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世界の方向は臓器温存なのに手術に固執する日本の医者

ケース1 「その後、がん細胞が出てこない」

   
『私が胃がんとわかってから今年(2011年)で8年目です。
   がんと診断されたきっかけは職場検診でした。2003年の秋、53歳の時に受けました。最初にレントゲンで陰が写り、胃カメラで3センチくらいの腫瘍が見つかった時はかなりのショックを受けました。千葉市幕張のクリニックでは胃の早期がんだと言われ、内視鏡で治療できるかどうかのきわどいところだと。2cとか言われたがそんなにひどい奴ではないとも。もう少し小さかったら内視鏡で取れると言われたが、これだと内視鏡では無理だと告げられた。

   胃がんが見つかって2ヶ月後、クリニックのほうから自宅へ電話がかかってきた。
   「早く治療を受けなさい。築地の国立がんセンターでも、千葉大学病院でも紹介しますから」と言われた。しかしどちらにも行かなかった。がん細胞が見つかったことからすぐにがん保険をもらって、いろんな医者を回ったけれど、「胃の全摘が標準治療だ」みたいなことばかり言われた。高知県の土佐清水病院にも行った。そこの医者は「俺は胃がんは得意だ」と言っていた。2回目にその医者のところに行った時、「もう手術でがんを取ってきたか」と聞かれたので、「とっていません」と答えると、「なんでとらないのだ?」と言われた。漢方薬ばかり処方されたので行くのをやめてしまった。

   近藤先生のところに行ったのは3軒目くらいだった。
   私は近藤先生の『がんと闘うな』を読んでいたが、先生のところに行く気になったのは乳がんになった同級生が近藤先生のところへ受診していたからでした。その同級生に受診を勧められたからであって、本を読んで理解したからといってすぐに行くということにはならない。そしてデータを近藤先生に見てもらったところ、「がんもどき」の確率が高いと言われて、それなら話に乗りましょうということになった。胃がんの様子見の患者は数十人おり、私は十何番目だと言われた。近藤先生のところには女房も連れて行き、2人で近藤先生の話をうかがい、様子見することを決めました。

   何も知らない人が家の設計プランかなんかを渡されても、中身を理解できない。
   がん治療はそれと同じですよね。すべて説明します、決めるのはあなたです、と近藤先生から言われた。少し期間を置いてレントゲンを撮ったら、5センチくらいの腫瘍が見つかった。近藤先生いわく、胃の半分の大きさのがんが、「がんもどき」ということもあり得ると。近藤先生はデータマニアですね。後でわかったのですが、様子見も治療の一つだくらいに思っているのは近藤先生以外にはいない。

   その後、1年に1回内視鏡検査を受けていますが、がん細胞が出てこないのです。
   だから最初の診断というのもよくわからないよね。幕張のクリニックで最初の診断を受けてから、1年後の内視鏡検査でもがん細胞が見つからなかった。こういうのよくある話らしいですよ。近藤先生の記事にも、担当医や病理医にも何%か誤りがある、と書いてあるじゃないですか。だからその範疇かもしれないし。実はこの8月に私と同じような胃がんで出血し、死んでしまった知人がいる。がんが消えずにそのまま共存していたんです。胃がんと診断されて手術で切除するのを、もう10年以上拒んでいた。

   私は今8年目ですが、近藤先生に受診してから、命を奪うがんとそうでないがんがある、ということは理解しました。何も知らなければ「知らぬが仏」で検査しないほうがよい。その知人は吐血するまで知らなかったので、クヨクヨしなくてよかったのかもしれない。私は今、年に1回の受診だけですが、最初の頃はもっと頻繁に受診しましたよ。毎年、内視鏡検査で胃の状態を見てきたのですが、もうクレーターみたいな腫瘍の形がなくなってしまったのです。がんは一応見られないけれど、どこかにがんはあるのではないか、と近藤先生は言っていた。それでもう8年が過ぎているのですが、今年(2011年)の4月に内視鏡で見たら、またクレーターみたいのができていました。「がんもどき」は繰り返すのかもしれない。

   様子見を続けようと腹を固めるのに3年、5年はかかりますよ。
   最初は私も呪縛されていて何とかしなけりゃと思っていました。胃は大きいから少しがんが大きくなってから切ってもいいかもということも考えました。いざ自分が胃がんになるとやはり考えてしまう。周りもうるさいからね。重要なのは呪縛を解くことと、開き直ることですよ。呪縛が一番怖いですね。偏って変に調べるからいけない。そんなだったら調べないほうがいい。がん保険金で盗難アジアなんかへ行っていれば治ってしまう、という人もいました。』

                           sun

   がんというと腫瘤をつくるというイメージで考えがちですが、必ずしもそうなるわけではなく、本件の場合は早期がんで隆起型ではなくむしろ凹んだ病変です。ですから正常粘膜との境が判別しにくく、がん範囲の診断はなかなか難しい。本ケースの組織型は「腺がん」で、その中の「未分化がん」でした。未分化がんの対極にあるのは「高分化腺がん」でこのほうは比較的タチがよく、未分化がんはたちが悪い(生存期間が短い)といわれています。しかしその判断は正確ではなく、未分化がんの性質は大きく2つに分かれます。

   一つは「スキルス胃がん」の前身としての未分化がんです。
   スキルス胃がんのタチの悪さを衆目に示した1件に、逸見政孝さんのケースがあります。20年も前の出来事ですが、日本のがん治療に大きな影響を与えた事件なので簡単に振り返ってがんの性質論につなげます。1993年の秋に、当時大人気だったテレビ司会者の逸見政孝氏が突然テレビ会見をし、「自分は胃がんで手術したが再発した」「再手術を受ける予定である」と告白し話題になりました。その頃はまだがん告知がタブーとされていた頃で、患者本人が世間に向かって「がんだ。再発した」と逆告知するなど考えられないことだったのです。この1件が有名人の告白会見をする流れを作り、がん告知を弱める動因になりました。

   逸見さんは定期的に年に1度、内視鏡検査を受けており、それで発見されたのです。担当医は早期胃がんと診断し、逸見さんに手術を勧めました。しかし開腹するとスキルス胃がんであることが判明し、すでに腹膜に転移していました。再発告白会見は、手術のわずか7ヵ月後であり、逸見さんは手術後まもなく腹部に再発したのでした。告白会見後に東京女子医大病院で行なわれた手術では、残胃、膵臓、小腸、大腸など3キロに及ぶ臓器を摘出しました。治る見込みはゼロなのにそのような大手術をするのは無謀だ、との批判を浴びました。そして実際に逸見さんは再手術後にすぐに再再発し、再手術後から3ヶ月後の、初回手術から10ヶ月に亡くなられたのでした。

   実は本ケースの胃がんの内視鏡所見は、逸見さんのそれとほぼ同じと考えられます。逸見さんの正確な内視鏡所見は公表されてはいませんが、スキルス胃がんの組織型は通常未分化がんなのです。では本ケースは早晩スキルス胃がんに進行するのかといえば、そうではありません。それは発見後何年経っても進行せず、むしろ消えてしまったのがその何よりの証拠です。ですから2cタイプの未分化がんでも、スキルス胃がんに進行するものと進行しないものとに分かれるのであり、どちらになるかはがん幹細胞の発生当初ににすでに定まっているのです。

   一方、逸見さんのケースでは、内視鏡で早期がんと見えたものの開腹したら腹膜転移が存在していたのです。腹膜移転が一つでもあれば治らないのは医学上の常識です。ですから逸見さんが治る可能性は最初からゼロだったのです。要するに逸見さんの早期胃がんは「本物」のがんであり、しかし本ケースの胃がんは「がんもどき」だと考えられます。「がんもどき」が圧倒的多数を占めるタイプもあります。がんが胃の粘膜上皮内にとどまる「粘膜内がん」がそれです。患者1000人を集めても、どこかの臓器に転移しているケースは1人いるかどうかという程度です。

   この粘膜内がんは胃を切除せずに、内視鏡でがん組織だけを切除することができます。それで治るとされるのですが、本来が「もどき」であるので放っておいても問題はなく死ぬことはないのですが、切除したので「治った」と言うと患者たちに誤解を与えることになります。本来が「もどき」であるので、それゆえに上皮内にとどまる粘膜がんは、欧米では「がん」という診断すらされていません。良性を意味する「異形成」と診断されるのです。しかしそれを日本の医者たちは「がん」だと称して治療に追い込み、商売繁盛を図っているわけで、そういうおぞましい構造があるわけです。

   それにしても早期がんを放置した場合、病変が大きくならないばかりか、がん細胞が消えてくるというのは読者にとって驚きでしょう。しかし実はそう珍しいことではなく、私が診てきたがん放置患者のうち、もう一人の早期胃がんが消失しています。以前、私が『患者よ、がんと闘うな』を出版した後、いわゆる「がん論争」が起きたのですが、そのとき「がん検診擁護」の立場から先頭に立った丸山雅一癌研病院内科部長(当時)は、次のように公言しています。「早期がんを3年放置してもほとんど変化しないということは、日本の専門家にとって常識以前のことです」と。

   実際には、そんなことを言っていたのでは「がん検診擁護」にはならないのですが、要するに専門家たちは早期胃がんがなかなか大きくならないことや、本ケースのように消えてしまう早期胃がんがあることを知っているのです。「胃と腸」という医学専門雑誌のバックナンバーを読み込んでみれば、そういうケースがたくさん出てきます。であるにもかかわらず一般の人々がそういうことを知らないのは、医者などの専門家が話さないからです。なぜなら人々が知るようになれば、当然検診を受ける人々が激減するはずであり、それを怖れているからと思われます。

   スキルス胃がんについても、一般の人々が知らないことがあります。
   逸見さんが手術後10ヶ月で亡くなったことなどから、1年もたない、悪くすると数ヶ月だと人々は思っているはずです。最近もある有名人が、腹部症状があって検査したらスキルス胃がんが発見され、本人は「がんと闘う」といって入院したが、2ヶ月で亡くなった、という報道がありました。そして一般の人々からは、早くに亡くなったのはスキルス胃がんだから当然だ、と受け取られていたようです。

   しかし実は、スキルス胃がんは手術さえしなければ、人々が思っているよりもずっと長生きできるのです。私はスキルス胃がんで手術せずに放置した患者を何人も診て来ましたが、1年以内に死亡した人はいなかった。逸見さんのようなスキルス胃がんでも、何年も生きた患者が何人もいます。胃の手術後、退院できたはいいけれどやせ細り、元気をなくしてしまう患者さんが多いのです。私はそもそも胃がんの手術で胃を全摘したり、大きく切除したりすることは原則として間違い(誤り)であると考えるに至っています。

   他の臓器に転移している「本物のがん」ならば、胃を全摘しても治ることはありません。痛い思いをするだけ損です。しかも胃の全摘や大掛かりな胃切除などの手術によって、患者の体は甚大なダメージを被ります。それが食生活や通常の生活を大きく損ない、本来の寿命を縮めてしまうことになるのです。さらに問題なのが、日本の胃がん手術が胃の周囲のリンパ節を切除するリンパ節郭清(かくせい)、つまりごっそり切除してしまうことをルーチン化(当然行なうべき手順)としていることです。これが患者に大きな後遺症をもたらすことになるのです。

   こうしたD2手術はこれまで表向きは、生存率の向上のためとなっていましたが、しかしすでにイギリスとオランダの臨床試験では、生存率の向上に寄与しないという結果が明らかにされています。それなのに未だに、D2手術に固執している日本胃癌学界は猛省するべき必要があるのではないでしょうか。

   患者にとって重要なことは、がんの手術を受けると必ず、何らかの不利益」が生じることです。手術で臓器を切除すれば、生活能力が低下するのは避けられません。傷跡が開いてしまう縫合不全や出血、炎症など、手術に伴う不都合や、失敗などから生じる合併症や障害など、生活能力に重大な影響を及ぼします。

   しかし現在、がん治療における世界の大勢は、可能な限り臓器を温存する方向へ向かっています。何が何でも手術で取り除くというこれまでのやり方は、がん患者の生存率向上に貢献しないばかりか、がん患者の生活の質を低下させてきたことは確かなことです。無治療のまま様子を見るという選択は、究極の臓器温存療法と言えるのかもしれません。


      book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                           抜粋

長生きしたければ「抗がん剤治療」は受けないこと

 ケース2 「がんが全身に回っている」と言われても放置

   『私は2008年2月に検診を受け、喘息(ぜんそく)を疑われてCTを撮りました。
   その結果、担当医から「がんの疑いがある」と言われ、すぐにその場で国立がんセンターに電話して「すぐに行ってくれ」と言われた。それが5月で、64歳の時でした。私は頭が真っ白になった。それに直接本人に「がんだ」というのにも驚いた。喀痰検査や心臓機能検査、肺機能検査などいろいろと受け、造影剤を入れて胸部や腹部のCT検査を行いました。そしたら「やはりおかしい」ということで、喉に麻酔をかけて行なう気管支鏡検査を受け、細胞の一部をとったところ、「これはがんに間違いない」と。

   病名は「浸潤性腺がん」と言われたのです。
   4期と言われ、リンパ節に転移してもう全身に回ってしまっているからと言われた。だから手術はできない。抗ガン剤か放射線で治療するしかないと。それを会社に戻って話したら、お父さんをちょうどがんで亡くしたばかりの同僚が、近藤先生の本を薦めてくれた。お父さんは70歳を過ぎていて、最期は自宅にいて、その時の医者が近藤先生だったと言う。それで本を読んでみたら、自分はどうも放射線や抗ガン剤をやらないほうが長生きするのではないかと思ったのです。

   それですぐ近藤先生のところへ行き、診てもらえないかと頼んだ。
   先生は、「この状態だと手術はできないし、放射線をかけるとますます命が短くなる可能性があるから」と言われた。それで近藤先生に賭けてみようと思い、通院するようになったのです。慶応病院の放射線治療科を始めて受診した時、質問票があったのですが、その質問票の説明文を読んで、本当に何も治療しないことがわかった。「基本的に私は治療をしません」と書いてあるのでびっくりした。

   通院は1ヶ月に1回で、「何かあったらいつでも来てください」と言われたが、その時はまだ骨への転移はなかったのです。今まで近藤先生のところで放射線治療を受けたのは2回だけ。放射線治療にしろCTにしろ、患者に害があるので、けっこうギリギリまで待って検査して、放射線治療を行なうという感じですね。放ったらかしという感じがあります。ちょっと語弊がありますけど。

   2008年に肺がんが見つかってから、今年(2011年)で丸3年です。「3年だと生きている確率は10%です」と先生から言われた。あの調子で抗ガン剤や放射線治療を受けていたら、半年で死んでいるでしょう、と言われた。最初、近藤先生から言われたのは、1年生きられる確率は50%だと。「2年生きられるのは20%の確率で、3年を超えて生きられるのは10%の確率」だと。「だから長期生存の記録を作ってください」と励まされました。

   近藤先生は、患者のこちら側からすると必要以外のことはしゃべらない。
   ただ、顔の表情をすぐ読まれてしまいます。「今日はニコニコしているから大丈夫なんだろうね」とか、「いやに辛そうな顔をしているけど、どうしたんだい」とか。私もだいたいがのんびりした性格だから、肺がんの本当の怖さというのはわかっていないのかもしれない。でも、こんなものに負けてなるものか、という意識はありますね。でも時に、夜気持ちが悪くなって目を覚まし、眠ろうとしても眠れないという苦しさの中で、みんなこんな状況で死んでいくのかなぁとも思いました。

   国立がんセンターの先生から、「タバコは吸っていますか」と問われ、「吸っています」と答えたら、「やめなさい」と言われた。診察のたびに同じことを言われ、「吸っています」と答えていたら、「タバコを吸うのでしたら私は診ません。ここへこないでくれ」と言われたことがありました。近藤先生からもタバコのことを聞かれたので、正直に「吸っています」と答えたら、「しょうがないなぁ。それも一つの方法だから」と諦めてくれたようでした。タバコが悪いのは当然ですよね。肺に煙が入っていくのだからいいはずがない。私も呼吸が苦しくなってきたから、もうタバコはやめたほうがいいのかもしれない。

   私は近藤先生の治療を受けてよかったと思っています。
   悔いはありません。長く生きていればよいというものでもありませんが、がんセンターで治療を受けていたらもう死んでいたのではないかと思う。患者の側も医者を信用していると、医者の言葉で長生きできるということもあると思います。』

                           sun

 抗がん剤は命を縮める

   
上記の記者インタビューが行なわれたのは2011年1月ですが、この患者さんはその後、別の病院の緩和ケア病棟で11年11月に、諸臓器への転移により亡くなられました。穏やかな最期だったそうです。前のケースが「がんもどき」であったのに対し、本ケースは「本物のがん」の典型です。「本物」でも転移巣が小さくどこかに潜んでいて、初診時にその存在がわからないものと、初診時から存在が明らかなものとに分かれますが、本ケースは後者です。

   誤解がないようにしたいのは、リンパ節転移です。
   肺がんでは、初発巣近くのリンパ節に転移があっても、骨や肝臓など他の臓器に転移していないことが多いのですが、縦隔(左右の肺の間にあり、食道、気管、心臓等などが位置する部位)のリンパ節に転移していると、ほぼ確実に他臓器転移があります。国立がんセンターでは(初発巣のほかに)縦隔リンパ節転移がみつかっており、それだと公式にはステージは3期とされます。しかし担当医が患者本人に「4期」と伝えたということは、どこかに臓器転移が潜んでいるという実質を見据えてのものでしょう。

   もっとも私宛ての紹介状には、「現在の標準的な治療では抗がん剤と放射線治療を先行し、その後に切除と思われます」と書かれていました。まさか紹介状にウソは書かないはずで、がんセンターでは多臓器移転がある患者であっても手術するのか、と驚きました。一方で患者は、「手術はできない。抗がん剤か放射線で治療するしかない」という話を聞かされていたことから、その真の意図は手術を隠していたことになります。抗がん剤と放射線をした後に、「(治る)見込みが出てきたから手術しよう」とでも言って不意打ちする予定だったのか。――これでは患者は、抗がん剤、放射線、手術の3点セットから逃れようがない。

   この点、かりに3期としても、5年生存率は4割と大差はない。
   それなのに抗がん剤と放射線治療に加えて手術までするのが「標準治療」というのでは、日本の肺がん患者は大変だ、ほとんどの人が命を縮めているわけだ、と改めて思いました。この患者さんは初診時、肺がん特有の症状は認められず元気でした。「今の体調からするとご自分で考えても、すぐに死ぬなんて思えないでしょう」と尋ねると、「そうですね」とうなずいていました。このとき、前の担当医に従い抗がん剤治療をしていたらどうなっていたでしょうか。神経障害など諸々の副作用で苦しんだに違いありません。しかも肝腎な生存の可能性は、(本書)図6程度の生存期間が期待できるだけなのです。(N Engl J Med 2002;346:92)

   このグラフは、米国で行なわれた大規模な臨床試験において、現在よく使われている抗がん剤を組み合わせて治療した結果です。これを見ても抗がん剤を変えても生存成績を伸ばせないことがよくわかります。私が患者に語った生存率の数値は、このグラフを念頭に置いています。ただ患者さんのショックを和らげるために、生存率を若干高めに話したと記憶しています。私は患者にウソをつかないことをモットーにしていますが、初対面でいきなり生存率を正直に言うべきかどうかは難しいことで、いまだに答えは見つけられないでいます。

   現在、日本国民がん死亡の第一位は肺がんです。・・・。
   この患者さんは亡くなられましたが、国立がんセンターで診断されてから3年半生存しました。もし抗がん剤治療を受けていたら何年生きられたのでしょうか。抗がん剤治療を受けた場合には、3年半後に生きている可能性は5%前後です。(図6) この患者さんは幸運にもその5%に入ったということでしょうか。そうではなく、抗がん剤治療を受けない場合の必然として、3年半生きられたように思われるのです。換言すれば、もし抗がん剤を使わないことが一般的になれば、もっと多くの患者が3年、5年と生きられるようになるはずなのです。

 抗がん剤の「繰り返し治療」でさらに命を縮める

   
抗がん剤は肺がん患者の命を縮めます。
   それは他の固形がんでも同じです。一般に信じられているのとは違い、抗がん剤にあるのは延命効果ではなく、「縮命効果」です。そのことは『抗がん剤は効かない』(文藝春秋)で多くを述べているのでここでは繰り返しませんが、一点だけグラフの説明をしておきましょう。それが抗がん剤の「繰り返し治療」(乗り換え治療)に関するデータです。どの固形がんでも、抗がん剤が多数認可されている関係から、ある薬が駄目となっても次の薬、またその次と、抗がん剤をとっかえひっかえし、治療が際限なく続くことがとても多く見られます。

   繰り返し治療の問題は、乳がんにおいて非常に顕著です。
   乳がん患者は、臓器転移があっても肺がんや胃がんの転移に比べ長生きするために、抗がん剤で治療できる期間が長くなるからです。また患者が女性であり、一般に従順で忍耐強いことも、医者から見ると繰り返し治療の好対象です。人々の健康・栄養状態が不良であった昔に比べ、最近では平均寿命が上昇しているので、本来転移がある患者の寿命も昔に比べ長くなってしかるべきですが、実際には逆に短くなっている。――これは抗がん剤による縮命効果の証拠です。

   医療現場ではすでに述べたように、抗がん剤治療が薬を変えて繰り返し行なわれます。抗がん剤で乳がん腫瘤が縮小しない場合や、一度縮小しても再び増大したときに、担当医が「薬を変えよう」と言い出すのが普通です。このような繰り返し治療、乗り換え治療の生存曲線データは実は数限りなく存在します。つまり新薬を開発するための臨床試験データがそれです。そのほとんどが、すでに抗がん剤治療を受けて再発した患者たちを対象としているので、薬を変える繰り返し治療はつまりは臨床試験とも言えるわけです。

   とても大事なことなので繰り返しますが、抗がん剤治療は縮命効果が大きいのです。
   その事実は乳がんに限らず、肺がん、胃がん、大腸がんなどあらゆる固形がんに妥当します。また縮命効果は男性患者に一層強く出るはずで、男性はタバコや酒など不摂生な生活を送ってきた人が多いので、その場合自覚症状はなくとも、心、肺、肝、腎などの重要な臓器が水面下ではボロボロになっていることが多いのです。

 放射線治療も肺障害を起こす

   
肺がんの放射線治療についてですが、すでに述べたように私は3、4期の患者には抗がん剤はやめるように言うのですが、目だった症状が本人にない場合、放射線も勧めないようにしています。症状がない場合、治療したら生存期間が延びると言う証拠がないだけでなく、放射線治療にも危険な一面があるからです。というのも、放射線は肺障害を起こしやすいのです。障害が出るか出ないかは照射する範囲や総線量に左右されるので、抗がん剤よりも予想が立てやすいという長所があり、本当に必要とするケースでは私も用います。しかし無症状の人には、肺症状を引き起こす可能性を考えると使いたくはありません。・・・。

   さて本件の患者さんの同意で、治療しないで様子を見ることになりました。
   何か症状が出てきたら、その時点で症状緩和の治療を始めればよいことなどを話し、定期的に受診してもらうことにしました。・・・。このケースでは初診以降1年半もの間、普通の生活を送ることができました。これも「がん放置療法」の効用と言えるでしょう。

   肺がんでも他の臓器がんでも、転移病巣は通常多く数箇所に存在します。
   もしそれらの多数存在する骨転移の全部に放射線を照射しようとすると、放射線は強力なので、それが体を弱らせて縮命効果を招きかねない。そのために転移があるという理由だけでは、放射線治療はしないほうがよいと考えます。つまり痛みのある箇所にだけ放射線をかけるようにする。・・・。

   残念ですが、現代医学は本ケースのような「本物のがん」を治す手段を持ってはいないのが実情です。しかし抗がん剤などの無茶な治療を受けないでいれば、明るく元気に、この患者さんのように長生きすることも可能なのです。


      book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                          抜粋

 

元気で長生きしたいなら「がん検診」は受ける必要はない

   「がんと診断されてすぐに手術や抗ガン剤治療などを受けたのに、助からなかった」と悔やむがん患者や家族はあまりにも多いのですが、それには「早期発見・早期治療は正しい」とする「がん一元論」の考え方が広まっていることと関係しています。つまり早期がんを放っておくと周囲の組織へがんが浸潤するとし、他の臓器へ転移する進行がんとなり、さらに末期がんとなって死に直面するという考え方のことです。これがいわゆる「多段階発がん説」ですが、これによると早期発見・早期治療が正しいということになります。

   さて私たちの体は60兆個の細胞からつくられていて、1個の細胞には2万個を超える遺伝子が存在しています。がん細胞はそのうちの複数の、がん関連遺伝子が変異して発生します。多段階発がん説とは、このとき一定の順序に従った遺伝子変異の積み重ねによって、がん細胞の悪性化が段階的に進み、早期がんから進行がん、末期がんへと進行するとする考え方のことです。

   しかし私はこの説とは異なり、がんは発生当初から他臓器へ転移する「本物のがん」と、転移しない「がんもどき」の、性質が異なる二種類のがんがあるという「がん二元論」が正当と考えています。「本物のがん」は、多臓器移転を引き起こす関連遺伝子に変異が生じたがんであり、「がんもどき」は変異が認められないがんです。つまり、転移を可能とする遺伝子の有無は、がん細胞の発生時に決定されているのであり、発生後に変わることはないというのが私の考え方の根幹です。

   実は1970年~80年代に、「大腸ポリープがん化説」の誤りが、日本人研究者によって指摘されています。そしてこれまでこの「ポリープがん化説」こそが、すべてのがんは早期発見して治療を行なわなければ、多臓器へも転移して進行がんに進展するという、「多段階発がん説」を支える重要な理論的支柱となってきたのです。それがたとえば乳がんでは、非浸潤がんを放置しておくと浸潤がんに進展して転移する(だから早期に乳房全摘術が必要)、とする考え方です。しかし「ポリープがん化説」が崩れてしまった今、「多段階発がん説」はもちろんのこと、すべてのがんの「早期発見・早期治療」の根拠も消失しているのです。

   さて、がん細胞は正常細胞の遺伝子変異により発生し、それが分裂・増殖することで一塊(ひとかたまり)のがん、つまり悪性腫瘍をつくります。そしてこれまでは、そうした悪性腫瘍を構成する数億、数十億のがん細胞は、どれも同じ性質を持ったものと考えられてきました。しかし実際にはがん細胞には、いくつかの異なった性質を持つものが複数あり、その中に悪性腫瘍のがんをつくり出す大元のがん細胞があることが明らかにされたのです。それが「がん細胞幹」です。

   がん細胞幹の存在が最初に明らかにされたのは1997年のことで、カナダ・トロント大学のジョン・ディック教授によって白血病細胞の中から発見されました。その後乳がんや脳腫瘍、食道がん、肝臓がん、大腸がんなどのがん幹細胞が見つかっています。1個のがん幹細胞が発生するとその増殖によって、同じがん幹細胞と激しく増殖・分裂する前駆がん細胞がつくられます。さらにそれから分化した細胞もつくられます。ですからこれらの細胞は原則的にすべて同じ変遺伝子を持っているわけです。

   では他の臓器へ転移して命を奪う「本物のがん」と、転移しない「がんもどき」の違いはどの時点で生まれるのでしょうか? それは最初の1個のがん幹細胞が発生したその時であり、つまりその時点で「本物のがん」と「がんもどき」が決定づけられているのです。ですからがん細胞なら全て進行して周囲の組織へと浸潤し、さらには他臓器へも転移するはずとした「多段階がん説」は誤りなのです。そのことが、がん幹細胞の発見という事実によって裏付けられ、そうした説が覆されたのです。

 ケース1 「二つもがんがあるんじゃ、だめかなぁ」

   『
2006年9月のことですが、前立腺がんが発見されたのと同じ病院の血管外科で、右足の静脈瘤の手術を受けた際に、血栓が肺に飛んでいないかの有無を調べるためにCTをとったところ、「肺がん」が見つかったのです。肺がんは左の上葉に存在し、腺がんだそうで、レントゲンには写らない。肺の生検は行なってはおらず、CTだけですが初発の肺がんと診断されました。

   肺がんと言われたときもショックでした。
   2つもがんがあるのか・・・、ダメかなぁ、と思いました。前立腺がんのときは色々関連の本を買って読みましたが、肺がんが見つかった時はもう、ごちゃごちゃ考えるのもなんだしなぁと思って読まなくなった。気にしなくなりました。その病院の呼吸器科では、「早く手術を受けなさい。肺は2つあるから1つで大丈夫です」と勧められた。でもそんな言い方だから信用できませんでした。「胸腔鏡で手術しますから」と言われたけども、それでも肉体的なダメージは大きいと思った。

   それでまた肺がんについても近藤先生のところに相談に行きました。
   それが翌年の1月で、前立腺がんの定期診察のときに肺がんについて尋ねたのです。僕も最初は肺がんは、前立腺がんが転移したものかなと思ったのですが、「いや、これは違います」と近藤先生から言われました。肺がんが発見されてから3年後にCTを撮ったのですが、「これは初発性の肺がんだ」と言われました。近藤先生のところには半年に1回のペースで受診しています。そのつどPSAを測定し、肺がんのほうは年に1回、レントゲンを撮っています。2009年に再びCTを撮ったのですが、2006年の時のCT画像とそんなに変わらないと記されていました。

   手術を受けると体力が落ちてくるからね。
   それでなくても歳で年々落ちているのに、そのうえ手術で体力がなくなったら大変です。私はがん患者としても恵まれていますね。運がよかったです。現在、肺活量は約5500ccある。週に1回、近くの区民プールで1000メートル泳いでいます。それができるのも肺がん手術を拒否し、無治療のまま様子を見ているからなんです。』

                            sun

 胸部CTでだけ発見される「がん」は「がんもどき」

   
このケースのポイントは、肺がん陰影が胸部CT検査で発見され、その画像がボヤッとした「すりガラス状の陰影(直径20ミリ)」として写ったことです。これに対し通常の肺がんは、周囲の肺とは明瞭に区別された白い塊りとして写し出されます。すりガラス状陰影の肺がんは、近年の肺がん治療で大きなトピックス(注目点)の一つです。なぜならそうした陰影の肺がんは、胸部レントゲン検査では見つけることができず、ただCT検査のみで発見される特殊な肺がんだからなのです。

   肺がんは空気の通り道である気管支や、ガス交換を行なう肺胞の細胞ががん化して生じます。そして通常がん細胞は一つの塊りとして、10ミリ以上のサイズになると胸部レントゲン撮影でも見つかります。しかし上のケースのように、CT画像上にだけ、それもガラス状陰影としてしか写らないのはなぜなのでしょうか。それは肺胞の中に残った空気が画像をボヤッとさせるからなのです。

   しかしこのような一つの塊りとして増大せず、胸部レントゲン撮影で発見されない肺がんは、命を奪うような強いパワーは持ちません。そうした力を持つがんは正常組織を押しのけ侵食して、臓器のパワーを低下させ命を奪うのです。ですからCT上でのみすりガラス状にしか見えないがんは、いわば正常な肺組織に寄生した細胞であって、多臓器には転移することができないがんです。ですからそうしたすりガラス状の陰影に対し、仮に生検で「腺がん」と診断されても、そうしたものはいわば生来的「がんもどき」なのです。

   そして実際に、すりガラス状陰影の肺がんが転移して亡くなった患者はいないようです。「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」をはじめとする国際的医学専門誌を当って調べても、転移・死亡したケースは見つけることができませんでした。そしてすりガラス状陰影の肺がんは、成長速度も極めて遅い。たとえば本ケースでは最初30ミリの大きさだったのが、3年後のCTでは32ミリです。私は本ケース以外にもすりガラス状陰影のケースを経過観察中です。どちらのケースでも、肺がんの症状は一切出ておらず、健康そのものと言えます。

   このようにすりガラス状陰影の場合は、組織型の腺がんであっても「もどき」なので、治療を受けないことが正解です。「がん」と言われて心配な人は3~6ヶ月程度様子を見て改めてCTを撮って、大きくならないことを確かめるのがいいでしょう。それを繰り返しているうちに腹も据わるでしょう。しかしCTは放射線検査の中でも線量が多く、被爆による発がんの危険があります。それを避けるには、胸部レントゲン撮影で様子を見るのがよい。胸部レントゲンによる被爆線量はCTのそれの数百分の一なので、CTに比べたら許容範囲内です。つまりレントゲンで写らないことを確認すればそれでよしとして、どうしても心配なら数年に1度CTを撮って大きさを確認すれば十分でしょう。

 肺の検査にはご用心

   
さて白い腫塊状陰影の場合は、それが良性であるかどうかを確認するために検査を行ないますが、それには極めて危ない検査があります。それが、真っ先に行なわれる「気管支鏡生検」でしょう。気管を通して内視鏡を入れ、ワイヤーを延ばして病変に命中させ組織を採取するのです。しかし想像できるように命中しないことも多く、その結果、気管支を傷つけて大出血になることも少なくないのです。これでうまくいかない場合「CTガイド下生検」の出番になります。これはCTで病変を観察しながら、胸壁から長い針を刺して病変に命中させ組織を採取する方法です。針先の向きをCTで案内することから「ガイド下」と呼ばれています。

   CTガイド下生検は、針が命中すれば取れる組織の量も多く、診断確実性の高い検査です。しかし危険性も大きい。私はこれまで、CTガイド下生検の死亡事例の鑑定書を二件書きました。そのいずれも被告病院が責任を認めず、裁判で争っている事件ですが、私のみるところどちらの事例も、被告病院側に落ち度があります。視点を変えてみると、医療事故の数は多くても裁判に持ち込まれるのはそのほんの一部だけです。検査室から生きて帰ってくるのが当然とされるガイド下生検で死亡した場合、死亡ケースの多くは病院側が非を認めて裁判にはならず、示談で終わっていると考えられます。とするならば私が鑑定した2件の医療事故の背後には、表沙汰にはならない相当数の死亡事例があると思われます。

   CTや胸部レントゲンで肺に陰影があるとなると、これほど大変なことになるわけです。気軽に検診を受けている人々は、こうしたことを知っているのでしょうか。しかも検診で発見されて手術で切除された「癌」も、「本物」か「もどき」かわからずそのどちらかなのです。「本物」であればすでに転移があるために手術しても徒労でしかなく、「もどき」であれば放っておいても別段問題はないため手術することに意味はありません。結局、あらゆるがん検診は受けないことが、平和に長生きするコツなのです。


            book 『がん放置療法のすすめ』 近藤 誠著 文藝春秋
      
                           抜粋

マンモグラフィ検診で乳房全適出に追い込まれる女性たち

 ケース1 「がんを放置したが20年以上変化がない」

   『
会社員のB子さんが右の乳房に異常を感じ、大学病院の外科を訪ねたのは1990年4月のことで、46歳の時のことです。ところがマンモグラフィ(乳房のレントゲン撮影)で異常があったのは、右ではなく左の乳房でした。マンモグラフィ上の乳腺に「微小石灰化」(細かな白い砂がパラパラ撒かれたような映像)が写ったのです。

   その後B子さんは、メスで皮膚を切開して石灰化部位の一部を切り取る「生検」を受けましたが、病理検査の結果「がんの芽がある」と言われ、入院・手術を勧められました。つまり乳房全摘出手術をするというのです。しかしB子さんは手術を断り、切らずに治す方法を選らぶことにし、91年に知人が紹介した個人病院へ3ヶ月入院しました。B子さんは多くを語りませんが、民間療法に類したものだったようです。

   その頃私は乳房温存療法に関する本を出しており、B子さんはそれを読まれて92年に私の外来を訪れました。診察では、乳房にがんを思わせるしこりや腫瘤は触れず、まったく正常でした。しかし大学病院からの紹介状には、生検で「非浸潤性乳管がん」と書かれています。それは別名「乳管内乳がん」といい、癌細胞が乳管内部にとどまっているタイプの癌です。「腫瘍内に石灰化を認めます」とも書かれていました。

   B子さんは大学病院から病理標本をもらってきたので、慶応病院の病理医に再検査を依頼すると、やはり「非浸潤性乳管がん」との返事でした。「かなり広汎に広がっている。(生検での)取り残しの可能性が高い」と記されていました。もっとも本件では取り残しではなく、現実です。つまり①生検後のマンモグラフィでも、石灰化が3センチの範囲残っていること。②本件では腫瘍内石灰化が確認されていることから、石灰化部位にがん細胞が残っていることが確実なのです。非浸潤性乳管がんのケースでは、石灰化がない部位にまで癌細胞が乳管内を広がっている特徴があります。それが前の病院で、(がんの広がりを確かめたわけでもないのに)乳房全摘術を勧めた理由です。

   さてB子さんの治療ですが、私はこのタイプの癌は「がんもどき」と考えていたこともあり、治療をためらいました。もし手術を希望すれば乳房温存の手術をしてくれる外科医を紹介しようと思いましたが、B子さんは「手術は受けたくない」と。そこで様子を見ることにし、半年に一度受診してもらいその度にマンモグラフィを撮ることにしました。しかしそれから何年経っても何も起きない。つまりしこりや腫瘤が生じてこないので、乳房の診察は異常なしが続きます。マンモグラフィは何度撮っても石灰化は広がらず、何年経っても何も生じない。それで診察間隔は1年に1度となり、今では「そろそろ受診をやめたら」と伝えています。B子さんの慶応病院の初診時からすでに20年が経ち、最初の大学病院での診断からだと22年になります。』

 ケース2 「転移は、実はがん早期発見のずっと以前に生じていた!」

   『
1994年の春、購読していた「婦人民主新聞」に、近藤医師の「乳房温存療法」の記事が載りました。その記事に自己検診のやり方が書いてあったので早速試してみたところ、右の乳房に何か触れるものを見つけたのです。「これはがんかも!」と思った私は慶応病院を訪ねました。それは40歳の時でした。慶応病院では検査がすぐにはできないということで、近藤医師は慶応病院の近所で開業している同級生に超音波(エコー)検査を依頼し、その日のうちに結果を教えてくれました。

   直径がたった5ミリだったので、近藤医師は「こんな小さいの、よく見つけたね」と言い、心配ないが、経過を診て大きくなるようならまた来るようにと言われました。ちなみに50歳以下では乳房にできたしこりの8割は良性とのことです。しかし右胸のしこりは徐々に大きくなっていきました。大きくなっているのだからこれはがんかもしれないと思いましたが、私は受診しませんでした。1995年に父が膀胱がんにかかり、当時出ていた近藤医師の本を全部読んで、がんは一般に信じられているように早く切れば治るというものではない、ということを納得したからです。(近藤注:父親はその後、がんではなく別の病気で亡くなりました)

   私は仕事を休んで1日がかりで病院へ行くのが億劫ということもあり、その後6年間がんを放置していました。しかし最後の1年間は急速にがんが大きくなっていると感じ、2000年3月に慶応病院を受診しました。近藤医師に診てもらったところ、やはりがんで4×4・5になっていました。先生は、「前に来た時のことを覚えていますよ。ずい分ゆっくり大きくなったなぁ」と言われ、脇の下のリンパ節にも転移が数個あったので、すぐに治療することになりました。

   私のがん細胞は、いったいいつ誕生したのでしょうか?
   分かっていることは、癌細胞は分裂して倍、倍と育つこと、私の5ミリのがんが4×4・5になるまでの時間と、1個のがん細胞の大きさ(約10ミクロン=1ミリの100分の1)です。ですからそれらからがん細胞が誕生した時期を計算することができます。先生の本に計算の仕方が書いてあったので計算してみました。(近藤注:計算結果では、癌細胞の数が倍になるのに8ヶ月を要している) すると1994年に5ミリで発見した私のがんが最初に誕生したのは18年前で、私が22歳の時ということになります。

   また2000年には、腋の下のリンパ節への転移に気づいたわけですが、これを1センチとして計算すると、原発巣のがんの直径がわずか40ミクロン(0・04ミリ)の大きさの時に転移していたことになります。がんといえば「早期発見・早期治療」だと言われていますが、結局、それはがんの成長過程から考えると無理であるようです。』

                            sun

   私は乳房温存療法を唱導したこともあって一時期、日本の乳がん患者の1%を診ていました。その中には治療せずに様子を見たいという人もおり、希望に従い、無治療で経過を観察した患者はこれまで70人以上に上ります。その観察結果はおおむね前述のアンケート調査と同じで、大きくなる癌が大部分ですが、大きくならないがんも何件かありました。しかしアンケート調査には記されていない現象も経験しました、全体から見れば小数ですが、放置しているうちに縮小するケースや、消失するケースがあったのです。アンケート調査にないのは、おそらく診断が最後までつけられずに終わるからでしょう。

   特筆すべきはB子さんのような、しこりや腫瘤を作らないタイプの非浸潤がんです。
   そういうケースは何人も診ていますが、大きくなるケースはありませんでした。しかし中にはしこりを作るケースもあります。B子さんのような非浸潤がんは「がんもどき」の典型で、非浸潤がんケース全部が「もどき」です。縮小・消失するものはもちろんですが、増大するものも「もどき」と言えます。

   放置していても転移が出現しないことが事実的根拠なのですが、原理的根拠もあります。原理的というのは、がんは遺伝子の病気だからです。ですから最初に発生したがん幹細胞の遺伝子が、転移する能力を持っていない場合、その子孫の癌細胞も同じ遺伝子をを受け継いでいるので、いつまでも転移する能力を獲得できないわけです。浸潤できなければ転移できないことは当然なので、非浸潤がんは生来的に「がんもどき」と言えます。

   このように非浸潤がんは転移できないのですから、「がん」という名称は廃止にすべきなのです。そう主張するものは私以外にもおり、乳房温存療法の先駆者であるイタリア人外科医が「非浸潤がん」という名称を廃し、「良性病変」を意味する病名に変更すべきだと呼びかけています。(Lancet 2005;365:1727)

 マンモグラフィは受けてはいけない

   
ここでB子さんのようなマンモグラフィ発見がんについて検討しておきましょう。
   近年、マンモグラフィ検診が盛んになり、多くの乳がんが見つかっています。組織型には非浸潤がんが多いのですが、浸潤がんもあります。しかしどちらにしても、しこりや腫瘤がなくてマンモグラフィでしか見つからなかった癌は「もどき」です。ところが非浸潤がんは乳管内を広がる関係から、治療をするとなると乳房を全摘出されてしまうことが非常に多いのです。B子さんも最初の病院では、乳房全摘術を勧められています。そしてもしB子さんが乳房全摘術を受けていたら、放置・観察した場合のように「もどき」であることを証明できなかった。

   ですから外科医たちが、B子さんのようなケースで乳房全摘術を強気で推し進めるのは、「もどき」であることが露見するのを怖れる気持ちがあるからだと思われます。もどきであれば転移がないのは当然ですが、術後に再発・転移がないことをあたかも手術の手柄であるかのように喧伝(けんでん)し、その後の患者にも乳房全摘術を勧めるという悪循環がそこにあるのです。

   マンモグラフィ発見がんによると、50歳以下の女性に何らかの異変が見つかることが多いことも問題です。そのため多くの若い女性が、実際には「もどき」であるのに乳房を全摘されて泣いています。つまりマンモグラフィ検診さえ受けなければ、そういう目に遭うことはなかったのです。

   2009年11月、米国政府の予防医学作業部会は、「マンモグラフィによる検診は40代の女性には勧められない」とする勧告を出しました。それはがんを検出する精度が低く、誤った診断で不必要な組織検査を受けさせられるなど、デメリットが多いことが理由です。(2009年11月17日付「朝日新聞」)

   一歩は前進しましたが、まだまだ足りません。
   なぜなら臨床試験では、乳がん死亡を減らす効果も寿命を延ばす効果も認められてはいないのですから、マンモグラフィ検診は中止にすべきであり、その理由として死亡減少効果がないこととすべきです。ただ(すべての女性にとはせず)、40代の女性にと限った消極的な表現ではありますが、米国政府機関がマンモグラフィ検診を勧められないと公表した事実は重く受け止められるべきです。なぜなら乳がん罹患率が米国よりも低い日本では、より一層勧められないことになるからです。

   ところが日本の検診関係者はこの勧告を無視しており、相変わらずマンモグラフィの検診を推し進めています。そして有名芸能人や企業、一般人たちを巻き込んで
「ピンクりぼん運動」なるものまで推進するありさまです。しかしそうであっても、マンモグラフィ検診でしか発見できないものは、「もどき」なのです。したがって乳房を全摘された女性はピンクリボン運動の被害者なのです。そんな罪つくりな運動にかかわることも推進することも止めるべきなのです。

   近年、私は、マンモグラフィ発見がんで非浸潤がんと診断がつけられている人には、次のようにアドバイスしています。

   「乳がんと診断されたことを忘れて生活しなさい」
   「これまで受けた検診や生検、病理診断、外科医に言われたことはなかったことにしなさい」
   「もう2度と、マンモグラフィは受けないこと」
   「石灰化はいつまでも残るので、受ければ同じことの繰り返しになりますよ」と。


      book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                           抜粋

なぜか日本でだけ行なわれている「子宮全摘出手術」

 ケース1 「上皮内がんで手術を勧められた」

   『
私が子宮頸がんと診断されたのは5年前です。
   2005年の夏、31歳の時に市が行なっている健康診断で、細胞診で3bと診断されました。精密検査のために市立病院の産婦人科を紹介され、組織診で高度異形成と言われました。この組織診はあまり痛いものではないといわれていますが、私は痛いのです。長いはさみを膣から挿入して、米粒くらいの組織を切っていくのですが、ちょっと悪くて硬くなっている部分を何ヶ所も切るのです。もちろん麻酔なしです。

   子宮頸がんと診断されて、最初はびっくりしてしまいました。
   市立病院へ通い出して1年経った2006年の9月のことです。自宅に電話があり、「ちょっとお話があるので病院へ来てください」と言われた。これは「異形成が進んでしまったんだ」と思い、すごくドキドキしました。病院では、「これは上皮内がんで、腺がんです」と言われ、今後どうするかを尋ねられました。女医の先生は、流れ作業の事務的な感じの診療でけっこう冷たい。患者ともあまり話しをしないし、私にはよいイメージが全然ない。

   先生からは円錐切除手術を勧められた。
   妊娠、出産に支障はないと説明を受けましたが、私には少し抵抗があって、そのために悩みました。私の母親が近藤先生の本を読んでいて、「近藤先生のところに行こう」と言ってきた。実は祖母が最近肝臓がんで亡くなっていて、母親はそのときに近藤先生の本を買い込んで読んでいたのです。で、抗ガン剤をやらなければよかったね、と言って後悔していました。祖母は国立がんセンター東病院へ入院してすぐ、3ヶ月くらいで亡くなったのです。それも抗ガン剤の治療を受けてからが早かった。しょっちゅう嘔吐して、体力もなくなり、抗ガン剤をやるまではものすごく元気だったのです。

   しかし問題は、市立病院の先生が紹介状を書いてくれないことでした。
   先生が言うには、私が未婚で出産経験もなく、もし近藤先生のところで放射線治療を行なうと、妊娠できなくなってしまうからというもので、そのために先生とけっこうもめました。「そんなところへは紹介できない」と、電話口でのやり取りが大変だった。

   でも母親と、「直接、近藤先生のところに行ってしまおう」ということになり、慶応病院へ電話したのです。そうしたら先生が電話口に出てくれて、「来なさい」と言ってくださったのです。しかし市立病院の先生からは、「病理サンプルなども出さない」と言われた。それで近藤先生に一筆書いてもらったら、すんなり出してくれました。「これは市立病院へ返却しないで、君がもらっておきなさい。記念として」と言われ、近藤先生には感謝しています。

   「こんなのはおできみたいなものだから、全然気にしなくていいよ」と近藤先生から言われ、それでもう、私は安心した。今はもう何とも思っていません。切らなくて本当によかったなぁと思っています。友人が扁平上皮がんの子宮頸がんが見つかり、円錐切除の手術をして子宮頸部を切除しました。その後2回妊娠したのですが、2回とも流産してしまった。多分、円錐切除の手術が流産の原因ではないかと思っています。

   私は最初は不安だったのですが、近藤先生と話しているうちに、今では自分ががんだという意識さえも薄れてしまっています。あれからもう5年も経ち、今6年目です。私も最初は一生懸命勉強して調べましたが、最近はもう安心して何も勉強していません。欧米では慢性炎症と見ている医師が多く、上皮内がんまではがんではないのです。現在、近藤先生のところには、半年に1回のペースで受診しています。もう近藤先生でないといやだな、というのがあります。』
                            sun

 子宮頸部の上皮内がんは、ほとんどが「がん・もどき」

   
子宮頸部の上皮内がんを放置・観察した研究があります。
   アメリカの高名ながん専門病院で67人を経過観察したところ、ゼロ期(上皮内がん)から1期(浸潤がん)に進行したのはわずか4人のみでした。浸潤した可能性があるが断定はできないケースが5人。残りの58人中、上皮内がんにとどまった人は41人に上り、あとの17人は自然消滅してしまった、という報告です。(Canser 1963;16:1160)・・・。上皮内がんは放っておけば消えてしまうのが原則で、スウェーデンでの研究では上皮内がん100人の内、99人のがんは消えてしまうと推定されています。(J Natl Canser Inst 1993 ;85:1050)

   私もこれまで何人もの上皮内がんの放置経過を診てきましたが、全員が浸潤がんには進行しないでいます。最長では20年以上になります。今では上記のケースのように組織検査をすることは止めていますが、かつて組織診をしていた頃、がんが消えたという報告をもらった患者が2人います。ですから結局、子宮頸部の上皮内がんは「がんもどき」なのです。仮に浸潤していても、1期の浸潤がんの圧倒的多数が「もどき」なので、手術前に上皮内がんと診断されたものの99%超は「もどき」であると言えるのです。・・・。

   本件の患者は組織診が痛くて「いやだ」と言っています。
   婦人科医からすれば、組織診をしなければ分からないのだから文句を言うな、というところでしょう。しかし出発点が「異形成」で、上皮内がんも「もどき」ですから、客観的に見ると不必要なことをして患者を苦しめているだけなのです。

   本件の患者の最初の市立病院の担当医は、私のところへ行けば放射線治療になると考えていたようです。が、それは誤解です。私はゼロ期のがんに放射線治療は勧めないことにしています。なぜなら放射線治療をすると卵巣機能がとまるので、更年期症状が出たり、不妊症になったりするからです。放射線は「もどき」に対する治療としては過剰なのです。

 ケース2 「出血はあるが、今は治療を受けたくありません」

   
『私が子宮頸がんと診断されたのは2年前で、40歳の時です。
   職場の人間ドックで要検査と告げられ、2008年8月から病院へ通うようになりました。病院では、「確かに異形が出ている。しかしそのまま正常に戻る可能性もある」と言われ、その後数回受診しました。そして「もうそろそろ経過観察もいらないでしょう」と言われていた矢先に、それまでとは違った少し重い結果が出たのです。そして翌年の4月に「がんです」と診断されたのですが、最初の診断は子宮体がんで、子宮全摘出の手術が必要だろうと言われました。

   先生が言うには、「がんは浅いが広い。3センチぐらい。浸潤部分は2センチ以下くらい。腺がんだと普通は子宮摘出。でもヴィログランデュラーなので円錐切除ができるかもしれない」と。それで私は「放射線での治療はできないか」と質問すると、「腺がんは手術と決まっている。手術の決定は会議にかけて癌研独自の方法で決まる。それが絶対なんです。そこで円錐切除ができないと決まればそれに従わないといけない」と。

   私は「慶応病院の近藤先生にも話を聞きたい」と言うと、それが先生の機嫌をすごく損ねたようでした。そして、「他の方法でするなら他へ行ってください。放射線なんてあり得ない。私の本は今度来るまでに読んでおいてください」「これから会議だから」、と立ち去ろうとしたので夫が引き止めると、「質問しても無駄です。もう何も出てきません」と言って先生は出て行ってしまいました。私は次の診察予約が入れてありましたがキャンセルし、画像や生検の資料は返却してもらいました。慶応病院へ行ったのはそのあとすぐです。

   近藤先生は、「がんであることは確かみたいだね」と言われました。
   「腺がんでも放射線治療はできる。このタイプは大きくなる可能性があるから、もしいずれ放射線治療をするのであれば、大きくならないうちのほうがいい」と。私と夫は、本物のがんでないかもしれないことや小さくなることを期待しており、「しばらく様子を見たい」とお願いしました。私にとって婦人科診察は特に嫌なことで、仕方がないと頭ではわかっていてもそれでも嫌でした。そのたびに結果に一喜一憂し、次の結果でがんが大きくなっていたらどうしようと怖かった。診察前になると眠れなくなることもありました。

   私が診察を受けていたのは、治療が云々(うんぬん)というよりは、自分があとどのくらい生きられるのかを知りたかったからです。でもそんなことはわかるはずもなく、相当進まないと困った症状は出てこないし、それまではずい分元気でいられるらしい。それに「あと何年」と分かったところで私はどうしたいのか。・・・。そんなことをぐるぐると考えながら、私はいつ死んでもいいようにしておこうと行動するようになっていきました。自分が死ぬことを実感できると、なぜか穏やかな気持ちになるようです。ですからお花見だって、今でも笑って見に行けます。

   2011年4月に、「もう婦人科診察はしたくない」と先生に話しました。
   そして診察をやめてから不安になることが少なくなり、病院へ行くことが嫌ではなくなりました。近藤先生のところで2年間様子を見ました。最初の診察の時より若干大きくなっているようで、1b2期に近いのではないかと。子宮頸がんの死因で多いのは、昔は大量出血か腎不全であり、私もそうなる可能性があります。

   「症状が出てきたらどうするか」と先生に尋ねられますが、私は今は輸血も透析治療もしたくはありません。痛みが出てきたらできる限り緩和したいですが、なるべく自然のままでいたい。これは治療の選択というよりも私の生き方です。私の希望を近藤先生も夫も大事にしてくれているのがとてもうれしい。今ある症状は不正出血ですが、自分で十分対処できる程度です。生理なのか不正出血なのか分からなくて、このままひどくなったら死ぬのかなあと思うときもありますが、いつも、なんだ生理だった、とほっとします。

   どんな治療を選ぶのかは患者が決める、ということは一般的に言われるようになってはきましたが、しかしそこには「治療しない」という選択は入れられてはいないようです。病気を否認しているだけだと言われたこともあります。でも将来、困難が生じる可能性も含めて何もしないことを選んでいるのであって、私は決して人生を放棄しているのではないのです。』

                           sun

 「もどき」でも治療したほうがいい場合がある

   
がんを「本物」と「もどき」に分ける基準は、多臓器への転移の有無です。
   転移があれば治らないからで、この点は子宮頸がんでも変わらない。ただ頸がんの「もどき」を放置した場合、がんが増大するとともに周辺の組織に浸潤していくことがあります。その結果患部から出血し、あるいは子宮のそばの尿管を閉塞することが死亡の原因となる可能性があるのです。(出血死や腎不全) というよりも適切な治療のなかった時代には、出血と腎不全が子宮頸がんの二大死因だったのです。それらの中には、転移のある「本物」も多々含まれていたはずですが、転移でなくなる前に出血や腎不全で亡くなっていたと考えられます。・・・。

   日本の子宮頸がんのスタンダード(標準治療)は、世界のそれとは大きく異なります。
   1b~2期の状態に対して行なわれる世界的な標準治療は放射線(単独)治療です。全部を終えるのに2ヶ月近くかかりますが、外来通院で実施が可能です。これに対し日本で行なわれる治療は、手術であり、広汎子宮全摘術です。これは子宮はもとより卵巣や卵管、子宮を支える靭帯やリンパ節など骨盤の中を広く切除する手術であり、合併症が甚大です。・・・。

   私の知るかぎり、広汎子宮全摘術を受けて「人生が変わってしまった」と嘆く女性が圧倒的多数です。しかもそれほどの負担を患者に与える手術であっても、治療の結果は放射線治療のそれと変わらないのです。そう断言するのは、臨床試験結果があるからです。イタリアで行なわれた試験では、1b~2a期の患者を2グループに分け、片方に広汎子宮全摘術、一方に放射線(単独)治療を行いました。その結果、両者の生存期間や再発率は同じであり、合併症については放射線治療の方が少なかったのです。(Lancet 1997;350:535)

   なお2b期以上では臨床試験の対象となっていません。
   これは欧米では、2b期以上の一般的な治療は放射線(単独)治療だからです。ところが日本では、2b期であっても広汎全摘術を行なう婦人科医が圧倒的なのです。しかもそれでも癌細胞は取りきれないために、手術後に放射線を骨盤全体に照射することになる。それでようやく放射線(単独)治療で行なったのと同程度の再発率や生存期間になるのですが、そうでなくても手術による合併症は甚大であり、放射線を併用したことにより状況は一層ひどいことになります。・・・。要するに子宮頸がんの手術は、手術後に放射線を照射することでようやく、放射線(単独)のみで治療した結果と同じになるわけです。それなら手術で全摘する必要はなく、最初から放射線(単独)治療にするべきなのです。

   イタリアでの臨床試験結果が出てから、もう15年になろうとしています。
   しかし日本ではいまだに1b期にも2a期にも、とにかく広汎子宮全摘術が普通とされているのです。しかも術後に放射線治療の使用頻度も高い。そこまで患者を危険にさらし、現実に数多くの合併症を作り出しているのです。なぜ日本だけが前に述べたような科学的根拠(エビデンス)を無視し、1b~2期の子宮頸がんに手術を行なっているのでしょうか? しかも(他の治療法をを提示せず)、患者に手術のみを勧めるというのはまさに犯罪的ですらあります。広汎子宮全摘術を続ける婦人科医たちは、医学的良心をどこかに置き忘れているのではないでしょうか?

   本ケースでは、患者本人は子宮全摘出を嫌がっていました。
   外来でのやり取りを見ると、担当医は子宮全摘出に同意させようとすると、別の病院へ行ってしまう可能性に気づいたようです。それで子宮温存の可能性を匂わせて入院させ、そのあと医者やナースの側から説得、脅迫し、子宮全摘手術に持っていけばよいと考えたように思われます。このような病院側の真の意図を隠した入院の勧めは、どのような臓器のがんにおいても見られる現象です。

   一度入院してしまうと、自主退院するには大変なエネルギーがいるし、医者探しを一からやり直すのは手遅れにならないかと心配になるものです。それでたいての患者は医者の言いなりになってしまい、当初は希望しなかった手術を受けさせられることになるのです。ですから患者や家族はよくよく気をつけることが必要です。患者本人の考えや気持ちなどは尊重しなければなりません。


      book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                           抜粋 


   



   


 

すでに無意味と判定されているのに実施される「がん検診」

   最近、次のような経験をしました。
   某大学病院で浸潤性膀胱がんと診断された男性は、担当医に「膀胱全摘出」を勧められました。しかし患者はそれを断り、私のところに来られました。遠方から来ているので、膀胱がんの放射線治療を行なっている最寄りの病院を紹介すると、再検査が行なわれ、その結果がんではなく「良性」と診断されたのです。

   病理の誤診を防ぐために患者や家族にできることは、組織標本を借り出して、別の病院で病理検査をやり直してもらうことです。転移がんはそう間違えることはないのですが、比較的早期のがんはもちろんのこと、進行がんと言われても誤診の可能性が残るので、臓器切除と言われたら病理再検査を是非励行してください。

   その場合に必要なのは、心と時間のゆとりです。
   がんではセカンド・オピニオンが大事とよく言われますが、がんの恐怖があるために早く直したいと焦るあまり、別の治療法にたどり着くチャンスを失うのがほとんどなのです。ましてや病理診断をもう一度確かめてもらう気にはなりにくい。ですから再検査の時間を作るためには、心のゆとりが必要なのです。本書の目的は、がんは多少放置しても問題はなく、治療を受ける前にいろいろ確認する時間はある、ということを知らせることが一つの目的でもあります。

   がん放置期間中は、がんであったことを忘れて、何も検査をしないことがベストです。(市町村や職場の検診には、しばしばPSA検査が含まれているので要注意)。そしてがんに起因すると思われる症状が出たときに、改めて検査して治療法を検討します。ただ多くの患者は、何も検査しないのは耐え難いようです。その場合、PSAを測るだけで十分なのですが、前述のように直腸診によるとPSAが誤って高く出てしまい、治療に追い込まれることになります。

   PSAがいくつになったら治療を受けたほうがよいとする、合理的なデータや理由はありません。ひとたび放置治療を始めたら、症状が出ない限り、どこまでPSAが上昇しても様子を見るのが理にかなっているのです。

 精神症状緩和のための治療

   
これまで述べてきたのは肉体面での症状ですが、精神的症状も考慮すべきです。
   具体的には、がんに対する恐怖や不安がそうです。がんは怖いという一般通念がある現代社会では特に、がん患者は怯えて暮らすことになり、それは立派な精神症状と言えるでしょう。

   恐怖や不安は、がんを治療しないで放置する場合に一層高まる可能性があります。
   それはたとえ、「本物」や「もどき」に区別されることを知って放置されることを選んだ場合にも、不安がなくなるわけではないようです。転移はあるかないかのどちらかであり、どちらにしても治療が寿命を延ばさないという理屈が、こうした不安の感情を何とか押さえ込んでいるのが実情でしょう。したがってこの理屈を理解できないならば、がんを放置することは耐え難いことになるわけです。

   その結果、PSA発見がんで監視療法を実行した場合、たとえ医者が治療の必要を認めない段階であっても、1割程度の患者が治療を希望することがあるようです(そこには担当医の言葉や態度が影響している可能性もある)。このように(人々に行きわたっているがんに対する)一般通念の効果は絶大なので、たとえ理屈がわかっている人であっても、PSAが上がってくると恐怖や不安が増大するはずです。

   ですからそういう精神状態を好転させるために、治療をしてみなければならない事態も生じます。それは他の臓器のがん放置療法で時々経験する事態です。それで私は定期健診時の患者の表情や態度から不安や恐怖心を読み取ったときには、「そろそろ治療をしましょうか」と水を向け、患者の判断を待つことにしています。

   局所症状のないPSA発見がんを治療するとしたら、どの方法がよいか。
   臓器転移がなければ手術や放射線のどちらかにする、と考えるのが普通です。しかし私は、手術は合併症が怖くてとても勧める気にはならない。その点、放射線治療はベターとは思いますが、やはり合併症があるわけで、手術にくらべれは少しは「まし」という程度です。ですから「もどき」に対して、こちらから勧められる代物(しろもの)ではないと考えています。

 すでに無意味と判定されているがん検診

   
ここでPSA発見がんの頻度と、PSA検診の是非について解説しておきます。
   頻度を考える出発点は、国民の死因分析にあります。しかしこの点、前立腺がんが死因となることは多くなく、日本人男性死因の1%にとどまります。ところががんではなく、他の病気や事故で亡くなった男性を解剖してみると、前立腺がんが高頻度で見つかるのです。これを「潜在がん」「潜伏がん」「ラテントがん」などと呼びます。その発見頻度は高くて、50歳以上の男性の半数以上にラテントがんが見つかります。もっと詳しく調べるならば、ほぼ全員に発見される可能性があります。

   ということはつまり、生きている男性のほとんどの人がラテントがんを持っているはずなのです。しかし前立腺がんで死亡する人は全男性の1%に過ぎません。つまりラテントがんのほぼ全部は、放っておいても宿主を死なせることはないのです。そのラテントがんをわざわざ見つけ出して治療へと駆り立てるのが、「PSA検診」なのです。つまりこうした検診は、健康な男性に治療を受けさせることを目的としており、当然、患者の側には利益はなく、(必要のない治療を受けることで)合併症という不利益だけが残るのです。

   これに対し、検診実施側にはさまざまな利益が生じることになります。
   まず検診にかかる費用は自治体や会社等など誰かが負担してくれるので、医療機関の儲けになる。検診でPSAの値が高ければ短期入院させて針生検が行なえるし、MRI等の検査代も上乗せされる。手術、放射線、ホルモン治療をすれば、その治療費、入院費、術後の定期診察・検査による診療費と、その儲けはふくらみます。そして合併症が生じればその治療費でさらに稼げるという、おぞましい仕組みまでが存在しています。

   PSA検診については、大流行している本場米国で新たな動きがありました。
   米政府の予防医学作業部会が、これまでに実施された5つの大規模臨床試験の結果を分析した結果、年齢、人種、家族歴にかかわらず、PSA検査の実施が死亡率を下げるとする証拠は見出せなかったとして、すべての男性に対し「検査は勧められない」とする勧告案を発表したのです。(2011年10月8日付け「朝日新聞」)

   しかし米国でも日本でもPSA検診は、医療機関の経営や、医者の経済的利益にあまりにも大きく組み込まれてしまっている結果、その稼ぎで生計を立てている人々にとってはたとえば、PSA検診が2割減っただけでも
大打撃なわけです。したがってどのような勧告が出ようとも、こうした医療機関が自発的にPSA検診を止めるはずはなく、むしろ逆に推進させようとするはずなのです。つまり、医者の世界も、経済的利益に関わる因習や偏見が一番正しにくく、変えにくいことなのです。


      book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                           抜粋 

「がん放置療法」のすすめ 患者150人の証言

   がんを放っておいたらどんどん増大し進行して死に至る。早期がんも放っておくと、進行がん、転移がんを経て死亡する。――これが人々が癌に対して抱いているイメージであり、社会通念であると思われます。しかし、どんどん進行して死に至る、ということをどうやって確かめたのでしょうか。なぜなら昔からすべての癌は、発見され次第直ちに治療されてきました。転移がんを治療しないことはあっても、早期がんや進行がんを治療せずに済ませることはなかったのです。

   とすると、がんに対するイメージや社会通念は間違っているかもしれない。
   これが本書の出発点です。本書の第一の目的は、がんを放置した場合の実像を伝えることにあります。私はこれまで、がんを放置する患者を多数診てきました。私が1980年代に著作活動を始めたころ、「治療を受けたくない」「がんを放置して様子を見たい」、という人たちが尋ねてくるようになったからです。がんの種類は胃がん、肺がん、前立腺がん、乳がんなどさまざまで、進行度も早期がんから進行がん、転移がんとまちまちでした。

   診察の結果、治療を受ける必要がないと思われる場合には、その後の経過を定期的に診てきました。他方で苦痛等の症状があり、日常生活の質が低下している場合には私のほうから治療を勧めます。こうして私が定期的に診てきた{がん放置)患者は150人以上になります。放置してみると、がんの経過はさまざまです。大した変化がないケースもあれば、がんが増大して治療を始めるケースもある。他方ではみるみる癌が縮小し、消失してしまったケースもありました。

   私のこうした診療経験は、①がん発生の臓器が多種類、②がんの進行度がいろいろ、③人数が多い、という特徴があります。さらに、④大学病院の外来で診てきたという点も重要です。なぜならば、世間に数限りなく存在する「これで癌が治った」式の言説が、そもそも本当に癌だったのかという疑問があるからです。

   これに対し、私が診てきた患者たちは、組織検査で癌と確認されており、定期的検査(胃レントゲン、内視鏡、超音波、CT等)に携わった医者とその他多数の病院職員がその証人となれます。それに加えて慶応大学病院は、がん専門病院と同様に、がん治療を推進している巨大組織でもあります。そうした一外来で、これほど多種多様な癌を治療せずに放置しているというのは、おそらく世界で唯一無二ではないかと思われます。もしそうだとすれば、この診療経験を私だけのものとしておくのはもったいない、世間の人々にも伝えなければ、と考えたのが本書執筆の動機です。

   本書では患者たちの生の声を大幅に掲載したので、がんを放置するに至った経緯や、その後の心理状態など、読者には大いに参考になるはずです。それぞれのケースの経過には、どれも教訓と示唆に満ちています。それはたとえば、増大し続けると信じられている進行がんでも、縮小するケースがあるとわかれば、それだけで癌に対するイメージが崩れるはずです。

   放置患者の観察・分析から、がんが転移する時期も判明します。
   すべてのがんは「本物のがん」か「がんもどき」のどちらかに属し、「本物」は初発がん発見のはるか以前に転移しているのです。他方、がん発見当時に転移がない「もどき」は、放置しても初発巣から転移が生じないことが確認できました。

   がんは放っておいたら転移してしまうという考えが、がんにたいする社会通念の一部を構成しています。そうした転移に対する恐怖や不安が、人々を治療へと駆り立ててきたのです。もし本書を読まれて「本物」と「もどき」の違いを知り、転移に対する認識を改めることができたなら、もっと気楽な気持ちでがんに接することができるでしょう。

   ところで癌を放置してみるというアイディアは私の独創ではありません。
      たとえば前立腺がんの一部に対しては、泌尿器科医たちも「監視療法」あるいは「待機療法」という方法を行なっており、それが今や標準治療の一つになろうとしています。しかしながら私が本書で述べる放置・観察の実態は、それらとはだいぶ異なります。それは名付けて「がん放置療法」です。

   本書に登場する患者さんたちは、2011年の異なった時期にインタビューを受けています。PSA発見がんは、手術や放射線で治療されるのが一般的です。PSAが高いほど、患者も医者も不安になって治療することになりがちです。ここではPSA発見がんで放置・無治療の道を選ばれた方を紹介します。


『ケース1』 「腫瘍マーカーが基準値を超えた」 

  『前立腺がんと診断されたのは、2004年11月で53歳のときのことです。
  会社の検診で勧められて受けたら、採血検査の中にPSA
検査があったのです。基準が4で、4・3なので微妙に高いと言われた。俺も最初、がんだと告げられたときは動揺したよ。53歳だったからびっくりして、死ぬというのが目の前に来た。でもその時3人の子どもの一番上がまだ中学生だったから、これはまだ死ねないよね。

   しかし俺には変なこだわりがあってね。
   何でも絶対、比較しなくてはあかんといつも思っている。電化製品を買うにしても、最低3ヶ所は見る。見積もりは3ヶ所やれと思ってる。それで、他の病院でも診てもらいたいと担当医に頼むと、すぐ紹介状をサーッと書いてくれた。それで次に近藤先生のところに受診した。3ヶ所目は行っていない。・・・。

   最初の印象はすげぇ医者だなと思った。
   普通の医者はグチャグチャしゃべるけど、先生はあんまりしゃべらない。この医者でいいのかなという不安がないわけではなかった。近藤先生は患者に判断させるわけですよ。こうしなさい、ああしなさい、とは言わない。逆に患者の側がある程度勉強しないと物事が進まない。でも何かやるといえば反対はしないと思うけど。先生は、もう一度PSAを測ってみよう、前と違うかもしれないし、と。しかし12・45と高くなっていて、これはまたビビッた。でもPSAが基準値よりちょっと高いだけで手術というのは滅茶苦茶だと思う。進行するのは遅いようでそんなに急ぐことはないな、と思った。

   近藤先生は、それじゃぁ、半年後くらいにまた診てみますか、という具合だった。
   その後は慶応病院へ半年に1回のペースで通った。不安は少しもなかった。俺自身そんなに進まないなというイメージがあったことと、近藤先生からいきなり「半年後」と言われたのでそんなもんかなと。それに自覚症状もなかったし。半年後に先生を訪ねても
PSAしか測らないし、それも微妙に上下するだけで、体はなんともないものね。

   3つくらい見積もりをとるというのは、俺の人生の指針みたいなものだね。
   1個だけだと誤魔化されかねない。俺には、急いでは損だなという考えがある。もう少し待っていたらもっとよい治療法が出てくるのではと思う。自分で何でも決めるというのでもないけど、近藤先生ものんびりしているというか、早くなんとかせいという感じがまったくないしね。でも近藤先生のところに行ってよかった。ほかの病院に相談に行ったら、治療を勧められてその気になってしまうかもしれないし。

   医者は手術をしたくてしょうがない、と聞いていた。
   とくに大学病院なんかに行けば絶対そうだからね。何があっても、切る、ということになってしまう。それはいかんと僕は思っていた。前立腺は手術をするのが大変なところです。ほかの患者さんが医者に勧められるままに、いとも簡単に手術を受けるのが俺にはびっくりだね。医者に脅かされて、手術を受けるのかなぁ。2014年に定年だから診てやれなくなると近藤先生から言われたけど、診てもらえるうちは診てもらおうと思っていますよ。』

                           sun

   本件の患者さんはまったく心配する必要はないのですが、「がん」と言われてしまったので、本人は死を意識している。「心配いらない」「がんを忘れなさい」と私は言うのですが、心理的に刻み込まれた恐怖や不安はなかなか追い払えないようで、外来にいつまでも通って来ます。多臓器のがんでもそういう方が多いのです。そうなる気持ちはよくわかります。

   最近、1人の患者さんが外来を訪れました。
   紹介状によるとPSA発見がんで、PSAは比較的低値でした。ただ私の著書を読んだことがなかったとかで、『あなたの癌は、がんもどき』(梧桐書院刊)を売店で購入し読まれました。やがて診察室に彼を招き入れると、ニコニコして「いやぁ、分かりました」「もうけっこうです」、と病気について一切話すことなくそのままユーターンして帰られたのです。
   ――がん放置療法の場合、この人は私の理想とする患者像です。

『ケース2』 「腫瘍マーカーが上がるのはしょうがない、諦めました」

   『
私が前立腺がんと診断されたのは、12年前の1999年61歳の時です。
   市でやっていたPSA
検査を受けたのです。すると値が8・5あり、精密検査を勧められて一泊の検査入院をしました。市民病院へ入院するとき、泌尿器科部長が「市のほうから検査をやれと言われて仕方なしにやっているんですよ。受けなければ70歳くらいまでは快適に過ごせたのに申し訳ないですね」、と本音を言ってくれました。

   そして新任の部長は、「9だからすぐに手術を受けたほうがよい。普通なんだけど悪いのがちょっと混じっている」というのです。それなのになぜ急に手術を受けねばならないのか、と疑問に思いました。「奥さんも連れて来てくれ」と言われて、「夫がインポテンスになるから覚悟しなさい」と言いたいわけです。まずホルモン療法を始めると言われて、1回だけやりました。するとたった1本のLH‐RHアナログの注射で、PSAが2・2まで下がった。だけど気力がなくなり、自分が生きた屍(しかばね)みたいな感じになってしまい、気分がよくない。


   そして、私は近藤さんの『がんと闘うな』を読んでいたので、行ってみるか、と思ったのです。先生に「ホルモン療法は続けたほうがよいですか」と尋ねたら、「すぐやめなさい」と言われた。で、その後は1回もやっていない。「一番よいのは、自然でいることです」と言われた。いずれ人は死ぬのだし、それで覚悟が決められてそれから気が楽になった。普通の生活ができる。それでももう、12年経つけど自覚症状もない。

   近藤先生は「検査なんか受けなくてもいい。来なくていい」というのですが、私は先生に会いに東京へ来れるし、たまに東京へ出てきたいし、それで検査のために受診しているのです。ほかの検査は何もやっていないのですが、P
SAくらいはいいだろうと思って受けています。そうすると値が上がってくるわけです。10くらいだったのが16になり、26になり、38、50になり、いまは70台で、72です。急にパッと上がることもある。しかし次の半年に半分くらい下がる。

   私が今年(2011年)安心したのは、前立腺がんと告げられて12年経っているけども、平均寿命くらいは生きられるかもしれないと思うようになれたことです。それは近藤先生の『あなたの癌は、がんもどき』を読んだからです。放っておくのが一番よいのだけれど、PSA
が上がったとしてもいつ治療すればよいのかその目安はない」と書いてある。・・・。普通に生きていれば日本の男性の平均寿命は80歳。私は今現在73歳だから、先生の本に書いてあったPSAが136になった患者のようになるまでに4、5年かかるとすると、私が136になるのはおよそ77歳。それから亡くなるまでに6年半かかるとすると83歳で死亡する。それならまぁ、普通だと思うのです。

   嫌な気持ちで病院通いして、検査だなんだとやられるとそれだけで病気になってしまう。私は何にも自覚症状が出ていないし、好きなものは食べられるし、体は動くし、病院に行かないで済ませられるのなら済ましたほうがよいと思ったのです。』

                            sun

 組織診断には誤診が多い

   
私が乳房温存療法を唱導していた頃(80年~90年代前半)、全国から大勢の「乳がん」患者があつまって来て、すでに生検を受けていたケースでは組織標本を取り寄せ、エキスパートに見直してもらっていました。その結果、「乳がん」ケースの1割もが誤診であり、良性だったのです。もし彼女たちが元の病院に留まっていたなら、乳房と胸筋を切除されてあばら骨の輪郭が見え、腕があがりにくくなっていたはずです。

   この話の怖ろしいところは、誤診率が全国平均で1割だったと推定できる点です。
   そのころ日本では乳房温存療法の施行率がほぼゼロだったので、私のところには各地からがん専門病院や大学病院からも患者が集まっており、彼女たちも誤診されていたのです。


      book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                            抜粋

 

「一瞬」の根底にこそ喜びと興奮がある

   自分自身に留まるとは、自分を裁くことをやめてありのままの自分でいることです。
   自分であるために、これほど自分との親密な方法がほかにあるでしょうか。多くの人々が、自分自身であるための方法はこういうものだといった考えをさまざまに持っています。自分自身であるとは、単に一つの生き方であって何も特別なものではありません。ただそう在るだけのことです。

   つまり自分自身に100%満足し、他の誰からも承認を必要とせずに完結して、満足を感じられることです。あなたは誰からも認められたり、素晴らしいと言ってもらう必要がなく、自分はこの自分でいいのだと、ただわかるのです。それは自分を批判したり裁かないことからしか得られないものです。もしも、「私は人からの承認もサポートも必要ない。私はこのままでOKですから」と言うのであれば、おそらくあなたはOKではないでしょう。なぜなら「自分はOK」だと言わなければならないからです。

Q、  それは自分自身と関係を持たないといったようなことですか?

   そうです。
   
つまり、ああなりたい、こうなりたいと考え、試みているうちは、自分自身ではあり得ないのです。しかし多くの人々は、「私はここに座って自分と向き合うぞ」と言うのです。ですからそのために自分を二つに分けなければなりません。誰もが自分自身と関係を持っているようですが、ということは自分自身を分けているということです。

   究極的に自分自身を愛する状態とは、自分に対して意地悪をやめることです。
   つまり、「こうすれば良かった。ああすればよかった」と言わないことです。誰だって一日中、自分に不満ばかり言っていたり、あるいは親からそんなことばかり言われていたら、親なんて大嫌いになっているはずではありませんか? そして多くの人が、どんな暴君よりもひどい態度で自分自身に対して暴力をふるってきたのです。

   自分自身を愛するとは、突き詰めれば基本的に何でもないことになります。
   もしあなたが何ものかであるとしたら、どうやってあなた自身で在るのですか? そんなことはあり得ないことになります。それがわかると、実に拍子抜けするほどシンプルなことなので、「何て自分は間抜けなんだろ!」と言うことでしょう。自分自身であるとは、ただ何一つしないことなのです。何一つとして!です。


Q、  その人がただ在り、自分自身とも関係を持たず、何ものでもなく、自分自身を親密に分かち合っているとき、その人はどういう状況にあるのですか?

   
安らぎです。
   それを退屈だと思う人もなかにはいるでしょう。あなたがそういう状態にいると、あなたから確認や反応を得ようとしている人々は困惑するでしょう。おそらく、なんと横柄で生意気な、無知で意地悪で、自己中の気取った人かと思われることでしょう。なぜならあなたが、彼らがいかに素晴らしいかを言ってあげなかったからです。しかし一方で、あなたからただサポートだけを求めている人は、あなたに大いなる慰めを見出すでしょう。なぜならあなたは、自分自身からも何も期待していないので、彼らに対しても何一つ求めないからです。

   自分自身であること。
   バラの花はどのようにしてバラ以外のものであり得るでしょうか? 自然の状態においてそういうことはあり得ません。もし自分自身でありたければ、あるいは完全な存在でありたければ何もしなくていいのです。いかなる修練も不要です。練習の必要もありません。唯一しなくてはならない訓練は、自分が自分の邪魔にならないように道を空けることです。

   いかなる期待も持たないこと。
   「もし自分が自分自身であれば」とか、「神であればこうあるべきでは」というのがないこと。「神であればこうあるべき」という期待をほとんどの人が持っています。そして自分が神であるのならどうあるべきか、というのも知っています。つまり、「神とは何か」という期待を抱いていることが問題なのです。

   その状態において彼らは何ものでもありません。
   たとえばあなたが一緒にいて、誰よりも楽しい人たちというのはどんな人たちでしょうか? 自分の思うように期待が満たされていないために、不満そうな顔をしている人でしょうか? それとも、あまりにも何ものでもないために、心が望むことをするだけで何の期待も抱いていない人でしょうか? 私たちができうる最大のこと、それは楽しむことです。あなたが楽しんでいない理由、それは実は大きな問題なのですが、何かしら期待を持っていることが原因なのです。

   自分が、「あの時は楽しかった!」と言えない時というのは、何らかの期待があってその通りにならずそうできなかったからなのです。自分は神ではないから楽しめないというわけです。神は何ら期待することなく、ゆえにすることのすべてが一瞬一瞬が新鮮で、自由で、喜びに満ちて・・・、そうなったらどんなに楽しいでしょうか! 「もちろん私はそう思うけど、神々は楽しみ以外のことをするのを知らないから・・・」、というのがあなたの解釈でしょう。

   あなたの人生の毎日のすべてが楽しみではないとすれば、それは自分の思うようにならない期待があったからです。ですから楽しくないのは自分の責任なのです。もし期待を持たなければ、毎日が、毎瞬が、新しい体験になるでしょう。あなたには好奇心があります。5分後には何が起きるかわからないとしても、5分後にはそれがわかるので、そんなことはどうでもいいと思うでしょう。それよりもいまのこの一瞬のほうがよほど大切であり、あなたはたったいまここにとどまり、永遠の現在に生きるのです。

   いまという瞬間にいるなら何の問題も持ち得ません。
   いまに在るなら、痛みもないでしょう。なぜなら痛みというのは、その前の瞬間から遅れて持ち越されているものだからです。いまにいれば、苦しみというのもあり得ないのです。何一つあなたを縛るものも、しがらみもありません。そうするとあなたはいま、究極の、無限の自由を手に入れることになるのです。「言われてみるとそうかもしれない。でもあまりに自然体というか・・・」、とつぶやきが聞こえてきます。

Q、  期待というのはどこからやって来るのでしょうか?

   
楽しんでいる時、5分後のことが気になり始め、「もっと楽しくなるかも」と思うやいなや、「いま」という時からすり抜けてしまいます。今という瞬間から抜け出るやいなや、必ず問題が起き始めます。つまりあなたの人生が喜びや楽しみ、自由、無制限でいっぱいでないときというのは、必ず一瞬一瞬を生きてはいないからなのです。

   そしてこれはもっとも難しいレッスンでもあります。
   あなた方はみな、一生懸命、苦労して頑張って、それで自分が何かやったと確認したいのです。もちろん誰でも、何もないという状態にいたくないのはわかります。でも、やってみてください。そうすれば、決して後戻りできなくなることを保障します!

   あなたが「いま」という瞬間を生きるなら、そこには何らの意図もありません。
   なぜなら意図というのは、その瞬間でないときに設定するものであり、それはあなたが感じている喜びを取り上げ、整理しようとします。整理すると必ずや例外なしに、いつも喜びから離れてしまいます。つまり、常に十分な喜びがあることを確かめるために自分自身を脇へ呼び出し、整理し、区分けしているわけであり、それはいわば欠乏なのです。

   いまこの瞬間を生きているなら、他には何も存在せず、それは一つの姿勢です。
   しかし意図は期待であり、それは瞬間からあなたをはじき出し、未来モードに切り替え、なおかつ過去とつながり、そうすることで決して「いま」という時を楽しむことがないのです。もしあなたの人生がみじめで楽しくないのであれば、それはあなた自身のせいなのです。そう言われるのが好きな人は誰もいないことは知っていますが・・・。

   たった「いま」がそのときなのです。
   この瞬間、たったいまだけにフォーカスすると、他のすべては空(くう)となり、そして意識の推移が起きるでしょう。それができるようになり、一瞬一瞬が連続してそうなっていくと、あなたは急速に変わっていくでしょう。さまざまな問題から解放され、あなたの人生は喜びとなるでしょう。あるのは、「たったいまのこの瞬間だけ」という感情的感覚になるでしょう。そしてそれは、学び得る他のどんなことよりも価値のある道具となるでしょう。その他のあらゆる体験はすべて、ただ単にこの一つのことを教えるためにあるのです。

   いまあるこの一瞬だけ、この瞬間を引き伸ばそうとしてみてください。
   それは今だけなのであり、その瞬間、あらゆる問題は去るでしょう。そしてその根底にこそ喜びと興奮があるのです。

   興奮と期待は違うものです。
   喜びのレベルが上がると、人生は興奮となります。唯一しなくてはならないことは、その興奮を瞬間から次の瞬間へと持ち越すことだけです。今のこの瞬間を感じてみてください。するとそれ以外のものは何ら存在しなくなることがわかります。それを自分で引き伸ばし、手放してください。そして次の瞬間もそうするのです。

   いまほとんどの人は、意図という計画を目標として用いています。
   しかしどんなことであれ物ごとを現象化するために一番早い方法は、意図を未来に入れてそこに落とし、そのまま無視しておくことです。するとどの瞬間もあなたが設定した方向のところへあなたを連れていくでしょう。自分自身であるとは、それ以外在りようがないことなのです。

Q、  しかし義務や仕事があって、一定の時間そこにいなければならない、あるいはある時間内にしなければならないことがある場合、瞬間から瞬間という生き方ができるのでしょうか?

   
もっと容易に、かつもっとうまくそれができるようになるでしょう。
   まず何事にも執着しない状態になるので、これまでになく効率よく自分の義務が果たせるようになります。「忘我の境地」といったことではなく、その瞬間に生きるならば、仕事をしながらみじめというようなことには決してならないのです。つまり毎瞬毎瞬が今となり、そうなれば職場の上司や同僚などとの過去のトラブルなどを引きずって、その延長線上にいることはなくなるのです。

   その瞬間瞬間には喜びがあります。
   そうした瞬間瞬間が重なり合い、すべてが喜びとなります。その瞬間、あなたはその時を生きています。そうすると周囲の人がどんなことをしていようが、自分と同じように他の人もおかしなゲームを楽しんでいると見られるようになります。そうした境地になると、今度はかつてなく人々と一緒にいたいと望むようになるでしょう。

   万物は神から生まれたものであり、そして実は自分も神であることをまだ知らないふりをしている人々の中に、神を見出すことが実に楽しくなるのです。いつでもそれを見出すことができるし、彼らもまた深いところではそれがわかっているのです。そのようにして、あなた方みんなのマインドがすべてをともに織り成し、つくり上げていくのを見ながら、あなたの人生には素晴らしい興奮とスリルが起きてくるでしょう。

   その瞬間に生きるということは、物ごとに無責任になるということではありません。
   一瞬一瞬を生きるようになると、人生に向き合う姿勢が変わります。つまり、「上司はいい加減だし、ロクな給料をもらってないのに、出社が7時だなんて・・・」、といったそうした考えは一切持たずに、その瞬間を生きるのです。それはあなたの生きる姿勢の問題であり、どの瞬間もそれぞれが異なる一瞬であり、スリルであるという姿勢へのシフトなのです。

Q、  でもその状況で瞬間を生きたなら、多分仕事をしながら午後7時のデートには行けないと思うのですが・・・。

   
いいえ、必ず行くと思うし、より簡単にそうできるでしょう。
   7時のデートであれば、あなたの存在(エンティティ)の一部は行きたいだろうし、もしそうでなければ何らかの理由でデートには行かなくなるでしょう。あなたがまったく何の先入感も期待もなしに瞬間を生きることができていて、あなたの存在の一部がその状況を気に入らなければ、午後2時の出社で自給が6000円のいい仕事を見つけてきたりするのです。つまり、あなたがその瞬間へフォーカスし続けられるような状況へ向けて、そのために必要なすべてのことが準備されるのです。そして本当にそうなるのです。


  book 『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                            抜粋
   
 

五つ目の約束:「疑い深くあること、しかし耳を傾けること」

   あなたはこれまでの人生において、他人に気に入られ、その期待に沿おうとし、他人のお眼鏡に適おうとして、本来の自分の望みは後回しにして生きてきました。つまりあなたは他人の観点に従って生きるために自分の個人的な自由や望みを犠牲にしてきたのです。あなたは母親や父親に、先生たちや伴侶に、子どもたちに、宗教に、そして不特定多数の人々から成る社会にそぐおうとして努力してきました。そしてそうした生き方を何年もしてきた挙句、今度は自分自身にそぐおうとすると、自分のやりたいことがわからず、どうすればいいのかわからずに、自分が自分にそぐわなくなっていることが判明します。

   もうそろそろ、自分のことを優先して生きたらどうなのでしょうか?
   そうするとおそらく、あなたにとって人生始まって以来初めて、自分を無条件に受け入れることによって、自分自身を愛する方法を学ぶことになるでしょう。あなたが自分を無条件に愛するようになると、あなたはもう、あなたの人生を支配しようとする外部の捕食者の餌食になることはありません。誰のためであれ、あなたはもう自分を犠牲にすることはありません。自分を愛することを実践するようになると、あなたは自分を愛することをマスターするでしょう。

   これまでお伝えしてきた四つの約束は、実はあなたが「変容するための技」を要約したものです。そしてその変容の技とは、自分がすでに学んだことを捨て去るプロセスのことなのです。あなたがこれまで学んできたことのすべては、あなたが合意することによって取り込んできたものです。そして今、それらの合意を破棄することで、学んできたことを捨て去るのです。一つの合意を破棄するごとに、あなたがその合意に費やしてきた「信頼の力」があなたの元に戻ってきます。なぜならもはや、その合意を生かし続けておくために、エネルギーを費やす必要がなくなるからです。

   まず、それほど力を必要としない「小さな合意」から始めてみてください。
   それらを捨て去るにつれて、あなたは自分の知識体系を取り壊し始め、そのおかげであなたがそれらに与えていた信頼のエネルギーが解放されてあなたに戻ってき始めます。あなたがエネルギーを取り戻すにつれて、あなたの個人的な力が増していき、意志が強くなっていきます。そうすると取り込んだ別の他の合意を変える力が備わってきます。そしてそれがまた次へ次へと、合意を変えていく力をもたらすのです。あなたの個人的な力は増大し続け、あなたは自分にとってほとんどすべてのことが可能であることを発見します。

   なぜならあなたは、以前よりもはるかに大きな力を身に付けているからです。
   そしてほどなくあなたは幸福や大きな喜び、そして愛にいたる合意を生み出すようになるでしょう。そうすると、それらの新しい合意があなたとともに躍動し始め、外の世界にも相互に作用するようになります。そしてあなたの夢全体が変化するのです。

   今まで学んできたことを捨て去るためには、まず自分が信じていることに向き合うことから始めてください。ではどうやって自分の信じていることに向き合えばよいのでしょうか?そのための手段は一つしかありません。それは疑問に思うことです。当然ながら、疑問の言葉も一つのシンボルに過ぎませんが、それは非常に大きな効果をもたらします。疑問の力を用いて、自分が伝達し、受け取っているメッセージの一つ一つのすべてを疑ってください。そして次に、社会を支配している一つひとつの常識や信条のすべての正当性を疑ってください。そして最終的に、あなたが取り込んだ合意による、世界を支配するあらゆる嘘と迷信の呪縛を打ち破ってください。そして五つ目の約束は、あなたに「疑うことの力」を授けてくれるものなのです。

 疑い深くあること、しかし耳を傾けることを学ぶこと

   
あなたはこれまで、いとも簡単にさまざまなメッセージを信じては信頼し、合意を与えて取り込んできました。それが、あなたが取り込んできた知識というおびただしい合意のことです。ですから信頼するということが、すなわち疑いもなく信じるということであり、疑うということが信じないことであるとわかります。では何を信じてはいけないのでしょうか? それは私たち芸術家である人間が知識を用いて作り出した、あらゆる物語のことです。あなたは私たちの知識のほとんどが真実ではないことを知っているでしょうか? つまり言葉というシンボル全体が真実ではないのです。

   真実は何もあなたに信じてもらう必要がありません。
   真実は単に存在するだけであり、それはあなたが信じようが信じまいが存続してそこにあるのです。しかし嘘はあなたに信じてもらう必要があり、もしあなたがその嘘を信じなければ、嘘はあなたの疑いに耐えられずに消滅するだけなのです。

   しかし疑う態度には、二つの方向性があります。
   一つは、自分は絶対に騙されないと考えて疑い深いふりをし、「何も信じるもんか!」というものですが、そういうことではありません。信じない理由は、それが真実ではないから信じないだけのことなのです。疑い深くなるための方法は、単に人類全体が嘘を信じ込んでいることに気づくことです。人間が真実を歪めていることを知っていますね。人間という芸術家は皆、真実を歪めます。だからといって誰か他人の言うことを批判したり、裁いたりする必要はありません。

   私たちは皆、何らかの形で嘘をついています。
   しかしそれは私たちが嘘をつきたいからではなく、自分たちが信じて身に付けた言葉というシンボルのせいであり、それらの諸々の言葉の適用の仕方が原因なのです。一度このことに気がつくと、五つ目の約束はとても意味のあるものとなり、これによってあなたの人生に大きな違いがもたらされる可能性があります。

   人々はあなたのもとにやってきて、さまざまな話をするでしょう。
   その人々はあなたに自分のものの見方や考え方を語り、自分の信じていることが真実だと言うでしょう。しかしそれが本当かそうでないかを裁かないで、ただ耳を傾けて尊敬してください。人々があなたに話すことのほとんどは、その人の信念によって歪められているということを承知のうえで、人々の言葉というシンボルの表現に耳を傾けてください。しかしあなたにはまた、人々の言葉が真実から発せられている時も分かるので、それを知るのに言葉は要りません。そしてここが肝心なところなのです。

   真実であるにしろ、架空の話であるにしろ、誰の物語も信じる必要はありません。
   ですから誰かが言ったことに対して、あなたは反応したり意見を述べたりする必要はありません。ただ耳を傾ければよいのです。言葉を非の打ちどころなく使えば使うほど、その人のメッセージは明確になっていきます。他人の言うことはあなたには何の関係もないものであり、あなたはそれがあなたに向けられたものではないことも分かっています。あなたは耳を傾けますが、それでいながらあなたはもはや人の言葉には影響されません。なぜなら他人が行なっている「歪み」がわかるので、あなたはもはやその人たちの言うことを裁かなくなります。

   どの人も皆それぞれが、自分が主人公の映画の世界、また独自の世界に生きていることに、あなたはすでに気がついていますね。その世界ではその人が知覚するものはどんなことも本人にとっては真実です。ましてや自分が主人公の世界では、すべてが絶対的な真実でもあるでしょう。しかしそれは、あなたにとっての真実ではありません。あなたにとっての唯一の真実は、あなたが自分の世界で知覚するものだけです。こうした気づきがあると誰に対しても、正しいとか間違っているといって立証する必要がなくなります。しかし何であれ、他人の言うことを尊重してください。耳を傾けることを身に付けると、あなたは他の芸術家に敬意を払うようになり、彼らの芸術、創造物に敬意を払うのです。

   意思疎通においては耳を傾けることがとても重要です。
   しかし(疑いとともに)耳を傾けることを身に付けていないなら、まさに今、私がここであなたと分かち合っていることも決して理解できないでしょう。なぜならあなたはすぐさま結論に飛びつき、これがあなたの夢ではないにもかかわらず、まるであなたの理想であるかのごとく反応してしまうからです。ですから人々がそれぞれの夢を話して聞かせるときは、何が自分の夢で何がそうでないかを意識することが大切です。

   今私は自分の世界に対する見方や夢について話しています。
   そしてこれは私にとっては真実ですが、しかし一方でそれは本当の真実ではないことも分かっています。ですから私を信じないで、ただ耳を傾けてください。しかしたとえ私が真実をそのまま正確に語ったとしても、メッセージが私の心を出て、あなたの心に入ったとたん、あなたがそれを歪めてしまうことも分かっています。私には自分の言ったことに対する責任がありますが、あなたが理解することに対する責任はありません。その責任はあなたにあります。なぜなら、あなたが耳にする一つ一つの言葉に意味を与えているのはあなただからです。

   ですから疑い深くあってください。
   誰かを信じて自分自身を明け渡してはいけません。そして特に、自分自身を信じてはいけません。と私が言う時、その意味は、あなたがこれまで学んできたすべてのことを信じないでくださいということです。その意味で自分自身を信じないことは、実は非常に大きな強みになるのです。なぜならあなたがこれまで学んできたことのほとんどは、すべて真実ではないからです。つまりあなたが知っていることのすべて、あなたの現実全体は、シンボル以外の何ものでもありません。ですからもちろんあなたは、頭の中でしゃべりまくっている諸々の言葉が生み出すイメージではありません。あなたにはそれがわかっているので、だからこそあなたは疑い深くなり、自分自身を信じない、つまりそういう意味なのです。

   あなたの信念があなたに向かって、「私はデブだ。不細工だ。年寄りだ。負け犬だ。イマイチだ。それほど強くない。絶対成功なんかできない。」と語っているならば、そのような自分自身を信じてはいけません。なぜならそれは本当ではなく、こうしたメッセージは歪められた嘘以外の何ものでもありません。こうしたメッセージは何一つとして、真実や生命に源を発するものではありません。こうしたものはすべて私たちの知識の中にある歪みに源を発しているのです。真実とはすなわち、不細工な人間など一人もいないということです。まあまあであるとか、そこそこ強いということもなく、こういった評価を真実であるとする普遍的な法の書などは存在しないばかりか、こういった評価はすべて人間たちが作り上げた合意に過ぎないのです。

   今あなたには、自分が信じている自分の姿が見えていますか?
   そうした嘘を自分が信じることは、あなたがなし得ることの中で最悪のことの一つです。そしてこれまであなたは絶えず、自分自身に嘘をつき続けています。もしあなたの夢が、人生が、楽しくないとすればその原因は、あなたがこういった諸々の嘘を信じていることに原因があります。そうしたあなたの個人的な世界は純然たる地獄にすらなり得るものであり、なぜなら個人的な地獄とは嘘を信じることによって築かれるものだからです。

   もしあなたが今苦しんでいるならば、それは誰かが苦しめているからではありません。それはあなたを牛耳っている頭の中の専制君主に従っているからです。あなたが自分自身の君主になると、あなたを裁く裁判官も、犠牲者もあなたの心には存在しなくなるので、もはやあなたが苦しむことはありません。あなたの作り出した専制君主は残酷です。彼は諸々のシンボルという言葉を使ってあなたを虐げ、苦しめます。それはあなたの作り出す否定的感情が生み出す感情的な毒を肥やしにして大きくなっていきます。専制君主は裁き、意見を述べるというやり方で、そういう感情をあなたの中に生み出していくのです。

   あなたが自分で自分を裁く以外、どこにもあなたを裁く人などいません。
   そしてあなたは裁きから、罪の意識から、拒絶から、そして罰から逃れようとするのですが、しかしどうやって自分自身の思考から逃れることができるというのでしょうか? ある人物が気に食わなければ、その人の元を去ることができます。しかし自分自身が気に食わない場合、そうはいかず、どこへ行こうとも自分から離れることはできません。誰であれ、他人から隠れることができますが、しかし自分自身の裁きからは隠れることができません。逃げ場はどこにもないのです。

   そういうわけで、かくも多くの人々が過食にのめり込み、麻薬をやり、アルコールに依存し、さまざまな行為や物事に耽溺するようになるのです。そうした人々は自分自身の物語から逃れるために、つまり頭の中で、歪めた言葉が作り出した自らの創造物から逃れるために、それができるなら何でもやろうとします。中には感情的な痛みがあまりにも激しく、自ら命を絶つことを決意する人もいます。

   これが、「嘘」というものが私たちみんなに行なう業です。
   知識の声は人を殺してしまうほどの歪みを生み出し、激しい自己嫌悪を生み出したりもします。しかしそういうことになるのもすべて、私たちが長年にわたって身に付けてきたさまざまな見解を、言葉というシンボルを通して、疑うことなく受け入れて信じてしまっているからなのです。

   五つ目の約束を理解すると、分かっていることと、言葉を介さなくともすでに知っていることは信じる必要がないことが分かるでしょう。真実は言葉を必要とせず、言葉を伴いません。ですから真実は沈黙しており、それはただ単に知るだけのものです。それは言葉を介入せずに感じることができるものなのです。そしてそれは沈黙の知識と呼ばれています。沈黙の知識とは、あなたが言葉というシンボルを知る前に知っていたものです。真実なるものに向かって自らを開き、耳を傾けることを身に付けると、すべての言葉がシンボルとしての価値を失い、唯一真実だけが残ります。そこには知るべきことは何もなく、正当化すべきことなど何もないのです。

   私があなたにお伝えしていることは理解しやすいことではないでしょう。
   しかしそれは同時に、言うまでもなく実に単純なことでもあります。結局、最終的には言語とは単なるシンボルにしか過ぎず、それはあなたが「本物だと考えているから本物であるに過ぎない」ということです。では言葉を取り除いたら何が残るのでしょうか? それは真実です。たとえばあなたは目の前に椅子を見ており、それを何と呼ぶか知らなくても、あなたはその上に座ることができ、真実はそこに存在します。物質は真実です。生は真実です。光は、愛は真実です。しかし人間の夢は真実ではありません。だからといってそれが悪いわけではありません。悪い、良いというのも例のごとく、真実ではない一つの概念に過ぎません。

   互いの意思疎通のために、自分が言葉というシンボル体系を用いていることを一度実感すると、言葉というシンボルは実は良くも悪くも、正しくも間違ってもいないということがわかります。それを歪めるのはあなたの信念の力なのです。しかし沈黙の中にある真実はいかなる解釈をも超えて存在しています。ですからあなたがシンボルという言葉を超えた時、あなたが見出すのはありのままの完全な世界であり、そこでは起きているすべての出来事、争い、嘘でさえが完全です。

   もしあなたが知識に含まれるさまざまな嘘を身に付けたり、嘘や捏造などの見解を信じて苦しむことなく一生を送るとすればどうなるでしょうか? あなたは他の動物のような人生を送ることになるでしょう。つまりあなたは終生、純真無垢なままであるだろうということです。生まれてすぐに開始される「飼い慣らし」の過程において、あなたは純真さを失います。しかしその純真さを失うことによって、あなたは失われたものを追求し始めます。そしてそのおかげであなたは気づきを得て、自分自身の進化に向けた一切の選択に責任を負うようになります。

   この地球という惑星で展開されている夢に教育されている間は、あなたにはそれ以外の選択の余地はありません。こうしてあなたは、非常に多くの知識という巧妙な嘘を身に付けてきました。しかしながらこうした嘘を捨て去り、自分の心に従うことによって真実に従う方法を取り戻し、学び直すことができます。それが私が呼んでいる「脱飼い慣らし」というものですが、このプロセスは非常にゆっくりとしたものですがとても強力な力を発揮します。そしてすでにお話したように、自分が信じた言葉に与えた信頼を奪い返す度に、あなたが本来持つ力が戻ってきます。その力はあなたの元に戻り続け、終にはシンボルという言葉の体系すべてがあなたを支配する力を失ってしまうのです。

   そしてすべての力があなたに戻った時、あなたは無敵になります。
   あなたを苦しめたり、打ち負かすものなど何もありません。つまりあなたは自分で自分を苦しめたり、打ち負かしたりしなくなるからで、これらは二つとも同じことなのです。言葉に注いでいたすべての力を一旦取り戻すと、あなたは頭に浮かんでくる思考を何も信じなくなります。つまりあなたは自分自身が作り出す物語を信じなくなるのです。しかしその物語を楽しむことはできます。それはたとえば映画を見に行ったり、小説を読んだりするのと同じで、それを信じることはなくても楽しむことはできます。ですから一旦、頭の中の仮想現実と現実の世界がわかってしまえばいいのです。

   いまやあなたには、自分が頭の中でつむぐ物語が真実ではないことがわかっています。ですから今度はそれを用いて、あなたを幸せにする美しい物語をつむぐことができ、その物語を通して自分の人生を導いていくことができます。あなたは自分独自の楽園や天国を創造し、そこで暮らすことができるのです。そしてもしあなたが、そうした他の人々の楽園の物語を理解することができるなら、他の人もあなたの楽園物語を理解できるでしょう。そうするとあなた方は一緒になって、最高に美しいこの世界の楽園の夢をつむぐことができるのです。

   しかしまずは、あなたが取り込んだ多くのことを捨て去る必要があります。
   そのために用意された道具が、この五つ目の約束「疑い深くありなさい。しかし耳を傾けることを学びなさい」というものです。そうして後、選択し、自分の選択に責任を持つことです。これはあなたの人生であって、誰か他人の人生ではありません。そうすれば、自分の人生で何をしようと、それは他人にはまったく関係のないことなのだと気がつくでしょう。


          book 『五つの約束』
          ドン・ミゲル・ルイス&ドン・ホセ・ルイス&ジャネット・ミルズ著
                       コスモス・ライブラリー

                            抜粋
   

   
   
   

真に愛国心と平和を求める新たなリーダーが必要

植草   1990年代のバブル崩壊後、1994年の宮澤内閣の時に、米国から悪名高い「対日規制改革要望書」が出されて、それが恒例化されました。さらにそれに基づいた規制改革委員会が日米に設置されました。そしてご存知のように郵政民営化はこの要望書に沿ったものでした。そして鳩山内閣の時、その規制改革委員会は廃止され、「対日規制改革要望書」も中断されたのです。ところがそれが菅内閣に代わったとたん、今度は「日米経済調和対話」と名称を変えて復活したのです。なぜ規制改革委員会を廃止したのかを含め、この経緯を鳩山さんにおうかがいします。

鳩山   米国との関係において、「対日規制改革要望書」をただ受け入れるだけの受身の対応はやはりおかしいわけです。我々はそもそも郵政民営化に反対してきたのですから、その原因になっている規制改革委員会も見直すために中止に決め、それに伴って要望書も来なくなりました。つまり委員会がなくなれば、要望書を扱うところがなくなるわけです。ですから私としては民主党の政権交代に伴い、要望書もなくなるものだと考えていました。しかし菅さんになって「調和対話」という形で復活してきたのであれば、もしかすると菅さんの側からメッセージが送られたのかもしれません。いずれにせよ、別の形で同じ内容の委員会が復活したことは残念なことです。

   その上、菅内閣はTPPというより大きなものを、突然米国から突きつけられたことに慌てて、これに対する議論を党内で十分に行なうことなく、基本的に早々と賛成の方向を政府で決めてしまったように思えます。これは多分に外務省の主導であったと思われますが、よく内容も検討せず、TPPは基本的に賛成という方向に安易に乗ってしまったのは、「米国に対して従順に行動しなければ政権が長持ちしない」、だから「米国に対して従順でありたい」という、まさに”孫崎理論”を菅さんはよく知っていたということでしょう。

植草   小泉俊明さん(元民主党、国交省政務官、減税日本幹事長)の著書『民主党大崩壊』によると、2010年11月の菅首相とオバマ大統領の第三回日米首脳会議において、新たなイニシアティブ(自発的提案)に関する概要書の立ち上げが合意され、これによって先ほどの「日米経済調和対話」が再びスタートしています。これを見ると鳩山さんが言われたように、菅首相は最初から意図的に、鳩山政権が断ち切った「対日規制改革要望書」を復活させようとしたことは間違いないと思います。

   ちなみに、菅首相の第一回目の日米首脳会談(トロントサミット)では消費税増税が約束され、第二回目のニューヨークの会談ではTPPへの参加検討が約束されています。ですから菅政権によって、対米追従路線への切り替えが非常に早く行なわれていることが分かります。菅さんにとって、鳩山政権が潰れた理由は、一に増税を封印したこと、二に米国に対してものを言ったことという観察結果を活かし、財務省の意向を汲んで一気に増税に踏み切り、米国に従おうと決意したのです。これが菅内閣の基本姿勢だったと思います。


孫崎   間違いないと思います。

植草   この小泉俊明さんの本にはさらに、鳩山政権から菅政権への移行に伴い、裏で行なわれた重大な二つの「先祖返り」についても書かれています。一つは、自民党政権では財政再建についてプライマリーバランス(収支のバランス)の黒字化が目標として掲げられていましたが、鳩山政権ではこれを目標とするのをやめたのに対し、菅政権は即座に財務省主導の「プライマリーバランス黒字化」の目標を復活させ
たこと。二つ目は、鳩山政権が内閣府の経済モデルの見直しを行なったのに対し、菅政権は若干の修正だけでこの見直しもやめて、自民党時代とほとんど変わらない経済モデルを復活させたことです。

   しかもこの内閣府の経済モデルは、増税しても景気に悪影響は出ないとか、公共事業を行なっても景気はよくならないなどといった、かねてより財務省がもくろんでいたもので、増税にとって都合がよくなるように改竄(かいざん)されたマクロ計量モデルなわけです。

鳩山   リーマンショックによって9兆円の歳入欠陥が生じているときに、プライマリーバランスの黒字化というような目標を持ち出せば財務省の思うツボですから、そうした議論をすることに意味がないと思っていました。ですからそのような目標を閣議決定しなかったのは事実です。いずれは財政を健全化しなければならないのは当然ですが、いま大事なことは地域で働く人々の生活であって、本当に必要なところにもっと財政を出動させることなのです。これを数年行なえば経済を好転させることができるし、財政再建に手を付けるのはその後のことだと思います。

   政府のマクロ経済モデルというのは、これはもう言うなれば、政府にとって都合がいい結果が出るように作られているものなのです。私がもともといた大学(東京大学工学部計数工学科数理コース)の連中は、いろいろな数理モデルを専門的に作る能力を持っています。ですから彼らは、こういう結果を出してくださいと言われれば、発注者の意向に合わせてそういう結果が出てくるモデルを、いとも簡単に作ることができるんです。プログラムの中身については、それが経済モデルのような場合、それが正しいかどうか検証するのは非常に難しいのですが、コンピューターに数理計算させて経済予測などの結果が出てきてしまうと、それなりに信憑(しんびょう)性を持ってしまうところがあります。つまりはどれを信じるかという宗教のようなものなのです。

   民間のDEMIOSモデル(日米・世界モデル研究所、宍戸俊太郎氏による中長期経済社会予測シュミレーションのための他部門モデル)によると、ここ数年間は財政出動して経済を活性化し、税収が上がった後にプライマリーバランスを回復してゆくという道筋を描くことができるのですが、政府モデルだとそうはならない。しかもDEMIOS以外の民間モデルも多くはDEMIOSと同様の動きをするのですが、財務省は考え方を変えず、民間モデルは正しくないという理屈を作っているのです。どうやってデフレを脱却するかという時期に、財務省が自分たちの意図を反映させた政府の経済シミュレーションしか認めないというのは、非常にまずいと思いました。

植草   小泉政権は2001年から2006年までの5年半続きました。
     2003年までは日本経済は急激に悪化しましたが、2003年ごろから「りそな銀行」の救済などによって株価が上がり始め、緩やかな景気回復が実現します。小泉政権後の2007年度の国債発行額は25兆4000億円ですが、そのうち14兆4000億円が国債を返すための支出でしたから、実際に増やした借金は11兆円です。日本のGDPは約500兆円なので、増えた借金はGDP比で2%強ということになり、ヨーロッパにおける財政再建の目安とされている3%をクリアしているわけですから、2007年度の日本の財政は基本的に健全化されていたと考えてよいと思います。

   しかし2009年度、2010年度になると財政は急激に悪化し、国債の発行額は50兆円を超えてきます。その原因は、100年に一度の金融津波であるリーマンショックによる9兆円の税収減と、景気対策のための支出増による赤字でした。しかしこれは構造的な財政赤字ではないのです。これを構造的な財政赤字に対比して「循環的な財政赤字」と呼びますが、こういった事態に対してはまず、経済を回復させることが大事なのです。ですから増税をするといったような構造的な赤字削減への対策は、循環的な赤字を削減した後の段階で取り組むべきなのです。そういう意味では急激に赤字が拡大した2009年度に、赤字だからと緊縮財政を取るのはまったくの誤りですから、鳩山政権が取った対応は適正であったと思います。

 鳩山政権を消そうと考えていた財務省

   鳩山政権が誕生する5ヶ月前、2009年5月に小沢さんが「西松建設」問題で代表を退き、代表選が行なわれました。民主党内で小沢さんを引きずり降ろした勢力は岡田さんを支持し、メディアも岡田支持一色でしたが、鳩山さんになります。そして代表選挙を通じて、鳩山さんが増税を封印されたことは、その後の財務省にとって極めて大きな悩みのタネになったと思われます。

   2009年8月の総選挙では、消費税は大きな争点の一つになりました。
   消費税増税を主張する麻生自民党政権と、「増税の前にやることがある」と消費増税に反対する鳩山民主党が対立したわけです。そして麻生自民党が増税の根拠にしたのが、同年3月に成立した所得税法104条でしたが、民主党は当然この法案には反対していました。鳩山政権は4年間は増税しないという方針だったのですから、本来は政権発足後速やかに、この「所得税法附則104条」の凍結法案を可決しておくべきだったのですが、財務省はこのことを十分知っていながら、サボタージュすることにより、鳩山政権にそのような措置を取らせなかったわけです。私の見立てでは、財務省はこの附則104条を消すのではなく、鳩山政権を消そうと狙っていたのではないかと思います。

   附則104条を温存しておいて鳩山政権崩壊後、菅政権は、政権が樹立したとたんに消費税を言い出し、野田さんも藤井裕久さん(元財務大臣)も、法治国家だから附則104条を遵守するのは当然だといって、附則104条を消費税増税の錦の御旗にして、増税を正当化していったところがあります。

鳩山   財務省の官僚や秘書官から、凍結法案を作るべきだというような話が出て来るはずもなく、私が要らないのではないかと言った時も、「附則だから残しておいても大丈夫だ」として済まされ、ごまかされてしまった感じでした。こういうことがサボタージュの実態なのだと思いますが、こちらの甘さを反省しています。・・・。

植草   「天下り」についてですが、岡田克也副首相は「民主党のマニフェストでは天下りの斡旋(あっせん)の禁止を決めているのであって、斡旋のない天下りは天下りではない」、「じゃあ公務員のOBは再就職してはいけないのか、そこまで禁止すると、保障されている職業選択の自由に反する」と言っています。これは「3・11の原発事故があったのに、経産省OBが依然として電力会社に天下りを続けているのを容認するのか」という質問に答えたものですが、経産省からはいまでも、各電力会社の指定席ポストに一人ずつ天下っており、だいたい副社長にまで上がってゆくという実態があります。

   財務省からは、損保協会の専務理事に代々天下っていますが、これも形式的には斡旋がないことになっています。残念ながら民主党の姿勢は政権獲得後に、大幅に後退してしまったといわざるを得ません。

鳩山   岡田君がそういう答弁をしたという話を今聞きましたが、しかし植草さんがいま言われたケースはどう考えても天下りですね。我々は天下りを斡旋することは止めましたが、それ以外のケースでは天下りは依然残っていると見るのが正しいようです。ですから利害関係のないところ以外は退職後5年は再就職できなくするなど、さらに何らかの対策を考えてゆかなければならないと思っています。

植草   天下りと消費税についてですが、野田政権が消費増税を進める中で、非常に巧妙なすり替えが行なわれたと思います。当初は、天下りとわたりを根絶していわゆるシロアリ退治に取り組み、それをしっかりやったうえで消費増税をお願いするということだったのですが、いつの間にか話が変わってしまい、身を切る改革であるはずの中身が、天下り・わたりの根絶ではなく、公務員総人件費の削減、議員定数の削減という話にすり替わってしまったのです。これは天下りに対する官僚の抵抗がいかに凄まじいかということだと思いますが、野田政権では天下りの話はほぼ消えてなくなってしまいました。

   消費税増税をすることが正しいか誤りかについては議論があるとしても、世間では財務省の消費税に賭ける姿勢を、「少なくとも国民生活のために財政再建を考えてくれている」といった期待をこめた幻想が強いのですが、実は財務省の本音は自らの省益拡大を中心に動いているのが実態です。もしも財務省が本当に国益を考えて国家のために財政再建をするというのなら、率先して、自らの省益である天下りをやめるべきだと思います。

   財務省の天下り先は多岐にわたりますが、その象徴的な大きいところだけを挙げてみると、日銀総裁、かつての東京証券取引所理事長とこの2つが両横綱で、政策投資銀行、国際協力銀行、政策金融公庫の御三家、それ以外には日本たばこ産業、横浜銀行、西日本シティ銀行などの民間企業の指定席ポストなどがあります。日本が危機的であるというなら、まずこれらの天下りを止めるべきなのです。

鳩山   天下り根絶が、議員定数削減と公務員の総人件費の削減にすり替えられたという話はその通りです。いま、財務省の指定ポストを挙げられましたが、政権が財務省主導で動いている間は、止めることはできないでしょう。

 日本はまだ独立した国ではない

植草   
鳩山さんは現役政権時代の最後に、自分のよって立つ基盤は保守リベラルであるとおっしゃっていました。・・・。今後も何らかの形で、保守リベラルの流れを作ってゆくことのお手伝いをしてゆきたいということですが、保守であり、なおかつリベラルであるというのはどういうイメージなのでしょうか?

鳩山   いま、いわゆる保守と呼ばれる勢力が、対米従属的な保守に成り下がってしまっている中で、この国を米国から自立させてゆくべきだと考えるのが本来の保守であると考えます。そして国民一人一人を大切なものと考える政治、特に弱い立場にある人々と共生し自立する社会、それを私は友愛の政治と呼んでおり、それをリベラルと考えています。それを合わせて保守リベラルと呼んでいるのですが、こういった考え方がいまの日本の政治の中から、ポッカリと抜け落ちているように感じています。

植草   いわゆる旧体制の、米・官・業が一体になった保守ではないということですね。

鳩山   もちろん、守旧派の保守ではありません。
   時計の針はだいぶ、元の(旧体制へ)戻ってしまいましたが、2009年の選挙で多くの国民の期待を受けて政権交代した時の民主党代表が、私であったという事実は大きいと思っています。いまある種の清新さというか、政治に対しては素人(しろうと)でも、保守リベラルの真っ直ぐな志を持った人たちが、挑戦してゆく姿が求められていると思います。

植草   国民の側からより高い意識を持った集団が生まれることも大事ですし、その中から新しいリーダーが登場する必要もあると思いますが、今はまだ2009年の思いが実現していない中で、鳩山さんの深いご経験を活かしていただくことも非常に重要だと感じています。

鳩山   私もあらゆる意味で努力していきたいと思っています。
     孫崎さんも植草さんももう怖いものがないようですが、私もそろそろ怖いものがなくなっていますから。今のお話をずっと通して見てゆくと、私や小沢さんを含む政治と金の問題や領土問題、消費増税、TPP、原発再稼動、オスプレイと基地など、すべての問題にアメリカの陰が見え隠れしている中で、日本を本当の意味で独立国にしたいというのが、孫崎さんや植草さんのお考えであるし、私の考えでもあるわけです。やはり日本はまだ独立国にはなっていません。

   私は米国が悪いなどと言っているわけではなく、米国には米国の国益があり国家意思があるのは当然のことなので、それに対してきちっと自分の意見を述べ、米国を説得できるような、そういう尊厳のある日本につくり上げてゆかなければならないと考えています。保守で強いことを言っている人間ほど、米国に依存しているわけです。ですから結局、日米同盟が大事という主張に留まることしかできない保守のあり方を、根本的なところから見直そうと考えたのですが、私の場合それをやろうとして失敗してしまった。

   菅さんや野田さんは私の失敗を反面教師と見て、逆に米国追従のズブズブの関係を作ってしまった。さらに日本が未だ独立国になってはいないというこの状況を、国民に目覚めさせる役割を担っているはずのすべてのメディアもまた逆の方向を向いており、国民が何も知らず目覚めないように仕向けているとしか思えないところがあります。ですからどういう手段で日本の独立というものを実現してゆくかと言えば、やはりしっかりした旗を掲げ、国民総参加というような形を作ってゆかないと、菅さんや野田さんのように、実に簡単に後戻りしてしまうように思います。

植草   孫崎さんの著書『戦後史の正体』(創元社)の中に、米軍の終戦処理費(米軍駐留経費)を削ろうとして公職追放になった石橋湛山大蔵大臣の話が出てきます。その時、石橋湛山が言った言葉が大変印象深く残っています。

   「後に続いてくる大臣がおれと同じ態度を取ることだな。その彼もまた追放になるかもしれないが、それを2回、3回と続ければ、GHQも態度を改めてくるかもしれない」

   鳩山さんは潰されましたが、やはりその後に続く者たちのためにも、鳩山さんの経験は生かされるべきだと思います。日米同盟基軸という名の対米従属政策を唱える人たちが中心の霞ヶ関や永田町から見れば、イランを訪問するという話を自ら米国大使館に持ち込んで、2度も強硬に反対されてもなおもイランに行くという鳩山さんの行動力と度胸は驚嘆に値すると思います。いまもさまざまなメディアの攻撃にさらされていると思いますが、ここでさらに一歩を踏み出すことで、国民全体の動きにつなげてゆくことができると思うので、どのような形にせよ、ぜひ鳩山さんには現実の政治の場に戻っていただき、活動していただきたいと思っております。


          book 『『対米従属」という宿痾(しゅくあ)」
                  鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                           抜粋


 

「吉田茂」という人物の真実

孫崎   重光葵の次に在日米軍の問題に取り組んだのは、意外に思われる方がいるかもしれませんが岸信介首相でした。岸信介は対米従属派というようなイメージがありますが、実は対米自主派なのです。1960年の安保改訂ではあそこまでしかいけなかったのですが、次に焦点を合わせて、条文の中にいろいろな要素が埋め込まれたのです。重要な要素の一つは、国連憲章というものを全面に押し立てていることです。これによって、日本は国連憲章に違反するような、米国の行動にはついていかないという枠組みを作ったわけです。さらに10年経ったら見直し・改訂ができるということにしたのです。

   日米関係にとって安保条約以上に重要なものが日米地位協定なのですが、日米行政協定を(1951年に調印)をやめて、新たに日米地位協定を作り、この問題に手をつけたのも岸信介です。しかし彼の後、安保条約を本格的に改訂しようとした首相はいません。逆に言えば米国は、岸信介の存在を非常に嫌がったと思います。

鳩山   米国から何らかの反応があったのですか?

孫崎   それが安保反対のデモです。
     最初は安保反対のデモでしたが、最終的には岸内閣打倒のデモに変質していったことにも現れています。

植草   安保反対のデモに対して、アメリカからお金も出ていましたからね。

孫崎   CIAなどから直接お金が出ていたケースもあるようですが、多くは米国の意向を汲んだ企業から反対運動をしていた全学連にお金が出ていました。右翼の黒幕といわれた田中清玄(せいげん)氏(CIAのエージェント説も濃厚)を通して、全学連書記長の島成郎(しげお)氏に多額のお金が流れていたことについては、後に本人たちもそれを認めています。田中清玄が、全学連の島に引き合わせたといわれる業界人には電力業界のドンと言われた松永安左ェ門をはじめ、製鉄、製紙、石油のトップなど、多くの財界人がいました。これらの人から全学連にお金が出ていたことは、当事者たちが自分で書いていますから確かなことだと思います。

植草   岸信介の後、米国は再び吉田茂を首相にしようとしたのですが、吉田は池田勇人(はやと)を首相に立てましたね。そういう意味で吉田茂はずっと米国とつながっていたと言えます。話は少し横道にそれますが、吉田茂は2歳の時に吉田健三の養子になり、横浜で育つのですが、その養父の吉田健三はジャーディン・マセソン商会の横浜支店長をしていた人なんです。

   歴史をさかのぼってみますと、明治維新の成立に裏からさまざまな影響を与えたグラバー商会は、ジャーディン・マセソン商会の長崎代理店でした。そのジャーディン・マセソン商会とは何かといえばイギリスの武器商人であり、アヘン戦争を仕組んだことで有名な死の商人なわけです。イギリスがアジアを植民地支配するための実働部隊として送り込んでいたのが、ジャーディン・マセソン商会であったと見られています。・・・。

   明治維新というのは我々日本人の手によって成し遂げられたように語られていますが、実は金融資本を中心にした欧米の支配勢力により、裏からさまざまな支援が行なわれた結果生まれたものなのです。生麦事件を背景にした薩英戦争があり、その後イギリスが維新政府の裏から手を回してゆく時、そうした動きの中心にいたのがジャーディン・マセソン商会であり、後の時代にそのジャーディン・マセソン商会の横浜支店長になったのが吉田茂の養父・吉田健三です。吉田茂のバックにはこうした流れがあったことは、押えておくべきことだと思います。

孫崎   私は非常に面白いと思うのは、吉田茂という人は登場した時から、いまのように崇められていたわけではないということです。同時代の人々は吉田茂に対して、非常に厳しい見方をしています。ですからそういう意味でいま我々が持っている吉田茂像は、多分に作られた吉田茂像なわけです。その吉田茂像を作るために中心になったのが、高坂正尭(こうさかまさたか・元京都大学教授 1996年没)さんです。彼は吉田茂を宰相として崇め、「米国にもの申せる人」「日本を戦後復興に導いた人」という形で積極的に評価した。これは吉田茂個人の積極評価に留まらず、吉田に続く池田勇人など、安全保障における対米従属路線を引き継ぐ人たちを積極評価するためであったのです。

   NHKで、吉田茂再評価のドラマ『負けて勝つ』を放映しましたが、これも高坂正尭がしたのと同じテーマを繰り返しているわけです。そしてドラマの構成としての最終的な結論は、本当の日本にとって正しいことを知っているのは、首相である吉田茂であるとし、つまりは現実主義という形で対米従属を正当化するわけですね。

   現在の視点から吉田茂を評価するとしたら、その最大のポイントは安保条約、日米行政協定(のちの日米地位協定)という、極めて屈辱的な条約を結び、植民地的な在日米軍のあり方を許した点にあるのではないでしょうか。あの時点において、あのような協定をのむ以外なかったのかといえば、そうではなく他の選択肢はあったと私は思っています。

   実はその当時、外務省の事務方を中心に別の選択肢を考えていたのですが、吉田茂は池田勇人、宮澤喜一らを使い、むしろ進んでこのような状況を選んだのだと思います。その宮澤喜一でさえが、「こんな内容では、講和条約を結んで独立する意味がないじゃないか」と言うほどの行政協定を結んでしまったことは、いまから考えても大変に残念なことです。

   これは元外務官僚の寺崎太郎氏(日米開戦時のアメリカ局長、敗戦時の外務次官)が言っていたことですが、一連の取り決めの中で何が重要であるかの順番について、一に行政協定、二に安全保障条約、三に講和条約だというのです。その行政協定の内容は、ダレスが考えた「我々は望むだけの軍隊を、望む場所に、望むだけの期間駐留させる」というものでした。この在日米軍のあり方が日米関係の最大の歪みになっており、その歪みが今現在にいたるまで続いているのです。

   NATOにおける米軍の地位がどのようになっているのかと比較してみるならば、日本における日米関係の歪みは明らかなことです。行政協定によれば、あらゆることが米軍最優先であり、たとえば水道料金や電気代といったものまでが、地方自治体よりも米軍のほうが優遇されている始末です。

植草   サンフランシスコ講和条約には、講和が発効し、日本が独立を回復した時点で駐留軍は撤退するという規定があります。それには但(ただ)し書きがあって、別の規定がある場合はこの限りではないと書かれています。その但し書きと安保条約・日米行政協定がセットになっていると思うのですが、この講和条約が締結された時点において、米国は半永久的に日本の米軍基地を維持することを念頭においていたのでしょうか? あるいは暫定的な措置として米軍の駐留を考えていたのでしょうか?

孫崎   基本的には、米国は長期的に米軍基地をおくことに何の不安もなかったはずです。と言いますのは、池田勇人、宮澤喜一が米国に行った時のミッションは、日本側から米軍に「駐留してください」と言いに行くことだったのですから。

植草   進んで米軍の駐留を受け入れるという吉田茂の判断には、昭和天皇の意向が反映されていたとする見方についてはどうお考えになりますか?

孫崎   昭和天皇の意向は、非常に強くあったと思います。

植草   昭和天皇と吉田茂が会って、直接話しをしていると考えていいのですか?

孫崎   いいと思います。
     表面的には、吉田茂は日米安保、、米軍駐留の一番の推進者であったと思われていますが、それ以上に米軍駐留推進者であったのが、昭和天皇だと思われるからです。1955年8月、外相の重光葵はダレス米国務長官との会見のため米国に行くにあたり、昭和天皇に内奏(報告)しにゆくのですが、その時天皇は、「米軍撤退はダメだぞ」と念を押しておられますから。

鳩山   内奏の内容というのは本来、表にはでないものだと思うのですが、どこから出てきたのでしょうか?

孫崎   これは『戦後史の正体』にも書きましたが、重光葵の日記(『続・重光葵日記』中央公論社刊)に書かれていることなんです。

植草   そういった日記は、本人は公開しないつもりで書いているものなんですか? それともある程度、後世に残そうと思って書いているものなんですか?

孫崎   残そうと思って書いていると思いますね。
     ここには、「8月20日、渡米の使命について細かく内奏し、陛下より駐留軍の撤退は不可であること、また知人への心のこもった伝言を命ぜられた」と書いてあります。

植草   昭和天皇が米軍の駐留にこだわられたのは、それがなければソ連からの侵攻を受けやすくなるといったことを考えられたのでしょうか?

孫崎   そこまでではなく、単純化して申し上げれば、やはり米軍によって自分の身分や命が守られたことが大きかったのだと思います。


           book 『『対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                   鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                            抜粋



















迎合せず、真摯に率直にものを言うことの重要性

植草   敗戦後の占領期が終われば、外国軍は撤退するというのが当然のルールですが、米国は日本に軍隊を駐留させ続けることを強く望みました。その結果、米国の施政下にあった沖縄が米軍基地化され、現在に至っています。豊下楢彦さん(とよしたならひこ・関西学院大学教授)が沖縄に米軍基地が置かれるようになった経緯について、昭和天皇とマッカーサーの会見内容を分析することによって、新たな見方が提示されていることなどにも触れていきたいと思います。

孫崎   日本の戦後史を考える上でもっとも重要なポイントの一つは、講和条約と同時に、日米安保条約と日米行政協定を作ったということです。1960年に安保条約の改定があり、行政協定は地位協定へと名称が変更されるのですが、こちらはほぼ同じ内容が受け継がれています。この地位協定とは何かというと基本的に、「米軍が、使いたいだけの土地を、使いたいだけの期間、使いたい場所に置く」といったもので、占領終結時のダレス(ジョン・フォスター・ダレス米国務省政策顧問。のちに米国務長官)構想を協定という形にしたもので、それが今日まで基地問題として続いているということなのです。

   ですからオスプレイの普天間配備の問題について野田首相が、「これは米軍による運用の問題だから、我々は申し上げることはない」というのは、まさにこの地位協定の精神に沿った言い方であるわけです。しかしそうは言ってもこの地位協定には一応、「公共の安全を害することはしない」と書かれているのですから、この協定上からみてもオスプレイの配備には問題があるわけです。

植草   その条項をクリアするために、政府がわざわざ安全宣言を出したわけですね。
     詳しく申し上げますと、オスプレイの配備、飛行訓練については、地位協定上にある「日本国民の安全を図らなければならない」という規定に則(のっと)って、日本側が安全を確認しなければ運用できないはずなわけです。それで当時の野田首相と森本敏(さとし)防衛相が一緒に安全宣言をし、日本政府が進んで承認を与えたということですね。しかし沖縄住民の民意から考えても、大変に問題があると思いますが。

孫崎   沖縄へ基地が集中したことについてですが、占領終結後、砂川闘争など本土では反基地運動が非常な盛り上がりを見せた時期があり、結局、米軍施政下の沖縄に基地が集中してしまったのです。つまり沖縄基地は、本土の状況とは無関係ではなかったのです。その上、(昭和)天皇がマッカーサーに、「沖縄に50年ぐらいいてもらっても結構だ」と言われたわけです。(豊下論文による)

孫崎   日本側からの思いやり予算が米軍の基地経費の75~80%を占めていることは、海兵隊が沖縄に基地を置く非常に大きな理由になっているのは確かです。しかしたとえばドイツの場合では、負担は基地経費の25~30%で、米軍は自ら経費の70%を負担しなければならないわけですから、彼らにとって本当に意味がなければ基地を置くことはできないのです。

   いま米国では、海兵隊はなくしてもいいのではないかという議論があります。
   それに対する海兵隊の言い分は、「我々は経済的にもっとも効率のいい軍隊である」というものです。彼らは日本にいれば経費の20~25%だけを負担すればいいわけなので、経済効率がよくなるのは当然なのです。そして海兵隊は他の軍隊に比べて日本にいる割合が多いのです。米国内では、海兵隊が削減され基地周辺が寂れてしまったので、沖縄の海兵隊を呼び戻そうという議論があるのですが、しかしそれが実現しない最大の理由は、日本のこの「思いやり予算」なのです。

植草   沖縄周辺には繁華街がありますが、グアム、テニアンにはありませんよね。基地周辺には、兵士が遊ぶための繁華街が必要だというような理由もあるのでしょうか。

孫崎   私が『戦後史の正体』を書こうと思ったのは、歴史を見直そうというような動機からではまったくありませんでした。その最初のきっかけは普天間基地移転問題で、鳩山政権が崩壊していったことです。ウィキリークスなどを見てゆくと、政権崩壊の過程で防衛省や外務省があからさまにサボタージュしていたことが分かってきたのです。総理が問題にされたのは普天間基地の移転でしたが、実はこれは在日米軍全体から見ればほんの小さな部分でしかなかったのです。その小さな部分を問題にしただけなのに、政権が潰された。どうしてこのようなことになったのかを理解するには、戦後の日米関係全体を見なければならないと思い至ったわけです。

   出版社からは、1991年ごろからの歴史を書いて欲しいということでしたが、占領時代から継続して繰り返されていることを見てゆかなければ解明できないと考えました。そういう視点で歴史を見ていった時に分かったことは、鳩山さんも、小沢一郎さんもそうですが、第一に在日米軍基地をどうするかという問題に取り組んだこと、第二に中国に対して積極的だったこと。この二つが、二人が排除されていった最大の理由であるということです。その視点で戦後史を見ると、米軍基地を問題にして失脚した最初の首相が芦田均(あしだひとし)であることがわかります。

   芦田均が首相に就任したのは1948年3月で、それは社会党内閣であった片山哲政権のあっけない崩壊の後のことですが、首相になる前の1947年頃から「米軍の有事駐留」を唱えていました。しかし首相になったとたんに昭和電工事件(昭電疑獄・大規模な贈収賄事件でGHQの民主派ケーディスが失脚。背景にはGHQの反共派ウィロビーの暗躍があったといわれる)が起きたことで、わずか7ヶ月で政権は崩壊しました。総辞職後に芦田均も同じ事件で逮捕されますが、長期裁判の結果、最終的には無罪が確定しました。その取調べに際し検察官は、「政治家を辞めれば無罪にする」と言ったといわれています。つまり在日米軍に手を付けようとして最初に失脚させられたのが、芦田均であったと言えます。

   次に在日米軍の問題に手をつけようとしたのが、外務大臣の重光葵です。
   重光は、「まず米国陸軍を6年で、次の6年で海軍と空軍も撤退させ、計12年ですべての米軍を撤退させる」ということを、(1955年、駐日大使アリソンに対して)米国に提案しましたがそれが受け入れられることはありませんでした。しかしここで注目すべきことは、米軍はこの撤退案を全面的には排除せず、さまざまな対応策を考えた節(ふし)があります。つまり、しっかりした論拠を持ってものを言えば、米国はそれに対応しようとする人たちもいるわけです。ですから米国との理想的な関係は、いまでも我々がしっかりとした論拠を示してものを言ってゆくことであることがわかります。

植草   それは重光葵が、鳩山一郎内閣の外務大臣をしていた時代のことですね。(1954年12月~1956年12月、重光葵は外務大臣辞任後1ヶ月で死去した)米国は鳩山一郎内閣に対しては、結果的には正面からの全面的な反対はしなかったわけですね。

孫崎   米国は鳩山一郎政権には協力的ではなく、確かに、できれば鳩山政権は早く終わって欲しいと思っていたでしょうが、しかしそういった中でも重光の提案を完全には否定せず、実際に陸軍の撤退の検討をし、空・海軍についてよりよい条件の模索を試みています。

植草   支持はできないけれども、ゼロ回答でもなかったわけですね。

孫崎   普通であれば、こんなことを言えばゼロどころかマイナスなのに、米国の対応はそうではなかったということです。

鳩山   確かにそうなんですね。
     米国を友人だと思うのなら、はっきりとものをいうべきなんです。ところが日本の政治家はそういった訓練をここ20年、30年まったくしてこなかった。それが日米関係における最大の問題だと思います。なんでも米国の言うことを聞いていれば、アメリカにとっては確かに扱いやすい国だとは思われるでしょうが、尊敬される国にはなれません。我々は重光さんから学ぶべきですね。

孫崎   それに関連してちょっとしたエピソードをお話させてください。
     私が1998年に外務省で国際情報局長をしていたときに、北朝鮮のテポドン発射がありました。その翌々日、米国は北朝鮮への融和政策を出し、国務長官オルブライトがモスクワへ行くことになりました。日本の外務省でも大変な混乱が起きたために、米国の北朝鮮担当大使が在日米国大使公邸に関係者を集めたのです。

   その場で私が、この時期に融和策を出すのは不適当であると迫ると、その大使が「すでに北朝鮮は日本を攻撃できるノドンをいっぱい持っている。いまさらテポドンが飛んできたからといって大騒ぎする意味が分からない」と反論してきたわけです。それで私は、「ではキューバからフロリダを越えてミサイルが飛んできたらどうなるのか?」 と申し上げ、大使が答えに窮(きゅう)したということがありました。

   後日、日本駐在の情報関係の人が、「孫崎、あのやりとりはホワイトハウスでも評価されていたよ」と教えてくれました。やはりどういう場面でも、理にかなっていることなら反論した方がよいということなんです。対米関係も同じで、そのほうが最終的には評価を受けるのです。

鳩山   なるほど、そういうやりかたが尊敬されるんですね。
     キチンとものを言うことが大事なのであって、必ずしも考え方が一致しなくてもいいのです。

孫崎   意見が違っている場合、話を切って途絶えさせないことが大事なんです。
     それでプツリと話すのをやめてしまうと、喧嘩別れのようになってしまいますから。それでも何回か話し合いが続いてゆくという前提で、繰り返し話してゆくことが大事だと思います。そういう話し合いを避けるようになると、結果的に彼らは日本人をバカにするようになるのです。

   当時、国務長官だったヒラリー・クリントンは、「日本人と話すのは嫌だ」と言っていたといいます。それは日本人は普天間、普天間とばかり言うけれど、そういった話は自分たちにとっては不動産屋かハウスキーパーの話題だというわけです。自分は中国へ行けばもっと世界全体の話をすると。ですから話題によっては、首脳が話す話題としては低い位置づけにしてしまうことも可能だということでした。

鳩山   ・・・。それに比べると、野田内閣の対米姿勢には非常に不信感を感じるところがありましたね。「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と言われれば
イラクに自衛隊を出し、「ショウ・ザ・フラッグ」と言われればアフガンに船を出すように、米国に言われるままになっていればよいと主張する、「自民党の防衛大臣だった」森本敏さんを起用したんですからね。彼は自民党の政策を支持し続けてきた人なわけです。これはどういうふうに解釈したらいいのか、もう笑い話ですね。

植草   森本さんの起用は、野田政権の米国に対するメッセージだと思います。
     完全に米国にひれ伏します、というね。


          book 『「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                  鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                           抜粋
                  



























尖閣・竹島問題を生み出した米国の曖昧な態度の目的

鳩山   実は先日、私は程永華(ていえいか)・中国大使ご夫妻にお会いし、昼食をとりながらお話し合いをさせていただいたのですが、その席で彼らから、東アジア共同体構想を提唱してくれたことは本当に嬉しかったと言っていただきました。これで日中関係が進展してゆくなという期待を強く持ったということでした。

   歴史的な事実だけを申し上げれば、日本政府が東アジア共同体構想を提唱している間は、少なくとも今回のような事件は起きてはいないんですね。竹島においても李明博大統領が上陸したりというようなことは起きなかったし、日韓関係も良好でした。この地域にとってはやはり、東アジア共同体というメッセージは重要だったと理解しています。いま孫崎さんから中国漁船衝突問題は日本側の作為ではなかったかというご指摘がありましたが、少なくとも菅政権になってからは、漁船衝突のような事故が起こりやすい環境になっていたことは確かです。

   従ってこういった問題を解決するためには、もうひとつ大きな次元で外交関係を考えてゆく必要があると思います。日本が対米追従路線から対米自主路線に転換し、中国、韓国との協力関係を強めることが死活的に重要であるというメッセージを発してゆくことが、日本の安全にとって非常に大切なことだと思います。

   2012年9月7日に、日中国交正常化40周年記念のお祭りがプリンスタワー東京で行なわれたのですが、私はそのときの挨拶で、「いまこそ40年前の賢人の知恵に学ぶべきではないか」と申し上げました。先ほど孫崎さんが棚上げ論の重要性を言われたのと同じことですが、やはり中国大使ご夫妻などは涙を流さんばかりに喜んでくださいました。

   日清戦争終結の直前に、”無主の地”としての尖閣諸島を日本の領土にしていたので、尖閣諸島は下関条約には含まれていませんね。尖閣は日清戦争で奪ったものではないと一般的に日本では考えられていますが、そもそもカイロ宣言が言う「奪った」、つまり「スティール」というのはどういうことを指すのでしょうか?

孫崎   そこはいろいろ問題があるところです。
     カイロ宣言では、清の時代に奪った領地は返還されることになっています。奪った・スティールかどうかは別にしても、時系列に考えれば清の時代に尖閣を日本の領土に組み入れたことは確かです。日本側は無主の地だったと言っていますが、そこに中国の管轄権が及んでいた可能性がないとは言えない。そうであれば中国から見れば奪われたとも言えるのではないでしょうか。

鳩山   日清戦争の結果奪ったのではないけれども、日清戦争の最終局面で台湾を奪うと決めると同時にこっそり盗んだと言うのですね。しかも中国はその後、1970年まで尖閣について文句を言ってこなかったので日本の領土とみなしていたのだと、日本政府は主張していますね。

孫崎   実はそこにも異論があるのですが、一切文句を言わなかったかと言えば、1951年にサンフランシスコ講和条約を結ぶ時、中国は招かれていませんでした。それに対して周恩来外相が「サンフランシスコ講和条約は違法であり、対日講和はポツダム宣言とカイロ条約を遵守すべきだ」と言ったのです。つまりカイロ宣言を遵守せよということの中に、間接的にですが尖閣の領有の主張が入っていたとも言えるのです。

植草   日本が領有権を主張する根拠にしていることが、”スティール”の概念に当てはまるのかどうか、そこに論争の余地が残るということですね。

孫崎   そういうことです。
     そしてもうひとつ不思議なのは、1972年の沖縄返還に際して米国務省は、尖閣の領有についてどっちつかずの曖昧な態度を取ったことです。しかし米国防総省は国務省のそういう態度に反対し、「尖閣は沖縄の一部として米国の政権下にあったのだから、当然沖縄返還後は日本の領土だろう」と。それに対して米国務省は「中立だ」と言ったのです。ポツダム宣言によれば、四島だけと連合国が決めた島々が日本の領土ですから、連合国の中心である米国が明示しなかった以上、尖閣が日本領ではない可能性はあるわけです。つまり、日中の間にあえて「棘を刺しておく」という意図が米国にあったとも考えられます。

植草   地雷を埋め込んだ、と。

鳩山   「尖閣に領土問題は存在しない」と言ってしまうので、かえって日本の主張が十分にできなくなるのではないでしょうか。相手も明らかに自分たちの領有権を主張しているのだから、領土問題としてきちんと議論するほうが正しいと私は思います。領土問題は存在しないと言ってしまうほうが逆に不利になると思います。

孫崎   日本は竹島の問題を国際司法裁判所に提訴して解決しようとしているわけですから、尖閣も北方領土もそれを通して解決すると言ってもいいと思います。

編集部   しかし中国は、国際司法裁判所に提訴する意図はないと言っていますよね。

孫崎   基本的に、大国が領土問題を国際司法裁判所に提訴することはほとんどありません。米国も英国も提訴しないし、中国も多くの国境紛争をすべてバイ(1対1)で解決しています。つまり国際司法裁判所は西側の機関であり、バイでやったほうが自分たちの主張がちゃんとできると中国は考えているのでしょう。中国はまだ、国際司法裁判所でやるというところまでは行っていないのではないでしょうか。・・・。本当のところを言えばいま日中には、この島の問題よりもはるかに重要な課題があるだろうということなんですね。

鳩山   いま、この問題で対立することがお互いにどれほど国益を損なうか、そこに気づかないといけない。

植草   それが棚上げの発想なわけですね。この問題は一時棚上げして友好関係を維持しようということで。

編集部   少し別の角度から質問させていただきますが、たとえば孫崎さんの『戦後史の正体』について、朝日新聞書評欄(2012年9月30日)でジャーナリストの佐々木年俊尚さんが、「ロッキード事件から郵政民営化、TPPまで、すべては米国の陰謀だったという本であり、(中略)本書は典型的な陰謀史観でしかない」と書かれています。(この部分はその後朝日新聞によって訂正、削除された) 

   いままでのお話にあるように菅政権になってすぐ提出されたヒゲの隊長の佐藤議員の尖閣に関する質問主意書や、中国漁船衝突、その後の思いやり予算維持、武器輸出三原則緩和・・・というように、一連の出来事がリンクしていると考えることに対して、たまたまそうなっただけだ、それらの事件を裏で操作している何かがあるというのは”陰謀論”の類ではないかという指摘が、かなり根強くあることも事実です。それについてはどうお考えになりますか?

孫崎   佐藤さんの質問主意書はたまたまだったとしても、前原国交相が中国漁船に対する対応を変えたということについて、何らかの意図と結びついていると考えるのは自然なことではないでしょうか。しかも国交相になってすぐ、これまでとは違う指示を出すという行動をしたわけですから。
   

植草   
ですからいま申し上げている事実を結びつけて考えるのを、陰謀論だと解釈されることも自由なわけです。つまり現実には、起きた一つ一つのファクトがあるだけなのです。それをどう読むかには無限の可能性がある。その時ある仮説を立ててそれらの関連性を読み解いていくわけで、こういう出来事の因果関係について、確実な証拠がそろうというようなことはないわけです。結局すべては推論でしかなく、そういう言い方をすればすべての推論は陰謀論になってしまうわけです。

   ある仮説を立てて、現実の流れを読み解いていく。その推論が信じられないか、あるいは説得力があると見るかということだけなのです。客観的に見てかなり無理のあるこじつけをしているなら陰謀論でしょう。しかし客観的にみて絶対とは言えないまでも、そういう見方が成り立ちうる推論までを、すべて陰謀論として切り捨てようとするのは、逆の立場から言えば、そう推論されることを否定したいという意向を反映しているのではないかと思うのです。

編集部   よく分かりました。

 
米国地名委員会の竹島、韓国領の認定に反応しなかった町村官房長官の大失態

孫崎   
次に竹島問題を考えたいと思います。
     竹島も、当然ポツダム宣言との関連で考えなくてはいけないのですが、こちらは非常に複雑な経緯をたどっています。1946年に出された連合国最高司令部訓令(第677号)というのがありまして、その中に日本の範囲から除かれる地域として、鬱陵島、竹島、済州島が挙げられています。ところがサンフランシスコ条約締結時に韓国が、竹島を、日本が放棄する地域に入れてくれるよう要求した時、米国はこれを拒否しています。

   しかも拒否するだけでなく、1951年8月12付けラスク国務次官補発、韓国大使宛ての書簡では、「獨島(どくと)を済州島とともに権利放棄の中に含めるように、との要請に関しては応ずることができない。我々の情報によれば、獨島が朝鮮の一部として扱われたことは一度もなく、1905年以降、そこは島根県隠岐島の所管にある」と回答しているのです。

   ということでこの時点における法律的な日本の立場は、非常に有利な形になっているのです。いま韓国による実効支配がされていますが、(サンフランシスコ条約発効直前の1952年4月25日、韓国大統領李承晩・リショウバンがいわゆる”李承晩ラインを引いて竹島を自国領土にする。1965年日韓漁業協定により李承晩ラインは廃止されたが、竹島の実効支配はいまも続いている)わけですが、連合国側の一番重要な国である米国が、日本の領土であることを認めていたわけです。

   ところがその後2008年、ブッシュ大統領の韓国訪問時に次の問題が起こります。
   この時に韓国はブッシュ大統領に、竹島を韓国領と認めるようにとの激しい働きかけをします。そこでブッシュ大統領は、この問題に何らかの決着をつけるようにと、7月31日にライス国務長官に指示しました。その結果、米国政府機関である地名委員会が竹島を韓国領にするわけです。(地名委員会による竹島の帰属先は、2008年頃は主権未指定地域に変更されていた。しかしその後韓国の猛抗議により帰属先が韓国に変更された)。

   米国の言い分によれば、地名委員会というのは領土問題を解決する機関ではないということなんですが、ここは米連邦の領土の地名に関して唯一の責任をもつ機関ですから、ここが竹島を韓国領と認めたということは非常に深刻なことなのです。これに対する日本の対応は、まさに外交放棄とも言える非常にお粗末なものであったのです。

鳩山   町村さんですね。

孫崎   当時の官房長官であった町村信孝さんは、会見における新聞記者の質問に対して、「米国政府の一機関がやっていることに対して、あまり過度に反応することはない」と述べたんです。

植草   李明博氏が大統領に当選したのが2007年12月ですね。
     米国は反米的な盧武鉉(ノムヒョン)政権を倒して、何とか親米的な政権に移行させたかった。ですからこの李明博政権誕生に向けて米国は、相当いろいろな力を注いだのではないかと考えられます。ブッシュ訪問が2008年8月ですから、せっかく誕生させた親米的な韓国政権との関係を大事にしたいと考えるのが普通だと思います。

鳩山   まさにそうですね。

孫崎   米国地名委員会に対するこの時の町村官房長官の対応は、非常に重要なポイントです。1972年に尖閣諸島の領有権について、米国は中立の立場であるということを言っていますが、この時福田赳夫(たけお)外相は明確に「抗議する」と言い、佐藤栄作首相も不快感を表明しています。つまりこの当時の政治家は、領土問題について米国に対し、しっかりと自分たちの立場を伝えているのです。それに比べても、町村さんの対応は余りにもお粗末というほかはありません。

 
三つの領土問題に隠された米国の意図的な操作

植草   
日本の領土問題について決定的な力を持つ米国が、こうした問題にどう関わってきたかをまとめる中で、見えてきたことがあるように思います。まず尖閣ですが、1971年に沖縄返還協定締結時に米軍管理下にあった尖閣を沖縄と一緒に日本に返還し、国際的に日本の領有権を明言すべきであったのに対し、米国指示のもと国連が資源開発調査を進め、その結果中国が領有権を主張する状況が生まれ、米国は何らかの意図のもとに領有権問題を曖昧にしてしまった。客観的にみて、この尖閣諸島という地を紛争地へと誘導するような行動を米国はとったと考えてよいわけですね。

孫崎   はい。すでに述べましたが、少なくとも米国防総省は米国務省に対して、日本のどこまでが米施政権下にあったかという地図を示し、(尖閣諸島は中立な立場という)国務省の決定に対して異議を申し立てているわけですが、それをあえて明言しなかったということは、米国が明確な意図をもって尖閣の領有権から日本を外したと言えるわけです。

植草   それに1952年にサンフランシスコ講和条約直前に韓国が、竹島を組み込んでいわゆる李承晩ラインを引いた時も、米国はそれを黙認しました。

孫崎   これも朝鮮戦争の最中のことで、米国は韓国に対してグリップが効いている時ですから、もしそのつもりがあれば李承晩ラインを排除する力は米国にあったと考えられます。にもかかわらずそうしなかったわけですから、これも意図的と考えられます。 

植草   すでにお話にもありましたが、北方領土についても米国は明確に、(日本側に二島だけの返還要求をさせないようにそれを)否定しています。これらのことから考えると、米国は、日本と韓国、中国、ロシアとの関係が親密化しないように、意図的に行動しているという推論が成り立つと思いますが、この推論を何か補強するような証拠はありますか?

孫崎   北方領土については、その意図が明らかになるような証拠があります。
     すでに述べましたが、米国政策企画部のジョージ・ケナンが「日ソ間に領土問題を残すことのメリット」を本国へ具申しているし、また在イギリス・アメリカ大使館から本国に宛てられた通信に、「領土問題を残しておいたほうがよい」という電報などがあります。この電報はしばらくの間は米国公文書館にあったのですが、丹波實(みのる)さん(外務省においてソ連課長、条約局長、外務審議官などを歴任し、日ソ交渉にもっとも精通した人物)が後に照会すると、公文書館からは「紛失した」との返事がきたということです。


           book 『「対米従属」という宿痾』
                 鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                          抜粋














        

尖閣問題を引き起こすことで得をしているのは誰か

孫崎   次に尖閣の問題についてお話させていただきます。
     私はこの問題は、今後の日本の運命を左右するほどの大きな問題になってくると思っています。最初に申し上げましたがこの問題については、ある程度中国が主権を主張できる根拠があるわけです。いまここに、非常に重要な資料がありますのでご覧下さい。(巻末資料に全文を掲載) これは1979年5月31付け読売新聞の社説ですが、非常に重要なことが書かれています。33年前の読売新聞がこのようなことを書いていたのです。ですからこの社説と今の一般的なメディアとの論調の差が、そのまま日本国民の意識の差になっており、これが問題解決を困難にする要因になっていることは間違いないと思いますね。

植草   よくこのようなものを見つけましたね。

孫崎   この読売新聞社説には次のようなことが書かれています。

    『日中双方とも領土主権を主張し、現実に論争が”存在する”ことを認めながらこの問題を保留し、将来の解決に待つことで日中政府間の了解がついた。それは共同声明や条約上の文書にはなっていないが、政府対政府のれっきとした”約束事”であることは間違いない。約束した以上はこれを順守するのが筋道である』と。そして締めくくりには、『今後とも尖閣諸島問題に対しては慎重に対処し、決して紛争のタネにしてはならない』と書かれているわけです。(本書のP.137に読売新聞社説が掲載)


植草   確かに、尖閣についてこのような認識のもとに行動していれば、事態は今のようには深刻化しなかったでしょうね。

孫崎   いま、私は日本の中でこのセリフを言ってくれる人を探しているんです。

植草   かつては読売新聞の中核にいたんですがね・・・。

孫崎   実は私は尖閣問題が起こった後、かなり中国のメディアに出たのです。
     CCTV(中国中央電子台、中国公営放送の中央放送局)の取材を受けたこともあるのですが、そこで何を言ったかといいますと、結論は「鄧小平、周恩来の知恵を日中双方とも大事にしなければいけないのではないか」ということです。

鳩山   まさにその通りで、そこなんですよね。

孫崎   そうしたらCCTVが、それを夜の7時台の皆が一番テレビを見る時間帯に放映したのです。実は中国はそのセリフを一番聞きたがっているんですね。ところで日本にはそのことを表立って言う人がいない。これが一番彼らをイライラさせているところなんです。しかもいま日本側がどのような主張をしているかといいますと、先ほども申しましたが「尖閣列島は”先占の法理”によって日本の領土になっており、中国も1970年代までは文句を言って来なかった」という主張の一点張りなのです。

   日本政府は1895年に、尖閣列島にはどの国の主権も及んでいないという10年間の調査の結果を踏まえて、これは日本の領土だと宣言します。これが”先占の法理”と言われるものですが、これはある時期の植民地の理論でもあるわけです。たとえば中東遊牧民のベドウィンが歩いているような地域は、誰の支配も確立していない無主の地であるから、先に宣言したものに権利があり、欧州列強の領土であるというのがそうした理論であったのです。しかし今この理論は、国際司法上ではあまり大きなウェイトは占めていません。・・・。

   いずれにしても田中角栄、周恩来による日中国交正常化交渉の中で「日中双方とも領有を主張し、現実に論争が存在することを認めながら、この問題を保留しようということで棚上げになった」わけです。さらにこの”棚上げ”の確認は、周恩来の時代と鄧小平の時代に2度にわたって行なわれています。

鳩山   最初は1972年9月、田中角栄首相による日中正常化の時ですね。
     その宴席において田中首相の方から、「尖閣列島についてはどう考えるか」と話を切り出し、「その問題については今回は話したくない」と周恩来首相がやめたわけです。その前後の話からして事実上、尖閣問題の棚上げの合意が2人の首脳の間でなされたと見るのが当然であって、田中首相から話し出しているのですから、こちらが周恩来の提案を呑まなかったなどという話ではないと思われます。

孫崎   田中角栄首相の日中共同宣言を受けて、1978年に日中平和友好条約が作られるのですが、その時、鄧小平副首相(当時)はさらに踏み込んで明確に、尖閣諸島については棚上げということを言っています。それに対して、園田直外務大臣は明示的には棚上げに賛成であるとは言いませんでしたが、後に、実は抱きつきたいくらい嬉しかったと語っています。これは間違いなく、約束・合意があったと考えるのが順当だと思います。

   ところが残念なことに外務省を含め日本政府は、後に、この棚上げの約束を反故(ほご)にしてしまったわけです。棚上げ論には少なくとも、日本にとって3つのメリットがあるにもかかわらずです。その1つは、領有権問題で日中が態度を異にしている中で日本側に管轄を認めていること。2つ目は、相互に武力を使わないことを明確にしていること。そして3つ目は、日本の管轄が長引けば長引くほど、国際法的には日本が有利になっていくことです。つまり棚上げ合意は日本にとってプラスになることなのに、なぜこれを大事にせずに、日本側からこのメリットを放棄しようとしているのかということで、まったく信じられないことです。

植草   その通りだと思います。

  国民が怒りに煽動されている裏で進められた米国との懸案事項

孫崎   
尖閣問題を少し別の角度からお話させていただきますと、実は菅内閣が成立したとたん、その最初の閣議で自民党の佐藤正弘参議院議員(イラク派遣自衛隊支援部隊のヒゲの隊長)の質問主意書が提出された時、それに対する答弁書の中で「尖閣諸島は日本固有の領土である」という見解が示されるのです。これで中国側の主張である「領土問題は存在するが棚上げ」に対し、「領土問題は存在しないので、何か起きたら日本の国内法で対応してゆく」という政府の方針が明確にされてしまうのです。

植草   菅内閣の答弁書が6月で、そのあと9月に、例の中国漁船衝突事件が起きるわけですね。

孫崎   これまでも漁船は入ってきているんです。

植草   それについてはこれまでは漁業協定の範囲内で処理してきましたよね。

孫崎   そうです。漁業協定では、入って来た漁船に対しては操業を止めなさいと言って、止めたらそのまま無害通航権で帰していたのです。しかし今回は先ほどの国会での答弁書の件があるゆえに、国内法で対応するということが明確になったもので、日本の漁業法で拿捕(だほ)しに行った。

編集部   中国漁船のほうからぶつけてきたということではないのですか?
      そういう行為があった場合は、国内法を適用してもおかしくはないと思うのですが。

孫崎   いや、そうではないんです。
     なかなか信用してもらえないのですが、よくビデオ画像を見ていただけばわかるんですが、あれは何隻かの巡視船で中国漁船を拿捕しに行っているんですよ。日本が何隻かで囲んで臨検体制に入った、だから漁船はぶつけて逃げようとしたんです。これまでのようにそのまま帰せば、ぶつけてくることはなかったと思います。

   で、その事件の後何が起きたかということですが、沖縄県知事選がありました。
   あの事件がなければ、おそらく伊波(いは)洋一さん(元宜野湾市長)が勝っていたかもしれないのです。次に行なわれたのが米軍基地に対する思いやり予算で、これがスンナリと5年間は減額なしということに決まります。前回の福田康夫内閣の時は3年間で若干ですが減額でしたから、今度はかなり米国側に譲歩したことになります。そしてアフガニスタンに自衛隊の医師を派遣する話が出る。これは社民党の反対で潰れましたが、次に武器輸出三原則の緩和という話が出ました。つまりこのようにして中国漁船の衝突問題があってから、日米の懸案事項は急激に進展を見せたわけです。

   当時メディアでは、この問題は中国側が意図的に引き起こしたのではないかという議論がありました。あの船には工作員がいたのではないかといったようなことです。しかし中国側がハイレベルの決定で本格的に事故を引き起こそうとする場合には、あのような妙な、船長が捕まるというようなみじめな行動はとらないはずです。もっと大々的にやってくるのが普通です。ちなみに1978年には、100隻以上の船が来て2週間以上現場に留まりましたから。

   最近の『AERA』(2012年9月10日号)によれば、海上保安庁の尖閣列島上陸阻止のためのマニュアル(2004年6月正定)が、2010年の漁船衝突事件の際にはまったく守られなかったといいます。「前原国交相は(マニュアルを)一切無視して逮捕、送検を指示。代わったばかりの仙石官房長官には一連のマニュアルも報告されておらず、その存在自体を知らなかった」(政府関係者)と報道されています。中国漁船衝突時に各省が協議をした際、外務省はほとんどしゃべらなかったのに対して、国交省は強硬に逮捕を主張したということです。こういった経緯から見ても、私はこの事件は、前原氏主導で作ったものだと見ています。

   今、注意しなければならないのは、「中国も棚上げ論をやめているではないか。なぜなら中国も尖閣を自国の領土にしようとしているのだから・・・」という議論です。日本が自国の領土と主張し、中国も主張している、これは確かです。しかし両国が主張し合ってはどうにもならないからこそ、そこに”棚上げ論”の重要性が出てくるのです。さきほども申しましたが、日本側から棚上げ論を放棄することは、まったく信じられないほど国益に反することなのです。

   そして結局、日中の対立を煽ることでどこが得をするかというと、米国が日本を対中軍備の枠の中に組み入れていく上で非常に有利に作用することになるのです。こうした関係についてはよく理解しておかなくてはなりません。

植草   そしてこの尖閣の延長線における摩擦が、オスプレイの配備ということにつながっていくのですね。

孫崎   『文藝春秋』の(2010年)10月号でケビン・メア(元米国務省日本部長)が書いているのは、日中関係が緊張している、だから日本はF-35を買え、イージス艦をもっと充実させろということで、対中軍備増強の流れに持っていこうとしているだけで、根本的には日本の安全を考えているとは思えません。

鳩山   結局、米国にとって、日本と中国が仲良すぎるのは困るということなんですよね。

植草   いわゆる棚上げ論は、日本の実効支配を中国が容認し、これを武力で覆さないことを保障するものであって、日本にメリットがあるにもかかわらず、いま日本政府の公式見解は「棚上げ合意は存在しない」「尖閣諸島において領有権問題は存在しない」というもので、前原外務大臣(当時)がそういう発言をしています。

孫崎   こうした見解は自民党時代から存在はしていたのですが、問題が起こることはありませんでした。重要なのは先ほど申し上げたように、前原国交大臣(当時)が海上保安庁の実際の行動基準を変え、実行したということです。

植草   尖閣諸島国有化問題の発端は、石原都知事が2012年4月17日にワシントンDCの保守派シンクタンク、ヘリテージ財団で講演し、東京都が尖閣諸島を購入すると言ったことから始まっています。石原さんは息子の伸晃自民党幹事長(当時)が総裁選に出馬するので、米国の歓心を買いに行ったと見ています。


          book 『「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』 
                 鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                            抜粋

 
















特に最悪の「電子レンジ」による電磁波

 電磁波の影響から自分を解放する

   あなた方の美しい青緑色の惑星に対して、もっとも狡猾な形で害悪を及ぼしているのが、電磁波です。電磁波は人間の体の精妙なエネルギー場を変化させ、効果的にダメージを及ぼしています。あなた方の大半は長期間による『被爆』が、思考、感情、肉体にどんな影響を及ぼしているか、ごく限られた知識しか持ち合わせていません。

   あなた方の家には、数多くの電化製品があふれています。
   中でも膨大な電磁波を放射するもののトップ5が、テレビ、コンピューター、衛星アンテナ、携帯電話、電子レンジです。それは電流がコードを流れるたびに、その内の大量の電磁波があなた方の体の多重層に吸収されると同時に、環境に放射され、地球のオーラ場を貫通し、宇宙空間に広がっていきます。

   多くの電化製品、オーディオ、電飾に取り込まれたあなた方は、電波が縦横無尽に行きかう戦場で生活しており、睡眠中もその電磁波を体に蓄積することで、あなた方は自分自身の体を人間モルモットに変えてしまいました。あなた方の体は既に、体の自然な流れが乱れており、変質し、病気と感情の大きな混乱という結果を招いています。

   もし、「00なしでは生きてゆけない」という電化製品があるなら、あなたは中毒している明らかな証拠です。テレビを見ることであなた方は、思考、感情の「条件付け」を受けています。あなた方の自然の身体が本来のリズムを取りもどすように、コンピューター、携帯電話、テレビ、電子レンジ、その他の家電製品の電源コードを抜いて下さい。自分でも気づかないうちに吸収している音やイメージをいったんシャットアウトして、自分の思考活動や感情に注意を向けてみてください。

   それらの電磁波は地球のオゾン層の破壊を引き起こしており、それだけでなく、人間の保護シールドであるオーラを引き裂いているのです。全方向(家の内外、職場、街の通り)から、自分に向かって放射されている電磁波による危険性についてまだ知らされていないのなら、あなた方の精神、感情、身体に及ぼすマイナスの影響を、どうすれば最小限にすることができるか、その対策について今学んでください。

 電子レンジが及ぼす影響

   とりわけ電子レンジはあなた方にとって最悪のものです。
   電子レンジによる電磁波の放射は、地球を越えて宇宙にまで達しており、それは他の惑星にまで不調和をもたらしているのです。あなた方は単なる調理をしているだけと考えているかもしれませんが、あなた方が使用する電子レンジの電磁波は銀河系を汚染させ、宇宙の他の世界の環境の妨げにもなっています。それは本当に、許されない行為です。

   電子レンジは、アメリカにおいて戦争兵器の開発途上で製造された副産物です。
   副産物とはいえ、その性能は殺人兵器にも匹敵する破壊力を持っています。あなた方は「HAARP」という兵器のことを耳にしたことがあるでしょうか。このHAARPこそ、電子レンジを巨大にしたものにほかなりません。電子レンジの危険性についてあなた方には何も知らされていませんが、それの長期間にわたる影響は不妊や癌をもたらし、それらが増加している最大の要因です。

   電子レンジの電磁波は、食物の分子構造を変化させ、分子が互いにぶつかりあい、衝突することで発熱し、その熱が食品を「煮えた」状態にします。しかしそこにはもう一つの懸念があります。特にこの点に注意を向けることで、健康と環境についてよく考えてください。食品はその製造過程で、加工したり保存したりする際に使用されるさまざまな薬剤やホルモンが使われています。

   これらに電磁波が照射され、分子構造の変化を経ることで、食品の栄養価値の損失はもとより、さらに大きなダメージを受けるのが、添加物や薬品、ホルモンの毒性で、それらが分子の変化の過程で不安定な状態になることです。それは「死んだ食品の中に潜む不安定な化学物質」であり、それを食べる長期的な影響はそれを想像するより早く、あなた方の身体と精神に影響を及ぼしてしまっています。「死んだ食品」と「不安定な化学物質」、これはあなた方が身体に食物を与え、育むために意図したことなのでしょうか?

   あなた方はなぜ、電子レンジという恐ろしい「代物」(しろもの)がなければ生きていけないと信じているのでしょうか?電子レンジは、これでもかと言わんばかりに、あなた方の家だけでなく、環境やその周囲を越えて電磁波を撒き散らしています。あなた方は電子レンジは時間の節約の王様だと、合理的に考えているつもりでしょうが、私たちはそんなあなた方に聞きたいのですが、「何をそんなに急ぐ必要があるのですか?」

   実際にあなた方は、「時間がない」という概念を潜在的に植えつけられてしまいました。
   そして皮肉にもあなた方は、その電子レンジという「テクノロジー」で、「リアルタイム」の中に活動していると信じているのです。あなた方は電子レンジを使って節約した時間でテレビを見、パソコンを覗き、ビデオ等を長時間見るために、電子レンジ食品の誘惑に負けてしまいます。それの意味することは、地球における人生の『今』をシンプルに経験するという豊かさを、自分から剥奪することなのです。

   存在するのは今「この瞬間」だけで、それ以外のすべては幻想であると理解するまでは、あなたは自分の中心に在って、自分の環境と一つになることはできないでしょう。それは自分の心と感情と身体の「主ぬし」として、「今この瞬間」の経験を生きることからしか得られない静寂と自己認識の感覚を養うことなのです。

   電子レンジの使用を完全に止め、最高の身体の代謝プロセスで分解され、本来の自分自身になるために、より良い健康に繋がるヘルシーな食品の調理及び摂取に向けて、新たな取り組みをされることを、あなた方に強くお勧めします。電子レンジを使わなくても、あなた方には必要な時間は十分にあります。料理を「愛、創造、芸術」の表現と捉え、料理というアートを心から楽しんでください。そうすれば、自分が食する食べ物の味と質の違いを理解するようになるでしょう。またあなた方は、自分という存在に向けて愛のメッセージを届けることになり、あなた方の家庭は、電磁波の代わりに、芳しい香りで満たされていくでしょう。

  book 「あなたからあふれ出すアセンションの超パワー」 パトリシア・コーリ著 徳間書店
                   

 

                           抜粋

                    
      

ワイロと脅しに屈した人間が魂を売って言いなりになる

植草   2009年の画期的な政権交代から、2012年末の崩壊にいたる2年半の民主党政権とは何だったのかということですが、最大の問題は、どうして鳩山政権が短期終焉したあと、菅、野田政権が政権交代時の民主党精神を受け継ぐことなく、一気に官僚中心の既得権擁護の政治に逆戻りしてしまったのかということです。普天間問題など直接的な原因となった政策の行き詰まりについての話は出ましたが、さらに一段深い部分からその原因を探ってみますと、どうしても”戦後史の正体”というものを考えざるを得ません。

   とりわけ戦後史上のさまざまな日本政権が米国との関係をどう築こうとしたのか、対米従順なだけの政権であったのか、対米独立を志向した政権であったのか、その結果それぞれの政権はどのような運命をたどったのか? 一般国民としてもこのような日本が抱えている歴史の背景にある事実を理解することなしに、日本の政治状況を判断することはできません。

鳩山   ・・・まず最初に手をつけたのは、官僚主導の事務次官会議の廃止でした。
     事実上、すべての役所の意思をとりまとめ、大臣以上の力を持って法案の取りまとめなどをしていた事務次官に代えて、テーマごとに何人かの大臣を集めて閣僚委員会を組織し、一つの役所では決められない物事に対処したのです。最初のころはそれなりに順調で、私としては予算編成において、「コンクリートから人へ」というメッセージのもとに、医療費教育費を大幅に上げ、公共事業は二桁削減するというようなこともかなり大胆に行なうことで、コンクリート業界からは怒られましたが、既得権の壁を一つ一つ破る努力をしたつもりです。

   政権交代直後は、子ども手当て、高校の授業料無償化、農家への戸別所得保障制度など、マニフェストに沿った形で順調に政権運営ができたと思っています。しかしガソリン税の暫定率廃止については、ヨーロッパ発の景気低迷の影響もあり歳入が9兆円も減る中で、とてもできないと財務省から言われマニフェストにも書いたことであり是非とも実行したかったのですが、政治主導といいながらこれについては私が敗北を喫してしまったわけです。ガソリン税を安くすることは環境に悪影響があるんだ、というようなことも盛んに言われましたね。

   2010年の2月のことですが、外務官僚、防衛官僚を2人ずつ、内閣官房を含めて6人を官邸に集め、この部隊で普天間移設問題について私の極秘ミッションを遂行してもらいたいことを話しました。「私はあなた方を完全に信頼するから、普天間の移設先に関してしっかり交渉してまとめてもらいたい」と。しかし「こういうミッションは外に漏れるとままならないので、秘密厳守ということだけは理解してほしい」と。「分かりました」ということでみな上機嫌になり、強い意気込みで「やりましょう」となり、酒を酌み交わしました。

   しかし翌日の朝刊、まさに朝刊にこのことがスッパ抜かれたのです。
   この6人のうちの誰かがリークしたか、あるいは誰かが上司に報告し、その上司がリークしたのかはわかりませんが、わずか数時間の後に、このミッションをないものにする工作が行なわれたのです。面従腹背というのはまさにこういうことだと思いました。

孫崎   ・・・私がまず申し上げたいことは、鳩山さんがお辞めになった時に「私はいまも、普天間を最低でも県外に移設するということは正しいと思う。しかしいまは情勢がこれを許してくれなかった。このままの状態を続ければ多くの人に迷惑がかかるから、私はここでいったん身を引くが、2、3年後には私が申し上げたことが必ず理解していただけるようになると思う」というように言って欲しかったことです。そうすればいま政治の流れが、必ず鳩山さんのところに帰ってきていたと思うのです。

植草   ・・・2010年6月2日に、鳩山さん、小沢さんが辞任され、その3日後の両院議員総会で菅内閣が誕生します。菅さんはその前の出馬会見で、「小沢さんはしばらく静かにしていただいたほうが本人にとっても、民主党にとっても、日本の政治にとってもいいのではないか」と発言されたことは有名です。その後”消費税10%発言”もあり、菅政権は参議院選で大敗するのですが、菅さんは退かず、9月14日の民主党代表選挙では菅・小沢両候補の一騎打ちになりました。

   この民主党代表選挙において、党員サポーター票の開票に不正があったのではないかということが、今でもネット上などでかなり有力な情報として語られています。党員サポーターのハガキは茨城県の筑波学園局留めで郵送されたのですが、このハガキにはシークレットシールがついていなかったため、小沢支持票が大量に抜き取られたのではないかという疑惑情報があります。その根拠の一つは、10万票という棄権票の多さです。それから国会議員票では206対200という僅差であったのに、党員票ではかなりの差がついたことです。

   またこの9月14日という日は、第五検察審査会が陸山会事件に対する二度目の起訴議決をした日(これによって小沢氏の強制起訴が決まる)と言われています。しかも実際の発表は10月4日でしたが、この情報が事前に議員に漏れ、小沢さんの議員票に影響を与えたとも言われています。これらの疑惑については、鳩山さんはどのようにお考えでしょうか?

鳩山   私はその時の様子を見に行ったわけではありませんが、ただそのハガキをあっという間に燃やしてしまったということと、疑問が持たれているハガキを検証もせず、すぐに捨ててしまったということには釈然としないものを感じています。集計したものを急いで捨てる理由はどこにもないので、やましくないのであれば、もう一度調べるチャンスは残しておくのは当然です。

植草   むしろ保管しておくべきですよね。

鳩山   代表選について一つ申し上げると、あの時は後半戦になるにつれて一般の世論調査での小沢さんの人気が上がっていったのです。最後の段階では小沢さんが抜いていたと思うのですが、党員サポーターの投票はなぜか最初の数日で打ち切られてしまった。今回もそうでしたが、もっとぎりぎりまで投票できるようにすべきだと思いましたね。

植草   党員サポーター票を分析してみますと、2012年9月の代表選では32~33万票のうち、野田さんが取ったのが7万票で、棄権票が22万票ありました。前回の小沢票と棄権票を合わせるとこれも22万票で、民主党の党員サポーターの33万人のうち、すでに離党してしまった小沢さんへの票が20万票あったのではないかと考えることもできるわけです。一つの解釈としてですが。

  トラスト・ミーの真実

鳩山   
2009年11月13日にオバマ大統領が日本に来られ、公邸で私が接待した時、食事の最中でしたので、必ずしも深刻な話としてはお聞きにならなかったと思いますが、日米安全保障の新しい基本的なあり方についてのお話を申し上げて、自分はこういう考えなので、私を信頼して下さいという意味で「トラスト・ミー」と申し上げたわけです。

孫崎   えっ? 「トラスト・ミー」の前提にはそういうお話があったということになると、報道されている「トラスト・ミー」とはかなりニュアンスが違いますね。ここは非常に重要で、多くの人にとって関心があるところだと思うので再度確認させていただきたいのですが、「大きな理念を語りそして自分はこういう人間である、だから一緒になって日米関係を構築していきましょう、それを信じてください」という意味で「トラスト・ミー」と言われたようですが、報道では「普天間移設を米国との約束通り実行しますから信じてください」という意味で解釈された「トラスト・ミー」では、まったく意味が違いますね。

植草   一般的な報道では、「トラスト・ミー」の意味は「最後は辺野古に持っていきますから信用してください」、というように解釈されてきましたね。

鳩山   そういう意味では言ってはいません。
     食事中、日米安保ももっと進化させていかなければいけませんね、というような話をして、普天間の問題も時間が少しかかるけれども答えを出すからと申し上げて、最後に別室で「私を信じてほしい」という意味で言ったと記憶しています。

孫崎   オバマ大統領は、鳩山さんが『Voice』にお書きになった論文を読むなり理解するなり、その内容を知っていましたか?

鳩山   知っているようには感じられませんでしたが。

孫崎   私はオバマ大統領と鳩山さんは非常に相性が合うような気がするのですが。

鳩山   確かにそうですね。
     オバマ大統領とは最初から非常に気が合っていて、私がジョン・F・ケネディを尊敬しているということを知っていて、ケネディの原書をくれたり、ピッツバーグ・サミットの時は、私のフットボール好きを知っていて、ピッツバーグ・スティーラーズ全員のサイン入りのフットボールをプレゼントしてくれたり、心のこもったものを選んでくれました。

   普天間をめぐってオバマ大統領と私との関係が悪化したというような報道もあったようです。しかし私とオバマ大統領のふたりの関係は終始、良好であったと思います。私が辞任する時には、「あなたと一緒に日米関係を深めていきたかったのに残念だ」、という手紙をいただきました。そこには、「You were true to your word」とありまして、あなたは自分の言葉に忠実だったね、と書いてくれたわけです。それを手書きで書いてくれるところに、本当に心が込められているのを感じました。オバマが私に対して心証を悪くしたということはないと思いますし、最後までケミストリー(相性)は合っていたと思いますね。

   私が辞めた年に横浜でAPEC首脳会議がありましたが、菅首相主催の晩餐会で、メインテーブルにいたオバマ大統領は、私を見つけてすぐに私のテーブルまで挨拶に来てくださいました。今から考えるともっと、直接的なパイプを作ってゆけばよかったなと思います。

孫崎   外務省を通じてではなくてね。

植草   おそらく周辺が両首脳の個人的な関係の構築を阻止しようとしたかもしれませんね。

鳩山   なかなか、直接は会わせなかったでしょうね。

植草   ・・・しかし米国の中にもただ一つの考え方があるわけではなく、日本と同じように多種多様な考え方があるわけです。すぐに嫌米、反米、対米自立とかの話になりますが、米国の中でも良質な意見を述べる人たちとうまく結びついて、外交を展開する必要がありますよね。          

孫崎   
本当にそうですね。

鳩山   日本のメディアは、たとえば普天間移転問題だとキャンベルとかアーミテージとか、聞きにいく人が決まっちゃっているんですね。ですからそういう一部の”ジャパンハンドラー”と呼ばれる人たちが常に全面に出て来て同じ話を繰り返しているわけです。植草さんが言われたように最近はもっと多様な意見が出始めているので、そういう意見を大事にしなければいけないと私は思います。


           book 『『対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                 鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                            抜粋

日本国民に知らされていない「北方領土の真実」

孫崎   領土問題に関しては、まず私から全般的なお話をさせていただきます。
     尖閣諸島は日本の国有化以後、日・中の緊張関係は高まったままで解決の道筋はまったく見えていません。竹島については、2012年8月9日の李明博大統領の上陸によって、一時高まっていた日・韓の緊張は、アメリカの指示があったためか、日本が政府主催の「竹島の日」を開催しなかったことで多少和らいだものの、基本的には何も解決してはいません。

   北方四島については、2013年5月の安倍首相とプーチン大統領の会談で進展が期待されましたが、1年前の2012年7月のメドベージェフ首相が、あえて再度の国後(くなしり)島上陸をしていることなどから考えると、そう簡単に解決するとは思えません。(メドベージェフは2012年11月にも大統領として上陸している)

   このように日本は三方に非常に困難な領土問題を抱えているわけですが、この重大な問題について日本政府の態度は、「日本固有の領土である」という自国の立場を連呼するだけで、相手国との間に議論の接点を見出せていないのが現状です。これらの問題を軍事的に解決するというオプションが絶対にない以上、相手国と日本が共通に認めることのできる何らかの枠組みを見出し、緊張を緩和してゆくことが政治の重要な役割ではないかと思います。

   しかしこの問題についてテレビや新聞の既存のメディアは、国民にとって耳触りの良い日本の自己主張を繰り返すばかりで、まったく発展的な提案を出すことをしてこなかった。ですから単なる自己主張ではなく、国際関係における現実をどう見るかという観点から、問題解決の可能性を探っていくことが急務であると思います。

   日本の領土問題については、その一番初めのところに、日本の敗戦を決めた「ポツダム宣言の受諾」という事実があります。日本が受け入れたこのポツダム宣言では、日本の領土は三つの軸によって定義されています。一つは、日本の領土は北海道、本州、九州、四国の四島であること。二つ目は、その他の島々については、連合国が決定したものが日本の領土であるということ。三つ目は、これが尖閣諸島の領有権に関係してくるのですが、新たに決める日本の領土についてはカイロ宣言を遵守(じゅんしゅ)するというものです。

   このカイロ宣言の遵守というところからお話しましょう。
   カイロ宣言とは、ご存知のようにルーズベルト米大統領、チャーチル英首相、蒋介石中華民国主席の三者によって1943年に出された、連合国による対日基本方針が示された声明で、これによると日本が清の時代に中国から”盗んだ”領土を(スティールという言葉が使われていますが)、中国に返すことになっています。日清戦争終結直前の1895年1月、日本は主(あるじ)のいない島、つまり誰も持ち主がいない島として10年間の調査期間を経た後、尖閣諸島を日本の領土に組み入れたわけですが、カイロ宣言との関係で言えばこれは清の時代に中国から盗ったものという範疇に入る可能性を持っているということです。

   領土問題については日本ではよく、”日本固有の領土”であると主張するのですが、この”日本固有の領土”論というのは、実はポツダム宣言受諾を受諾することによって消えてしまっているわけです。北海道、本州、四国、九州の四島は日本固有の領土ですが、それ以外の島々が日本の領土かどうかは、それぞれの島について連合国が領土と認めたか認めないかというだけのそれぞれ別個の問題であるわけです。つまり固有の領土であるから日本の領土であるという理屈は通用しないということなのです。

   それでは日本が抱える三つの領土問題を具体的に考えてみましょう。
   まず北方領土ですが、この問題に関しては、第二次世界大戦の終戦間際に米国がソ連の対日参戦を強く望み、ソ連が参戦する代償として領土に関する米ソの約束があったということが大きく影響してきます。つまりヤルタ協定(ルーズベルト、チャーチル、スターリンによって1945年2月に決められた第二次世界大戦後の世界秩序についての協定)の直前に、ルーズベルトが「千島はあなたたちにあげるから・・・」という約束(ヤルタ秘密協定)をして、ソ連を対日戦争に引き込んだという経緯が重要になってきます。

   終戦直前のトルーマン米大統領とスターリンソ連首相の往復書簡が残っていますが、ここでもトルーマンはソ連が千島列島を領有することを認めています。繰り返しますがポツダム宣言では、北海道、本州、四国、九州以外の領土は連合国が決めるということですから、国後(くなしり)、択捉(えとろふ)両島が千島列島(クリル列島)に含まれるのなら、終戦時には国後、択捉両島はソ連領であるということが米ソの間では合意されていたことになります。

   1951年9月、日本は世界の48ヶ国代表とサンフランシスコで講和条約を結びますが、その翌日、講和条約に先立って吉田茂が、(講和条約では千島の放棄は明記されているが)「南千島にあたる国後と択捉は日本固有の領土であるから、これは放棄したくない」と演説したのですが、これは二つの点で連合国から拒否されてしまいます。拒否の理由の第一は、(日本はポツダム宣言を受け入れている以上)「日本固有の領土だったから日本の領土である」という理屈は受け入れられないということ。第二に、「国後、択捉は南千島」と言ってしまったことで、それが千島列島の一部であるとすれば、米ソ間の合意があるために、より日本領にはしにくくなってしまったということです。

   条約締結後の国会審議において、当時の外務省の条約局長は、「南千島は今回の(領土)放棄の対象になっています」と答弁しています。サンフランシスコ条約締結段階において、日本が国後、択捉両島を放棄したことは、当時は極めて明確なことと考えられていたのです。

   しかしその後、米国の都合によってこの解釈は変更されることになります。
   それが1955~1956年にロンドン、モスクワで行なわれた日ソ国交回復のための会談であり、鳩山一郎政権時のことでした。その間にはいろいろな経緯があるのですが、重光葵(まもる)外相がモスクワで鳩山一郎首相が出てくる前段階の北方領土交渉をした直後に、スエズ運河に関する国際会議に出席するためにロンドンを訪れていたダレス米国務長官に会います。重光は交渉において当初、四島返還を主張しましたが、ソ連側の意思があまりにも固かったために、歯舞(はぼまい)諸島、色丹(しこたん)島の二島返還で妥協しようと考え、ダレスに理解を求めたのです。

   しかしダレスの反応は非常に厳しいもので、二島返還の決着は絶対に認めないというものでした。そして「日本が国後、択捉をソ連に与えるというのなら、米国は沖縄を日本に返さない」と言ったのです。これがいわゆる「ダレスの恫喝(どうかつ)」と呼ばれるものです。これに加えて1956年9月、米国国務省は「日ソ交渉に対する米国覚書書」を出します。それには「日本はサンフランシスコ条約で放棄した領土に対する主権を他に引き渡す権利はない」としており、日本には主権がないことを述べたのです。その上でもし日本がソ連側に渡すという行動をとれば、「サンフランスシスコ署名国は同条約によって与えられた一切の権利を保留するものと推測する」と延べ、サンフランシスコ条約にも影響すると脅しをかけたのです。

   1956年10月に鳩山一郎総理はソ連を訪問し、交渉の結果「日ソ共同宣言」に署名し、日ソの国交回復にこぎつけました。北方領土問題については、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を引き渡すという前提で、改めて平和条約の交渉を行なうことで決着しました。鳩山首相としては歯舞、色丹の二島返還で領土問題を決着させ、平和条約を結ぶことを考えていたと思いますが、それは実現できませんでした。

   にもかかわらず、どうしてもソ連との国交回復を優先しようとしたのは、次の三つの理由によります。第一は、当時のソ連にはまだ軍民あわせて1300名を超える日本人抑留者がいたこと。第二は、国連に加盟するためには、常任理事国であるソ連の承認が必要だったこと。つまり日本が国際社会に復帰するためには、国連加盟がどうしても必要な条件だったのです。そして第三は、法的には戦争状態が続いていた日・ソ関係を改め、交流を深めていくという目的があったのです。

   この共同宣言には、日・ソ間に領土問題が存在するのを明確に記載することについてはソ連側に拒否されましたが、「平和条約締結に関する交渉継続に同意する」という文言(もんごん)があり、日本は、「ではなぜいま、平和条約が結べないのか、それは領土問題が未解決だからである」という論理で、間接的に領土問題の存在が示唆されていると解釈しているわけです。しかしソ連側は、ここで明記されていないということは、領土問題は一応決着が付いていると解釈しているわけで、ここに解釈の違いがあるわけです。ですからポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約を見れば、国後、択捉までを要求するという日本の立場は、法的には非常に弱いと私は思っています。

   外務省は、もともとは国後、択捉両島は放棄したと説明していたわけですが、途中からサンフランシスコ講和条約で日本が放棄した千島には(条約締結時には南千島と呼んでいたにもかかわらず)、国後、択捉両島は含まれないと説明し、四島返還を主張するようになります。

   いま、高校の教科書を見ますと、ソ連が一方的に日ソ中立条約を破って参戦し北方四島を不法占拠し、それが今でも続いているという記述になっています。しかし日本がこのように、サンフランシスコ講和条約締結時の解釈を変えたことは確かで、その背景には米国、および西側の都合というものが大きく反映されており、そのことを示す証拠もいくつか存在します。

   一つは、在日英国大使館から英本国へ送られた秘密意見具申(ぐしん)電報です。
   それには、「51年の対日講和条約において、日本に放棄させる千島列島の範囲を曖昧(あいまい)にしておけば、この範囲をめぐって日本とソ連は永遠に争うことになるだろう」という内容です。もう一つは、冷戦下におけるソ連封じ込め政策を構築した外交官ジョージ・ケナンが米国務省政策企画部における議論の中で、「冷戦下において千島列島をめぐって日・ソ間の領土問題を残しておくことが望ましい」、と主張していたことなどです。

   このように冷戦下においては、日・ソ間の離反はそのままにしておけばよいということでしたが、1991年のソ連崩壊で環境が変化したのです。共産党政権に代わるロシアのエリツィン政権の成立に米国が肩入れするわけですが、その時非常に重要なものがお金の供与の問題でした。米国自身はロシアにお金を供与しませんでしたが、その役割をドイツと日本に求めたのです。しかし日・露間には領土問題があり、こちらもうまくいかない。そこで米国が日・露双方に呼びかけ、領土交渉が始まったのです。

   その流れの中で外務省主流派とは別の考え方で鈴木宗男さんや佐藤優(
まさる)さんなどが日・露交渉に関与し、それが2013年2月21日に首相特使として訪露し、プーチン大統領と会談した森義朗・元総理大臣に引き継がれている、というのがこれまでの流れだと思います。

   いろんな説がありますが、これまでのところ外務省は最後の最後まで四島返還というところからは脱却できてはいません。私の意見を申し上げれば、ロシアが1956年の日・ソ共同宣言にうたわれている二島返還以上の返還に合意することはないと思います。しかしいま、この領土問題を解決しないで放置しておくことは、永遠に解決を放棄するようなものであり、プーチンと交渉ができる間に決着をつけるとしたら、落としどころは次のようなところだと考えられます。

   「歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)は日本に返還する。国後(くなしり)、択捉(えとろふ)の帰属は歴史的に見て公平な立場で解決、妥結するために協議を続ける」、これなら日本の世論もロシアの世論も、OKではないか、と考えるのですが、いかがでしょうか。

植草   非常に有意義なお話をありがとうございました。
     情報の大部分をテレビなどマスメディアから受け取っているだけの多くの人々にとっては、まったく初めて聞く話も多かったと思います。

鳩山   ・・・祖父の鳩山一郎がソ連に赴いたのは1956年のことで、私はまだ9歳でした。
     音羽の家の地下には日本友愛青年同志会という集まりの組織があり、その人たちに祖父が話していたのは「自分がモスクワに行くのは、抑留者の方々に、一日でも早く日本の土を踏ませてあげたいからなんだ」ということでした。領土問題も大事だけれど土地はそこで待っていてくれるが、人の命は待っていてくれない。そちらの方が大事なんだよ」ということを同志会のメンバーたちに言っていました。半分は死ぬ覚悟だったようです。

   政治家はよく「命をかけて」という言葉を使いますが、消費税などは命をかける問題ではなく、こういう外交に命をかけてほしい。今の政治家にはそういう使命感が薄くなってきているように思います。鳩山一郎としては二島返還でも平和条約を結んで帰りたかったのだと思いますが、残念ながらそうできなかったのは、いま孫崎さんが話されたように米国からの圧力があったためだと思っています。孫崎さんの『戦後史の正体』(創元社)などを読ませていただいて分かるのは、対米従属的な行動をする政治家と、対米自立を求めてゆく政治家では、命のかけ方がだいぶ違うなということです。

植草   対米従属か対米自立かということを少し乱暴に整理しますと、自分のことがまず大事だと考える政治家は対米従属になり、自分の利益より魂を大事にする政治家は対米自立になる、とも言えるように思います。


          book 『『対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                 鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                           抜粋


       

小沢氏を外せとの米国の命令に従った官僚たちの責任

鳩山   私が総理になった直後、『Voice』誌(2009年9月)に論文を寄稿させていただきました。・・・この論文の中で先ほどの常時駐留なき安保についても提案しました。これは私が普天間の移設を考える時、常に念頭に置いていたことで、一国の領土の中に他国の軍隊が基地を持っていることは、世界の歴史から見てもかなり異常な事態であるということです。従って50年、100年かかってもいいから、日本はこういう状態から解放されなければならないのではないかと書きました。

   そしてその中間の段階においてはいわゆる常時駐留はしないで、有事の時のみに米軍が日本と共同で基地を使用する、いわゆる常時駐留なき安保という形があるのではないかと。そのような流れの中で、普天間の移設先を県外、海外に求めるのは当然ではないかと考えたのです。このことがさまざまな意味において、米国の逆鱗(げきりん)に触れることになったようです。孫崎さんは『戦後史の正体』を書かれましたがその中で、「米軍基地の問題」と「アジア、とりわけ中国と日本が独自の関係を強めること」、この2つが米国の虎の尾であると言っておられますが、私はいわばその虎の尾を両方一緒に踏んでしまったわけです。

孫崎   私は、官僚が米国の意図を汲むというレベルではなく、それに関しては米国からのより強い意思の表明があったと思っています。こういった証拠は表面には出て来ませんが、ウィキリークスが曝露した米国の秘密文書の中に、たまたまカート・キャンベル国務次官補から米本国へ伝達された情報があり、さまざまなことがわかってしまったわけです。

   鳩山政権の発足が2009年9月で、小沢幹事長が議員143名を連れて中国訪問したのがその年の12月でしたが、カート・キャンベルが来日して幹事長室で小沢さんに会います。キャンベルはその翌日ソウルで金星煥外交安保主席秘書官(後の外交通商相)と会うのですが、その会談内容を本国へ打電した中に、”日本の外交窓口を「鳩山―小沢ライン」から、「菅―岡田ライン」に切り替える”という内容があり、それがウィキリークスにスクープされたわけです。

   キャンベルは韓国の外交安保主席秘書官に対してもこう言っているわけですから、日本においてはしかるべき相手に、もっと明確な形で米国の意思を伝えているはずです。ですから外務省、防衛省の幹部、岡田さんや菅さん、前原さんなどへは米国が外交チャンネルを切り替えたことが伝わっていたと考えるべきです。


植草   私は鳩山政権に対する米国の意思の表明、関与は、次の三つの点においてあったと考えています。一つは普天間の移設を元の辺野古案に戻させることで、これは鳩山政権に対して非常に大きな打撃になります。二つ目は、小沢幹事長(当時)の強制起訴に対する働きかけです。2月2日に小沢さんとカート・キャンベルが会う直前の1月15日に、例の陸山会の元秘書だった石川知裕衆議院議員が逮捕されるわけですが、その取調べの中で2月1日に東京地検の吉田正樹副部長という人が石川さんに、「小沢さんは必ず強制起訴される」と語っています。

   小沢さんに不起訴決定が出るのは2月4日のことで、その後市民団体が検察審査会に審査申し立てをするのが2月12日。それを受けて小沢さんが第一回目の強制起訴になるのが4月27日のことです。つまりどう考えても、不起訴決定もされていない2月1日に「強制起訴される」と検事が言うのは、非常に不自然なことであるわけです。これは吉田部長が何らかの工作の情報を得ていたと考えるのが自然だと思われます。

   その後4月に最高裁の判事が天下っている民事法情報センターという団体の金銭スキャンダルが発覚し、一時国会でも追及されるのですが、1ヵ月も経たないうちにもみ消されています。そしてその裏側で検察審査会が謎の第二回目の起訴議決をして、小沢さんの強制起訴が決まっていく。つまりこの民事法情報センターの金銭スキャンダルをネタに最高裁が丸め込まれ、その結果、検察審査会による謎の小沢起訴議決が下されたと考えられるわけです。検察審査会を管理しているのは最高裁ですから。

   そして結局、小沢さんは9月14日に強制起訴になるのですが、6月3日の代表戦の出馬表明の時に菅さんが、「小沢さんはしばらく静かにしていたほうが本人にとっても、民主党にとっても、日本にとってもいいのではないか」と言ったわけです。この発言も9月の強制起訴ということがすでに頭の中になければ、あそこまで強い言い方はできなかっただろうと思います。これは謀略史観と言われるかもしれませんが、アメリカが一つの大きな意図を持って、検察に関与してきたことが強く疑われる事例です。

   三つ目は鳩山さんのいわゆる「個人献金」の問題です。
   国税庁というところは刑事告発権を持っているので、税制上の問題に対し、これを修正で済ませるか刑事告発するかの裁量権があります。ですから個人献金も首相辞任へのかなり大きな揺さぶりの材料になっていたと思われます。

鳩山   小沢さんが陸山会問題で2009年3月に党代表を辞め、代わりに私が代表になってすぐの6月に、私の金銭問題が浮上してきました。この件についてはずっと以前からの話ですから、誰かが意図的にこの時期を狙って発表したということは客観的に言えることだと思います。最初に報道したのは朝日新聞でしたが、、朝日新聞が調べてわかったというより、国税庁からのリークでその情報が伝わったのではないかと思います。

   しかしいずれにしても、亡くなった人も含めて本来もらっていない献金をいただいたということになっていたというのは前代未聞のことで、普通はもらっていたものをもらわなかったといって隠すものなんですが、私の場合は逆でした。秘書が私に言えなくて、私をごまかすために帳簿上で行なった偽りなだけに、私自身も見抜けなかったわけです。しかし秘書がやったことといっても、私がきちんと報告書を見ていれば気がついていたはずなので、私がうかつであったことは間違いありません。


植草   2009年は間違いなく選挙のある年で、民主党が大躍進して政権交代があるかもしれないというタイミングでしたね。

孫崎   国民が選挙を通して政権を選択する、そういう仕組みの中で、官僚である国税や検察が恣意的に情報を流して政治の流れを動かすようになると、その官僚がしたことの責任はどこにあるのかということになりますね。こういったやり方は非常に大きな問題をはらんでいると思います。


           book 『「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                  鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                            抜粋

尖閣問題は米国指示により日本政府が引き起こした

編集部   総選挙後、鳩山さんは中国を訪問され、トップクラスの方々と会談されました。しかしこの訪問に対する日本政府やメディアの反応は例のごとく、ただ感情的に否定するだけのものがほとんどで、実態がどのようなものであったかについてはまったく報道されていません。この訪問が本当に国益に反するものであったのかどうか、実際のお話を伺いたいと思います。

鳩山   2013年1月15日から3日間、中国に行って参りました。
     北京では、唐家璇さん(とうかせん・前国務委員=副首相級)、楊潔篪さん(ようけっち・前外交部長=外務大臣)、賈慶林さん(かけいりん・前党中央政治局常務委員)にお会いして来ました。(具体的な会見内容については巻末資料参照) これまで一番親日的だった唐家璇さんでさえ大変厳しい対応で、いかに尖閣諸島(魚釣り島)が歴史的に中国の領土であるかという正当性を、かなり時間をかけて主張されました。

   聞くところによると、私がみなさんにお会いする前日、中国側としてはいつ戦争になっても大丈夫なように用意しよう、というところまで緊張が高まっていたようで、それだけに私としては、この問題を戦争で解決するということだけは絶対にあってはならない、どんなことがあっても対話のチャンネルをなくさないようにしなければならない、ということを申し上げたわけです。

   日本政府は、領土問題は存在しないと言っていますが、41年前の田中角栄・周恩来日中首脳会談(1972年9月)の際に、この問題を提起したのは田中角栄のほうで、「この問題は今話したくない」と周恩来が言ったことに対して、田中角栄が「分かった。またにしよう」と言ったわけですから、「尖閣問題について、日中間に認識の齟齬(そご)があるがそれを棚上げしよう」ということに両首脳が合意したことは明らかです。そして当時のメディアもそのように報道しています。

   その後も、1978年8月の園田直(そのだすなお)外相と鄧小平(とうしょうへい)副首相(当時)の会談においてもこの棚上げは確認されており、同年10月の鄧小平来日時にも、日本記者クラブにおいて同じ主張が繰り返されたことに対して日本側も反論しませんでした。ですから私はこの推移から見て”棚上げ案”は日本側も了解してきたと考えるのは当然だと思っています。

   従って、私が中国に行って申し上げたのは、領土問題は存在しないという日本政府の立場はご存知だと思うのであえて申し上げないが、私の考えを申し上げれば、この島については中国には中国のお考えがあることも分かっている。歴史的に見て係争地であり、そのことからスタートして、41年前の賢人(田中角栄・周恩来)の知恵にもう一度学ぶべき点があるのではないか、ということでした。

   私は日本の政治家がほとんど受け入れられていなかった状況のなかで中国にうかがって、それなりの方々と率直な会話ができ、先方もそれなりの意見を述べられたことはよかったなと思っております。日本から見れば、中国がいろいろな挑発行為を繰り返しているように見えますが、逆に中国から見れば日本が先に挑発し、40年間も眠っていた問題を起こしてしまったという思いを持っているわけです。これは元外務省条約局長の東郷和彦さんが『琉球新報』に書かれていたことですが、『尖閣に領土問題は存在しません。従って話し合いには応じません』というのが、中国に対するもっとも挑発的な行為であると思うのです。

   そうではなく、お互いの立場を認め合いながら交渉してゆけば、この問題は決して解決できない問題ではないという認識を、今回の訪中で強く持ちました。解決といっても最終的な解決になるかどうかはわかりません。先送りという結論になるのかもしれませんが、いま現在の両国間の問題にするのではなく、将来の問題に譲るという決着の仕方は充分にあり得る話だと思いました。日本としては、領土問題は存在しないと言ってしまうのではなく、係争の地であるということを、まずは認めるべきだと思いますね。

孫崎   同感です。

鳩山   国賊呼ばわりに輪をかけたのが、私が南京に行ったことだと思うんですが、一度は南京へ行って大虐殺の記念館を見ておきたいと思っておりましたので行って参りました。そこで写真とか遺骨などを見てですね、これを見て、南京大虐殺は嘘だ、日本兵が誰一人民間人を殺さなかったなどと言える話ではないと理解しました。殺された方が30万人という数字が正確かどうかわかりませんが、相当数の中国人を殺(あや)めてしまったことだけはまぎれもない事実でありますから、それに対して日本人の一人として心からお詫びをしたいと思っていたのです。そしてその気持ちで今日はうかがったと館長に申し上げました。

   当時の新聞が展示されていまして、2人の日本兵が100人斬りを競い合っている記事でした。まさに中国人を殺すことをメディアが鼓舞しているわけですよね。ですからその表現には誇張があって、100人なんてとても斬れるものではないかもしれませんが、大新聞(東京日日新聞、大阪毎日新聞)の紙上でそういうことを自慢し合うような風潮が現実に存在していたこと自体が、大変に申し訳ないと思いました。

   この記念館の館長は、過去に対して恨みを持つのでなく、二度とこのような事件が起きないように、未来志向のために、あえてこういうものを展示しているのだと話されていました。ですから私は、特に批判的に言っておられる方こそこの記念館をご覧になって、ご自身がどうお感じになられるかを学んでいただきたいと思いましたね。

   私の行動が中国に媚びているということでご批判をいただくんでしょうけれど、決して媚びて申し上げているわけではなく、歴史的な事実というものをお互いがきちんと直視して、謝るべきは謝りながら、未来に向けて、こういった歴史問題を超えたところに東アジア共同体というべき舞台を作っていきたいと考えていましたので、今回は本当に行って良かったと思っております。

   私の訪中はネットで8億のアクセスがあったと聞きました。
   日本に対する憤りが極めて高まっていた時でしたので、日本にもこのような人間もいるのかと多くの中国人が冷静になれたと、何人もの中国人の方々からうかがいました。

編集部   尖閣問題については、中国軍の幹部から戦争に備えよというようなかなり過激な発言が、中国で報道されているのも事実です。日本がしかるべき立場をとり(領土紛争があることを認め)、(棚上げ)交渉をすれば平和的な解決ができるというお話だと思いますが、必ずしも日本国民がその話を信じるわけではないと思います。

   そのように日本が弱腰であるところを見せれば、中国側はさらに行動をエスカレートさせ、尖閣を徐々に支配しようとしてくるのではないかという懸念があるわけです。そういう人たちは軍事力も増強し、中国に対して毅然たる態度を取るべきだと主張しています。このことについてはどうお答えになりますか?

孫崎   中国においても日本においてもそうですが、タカ派の人もいればハト派の人もいるということなんですね。ですからそのように軍事的に解決しようという人が出て来れば来るほど、平和的な解決を模索してゆく力が必要なんです。1969年に中ソ国境紛争がありました。軍事衝突があり、双方に死者が出て両国が核戦争に備えるまでにエスカレートしたんですが、この時は周恩来とコスイギンが棚上げ的な合意をするのです。しかし実はこの時、戦争をしたがっていたのが林彪(りんびょう)です。彼は緊張を作り出すことによって、毛沢東の後継者としての地位を保とうとしていたのです。

   いろいろな要素があるのですが、基本的に中国は、日本が軍事的に出てこない限り、軍事的には訴えてきません。中国が言っていることは極めて明快で、日本側が取る対応と同じことをやりますということです。自衛隊が出てくれば、向こうも軍が出て来る。自衛隊が出て来なければ、軍も出て来ません。

編集部   日本では過激な発言をする評論家はいても、政府や自衛隊の幹部でこの問題を軍事的に解決しようという人はいません。しかし中国では軍の幹部が堂々と軍事解決について言及しています。こういったことが不信感を募らせている原因だと思うのですが・・・。

孫崎   しかし軍事的に攻撃された場合は、軍事的に一歩も譲らないといっていますから日本も同じだと思います。いまの中国という国家のあり方からして軍事的に先に手を出すという、そういう行動をとることはあり得ないのです。1979年、ベトナムとの間で行なわれた中越戦争以後、中国が経済の近代化に舵を切ってから、中国が軍事力を使って問題解決を目指したという例はないし、そのようなことはできないというのが中国に対する世界の一般的な見方なんです。日本だけがなぜ、ナイトメア論(悪夢、恐怖感)を持つのか。

   他国との関係において、軍事的な衝突を起こすということは中国の国益に反することであるというのが、中国の指導者の間のコンセンサスになっているし、これまでにそれが崩れたことはないのです。そういうことを我々が認識しないで、何か誇大妄想的な情報だけが流されているというのが、今の日本の一番の問題だと思うんですね。

鳩山   あえてそういうふうに国民に誇大妄想を煽って、中国を悪者にし、日本は頑張るぞということで世論を統一し、政権に対する追い風を作ろうとしているわけです。

植草   それが政治の常套手段でもあるわけですね。
     それはやはり2010年6月の菅政権発足から始まっているのです。孫崎さんが第三章でご指摘されるように、尖閣海域の警備体制を漁業協定基準に変え、漁船衝突が起きる。そこで今度は石原慎太郎が尖閣購入をぶち上げ、国有化につなげる。私も日本国民ではありますが時系列を分析すれば、日本側が挑発してきたのは自明だと思います。国内世論として、中国は危ない、中国はいずれ尖閣に手を出すと考えるのは自由だと思いますが、そういう客観的な事実は存在しないのです。

   ところで孫崎さんは、中国海軍による射撃管制用レーダーの照射事件についてはどう考えておられますか?

孫崎   アメリカはそのことについては、ほとんど反応していないんですね。
     これが極めて深刻な事件であれば、軍に関することですから(アメリカ国防省内で発行されている)星条旗新聞などが報道しないのはおかしいのです。私は軍人ではないので詳しいことはわかりませんが、軍事的な演習としてはかなり頻繁に行なわれていることではないでしょうか。

   この事件の直後に国務長官に就任したケリー氏が中国側と電話会談しています。
   ここでは北朝鮮問題が話されているのですが、ではケリー氏は同盟国の日本に対する照射事件を取り上げて抗議したでしょうか。記者会見で報道官は、ケリー氏がそのことについて話したかどうか知らないと言っていました。翌日また質問がありましたが、再び「ケリー氏がそれを話題にしたかどうかは知らない」と繰り返しています。

植草   レーダー照射については、突然、夕刻7時のニュースにあわせる形で記者会見が行なわれたわけですが、このタイミングは、徳田毅国土交通省政務官の準強姦的事件を報じた、週刊誌のマスコミ配布のタイミングとピタリと重なるのです。何か電波ジャックされたような印象も受けました。

鳩山   なるほど、そういう深い読みもあるのですね。


           book 『「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                  鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                          抜粋



   

衆議院選では「TPP反対」を掲げた安倍首相の嘘

鳩山   本土の方々は、鳩山が沖縄へ行ったら野次怒号の嵐で大変だろうと思われているかもしれませんが、そのへんの意識のギャップは大きいと感じました。鳩山が「最低でも県外へ」と言ったことは正しかったんだと、しかしそれを周囲の人たちが誰も支えずに実現できなかったことが問題なんだ、と沖縄の人々は捉えているわけです。

   実は先日私は沖縄で講演させていただいたのですが、不思議なくらい沖縄のみなさんが、私に期待感を持ってくださっていることを感じました。これは今の政権に対する強い不信感の裏返しだとも思うのですが、900名もの人々が集まってくださり、熱心に話を聞いてくださいました。これらの人々の中には、私が総理在任中には「怒」というプラカードを持って抗議された方々もおられ、今回はそういった方々からお招きいただいたのです。野次怒号が出るのではないかと心配したのですが、最後には皆さんの心からの拍手をいただくことができました。

孫崎   私も、鳩山さんが行かれた2日後に沖縄に行ってきたのですが、沖縄の人々についてまったく同じ印象を受けました。もしも鳩山政権が普天間問題の扱い方を間違っていたのであれば、それを一番厳しく糾弾するのは当事者である沖縄の人たちのはずなんです。ところが日本国内のどこよりも、沖縄の人たちが鳩山政権の沖縄政策を支持している。これは鳩山政権とはなんであったかを考えるときの非常に重要なポイントではないかと思います。

鳩山   私に関する報道はいろいろとされるんですが、その活動の具体的な政策についてはまったくと言っていいほど報道されないんですね。その例を一つ挙げますと、やはり先日、北海道の札幌で『北方領土問題と沖縄』というシンポジウムをしました。屋良朝博(やらともひろ)さん(前沖縄タイムス論説委員)にも参加いただいて、沖縄の雰囲気を北海道のみなさんに伝えてもらいました。みなさんびっくりしているようでした。そんな中で私が、「いまの民主党とはもうやってゆけないので離党する」という発言をしたら、大手メディアはその部分だけしかとらえないのです。

   シンポジウムの大事なメッセージは「北方領土問題も沖縄の基地問題もそのバックにはアメリカがいて、それをサポートする日本の官僚がいる。この構造がいかに北方領土問題の解決を難しくしているか、そしてそれと同様の問題が尖閣でも起きており、普天間基地問題にも同様の構造がある」ということなんですが、そんなことには一切触れないで、鳩山の離党の話ばかり報道したのです。

孫崎   うん、それしか書かれませんでしたね。何のシンポジウムかさえ書いてありませんでした。

鳩山   沖縄のすべての市町村長が上京して県外移転を訴えられた時、そのデモを国賊呼ばわりするなど、ひどいヤジが浴びせられました。それで市町村長さんたちは大変な差別意識を感じられたということで、いまお話があったように、札束で解決しようというようなやり方は許せるものではありません。私の安全保障に関する基本的なスタンスは、「日本よ、もっと独立国としての気概を持て」ということです。

   ここ数年米国内では、普天間基地や海兵隊のあり方がずい分柔軟に考えられるようになっており、特に沖縄の海兵隊は、他の海外基地とローテーションを組んで行ったり来たりしています。つい最近では、ハワイのアバクロンビー州知事が、ハワイ州として在沖海兵隊を受け入れることを提案しました。そして海兵隊の家族住宅の建築計画まで策定しているとのことです。しかし問題はこのような事実が、沖縄では報道されても本土ではほとんど報じられないことです。

孫崎   もう一つ私が非常に危惧している問題が、今話しに出ましたが札束による解決ですね。安倍政権になってこのお金のばら撒き工作が、いろいろな場面で非常に強く行なわれるようになってきました。それが沖縄でも始まっています。

鳩山   始まっていますね。

孫崎   辺野古への移転に関しては、次の名護市長選挙というのが非常に重要なポイントになってきますが、ここに対する工作がいま非常に強く行なわれています。このやり方はかつて原発対策に使われていたのですが、いまはTPPで同じことが行なわれようとしています。具体的な数字はわかりませんが、農家に対する戸別保障を行なうということで、そのために農協団体のTPPへの反発が急速に低下していっています。基地やTPPなどで、反対することにお金以上の大きな理由がある運動に対して、反対派の一部にお金を出して切り崩していくという手法が、いま安倍政権の随所に見られるようになりました。

   安倍さんにも実はくすぶっているスキャンダルがあります。
   2012年の秋、『週間ポスト』誌に、山口組の金庫番と安倍さん、それに米国共和党の大統領候補の3人のショットが出ましたね。オバマ大統領は、米国内の暴力団との結び付きを切ろうとしていますから、その辺のことを突かれると非常に嫌でしょうね。

   先に訪米した安倍首相に対する米国政府の扱いは、日本のメディアとはまったく違って、非常に冷たいものでした。(2013年2月22日) 多分オバマ大統領は、安倍首相と意識的に距離を置くことを考えているようです。米国政府の中には安倍さんと近寄り過ぎないほうがいいという雰囲気があります。

   先日『ワシントン・ポスト』紙は、尖閣諸島は棚上げにせよ、という踏み込んだ論評を出しました。つまりこれは非常に正直な話なんですが、「我々アメリカは日本にもっと軍備をやれとけしかけてきたが、それを今の安倍政権がやり始めると都合が悪いことになってきた」という内容なのです。つまり2013年に入ってから、安倍政権に対して米国から牽制球がワーッと投げられ始めているんです。しかし実は民主党政権の時もそうだったのですが、安倍政権にもこのオバマ周辺のハト派的なスタッフに通じるパイプがないのです。

植草   これまで日米外交は、アーミテージからマイケル・グリーンのラインの人たちが中心になって展開されていたのですが、このラインが少しずつ外れてきましたね。先の訪米で安倍首相が講演したのが、CSIS(米戦略国際問題研究所=超党派の保守系シンクタンク)で、ここはアーミテージ・ラインの人脈にどっぷり浸かったようなところなので、そういう意味では安倍首相は現オバマ政権中枢とは、やや距離のあるグループの中で講演したことになるのですか?

孫崎   そういうことです。
     安倍首相の講演は冒頭で、「ヘイムリさん、アーミテージさん、マイケル・グリーンさんありがとうございます」と述べるところから始まるのですが、これは大変恥ずかしい事態だなと思ったわけです。元国防副長官、元国務副長官、それにマイケル・グリーンにいたっては准教授です。首相が公けの場でお礼を言う相手としては、このレベルはあまりに格が違いすぎるんです。大統領の下の下の、しかも国防長官、国務長官で、それもみんな”元”ですからね。つまりすでに過去の人なわけです。

   しかも結局、現政権の人が誰も講演を聞きに来ていないということなのです。
   こういう場では偉い順にお礼を言うわけですから、これはいかに安倍政権がいまのオバマ政権から外れているかということなんです。

鳩山   日本のメディアはそれでも安倍訪米を持ち上げ、日米同盟が強化されたと一斉に報道していましたね。しかしそれに対して米国側の報道は冷めていましたね。

孫崎   ものすごく冷え込んでいました。

植草   当初日本側が望んでいた1月訪米という日程もかなりずれましたし、米国側としては出迎えもイヤ、晩餐会もイヤ、首脳会談はミーティングルームで昼食をはさんで1時間半というものでした。オバマ大統領は共同記者会見もイヤということで、私はオバマが安倍首相に贈った「3本のイヤ」と呼んでいるのですが、安倍首相」が冷遇されたのは間違いないようです。そもそもオバマ大統領は、首脳会談の必要性を認めていなかったとも伝えられていますね。

鳩山   お話を聞いていると、最初から日本のメディアの報道が偏向していることと、それに国民が左右されてしまうところに、改めて問題を感じますね。

植草   安倍政権はその対中政策が、オバマ政権から警戒されていますが、その一方で米国のご機嫌をうかがうというか、米国の意に沿おうとする面もあると思うのですが、その辺はどう考えたらいいのでしょうか?

孫崎   安全保障の面で米国に距離を置かれてしまい、安倍政権としては米国との関係がいいことを”売り”にしようとするためには、もうTPPで米国の意に沿うしかないということで、参院選まではしないだろうと言われていたTPPの交渉参加に、一気に突入したと私はそう見ています。

鳩山   日本が、安全保障の面で米国に距離を置かれたのですか?

孫崎   今回は確実に距離を置かれましたね。
     集団的自衛権をやめろとアメリカが言ってきたわけですから。つまり、集団的自衛権の問題を、オバマ・安倍首脳会談のメイントピックにするのをやめろということです。安倍さんはこれまでアーミテージ・ラインが要求してきた集団的自衛権の問題に踏み込んで、安全保障の面でアメリカとの距離を縮めようとしていたので、まったくオバマの意図を見誤っていたのです。

   米国のこうした要求の裏には先ほどもお話したように、中国の反発を招きたくない意向があり、そうしたことはオバマが関与する形ではやらないということです。いずれにせよ、米国との同盟関係を利用して尖閣問題を抑え込もうとする安倍政権の姿勢に対して、オバマが乗って来なかったことは確かです。

植草   安倍首相の失敗からの教訓からか、政治的に計算された動きの例を一つ挙げますが、それはTPPについてで、選挙戦の時以来安倍さんが一貫して言ってきたことは、「聖域なき関税撤廃を前提とする限り交渉には参加しない」ということでした。何気なく聞いてしまうと、よほどのことがない限りは「交渉には参加しない」んだなと聞こえてしまうのですが、安部さんは何を言われてもこのフレーズを一言一句変えないで言い続けてきました。

   しかし日米首脳会談が設定されると、今度は「聖域なき関税撤廃を前提としているかどうか、自分で感触を確かめたい」と言うようになった。そして会談に臨んだら、「聖域なき関税撤廃を前提としていないという感触が得られたから、交渉参加する」と言うようになったのです。

   つまり今から振り返ってみて一連の発言を時系列で追ってみると、最初からストーリーがしっかり用意されていた話であることが、誰の目にも明らかです。その結果何を得たのかというと、ただ「関税撤廃を前提としない感触」のみです。今の感触は前提にはしていないとしても、結果として関税が撤廃される可能性はあるわけです。つまり、結局何一つ確実な成果を得ることなく交渉参加が始まったということなんです。

鳩山   北海道では選挙の時に、自民党の掲示板に「TPP断固反対」と大きく貼られていましたよ。国民は騙されましたね。それに、そもそも「聖域なき」なんてことをアメリカ側が果たして言うでしょうか。

植草   これは言葉のあやを使った言い方なんですね。
     たとえば2011年6月2日、菅政権に対して内閣不信任案が出された時、菅首相は直前の民主党大会で「一定のメドがついたら、若い世代にいろいろな責任を引き継いでいきたい」と述べ、そのことによって不信任案は否決されたのですが、否決されてしまうと今度は、「辞めるとは言っていない」ということで、その後もなお居残られたということがあります。また野田首相にしても、「消費税増税しないと言ったのではなく、4年間は増税しないと言ったのだ」と国民との約束を踏みにじって、衆院任期4年間の後の消費税増税を決めてしまった。

   これらはすべて言葉のあやなんです。
   言葉の裏に仕組まれた狙いがあり、詐欺的です。政治の場でこういった言葉のあやで国民を騙すようなやり方は、政治を劣化させる大きな原因の一つだと思います。そしていま安倍首相も菅・野田政権を引き継いで、言葉のあやで国民を騙すという路線にまい進していることを覚えておかなければなりません。

鳩山   TPPについて言えば、北海道ではほとんどの人々が反対ですから、自民党の候補者は「聖域なきどうのこうの」なんて言っていられませんから、彼らも「私は安倍さんと同じで、TPPは反対です」と言ってしまうわけです。安倍さんは基本的なスタンスとして、TPPには反対の方向なんだな、と受け止められても仕方がないような表現をしていました。それは言葉のあやすらないものでした。


            book 『「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                   鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                            抜粋

米国支配下にあるメディア情報は疑わなければならない

孫崎   私は、いま日本は大変に危険な状態に入ったと考えています。
    大きな話になるかもしれませんが、幕末、明治から今日に至る中で、もっとも危ない国家運営が選択されていると言えるかもしれません。一つ例を挙げればTPPです。この条約は、非関税障壁の撤廃という名のもとに、個別の営利企業の利益を確保することが最優先で、それが各国の法律の上位に居座るような考え方であり、それが条約の基本になっていることです。こういうそれぞれの国の持つ政府機能を上回るような競争主義経済システムに、国民がほとんど何の疑問を持つことなく乗っかって行くという流れが、今作られているのです。

   それはTPPだけではなく、原発の再稼動や消費税、沖縄基地問題など、多くの国民が反対している政策について、いとも簡単に決着がつけられようとしています。私は最近、講演するとき、聴衆の皆さんに次のような質問をしています。

   「みなさんが、鳩山さんを攻撃するのは結構です。鳩山首相の時に、もっと別の選択があったのではないかとおっしゃるのも結構です。でも次のことを考えてみてください。メディアが中心になって、わずか9ヶ月で鳩山さんを引きずり降ろしてしまいましたが、もし鳩山政権というものが続いていたら、消費税増税があったでしょうか? TPPに参加したでしょうか? 尖閣問題が起きたでしょうか? オスプレイは配備されたでしょうか? 原発の再稼動はあったでしょうか?」と。

   「もちろん鳩山政権が続いていれば、あるいは鳩山さんに続く人たちが同じ考え方で政策を進めていたなら、消費税増税はないし、TPPにも参加していないでしょう。本来東アジア共同体を模索していたので尖閣問題も起きなかったに違いないし、原発再稼動もなかったでしょう。どの政策についても、いま安倍政権が進めているようにはならなかったはずです。しかし、これらの政策について、多くの国民はどちらを選択しようとしたのでしょうか? 鳩山政権を総括するとき、このことを考えなくてはいけないのではないでしょうか?」と。こう質問しているわけです。

   今このように、多くの国民が望んでいない政策が次々に実現するという流れが生まれてしまったことも深刻ですが、さらに日本にとって深刻な事態であることは、2012年12月の総選挙において、増税、TPP、原発、沖縄基地等の問題に反対していく政治の受け皿が破壊されてしまっただけでなく、選挙後も、その受け皿となる政治勢力が構築される見通しがまったく立たないことです。

   2009年8月の総選挙で、私は民主党に投票しましたが、今回は民主党に投票する気などさらさらありません。それは私だけでなく、多くの国民もそうで行き場がなく、今後どこに行ったらよいのか見通しも立ちません。こんな中で投票しなければならないのは、これは日本にとって一番深刻な事態だと私は思います。

鳩山   総括していただきありがとうございます。
    寺島実郎さんは今の状況を、円高株高による「現代のええじゃないか運動」とも言うべき思考停止と、近隣諸国との摩擦から生じた「プチ・ナショナリズム症候群」と表現されています。この傾向は私も非常に危険と思います。当然私も含めてですが、この3年あまりの民主党による政権運営は、あまりにも稚拙(ちせつ)だったのではないかという批判は分かります。しかもそれが民主党を離党した人々に対しても、大きな逆風になったことも事実です。その結果、あっというまに増税やTPP、原発、沖縄基地といったテーマが選挙の争点から外されてしまい、多くの国民がこういったテーマを選挙の争点とは感じないままに、一票を投じてしまったという印象を受けます。なぜこうなってしまったのでしょうか?

植草   私も孫崎さんと同じく、日本の置かれている状況は非常に危機的であると感じています。鳩山さんが指摘されたように、こうした問題が選挙の争点にならなかった原因はいろいろあると思いますが、突き詰めて一つ挙げるとすれば、それはやはりどうしても、メディアによる情報操作であるメディアコントロールと、メディアが流す情報の嘘をどのように見抜くかという、メディアリテラシー(情報の評価、識別能力)の問題に突き当たると思います。

   私はこれらの問題について、多くの国民の間ではかなりはっきりした意識が形成されていたと考えています。原発は卒業しよう。TPPはまだよくわからない点が多いので、うかつに乗るべきではない。沖縄にはこれ以上基地を作るべきではない。消費税増税の前にやることがある、など。しかし2012年12月の総選挙では、こうした日本の未来にとって重要な問題について、国民が政策を選択する選挙だったはずなのに、そうはならなかった。その理由はメディアの誘導という要素が大きかったと思います。

   それはたとえば世論調査で、景気・雇用という項目と消費税という項目は深く関連していることなので、本来は景気・雇用・消費税が選挙の争点の第一位であったはずなのに、これを景気・雇用と消費税とに分けて調査したことで、景気・雇用が一位にきて、消費税が選挙の争点としては関心順位が低いとされたことです。そして国民にとって関心があるのは消費税ではなく、景気・雇用なんだということにされたのです。このようにメディアが情報操作を行ない、重要な争転を隠していったという側面が非常に大きかったのです。

   しかしその裏には、本来主権者であるはずの国民が実権を持つ体制を作らせたくないという、政・官・業の既得権益側の思惑があり、彼らがメディアを占拠してしまったわけです。また日本の場合、視聴者はメディアの報道をそのまま鵜呑みにする傾向が非常に強いということがあります。これがメディア・リテラシーの問題であり、残念ながらこれが日本の現状なのです。

   TPP、消費税、原発、沖縄基地等の問題が占拠の争点にならなかったことで、自民+公明と維新の会+みんなの党という、いわゆる既得権益につながる2つの勢力が形成されてしまい、国会の圧倒的多数を占める状況になったことは非常に深刻な事態です。2009年の政権交代の出発点にあった、日本の政治を変えようとする政治勢力の核が、いまなくなってしまったわけです。

   2009年の政権交代は、米国、官僚、大資本という既得権益が支配権を持っているなかで、そうした構造を国民の主権のもとに変えようとする動きでした。それが具体的には、天下りの排除、企業献金の禁止、沖縄基地軽減など、米国に対してもキチンとものを言っていこうとする、そういう素晴らしい政権のスタートであったのです。しかしその後、鳩山政権が潰された後の2年半の民主党政権はひどいものであったと思います。

   安倍首相がアメリカで、過去3年3ヶ月、民主党政権で失われたものを取り戻すという発言をし、民主党政権がすべて最悪であったかのようなイメ-ジが国民に刷り込まれつつあるわけですが、私なりの理解を申し上げると、3年3ヶ月の間で新政権と呼べるのは、鳩山政権だった9ヶ月間だけで、その後は米国や官僚と結びついた旧来の勢力がクーデターを起こし、いわば民主党の実権を奪い、急性復古してしまった。これが菅政権と野田政権の実態であったと私は考えています。

   話は少し戻りますが、「最低でも県外」が実現できなかったことは大変残念ではありましたが、沖縄県民は総意でこれを歓迎しましたし、辺野古への移設はやめようという連帯感は日本国民全体に広がっていた時期があり、今でも日本国民の底流にはこの気持ちが残っています。そのためにも今回、鳩山さんが民主党への出馬を止め、民主党を離党する決断をされたことは非常によかったと思います。


孫崎   野田政権崩壊ご、国民は政治家に対してかなりの不信感を持っています。
     これからの日本を動かしていくのは、政治家が主役ではなく、一般人がリベラル国民連合のようなものを作り、そこに政治家が参加してゆくという形態があるのではないかと、かねてより思っています。

編集部   2012年11月16日の野田さんによる突然の衆議院解散には、みんなが驚きましたが、それについてはいろいろ噂があります。野田政権は財務省主導政権であることは述べましたが、この噂も財務省が消費税増税を確実なものにし、民主党から自民党へ乗り換えるために選挙を画策したというもので、財務省幹部が野田首相に、「いま解散すれば100議席は確保できる。そうすれば政権を失っても国会運営のキャスティングボードを握れる。しかし解散をさらに遅らせるなら、民主党はジリ貧になっていくだけで、100議席を割るだろう」とささやいて、解散を促したということなのです。そしてフタを開けてみると民主党は57議席で、前回の5分の1に議席を減らし、完全に財務省からも見放されたという話なのですが・・・。

鳩山   あり得る話で、まあ、財務省が考えそうなことですね。
     彼らにとってみれば、嫌な仕事は民主党にやらせて自民党政権に戻すことが目的なわけですから。民主党がジリ貧になっていくことは分かっていましたが、いずれにしても最初から負けが分かっている選挙に飛び込んでゆくのが、正気の判断ではなかったことは確かでしょう。自民党との間に上手い連立の話でもあったのでしょうか。

   最終的に民主党を離党した私たちの仲間も、小沢さんにあそこまでメディアの非難が集中すると、「国民の生活が第一」には行きづらかったようです。メディアによる攻撃は尋常ではなかったし、その影響が国民のみなさんにもかなり浸透していたのです。小沢さんについて言えば、この3年間は一体何だったのかということで、あれだけ悪く書かれて結果は無罪ですからね。

   本来総理になるべき人物を捏造された事件によって、政治のトップから引きずり降ろしたわけですから、無罪が決着した時点で、いままで書き続け、放送し続けてきた人たちは国民と小沢さんに謝罪すべきですよ。これが小沢さんでなければ、メディアは必ずそうしなければならなくなっていたと思います。しかしこと小沢さんに対しては、いまだに何かあるかのような書き方をしており、このことに対するメディアの責任は極めて重大だと思います。

孫崎   私は先日、ウォルフレンに会ったのですが、(カレル・ヴァン・ウォルフレンはオランダ人ジャーナリスト。著書に「人間を幸福にしない日本というシステム」、「誰が小沢一郎を殺すのか」など多数)、彼も1993年頃から20年間も一貫して、小沢一郎のように人物破壊工作を受けている人間は、世界的に見てもほとんどいないのというのです。なぜ小沢一郎はここまでアメリカに嫌われているのか? ウォルフレンは、小沢一郎はそんなにめちゃくちゃ反米的なことを、言ったりしたりしているわけではない。つまりアメリカが彼を嫌うのは、彼がこの日本の体制を変えようとしているからだというのです。

   今の日本社会は、全体として非常にアメリカが操作しやすい体制になっています。
   この社会を変えるということは、アメリカの支配をやりにくくすることであり、アメリカとしてはもしそうなれば、支配体制を再構築しなければならなくなるわけです。だからアメリカは小沢一郎が反米だから阻止したいのではなくて、彼が日本の社会構造を変えようとしているから阻止したいのです。そうなるとアメリカによる支配体制が崩壊するから困るわけです。しかし1993年頃から約20年間にかけて、ここまで人物のイメージが破壊されてしまうと、それに匹敵する大量の情報で対抗しないと、このイメージは覆らないことも確かだと思います。

鳩山   植草さんも孫崎さんも、このままでは日本という国が崩れ落ちてしまうのではないかと言われているわけですが、私も同様に厳しい状況になることを予測しています。ですから何らかの新しいうねりを作ってゆかなければならないと考えています。まさに保守リベラルという旗を掲げていた人たちが、自分の主張は正しいと思って選挙を戦ったのです。何人ものメンバーが私のところに来てくれています。しかしあまりにも暴風雨のような流れが強いので、立ち止まっている人々が多いのも事実です。

   アベノミクス礼賛一辺倒という状況の中で原発、TPP、沖縄基地、消費税増税などが着々と進められていくというこの現実を、どのようにして国民のみなさんに伝えてゆくのかということがあります。この国はいままさに、みなが既得権益の中にどっぷりと浸かった状態で、その中にいれば怖くないという「ゆでガエル」の状態と言えます。そして既得権の中から抜け出す勇気が、国民のみなさんの中から消えかかっているのが非常に心配です。

   ただ、日本を救うチャンスはあると思います。
   今の急激な円安は物価の上昇をもたらしますが、サラリーマンの給料はそれほど上がらないので暮らしは楽にはなりません。さらに来年には消費税増税と株の譲渡益課税が倍になるので、外国人投資家が近いうちに株を売りぬく可能性が高いです。これは株の暴落をもたらすので、国民がやっと酔いから目覚めるきっかけになるでしょう。そしてこの先に、さきほどの保守リベラルの再結集が可能になるのではないかと考えています。

植草   今、次回の参議院選挙候補者が、自分の政治信念ではなく、どの名称の政党から立候補するのが一番有利かといった、そういうことばかりを考えるようになっています。こうなると候補者の足元がぐらついて既得権益派の思う壺になるだけなのです。この原因は何度も繰り返しますが、やはりメディアの情報コントロールがかつてないほど横暴になってきていることです。鳩山政権の評価、あるいはその後の鳩山さんの活動の評価ということになると、すべてのメディアが口裏を合わせたかのように誹謗中傷の嵐です。そして全部がそうなると、今度は国民もそれを信じて鵜呑みにし、メディアと同じように誹謗中傷するのです。しかし実際には、報道されている内容と現実との間には大きな乖離(かいり)があります。

鳩山   人物破壊された人間として申し上げますと(笑)、私自身反省すべき点はあると思っていますが、中国に行ったことを「国賊」とまで言われたのです。なんでここまで言われなければならないのかと思いましたね。ですから現実と報道の乖離はかなり大きいと言わざるを得ません。

植草   小野寺五典防衛大臣ですね。(発言は以下の通り。「日本にとって大きなマイナスだ。中国はこれで係争があると世界に宣伝し、国際世論を作られてしまう。久しぶりに頭の中に”国賊”という言葉がよぎった」2013年1月17日)

鳩山   そしてメディアを通すと、国賊と言ったほうが正しいかのように報道されてしまうのです。ですからいま私が動いて新しい流れを作ろうと思っても、大手メディアは絶対に正当な評価をしないので、動いても逆の効果になるわけです。このままでは日本の行く末は良い方向にいくわけはありません。ですからここはしばらく、今の流れがどのような方向に行くかを見定めて、この国をギリギリのところで立ち直らせるための、何らかの役割を果たせればいいと思っています。

   メディアにせよ外務省にせよ、既得権益を握っている人たちが気づかなければならないことは、自分たちの既得権を握っているこの国の存在そのものが壁にぶつかり、すでに危機に瀕しているということです。”米・官・業・政・電(メディア)”の既得権に、日本という国が毒されてしまっていることを強く感じています。ですから勇気を持って真実を明かしながら、その既得権のどこに風穴を開けてゆくかを見つけることです。


          book 『「対米従属」という宿痾』
                  鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                           抜粋

国を守るべき公僕が買収されて国を売り飛ばす

孫崎   ・・・先ほども言ったのですが、2009年に民主党への政権交代を支持した多くの一般市民はいま、行き場がなくなってしまったのです。鳩山さんの後、菅さんや野田さんがレールを敷き、いまの自民党が強力に推進していることは、オスプレイの配備などの米軍への従属関係の強化、TPP交渉参加、原発再稼動、消費税導入・・・なのです。

鳩山   私が今も原点としていちばん大切に思っているのは、2009年の総選挙において、政権交代せよという世論がなぜあれほど盛り上がったのか、国民のみなさんがなぜあそこまで大きな声を出したのかということです。それはこの日本社会に暮らしてみて、自分たちが不公平な社会に閉じ込められていることから発したものであって、その思いは今も続いています。それがたとえば天下りに象徴されるような官僚天国で、ほんの一部の人たちだけが豊かさを享受しているのではないかという不公平感です。そういう不公平がどうして起きているのかということに、人々が気づき始めたということです。

   自民党政治が長く続いてしまったことから生まれた、いわゆる政・官・業の癒着があります。その癒着構造の中にいる人々は利益が享受できるわけで、いわゆる既得権益の中にいる人たちだけがそうなのです。既得権益というのは官僚だけにあるわけではなく、メディアそのものもそうであり、実はメディアはもっとも古いそうした体質を持っています。経団連に代表される大手企業も、政治や行政から権益を与えられています。さらに言えば、日本の外交のすべてはアメリカに依存しており、ここにも大きな権益が存在していました。

   私は今でも、普天間基地は「最低でも県外、できれば海外に移設されるべき」と思っています。先ほども話しましたが、いまになって米国の側から少しずつその機運が起きてきています。アメリカのレヴィン軍事委員会委員長などから、普天間の移転先を固定せずに、辺野古がだめならどこか別のところを探せという話が出ています。情けない話ですが日本は自分の意志では決められないが、米国が変化すればその流れに乗ることで、辺野古以外の可能性が今現実に出て来ているのです。

植草   ・・・孫崎さんのベストセラー『戦後史の正体』によって、日米関係の裏側が大部見えてきましたが、私はこの鳩山提案も、日米関係のひとつの実体を明らかにしたと思っています。それに関してですが、野田さんは民主党代表に選ばれた時「ノーサイド」にしましょうと言ったにもかかわらず、まったくノーサイドとは逆の人事を行いました。しかし鳩山政権発足時はその逆で、本当に広く人材を登用し、党内の反対派までも優遇するような人事でした。

   いわゆる米国に追従する官僚、大資本が支配している、今の日本の構造を変えようとして発足した鳩山政権でしたが、実は民主党の中には、それまでの体制を維持しようとする勢力が少なくとも半分くらいは存在していたのです。政権発足時にはこの勢力の実態はよく見えませんでしたが、その勢力が2010年6月にクーデターを起こし、鳩山政権を倒したわけです。これは事実上の政変だったと思っていますが、その第一の要因になったのが「普天間移設問題」でした。これを担当した3人の大臣が、外務大臣の岡田克也さん、沖縄担当大臣の前原誠司さん、防衛大臣の北澤俊美さんでしたが、この人たちは3人とも米国の方を向いていた人たちであったわけです。ですから結果的に、この3人は「最低でも県外」を推進するのに相応しい人事ではなかったわけです。

   もう一つメディアの問題ですが、公共放送であるはずのNHKが、実は鳩山政権が誕生する前から一貫して反鳩山、より正確に言えば「反鳩山―小沢」のスタンスを取り続けていたことも見落とせません。政権崩壊までの事実関係を見ていくと、NHKは一貫して反鳩山政権的な報道をしていたことが分かります。たとえば2009年5月の「日曜討論」のタイトルですが「鳩山代表に問う」ではなく、「鳩山民主党を問う」となっており、NHKが野党党首にインタビューするのではなく、党首を問いただすということでした。公共放送としてはあり得ない姿勢です。さらに細かいことですが、このインタビューではなぜか下からのカメラアングルが多用されており、登場人物に対して悪い印象を与えようとする時に、下からのアングルが使われることが多いのです。NHKがこうした操作を行なうことは、特に注意しなければならないポイントです。

鳩山   3・11以後、NHKを含め民放も、原発事故の様子や放射能拡散などに関して、メディアが伝えていることは事実とは違うのではないかということを、国民のみなさんが気がつき始めているように感じます。テレビや新聞などメディアが、受け手の信用を失いつつあるとすれば、これは重大な問題ですね。

植草   NHKについて少し補足しますが、NHKは放送法の64条で、テレビを設置したところから受信料を取れる規定になっているので、その制度的に視聴者の側を見る必要や考える必要がまったくないのです。またNHKの予算は総務省に提出されて国会で承認され、NHK会長を決める経営委員会委員の任命権は総理大臣にあります。ですから建前上、「皆様のNHK」と言っていますが、実際には総理大臣と国会の方だけを見ていればいいわけです。

   近年、CIAと日本テレビ創設者の正力松太郎の関係などが明らかにされてきましたが、NHKにおいても米国の意向を反映できるように巧みな人物配置が行なわれています。それは財務省や検察庁もそうですが、NHKにおいても組織運営上の重要人物はワシントン勤務を経た人が多いのです。9・11を報道し、その後フリーになったワシントン支局長の手島龍一さんをはじめ、政治部のエリートはワシントン勤務経験者、経済部のエリートはニューヨーク勤務経験者が圧倒的に多い。

   そしてワシントン勤務経験者を中心に、NHKが米国の意向を反映しているようです。
   こうした属性を持つNHKをどうコントロールするかは政権交代を実現した新政権にとっては大変に重要で、そのやり方としては正攻法なら、NHKの組織を政治権力から切り離すことだと思われます。

鳩山   もっと早くわかっていればね。(笑)
     ただ最近は、テレビを見なくなりましたという人が増えているのは間違いないという実感があります。NHKだけでなく、民放も含めて既存のメディアが非常に厳しい冬の時代を迎えているようですね。メディアから視聴者が離れていくからお金が集まらない、お金を集めるために視聴率を上げるための番組を作る、その結果さらに視聴者の信頼を失っていく、という悪循環ですね。

 日本の富をすべて奪う米国経済政策の集大成がTPP

植草   
90年代に入るといよいよバブルが崩壊し、日本経済は深刻な状況に陥りました。にもかかわらず橋本政権は、客観的に見れば、日本の金融産業が一番弱っている時に金融市場を開放する政策をとりました。そんなことをすれば日本の金融産業がアメリカに占領されるのは分かりきったことでしたが、そういう最悪のタイミングで金融市場が開かれたわけです。

   そしてその流れの中で、2001年に小泉政権が誕生したのです。
   そして2003年にかけて日本の資産価値が暴落させられる中で、りそな銀行が破綻に陥り、政権の後半にかけては郵政民営化が行なわれました。細かい説明は省きますが、小泉・竹中政治というのは、アメリカの指示通りに動き、日本の富をアメリカに上納するための政治だったのです。私はそのことを強く指摘したものだから、国家からさまざまな攻撃を受けることになりました。

   しかし米国は少なくともこの30年間、日本経済に対する長期的な目標をさだめて、戦略的な対応をしてきたことは確かです。そしていま、その集大成としてアメリカが行なおうとしているのがTPP(環太平洋経済連協定)なのです。このTPPについては中野剛志さん(経済官僚・評論家)などが詳しく分析していますが、アメリカが大きなメリットを目指しているのに対し、日本にとってのメリットはないようなものです。アベノミクスで目を逸らされている間に、あっというまにTPP交渉参加が決められてしまいました。

孫崎   植草さんの指摘のように、TPPは日米間の非常に危険な流れの中から生まれてきました。今後、交渉が行なわれてゆく中でもっとも危険なものが、ISD条項(国家対投資家の紛争処理条項)だと思います。この条項の基本概念は、投資家が得られると思った利益が、その投資先の国の政策によって充分に得られなかった場合、投資家が相手国の政府、たとえば米国企業が日本政府を訴えることができるというものです。

   しかしISD条項に問題があるということを説明すると、特に外務官僚などから、「日本とASEAN諸国との条約の間にはすでにISD条項が盛り込まれているのに、なぜ今さら問題になるのか」といった反論があります。実はASEAN諸国や日本の企業は、自分たちが予想外に儲からなかったとしても、貿易国の相手国政府に対して、その国の法律や政策が悪いのが原因だから訴える、というようなことはまずしないし、あり得ないことなのです。しかしアメリカだけは違います。アメリカはそれをやるのです。

   米国の企業や投資家は、すでにカナダやメキシコでこうした訴訟を何百件も行なってきているのです。しかもそのうえ、この裁判といわれるものが非常に不透明で、誰が裁判官になるのかも明確に規定されておらず、判決の過程でどういった賛成、反対があったかもまったく公表されないまま、判決だけが出てくるのです。そして一度下された判決を覆すのは極めて難しい。

   そうなると、規制や法律を決めている各国の国会の上に、ISDの審理をする裁判所が居座っている形になり、国会の意味がなし崩しに意味がなくなる。さらにその裁判の理念は、海外の投資家の利益を保証することが目的なわけですから、投資家の利益こそが相手国の国民の安全よりも上位に居座ることになります。これは国のあり方としては大変な問題を含んでいるわけです。

鳩山   これは寺島実郎さんがよく話されることですが、かつてハーバードなどのビジネススクールを出た人間が増えすぎた結果、自分たちの卒業後の就職先として、金融資本ビジネスというものを作った。その結果金融資本主義が大流行し、儲かればよいという「売り抜く」資本主義が結果的に経済を大混乱させたのです。そしていまアメリカでは弁護士が溢れているので、彼らが自分たちの食い扶持を得るために、ISD条項を含むTPPを盛り上げているというのです。

孫崎   TPPの具体的な内容を見てみると、自由化で一番危険にさらされると思われるのは、医療保険制度です。アメリカは必ず、高額医療を医療保険の対象にするように言ってきます。しかしそれをしたら、日本の国民健康保険制度はすぐにパンクしてしまうでしょう。TPP交渉参加の議論の中で、私が不安に思っていることは、TPP推進論者が詭弁を弄することです。つまりTPPの中身について一項目ごとに、プラス面、マイナス面を論じていくべきなのに、小泉首相の時のキャッチフレーズ政治のように、TPP推進ムードをを作って乗り切って行こうとしているように見えることです。

植草   私も生産性の低い産業分野を活性化させることは必要だと思いますが、それをTPPとイコールにつないで議論するのはあまりにも乱暴です。

鳩山   私にとってもっとも気がかりなのは、やはり農業分野です。
     かつて前原誠二外相(当時)が、農業はGDPの1・5%だから切り捨ててもいいと言ったのですが、そういう話ではまったくないと思います。農業は日本の文化そのものであって、神事などはほとんど米作りと結びついているし、これを自由貿易、自由競争という観点だけで考えてはいけないのです。確かに日本の農業は高コストで生産性は低いかもしれないが、それは基本的に農業の違いによって生じていることであり、逆に言えば大規模農業はコストは安いけれども、大量の化学肥料と、農薬や除草剤を使わなければならないといったデメリットもあるのです。

   日本はもっと丁寧な農業を自然にも人間にもやさしい農業を、自信を持って育てていくべきであって、単にコストの問題だけで輸入作物がどんどん入ってくるのは、やはり違うと思います。ですからやはりここは、踏みとどまらないといけないのです。

植草   おっしゃる通りだと思います。
     日本の平地面積は国土の3分の1で、そのうち約40%が農耕地です。農業のGDPは1・5%かもしれませんが、国土に対する農地面積の比率はかなり高いのです。この農業がさらに自由化され、資本の論理が幅をきかすようになれば、当然良い土地は耕すとしても効率の悪い土地は荒れ放題になります。

鳩山   農業関連の問題で特に心配しているのは、モンサントに代表される種子メーカーの問題です。(モンサントとは、遺伝子組み換え作物の種子の世界シェア90%を占める、米国を拠点とする多国籍バイオ化学メーカー) 彼らはベトナム戦争の枯葉作戦で使われた強力な除草剤を製造し、一方ではその除草剤に強い遺伝子組み換え作物を作り、その種子をセットで販売しています。

   そしてこうした種子戦争に勝った者が世界の農業を制する、というようなことになれば、これは自然の摂理に反するだけでなく、一企業による世界の農業の支配という怖ろしい話になりかねません。私はこういった種子産業が日本の農業を制覇することにならないように、水際で止めたいと思っていますが、TPPに加入すれば、ISD条項によって政府による規制ができなくなることを大いに危惧しています。ですからTPPの交渉に対しては、極めて慎重に対処しなければならないと思っています。

植草   そういえば、TPPを強力に推進している経団連の会長の米倉弘昌さんは、モンサントと長期協力関係を結んでいる、住友化学の会長ですね。


         book 『「対米従属」という宿痾(しゅくあ)』 
                  鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                           抜粋

   

アメリカによるアメリカのための消費税増税

   この2012年8月に消費税増税法案は可決されました。
   このままでいくと消費税は2014年4月に8%、2015年に10月に10%に引き上げられます。これはアメリカによるアメリカのために消費税増税なのです。銀行やシンクタンクが試算していますが、消費税10%になったときどうなるかというと、一時的に税収が増え、景気もある程度よくなる可能性があるといっています。しかしこれは消費税が上がるので、その前に駆け込みで調達という需要が起きるからであって、当然ながらそれは2、3年もすれば急速に止んで落ち込んでしまいます。そして景気はどん底になっていく。そういう試算がなされています。

   ところが、その試算をどこも発表しません。
   なぜ発表しないのかというと、全部上から止められているからです。財務省から圧力がかかっているのです。なぜならそんな試算を発表された結果、消費税増税が潰されてしまえば元も子もなくなるからです。いま現在のデフレのなかで増税したらどうなるでしょうか。これはもう火を見るよりも明らかなことで、最悪の場合は大恐慌です。ギリシアの例を見るまでもなく、緊縮財政、緊縮財政と言っている間に失業者は巷(ちまた)にあふれ、企業はどんどん潰れ、ますます税収は落ち込んでいき、経済は加速度的に疲弊していくだけです。

   いま世界はデフレの泥沼に沈没しようとしているのです。
   それを何とかすくい上げなければならない。どうやってすくい上げるにしろ、いろいろ方法があるでしょう。しかしいずれにしろそのためにはコストがかかる。そのためにいろいろな国債を発行し、財政出動させなければならないわけで、今は緊急事態なのです。そうでなければこのままではみんな死んでしまいます。

   財政出動でみんなを泥沼から引き出し、正常に活動できるようになって初めて税収も増えるし、景気も回復していく。財政規律を、増税を言うのなら、そのときにこそやるのです。それなのに、今みんながあえいでいる時に追い討ちをかけるように増税をやったのでは、本当にみんなが沈没してしまいます。それこそが本当に、元も子もない状態というのです。

   昔の大蔵省の時代からそうでしたが、直近まで事務次官だった勝栄二郎などの、財務省のトップはみな東大法学部です。東大法学部の出身者というのはどういうわけかみんな財政規律ということを言います。教育のせいなのか、どうしても財政規律にもとづいて均衡財政でやらなければならないと信じきっているようです。では財政規律とは何かといえば、財政法で明文化されているわけでも何でもなく、単なる歳入と歳出のバランスが取れている状態を正しいとする、一つの概念に過ぎないのです。

   そうであるのにその概念を持ち出してきては、現在の財政状況は法的枠組みに違反するから財政規律を回復しなければならないと言う。国債発行がもう限界である以上、増税をやるしかないという論理なのです。しかし現在の経済はそんな机上の論理とは違います。国民の生活全体を視野に入れないでいて、そうしたことを切り捨てた机上の論理は意味がないのです。

 頭だけのエリートたちが国を沈没させる

   
2012年5月、フランスの大統領がサルコジからフランソワ・オランドに代わりましたが、オランドの政策がまさにそれです。オランドはフランス国立行政院(ENA)の出身で、このENAというのは役人のエリート養成所です。つまりエリートの中からさらにエリートを選りすぐったのがENAなのです。そしてENAの教師はみな役人であり、公文書の書き方や行政の方法論などの専門的な知識を徹底して教え込みます。だから卒業したときには、国家公務員の高等職、いわゆるばりばりのキャリアとして、地方へ行けば最初から副県知事などになります。

   オランドはENAを卒業して会計検査院の検査官になっていますが、これは日本の会計検査院と同じだと思ったら大間違いで、フランスの会計検査院は国家の財政予算や行政配分などを司っていて、ものすごい権限を持っています。日本の財務省の主計局のようなところなのです。ですから「私は会計検査院出身です」といえば、エリート中のエリートということです。そしてオランドは大統領に就任すると、内閣の財政・経済の実務者をENA出身者ばかりで固めてしまいました。

   ところがこういった連中は机上の理論しかなく、現場というものをまったく知りません。つまり日本の財務省のエリートたちと同じなのです。しかもフランスの場合でも、こうした連中がどんどん大企業に天下りしていきます。そのようにして現場を知らないエリート連中が天下りして、財務や経済を担当する。彼らができることは頭の中で考えることだけです。現在のEUの経済危機の原因はいろいろありますが、つきつめていくと、こういった頭でっかちの連中の無為無策が結局は危機をより一層深刻化させていったのです。いまスペインやポルトガルが財政破綻の危機に直面して大騒ぎしていますが、実はイギリスもフランスも最低の状態なのです。


 アメリカによるアメリカのための消費税増税

   
2012年5月22日に、財務省が日本の対外資産に関する貸借報告書というのを発表しました。それによると日本の対外資産は253兆100億円です。つまり日本は世界一の対外純試算を持つ国なのです。しかも対外純試算世界一が21年間も続いているのです。外貨準備高にしても約101兆円もある。国の経常収支は黒字です。つまり日本はものすごい金持ちの国なのです。

   にもかかわらず財務省は財政健全化ばかり言っているのです。
   そのあげくが消費税の増税です。日本はまだデフレを脱却できていない状態なのに、このデフレの時に消費税を上げたら、モノはさらに売れなくなるのは分かりきっています。モノが売れなくなれば経済は縮小均衡に陥り、最悪の場合はデフレスパイラルです。

   これには前例があります。
   1995年に阪神・淡路大震災が起こりました。翌年の1996年には復興需要もあったのでGDPは2・7%のプラス成長となりました。ところが当時の橋本政権は、翌年の1997年に消費税率を3%から5%に上げ、あわせて減税の廃止などの財政緊縮策を行なったのです。これが原因で経済成長率は、5四半期連続でマイナスとデフレスパイラルに陥ってしまったのです。今回の消費税増税も、このときとまったく同じ結果をもたらす可能性は非常に高いのです。日本はまた、同じ過ちを繰り返すのでしょうか。

   日本経済をダメにするような消費税増税をなぜ今やるのか。
   それはアメリカのために他なりません。アメリカは国債を買わせようとしているのです。いままででも外貨準備高で米国債を買っていたわけですが、財政が天文学的赤字の時になぜアメリカ国債を買うのか、ドルがどんどん下落しているのに、そんなものを買ってどうするのかということなのです。

  
  アメリカの経済戦争は限定戦から総力戦になった

   
経済戦争にも武器・兵器が必要です。
   1971年のニクソンショック以来、アメリカは対日経済戦争においていろいろ武器を出してきました。それが繊維交渉に始まり、カラーテレビ、牛肉・オレンジ、そして最後に自動車でしたが、最初は個別に、いわゆる限定戦というかたちで戦争を仕掛けてきたのです。その結果日本へのアメリカ車輸入関税はゼロ、しかし日本からアメリカへの日本車輸出は2・4%の関税を掛けるという決着になりました。しかしそれで日本車はアメリカへ渡らずに、アメリカ車はどんどん日本に入って来たかといえばそうはなりませんでした。関税にもかかわらず日本車はどんどんアメリカへ進出して、アメリカ車は日本では少しも売れない。そのためにGM(ゼネラルモーターズ)が潰れそうになりました。

   アメリカはその後もエレクトロニクスや電気通信、医薬品・医療器具、林産物など、次から次へと無理難題をふっかけてきましたが、我々にはそれらを乗り越えるだけの知恵と技術があったのです。アメリカ側からすれば、日本との交渉で自分たちに有利な決着をつけているにもかかわらず、なぜか思うような結果が得られない。これはどういうことなのか。そこでアメリカは個別交渉で攻めてもラチが明かないと考え、日米構造協議とか日米包括経済協議などを通じて、日本の「非関税障壁」なるものを取り除こうとしました。

   円高にしても関税をゼロにしても、日本は少しもへこたれない。
   アメリカとしては日本の社会構造や産業構造を根本から変えなければ、日本を潰すことはできないと考えたのです。日米構造協議というのは、英語の名称を訳すと「構造障壁イニシアティブ」です。「イニシアティブ」とは「主導権」という意味です。つまりアメリカの主導権のもとに日本の構造的な障壁を壊していくということです。しかし日本の官僚はこれを、「構造協議」と訳したのです。このあたりから日本の官僚は少しずつおかしくなっていきました。

   今問題になっているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)にしても、それはアメリカの戦略の延長上にあります。農産物の関税がどうなるかなどといったことは表面上の話であって、アメリカにあるのは基本的には、日本を潰さなければダメだという発想から始まっているのです。それが、TPPなのです。


    book 『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』 菅沼光弘著 徳間書店

                           抜粋
  

「大阪維新の会」の本質は対米従属路線

   橋下大阪市長率いる「大阪維新の会」が言っていることは、「みんなの党」やかつての小泉純一郎・竹中平蔵の路線に近いのです。ですからそれは本質的に、対米従属派であることです。一体何をもって「維新」とするのかよくわかりません。たとえば彼らは「道州制」であるとか、「地方分権」ということを言っていますが、これはすなわち中央集権の解体であって、つまりはアメリカが仕組んでいる日本国家解体の方向なのです。彼らの方向と行動を見ていると、その裏にアメリカの意向が働いているとしか思えないのです。

   橋下さんは、坂本竜馬の「船中八策」になぞらえた「維新八策」などと言っているようですが、そもそも坂本竜馬とは一体何者であったのかについて知っているのでしょうか。かつて司馬遼太郎が小説に書いてそれがテレビで放映されたことが原因で、まるで維新の英雄のように祀(まつ)り上げられてしまいましたが、坂本竜馬はフリーメイソンの手先として働いた人です。

   坂本竜馬は亀山社中という商社を作り、そこから大量の武器を調達して長州に送りましたが、その背後にはトーマス・グラバーというイギリスの武器商人がいたの
です。このグラバーというスコットランド人は、ジャーマン・マセソンというフリーメイソンの使用人でした。坂本竜馬はこのグラバーが背後にいたので、薩摩や幕府を相手に渡り合うことができたのです。その後若くして殺されてしまいましたが、あのままいっていれば日本はすでに、フリーメイソンに乗っ取られていたかももしれないのです。

   いろいろあるにしても、日本は経済的にも人種的にも地政学的にもアジアの一員です。その意味は、日本の軸足は欧米ではなく、アジアに置かなければならないということです。欧米には決して変わらないアジアに対する偏見、もっと言うと抜き難い人種偏見が依然として強く残っています。彼らがアジアに対して微笑みを送ってくるのは、経済的・軍事的に利用しようと考えているからに他なりません。そういうことを踏まえないで、「脱亜入欧」などまるで意味のないことです。

   現実にアメリカは、日米同盟をすることで日本を軍事的に利用しており、今度はTPPで経済的にアメリカのブロックに入ることを強要しています。TPPにはベトナムやブルネイ、シンガポールなどアジアの国々が参加していますが、そういうことは小さいことで、アメリカの狙いはあくまでも日本なのです。ここで日本がアメリカのブロックに入るとどうなるか、よくよく考えなければなりません。

   では東アジア共同体構想なるものはどうかといえば、その本質は中国への従属に他なりません。つまりこれまでの対米従属から対中従属に変わるだけです。それでは中国を頂点とする華夷秩序の中に日本が組み込まれてしまいます。冊封体制で、中国に貢物を持っていくようなことになってもいいのかということです。そうではなくて、かつてわれわれが主張した大東亜共栄圏のように、日本がアジアの盟主とならなければいけないのです。

   TPPは経済の問題だと考えられがちですが、そこには実はもっと重大な問題が隠されています。たとえば、サンフランシスコに本拠地を置く世界最大級の総合建設会社ベクテルが、今実際に、日本の地方自治体の土木工事などに参入しようとしていますが、その入札から英語でやらなければならない。ここは日本だから日本語でといっても、TPPに入った以上それは通らないのです。つまりTPPが含む「毒素条項」により、彼らにとっての不都合はすべて障壁となるので、訴えられて彼らの要求に応じるしかなくなるのです。

   たとえば自動車にしてもそうです。
   自動車の関税はゼロなので問題にはなりませんが、それでもアメリカ車が日本で売れないのは製品が悪いからではないかと言うと、アメリカにとってはそうではなく、日本のシステムが悪いからだというわけです。それだけでなく日本車の右ハンドルが悪いので、全部左ハンドルにしろとも言ってきたのです。そして小型車(軽自動車)が税金や保険で優遇されているのはけしからん、撤廃しろと。いや小型車そのものを撤廃しろとも言っているのです。日本の狭い道路に、アメリカの大型車が入ってきても困るだけです。

   それぞれの国には、それぞれの国にあった独自性というものがあります。
   それがその国の文化であり、伝統であり、歴史でもあるわけです。そういうものを自分たちに合わせてことごとく撤廃しろ、アメリカの基準に合わせろと言っているわけで、それがTPPの狙いでもあり、アメリカはそれが完全な自由貿易だと主張しているのです。それはまさに、日本が日本ではなくなることを意味しています。彼らが言っているのはまさにそういうことであり、日本を日本でなくさせる、つまり崩壊させるということなのです。

 米軍との一体化が進む自衛隊

   
安全保障も同様です。
   今月の1月からどれだけ多くの、日米のさまざまな分野の合同演習があったでしょうか。北海道でも東京の横田基地でも、大阪のど真ん中の伊丹でもやっています。合同演習とは何も実際に兵を動かすことだけではなく、コンピューターでのシミュレーションもあり、それも合同演習なのです。さらに今年になって、自衛隊の航空総隊司令部が横田に移転し、米軍第五空軍と一緒になりました。これは日米同盟の深化と運用の一体化という名目のもとに行なわれており、陸上自衛隊についても、座間キャンプのアメリカ陸軍と一体化する作業が進められています。

   陸上自衛隊はもともと第7艦隊の分遣隊のようなもので、1人前の海軍ではないので、これは今まで通りで結構ということのようです。つまり自衛隊は完全にアメリカ軍に取り込まれていくということです。アメリカは軍事費がどんどん削減されているので負担をできるだけ軽くしたい。アメリカとしてはいずれアジアの防衛については、我々は後ろで見ているので日本がやれ。そしてアジア人同士が戦え、ということです。これまで少なくとも陸上自衛隊はまだ独自性を保っていました。アメリカもほとんど無視していました。ところが3・11の大地震や津波災害などで、陸上自衛隊の存在感が一気に増してきたわけです。アメリカにしてみれば、これを利用しない手はないということです。

   それで南西諸島に自衛隊を駐屯させるかとか、北海道でも礼文島で訓練をやることになっています。自衛隊もそのようにいろいろやってはいますが、運用というのは作戦という意味なので、これはアメリカの作戦と一体化するということです。そして現実に自衛隊はアメリカの情報網の中でしか動くことができません。北朝鮮がどういう状況にあるのか、中国の艦隊がどうしているのかといった情報を持っているのはアメリカです。アメリカの情報だけで動くとはどういうことかと言えば、中国や北朝鮮、あるいはロシアなどに対する評価や判断が、まったくアメリカと同じ視点、考え方でいくということです。

   しかしそもそも朝鮮半島と日本の関係、あるいは中国やロシアと日本の関係というのは、アメリカの持つ関係とは基本的に異なります。歴史的にも地政的にもまったく違うのです。それなのに我々はアメリカの見方とまったく同じ立場に立たされ、同じ施策をとらなければならないのです。安全保障についてもこのように一体化していき、このうえTPPに入ることで日本が完全にアメリカのブロックに入ることになれば、そうなればもう、国の自主性も何もあったものではなく、これは完全なる日本崩壊です。

 アメリカの情報に従うしか動くことができない日本

   日本がアメリカの情報においてしか動けないのは、日本が独自に情報を収集し、独自の判断を下すような体制をアメリカが断固として許さないからです。こうした情報機関はどこの国でも備えており、対外的な交渉において相手国や世界の情報収集は絶対に必要なものなのです。にもかかわらず日本に独自の情報機関がないのも、アメリカが作らせなかったからです。戦後、日本が表面上は独立したとされたとき、日本にも情報機関が必要ということで緒方竹虎とか吉田茂などが動きました。そのとき共産党や社会党の左派が猛烈に反対したので作れなかった、ということになっていますが、実際は違います。それを一番反対し圧力をかけたのはアメリカだったのです。つまり、日本は独立したのではなかったのです。

   なぜならもしそうした情報機関を作らせてしまうと、アメリカが実際には何をやっているかがわかってしまうからです。アメリカは自国のために日本を利用する考えしかないので、彼らはさまざまな姦計を仕掛けてきます。日本人をアメリカの意向に沿わせるためにいろいろなプロパガンダをやる。テレビや新聞の左翼も利用する。選挙のために自民党に資金を提供するだけでなく、不正操作の方法も教える。そういう仕掛けが全部曝露されてしまうわけです。そうでなければ情報機関とは言えないわけで、片一方だけの情報だけを集めていてはダメなのです。それをアメリカは怖れていたわけで、その結果、内閣調査室みたいな小さいものでごまかされてしまった。

   当時、まだ東西冷戦が非常に厳しかった頃、西側の情報機関はほとんどの力をソ連と東欧共和国、中国、北朝鮮に向けていました。そんななかにおいて日本はそれでもささやかな情報組織として、公安調査庁がそうした情報収集をしていましたが、それでもそうした情報は意外にもレベルが高かったのです。なぜなら日本は戦前からの人材や情報網を持っており、悪戦苦闘しながらも、そうしたものをちゃんと引き継いでいたのです。ところが冷戦が終わったとたん、どういうわけか組織がガタガタになり、今では何もわかりません。

   日本は北朝鮮のことなど何一つ情報が掴めない。
   北朝鮮制裁ということで、人的往来もなければ、向こうの役人も来られないし、こちらの外務省の人間も行けないわけで、これでは何の情報も入るわけがなく、まるで自分で自分の手を縛っているのと同じです。

 ここまできたアメリカの日本解体

   こうして、今の日本の情報組織はことごとく崩壊してしまいました。
   昔は、たとえば大蔵省が陣頭に立ち、日本興業銀行や日本長期信用銀行などを抱えて、鉄鋼なら鉄鋼というリーディング産業に投資し、戦略的に経済発展を進めてきました。しかしそれが大蔵省が解体されると同時に、財務省は自分のことだけしか考えなくなったし、消費税を増税して財政の健全化を図ることしか頭にない。しかし財政とは何かといえば、財政は一般的な経済の上に成り立っているのであって、統合的な経済政策もなしにうまくいくはずがありません。

   冷戦が終わったとき、クリントン大統領は日本と経済戦争をすると宣戦布告しました。
   そして日本を攻略するにはどうしたらいいか、日本経済の弱みはどこにあるのかについて総力を上げて徹底的に調査研究したのです。そして、それは政財官が一体となって日本経済を動かしているという構造を知り、これをバラバラに解体しなければならないという結論に達したのです。

   このうち政と財の、財は貿易で締め付ければいいし、実際に今の財界はまったくアメリカの言いなりで、自社の利益のことしか関心がない。政については、選挙で締め付けていけば簡単に攻略できる。そしてアメリカにとって問題は官だということになり、そのためにまずその筆頭である大蔵省を解体して財務省にしたのです。そして、そこから日本の経済はガタガタになっていったのです。さらに「日本株式会社」の指令塔であった通産省を経済産業省として再編し、国益を最優先に考えて動いていた旧通産省の国士的な役人を次々と排除していった。

   そしてそういった、国のことを考える人々を排除した後に、新しく入って来た連中をすべて留学や研修という形で次々にアメリカへ呼び寄せて洗脳し、徹底的にアメリカ的思考を叩き込んだのです。実際にアメリカに留学した官僚たちは、思考の構造から行動スタイルまで、ことごとくアメリカナイズされて帰ってきたのです。それは財務省も経産省も、その他の省庁もすべてそうで、それが今日の我々の見る官僚たちのありさまなのです。

   こうしたアメリカの戦略は、大学やメディアに対しても行なわれており、大学の先生にしてもマスコミにしても、いまやほとんどのこうした人々はアメリカのコントロール下に入っています。国民があれほど反対しているというのに、新聞全紙がTPPに賛成という記事を載せるのは、こうしたアメリカのコントロールが非常によく効いているということです。日本のジャーナリズム、メディアを掌握して、アメリカが自国の国益のためだけに日本の世論を操作するというのは、これまでアメリカがずっとやってきたことなのです。


    book 『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか』 菅沼光弘著 徳間書店

                           抜粋

   

   


   

日本人を貧困に陥れて「支配」する闇の勢力の計画

すでに始まっている外国勢力による「日本買い」

   ドル石油体制の延命を望む闇の権力者たちは、世界中の富が集まるアジアで、そしてその中核をなす日本で、大きなバブルを起こしたいと考えている。かつて日本のバブルは典型的な土地本位制だった。土地という実物を担保にして地価を実体以上の評価額へ導き、マネーを踊らせた。しかしその目的は簡単に言えば、マネーが引いてバブルがはじけた後、今度は実体以下に下がった実物を外国勢力が買占めることであり、そうやって多くの日本の富が海外に持ち去られたのだった。

   しかし今回の仕掛けはより大掛かりで巧妙で、目に見えにくい形を取っている。
   1980年代のバブルは、プラザ合意以降、アメリカが日本政府に働きかけて起こされたものだった。バブル崩壊以降、「ハゲタカ」が日本の資産を奪っていった。現在も同じ戦略で日本からの収奪を考えている勢力がいるが、今回の特徴は「中国経由」であることだ。日本人としては絶対に同じワナにはまらないようにするべきだ。中国からは健全な投資もあるが、一方同じように見えて悪質な投資が存在する。受けていい投資とは、たとえば日産に出資したルノーであり、受けてはいけない投資とは、たとえば新生銀行に投資したリップルウッドだ。彼らは10億円の投資で1兆円を奪い去っていき、何の付加価値も生まなかった。

   日本は、二度も同じバブルのワナにはまってはいけないのだ。
   だが、しかしその兆しはすでに表れている。

  
――『ロイター 2012年5月28日
    米ゴールドマン・サックスはアセット・マネジメント部門を通じて、日本で不動産投資を再開する。投資家から資金を募集し、その規模は今後3~4年で約4000億円を見込んでいる。それを東京のオフィスビルを中心に投資を行なう。

   国際的に金融機関の自己資本規制が強化されるなかで、投資銀行は自己資金で投資をしにくい環境にあるが、ゴールドマンは投資家の資金を集め、底打ちしたと見られる日本の不動産市場投資を再開する。

   関係筋によると、ゴールドマン・アセット・マネジメント(GSAM)は日本国内の年金基金などの機関投資家から募集した資金で、7月をめどに私的募集の不動産投資信託(リート)を設定する。当初はまず約1000億円の規模を目指す。

   これとは別に、海外からの投資家からも資金を集め、日本の有料不動産に投資する。
   海外資本家は日本のリート(私的募集 不動産投資信託)には投資ができないので、別枠での投資となる。国内外を合わせた投資の規模は、中期的には4000億円を超える見通しを立てている。』――

   
多くの日本人は自国の日本を過小評価しがちなのだが、世界を見回したとき、ここまであらゆるインフラ(社会基盤、社会構造)が整った国はないのだ。金利は低いがインフレ率も低い。このニュースが示すように、日本の不動産価格は底を打ったと見られており、そのためにおいしい投資先としての種まきが始まっているのだ。

   デフレと円高は国内の輸出企業を痛めつけていると言われるが、日本は貿易収支が赤字でも、所得収支(技術・特許・投資)で稼ぐ国になっている。日本のGDP570兆円のうち、輸出は67兆円、輸入が60兆円である。つまり円高の影響は7兆円に過ぎないのだ。日本経済が強く安全だという判断から日本にマネーが流入し、円高が引き起こされている。本来なら円の購買力が上がることは、日本が豊かになることにつながるはずなのだ。

 自殺として処理されてきたさまざまな暗殺事件

   
2012年9月10日、松下忠洋郵政民営化・金融担当相が亡くなった。
   警察の発表では「自殺」ということになっていたが、真相は謎である。メディアの報道では松下大臣の妻が10日の午後5時前、東京江東区東雲の自宅マンションでクビを吊っているのを見つけ、病院に搬送。その後死亡が確認されたとしている。

   しかしこの事件は、日銀出身であおぞら銀行の初第社長に就任した本間忠世氏が、2000年に亡くなった事件を思い起こさせる。私は警察や関係者、現場のホテルなどでこの事件を取材したが、そこでも事実と警察発表の間には大きな食い違いがあったのだ。

   事件が明るみ」出た当初の警察発表では、ホテルのカーテンでクビを吊ったということになっていた。だがホテル側を取材してみると、そのカーテンレールは自殺防止のために、大きな重量がかかると折れるように作られていたという。私がこの事実を警察にぶつけるとすぐに、「遺体が発見されたのは風呂場だった」として警察発表は変更された。しかも本間氏の遺体は司法解剖されることなく、すぐに火葬にされたのだ。

   こうして警察は、本間氏の死を自殺で処理した。
   しかし実は事件の当日、ホテルの隣室には有名な女性歌手が滞在しており、夜中に「隣の部屋から喧嘩のような音や叫び声が聞こえてうるさい」と、ホテル側にクレームをつけていたことが明らかになっている。

   このように日本では、闇の権力者たちに反抗しようとした人々が、「自殺」という形で「暗殺」されてきた歴史がある。バブル崩壊後の不良債権処理に絡んだ案件だけでも、次にあげるようなこれだけの疑わしい「死」が存在するのだ。

  1992年 「イトマン」の加藤吉邦専務が自宅で入水自殺。
  1993年 阪和銀行の小山友三郎副頭取が自宅前の路上で射殺される。
  1994年 富士フィルムの鈴木順太郎専務が自宅の玄関前で刺殺される。
  1994年 住友銀行の畑中和文取締役名古屋支店長が、自宅マンションの玄関前で射殺される。
  1997年 第一勧業銀行の宮崎邦次元会長が自宅で首吊り自殺。
  1998年 大蔵省銀行極の大月洋一金融取引管理官が自宅で首吊り自殺。
  
  1998年 日本銀行の鴨志田孝之理事が母親宅で首吊り自殺。
  1999年 日本長期信用銀行の上原隆元副頭取が都内のホテルで首吊り自殺。
  1999年 日本長期信用銀行の福田一憲大阪支店長が自宅で首吊自殺。
  2000年 住友信託銀行の井出野下秀守元役員が都内のホテルで首吊り自殺。
  2000年 日本債権信用銀行の本間忠世社長」が大阪市内のホテルで首吊り自殺。

   こうした不可解な死は、直接闇社会につながっている。
   実行犯はヤクザあるいは、ヤクザを装ったヒットマンたちである。彼らを動かしている大元をたどると、そこには闇の権力者たちがいるのだ。彼らは自分たちに逆らう人物を殺すことで、反抗しようとするエリート層に圧力をかけているのだ。

   不良債権を本当の意味で処理するには、借金をしている人の担保や資産を第三者に売却する以外にはない。この点に関しては、ギリシャ危機も、アメリカ倒産も同じ構図なのだ。しかしバブル崩壊後に日本で起きた不良債権問題の場合、売却しなければならない資産にヤクザが絡み、さまざまな妨害を行なったのだった。(ギリシャには同じく、既得権益を守りたいヤクザに相当するマフィアがおり、アメリカにはドル石油体制を維持したい闇の権力者がいる。)

   その結果、国の機関である整理回収機構(RCC)は処理をスムーズに進めることができず、不良債権を抱える本人である銀行の系列のノンバンクや不動産会社を肩代わりするというカラクリを使ったのだ。これは不良債権を系列に押し付けただけであり、しかも不良債権の購入費は親会社である銀行が貸し付けたのだ。つまり表面上は不良債権がなくなったと見せかけ、超低金利と貸し渋りの中で少しずつ不良債権処理を進めていった。

   こうして本来、破綻すべき銀行の多くが税金によって救済され今も生き残っているのである。それはリーマンショック後にシティグループやゴールドマン・サックス、バンク・オブ・アメリカ、J・P・モルガン・チェースが生き残ったのも、こうしたまったく同じやり口だったのだ。闇の権力者たちは、日本のバブル崩壊後に行なった計画をリーマンショック後のアメリカでも実行し、天文学的な負債を隠している。FRBが無軌道な信用創造を繰り返した結果、少なくとも国内ではごまかすことができている。

   その間に何が起きたかというと、よりひどくなっていく格差の拡大だった。すでにアメリカでは、会社社長と平社員の給与平均額が400倍に達している。現在のアメリカでは全人口のたった1%に総資産の40%近くが集中しており、その極端な例として、ウォルマートの株主6人(ウォルトン一族)は、アメリカの貧困層1億人分の資産を持っているという。日本がオイルショックから立ち直り、再び経済成長を続けている頃、アメリカではすでに格差社会への坂道を下り始めていたのだ。そしてこれと同じ現象が今、日本でも起き始めている。戦後の焼け野原から奇跡の復興を果たしたアジアの理想郷は、今やアメリカに次いで格差の激しい国になってしまった。

   注目されたのはOECDの審査項目の一つである「相対的貧困率」である。
   これは各国生産人口(18歳から65歳まで)の所得のことで、税金や社会保障負担などを差し引いた実所得のことである。日本は「相対的貧困率」で調査対象17ヶ国中、アメリカに次いでワースト2位である。

   OECDの分析はこうである。
   「コスト削減をするあまり、パートやアルバイトなど、賃金の安い非正社員を増加させたことが所得の二極分化を助長させた原因である」と。

   ところがこれに対し日本政府は、この調査数値に次のような反論を展開した。
   「OECDが日本の基礎データとして使った国民生活基礎調査は、『仕送りで生活している収入の少ない学生』や『長期入院患者』も『一世帯』としているからだ。政府がおこなったキメの細かい統計がアダとなり、その結果、他国よりも所得の少ない世帯数が多くなりやすい」と。

   どちらの分析が、日本の人々の肌感覚に近い指摘だろうか。
   私は現時点の日本は間違いなく、アメリカ式の生きづらい国に向かって進んでいると考えている。この流れは止めなければならない。少子高齢化が進み、働く世代は大きな負担に怯えている。ドル石油体制の代理人たちが仕掛けたグローバル・スタンダードを押し付けられ、日本の企業はかつてのアメリカに追従するかのように生産拠点を海外に移している。その結果、日本各地でさまざまな優遇処置を講じて誘致した企業が短期間で撤退を決め、自治体の財政、地域の雇用が失われるケースが後を絶たない。

   たとえば千葉県では、固定資産税の減額などで何とか誘致した液晶ディスプレイ工場が、操業開始からわずか6年で撤退している。また数年前に華々しくスタートした大阪府堺市のシャープの工場も同じである。こうしてただでさえ少ない働き口が減ったうえに、税金や社会保障の負担は増えているのだ。しかも低賃金の非正規雇用で働く人々が年々増加すれば、その結果どうなるか。日本が生きづらい国になるのは当然である。

   なぜ日本がこうなってしまったのか。
   その原因を、小泉元首相や竹中大臣の時代を含め、ドル石油体制を維持する闇の権力者たちによって持ち込まれた「アメリカ式改革」の悪影響を追及せずして、こうしたことを語ることはできない。この流れに反抗しようとした政治家たちは失脚させられ、あるいは先に挙げた人々と同じく不可解な最期を迎えている。

   古くは田中角栄がロッキード事件で、金丸信が金屏風事件で、竹下登はリクルート事件で、いずれの事件も必ずヤクザが絡み、警察と検察が動く。背後には彼らを動かす闇の権力者たちの存在があり、彼らの代理人が手を下す。その後も橋本龍太郎や小渕恵三が消され、中川昭一が殺された。

   こうして闇の権力者たちの狙いは、手なづけやすい富裕層にとって有利な改革を進めることに向けられ、格差を広げていくことにある。なぜなら人々は暮らしを圧迫されると、生活をすることで手一杯になり、余裕がなくなる。そして身の周りのことが最優先になり、政治や経済、選挙への関心は下がっていく。そうするとどうなるだろうか。つまり支配者層にとっては、非常に管理しやすい国民が増えることになるわけで、より物事が自分たちに都合よく進めやすい状況が出来上がっていくというわけなのだ。


  book 『日本に仕掛けられた最後のバブル』 ベンジャミン・フルフォード著 青春出版社

                           抜粋
           

   
 

携帯で人体に蓄積した電磁波の害は2、30年後に現れる

船瀬   携帯電話についてはこれから書こうと思っているけど、マスメディアではそれはタブーなんです。

ベンジャミン   携帯電話というのは今ものすごく大きな利権になってしまったから、携帯電話の電磁波ががんを引き起こすとか、鳥やハチの絶滅につながるというようなことを言うとまずいわけです。

船瀬   電磁波による頭痛というのは普通の頭痛ではなくて、非常に気持ち悪い頭痛です。電磁波がズーン、ズーンと脳に浸み込んでくるのがよくわかる。あれを感じない人が不思議です。私は最初、自分が虚弱体質なのかと思った。携帯電話のマイクロ波というのはものすごく強力で、細胞が破壊されて変形し、細長い細胞がクルッと丸くなってしまう。それに携帯はあんなに小さいけれど、出力は桁外れに大きいんです。

   でも携帯のイヤホンマイクを使うと、トータルで120分の1には減らせる。
   しかし増川いずみさんは超低周波はかえって強くなると言っていました。スウェーデンの調査によると、10年前くらい前からのヘビーユーザーで、脳腫瘍の発症率が3・9倍という驚く結果が出ています。アメリカでは、携帯電話を仕事で使う作業員が脳腫瘍になったと訴えて、3万ドルの労災認定が下りています。だから因果関係は証明されているわけです。

   私はこんど書く本のタイトルは、「スマホにイヤホン」にしようと思っています。(笑)
   それに、スピーカーホンというのがあって、それを置けば部屋の中の離れたところからでも会話ができるので、それを使えばいいんです。またブルートゥースというのもあり、それはイヤホンに無線で飛ばせるんです。つまり電磁波に被爆しないで済む機能を持った商品が色々出ているので、それを使うと被爆量が減らせるわけです。携帯電話の特許文書には、ちゃんと「危険だ」と書いてあります。

ベンジャミン   電磁波にはピンからキリまであって、種類によってはピンポン玉と鉄砲の玉ほどの差があるんです。そしてすべての生き物はそれぞれ特殊な電磁波を持っているのですが、実は前からわかっていて封印された科学になっていたんです。昔、フランスのある研究所の人がみな病気になったので理由を調べたら、原因は外にある空調機の音だったんです。そこから人を殺す音が作られていたわけです。

   地球の磁気の周波数に近いものは大丈夫です。
   私も自分でわかるんですが、携帯電話を耳につけると痛くなります。WiFiは特に感じない。でも個人差もすごくあり、非常に繊細な人がいて、そういう人たちは本当に聞こえたり見えたりするのです。たとえば、ここでは誰かしゃべっている映像は普通は見えないわけです。でもテレビの受信機をつければ見えるわけで、我々に見えない電磁波を見える電磁波に変える装置がテレビなんです。そしてほかの電磁波が見える人もいて、そういう人たちは精神病院へ入れられたりする。

   自然界では、ハチや鳥など、見える動物が多いんです。
   アメリカの先住民族の人たちは、地上を走っている電磁波が見えるんです。だから風水の龍脈というのは電磁波系なんです。つまり彼らはエネルギーが見えるわけで、そういう能力を持っている人たちは、今電磁波が増加した中で大変な目にあってもいるんです。よくアルミホイルを張れと言いますが、そういう人たちには実際に必要なのです。

船瀬   感受性が強くて、センサーが強いからね。
     ヒーラーやシャーマンといわれる人たちは、そういう能力がきわめて強い人なんでしょう。

ベンジャミン   そうです。トレーニングで、それを磨くこともできるんです。

船瀬   地球にはシューマン共振波という、超低周波の固有波動が5種類あるそうです。
    これは京大の萩野晃也さんが発見したのですが、シータ波、アルファ波、ベータ波、ガンマ波という脳波の境界線に、シューマン共振波のピークがピタリと重なる。つまり人間の脳活動は地球の固有波動とシンクロしているわけです。それは自然波動なわけで、一方、異常なノイズ波動は生命波動をきわめて乱すわけです。

   私は電磁波過敏で、携帯電話を耳に当てて3秒、4秒で頭がズーンと痛くなるから、これは半端じゃないぞと思っています。また電話の子機でも10分から20分くらい話すと、翌日まで具合が悪くなる。あれは怖いです。

ベンジャミン   電磁波とたばこは同じですね。
         つまりたばこは、20年、30年経ってから初めて身体に害が出る。今、携帯電話をみんなが持つようになってからまだ20年から30年だから、それが蓄積されたときにどうなるかというわけで、その結果はこれから出てきます。子機の受信機をハチの巣に入れたら、方向感覚が狂ったようになってハチが巣に戻れなかったという実験があります。

船瀬   やっぱりそうか。それは半端じゃない強さなんです。
     増川さんの話では、携帯電話を有精卵の近くに置いておくと、75%に異常が出たという。つまり孵化しないか、孵化しても奇形だったそうです。だから携帯電話から出ている電磁波のパワーは半端じゃなくて、全部防ぐことは無理でも、イヤホンマイクで120分の1、ブルートゥースで80分の1くらいには防げる。それは火と同じで、危険だから賢く使いましょうというふうにすればいい。それを「危険じゃない」とか「プロテクトは必要ない」というのは極論です。

ベンジャミン   携帯を持っている場所は肝心です。
         まずズボンのポケットは危ない。精子が3割は減ります。それに心臓の近くも危ない。私は必ずバッグの中に入れて、持つ時は足の横にぶら下がるようにしている。それからラップトップを膝の上に置いて使うと、キンタマを焼かれて精子が3割、4割減る。

船瀬   とにかく身体から話すことが大原則です。
     スウェーデンやノルウェー、フィンランドの3ヶ国で出したノルディック報告によると、生活空間にある電磁波レベルの1ミリガウスと4ミリガウスとを比べると、小児ガンが大体5倍から6倍のオーダーで増える。日本の国立環境研究所の調査でも、0・5ミリガウスと4ミリガウス以上を比べると、子どもの脳腫瘍が10・6倍で白血病が4・7倍です。ところがホットカーペットや電気毛布は300~400ミリガウスですから、すでに狂気です。

ベンジャミン   今の携帯電話はGPSがついているので居場所がわかるし、何をしゃべっているかも盗聴できるんです。私は以前、井の頭公園でホームレスの遺体の第一発見者になったことがあって、110番に電話したら、私がまだ居場所を言っていないのに、「今、銅像の近くに立っていますね」と言う。だから携帯電話をかけただけでわかってしまうんです。もっとすごいのは、クレジットカードでも居場所がわかるし盗聴もできる。その部分は、自分の名前を書く白い部分の中にあるんです。これはアメリカのNSA(国家安全保障局)の人から聞いた。

船瀬   まったく! クレジットカードに「もしもし」と言いたくなるね。(笑)

ベンジャミン   つまり携帯電話の基地局から反射させるわけです。
         だから携帯電話の電波の届かないところだったら盗聴できない。以前、私がクローンに置き換えられたという説がネットに流れたことがあったんです。当時付き合っていた女性がいて、家で話すと盗聴されているので電波の届かない山の中へ一緒に行って、車の中に携帯と財布を置いて川まで下って、そこで彼女と話した。そしたら私が消えていなくなったということで、彼らの間で大パニックが起きて、帰って来たらいろんな人から「大丈夫ですか、大丈夫ですか」と聞かれた。つまり私が、彼らが把握しているGPSの地図エリアからいなくなってしまったわけです。イタリアからもメールが来たし、私が死んだという噂が世界を駆け巡ったんです。

船瀬   ということは、完璧に監視されているわけだね。
     今は窓ガラス越しにでも盗聴できるそうですね。ガラスの振動で、中で何をしゃべっているかがわかるという。

ベンジャミン   1970年代に私の父親が外交官をやっていたときに、事務所のカーテンを閉めているので「どうしてか」と聞いたら、机の上の資料の写真を隣のビルから撮られるからと言っていました。あのころからすれば、今はもっとすごいと思います。

船瀬   これは驚き桃の木だよ。俺はのんきだね。

               book 『これが「人殺し医療サギ」の実態だ』
           ベンジャミン・フルフォード×船瀬俊介著 ヒカルランド

                           抜粋
         

 

彼らは電磁波で人間をマインドコントロールしている

ベンジャミン   この前、中国で反日デモがあったんですが、私はその時の取材で、ジョン・コーエンというフランス人がデモ隊の一人ひとりに、1日1200元を払ってやらせたということを掴んでいます。このことを直接私はコーエンにぶつけたけれども、彼はノーコメントで否定はしなかった。彼らのバックにいるのはシオン議定書の長老たちのユダヤ人です。

   でもそれだとよくわからないと思うので説明すると、私もユダヤの血が入っているのですが、1600万人いるユダヤ人の中で、彼らとグルになって悪事を引き起こすユダヤ人は約100万人くらいいます。だから「ユダヤ人」と一括りにすると、関係ないユダヤ人も一緒にしてしまうことになるので、彼らをサバタイ派ユダヤ人と呼んでいます。つまりヤクザ問題を日本人問題とくくってしまうのが間違いであるように、分けて考えなければならないわけです。

船瀬   しかし露骨によくやるね。大衆世論操作じゃないか。

ベンジャミン   それが製薬会社や化学会社になるとロックフェラーに集約されるけども、その前にデュポンとかラムズフェルド、ブッシュなどのナチスグループがいるんです。この一握りの自称ユダヤ人、つまりナチが最初からユダヤ人をヨーロッパから追い払ってイスラエルに住まわせる計画を持っていた。この人たちが人類を家畜にして支配しようとしているわけで、あらゆるワクチンや薬品を使うのもその手段の一つで、TPPや遺伝子組み換えなども全部その目的のためにやっているのです。

   アジア人はモノ作りが上手なので、勤勉な人間は一部取っておいて奴隷として工場で働かせ、一部の白人は戦争がうまいから洗脳して軍人として使う。そうした考えで、それは大元はローマ帝国に至るもので、他民族を征服して、人々を兵士や奴隷として使うのです。そして我々がそうした制度から解放されるためには、本当の情報を伝えて明らかにする、つまり真実を伝えるということがまず第一歩のステップなわけです。

   彼らに反対しているグループは、欧米や日本では、昔からの自然主義者や漢方や整体などの医療の団体で、すでに彼らによって弾圧されてきた人々です。あと科学者のエリートたちやフリーエネルギーを発明した人々もいます。しかし代替エネルギーは開発すると、石油利権を握っている彼らから必ず潰される。反対行動も、あまり目立ちすぎると仲間に入れる工作を仕掛けてくる。しかしそれができなかったら殺す。それもできなかったら、仲間外れのようになって無視されるように工作する。

   私も去年(2012年)6月の講演会の後、求められて握手に応じたとき、毒針で刺されたんです。目撃者もいます。それですぐ、クリストファー・ストーリーというイギリスの金融ジャーナリストががんになる毒で殺されていたので、彼の仲間に電話し、何か治療法はないかと聞いたら、初期の段階だったらビタミンDを1日5000IU(国際単位)と、ビタミンCを6時間ごとに1グラム摂ると、がんを起こすウイルスを抑制できると教えてもらった。だからそれをやったおかげで私は無事だったんです。

   また安倍総理もやられたということを、安倍昭恵さんから電話で聞いたので、私はビタミンDとCを飲むといいと教えてあげました。そのおかげで私は血液検査をしても無事でした。そういうことはこれまでにも何回もありましたが、最近ではあれが一番露骨だった。

船瀬   電磁波でマインドコントロールができるということを、ロバート・ベッカーが言っています。かつてのロサンゼルス暴動といわれる黒人暴動は、怒りを掻き立てるような電磁波を流して、どれだけの暴動が起きるかを実験したのだと言われています。私は今度電磁波の問題を書くつもりですが、高圧線の近くに住んでいる人は、自殺率が平均よりも4割高いことがわかっています。

   その理屈はわかりやすくて、神経ホルモンのメラトニン、セロトニンの分泌が電磁波で減ることが確実に証明されています。その結果、低メラトニン、低セロトニン状態になってうつが加速され、自殺が多くなるわけです。日本刀を振り回したり、クレイジーになる人も多い。ですから電磁波で精神を抑うつ状態にすることができるのです。

   川端康成は72歳の時に、ガス管をくわえて自殺しましたが、主治医が「川端先生の自殺の原因は、電気毛布から来る電磁波だった」という論文を書いています。彼は何十年間も電気毛布にくるまって寝ていたのです。電気毛布の電磁波は300~400ミリガウスです。安全基準は1ミリガウスだから、脳のセロトニンが落ちていって、彼は老人性うつになってしまったのです。

ベンジャミン   私も磁石の入っている布団に寝たときに、とにかくたくさんの夢を見て疲れて起きてしまい、それで使うのをやめました。我々もコンピューターと基本的に同じですから、肉体や魂が電磁波に影響されるのです。精神活動も電気の流れだから、異常な電磁波バイブレーションを与えれば異常になるのは当然なんです。

船瀬   私は田舎育ちなものだから電磁波に対してはものすごく過敏で、携帯電話を使っていると数秒で頭が痛くなるんです。化学物質にも過敏で、100円ショップなどで洗剤の臭いがするだけでやはり頭が痛くなる。

ベンジャミン   私が調べたデータでは、ベトナム戦争の時にアメリカ軍のレーダー基地で働いている人たちが、チョコレートバーが突然溶けたり、ポクポクという音が頭の中に聞こえてきたりという経験をして、そこから電磁波を利用して脳に直接影響を及ぼす研究が始まったのです。その一つの成果が、今みんなが使っている電子レンジです。また遠隔操作で、人の頭の中に声が聞こえる技術も開発されています。今はその装置はかなり小型化されているはずです。地底人から伝言が来ると言う人がいるけれども、多分マンションの上か下にCIAの担当者がいるんじゃないかと思う。

船瀬   『クロス・カント』にも同じことが書いてあります。
     アンテナの近くの電線に葉っぱがひっかかっていたりすると、葉っぱがニュースをしゃべり始めたり音楽を流し出す。それぐらいラジオの音というのはけっこうシンプルなんです。それと同じように、特異体質で、耳の中でラジオが聞こえる人がいる。そういう人は「ラジオ人間」と呼ばれていて、頭がおかしいと思われていたけれども、医学的にも科学的にも脳の中枢神経が、ラジオの周波数と振動してそうなることがあり得るわけです。それを利用すればマインドコントロールだってできる。

ベンジャミン   実際問題として、すでにやっているんです。
         今、携帯電話が普及して、その電磁波が20年前、30年前の100万倍以上も増加しているのです。そのために多くの渡り鳥たちが方向感覚を失って迷子になっている。伝書鳩レースも世界中でできなくなってしまった。ミツバチが絶滅しかかっているのも、電磁波の影響だという説が一番有力です。

船瀬   それと、新型の農薬のネオニコチノイドですね。
     日本でも撒布後に、ミツバチが全滅している。あれは強い神経毒なので方向感覚が狂うのです。(参考:『悪魔の新農薬「ネオニコチノイド」』(三五館)

   電磁波を利用すれば、脳の中枢に直接指令を送ることができる。
   ジョン・レノンを殺した奴は、耳の中で「レノンを殺せ。レノンを殺せ」という声が、しょっちゅう聞こえていたと言っているので、マインドコントロールされているわけです。一方、テレビを見ている人はCMなどに限らずあれだけ繰り返し繰り返しさまざまなことを聞かされているわけだから、長期間にかけて行なわれているマインドコントロールは、日本人全体がかかっています。

   たとえば禁煙薬もそうで、さかんにテレビのCMで流されているけれど、実はこの薬は向精神薬と同じで「自殺念慮」の副作用がある。医師向けの添付文書には「自殺」「攻撃行動」などの警告が書いてあるが、しかし向精神薬の扱いと同じく、患者には一切教えない。アメリカではこの禁煙薬が「自殺」「攻撃行動」「うつ」「心疾患」を引き起こしたとして、1200人がメーカーのファイザー製薬に集団訴訟を起こしている。だけど日本人は、そんなことは誰も知りません。


              book 『これが「人殺し医療サギ」の実態だ!』 
           ベンジャミン・フルフォード×船瀬俊介著 ヒカルランド

                           抜粋

小泉進次郎のバックはイギリスサッスーン財閥

ベンジャミン   小泉元首相や竹中氏のように、最初から自分は奴隷でアメリカの子分だとわかっている人もいるけれども、ナイーブに政治家になって、たとえば日本の外貨を使って世界をよくしようとか思ったら、たちまちあらゆる脅しや嫌がらせ工作の対象になるわけです。それは医療業界も同じなんです。

   レイモンド・ライフという人がいて、彼はすべての病気を特殊な周波数で治せる機械を開発した。そして科学雑誌にたくさん取り上げられて知られるようになった途端、いきなり工場を爆破されて嫌がらせを受け、すべてを剥ぎ取られて廃人として死んでしまったんです。

船瀬   それは、いわゆる波動療法ですね。
     そうやって本当の医療は邪魔だから潰されるわけだ。遺伝子組み換えジャガ芋で、ラットに例外なく免疫異常が出た。それでそのことを告発しようとしたドクターが研究所をクビになり、すべての資料を差し押さえられた。遺伝子組み換えに逆らったり、真実を言おうとした研究者は研究施設を破壊されたり、研究資料を押収されたりひどい弾圧に遭うわけです。そういう話はあちこちにあって、遺伝子組み換え作物の9割以上はモンサントで、そのオーナーはロックフェラーですから。

   日本のマスメディアは、遺伝子組み換えについての情報をまったく流しませんね。
   発ガン性は明らかで、遺伝子組み換え賛成派の御用学者でさえも、これほどの毒性があったのかとカーン大学報告には言葉を失っているというのに。

ベンジャミン   最後には必ず、あの研究は詐欺だったとか、間違いだったというストーリーを作ってガセネタを流し、研究を否定するのです。大麻についても、どんなに研究してもそれが身体によいということがわかっているのに、身体に悪いという結果を出す人にだけ研究資金が与えられるんです。私はマリファナを吸う人のほうが脳の血流が増えるという報告を、「ニューサイエンティスト」で読んだことがあるのですが、それに対しては必ず、脳に圧力をかけるから脳に悪いと言うわけです。

   本当は大麻によって脳に血流が通って活性化しているのに、それを言うと研究資金が出ない。そして脳圧が高くなって悪い、という結論を無理やり出させられるのです。研究者というのは純粋に真実を追究する人たちだと思っているかもしれないが、忘れてはならないのはみんな給料を貰っているわけです。そして給料をコントロールしているのが悪い人たちなわけです。

船瀬   『モンサントの不自然な食べもの』というドキュメンタリー映画が、半年以上もロングランしているのに、日本のメディアは一切流さず、無視しています。それを見ると批判している研究者がほとんどクビになっています。そうして露骨なほど職場を追われるわけです。それだけ政治的な圧力が強いのです。今日の新聞にも、「ワクチンの有効性を審議する政府委員会のメンバーが製薬会社から金をもらっていた」という記事が載っていました。そもそも製薬会社から金を受け取っているものが公平な評価をするわけがない。でもこんな利益相反は当たり前なんです。

ベンジャミン   ブッシュ政権時代から特にそういう恐ろしさが加速したけれども、ムーディーズとかスタンダード・アンド・プアーズなどの格付け会社は、実はお金をもらってAAAなどの評価を決めているんです。アメリカの製薬会社も昔はFDAが結構きびしく副作用をチェックしていたが、今では全部骨抜きにされてしまい、業者が業者を取り締まるまでになってしまい、今は儲かれば何でもいいということになっています。最終的な問題は、全部お金で欲です。

船瀬   研究者というのは研究に命を捧げているのかと思っていたが、メンデルソンによると医学雑誌の臨床論文とか薬の臨床結果の3分の1は、実際にはやっていないことをやったと言ったり、完璧にペテンだった。しかも薬の分量を調節したりごまかしており、少なくとも臨床報告の3分の2は、やっていないか、捏造です。科学の学術雑誌でさえ、徹底的に精査すると、半分の論文は誤りで、ペテンか捏造、ごまかしです。

 そしてそれらが究極的にどこへ集約するかというと同じマフィアに行ってしまう。
    つまりロックフェラーにいく。国際的ジャーナリストであるE・マリンズ氏は、米国のがんセンターこそが、「ロックフェラー医療独占体制の主要な出先機関としての役割を果たしてきた」と告発しています。「米国がん協会は、理事会が承認していない治療法や、『切る・叩く・焼く』以外のガン治療法に対して、何のためらいもなく『ニセ医者』というレッテルを貼り続けてきた」と断罪しています。E・マリンズの『医療殺戮』(面影橋出版)は医療問題のバイブルです。これは必読です。

ベンジャミン   科学雑誌や医学雑誌は、誰の資本で作られているのか。
         しかもそういう雑誌に載せる論文や意見は、顔の見えない審査グループがそれを採用するかしないかを決めているのです。そして研究者は、論文を発表できるかどうかによって給料が決まるわけです。何にしろ仕組みの一番上が腐っているので、そこからやらないとダメなのです。それは例えると、怖ろしい大ダコと戦っているようなものです。いろんな人たちが一生懸命、医療問題を解決しようとして1本のタコの足と戦っている。別のところでは弁護士も不法に不動産を取られた被害者のために1本の足と闘っている。でも最終的には、頭を狙わないと闘いは終わらない。医療の問題も、上に行くと、ラムズフェルド、ブッシュ、ロックフェラーに行ってしまうわけです。

船瀬   アメリカ政府は最近、乳がん検診のマンモグラフィー検査や、前立腺がんのPSAマーカーをいずれも「推奨しない」と突然発表した。これはこうしたものが「病人狩り」の方法であることを多くの人が知るようになったからで、患者からの訴訟を逃れるためでしょう。メンデルソン医師の、「現代医学は"死の教会"で、その神は"死に神"である」という言葉に衝撃を受けました。それはまさに真実です。

ベンジャミン   私がこうした部分に関わるようになって、ロックフェラーをインタビューしたことがありました。するとその後、私のところに心理学者を送り込んで来たんです。私の母親も心理学者なので、「いいですよ」と言って、3、4歳の頃のことを喜んで話した。そしたらその後、私を気違いだと診断したレポートを書いて、いろんな人に配られたわけです。その後、私が知り合いの政治家や社長などに会うと、「君は昔はいいジャーナリストだったが、最近はドラッグをやって頭がおかしくなったそうだね」と言われたんです。

   また私に、危険な薬物を飲ませようとすることも何回かありました。
   何千万円も儲かるというDVD製作に誘われたときは、覚醒剤の入ったオレンジジュースを飲まされそうになった。そして、これを吸いなさいと言われて、後で調べてもらったら、それには非常に危険な薬物が混ぜられていて、もしそれを吸っていたら本当に頭が狂っていたと思う。それだけじゃなく、私の周りの人を何人か買収して、私が麻薬犯だと偽証するようにプレッシャーをかけられたんです。つまりそうまでして、自分たちの体制を守ろうとするわけです。

   それは私だけじゃなくて、真面目な記者さんもそういうことをやられるわけです。
   私は特ダネも山ほどとったし、賞ももらったけれど、ブラックリストに載ってからはテレビ局が企業やマスコミから圧力をかけられて、マスメディアが一切私を呼ばなくなった。「あなたが出ると視聴率が高くなるけれども、上から使うなと言われている」とプロデューサーに言われました。それでも私を使っていた人は、飛ばされましたからそこまでやるんです。

   もともとメディアには、広告と編集部は絶対に連絡を取らせないというルールがあったのに、それがなくなった。だから広告パンフレットのようになってしまうわけで、そんな新聞を誰も読むわけがない。今は広告が編集を全部仕切っている。日経新聞の企業担当部署は商品の山になっていて、もらいものが何でもあります。私が記者を始めたばかりのころはもっと露骨で、企業の記者会見に行くと、最後に現金の入った封筒をくれるんです。その後、時計とか商品券に変わりました。

船瀬   私の友達は日経新聞の記者で、日銀記者クラブの冷蔵庫にはビールや酒がぎっしり詰まっていて飲み放題だと言っていました。そもそも記者クラブそのものがおかしい。内閣が変わって新しく官房長官になると、マスコミのトップレベルと顔見せの懇親会が料亭であり、官房長官は30分ぐらい遅れて来るんだそうです。それでその間に座布団をひっくり返すと、100万円入りの茶封筒があると聞いたことがあります。それもみな官房機密費から出ているんですよ。「お車代」がだいたい100万円だというからすごいね。

ベンジャミン   政治家もみんなワイロ漬けです。
         私はこの前、具体的なそういう例を見つけたんです。それは小泉進次郎が派閥を立ち上げた時、ジェームス・サッスーンというイギリスのサッスーン財閥の人が、メンバー一人ひとりに数千万円ずつの現金を渡して派閥を作ってあげたんです。私は小泉進次郎本人に直接それをぶつけたけれども、ノーコメントでした。

船瀬   それじゃ、完全に傀儡(かいらい)じゃないですか。

べンジャミン   上に行くと、全部そうなるんです。


               book 『これが「人殺し医療サギ」の実態だ』
            ベンジャミン・フルフォード・船瀬俊介著 ヒカルランド

                           抜粋


                       

ボストンマラソン爆破事件も米国政府の自作自演

ベンジャミン   ボストンで起きたボストンマラソンの爆破事件も、まさに集団マインドコントロールのためのキャンペーンだったんです。その事件が起こされる3週間前に、アメリカで人気アニメの「ファミリー・ガイ」という番組で、ボストンマラソンで大勢が殺されるというエピソードを誰かが流しました。その中では爆破で足が吹き飛ばされた人の映像がテレビで流されましたが、それを多くの人が携帯で写真を撮り、それがネットに全部出ました。

   そういう写真には、爆発の後にまだ足がついていて血も流れておらず、その後男が義足を外して血をばら撒くシーンもありました。しかしその男は実はアフガン戦争で足をなくしていて、その昔の写真もネットに流れてしまった。だからその後に起きた爆破事件も、つまりは最初から演出なのです。

   なぜそんなことをやるかというと、マインドコントロールのためです。
   彼ら闇の連中の計画では、アルカイダだ、テロだ、と言ってボストン市に戒厳令を敷き、「みんな家から出るな」「機動隊だけ家に入れろ」と、要するに彼らの軍事演習だったのです。でもテレビを通して、前もって準備している様子の映像が流れてしまい、計画が狂ってしまった。つまり内部曝露や内部告発がどんどん出てきているのです。

   そして記者会見を開いて、「犯人は白人の単独犯で、彼は税金反対の右翼の人間だった」と発表するつもりだったのです。でもそのシナリオが事前に曝露されてしまったので、急に記者会見がキャンセルされてしまった。そしてその男は消えてしまって、いきなりチェチェン人というシナリオに変わったわけです。これは集団マインドコントロールの実験でもあったのです。

   あの2人の兄弟だとされる男たちは、はめられたKGBエージェントです。
   弟のほうは喉を切っているので話せないとか言っているのに、作られた文書が出てきたりしている。兄のほうは素っ裸で逮捕されて、その後、殺されてしまった。でもマインドコントロールというのは自然の摂理に反するので、跳ね返されるんですね。

船瀬   ボストン事件は本当に不自然で、9・11と同じだと思っていたけれど、すべて演出で、戒厳令のトレーニングだったわけだ。

ベンジャミン   そうです、オウム真理教事件も同じなんです。
         あれは日本人をマインドコントロールできるかどうかの実験だったんです。事件を捏造して、人々がどういう反応をするかをまずデータ収集するわけです。でも最近はネットのおかげで、瞬時にばれるようになっている。ボストンの場合も同じで、みんなが携帯を持っているので写真をすぐアップロードするから、彼らはシナリオ通りにできなかったのです。

   実は同じ時にテキサスで爆発があり、新聞によると肥料工場が爆発したとなっていたけれども、その原因はミサイルなんです。
つまりブッシュ牧場のすぐ近くで、ブッシュ一族の武器庫が爆破されたようです。80軒の家が焼けて80人の人が死亡した。大変な事故なのにほとんど報道されなくて、彼らとしては「何でもありません。皆さん忘れてください、それよりボストン、ボストン!」というわけで、内部分裂しているのです。

   父がカナダ大使としてアルゼンチンに行った時、僕は17歳だった。
   父には特殊部隊の警官がついていたので彼と話した時、ノートを見せてくれてそれには爆弾の作り方が書いてあった。それは軍事政権を正当化するために、爆弾を作って爆発させ、それを左翼テロのせいにするんだと教えてくれた。

船瀬   あきれた自作自演だ。9・11と同じだね。

ベンジャミン   まだそれほど巧妙ではなかったけれど、そのときから自作自演をいろいろやっているんですよ。もっとさかのぼると、モーセのときからやっている。水銀の入った石をたくさん川に放り投げて、川が赤くなって魚が全部死んでしまうというようなことをやり、それを神わざに見せかけるわけです。つまりかなり昔から、事件を捏造して民衆を操る闇の者達がいるわけです。

船瀬   オーソドックスなパターンですね。
     ヒトラーだって議会を爆破しといて共産党がやったと言ったし、日本だって柳条湖で鉄道を爆破して中国人がやったんだと言った。ベトナム戦争の始まりも米軍の自作自演だし、トンキン湾もそう。みんな必ず使う手なのに、大衆は軽く騙されるんだ。

ベンジャミン   でも今はそうはいかなくて、すぐばれてしまう。
         ボストン事件の特徴は、マインドコントロールがあまり効いていないというか、かなりの人々がそれを信じていなかった。内部告発で写真が出たりしているから、飼い慣らされた羊人間たちが、これからやっと目覚めるのかもしれない。

船瀬   今はみんなが携帯を持ってるから写真も撮るし、ネットもあるからどこかでばれてしまう。しかし普通の人たちはあの兄弟が犯人だと思っていますよ。

ベンジャミン   NHKとか新聞雑誌などマスコミはほとんど、アメリカの命令系統に入っているから、言われた筋書きをそのまま発信するんです。彼らの裸で手錠をかけられている写真が映像で出ています。武器も持っていないし、その後殺されたからこれは明らかに口封じです。オサマ・ビン・ラディンの殺害も同じような虚構のストーリーです。最近はみな疑ってかかるから、信じる人は少なくなってきた。

   ついでにTPPについてですけども、TPPにはいくつかの問題があって、一つはそれが秘密交渉であることです。それは知られると都合の悪いことがあるので隠しているわけです。カナダも参加しましたが、今すごく非難されています。闇の連中がひどいことを押し付けようとしているのがわかったのです。

船瀬   TPPでアメリカの大企業が日本に入って来るようになると、怖ろしいことが起きるようになります。まず日本のいろんな規制や法律でストップがかかっているために、彼らにとって利益が出ないと、アメリカは日本政府を訴えることができる。これが「毒素条項」といわれるものです。つまりそのために、日本の法律や従来からあるものが全部彼らの要求に従って破壊されていくわけです。ですからTPPは、完全に日本の主権を明け渡す、完全なる植民地条約なのです。しかもこの「毒素条項」については、国民にまったく知らされていない。

ベンジャミン   すでにEU
は、これでやられたのです。
         サッチャー首相がEU条約にサインしたときに、ヨーロッパは騙されたんです。国家主権がなくなるというような肝心のことはまったく言わないで、ただ単に経済活性化のためということだった。しかしいつの間にか権限が、選挙で選ばれていない官僚に握られてしまった。しかも一度EUの国家になったら、それは民主主義ではないのでもうEUからは脱退できません。

   アメリカの議会も同じです。
   1000ページ、2000ページの法案をバンと議員に渡して、賛成か反対か決めろと言って読む時間も与えない。そしてワイロを払う。それと同じことを日本でもやろうとしているわけです。この前の衆議院選挙でも、ムサシという会社が投票数を全部電子計算して、3分の2という都合のいい数字を自民党に取らせて、独裁的な決定ができる仕組みにしたのです。日本の政府はTPPに関しては、難しい立場なので「ノー」と言えなくて、「考えます」と言って時間稼ぎをしているようです。多分それをしている連中は、そのうちに崩れるんじゃないかと期待しているでしょう。

   私は日本が持っている外貨の問題をずっと取り上げていて、それを使えば世界を救えるのに何でやらないのかということを調べていたら、政界のトップの人たちは殺される恐怖とワイロに支配されていて、一般の人々には知られていないような、怖ろしい独裁体制に入っていることがわかったのです。つまり総理大臣の上に怖ろしい「闇の権力者」がいて、もし言うことを聞かなかったら自分も家族も殺されるということを、政界のトップの人たちは知っているのです。そしてすでに見せしめに、何人かの総理大臣が殺されているので、その映像を見せて脅す。それを一般市民には民主主義だと言っているわけです。


                book 『これが「人殺し医療サギ」の実態だ』 
            ベンジャミンフルフォード・船瀬俊介著 ヒカルランド

                           抜粋









日本へ指示された「少子化政策」を実行する政府

ベンジャミン   日本政府は、7000万人まで人口を減らすように目標を課せられたという内部告発を、竹下登元首相の側近がしています。竹下氏はこれに反対したために、拷問にかけられて殺されたのです。しかもその映像が撮られており、それを政治家に対する脅しとして使われているのです。私はまだ見たことはありませんが、見た人に2人会いました。一人は公安警察で、もう一人は中丸薫さんです。

   高齢者を殺すのもその手段の一つですが、もう一つは少子化にすることです。
   中曾根康弘氏が首相の時代に、当時の厚生省に圧力をかけて、清涼飲料水や化粧品、洗剤などあらゆるものに、不妊になったり精子が減少する物質を混入させたと言われています。その流れは今も続いていて、ですから子どもをつくりたくても作れなくなっているのです。

船瀬   おっしゃるとおりで、今の20代の精子は40代の半分なんです。
    しかも今の40代の精子の数は、我々60代の数分の1なんです。だからこれからはワシらの時代だ。 (笑)

ベンジャミン   ステロイドをやると筋肉はすごく強くなるけれど、あっちがダメになって短気になるという副作用があるのでそういう可能性もあると思います。

船瀬   カップ麺とかありとあらゆるものに環境ホルモンが入っている。
     だからハンバーガーをよく食べる人は精子が少ないといわれています。

ベンジャミン   これとすごく関係があるのが肥料です。
        今は化学肥料が主流になっているので、ミネラルとかビタミンが有機栽培の半分になっている。そうすると精子の原材料がなくなるわけです。実はこれも彼らの一つの目的なわけで、我々の食糧の中のビタミンやミネラルを意図的に不足させ、最終的には非常に高いビタミン剤や栄養剤を買わせる計画なのです。

   化学肥料の亜リン酸というものが、あと数十年でなくなると言われています。
   そうすると、だから今の世界人口の7分の1しか食わせられないというストーリーを彼ら闇の権力は作っているんです。東京とかニューヨークなどほとんどの大都会では、人間の排泄物を海に流しています。ベトナムの田舎に行くと、家族の大事な肥料を盗まれないように、汲み取り式便所の周りが鎖で囲ってあります。つまりそれは大事な肥料なわけで、科学肥料に頼る人間たちは、実はそれだけ価値のあるものだと知らないのでそれらを全部海に流しているのです。

   だから一方通行で、土の中の栄養が全部海に流れ出して土が痩せてしまう。
   人糞を肥料として使おうという人が出ると、人間の汚物をばら撒くとか、悪いキャンペーンが始まる。そしてそれをさせないようにして、人工的な肥料を使わせるわけです。亜鉛がないと精子は作れないのですが、化学肥料には亜鉛は入っていません。

船瀬   スウェーデンでは、都市から出る人糞を利用してメタンガスを作り、それを燃料にしてそのカスを堆肥にしています。ものというのは水でも何でも循環しているわけだから、それをリサイクルしないで捨てるのは間違っている。それも精子が減っていく大きな原因の一つだね。

ベンジャミン   つまり人口削減のために子どもをつくらせない、年寄りを殺すという仕組みができているのです。彼らは最終的にどうするかというのも考えていて、自分たち支配階級のものたちだけは必ずちゃんと有機栽培のものを食べて、自分たち血流の人口を増やすために子どもも10人くらい生むのです。これはそのまま優生学につながっていて、こういう闇の人たちは一般の人々を殺すだけではなく、人間が喜んで彼らの家畜になるような方法も研究・開発しています。

船瀬   結局、マインドコントロールですね。
    今の医療も完全な洗脳政策そのものです。人々は薬が病気を治すと信じきっていて、いわゆる「くすり信仰」の信者です。ところが化学物質による薬物療法(アロパシー)は、自然治癒力の治癒反応を逆向きに妨げる。しかも多くの副作用で新たな病気が引き起こされるから芋づる式に病気になり、さらに儲かるから彼らは笑いが止まらない。

   しかし抗がん剤を扱う看護士の服装には仰天させられる。
   それはまるで地下鉄サリン並みの防護服で、それだけ猛毒なわけです。これは患者を守るためではなく、看護士という従業員を守るためで、それほどの超猛毒を弱ったがん患者に注射する。これは悪魔の所行です。

   日本ではがん患者の治療費は、1人平均大体1000万円と言われています。
   これは本人が負担しなくても、保険などで死ぬまでに結局1000万円ぐらいかかるわけです。私はもう8年くらい前に、『抗ガン剤で殺される』(花伝社)という本を書きましたが、その時には過激だと言われたが、でも今はそれが常識になっている。

   日本のがん患者の1割は「CTがん」です。
   つまりがんをふせぐとか発見するための検査で、10人に1人が発ガンしているのです。こうしたCT検査が認可されているのは日本以外では韓国と台湾だけです。私の試算では戦後、がん患者の犠牲者は1500万人超ですが、それは太平洋戦争の犠牲者の約5倍にあたります。今やっと人々は、現在の西洋医療が何であるかにやっと気がつき始めた。私は西洋医療200年の大崩壊が始まったと思っています。

ベンジャミン   僕は西洋医学の医者を完全に信じるように育てられたから、学校でもものすごく濃度の高いフッ素を歯ブラシにつけてみんなで歯を磨かされた。

船瀬   虫歯を防ぐといって、水道水にもフッ素を入れていたんです。

ベンジャミン   ナチスの強制収容所で向精神薬とかIQを下げるために使われていたものを、水道水に入れていたというのを聞いた時にはびっくりしました。後で調べてみたのですが、「毒物で水を汚染している」というクレームがあったにもかかわらず、嘘のキャンペーンを始めて使い続けたのです。子どものころにフッ素は虫歯にならないという嘘の教育をされて、長年知らずにそれを真面目に口に入れ続けていたわけです。昔は歯に被せるものに水銀を含んだ格安のアマルガムというのと、金などの金属を使うのと二つの歯医者のグループがあったのです。

船瀬   水銀というのは猛毒の神経毒です。

ベンジャミン   でもみんな医者を信じるように育てられているから、何も疑わない。

船瀬   水銀は内臓を蝕んで、腎臓を破壊して人工透析にする。
    3人に1人は透析しなくても栄養改善で済んだという内部告発がありました。最近『衣食住の怖~い話』という本を徳間書店から出したのですが、非常に先端的で大事なことが書いてあります。西洋医療の近代までさかのぼると、ドイツ医学からもうペテンだったことがわかります。現代医学は崩壊が始まっていて、それも自分で勝手に崩壊している。

ベンジャミン   化学物質を作るグループが、化学物質の台頭のために自然由来のものを禁止にするキャンペーンをかつて大々的にやったのです。アヘンや大麻も自然由来のものですが大麻の場合、人類は何千年も前から医者は大麻のエキスをさまざまな病気に用いていました。しかしそれを使わせずに石油で作った化学薬品を使わせるために、アメリカではかつて、3000人の医者を逮捕したいきさつがあります。でも現在ではまた、アメリカの医療ではみな使い始めています。

船瀬   つまり、伝統療法をやる医者をみな逮捕して、ロックフェラーとかの石油利権が製薬利権を押さえたわけです。漢方も鍼灸も弾圧されました。ヨーロッパで言えば、食事療法(ナチュロパシー)や整体療法(オステオパシー)もそうです。その他にマッサージとかカイロプラクティック、サイコセラピー、メンタル療法やホメオパシーももちろんやられたのです。ですから自然治癒力をサポートして病気を治す伝統的なテクノロジーは全部、このときにやられたのです。そして化学薬品による薬物療法(アロパシー)だけが残ったのです。

ベンジャミン   そういうことが、一番古い中国の漢方の本に出ているんです。
        彼らがまずすることは、西洋医療以外のものをすべて保険対象外にします。つまり給料から天引きする形で強制的に保険料を払わせるわけ。すると人々はどうせお金を取られているんだし、仕方ないからとそっちへ行くようになる。

船瀬   国民皆保険と言うけれども、私
は国民健康保険を脱退しようと思っているんです。

ベンジャミン   私はもうやめました。だからもう保険料も払っていません。

船瀬   国民皆保険はすばらしいとみな言っているけれど、あれはとんでもなくて、本来の伝統療法などの、本当に病気を治す療法には保険適用にしないんです。だったら意味がないので、私は国民健康保険脱退運動を始めようかと思っています。大きな手術や、お金がかかるものは、インドに行ってやったほうがいいです。安いし、技術水準も高いのです。


               book 『これが「人殺し医療サギ」の実態だ!』 
             ベンジャミン・フルフォード・船瀬俊介 ヒカルランド

                           抜粋


       

 





日本企業の弱体化は欧米式経営を取り入れたこと

菅沼    日本と中国はずっと昔から共存共栄できる間柄にあったのですが、お互いが近づけば、それをさせまいとする者たちがいるのです。日本の企業の発展を逃している理由は、根底にアメリカなどからの横槍が入ることがあるわけですが、もう一つの要因として韓国のウォン安があります。日本が円高だったので、ウィン・ウィンの関係はできず、いまだにゼロ・サムになってしまっています。つまり韓国が儲けるか、日本がダメになるかということです。それが一番極端に現れているのが電機産業なのです。韓国と日本の技術はほぼ同じようなものですが、そうするとどちらが売れるかといえば、あとは値段だけで、韓国勢は値段を安くしているが日本は高いのです。しかし韓国がウォン安を誘導することによって、韓国の国民生活は物価高でボロボロになったのです。

   また韓国のサムスンもそうですが、韓国企業はパクリで商売をしています。
   つまり技術やデザインだけでなく、宣伝広告まで日本のものを利用しているのです。それには驚きましたが、ヨーロッパの70%の人はサムスンが日本の企業だと思っているのです。なぜならそれはアメリカでも同様で、サムスンの商品を宣伝するのに芸者や富士山を出すからです。

   日本の企業は優秀な技術者に、未だにそれに見合う報酬を与えるというようなことをしませんが、しかし現在では経営スタイルが変わって来ているのですから、それなりの報酬を出せないようでは優秀な技術者が海外に出て行ってしまいます。今までの日本の雇用制度では、いわゆる日本人の精神性の高さや、実質的な能力の高さによってこの制度が上手く機能していて、真面目で勤勉で人の良い日本人が頑張れる制度だったのです。

   ところがいつの間にか、人件費をコストと考える認識が大きくなったのです。
   人件費がコストだという認識は危険です。それはつまり、人は単なる労働の駒という扱いであり、働く人を人と考えていないということでそれは機械という発想です。そしてついに日本企業も、業績の悪化に伴ってリストラに手を出すようになりました。これまでは給料は多くないがみんなで頑張っていこうという制度であったものが、これをやってしまったのでは真面目な従業員たちは裏切られたような気持ちです。いつかそうされかねないという不信感があったのでは、一丸となって頑張るという気持ちは消滅してしまいます。

   こうなると、将来の会社のために新しい技術を開発しようという意欲が湧かなくなるのは当然です。なぜなら当初は商品化されるかどうかわからないようなものの開発に一生懸命に取り組んで、その結果新しい技術や製品が生まれてくる。それがすぐ商品化につながらなくても立場は守られているので頑張れるわけです。そうやってこれまで長年取り組んできたことに光が見えてきて、それが新しい事業や製品となって商売になってきたのです。

   従業員の善意とともにみんなで同じ釜の飯を食いながら、コツコツやっていくことが前提になっていた平等な給与体系も、現在ではまったく異なった考え方になり、儲けない人間はクビになり、儲けてもそれに見合った給料は出ないような仕組みで運用されるようになったのでは、誰もやる気にはならないわけです。そうしたものが新しい経営方針と称して、当たり前のようになってきたことがすべての元凶ではないかと思われます。つまり雇用関係が変わってきてしまったことが、日本企業弱体化の最大の原因です。

中丸   イギリスに行ってもイタリアに行っても、私もサムスンについては同じことを聞きます。パクられるというのは、日本の優秀な技術者が海外に引き抜かれてしまった理由が大きいということもあると思います。アメリカの「ハーバード式経営」とでもいうのか、日本にも株主の顔を伺いながら、4半期ごとのプラス、マイナスに一喜一憂するような経営スタイルが蔓延してきています。いわゆる資本主義というのは、資本家のために労働者が金儲けに精を出す。その代わりに儲けに応じて報酬をもらうというスタイルです。

   日本の企業はもともと、長いスパンで経営を考えていました。特に開発の分野ではそうで、菅沼さんの言うように5年先、10年先の長期的な計画で事業を遂行していました。しかしそれが変わってしまったのです。労使の関係にしても、短期利益に狙いをつけているので業績が悪ければリストラと、その時々の短い関係になってしまったのです。

   しかし実際には、日本においてはこうした欧米式の経営スタイルには限界がありました。本来経営者と労働者の給料に格段の差がある欧米式経営は、日本人の雇用の思想と馴染まない点が多いのです。しかしそうしたピラミッド型の組織で、トップダウンで事業を進めていく欧米企業のやり方が、少しづつ日本にも伝染してしまったのです。アップルのスティーヴ・ジョブス氏のような人がリーダーにいればトップダウン経営でもいいのでしょうが、世界中を見渡してもなかなかそのような経営者や技術者はいません。

   今の欧米ではむしろ、かつての日本式の経営スタイルのほうが優れているのではないかと研究しており、そして実際に取り入れている企業もあるのです。それが顧客主義を徹底し、全社一丸になるボトムアップ方式の経営です。日本は欧米に惑わされず、本来の日本のやり方に戻したほうがいいのではないでしょうか。貿易の問題にしてもアメリカのさじ加減で翻弄させられています。

   マツダがロータリーエンジンを生産するといっていた頃、文春のグラビアに私との対談を載せたいということで、私はマツダの社長に会いに行きました。彼はものすごく熱心にロータリーの技術について語ってくれました。その後マツダは、世界で最も多くのロータリーエンジンとそれを搭載する車を扱ってきました。燃費の悪さの悪評にも技術で少しづつクリアしながら、たくさんのファンに守られてきました。2012年に、RVー8の販売が中止になって長い歴史に終止符が打たれました。そして私はあのとき、日本の団結力を見ました。

菅沼   マツダの団結力の象徴とも言えるロータリーエンジン車もなくなりました。
     日本が世界をリードする製品が、日本の団結力とともに段々なくなってきています。なくなってきたというよりは、消滅させられて来ているといったほうが当っています。そもそも日本というのは、チームの団結力によって勝つのです。昨年のロンドン・オリンピックもそうでしたが、選手を個々で見るとそれほどでもないのですが、チームになると相乗効果で高い能力を発揮します。

   それは企業も同じで、新しい技術や製品を開発していくには、一人で実現するのはほとんど不可能です。ですからチームを機能させる必要があるわけです。中丸さんが言ったようにステーブ・ジョブスのような突出した天才はなかなかいません。アメリカでは優秀な個人の能力をどんどん高める教育が行なわれているので、まだ天才的なリーダーが出て来る可能性がありますが、今の日本ではそうした教育も行なわれることはないので、そういう突出した存在が現れるのは難しいです。

   ところが何社かが一緒になって共同研究をやったり、あるいは企業の中でも研究所のチーム体制で自由にやってくださいとなると、「よし、会社のために」という形ができるのです。それはこれまでもそうやってきたように日本ならではの経営スタイルがあって、一緒に力を合わせると日本人は強いのです。

中丸   話を戻しますが、闇の権力とその影響を強く受けている欧米の国々は、意図的に日本の経営を傷めつけているのですが、それと合わせて、アジアでの日本の主導的立場も取らせないようにしているのです。ちなみに北東アジアでは、かつて金正日がロシアを訪問した時、ロシアに北朝鮮の羅津(らじん)港までのパイプラインを引くように契約してきており、羅津港を取り巻く動きが今の象徴的な情勢だと思います。そして中国による、中国北東部から羅津港まで通じる道路の建設も進んでいるようです。

   このような大掛かりな開発で、羅津港の国際的なプレゼンスが高まってしまうと、今後、本当に北朝鮮とも中国とも親交を深めない限り、日本の貿易は弱体化していきます。羅津港は極東にある数少ない不凍港ですから、日中関係が悪化したままの状態では経済面だけでなく、安全保障面からも脅威になりかねない港となってしまいます。つまり経済面では日本が素通りされるわけで、安全保障面ではそこから睨みを利かされるという構図になるのです。羅津港周辺の開発は、基本的には中国と北朝鮮の合弁会社が進めていますが、アメリカ企業も資金供与などで関係しているようです。

   一方、満州からの物資の輸出もそうですが、そこがロシアからの石油を極東から運び出すための要(かなめ)となることを考えても、羅津港に日本も絡んでおくべきなのです。日本抜きで極東に重要な拠点が開発されるのは、間違いなく日本の弱体化につながります。日本も資金を出すことで、羅津港を日本にも利益のある使い方をするのです。それは中国にもロシアにも利益になることなのです。日本という大マーケットを目前に、中国にとっては満州経済のためになるし、ロシアにとっては非常に石油を輸出しやすい拠点となるのです。


     book 『この世界でいま本当に起きていること』 中丸薫・菅沼光弘著 徳間書店
 

                           抜粋 

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