さんでした。つまりこの映画は、あなたのお母さんの人生物語だったのです。しかしその時あなたが気がついたことは、映画に出て来るお母さんは、あなたが思っているお母さんとは同じではなかったのです。

   その映画の主人公はお母さんなので、お母さんが自分に抱いているイメージが上映されています。そこではお母さんは自分が思っているように見られたいわけで、そのためにお母さんは演技しているのです。それが実際とは違うことがあなたにはわかります。しかしその後すぐにあなたは気がつき始めます。それは、お母さんが自分自身に対して持っている見方であるとわかったからです。それは少しショックなことでした。

   次にあなたは、お母さんの映画に登場した自分ソックリな人物に気がつきましたが、それが自分の映画に出て来た自分と同じ人物ではないことに気がつきました。あなたは一人つぶやきます、「えーっ! 私こんなじゃない!」と。しかしお母さんがあなたのことをどう見ていて、どう思っているかは分かるようになりました。それは、あなたが自分に対して抱いていた思い込みとはかけ離れたものでした。

   そして脇役のお父さんの姿が目に入りました。
   しかしそれはお母さんの目に映るお父さんであって、あなたの目に映るお父さんとはまるっきり違っていました。お父さんの人物像はすっかり歪められており、他の登場人物に対するお母さんの認識もすべてそうでした。あなたの伴侶に対するお母さんの見方を目(ま)の当たりにした時、あなたは苛立ちすら覚え、「信じられない!」とあなたは立ち上がり、その場を離れました。

   あなたは次の映画館に行きました。
   それはあなたの伴侶の人生物語です。そして今度は、伴侶があなたをどのように見ているかがわかるようになります。しかもその画面に登場するあなたは、自分の映画とも、お母さんの映画にも登場する自分とはまったく違うのです。あなたはそこで、伴侶がどのように自分や子どもたち、家庭やあなたの友人を見ているかを目(ま)の当たりにします。そして伴侶は自分のイメージをどのように伝えたがっているかが窺(うかが)えます。しかしそれは当然、あなたが伴侶に対して抱いているものとはまったく違います。

   その後あなたはその映画館を出て、自分の子どもたちの映画を見に行くことにしました。そしてあなたは子どもたちの目に映った自分自身やおじいちゃん、おばあちゃんを見ましたが、それはとても信じられないものでした。それからあなたは自分の兄弟姉妹、友人たちの映画も見ましたが、誰もがそれぞれの映画の中では、すべての登場人物を歪曲し、捻じ曲げていることを発見したのでした。

   全ての映画を見終わってあなたはもう一度自分自身の映画を見に、最初の映画館に戻ることにしました。あなたは再び映画の中で演じている自分を見ますが、もはや自分の見ているものは何一つ信じる気はありません。もう自分自身の物語を信じてはいないのです。なぜならそれらが、単なる一つの物語に過ぎないことが分かってしまったからです。自分が生涯かけて行なってきた演技のすべてが、まったく無意味なものであったことが判明しました。つまりあなたが他人から見られたいと思っているようには、誰もあなたを見てはいなかったのです。

   そしてあなたの周囲の人々は、あなたの映画の中で起きる心配事やもめごとにはまったく気にも留めていないことも分かりました。一人一人の意識というものは、それぞれが自分自身の映画を見ることに注がれており、集中しているのです。人々の関心の的は、それぞれの見方によって登場させた物語上の俳優であり、自分という主役だけなのです。そしてそれが、その人たちが生きている現実なのです。客席にいる自分の存在がすべてであり、それを見ている他の人に気づきもしないほど、人々の意識は自分のつくり出したものにがっちりと嵌(は)まり込んでいるのです。

   その瞬間、あなたにとって全てが変わります。
   もはや以前とは同じものは一つもありません。なぜならあなたは、実際に起こっていることを見るようになったからです。人々は自分自身の世界という自分の映画の中に生きているのです。みな自分の物語を信じきっており、それがみなにとっての真実です。しかしそれは実際には相対的な真実でしかありません。つまり、人々が評価を下しているその登場人物は、すべて人々がつくり出したものなのです。人々があなたについて思うことはどんなことであれ、実はその人があなたに対して抱くイメージであり、しかもそのイメージはあなた自身とは何の関係もありません。

   こうなってくると、あなたがもっとも愛している人々でさえが、実際にはあなたのことをわかってはおらず、あなたもまた、彼らのことを分かってはいないことがはっきりしてきました。つまり、あなたが彼らに対して唯一知っていることは、あなたが彼らに対して思い込んでいることです。それはあなたが勝手につくり上げたイメージであり、そのイメージは実際の人とは何の関係もないのです。さらに私たちは、自分自身のことについてさえ何もわかっていないことがはっきりしました。なぜなら私たちはあまりにも長い間、演じ続けることが習性のようになっており、自分ではないものを自在に装えるようになってしまったからです。

   このことに気づくと、「妻は、夫は、私のことを理解してくれない」「誰も私のことを理解してくれない」と言うことが、どれほど馬鹿げていることかが身に染みて分かります。もちろん、当然ですが、他人があなたを理解することはありません。あなたでさえが自分を理解してはいないのですから、当然のことです。しかしあなたはこれまでの人生で、他人は自分をよく理解してくれると思い込んでいたし、だから自分の期待どおりに他人がやってくれないと、気を悪くして怒ったり不機嫌になったりして、つまらぬことで多くの対立ともめごとを招くような言葉を用いたのです。

   こうして私たちは、なぜ人間同士の間で、こうも大くの対立が起きるのかが理解できるのです。人々はそれぞれが自分のつくりあげた世界に生きており、それぞれが自分独自の夢を見ているのです。そしてこのことに気づいていない、何十億という夢見る人々がこの世界には住んでいます。あなたという主人公の視点からすると、脇役が自分の気に入らないことを言えば腹を立て、あるいは思い通りにしてくれないと、自分がひどく傷つけられたように感じます。つまり人々はあらゆることを、自分に向けられた言動として受け取ることから、自分の気分を害されたように感じてしまうのです。それに気がつくと、解決方法も分かります。それはいたって単純で理に叶ったものです。つまり、何ごとも、自分に向けられた言動として受け取らない、ということです。

   これが二つ目の約束です。
   この約束を実践すると、自分の映画という物語に出て来る脇役との付き合いに免疫ができ、いちいち他人から影響を受けなくなります。他人の視点を気にする必要はありません。他人のやること言うことは何一つとして、自分に対することではないと一旦分かってしまうと、誰が自分の悪口や噂話をしようが、誰が自分を中傷非難しようが、誰が自分を拒否しようと、誰が自分のものの見方に反対しようと、そんなことはどうでもよくなります。あなたはいかなる悪口噂話にも影響されなくなります。

   わざわざ自分の立場を守ることもしません。
   吠える犬は吠えさせておけばいいのです。それでどうなるのでしょうか? 他人が何を言おうと、あなたは何の影響も被(こうむ)りません。なぜならあなたは、他人の見解や有害な感情を受け付けないからです。あなたは、言葉で他人を利用して傷つける人々とは無縁でいられるのです。何ごとも自分に向けられた言動として受け取らない、これは人間同士の付き合いにおいて素晴らしい道具であり、また個人的な自由への切符でもあります。なぜなら他人の見解を気にするあまり、自分の人生を抑制する必要がもはやなくなるからです。

   あなたはこれで真に解放されるでしょう。
   自分がやることは何であれ、自分以外の人には何の関係もないことだと分かっているので、やりたいことはなんでもできます。あなたという映画の物語を気にかけなければならない唯一の人物は、あなたです。これに気づくと全てが変わります。忘れないでください、真実に対する気づきこそが、自分を極めることへの第一歩なのです。そしてそれこそが今、あなたがここで行なっていることであり、あなたは今、真実を思い出させられているのです。

   すべての人間はそれぞれが、自分独自の夢の世界、自分を主人公とした映画の世界に生きているということを一旦理解してしまうと、この二つ目の約束はただの良識でしかなくなります。ですから何ごとも自分に向けられた言動として受け取ってはいけません。


   book
 『五つの約束』 ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス&ジャネット・ルイス共著
                       コスモス・ライブラリー

                            抜粋
                        

   

一つ目の約束: 正しい言葉を使うこと

   まったく新しい人生、つまり真の自分である人生を生きることを想像してみてください。
   あなたは他人があなたについて何と思おうと、あなたは人の言葉で自分の人生を治めることをしなくなります。

   自分も他人も裁かずに生きること、他人から裁かれるという恐怖を持たずに生きることを想像してみてください。それがあるがままに自分を受け入れ、あるがままに他人を受け入れることです。

   内面的な葛藤や、他人との対立のない人生を生きることを想像してみてください。
   あなたが自分や他人をみな尊重すれば、お返しに他人もあなたを尊重します。

   自分を表現することや、人生を探求する危険を冒すことも怖れない人生を、生きることを想像してみてください。それが恐怖心を持たず、罪の意識を持たず、羞恥心を持たずに、後悔せずに生きることです。

   あるがままの自分を愛することを想像してみてください。
   それが自分の身体をあるがままに愛し、あるがままの感情を愛することです。

   単に自分自身であるだけで幸せであり、人生を心の底から楽しんでいる自分を想像してみてください。こうした生き方は私たちの本来の生き方であり、それはすべてあなた次第なのです。すでにそうした生き方をしている人もいますが、それはあなたにも可能なことです。これから紹介する「五つの約束」を自分の生き方にするだけで、あなたはすぐにでも自分独自の天国で生きるようになるでしょう。

   一つ目の約束: 非の打ちどころなく(正しい)言葉を使うこと

   
言葉はあなたの創造力です。
   しかしその使い方によっては、個人的な楽園を生み出し、あるいは個人的な地獄を生み出したりします。それは一シンボルとしての言葉には、魔法と創造力が備わっているからです。なぜなら言葉は、イメージや感情や観念など、あなたが想像する物語を言葉によって再生することができるからです。これが言葉というシンボルの持つ力です。しかし言葉は、それよりもはるかに強い力を発揮することもできます。

   たとえばたった二つの単語からなる「ゴッド・ファーザー」という言葉を口にしただけで、丸々一つの映画があなたの脳裏に出現する可能性だってあるのです。これが、あなたが持っている言葉という魔法であり創造力なのです。

   あなたの幸せは、あなた次第です。
   それはあなたの言葉の使い方次第でもあるのです。怒って、激しい有害な感情を他人に送るために言葉を用いるならば、あなたは相手に対して言葉を発したつもりでいても、実は自分自身に対して有害な言葉を用いたのです。そしてそれだけでは終わらず、そのような行為は同じような反応を生み出すので、相手はあなたに敵対するでしょう。誰かを侮辱するならば、相手はお返しにあなたを傷つけるかもしれません。

   非の打ちどころなく、正しい言葉を使うとは、実は言葉の力を自分自身に敵対するようには決して用いない、という意味なのです。非の打ちどころなく正しい言葉を使うと、あなたは決して自分自身を欺(あざむ)くことがありません。つまり、自分のことについてあれこれ話したり、他人の悪口や中傷、批判、噂話などをして、有害な感情をまき散らすために言葉を用いなくなるのです。

   人間の社会では、他人の悪口や噂話をすることが意思疎通の手段になっており、人々は互いの合意によってそのやり方を身につけてきました。そして私たちも子どもの時分から、周囲の大人のそうしたおしゃべりや悪口や噂話を耳にしてきました。しかし今やあなたはそうした人々の見解や噂話が、真実に基づいていたわけではないことを知っています。それは単なる一つの見方にしか過ぎなかったのです。

   あなたは自分自身の人生物語の創造主であることを、忘れないでください。
   もしあなたが、非の打ちどころなく正しい言葉を用いたら、自分で創造する物語がどのようなものになっていくか、ちょっと想像してみてください。あなたは自分自身のために、言葉というものを愛と真実のために用いるようになるでしょう。それは一つ一つの思考や行為だけでなく、自分や自分の人生を表現するために真実の言葉を用いるようになるのです。その結果どうなるでしょうか? それは途方もなく美しい人生で、言い換えるなら、あなたは幸せになるということです。

   分かっていると思いますが、非の打ちどころなく言葉を使うことは、思ったよりもずっと奥が深いものなのです。言葉とは魔法そのものであり、この最初の約束を見に付けるならば、あなたの人生にはまさしく魔法が起きるようになります。つまりあなたの意図や願望が容易に実現するようになります。なぜならそこには何の恐怖も抵抗もなく、愛だけが存在するからです。あなたの心は安らぎ、あなたはあらゆる点において自由で満ち足りた人生を創造します。

   あなたの人生を個人的な天国に変容させるためには、実はこの一つの約束だけでも充分なのです。自分がどのように言葉を使っているかを常に意識し、非の打ちどころなく正しい言葉を使ってください。


   book 「五つの約束」 ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス著 コスモス・ライブラリー 

                           抜粋

 

「激流に入ったら岸にしがみつかず、流れに身をまかせよ」

   世界中にいる先住民族の長老と、ウィズダム・キーパー(叡智の継承者)たちは、将来は偏狭で排他的な個人主義はなくなるだろうと言っています。ですから私たちが生き延びられるかどうかは、地域社会への結びつきと互いの支え合いにあるとも言えます。これからの時代は孤立主義の時代ではないのです。そういう時代はもう終わりました。これからは互いのかかわり方や、心の持ち方もまったく変わってしまうような大きな意識変革が起きるでしょう。

   こうした生き方は、現代に生きる多くの人々にとって難しいことのように感じられるかもしれません。なぜなら私たちは自立するように、自分を孤立した存在とみなすように教えられ、育てられてきたからです。他人に頼らず、常に自分で解決する、それが現代人としてのあるべき生き方だと考えてきました。しかしこうしたライフスタイルは劇的に変化するだろうと、私は告げられました。

   人と人を新しい形で結びつけるような変化が、社会全体、世界全体で起きるようになります。つまり新しい団結が生まれるのです。それは私たちを結びつけるのは楽しいことばかりではないかもしれません。同じ試練や悲劇を体験した人々が、それによって人間の持つ温かさを再発見するでしょう。今、急に、互いに手を差し伸べ、互いを必要とするようになると言われても、信じられないのは当然です。しかしいずれ私たちは心と心を合わせ、手の平の指のように勢ぞろいして、互いの愛のために生きていることに気づくようになります。

   私たちは今すぐにでも、気の合う人たちや志を同じくする人たちで、コミュニティ(共同体・グループ)づくりに取り掛かるべきなのです。そうして仲間同士で知識やスキル、資源やインスピレーション、導き、そして愛を共有するのです。この100年の間に私たちの社会においては、そうした大家族のような共同体感覚はすっかり失われてしまいました。ですから今、手を伸ばし、つながらなければならないのです。同じ夢やヴィジョンを持つ者同士が集まり、こうあってほしいと願う未来を一緒につくり出すのです。

   楽しいことばかりではないでしょう、行く手には困難も待っているでしょう。
   数年のうちには大きな異変にも見舞われそうです。そんなとき私たちには、互いの存在が必要になるのです。生き残るためには、人と人とのつながりがもっとも重要なことです。そうした中で収入や安定した地位などは意味を持たず、いずれは幻と化し、自分がそうしたもののためにあくせくして生きていたことを不思議に思うかもしれません。

   世界中で、すでにコミュニティづくりに取り掛かっている人々がいます。
   それは持続可能で、自然に優しい暮らしを実践できるように、代替経済モデルをつくり出そうというものです。そうした取り組みを始めるなら、それは今しかありません。そして実際に大勢の人々が、これまでのハイテク中心であった都会暮らしを切り上げ、自給自足の生活を送れそうな田舎に土地を求め始めています。大自然の魅力に目覚めた人々は、まったく新しい暮らしを始めるために今の仕事を辞めていくのです。

   こうしたことにおいて正解は1つだけではありませんが、今重要なことは、自分の心を信じることです。どうかハイヤーセルフ(内なる自己)の導きを信じてください。「コミュニティをつくれ。コミュニティに飛び込め」という魂の呼び声が聞こえてはこないでしょうか。どうぞ、自分の内なる声に耳を傾けてください。そして「内なる自己」とともに人生を切り開いてください。あなたが人として成長し、自分が本来なるべき人間になるためには何が必要なのかを、あなたの「内なる自己」は必ず教えてくれるでしょう。

   移住できない、都会を離れられないという人であっても、今の場所でコミュニティをつくることはできるはずです。手始めに自分の思いを発信する、ネットワークをつくる、アイディアを交換する、霊的なグループを立ち上げるなどできることはあるでしょう。仲間つくりの1つに、瞑想などの霊的な行動を目的としたグループを設立することがあります。それは母なる地球への愛と浄化に専念するグループや、自分が使命と感じていることを実践するためのグループでもいいでしょう。ともに祈って瞑想し、あるいは儀式を行なうことによって心を1つにし、強い共同体意識が芽生えます。

   そうした心と心による結びつきこそが、大災害に見舞われたとき、あるいは世界が不安と混沌に包まれたとき、本当の力となるのです。人と人との絆や愛と分かち合いの精神こそが、未来の財産なのです。母なる地球への愛に目覚めた私たちは、自然にこれまでよりも互いを愛し、自分自身を愛せるようになるでしょう。この地球に生きるすべての命を思いやり、優しい気持ちに満たされ、人を無条件に愛せるようになるでしょう。この地球が楽園に変わるのは、こうした愛以外にはありません。

   先住民族ホピ族の長老たちは、「激流に入ったら岸にしがみつくな」と言っています。
   思い切って流れに身を任せれば、必ず救いの手は現れます。ですから子どものような無邪気さで未来を信じ、何が待っていようと好奇心と喜びと遊びの心で向かっていきましょう。私たちはこれからもずっと一緒なのです。私たちは母なる地球とともに、自分たちも新たに生まれ変わるのだということを忘れないでいましょう。

   私たちは霊的な存在であり、誰もが同じ神聖な愛でつくられた輝きです。
   そして未来永劫、そのことが変わることはなく、今もこれからも、私たちは想像をはるかに超えた偉大な存在であり続けます。まもなく私たちは暗く狭い殻を破り、実は自分たちには羽があったことを知るでしょう。そしてその羽で天高く舞い上がるのです。その先には、見たこともない色鮮やかな世界が待っています。

   世界が、存在そのものが、今までとはまったく違っています。
   この新たな誕生までの長かった暗闇は、もはや夢のように思えます。私たちはようやく、本来あるべき真の姿を取り戻したのです。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋

手持ちの水晶に祈りを込め、自然界の水の中へ戻そう

   2010年末、私は地球からきわめて重要なメッセージを託されました。
   この星から直接要請を受けるのは初めてのことです。母なる地球が、我が子である人間に何かを頼むなどということはめったにないことだからです。ですからそれが、どれだけ特別な要請であるかが分かっていただけると思います。

   私たちはこれまでの長い間、地球の体内から多くの水晶やさまざまな貴石を掘り出してきました。水晶は本来、癒しと気づきのために用いられるべきものですが、その多くは本来の目的のために正しくは用いられず、ほとんどが棚やガラスケースの中でほこりをかぶっています。母なる地球が求めているのは、「そうした水晶を返してほしい」ということなのです。しかしただ返せばよいというものではありません。地球は私たちが持っている水晶に、愛の祈りと地球の回復と再生への願いを込めることを求めています。

   それは難しいことではありません。
   水晶を手に持って、瞑想をし、あるいは祈りを行なってください。その中で天と地とのつながりや、「内なる自己」とのつながりが感じられたら、地球の自然をつくり出している本来の母なる地球の姿をイメージしましょう。そのとき心の中で、あるいは声に出して祈りますが、自分の思いを集中させて水晶に送り込んでください。心から切実に願い、感じることが大切です。あなたの愛を水晶に込めて輝かせてください。

   それが終わったら、自然界の水に水晶を戻しに行きましょう。
   川やせせらぎ、入り江、海岸、外海など、動きのある水の中ならどこでもかまいません。

   なぜ水晶に祈りを込め、自然界の水に戻さなければならないのか、不思議に思うでしょうか。答えはとてもシンプルなものです。それは地球は水の星であり、地球も人間の体と同じようにほとんどが水でできています。水はエネルギーや振動をもっとも早く伝えることのできる伝導体です。水晶に込められた私たちの思いは、地球を流れる水、つまり地球の血液に直接取り込まれて世界中に広がっていきます。

   しかも水は、ほかのエレメントとは異なる大きな特徴を備えていて、それは蒸発することです。私たちの祈りが溶け込んだ水が蒸発すると、祈りは空気中に解き放たれて風に運ばれます。その水の粒子が集まって雲が生まれると、雨となって地上へ降り注ぎ、この地球に生きるあらゆる存在を、草木や人間や動物や昆虫たちを潤すでしょう。こうして私たちの愛と地球再生の祈りは、この世界の隅々にまで行き渡らせることができるのです!

   そこで、この文章を読んでいるあなたへのお願いです。
   2011年以来、私はこのことを各地で呼びかけてきました。もしあなたの手元に使っていない水晶があれば、どうか心からの愛と祈りを込めて地球へ戻していただきたいのです。母なる地球はあなたの助けを求めています。ですから地球への感謝の気持ちを表すために、この美しい星に肉体を持って生まれ、こうして生かされていることの奇跡を感謝して、手元にある水晶にありったけの愛を込めてください。そのシンプルな直接的な行動が、今生まれ変わろうとしている地球にとって救いになるのです。

   私はこのメッセージを世界各地で伝えてきましたが、これまでにも何千、何万という人々が見事な方法でこの呼びかけに応えてくれました。それに際しては自分なりの儀式を考えてもいいし、1人で実行してもいいし、同じ思いを持った人々と一緒に行なってもいいでしょう。肝心なことは、あなたの心からの気持ちや願い、愛を水晶に注ぎ込むことであり、その思いのこもった水晶の波動を母なる地球の血液の流れに乗せ、広めることです。たったそれだけの行動であっても世界に絶大な影響を及ぼし、未来を動かすことができるのです。どうかあなたも、この神聖なミッションにぜひ加わってください。

   地球にまもなく起きる変化について、霊的な次元ではさまざまなことが言われていますが、2011年頃から先住民族の長老たちは、「そろそろ庭を豊かにしなさい」というアドバイスをし始めています。こういったことは、霊的な人やそうでない人にとっても気になることではないでしょうか。

   2011年3月に起きた日本の原発事故を思い出してください。
   ひとたびこのようなことが起きれば、私たちの生活を支える食糧や水がどれほど大きな危険にさらされるかに、多くの人が気づいたはずです。環境汚染はいまだに進み、大企業の支配により農業が翻弄されている現在では、自分の口に入れる食べ物は、自分で育てられるかどうかがますます重要なことになっています。しかもまもなく、自然災害などの変動によって世界中の食糧生産が打撃を受け、大規模な食糧難が起きるかもしれないのです。

   私が見せられたヴィジョンによると、そう遠くない将来、世界はさま変わりします。
   未来の私たちは、自分が口にするものとの付き合い方を大きく変え、植物や水とのかかわり方も変わって、今よりもずっと親しくなるでしょう。都会を離れて大地へ帰ろうという運動が起こり、小さなコミュニティが各地に生まれ、そこで自分たちの食物を育てながら、ほとんど自給自足の村へと成長していくでしょう。

   それが社会的、経済的システムの崩壊によって必要に迫られてそうなるのか、あるいは地球全体の人間の意識的な変化により、自然発生的にそのように移行するのかは別として、そうしたことの始まりは今であることは間違いありません。家族やコミュニティを単位として、自分たちの食べ物は自分たちで育て、基本的な生活は自分たちで支える力を身につけるべき時が来ているのです。

   すでに実践している人はたくさんいます。
   こうした意識の変化をよく表しているものでもっとも有力なものが、パーマカルチャー運動でしょう。(資源維持と自給自足を目指す農業的ライフスタイル) そしてすでにあらゆる立場にいる人々が、既存のエネルギー供給網からの脱出に目覚め始めています。それは持続可能で地球に優しい暮らし方を目指しており、自然本位の解決策を見つけ出そうとするものです。よりシンプルに生きたい、より自然の近くで暮らしたい、そして生きていることの素朴な美しさや喜びを思い出したいと感じている人々は益々増え続けています。

   「庭を豊かにする」という行動には実は深い意味があります。
   なぜならそれを通して、母なる地球の奇跡のような自然の営みに密接にかかわることで、生命の誕生から成長を経て死に至るまでの現実という、命の重みに気づかされるからです。そして自分もそうした自然の一部であり、たくましく神秘的な世界と一体であることを実感することができるからです。

   あなたは自分の庭にはえる、草や木のことを知っているでしょうか。
   そうしたものに対して関心を持ったり、気にしたりしたことがあるでしょうか。庭を育てていると土と親しくなり、生命の循環や、自分が口にする食べ物にも詳しくなります。そして何気ない草や木や植物にも魂があり、愛情やポジティブな波動やエネルギーに応えることがわかってきます。母なる地球に育まれた美しい植物たちの願いは、私たち人間のための滋養となり、健康な肉体を育て、傷や病を癒すことです。

   遠い昔の時代には、私たち現代人が忘れ去ってしまった、植物や土とのかかわり方がありました。今、ロシアでは「響き渡るシベリア杉」というシリーズ本が出版されています。
(邦訳『アナスタシア』 ウラジミール・メグレ著 ナチュラルスピリット ¥1700+税) その1冊に登場するアナスタシアという驚くべき若い女性は、自分の体に必要な植物を育てるために、土と種に自らのDNAを刻印する方法について語っています。裸足で土の上を歩き、種を口に含んでから播くことで、自分の汗と唾液から細胞の情報を種に吸収させるのです。そうすると、DNAの情報を組み込まれた種は、その人の必要に合わせて成長するのです。

   こうした技術は、私がこれまで受け取ってきた情報とも一致しています。
   植物は私たちを支えるものであり、とりわけ私たちの滋養になる植物には、心を込めて接する必要があります。なぜなら草木にも魂や意識があり、彼らは私たちの役に立とうとしているからです。そして彼らはこちらの感情に感応し、ポジティブやネガティブな感情に敏感に応じるのです。ですから私たちは、調和と愛情の波動に満ちた環境をつくり出し、魂を持つ存在同士として、植物と付き合うべきなのです。

   さあ、庭を豊かに育てましょう。
   そして名もない草花や植物、生き物の世界への意識を高めていきましょう。母なる地球がそうであるように、植物たちも人間を愛しています。彼らは私たちを助け、育くもうとしており、万物は愛で満ちているのです。人間は再び、植物と親しくならなければなりません。そして自らのために大自然と手を携えることのできる、優しい庭師になりましょう。そのことが私たちの生活と社会を根本から変えることができるのです。大切なことは、忘れかけていたものを取り戻し、今すぐ始めることです。新しい世界を招待するために、今からもっと植物を植え、土と親しむ生活を始めましょう。


          book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋


         

   

鯨やイルカ、象は地球の波動を高く保つ使命を持っている

   動物たちの中には、私たち人間よりも進化した存在たちがいます。
   それがクジラやイルカ、ゾウたちであり、古代から生き続けている樹木たちもそうです。たとえばカリフォルニア州にある巨木のセコイアは、かつてこの地に生きていた人類の祖先や長老たちが、この時代のために転生したものです。彼らは高次元へ上昇した後に再び地球に戻り、私たち子孫のために特定の周波数を維持することを選択したのです。

   古大樹が人間たちの祖先であるのに対し、イルカは宇宙の別の場所からやって来た高度に進化した存在たちです。マヤやドゴンなどの先住民族の人々は、私たちが「イルカ」と呼んでいる生物が他の星々から来た存在であることを知っています。南アフリカのマリ共和国に住むドゴン族の神話では、イルカを「ノモス」と呼び、空から降りて来た半人半魚の生き物として描いています。「ノモス」は「巨大な光の皿」に乗ってやって来て、海中で生きるようになったとされています。

   私が聞かされていることでは、ノモスとはシリウスA(シリウスは主星Aと伴星シリウスBの連星)の周りを49年周期で回っている非常に小さな星であり、彼らはそこから来ているそうです。古代人が最初に用いた魚のシンボルは、この星から来た存在であるノモスを表したものです。のちにキリスト教に取り入れられてシンボルにされたのですが、もともとは他の星からやって来て海で暮らすようになった存在を象徴していたのです。彼らは自らの命を地球の人類のために捧げ、私たちの進化に必要な高い波動を維持しているのです。

   今、地球のバランスはぎりぎりのところで保たれている状態です。もし人類が意識の次元を上昇させることができるなら、こうしたスタービーイング(宇宙から来た存在)は地球に留まるでしょう。しかしこのまま母なる地球を虐げ、互いに傷つけあったり、他の生き物たちを虐げることをやめないならば、彼らは地球から去っていくでしょう。そして実際に、彼らの一部はすでにこの星を離れることを選択しています。なぜなら低次元の波動の中では彼らは生きてはいけないからです。

   人類はようやく、イルカやクジラが人間たちに贈られた授かりものであり、高度の知性を持った進化した存在であることを理解し始めたところです。イルカやクジラのエネルギー場には、人間を癒す効果があります。自閉症の子どもたちや深刻な障害を抱えた人々が、彼らとの触れ合いで癒されるのはよく知られています。イルカやクジラの優しさや知能の高さは、非常に保守的な科学者でさえが否定できないのです。

   イルカやクジラほど注目されてはいませんが、象も高度な知性と霊性を備えています。またイルカ同様に、象も音波を使って仲間と会話しているのです。彼らはイルカやクジラと同じくらい高い霊的波動を持ち、彼らも人間を助けるために存在しているのです。ですから人間は象たちの生息地を守り、彼らを尊重しなければなりません。象を殺すことは、人間にとって自殺行為そのものなのです。こうした特別な生き物は、人間が自らを滅亡に追いやったり、地球を破壊したりしないように、高い波動を保つために存在しているのです。

   音波を使った戦争兵器や水中技術は、イルカや象に大きな外を及ぼしています。
   彼らがどれだけ神聖で人類の生存にどれだけ大切な存在であるかを理解すれば、彼らの命をむやみに奪ったり、生息地に害を及ぼすことはできないはずです。海洋やジャングルはゴミ捨て場ではありません。目先の個人的な利益のために、まるで無尽蔵であるかのように地球の資源を搾取することはできないのです。

六芒星のエネルギーを使い魂の波動を高める

   私は「ピクチャー・スクリーン」を通して、神聖幾何学や万物の中を流れるエネルギーパターンについて、幾度となく教えられてきました。そのなかには説明しにくく、それどころか私には理解しにくい部分もあり、ある種のエネルギーの瞑想法もありました。エネルギー瞑想法とは、六芒星のエネルギー原理をもとにしており、それは空と大地のエネルギーを使い、その人の偉大なる本質(ライトボディ)を活性化する方法です。現代の精神的指導者として有名なドランヴァロ・メルキゼデクは長年、このライトボディの活性化法に貢献してきました。

   ちなみに古代人はライトボディを、マカバと呼んでいました。
   マカバの活性化についてはドランヴァロのような第一人者に学ぶべきですが、私の教わった方法もここでみなさんに紹介しましょう。おそらくこの方法は、科学にうとい私でも理解し実践できるように、そしてこれを読む人々にもお伝えできるようにと簡略化されたものでしょう。シンプルなビジュアライゼーション(視覚化)の方法を求めている人には最適なものかもしれません。

   この瞑想法では、天と地、男性性と女性性の象徴である六芒星を2つのピラミッドでつくります。1つは頂点を空に向けたピラミッドで男性性を現し、もう1つは頂点を大地に向けたもので女性性を現し、その2つを重ねると六芒星ができあがります。次に自分がその2つのピラミッドに囲まれ、包まれるのをイメージしてください。そしてピラミッドの重なりの部分が、性的なチャクラのある下腹部に来るようにします。(下に載せた図形はピラミッドを2つ重ねた六芒星です)

   上向きのピラミッドは金色の光でできています。
   金色の光は頭頂部の頭のてっぺんから反時計回りに背骨を伝って降りてきます。一方下向きのピラミッドは緑色の光でできています。緑色の光は大地から足の裏を通り、時計回りに背骨を伝って昇っていきます。ですから呼吸のたびに、互いに逆向きに回転する2つの光のピラミッドが、空と大地、父なる空の神と母なる大地の神の中心で統合するのを想像してください。2つのエネルギーが循環し、自分の中央で溶け合うのを感じていると、母なる地球と大いなる霊への感謝と愛に満たされていきます。

   自分の「高次の自己」とつながり始めると、温かさと一種の恍惚感に包まれるでしょう。自分の中で何が起きているかを考えたり、意識を向けたりすればその感覚は消えてしまうかもしれないので、ひたすら感じていてください。そうすればやがて自分自身がどんどん広がり、光そのものになった感覚が得られるでしょう。最初からピラミッドを重ねようとしないで、1つずつイメージするといいかもしれません。1つが回転し始めたら、もう1つを重ねるのです。

   正四面体であるピラミッドの回転を視覚化しにくい場合、竜巻のような漏斗(じょうご)状のものが回転しているのを思い浮かべるのもいいでしょう。私はこの瞑想法を実践する際、ピラミッドが回転しながら徐々に拡大し、やがて宇宙へ達し、さらに広がっていく様子をイメージするようにしています。

   最初は難しいかもしれませんが、私が教わったこれまでのどの方法よりも、魂の波動を高めることができます。宇宙意識と自分の偉大な本質とのつながりを得るためには、この瞑想法は欠かせないものです。


  book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド


                           抜粋

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地球の大変動の時「虹の民」が現われるという「予言」

   大きな節目を迎えた地球で私たちが霊的な進化を遂げ、生き残っていくための鍵は、「自分たちが何者であるかを思い出すこと」に尽きます。つまりそれは、私たちは現実世界をともにつくり出している神聖なる創造者であるということです。私たちは誰もが偉大な存在なのです。ですからもし私たちが心を込めて夢を思い描くならば、そこには大きな力が秘められているのです。

   先住民族の人々は、その叡智をこれまでずっと守り続けてきました。
   私たちが一番確かで実体があるものと考えている3次元の現実世界が、実は夢とよく似ていることを彼らは理解しています。ですから夢見る力を利用すれば、ものごとを一瞬のうちに現実化し、変えることができるのです。私たちの思考や感情は力を持っているので、頭の中に思い描くイメージやアイディアは、まず想像や思考の世界に存在した後に現実化します。

   ですから何かを本気で考えるためには、それが存在しないうちからすでに存在しているかのように視覚化することが必要です。詳細で具体的に思い描くほど、イメージの力は強まります。心を傾けてひたすら思い描いていることが、感情を伴った高い意識状態と一致したとき、人はイメージ通りの現実をつくり出せるようになり、自らの偉大なる本質を経験します。その素晴らしい能力は本来人間に備わっているものなので、私たちは今こそその能力をよみがえらせなければなりません。私たちもこの世界の創造者であるという意味はこういうことなのです。

   最高に美しい新世界を思い描くかどうかは、自分たちの選択次第であることを忘れないでください。たった1人の人間が心に描いたイメージでも、世界を変える原動力、インスピレーションになります。心の望みが高みに達した結果、新たな可能性が見え、インスピレーションが生まれることが、私たちがともに目指すべきことです。「虹色の人々」とは、それは1つのイメージであり、大勢の人々が垣間見たインスピレーション、霊感の結晶なのです。

   数百年も前から先住民族の人々のあいだでは、地球が劇的な変化を迎える時期に、『虹色の民』が現れるという言い伝えがあります。それは年齢や性別、肌の色、人種、国籍、母語の異なる人々が母なる地球の子どもとして集結し、特定の宗教や伝統を必要とせずに、心と心でつながるというのです。彼らは世界を変える力を持ち、その「彼らの存在自体が」今必要とされている変化そのものなのです。彼らは心をよりどころとした生き方を始める用意も整っています。これが、「虹色の人々」です。この本を読んでいるあなたも、おそらくその1人であると気づいているのではないでしょうか。

   より良い世界、より美しい人間の社会をともにイメージし心に描きましょう。
   そうすれば希望に満ちた夢の力で、心から心へのヴィジョンの種を播くことができます。すでに自らのエネルギーを高め、愛の波動を感じている人はこれからも実践し続けてください。自分が見たい世界を想像し、こうであったらと思う世界を詳細にイメージしましょう。そうすることをどうかためらわないでください。生まれ変わった地球をイメージしながら歌を作ったり、詩を書いたり、エッセイを書いてもいいでしょう。今こそ、あなたのヴィジョンに形ちを与え、イメージを声にして表現してください。既成概念に囚われず、創造力を全開にして新しいものを創りましょう。

   どうすれば、人間の本来の偉大さを忘れた人々の記憶を呼び覚ませるでしょうか。
   どうすれば世界に美しいヴィジョンの種を播くことができるでしょうか。自らの心を深く探り、他の人々の心に触れるようなイメージを探し出し、そのヴィジョンに愛を注ぎ、大きく育てていきましょう。私たちが心と愛をよりどころに生きるようになればなるほど、地球の未来は新たな可能性が開けていきます。

   この地球という星において続けられてきた従来の生き方を、私たちはともに変えなければならないことは誰の目にも明らかなことです。今、人間は自分たちだけでなく、地球に生きるあらゆる生命の基盤を破滅に追いやろうとしているのです。今こそ私たちは自分の望みと夢をヴィジョンに託し、毎日意識と愛を注いで育てなければなりません。未来はまだ決まってはおらず、それはまだ下書きされた地図に過ぎません。ですからそこにはあらゆる可能性が存在しています。

   ものごとの行方を左右することや、心を込めた思いや感情や夢の力によって運命を変えることは実現可能なのです。自分の人生をつくっているのは自分だというのは、こうしたことを指しています。ですから自分のエネルギーを何に注ぐのか、どのようなイメージを心に持ち続けるかを常に注意することが大切です。馬鹿にされることを怖れず、新たな世界をさまざまな方法で思い描き、表現していきましょう。なぜなら私たちはこの星の子どもであり、私たちが地球の未来をつくっていくのです。

   誰でもが瞑想することによって到達でき、すべてと一体になれる場があります。
   そこで、あなたは宇宙万物、神の心と一つになり、自分の求めるまま、望むままにすべてのものを現実化できるようになります。そこには始まりも終わりもなく、時間も空間もなく、あるのは純粋な統一された意識だけです。ものとものとの区別もなく、どこからでもあらゆる存在に語りかけることができます。意識と現実とのあいだに距離がないので、何かを思い描いた瞬間に、それはもう誕生しています。時間が崩壊し、空間が無限に広がる世界に入り込むと、そこでは次元と次元を隔てるベールが消え去ります。

   私はそれを経験によって知りました。
   それはつくり出せないものは何もない、自分の「内なる自己」が求めたものは何でも得られる境地です。ところが皮肉にもその境地に至ると、人は万物の完璧さを思い知り、森羅万象のすべてが目的としているものを知り、その結果を知ることになります。つまり宇宙的な視点からは過去も未来も多次元までもが見渡せるわけであり、そこでは一人の人間の小さい欲望や個人的な目標は消えてなくなるのです。すべてが完璧に展開していくさまを見ると、何も変える必要がありません。私はその場に何度か自分の個人的願望を持ち込み、現実化してみましたが、どれもすぐに自分にとって意味を持たなくなりました。それどころか、自分が何を願っていたかも思い出せないのです。

   ですから今のうちに、自分が神だったらどんな世界を見たいかを想像してみてください。最高に霊的な存在にとってふさわしいものは何か、また本来の人間にとってふさわしいものとは何でしょうか。すべてを意味する「黒い空っぽの境地」に、あなたは何が存在してほしいと思うでしょうか。

   私がよく思い描くのは、人間と地球に生きるすべての存在が、そして人間同士が互いの一体感を持っている世界です。そこでは人間が互いをいたわり、豊かさと優しさを分かち合っています。その世界では人と人を隔てていた壁がすでに崩れ去り、私たちは一つの家族です。人は個人的な利益や名声のためではなく、人間を含む自然のすべての存在にとって健康と幸福のために生きています。自分は小さくて不自由な存在だと感じることがないので、エゴを満たしたり守る必要がありません。欲望に突き動かされることもないので、持てるすべての創造力と知性で問題に向き合い、必ず解決策を見つけ出すでしょう。

   それは自然と調和して生き、地球のあらゆる存在を生かし、共存する方法です。
   人間は「愛を深めれば深めるほど知的」になり、問題を解決できるようになるというのが宇宙の摂理です。私たちは自立した小さなコミュニティをつくり、もう一度、地球に生きるものとして地球を敬い、自然と親しみながら共存して暮らすようになります。もはやものを求める衝動に駆られることもなく、互いに心を閉ざして自分だけを守ろうとすることもありません。むしろ私たちは自らの手で何かを作り出すようになり、愛と思いやりこそが真に価値ある通貨であることに思い至るでしょう。どんなときも最高の愛が基準となり、その愛こそが地上に真の楽園を築くのです。

   こうしたビジョンは、今はおとぎ話か空想話のように聞こえるかもしれませんが、これはいずれ現実のもとなるでしょう。そう私の心が告げています。人類全体が頭から心を拠りどころとした意識状態へ切り替わり、母なる地球とともに次元上昇することができれば、このビジョンは必ず実現します。それがこの地球という惑星で生きていく人間の運命であるからです。次元上昇する地球とともにシフトすること、これよりほかに人類が生き延びる道はありません。今こそ想像力を駆使して大きく羽ばたかせ、自分の心が告げている未来を信じましょう。

   これまでに何度もお伝えしてきましたが、母なる地球は魂を持った生き物です。
   私たちが地球を感じるように地球も私たちを感じており、人間にメッセージを送っています。それによると地球は今、ある種の浄化の真っ只中にあります。それは人間の搾取と残虐のせいで乱されてしまったバランスを修復し、傷を癒そうとしているからです。そしてこれからまもなく起きる大変動に向けて、つまり太古の時代以来の再生に向けて準備を整えているところでもあります。

   ひとたび変容が始まれば、地球は美しく崇高な存在へと生まれ変わるでしょう。
   今宇宙からは、その再生を促すエネルギーが大量に降り注いでいるので、地球はそわそわしたり、伸びをしたりしています。そしてこの星は必ず、変容の時をくぐり抜け、癒され、再び完全な姿を取り戻します。なぜなら地球は全宇宙においてハートチャクラに位置する、かけがえのない存在だからです。その意味では、地球はそこに生きる私たち人間の祈りを必要とするわけではなく、人間がいようがいまいが変容をやめることはないからです。

   しかし私たちが祈れば、その純粋なエネルギーである意識は必ず、地球のすべてに影響を与えます。そして何よりもその祈りは、自分自身に深くかかわることになり、地球の変容に合わせて自分を変えることになるはずです。自分自身を深く掘り下げて「内なる自己」につながると、宇宙の他の領域からの導きを受け取りやすくなります。

   自分がありがたいと思うものを感謝することから、祈ることを始めてみてください。
   なぜなら感謝こそが、心の扉を開く鍵であるからです。その強い感情によって心の鍵が外れたとき、特定の目的に向けて、あるいはこの世界のより癒しを必要とする部分に向けて、あなたの祈りを届けることができるのです。

   母なる地球の回復を祈る場合、本来の美しく健全で汚れのない地球をイメージすることが重要です。あるいは具体的な問題を改善するために祈る場合は、ある種の色を用いてその病気や問題をイメージし、別の色で治癒、解決をイメージすることもできます。たとえば重油流出事故が起きたメキシコ湾の海水と海の生物たちの回復を願うならば、起きた被害状況に意識を向けるのではなく、本来の美しく豊かな海を思い浮かべましょう。愛と癒しの思いの届け先はメキシコ湾の水と生き物たちです。問題そのものにエネルギーを注ぐべきではなく、本来のこうであったという純粋な海の姿をイメージしましょう。あるいは有害な物質が、有益な物質に変化していくのを想像することもできます。

   1年前から、世界各地では大勢の人々が、アメリカ山地標準時(日本との時差:16時間)の正午に合わせて、地球のために瞑想と祈りを実践することを始めています。多くの人々が、ポジティブで美しいものの実現に向けて一斉に祈りのエネルギーを送ると、それは強大なパワーを生み出し、力は増幅され、地球の意識を実際に動かし始めます。このように人間に本来備わる神聖な創造の力を結集するならば、愛と癒しのヴィジョンを現実につくり出すことが可能です。高い波動で地球に起きる現実に働きかけ、できるだけ理想の結果を引き出すことができます。

   毎日忘れずに母なる地球に祈っていると、あらゆる生きている存在たちとのつながりに気づき、自分の体や、自分を取り巻く日々の環境にも、自然の恵みにも感謝の気持ちが湧いてくるでしょう。感謝とは思考ではなく、感覚です。その状態になるとき、あなたのエネルギー全体が変わり始めます。神から切り離されているという分離間やエゴが薄れ、いままで気づかなかった小さなものにさえ目が留まるでしょう。存在していることへの肯定感とともに、直感に耳を傾けやすくなり、自分のことばかりに囚われなくなるので、もっと大きな世界に意識が向くようになります。今よりも遥かに多くのことを見たり聞いたり、感じたりできるようになるでしょう。そうして「内なる自己」の導きを受け入れ、あなたは現実世界の意識的な創造者になるのです。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋

心の目だけが「人類は兄弟姉妹である」ことを理解する

   母なる地球は神聖な存在であり、人類にその地球を破壊する権利はありません。
   地球は人間だけのものではなく、そこに生きるあらゆるすべての生命にとっての聖域なのです。私たち人間は、次元上昇する地球とともに移行したいと思うならば、自らの波動をそれにふさわしく高めていかなければなりません。現在、世界中の多くの人々が人類全体の意識を変えようとしており、人類の覚醒は日増しに進んでいます。

   人間は一人ひとりが、内に神の輝きを秘めた存在であり、自分たちで思っているより遥かに偉大な存在であることに気づき始めています。自らの意識を変化させて、本来の人間らしさとは何かに気づく人が増えれば増えるほど、心をよりどころとした生き方をする人が増え、世界はより愛に満ちた生きやすい世界になるでしょう。しかし私たちはいつの頃からか、心を蔑(ないがし)ろにするようになってしまいました。つまり心を基準した行動や決断をしたりすることをやめ、合理的で論理的な思考を優先させるようになったのです。

   その結果、地球にともに生きている他の生命たちとのつながりを忘れ、目に見えるものや五感で感じられるものしか信じようとしなくなりました。今私たちは再び、心をよりどころとした生き方をするように求められています。これこそが、私があなた方にお伝えするようにと預かってきたメッセージの一つです。人間は愛を深めれば深めるほど知的な存在になる――これが宇宙の法則です。私たちは知識をたくさん得ることが知的になることだと思ってきましたが、真実は違うようです。

   この10年間を振り返ってみるだけでも、テクノロジーは急速に進化発展してきました。
   しかしその一方で私たちは緊急課題を突きつけられているのですが、人類の「知」はいまだにそれを解決することができません。最大の問題は、人間たちが搾取し、汚染して傷つけてきた地球をいかにして回復すればよいかということなのです。人類は心を失ってしまい、自分たちも複雑な生態系の一部であることを忘れ去って以来、間違えてバランスを失った「知」はこの星に数々の酷い仕打ちを行ない、しかも未だにそれに気づかず、やめようとはしないのです。

   想像してみてほしいのですが、頭だけで生きて来た人間がもし心を取り戻したなら、今までよりもどれほど多くのことを成し遂げられるでしょうか。人間本来の在りかたである頭と心が一つになり、自らの存在の源と万物とのつながりを取り戻すなら、人間の頭脳はいっそう本来のパワフルなものに成長するのです。エゴと欲に駆られた頭だけの生き方というのは、私たちの本質のほんのわずかな部分を満足させているに過ぎません。

   あまりにも長いあいだ、地球を傷めつけ踏みつけてきた私たちは、その生き方において大々的な軌道修正が必要であり、それによって地球に息を吹き返させる必要があります。頭だけで生きている限り、人類が直面している抜き差しならない事態に気づくことができないのですが、もし母なる地球の子どもとしてこの星に留まろうと思うのであれば、今こそ私たちは自分の意識を心中心へと切り替え、意識を高めていかなければなりません。

   大切なことは何かをするということよりも、まず自分自身にとどまり、心で「存在すること」です。doing ではなく being に全身全霊を注いでみることです。もし私たちが自らの心とつながり、大自然に溢れている愛とつながり、この地球に生かされていることの美しさと神聖さを理解できたなら、この星を支配してきた頭中心の意識を、心をよりどころとした意識へと逆転させることができるでしょう。

   私が霊的なメッセージを受け取る際には、目の前の空間にテレビ画面のようなスクリーンが現れ、そこに情報が映し出されます。そしてその画面を通して地球上の他の場所にいるウィズダム・キーパー(叡智の継承者)や高次の存在と語り合うこともできます。私はこれを「ピクチャー・スクリーン」と呼んでいるのですが、あるときそのスクリーンで、頭から心への切り替えがどのように起きるかというレッスンを受けました。

   スクリーンに映し出されたのは、水面に少し顔を出している「浮き」でした。
   それは魚釣りに使う「浮き」で、魚が針にかかって引っ張られるとちょっと沈む、あの「浮き」です。半分が赤でもう半分が白に塗られていて、その全体が地球を覆っている意識を象徴しています。最初は白い半分だけが水面から顔を出しており、赤い部分は水面下にあります。今のところ白い部分が上に出ているので、頭中心の意識が強いことを現しており、つまり人類がいかにに狭い視野だけで物事を考え、判断し、感じているかを現しています。

   一方、赤い部分は心を中心とした意識で、愛を基準としています。
   私たち人類は互いに兄弟姉妹であるということや、自分たちの手で現実をつくり出せるということなどに気づかせてくれるのは、白い部分よりも遥かに大きくて、全体を支えているこの赤いほうの意識の部分なのです。そして私が見ていると、白いほうを上にして安定していた「浮き」が、ときおり、グイッと動くようになったのです。

   今、世界中の人々の意識が変わり始めています。
   人間は実は自分が思うより遥かに偉大な存在であることに気づき始めていることを、その「浮き」は示していたのです。私たちは「浮き」を動かす力を持っています。多くの人々が覚醒し、心で生きるようになれば、それが「意識の主流」になります。しかしこれはすでに時間の問題でしかなく、すべてが変わる日はすぐそこまで来ているのです。

   その日、世界は一変するでしょう。
   誰もが、望むような世界をつくり出し、どんな夢も実現できることを人類全体が理解するでしょう。私たちは自らの母なる地球を癒し、よりバランスの取れた美しい社会を築くことができるでしょう。そのためには自分自身が神であり、あるいは女神であることを思い出さなければなりません。私たちは神から生まれた神の意識の輝きなのです。この肉体とともに、人間として生きて学ぶようにと、偉大な存在からこの地上に送り込まれた輝きであることを、どうか忘れないでください。

   愛を基準として心で生きるならば、私たちは互いが兄弟姉妹であり、ともに母なる地球の子どもであるという真実を思い出し理解するでしょう。そして実際に人間同士を隔てるものや、人間と他の生命とを隔てるものは何もないのです。ですから、1人に起きることはすべての人に起きるのです。人間のエネルギーは地球のエネルギーと同じものですから、母なる地球に起きることは、その子どもである私たちにも起きるし、その逆もそうです。しかしそうでありながら人間は、自分たちの世界を変える力を持っています。

   精霊からの教えによると、地球の大変動とともに、人類は1つの家族、1つの民族として団結し、さまざまな色の人々を意味する『虹の民』(レインボー・トライブ)に生まれ変わるのだそうです。それを実現させるためには、私たちは兄弟姉妹であり、互いを隔てるものは何もないことに気づかねばなりません。私たちは実は一蓮托生(いちれんたくしょう)であることを知らなければなりません。1人の人間、あるいは1つの民族が苦しめば、人類全体がその苦しみを感じるのです。他の生き物においてもそうであり、誰かが健康を損なうなら、私たち全体が健康ではいられないのです。

   遥かな昔から、自然をとおして教えられていた相互依存による生態系を、人類は今ようやく理解し始めたところです。ですから自分を、他のすべての生きている存在や母なる地球から切り離して考えることはできません。この地球に生まれてきた目的は、学び、愛し、創造するためで、つまり同胞を愛し、すべての命を愛して共存することなのです。

   地球は宇宙の中における「心の星」であり、宇宙全体から見た「ハート・チャクラ」でもあります。私たち人間は、愛しあうための「豊かな感情」という最大の賜物を持っており、その恵みを味わうことは私たちに与えられた能力なのです。私たちにとっては当たり前に思える感情ですが、実は宇宙における多くの存在たちにとってそのゆえに、「感情を持つ人間」とは実に興味深い存在であることを覚えておいてください。

   ですから日々、心を開き、この世界の美しさを感じ、自然の森羅万象を経験できることの素晴らしさに感動しましょう。しばし立ち止まり、母なる地球や偉大なる精霊、そして自分たちの存在と持っている力に感謝しましょう。そしてこれからは1人1人の人間にとっても、人類全体のためにもならない信念や考えは手放していきましょう。どんな仕事をしていくらお金を稼ごうと、あるいは他人からどのように見られ、自分をどう感じようと、それは本来のあなたという人間の本質ではありません。肩書きや社会的地位、これまで重ねてきた経験、成功や失敗、性格さえが本来のあなた自身ではないのです。

   何を目指すべきだとか、何が重要であるとか、こうでなければとか、これまで教えられてきたことはすべて忘れ、自分の心の奥深くに問いかけ、耳を傾けてください。

   あなたにとって一番重要なものは何ですか?
   真の喜びをもたらすものは何ですか?
   あなたは誰でしょうか?
   もし勇気が持てるなら、どのように生きたいですか?
   どんなとき感謝の涙を流しますか?
   どんなとき一番自分らしくいられますか?

   こうした問いを深く掘り下げてみることで、心で生きる第一歩を始めることができます。
   私の言う「心をよりどころにする」とは、まず頭が入り込む余地のない「今という瞬間を生きる」ことを意味しています。それはどのようなことであれ、今この瞬間に経験していることを頭で考えたりせずに、ただ感じるのです。つまり、思考によって経験と自分を隔てることなく、あるがままに感じることなのです。それは自分が見るもの、触れるもの、感じるものと、自分自身の心とをつなげることでもあります。心で生きるならば、私たちはこの世界に生きているすべての万物と一体であることを「感じる」でしょう。

   1人に起きていることは、他の人たちにも起きていることだと「実感する」ようになります。なぜなら私たちは別個の存在ではなく、みな生きており、同じエネルギーでつくられて振動しているからです。こうしたことは、これまで教えられてきたこととはかけ離れているので、「知的」に理解するのは難しいかもしれませんが、ほんの一瞬であれこうしたことを経験したことは誰にもあることなのです。

   自分が心をよりどころとしているかどうかを知るためには、感情に従ってみることです。意識が心とともにあると、大きな感情の起伏を経験するでしょう。それは喜びや感謝、幸福などのポジティブな感情ばかりとは限らず、長い間心にフタをしてきた人は、今まで感じないようにしてきた何かを感じるでしょう。それはずっと閉じ込めてきた、悲しみや寂しさなどの感情かもしれません。あなたの心が浄化され、癒されるためにはそれも必要なことなのです。

   ですから悲しみであれ、痛みであれ、心の中にあるすべての感情を味わい尽くしてください。そうするならば、これまで抑えつけ無視してきた感情を解放することができ、その場所に新鮮な空気を送り込むことができます。そのうえ心の中にスペースが生まれ、はるかに大きな愛と美を受け入れることができるのです。それを実現するためには、自分自身と向き合い、つねに心が感じるままを素直に感じようとしなければなりません。

   私は講演やワークショップの前や、思考の堂々巡りから抜け出せないときには、自分の心のチャンネルに合わせるために音楽を聞くようにしています。自分の小ささにとらわれて、「内なる自己」とのつながりをなくしかけているとき、私は音楽に耳を傾け、感情を目いっぱい上げます。意識を音楽に明け渡し、涙があふれるほどのレベルに上げることができれば、そのときの私に必要な導きは必ずやってきます。それまで意識の通路をふさいでいたものを退けることで、精霊の導きが入ってこられるようになります。それは高い周波数に合わせることにほかなりません。

   この宇宙という現実が多次元であるのなら、私たちは同時にさまざまなレベルで存在しているのです。私たちがチャンネルを合わせることのできる、愛と光の高次元の領域はいくつも存在しています。その領域に「内なる自己」はつねにアクセスしコンタクトしているのですが、向こうからのメッセージを受け入れるためには、心にスペースをつくり、向こうの周波数に合わせなければなりません。そうした高い波動は常にそこにあるのですが、ほとんどの場合、私たちがチャンネルを合わせようとしていないのです。

   自分の感情や感覚を頭で片付けようとせず、自分の存在を決めつけずにいれば、あなたの「内なる自己」は喜んであなたの人生を引き受けてくれるでしょう。知ったかぶりの私たちは、何と多くのものを見ることができず退けていることでしょうか。進むべき道を察知していながら耳を傾けようとしなかったりして、多くの選択肢が開かれているのに、私たちは気づきもしません。

   けれども、心の導きにゆだねるようになれば、その生き方は一変してしまうでしょう。
   何が一番得であるかとか、簡単だとか、安心であるかなどではなく、愛を基準にものごとを判断し、行動するようになります。そうするとき人類は心を1つにすることができ、同じ1つの民となるでしょう。そして自分の家族のように他の人を思いやり、そして愛するとき、そこには今までとは見違えるような世界が待っているのです。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                            抜粋

   
   
   

来たるべき時に人類を導くことになる「北の人々」

   私が体のエネルギーの繋ぎ替えを受けていた時期、私を癒すために部屋に現れた3人の男性のことはすでに述べましたが、その時は知らなかったのですが、「カフナ」というのはハワイ先住民のシャーマンのことで、彼らは古代のメディスンマンだったのです。その後私は彼らから聞いていたように、海をまたいでハワイ諸島の1つに降り立つことになるのですが、私はそこで「古代レムリア人の土地と彼らの叡智を目覚めさせるために水晶を埋めよ」と告げられました。

   レムリアは、アトランティスよりも以前に存在した高度な古代文明です。
   古代レムリア人たちは頭ではなく心をよりどころに生きており、女性性を内面深くに宿し、宇宙の人々との強いつながりを持っていた彼らの社会は、美しいものであふれていました。レムリアのエネルギーは今も、ハワイの先住民族の人々やその土地に、そしてその周辺のポリネシアの島々に息づいています。ですから今こそ、そのレムリア由来の女性性のエネルギーを生かし、母なる地球の変容と人類の覚醒を促さなければなりません。

   今回は持っていくべき水晶についての指示があっただけで、いったいどこへ向かえばいいのか、何をどうすればいいのか何もわからず、導きが来るまで待つことにしました。その頃私はサンタフェでヒーリングセッションを始めていたのですが、ある日、以前の講演会で出会った女性が訪ねて来ました。そしてセッションの中で彼女のための導きを求めていると、突然、ピクチャー・スクリーンが始まり、その女性こそがハワイへ持って行く水晶の守り手になると告げられたのでした。しかも埋める場所は彼女の持っている土地の中にあるというのです。この情報をさっそく彼女に告げると、なんと彼女はハワイのマウイ島に住んでいることがわかりました。こうしてパズルのピースはすべてはまったのです。

   数週間後、私はマウイに飛び、いよいよ聖なる水晶を故郷に戻し、古代レムリア人の土地のエネルギーを呼び覚ますことになりました。ハワイを初めて訪れた私は、草花や果樹の豊かさや、あたりに漂う柔らかく繊細な香りに驚きました。私の知る限りハワイは、地球上のどこよりももっとも女性性の豊かな何と美しい場所でしょう。儀式を行なう場所はマウイ島北部のパイアという街に近い沿岸にあり、本来その場所は水際までうっそうとしたジャングルに覆われていたそうです。その敷地内には川が流れ、海に注ぎ込んでいます。

   儀式の前日、私は裸足でその土地を歩き回りました。
   それは儀式を行なう場所と水晶を埋める場所を特定するためでした。精霊はオリオン座の3つ星のように並んだ、古くて巨大な3つの岩を探すように言います。そこは古代ハワイ人が儀式を行なった場所であり、3つの岩はその土地の祖父、祖母、子を象徴しています。

   私は案内されるままに丘の斜面を登り、つたや曲がった木々が生い茂るジャングルに入りました。視線を転じると、眼下には太平洋が広がっています。やがてうっそうとした低木やつた類の中に埋もれた立派な岩が姿を現したのです。祖父の岩は2メートル近くの高さがあり、祖母の岩はハート型をしており、子の岩はその間に挟まれています。この3つの岩からは、甘くざわざわした優しいエネルギーが流れ出ています。この場所に違いありません。そこには肌で感じられるほど強烈なエネルギーが充満していました。

   その同じ日のことですが、何人かが集まって芝生で遊んでいると、その土地の世話人が訪ねて来て、「外にカフナが1人来ていて、ブロンドの白人女性が来ているはずだと言うのですが、あなた方が呼んだのですか?」と言うのです。私はそれを聞いたとたん、背筋がぞくぞくしました。今回の儀式のことはごく限られた人しか知らないはずだし、そもそもカフナというのは、電話で軽く誘えるような相手ではないのです。しかも本来地元の人々からは私は白人の部外者とみなされて、そんな人間の行なう儀式になんか参加できるか、と思われても不思議ではないのです。

   私は、そのカフナであるハワイの長老に会いに向かいました。
   長老は私の手を握り、優しい笑顔で迎えてくれました。見れば、もう涙を流しています。そして早速いきさつを話してくれました。これはまるでおとぎ話のように聞こえるかもしれませんが、現実に起きた話です。長老によると、何百年も前からその地元の人々のあいだには言い伝えがあり、それはこの時期に、古来からの古い祭祀の場を復活させる儀式が行なわれるというものでした。しかもその神聖なエネルギーを復活させる先導役を務めるのは「ブロンドチャイルド」(金髪の子)であり、静かな雨の後、虹の先に現れるとされていました。

   その日のほんの少し前、長老が昼食をとっているとき、ふと見上げると、空に特別な虹がかかっていました。長老は、古くから伝わる「予言が成就する」と直感し、持っていた飲み物を床に落としたまま、取るものも取りあえず大急ぎで車に乗り込んだそうです。そして虹の先端を目指してたどり着いたのが、この場所だったそうです。それで少し待っているとその地域の世話人の姿が見えたので、「金髪の若い女性はいるか」と尋ねたのだそうです。

   カフナの長老は手放しで私を歓迎してくれて、しかし実は謝らなければならないと言いました。彼は儀式の噂は耳にしていたが、何だか怪しいと思って敬遠していたのだそうです。しかし今は、これこそ地元に伝わる予言どおりの儀式だと確信したと言います。私の胸は高鳴りました。ついにハワイの地元の人々が参加し、ともに儀式を執り行うことになったのです!

   儀式の朝は祈りとドラム、そして海の日の出を見ることから始まりました。
   集まったのは12人ほどで、みな土地にかかわりのある人たちばかりです。伝統的な鼻笛の奏者やカフナの甥もいました。その若者は素晴らしい歌い手で、チャント(聖なる歌)や物語、土地にまつわる神話も披露してくれました。カフナが神聖な歌とともに先祖と母なる地球に呼びかけると、いよいよパワフルな儀式の始まりです。

   そして水晶を埋めるはこびになりました。
   私たちは交代で地面に穴を掘り、水晶の新しい住まいをつくりました。聖なる母地球と人類が癒され、この星全体の意識が上昇することを祈りながら愛を注ぎ込んでいると、参加者の心が次々と開かれて、多くの涙が流れました。最初に土をかけるのは10歳の少年です。無垢で純粋な男性性の象徴として、偉大な女性性を祝福し称えるためです。無口でシャイな少年でしたが、とても純粋な魂の持ち主でした。

   続いて私は一握りの土をカフナに手渡し、こうべを垂れて私たちはともに跪きました。
   カフナが涙を流しながら水晶に土をかぶせると、私も最愛の母なる地球に心から祈り、同じように土をかけました。そのようにして誰もが一握りずつ土をかけていきました。歌と祈りと音楽が捧げられ、心という心が開かれ、最後に神聖な場所にレイが置かれると儀式は終わりました。それはこれまで私がかかわった水晶の儀式のうちでも、最高に素晴らしいものとなりました。終了後にその場所を歩いていると、しきりに「ワヒ・カプ」という言葉が聞こえてきます。あとでわかったのですが、「ワヒ・カプ」とはハワイの現地語で「聖地」という意味でした。

   マウイ島から戻った次の週に、ある先住民族の長老から不思議な内容の電話がかかってきました。それは私がマウイで重要なことをやり残してきたようなので、もう一度行くようにというもので、その土地を守っている霊を探し出し、挨拶をしてこなければならないのだそうです。そこで私は再び、マウイに向かいました。昔からの聖地を守ってきた先祖の遺骨を探し出し、感謝と敬意を捧げるために儀式をしなければならないのです。

   精霊によって遺骨のありかが教えられ、それは海を見下ろす崖の中腹に直立した状態で埋葬されているということでした。そのため私は、結局、その場所で私の足のかかとを持ってもらい、海面から高くそびえる断崖絶壁から身を乗り出さなければなりませんでした。そうやってついに、土地を守り続けてきた先祖の霊と対面を果たすことができたのでした。守護霊を正式に敬い受け入れてもらうことで、儀式の完結と予言の成就を確信した私は、ようやく帰途についたのでした。

   「ライトニング・ウーマン」と名乗る女性との出会いはすでにお話しましたが、その人の話に「『北の人々』が、人類が本質に立ち返るために重要な働きをする」と言い、まもなく私がその北へ向かうことになると教えてくれました。しかも、その北の国々は世界の食糧庫になるのだそうです。当時、私には北の国々がどこを指すのかわかりませんでしたが、その不思議な出会いから数ヵ月後に、スウェーデンから連絡が来たのです。

   それは、スピリチュアリティの祭典「ノーマインド・フェスティバル」で話して欲しいというものでした。私は強く惹かれるものを感じたので招待を受けることにしました。滞在期間は1週間で、場所はストックホルムから北へ数時間行ったところの「アングスバッカ」という森の中です。そしてスウェーデンに向かう1ヶ月前になると、いつものピクチャー・スクリーンが開き、特別な水晶を持っていく様子を見せられました。今度の訪問は、水晶の力で現地に眠る古代の叡智と「北の人々」の目を覚まし、これから起きるしかるべき時に「北の人々」が自らの目的を果たし、人類を導けるようにするためのものでした。

   つまり、今回の旅の本当の目的は、スウェーデン滞在中に水晶の儀式を執り行うことだったのです。私はすぐにギアを切り替え、主催者と連絡を取り直しました。なぜならフェスティバル期間中に話すだけではなく、私は重要な儀式を行なうとなったからには、そのことを伝えて段取りをつけなければなりません。しかもこの祭典に向けてすでに1000人以上の参加者が見込まれており、儀式は祭典の後半に行なわれるので、参加希望者が殺到する可能性もありました。

   アングスバッカでの儀式は、私が先導した公的な儀式の中でも最大級のものになりました。広大な野原には、幾重にも円を描くように人々が集まっていました。参加者は少なくとも800人はいたでしょう。水晶に祈りと思いを捧げる人々の多さといい、その増幅されたエネルギーといい、それはもっともパワフルな儀式でもありました。

   最後に、現地の先住民族であるサーミ人の女性が登場し、民族に伝わる美しい歌で儀式を祝福してくれました。そして古代からその地に暮らしてきた民族の代表として、遠い祖先の叡智に再び火を灯すためにその女性が、水晶を掘った地中に置きました。延々と並んだ参加者たちの1人1人がひざまずき、水晶に土をかけていき、誰もが泣きながら真心から祈っていました。地面にキスしている人もいます。男も女も子どもも自分の番を待っていました。

   やがて水晶が土で埋まると、美しい光景が繰り広げられました。
   人々は踊り始め、歌い、太鼓を叩き始めたのです。みな歓喜の表情を浮かべ、水晶が埋められた場所を聖地として崇めながら、誰もがその場で踊り、連帯感と誇りと、未来への興奮が満ち溢れていました。私はその様子を見ながら、なるほど、彼らがいずれ世界を覚醒へと導くとされるのも当然だと思いました。すでに彼らの心は大きく開かれ、創造力と活気に満ちているのです。その後、祝祭は延々と続き、あたり一帯は新たなエネルギーでうなりを上げているかのようでした。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
             キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋
   

   

アトランティス時代の水晶が今地球と人類の変容を助ける

   水晶は母なる地球からの素晴らしい贈り物です。
   水晶には想像を絶するほどの力が秘められています。その力と有用性を、古代の人々は真に理解していました。精霊から聞かされた話では、紀元前4万年から1万年のアトランティスの時代に人類は、人間の心身の病の治療だけでなく発電や通信、そして霊的な成長や創造のために水晶エネルギーを利用していたそうです。

   実は水晶は生き物であり、意識を持っているのです。
   ですからほんの小さな水晶の欠片でさえが、大量の情報やエネルギーを蓄えたり、伝達したりすることが可能なのです。現代人もコンピューターや携帯電話などの分野で、水晶の力を利用するようになっています。人間もようやく、水晶に記憶能力があることを理解し始めたのです。水晶に特定の周波数を持たせて、精神的なエネルギーや意図を発信するようにプログラミングすることもでき、霊的な叡智や教えを増幅させたり、蓄えたりすることが可能なのです。水晶に秘められた豊かな力がもっと明らかになれば、現代人は仰天することでしょう。

   今、水晶は、人類の進化と地球の未来にきわめて大きな役割を果たそうとしています。それはここ数年、遥かなアトランティスの時代にプログラミングされた強力な水晶が、母なる地球と人類の次元上昇のために再び目を覚まそうとしているからです。私は「リトル・グランドマザー」になってから、7つの特別な水晶を託されました。それはどれもアトランティス時代に使われていたものだと聞かされています。その封印されていた力を解き、地中に戻すために、今こうした水晶が世界各地の「叡智の継承者」たちに託されています。それは大変動を控えたこの時期に、強力なレイラインの交差地点に水晶を埋めることで、地球のエネルギー・グリッドを強化しようというのです。

   一連のそうした水晶は、本来宇宙の人々がアトランティスの神官たちに与え、使い方を教えていったものだとされています。その1つひとつが異なる宇宙エネルギーと目的を有していますが、アトランティス滅亡の際に悪用されることを避けるため、それらの水晶の力は封印されたのでした。そしてアトランティス大陸が沈む直前に、純粋な心を持った神官たちの手で運び出されて以来、地球の次元上昇と人類の大々的な精神的変容を間近に控えた現代まで、ずっと保管され守られてきたのです。

   ウィズダム・キーパーたちに託された水晶は、母なる地球のエネルギーだけではなく、高周波の宇宙エネルギーを携えています。その封印を解き、母なる地球の動脈に入れると、地球全体に高周波のエネルギーが伝わり、世界各地のパワースポットをつなぐことができます。宇宙から地上に降り注ぐ高次元のエネルギーは水晶の中で活性化され、母なる地球のエネルギーグリッドを強化します。

   ウィズダム・キーパー(叡智の継承者)たちはこの3年間において、世界各地にこの特別な水晶を大地に埋めてきました。そして興味深いことに科学者たちの報告では、地球と人体のエネルギー・フィールドが過去3年間のあいだに、かつてないほどの早さで振動するようになっていると言っています。

   私が水晶を託されたとき、それをどこへ埋めるかという指示はそのつど、中心的な指導霊である「マザー・スピリット」から届くので待つようにと言われました。つまり具体的な指示があるまで勝手に埋めてはならないのです。今までに7つの水晶のうち、4つを地球に戻しました。その場所はニューメキシコ州北部、カリフォルニア州セコイアの森の中、マウイ島、そしてスウェーデンです。公開で儀式を行なったこともあります。本書を書いている時点では、残りの3つの水晶に関する指示はまだ届いてはいません。

   1つ目の水晶はニューメキシコ州サンタフェの北側で、すでに述べた「先祖たちの帰還」集会に並行して行なわれた儀式において、地中に戻されました。サンタフェはその昔、先住民族のアナサジが住んでいた地域です。アナサジ族は宇宙の人々から教えを受けており、高い次元の意識を獲得したのちに、地中に忽然と姿を消しました。そのアナサジ族の叡智を呼び覚ますために、私が預かった最初の水晶はアナサジ族ゆかりの地に戻すことになったのです。その儀式に向けて、私はマザースピリットからさまざまなことを教えられました。

   それによると、水晶が埋められるニューメキシコ州北部はやがて緑豊かな土地となり、他の地に先駆けて「聖なる女性性に満ち溢れるようになる」というのです。とくにサンタフェは、新次元の意識と女性性回帰の中心地になろうとしているのです。

   ニューメキシコでの水晶の儀式は、私にとって忘れられないものになりました。そこの輪の中に集まったのは、全参加者のうちの75名ほどでした。静まり返った中で、円中央の地中に私が半分ほど埋めた長さ30センチほどの水晶に向けて、一同は心からの愛を注ぎました。母なる地球を愛し癒すことに、誰もが意識を集中させていました。空と大地と大いなる霊と、母なる地球につながった人々が、絶大な力を持つ古代の水晶に向けて、およそ1時間にわたり、最高の愛の波動を送り続けたのでした。

   そして私には人々の伸ばした手や腕から、金色やピンクや青い光が流れ出しているのが見え、それが水晶に吸い込まれていくのが見えました。どの人も母なる地球への愛にあふれ、母を回復させたいという気持ちが痛いほど伝わってくるのでした。そして集会3日目の最終日、私たちは祈りと決意を注ぎ込んだ水晶を地中へ埋めました。掘り返されないように、儀式の円から離れた木立の中に穴が掘られ、そこへ参加者が一握りずつ土を入れて埋めていきました。その様子はまるで自然の祭壇に供え物をしているようで、誰もが大いなる霊と母なる地球のために、感謝と敬意という心からの捧げものをしていたのです。

   それから数ヶ月後、私は、地球上でもっとも賢明な先住民の長老の1人からコンタクトを受けました。その結果、2つ目の水晶は、この地球という星の大長老であるセコイアの森に埋めることになりました。つまりセコイアの大木たちは、地球上の「1本足の存在」の中でももっとも年齢を重ねた賢者とされているのです。ですから今こそ人類は、その賢者たちを再び敬い、称えて守らなければなりません。その地に水晶を埋めることでセコイアの叡智を呼び覚まし、地球上の他のパワースポットとエネルギー的に結びつけることができるのです。

   この星の神聖な女性性を回復させるためにも、水晶は欠かすことができません。
   なぜなら心を大切にする女性的叡智によって、人間の意識の次元を引き上げ、生き方の軌道修正を図る必要があるからです。セコイアは、そうした人類の支えとなる特別な周波数を持っています。

   その理由は、静かにたたずむセコイアの大木たちは、私たちの先祖のなかでも最高の賢者たちの霊が姿を変えたものであるからです。つまり賢者の霊は、この時代のためにセコイアの木となって地上に舞い戻り、私たちを見守り、地球の波動の改善に力を貸すことを選択したのです。人類が本来の心を取り戻したとき、私たちは大いなる賢者セコイアに耳を傾け、その叡智を理解して語り合えるようになるでしょう。

   この特別な儀式のために、世界中から私を含めて6人が集められました。
   6人のうち女性は私1人で、しかも最年少でした。そのうち1人は会ったことがありました。私たちは北カリフォルニアに集合することになり、私は1人で1週間の旅をして現地へ赴きました。当日はとても寒く、風が吹いて雨も降っており、その時期の北カリフォルニアらしい天気だったようです。私たちは現地で落ち合うと、儀式のために数日間をともに祈り、瞑想し、心を1つにするよう準備に捧げました。

   私たちはまず海辺に向かい、水晶を埋める場所が見つかるようにと祈り、森へ向かいました。私たちが浜辺の北にある森を目指して小道をたどっているとき、突然地鳴りがしたかと思うと、木立の間からヘラジカの群れが現れ、一行から少し離れて歩いていた私をあっという間に取り囲み、道をふさいでしまいました。雄のヘラジカは1メートルの至近距離から私をじっと見つめています。攻撃しようかどうしようか迷っているようです。どうやらこの森はヘラジカの縄張りだったようで、彼らの許可がなければ立ち入ることはできません。

   私は心を通じて語りかけました。
   ここが彼らの縄張りであることを知っていること、私たちを森に入らせてほしいと頼み、それが何のためであるかも説明しました。ヘラジカはしばらく私の目を見つめていましたが、やがて顔をそむけると草を食べ始めました。森へ入ることを許可してくれたのです。そのヘラジカはゆっくり向きを変え、今来た道を森の中へと消えていきました。ほかのヘラジカはその場で、人間たちの進む様子を眺めていました。

   私たちは深い森の中を進んでいき、その荘厳なセコイアの大木の存在感に圧倒されていました。すでに1時間は歩いており、私は水晶を埋める場所の導きが来るのを待っていました。しかし行けども行けども、森は果てしなく続いています。永遠に見つからないのではないかと心配になりかけたとき、はっきり声が聞こえてきました、「ここだ」と。そしてすぐそばの高さ3メートルばかりの太い木の幹を見るように指示され、それは落雷で折れた大木の残骸でした。

   この死んだ木でいいのかどうか心配になった私は、周囲を歩いてみました。
   そして幹の後ろ側に人が入れるほどの裂け目を見つけました。体をすぐに滑り込ませてみると、驚いたことに内部はポッカリと空洞になっており、まるで聖堂のようです。そこは直系が3メートルほどの広さで、全員が入ってもまだ余裕がありました。この場所こそが水晶を埋めるべき場所に違いありません。皆でろうそくに火を灯し、それを東西南北に置くと、私はアースドラムを叩き始めました。そのときの音は忘れられないもので、地球の胎動のような音が、私たちの体と大樹を震わせました。

   この場所に水晶を埋めるのだと思うと私は涙があふれました。
   手で掘った1メートルの深さの穴を前に、私は水晶を掲げました。すると、太陽が雲間に顔を出し、幹の裂け目から差し込んできたのです。その光は水晶に当ったかと思うと、真っ直ぐ上に伸びています。私たちはみな、背筋がぞくぞくするのを感じていました。掘った穴に私が水晶を落とすと、ドサッという音と同時に木が揺れたようでした。精霊は私に、その場所に印をつけず、口外しないようにと言いました。私たちの誰もが、写真撮影だけでなく再びここを訪れることは許されないのです。そこはまさに精霊に守られているのが肌で感じられるような場所だったのです。

   神聖で特別なものというと、私たちはとかく美しくて大きいものを連想します。
   もっとも強くて優れたものは、さぞ見た目も麗しいのだろうと思うわけです。ところがこのときのセコイアの木はそうではありませんでした。私たちが森の中で目にしてきたのは立派で丈夫そうな大樹ばかりでしたが、水晶を託すことになったのは、「これは枯れているから違うだろう」と通り過ぎてしまうような木だったのです。その木がいまや、とてつもなくパワフルなものを抱え、森中の「1本足」たちにエネルギーを届けているのです。それだけでなくこの地球という星全体に、私たち1人1人に届けていると言ってもいいのです。

   現在、母なる地球の内部では、多くのパワフルな水晶が目覚め始めています。
   それと同時に、水晶の中に封印されていた古代の叡智も目覚めつつあります。ですから私たち人間も、小さな水晶を身に着けることが必要です。水晶は最強の伝導体なので、小さな欠片を首から下げているだけで、地球内部のマスター水晶の宇宙エネルギーとつながることができます。水晶が人のエネルギー・フィールドに働きかけると、人は宇宙エネルギーを吸収したり、意識を覚醒するために利用できるようになります。私は、年齢を問わずできるだけ多くの人々が、小さな曇りのない水晶を身に着けるようにというメッセージを託されています。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
             キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                            抜粋

   

苦しみの経験のすべては他人への共感を育てるため

   米国のオホカリエンテという古い温泉のすぐ北側を車で走っていた時、私は道端に年老いた女性が立っているのを偶然目にしました。女性はおそらく年齢が80代に見え、とても小柄で頭は白髪、身につけているものはどこかくたびれて見えました。どう見ても家をなくして放浪しているといった雰囲気です。私は大好きだった亡くなった曾祖母のような、高齢の女性に特別親近感を持っていたので、きっと乗せて欲しいのだろうと思い、車を路肩に寄せてドアを開きました。

   女性は微笑みながら私をじろじろ見ると、車に乗り込んできました。
   「ちょっと遅れたようだけど、まあ、会えてよかった」、そう言うと、「どうやら人違いじゃなかったようだ。あなたはいつも『チャイルド』と呼ばれていて、『リトル・グランドマザー』とも呼ばれているね?」と言われて、私には緊張が走りました。このお婆さんはただ者ではなさそうです。私は女性に行き先を尋ねると、彼女は降りたいときに知らせると言います。

   実は私は前日、空に白い光が出現して大きくなったかと思うと、パッと消えるのを目撃したのですが、その直後から体に異変が現れ、胸の辺りがチクチクしたり、全身に陶酔感のような収縮が繰り返し起きていたのでした。その発作は頭のてっぺんにまで達し、その異変はすぐに不快感から痛みに変わっていきました。やがて普通にしていられないほど全身が痛み、不安に駆られ始めるとピタッと収まります。しかし車を長時間運転している間に症状は悪化し、氷をどこかに当てていないと運転できないほどになっていました。

   そんな中での女性との出会いだったのですが、気づけばもう10分以上、例の痛みや収縮は止まっています。そしてこの女性と一緒にいる間はずっと、あの異常な感覚は戻ってはこなかったのです。女性はかなりの高齢に見えますが、その動きは15歳の少女のようです。それに見た目と違って非常にエネルギッシュで身のこなしが軽く、声もはっきりしていてよく通ります。そして何よりも瞳が輝いていて、キラキラというのを通り越して、本当に灯りを灯したようなのです。読者は幽霊か何かを想像するかもしれませんが、その女性はしっかりと私と同じ肉体を持って存在していました。

   女性が突然、「チャイルド(我が子よ)、なぜ私を車に乗せたの?」と尋ねたので、私は正直に、自分の曾祖母のように、その女性も誰かのお婆さんかもしれないと思ったと答えました。それに「あなたは安全な人だから車を停めても大丈夫だと自分が教えてくれたんです」とも付け足しました。すると女性はにっこり笑ってウィンクして言いました、「よろしい。外見だけで判断せずに、自分の感覚を信じたんだね」。これで最初のテストは合格だということでした。私は運転しながら女性の様子を観察しました。衣服は汚れ、両手には泥がつき、ぼろぼろの靴は履いていないも同然です。そして雨のような匂いがします、それも春上がりの森のように爽やかな匂いなのです。

   やがて女性は私が育ったサンルイス・バレーのことを話し始めました。
   その地を囲む3つの山は聖山であり、その頂上は強力なエネルギー・フィールドに接しているだけでなく、地中には水晶のピラミッドと宇宙の人々が行き来する場を擁しており、私がその地域に生まれたのは偶然ではないとのことでした。その土地が私の幼いころからものごとを教え、特別なエネルギーによって育てられたのだとも言いました。それは世界を正しく見て、異次元から話しかけられたときに耳を傾けられるようになるためで、だから今こうして話すことができるのだ、と女性は言いました。

   女性は、自分が「ライトニング・ウーマン」と呼ばれていて、「ブラック・シー」(黒い海)から来たと言っていましたが、それがどこなのか私にはわかりませんでした。こちらに来て何年くらいになるのか尋ねると、彼女にとっての年は私の意味する年とは違い、自分には年齢はないのだとも言いました。

   その女性の話では、「地球は今、大変動の真っ只中にあり、これまで飢餓や戦争、天変地異から守られてきた『北の人々』が心を取り戻し、自分たちの神性を思い出すべき時が来ている」といいます。「北の人々」は、母なる地球のために愛の波動を上げる楽器のような役割を果たすのだそうです。また私は、「すぐにでもその『北の人々』のもとを訪れ、彼らの眠っている心を呼び覚まさなければならない。スカンジナビア諸国の人々が目を覚ましたとき、その国々は世界の食糧庫となり、世界を導く光となる。そして『北の人々』が呼び起こされる準備はできている」、と女性は言いました。

   また地球に届けられようとしている新たなエネルギーについて、「そのエネルギーは来たるべき意識の大変動に備えて、より高い波動の光に人間たちを慣れさせるために、少しずつ降り注ぐ」と言います。そうでないと、いずれ大量のエネルギーが到来した際に、人間の体がそれを受け付けることができないからだそうです。女性の説明によると、「今、地球に生きている人々は選ばれた人々であり、世界を変えることも可能な最強の魂の持ち主である」そうです。

   女性は、「ある人々に今、この地球を離れるチャンスを与えるために来ている」と言いました。その申し出を受け入れた人は高次元へ移動し、そこから高い意識を持った存在と協力して地球を支援する活動に携わることになるそうです。女性は、私もその1人に選ばれたことを知らせにやって来たのでした。説明はさらに続きます。私が育った地域にある聖なる山ユート山から5キロほど離れたところには、何世紀も前から大きな宇宙船があり、もし私がこの申し出を受け入れれば、その宇宙船である場所へ移動することになります。すると意識の波動が上がり、私は宇宙の存在たちとともに、高次元から人類を支える仕事に就けるようになるというのです。

   そしてユート山近郊に限らず、米軍の軍事基地のあるところには必ず、数キロ以内に宇宙の人々の基地があるそうです。たとえばコロラド州サンルイス・バレーのNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)から山を越えてグレートサンドデューンズの砂丘や、ニューメキシコ州ロスアラモス郊外の巨大なカルデラの中がそうです。宇宙の人々は、一帯の現状を監視したり、壊滅的事態を回避したり、その場から生まれるネガティブな影響力をある種の振動で抑制したりして、重要な役割を果たしているのだそうです。

   女性はこうしたことをすべて話してくれたうえで、「私の選択を知るためにここに来た」と言いました。つまり私に、今の人生に別れを告げて高次元の存在として生きるかどうかの選択が迫られているのです。私は言葉が見つからず、呆然としていました。この地球という星で自分の人生と家族のことを思う一方で、これから先に地球に起きようとしている問題を無視することもできません。しかしそもそも、たった1人の人間にどれだけのことができるというのでしょうか。地球を離れて高次元へ移動すればもっと役に立てるというのでしょうか。しかし今になってこんな決断を突きつけられるとは、なんという皮肉でしょう。

   私は16歳のとき、大好きだった曾祖母を亡くして以来、この世を離れて別の世界に行きたいと何年も願い続けてきました。そして20代に入り、かつて私に性的虐待をしていた親戚の男が、障害者である私の弟にまで手を出していたことを知ってからは、より一層その願いは強くなっていました。そのような行ないがなぜ、何の目的で許されるのか私にはまったく理解できなかったのです。これまでどれほど、この世を去りたいと願ったことでしょう。そして今、ついにそのチャンスが巡ってきたのです。

   私は呆然としてしまい、何も考えられません。
   そして恐怖と不安と混乱で泣き出してしまった私を、女性が抱きしめてくれました。それはこれまで一度も味わったことのない純粋な喜びというか、純粋な愛や光というか、微笑みそのものに抱きしめられているような感じでした。女性は、私がこれまでどのような人生を送ってきたかをすべて知っていると言いました。

   女性は、私がこれまで経験させられてきたことはすべて、「今この時を迎えるための特訓だった」と言い、私が身を持って学んだことを1つずつ挙げていきました。貧しさの中で家を失ったこと、残忍な人の側で暮らし、身体的・性的な虐待を受けてきたこと、深刻な病気を抱えて生きてきたこと、障害者の兄弟を持ち、彼らに純粋な愛を学んできたこと、自然とはかけ離れた古い宗教の力に翻弄され洗脳されてきたこと、これらのことが何を意味するかを私は学んだのでした。

   それらのすべては、虐げられている人や飢えている人、家を失った人、障害のある人、無力で精神的に落ち込んでいる人、古い信仰に洗脳され縛られている人、そうした人々への共感を育てるためのテストだった、そう女性は教えてくれたのです。確かに私の人生は試練の連続でした。そのすべては人間としての成長を促し、思いやりと理解力を育てるためであり、その数々の試験に私は見事合格していたとは。女性が話し終えても、私は両手で顔を覆ったまま泣いていました。

   考える時間が欲しい、今すぐ決断しなければならないのだろうかと考えていると、突然、強い思いに揺さぶられました。「子どもたちを置いていくわけにはいかない!」 そうです、私は母親なのです。言うまでもなく、私の心は決まっていました。すると女性は、「最初から返事はわかっていたが、自分はこのことを申し入れするようにと派遣されたのだ、それが契約だから」、と言いました。さらに、再び自分と話したい場合や、気持ちが変わって地球を離れたくなった場合には、さっき車に乗せてくれた場所の近くで会えるといい、具体的なことを教えてくれました。

   女性はもう一度私を抱きしめると、愛してるよと言い、子どものような可愛らしいしぐさで車を降りると私に向かって手を振りました。私はバックミラーでその姿を見ながら車を発進させ、おそらく女性は一瞬にして姿を消すか、空へ吸い上げられていくものと思っていましたが、彼女はずっと見えなくなるなるまで同じところに立っていました。ところが女性の姿が見えなくなったとたん、例の異常な体の収縮と痛みが戻ってきたのです! それは時間を計ったように15分置きにやってきました。私は何とかコロラドの自宅まで戻ったものの、その不思議な女性との出会い以降はどこをどうやって帰ったのか思い出せませんでした。

   結局、その後ベッドに横になったまま、3日3晩泣き続けることになりました。
   ついに私は、深く信頼しているヒーラーのホピの長老に電話で事情を話し、アドバイスを求めました。その頃には体の異変は3分おきに襲ってくるようになっていました。もう我慢ができない、そう思った私は医師に電話をして予約を取ることにしました。そして泣きながら受話器を取り、番号を押そうとした瞬間、誰かがノックしました。それはシャーマンであり、精神的な指導者である親友だったのです。

   友人は精霊に導かれて、私を解放するために来たと言いました。
   今私の体にエネルギーが駆け巡っているのには、途方もなく大きなわけがあると言います。それは体の古傷を癒すためだけでなく、感覚をより研ぎ澄ますためでもありました。その究極の目的は、神聖な母なる地球のクンダリーニ・エネルギーに私をつなぐためであり、つまりある感覚の配線の繋ぎ替えが行なわれていたのです。

   当時の私はクンダリーニ(脊椎の基底部に宿る生命力と性的な力)の意味を知らなかったので、彼女が説明してくれました。その瞬間、私はわっと泣き出してしまいました。「すべてお見通しなのね?」 私の言葉に友人はにっこりうなずき、横になれるように奥の部屋に連れていってくれました。そして私を見下ろすようにひざまづくと、祈りを始めました。私はそれを聞きながら、目を閉じて深い瞑想状態へ落ちていきました。

   すると驚くことが起きました。
   部屋じゅうが明るくなったかと思うと、小さな光の粒子が徐々に集まって人の形を作り始め、部屋の中にポリネシア人のような男性が3人立っていたのです。彼らは腰にクリーム色の布を巻いているだけであとは裸です。そして自分たちはカフナだと名乗りました。私が大地にしっかりつながれずに、てこずっているようなので助けに来た言います。私の友人である先輩のシャーマンも私と同じように見える人なので、ひざまづいて祈っています。

   私は体の中のエネルギーが、強烈な収縮から温かくゆったりした感覚へ変化していくのを感じていました。さっきまで性的なチャクラに滞っていたエネルギーが、今は体を自由に流れています。カフナたちは、強烈なエネルギーがこれほど長時間滞っていたのは、そのあたりが深く傷ついていたためで、これまで私が受けてきた傷を癒し、感覚の繋ぎ替えが行なわれる必要があったのだということでした。


          book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                            抜粋

人類の意識が地球の大変動に影響を及ぼす

   人間は地球上の他の生き物にはない特別な力を授かりました。
   それが言葉の力です。動物たちも常に仲間同士や人間に対してコミュニケーションを図っていますが、言葉による意思疎通は人間だけの特権です。しかも言葉は、きわめて特殊な創造の力でもあるのです。ところが私たち多くの人間はその能力の本来の使い方を見失っているだけでなく、言葉の創造力とその破壊力についても理解していません。

   私たちは日毎に増える混乱や破壊を見せつけられています。
   その大きな元凶は、多くの人々が毎日見たり聞いたりするメディアにあります。残念ながらメディアは、意図的に否定的で恐怖心を煽る告げ方をするので、そうした言葉を通じて提供される不信感や恐怖心を、与えられるがままに吸収しています。ですからメディアから聞いた言葉を信じて、ついオウム返しに口にしてしまうものです。

   しかし私たちは今、自分が口にする言葉の力を自覚しなければなりません。
   なぜなら言葉には現実を創造する力があり、同時に破壊する力があるからです。ですから今まで教え込まれたように話したり、考えたりすることもやめにしなければならないのです。それは私たちがどのような言葉を発するかによっては、自分の現実だけでなく、住む世界を変えてしまうほどの力があるのです。

   私たちが口から出す声は、波動です。
   それは声だけでなく、すべてのことが波動なのです。私たちの意識、つまり想像や思考、感情も波動でありエネルギーです。ですから口から発せられる言葉にはエネルギーが込められています。私たちが何かを考えたり感じたり、落ち込んだり、喜んだりして口にする言葉に、私たちはそうした波動というエネルギーを込めています。ですから自分の言葉のエネルギーがどういうものなのか、それは破壊的であるか、それとも建設的なものであるかを常に意識して口にする必要があります。

   死や破壊、恐怖、混乱、欠乏などについて話すとき、私たちはそれについて考え、おそらくはかなり具体的なイメージを連想するでしょう。ですからそんなときには言葉にして言う前に、自分が今何を頭に思い浮かべ、想像するどのようなことにエネルギーを与えているかを意識すればいいのです。連想ゲームが暴走を始める前に、意識の流れを切り替え、現実を別の角度から眺めてみましょう。それが人類の新たな未来を描き、実現することにつながります。私たちがメディアを通じて、現実だとして突きつけらる多くの否定的なものを見るとき、自分がどのような言葉を口にするかを懸命に選び、魂を傾けてそうではない別の何かを思い描かなければなりません。

   それは自分個人の生活にも言えるのです。
   あなたが毎日の生活において、自分が使う言葉次第では、人生は好転もすれば暗転もするのです。言葉は創造の力だからです。他人の噂話は、生命エネルギーの無駄使いに他ならず、自分を貶めることでしかありません。なぜなら自分では他人に向けているはずと思っていても、そうした負の感情は自分が発したものであるがゆえに自分にまとわりつくからです。エネルギーは双方向に流れるものなので、自分が発した言葉は自分に戻ってきます。誰かを厳しく批判すれば、いずれ必ず、自分に対しても同じことを感じるのです。あるいはすでに感じているかもしれません。

   他人に寛大になれないのは、自分に寛大になれないことの現れなのです。
   友達の集団の中で誰かが人の噂話を始めれば、そこにいる全員のエネルギーレベル、つまり一人ひとりの波動は急激に低下します。でもそんなときでも言葉の力を使って、私たちは積極的に状況を変えることができます。意識のチャンネルを切り替え、噂の的になっている人について、ささいなことでもいいので何か肯定的なことを言ってみてください。そのためには単なるうわべだけの言葉ではなく、自分の内面を深く掘り下げ、寛大な心を探し当てる必要があります。本心から肯定的なことを言えば、その場に寛大さと思いやりの風を吹き込み、負のエネルギーの伝播を止められるでしょう。

   また、人の口に戸は立てられなくても、自分がその言葉をどう受け止めるかは変えることができます。これは重要なポイントです。他人からの評価を鵜呑みにすれば、自信が揺らぎ、無力感を抱くようになっても不思議ではありません。たとえば道を歩いていると、やけに苛立っている人に突き飛ばされ、怒鳴られたとします。「気をつけろ、デブ女!」 あなたはその言葉を聞き入れるでしょうか? その通りだと思うでしょうか? でもよくあることは、他人の言葉が頭から離れなくなり、そのとおりだと思い込むようになることです。見知らぬ他人が怒りにまかせて吐き出した言葉だというのに、いつまでもくよくよ思い悩んでしまうのです。

   他人から言われた言葉を受け止めるか否かは、自分次第であるということを理解しましょう。否定的な言葉に対してどう反応するかを選ぶのは自分なのです。ほとんどの場合、人間は自分に向けられた言葉と同様の反応を示すものです。相手に褒められ、優しい言葉をかけられれば、私たちはたいてい同じような言葉を返します。そして一方で否定的な言葉に対してもそうで、それに対して同じような言葉や反論や怒りで応戦すれば、そうした負のエネルギーを増幅させるだけです。売り言葉に買い言葉が、そうした状況を拡大させることは誰でも知っています。

   ですから言葉の力というものを理解していれば、破壊的な言葉が引き起こす連鎖を回避し、状況を好転させることができます。この世界に愛に優るエネルギーはありません。誰かに怒鳴られたり非難されても、それを受け入れることなく、何か優しい言葉を返すことができるなら、そこにあるエネルギーを肯定的なものに変えることができます。怒鳴っていた人はさらにひどいことを言うかもしれません。でもあなたが発した言葉は、後にその人の中で威力を発揮するでしょう。

   私たちが使う言葉はこのように力を持っており、特に子どもに絶大な影響を及ぼします。親は子どもがうるさかったり、自分が疲れていたりすると、ついカッとしてきつく叱ったりするものです。親はそんなつもりはなかったとはいえ、将来、子供にとってトラウマになりかねない否定になることがあります。否定的な言葉を使うとき、私たちはある種のイメージを子どもや他人にだけでなく、現実世界に刷り込んでいるのです。それはたとえ言葉に出さずに頭の中だけで繰り返している言葉であっても、自分の中に生まれている言葉はそれにふさわしい現実を引き寄せます。

   たとえば私が友人に、「どうせ何をやってもうまくいかない」と言ったり、自分に思っているならば、それは現実世界に対して、「私の努力に報いないでくれ」と命じているのです。つまり「何をやってもうまくいかない」という言葉を実現させるのです。しかもそうした習慣化された否定的な感情を伴っているなら、なおさらそうした状況は加速化するでしょう。ですから常に肯定的な言葉を意識的に使い、「きっとうまくいくに違いない」と言えば、その言葉はそうなるように道を開くのです。私たちが発する言葉だけでなく、思考や感情もそうなのですが、そのエネルギーは実際に現実を作り出す魔法のような力を秘めているのです。

   あなたが前向きで肯定的な態度や誠実さ、寛大さ、美しさを感じさせるような言葉を大切に用いるなら、相手も信頼を寄せ、心を開き、敬意を示してくれるでしょう。そのようにしてあなたは、美しく肯定的なものが自分のところにやって来られるように道を整えているのです。なぜならあなたが発する言葉の1つ1つによって、それらを引き寄せるからです。あなたが差し出したものはどんなことでも、それはやがてあなたのところに跳ね返り、戻ってきます。ですからあなたが他人に向かってどのような言葉を言うにせよ、それは他人にではなくあなたにおいて実現します。そうだとわかれば、できる限り優しさと愛にあふれた親切な言葉を使い、自分が望む言葉どおりの世界を作り上げたいと思うでしょう。

   私は世界各地で講演を行なっていますが、その時に多くの人々が、今後の世界に何が起きるのかを不安に思っていることが分かりました。本当に地球の磁極がシフトするのか、そうなれば自分の家族やコミュニティや、自分たちの生活はどうなるのかと当然ながら心配していたのです。そういう質問に答えるとき、私は慎重に言葉を選ぶようにしています。確かに私はある種のイメージや、これから起きる地球の変化を見せられてきましたが、あまり断定的に表現しないようにしています。また恐怖心を煽るような言い方もしません。

   なぜなら自分の意識がどうであるかが問われているからです。
   つまり、人類全体の意識のありかた次第では、未来は大きく変えられる可能性があるのです。恐怖を抱けばそうした思考は実現するので、怖ろしい状況を招き寄せることになります。しかし究極的には、地球に起きることは私たちの力では変えられないかもしれません。けれどもそれがどのように起きるかについては、一瞬一瞬刻々と影響を与えることができるのです。そうであるからこそ、地球がいつどのようになるかということは予測も断言もできないのです。

   未来はもう決まっているとも、まだ決まっていないとも言えるのです。
   そうした世界は私たちが今こうしている瞬間にもつくり出しているのです。ですから自分がイメージし、望むこと、最高によいもの、美しいもの、そして何よりもこうあってほしいと願う世界を、みんなで積極的に思い描き、言葉にしていこうではありませんか。私たちが一つになって宇宙の最高原理である愛による、新たな地球を思い描くことができれば、宇宙からもその願いに応えてくれるはずです。今私たちは、自分たちが本来持っている偉大なる創造の力を、人類全体で呼び覚ますべき時を迎えています。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                            抜粋


   
 

私たちはこの時期を選んで転生して来た「最強の魂」

   これから起きる大変動や、それに先立つ期間に何が起きるかを、正確に知っている人は1人もいません。私が告げられたのは天変地異が起きること、そして自然災害と政治や経済のシステムが激変し、その影響で人類の混乱が深まることです。そうなるのが果たして極移動の前なのか、後なのかについて詳しくは教えられてはいません。しかし最終的な地球の次元上昇の前に起きるようです。

   2008年に、私は「窓」ならぬピクチャー・スクリーンで、亀の島(先住民族はそう呼ぶ)であるアメリカ合衆国とその他の地図を見せられましたが、それはどれもが大変動の影響を受ける場所です。ここではその情報をお伝えしますが、自分がどこにいるべきかという選択は直感を信じて行なってもらいたいのです。そのことにおいても忘れてはならないのは、私たちは1人1人が現実世界の創造者であり、それぞれが異なる目的を持って転生して来ていることです。

   ですから自分のいる地域が大変動の影響を受ける可能性があっても、必ずしも災難に遭うという意味ではありません。なぜならその場所にいることが魂の目的であり、それを経験することが自分の役割であるという人々もたくさん存在するのです。何ごとにも神聖な目的があることを忘れず、自分の心を信じ、内なる導きに従って向かうべきところに向かうことなのです。

   私は自分に見せられてきたことを、ここでお伝えすることが自分の役目だと感じていますが、ただむやみに恐怖を煽ることが私の真意ではありません。それに詳細な時期を教えられてはいないことも承知していてくさだい。

   それによると、ニューヨークからフロリダまでの、アメリカ東海岸のうちもっとも東寄りの地域が、水位の上昇により被害を受けるということです。ニューヨーク市全体を含む沿岸部はもっとも被害が大きいようです。

   また西海岸地域も、沿岸部は水位の上昇で危険な状態になりそうです。
   ロッキー山脈の西側一帯も大変動の影響を受けるでしょう。

   また五大湖が傾いたようになり、湖水があふれ出す光景も目にしました。
   その水はミシシッピ川を氾濫させ、1本の運河となってメキシコ湾まで到達し、流域一帯を水に浸しました。

   後にそこが日本と判明したのですが、太平洋に浮かぶある島が、大きな災害に見舞われる光景も見せられました。そして、その島全体が水没していきました。

   
私が何度となく目にしてきたのは、山々に近い地域、あるいは山々に囲まれた地域が守られる様子です。さらに、五大湖の南部からメキシコ湾にいたる地域を除いて、内陸部は沿岸部よりも全体的に安全度が高いことを教えられました。海抜の低い地域や海抜ゼロメートル以下の地域では浸水の危険がもっとも大きいでしょう。

   地震、洪水、その他の天変地異が増加するために、都市部は農村部ほど安全ではなくなります。

   
母なる地球は、宇宙全体におけるハートチャクラに当るので、大変動が始まれば、太陽系のすべての天体にもその影響は及びます。つまり私たちの意識次第であり、意識が変われば太陽系全体が変わるのです。そしてすでに2008年以降、そうした現象が太陽系に起き始めており、科学的にも認識されています。

   今後、金星はかなり明るさを増すでしょう。
   火星は地球同様に温暖化し、極一帯の氷が解け始めます。木星ではプラズマの蓄積が進み、巨大な赤斑が出現し、水星では磁気嵐が起きるでしょう。また土星の周りに新たなリングが生まれます。天王星と海王星は今よりも明るくなり、巨大な嵐に見舞われます。現在太陽から遠ざかりつつある冥王星でも温暖化が起き、大気圧が上がるでしょう。

   母なる地球の波動と上昇と、それに伴う人間の波動の上昇の影響で、地球が属している太陽系全体が後を追うように変化を始めるのです。こうした予測される地球の異変や極移動のことを聞けば震え上がりたくもなるでしょうが、忘れないでほしいことは、こうした変化はすべて、新たな世界を生み出すための陣痛のようなものであることです。

   私たちはまもなく、これまでしがみついてきた不要なものや、生き方を狭めてきたもののすべてを否応なく、手放さざるを得なくなります。それはこれまで自分にとって重要なものであったある種の構造が崩壊するのを目の当たりにするとき、崩れ落ちていくその壁こそが、自分たちを閉じ込め、お互いを隔て、人間の本来の姿をさえぎってきたことに気づくからです。私たちが本来の高次元の姿を取り戻すのはその時なのです。人間はようやく目覚め、自らが思い描く世界を作り出せるようになるでしょう。

   これまでの長いあいだ、私たちの人生を縛ってきた古い構造は、新たな世界が始まる前に崩れ去る運命にあります。このような重要な時期に地球に生まれ、母なる地球の子どもとして生きていられるのは何と恵まれたことでしょうか。今、地球に向けて全宇宙からの視線が注がれているのは、人類全体の意識が上昇し、地球が生まれ変わろうとしているからなのです。古いもの、廃れかけているものは、そろそろ手放さなければなりません。

   さあ、心を開き、自分に与えられている今という一瞬一瞬の素晴らしさを味わいましょう。この星に対する大きな愛と感謝を感じ、地球に存在するすべての生命が今生かされていることへの感謝に浸りましょう。常に愛を忘れず、自分が守られていることを覚えておいてください。今起きていること、そしてこれから起きることのすべては、あなたが転生して来る前に、あなたの本来の偉大なる「内なる自己」が計画したことなのです。

   あなたはこれまでも、そしてこれからも常に存在し続けるでしょう。
   世界は形を変えますが、存在は消滅することなく常に拡大していきます。怖れることは何もありません。すべてが収まり、光が戻るとき、あなたは新たな心と目を持って生まれ変わり、その目に映る美しい世界に、あなたの心は感謝と畏敬の念に満たされるでしょう。そして想像を絶する甘美な歌を耳にするとき、その懐かしい魂の調べを思い出したとき、ようやくあなたは気づくでしょう。その歌を聞くことこそが、地球に生まれて来た理由であったのだということを。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                          抜粋



 

地球が次元上昇するとき地軸移動が起きる

   この本のタイトルにもなっている「虹色の人々」を招集し、私がこれまでに託されたメッセージや情報を共有するように指示されたのは、1つには数年以内に起きるとされている驚愕の大変動に人々が向き合えるようにするためです。2012年12月21日が、5200年周期のマヤ暦の最後に当たっていたことはすでに多くの人々が知っているでしょう。

   マヤ暦やホピ族の予言を始め、先住民族に伝わる予言のほぼすべてが、この時期の地球に人類の進化の行方を一変させるような、何か大きなことが起きると言っています。それは世界各地の先住民族の長老や高度な霊性を備えた人々、そして叡智の継承者であるウィズダム・キーパーは、精霊からも母なる地球そのものからも同様のヴィジョンを伝えられています。

   つまり私たちは今、古い時代が終わり、新しい時代への幕開けとなる地球の大変動の真っ只中にいるということです。私も精霊から告げられましたが、「母なる地球は崇高な存在へ生まれ変わろうとしており、人類には地球とともに次元上昇するチャンスが与えられている」そうです。人類全体が今、重要な選択を迫られており、それはこれから先も今までのように暴力と欺瞞により、他の生命を奪い続けるのか、それとも頭中心の意識を心中心の生きかたへと切り替え、再び母なる地球とともに、手を取り合って生きていくのかどうかということです。

   私が多くの人々を集め、メッセージを伝えるという使命に理由があるとすれば、この1つのことに尽きるでしょう。つまり今どう生きるか、そして迫り来たる変化にどう備えるかということが非常に重要なことだからです。人類の運命は、宇宙規模で起きるこうしたチャンスにどのように応えるかにかかっています。

   人間は自分たちの本来の姿を思い出し、心を取り戻し、心で生きなければなりません。これまでのエゴと思考中心の考え方に支配された意識を愛の意識へと切り替え、対立の意識から統一の意識へと切り替えることです。私たちが救われ、母なる地球とともに次元上昇する道はそれ以外にはありません。しかも人間にその準備ができていようといまいと、地球のグレート・シフト(大変動)は必ず起きるのです。では何が起きるのでしょうか?

   地球では今から1万3000年前と、そのまた1万3000年前に、地球の地軸移動が起きています。前回の磁極移動、つまりポール・シフトが起きる前は、現在のカナダ北東部のハドソン湾の辺りが北極に当る位置でした。1万3000年前といえば、世界中の神話や宗教に伝わる「大洪水」が起きたとされる時期に重なります。それはまたプラトンやヘロドトスなど、多くの思想家や霊能者が書き記してきた、アトランティス大陸沈没の時期とも一致しています。

   アトランティス人は、地軸移動によって磁極が現在の北極に移動した大変動の後も生き延びました。その後に起きた地殻変動では亡くなりましたが、霊的に進化した人々、特に神官たちはかなり以前から異変が迫っていることを知っていたので、高度な霊的知識や技術を携えて他の大陸に移って行きました。ですから彼らの子孫は今も地球に存在しています。地軸移動とそれに続くアトランティス大陸の沈没が起きたとき、神官たちは船で南アメリカ大陸に逃れました。つまりマヤ族は、彼らの直系の子孫なのです。

   マヤ族は、前回の1万3000年前の極移動を記憶にとどめている唯一の民族です。
   その暦や予言については多くの本が書かれていますが、マヤ族自身がそれについて口にするようになったのはほんの数年前のことです。グアテマラ南部のキチェ・マヤ族の第13代高位神官であり、マヤ民族長老評議会のリーダーを務め、「さまよえるオオカミ」の異名を持つ大長老ドン・アレハンドロ・オクスラ師も、地球の磁極の反転と自転軸の移動に伴い、数年以内にどんなことが起きると予想されるかについて、人類に向けて語り始めています。

   私が精霊から受け取り、教えられてきた情報のほとんどは、マヤ族のメッセージと符号しています。また、驚異的な的中率で知られる「眠れる予言者」エドガー・ケイシーが見たことの一部とも一致しています。私は多くの人々が、このような大変動を知って不安を抱いていることを知っています。自分や家族やコミュニティがどうなってしまうのかと心配で仕方がないのでしょう。

   まず地軸移動について、私は具体的なイメージと情報を受け取っていますが、それが何年何月何日であるかといった日付は教えられてはいません。マヤ族でさえ、2007年から2015年までのあいだにその機会が巡ってくるかもしれない、としか述べていないのです。1万3000前の前回の極移動は、地球磁場が弱まったために数百年早く起きたことが判明しています。そして現在の地球における過去500年間に磁場は再び弱まり始めており、この数十年でそれが加速化していることも事実です。

   また、磁極がすでに動き始めていることも分かっています。
   今までコンパス上で「真北」であった方角が、もはや真北ではなくなっているのです。そのために世界中の多くの空港では、計器類の再調整を何度も余儀なくされてきました。渡り鳥が移動ルートの途中で、方角を見失うなどということも起き始めています。それも磁極が移動しているからに他なりません。こうした事態は極移動が完了するまで続くでしょう。

   私に告げられたことは、新しい北磁極は、ロシア領内に17度移動した地点になるだろうということです。そして極の地理的な移動が完了するまでには12時間ほどかかるとも聞いています。そのあいだに地殻も変動しますが、地球中心部は安定状態を保つでしょう。それは地殻の下にあるマグマがボール・ベアリングの潤滑油のような役割を果たすので、地殻だけが動くのです。移動が完了すると地球は24時間~36時間の間、暗闇に包まれ、そのあいだに私たち人間は次元移動に突入します。

   つまり、思考が現実化する次元へ入るのです。
   ですから恐怖心を抱けば、その恐怖は増幅されて現実のものとなり、愛や感謝や思いやりなどの肯定的感情を抱けば、同じくそれらは増幅されてその感情に包まれることになります。これまでの3次元とは異なり、それより高次元の世界では思考の現実化がより早くなるのです。ですから意識を高く保ち、恐れの心に屈しないようにすることが重要なのです。そのためには瞑想や祈りに心地よく集中できるようにすれば、冷静さを取り戻し、リラックスし、導きや直感を受け入れやすくなります。「いずれ光が戻ることを信じ、愛をよりどころとしなさい」、そう私は助言されました。

   光が戻ったとき、今までと同じ大地に立っていても地球上における環境は変わっています。その結果、半球が変わり、気候が激変しているかもしれません。地震や火山噴火、洪水、地割れが気がかりでしょうか? それらが起きるのは確かです。それでも人類は生き延びるのです。自然災害による破壊や生命の喪失は避けられませんが、それでも人類は滅びません!

   これを読む人々にとってかかわりのあることですから、私が見たことについて引き続き詳しくお伝えするつもりですが、忘れないでほしいことは、たとえ何が起きるとしても大切なことは、自分の心と内なる導きを信じることです。誰にでも直感やヴィジョン、予感というものはあるのです。自分のハイアーセルフ、つまり「内なる自己」に従えるのは自分自身でしかありません。私がここでお話していることは、1つの可能性なのです。ですから私たちの意識と生き方次第では、自分の未来は変えられるということを私は信じています。

   問題の地軸移動の期間中、私たちは母なる地球とともに3次元から4次元に移動します。それが大変動の内容です。もちろん変わるのは、物理的な世界だけではありません。私たち人間の意識も高い次元へ移るのです。私たちはまさか、自分がそんな大変な時期に地球に居合わせることになろうとは、と思ってもいるかもしれません。しかし私たちは実はそのことを知っていて、この時期の地球に転生してくることを選択したのです。私たちはそのことを承知で、この大々的な変容を体験しようとしているのです。

   それを乗り越えた先に待っているのは新しい世界です。
   その未来の世界では地球上に普遍的な愛がよみがえり、人間は本来持つ能力をフルに発揮して、ほとんど奇跡のような偉業を成し遂げるでしょう。私たちはただ、虹を信じて嵐を耐えるだけでよいのです。古いものを手放して、新しいものを誕生させましょう。

   地球の大変動が完了する前に地球を去る人もいるでしょう。
   混迷がますます深まるかもしれません。それでもやがて訪れる美しい世界に心を合わせ、未来から目を逸らさずにいなければなりません。そこでは新たな生き方と、地上の楽園が約束されているのです。あなたは光の存在であり、肉体はあなたという存在のほんの断片に過ぎないということを覚えておいてください。

   外の世界で何が起きようと、それにどう反応するか、何に意識を向けるかを選択するのはあなた自身です。光が戻れば、世界は想像を絶するような美しさに満たされます。魂の波動をできるだけ高く維持しましょう。そうすれば母なる地球や太陽、宇宙とつながっていられるのです。感謝の気持ちと愛の温かさは母なる地球の生きた心とつながり、そして自分自身の本来の偉大なる本質とつながっていられるでしょう。こんなことが、あんなことが起きはしないかという恐れや幻想に惑わされないでください。現実を見ずに、不安や心配の波に足をすくわれてはいけません。自分は大丈夫だと信じ、奇跡を待ちましょう。子どものような好奇心と信頼と屈託のなさで、森羅万象の自然に目を向けましょう。

   かつて人間は、今よりもずっと霊的に進化した存在でした。
   アトランティス文明の時代、人類は音や色、エネルギーを使って自分たちを癒すことができました。それだけでなく、宇宙における自分たちの位置づけや、万物をつかさどっている普遍的な宇宙の法則も、今の私たちより遥かによく理解していました。古代の人々は、霊的にも科学的にも計り知れないほどの技術を誇っていたのです。しかし実は現代の私たちは、そうした知識や力を失ったわけではないのです。それは私たちのDNAの中に埋もれているだけなのですから、その記憶を掘り起こし、自分たちが本来何者であるかを思い出すだけでいいのです。

   今、地球に生きている私たちは、来たるべき変容を経験するために、この時期を選んで地球に転生してきたことを忘れてはいけません。それを選択した私たちは実は最強の魂を持っており、その魂の強さが今もっとも求められており、発揮されるべき時なのです。頭中心の意識や分離分裂状態、そしてエゴに支配された世界に生まれた私たちは、声を大にして言えるはずです、「このままでいいわけがない!」と。ですから私たちは人間の本来の神聖な性格を思い出し、世界を変えられる人々なのです。なぜならこの時期を地球で生きることを選択し、地球の大変動という洗礼をくぐり抜けた先に、新しい世界を築くことを選択した人々だからです。

   私たちの多くが、それぞれ非常に重要な役割をもっています。
   あなたもその偉大な目的のために存在しているのだということを、どうか思い出してください。あなたは自分で思っているよりも、はるかに大きな人間なのです。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋

人類の祖先と断絶してしまった絆をいま結びなおす

   ここ数年私のもとには、世界各地のある特別な場所について定期的に情報が送られてきます。その場所には、まもなく人類の霊的な進化のために公開されることになる「知識」が眠っているのです。こうした情報は「窓」、つまり「ピクチャー・スクリーン」を通じて自動的に届けられたり、あるいは指導霊や高次の存在から直接伝えられたりします。空間に開く「窓」には、その場所の位置や地名、シンボルや秘儀的な事柄がかなり詳細に映し出されます。

   ピクチャー・ショーが始まると、私は急いでノートを開き、イメージやシンボルを見たとおりに書き写すようにしています。見ているものが私に理解できないときには、もう一度見せられますが、教える側は私が単純な人間であることを知っているのです。見せられた内容やその目的を私がすべて理解しているわけではありませんが、あなた方に伝えるのが私の役目ですからお話しておきましょう。

   私が受け取った情報の中には、人類の歴史や宇宙での位置づけ、また人間に備わる霊的能力など、私たちの従来の観念を覆すものも含まれています。その他にも宇宙に存在する人類の兄弟姉妹たちや、かつて人類のものであったのに、久しく忘れ去られていた高度な霊的な技術もあります。熟慮の末に話すことに決めたのは、人類が自らの本質と偉大な能力を再発見していく過程で、この情報が役立つだろうと思うからです。人間が自分の本質を思い出し、本来備わる大きな能力に気づいたとき、地球とともに意識の次元上昇が可能になるでしょう。

   情報とともにマザー・スピリットからもメッセージが来ています。
   「今こそ、人間たちは古代人の真理を掘り起こすべき時です。遥かな昔、高次の存在が人間に命を与え、それ以来常に見守ってきたことを全人類に証明するのです。どうか今、明らかにされようとしている真実に目を向けてください。あなた方にはもう見えるはずなのです。」

   これまでの何千年ものあいだ、人類は進化してきたというよりは、実は退化し続けてきたのだそうです。なぜなら、私たちの遠い祖先たちは現在の私たちよりもはるかに進化しており、多くのことを知っていたからです。しかしその後に何かがあり、その後に続く人々が見失い忘れてしまったのです。今、そのことに気づいた私たちは、古代人の持っていた真理をよみがえらせ、自分たちはどこから来たのか、本来自分たちは何者なのかについて、私たちの祖先が知っていたことを思い出すべき時を迎えています。私たちは心を開き、真実を見なければなりません。

   私のもとには、世界中に点在するピラミッドに関する情報が届いています。
   どの情報も、人類と宇宙の人々とのかかわりをはっきりと示しています。その中でも特に重点的に見せられてきたのは、エジプトのギザ、メキシコにあるマヤ文明の3つのピラミッド、そして古代アトランティス文明が存在していた地域である、北大西洋の海底にあるピラミッドの3つです。ピラミッドは世界各地にあり、その配置は星空の星図を表しており、その中にはオリオン座の3つ星とまったく同じ配置のピラミッド郡もあります。

   それらは紀元前1万500年頃、宇宙から来た人々と共存し、高度な文明を誇っていた古代人が、宇宙文明の光技術を応用して建造したものです。そうしたピラミッドからは今後、石に刻まれた古い象形文字が発見されるでしょう。それはサンスクリットよりも古い時代のものです。ピラミッドは、音エネルギー振動と反重力技術を用いて造られたと聞いています。音エネルギー振動は、万物の中を8の字を描くように流れています。それが逆向きに流れると反重力が生まれます。宇宙の人々の宇宙船もこの反重力技術を応用しています。

   さらにピラミッドは、科学者や考古学者が言うような壮大な墳墓でもなければ、権力の象徴でも天文台でもありません。その目的は、地球上のエネルギーの波動を高く保つためのもので、ピラミッドが発している高周波の波動が、私たち人間の進化を支えているのです。そのエネルギーの波動は、ピラミッド建造にかかわった宇宙の存在とのつながりを示しており、それは特にプレアデス星人とシリウス星人ですが、それはいずれ明らかになるでしょう。

   つまりピラミッドは、かつてこの地球という星に暮らしてており、今も時おりやってくる宇宙の人々が、地球に滞在するために必要な周波数エネルギーを発しているのです。世界中に数多く存在し、未だに発見され続けているピラミッドの建造に携わった宇宙の人々の知識は、エジプトのスフィンクスの右足の地下に埋もれた巨大な図書館に保管されており、近い将来日の目を見ることになります。

   私は、古代ピラミッドが現存する場所のリストを見せられました。
   そこでは同じ碑文が見つかるそうです。一部はすでに発見されているにもかかわらず、そうしたものを認めない科学者たちから捏造と見なされていたり、年代測定が誤作動されたり、あるいはその重要性を意図的にひどく過小評価されていたりします。

   リストアップされているピラミッドとは、日本(水中)、米国ユタ州とイリノイ州、スーダン(ギザのピラミッドと酷似した3つのピラミッドがある)、ギリシャ、イタリア(シチリアとモンテベッキア)、スペイン、メキシコ、ボスニア、ヘルツェゴビナ、ロシア、エジプト(カイロ)、中国の新疆ウイグル自治区、中国本土(300基以上のピラミッドと、宇宙の人々やUFOの存在を示す膨大な証拠があるとされている)ものです。

   これらのピラミッドは、オリオン座と3つ星、プレアデス星団の位置に呼応するように配置されています。そうした一般公開が禁じられているピラミッドの神殿部分の多くには、建造に携わった異星人たちの教えや文字、説明などのほかに、彼らの宇宙船を詳細に描いた大きな壁画が隠されているそうです。

   ボリビアのティワナク遺跡の一部である巨大神殿「プマプンク」は、もっとも謎の多い場所の1つですが、もうじきその誕生にも異星人がかかわっていたことが明らかになるでしょう。この驚くべき神殿の特徴は、Hの字形に切り出された巨石を組み合わせてつくられていることです。重さ200トン以上もある巨大な石のブロックが使用されていますが、1つ1つの石がきっちり同じ大きさに切り出され、穴が穿(うが)たれています。それは現代の科学技術では不可能なことであり、未だに解明されてはいません。私はそれらの穴が、レーザーとダイヤモンドによって削られたことや、この遺跡の建造物が、太陽系の惑星とぴったり合わさるように配置されていることを教えられました。しかもつくられたのは1万7000年前であり、ボリビア産の石は1つも使われてはいないのです。

   さらにエジプトのデンデラでは、古代人が電球を使っていたことを示す証拠が見つかり、ギリシャではスイス時計以上の精密な歯車を使った、古代のコンピューターが発見されています。そしてどちらも、水晶に関する高度な知識が応用されていたことは知られてはいません。グアテマラの古代マヤ遺跡ティカルではまもなく、オリオン座の3つ星とシリウスの配置を完全に再現した複数の神殿が見つかるでしょう。それらの中の1つは、月面で発見されるピラミッドと対になっています。

   かつてソロモン王の神殿が建立され、今はイスラムの聖殿「岩のドーム」が建っているエルサレムの「神殿の丘」にも、想像を絶するような叡智が眠っています。その岩のドームの地下に、宇宙の高次の存在たちが知識を隠したのです。人間が自分たちの出自に関する真実を受け入れられるようになる日まで、そうした知識は高次の存在たちによって守られているのです。しかもそこに保管されるようになったのは、いわゆる聖書が書かれた時から2000年も前だそうです。

   また次のような驚くべき情報も届いています。
   エチオピアの僻地には、周囲に鉄柵を張り巡らした小さな白い教会があり、1人の盲目の男性が守っているそうです。その男性は片時も教会を離れず、その内部に隠されている極めて神聖な宝を守っているのだそうです。その人は秘宝を守るために霊的に選ばれた存在であり、食料や生活必需品は村人が運んできます。村人たちもまたそこには何があるかを知っており、一切口外しないように誓わされています。その番人の男性以外、誰も内部に入ることができません。その男性は任務に就いて何日も経たないうちに瞳が曇って見えなくなり、視力を完全に失ったそうです。その男性が亡くなれば、また別の人が選ばれることになっています。

   そこには何が隠されているのでしょうか?
   教会内部には「契約の箱」として知られるものが置かれており、その箱の中には「地球上のあらゆる生命をつかさどる法則と知識」が収められている、と私は聞かされています。それは人間の手で書かれたものではなく、文字が存在する以前につくられ、古代アッシリア人に授けられたものだそうです。古代アッシリア人は、宇宙から来た人々と完全に共存しており、彼らの宇宙船で宇宙を旅することもありました。ですから自分たちがどのように誕生したのかも知っていたのです。

   こうした事実も、これから起きる母なる地球が大々的な変容を迎える際に、人類に知れ渡ることになるそうです。実は、ポール・シフト(極移動)はすでに始まっています。私たちは地球が誕生して以来、もっとも刺激的な時代に生きているのです。

   アフリカの地は、人類誕生の頃には多くの宇宙から来た人々の故郷でもありました。
   現在のアフリカ大陸の東の海中に沈んだゴンドワナ大陸は、アトランティスの時代に存在しており、イスラエルや他のアフリカの地域とともに人類発祥の地になりました。人類はそれらの場所から、高次の存在という愛にあふれる高度な知識を持った存在たちによって創造されたのです。

   北大西洋地域の海中には、アトランティス時代のピラミッドが存在することはすでに述べましたが、その1基のピラミッドにはアトランティス文明の遺物が詰まっており、その一帯のサンゴ礁からは赤、黒、白の建物からなる古代アトランティスの都市遺跡が出て来るそうです。そしてそこには宇宙の人々の水中基地があり、全長3キロ~5キロもある大型の宇宙船が何隻か置かれているそうです。

   その海域は、神聖な生命エネルギーを含んだ巨大な磁場に覆われているそうです。
   またこの海域は、バーミューダ・トライアングル(魔の三角域)として知られていますが、これまでにも飛行機や船舶が忽然と消息を絶ったり、不思議な現象が報告されてきた海域と一致しているようです。イギリスのストーン・ヘンジも、やはり異星人とのゆかりの深い聖地であると聞いています。宇宙の人々が設置したストーンヘンジは、エネルギーフィールドで囲まれており、その地中には、古代の真理を記した石版が埋められているそうです。それだけでなく地下には巨大な宇宙船があるとも聞いています。イギリスのその一帯は、宇宙の人々の重要な基地であり、畑の中に頻繁にミステリーサークルがつくられるのはそのためだそうです。

   こうした謎の遺跡がすべて発見され、理解されれば、私たち人間はどこから来て、そもそも人間とは何者なのかという認識が大きく変わるでしょう。マザー・スピリットによると、「過去を現在に重ねてこそ、未来が明らかになる。こうした古代人の真実を知り、失われた叡智を思い出すことで、人間はさらなる意識の高みへと導かれる」と言っています。こうすることで私たち人類は、宇宙のどんな存在たちも成し得なかった早さで進化しようとしているのです。今、失われた記憶がよみがえろうとしています。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                            抜粋

人間は土やあばら骨ではなく高次の存在により創られた

   現在、全宇宙の存在たちから、地球と人類に大きな関心が寄せられています。
   地球は銀河の中でも絶好の恵まれた位置にあり、太陽の豊かな光に恵まれていることから、驚くほど多種多様な多くの生命を育んでいます。そのおかげで人間たちも意識を大幅に進化させることが可能になったのです。

   人間たちが霊的な成熟度を深めていく様子に、今、宇宙から多くの視線が注がれています。私たちは未だかつてないほどの大きな一歩を踏み出そうとしており、もしその一歩を成し遂げられれば、私たち人類は宇宙の兄弟姉妹の仲間に加わることができ、より高い波動の光として生きられるようになるのです。その時私たちは改めて、自分たちがこの広い宇宙の一員であることを思い知ることでしょう。

   それは私たちの孤独感と記憶喪失、つまり私たちの神聖なる宇宙の故郷を忘れ去り、神から切り離された存在であるかの様な孤独な感覚が一掃されることをも意味しています。人間は本来、自分たちが神であり女神であるという自らの本質を知り、自分の内なる大きな潜在能力を発見するのです。これまでのような脳のほんのわずかな部分ではなく、脳の100%がフルに使われるようになり、今の私たちには想像もつかないような生き方が可能になります。こうした飛躍的な進化が私たちを待ち受けているのです。そしてもうまもなく、インターネットや電話を使わずに、世界中の人々が意思を伝え合う日が来るのですが、これは大げさな話ではないのです。

   地球も私たち人類も、全宇宙においては駆け出しの幼子のような存在です。
   ですから宇宙の他の存在たちから見れば、私たちは能力や霊的な理解力という点において子どものようなものなのです。だからこそ人類は愛されており、母なる地球そのものが他に比類のない精妙な美しさをたたえた貴重な存在と見なされています。

   宇宙にある多くの星の中でも、私たち人類が選んで生まれて来た地球はもっとも苛酷な部類に入るそうですが、同時にそれは最大の贈り物でもあるそうです。なぜなら誰でもが自分の望みどおりに地球に転生できるわけではなく、魂にとって地球ほど高度の学びのできる場はないのです。ですから地球の与えてくれたこの肉体で生きて経験することには、私たちが想像できないほどの大きな意味があるのです。

   人間としてこうした体を持って生まれてきたのは、いわゆる完璧を目指すためでもなければ、洞窟に一日中こもって瞑想するためでもありません。その目的は、人間を人間にしていくためのさまざまな矛盾や複雑な感情の機微を経験して学ぶことにあります。私たちが宇宙の多くの存在から注目されている理由はそこにあり、地球はそうしたことを学ぶための最高の環境を与えてくれているのです。宇宙にいる彼らの多くは、人間のように豊かで複雑な感情や特徴的な肉体を持ってもいません。そして私たちと違って、膨大な霊的能力をほとんど手つかずのままに残しているということもないのです。

   人類の誕生以来、しばしば地球を訪れて人間たちを見守ってきた高次元の存在たちは、親が我が子を見つめるようにこれまで私たちを見守り、私たちの成長と進歩を援助してきました。なぜなら私たち人類を創造したのはこうした高次元の存在だからです。彼らが遥かな昔に地球に人類を誕生させたのです。こうした話がSFやおとぎ話としか思えないのであれば、多くの人々が信じてきた宗教が、それについて何と言ってきたかを思い出してください。

   人間は土やあばら骨からつくられたと言っているのではありませんか! 
   そのほかにも、人間はサルから進化したという説や、あるいは生命の起源が海中の単細胞生物であるとする説にしても、それを受け入れるためにはかなり想像をたくましくする必要があり、それはもうただひたすら信じるしかありません。もしそうであれば、愛にあふれたきわめて高い知性を持った存在が人間をつくり出したと信じるのは、そんなに難しいことではないのではありませんか? 

   進化のレベルという点において、トーテムポールの最下段に位置する私たち人間でさえが、すでに動物のクローンをつくり出したり、農作物の遺伝子組み換えを行なっているのです。しかもさらに新たな方法が編み出されようとしています。それから考えても、高次元の存在による人間の創造の話はそれほど突拍子な話ではないのです。それに彼らが人類誕生に手を貸したことで、宇宙の全生命の源である根源創造主の霊的な力が存在しないという意味でもありません。私たち人類の誕生に宇宙の存在がかかわっていたと考えるならば、むしろ私たちは自分たちに対する認識が変わるはずであり、それは人間とは本来何者で、どこから来て、どんな能力を秘めているものなのかという認識が劇的に変化するはずです。

   すでに話しましたが、私はこれまでにも人間ではないと思われる存在たちとの交流があります。その中の1つをお話しますが、ある晩私は、コロラドの自宅の池のほとりで瞑想していました。私は目の前のばらの木のエネルギーに意識を向けていると、突然、3人の男性が現れたのです。身長はみな2メートル以上で、私にはどの存在もほとんど同じように見えました。肌は真っ白で、頭髪は白に近い金髪です。彼らの動きは重力に制約されないようで、滑るように移動したり、空中に浮いているようにも見えます。

   そのうちの1人が話し始めました。
   「私たちは、母なる地球の子どもである人類を心から大切に思っています。人間はあらゆる存在のなかでも特に恵まれており、どの存在も成しえなかったほどの早さで、意識の次元を上昇させようとしているからこそ、宇宙から注目されています。人類は遥かな昔、高次元の愛と万物の法則を獲得した存在たちの、愛の行為によって創り出されました。私たちは、人間の母親が我が子を愛するよりも1万倍強く、あなた方人間を愛しています。」

   そう話しながら彼は涙を浮かべていました。
   私が緊張して身動きできずに固まっていると、彼は「人間に怖がられるのは胸が張り裂けるほど悲しい」と言いました。そして優しくゆっくりと、私に促したのです。「自分の子どもの場合を考えてみてほしい。母親である自分が部屋へ入って行くと、我が子が怖れて震え上がってしまったとしたら、どんな気持ちになるだろうか。こちらは慰めようとしているのに、子どもはわけがわからずに怖がるばかりで、耳を貸さないとしたら・・・」 彼の言いたいことが心に沁みてきて、私も泣き出してしまいました。

   彼によると、「人間が心を開き、恐怖心から解放されて過剰反応しなくなるまで、私たちはどんなに近づきたくても近づくことができない。人間たちが私たちへの恐れを拭い去らない限り、私たちは教えを授けることができない」 「人間はとんでもない誤解をしている」、そう語る彼の目には愛があふれていました。私たち人間は真実を隠され、正しいことを知らされることなくきたために、彼らの存在をすっかり忘れてしまったのだそうです。そして長い間恐怖心を植えつけられてきたために、ある種の存在を感じる力が麻痺してしまい、感じ取れなくなっているのです。

   「人間の側がそれを望まない限り、私たちは地球に戻っては来られない」、彼はそう語りました。人間が、地球とそこに生きる人間たちを大切にしようと望むなら、高次元の存在たちはその持っている知識を人類に分け与え、人間の力になる用意があります。しかしそれはこちらが求めてこそ与えられるのであって、向こうから一方的に介入して私たちが救出されるわけではありません。私たちは大人扱いされているのです。つまり、人間は自分たちについて学び成長し、自分たちがつくり出した不要なものを自らの手で一掃しなければならないのです。なぜなら高次元の存在たちが、私たち人間の問題を解決してしまったのでは、私たちが本来目指すべき進化のレベルへ成長することはないからです。

   しかしいずれ、宇宙の高次の存在たちが私たちのもとに帰ってくることは間違いないでしょう。ただしそれは、私たちが恐怖に駆られて暴走したり、さらなる破壊を引き起こしたりしないほどに成長を遂げたときであり、人間が心を開いてより広い視野を獲得したときなのです。私たちを支援しようと待ち構えている宇宙からの人々と交流するためには、私たちはまず彼らを認識できるだけの、そして彼らと意思を通わせられるだけの意識に成長しなければなりません。

   彼らはこれまでも、そして今も地球に来ています。
   しかしほとんどの人々は高次の存在たちの波動に同調することができず、そうした意識で現実世界に接することもできていません。私たちが心を開き、愛を基本として生きるようになるとき、3次元の物質界を超えた次元に存在する、高次元の存在たちとの交流が可能になるでしょう。


          book 『<レインボー・トライブ/虹の民>
に生まれ変わるあなたへ』
               キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋

「惑星X」「ニビル星」は陽の当らない資源が枯渇した星

   この社会では未だに、宇宙の他の生命存在について話そうとすると疑いや冷やかしに出会います。しかしそうであっても、自由で冷静な議論をしようとする人が増えているのは確かです。メディアの態度も否定的なものなので当然なのですが、私自身もETやエイリアン、UFOなどの話題については極力避けるようにしてきました。ですが私は、そうしたUFO現象で有名な地域に生まれたこともあって、子どもの頃からそうしたものを多く目撃してきました。それは私だけではなく、この地域に住む多くの人々が普通に見てきたのです。また、明らかに人間ではない存在たちにも何度も遭遇しました。しかし世間の人々同様に、おかしい人と思われるのが怖くて話題にすることを避けてきました。

   しかし今こそ、他の惑星の存在たちや自分が見て来たものや教えられたことについて、語らなければならないと感じています。シャーマンになって以来、私は精霊にはっきりと教えられてきました。それは「他の惑星に生きる存在を否定する時代はもう終わりを告げ、まもなく人類はこの宇宙に自分たちの兄弟姉妹がいることを思い出すだろう」ということです。

   他の宇宙存在に関する情報を隠蔽し続けてきた国々も、やっと固く閉ざしていた扉を開き始めています。政府や政府関係者の手で情報の一部が曝露されたり、極秘だったUFOファイルが公表されたりしています。多くのことが一般の人々の目からは隠されているのですが、他の惑星の存在たちと人類のかかわりがどの程度進んでいるのか、その全貌が明らかになる日は近いでしょう。そうなれば、これまでの宗教が教えてきた宇宙観や生命の由来について、その考え方が一変するはずです。

   もちろん宇宙の存在をすでに信じている、あるいは遭遇したことのある人々にとっては驚くことではありませんが、宗教による伝統的な考え方の人や懐疑主義的な人のために、私自身が経験したことや教えられてきたことについてお話します。そしてそれは自分自身で判断すればよいことです。2010年9月下旬、米国ワシントンDCのナショナルプレスクラブで画期的な記者会見が開かれました。それは元軍人と政府の高官が、現役で業務についていた期間中にしたUFO体験についての証言でした。その時の様子はCNNや全米のメディアを通して報道されました。

   証言者の1人である元空軍士官は、所属チームの他のメンバーとともに、核兵器施設の上空を動くUFOを目撃しました。そしてその間、システムが作動しなくなったとも述べています。また国防に関して重要地域を監視している他の責任者たちからも、同様の報告があったのです。しかし驚いたことに、当時の政府はそれに関して調査に乗り出すこともなければ、目撃情報を公表することもありませんでした。もしUFOが核ミサイルを機能不全に陥らせたとしたら、当然トップニュースになって全米中が大いに注目したでしょう。その可能性があるにもかかわらず、政府は何もしなかったのです。

   つまり米国政府は、UFOが核施設を攻撃したりはしないということをよく知っているのです。またこの事件は、私が宇宙の存在たちについて知っていることの正しさを証明してくれました。それは彼らが善意から地球を訪れており、人間が破滅の道をたどらないように助けてくれていることです。

   私が出会った存在はゆらめくような光を放ち、体格こそ人間よりも大きいのですが、その姿は人間そのものです。移動するときは滑るように動き、話すときは言葉というよりも音楽か音の振動のように聞こえました。それはまさに軽やかな存在であり、宇宙の他の場所から来ていることは間違いありません。私はあらゆる存在、あらゆるすべての生命が、人間と同じ宇宙の意識と愛によってつくられていることを学びました。つまり彼ら宇宙の存在たちも、私たちと同様に成長もすれば、意識をより高いものに進化させたりするのです。そして彼らのほとんどは、常に自由意志と霊的な宇宙の法則に従って生きています。

   私が接触している宇宙の存在は、宇宙のどの惑星から来ているかについては明かしませんが、彼らの存在がもっとも高度な愛と優しさそのものであることは間違いありません。彼らはまるで人間の兄弟姉妹、あるいは親のように、私たち人類のことを心配しています。

   彼らによると、地球の歴史において過去には、利己的で欲望と支配欲に動かされているある宇宙存在たちが地球に来たことがあるそうです。彼らは地球の資源や人間を支配して手に入れるために人間の生態を研究していたそうで、それが「惑星X」や「ニビル」と呼ばれる惑星の住人たちだそうです。地球を乗っ取り、資源を奪う目的で彼らが地球を訪れている話は精霊からも聞かされました。彼らの星はもう何年も太陽の光を浴びることができないうえに、人口爆発と資源の枯渇にも悩まされていました。そこで地球を見つけてやって来て、危害を及ぼしていたわけですが、あるとき高次元の意識を持った宇宙の存在たちが結集し、彼らの地球の侵略に終止符を打ったそうです。

   人類を我が子のように思い、期待を寄せている高次元の存在たちによると、2000年にそうした彼らの侵略にストップがかけられました。それまでの長い間好きなように侵略の限りを尽くしていた彼らの不正行為が、実は宇宙をつかさどる法則において乱れを生じさせていることが判明したために、高次の存在たちが介入したのです。宇宙にはすべての銀河系を霊的に束ねている惑星間評議会や星々の連邦政府が存在しています。SFドラマ『スター・トレック』は、荒唐無稽な物語などではなかったわけです。とはいえ、彼らニビルの意志を受け継ぐ者たちが地球にはまだ存在して権力を振るっているために、その影響はまだ残っています。

   精霊によると、古代の神殿やピラミッドの多くは、宇宙の別の場所から来た存在たちが霊的な技術を用いて建設したものであるそうです。それを人間たちは手伝ったことがあるのにその技術を遥か昔に忘れてしまったか、あるいは一度も自分たちのものに習得することができなかったといいます。たとえばエジプトのピラミッド、とくにスフィンクスは人類の誕生以前から存在しているものだそうです。そしてスフィンクスの右足の地下には巨大なライブラリーがあり、高次の存在と彼らの霊的な知識や技術を示す、明らかな情報が眠っているといいます。 

   それが3次元のものなのか、それとも高い波動を通じてしかアクセスできないものなのか私にはわかりません。また月面には、エジプトのギザとグアテマラのティカルのピラミッドとまったく同じピラミッドがあり、それらもやはり人間の手によるものではないそうです。ピラミッドは地球の科学者が言うような墳墓ではなく、それは音や振動の伝導体であり、宇宙と高次元世界への出入り口として用いられていました。私はそれをヴィジョンでも見たのですが、それは多くの予言者や他の叡智の継承者たちが、受け取った情報や経験してきたこととも符号しています。

   また、地下にいくつかの古代都市があることも、「ピクチャー・スクリーン」で教えられました。それは南アメリカや北極、スペインに出入り口があり、地下世界では今も先住民族が暮らしているそうです。彼らはかつて、宇宙の高次の存在から水晶を灯りとして用いる利用法や、銀河に伝わる道具の使用法を学んだ人々の子孫たちであり、作物を育て、水道設備や強力なエネルギー源を持ち、今日に至るまで宇宙の人々と協力して平和に暮らしています。

   また私は、ハワイ人はレムリア人の子孫だとも聞かされました。
   美しい古代文明を築いたレムリア人は、宇宙の人々から多くを学び、深いつながりを持っていたそうです。こうした話を何度も聞かされているうちに私は、宇宙の別次元や別の場所からやって来た人々が、人類の文明のもととなるような霊的な知識や技術の種を播いていったのだ、ということを理解できるようになりました。そしてまもなくすると、私たちすべての人間は失われた記憶を取り戻し、彼らとのつながりを思い出すでしょう。


          book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
               キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                            抜粋

日本人拉致はCIAの犯行であり日本政府は了承していた

   ここで大きな疑問が湧いてくるはずです。
   それはアメリカはなぜ、北朝鮮による朝鮮半島の統一を望むのかということです。多くの日本人は、北朝鮮は謀略国家で、テロ推進国家と思っているはずです。その理由として、日本人を含む外国人の拉致や破壊工作などのテロ活動を世界各地で画策し、韓国はもちろん、日本やアメリカにさえ攻撃可能なミサイルや核兵器を密かに製造したりして、テロや紛争を画策しているとんでもない国家であると思っているでしょう。アメリカ自身も子ブッシュ政権の時に、北朝鮮を「テロ支援国家」と名指しして、徹底的に敵視する政策を採りました。

   しかしながらこれは、日本と北朝鮮が手を組むことを阻止するために、アメリカが仕組んだ巧妙なプロパガンダ(煽動目的の意図的宣伝)なのです。ですから日本の政治家やマスコミが真相を知っていたとしても、アメリカの圧力ためにそれを公けにすることはできなかったのです。このことは国際情勢について正しく分析をしている人々にとっては、常識中の常識と言える部類の事実であり、実は北朝鮮は、アメリカや日本の政府やマスコミが喧伝(けんでん)するイメージの国とは全く異なる国家なのです。しかも北朝鮮は、日本にとっては兄弟の国に相当する存在なのです。

   このことについて、私はこれまでにも自著で何度も触れてきましたが、北朝鮮という国は戦前、大日本帝国陸軍が大陸に送り込んだ残置謀者、つまり海外工作当員の日本人・金策(キムチェク)こと畑中理(おさむ)が構築した国家なのです。北朝鮮を建国したとされる故金日成(キムイルソン)国家主席は、抗日独立戦争の英雄4人を合体して作り上げた単なる偶像に過ぎません。

   つまり、すでに4人は戦闘中に死亡したり暗殺されたりしていたことから、彼らに代わる人物として立てた人間に金日成を名乗らせたのです。金日成なる人物とは、かつて共産党の若手幹部の中にいた金一星であり、彼は弁も立ったことから当時のソ連で訓練を積ませ、抗日パルチザン(革命戦争の遊撃隊)で名を馳(は)せた「金日成」の名が使われました。

   実際に国を取り仕切っていたのは、側近の一人とされた金策(キムチェク)でした。
   金策こと畑中理は、陸軍中野学校を卒業したエリート諜報員であり、敗戦によって頓挫(とんざ)してしまった大東亜共栄圏創設という偉業を引き継ぎ、いつか再び日本の下で大陸に王道楽土を建設するために、橋頭堡(拠点・足場)として北朝鮮を建国したのでした。本人は戦後に亡くなりましたが、その遺志は息子である故金正日(キムジョンイル)朝鮮労働党中央委員会総書記に引き継がれました。金正日の母親は金日成夫人の金正淑(ジョンスク)ですが、父親は金日成ではなく、金策こと畑中理(はたなかおさむ)です。

   金日成が1年半の間ロシアに行っている間に身ごもったのが金正日ですから、金日成も自分の子どもではないことを知っていたはずです。つまり金正日の父親は日本人だったのです。その金正日亡き後、後継者である金正恩(ジョウウン)朝鮮労働党第一書記が使命を引き継いでいます。ですからアメリカとしてはこれまで、何としても日本と北朝鮮が手を組むことを阻止しなければならない事態であったのです。なぜなら戦後、日本を属国として自分たちの庇護下に置き、経済成長させることでその収益を吸い上げていたのですから、もしそれが北朝鮮と共同で大陸に強国を建設してしまえば、自然とアメリカの言うことを聞かなくなると考えたのです。

   だからそのためにどうしても、たとえどんな手を使ってでも、北朝鮮と日本を反目させておく必要があったのです。しかし残念なことに、大陸で諜報活動に関わった軍の関係者は亡くなるか投獄されてしまったために、作戦計画を知る人物は日本には残っていませんでした。しかも北朝鮮がいくら、「我々は敵ではない。日本と仲良くしたいのだ」というサインを送っても、戦前の暗号を読める人材はいなくなり、これまで彼らの真意は伝えることができなかったのです。

   それをよく知るアメリカはこれをいいことに、CIA(米国中央情報局)を使い、日本人を多数拉致して北朝鮮へと送り込み、まるで北朝鮮の仕業のように見せかけるなどして両国を対立させるように仕組んだのです。

   横田めぐみさんは生きています。
   それどころか北朝鮮の特使として、日朝国交回復を推進するために「帰国」ではなく、「来日」している、という事実を初めて聞いた方がいるかもしれません。おそらくショックを受けたかもしれませんが、日本国民はこれまで、日本と北朝鮮に関する真実の情報を何一つ知らされることはなかったのですから、無理もありません。これらの情報については、『横田めぐみさんと金正恩』(飯山一郎著 三五館刊)や、私の前著『ついに宇宙人が最終戦争後のシナリオを用意しました』(徳間書店刊)に詳しく載っています。

   横田めぐみさんは北朝鮮に連れて行かれた後、金正日の3番目の妻として迎えられ、子どもを授かりました。その子どもこそ、他ならぬ金正恩だと言われています。一部では、めぐみさんは金家族の家庭教師として同居しているという噂がありましたが、これは対外的な理由です。実際にはめぐみさんは金正日、金正恩親子と同居していたのですから、夫婦であり親子であったのです。

   その後、めぐみさんは党幹部として出世し、現在は国家安全保安部局長という要職 に就き、亡き夫金正日に代わって息子を陰で支えていると見られています。生きているのに表に出られず、日本に来ていても名乗ることができないのはこうした理由からです。しかしいずれ、めぐみさんは、金正恩の生母・姜美淑(カンミンスク)として日本国民に紹介されることになるでしょう。

   拉致されたはずのめぐみさんが金正恩の生母であり、しかも北朝鮮の大幹部として国家のために働いているという事実に、強い違和感を覚えるかもしれません。しかしながら横田めぐみさんを含め、拉致被害者とされる人々は、北朝鮮当局だけで強制連行したわけではないのです。つまり、日本人の拉致行為を計画し、実行したのはCIAであり、それだけでなく、それを日本政府も警察庁も了承しており、知っていたのです。

   もう数十年も前の話ですが、石川県小松基地の自衛隊が外国の通信暗号文をキャッチし、ある場所で日本人の拉致計画が実行されることを知りました。そこで秘かに海岸で警戒していると、あるカップルが外国人と見られる数人のグループに拉致されようとする場面に出くわしました。それであわてて助けに入ろうとすると、なぜかその周りには日本人の警官隊(石川県警)が待機しており、彼らに阻止されてしまったそうです。警官たちはまるで砂浜を取り囲むように並び、人々が近づかないように警戒しており、その中で、外国人グループは悠々とカップルを拉致して連れ去ったのです。

            「大宇宙連合からの啓示」 田村珠芳著 徳間書店

                           抜粋

人類が存在していてもいなくても「地球は次元上昇する」

   これまでにもお話しましたが、私の前には時おりガイド(指導霊)が現れ、さまざまなことを教えてくれたり、メッセージを届けてくれたりします。そしてこれまでのところ中心的な役割を果たしてきたのは、「マザー・スピリット」と呼ばれる指導霊です。マザー・スピリットは、動物植物を含めたこの地球上のあらゆる生命である「子どもたちの母親」であり、その魂はすべての存在の中に流れているのだそうです。

   メッセージには、アセンディッド・マスターと思われる存在からのものも含まれています。
   アセンディッド・マスターとは、すでに転生の必要を終えている高次元の存在のことです。そうしたものは書き留めておくこともできるのですが、ときに言葉を超越した霊的な形で伝えてくることもあり、いずれにしても、私に与えられる指示やメッセージはとても具体的なものです。その教えや情報は、空間に開く窓のようなスクリーンにヴィジョンとして映し出されることもあり、私はそれを「ピクチャ・ショー」と呼んでいます。

   それはまったく予期しないときに始まり、さまざまな物や光景を見ることになります。
   しかもほとんどの場合、次元を超えた旅に連れ出されることになり、地球上のさまざまな場所やイメージやシンボルを見せられたり、ときには秘儀的な情報を伝えられたりします。つまり私は世界中のさまざまな場所へ行って、実際にいろいろなものを事細かに目撃するのです。ここでは、私がその「ピクチャー・ショー」で得た情報を幾つかお話しようと思います。私は見せられたもののすべてを理解したり、見せられた理由をわかっているわけではありませんが、おそらく重要なことだと思うので、あなた方にもお伝えしておこうと思います。いずれ近い将来、私だけでなく人類全体にも、その意味がわかる日が来るでしょう。

   「窓」が現れると、最初にさまざまなイメージが数秒おきに映し出され、それはまるでテレビのチャンネルを目まぐるしく替えているような感じです。明らかに地球ではなさそうなものや、この世とは思えない場所を見せられる場合もあります。やがて盛んに入れ替わっていた画像が1つのチャンネルに落ち着くと、いよいよ本編が始まります。しかしこの画面は単に眺めているだけのものではなく、自分の感覚を通じて実際に体験することができるのです。つまり誰かに話しかけたり、かかわりを持ったりするのです。

   あるときはモンゴルらしき場所で老賢人に出会いました。
   その人は私を自宅に招き、ごちそうしてくれたうえ、家の周りを案内してくれました。皺いっぱいの顔に浮かべた優しい微笑や奥さんの手料理の匂い、老人の身なりなど未だに忘れられません。老人の存在そのものが純粋な心を持つことの大切さを物語っていました。私と老人は心によってつながることができたのです。

   またある時は、全身白ずくめの「マモス」と名乗る男性の一団に会いました。
   あとで知ったのですが、彼らは地球上でもっとも霊的に進化した人々とされる、コロンビアの山岳民族コギ族のシャーマンたちでした。でも最高に愛らしい人たちであったのを覚えています。彼らは遊び心とユーモアのセンスを持ち、とても気さくに話しかけてきました。その後私はある本で、偶然にコギ族のマモスの写真を見つけたときには本当に驚いたものです。それは「ピクチャー・ショー」を通して出会った人々とそっくりだったからです。

   この「窓」ともいうべきピクチャー・スクリーンは、「宇宙の心と愛、それに光とエネルギーが1つになったもの」だと教えられました。その詳しい仕組みはわかりませんが、瞑想しているときによく現れます。まず呼吸とともに足の裏から母なる地球のエネルギーを吸い上げ、そのエネルギーを体全体に行き渡らせ、頭頂部から天空へ向けて放ちます。次に頭頂部から大いなる霊のエネルギーを吸い込み、体全体に流しながら、足の裏から大地に送り込みます。こうしていると、自分が母なる地球と大いなる霊にしっかりつながれていることが感じられるのです。こうしてやがて壮大で幸せな感覚で満たされてくると、たいていピクチャー・ショーが始まります。

   私には、今地上で生きている先生たちもいます。
   これまでにも多くの霊的な知恵を携えたウィズダム・キーパー(叡智の継承者)からもたくさんの指導を受け、情報を与えられてきました。そして私も、今地上に存在する12人の「叡智の継承者」の1人だと言われました。「叡智の継承者」たちは全員が、来たるべき地球の変化について知らされている人々であり、そのためにそれぞれが特別な役割を担っています。他のウィズダム・キーパーが誰なのかとよく尋ねられるのですが、私に言えるのは、彼らが自分の立場をよく心得ている人々であるということだけです。彼らの中には、何らかの監視下にあって自分の霊的な能力を知られたくない人もいれば、仕事の性質上、名乗れない人もいます。

   つまり現在のこの地球には、高度に霊的な人々が複数存在しており、波動を高く保ち、霊性にかかわる重要な任務を果たそうとしているということです。そしてその一団は霊的な使命によってつながっており、ある種の情報を託されたり、共有したりする責任を負っています。もちろん一般的な意味で、「叡智の伝承者」と呼べそうな人々は世界中に大勢いるでしょう。けれども私が本書を通して言う「ウィズダム・キーパー」、「叡智の継承者」とは、この特殊な時期に精霊から同じような情報を受け取り、共通の宇宙的な目的を持ち、(それには私も含まれているのですが)それぞれの役割と任務を果たしている一団を意味します。そしてウィズダム・キーパーという呼び名は、私たちが直接精霊からそう名付けられたからなのです。

   私は2009年12月に、こうしたウィズダム・キーパーや長老の重鎮たちとの緊急電話会議に参加することになりました。すでにそれ以前からピクチャー・スクリーンを通じて、私たちは情報やヴィジョンを共有していましたが、今回は世界中で目撃されている「青い星」についての話し合いでした。今回の緊急ミーティングはノルウェーやギリシャなどで目撃された青い星についてで、それは長老によれば星ではなく、高周波エネルギーであり、またスター・ビーイング(宇宙の人々)の巨大なエネルギーポータル(出入り口)でもあるそうです。

   ホピ族を初め、多くの先住民族には、地球が生まれ変わる直前に、いわゆる『青い星』が出現するという伝説があります。その青い星は、人類が愛に満ちた第5次元の世界へ上昇するのを支援するためのエネルギーなのです。今まさに、その力が自分たちのエネルギー・フィールドに届いているので、心の耳を澄まさなければならない、そのように私たちに告げられました。その開かれたエネルギーの出入り口から今、「宇宙の来訪者」たちは、かつて彼らが住んでいた地球のさまざまな地点へと降り立っています。

   それはたとえばボリビアのプマプンク、ヨーロッパのストーン・サークル、北アメリカの先住民族居住地や砂漠地帯、エルサレムのソロモン神殿、エジプトのギザ、古代ギリシャの遺跡、南アメリカのピラミッドなどの聖地です。「宇宙からの来訪者たち」はかつてその地の建設に貢献し、実際にそこに住んでもいたのです。今、彼らがそれらの土地に帰還し始めているのは、隠蔽され埋もれてしまった聖地の真実を人類に取り戻させるためなのです。

   「スター・ビーイング」(宇宙の人々)は再び、人類と手を携えようとしています。
   彼らは高次の存在なので、ただそこに存在するだけで人類の波動を高めることができるといわれています。つまり重要なことは、行動することではなく、存在そのものであるということです。今後も引き続き、愛を思い出す人々が人類の中に増えれば、それによって未来は変わり、歴史の流れも変えることができるでしょう。

   今の人間は、古代人が考えていたよりも進化しています。
   ですから私たちの選択次第では未来を変えることができ、地球に大変動が起きても、自分たちの存在まで根底から覆される必要がなくなるかもしれません。つまり私たちの心が愛に成長すればするほど、破滅を回避できる可能性が高まるのです。私たちの日々の優しく思いやりある振る舞いが、地球の次元上昇を助けるのです。今私たちに求められているのは、愛になること、愛だけをよりどころとして生きることです。それは何かをすることではなく、ただ愛そのものの存在であることです。

   ミーティングが終わると、私は今聞いたことを思い返していました。
   本当にそんな単純なことなのだろうか? ただ、今より愛にあふれた優しい人間になるだけで、未来を変えられるのだろうか? しかしまさにそれが、高次元の世界から繰り返し伝えられてきたメッセージであり、母なる地球の子どもであるすべての人々に広めなければならないことだったのです。でも急がなければなりません、今ならまだ世界を変えるだけの時間が残されています。

   私には忘れられない緊急ミーテイングがまだあります。
   その日、子どもが学校に行った後、私は雑用を済ませるために自宅近くを動き回っていました。そして車を運転中に、突然、空間に「窓」が開いたのです。私は急いで車を止め、スクリーンに集中すると、大声で呼びかけられたのです。「ウィズダム・キーパーたち、至急集合せよ!」 そして向かうべき場所が地図で示されました。そこはニューメキシコ州タオスの近くです。30分後、私はタオスへ向かっていました。現地へは1時間半もあれば着くと思われましたが、運転中もスクリーンからはここを曲がれ、そこを曲がれと指示が出るのですが、私は頭の中のヴィジョンにも注意を向けていなければならず、脳がフル回転の状態でした。

   私はその家の玄関に立ちドアを開けると、中には丸く並べて置かれた椅子に数人が掛けており、一つだけ席が空いています。誰もがすでに私のことを知っており、笑顔で迎えてくれました。その中の2人はスクリーンを通して知っている人でしたが、後の人は初対面でした。その中に大柄な男性が1人、円の端に座っていました。身長は2メートル以上あり、肌はとても青白く、頭髪は白に近い金髪でした。その人がとても優しい微笑みで私を温かく迎えてくれたので、私はすぐに輪の中に溶け込むことができました。

   その男性は普通の人ではないことがわかりました。
   その人は信じられないような目をしており、私は思わず吸い込まれてしまいました。人間の目には白目の中に色のある虹彩と、真ん中に黒目がありますが、その人の目は全体が真っ黒だったのです。そして私は彼のような美しい男性を見たことがありませんでした。明らかに彼は普通の人間ではなかったのですが、その存在全体から純粋な美しさと愛が発散されていたのです。

   その男性が話し始めました。
   それはまもなく地球に訪れる新しい時代についてで、シリウスから来た彼の仲間を含む多くの存在たちが、私たちをいつも見守っていると教えてくれました。また地球だけではなく宇宙におけるあらゆる生命が大々的な変化の時を迎えようとしているなかで、「地球の人間が経験しようとしている変化は非常にユニークなもの」なのだそうです。今私たち人類は、意識の進化の真っ只中にあり、今までどの生命体が経験したものよりも大きな進歩を遂げようとしています。そのために、あらゆる銀河系から注目を集めているのです。

   その男性の説明によると、霊的な進化という意味では、地球人類は宇宙の他の場所に比べると子どもに等しいのだそうです。それでも地球は太陽系内のなかでも特別な位置にあるおかげで、人類は意識を急激に進歩させているのだといいます。そして爆発的な太陽エネルギーが、私たち人類のかつてないほどの意識の変化を推し進めているそうです。その男性は、最愛の我が子に向かっているように私たちに話すのでした。そして宇宙の他の存在たちがどんなに私たち人間を愛しているか、私たちの成長をどんなに期待しているかを切々と語るのでした。

   そして次のように話しました。
   「地球に人類が存在していてもいなくても、地球はこの大変動をくぐり抜けなければならない。人類は意識において互いに大きく歩み寄ろうとしてはいるが、しかし未だに自己中心的な生き方を越えることができず、このことだけが自分たちの足を引っ張ることになっている。人間は、すべてを生み出しているのは愛であり、愛こそが万物を生み出している宇宙エネルギーであることに気づかねばならない。人間は自分たちが本来偉大な存在であることを思い出し、自らを愛するべき時にきている。それをするならば、想像を絶するほど素晴らしい世界に生きることができるだろう。」

   
そう言うと、男性は空間に「窓」を出現させ、そのスクリーンに地球のイメージを映し出しました。地球のあちらこちらに点々と光の点が見えますが、それ以外は真っ暗です。ところどころに灯っている光は、心と心を通わせている人々で、つまり自らの波動を引き上げ、自分の心に従って生きている人々の光です。その数はまだまだ少ないのですが、地球と人類にとっては希望の光なのです。その光を増やすために、私たちウィズダム・キーパーが人々に心で生きることの大切さを教え、人間は本来愛のエネルギーで創られている存在である事を思い出させなければならない、と言うのです。

   そして男性はこう続けました。
   「人類が意識を、頭やエゴ中心から心へと切り替えることができ、そうした愛の存在が増えれば、世界は間違いなく変わるだろう。そのとき初めて人間は真の命の創造者となり、地球の運命を変えることができる。しかし今回を逃せばもう二度とチャンスは巡ってはこない。」

   
その場に来ていた人々は、それぞれが異なる変化をもたらすために役目を負っているとのことでした。1人のサウンド・ヒーラーの女性は音や波動や光が、地球に与える力について広く知らせる活動をしていると話し、シリウス人と常に交信している男性は、彼らが人類を助けようとしていることを人々に知らせる活動をしているとのことでした。また私の知っているウィズダム・キーパーの1人は、「インナー・アース」(地球内部)の存在たちと活動をしていると言っていました。そして私はと言うと、「虹色の人々」を集わせるようにという知らせを受けていることと、そうした集会を通して心に従って生きる人々を増やしていき、地球の波動を高めていくためには欠かせない活動であることを話しました。

   そしてその日、私たちが緊急ミーティングに招集された理由が明らかになりました。
   すでに地球の変容は始まっています。人類は急がなければなりません。できるだけ多くの人々が意識の波動を上げられるように、そのために宇宙から地球へ向けて新たな支援のエネルギーが降り注ぎ始めています。今、人間の一人ひとりの在りかたが問われています。果たして人間たちは、母なる地球とともに次元上昇できるのでしょうか。それとも地球の次元上昇に間に合わずに、地上から消滅してしまうのでしょうか。高次元の振動に同調し光の存在と意思疎通できる人々が、この世界にやって来た時に魂に誓った約束を思い出し、未来を変えるために立ち上がるのでしょうか。

   今、地球に降り注いでいる新たなエネルギーに心を開く人間は誰でも、驚くべき意識の変容が可能になります。宇宙は今、人類の変容を応援するために手を尽くしているのです。愛にあふれた多くの高次元の存在たちが私たち人間に心を寄せ、息を潜めて行方を見守っています。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋


   
   

女性が指導的地位に就き、世界のバランスを取り戻す

   地球ではこれまでの長い間、社会全体の仕組みにしても、人間同士の関わり方にしても、明らかにひずみともいうべき大きな偏りが存在してきました。そのようにこれまでの何千年にもわたり人間社会を動かしてきたのは、力や頭脳や強さであり、人類の歴史の大半において女性は物同然の扱いを受けてきました。それはまさしく「物」であり女性は所有され、所望され、管理され、支配される財産であったのです。

   優しさや思いやり、受容力、協調性、謙虚さなどのいわゆる女らしさは、弱々しいものと見なされ、一方競争力や攻撃性、優越性、個人主義、自立性などのいわゆる男らしさに比べ、劣ったものと位置づけられてきました。それがあまりにも長い間、男性たちの男性原理が社会の価値感や構造を支配してきたために、それが当たり前のように私たちの意識を支配しており、かつてのそうではなかった時代を私たちはもはや思い出すことさえできません。

   しかし問題はそうした男性性にあるのではなく、問題は男性性と女性性のバランスの偏りにあるのです。ですから今こそ、大々的な変化を起こすべきときなのです。注目すべきことは男性性そのものではなく、男性性の特徴である頭、エゴ、力が、心と感情を支配しているということなのです。つまり体というものが分裂していて大切にされておらず、生命と霊性とが切り離して考えられていることにあります。生命と霊性である優しさや柔らかさ、受容する力、愛、つつましさ、思いやりの心が軽視される一方で、分裂した片割れである競争心や腕力、個人主義、我欲、エゴが重視され、台頭してきました。

   私たちの周囲を見渡せば誰にもわかることですが、男性の片割れである女性と母なる地球は、ともにこれまで酷い仕打ちを受けてきました。そのどちらも軽んじられ、虐げられ、真の強さや美しさを否定されてきたのです。こうしたバランスの乱れは母なる地球を瀕死の状態に追いやり、当然のように人類を病に陥れています。長い間にわたって抑圧され、息をひそめていた女性の知恵と力、それは無条件の「愛」といってもいいものですが、それを今こそ蘇えらせ、人類全体にバランスを取り戻さなければなりません。

   しかし女性性は女性だけのものではありません。
   男性の中にも女性性は存在し、本来バランスとともに在るべきものです。ですからこれからは男性の中の神聖な女性性は、心の中で花開くことでしょう。そして実際に、男性性と女性性を自らの中に実現している男性はたくさんいるのです。男性には男性の役割があります。そして女性性に対して男性性が果たすべき役割はとても重要なものです。これからの時代、多くの男性が女性性を守り、優しく支える役割を担うようになるでしょう。それは、母なる地球や女性、子どもなどの、柔らかく、無垢で、傷つきやすい存在の庇護者となることを意味しています。

   男性はその特長である力と意志、知性を駆使して、かけがえのない生命の調和と愛のために尽くす者になります。つまり男性は、自分たちが美しいものを守り、再生し、慈しむことにどれほど貢献できるかを知り、心をよりどころとして行動するようになるのです。そのようにして自らの心とのつながりを取り戻し、女性性を守りたいという太古からの願いを自覚することで、男性性は本来の神聖な居場所に立ち戻ることができるのです。

   自らの深い感情とつながり、大いなる愛のために闘う、たくましく賢く、勇敢な戦士となった男性たちは、もはやこれまでのように誰かを威圧することもなく、エゴや支配欲に突き動かされることはありません。裏で支える役割を喜んで引き受け、女性性がもはや失いかけていた「声」を取り戻し、その知恵を分け与えられるよう支えることでしょう。

   私はおとぎ話をしているわけではありません。
   これは地球にバランスとハーモニーを取り戻すために、いずれ起きなければならないことであり、そして「起きるのです」。人間が地球上でバランスを取り戻すためには、男性性と女性性を根本から癒さなければなりません。私は2009年に、サンタフェで行なわれた儀式を通して理解したことは、男性も女性もセックスや性別に関して、いかに深く傷ついているかということでした。その日の儀式に大きな恐れを感じていたのですが、それは私自身が虐待による癒しを必要としていたからです。そして女性性の回復や復権は、母なる地球を抜きにしては語ることができないことも理解したのです。

   私たちが目覚め、女性性を回復させるためには、まず地球との関係を築き直さなければなりません。地球は本当に私たちの母親なのです。「母」という言葉から、たいていの人は自分が守られている感覚ややさしさを思い浮かべるでしょう。よい母親は我が子にすべてを捧げます。自分が食べる前に子どもに食べさせ、火の中に飛び込んででも子どもを救おうとします。そしてたとえ感謝されなくても、報いられなくても、母は命を与えて育てます。それはまさしく、母なる地球が人間のためにしてくれていることでもあります。

   私たちが吸っている空気も、口にしている食べ物もすべては地球からの贈り物です。
   この奇跡のような肉体とともに生きていられるのは、母なる地球が惜しみなく与えてくれるからです。でも私たちはそうした贈り物に対して感謝することを忘れ去ってしまいました。私たちは自分たちが生きていられることが、すべて地球のおかげであることをどれだけ認識しているでしょうか。

   西欧文明に広く行き渡った宗教の影響から、そうした人々のほとんどは「父なる神」に祈ってきました。しかし多くの宗教というものは男性を基盤につくられたものであり、一般的にそれが宗教の教えです。ですからそこには「母なる神」の教えは存在しません。私が育った宗教(モルモン教)は、母について一言も触れることがありませんでした。つまり女性性というものは、すべての宗教の教義から抹殺されていたのです。こうした女性性を顧みない宗教というものの姿勢は、本来一瞬一瞬を、母なる地球に支えられて生きている人類を育むものではなく、それは大きな間違いでしかありません。

   私は母なる地球、あるいは女性性というものが、常に穏やかで優しいものだと感傷的に美化しているわけではありません。地球はあるときは破壊し、怒ることもあります。それに人間だけを特別扱いすることもなく、死は地球の現実の一つでもあり、痛みや苦しみもそうです。それでも地球は私たち生命を生かしているすべてであり、地球が大地と空気、火と水を与えてくれなければ私たちも生きていることはできません。そして今、母なる地球は病んでおり、当然、その子どもである私たちも病んでいるのです。そんな崖っぷちに私たち人類は立たされているのに、それなのに私たちはそれに気づきもしないで、まだ平然と突き進んでいるのです。

   母なる地球を愛することと、人間の中にある女性性を愛することは同義です。
   つまりその意味は、一人の人の中にある女性性と男性性のバランスを取り戻すことであり、それは男性女性であるにかかわらず、自らの中の女性性を愛し、その価値を大切にすることです。私にとって地球はまさに偉大な女神であり、人間の愛と優しさと敬意に値する存在です。ですから愛によって地球とつながることができれば、自然と心がなごみ、エネルギーの流れを正常化することができるでしょう。そのようにして私たち一人ひとりがバランスを取り戻し、心を開いていくならば、自らの奥底に隠されている性にまつわる傷に働きかけやすくなるのです。

   私にとって地球は女神そのものです。
   私たちは今、その神々しい女性性を本来の玉座に戻し、目覚めさせ、息を吹き返させなければならず、それが実現されない限り人類に未来はないのです。私は、地球の存在とは宇宙の全存在にとって非常に尊いものであると教えられ続けてきました。この、魂を奪われるほどに美しい楽園である惑星は、宇宙でも地球の他にはないものなのです。ですからそのような地球を人類が壊滅させるようなことは、宇宙にとっても許せないことなのです。地球上の人間たちがその意識のレベルを宇宙的な次元にまで飛躍させ、人類の宇宙における立場に気づき、自らの母なる地球に対する態度を変えることが必要で、そうではなくこのまま突き進むならば、私たちには破滅が待っているだけなのです。

   私たちの多くは、自らの内なる本来の気づきによって、この世でもっとも優しく、美しく、愛にあふれてつつましいものこそが、敬われ、大切にされるべきであることを思い出し始めています。そこでは愛こそが、人間の努力と判断の基準になるべきなのです。人間はこれまで母なる地球にしてきた数々の仕打ちに、心の底から涙を流し、母が与えてくれた恵みと愛に感謝を捧げなければなりません。そして毎日、地球への愛で心を満たし、地球のエネルギーとつながらねばなりません。

   私の場合がそうであったように、あなたの悩みも苦しみも、慈悲と愛そのものである地球によって救われるでしょう。そしてやがて、女性性の素晴らしさが見直される日がやって来ます。それとともに女性が指導者の地位に就き、人類全体がバランスを取り戻せるように導くことになります。それは女性が男性に取って代わるというだけではなく、これまでの世界が差別や個人主義、欲望、暴力、支配、エゴによるリーダーシップであったのに代わり、協調や調和、慈悲、思いやり、寛容さによるリーダーシップが主流になるのです。

   そして美しさも神聖な女性性の特徴です。
   女性性のあるところには必ず美があります。それは見た目の問題ではなく、ものごとの深みにある美しさであり、心を和ませ、喜ばせ、人生に意味を与えてくれるものです。私たちが母なる地球の美しさに気づくようになると、称賛で胸が満たされ、感謝の涙があふれるでしょう。生かされていることへの喜びで満たされることこそが、私たち人間の必要な心のあり方なのです。女性性が再び玉座に登るとき、この地球は楽園としてよみがえるでしょう。どうかすべての人間がその日を迎えられるように、というのが私の心からの願いです。

   「母」という言葉ほど深いことばはありません。
   それは「愛」とともに、もっとも高い波動を持つことばです。「母」ということばを発した瞬間、エネルギーレベルが急上昇するのを私は目の当たりにしてきました。なぜなら「愛」と「母」は同じ周波数エネルギーを持っているからです。この2つの言葉は、この世に生まれてから、息を引き取る日まで、私たちの心にもっとも近いところにあると言ってもいいでしょう。それは自分がどのような母親に育てられてきたか、といったこととは関係ありません。

   母がいなければ、何一つ存在できません。
   「偉大な男の陰に女あり」と言いますが、「偉大な女の陰にも女あり」なのです。何を言おうと、私たちはみな、女から生まれるのです。宇宙である母は万物の源です。そしてあなたが吸い込む空気も喉をうるおす水も、今まで口に入れてきた食べ物、目にしてきた美しい景色、そしてあなたが出会った友も愛する人も、すべては「母」が与えてくれたものなのです。

   しかし私たちはその「母」を、つまり女性性を、長い間にわたって蔑(ないがし)ろにしてきました。深い優しさと偉大なる知恵、そして無限の愛の源である母なる地球、その美しさを子どもである人間が認めることなくして、どうして母なる地球は本来の真の女神になれるでしょうか。女性性を知ることは、優しさや慈悲、美しさ、愛を知ることです。人類は女性性を回復しない限り、これからも今までのように戦争を起こし、殺しあうでしょう。つまり相手の苦しみや望みを理解することなく、自分だけを守り、自分の望みとエゴを満たすことだけに明け暮れるでしょう。

   こうした私たちを救えるのは、心の変化を敏感に捉えることのできる女性性以外にはありません。今までは、「こちらはこちらの取り分を取る。そちらはそちらでやれ」というやり方であったのを、これからは、「互いに助け合い、協力しよう」と言うようになるのです。自分たちの持っている「信条の違い」から殺しあうというようなことは、もう終わりにしましょう。これからは腰を下ろして話し合うのです。海が汚れているなら、きれいにする方法をみんなで考えましょう。

   すべての人間に食べ物が行き渡るようにするには、どうすればいいのでしょうか?
   母であれば、「皆で分け合いなさい。誰一人飢えさせてはいけない」と言います。女性性は、高齢者も子どもも動物も決して置き去りにはしません。女性性はそのようにして、聖なる命の環にバランスを取り戻すのです。私たちは両親から生まれました。それは大いなる霊と母なる地球であり、つまり万物の聖なる父と聖なる母のシンボルなのです。そして私たちは、聖なる父から魂を、聖なる母から肉体を与えられました。もし私ちが魂だけであれば、今こうして地球に存在することはできず、互いに関わり合うことも、地球に生きるという素晴らしい経験をすることもできなかったでしょう。

   こうした貴重な肉体を与えてくれた「母」に、私たちは感謝しなければなりません。
   母がいなければ、この世界には何一つ存在することができません。大いなる霊でさえがそうなのです。なぜなら宇宙とは母であり、万物は母から生まれるからです。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                           抜粋   

現在の政治・宗教・経済・富が崩壊し新時代へ移行する

   2009年に、米国のユタ州やコロラド州、それにノルウェーやロシアの上空に、青い光の渦巻きが出現し、多くの人々の目撃情報が相次いだことがありましたが、覚えているでしょうか。(you tube にも掲載された) それについて当時、大手のメディアを通して報じられましたが、しかしいつものように、真実を伝えることから隔絶している科学者や政府関係者によって、それらはただの「説明不能な現象」として片付けられてしまいました。とくにノルウェー上空に現れた渦巻きは数千人が目撃し、数百人がカメラやビデオに収めていたにもかかわらず、「ロシアのミサイル実験」として片付けられたのです。

   こうした渦巻きが出現するようになったのは2006年以来ですが、中でも2009年の時ほど世界各地で頻繁に目撃された年はありません。2009年といえばまだ渦巻き現象が出現する前のことですが、私がウィズダム・キーパー(叡智の継承者)とともに先住民族のある長老とのミーテイングに召集された年でした。

   そこで告げられたのは、まもなくすると古代以降、初めての新たなエネルギーが地上に降り注ぐ時期に入るということでした。しかもそのエネルギーは渦巻状になって空に現れるということでした。長老によれば、政府の科学者たちはそれに対してもっともらしい説明をつけ、その嘘を人々に信じ込ませようとするだろうが、目撃者は後を絶たず、そのためにとても隠し通せなくなるだろうとのことでした。

   その後私は、空間に現れる画面(ピクチャー・スクリーン)を通してでも、遥か昔に地球に存在していた、宇宙の人々たちの帰還とも関連していることを告げられました。つまり渦巻きは、高周波の波動の出入り口のような役目を果たし、新たな高次元のエネルギーが私たち人間の波動を上げるために降り注いでいることを証明するものなのです。ですから米国政府やメディアが報じているような、人間の手によるものではないのです。むしろ地球の科学では、そうした巨大な渦巻きが何であるのか見当もつかないのです。それは人間が作れるものではなく、しかも単なる怪奇現象でもありません。

   その2009年には渦巻き現象は、その他にもブラジルや中国、カナダ、イラン、米国ネブラスカ州、ウズベキスタン、メキシコ、イギリスの上空にも出現しました。しかしなぜ渦巻きなのでしょうか? それも世界各地で、なぜ同じ青い光の渦巻きが目撃されるのでしょうか? 渦巻きはこの地球の太古の時代からあるシンボルであり、今でも世界各地の先住民族の文化には必ず見られるシンボルマークです。電話も電子メールも印刷機も無かった大昔から、どの文明でも渦巻きは聖なるシンボルとして崇められていたのですが、それはなぜなのでしょうか?

   ケルトや古代スカンジナビアの文化において、渦巻きは永遠と女神の象徴とされていました。また古代ギリシャとローマでは渦巻きは調和と統一の印であり、アフリカ大陸では子宮、太母、女神を示していました。東洋では渦巻きは、神々を含めたあらゆる命の始まりであり、インドではそれは1を現すとともに、自然界に存在するフィボナッチ数列を含むものと見なされていたのです。またホピ族を初めとするネイティブ・アメリカンやマヤ族にとっては、渦巻きは生命の環であり、ポリネシア人にとっては不死を意味していました。しかしなぜこうも、どの文化も渦巻きを知っていたのでしょうか?

   答えは簡単です。
   彼らは誰かに教えられたのではなく、古代人は空に渦巻きを見ていたのです。地球上のあらゆる古代文明が空に渦巻きを認識していたのです。それは人々の霊的な進化の節目には必ず宇宙エネルギーが降り注ぎ、空に渦巻きが出現したからなのです。渦巻きは宇宙の光の存在あるいは光の存在の印であり、古代人の多くはそうした彼らの正体を知っていただけでなく、彼らに遭っていたのです。そして前回地球に大変動が起きたときも、古代人はかつて見た渦巻きを思い出したのです。

   そして今、その渦巻きが再び姿を現しており、宇宙における私たち人類の置かれている立場を再認識させるために、今までの理解を遥かにしのぐほどの大きな何かの存在を思い出させようとしています。つまり、何万年ぶりかに地球の空に出現した渦巻きは、これまで予言されてきた母なる地球と人間の意識の大々的な変容が、ついに始まったことを意味しているのです。

  ウィズダム・キーパー(叡智の継承者)が見た未来

   
私たち人類が真に生き方を変えられるように、また権力や欲望やエゴではなく愛をよりどころにできるように、そうした人生観や世界観を覆すほどの大きな変化が地球規模で起きようとしています。現在のところ、私たち人間の本質や能力を明らかにするような情報の多くは、それによって権力や利益を失うことを怖れる政府や、陰の組織によって隠蔽されています。そうした情報の中には、公開されれば地球上の誰もが、もっと自由で平等に生きられるようになる驚くべき情報もあり、人類の始まりに関する出自や、異星人の存在、また人間の潜在能力を解き明かしてくれる真実も多く含まれています。

   しかしこうしたことに関する多くの真実が一般公開されることになると、それを隠しておきたい勢力にとっては大きな問題があります。なぜならもしそれが公開されることで、私たち人類が宇宙から来たことを証明する決定的な情報が明かされると、その結果、ほとんどの宗教、特に大きな宗教組織は不要になり、宗教の正体が曝露されてしまうことです。つまりこれまでの宗教というものがある目的のために、誰かによって作成されたものであることが顕わになってしまうのです。その結果、宇宙や神に関する、こうした宗教が生み出したこれまでの概念はすべて覆されることになります。

   この地球において、宗教というものがいかに強大な勢力であるかについて考えてみてください。それは数世紀という長い年月を通して、大勢の人間の生き方を支配し、莫大な富を掌握し、政治にも絶大な影響力を及ぼしてきたのです。そのような宗教が、今私が述べたような人類の情報を公開したいと願うでしょうか。

   たいていの人間は、お金、政府、宗教の3つに支配されています。
   2009年以来、世界各地にいる「叡智の伝承者」たちのもとには、これから何が起きるかについて同様のメッセージが届くようになりました。そして私たちが繰り返し聞かされてきたことは、人類が高次元の意識状態へ移行するためには、まず強大な宗教組織、政府、富が滅びる必要があり、必ずそうなるということです。そのため現在、これらの3大勢力は、自分たちの正体を隠すために結託しているのです。なぜなら真実を知った私たちが、心を中心とした新たな世界を作り始めては困るからです。

   彼らがこれまでやってきたことは、母なる地球の子どもである私たちを互いに対立させ、分裂させておくことなのです。それが彼ら政府や宗教や巨大多国籍企業などの、欲に駆られた陰の権力者たちがやっていることなのです。長い間、世界の勢力地図はほんの一握りの強大な権力者によってコントロールされてきました。ですから彼らは、どんな情報を人類に知られてはまずいかをよく心得ています。そして当然、政府と宗教、そして巨大企業のあいだには、人々がまったく気づいていない隠れた同盟関係があります。

   私は空中に開く画面(ピクチャー・スクリーン)を通して、実在する発明品を見せられたことがあります。それは暗い海の真ん中に浮かんでいるように見えました。そのワイヤーやケーブルでできた細長いピラミッド型のてっぺんには、巨大な電球のようなボールが乗っており、空からエネルギーか光を引き寄せる装置のようでした。しかもそれは完成しているものであり、それを使うと、全世界のエネルギー需要のほとんどをまかなえるほどの能力を備えているのです。そしてこれを発明したのはニコラ・テスラです。

   しかしその後、その発明品は闇の勢力によって隠蔽されてしまい、政治家や企業の手によってコントロールされてきたのです。なぜなら彼ら権力者たちは、全人類が自由に使えるエネルギー源が世に出ることを好まなかったからです。しかしまもなく、私たちを支配している権力構造が崩壊し始めると、否応なくこうした秘密は曝露され、広く一般に知られるようになるでしょう。

   そして宗教は人々の心を支配する一方で、人々に利することのない隠れた経済活動に従事し、陰で政治と結託することで支配してきました。つまり宗教の名のもとに多くの人々の命が失われ、戦争が繰り返されてきたのです。私たちは宗教によって分裂させられ、ある人々を敵と見なしたり、他の国や、特定の人々を軽視したり、切り捨ててもかまわないという考えを持たされてきたのです。この地球という星が美しさを取り戻し、私たちが兄弟姉妹として互いを愛し、優しさと思いやりで接するようになるためには、そうした分裂を生み出すような宗教は地上から一掃しなければなりません。

   政治、宗教、経済を支えている基盤は少しずつ崩壊を始めるでしょう。
   それは互いに深いところでつながっているので、1つが倒れればドミノのように他も倒れていきます。それはある種の地ならしをするためで、そうした崩壊が世界規模で起きるのです。現在、絶大な影響力を誇っている国々が将来はそうではなくなり、こうして世界の勢力地図が書き換えられるのです。私は今後、世界通貨が流通するようになることを「ピクチャー・スクリーン」で見せられました。それはすでに製造されています。ですからいずれ世界共通の通貨が使われる日が来るのですが、そのことは私だけではなく、他の「叡智の伝承者」たちも同じものを見せられています。

   しかしこうした変化は、必ずしも怖ろしいものではありません。
   その中にはあなた方が想像しているよりも、スムーズに起きる変化もあるでしょう。そして現在の地位や富に執着している人々ほど、システムの変化に適応することが困難で苦労するかもしれません。けれども人類が心機一転、平等で公正なより良い世界を築くためには必要な変化なのです。それは積極的に選択するというよりは、危機に直面して変わらざるを得なくなるのかもしれません。何にせよ、私たちは絶好のチャンスと捉えるようになるでしょう。

   そこに新しい家を建てるためには古い家は壊さなければなりません。
   これまでの社会構造が崩壊し、もっとも基本的な安心感さえもが覆されれば、私たちは一気に目を覚まし、大きく前進するかもしれません。そして目が覚めれば、今までしがみついていたものは意味を持たなくなるでしょう。ですから一人ひとりの生き方と社会のあり方が変わるにつれて、ものごとの優先順位も変わるのです。

   以上が、近い将来に起きる可能性として、私たち「叡智の伝承者」が見てきたことです。
   ただしそれが実現する可能性は、これまでの人類が思考やエゴに振り回されてきた意識を、心と愛にゆだねられるかどうかにかかっています。そのために根本から揺さぶられる必要があって、その後にやっとこうした未来にたどりつくのか、それとももっと穏やかに移行して行けるのかどうかは、まったく私たち次第なのです。

   これは人類全体の選択なのです。
   そうした意識の変容が穏やかに起きるかどうかは、私たちが毎日何を選択し、どのようなエネルギーを生み出すかにかかっています。だからこそ、母なる地球への愛に再び目覚め、つながることが重要なのです。どうか毎日、愛の意識を育てる時間を持ってください。そして自分の内なる心の声に従って生きることを選択してください。私たちのこうした毎日の生き方が未来をつくっています。たとえどんなことが起きるにしても、それはすべて今よりも美しい世界を築くためであり、母なる地球の子どもである人類が心を一つにし、本来の家族に戻るためであることを覚えていてください。


         book 『<レインボー・トライブ/虹の民>に生まれ変わるあなたへ』
              キーシャ・クローサー著 サアラ訳 ヒカルランド

                          抜粋

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