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銀河連邦のメッセージ 「地球90億年の成り立ち」①

   『地球は長い歴史を持った重要な星です。
   この宇宙には、「女星リリッセ宇宙グループ」と「男星ミッシーリ宇宙グループ」があり、合体してアヤナレーニ、つまり新しい形の宇宙グループの誕生となる創造の場があります。一つの宇宙グループは、33万個以上の銀河系が集まって創られています。そのなかで地球は第87宇宙に属しており、その宇宙にはまたそれぞれ40万個の銀河系が集まっています。

   16の宇宙グループで一つの宇宙家族グループを成しており、そうした宇宙家族グループが33兆あり、それがゼロ次元から100次元までの全体を創っています。地球の属する第87宇宙は、現在23次元まで成長しています。けれども、源である根源創造主と4600の創造エネルギーは、こうした創造の場の外に位置しています。

   90億年前、地球は誕生しました。
   その最初は、直径30センチで4次元の光る石であり、それが卵細胞としての役割を持っていました。その創造のために113創造エネルギー体が力を合わせました。しかし地球は現在属している銀河系とは別の銀河系で成長したのです。

   地球の持つ機能と目的の一つは、生命体を創造するためのDNA、つまり光の情報の叡智の貯蔵庫として創られました。90億年前から64億年にかけて、創造エネルギー体が地球に水をもたらし、その水の成分は周波数の微調整を可能にし、情報を伝達することができました。そしてさまざまな次元から来たものを3次元レベルへと下降させ、それらの持つ光の情報である遺伝子によって、3次元的物質としての生命体を誕生させることを容易にしました。

   そして地球は、たくさんのパラレルワールド、つまり多次元的宇宙と水が存在しやすいという理由から、太陽系の時間軸である4次元にワープしたのです。つまりパラレルワールドがたくさんあるということは、現実の創造が容易にできるということなのです。

   63億年前、根源創造主が音を発しました。
   熱を介して次元の混入を行なえるように、太陽から出ている光を熱に変える仕組みができたのです。これによりリリッセからの遺伝子の混入を簡単にし、地球の回転を一定にすることができました。

 地球に光と空気、大地ができた

   
63億年前、根源創造主は太陽の光を熱に変える仕組みを創りました。
   そして地球に光、すなわち色彩が降ろされました。55億年前、空気と大地ができましたが、地球はまだ4次元にありました。53億年前に水のサイクルが創られ、水の様相である清水や湖、河、海、雲、雨などの現象が現れましたが、しかしまだ4次元においてのことでした。52億年前、4次元の光の情報である遺伝子の第一次投入が行なわれました。つまり、リリッセ宇宙グループから、3次元をクリアに表現できる遺伝子がもたらされたのです。

   地球の属する第87宇宙は、卵子の素になるものを創るために創造されたのです。
   並行宇宙(パラレルワールド)には13の時間軸があり、9つの次元交差点と13×9=117の並行宇宙があります。たくさんの世界を持つということは、現実の創造が容易であるということなのです。

   アシュター・コマンド、つまり全体である根源からの司令システムは、90億年前に作られました。いうなればこれが創造の根源からの「地球監視管理システム」なのです。4次元レベルの精霊と妖精たちが、それぞれ85体ずつできました。

   50億年前、地球の自然界の主は6億年かけて、創造の根源から教育を受けました。
   そしてリリッセの第19宇宙にあるセントラル・サン(地球の中心にある光の玉)である魂(主霊1と分霊12)と、魂魄(魂構造の結晶=勾玉で表されている)と、ライトボディ(光の肉体)を与えられ、深い眠りにつきました。この大宇宙の夢の中が私たちの生きている世界であり、人間が生きている世界は「虚」の世界といわれています。この自然界の夢の中で3次元、つまり4次元的時空は成長を始めるのです。

 宇宙の人々が地球へ移住し始めた

   
40億年前に地球に彗星が衝突し、それによって自然界の主(あるじ)は目覚めました。つまり他の宇宙との通路ができたということであり、自然界の主は地球を守るためにその通路を塞(ふさ)ぎ、そして再び眠りについたのです。

   34億年前、地球の時間軸が12層から11層へとワープした時、スーパーグルーム(超大爆発)が起こりました。それにより火山爆発のエネルギーが他の宇宙からやってくる誘引となり、自然界の主はこれを堰き止め、再び眠りにつきました。

   長い時が過ぎ去り、氷河期が終わった頃、自然界の主は第19宇宙から精霊たちを呼び寄せ、その時マスターと呼ばれる光の存在たちが35体地球へやって来ました。そして絶えず地球の次元上昇を見守り、地球をこの太陽系内へワープさせました。そして地球の次元内に、13の時間軸を作りました。光のエネルギーを音に変え、電磁波の第二次変化系を作り、そうして3次元への扉を開けたのです。

   地球へ向けて、宇宙の人々がやって来るようになりました。
   それがプレアデス人やベガ人、金星人、太陽人、マゼラン星雲人などです。この時金星人が、金星の貴重な文明の資料をクリスタルの石に封じ込めて地中に保管したことにより、その後クリスタルを求めて多くの人々が、宇宙から地球へやって来ることになりました。

   ミッシーリの第19宇宙から、3次元のための空気が巨大UFOで運ばれてきました。
   またリリッセの妖精たちが、香りを地球へ運んできました。こうして地球の3次元波動が動き始めたのです。生命体の食料になる植物の種子(遺伝子=光の情報)を、ミッシーリからリリッセ第17宇宙の創造主が持って来てくれました。自然界の主は火の神を1人、水の神を1人、風の神を1人、岩の神を1人、そして5人の女神のエネルギーを、超宇宙全体から呼び寄せました。

   時間軸が13層から12層へと移動し、大陸が一部3次元化していた部分で大きな地殻変動が起こりました。そのときに、地球のアカシックレコード(すべての記録)は消失したのです。その結果そうした記録がなくなったことにより、地球は突然出現したかのようになってしまったのです。

   この地殻変動が起きた時、地球からもう一つの地球が生まれました。
   この星が今、太陽の後ろにあって地球とそっくりな星と言われているものです。それが第12番惑星(コードネーム・ヤーハウェ)と呼ばれているクラリオン星のことです。しかしアシュター・コマンドは、地球のコピー星を光によって見えなくしたのです。つまり、すべての歴史が隠されてしまった地球と連動するようにしたのです。そして、いつでも地球とコピー星は入れ替えることができるようにしたのでした』


              book 『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                          抜粋

   

   

   

銀河連邦からのメッセージ ②

   『異常気象は地球浄化の始まりです。
   私たち銀河連邦は、地球の皆さんの意思にそってこれまで援助してきました。そして地球がすでに瀕死の状態であることもお伝えしました。2003年以来、地球の地軸がゆらいでいることに気づいているでしょうか。太陽の位置がいつもとは違うことに感づいているでしょうか。太陽の昇る位置や沈む位置が、少し違うことに気がついているでしょうか。

   銀河連邦の巨大艦船が、南極の空の彼方で地球を引っ張っています。
   私たちは人類が次元上昇するまで、できれば地軸を動かさないように頑張っていますが、惑星X(ニビル星)も地球に接近していることから、いつまでそうして持ちこたえることができるかはわかりません。

   そうした状況であるのに、あなた方地球の人々は次元上昇するつもりはないのでしょうか。このまま地球の表面の草木や動物たちと一緒に、海の藻屑となって消え去りたいのでしょうか。今あなた方の世界ではさまざまな異常気象が起こり、世の中が不安定なので変化を拒否する気持ちは理解できますが、それでもこうした改革に少しも興味がないのでしょうか。

   さまざまな物やお金を大事にしてきた時代は、急速に終わりを迎えようとしています。
   そして地球における各地では大洪水や干ばつ、熱波、寒波が襲っています。さらに動物や植物の異常な繁殖や絶滅が起きており、あなた方が使用してきた大量の農薬や化学肥料により、汚染された大地だけでなく、人間も生きることが難しくなっている現実があります。石油や石炭などの化石燃料をエネルギーとして使用してきたことから、大気も汚染されてきました。一方で、武器を作って売ることで、金儲けをする者たちによる戦争やテロがあります。

   このままでは地球は、あとわずかの期間しか保持することができません。
   現在の金融の時代は終わりに向けて、大きな崩壊が起きています。しかしまだお金にしがみつく大勢の人々がいます。これからの数年間は、二極化して(2つに分かれた)人々の戦いの時代に入ります。

   人は誰も武器と弾薬だけでは生きてはいけないのです。
   今後は食糧と水の確保をすることや、大地震や噴火に備えて安全な場所の確保をすることが必要です。また病気に対する免疫力の保持なども必要で、あらゆる準備を始めることが必要な時を迎えました。

   今の時代はあなた方が変革や改革を望むなら、驚くほど短期間のあいだに素晴らしい世の中にすることができます。たとえば中南米の、特にベネズエラなどを見るとわかりますが、この国は暗闇から抜け出したではありませんか。しかしフランスとアメリカにはがっかりしました。

   私たち銀河連邦は、しばらくあなた方の動きを見させてもらうことにしました。
   その間、地球の治療に取り掛かります。したがってこれからは竜巻やハリケーン、地震、噴火、台風や津波などが増加することになります。こうして地球の大掃除と浄化を行ないますが、それは地球を救うためです。

   心ある人は、こうした地球の浄化は同時に、人間たちの浄化でもあるということを理解してください。一度に大きな浄化は行なわないので心配する必要はありません。5回に分けて各地を浄化し、浄化が行なわれる前には必ずお知らせするので、私たち銀河連邦と共によりよい地球にしたいと望んでいる人々は、災害を避けてください。

 宇宙船100万機あまりを配置

   あなた方にとって試練の時が近づいています。
   このままでは地球は死んでしまうので、我々銀河連邦は地球とともに地球人も助けたいのです。現在、地球の周りには、宇宙連合の宇宙船が100万機あまり配備されています。そして地球は息も絶え絶えに「SOS」を発しています。現在南極の外側にいる巨大母船がその位置を離れれば、地球の地軸は傾いてしまいます。しかし弱っている今の地球ではそれを持ちこたえることができず、我々の力でバランスを保っているのです。

   我々銀河連邦は、あなた方地球人の意志決定に従います。
   NESARAとは、地球人(の代表)が我々に提出した予定表であり、銀河連邦も承諾したものなのです。そのために我々はあらゆる援助を約束しました。ですからすべてはあなたがた自身の決定に基づいています。

   暗黒の闇の勢力は少数でほんの一握りなのに、どうして地球の人々は彼らの奴隷状態から逃れようとはしないのでしょうか。このままでは、決して起きてはならない非常事態へ向けて全力疾走しているようなものです。そしてこれまで地球上に作り出されてきた最悪の毒性を、いよいよ浄化しなければならない時が近づいています。

   月に置いている私たちの基地の使命は、地球を監視することです。
   地球上の大きな活断層の通っている所は磁場が強く、それが磁場ノード(結節点)を作り出しています。その磁場ノードシステムの監視は、銀河連邦にとって大きな役目の一つです。なぜなら闇の米国政府は、人工地震や人工台風などを引き起こすために、こうした磁場の擾乱(じょうらん)を試みているからです。

   特にアメリカ軍は、メキシコでたくさんの新テクノロジーのテストを行なっています。
   それが空中から新しい病原菌を散布することや、人工地震、人工ハリケーン、人工竜巻などのテストです。しかしメキシコ政府は、これまでアメリカがしてきたことや今やっていることに対して、十二分に学んできました。ですから米国のUFO隠蔽に対しても、それを理解した上で国民にそれを発表しています。その結果、メキシコ国民は地球上で一番多くUFOを見ることになったのです。

   宇宙のテクノロジーは、まもなくあなた方地球人も完全に利用できる日がやって来ます。そうした日ができるだけ早く来るように、私たち銀河連邦ではその日の喜びとともに、そうした特別な瞬間を心待ちにしています。そしてその日はまもなくです。』


              book 『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋
     

NESARAの公表を渋る米国政府

   地球人類と宇宙銀河連邦が結んだ宇宙協定NESARAですが、その発表はいつなのかという質問をよく受けます。それはアメリカ政府を牛耳るイルミナティ次第なのですが、いずれにしても公式に締結した条約なので時間の問題であろうと思います。

 <銀河連邦の予定表>

   
① NESARAの発表。
   ② レインボー通貨の発行と世界統一政府の樹立。
   ③ ファーストコンタクトと公式親交。

   ④ 平和と安全宣言。
   ⑤ 宇宙情報の公開と環境浄化。
   ⑥ 地球人研修と宇宙テクノロジー技術指導。

   ⑦ 自然科学と社会科学研修。
   ⑧ 意識科学と波動調整。
   ⑨ 政府と宗教と金融の廃止。

   ⑩ 宇宙との交流が始まる。

 <闇の政府イルミナティが行なおうとしている予定表>

   
① アメリカドルの大暴落とドル崩壊。
      新しい通貨AMEROの発行。
      この通貨はアメリカ、カナダ、メキシコ共通通貨とする。
      ヨーロッパEUROと、東アジア共通通貨
とで世界の80%をカバーする。

   ② NESARA宣言を利用してアメリカは軍隊を引き上げ、中東を混乱に陥れる。
   ③ 世界規模で全宗教を崩壊させる。

   ④ 国連による世界単一政府を樹立する。
      地球をヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、ユーラシア、オセアニア、東アジア、
       極東アジアの7つのグループに分けて統治し、人間牧場の完成。
            宇宙人情報を公開し、宇宙人が攻めて来るので地球人は一つにまとまる必要が
      あるとして地球政府を作る。

   ⑤ 地球人類に番号をつけて管理する。

  この両方の予定表は似ている流れがあるようでいて、闇の政府はNESARAで条約したことを少しずつずらして、自分たちの望み通りに持っていこうとしていることがよくわかります。彼らは諦めてはおらず、スキあらば何とかして地球を自分たちの手に握ろうとしているのです。

   アメリカのNESARA宣言に続いて、大国は次々とNESARA宣言を行ないます。
   日本もアメリカに続きます。NESARAは平和宣言なので、各国々は国外派兵の軍隊を引き揚げます。テロも戦争も、資金を出す国や軍隊がいなくなればなくすることができるのです。つまり戦争と軍隊は、武器や爆薬を売る人と買う人がいて成り立っているのです。

   憲法は正常な憲法に戻ります。
   それはアメリカも日本も同じです。アメリカではすでに、グラミン銀行のアメリカ版を設置することが決まっています。グラミン銀行とは、バングラデシュにある貧困向け融資機関のことで、日本でもすでに金融庁が決めています。グラミン銀行とは、無利子、無担保の銀行のことです。

   変わるということには多くの確執が伴うものですが、地球人類は宇宙社会への参加を認め、そのために手を差し伸べてくれている宇宙の人々の存在を認め、彼らがすでに手にしている高度な宇宙技術を利用することで、平和で豊かな宇宙のメンバーとして楽しく生活できるようになるのです。

   NESARAはないとか、NESARA的なものがあるだけだという人がいます。
   NESARAはないといいながら、なぜNESARAの偽物が出回っているのでしょうか。本物があるからこそ、それをコピーして作り変えたものが
 出回っているわけです。単なるNESARA的なものでも、少し作り変えたものでも、今の現実よりはよほど良いといえるのではないでしょうか。

   NESARAの細部は次々と決まっています。

   所得税や国税、その他の税を廃止し、贅沢品にのみ売上税と販売税をかける。
   市民に必要な食糧や医薬品、リサイクル品には課税しない。
   タバコ、アルコールの値段は、今の30倍くらいになるでしょう。
   すでにタバコ1箱1200円くらいの国もあります。

   電気、ガスなどのエネルギーは無料になります。
   保険も、死亡保険などは禁止になります。入院、介護、長生きのための保険のみが認められます。銀行も無担保、無利子の銀行だけになります。

   NESARAが発表されると、全国民に向けてテレビ放送されます。
   テレビ局のスタッフたちは、その時に備えています。しかしまた以前の9・11のような事件が起こされると、すべての計画は狂ってきます。私たちは彼らに騙されないようにしなければなりません。マスコミの報道は彼らの手の内にあることを忘れてはいけません。

   UFOでやってくる宇宙の人々が人類を攻撃したりすることはありません。
   もしそういうことがあるとすれば、そのUFOはアメリカ製のはずです。彼らはすでにUFOに似せて作った宇宙船を2000機ほど持っています。UFO情報は、NESARA宣言後に公表され、公式訪問はテレビ中継が行なわれます。それまでに暗黒の秘密組織を一掃しなければなりません。

 宇宙人のジャーナリスト

   
2007年6月11日にインターネットで、クリストファー・ストーリーという人が、「世界の悪人、262人」というのを発表したことがありました。驚いたことに、この一覧の中にシティ・バンクグループのトップ、チャールス・プリンス(現英国皇太子)が載っていました。この人はその後のサブプライム問題でクビになりました。驚くのはそれだけではなくそこには、2人の日本人の名前が載っていたのです。1人は福井俊彦氏(元日銀総裁)で、もう一人は大手銀行関係者です。ここに名前が載っていた人は、その後のサブプライム問題以降、かなりの人数が更迭されたり退任するなどして交替しました。

   クリストファー・ストーリーという人は、2000年以降急に表に出て来たイギリスのジャーナリストです。しかし彼はどうして急に有名になったのでしょうか。実はこの人は、銀河連邦からやって来た人で、彼は2万5000人の宇宙の人々を連れて地球にやってきたのです。そして各銀行や証券会社などのそういうところに、インターネットのプログラマーやIT技術者として配置しました。そして彼らが必要な情報をとっては、みながクリストファー・ストーリーのところに送っているのです。

   それで、すでに知っていると思いますが、2007年1月1日から世界の100余りの中央銀行が、50万円までしか預金を下ろせず、10万円までしか送金できないシステムが世界的に導入されましたが、これはクリストファー・ストーリーが仕組んだことだったのです。これによりマネー・ロンダリング、つまり不正な闇金を資金洗浄することを阻止し、お金の支配による世界を終わらせるために行なったのです。

   では何のためにお金の世界を終わらせる必要があるのでしょうか。
   なぜならお金がある限り、人間は3次元の世界から抜け出すことはできないからです。


               book 『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋

 
     

銀河連邦からのメッセージ ①

   ここに銀河連邦からのメッセージがあるので紹介します。
   私宛に届いたメールの発信人の主旨には次のように書かれているので、そのままここに記します。

   「銀河連邦からのこのメッセージを受け取った人は、メディア関係ならメディアで、また一般の人々は周りの人々に、1人でも多く伝えてください」

メッセージ1
――皆さんの惑星である地球と人類の文明の存続は、あとせいぜい数年単位です。
   したがって私たちは皆さんの地球に対して、最終的な予定表の提示を求めました。それにしたがって銀河連邦のとるべき行動を判断するためです。地球(の主な代表者)は私たちにこれ(NESARA)を渡してくれました。

   私たちは宇宙の意図に関する警告を、世界の主要国政府に発しました。
   私たちはすでに多くのイベント、いわゆる地球の激変や、世界的金融システムの崩壊など、また主要国での政権交代などの発生に同意しています。これらは、地球に置いている銀河連邦の同盟者により実行されるでしょう。私たちはそれに対し全面的支援を与えます。

   この地上に最後まで残った「超大国」をコントロールする秘密結社は、すみやかに無条件に真の合憲的な政権と交替しなければなりません。この堕落した政権の基礎を確立した者たちも、影響力のある地位を放棄しなければなりません。

   最後まで残った古い系譜の秘密結社イルミナティは、まもなく打ちのめされるでしょう。

   私たちは宇宙の同胞として、古代文明の痕跡を残した人々をはじめ、現在の地球の皆さんとの再会を目指しています。そのためには非常に長い間、私たちの存在を否定し無視してきた、世界的な隠蔽が終わることが必要です。

   母なる地球は実に壮麗な驚異的存在です。
   私たち銀河連邦の者たちがこの星域に到着したのは、地球と地球の人々を支援するためです。諸国政府は私たちを公認し、私たちから得たさまざまな情報を完全に公開しなければなりません。最終的に、地球経済/金融システムは徹底的にチェックされ、人類がお金に支配される奴隷としての立場から解放されて、世界の富が完全に再分配される必要があります

   
私たち銀河連邦は、これ以上惑星上での武力行使を許しません。
   いかなる形の武器もレーダーで探知し、秘密結社が保持してきた多くの新型兵器を全て解体し、武器に関するいかなる知識も処分します。

   母なる地球はできるだけ穏やかな変化を望んでいます。
   私たち銀河連邦も地球を見捨てることはありません。

   地球上に住む銀河連邦の同盟者たちは、黄金の世紀へと導くために、私たちとともに特別プログラムを開発しました。それがこれまで何度も述べてきたNESARA(国民経済安全保障改革法=宇宙・国際協定)です。NESARAが公表されるなら、個人が抱える負債はほぼなくなり、第三世界の国々の莫大な債務は帳消しになります。

   そうして、何京ドルもの資金が経済活動の改革のために注入されます。
   その結果、貴金属に基ずく通貨体系が採用され、危機的なハイパーインフレから守られるでしょう。銀行、世界的企業、多国籍企業なども、厳しい責任を伴う新しい設立許可が必要となります。

   諸国政府の新たな指導者は、これまで長く隠蔽されてきた、無数の銀河連邦の宇宙テクノロジーに関する情報公開を促進します。私たちは、新生政府が私たちの存在を公認し、私たちが慈しみ深い存在であることを、完全かつすみやかに公表してくれることを期待しています。そしてNESARAに関する法的書類や、関係書類に関する文書を皆さんに公表し、配布することを希望しています。

   こうしたことがすんだあと、私たちは地球人とのファーストコンタクトの任務に就きます。皆さんの意識が革命的に変化するまで、巨大艦隊がデモンストレーションを行なったり、昼間、身近に私たちを見て観察、吟味できるように、競技場や公園、町の中心部、空港などにさえ着陸するでしょう。このような披露は短い期間です。

   多くの著名な地球人が、私たちの母船から降り立ったメンバーと会見し、それが世界中のテレビで放送されます。この公式訪問期間中に、皆さんの世界にすでに膨大な銀河連邦の宇宙テクノロジー技術が移転されたことを明らかにします。そして地球上の発明者たちが成し遂げた素晴らしい成果に追加して、私たちの新たな技術を提供するつもりです。こうした期間は、3週間から1年半を予定しています

                           
                           sun

   『
意識の目覚めた人々は、これまでの既成概念と決別することになります。
    そうしてあなた方はサイキック能力、つまり超能力の回復トレーニングを受けます。よって、あなた方のそれぞれの国や民族の持つさまざまな言葉の壁は消失し、自らの膨大な転生の記憶を回復することになります。そのために銀河連邦のメンバーが教師として地球各地に派遣されます。

   いかなる国家の繁栄もその基本には、あなた方自身の自覚と相互の信頼、そして尊敬と協調があります。数々の新しい宇宙技術が導入され、ありあまるばかりの豊かさがあなた方の人生に溢れるとともに、あなた方の目標には限度がなくなります。

   皆さんは地域社会に貢献する必要があります。
   あなた方の上昇する意識を宇宙まで拡大するために、自らの属する共同体への参画は銀河社会の一員として成長するためにも、欠かせない重要な要素です。これからは世界各国の変化、地球の変化、そして意識の変化は突然に発生します。しかしそれがいつ、どこで始まるかは誰にもわかりません。

   ある時突然、莫大な資金が手元にすみやかに分配されます。
   その資金を受け取った人は、自分の責任の重さを改めて見直しするでしょう。世界中で政権交替があります。それに付随してまったく新しい政治理念が、騒動を引き起こすこともあるでしょう。昨日までの世界はある日突然ひっくり返り、過去と同じものは何も残りません。かつて、「あり得ない」「とんでもない」「そんなことは不可能だ」と思われたことがただちに実現します。心を落ちつけて、目前に控えていることに対し準備を整えてください。

   
   太陽系で起きている莫大な異変の数々を今、銀河社会全体の進化と調和、それに浄化の状態を見極める重要なポイントとして観測しており、目標に達したら極移動を行ない、地球を原始の姿に戻します。母なる地球は、しばらく休養をとる必要があるからです』

                           sun

   『
あなた方人類のルーツは宇宙にあります。
   人間は何のために生まれてきたのでしょうか? あなた方人間は宇宙の彼方からやって来たのです。その源は、肉体を必要としない魂の存在たちがいるところから。そこでは魂たちは光となって集まり、それぞれが寄り集まって大きな海のようになっているところから来たのです。

   人間は地球に生まれると、それまで持っていた計画や約束のすべてを忘れることになっています。そして今回、地球で行なわれる大転換を体験することを望み、あなた方光の魂たちはやってきたのです。しかし、肉体を手に入れることができたのはわずかの魂だけであり、希望しながらも肉体を持って人間になれなかった多くの魂たちは、あなた方を助けようと待機しているのです。彼らは常に、何か貢献できることはないかと探しています。

   地球はまだ若く、今やっと成人式を迎えるところだったのです。
   地球は5万6000年の長い旅を終えて、新しい出発をしなければならず、地球は戦乱の時代に終止符を打ち、次元上昇を迎えるところなのです。

   地球人類はこれまでの長い間、悪の支配である秘密結社イルミナティの支配下にあって、彼らの悪についてよく知り尽くしています。そのゆえに宇宙のこの領域においては地球人以上に、特別強い悟りの波動レベルに達する適性を備えた種族はいないのです。

   天の川銀河団中でも、あなた方の太陽系はその端っこを周回しています。
   そしてその中にあって、青く輝く水の惑星と呼ばれる地球とそこに住むあなた方地球人類。まだ3次元ではあるけれども、あなた方は地球とともに5次元へと昇格する時を迎えているのです。
 

   今地球にいるあなた方人間は、地球のこの大転換期に貢献するために、あえてこの時期の地球を選んで転生して来ており、すべてを賭してその成果を全宇宙の利用に備えるために、そのために地球に生まれたのです


              book
 『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋
 

   

 

宇宙協定『NESARA』

   皆さんは”NESARA”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
   NESARAとは、National Economic Security And Reformation Act の略で、「国民経済安全保障改革法」と呼ばれる宇宙協定のことです。

   これは1998年に決められたもので、月に基地を置いている銀河連邦(80星系団)と、地球上の同盟者たち主にアメリカなどですが、その間で決められました。その目的は地球社会の統一と、宇宙銀河系社会への参加を準備するための星間協定です。

   宇宙銀河連邦は地球上の主要国政府に対し、このままでは地球が破滅してしまうことや、そのために地球を救う方法として、すでにアメリカが持っている宇宙テクノロジーと銀河連邦が持っている各種のテクノロジーを、人類全体で使う必要があることを挙げており、人類の意識を現在の3次元的なものから5次元へと上げることを求めています。そのために銀河連邦は全面的な支援を約束し、銀河連邦を構成している異星人の存在の情報を公開し、同連邦が持っている宇宙テクノロジーを地球上で公表するようアメリカ政府に迫りました。

   この協定は2000年3月9日、アメリカ議会において秘かに可決(取り決められ)、10月10日には当時のクリントン大統領によって署名され、承認されました。しかし米国最高裁判所は協定を一般に公布することなく、外部には決して漏らさぬように緘口令(かんこうれい)を敷いたことで、それは現在まで秘密にされています。

   NESARAが一般に公布され施行されると、当然、これまでアメリカ政府が世界中で行なってきた数々の行為が明らかににされ、一部の富裕層に支配されてきたアメリカの政策も変わらざるを得なくなるわけで、その影響で世界中に平和が訪れるといわれています。

   つまりNESARAとは、宇宙銀河連邦から「このままでは地球は死んでしまう。どうするつもりなのか?」と迫られて、アメリカの当時のクリントン大統領が差し出した契約書なのです。地球最大の巨大軍事大国であるアメリカが、銀河連邦から迫られて自ら実行すると決めたことが、NESARAに述べられている一つ一つの約束なのです。

   アメリカのNASAやエリア51には、すでに宇宙の人々が来て新しい技術を教えており、本来なら2000年にも新しい文明へ向けてシフトができる計画でした。しかしクリントン元大統領に続くブッシュやチェイニーなどが、そうした改革がもたらす自分たちへの不利のために抵抗し続けてきたのです。それが発表されればアメリカには大変動が起きることがわかっていたので、厳しい報道禁止令によって維持されてきました。

   しかし2000年6月に、それがアメリカ海軍情報部から流出したのです。
   その後、国際司法裁判所はNESARAを承認し、182の国々がアメリカ政府の作ったNESARAの契約を守り、支持することを決定しました。そしてまずアメリカ国内においてNESARA宣言を施行し、他の国々がアメリカのリードに従うということになっていたのです。そしてアメリカ政府が銀河連盟から迫られて作った改革の約束『NESARA』は、2001年9月11日午前10時に発表されることになりました。

   ところが当日の9月11日の午前8時50分、ニューヨークのワールド貿易センタービルで同時多発テロといわれる大惨事が起きたのです。そのために当然、NESARAの発表は延期されることになりました。さらに10月には米軍による、アフガニスタン侵攻が決定され、ブッシュ大統領はNESARAの約束を回避するために、必死で戦争へと突入していったのです。当日の9月11日のNESARA発表と同時に、米国内では銀行システムが変えられる手はずになっていたのです。しかしワールド貿易センタービルの崩壊により、すべてが延期になりました。

   そして2002年10月14日には、それまでの多くの報道禁止令は解除になり、それ以後、米国中のラジオやテレビのトークショーは、こうした情報を大々的に報じるようになりました。しかし2003年になっても政府はNESARAの公表を行なわないばかりか、ブッシュ大統領はイラク戦争まで始めたのです。彼ら闇の首脳は発表を回避するために必死であり、実は全世界を破壊するために核兵器を使おうとしていたのです。

   こうなっては銀河連邦は介入せざるを得ません。
   そして核戦争は回避された結果、核爆発も起きませんでした。今後も核戦争が起きることはありません。ブッシュやチェイニー、ポールソンなどの仲間は必死に抵抗しましたが、前イギリスブレア首相や前世界銀行総裁ウォルフォウィッツ、アメリカ政府の高級官僚たちも任期前に退任届けを出して辞任したのです。

   現在ネット上で公開されているNESARAの内容です。

① 違法な銀行業務と政府活動に由来するクレジットカード負債、抵当その他の銀行負債を免除します。
② 所得税を廃止します。
③ IRS国税庁を廃止します。重要でない「新しい品目のみ」政府の消費税収入として均一な比率で課税対象にします。

④ 高齢者の収入を増やします。
⑤ 合衆国憲法を本来の状態に戻します。
⑥ NESARAの発表後、120日以内に新しい大統領と議員を選出します。

⑦ 選挙をモニターすることで、特別利益団体の違法な選挙活動を防止します。
⑧ 金、銀、プラチナ、貴金属に裏打ちされた新しい米国財務省通貨「レインボー通貨」を発行します。
⑨ 我々のすべての法廷と法律問題に対し元の憲法を適用します。

⑩ 憲法にふさわしい新しいアメリカ財務省銀行システムを始めます。
⑪ 連邦準備制度を廃止します。
⑫ 金融財政に関するプライバシーを元に戻します。

⑬ すべての裁判官と弁護士を憲法の精神にのっとって再教育します。
⑭ 世界中で展開されている米国政府のあらゆる攻撃的な軍事行動をやめさせます。
⑮ 世界中のあらゆるところで平和を確立します。

⑯ 何十年間に渡り蓄積された莫大な富を、世界的な繁栄のために再分配する最初の一歩を始めます。
⑰ 人道的な目的のために巨額の資金を放出します。
⑱ 代替エネルギー装置のような新しい技術を公開できるようにします。

   こうした内容も銀河連邦からの要求に迫られて、何度も作り直されたものなのです。
   できるだけ早くNESARA宣言をしてほしいものですが、そのためにはアメリカが崩壊することによって、新しいアメリカが生まれるしかありません。そして、そうしたアメリカに隷属している日本も当然、官僚組織が崩れることが条件のようです。アメリカではすでに250行にのぼる銀行が倒産していますが、日本でも当然同じことが起きてくるわけで、すでにその渦中にあります。


         book 『宇宙人の伝言』『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋

故ケネディ大統領も宇宙人と会っていた

   ケネディ大統領が殺された理由は、大統領が月の裏側に基地があることを知っていて、それを世界へ向けて発表しようとしたことです。1963年11月12日に、ケネディはテキサス州ダラスを遊説中に殺されたのですが、後に胸ポケットから血染めのメモ用紙が見つかりました。彼は銃弾で頭を打ち抜かれたので、その血が流れて血染めのメモ用紙になったのです。そこに書かれてあったことが発表されているのですが、それは彼が講演する予定であったメモの内容だと言われています。

 ――アメリカの皆さん、そして世界の皆さん。
    人類の幼年期はすでに終わり、もう一つの新しい時代が始まろうとしています。この地球上に生きる市民として、我々人間は宇宙において1人ぼっちではありません。神は無限の知恵により、我々と同じ知的な他の存在が自らの宇宙に住むのはふさわしいと考えました。

   1947年、我々の軍はニューメキシコ州の砂漠(ロズウェル)で、未知の起源と思われる航空機の残骸を回収しました。そして科学はこの航空機が、宇宙の彼方から来たものであることを確認しました。この時から我々の政府は、その宇宙船(UFO)の創作者と連絡をとりました。私は、これらの存在が我々に危害を加えないことを、大統領として皆さんに約束します。

   むしろ彼らの意図は専制政治による貧困や病気、戦争という、すべての人類が抱える共通の敵に、わが国が打ち勝つことができるように援助することであり、そうすることを約束しています。彼らは敵ではなく友人です。我々は彼らとともに、より良い世界を構築することができると考えます。

   来たるべき月のある週のある日、皆さんはこうした宇宙からの訪問客について、彼らがなぜここ(ペンタゴン)にいるかといった理由と、我々のリーダーたちがそれについて長い間、彼らの存在を皆さんに秘密にしていた理由を詳しく知ることになるでしょう。

   我々はすべての人類のために、この地球に生きるすべての人々の繁栄に関して、古くから言い伝えられてきた平和への展望を、我々はやっとこの時代に成し遂げることができます。ですから皆さん、どうか臆することなく、勇気を持って未来に目を向けるようにお願いします。     皆さん一人ひとりに神の御加護がありますように

                           sun

   ロズウェルでUFOの事故が起きて以来、10年以上にわたり米国軍部の一部の者たちは大統領にも知らせずにそれを秘密にし、秘かに取引をしていたのです。ですからこうした情報が発表されては困る人々が当時も今もいるわけですが、人類が宇宙の人々と手を結ぶことを何としても阻止したい人たちとは、一体どういう存在なのでしょうか?

   ケネディ大統領が暗殺される5年前の1959年に、彼が大統領執務室で4人の宇宙からの来訪者と会った話は有名です。それに関しては本も出版されており、彼らの写真も公表されています。黒髪の男性はヴァリアントとドン、金髪の女性はジルで、黒髪の女性はタニアと名のる金星人です。ケネディ大統領は彼らに向かって尋ねています。

   「あなた方は何に乗ってどこから来たのですか?」
   「私たちはシップ(宇宙船)でここに来ました。私たちの星はあなた方地球人が宵の明星、明けの明星と呼んでいる星で、そこから来たのです」

   「それはビーナス(金星)のことですか?」
   「イエス、サー」

   「あなた方はペンタゴンで今どんなことをしているのですか?」
   「私たちは、母星から持って来た技術を地球人に教えています」

   彼らの身に着けている服はやわらかな銀色とまばゆい金色をしており、素材は不明です。重量はブーツも含めてわずか170グラムしかない軽いもので、体にピッタリしており、ボタンもジッパーもホックなどもない、破壊不可能な服でした。ダイヤモンドの刃でできたドリルで穴を開けようとしたら、ドリルが圧力で折れてしまったそうです。それで高速ライフルを打ち込んでみたところ、やはり貫通できなかったといいます。レーザー装置でも、彼らの服は何の影響も受けなかったのです。
                           sun

   その時、彼らが地球に来てすでに3年経っていたのですが、あと数ヶ月で帰還しなければならないこともあり、彼らは焦っていたようです。

   『現在(1960年代)、アメリカ国内には77人の金星人がおり、私たちは互いに行き来しています。地球の人々に知ってほしいことは、他の惑星にもあなた方のような存在がいるということです。またあなた方の太陽系には、宇宙の法則を一度も犯したことのない種族が、地球人にとって信じられないほどの膨大な数が存在しています。あなた方地球人は、神の創造物のただ一つでさえ所有する権利はないのです。あなた方地球人はこのままでは滅亡してしまうでしょう。なぜならあなた方は宇宙の法則を破ったからです』

   そういい残して、1960年3月19日、金星人たちは自らを非物質化して姿を消し、地球における他の任務に就いたということです。

   アメリカでは金融大崩壊後の2009年に、オバマ大統領が就任しましたが、オバマ政権の中には、月の基地から来ていた宇宙の人が選ばれて政権に加わり、
任務に就いているそうです。


         book 『宇宙人の伝言』『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋


   

嘘をどれほど積み重ねても「真理」にはならない

   現在、地球上で常識とされている科学はどうやら間違っているようです。
   ニュートンの万有引力をはじめ、ビッグバン理論も怪しいのです。宇宙には私たちのいる銀河系宇宙以外にも、第一銀河や第二銀河などがあると言われています。そうしたところを宇宙の人々は自由に行き来しているそうですが、なぜ地球ではそれができないのでしょうか。つまりはニュートンの万有引力や、アインシュタインの相対性理論に縛られているあいだは、人類はそうした宇宙へは出られないのです。

   そのためには今までとは違う常識の科学が必要になってくるわけで、それが出来ない限りは人類は宇宙へは出られない。NASAなどがさまざまに宇宙船を飛ばして月や火星の探索をしていますが、それは単に太陽系の中だけの話であって、そこから外へ出るためには次元空間をワープしたり、異次元を折り曲げるなどの科学が必要になってきます。しかし1世紀近くの間、アインシュタインの相対性理論によってこうした物理科学は留め置かれてきたので、そうした次元間を超える技術が地球の科学には育っていないのです。

   ゼータ星などは、地球から何百万光年も離れていますが、アインシュタインのいう「光速30万キロ」で飛んでいたのでは、何百回死んでも間に合わないわけです。ですからこの銀河団から離れて第二、第三の別の銀河団へ行くためには、時空間をワープしなければならないわけで、「超光速の理論」が絶対に必要になってくるのです。

   宇宙には三次元、四次元、五次元といった次元間を飛び越える「窓」というものがあります。そこを通って出たり入ったりするわけで、地球にやってくるUFOなどもみなそこを通ってやって来ます。そしてこの太陽系では金星にもその窓があり、現在金星ゲートと呼ばれるその次元間ワープの窓を通って、他の星の人々は銀河団などに行っています。他にも何ヶ所かあるようですが、それを利用できないと宇宙空間を行き来することができず、人類はまだそういうことがわかっていないのです。

   NASAはこの太陽系における多くの情報を握っており、私たちに知らせていないことも多いのですが、わかっているものだけおさらいしておきましょう。

 ◎水星
   
1975年に、NASAがマリナー10号を水星に接近させ、4165枚の写真を撮りました。
   それにはドーム状の構造物が4つ並んで写っており、その直径は1・5キロ、高さは2キロのものです。さらに円柱形の建物の上に小さめの球体が載っており、それから光を発しています。大きさは21キロ。

   その後、2008年1月に再びメッセンジャーを水星に接近させ、1200枚の写真を撮りました。L字型タワー建造物があり、150キロにわたってビーズ状のアンテナが林立しています。また幅は40キロで、宙に浮いた円盤に似たパラボラアンテナ風のものもあります。さらに空中に静止しているUFOや、移動しているUFO軍。2009年9月から2011年にかけて、再度メッセンジャーが接近してくわしいデータなどが送られてきたようです。

 ◎金星
   
1960年代に旧ソ連のベネラ4号、NASAマリナー5号が金星を探査しており、1970年にはベネラ7号は金星に着陸しています。彼らは一辺の長さが1キロのピラミッドや、整備された道路、また長さ3キロの滑走路、全長80キロに及ぶ数字やアルファベットの書かれた地上絵などを見ています。そこには「NO」と書かれたアルファベットがあり、それは間違いなく宇宙を航行するものへ向けたメッセージだと言われています。やはり金星には、太陽系へ入るスターゲートがあるというのは本当のようです。

 ◎火星
   
地球誕生と人類誕生の謎を解く鍵があるといわれているのが火星です。
   1957年10月4日、旧ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げ、米ソの宇宙開発競争がスタートしました。これに対し、1958年に米国にNASAが設立され、エクスプローラー1号を打ち上げました。さらに1964年にマリナー3号、マリナー4号を続けて打ち上げ、1971年にはマリナー9号を打ち上げ、7239枚の写真を撮り、火星の70%を撮影しました。

   その時撮ったピラミッドやスフィンクス、オベリスク、人面岩などの写真が、you tubeなどで広く流出しています。1975年にはアメリカのヴァイキング計画が始動し、5万5000枚の写真を撮りました。1988年に旧ソ連は、火星の衛星フォボスとデイモスを調査するために、フォボス1号、2号を打ち上げています。1992年にアメリカもマーズ・オブザーバーを打ち上げましたが、いずれも消息を絶っています。消息を絶つ前に地球に送られた写真に、火星のフォボスから出撃する巨大UFOが写っていたことから、撃墜されたのではないかと言われています。

   1997年に、アメリカのマーズ・パスファインダー(MP)が火星に着陸しています。
   そして360度のパノラマ写真を送信してきました。秘録写真が流出して有名になった「岩に腰掛けた人物」の写真はこのときのものです。現在、火星移住のための有人探査ミッションが進行中です。

 ◎木星
   
1973年にNASAのパイオニア10号と、1975年にボイジャーが木星に接近し、火山活動の写真を送ってきました。1995年にはガリレオが木星の大気圏に突入し、火山活動や、衛星エウロパには海洋が存在することも発見されました。

 ◎土星
   
2004年に探査機カッシーニが土星に接近し、衛星イアペトゥスを撮影しています。
   土星の輪の中には巨大母船が3基滞空しており、土星の輪を往来するUFOも撮影されました。さらに土星の北極に6角形の渦巻き模様があり、20年以上変化していないことから、地球の科学者たちはその解析ができず不思議がっているといいます。

   惑星タイタンには大気があり、海や河川、峡谷もあって、驚くほど地球に似ていることが判明しています。また規則的に並んだ構造物や水路なども撮影されています。土星の輪は45億年以来変化していません。この輪を維持するのが巨大宇宙船ではないかといわれているのです。土星の衛星イアペタスには、万里の長城ともいえるような高さ19キロの壁のようなものが、それも1300キロにわたって続いているものが写っていました。

   さらに東西南北に向いた建造物や、四角い穴が地下に向かって何ヶ所もあり、南側には高さ1600メートル以上の塔のようなものや、6角形の要塞があることから、イアペタスは人工天体ではないかとNASAは結論づけています。

 ◎太陽
   
太陽の黒点の下には、火山があることが判明しています。
   太陽探査機ユリシーズは、海と緑におおわれた大陸の撮影に成功しました。つまり太陽は燃える星などではなく、巨大な海にたくさんの緑の島が集まった星だったのです。つまり、太陽の光はプラズマだったのです。そして星の光もプラズマなのです。

   しかし実は、宇宙の情報は肝心のところは隠されています。
   一つは軍事目的で、二つ目は宇宙資源を手に入れるため、三つ目は人類を地球レベルに閉じ込めておくためです。

   第二次世界大戦のときに、ヒトラーがUFO研究に力を入れ、実際に飛行できるところまでいっていたようです。そうした技術情報は墜落したUFOを解体して得たもので、UFOに近いものが出来上がっていたというのが定説になっています。それがドイツの敗戦によってアメリカに持ち去られ、やがてアメリカで完成したのが現在アメリカが作っている三角形のUFOです。それはすでに2000機あまり出来ていると言われており、アメリカ製のUFOが完成しているのです。


               book 『宇宙人の伝言』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋
   

地球人類は今、1000倍もの宇宙エネルギーに浸されている

   これから先、これまで地球に存在してきたすべての宗教は全部終わります。
   なぜなら人間にはもうその必要がないからです。つまり私たちは、次元上昇によって神の意識になるからなのです。すでにロックフェラーは
、2002年3月21日の国連総会で宣言しました。彼はそこで「新世界への提言」と題して、「すべての宗教を崩壊させ、禁止する」と宣言したのです。

   地球人類はすべての戦争をやめて、目を覚ますべき時にきています。
   そうした殺戮を好む人々はほんの一握りでしょうし、他人を殺すことにとりつかれている人は少数であるはずです。そしてほとんどの人々が望んでいることは、地球が健康で人類が繁栄することであるはずです。しかしこれまで人類は、そうしたほんの少数の人々に支配され続けてきました。人類がなぜいとも簡単にこうした人々によって操作され、陰で支配を企むものたちの徹底したコントロール下に置かれてきたかといえば、長い間に植えつけられてきた奴隷根性と依存心のためです。人間が本来持っている力に気づくことなく、他者の手にすべてを委ねて従うことを当然と思ってきた人類の歴史があります。

   地球人類を支配してきたものたちは、人類がのびのびと生活することを制限し、古代から数回にわたって起きた地球の大激変に対する集合的無意識の恐怖心を利用し、人間を心理的に、精神的に支配してきました。また現代の人類の意識を意図的に混乱させ、分断してやる気をなくさせ、対立させるために行なわれている政治的洗脳が3S(スリーエス)と言われるもの、つまり(テレビや映画、パソコン、スマホ、携帯、ゲームなどの)スクリーンであり、スポーツ、セックスです。

   これほど互いに対する愛や信頼がなくなり、今ほど混乱した社会がかつてあったでしょうか。私たち人類はどこまで落ちていけば気がすむかといえば、やはり行き着くところまでいかなければ気がすまず、全体としては目が覚めないのが事実のようです。私たちの社会は途方もない虚構を信じて、破壊へ向けて疾走しています。際限なく経済成長することが本当に必要なのでしょうか? 有限な資源や環境汚染がどうあろうと今さえよければ構わないのでしょうか? 私たちを駆り立てる競争原理は本当に必要なものなのでしょうか?

   自分で考えて行動し判断しているつもりでも、実は大きな影響力を持つ何ものかによって、知らないうちにコントロールされていることに気づかねばなりません。なぜならこうして毎日ほんの少しずつ侵され続けてきた人類は、やがて心理的に精神的に毒に侵されて、本当に自分たちに必要なことを識別する力が弱くなってしまったのです。そして、そうしたことの判断ができると認識しても、それから抜け出ることができず、その状態をやめられないことこそが中毒症状なのです。

   この広大な宇宙に、存在しているのは地球人類だけではありません。
   私たちの祖先は遠い宇宙からやってきて、この地球にいくつかの古代文明をつくりました。古来、宇宙の人々と地球人類は深い交流を持ち、さまざまな豊かさを交換してきました。しかしある時、地球にやってきた他の星の存在たちが人類を支配するようになり、彼らの子孫であるイルミナティは人間を他のすべての宇宙世界から孤立させ、つながりを絶ってしまうことで人類を地球に閉じ込め、他の星の住人たちとの交流を断絶してしまいました。

   「生命が存在するのは地球だけで、異星人などは存在しない」「UFOなど存在するはずがない」「目に見えるものだけが真実で、そうしたもの以外のことは精神が異常で、錯覚に過ぎない」「人間は1回限りの人生で、生まれて死んで、肉体がなくなればすべては終わりなのだ」といった、彼らが準備した考え方に人類は洗脳されてきました。

   そしてこうした認識を拡げるために彼らが用いたものが、「宗教」と「科学」であったのです。すべてのものは光の波動でつくられており、その粗い波動のゆえに目に見えるものと、繊細なゆえに目に見えないものがあります。そして人間は、目に見えるものだけを信じるように教育されてきたのです。しかし今の時代は、すでに電磁波や不可視光線などの見えなくても存在するものがあることを、私たちは認めないわけにはいきません。ですからそうした洗脳はすでに崩壊し始めています。

   人間は霊であり、光の存在なのだとわかれば、もう宗教はいりません。
   人間は光の波動であるエネルギーでできていることを知るときが近づいています。この宇宙には人間と同じ光の存在がたくさんいます。地球以外の他の星に住んでいる存在たちも、光の存在たちなのです。宇宙においては地球はまだ若い星であり、私たちが本来の光の存在になるためには、今までの教育や社会システムを変えていかなければなりません。地球人類は今やっと、外の世界である宇宙に目を向け始めたばかりの幼子のようですが、宇宙の人々は互いを結ぶネットワークを形成しており、互いに行き来をして助け合っています。

   彼らは、人類が宇宙において新たな一歩を始めるために、手助けしようと地球に注目しています。人類はできるだけ早く、今までの閉じ込められた束縛から抜け出し、宇宙の人々を公式に認めて彼らの援助を受け入れ、彼らとの交流を始めなければなりません。そうするとき人類は初めて、宇宙の人々の仲間入りを果たすのです。

   今、太陽エネルギーも黒点が極大化しており、通常の100倍近いエネルギーを地球へ向けて降り注いでいます。フォトンベルトからも1000倍近いエネルギーが地球へ降り注いでおり、地球では今、考えられないほどの強いエネルギーを浴びているのです。

   光を浴びると悪いものはさらに悪くなるように加速され、良いものはさらに良く加速されます。つまり悪意は悪意を極め、善意は善意を極める方向へと差が大きくなるのです。そうした現れが、さまざまな酷い殺人事件であったり、官僚たちの貪欲な私利私欲のニュースであったりするのです。こうしたことは、今地球に降り注ぐ膨大なエネルギーの結果引き起こされていることでもあります。

   しかし心配することはありません。
   これから金融は崩壊し、資本主義は終焉します。そして少数の人々による富の搾取は続けることができなくなります。紙でできた通貨制度も終わり、金や貴金属など、そうしたものによる通貨制度が取り入れられるようになります。これからの世の中は、ズルイ人や上手く立ち回る、腹黒い人々の時代は終わり、正直で、賢明で、他の人々のことを考える能力のある指導者たちの時代になります。

   これからまだ異常気象などの艱難が起きてきますが、しかしそれも大難を小難に変えるために必要なシナリオなのです。地球は生命体であり、地球人類や動物や植物は地球にとっての細胞のようなものです。ですからそうした細胞の苦しみはそのまま地球の苦しみでもあるのです。そして母なる地球の苦しみは、もはや限界を迎えています。それが地球資源の略奪であり、腐敗した金融システム、権力による富の搾取による貧困、戦争や病気による人口削減などであり、地球はついに悲鳴を上げ、宇宙へ助けを求めたのです。

   そのとき宇宙をパトロールしていた銀河連邦の警備隊は、地球からのSOSをキャッチし、すぐに本部へ連絡しました。それが1986年のことです。銀河連邦はすぐに対策を立てました。そしてまず行なわれたのが宇宙エネルギーの地球への注入であり、通常の10倍の光エネルギーを地球に送ることにしたのです。クリスタル宇宙船がすでに次元上昇した土星から光を集め、地球の北極からエネルギーを注ぎました。そして1997年からは、太陽エネルギーと宇宙エネルギーを合わせて地球に送ることになったので、光は100倍の強さとなりました。

   2007年からは、銀河団のアルシオーネの周りにあるフォトンベルトからも光が送られるようになったので、今では1000倍ものエネルギーが地球に降り注いでいるのです。こうした光エネルギーが強まったことで、人類の意識が変化し始め、高い意識に向けて霊的理解が可能になっており、宇宙の進化した人々が地球の人々に援助し始めています。これまでの長い間、従属と洗脳のなかにマインドコントロールされてきた人類は、そうしたことに目覚め、自分自身を吟味し、一人ひとりが自ら次元上昇できるほどの力をつけ、自分の足で新たな一歩を始めることが、今私たちがしなければならないことなのです。


              book 『宇宙人の告白』 田村珠芳著 TO文庫

                           抜粋

勇者の道、それは孤独な道

   もしあなたが、すべてを手に入れるために、必要であればどんな危険を侵してもいいと思うのであれば、自分の暗闇がどのようなものであるかを見つけなければなりません。あなたにはそれがどういう形をしたものかはわからないでしょうが、あなたの友人に聞けばそれがわかります。幸いなことに、あなた方はお互いにとってガラス張りなのです。つまり自分のことはわからなくても、他人のことは実によく観察することができ、彼らの強みは何で、弱点は何かといった傾向まで詮索することが上手です。あなた方はみなこの世界でうまく生きて行きたいと思っているので、自己防御や隠すことが上手になりました。

   もしあなたが自分の暗闇に大胆に足を踏み入れ、それを見つめようと本気で考えているのなら、信頼できる本当の友人がいるなら、そして勇気があるなら聞いてみてください。人の意見を素直に聞けるように、心を開いてたずねてみてください。人の意見を聞く時、耳が痛くなったり、居心地が悪くなったりして逃げ出したくなるかもしれませんが、じっと聞いてください。それはまるで意識の中でベルが鳴るかのように、友人の言っていることが本当かどうかわかります。彼らはあなたを騙すことはできません。

   あなたの意識が開いており、力強い状態であれば、その言葉を聞く時、体がそれに呼応します。それは体で感じる感覚であり、聞いている内容が真実であることがわかります。のどやみぞおちや肩のあたりに緊張を感じます。肉体がそれを吸収しているあいだ、どうか心を開き、深く深呼吸してください。内に向かってちぢこまらず、素直に心を開き、「大丈夫。心配しなくていい」、と自分にいい聞かせてください。

   自分には何も問題はない、自分は完璧だというふりをするのはもうやめましょう。
   もしあなたが完璧で問題ないのであれば、あなたはこの世にいる必要はないのです。あなたのエネルギー域が完全にバランスのとれたものであったならば、あなたの波動は非常に高いものであるので、すでにこの地球に留まるのが難しいはずだからです。ですから愛する人々が、あなたの暗闇について語ることにじっくり耳を傾けてください。

   ではそういう友人や愛する人々がいない場合は、どうすればいいのでしょうか。
   どうやって自分の暗闇を見つければいいのでしょうか。そういう人は勇者の道、つまり孤独な道を選んでください。厚いノートを買い、自分についてのあれこれ、以前から気がつき、真実だと感じていたけれど、なかなか直面する勇気がなかったことなどについて、毎日少しずつそうした思いを書いてください。物事や他人に対する自分の心の動き、感情などを書き記し、自分の傾きや弱さを繰り返し自覚するのです。

   こうした過程において、今自分の弱さに負けそうだといったことなどの、危険に気づくだけの強さを手に入れることができます。そして同時に、自分の意識のなかにある他の部分の、自分の存在が持つ強くて明瞭な部分から助けを得ることができます。この書き留める作業を毎日繰り返していくうちに、自分の思いを書き記す知的作業がいつのまにか深い直感的内的動きへと変化し、内なる真理が自然に湧きあがってくることに気づくでしょう。そしてこうした内なる真理が何度も何度も、頭を通さずに自然に浮かんで出てくるようになります。

   これはその人の特定の部分が見えるように、直感が導いてくれているだけのことにすぎませんが、それがこうした穏やかな方法で行なわれます。ですから自分という存在を信頼していいのです。ただし、本人に受け取る準備ができるまでは、どのような情報も与えられることはありません。ですからこうした情報はあなたをそっと促したり、優しく顔を出したりしながら現れます。真理が書き記されたときには、これがそうだとわかります。そのときには、あなたの心の青空、――あなたの心の天空に鐘が鳴り響き、あなたはそれを聞いて真実だとわかるのです。

 「無意識に繰り返している行動パターン」を意識する

   自分の弱い部分や闇が見えてくると、次は新しい生き方をするための方法を探さなければなりません。これまでのあなたの自己像が真の自分ではないと思えるようになるには、自分を定義し直す必要があります。そして特にこういうときには、周りの世界があなたを映し出す鏡となって跳ね返ってきます。つまり、ちょっと目にとまって開いた本の中に役に立つことが書かれていたり、誰かと話していて、その人があなたの深い部分を揺るがすようなことを言ったりします。また夢や白昼夢を通して、直感があなたを目覚めさせるようになります。

   つまり出口を探したいと思ったその瞬間から、あなたは出口への道を歩き始めているのです。毎日熱心に探してください。「あなた自身の真実とあなた自身の光」への道を、熱心に真剣に求めてください。

   あなた方ほとんどの人は、長い時間をかけて自分の奥深くに埋め込んでしまった根の深い根っこを一つは持っています。それは恐れに根ざした傲慢さかもしれないし、他人を支配する必要に根ざしたセックスの問題であるかもしれません。しかしここで理解して欲しいことは、あなたの闇がどんなものであっても、それは過去世においてはそれが自己保身、自己防御の方法であったものに由来しているということです。つまりこれまでの過去世ではそうしたものはとてもあなたにとって有効に働いたのです。しかし今必要なことは、そうしたものへの考え方を吟味し、自分を守るということについて新たな方法を作り直す必要があります。

   たとえばセックスを例にとりましょう。
   人間の歴史には、すべての人間ができるだけ多く、しかも無差別にセックスをするのが絶対に必要であった時代や、そうした時期というものがありました。なぜなら種としての生存が人口増加にかかっていたからです。その目的のためには個人的な考えや好みなどは無視する必要がありました。ですからその結果、あなた方人間の心理構造の中には、こうした行動は人類にとっても自分にとってもいいことなのだという意識があります。しかし現在の地球においては世界を見渡してみても、こうした考えはすでに該当しないのですが、しかしまだそのような洗脳され続けている意識というものが存在しています。そして誰もが自分の心理構造の中に、歪んだまま持ち続けている遅れた部分を持っています。

   もう一つのすばらしい例がありますが、それは「勤労倫理」といわれるものです。
   「勤労」も「倫理」も意味の限定された言葉で、冷たい響きを持っています。言葉の持つ響きだけでも、その言葉がどのくらいの広がりを持ったものであるかがわかります。そしてこの言葉の持つ限界がそのまま世界に鳴り響いています。この言葉は特定の意味と目的を持っていますが、その理由は、歴史上のある時代においては、個人の気持ちや快適さや家族との団欒などよりも、勤労倫理を最優先することのほうが必要であったからでした。

   しかし、現代に生きるあなた方が、今もそうしているのはなぜなのでしょうか?
   それは、あなた方が人の気持ちを大切にしない冷たい人間であるからではありません。つまりあなた方は、この世界で何世紀にもわたって用いられ続けてきたこうした古い行動パターンにしたがって、盲目的に動いているからにすぎないのです。あなたはそうした古い行動パターンのどれが今も役に立つのかどうかについて、考えたこともなく選択したこともありません。もしあなたの周りの世界が、あなたは働きすぎだと言っているのであれば、恐らくあなたは、自分の過去世のそうした経験にもとづいて働いていると考えられます。

   今のあなたの生き方が、そうするに値するだけの価値があるのかどうか、自分に聴いてみてください。同時に自分の周りを眺め、自分の人生や起きてくる出来事からメッセージを受け取るようにしてください。そうした後で、自分の存在の奥深くに入り、自分はどうするべきなのかを決断してください。

   あなた方は習慣から物事を選択します。
   しかし今後は、習慣的なパターンにもとづいた行動に何か不快感を感じるでしょう。おそらくそれは新鮮さのない、いつもと変わらぬ前例に従ったものだからです。そしてこうした習慣的パターンは、情け容赦なく叩かれることになります。あなた方は、地球世界が大きな変革を経験しようという時代に転生して来ることを希望しました。しかし「変わらなければならない」ということは、必ずしもあなた方をいい気分にさせるとは限りません。そこではあなたは勇者であるかないかのどちらかです。しかしあなたが、この時代に転生してくることを選択したということは、こうした古い行動パターンに直面してそれを変える準備が、何らかの意識レベルにおいてできているということです。

 「変わりたいという願い」を持つと解決のプロセスが自然に始まる

   あなたは閉じられた世界に住んでいるわけではありません。
   ですから周りの世界は、常に真実をあなたに反映してくれています。勇気がある人は、自分のことについて話してくれるよう子どもに聞いてみるといいでしょう。子どもというものは歯に衣(きぬ)着せずに真実を話す能力があるので、あなたについて真実を話します。そしてあなたは、それが本当でないことを祈るのです。

   しかしだからといって、自分に向けられる否定的なことのすべてを信じて受け取るということではありません。ただ表現は違っても、同じ内容のことを何度も聞かされるようであれば、注意を払う必要があります。もしあなたが真の勇者になろうと思うなら、自分から積極的にそうしたことを求めることです。あなたは自分に向かって「今日、私はできるだけ心を開いて、自分の暗闇に関するメッセージを聞く。私は何としてもそれを知りたいから」と言うのです。自分が聞きたくないことを進んで聞こうと決心すると、聞くのがそんなに辛くなくなります。そして普段なら自分を弁護して怒りを爆発させるときほど、自分が傷つかないことに気づくでしょう。

   勇気を持って心から聞こうとするのと、ただ我慢しながら聞くのとでは大きな違いがあります。なぜなら我慢しながら自己防衛しているとあなたは自分を閉じているので、情報はほんの少ししか入ってはきません。自分の暗闇に関するメッセージがやってきたときに最初に思うことは、「逃げ出したい」ということです。しかし逃げてもそれはやってきます。なぜならあなたが、自分のすべてを回復するためにあなた自身が呼び求めているからです。

   自分について本当に知りたいと思っている人は、毎日何か新しいことを学ぶはずです。自分のすべてでありたいと思う人は、心を開いて耳をすませていてください。もう一度言いますが、もしあなたには何も問題がないゆえに未解決の問題がなければ、あなたは地球には存在していないはずです。解決してしまいましょう。あなたはそれを解決できます。すばらしいことに、自分の弱さを知ったとたんに、それを解決するプロセスが自然に始まります。

   前に話しましたが、あなたは自分一人では何もできません。
   ですからあなたは自分の存在において、目に見える世界と見えない世界の両方に助けを求めるのです。そのために祈ることがすばらしい効果を持ちます。自分から暗闇が取り除かれるよう、自分のしていることがはっきり理解できるように祈るのです。自分の暗闇を見ることを望み、その可能性にワクワクしている人には、その人の宇宙全体がやってきて解決法を示し始めます。自分の中の暗闇の存在を認め、それを変えたい、今とは違うようになりたいと願っている自分の気持ちを認め、それを持ち続けてください。

   あなたが変わりたいという願いを発信した瞬間、エネルギーがやって来始めます。
   あなたはただそれを受け取ればいいのです。そして、自分自身と戦うことをやめたあなたは、体全体がそれまでとは違って感じられるようになることでしょう。あなたは今まで闘っていたのだということに気づいてください。自分の暗闇を見ないようにすることは、つまり自分と闘うことなのです。

   自分の未解決の部分を認め、それを解決したいという気持ちを認めるとき、あなたは51%だけ、自分や他人を傷つけない調和の存在になります。なぜなら自分の暗闇に悩まされている人は、自分を悩ませる問題が何かを知りません。しかしそれを取り出して自分の前に置き、それをもっとよく知ろうとするとき、そうした暗闇とコミュニケーションをとることができ、解決するチャンスが生まれるのです。

   自分の存在の奥深くに入り、自分の暗闇に注意を払っている瞬間には、あなたはとても人間らしくなり、すべての人を愛することが容易になります。人類を愛するには自分自身が人間的にならなければなりません。もしあなたが人間の上をいっていれば、あなたは人類よりもすぐれていることになってしまい、それではあなたは人を愛することはできません。なぜなら上から人を愛することはできないからです。

   あなたは自分のことを、この惑星の上を歩いている小さな人間にすぎないと思っているかもしれません。でも本当はそうではないのです。あなたの頭は宇宙の星のあいだにあり、あなた足は濃紺の宇宙空間の彼方まで延びています。それほどにあなたという存在は広大無辺なのです。ですから本当は誰もあなたを助け出したり、救ったり、教えたりする必要はないのです。なぜならあなたが救うものであり、あなたが救われたものだからです。

   あなたがしなければならないのは、目覚めることです。
   「目覚める」とは、今まで自分の後ろに隠していたものを取り出して、自分の視野の中に置くことです。そして「眠れる者」とは、自分自身に対して目を閉じ、自分から隠れている者のことです。今や勇者は目覚め、こう言います、「私は準備ができた。私は自分も他人も傷つけず、調和とともに生きる生き方が知りたい。何者をも傷つけず、すべての存在と協調して生きることこそが、この地球で生きる唯一の道だから」

   自分を他人よりすぐれているとは思わず、全人類と一つになった人の眼差しには慈悲の涙があふれ、すべてであり「大いなる一つ」しか見えないでしょう。そして、すべては「大いなる一つ」でしかないのです。あなた方の肉体は、その一つの光が何千何万何億と分裂した光なのです。けれどもプリズムを通る太陽の光が、もとの一体性を失うことがないのと同じく、あなた方の本来の姿も何も変わりません。

   あなたが自分の未解決の問題に直面する勇気を持つと、あなたの心は一挙に大きく開かれ、人間は誰でも同じような問題を抱えていることに気づくでしょう。でもあなた方はみな怖れているのです。なぜなら自分はこの危険に満ちた世界を、どこに向かうかもわからずに手探りで進む小さな人間である、と誤解しているからなのです。

   この「大いなる一つ」を前にしたとき人間が知ることは、自分の前を通り過ぎるすべてのものは自分そのものであり、そのゆえにそれらは決して自分を傷つけることはできないということです。さらにこれまでの人生においても、自分は完璧な守りと安全性のなかで生きてきたことを知ります。つまり、あなたがこの地球にやって来てその一歩を踏み出した時以来、ただの一瞬も完璧な守りと安全性があなたを離れたことはなかったのです。

   あなたほどの広大無辺の存在が、なぜ自分の小ささを怖れたりするのでしょうか。
   あなたはこれまで、これ以上小さくできないほどに自分を縮めて考えてきました。しかしそれは不可能なことであり、あなたは自分の本来の姿を忘れてしまっているからなのです。

   目を覚ましてください。
   毎朝、そして起きている間出来るだけ、自分の本来の姿を思い出し、自分の精神が漂う星の海と、宇宙に延びる脚のパワーを思い出してください。あなたがそうした広大無辺さを少しでも感じることができれば、そのたびにあなたの意識のなかにその広大さを持ち込むことができます。そうすると小ささを意識するのと同じくらいの確かさで、広大無辺さを意識できるようになります。そして、あなたは本来なにものであるのかを思い出さなければなりません。思い出すことで目覚めがやってきます。それは必ず、やって来ます。


      book 『バーソロミュー』 
            チャネラー メアリーマーガレット・ムーア著 ナチュラルスピリット

                           抜粋
              

   

自分をよく吟味し地球に降り注ぐ宇宙エネルギーに満たされよう

   現在、今までになかったような大量のエネルギーが地球に降り注いでいることを、すでに多くの人々は聞いたことがあるでしょう。それを吸収することで、地球の人々が自己変革を行ない、覚醒するように助けるためです。私たちはこれを「高度なエネルギー域」と呼んでいます。この高度なエネルギー域があなた方にとって問題なのは、それがどういうものであるかをあなた方が知らないことにあります。そのゆえに高度なエネルギーであるわけです。

   このエネルギーは、人間が過去数千年のあいだ、ただ受け継いできたやり方とは異なった方法で生き始めるように、あなた方人間を促しています。つまりあなた方一人ひとりが、自分なりのやり方でこのエネルギーを受け入れられるように、今までとは違う新しい道を築き始める必要があるということなのです。

   しかし多くの人が現在、こうした膨大なエネルギーを感じながらもてあましているようです。混乱してわけがわからなくなったりしており、しかもなぜそうなったのか理解できないようです。これまでの自分の人生において、特に問題があったり大混乱を引き起こすようなこともなかったのに、長い間当然であったことがそうではなくなっており、なぜか日常生活が変化してきているのです。それは夫婦関係において、人間関係においてもそうで、仕事や生きることそのものが何だか難しくなってきているのです。

   あなた方は、高度な意識や拡大された意識を求めてきました。
   それはこれまでの限界を破り、新鮮さや力、刺激を感じて生き生きしたいという望みです。あなた方人類のこうした願いに応えて、私たちは高度なエネルギーを地球に向けて送っているのです。現時点ではあなた方はまだ、こうしたエネルギーを自分の体内に取り入れる方法を知りません。こうしたこれまでよりも高い振動数のエネルギーを受け入れるためには、肉体の中に新しい取り込み口を築かなくてはなりませんが、これは人それぞれによって異なります。

   人間の体は神秘に満ちたすばらしいパワー・センターであり、鋭敏な感覚を持ったエネルギーの発火点を体のいたるところに備えています。しかし現在のあなた方は、こうした発火点の感覚をほとんど失っているのです。これまではそうしたことは問題にならなかったのですが、この新しいエネルギーがやって来ると、それがこれらの発火点にぶつかり、肉体が激しく揺さぶられることになります。世界中の多くの人々がこうしたエネルギーの増加に対し、何とか自分なりのやり方で対応していますが、実はほとんどの人がどうしていいのかわからないでいます。今後益々、この新しいパワーは、天候だけでなく人々の日常生活にいたるまで、実に多くのことを変えていくでしょう。

   こうしたエネルギーに気づき、対処する方法を見つけることが必要で、気づかないでいると、あなた方にとって大切な夫婦関係や恋人との関係、また人間関係や仕事など、あなたが大切に考えているものが一触即発の不安定な状態を作り出していくのを発見することになります。つまりエネルギーがこれからますます強くなっていくのです。その結果、エネルギーをもうこれまでのように不用意に濫用することが許されなくなっており、エネルギーの扱いにいい加減であることが許されないのです。そしてすべてのものはエネルギーが形をとったものであり、当然あなた方もその本質は神のエネルギーです。

   あなた方がこうした時期においてする必要のあることは、自分自身について深く検討するということです。エネルギーパワーが増加しているこうした時期には、自らのエネルギーという自己をより深く吟味することなしには、こうした世界で生き生きとダイナミックに生きることはできません。むしろ、よどんで固まった他人のエネルギーの壁にぶつかり、困難に巻き込まれるだけでしょう。

   『あなたの周りで起きて来る問題のすべては、あなた自身を反映した鏡である』、ということを理解し、信じる必要があります。この世界は偶然や、運、不運で回っているのではありません。つまり、あなたがこれまで認めることを拒否していた自分の意識の姿を見て学ぶように、あなた自身がこうした出来事や人々を自分の人生に引き寄せているのです。こうしたことはたとえば、あなたが汚らしいいやらしい男に出会ったとします。それは別に、あなたが汚くていやらしいという意味ではありません。その意味は、あなたが汚くていやらしい人間を「批判する人間」であるということを意味しているのです。

   つまり、断言しますが、自分が心のうちで他人を批判するとき、他人を批判しているようで実は自分自身をも批判しているのです。そして次の点こそ、あなたが自分に対してしっかり吟味するべき重要な点なのですが、他人を批判することで「他人に優越感を感じる必要性を持つ」そういうあなたの部分に気づく必要があります。人を批判するたびに、自分がしていることに気づく必要があります。

   批判し裁く心というものは、自分のほうが相手よりもすぐれていると思いたいからですが、しかし実際にはあなたが感じたいと思っていることは、相手と自分は対等だと感じたいのです。つまりそこには脅(おびや)かされていると感じる恐れと劣等感があります。もし自分が本当に相手よりもすぐれていることを知っていれば、相手を批判したいとは思わないはずで、むしろ理解しようとするはずなのです。

   なぜここで「裁きの心」について話すかというと、人を裁く心理こそが、あなた方を自分自身の吟味から遠ざけるものであるからです。他人をあれこれ批判する人は、実は自分自身に対する批判の心を見えないところに押し隠そうと、必死になっている自分に気がつく必要があります。人間の心理構造の中には、自分の内面を見たくないという部分があり、その結果、代わりに外の世界に目を向けるように仕向けるのです。他人を理解しようとする人は、今自分の前にいる人がどのような行為をしようとも、その人はそれ以外のどんな行動もとることができないことを理解し、知っています。

   人を裁くということが、なぜそんなに重要な問題なのでしょうか。
   それとエネルギーと、どんな関係があるというのでしょうか。人を裁く心が、その心を持つ人を殺してしまうのは、その意識がその人を肉体の中に閉じ込めてしまうからです。人を裁くその行為を、あなた方は意識の中だけでなく体においても感じることができ、それはハートの中心に重石が乗っているような感じとして知覚できます。裁きは、別の表現でいうと愛の欠如です。そしてこの裁きという愛の欠如は、その人のエネルギーを奪い、自分自身の中に閉じ込めてしまいます。

   エネルギーには拡張と収縮の二つの動きがあり、外へ出るか、内側で破裂するかのどちらかです。裁くことでエネルギーが内側で破裂していると、その人のパワーは閉じ込められています。もしこの力を解き放つことができていれば、それがどのような問題であってもその本質を理解する助けになったでしょう。しかしエネルギーが自由に流れるのを滞らせているために、自分の問題の本質を理解することができません。

   こうしたエネルギーの妨げは、あなた方に今までとは異なった体験をもたらします。
   お金がなくなり、お金が入って来なくなったり、健康がすぐれなくなったり、友人や物を失ったりし始めます。こうしたことが一度に起き始めるわけではありませんが、エネルギーの収縮が何をもたらすかに気をつけていることが大切です。周りからだんだん人がいなくなり、入ってくるエネルギーがだんだん少なくなり、その人の命は内部に向かって破裂し始めます。日常の何でもなかったことさえが難しくなってきます。

   朝起きて、1日を過ごすことさえが難しいと感じている人は、自分の心理構造のどこかの部分で、恐れのために自分を狭くて小さな存在としてだけしか見ていないことに気づいてください。実はあなたという存在には何百という部分があり、その一つの部分が今暗闇の中にあるからといって、あなたのすべての扉が閉じられているわけではなく、あなたはもう神秘に満ちた素晴らしい意識存在でなくなったわけではないのです。しかももしあなたがこうした自分の暗闇の中に入り、その色や性質、内容や感覚、形などを発見しようと思うなら、それができるのだと言うことに気づかなければなりません。

   暗闇には形があります。
   それは物体であり、感覚を持っている生き物であってそれは存在しています。その暗闇は過去世が原因になっていることもあります。そうした過去世では極度の貧困と暴力的支配の中で生きなければならなかったかもしれず、そうした時代を生き抜くためには、人は一定の行動様式に従うしかありませんでした。しかもそうした拘束された生き方をしたからこそ、生き延びることができたのです。

   ここで少しそうした厳しい時代の話をしますが、「盗み」の話を例にします。
   あなた方ほとんどの人々はその過去世に、自分の子どもや家族を飢え死にさせないために、法を無視して盗みをした経験を持っています。そこではあなた方は、「国の法を守ることよりも自分の愛する者たちの面倒を見ることのほうが大切だ」、と自分の良心に向かって言いました。あなた方はこうした便利な考え方を持ったまま、その後いくつもの転生による人生を経験しましたが、その考え方に何の不都合も感じることはありませんでした。

   ところがその考え方は、今の人生においてさまざまな形で現れてきています。
   つまりあなた方がかつて他人の農園からオレンジやリンゴを盗みましたが、今ではその代わりに、不動産屋は小さなウソをつき、会社員はほんの少しごまかし、人々はスーパーの棚からちょっと何かをくすねてポケットに入れます。それらはみなほんのちょっとしたことなのですが、こういうことがありとあらゆるところで起きています。この程度のことは別に、自分にとっては大したことではないと人々は考えています。些細なことなので、誰も傷ついてはいないと思っているのです。

   しかし、実際は「傷ついている」のです。
   それもあなた方の心が傷ついているのです。これらの行為はそのままあなた方の心の内に留まり、あなたの心を、静かにしかし徐々に蝕(
むしば)んでいます。そして、自分の内にあるその暗闇を見ないようにするためにあなたがすることは、他人のそうした暗闇を見つけて厳しく裁くことです。つまり自分が他人に対してひどく批判し裁いているときには必ず、自分では見たくないと思っている、自分自身に対する批判があるのだということに気づくことです。

   あなた方は意識の拡大をはかるために、もっと多くのエネルギーが与えられるようにと切に願ってきました。そして今、そうしたエネルギーが地球に降り注いでいます。ですから今こそエネルギーに注意を払うべきときです。特にこの時期は、他人を裁く意識こそが自らのエネルギーを損なうものだと理解できるようになるまで、あなた方は降り注ぐ膨大なエネルギーのパワーやその美しさ、力強さを体験することができないでしょう。裁く心のせいで、あなた方は自分の中にあるダイナミックで神秘的なパワー、つまり自分の完全性というものを感じることができないのです。


      book 『バーソロミュー』           
           チャネラー メアリーマーガレット・ムーア著 ナチュラルスピリット

                            抜粋
                 

   

外側に神を創り上げたとき、我々は神であることをやめた

   あなた方はみな生物的な実在であり、生理学的肉体を持っています。
   同時にあなた方は霊であり、つまり光の実在でもあります。霊であり、光であるということは、あなた方は神の火花でもあります。あなた方は本来、存在の大本なる神から生まれ、愛されて存在させられるに至った神のスパーク・光です。つまりあなた方の本質は神であり、神の火花なのです。その神の火花・スパークが肉体の中で生きようとしているのが、あなた方一人ひとりであり、それぞれがユニークに設計された、個性豊かな火花なのです。

   あなたは自分というユニークな火花を持って肉体に住むことにしました。
   それは胎内に懐妊したとき、あるいは誕生のとき、また肉体が誕生して数年後にそうすることもあり、こうして肉体に神の火花としてのあなたがかぶさり、自分を表現するための媒体として肉体を持つようになりました。肉体に住むようになったあなたはそこへ自分を移し変え、肉体と一体となり、必ずしも肉体を乗っ取ったわけではないのですが、肉体を通して表現し、体験を通して生きるようになりました。

   あなたの本質は神であり、神の火花です。
   もしあなたが自分以外のところに自分の力のよりどころ、頼るべき何らかの神を置くとき、あなたは自らの内なる神の火花を外在化させたのです。それがどのような理由でそうすることになったかに関わりなく、あなたの人格がこうした神や仏、救い主を外在化するようになると、いわゆるサブパーソナリティ(隠れた意識)というものがつくられます。それは潜在意識とも呼ばれることがありますが、私たちはそう呼んでおり、そうした一つの人格があることを強調するためです。

   あなた方の地球ではみんながしていることですが、あなたは自分が神であることを信じなくなった瞬間に、自分の内なる神の火花を外在化したのです。つまり何らかの神や仏や救い主を信じたり、拝んだりするようになった瞬間に、あなたは神であることをやめたのです。多くの人々は自分の外に何らかの唯一の神や仏や救い主を崇拝し、奉仕し、仕えるような宗教や哲学の下に生まれ、あるいは選択しました。

   そして実際にそうした信仰体系だけであっても、すでに自分の内なる神の火花を外に置くとき、もはや神は自分という生物的存在にではなく、別のところに存在すると言っているのです。こうしてあなた方は小さい時分から、自分は実は神であるということを放棄するのです。こうした本来の自分を放棄して生きる生き方のもう一つの方法は、責任を持たないということで行なわれます。つまり、自分の人生は(偶然の賜物なので)自分の責任の及ぶところではないと信じることにより、(外側のどこかに存在する神から一方的に与えられる運命を受け取るだけの)、肉体の知的感覚だけで生きようとすることです。

   本来の内なる神の火花を完全に外在化することはできませんが、あなた方はその「ふり」をします。このようにしてあなたの肉体は神を宿しながらも、神は外に存在するもので、自分は別個に存在しているふりをする生物体となります。こうしてあなたという生物体は、一連の状況と行動、反応、ニューロンの神経伝達によって単独で動くようになり、そうした情緒的状況が生み出す神経伝達と、単なる行動の塊りであるだけの生物的なサブパーソナリティ(副次的人格)を生み出します。そのパーソナリティの形態は、あなたの生物的反応と神の本質とをかけ合わせたものから作られます。

   ほとんどの人は一つだけでなく、複数のサブパーソナリティを持ってそれを作動させています。そして実は、こうしたいくつもの「仲介者」がいるために、あなたは分裂し、生物体としての本来のあるべき神としてのパワーを機能させることができません。ですからこうした複数の「仲介者」をうまくこなし、あるいは取り込み、変容させることによって生物体としての機能をフルに始動させ、本来の姿である神として機能できるように学ばなくてはなりません。

   これこそが自分という本来の神を内在化させることであり、あなたという神を歓迎することで、それはいわば新たなる家、城としての肉体に自らを城主として迎え入れ、肉体を自分の王国とすることによってのみ果たし得ることなのです。ですからあなたが自分自身を嫌い、肉体を嫌い、そのゆえに問題を抱え、そうした自分の部分を受け入れることなく切り捨てていくたびに、当然、そうした凱旋(がいせん)の道のりは遠のいていきます。文字通りそれは、自分の部分を外へ外へと、どんどん遠くへ追いやっていくのです。

   誰でも、自分に対して何らかの審判をくだし、決め付けをし、批判するとき、より強固なサブパーソナリティを作り出していきます。自分が自らの好きではない何らかの部分を追い出し、締め出すとき、あなたは本来の神の本質である火花をどんどん遠くへ追いやっているのです。誰でも自分の嫌いな陰の部分を持っています。同時にとても素敵なのに、気にも留めないような部分もあります。他人と比較して何か変だと思っていたり、自分では受け入れられないものを批判します。それが何であれ、あなたが自分の現実から好きではないものを拒否するとき、それは外在化され、それがフィードバックとなっていき、そうやってあなたはそこに新たな神を作るのです。

   たとえば、あなたの内には膨大な怒りがあるとします。
   しかし怒りっぽいのは問題だと考え、社会的にも受け入れられにくいものなので、何とか抑圧するようになります。その結果あなたは、怒りはよくない、怒るのはよくない、敵意を持ってはいけない、暴力はいけない、それらはまずいことでいけないことだと思います。そしてそれらを抑圧し、否認するようになります。しかし否認するものは何であれ外在化するようになり、そして同時にそれは、あなた自身から遠くへ追いやっているあなた自身なのです。すると怒った自己は神の火花と同じところに押しやられるので、怒りの性格を自分自身の神の火花に与えてあなたは怒りの神となります。そしてあなたは、「神は怒っている」と捉えるようになるのです。

   そうなると、こうしたサブパーソナリティがあなたの人生を動かすようになります。
   それはあなた自身の怒りであり、神の本質を否認することで作り出されたサブパーソナリティですが、それはあなた自身でもあります。それは無条件であるために、何であれあなたではないものでもすべてを丸ごと受け入れ、生命を与えます。

   さてこうして、とても怒ったサブパーソナリティがあなたに備わりました。
   抑圧や否認に陥るときは必ず、否認という行為自体があなたが否認しているものに生命を与え、あなたの外在神へと押しやることになります。それを抑圧しようとすると、受け入れて手放すよりもはるかにもっと多くの問題が起きるのはそのためです。否認して外在化されたとしてもすべての部分には神の火花の生命があります。つまり抑圧されるものは必ず跳ね返ってくるわけで、それはいつか必ず表面化し、直面しなければならないのです。これは自分の進化においては避けられないことなのです。

   あなたが何かに対して恐れを抱いているとします。
   しかしその恐れがどこから生じているかに向き合うことなく、普段そうした感情を無視し「怖れてなんかいない」、あるいは「そんな部分は見たくないし、考えたくない」と思います。そうするとあなたはそうしたサブパーソナリティを持つことになります。それがあなたの人生を支配するようになるという意味は、あなたがその恐れの原因に向き合って手放すまで、その恐れは繰り返しあなたの人生に立ち現れてくるのです。

   あなた方の社会や文化には、受け入れにくい、あるいはふさわしくないという理由だけで多くのことがらが抑圧されており、隠すように教えられていることがたくさん存在します。それはさまざまな行為だけでなく、人々の性格にまで適用されています。しかし抑圧され、否定・否認しようとするものはどんなことでも、外在化された神に付け加えられ、いつか必ず向き合わねばならないパーソナリティの部分となっていきます。

   いつもビクビクして、怖くて仕方がないという人がいますが、そのゆえに彼らは実は怖れる人、怒りの人であり、おそらく人生のどこかで怖れや怒りを否定してきたと思われます。自分の一部を否定すれば、それは外在化されます。すると機能しないサブパーソナリティが形成され、今度はそれを通して人生を見るようになるので怖くて仕方がなくなるのです。しかし自己覚醒の道を、本来の自分の持つ力というエンパワーメントの道を歩み始めると、こうした人は「怒っている自分」に気づくでしょう。

   エンパワメントとは、自分本来が持つ神の力を取り戻すことですが、すでに手放してしまっているものをどうやって取り戻せるのでしょうか。しかし実は手放したのではなく、自分は神ではないからと、外在化したさまざまな神を作り出して脇に置いただけなのです。しかしそうしたサブパーソナリティは実に緊密に、あなたの肉体と霊とに重なっているので、あなたが否定し見たくないものを迂回することをよく心得ています。あなたは自分が神であることを恐れたので、神の本質を外在化させたのです。

   霊は肉体に宿りますが、閉じ込められているわけではありません。
   あなたという神の火花は、肉体ができる前に存在している、体が朽ちても存在する霊なのです。それは自由自在に望むところどこにでもいける神の本質です。あなたという霊は肉体に宿り、それを通してすべてを体験したいと決心したので肉体に入ったのに、あなたはそうした自分のすべてを受け入れようとはしません。自分という本質を全面的に受け入れようとはせず、否認した部分は外へと追いやり外在化したままです。その結果、肉体全体が反応して、分裂してサブパーソナリティができるのです。

   あなたは、「それなら簡単だ。本来の神であればいいし、本来の自分になって何も外在化させなければいいんだ」と言うでしょう。ただ理解してほしいことは、あなたをコントロールしているものはすべてそれぞれが、
あなたのサブパーソナリティを通してあなたのコントロールをしているという事実です。つまりあなた方はみな、実はたくさんの神を崇拝しているのです。そうして分散化させ外在化している神を、あなたは今引き戻そうというわけです。

   あなた方の多くが幼児期から、(キリスト教的・仏教的な)唯一神を信仰する宗教や哲学的な信念を教えられてきました。それによって神や仏を(自分の外側にあるものとして)外在化させたことから、いわゆるサブパーソナリティ(隠れた意識)が作られました。そして外在化された人々みんなの神や仏は
混ぜ合わされて、(外側に存在する)一つの神となっています。この惑星の大多数の人々が、いかなる宗教や信念にかかわらず一つの神を信じています。この神というものの人々の持つ信念という集合意識こそが、私たちが言うところのゲシュタルト、いわば一つの世界、一つの大きな枠組みとなってあなた方にかぶさっているのです。


  book 『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                          抜粋

祝 アインシュタイン「相対性理論」崩壊!

   「相対性理論」という言葉を知らない人はいないだろう。
   アインシュタインの相対性理論で驚異だと思うのは、1世紀もの長い間にわたって物理学の頂点に君臨してきたという事実である。それはビッグバン宇宙論も同じで、しかもその源流をたどればアインシュタインの「宇宙原理」にたどりつくのである。このように両方の理論がともにアインシュタインに源を発していることは奇妙ともいえる。

   本書で述べてきたように、それらの錯誤の行為は単純なことで、もし科学者たちが矛盾に目をつむらずに追求していれば、その誤りはすぐに判明できたはずだからである。彼の理論の根幹を成すエーテル概念の破棄などは、自然界の物理学の大根幹を否定するような野蛮極まりない行為であったと思う。本来の思考順序からいけば、「なぜ検出できなかったのか」「前提概念に誤りがあったのではないか」と考えるべきだったのである。

   意図的に誤った科学理論を一般に流布し、人類文化を異質な方向へと誘導しようとする集団が存在するらしいという人々もいる。ビッグバン理論やアインシュタイン相対論がそうとは断定できないが、科学理論としての位置・スケールと長期にわたる主流理論としての君臨を考えると、あながちそうした考えも否定できないのである。

   最近になってアインシュタインに関わる妙なニュースが外電で次々と伝えられてくる。
   アインシュタイン相対論は彼の妻のアイデアであったとか、家庭では暴力を振るう暴君だったというものである。中でも驚いたのはアインシュタインの相対性理論は、フランスのアンリ・ポアンカレのアイディアを盗用したというもので、それも急に出てきた噂ではなく、ずい分以前から一部には広く知られていた事実であるという。

   1899年のフランスでアンリ・ポアンカレは、マイケルソンとモーレーの実験結果によって、絶対的な運動はいかなる実験によっても確認できないという理論を提出し、この理論に「相対性原理」という言葉さえも使っていたのである。ポアンカレはその理論で「いかなるものでも超光速は不可能」とした原理で特徴づけられる、まったく新しい力学を提唱していたことも明らかになっている。

   アインシュタインが理論を発表した当時、彼は26歳で単なる特許局の一役人だったことも何となく違和感を感じる。彼の理論により未来永劫にわたって、お隣の火星にさえも地球から30分以内には絶対に到達できないという「光速度不変」が1世紀近くも信じられてきたこと自体が、私には真のアインシュタイン・ミステリーに思えるが皆さんはどう考えるだろうか。

   本書を書いているとき、京大名誉教授の佐藤文隆著『宇宙のしくみとエネルギー』(朝日文庫)が出たので読んでみた。彼は日本においてはビッグバン理論の大御所的な存在であり、ホーキング博士を最初に日本に招待してブームを巻き起こした人でもある。しかし文中に気になる箇所があった。それは「アインシュタインは何者か」の項で、

   「・・・何を言っているのか分からなければ毒にも薬にもならないが、分かりやすいと影響力がある。そうだとすると昨今の学者は、当局ににらまれるのを警戒して、わざわざ難しいことを言っているのかもしれないとなりますが」

   気になったのは「当局ににらまれる」という部分であるが、彼は正直すぎてペンが走ったのかもしれないが、いったい当局とはどんな存在で、なぜ分かりやすく説明するとにらまれるのだろうか? 私はその理由と当局の名を知りたいと思う。

                            sun

   1905年に発表された「特殊相対性理論」が宇宙や自然観について、人々の概念に根本的な革命をもたらしたことはよく知られている。アインシュタインの特殊相対性理論の道を開いたのは、マイケルソンとモーレーの実験結果だった。当時の物理学における基本的な考え方は、光が空間を伝わるためにはエーテルという媒質がなければならないということである。つまりマイケルソンとモーレーの実験は、エーテルという「怪物」が実在する痕跡を検出しようとするものだった。しかし実験では足跡の片鱗さえも見出されなかった。

   こうして当時の物理学は、エーテルは実在しないと結論づけざるをえないことになった。その後も多くの実験と理論の展開があったが、マイケルソンとモーレーの実験結果は不動のものとされるなかで、エーテル概念は積極的に否定されるべきものとなった。・・・。そうしたとき、アインシュタインの特殊相対性理論が忽然と登場し、「実験の教えるところでは、光のスピードは観測者の運動に関係なく、常に同じ値c(光速)をとる。ゆえにエーテルは存在しない」と一刀両断に切り捨ててしまったのである。その理論の骨子となったのは、「光速度不変の原理」であり、自然界では光のスピードを超えることは不可能で、光速を超える現象は自然界にあってはならないことになったのである。

   特殊相対論は「超光速不可能」が基本であり、つまり光を超えるような速い現象が自然界にあってはならないというものである。だからもし超光速という現象が「現実に見出されたら」たちまち崩壊してしまう理論なのである。日本ではあまり知られてはいないが、実はすでに超光速現象の存在は実験で確認されていた。つまりアインシュタイン相対論の誤りは、すでに実証されているのである。

   超光速という考え方について述べておこう。
   光は1秒間に地球を7回り半するといわれ、ものすごく速いスピードに思えるが、宇宙規模からするとまことに遅く感じられる。お隣の月に届くのでさえ片道で約1・3秒かかり、その隣の火星へは約30分、お隣の銀河系アンドロメダともなると200万年もかかってしまう。そうするととても光速が、スピードの上限とは思えないのである。しかしこれまでの従来の物理学はアインシュタイン相対論のゆえに、「光速は秒速30万キロが上限」という呪縛的な催眠術にかかったままなので、それを超えるスピードの数値的な概念も存在しなかった。

   そしてここから話はこじれてきたのである。
   波という運動は水のような立体物質が存在するからこそ生じる表面現象であり、よって波だけの存在などがあるはずもないというのが物理学の基本的鉄則である。しかしそれを科学者たちが(アインシュタインの相対論の矛盾を信じることで)自ら崩壊させてしまったのである。以来、科学者たちは自然の随所に出現する深刻な矛盾につきまとわれ、悩みぬくことになった。そうした結果、SF小説にもなかったような奇怪な事象が語られるようになった。

   「光のスピードに近づくとロケットの質量が無限大に増大し、長さは縮んでついにゼロになる」「双子の兄弟の片方がロケットで光速に近いスピードで宇宙に飛び出すと、浦島太郎のように片方だけが歳をとる」「ミュー中間子の寿命が延びるのは、高速度運動に近いため」「高速度を超えると、時間の流れは逆転して過去に戻る」「高い山に置いた時計ほど時間が早く進む」などなど・・・。

   それもこれも、光のスピードは観測者の運動に関係なく、常に同じ値cをとるという「説」のためである。傑作なのは、観測する人の運動状態によって、それぞれの到達する時間が異なってくることである。たとえば地球から月に向けて光を発射すると同時に、同じスピードでロケットも月に向かう。誰が考えても両者は同時に到着する。しかし相対論ではそうはならない。つまりロケットから見ると地球から発射された光の方が早く月に着くのである。光速のロケットなど非現実的だというのなら、たとえ光速の半分のスピードでも結果は同じである。地球から見ると同時の現象が、ロケットのクルーから見ると同時ではなくなってくるというわけで、こんなバカなことが現実に起きるわけがない。

   宇宙の大規模構造の発見者マーガレット・ゲラー女史は述べている。

   『暗黒物質の話を聞いたとき、私はエーテルのことを考えた。何もかも説明してしまうというその物質の正体は何だろうか? そしてそれはいったいどこにあるのだろうか?』

   100年前にオボロながらも姿を見せ始めていた「怪物」エーテルは、アインシュタインによってその存在を否定され、古典物理だけの存在として人々の脳裏から忘却されてしまった。しかし今日になって、「暗黒物質」という不気味なベールをつけられて再び現れてきた。このこと一つを取ってみても、1世紀近くの間エーテルを否定し続けてきたアインシュタインの罪が軽いとは思えない。なぜなら物理学は1世紀もの間、宇宙の主役的存在を無視することになったからである。

   ゲラー女史が看破したように、宇宙エネルギーの90パーセント以上を占めるという「暗黒物質ダークマター」であるが、それこそが宇宙の代名詞「全体を占める空間」であり、古典物理学でいう「エーテル」そのものだったのである。

   おそらく近い将来、20世紀の悪夢として科学者の頭をよぎるのは、「ビッグバン宇宙モデル」と「アインシュタイン光速度不変の原理」、そして「ダーウィンの進化論」だろうと思われる。

   
   
(「光速は30万キロが上限」とした説を定理とすることで、超光速で地球外から訪れるUFOの存在を否定し、地球外生命体の存在を否定するための根拠として作られた理論だと言われている。  zeranium)

        祝 相対性理論崩壊
    book 『ビッグバン宇宙論は根幹が間違っていた』 コシノケンイチ著 ヒカルランド 

                           抜粋


   


   

祝 ホーキング「ビッグバン理論」崩壊!

   現代宇宙論の最先端であったはずの「ビッグバン」理論は、すでに確証されたかのごとく日本の教科書にも載せられている。しかし実はビッグバン理論は今やその基本から大きく揺らいでおり、それだけではなく、近代物理学のバイブルとされてきた「アインシュタイン相対性理論」も同じく、崩壊の危機に立っている。

   周知のように「アインシュタインの特殊相対論」とは、光の速さを超える存在は絶対に許さないというのがその基本である。つまり光よりも速いものはあり得ないとする理論である。しかし最新の実験結果では、超光速は自然界の普遍的な現象と確認されており、すでに光速の1・7倍という数値まで出されているのである。

   いまや欧米の科学界では、「
GO TO HELL BIG BANG―打倒ビッグバン」の声が挙がっているが、なぜか日本ではそうした議論はまったくない。本書はこうした日本の閉塞的ともいえる現状に危機感を覚え、今や世界の宇宙物理学の趨勢(すうせい)はどうなっているのかを、1人でも多くの人に知ってもらうために書いたものである。日本人は保守的性向が強いと言われているが、中でも日本の学術的な分野における閉鎖的で保守の姿勢は、世界においても比類ないものである。つまり外国ではすでに周知のことであるのに、日本では一般の人々に正しく伝えられていないケースがさまざまに存在するのである。

   これから述べる世界的な概念変化の「うねり」は、いくら無視して拒否しようがそれができないまでに、極限にまで大きくなってから日本にも押し寄せてくることになる。その結果、その勢いは一挙に考え方の転換を求められることになるだろう。こうしたことは、現行の偏差値教育の中で表面的なことだけを鵜呑みにすることを強要される今の時代、特に勉学途上にある若い人々には危険な傾向となるだろう。

   それでも欧米のビッグバンクラッシュ(大恐慌)の一端は、徐々にではあるが日本にも紹介されるようになってきた。それらの一つがアメリカの新鋭科学ジャーナリストのエリック・J・ラーナー著『THE BIG BANG NEVER HAPPENED』(邦訳『ビッグバンはなかった』河出書房)や、「ホーキングの宇宙」をベストセラーにしたアメリカの著名な科学評論家ジョン・ボスロウ著『ビッグバン危うし』(邦訳は講談社)などである。

   イギリスの科学誌『ネイチャー』はすでに1989年8月号に、「くたばれビッグバン」(Down with the Big Bang)というタイトルで論説を掲載している。(略) また1991年1月のワシントン・ポスト紙の見出しには「ビッグバン論理は破産」とあり、宇宙が爆発して誕生したという概念にもとづくビッグバンは「死んだ」とはっきり述べている。etc
・・・。

   すでにかなり以前から、こうしたビッグバンや相対性理論への疑問が起きているが、しかし欧米と日本とではそうした実情にかなり差のあることがわかると思う。その一つの証拠として、いまだに日本の科学雑誌の見出しは、ホーキング、アインシュタイン、ビッグバン宇宙論のオンパレードなのである。こうした状態がなぜ未だに続いているのだろうか? マスコミが現状に無知なのか、それとも意識的にこうした情報を遮断して操作しているのか私は知らない。

   要因として言えることは2つあるが、1つは日本のマスコミには、前述したラーナーやボスロウのような真の科学を知る評論家やジャーナリストが存在しないことである。しかもそこにあるのは、ただ与えられたものを「学ぶ」という姿勢だけのようである。日本人は「権威」と「科学的」という言葉に非常に弱く、それはたとえると「水戸黄門の印籠」のようである。それは主流から逸れているものを異端論として排斥する態度として表れ、そのゆえに少々偏向していても「科学者の言うこと」なら無批判に信じ込んでしまうという歪みとなって表れる。現在ほど真の科学ジャーナリストの出現が、マスコミに求められる時代はないだろう。

   もう1つは、教科書をはじめNHK科学番組などの主要なマスコミのすべてが、学界の主流と言われる大学教授や科学者たちに牛耳られていることから、彼らが指導してきたことに反するような情報は遮断されてしまうことにある。当初、宇宙探査衛星COBE(コービー))によって発見された「ゆらぎ」は、ビッグバンを証明するものとCNNなどによって報道されたことがあった。しかしその直後、「それはとんでもない誇張であり、むしろCOBEの観測結果はビッグバン否定の証拠になりうる」と大きく報道された。しかし日本では完全に無視であった。

   しかも驚くことにそれによって、「COBEの観測結果によってビッグバン理論がますます確固たるものになった」、と教科書に掲載される予定だというのだ。しかしある情報では、文部科学省も欧米におけるビッグバン理論崩壊の現状を無視できなくなり、ひそかに、「ビッグバンは宇宙論の仮説の一つ」としてランク下げの指導が行なわれたという確かな情報もある。それが教科書に掲載されるまでには5年のタイムラグがあることから、そうした態度はまことに心細い限りである。

   すでに世界の趨勢は、「ビッグバンはなかった」に傾いており、ビッグバンは20世紀の天動説にも匹敵するほどの大錯誤のようだ、と欧米の科学者はパニックに見舞われている。1986年のその日、ハーバード大学教授でスミソニアン天体物理学センターの宇宙物理学者でもある、マーガレット・ゲラー女史の革命的ともいえる研究発表がプリンストン大学において行なわれた。ゲラー女史の講演テーマは、同僚のジョン・ハクラとの共同研究による「宇宙の大規模構造(のちにグレートウォールと呼ばれる)についてだった。

   会場には大勢の物理学者が来ていたが、そのほとんどの人がゲラーたちの研究結果を頭から疑っている理論宇宙科学者で占められていた。なぜなら講演内容が、従来のビッグバン宇宙論からは考えられないようなことであったからだ。講演が始まってゲラーが順次掲げて見せる宇宙の銀河図には、彼らが見出した宇宙の大規模構造が明瞭に描き出されていた。それは浴槽に石鹸の泡が重なっているようでもあり、あるいは規則正しく配列された巨大な蜂の巣のような構造にも見えた。

   それは今まで誰も予想していなかった、奇怪な宇宙の銀河構造マップともいえるものであった。そのときビデオモニターの音が会場に響き渡り、コンピューター処理された銀河集団の立体マップが大スクリーンに映し出された。画面には数多くの銀河が浮かび上がり、それらの銀河集団の全体は軸に沿って動き、回転し始めた。それを見ていた大勢の宇宙科学者たちは、まるで自分が広大な宇宙空間を宇宙船に乗って眺めているような気分になった。なにしろ1つの銀河だけであっても、我々の太陽と同じ恒星が1000億個~2000億個も存在しているという集団なのである。

   このビデオを私も入手しているが、さすがによくできている。
   見ていると泡状に集合した銀河が画面に現れては消えてゆき、その泡の内部には何もない巨大な空間が延々と広がっている。講演での上映は5分くらいの短い時間であったが、この光のショウが終わると会場は喝采に包まれ、それまではゲラーたちの研究を疑っていた人々の誰もが呆然として声も出なかったという。その大勢の聴衆の中には、宇宙について多くの著書のある著名なジム・ピープルズという理論家もいたが、後にそれについて述べている。
   「マーガレットの研究発表は、我々のような疑い深い者たちを一網打尽にした。
    宇宙の対極的な分布には、規則正しく配列された泡のような構造が確かに存在するということだ」

   しかし問題は、ゲラーたちが調査した宇宙の領域は、宇宙全体のほんの0・001パーセントに過ぎないことだった。彼らも自分たちがごく小さな領域しか調べていないことを認めながらも、それでも予想しなかった宇宙の大規模構造が発見されたことを確信していた。

   「現在の宇宙モデルには、基本的な何かが欠けています。
    なぜならビッグバンのパラダイム(枠組み)では、こんな大きな構造ができないからです」と。

   ビッグバン論者たちにとって幸いだったことは、ゲラーとハクラの科学者の2人ともが以前からビッグバン説を支持していたことである。しかも彼女たちは将来、自分たちの発見がビッグバン理論を根底から揺るがすことになるとは思ってもみなかったのである。ゲラーの発表はたちまち理論物理学者たちの間に広まっていった。特に宇宙理論家たちはこの発見に仰天した。なぜなら数学的な優美さで構築されていたビッグバン宇宙論に対する、公然の侮辱及び挑戦と受け取られたからである。

   しかもビッグバン論者にとって都合が悪かったことは、ゲラーが発表した銀河マップは、径が4億光年ものボイド(泡)を持つ巨大な蜂の巣構造全体のほんの一部にすぎない、というのでなおさらであった。それに彼らの発表した宇宙図に延々と連なって集合する蜂の巣構造を見れば、ビッグバン理論のいう宇宙膨張どころの話ではなく、それも宇宙全体の一部分かどうかさえもわからないのである。

   彼女たちの得た証拠はそれまでの宇宙論全体を大きく揺るがすことになり、特にビッグバン理論には致命的ともいえる打撃を与えることになった。ビッグバン説によれば、宇宙が誕生したのは今から150億年前とされている。しかしゲラーたちが見つけ出した宇宙の大規模構造が形成されるには、少なく計算しても600億~1000億年もかかることが分かったからである。(図1)

   しかしこの巨大な矛盾に対し、無視の姿勢を貫こうとしている保守的な科学者たちを、エリック・J・ラーナーは著書『ビッグバンはなかった』で揶揄している。それは日本流にいえば、建築後1年という不動産屋の言葉を信じて買った家の屋根裏から、なんと死後10年も経た猫の死骸が出てきたわけで、これではびっくりするなというほうが無理である。この不動産屋が「ビッグバン理論」であり、死後10年を経た猫の死骸がゲラーたちが発見した「グレートウォール」である。こうなると我々は半世紀以上にわたり、ビッグバンを売り物にしてきた悪質な不動産屋に騙されていたことになるが。

   宇宙は3つのスケールに区分されよう。
       1 太陽系宇宙
       2 銀河系宇宙
       3 銀河系外宇宙

   我々の太陽系は地球や火星などの惑星が太陽を中心に周回し、それらの惑星の多くは同じように月のような衛星を引き連れている。ゆえに太陽系とは、子どもである惑星や孫の衛星を引き連れた、太陽をゴッドファーザーとする一大ファミリーだといえる。そしてこのような太陽という恒星が1000億から2000億個集まり、渦状で回転しているのが2でいうところの銀河系宇宙であり、それは全体の形から渦状星雲とも呼ばれている。天文学用語には暗雲星雲と呼ばれるものもあるが、意味もスケールも異なるので注意が必要である。

   我々の銀河系一つに1000億から2000億個の太陽が存在する!
   いったい1000億個もの太陽が、どのくらいの割合で地球のような惑星を伴っているのかは現在のところはわからない。最近のNASAの発表によれば、我々の太陽系に近い7つの太陽(恒星ともいう)に惑星系が発見されたといっている。ちなみにわれわれにもっとも近い太陽系は、4・3光年先のアルファ・ケンタウリ星系である。

   今世紀の始めにおいて、我々の宇宙への考え方は太陽系とその周辺くらいの範囲であり、それまでただ望遠鏡でボヤッと見えていた光が、実は膨大な星の密集した他の銀河系であると判明してから、宇宙の驚異的なスケールがしだいに顕わになってきた。今では1000億個~2000億個もの銀河の存在が確認されているのである。我々の銀河一つだけでも1000億個以上の太陽が存在する。しかもそのような銀河系が1000億~2000億個も存在するのである。

   こうした膨大な数の銀河が存在するスケールを考えると、知的生命体の存在は地球だけであるといったような一部の科学者の考え方が、いかに閉鎖的で独断と偏見にきわまるものであるかがわかるというものである。


        祝 相対性理論崩壊
     book『ビッグバン宇宙論は根幹が間違っていた』 コシノケンイチ著 ヒカルランド

                            抜粋 


   
   

「原罪」「贖罪」というキリスト教信者が抱えるパラノイア

   ポルトガル王ジョアン3世がローマ法王に進言している言葉の中に、キリスト教の恐怖が見えてくる。

   『ジパングは火薬1樽と交換に、50人の奴隷(肌白くみめよき日本の娘)を差し出します。神の名において日本を領有すれば、献金額を増やすことができるでしょう。』
                          (『ウサギたちが渡った断魂橋』 山田盟子著)

   
かくして、密名を受けたザビエルが日本にやってきた結果、50万を超える娘たちがキリシタン大名によって海外へ売られていったのであった。実は日本をカトリック教国にしようとする動きは、ザビエルが日本に来た400年前からすでにあったのである。

   大航海時代の一時期、航海者たちはローマ法王に尋ね続けたことに、「異教徒は人間なのか?」という問い合わせがあった。そして法王の答えは常に一定していた。

   『殺すなかれという戒律はキリスト教徒にだけ適用される』

   
したがって彼らにとって、「肌白くみめよき日本娘」はキリスト教徒ではないがゆえに人間ではない。その結果、「ジパングは火薬1樽で50人の奴隷を差し出します」となる。

   15世紀から19世紀の約400年間において、アフリカの黒人は奴隷貿易で6000万人以上が連れ去られた。たとえば例を挙げるが、ある1つの島をキリスト教徒が現地征服し、原住民を皆殺しにした。その後そこへ自分たちが連れてきたアフリカ人奴隷を入れて労働させ、利潤を上げさせる。これが資本主義の原理となったもので、こうしてアメリカの原住民族のほとんどが殺されたのである。

   1880年のアメリカの国勢調査では、わずかに残ったインディアン先住民族は6600人と記録されている。つまり19世紀のはじめには100万人以上いた先住民族が、1世紀も経たぬうちにキリスト教徒にほとんど全滅させられたのである。「殺すなかれという戒律はキリスト教徒にだけ適用される」のである。キリスト教はこれを信じるほんの少数の人々にとっては寛容であるかもしれないが、これを信じない大多数の人々に対しては実に不寛容である。

   しかし日本のキリスト教徒だけは例外なのだろうか。
   ザビエルが日本に来た頃、ポルトガルとスペインは海外に利益を求めていた。つまり拡張主義であり、これが必然的に戦争を誘発し、未開の土地は一方的に侵略され、植民地化された。つまりザビエルはポルトガル王の尖兵隊の役割をこなし、法王庁と国際金融家たちの組織が海外に送り出した尖兵の1人であったのだ。

   ザビエルは、「人間はみな罪人である。その罪を贖(あがな)うためにイエス・キリストは十字架上で死んだ」、と東洋で触れて回った。しかし私は問いたいと思う。

   「どうして私たちが罪人なのだ!」

   2000年前に砂漠の地で死んだイエス・キリストと私とは、何の関係もない。
   それを勝手にこじつけて罪人だなどと言わないでもらいたい。それを言うなら、海外に出兵し、「異教徒だ」という単純な理由だけで、膨大な数の人間を殺すことのできるキリスト教徒こそが罪人の最たるものではないのか。

   日本のカトリック教徒やプロテスタントも含めて、彼らはキリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。そうでありながら、かつての少年使節団が書き残した「50万人の日本娘の悲劇」を、火薬1樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。キリシタン大名たちに神社や仏閣を焼かれた悲劇の歴史をなぜ無視し続けるのか。

   カトリックの教義の決定権はローマ法王が持つ。
   教義に逆らえば、法王直属の宗教裁判所がある。だからカトリックの大量虐殺の日本の歴史を、日本のカトリック信者の作家は書けないのだろうか。数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の先住民族たちが虐殺され、数十万人の日本の娘たちが世界中に奴隷として売られていった事実を、日本のキリスト教信者たちは今こそ考え、それを語り継がれよ。その勇気があれば。

   日本のキリスト教信者として聖者のごとく語られている賀川豊彦は、『天の心地の心』(1955年)の中でザビエルについて書いている。

   「私は、コロンボに上陸してからのザビエルの東洋伝道のために心から祈ったのであった。・・・。実に伝道者として賞賛に値するその冒険的精神は、リビングストンをのぞいてザビエルのほかに見ることができない。日本は今、こうした精神の源に遡って、確固たる歩調を踏み出す必要があると思う。」

   賀川は、ザビエルを通して日本は精神の源を遡るべきだと強調している。
   彼だけではなく、ザビエル関係の本の内容は、ほとんどがザビエル礼賛に尽きる。賀川にとってはイエズス会士が奴隷商人たちと手を組んで、日本の娘を海外に売りさばいた事実などどうでもよいことなのであろう。彼にとってはただただ、キリスト教というありがたい教えを日本に伝えた人として、ザビエルを聖者とみなすのである。

   内村鑑三は『日本国の大困難』(1903年・明治36年)の中で、「日本人がキリスト教を採用せずにキリスト教文明を採用したことが、日本最大の困難となった」と書いている。この内村の歴史観は、彼の信者たちに受け継がれてよく引用される。しかしこの歴史観は納得できない。キリスト教とキリスト教的文明は切っても切れないものである。ザビエルの渡来と奴隷貿易が切ってもきれないものであることが、そのよい例である。

   キリスト教信者はひたすら聖書を読み、都合の悪いことは隠す傾向がある。
   キリスト教信者になったことを一番後悔していると告白しつつも、その一方で内村は、「キリスト教を採用しないからこそ、霊魂なく、4肢ある脳髄がない」、と日本人を罵倒する。そしてこの男が日本最高のキリスト教信者とされるのである。

   荒俣宏が『パラノイア創造史』の中で書いているように、「牛羊(けもの)」を食べ過ぎた人間の狂気が一神教なるものを創造したと考えると、キリスト教の本質、キリスト教的文明の何たるかがわかってくる。

   羊を殺すという残虐行為と羊から血を流させるという残虐行為とは、常識的に見れば二重の残虐行為である。常習的羊殺しの歪められた病的心理の中に、倒錯的現象が生じた。殺した羊の血によって、羊を殺す罪が赦されるとするような変態的心理が発生し、それが贖罪(しょくざい)感となり、原始キリスト教となった。彼ら西洋人は羊を殺し、その血をすすりながら生き続けてきた。そこには罪の意識はなかった。この意識から神は、羊を殺す人間を嘉(よ)みしたもうことになった。つまり彼らは無罪感を得るために神を創造し、その創造した神に従属するという狂気の世界に生きることにしたのだ。

   明治4年に、岩倉具視全権大使を代表とする遣欧使節団は、精力的に欧米の文化を見てまわっているが、彼らの一行がうすら寒く感じた西洋の”狂気”の源をたどれば、そうした狂気を創造した彼らの神にいきつくのである。法政大学の学長を務め、政治的にも活躍した著名なクリスチャンの松下正寿は、『文化人類学の贖罪感』という論文の中で次のように書いている。

   「キリスト教の罪の意識というものは、イエス・キリスト教の教えそのものに由来するものではなく、遊牧の民、牧畜民族固有の生活経験から発生した一種の病理現象であって、本来不健全なものである。したがって抹消すべきものではなかろうか。」

   このキリスト教信者が書いているように、キリスト教の根本にあるものは”病理現象”である。この病理現象が罪の意識と贖罪感を生み、神を創造し、その神が罪の意識と贖罪感を持たぬ者を、つまり原罪を知らぬ者を下等な人間としたのである。すなわちキリスト教的文明とは、原罪を知らぬ下等人間や下等動物は皆殺しにしてもよいとする文明なのである。

   ただ、キリスト教信者はそんなことはないと反論するかもしれない。
   それでは聞こう。 「キリストを信じるあなたは、キリストを信じない私を下等な人間だと思ってはいませんか?」と。なぜそう聞くかといえば、キリストを信じる者は、原罪という病理現象が「皆殺し」の思想の母胎となっていることを知らないからである。その思想こそが「最後の審判」である。

   キリスト教とは、「牛羊(けもの)」を日常的に食する人々がたどりついた宗教であると理解できる。その狂気こそが「最後の審判」を生み出した。それゆえにキリスト教信者は、信者でない反キリスト者に対し、絶えず恐怖心を抱き、彼らと一線を画しながら、一方で優越感という選民意識を抱いている。キリスト教徒でない者に対して、絶えず攻撃を仕掛けずにはおかない。

   キリスト教そのものがパラノイア症候群の人々から生まれたことを考えれば、「天皇という神に隷属した日本人をキリストという神で救わなければならない」と言ったマッカーサー的な人間はこの世界にたくさんいる。「最後の審判」とは、時が一方向にのみ流れており、その流れが神の御心のままで決して覆(くつがえ)ることがないということである。その終着点は神の御心により決定しているので、そこには個人の自由は存在しないのである。


               book 『天皇のロザリオ』 鬼塚英昭著 SEIKOSHOBO

                           抜粋

イエズス会士が始めた「奴隷売買」

   豊臣秀吉はイエズス会のコヨリエと明への出兵を語り合い、秀吉はコヨリエにシナ計画を持ち出されて、その誘惑に乗ったというのが「朝鮮の役」の真相であった。コヨリエは、「今に見ておれ、太閤(秀吉)を海外遠征(朝鮮の役)に引き込んで、さんざんな目に遭わせてやる」と言っている。コヨリエの策謀を見抜き、怒った秀吉がコヨリエにたたきつけた五箇条の概略を載せる。

 1、なにゆえに秀吉の臣下をキリシタンにしたのか
 2、なにゆえに宣教師は教徒(キリシタン大名をさす)に神社仏閣を破壊させたのか。
 3、なにゆえに仏教の僧侶を迫害するのか
 4、なにゆえにお前たちは耕作に必要な牛も屠殺して食用にするのか
 5、なにゆえにお前たちはお前の国民が日本人を購入し、奴隷としてインドに輸出するのを容認するのか

   秀吉側近の大村由巳(おおむらよしみ)が秀吉に差し出した手紙の中に、「黒船の奴隷船で、男女によらず手足に鉄の鎖をつけ、船底へ追い入れ、地獄の呵責にもすぐれ・・・」と書かれている。こうした奴隷船の史実はたくさん残っている。日本人はイエズス会が何であるかの真相をはっきり知らなければならない。

   イエズス会はポルトガルの商人たち、つまり長崎で金の仲買人として活躍した者たちと組み、宣教師バリニャーノは1578年に、マカオの商人と金貿易のために正式な契約を結んでいる。そうして日本人も、ポルトガルとスペインの領土拡張の競争の中に入っていくのである。やがて、難破したポルトガル船の積荷をめぐって争いが起きた。スペインの総督は秀吉に脅迫状を送り、「我々の宣教師は征服者の前触れである。覚悟するがよかろう」と。

   そうした争いの結果、1587年(天正15年)、秀吉はキリシタン宣教師追放令を出した。
   秀吉はその報復としてただちに6人のフランコ会士と3人のイエズス会伝道士、それに19人の日本人信徒を十字架にかけた。

   ・・・。柳父 章(やなぶあきら)は、「キリシタン一揆」は生活に困った百姓たちの農民一揆でもあったと書いている。日本の代表的なカトリック作家であった遠藤周作は『侍』の中で、パードレ(神父)・ベラスコを通して痛烈な日本批判をしている。

   「宗教に現世の利益だけを求める日本人。彼らを見るたびに、私はあの国には基督教のいうような永遠とか、魂の救いとかを求める本当の宗教は生まれないと考えてきた。彼らの信仰と我々基督教徒が信仰と呼ぶものの間にはあまりにも大きな隔たりがある」。

   遠藤周作は日本人にして日本人ではない。
   彼は、「現世の利益」を求めて日本にやって来たザビエルの行動から目をそむけ、目を閉じている。彼は、奴隷船に売られた何十万人の日本人の事実から目をそむけ、見ようとしない。彼は、日本の神仏や寺院を焼き払えとキリシタン大名に命じたイエズス会の悪行に目を閉じている。

   そして遠藤周作は、「・・・極秘、かの奇(く)しき紅の夢」の中に生きて、日本人を悪しざまに描いて、文化勲章を貰って死んでいった。キリスト教が日本に定着しなかったのは、日本人が「永遠とか、魂の救い」を祖先回帰のなかに求めたからであった。つまり日本人の深層意識がキリスト教の持つ恐怖を拒否し、認めないからである。

   3万7千人のキリシタンが殺されたと、日本のキリスト信者たちは語り継ぎ、それに疑問を呈さない。しかしこの点についても、矢切止夫(やぎりとめお)は書いている。キリシタン一揆については異説がある。矢切止夫の『矢切日本外史』から引用する。

   ――真相は「フロイス日本史」にもあるように、「原城(長崎)は口ノ津といったイエズス会の本拠地」であり、また戦国時代からイエズス会の者たちは、費用をひねり出すために日本では一粒も産出しない火薬の硝石を持って来ていた。そして横文字で書かれた教義も何も読めず説教の言葉も何もわからない者が、硝石をもらいたいばかりにドリチェナキリストアンと唱えるだけでよく、そうした者たちが切支丹大名と呼ばれていた」、といった有様であった。

   ――そして口ノ津は、硝石と交換にイエズス会が入手していた彼らの治外法権の場所であった。それゆえに「一揆」は火薬の硝石を手に入れたい者たちによる襲撃であり、彼らが口ノ津の原の古城の倉庫番やその奴隷を殺したのである。そしてオランダのカビタンは、神の名において仕返しをするために協力したいと申し出てきたというのである。

   ――この話(島原の乱)の裏書ができるのは、「山田右衛門なる画師がただ一人投降してきて助命されたが、その者が城内で見てきた旗というのを描かせた」とする証拠があり、(略)それがまことにおかしな話で、カトリーコ(カトリック)とプロテスタントの二種の旗が混じっていたからである。ヨーロッパにおいては共に仇敵どうしとして、互いに国をあげて殺しあっているのが、いくら東洋の九州片隅であれ、双方の旗を立てて両者が力を合わせて抗戦することはまずあり得ないことである。

   ――また今日伝わるように、3万7千から5万に及ぶ女子供までが、「主のおんために」みんな死んだものであれば、こうした話は世界中他に例のない話ゆえにローマ法王庁の記録にも残るべきものであるが、しかしなぜかまったくその記録を見つけることができぬ事実や、そもそも島原の乱に関してはただの一行も記載されていない不可思議さも、これなら謎解きできるし、判るというものである。

   八切はキリシタン史研究のために長年、ヨーロッパに行っており、研究した作家である。八切は、「つまり松平伊豆守(まつだいらいずのかみ)が、局地解決として他へ反乱が波及せぬよう、一部の者だけに切支丹を上手く利用し、政治的な発表をしたのであろうと解釈するしかないようである」、と島原の乱を解釈している。私は八切の説は正しいと思っている。

   アフリカの黒人たちを奴隷としてアメリカに送り出していた海岸は、”黄金海岸”と呼ばれた。そして日本の女性たち、一部男性もいたようだが彼らを海外に送り出した海岸を、イエズス会士たちは”白銀海岸”(シーサイド・シルバー)と呼んでいた。山田盟子は、『ウサギたちが渡った断魂橋(どわんほんちゃお)』の中で次のように書いている。

   『キリシタン禁教の前に、たくさんの庶民が「硝石に対する納め物」として、つまり奴隷にされて海外に移出されたようです。”白銀海岸”から送り出された「からゆき男女」は、この奴隷が始まりであったのです。日本では鉄砲は真似して作れても、火薬の硝石がなかったのです。その時期、取り持ち役の日本人イルマンの口移しで、諸大名が「ドリチナ・キリシタン」と言って洗礼を受けたのも、みんな火薬の硝石欲しさのためで、これがキリシタン大名の実像だと八切氏(八切止夫氏)は私に語りました。本職である歴史畑の専門家の人々が、こんな事実にあまり触れていなかっただけに、二昔も前にこのことを聞かされた私はびっくりしたものでした。』

   山田盟子は八切止夫と会い、「倭寇(わこう)におとらぬような存在で、マカオにイエズス会のキリスト戦闘団がありましてな、硝石をにぎっていましてな・・・」と教えられたという。日本の御用学者たちは、天皇と欧米に都合の悪いことはほとんど書かないように飼い慣らされているので、こうした真実は我々には決して伝わらない。山田盟子は続けて述べている。

   『このことでは学者の森克己氏も、こう述べています。
    「中世の倭寇については、史料が日本側には残されていない。ただしポルトガルが渡来して後、日本人や朝鮮人が奴隷として海外に輸出されるようになった。天正15年(1587年)に発した人身売買禁止令はこれに対する単なる応急処置でしかなかった。鎌倉期にすでに専門の人買いが諸国に市を立てており、たとえ”人身売買禁止”の法が出されていても、戦国期における辺境の諸大名たちは伊達や対馬の大名のように、”人売公許”という独自の法があった』

   レイス・アルメイダについてはすでに少し触れたが、山田盟子の著書から引用を続ける。

   『島原にポルトガル人のレイス・アルメイダが来たのは、おうら(からゆきさんの1人)たちが記録に載る64年も前のことでした。それよりすでに十数年早く、鹿児島にはポルトガルからザビエルが来ておりました。島原の口ノ津の史料によると、アルメイダは来るなり2週間の伝道で、250名も洗礼をしたことや、前年は島原のお殿様である有馬義直が、口の津開港と同時に実弟の大村純忠を通して、イエズス会の宣教師の派遣を求めたとあります。

   『”人身売買禁止令”の出る20年前の永禄6年(1563年)に、島原の有馬城主だけでなく、他の地方諸大名がいっせいに「ドリチナ・キリシタン」をやらかしたのは、彼らがみな、戦国期に生き残るために硝石という火薬が欲しかったからでした。そのためそれと交換する人売りも各地で行なわれ、”白銀海岸”は島原の浜だけではなく、他のもっと多くの海岸がそのために用いられたと思われます。

   『口ノ津に上陸したバスク人のアルメイダなどはイエズス会に属する者だったので、豊後(ぶんご)に施療院や孤児院を開いたかと思うと、口ノ津や博多、肥前(ひぜん)、名護屋を経て平戸へ、というようにその足取りは諸大名に取り入って「硝石契約」が主のようでした。

   『ポルトガルとオランダが諸大名に火薬を売りつけたために、日本は戦国時代になってしまった。信長のキリシタン擁護が腰砕けとなったことで、宣教師たちは明智光秀に新式火薬を渡し、信長殺しに成功した。しかしそのうち秀吉の鎖国政策を嫌った宣教師たちは、秀吉の朝鮮征伐には火薬を供給しなかったために、秀吉の外征は失敗に終わった。そしてこの時国内にいて火薬を温存した徳川が後の政権をとることができた。家康は火薬の流入こそが日本の戦乱を引き起こしたことを十分承知していたので、鎖国の狙いはキリシタン禁制そのものではなく、火薬流入の禁止が目的であった。』
                            (『昭和天皇の謎』 鹿島 曻(しょう)

八切   あの頃は車もテレビもなく、ただ人間だけが輸出品だったわけです。
      堺に納屋衆と呼ぶ倉庫業者がいて、そこは売るための人間を縛って入れておく納屋なんです。それ以外に輸出倉庫などがどうして必要ですか。

鹿島   堺は奴隷商人の町だったんですね。

八切   ちょっと脱線しますが、アフリカに黄金海岸がありますね。
      バチカン法王庁へ行くと日本の三角湾にシーサイド・オブ・シルバー、つまり白銀海岸と書いてある。白砂のような火薬原料の日本には産出されない硝石を持ってくるわけです。それを戦国大名が欲しがって引っ張りだこですから、その結果、これが当時でいう切支丹大名。硝石さえ持って来れば、その代償に男でも女でもいくらでも奴隷として交換できるわけです。(略)魔女狩りのときにはヨーロッパ女性がずい分減ったから、魔女裁判をやったラリンケ判事の魔女審判裁定書の中にも、「東洋へは硝石さえ持っていけば、女はいくらでもくれる」と書いています。

   新しい黒色火薬を使ってイエズス会の連中が、「我々の知り得たところでは、信長は髪の毛1本も残さずに、その遺骸をふっとばしてしまった」
                         (カリオン報告書、『信長公記』のポルトガル語訳)

   「キリシタン禁止令」が出たあと、奴隷売買はなくなったのだろうか。
   しかし実際には江戸時代から明治・大正・昭和の敗戦時まで、多くの「からゆきさん」たちが海を渡って行ったのである。なぜならイエズス会によって始められた奴隷売買の真似を今度は幕府が、そして明治・大正・昭和の政府が行なうようになったのであった。


                   book 『天皇のロザリオ』 鬼塚英昭著 SEIKOSHOBO

                                                         抜粋





キリシタン大名に売り飛ばされた50万人の娘たち

   フリーメイソンとキリスト教を通して、日本国家を転覆させるという企てがあった。
   それには皇室内の関係者にできるだけ多くのカトリック信者をつくり、皇后様を入信させ、宮中をキリスト教で乗っ取るという策謀であった。

   日本のキリスト教のことでは姉崎正治を始め、「切支丹迫害史家」のことについてふれておかねばならない。それはキリスト教が、日本で迫害されたという論説のことである。迫害という言葉は、一方的に理由なく危害を受けるというニュアンスを持った言葉であり、そのゆえに見逃すことはできない。

   キリスト教の日本への渡来は、天文18年(1549年)にフランシスコ・デ・ザビエルによって始まったものである。彼らが何をしに来たかといえばその目的は、黄金の国ジパングをポルトガル王やローマ教皇の領土にするための調査であり、その尖兵として来日したのである。ザビエルはカトリック教会の母体であるローマ法王に属する一員であり、東方への渡来はジョアン3世の要請によるものであった。ザビエルはローマ法王パウロ3世から任命を受け、インドにおける法王の代理としての全権だけでなく、ポルトガルの持っていた東方植民地の官吏たちすべての上に、一切の権力を行使できる大きな権能を与えられて来たのであった。

   彼はインドにおいて、人々をキリスト教に改宗させるために宗教裁判を実施し、改宗を強制し、従わない者は惨殺・焚形(ふんけい)に処した。富める者の財産は強奪して没収し、それを用いて教会を建設した。その後1549年の夏、彼は日本の首都を目指してマラッカを出帆した。彼の後から、キリスト教の各宗派の宣教師たちが渡来した。いずれもその目的はザビエルと同じである。彼らが日本においてしたことを知らない人も多いが、いずれも日本の富と国土を狙っていたのである。日本人の多くの女性を奴隷として売り渡したり、一国の領主に金を貸して領地を担保にして取り上げたりした。

   歴史の教科書では単なる「島原の乱」でしかないが、これは彼らが島原の百姓たちを煽動して大乱を起こさせたのである。しかも原城に立てこもって死んだ人々の中には、この信心深い素朴な人々の自殺行為を招いた、ただの1人のイエズス会士も、1人のキリスト教宣教師の遺骸も見つからなかったのである。人々を煽るだけ煽り立てて死に至らしめ、自分たちはとっくに逃げ失せてしまったのである。

   これに対し豊臣・徳川はキリスト教の布教を禁圧し、宣教師たちを国外退去させる策に出た。これが国を預かるもののやるべき当然の施策である。キリスト教がヨーロッパにおいて宗教裁判で焚形、磔刑に処したように、徳川もまた同じことを行なったのである。それを「切支丹迫害」であるとか、「切支丹殉教」などと称するのは真実ではないばかりか、それは日本人自らが口にするべき言葉ではない。

   彼らキリスト教宣教師たちは、日本の金山・銀山に狙いをつけており、そのための金の堀師たちを連れて来ていた。今日でも鉱山の鉱脈の露頭(ろとう)に、掘り刻まれた十字の印を見ることができる。そこには彼らが連れて来た異人の堀り師たちが潜んでおり、同時に隠れキリシタンたちの祈祷所としても用いられていた。

   いったいこの世に存在する宗教で、キリスト教ほど異端・異教の迫害・虐殺に力を入れてきた宗教が他にあるだろうか。自らを文明の宗教と言いながら、非人道的な行為の限りを尽くしてきている彼らこそが他を迫害しているのではないか。そして第三国の指示により姉崎正治が引き受けた任務が『切支丹迫害史』の編纂であった。その任務のための留学であり、そのための恩賞としての博士号の授与であった。
    
         book 『ユダヤは日本に何をしたか』 渡部悌治著 SEIKOSHOBO

                           抜粋

   
ザビエルを聖人の位に上げようとした一人が大友宗麟であった。
   宗麟は1584年(天正12年)に、イエズス会宣教師ヴァリニャーノに宛てた書簡の中で、「ザビエルの列福の儀を聖下に御建議されるようにお願い申し上げます」と書いている。吉田小五郎は『ザビエル』の中で、「彼を聖人にのぼらせたいという運動が起きたが、そのさきがけをつくったのはキリシタン大名大友宗麟その人であった」と書いている。

   どうして宗麟が、そこまでキリスト教に帰依していくようになったかを知る必要があるだろう。そのためには当時、何が宗麟の周囲で起きていたかが重要な鍵となるだろう。キリシタン大名誕生の秘密に迫るとき、宗麟とザビエルが深く結びついた謎が解明される。ザビエルも大友宗麟と「商い」をしていたのである。

   徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵の従軍記者の見聞録が載っている(二版では憲兵命令で削られた)。

   『キリシタン大名や小名、豪族たちは火薬欲しさに(それと引き換えに取引をし)女たちを(力ずくで)南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫び、わめくさま地獄のごとし』

   ザビエルが「キリスト教伝来」として日本に来てから、日本は今までとはすっかり様変わりしたのである。歴史家たちの仕事が真実を知らしめることであるのなら、こうした本を引用し、キリシタン大名や小名、豪族たちの真の姿を描くべきである。ザビエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、その交換として集められた日本人女性を奴隷船に連れ込み、それを海外で売りさばいたのである。

   一方そのアルメイダは大友宗麟と医薬品を取引したことで、大分に病院を建てたという事実だけが誇大に伝えられているために、大分県では彼は宗麟と並んで偉人ということになっている。キリシタン大名たちは「火薬」を獲得するために、女たちを集めて「南蛮船に運んだ」という単純な事実を、現代の歴史家たちは無視し続けているのである。

   キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団としてローマ法王のもとに行っているが、その少年たちによる報告書を見ると、キリシタン大名たちの行なった悪行がどのように世界に及んでいるかが証明されるだろう。

   『行く先々で、どこまで行ってもたくさんの日本の娘たちが目につく。
    その数、ヨーロッパ各地で50万という。肌白く、見めよき日本の娘たちが秘所丸出しでつながれ、もてあそばれ、奴隷たちの国にまで転売されてゆくさまは正視できない。


   鉄の枷(かせ)をはめられ、自分と同じ国の人間をこうした遠い地へ売り払う(自分たちの)師父への憤りももっともだが、白人文明でありながら何ゆえに同じ人間を奴隷にするのか。ポルトガル人の教会や(日本の)師父たちが硝石(という火薬の原料欲しさに娘たち)と交換し、(日本の娘を)インドやアフリカにまで売っているのだ。』
                 (『ウサギたちが渡った断魂橋』 山田盟子著 新日本出版社)

   使節団としてローマを訪れた少年たちであったが、実は彼らの父親や叔父たちこそが、数十万人という日本の娘たちをキリスト教の宣教師たちと共謀して、ヨーロッパ各地へと売り飛ばした張本人であったのだ。これが、キリシタン大名や小名、豪族たちの偽らざる真実の姿なのである。キリスト教の師父たちが実は世界的売春組織のボスであることを認識し、キリスト教が何であるかを考えられるがよい。

   当時日本には、30万人の改宗者がいたといわれており、現在の人口比にすれば、200万人近くであろう。キリシタン大名たちが「火薬」が欲しいばかりに、ヨーロッパだけで50万人をはるかに超える「肌白く見目よき日本の娘」を奴隷商人に売り払ったのであった。

   イエズス会のバテレン(司祭)のルイス・フロイスの『日本史』の記述を読むと、大友宗麟の姿が見えてくる。この『日本史』は、1583年(天正11年)にフロイスが編集したイエズス会の布教の歴史記録である。そこにあるのは大友宗麟が織田信長に鉄砲や火薬を仲介する商人としての姿である。また信長が仏寺破壊を行なったことに、フロイスは祝意を表明している。

   フロイスは宗麟にも仏像・寺社の破壊を奨励している。
   その後宗麟は1561年(永禄4年)に宇佐八幡宮を焼失させ、領内の寺社を破壊した。その後、豊前彦山の三千坊といわれる坊舎を焼いた。宗麟は(イエズス会の司祭)ヴァリニャーノに、「このたびの勝利がデウスのみわざと司祭たちへの祈りの賜物である」と伝え、その報酬としてイエズス会は、宗麟の武器援助の要請に応じた。

   宗麟は火薬製造に欠くことのできない硝石を手に入れ、輸入するためであれば、彼にとって豊の国の寺院を破壊したり、若き娘たちを売り払うことは何でもないことであった。日本のキリスト教信者たちは、こうした事実を直視しなければならない。天正少年使節団の報告書にあるように、「50万という肌白くみめよき日本人の娘」が売り飛ばされた。信長も宗麟も、他のキリシタン大名たちも、寺社を焼き払い、神官や僧侶たちを焼き殺した。それは「26聖人の殉死」どころの比ではない。島原の乱どころの比ではないのだ。


                  book 『天皇のロザリオ ㊦』 鬼塚英昭著 SEIKOSHOBO

                                 抜粋

   


  

   

キリスト教が持つ本来の目的は「洗脳して支配すること」

   日本の原子爆弾については触れておくことがある。
   それはサイクロトロンに必要なもので、日本が米国に発注していた「核の原鉱」であり、それは相当以前に発注されていたのだが、それがようやく船積みされて発送されることになったとき、米国が対日宣戦を行なったことで発送の船が停止されてしまった。結局それによって日本の近代兵器戦における敗北が決定されてしまったのである。

   米国がなぜ、日本向けの原子兵器素材の船積みをいつまでも行なわず、対日宣戦布告の日まで延ばしていたかといえば、それもすべてあらかじめ計画されたうえでのことであった。そのようにして日本における原子兵器の完成を停滞させることが含まれており、八田嘉明が閣議で発表した、完成間近のいわゆる「新兵器」もついに実現できなかったのであった。

   米国はまた、無線盗聴機「エニグマ・ウルトラ」を使って、(日本海軍の)動きを手に取るように察知しており、(日本が米国の準備した老朽化した艦船を攻撃し、真珠湾攻撃を始めるように)誘導したのであった。

   第二次大戦終結後、米軍進駐軍の第一陣が実行した任務は、理研の仁科芳雄博士の造ったサイクロトロンの接収と破棄であった。そしてここに私は、東北大学金属研究所で起きた一青年助手の死が、単なる自殺として葬り去られてはならなかった理由を見るのである。彼の死は宮城県警によって自殺と断定されたが、その理由は日本がすでに米国の対日工作網に取り込まれていたからであり、真相究明を阻む組織がすでに出来上がっていたのである。

   この菊池清太郎という青年は、仙台市の東北帝大に席を置いていた者だが、彼のように重要機密の研究に携わっていた軍関係の委託学生や青年技術下士官たちは、一様に米国のスパイたちの狙うところであり、彼らが仕掛ける謀略の罠から逃れることはできなかった。その罠としてまず、彼らには手ごろな女性が必ずあてがわれた。そうした女性の身元や性格、性状なども精密に調べ上げられており、あてがう男の好みにあった女性がつけられる。カトリック教会や聖公会につながる良家の子女もいれば夜の女たちもいた。

   したがってその関係も正式に結婚に至るものもいれば、性の享楽だけの者もいた。
   そうした逢びきには、前もって用意されていた共産党員の家や、東亜連盟関係者の家の一室などが提供されていた。男から情報を盗る方法はいろいろあったが、たとえば良家の子女と婚約していた委託学生が、婚約者以外の女性と仕組まれた予定の部屋で逢っていたとする。あらかじめ指示を受けているその女は、きわどいところまで男を誘っておいて頃合いを見て叫び声をあげ、助けを求める。そこへこの家の主人という男が踏み込んで来て、現場を押えたといってその男の弱みを握る。それを婚約者の親に知らせるぞと脅して機密情報を聞き出し、さらに機密を漏らしたということで、それを種にさらに深く探り出すという仕組みもあった。

   このようにして漏らされた機密が第三国に流され、それによって兵二個師団にも匹敵する精鋭青年技術将校団の移動が敵に知れ、極秘に極秘をかさねたにもかかわらず、突然雲の間から姿を現す敵機の射撃の的となったり、突如波間に浮かび上がる潜水艦によって、有能な青年たちが一瞬のうちに北海の藻屑となって消え去った悲劇が幾度もあった。

   彼らには宿舎として独身アパートが与えられていたが、これらももちろん敵の狙うところであった。夕食後には必ず外出をし、それぞれがあてがわれた女を連れていたが、そうした会話も当然、向こうには筒抜けであった。また特殊部隊の編成や移動などの情報も、そうした情報収集を目的としていた飲食店を通して流された。将校の食事数から部隊の規模が簡単に割り出すことができ、それがそのまま向こうに筒抜けになったりしていた。

   このようなスパイの拠点となっていた仙台市の西公園の飯店「朝鮮亭」の近くには、キリスト教の外人宣教師らの屋敷があった。この朝鮮亭も宣教師たちの建物も、仙台第二師団司令部を見渡すことのできる高台の崖の上にあり、宣教師の二階の窓からは師団の動きや軍の装備、移動などが逐一フィルムに撮られ、そうした写真は休暇を装って移動するミッションスクールの外人宣教師たちによって、受け渡し場所まで持ち運ばれていた。

   この外人宣教師の屋敷の地続きには、YMCAの集会所があった。
   
この建物は以前はフリーメイソンのロッジであり、フリーメイソンのキリスト教宣教師たちの集まる場所であった。秘密の地下室からは、二階の屋根まで通る突き抜けた煙突が立ち上がっており、煙突に見せかけたその高い換気塔からは、時おり拷問を受ける叫喚が聞こえたりしていて近隣からは気味悪がられていた。

   そしてそこに出入りするキリスト教の宣教師たちは、自らの家庭ではキリストの画ではなくユダヤの予言者の画を掲げていたという。彼らはキリスト教宣教師でありながらユダヤ人であり、フリーメイソンでもあったのだ。私が昔、この仙台の東北学院神学部の学生であった頃、学院の院長はシュネーダー博士で、彼が仙台ロータリー・クラブを主宰し、しかもフリーメイソン関係者の指導的存在でもあった。

   仙台市の地図を拡げて、この宣教師の屋敷の煙突のあった地点を中心に線を引いてみると、それはまったく見事な徹底的な破壊であった。その中心の目印となった白い煙突も粉々に散ったのであるが、この目印の白い煙突のように、本土空襲の目標とされたものに、東京・銀座の教文館ビル屋上の塔があった。この塔もまた軍機襲来近くになってから、鏡か何かの光に反射するものに替えられていたことに私は気づいており、心にかかっていたものである。教文館のことでは、このビルの上層にはフリーメイソンの集会室があると噂されていた。そして外人専用の事務室の卓上電話では、ビル内各室の通話が全部盗聴できたのである。

   東京が空襲されていた頃、私は銀座方面へ出かけて、軍機がどこを狙うのか確かめようとしたことがある。大本営では軍機のむやみな爆撃を宣伝していたが、実際には逆でそれは極めて正確な見事な狙いだった。軍機の攻撃目標を事前に察知することは、市民を被爆から守るために絶対に必要なことであった。軍機が爆撃しない地点や市民を誘導して待避させられる場所であるが、その幾つかの場所は予断することができた。たとえば動坂の聖学院、銀座の教文館ビル、服部時計店などがそうした一つであった。そして実際に空襲直後の銀座を見回ったところ、服部ビルと教文館ビルは無傷でそのまま残っており、しかしそのビルとビルの間の商店街は見事に壊滅させられていた。

 謀略の中心は外国人宣教師

   
当時仙台にいたキリスト教宣教師たちであるが、彼らこそが仙台を中心とする東北一帯の諜報組織の中心人物たちであり、英国や米国の指令下にあってしかも彼らは自らフリーメイソンの結社員であると言っていた。変装に巧みであり、夜などよく女装する者もいた。また日本の興信所の東京興信所の系統を押えており、ライジング・サン社の代理商社やロータリークラブ、その他のデパートなども彼らの組織下においていた。

   彼らが出入りする聖公会では、村岡花子訳のキリスト教教理書が児童たちのために使われていた。それはかつて
米国共産党対日工作費が張学良経由で日本にばら撒かれたとき、キリスト教矯風会の婦女子らの手を借りたが、村岡花子もその中の一人だったのである。キリスト教組織による情報網は表玄関からだけでなく、裏口の婦女子を通しても収集できるように張り巡らされていたのである。このようなキリスト教による身近な諜報網は仙台だけでなく、東京、大阪、神戸、横浜をはじめ日本国内どこにでも見ることができた。戦時中、キリスト教信者で、カリフォルニアと短波交信を続けていた者もいた。

 
       こうしたルートのキリスト教宣教師たちの組織下にあった仙台のデパートの1階には、ユダヤの六芒星の星がモザイクされており、上階の食堂には金色の六芒の星が何十個も飾られていた。デパートに隣接したビルにはロータリークラブの集会場となるレストランがあったが、ここに集まるロータリアンの幹部の一人にライジング・サン社の支店長がいた。彼らのある者はいつだったか塩釜港周辺で、釣りに見せかけて港内の水深を測定していたのを仙台警察の係官に見つかり、逮捕されたことがあった。しかし警察署長はこの男を間もなく釈放してしまったが、このロータリアンはその後も、カリフォルニアの短波送受を続けていた。私は彼らからその無線装置の整備を極秘に頼まれていた青年を知っていたが、彼によるとこの装置は外国製であり、暗号仕様のものであったという。

 空襲を手引きした2人の元牧師

   
外人宣教師団の秘密を察知して、その対日謀略の手先になることを拒んだ日本人牧師に対しては、彼らの報復手段には先に述べた地下室などでのリンチのほかに、脅迫して殺し、それを自殺に偽装したり、生かしておいて精神的に責めぬく方法があった。そうした外国人宣教師団に隷属していたある若い牧師がおり、その組織から抜け出そうとしたために彼らから苛酷な迫害にあい、耐えかねてピストル自殺を図ったものがいた。偶然行き合わせた私の先輩に救われて何とかことなきをえたが、しかし彼への報復は止まなかった。

   次に彼らはその若い牧師を米国の神学校へ留学させ、一方日本に残した彼の妻に男を近づけて私生児を生ませ、彼と家族との間に深い精神的苦悩を負わせた。それは私が東北学院の神学部に在学中のことであり、その若い牧師の教会の長老をしていたある保険会社の支店長を私が知っていたので、その間の経緯がわかったのである。この牧師は帰国後は牧師をやめ、職を求めて私の郷里の酒田市へ転出した。しかし彼はその後も組織から完全には抜け出せなかったようであり、酒田市が軍機の空襲を受けた時、その手引きをした形跡があった。

   酒田市への空襲は、東京で得た情報によって私は前夜のうちにわかっていた。
   急いで酒田へ帰り着くと、すぐに彼の住居に行ってみた。ところが隣家の留守番の老母の話では、彼はすでに6日前に内陸方面へ疎開してしまったとのことであり、彼と同居していた男で、秋田市のキリスト教教育機関で養成された共産党員も、4日前に後を追って立ち去ったとのことであった。私がその場に着いて6分後の正午に警戒警報のサイレンが鳴り、それがそのまま敵機の来襲を告げるサイレンとなった。

   私は敵機がどこを狙うのか見届けるため、人1人通らなくなった道路や高台になっている日和(ひより)山公園から眺めていた。軍機は目標物の上を飛び、東西に、南北にと対角線を引くコースをとったことに気づいた。そしてその交差する点の真下にある目的物に爆弾が投下された。高射砲は一発も当らない。この空襲で私も機関掃射を浴びた。軍機は的確に私の真後ろからボドボドと砂煙をあげて迫ってきて、私の脳天一つ分をよけて足先へ。その先、また一直線上をボドボドと過ぎた。それは酒田市の西高等学校の校庭を横切ったときの体験と同じだった。そして再びの掃射はなかった。

   牧界を去り、酒田氏に転職した彼の家に同居していた男は「柴田」という姓であった。この日の空襲で彼の勤務先の日新電化にも爆弾が投下され、製品倉庫も被害を受け、彼の同僚の数人が即死し、何名かが手足を吹き飛ばされた。問題は柴田という同居人がその4日前に姿を消したということである。この空襲で機関掃射を浴びた第一国民学校というのがあった。そこには大部隊が駐屯していたが、それが3日前になって、道路1つ隔てた向かい側の第二国民学校の校舎へ移駐していたのである。4日前と6日前に疎開してしまっていた柴田や彼には、その移駐は諜報できなかったのだ。だから酒田空襲は、4日前以前のスパイ報告にもとづいて為されたものと見てよい。

 
   柴田は酒田在住のスパイである。
   キリスト教ルートか、ソ連系統か、それはどちらも同じことと思ってよい。そして実際に賀川豊彦たちも米国共産党のゴンパースからの諜報資金を受けていたのである。牧師を辞めて酒田市に転職したこの男も、結局はキリスト教系スパイ網を脱することができず、その任務を継続していたものと思われる。酒田港沖はかつて、コミンテルンの指令や工作費の受け渡し場所であった。そして第二次大戦勃発によるソ連大使館員の引き上げ帰国船も、この酒田港から出航したのであった。


             book 『ユダヤは日本に何をしたか』 渡部悌治著 SEIKOSHOBO

                           抜粋

湯川秀樹のノーベル賞

 理化学研究所で原爆開発をした仁科芳雄博士と青年助手の変死

   
大東亜戦争のたけなわとなった頃のことである。
   山形県新庄市近郊にある沼沢の近くで、1人の青年の死体が発見された。季節は冬の日の穏やかな午後であった。男は沼の近くで靴を脱ぎ、素足で数十歩進んだようであり、雪の上にうつ伏せになって死んでいたのだ。左手には口が開いたままのカバンを握りしめ、辺りには書類の紙片が散乱していたという。調査によるとその男は近くの茶屋に立ち寄っており、誰かを待っているようであったという。

   その頃隣県の、宮城県警の五乃井(ごのい)というまだ若い警部補が、当時、原子爆弾の研究に関係する仙台の金属研究所の青年助手の失踪を捜査していた。つまりこの「失踪者」が、金属研究所内の極秘の原子爆弾関係書類を持ち出しているとみていたからである。五乃井警部補が、失踪者・菊池清太郎を助手としていた東北大学の仁科教授(原子爆弾を開発した仁科博士の甥)に失踪直後に面会した時、仁科教授は五乃井に、「菊池君は生きていないでしょう」と語ったという。そして側近にもそう漏らしていたという。

   私もこの失踪者・菊池青年の両親を訪ねた。
   そのときの両親から受けた感触は、すでに仁科教授に「言い含められている」ように感じた。おかしいと思った。しかも息子の生存にはもはや望みを持っていないように見え、それについて深く語ることを避け、何か息子が重大な過失を犯して、あたかもそれが死に値することであるかのように思いこんでいるようだった。

   しかしこの青年は、ある良家の子女とすでに婚約をしており、しかもその失踪は挙式を目前にしてのことであった。息子の失踪を内密にし、捜査の打ち切りを願っている様子の両親の態度に、私は大きな疑念を持たざるをえなかった。この青年がすでにこの世にいないとすれば、犯人は、この青年が生きてはいないと言える者以外にはいないはずである。だとすると、仁科博士の甥の仁科教授が、(叔父の)仁科博士から託された書類をこの青年助手に持ち出させたか、あるいは米国側の工作員に渡させたかということになる。そして(甥の)仁科教授は「(叔父の)仁科博士から預かったものを紛失した」と言っていたのだ。

   (理研・理化学研究所はその頃世界的にもトップレベルの水準を誇り、原子爆弾をはじめ最新兵器の開発にも携わっていた。仁科芳雄(にしなよしお)博士(1890~1951)は物理学者で、37年国産初のサイクロトロンを完成させ、44年には世界最大級の大型サイクロトロンを完成させた。)

   そこで問題は、(甥の)仁科教授は(叔父の)仁科博士に対する米国の工作員であったのかどうかということである。その疑問を解くためにもこの青年は死なせてはならない者だった。彼が生きて発見されるか死体でみつかるかどうかでは、国の重大な機密の行方の手がかりを失うことになるのである。それほど重大な意味を持つこの失踪を、両親がまるで他人ごとのように振舞う素振りはきわめて不可解なことであった。さらに五乃井警部補の、「秘かに事件を追い詰めているかのような素振りも気にかかる行動だった。

   この凍死体を発見した新庄警察も山形県警部もともに、失踪者の背後関係について知らなかったようである。そのため単なる自殺とみて死因の解析もしなかった。警視庁がこの青年助手の死の足取りについて調査を命じたのは、さらにその後数日を経てからであった。しかし両県警察とも納得のゆく報告書を提出し得る能力はなかった。

   山形県警にしても、かつて東北大学の宇野弘蔵教授(1899~1977。経済学者。マルクスの研究者)らが、コミンテルンの指令と文書や工作費を、日本海の飛島沖で直接手渡されていた事実であるとか、左翼分子たちが、宮城県の重要河川の氾濫に乗じて鉱山の鉱毒抗を決壊させ、穀倉地帯の収穫を壊滅させた陰謀にも、何ら対処できないでいる程度であったゆえに何の期待もできなかったのである。この青年助手の死についての警視庁から県警への調査命令には、私の関与していたことにも原因があった。

   私は凍死現場のあった山形県新庄市から私の故郷の酒田市へ回った時、私は凍死事件関連の第三国工作員の動向や、その手先になって動かされているロータリー・クラブの動き、また東北大学の教授連が米国の対日工作のために、どのような役割を演じているかなどを記した資料の一部を、酒田警察署の前田警部補とその上司に一部ずつ渡してあった。そして決して他には見せないことを約束していたのだが、それは山形県警に上申され、警視庁にまで回されていたのであった。

   私が郷里から東京へ戻ると、警視庁の高橋課長らが明治神宮前の隠田(おんでん)の私の家の前に待機しており、なぜ自分たちに話してくれなかったのかと難詰されたりした。しかし私は当時はまだ、当局に話せるほど真相がつかめていなかったのである。つまり、理化学研究所の仁科芳雄博士の甥の仁科教授が、東北大学にいる間に仙台のフリーメイソンやロータリー・クラブの威力に屈して米国側の指示に従い、(叔父の仁科博士の研究資料を)助手の菊池清太郎に持ち出させ、山形県新庄市の郊外で米国の指令を受けた朝鮮人に手渡させたのではないかという疑惑が残っていた。つまり、甥の仁科教授が叔父の仁科博士を裏切っているのではないかと考えられたのである。

   当時の仙台市の上層階級には、他に見られないほどフリーメイソンやロータリー・クラブの勢力が強く、そうした組織は指示によって動かされていた。それは岩手県東磐井郡川崎村の薄衣(うすぎぬ)辺りに、米国フリーメイソンの流れを汲む帰国者がおり、戦時中に反戦運動の密命を受けた朝鮮独立運動家の金東河らがそこへ止宿していたが、その影響が大きく残っていたことによるものだ。

   それが米国の対日工作機関であるミッションスクールや各会派のキリスト教会であり、東北学院総長のシュネーダー博士などが、仙台のフリーメイソンやロータリー・クラブの采配をふるっていたのである。そして、こうした仙台上層部の圧力に抗し切れなかった甥の仁科教授が、(叔父の)仁科博士の原子爆弾関係書類の持ち出しの中心となったのではないかという疑問が残されていたのである。私はそうした疑問が明確になってから、警視庁と打ち合わせる予定であったのだ。

   ・・・。しかし警視庁や軍関係者の者たちに、事情の重要な内容をそのまま告げることは極めて危険もあった。一般に彼らは貪欲な捜査意欲だけはあったが、背後関係を広く見極める才能が薄かったからである。そうしてただ事件の関係者をむやみに検挙してみたり、下手な探りの入れ方ですぐに敵に感ずかれてしまうのだ。しかし兵務局の平原留男大尉や、憲兵隊の須藤清輝君のような若手には優秀な者も多くいた。しかも彼らが苦心して捜査したことを上司に報告しても、ことの重大性を理解して緊急に対策を講じうるような人物もめったにいなかったのだ。

   とくに警視庁では刑事気質(かたぎ)の勝った者が多く、大局を判断することができずに早周り打ち壊しになることが多かった。また正確な情報があって、爆破計画のあることを告げて緊急手配を進言しても、「そんな証拠がどこにあるのか」などと言っているうちに爆破されたことも数箇所に及んだ。それに警視庁でまとめたものが司法省に移されると、いつのまにか立ち消えになっていてどうしようもないということも多かった。つまりは、司法省の上層部には第三国の手がすでにまわっていたのである。

  原爆の機密を売り渡した湯川秀樹

   
金属研究所の一助手が失踪した当時は、大東亜戦争もたけなわであった。
   そして研究所内では不審火や盗難事件が頻発していた。しかし警察の手では原因の調査も犯人の検挙もすることができなかった。なぜなら仁科博士の研究成果は狙われており、その方法も単なるボヤ騒ぎだけに留まらず、さまざまな人間が地方名士の名を連ねてやって来ていたからである。しかも当時は極端に食糧が不足していた時でもあり、空腹では研究も十分にできないだろうという触れ込みで、東亜連盟の者たちやロータリー・クラブの会員たちが先導して、慰問団と称する大勢のスパイをもぐりこませていたのである。

   戦時中において、日本では1日も早くその完成が待たれていた。
   それはマッチ箱一つ分の大きさで戦艦の一つを沈没させるといわれていた新兵器であり、それが今日でいう原子爆弾のことであった。そして仁科博士の研究では、実験段階ではすでに完成していた。しかし基礎理論がまだ完結してはおらず、理研内では研究員たちが手分けして研究にあたっていた。

   それが一応のまとまりをみたとき、これを一つの学説として発表してはどうかという案もあったが、軍の機密に関することでもあり、早計に外部に漏らしてはならないという仁科博士の意見で、発表は厳禁されていたのであった。ところがそれを、当時理研にいた研究補助員の湯川秀樹が米国に売り渡したのである。

   そして米国は終戦後、湯川の功績を論功行賞としてノーベル賞を授与させている。
   つまり仁科博士の研究成果は日本の利益にはならず、それを使って米国のためになったということで彼は褒美をもらったのである。まさに国賊である。

       仁科博士のサイクロトロンとは、原子核の人工破壊に用いるイオン加速器であり、原子爆弾開発に必須なもので、列強が競って研究していた。

   (湯川秀樹: 1907~81。34年に核力を媒介とする中間子の存在を予言。戦後はプリンストン研究所の客員教授として渡米。49年、日本人初のノーベル賞を受賞)


            book 『ユダヤは日本に何をしたか』 渡部悌次著 SEIKOSHOBO

                           抜粋

 

   

日本が常任理事国になれないわけ

 国際法上、日本は独立国とは認められていない  

   最近はあまり聞かれませんが、憲法9条を改正するべきかどうかという議論が活発に行なわれていました。しかし実は、憲法9条を議論すること自体に意味がありません。そもそも日本には戦争を起こす権利がないからです。なぜなら日本は独立国ではないからです。その根拠は、1951年に調印された「サンフランシスコ講和条約」では、日本の独立は認められてはいないからです。日本語訳では、

   「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」となっていますが、これは誤訳です。正確に訳すと、

   「連合国は、日本の人民による日本とその領域の十分なる自
を認める」となります。

   つまりこの文では、独立国の定義である「自治権」と「外交権」のうち、「自治権」しか認められてはいないのです。これは台湾と同じで、自治は認められていますが国際法上は独立してはいない。
(「サンフランシスコ講和条約は日本の独立を認めてはいない」に掲載してある英語の原文を参照してください。)

   サンフランシスコ講和条約を結んだ当時の吉田茂首相は、帰国後日本の国会で「これで日本は連合国から独立できた」と言いました。しかし実際には、彼はサンフランシスコで、「これで日本は軍部(帝国陸軍)から独立できた
」とスピーチしていたのです。つまり吉田首相は、日本が軍部から独立したのであって、連合国から独立したのではないことをわかっていて使い分けていたのです。

   ですから国際法上では、日本はいまだに大日本帝国のままなのです。
   憲法を変えて国名も変えましたが、国際法上においては大日本帝国のままなのです。つまりサンフランシスコ講和条約を結んだのは大日本帝国であり、その講和条約は現在も有効です。通常、新しい国になれば賠償責任はなくなります。たとえば今のイラク政府には、フセイン時代の賠償責任はありません。これは会社が倒産した場合と同じで、たとえそこの従業員はそのままでも、法人が変われば借金はなくなるのと同じです。

   ですから本来は、大日本帝国から日本に代わった時点で、賠償責任はなくなるはずなのですが、しかしサンフランシスコ講和条約には、「継続して賠償責任を負う」と書かれています。国の名前は自由に変えられても、実態は変わらないと言っているのです。それは会社の名前が変わっただけであり、しかし前の社名の時の契約は有効なのです。

   ですから憲法9条論議について言えば、日本には「外交権」が認められてはいないということであり、簡単に言うと、日本の外交はアメリカを通さないといけないことになっているのです。外交権というものにおいて一番重要なのは、戦争を起こす権利です。本来主権国家はそうした外交権を持っているので、当然戦争を起こす権利があります。しかし日本は、外交権の中心的権利である戦争を起こす権利が、サンフランシスコ講和条約において認められてはいないのです。

   ですから憲法9条で「戦争を起こしません」ということに意味はなく、つまりそもそも憲法9条があってもなくても、本来日本には戦争を起こす権利がないのです。米国の作成した日本国憲法であれそれは日本の国内法ですが、サンフランシスコ講和条約は国際条約であり、当然国際条約のほうが優位にあるのです。つまり国際法上で外交権も認められていない日本は、未だ独立国ではないのです。

 日本は常任理事国にはなれない

   
国際連合とは、第二次世界大戦で勝利した連合国側がつくった組織です。
   そしてその国連憲章には、「ジャパンは敵国」という敵国条項が書かれており、国際連合にとっては日本は今も大日本帝国ですから、現在の日本も敵国なのです。だから日本は国際連合の安全保障理事会の常任理事国にはなれないのです。

   この事実を知らないのは実は日本人だけなのですが、しかし世界の外交官にとっては常識のことです。サンフランシスコ講和条約の正文は、英語、フランス語、スペイン語の3ヶ国語だけであり、日本語は参考に付けられてはいますが正しい文ではなく、しかも日本語訳では正文が誤訳されています。世界の外交官はそれを英語で読んでいるので、「日本は独立していない」というのが常識になっています。

   つまり国際連合にとって、日本はいまだにアメリカの属国なのです。

   そう考えると、日本国内から米軍基地を追い出す権利はそもそも最初からないということです。アメリカが日本を51番目の州にしなかったのは、日本の人口が多く、米国の人口約3億人に対し日本は約1億2000万人で米国の4分の1を占めることになり、そうなると日本をアメリカの州にした場合歴代大統領は日本人になってしまいます。「公用語は日本語に」「国名もジャパンに」と言い始める可能性があるので、州にしなかったのです。でも実態は、アメリカの州と同じです。

 東京地検特捜部は(連合国軍総司令部)GHQの組織

   日本がアメリカの州であることがはっきりと現れている例が、東京地検特捜部です。
   なぜなら、東京地検特捜部はGHQの下部組織として作られたものなのです。GHQ(連合国軍総司令部)の一部門として作られた東京地検特捜部は、本来の名称は「隠匿退蔵(いんとくたいぞう)物資事件捜査部」であり、旧日本軍が隠した反米活動用の大量の隠匿退蔵物資を摘発するために作られました。その活動には、反米の組織や人物を取り締まることも含まれていました。

   だからいまだに、「反米の動きをすると東京地検特捜部に摘発される」と言われるのです。佐藤栄作首相や田中角栄首相も反米だったので東京地検特捜部に潰されたし、今の例で言えば小沢一郎氏もそうなのです。米国政府が「あいつをどうにかしろ!」と言ったら、東京地検特捜部は忠実に動きます。つまりアメリカの論理では、東京地検特捜部はいまだにGHQ、現在で言えばCIAの一部なのです。

   警察用語で「A」というのがあります。
   Aというのはアメリカのことです。もし日本の警察が誰かを逮捕しようとしても、そこにアメリカ大使館から電話が1本入り、「Aがダメだと言っている」ということになると、その事件の捜査は打ち切られることになり、捜査本部は解散です。このような事実をほとんどの日本人は知りません。その理由は、戦後のGHQによる支配下において徹底的な検閲が施行されてきたからです。つまり検閲の事実そのものを報道することが許されておらず、それは国際法上でもかつてなかったほどの徹底した検閲であったのです。

   しかしその後、GHQがいなくなったあとでも、そうしたことは形を変えて存在し続けており日本人は自主的にそうしたことを続けています。それは私の親の世代も含め、朝日新聞やNHKなどすべてが検閲されていたのであり、実にみごとな洗脳というほかありません。


        book 『あなたは常識に洗脳されている』 苫米地英人著 大和書房

                            抜粋

サンフランシスコ講和条約は日本の独立を認めてはいない

   2011年5月2日に、パキスタンでウサマ・ビン・ラーディンが米軍に急襲され、殺害されました。そのとき三大ネットワークをはじめ、CNN、FOXなどアメリカのメディアはこぞって、彼の死を喜ぶアメリカ市民、特に学生の姿を放映しました。

   しかし現地の大学に多くの友人がいる私が独自に得た情報では、放送で見られたような大騒ぎが、実際に現地で行なわれていた事実はほとんどありませんでした。そもそもいくらテロの首謀者とはいえ、人が殺されたというニュースを聞いて大喜びで祝杯を上げるような連中が、そうそうたくさんいるはずがありません。それは少し冷静になって考えればわかることです。

   つまり、放映されたあの盛り上がりは、ほとんど演出だったのです。
   おそらくごく一部での騒ぎを、さも全米で起きたことのように報道したのでしょう。これがメディアをフル活用したアメリカの愛国洗脳の実例です。そうやってほぼ全ての主要メディアで、「ビン・ラーディンの死を喜ぶべきだ」というメッセージを流して、徹底的に洗脳を行なっていたのです。さかのぼって考えれば、イラク戦争の時もそうで、戦闘に参加している兵士たちを英雄視するメッセージを、アメリカのネットワークは流し続けました。これも愛国洗脳と考えるべきものです。

   しかしある程度の教育を受けた人なら、そこまでみえみえの洗脳工作には違和感を覚えるはずで、かえって反発を強めるかもしれません。しかしアメリカの怖いところは、まともな教育を受けていない人が多いということです。そうした層には信じがたいほどストレートに洗脳が通じてしまいます。つまり、アメリカの放送ネットワークや映画産業は、愛国洗脳のために存在すると言っても過言ではありません。それだけ洗脳が効果的で有効な国であり、そこに絡む利権も日本とは比べものにならないのです。

   日本人の愛国心が、実はアメリカの支配者のさじ加減でコントロールされている、他律的なものである歴史を明らかにしましたが、ここではさらに一歩進んで、私は次のような疑問を提示します。それは、そもそも日本という国は、さらに日本国民は、本当に存在するのだろうか、ということです。これはすでに私の著書の中で何度か指摘したことですが、戦後の日本国の出発点となったサンフランシスコ講和条約(1951年)の原文を検討する限り、日本国の独立は認められてはいません。したがって、日本国民の存在も認められてはいない、と結論づけるしかないのです。

 サンフランシスコ講和条約は日本の独立を認めてはいなかった

   いきなり何を言い出すのかと思われるでしょうが、簡単に説明します。
   連合国が日本の独立を認めたとされる講和条約の第1条(b)を見てみると、その原文はこうなっています。

   The Allied Powers recognize  the full sovereignty of the Japanese people over
  Japan and its territorial waters.

   日本語訳では、「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」となっているので、当然ながら「日本国」や「日本国民」の存在を前提にして書かれていると思うはずです。しかし原文を注意深く読んでください。

   「Japanese people 」のところで、「people」を小文字で表記してあるのがわかりますか。
   英語では、国民を表す場合には「People」と大文字で記して始まるはずですが、そうはなっていません。この箇所の本来の意味は単なる「日本の人々」であり、「日本国」や「日本国民」の意味ではないのです。ですから日本語訳もそのように訳されるべきだったのです。

   また「完全な主権」という翻訳も曲者(くせもの)です。
   なぜなら条約の第2条以降に、日本の対外主権、つまり国としての独立性を制限する規定が幾つもあるからです。たとえば国際紛争解決の手段として、武力を用いることを禁じた第5条(a)がそれです。ふつうならば独立国であれば当然、認められるべき権利のはずが、実際には制約されていることを考え合わせると、「full sovereignty」の「sovereignty」(主権)とは、対外主権のことではないと解釈しなければ矛盾が生じます。

   つまりここでは、「日本の統治権は軍部でもなければ天皇でもなく、日本の人々、人民が100%持っているのだ」という意味で、「full sovereignty 」と言っているわけです。この
「sovereignty」という言葉は、アメリカでは、国ではなく各州の自治権を表す言葉としても使われているので、それに近い意味に捉えるのが妥当でしょう。したがって、先ほどの第1条(b)を正確に和訳すると、こうなります。

   「連合国は、日本の人民による日本と、その領海の十分なる自治を認める」

   いかがでしょうか。
   日本国の独立も、日本国民の主権もどこかに行ってしまいました。これは現在も有効な国際条約ですから、私たちは日本国民ではありません。私たちは「日本自治区」で生活する日本人なのです。

   サンフランシスコ講和条約に署名した吉田茂主席全権大使をはじめとする、日本の代表たちが、条約の本来の意味に気づいていなかったはずがありません。会議には宮澤喜一氏など、英語の達人も随行していたのですから。そして実際に、吉田茂首相は条約署名後のスピーチでこう語っています。

   It will restore the Japanese people to full sovereignty, equality, and freedom, and
reinstate us as a free and equal member in the community of nations.

   「これにより日本の人々が主権を十分に取り戻し、平等と平和を回復するものであり、私たちを世界の民族のコミュニティに自由で平等な一員としてふたたび参加させるものである」 

   これは明らかに、日本の人民が軍部から主権を取り戻したという趣旨です。
   条約の本来の意味をよく理解したうえでのスピーチであることは明白です。にもかかわらず、日本国民に伝えられたのは、先ほどの「誤訳」でした。

   このようにして、連合国の占領から日本国が独立を取り戻したのだ、という「優しいウソ」を、日本人は吹き込まれたのです。


             book 「日本」を捨てよ 苫米地英人著 PHP新書

                        抜粋したもの

米国が吉田茂を通して行なってきたこと

   当時の新聞を見てみると、1945年10月7日の読売新聞では、「後継内閣の首相は”アメリカをよく理解し、進んでアメリカの対日政策に従っていこうとする熱意ある人”」が求められていました。当時外務大臣をしていたのは吉田茂で、彼がマッカーサー司令部にサザーランド参謀長を訪ねるなどして、米軍司令部の意向が確かめられていました。吉田茂のこうした態度は占領初期だけではなく、その後の首相としての在任期間を通じて一環した行動であることがわかります。

   その吉田がとくに頼りにしていた人物に、マッカーサーの情報参謀のウィロビーがいました。ウィロビーは著書『知られざる日本占領 ウィロビー回顧録』(番町書房)のなかで、吉田とどのような形で接触していたかについて、帝国ホテル社長・犬丸徹三との談話形式を引用する形で書いています。つまり自分の本の中で、自分の行動を第三者の引用で書いているのです。おそらく機密漏洩になるのを避けるためでしょう。

   「ウィロビーはたいへんな吉田びいきだったねぇ。
   帝国ホテルのウィロビーの部屋へ、吉田さんは裏庭からこっそり忍ぶようにしてやって来ていたよ。裏階段を登ってくる吉田さんとバッタリということが何度もあったな。(略) あの頃はみんな、政治家は米大使館のマッカーサーの宿舎には行かず、ウィロビーのところで総理大臣になったり、あそこで組閣したりしたんだ」

   では吉田首相が人目をはばかって会いに行っていた、ウィロビーとはどんな人物だったのでしょうか。彼はGHQ(連合国総司令部)では参謀の部長として、諜報・検閲を担当し、日本の政治改革を担当したホイットニーやケーディスとともに、占領政策を牛耳った人物です。諜報担当というのは、つまり非合法手段の担当ということです。終戦時の参謀次長であった河辺虎四郎は、戦後このウィロビーのもとで働きました。また生物化学兵器の研究を行なっていた731部隊は、戦争犯罪に問われないことを条件に米国側へ情報提供を行いましたが、そこにウィロビーの関与があったとされています。彼は引退後スペインに渡り、独裁者フランコの顧問になっています。

   つまり、彼は徹底した裏工作のエキスパートなわけです。
   そのウィロビーのもとへ首相が裏庭からこっそり通ってきて、組閣し、時に時期首相の人選までしていた。それが占領期の本当の姿なのです。一般にイメージされているような、吉田首相の傲慢で人をくったような、占領軍とも対等にわたりあったという姿は作られた神話に過ぎません。あれからもう戦後70年近く経つわけで、そろそろ私たちはこうした真実にきちんと向き合う必要があります。そして当時の占領期だけではなく、その後もそうした構造が温存されてきたのではないかという、当然の疑惑にも向き合う必要があるのです。

   重光葵はこうした「占領軍に対するこびへつらい」を激しく批判しました。
   また、半藤一利著「昭和史」(平凡社)の記述には、「進駐軍にサービスするために”特殊慰安施設”が作られ、すぐに”慰安婦募集”が出されました。それが終戦の3日目だった。」「内務省の橋本警備局長が18日、各府県の長官(県知事)に、占領軍のためのサービスガールを集めたいと指令をあたえました。」「池田さん(のちの首相・池田勇人)の”いくら必要か”という質問に、野本さん(特殊慰安施設協会副理事長)が”1億円くらい”と答えると、池田さんは”1億円で純潔が守られるのなら安い”といわれた。」「慰安施設は27日に大森で開業し、1360名の慰安婦がそろっていたと記録に残っています。」

   歴史上、戦争において敗戦国は多々あります。
   その結果、占領軍のために慰安婦が町に出没することはあるでしょうし、慰安施設が作られることもあります。しかし内務省の警備局長といえば治安分野の最高責任者で、その人が売春の先頭に立っている。しかも占領軍兵士のために。こうした警備局長や後の首相という国家の中核をなす人間が、率先して占領軍のために慰安施設を作る国という国があったでしょうか。

   こうした状況について、重光は次のように書いています。(『続 重光葵日記』)
   「結局、日本民族とは自分の信念を持たず、強者に追随して自己保身をはかろうとする三等、四等民族に堕落してしまったのではないか」「節操も自主性もない日本民族は、過去においても中国文明や欧米文化の洗礼を受けて漂流していた。そして今日においては敵国からの指導に甘んじるだけでなく、これに追随して歓迎し、マッカーサーをまるで神様のように扱っている。その態度は皇室から庶民にいたるまで同じだ」

   「はたして日本民族は自分の信念を持たず、支配的な勢力や風潮に迎合することで自己保身をはかろうとする性質をもち、自主独立の気概を持たず、強いものにただ追随していくだけの浮き草のような民族なのだろうか。いや、そんなことは信じられない。・・・。必ず日本人本来の自尊心が出てくると思う」

   重光はここで、いつか必ず日本人本来の「自尊心」が出てくると思うと期待しています。では今の日本はどうでしょうか。日本はそうした本来の自尊心を取り戻した時代に入っているでしょうか。残念ながら、未だに入ってはいません。むしろ逆に終戦直後には、まだ重光のような人物がわずかではあるが日本の社会には存在していました。おそらく現在の事態は、終戦直後よりもはるかに悪くなっているのです。

 戦後の日本外交の「自主路線」のシンボルは重光葵であり、
 「対米追随路線」のシンボルが吉田茂


   では敗戦直後、日本が軍事支配されるのを防いだ重光葵のような人物はその後どうなったでしょうか。「日本の国益を堂々と主張する」重光外相は、降伏文書署名の9月2日のわずか2週間後に、外務大臣を辞任させられています。米国にとってそういう外務大臣は不要であり、必要なのは「要求にすべて従う」外務大臣であり、それが吉田茂でした。戦後の日本外交の歴史において、日本を「自主路線」から「対米追随路線」に切り替えたのは吉田茂でした。

   吉田茂は占領期、占領後を通じて、外相、首相といった重要な役職を歴任し、戦後日本の方向を決めた人物です。さらに吉田の政策はその後の自民党の政策となり、それが50年以上継続することになります。ですから私たちはいま、彼の歴史的評価を吟味し、検討する必要があるのです。吉田首相については、彼を高く評価した学者たちの本が数多くあります。なかでも高坂正堯(こうさかまさたか)の、『宰相吉田茂』(中央公論社)がその代表的なものでしょう。この本は出版社の紹介文で、「日本の新たなる進路と国家像を打ち立てた政党政治史上最大の政治家を再評価した画期的論考」と書かれています。

   高坂は次のように書いています。
   「吉田は、マッカーサーと対等の立場を自然にとることのできる人物だった」「吉田は何よりも日本の復興のことを考えており、改革がこの目的に反する場合、徹底的に反抗した」。本当にこうした評価は真実なのでしょうか。まず吉田茂自らが書いていることを見てみましょう。

   「私は戦争が終わって外務大臣に任命されたとき、総理大臣の鈴木貫太郎氏に会った。そのとき鈴木氏は”負けっぷりもよくないといけない。鯉はまな板の上に乗せられてからは、包丁を当てられてもびくともしない。あの調子で負けっぷりをよくやってもらいたい”、と言われた。この言葉はその後、私が占領軍と交渉をするにあたっての、私を導く考え方であったかもしれない」(『激動の百年史』白河書院)

   これによると吉田茂本人が「鯉はまな板の上に乗せられてからは包丁を当てられてもびくともしない」、と全面的に降参の姿勢でのぞんだと言っているのです。その人がどうして「マッカーサーと対等の立場を自然にとることのできる人物」であり得るのでしょうか? もうひとつの、「吉田は何よりも日本の復興のことを考えていたし、改革がこの目的に反する場合、徹底的に反抗した」という評価はどうでしょうか? 

   占領初期、米国は日本経済を徹底的に破壊していきました。
   それは現在の私たちが常識と考える、「寛大な占領」であったわけではまったくありません。その方針が変わるのは冷戦が始まり、日本をソ連との戦争に利用しようと考えるようになってからのことです。ですから吉田首相が占領軍とやりあったから、戦後の経済復興があったわけではありません。こうした高坂正堯・京都大学教授などの吉田茂肯定論者は、当然、吉田が構築した従属的日米関係の強力な擁護者になりました。そして自民党はその高坂を非常に重用していきました。

   では外務省では吉田茂評価はどうなっているでしょうか。
   一つは絶賛があります。たとえば元スウェーデン大使の三宅喜二郎は、「あの手強いGHQを相手にして毅然たる態度で折衝され・・・」(『劇的外交』)、と書いています。一方正反対の評価もあります。代表的なのは元外務次官の大野勝巳で、「吉田外相は就任後まもなく、大部屋に外務省員を集めて初訓辞を行なった。『戦争に負けたのだから潔く対処するべき。占領政策には誠意をもって協力することが肝要』という趣旨であった。吉田語録の『寄らば大樹の』の大樹とはアメリカのことである。吉田さんは占領軍当局から決して悪く思われないようにするために、極度の注意をはらったようである」(『霞ヶ関外交』日本経済新聞社)

   その後外務大臣であった吉田茂は、占領軍の無理難題に抵抗するような気骨のある人間を、意向に沿わないとして徹底的に追放していきました。現在の外務省にもまた、事大主義という「自分の信念を持たず、支配的な勢力や風潮に迎合して自己保身を図ろうとする態度や考え方」があり、それは主流に迎合しない人への異常な冷淡さとなって強く存在しています。占領時代、外務省はどの官庁よりも米国の影響を受けました。ですから外務省に、「機を見るに敏とした事大主義」の気質が、どの官庁よりも強く存在していても不思議ではないのです。

 日本は米国の保護国

   日本には天皇もいれば、首相もいるし、国会議員もいる。
   その日本がなぜ「米国の保護国」なのかということですが、しかし米国人の発言の中にはたしかに保護国という言葉が出てくるのです。そう言っているのはブレジンスキーで、彼は『グランド・チェスボード』(日本語訳は『ブレジンスキーの世界はこう動く』日本経済新聞社)のなかで、日本をアメリカの「セキュリティ・プロテクトレイト、つまり米国の「安全保障上の保護国」と書いています。

   この「日本が米国の保護国である」という状況は、占領時代に作られ、現在まで続いているものです。ではなぜ、「日本が保護国である」という状況が一般国民の目には見えないのかということですが、それは実に見事な間接統治が行なわれているからなのです。つまり間接統治ですから、政策の決定権は米国がもっています。しかしその米国の指示を執行するのは日本政府です。しかも米国が日本政府に命令している場面は国民からは見えないし、見えるのは日本政府が政策を実行しているところだけなのです。その部分だけ見ると、日本は完全に独立しているように見えます。しかし安全保障政策を決定し、命令しているのは誰かというと米国であり、日本はただ従属しているだけという場合が多いのです。

   吉田首相は、上級奴隷が下級奴隷に対して尊大に接する様子を、一般の人々を相手によく演じていました。しかし彼が夜陰に紛れて帝国ホテルにこっそり忍び込んで、主人であるウィロビーと会っていた姿は国民には見せてはおらず、かろうじて犬丸徹三(帝国ホテル社長)のような人が見ているだけなのです。トルーマン大統領は次のように書いています。

   「・・・日本は事実上、これまでは軍人をボスとする封建組織のなかの奴隷であった。つまり一般の人々はあるボスから別のボス、つまりわが占領軍のもとに切り替えられたわけである。だから国民にとっては新しい政権のもとに生計が保たれていればそれでいいのであり、別に大したことではないのである。」(『トルーマン回顧録』)

   日本人指導者が米国人に従属する構図は、米国人からはよく見えるものです。
   ですから米国人は日本人に対して奴隷という言葉を使います。しかし日本人からはそうした自らの姿が見えないだけに、日本人のなかに錯覚が生まれてしまうのです。米国は日本が「自主的にふるまうこと」は容認していました。吉田茂はこの点、大変な役者でした。彼は日本国民に対しては非常に偉そうな態度をとり、米国に対しても互角にやり合っているようなポーズをとることが多かった。思えば吉田首相は、占領下の首相に実に相応しい人物でした。ある意味彼の「対米追随路線」はしかたなかった面もあるでしょう。

   しかし問題は、彼が1951年の講和条約以降も首相の座に居座り続けたことです。
   その結果、そうした路線がまったく変わらず継続されることになり、むしろ美化されて、ついには戦後60年以上も続くことになってしまった。これが日本最大の悲劇なのです。

   日本には保守本流という言葉があります。
   その意味は一般的に、「吉田が率いた旧自由党系の流れを汲んだ池田勇人や佐藤栄作など、官僚出身の政治家いわゆる吉田学校を中心とした勢力」とされています。そしてこの保守本流こそが戦後の日本政治そのものであり、その精神は今日まで続いています。そして、その根本は「従米」なのです。

   米国の一般大衆は、昭和天皇に対してきわめて厳しい見方をしていました。
   しかし米国は戦争終結以前から、占領をスムーズに進めるために、昭和天皇の罪は問わないという方針をたてていました。事実、GHQの政治顧問だったシーボルトは、東京裁判のウェッブ裁判長自身が、本当は昭和天皇の罪を問うべきだと主張していたことを記録しています。「・・・。しかし天皇は連合国の利益のために、この裁判では初めから免責の扱いを受けている。」(『日本占領外交の回想』朝日新聞社)

   天皇には明白な戦争責任がある。
   それなのになぜ連合軍が最初から天皇を裁かないことに決めているかといえば、それは「連合国の利益」のためであったからです。こうした状況はその後の天皇制に大きな歪みをもたらしました。なぜなら米国から見て「天皇が米国にとって他の誰よりも利用価値がある」ということでなければ、天皇制は廃止になってしまうからです。したがって昭和天皇は、その後もっとも強固な日米同盟推進者になっていくのです。

   1951年9月8日、日本は最大のチャンスを迎えます。
   サンフランシスコ講和条約によって独立し、「完全な主権」を得ることになったのです。では日本はこのとき、完全な主権国として独立したのでしょうか。これに対しては次の質問で答えるのが妥当でしょう。つまり、
   「日本の指導者は、主権獲得前と獲得後で交代したか」
   「日本の指導者は、主権獲得前と獲得後で政策を変えたか」

   何も変わってはいません。
   引き続き吉田茂が首相であり、彼は政策も変えてはいません。米国へのひたすら従属する体制は、「主権の回復」とされる後も変わらず続きました。それだけでなく、日本はこの体制を今日に至るまで継続しているのです。

       book 『戦後史の正体 1945~2012』 孫崎 享(うける)著 創元社 抜粋

                           sun

      
   
植草   岸信介の後、米国は再び吉田茂を首相にしようとしたのですが、吉田は池田勇人(はやと)を首相に立てましたね。そういう意味で吉田茂はずっと米国とつながっていたと言えます。話は少し横道にそれますが、吉田茂は2歳の時に吉田健三の養子になり、横浜で育つのですが、その養父の吉田健三はジャーディン・マセソン商会の横浜支店長をしていた人なんです。

   歴史をさかのぼってみますと、明治維新の成立に裏からさまざまな影響を与えたグラバー商会は、ジャーディン・マセソン商会の長崎代理店でした。そのジャーディン・マセソン商会とは何かといえばイギリスの武器商人であり、アヘン戦争を仕組んだことで有名な死の商人なわけです。イギリスがアジアを植民地支配するための実働部隊として送り込んでいたのが、ジャーディン・マセソン商会であったと見られています。・・・。

   明治維新というのは我々日本人の手によって成し遂げられたように語られていますが、実は金融資本を中心にした欧米の支配勢力により、裏からさまざまな支援が行なわれた結果生まれたものなのです。生麦事件を背景にした薩英戦争があり、その後イギリスが維新政府の裏から手を回してゆく時、そうした動きの中心にいたのがジャーディン・マセソン商会であり、後の時代にそのジャーディン・マセソン商会の横浜支店長になったのが吉田茂の養父・吉田健三です。吉田茂のバックにはこうした流れがあったことは、押えておくべきことだと思います。

孫崎   私は非常に面白いと思うのは、吉田茂という人は登場した時から、いまのように崇められていたわけではないということです。同時代の人々は吉田茂に対して、非常に厳しい見方をしています。ですからそういう意味でいま我々が持っている吉田茂像は、多分に作られた吉田茂像なわけです。その吉田茂像を作るために中心になったのが、高坂正尭(こうさかまさたか・元京都大学教授 1996年没)さんです。彼は吉田茂を宰相として崇め、「米国にもの申せる人」「日本を戦後復興に導いた人」という形で積極的に評価した。これは吉田茂個人の積極評価に留まらず、吉田に続く池田勇人など、安全保障における対米従属路線を引き継ぐ人たちを積極評価するためであったのです。

   NHKで、吉田茂再評価のドラマ『負けて勝つ』を放映しましたが、これも高坂正尭がしたのと同じテーマを繰り返しているわけです。そしてドラマの構成としての最終的な結論は、本当の日本にとって正しいことを知っているのは、首相である吉田茂であるとし、つまりは現実主義という形で対米従属を正当化するわけですね。

   現在の視点から吉田茂を評価するとしたら、その最大のポイントは安保条約、日米行政協定(のちの日米地位協定)という、極めて屈辱的な条約を結び、植民地的な在日米軍のあり方を許した点にあるのではないでしょうか。あの時点において、あのような協定をのむ以外なかったのかといえば、そうではなく他の選択肢はあったと私は思っています。

植草   昭和天皇と吉田茂が会って、直接話しをしていると考えていいのですか?

孫崎   いいと思います。
     表面的には、吉田茂は日米安保、、米軍駐留の一番の推進者であったと思われていますが、それ以上に米軍駐留推進者であったのが、昭和天皇だと思われるからです。1955年8月、外相の重光葵はダレス米国務長官との会見のため米国に行くにあたり、昭和天皇に内奏(報告)しにゆくのですが、その時天皇は、「米軍撤退はダメだぞ」と念を押しておられますから。

鳩山   内奏の内容というのは本来、表にはでないものだと思うのですが、どこから出てきたのでしょうか?

孫崎   これは『戦後史の正体』にも書きましたが、重光葵の日記(『続・重光葵日記』中央公論社刊)に書かれていることなんです。

植草   そういった日記は、本人は公開しないつもりで書いているものなんですか? それともある程度、後世に残そうと思って書いているものなんですか?

孫崎   残そうと思って書いていると思いますね。
     ここには、「8月20日、渡米の使命について細かく内奏し、陛下より駐留軍の撤退は不可であること、また知人への心のこもった伝言を命ぜられた」と書いてあります。

植草   昭和天皇が米軍の駐留にこだわられたのは、それがなければソ連からの侵攻を受けやすくなるといったことを考えられたのでしょうか?

孫崎   そこまでではなく、単純化して申し上げれば、やはり米軍によって自分の身分や命が守られたことが大きかったのだと思います。


          book 『『対米従属」という宿痾(しゅくあ)』
                   鳩山由紀夫・孫崎 亮・植草一秀著 飛鳥新社

                            抜粋

 

真珠湾攻撃の真相

   日本はいつ、第二次大戦を終えたのでしょうか。
   こう聞くとほとんどの人が、「1945年8月15日に決まっている」と言いますが、たしかに8月15日は終戦記念日とされています。1945年8月15日正午、昭和天皇の肉声(玉音放送)がはじめてNHKのラジオで流れました。その内容は、 

   「私は世界の大勢と大日本帝国の現状にてらして、非常の措置をもって時局を収拾したいと思う。忠実で善良な国民に告ぐ。私は帝国政府に対し、米国、英国、中華民国、ソ連の4ヵ国が提示した共同声明を受け入れることを通告させた」(口語訳)というものでした。私たち日本人の多くは、「8月15日にポツダム宣言を受け入れることにした。だから戦争は終わったのだ」と思っています。

   では日本と戦った米国や英国、中国、ソ連はどの時点を日本との戦争の終わりと見ているのでしょうか。私は米国や英国の外交官に友人がたくさんいますが、彼らに「日本と連合国の戦争がいつ終わったか」と聞くと、誰もが8月15日ではなく、必ず9月2日という答えが返ってきます。米国のトルーマン大統領は、9月2日の降伏調印式の直後ラジオ放送を行ない、その日を「対日戦争勝利の日」と宣言しました。・・・。


 開戦時と終戦時に共通した、日本の軍部の勝手で都合のいい態度

   
しかし「終戦」までの道のりは、かなり困難なものでした。
   すでに1945年4月、終戦工作を役目とする「鈴木貫太郎内閣」が誕生していたのですが、軍部を中心とした強硬派とのあいだに意見の対立があったのです。当時、外務省条約局の課長だった下田武三氏(ポツダム宣言の翻訳も担当)は、第二次大戦の最終局面について次のように述べています。

   「8月6日にヒロシマに原爆が投下された。
   8月8日にソ連が中立条約を破って対日参戦をしたために、8月9日に最高戦争指導会議が開かれた。会議では即時和平か、徹底抗戦かをめぐって意見が対立し、そのなかで長崎に2回目の原爆が落とされた。・・・。午後の2回にわたる閣議でも阿南(あなみ)陸相は、死中に活を求める戦法に出れば、完敗を喫することなく、むしろ難局を好転させる公算もありうる」、と主張してゆずらなかった。結局天皇陛下のご聖断をあおぎ、ポツダム宣言を受諾することが決まった」(『下田武三戦後日本外交の証言』行政問題研究所)

   いまから思えば、「死中に活を求める戦法」などあり得ないことであり、日本には戦う武器もなく、もし戦争を続けていたならば、第3、第4の原爆投下が起こっていたでしょう。さらに軍部は、
      ① 天皇の地位を変更しない。
      ② 本土占領は小規模、短期間とする。
      ③ 武装解除は自発的に行なう。
      ④ 戦犯の処分は日本側が自発的に行なう。

   とした4つの可能性が認められない限り、戦争を継続すると主張したのです。
   
   しかし米国のトルーマン大統領は、日本側と停戦条件を協議するつもりなどまったくなく、日本側に無条件降伏しか求めてはいなかったのです。どう考えても明確に負けることがわかっている戦争で、日本の軍部はどこまで犠牲を出せば降伏するつもりだったのでしょうか。こうした情勢判断の甘さは、日本が第二次大戦に突入する時点でも変わりなく、やはり米国の意図を客観的に把握できていなかったのです。その結果苦しむことになるのは国民のほうですから、たまったものではありません。

   そしていよいよ戦況がどうしようもなくなると、最後は「玉砕する」「自害する」というのが責任のとり方でした。そして阿南陸相は8月15日に、陸相官邸で自刃しました。「一死をもって大罪を謝し奉る」が遺書の文句です。しかし申し訳ないが、「一死」では「大罪」は償えないのです。


 9月2日 日本は降伏文書に署名した

   
さて、日本が終戦記念日を8月15日とし、9月2日としていないことに何か意味があるのでしょうか。あります。それは9月2日とした場合、決して「終戦」記念日とはならないからです。つまり日本はその日が「降伏」した日であるにもかかわらず、8月15日を戦争の終わりと位置づけることで、「降伏」という厳しい現実から目を逸らし続けているのです。

   「日本は負けた。無条件降伏した」
   本当はここから新しい日本を始めるべきだったのです。しかし「降伏」ではなく「終戦」という言葉を使うことで、戦争に負けた日本の厳しい状況について目をつぶってきた。それが日本の戦後であったといえるでしょう。

   降伏文書には、「日本政府は、連合国最高司令官からの要求にすべてしたがう」と書かれており、そのように行動することを約束したのです。しかしその後の約6年半のGHQの占領期にも、日本には天皇や政府が存続しており、首相もいました。しかし国の方針を考えたり政策を出していたのは、もちろん日本の政府や天皇ではありません。つまり天皇と日本政府の上に占領軍であるGHQがおり、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーがいました。

   そうした占領期に、日本の首相として活躍したのが吉田茂です。
   彼の業績についたさまざな評価がありますが、しかし吉田首相の役割は「米国からの要求にすべてしたがう」ことにありました。ですから占領期における吉田茂の政策が、「素晴らしかった」とか「問題があった」とした議論は意味がありません。なぜなら吉田首相は政策を決める立場にはなく、決めるのは連合国最高司令官マッカーサーだったからです。

   日本の第二次大戦への突入は、真珠湾への奇襲攻撃から始まりました。
   では日本のこの攻撃に対し、連合国側は驚いたでしょうか。まったく驚いてはいません。なぜなら英国のチャーチルや米国のルーズベルトは、日本が真珠湾攻撃を仕掛けるように誘導していったからです。関心がある方は、私の『日本外交―現場からの証言』(中央公論社)を読んでください。(ただしこの本は第二回山本七平賞を受賞しましたが、現在は絶版になっています)

       book 『戦後史の正体 1945~2012』 孫崎 亨(うける)著 創元社 抜粋
                           

                            sun
 

 ――聖書の暗合 解析結果51 世界の真の支配者――

   『世界の真の支配者は、隠れた所にいて資本と財政を通じて世界を支配している。 国際連盟、国際連合、政府、人民、宗教、貿易に対して脅しや騙しを通じた支配をしている。彼らは闇の勢力、不純な実態である。彼らは第一、第二次世界大戦を起こし、第三次世界大戦を起こして利益を得ようとしている。それは2014、16、17、21年にかけて失敗していき、消えて行くかもしれない。』

   次は第三次世界大戦であり、彼ら大資本家によって計画され、実行されようとしています。彼らは戦争の指揮者としてコード化されています。国々、人々、そして宗教まで使って国と人々を脅し、敵と味方を作って戦争を起こし、資本を膨らませてきています。しかし、彼らが消えていくことがここには示されています。この支配者に関する部分には、次の第三次世界大戦が実際に起きるのかどうか、書かれていないようです。他の部分と同じようにその可能性が示されているだけのようです。この支配者という言葉には「絶滅」が重ねられていますので、彼らが、示された時期にその力を失っていく可能性は非常に高いのではないかと思います。

 

 ――聖書の暗合 解析結果52 真珠湾攻撃――

   『1941年の真珠湾攻撃は、帝国海軍の密告者、外務省の協力者たちによって、アメリカ大統領に事前に知らされていた。知らされていた内容は、真珠湾を攻撃することと、宣戦布告の攻撃前の事前通告が遅らされることだった。アメリカ側も日本側も罪を犯した。そして戦争となった。』

   日本側の関係者で名前が確認できるスパイと呼べる者は
       
     ・ 米内光政(よない みつまさ)
     ・ 山本五十六(やまもと いそろく)
     ・ 南雲忠一(なぐも ちゅういち)
     ・ 野村吉三郎(のむら きちさぶろう)


   海軍のトップから外務省のアメリカ大使まで、残念なことに重要な人物が「売国奴」であったのでした。帝国海軍は戦争を始める前からアメリカ側と内通しており、アメリカの望むようにうまく日本を戦争に導いています。日本の攻撃を事前に知らされていたアメリカ大統領は、状況をうまく利用して、日本を卑怯者にして彼らの望む戦争状態を作り上げることに成功しています。

   これに日本側から協力したのが海軍のトップの山本提督、南雲中将であり、ワシントンで外交交渉をしていた大使館員(5文字以下ですが名前が確認できます)を含め、彼らの大半がアメリカに魂を売っていたというこのコードの示す可能性は、認めたくないほどに悲しい現実です。

   このスパイたちですが、中でも米内光政はロシアに通じたスパイで、他のアメリカに通じたスパイたちとは行動が異なるようです。彼は日本を疲弊させて戦争に負けるように仕向けた張本人であり、日中戦争の深みにはまっていった最大の理由は彼の存在にあります。日中戦争は日本の関東軍が暴走したと私たちは教えられていますが、現実は異なるようです。


 book 『聖書の暗号は読まれるのを待っている』 
                     イオン・アルゲイン著 徳間書店


                           抜粋

戦後史について何も知らない日本人

   孫崎 享(まござき うける)です。
   今あなたが手にとっている本はかなり変わった本かもしれません。というのも本書は、これまで語られることのなかった「米国からの圧力」を軸に、日本の戦後史を読み解いたものだからです。こういう視点から書かれた本はいままでなかったし、おそらくこれからもないでしょう。なぜなら「米国の意向」について論じることは、日本の言論界においてはタブーだからです。

   私は1966年に外務省に入りました。
   最初に英国陸軍学校に派遣され、ロシア語を学んだことがきっかけとなり、その後西側陣営から「悪の帝国」と呼ばれたソ連に5年と、「悪の枢軸国」と呼ばれたイランとイラクにそれぞれ3年ずつ勤務しました。そこで私は他国の外交官に比べると、ほとんど例のない貴重な体験をしたことになります。その間、東京では主として情報分野を歩き、情報部門のトップである国際情報局長も務めました。「悪の帝国」であるソ連や、「悪の枢軸国」であるイラクやイランがどのように動こうとしているのか、なぜいま敵対行動をとろうとしているのかなど、各国の情報機関と連携して情報を集め、分析し、対策を考えるのが私の仕事だったのです。

   私が日米関係を真剣に学ぶきっかけとなったのは、イラク戦争です。
   2003年に米軍はイラク攻撃を開始し、まもなくサダム・フセイン政権を崩壊させました。しかしその後イラク側の抵抗は続き、米軍は結局9年近く駐留を続けることになりました。いまでこそイラク戦争は米国内できびしい評価を受けており、2011年にCNNが行なった世論調査では7割が反対しています。しかし戦争開始当時では、米国民のほとんど全員が圧倒的な政府支持をしていたのです。

   そして2003年12月には、日本の自衛隊がイラクに派遣されることになりました。
   このとき私が非常に問題だと思ったのは、この戦争が起こされた理由でした。米国によるイラク攻撃の理由として挙げられたものは、
  ① イラクが大量破壊兵器を持っている。
  ② イラクは9・11米国同時多発テロ事件を起こしたアルカイダと協力関係にある。
  ③ いま攻撃しないとサダム・フセインはいつ世界を攻撃してくるかわからない。
というものでした。

   私はその15年前の1986年から89年ににかけて、イラン・イラク戦争の最中にイラクに勤務していたのです。ですからサダム・フセインについてはかなりの情報を持っていました。2003年の段階で、イラクが大量の破壊兵器を持っていることなどない。アルカイダとの協力関係もない。そういったことはイラクについて研究していた人間であれば、誰にもすぐにわかることです。しかし日本政府は、「イラクは大量破壊兵器を大量に持っている」「アルカイダと協力関係にある」として、イラク戦争に自衛隊を派遣しようとしていました。

   私は外務省時代には国際情報局長だったし、駐イラン大使も経験しています。
   それで官僚や経済界にも多くの知り合いがいるので、そうした人々に対して何度も、「米国のイラク攻撃の根拠は薄弱なので、自衛隊のイラク派遣は絶対やめたほうがいい」と進言しました。しかしその後言われたことは、「少々無理な話でも、軍事面で協力するのが日本のためだ」ということでした。これは本当にそうなのだろうか。そうした疑問から、日米関係をしっかり勉強し直そうと決めたのです。それから6年後、私が学んだことの成果は、講談社現代新書『日米同盟の正体』として形になりました。

 戦後の日本外交は、米国に対する「追従」路線と「自主」路線の戦い

   
日本の外交におけるもっとも重要な課題は、つねに存在する米国からの圧力で、これは想像以上に強力なものであり、それに対して「自主」路線と「対米追従」路線のあいだで、どのような選択をするかということです。そしてそれが終戦以来、ずっと続いてきているテーマなのです。

   私が外務省にいた時にも、そうした問題にしばしば直面しました。
   その最大のものがイランの油田開発に関するものでした。私は1999年から2002年まで、駐イラン大使を務めました。その時もっとも頭を使ったのが、米国との関係のなかで日本が自らの国益のために選択した政策を、米国の対イラン政策とどう調和させていくかということでした。国内に資源のない日本はエネルギーを海外に依存しています。ですから産油国のイランと緊密な関係を確立したいというのは当然の願いです。

   そうしたなかでイランのハタミ大統領を日本に招待するという計画がもち上がりました。招待を決めたのは当時の高村外務大臣でした。私は駐イラン大使として、その実現に向けてイラン側と折衝することでした。しかしその後、高村大臣が内閣改造で外務省を去ることになり、これによって外務省内の風向きが変わることになりました。つまり米国からの圧力によって、日本はハタミ大統領を招待するような親イラン政策をとるべきではない、という空気がしだいに強くなったのです。

   しかし私も官僚として長年仕事をしてきたので、物事を動かすためのそれなりのノウハウを持っています。それでそれらを総動員してなんとかハタミ大統領の訪日にこぎつけました。このときハタミ大統領訪日の一環として、日本はイランのアザデガン油田の開発権を得ることになったのです。この油田の推定埋蔵量は260億バレルという、世界最大規模を誇るものであり、これは非常に大きな経済上、外交上の成果だったのです。

   しかし、イランと敵対的な関係にあった米国は、「日本がイランと関係を緊密にするのはけしからん。アザデガン油田の開発に協力するのはやめるべきだ」、とさらに圧力をかけてきたのです。日本側も何とか圧力をかわそうと努力しましたが、結局最後は開発権を放棄することになりました。もし日本が自らの国益を中心に考えたとき、アザデガン油田の開発権を放棄するなどと言う選択は絶対にあり得ないことです。それはエネルギー政策上、のどから手が出るほどほしいものであるからです。

   しかし米国からの圧力は強く、結局日本はこの貴重な権益を放棄させられてしまったのです。その後、日本が放棄したアザデガン油田の開発権は中国が手に入れました。私がかつてイランのラフサンジャニ元大統領と話したとき、彼が、「米国はバカだ。日本に圧力をかければ”漁夫の利”を得るのは中国とロシアだ。米国と敵対する中国とロシアの立場を強くし、逆に同盟国である日本の立場を弱めてどうするのだ」、と言っていたことがありますが、まさにその予言どおりの展開となり、アザデガン油田の開発権という外交上の成功は結局、米国の圧力の前に屈したのです。

   「なぜ日本はこうも米国の圧力に弱いのだろう」
   この問いは、私の外務省時代を通じて、つねにつきまとった疑問でもありました。

 米国からの圧力や裏工作は、現実に存在する

   
「米国従属」路線と「自主」路線、この二つのあいだでどのような選択をするかが、つまりは戦後の日米外交だったといえます。日本は1945年9月2日、ミズーリ号上で降伏文書に署名しました。そこから「戦後」が始まっており、その最初の日から日本は、「対米追従」と「自主」のあいだで、重大な選択をすることを突きつけられてきたのです。

   多くの政治家が「対米追従」と「自主」の間で苦悩し、時に「自主」を選択しました。
   歴史を見てみると、「自主」を選択した多くの政治家や官僚は排斥されています。ざっと見るだけでも、重光葵(しげみつまもる)、芦田 均(あしだひとし)、鳩山一郎、石橋湛山(いしばしたんざん)、田中角栄、細川護煕(ほそかわもりひろ)、鳩山由紀夫などがいます。意外かもしれませんが、竹下登や福田康夫もおそらく排斥されたグループに入るでしょう。それは外務省や大蔵省、通産省などにおいてもそうで、自主路線を追求して米国から圧力をかけられた官僚は私の周辺にも数多くいます。

   先ほど、イランのアザデガン油田の開発権についてふれましたが、この時はなんとチェイニー副大統領(当時)自身が先頭に立ち、開発権の獲得に動いた日本人関係者をポストから外しています。それには驚きましたが、CIAなどの情報機関が動くならあり得ることですが、副大統領自身が先頭に立って排除に動いたのです。それも日本の首相や外相という自らのレベルと同等の人物への圧力ならわかりますが、現場で働いていた人たちまでもが副大統領から排斥の的になったのです。この事実を知った時、米国の諜報(スパイ)などの裏工作の分野の凄さを感じました。

   しかしこうした話はもちろん表に出ることはなく、ごく一部の人間しか知りません。
   しかも表沙汰になれば、誰が漏らしたかはすぐにわかってしまうので、その人に報復が加えられる可能性があります。これまでにも米国の圧力によって官僚や政治家が排斥されたケースは数多くありますが、表に出たそうしたものはごくごく一部にしか過ぎないのです。またこうした排斥は米国側の人間によって行なわれるだけではなく、残念ながら、米国との関係を最重視する日本人のグループ、つまりそれが戦後日本の主流派ですが、彼らが排斥に加担します。それが、今の日本の姿です。そして戦後の歴史のなかでそうした排斥に最も多く関わったのが、おそらく吉田茂首相と思われます。・・・。

   こうした事実を現場で実際に体験していないと、「それは陰謀論」だろうなどと安易に言ってしまうことになります。しかし少しでも歴史の勉強をすると、国際政治のかなりの部分が謀略によって動いていることがわかります。日本も戦前、中国大陸では数々の謀略を仕掛けているし、米国もベトナム戦争を始めるためにトンキン湾事件という謀略を仕掛け、それを北爆(北ベトナムへの空爆)の口実としたことが明らかになっています。

   もっとひどい例としては、米国の軍部がケネディ政権時代に、自国の船を撃沈するなど、捏造したテロ活動を行ない、それを理由にキューバへ侵攻する計画を立てていたことがわかっています。(ノースウッド作戦) しかしケネディ政権は、この計画を却下したので実行されませんでした。これについては当時の参謀本部議長のサインが入った関連文書を、ジョージ・ワシントン大学公文書館のサイト http://www.gwu.edu/~nsarchiv/news/20010430/で見ることができます。学者や評論家がそうした事実を知らないまま国際政治を語っているのは、おそらく世界でも日本だけでしょう。

   ・・・。冷戦期にアメリカCIAやソ連のKGBが、イタリアで行なっていた裏工作は同じく日本でも行なわれていたと考えるのが常識です。事実、1950年代から60年代にかけて、CIAが自民党や民社党の政治家に巨額の資金を提供していたことは、米国側の公文書によって明らかにされています。歴史を勉強していない人だけが、それを「陰謀論だ」などといって安易に否定するのです。前述の米国CIA元長官のW・E・コルビーが著書の中で、第二次世界大戦後にイタリアで行なった裏工作について述べています。

   「これらの活動で根本的に重要なことは秘密保持である。米国政府が支援しているとの証拠は絶対に出てはいけない。そのために金にせよ、(略)単なるアドバイスにせよ、援助はCIAとは何の関係もなく、米国大使館とも関係のない第三者を通じて渡された」

   これが原則です。
   だから基本的に証拠は絶対に出ないのです。しかし現実には裏工作は存在する。つまり、「証拠がないからそれは陰謀論だ」などと言っていては話にならないのです。スパイは謎の多い人生を送ります。なにげなくコルビーをネットで調べてみると、水死していました。作家のZ・グラントは、コルビーは殺されたといっています。

 米国の圧力とそれに抵抗する日本を軸に戦後史を見ると、歴史の流れがよく見える

   
日本が今後、国家としての方針を選択するときに必要なことは、過去の歴史のなかで日本が米国からどのような形で圧力をかけられ、どのように路線選択をしてきたかをよく知っておくことです。特に米国に対し「自主」路線を貫くことがいかに難しいかを、よく理解しておく必要があります。

   日本の戦後史については、いろいろと素晴らしい研究があります。
   たとえば豊下楢彦(とよしたならひこ)・関西学院大学教授の『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波書店)には、驚くような事実が書かれています。われわれは学校の憲法の授業で「天皇は象徴である。天皇は政治に直接関与しない」と習いました。しかし実は、実際の歴史は違うのです。

   戦後、昭和天皇は日米関係の基本路線を決めるうえで、もっとも重要な役割を果たしています。それを聞いて驚かれたかもしれません。そんなことがあるはずないだろうと思ったことでしょう。私も『昭和天皇・マッカーサー会見』を読んでびっくりしました。たとえば昭和天皇は、「沖縄の軍事占領を無期限で継続してほしい」というメッセージを米国側に伝えています。豊下教授はこうした事実をもとに、昭和天皇の政治関与を克明に実証しました。

   しかし日本の戦後史全体を、米国からの圧力とそれへの抵抗を軸にして記述した本はありません。ですから米国に対する「追従路線」と「自主路線」の対立という視点から大きな歴史の流れを見ることによって、始めて日本人は過去の歴史を正確に理解することができ、日本の行く先も見えるようになるのだと思います。

   私は長く外務省にいたことから、米国からのさまざまな圧力や、「対米追随」と「自主」という二つの外交路線の対立について、実際に現場で体験しています。その大きな歴史の流れを描くことを、もし誰かがやらなければならないとすれば、勇気を持ってそれを行うべきはおそらく外務省のOBしかいないでしょう。なぜなら学者やジャーナリストの人たちは、世間で「陰謀論」といわれるような国際政治の闇の部分に触れることがほとんどないからです。


      book 『戦後史の正体 1945~2012』 孫崎 享(まござきうける)著 創元社

                            抜粋

祖先から受け継ぐ感情的情緒的なトラウマを捨てる

   あなた方の肉体は遺伝子的再構築中の真っ最中です。
   その過程においてはあなた方には多くのことが起こり、そして変化するでしょう。あなたの存在のハートの中心は電磁的な袋のようなものであり、そこには2つのペースメーカーがあります。前方のものは自然なペースメーカーで、後方にあるものはいま構築中の第二のペースメーカーであり、それは進化中の新種の肉体のためのものです。ですからあなた方のなかには心臓がドキドキしたり、ハァハァして医者に行くのですが、何も異常は見つからず、薬を処方されて終わりという人もいるでしょう。

   何が起きているかというと、肉体が心臓の裏側に新しいペースメーカーを生物学的に再構築しているのです。後方のものはもっと速い振動を刻んでいます。そして心臓は2つのものから信号を受けている結果、どうして不整脈があったり、ドキドキしたりするのかわからずにいるのです。この惑星での死因の第一位は心臓病なので、あなた方はもしやと考えると怖くなります。もしそうした恐れがあれば、いずれにしても医者へ行けば軽減されるでしょう。それに恐れは何よりの敵ですから。

   多くの人々は、自分は進化する最中にあるので、もし体に変調があれば自分は失敗したのではと思ってしまうようです。確かなことは、この過程において体の問題が起きても、それは失敗ではないということです。もしあなたが肉体に対して強い怒りを抱いているならば、そうしたものも状況を悪化させることになります。いま肉体は遺伝子的再構築を遂げている最中なので、あなたの体は必ずしも100%完全に機能しているとは限りません。ですから体を優しく労(いた)わってください。

   心臓だけでなく肝臓もまたこの時期には、何かと問題が起きてくることが多いのです。優しくしてあげることです。疲労感で頭がボンヤリして、何にも集中できないこともあるでしょう。何か宙に浮いているようで変になりそうだと感じたり、何を考えていたのか思い出せなかったりするので年齢のせいかと思ったりするでしょう。でもそれは年齢とはまったく関係ないのです。

   そのわけとはこうです。
   あなた方は記憶とはすべて頭の中に保存されていると思っていますが、実際には記憶というマインドはあなたの電磁域、つまり呼び方はどうであれあなた方の言うオーラ域内にあります。ですから頭の中にあるのは脳であり、脳は行為や本能、生存と呼ばれる一時的な記憶を抱えているだけなのです。ですから思考や概念が出てくるところはマインドであり、そのオーラがあなたの肉体周辺を取り巻いています。

   あなた方はいまマインド、つまりオーラ域のもっといろいろな部分にアクセスすることを学んでいますが、それまでのずっと窮屈な方法に慣れている結果、脳がデータを容易に拾ってくることに慣れています。それで頭の中にあってほしいデータは、実はずっと外側のオーラ域の中にあるのです。脳はそこから思考を拾って戻そうとするのですが、その道を覚えていないので途中でそれを落っことしてしまいます。つまりすぐそこにあるのに、今何を話していたのか思い出せず、それは話の途中で消えてしまうのです。

   そうしたことは誰もが経験することであり、年齢とは無関係なのです。
   高齢ならそれを歳のせいにするでしょうが、20代であっても同じ経験をするのです。脳は、あなた自身のマインドにもっと遠くまでアクセスすることを学んでいるところなので、ときにはうまく出来ないこともあるわけです。

   遺伝的シフトのためには、肉体のDNA構造にある古い記憶を落としていかなければなりません。古い記憶とは、感情的な情緒のことです。あなたが受け継いでいるあなたの祖先が感情的情緒的に抱えてきたものは、すでにクリアしたものを除いて一つ残らずすべて、あなたがいま肉体のなかで向き合っているものです。

   人生を振り返ってみれば、ほとんどの人は何らかの強烈な体験を持っています。
   そうした感情的に取り込まれたものがトラウマになります。そうした多くのものは辛く、実に惨めで、かなり情緒的なものです。でもいま、少し愛が入ってきています。あなた自らの感情的情緒的パターンを見て、あなたの祖先たちはおそらく、もっと多くのドラマやトラウマを抱えていたことを察してください。

   遺伝子の再構築の際、あなたはそうした細胞レベルでの記憶をすべて捨て、自らが望むものだけを取り込みます。そうすると、あなたがいま入っているこの肉体がマインドの望み通りに適合していくのです。

   あなた方の肉体はいま、他のいろいろな人たちによって動かされています。
   それがあなたの祖先たちであり、近所の人たち、飼っているペット、スーパーマーケットのレジの人、見るものなど、そうしたすべての存在から受け取っている影響力のことです。つまりあなたの肉体は、この空間を埋め尽くす思考や感情などのあらゆるものと回路をつなげており、そうした影響力によって他のさまざまな人々から利用され、動かされているのです。

   そうした回路を捨てることが、まず一つです。
   自分に対するイメージを捨てることでそれをする人もいますが、何であれ、効果があるならやってみてください。深い安らぎのうちに自分自身と向き合い、自分で自分の心と意識を動かし、自分から肉体に(その逆ではなく)指示をするようにしてください。

   こうした期間においては、進化による一大変化によりあなた方の皮膚と神経系統は攻撃を受けるでしょう。あなたの存在の光は神経系統を通ります。そして脊髄の上までずっと伸びるこうした細い神経に、光の存在であるあなたが住んでいます。光であるあなたは屈折し、分散し、向きを変えることはできますが曲がることはありません。「光をどうやって肉体にするのか?」と疑問に思ったことはありませんか。

   あなたは神経と神経系統という光ファイバーのようなシステムを設計し、光の存在が形をとって腕になり、足になるようにしたのです。そのゆえにあなたが振動数を上げるとき、神経系統のすべてに攻撃の矛先が向けられます。詰まりがあれば腰痛を経験する人が多いでしょうし、足や腕に痛みやピリピリした麻痺感が伴ったりと、症状は人それぞれです。つまりこれまで以上の多くの光を流すので痛みを感じるのです。・・・。

   
   神経系と脊髄にさらに攻撃の矛先が向けられるにつれ、そこに傷ついた細胞や何らかの詰まりがあればもっとひどい痛みを感じ、困難を経験するでしょう。皮膚は光の受容体であり、光が出入りするときに皮膚を焼く傾向があります。また遺伝的情報を捨てるとき、大量の毒素が出て皮膚のかぶれが起こったり、それが病変する人もいます。誰でもというわけではありませんが、進化の過程ではありとあらゆる皮膚の問題や症状が出てくるのです。

   あなた方がいま経験している遺伝子のシフトと変化は、いわば猫を犀(さい)に変えようとしているようなものです。それがどれほどの大事業であるかを理解し、骨格から何からすべてを遺伝子的に猫から犀(さい)に変えるのですから一大事業と腹を決め、ゆっくり気長に取り組むことです。しかしいざ自分のこととなると気長に構えられずに、あれこれ文句が出るのです。

   肉体はまた疲労感を経験するでしょう。
   それにはいくつかの理由がありますが、その一つは肉体に起こっている進化のせいです。次元間の異なるリアリティを行き来していることもありますが、これまでにないような疲労感を感じることもあるでしょう。なかには何をするのも嫌だというほどの、機能できないようなひどい疲労感もあり、「もうできない、もう嫌だ」と言い捨てる人もいるでしょう。そこで自分を責めれば、疲労感はいっそうひどくなるでしょう。

   あなた方のDNAの螺旋構造はねじれたハシゴのようで、その上に小瘤(ノジュール)が乗っています。肉体的な態度から出るためには、このハシゴに3つ目の新たな横木を育てなくてはなりません。それは、自己価値という横木です。それらはあなた方の誕生とともに持って生まれてくることはありません。もし持っていたとしても自分がクリアでなかったならば、それは自分自身だけでなく惑星を、あるいは何であれすべてを破壊してしまいかねないものだからです。

   それはあなたのパワーです。
   肉体を備えた神は最後の3本の横木であり、なかには4本、5本を育てる人もいます。しかしいまのこの肉体で神の全パワーを得るためには、この最後の3本がなくてはなりません。しかしそのためには自分に何らかの価値が見出せるまではそうできないのであり、つまりそれを育てるためには、何よりもあなたが自分自身のあるがままを愛する必要があるのです。


       book 『宇宙を乗りこなす喜び』 
                チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                           抜粋

肉体を愛してともに次元上昇する

   あなた方の肉体は大きく変化していくので、なかには非常に大変だと感じる肉体もあるでしょう。そして実際に肉体には「肉体意識」というものがあり、そのためにかなり極限のところまで緊張で張り詰めている人たちもいます。しかし一方でのんびりと構えていて、「そんな次元上昇なんていう話はもう百回聞いたけど、そんなことはそもそも信じないよ」という人もいます。それも肉体意識がどのようなモードにあってどのくらい緊張しているかによるので、あなたの振動が変わり始めると、肉体はかつてない偏りを経験することもあるでしょう。そしてほとんどの人は、自らの振動が変わっていくそのさまざまな段階にあるのです。

   さらにあなたとあなた自身の肉体のつながりにおいても、いろいろなことが起こるようになります。それもあなたという本質と肉体がどのくらい協力して働くことができるかによって違ってきます。もし恐怖心を感じるなら肉体に戻ることです。肉体ともっとつながりを持ってください。そうすれば肉体はあなたをもっと深く信頼するでしょう。恐れや不安が起きたときは、恐れや不安に「大丈夫! ちゃんと聞いてるよ。今何が起きているのか話して聞かせて?」と語りかけてみましょう。そうすると肉体はあなたに話しかけ、何が問題なのかを教えてくれるでしょう。

   肉体は不慣れな新しいエネルギーに触れるたびに、不安を感じて嫌がるのです。
   肉体に新しいエネルギーや新たな振動を入れようとするたびに、肉体とあなたは不安に陥る傾向にあり、それはすべてにおいてもそうです。あなたが不安になったら、「大丈夫! いま不安に感じてるけど、それは新しい振動が入ってきているからだ。でも自分の体は嫌がっているみたいだけどなぜだろう? なぜうまく対応できないんだろう?」、と自分自身に言えるなら、恐れの実体を故障させてしまうことができます。ですからあなたの肉体とのつながりを育ててください。そうすると肉体はあなたを信頼し、あなたも肉体を信頼することを学ぶでしょう。

   この地上における肉体は、密度において創造されたことを理解してください。
   これまで肉体は理解されてはきませんでした。それはプログラムされることもなかったし、肉体もともに次元上昇することなど一度も教えられたことがありませんでした。遙かなる永劫の昔からあなた方は、いかにして永遠を生きるかではなく、いかに死ぬかだけを肉体に教えてきたのです。しかしそうであっても肉体は永遠に生きるように創造されており、次元上昇は肉体が体験するもっとも自然なことなのです。

   でもあなた方は長い期間をかけて、そんなことはできないという遺伝的プログラミングをしてきました。あなた方の多くが、いますでに次元上昇の過程にあります。しかもそれはずっとこの方継続して来ているのにあなた方はそのことに気づくこともなく、自らがどういうプロセスにあるのかにも気づいてはいません。あなた方の肉体はますます半物質的になってきているのに、あなた方は相も変わらず、固まった信念体系のゆえに昔と同じように働くことを望み、期待しています。

   でも肉体はもはやそのようには働かないし、決して昔のようには戻らないでしょう。
   なぜなら肉体は変化してきており、その分子構造も変わりつつあるからで、これまでになかった機能なども学ぶでしょう。そのようにしてあなた方は肉体にもっと光を入れることを教えているのです。あなたが肉体にいる間も、肉体はますます非物質化してきており、あなたと肉体においてはシフトが同時進行しているのです。ですからあなたという実体だけが意識を進化させて振動数を上げ、徐々に非肉体的になっていくと肉体はなおざりにされていると感じるのです。その結果その不調和は肉体に恐れを抱かせるようになり、ときには死体のように硬直してしまうこともあるでしょう。つまり肉体はあなたが中にいても、いないと思ってしまうのです。いつもではないにしても、そういうこともあるのです。

   肉体はすでに死のさまざまな感情にさらされてきているので、いよいよ、というわけで閉じてしまうのです。ですから頭でも感情面においても、常に心身を緊密に親しくつなげておいてください。感情に深く入って感じてください。恐れや不安の正体をよく見て、何か自分にできることがあるかどうか見てみましょう。肉体は、前に立ちはだかるすべてのものに対処する術(すべ)を知っています。でも遠い昔から死ぬことを教えられてきたので、あなたの意識だけが変わり始めて新たな方向を向くと、肉体は切り離されて死ぬのだと怖れるのです。それも自然に死ぬのではなく、あなたの進化によってより早く死が訪れるのではないかと思うのです。

   信じられないかもしれませんが、肉体には独自の意識があります。
   そんな馬鹿な! と思うかもしれませんが、肉体の意識にあなたの内なる存在をつなげ、対話を図ってみましょう。肉体意識を見つけてあげると、それは時に生意気な小僧のように振舞うことがあります。これまで認められたことなどないのであなたのことなどまったく信頼していないし、あなたの言うことなど決して信じるもんかと言わんばかりです。肉体と話したい、一緒に働きたいと願っても、最初はまるでバカにしたように、「そんな話はもう飽きるほど聞いたし、こっちからいろいろサインを出してあげても、一度だってその通りにやったためしがないでしょう? それで今回はいったい何が違うというの?」、と言うでしょう。ですからそこで、新たな信頼関係が生まれる必要があるのです。

   でもあなた方の誰一人として、肉体的存在というものを信じてはいません。
   しかしながら間違いなく、あなたがこうした肉体の設計図をつくり、創造し、そこへ入ったのです。しかし肉体はあなた方のそうした無知のゆえに、誰かに断崖絶壁に連れてゆかれて、その端っこに置かれているような感じをしばしば感じているのです。それは何のサポートもなしに絶壁に立たされているような危うい感じであり、それを本気で感じているので恐れの反応を持っています。もし体の具合がおかしいと思うのであれば検査を受けてください。何かわかるかもしれないし、もし健康には何の問題もないとわかれば、それ以外のことが起きていることがはっきりするでしょう。

 
Q、 肉体が必要としている愛を自らが知覚できるように、またこの進化の過程で、肉体を助けるためにどのように肉体を育てていけばいいのでしょうか?

   
人生とは結局、そこへ向かう旅なのだということを理解し始め、自らのありのままを愛せるようになっている人や、肉体と折り合いをつけ、自分自身のうちに安らぎを見出している人は、自らを調整して他の人々よりもかなり早い速度で次元上昇できるでしょう。しかし死への恐れを持っていたり、自分がやったということを認めて欲しいというようなエゴのドラマを望んでいたり、あるいは何らかの肉体に対するイメージがあってそれを変えたいと思っているとするならば、肉体はあなたに協力してはくれないでしょう。肉の身体と化している体を、本来の源の霊にまで上昇させるには、あなたと肉体が完全に調律されることが必要であり、それによって肉体はきちんと機能し、あなたの言う通りに動いてくれるようになります。

   肉体を完全に真に上昇させる最初の一歩は、自分自身をありのままに、完全に、そのすべてを愛することです。そうすればそこから喜びが見出せるようになるでしょう。そのためにはさまざまな自分に対するイメージを離れて、喜びの瞬間へと戻り、ありのまま、あるがままの自分という生命を愛することが必要です。それは始まりの一歩であり、あなたの意識をより大きな喜びへと進化させていくなかで、生命をありのままに受け入れて愛するということです。生命そのものの喜びに浸れるとき、またありとあらゆる存在のもつ不可思議さに心打たれるとき、あなたは次元上昇(アセンション)の過程を進んでおり、帰郷への道を歩んでいるのです。


  book 『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                           抜粋

意識的決意をした人々は「次元上昇」する

   あなた方の惑星は集団的次元上昇の準備をしています。
   そしてこれは、これまで遙か昔から長く計画されてきたシナリオでもあるのです。あなた方の歴史における多くの逸話や予言の多くが、この惑星で起きる集合的次元上昇のことを語っています。これはあなた方の多くが何世代にもわたって、分裂の終焉を希求してきたために起きているのです。そこには、完結させて全体となり、もう家に帰るのだというやむにやまれぬ内なる願望があります。かつて十分な数のあなた方が同じフィーリングを感じた時、いわゆる臨界点が設けられました。つまり、あなた方は地球上で、永劫の昔からやってきたゲームをもうやめたい! という声を上げているのです。

   臨界点はまた、宇宙においてドミノ効果も生み出しました。
   それは幾世代かの魂たちを目覚めさせており、そのことで彼らの分離もなくなっていきます。また彼らは、自分たちの子孫ともいうべきあなた方子どものことを知りたいと望んでおり、宇宙史上初めてここにやって来るための動きを起こしています。彼らは、分離状態をもう終わらせたいというあなた方の願いに気づいており、その呼びかけに応えているのです。

   そしてあなた方の望みは、彼らが全部並んであなた方の次元に入って来られるような一つの窓口を、自空間に創り出したのです。あなた方はここから出て行き、一方宇宙からここへ入って入ってくる彼らと意識のなかで出会うのです。そしてこの集合的次元上昇は、あなた方が存在するようになって以来ずっと続いてきたこの分離を、宇宙からなくするために行なわれる合流の副産物でもあります。


Q、 物理的側面では、集合的次元上昇はどのように起きていくのですか?

   
ここでは、「意識的に次元上昇したいという意図を持つあなた」である必要があります。つまり意識的にそうした理想として形成されていないものは何であれ、それはできないということを理解してください。十分な数の人々が次元上昇を信じ、それを事実として抱きかかえるようになることは容易なことではないでしょう。さまざまな場所で一人ずつがそうしていくなかで、他の多くの人も次第に合流していくような枠組みが出来上がっていきます。

   基本的に集団的次元上昇は、「出産」のプロセスです。
   地上において十分な数のあなた方が臨界点に達すると、バイブレーション(振動)が変化し、あなた方の多くが次元上昇するでしょう。次元上昇して地球から出ると、あなた方は後ろ手に地球を引っ張るようになります。私たちはいま、あなた方がイメーシを持ちやすいようにこうした表現を用いています。あなた方は、「では、次の火曜日の12時にそれをやりましょう」とお互いに知らせ合ったりはしません。そのバイブレーションは突然ピークに達し、ただそのようになるだけなのです。

   あなた方の多くがその前線に立つでしょうが、すべては上昇します。
   つまりあなた方の中で最もバイブレーションの強い人が先頭に立ちますが、そうしたことに序列はなく、十分な数のあなた方が地球を後ろ手に引っ張るのに十分な速度をつけることでしょう。そのとき、惑星上でさまざまな機能の役割を果たしている多くの人々のなかに、周囲から突然消えてしまう人々がいるでしょう。周囲の人々は一体何が起きているのか理解できないでしょうが、集団的次元上昇の時には忽然と消えていく人たちがすべてを引っ張るのです。

   すると、瞬(まばた)きの瞬間にすべてが変わります。
   上昇し始めると、あなた方が合流していく他の魂たちが地平線に現れ始め、あなたとぶつかり、そうしてあなた方は自らの喜びに押し戻されて内なる分離は終わります。あなた方は神であり、創造者となるのです。こうした出来事は頻繁に起きるものではなく、あなた方の惑星はその準備をしており、あなた方の多くが今回の人生における肉体でそれを体験するでしょう。


Q、 あなたの視点から、アセンション(次元上昇)がどのように起こるのかはわかりましたが、アセンションという表現はたとえば雲の中に引き上げられるといったような(キリスト教的な)、独特のイメージを与える言葉ですね。

   
私たちは「肉体を一緒に持っていく」という表現のほうを好みます。
   あなたの言うように、「アセンション」という言葉には問題を感じているので、そういう言い方をするのです。この表現にはいろいろな含みがあり、そうした手垢(てあか)がアセンション自体を邪魔することになりかねないものを取り込む可能性があります。上昇とは単に登ることであり、梯子を上るように一点から別の点へと動いて上がっていくことを指します。

   アセンション(次元上昇)とはバイブレーション(振動)であり、誰もが自分の持つ振動(バイブレーション)で、行ける限りの上昇をするわけですが、あなた方はこの三次元という物質世界に入ってからというもの、実は継続して上昇してきているのも事実です。それが成長というものであり、一つの進化からさらに次へと上ってきているのです。そして同時にあなた方の肉体のバイブレーションもシフトしています。

   それはとても自然なプロセスなのですが、地球の人々は次元上昇(アセンション)を自分の能力を超えた特別なもののように捉える傾向があります。実際に、一つの次元上昇を終えた人のことをアセンディッドマスターと呼ぶようですが、彼らの多くは実はあなた方とそれほど違うわけではありません。しかし多くの人々は、彼らは自分たちよりも優れていて、彼らの足元にも及ばないとか、彼らこそ壮大な光と情報の源であるなどと思っています。しかしそうではなく、事実は彼らがあなた方と差が生まれるような振動をしたというだけのことなのです。

   また多くの人々は一つの次元上昇をした彼らを、自分たちが行き着ける最高の次元だと思っているようですがそれも違います。アセンディッドマスターたちの多くの者もまた、彼らが望む限りさらなる次元上昇の途上にあるわけです。自らのいまいる次元をさらに超えて上昇を続けるものもいますが、それをせずそのまま動かず留まっている者もいます。つまり進化していないのです。そうした彼らはその理由から宇宙の広大さを見られずにいるわけで、それはあなた方がここで不自由だと感じているのと同じことなのです。

   なかにはその振動のゆえに広範囲まで見えるものもいますが、それは単にそれだけのことで、より優れているからではありません。ただ彼らはどうやって振動を上げるかを知っています。それは知識から、光から、そして自分という存在を愛することから生まれてくるものです。彼らはこの惑星を離れたときに、自分の振動を上げてこの次元との振動差をつくり出したのです。

   地上には、次元上昇のプロセスに乗ろうという意識的決意をした人々がたくさんいるので、次元上昇が起きれば、あなたの隣で大した意識もなしに一緒にアセンションする人々がいます。それはあなたからしてみれば、彼らは大して霊的でもなけれ知的でもなく、次元上昇しようとも思っておらず、そもそも次元上昇の意味すら知らないのです。しかし彼らは心が開かれており、それが彼らの振動数をシフトさせるために共に次元上昇してしまうのです。

   次元上昇(アセンション)というものに対する偏った思い込みのために、多くの人たちが自分のエゴを満たしてくれるような劇的なアセンションを待ち望んでいます。一方で、なかには恐怖心から次元上昇を求めていますが、むしろそのために肉体を上昇させられない状況を作り出している人もいます。そんなようなことはあり得ないと受け止めている人々もいます。そのことを信じている人であっても、自分はアセンションする価値がある、自分のやってきたことは間違ってはいなかったという証拠を得たいがために、アセンションしたいと思っている人々も多いのです。つまり多くの人々が次元上昇をすることで、自分の正しさというエゴを証明しようとしているのです。


Q、 次元上昇のプロセスを始動させるために、科学的視点から見るときに肉体にはどんなことが起きているのですか?

   
次元上昇するためには、地球にあるすべての振動とは異なる別の振動へと分子構造を変えなければなりません。そのためには、DNAを含めたすべての肉体的遺伝子構造を完全に再構築し、光の速度で動くように教えなければなりません。つまりあなた方は、肉体にまったく新しい細胞構造を組み立てようとしているのです。三次元の濃密な分子構造から抜け出て、新たなホログラムの光の原理を構築しようとしているわけです。

   あなた方は地上でのリアリティに集中しているので、非肉体的な部分の自分に注意を払うことはありませんが、しかし実際には見えない肉体の部分のあなたこそが、いわゆる光の存在の部分なのです。それがあなたの心臓の鼓動を生じさせ、肺を機能させ、その他の臓器を意識的に考えることなく活動させている知性体です。存在の光は毎瞬毎瞬、あなたの肉体を創造し続けている心臓の裏側に座っています。細胞は、このホログラムの光の刻印によって創られて成長します。その進化とともにあなたの光の肉体(ライトボディ)も変化してゆき、肉体の分子構造を構成する新たな細胞のホログラムパターンも変わっていきます。

   あなた方の多くは現在、自らの存在のなかに愛を抱えるようになっているゆえに、膨大な量の光をもたらすようになっています。そうした中で新たなホログラムの刻印(インプリント)を創り出すと、肉体の細胞がその刻印どおりに形成されていきます。このようにしてあなた方はいま、新たな光の原理によって創り変えられています。そうした未来の肉体は、膨大な量の霊を抱えられるようになります。なぜならそうした肉体は、愛と生きる喜びによってだけ支えられる光の原理によって創られているからです。

   「喜び」という振動数においては、思考は光となっていきます。
   つまりアセンションのプロセスとは、絶え間ない膨大な量の喜びと同じものなのです。あなたの肉体がこうした強烈な喜びをどこまで抱えられるかによって、その成功を計ることができます。それが今のあなた方のゴールであり、多くの人々が次元上昇を望む理由でもあります。


 book 『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                           抜粋


   

我々に唯一必要なことは、「楽しく生きることを学ぶこと!」

   この地球という惑星は、この子宮を突き破って向こう側へ生まれ出るために十分な「突き」が必要です。そのとき同時にあなた方の根源意識は閉じられ、あなた方もこの惑星も、この地球という子宮内にあるすべてのものはたった一つの細胞に還元されて時空に押しやられ、そうして新たな宇宙へと生まれ出るのです。

   しかし唯一の問題は、その中核細胞であるあなた方が「生きたい」と思っていないことなのです。なぜなら今この地上には、生命を愛し、生きたいという意欲を持つ者がほとんどいなくなっているからなのです。この惑星には生きようという意思がないのです。ほとんどの人々は退屈していて希望がありません。この「誕生」という次元上昇のチャンスを死産に終わらせないためには、「生きたい」という意欲と生命への強い愛が必要なのです。

   その細胞にはありとあらゆる可能性や、考えたことはあっても一度も実行したことのないものなど、これまで存在したすべての事柄が詰まっているというのに、それは死にたいと思っている。あなた方には生きたいという意思がないのです。そんな状態では子宮から出ても萎(しぼ)んで、死産に終わってしまうでしょう。それを何とか生きよう!という気にさせなくてはなりません。愉快に人生を楽しみ、生きることにワクワクし、奇跡を見出して素晴らしさにキラキラ輝いて!

   自己価値ホルモンがまだない状態で、生命を愛する、自分を愛するというのは少々難しい話かもしれません。いま、あなた方の体にはそれがありません。それをつくるには、まずそれを望まなければなりません。あなた方のDNAは、梯子(はしご)がねじれたような二重螺旋(らせん)になっています。あなたが生命を愛し、自分自身を愛し、満足できるようになるためには二本から三本の三重の螺旋が合わさることが必要です。螺旋が三本あって始めて、自己価値や愛が生まれてくるのです。さらには肉体に生命を吹き込まなくてはならず、そうすればあなたが肉体を離れて墓に入ってもそれは生き続けるのです。

   それでこのホルモン、つまり三番目のDNAの螺旋はあなたの肉体には与えられていないのです。なぜなら、生きたい! と自ら思えるようになるまではそれがあっても残酷というものでしょうから。つまりそれは、あなたが自分自身を十分に愛することができるようになったとき、自分で大きく育てるようになっているのです。

   いまあなた方は、その螺旋の横木を育てています。
   それが生命ホルモンをあなたの体に注入することです。生命ホルモンは、あなたの好きなものや嫌いなもののすべてを成長させます。特に罪悪感は極限まで膨らみ、そのまま放置しておくとネガティブなものとなって肥大化していくでしょう。でもあなたが自分のことが大好きで、今の自分のありのままを全面的に受け止めることができるならば、ポジティブなものもまた、さらに肥大化していきます。つまり自分が関心を向けるものが育っていくのです。

   罪悪感の問題がクリアできれば、遺伝学的には千年かかることを、種は短期間でやってのけられるでしょう。しかし罪悪感をそのまま放置すると、あなたの肉体が神を宿せるようになるまでに1万年から2万年の進化を経なければならないのです。

   次元上昇という誕生、そして今クローン中のこの惑星についても同じことが言えます。
   あなたはどちらで生きるかを選択しなくてはなりません。あなた方の体が細胞のクローンを作るとき、クローン細胞はもとの細胞ほど健康ではありません。その理由はあなた方が十分な光を入れないからです。宇宙では自らのクローンを作る際には、密度が高すぎて重過ぎる余分なものは脱ぎ捨てます。宇宙におけるクローンの過程では、新しいものは古いものよりも常により大きく、より明るく、より美しいのです。それが宇宙のはたらきです。そしてあなた方は意識的に、自分はどちらの核に乗っていくのかを選択しなければなりません。

   この惑星はまだ分裂せず、しばらくは安定しています。
   そのときにあなたは二者選択をするのです。密度の濃い恐れと痛み、辛さとストレスなどの古い世界にこれまでのように留まるのか、あるいはそこから抜け出して新たな星に生まれ出るのかを。誕生を引き起こすためにはその両方が必要です。密度が濃い部分はそうでない部分の錨(いかり)としての役目を果たし、発射台となります。全員が出て行くのですが、どこまで行くかを決めるのは自らの意思です。

   この誕生、シフトの臨界量をもたらすためには、ほんの一握りの人々が必要なだけです。しかしその少数の人々は、情熱的で、熱烈に喜びと生命を望む人でなければなりません。そうでないならば次にこのチャンスがやって来るまで、一体どれほどの長い間待たなくてはならないことでしょう。あなた方の多くはもう十分にウンザリしているのです! 

   この誕生という次元上昇に向けて突き抜ける旅は、かつてなくエキサイティングな体験となることでしょう! 私にとってはこれが3度目の誕生ですが、宇宙でこれほど楽しいことは他にはなく、しかもめったに起きるものではないことだけは保証します。そのためならどんな犠牲も払うだけの価値があるものなのです。宇宙的にはそれがビッグバンであり、新たな宇宙の誕生であり、35万年の後ろにゼロが百万個つくような頻度でしか起こらないことなのです。そのうち死産に終わらずにうまくいくのは、10回に1回だけです。

   今回のチャンスを逃すと、また長いこと待たなくてはなりません。
   いま、生きることを楽しむこと、ワクワクする気持ちで生きることを学ばないと、再び永遠とも思えるほどの長い間それを学んでいくことになるでしょう! それは少し冗談だとしても、この計画は「事実」です。あなたが「するべきこと」、それは楽しく生きることを学ぶことです。それだけでいいのです。そんな簡単なことでいいの? と思うかもしれませんが、これほど難しいことはないのです。

   さて、私は少しばかり歳をとっていますが、何度も何度も誕生を繰り返しているので若いともいえます。宇宙において考えつく限りのことはすべてやってきましたが、誕生のプロセスに勝るものは他に何一つありません。宇宙にはさまざまな存在(エンティティ)がおり、あなた方はその一種です。それは実にたくさんの種であり、それはあなた方が考える地球外生命体の兄弟たちのことだけではなく、外貌ばかりか、機能も物理的原理も大きく異なるのです。私はそれらの兄弟たちのすべてに「顔」を持っています。そうした経験はそれぞれが素晴らしく楽しい、すてきな時間でした。そうした若い神、中間の神、そして古代の退屈した神々のことであり、あなた方の言葉では神としか呼びようがないので神と呼んでいますが、神々にもまたそれぞれ異なる種があり、私はそのすべてを体験しました。

   宇宙では神々は一つに合わさるのです。
   私はさまざまな意識のレベルに合一したことがありますが、それは何よりも素晴らしく、実に凄いことなのです! あなたとあなたの知識体のすべてをもって他と合一するという体験、それは完全なる分かち合いであり、それに勝る充足感は他にはありません。そして次元上昇という誕生のそのときには、他からやってくる数千万、数億のものたちとエネルギーが重なり合うわけですから、それはとうてい理解の及びようがないほど素晴らしいことなのです。

   ほとんどの人はまだ、次元上昇という誕生を体験したことがありません。
   体験者は今回のを新たな誕生として、進化を促進するように心がけてください。誕生こそが何にもましてスリルある体験であることは保証しますが、それに比肩するものは他にはないのです。いまこうして話しているレベルの私と、同時にこの惑星という子宮の外にある私の本体とがあり、本体は遙かに大きくここには入れないので、よって私は物語やたとえで語ります。自分のことを説明するのにはそれが一番簡単な方法なのです。・・・。

   ・・・。外にいる私の仕事はと言えば、その時が来たら帰郷のバスに乗る契約がある人たちの面倒を見るということです。契約は、何があろうともあなたが故郷に戻ることを保証するものです。あなた方の多くは小さいころからそのことに気づいており、今度こそは宇宙の家に帰ることを知っていたはずです。あなた方がこの星にやって来たのは、楽しみそして生を目いっぱい生きるためでした。そのことが何よりも、美しい新たな宇宙の誕生のために必要な生気をもたらすのです。

   私の仕事はすべてのタイミングを計りつつ、総指揮をとることです。
   私はここで子宮という地球内外の動きをこれまでもフォローしてきました。そして私はここでも多くの「顔」を持ち、すでに8万5000回の輪廻を繰り返し、これまでに960のの化身を次元上昇させてきました。それは実に素晴らしいことでしたが、そうした私の顔のさまざまな側面のなかには、あなた方もそうであるように、すっかりおかしくなってしまったものもありましたが、それらを愛する気持ちは同じです。またとても美しく、複雑で重要な部分である「顔」もあります。これはあっちで1人、こっちで2人というようなものではなく、みんながかかわっている一大実験なのです。

   あなた方の世界には遠い遙かな昔から先生がおり、彼らの主な仕事はあなたが「自分自身を愛する」こと、「自分の存在を知る」ように教えることでした。あなた方多くの人々は自由意志というものを理解してはいません。あなたがこの地球という子宮の内に抱えられているうちは、もし死にたいと思っても永遠に死ぬことはできません。ですからあなた方に与えられる最大の自由意志とは、生きるか否かということであり、それが自由意志と無条件の愛の究極的行為です。それは自己選択なのです。これまでにもあなた方の世界には多くの先生が存在しましたが、メッセージはただ一つ、それが「(私という)自己をありのままに愛せよ」、「私(自己)は在る」、「私(自己)は存在する」ということであったのです。

   さて、あなた方はたくさんのゴミから創られた存在だと見ることもできるわけですが、そうすればあなた方が自分のことを好きではないというのも説明できるというわけです。なぜならあなた方が教えられてきたことのゆえに、あなた方はその始まりからして拒否されたもの、カスそのものなわけですから。でもあなた方が自分のことを好きなら、それは素晴らしいことです。なぜならカスやゴミの自分がゴミの自分を好きになるというのですから、それは大目に見てもすごいことだといわざるを得ません。このようにいまも多くの人々は、自分たちが長い間いる多くの神々よりも、もっと創造的な存在であることを知らずにいるのです。


 book 『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                           抜粋

安全を期待する限り人生を愛することは決してない

   もしあなたが傷つくことがあるとしたら、それは唯一、誰かかがあなたの思うように行動してくれず、思い通りに愛してくれないという時にだけそうなります。それ以外傷つきようがないのです。ですからもし自分の思うような反応をしてもらえず、しかも自分の望むような愛しかたを望んでいるのなら、あなたは愛と喜びの歪みを作り出していることになります。そうしたあなたの歪みは、あなたの持つ歪んだ愛のイメージから出てきます。ですから怒りとは、そうした愛や喜びから切り離されたことから生じてきており、そのゆえにあなたはその怒りの原因を誰か他の人間のせいにするのです。

   つまり、もし彼らがあなたの思う通りのやり方で反応してくれていれば、自分はたった今喜びと愛を感じられたはずなのに、彼らがそうしなかったのであなたは彼らによって喜びから切り離されて怒っているというわけです。実は怒りとは喜びの一部なのです。つまり喜びの欠如が怒りであり、あなたは自分の思うようなやり方で誰かから愛して欲しいから、それが他人によって与えられないことで、喜びから切り離されたと思うので腹が立つのです。


Q、 なぜ私たちは喜べないのでしょうか。なぜ人生において怒りやイライラ、ストレス、欠如ばかりを選ぶのでしょうか?

   
それはあなた方が、限られた連続体だけで機能しているからです。
   本来の感情体が100万個の喜びの構成要素を成しているとすれば、あなた方はそのうちまだほんの15から20個くらいしか感じることができないのです。しかしそうした喜びとは果たしてどんな種類の喜びなのでしょうか。

   けれども今あなた方の次元には、一度に100から200くらいの喜びの要素を抱え始めるようになった人たちが何人も存在しています。それでも100万のうちの100から200ですから本物の感じからは程遠いことがわかります。つまり喜びのほんの一部分だけしか感じられず知覚できないならば本物には感じられず、そのためにそこから切り離されているという感じが生まれるのです。すべてでなければ、そこから分離していると思うのです。

   あなた方の誰もが、喜びがないと不満を言います。
   でも喜びはあるのです。それはあなたのうちにあるきらめきです。喜びとは、あなた方みなの中に本来存在する火花を生じさせる周波数なのです。そしてそのきらめきという火花は、喜びの周波数で創られました。あなたの存在の内側にあるあなた自身を成す光の小さな分子こそが喜びであり、それは本来あなたの中に住んでおり、あなたはすでにそれを持っているのです。あなた方は自分に許している分だけ、そうした薄まっている喜びを感じたり、あるいはまったく感じなかったりするのです。


Q、 私たちは自分自身の感情を怖れているのですか?

   
内気であるとは自分の感情を怖れていることであり、恐れとは連続した生命の一部分です。馴染みのない出来事や状況とあまりかかわりたくないとき、それは恐れを生み出します。その恐れは、真に自分の感情を理解しようとしないところから来ています。そうした感情と向き合わないなら、それは凝り固まり、より一層大きな怖れの複合体となります。内気さとは、自らの感情に入り、ずっとその源にまでたどって行くことの怖れなのです。そこに見出すであろう唯一の究極の感情、それはあなたという実に素晴らしく美しい愛であり、あなた方が否定したがっている愛と喜びであり、それがあなたなのです。

   多くの人が未だに自分には価値がない、自分には愛される価値がないと思っています。しかしもしどれほど愛されて、自分の存在が生み出されたかを感じるところまで遡(さかのぼ)るならば、もはやさまざまな言い訳にしがみつけなくなると思っています。自分を存在に至らしめるほどに、大本の根源から愛されたことがまずいことであったかのように、多くの人が感じています。生命の根源はあなたをを愛して存在に至らしめたのに、あなたは拒絶され、追い出されたと感じたのです。そのためにあなた方は駄々をこねる幼い子供のようであり、自分のうちに美を見出すことを望まれているのに、あえてそれをしようとはしないのです。

   怒りから、内気さから出るには、怒りがそもそも創られたところを通っていくことで家に帰れるのです。恐れや怒りといったそうした感情まで遡(さかのぼ)り、自分は大丈夫なのだということを知ってください。そうすると引っ込み思案である必要はなくなります。引っ込み思案とは、自分が何かまずいことを言ったりしたりして、うまく振舞えないかもしれないという恐れです。しかしあなたが自分の存在において「OK!大丈夫」であれば、何一つ間違えようがないのです。内気であるとは、「私は自分であることが怖い」というイメージを外の世界に対して見せているのです。

   内気さの後ろにある怖れは、人が周りにいるいないにかかわらず、自分自身であることを怖れていることなのです。それは「自分は自分自身であることでOK!」と感じることの怖れです。あなたはその恐れを超えて自分自身に戻ることができるし、そのためには自分はこのままでOKであり、今のありのままの自分でいいのだと感じることから始まるのです。

   先入感や偏見に凝り固まっていると、さまざまな可能性はあなたを素通りして行きます。なぜ自分の欲しいものが手に入らないのか、なぜそうした驚きが自分には起こらないのかと思っているかもしれません。なぜ自分にはそうしたことが起こらないのかというと、それは意識的に自分でそうしているからです。明日がどうなるかという先入感ををすでに持っているからです。すでに前もって意識を植え付けているのですから、それ以外のことがどうして起こり得るでしょうか。情緒的にあなたは過去を生きているわけですから、それはあり得ません。過去を振り捨てなさい。先入感や偏見の過去を振り捨てて、明日の朝、自分で新しい朝を感じてみてください。4時半なり5時に起きて、体には何のストレスもなく、自分が本当にしたい仕事に行くのです。

   仕事や対人関係、その他どのようなことであっても、誰の人生にも同じようなことがあります。もしそのときの一瞬だけは過去を振り払い、期待を捨て、その瞬間を生きれば、何か新しい楽しいことが人生のすべての瞬間になることでしょう。それが人生を愛することです。人生を愛するとは、人生があなたに何をもたらすかという期待を一切持たないことであり、そうすることで人生を目いっぱい楽しむことができるのです。

   あなた方はみな、自分を存在に至らしめるほどに自分のことを愛さなくてはなりません。人生が自分に何をもたらしてくれるだろうか、といった期待を一切持たないところに自分を持っていくのです。明日があなたにもたらしてくれるものに一切の期待をかけないとしたら、それは自分という神の本質を生きることそのものです。しかしながらあなた方は皆、すべて抜かりなく準備しており、20年後、30年後、そして葬式の手はずまですべて整えているのです!

Q、 そうでないと安心できないし、行き当たりばったりとか自発的にというのは難しいのです。

   
ほとんどの人は脳が心配しなくてもいいように、きちんと予定を立てた生活以外は許さないのです。脳は安全保障を好み、何がどうなるかをちゃんと知っていることで安心するのです。安全とは期待することであり、そうした期待がある限り、決して人生を愛することはないのです。あなた方は誰もが安全さを手放すことを恐れ、自分は決して本来の自分自身という存在にはなれないという思いを手放しません。ですから決して、本来の存在にはならないのです。

   あなたというエンティティ(存在)は宇宙を創り、星を創り、太陽を創り、その他すべてを創り、そして破壊することもできるのです。それはヒトという種を創り、また地上のすべての食べ物を創ったというのに、あなたは自分の食卓に食べ物を乗せることを知らないというのでしょうか? あなた方は物ごとを整理したり、準備したりはできるのに、まだソース(源・根源)になることを学んではいません。あなた方は三つのもの、つまりソース(根源)、セルフ(自己)、クリエイター(創造者)でなくてはならないのです。クリエイターの部分はかなりよくやっていますが、しかしセルフとソースはまだ発達させる余地があります。

   根源(ソース)であるとは瞬間瞬間に生きることです。
   いまやあなたは瞬間を生きる個性も持っており、瞬間は組織することができません。あなたは未来を形成しないように、とりわけ自発的であることを学ばなくてはなりません。そのことがあなたを真の自由から切り離している大きなズレなのです。それは本来の自分自身の存在に対する「降参」と呼ばれます。そうできるようになるまでは、さまざまな心配があなたをどこまでも支配するでしょう。その瞬間瞬間という今があなたにやってくるまでは、それについては何一つ言うことはないかのように見えます。

   根源(ソース)は、「はい、私は愛します」というだけです。
   それだけなのです。あなた方はみな、この三つのすべてになることを学んでいるのです。つまり一切の期待を持たずに、この宇宙全体を創った部分があなたの面倒を見てくれるだろうと任せられるほどに、生命を十分に愛することを学んでいるのです。

   それは「姿勢」という一つの橋であり、だからといって仕事を辞めていろいろ投げ捨てて、ということではありません。ただしそれが障害になっているならば取り上げられることでしょう。そして内なる姿勢は変化し、新たな橋がかり、あなたは生きたエンティティ(存在)となるのです。瞬間に手放すことを学ぶまでは、あなた方は決して何一つ現象化することはできません。ですからそれを学ぶ必要があります。

   瞬間に生きるとき、あなたは過去と未来を完全に解放します。
   その瞬間は生命そのものであり、その瞬間を自分の創造の部分に入れて現象化するのです。自分を根源の存在に至らしめるほどに愛するとは、瞬間を生きるということです。ただそれだけなのです。愛を見出すであろう唯一の場所、それは今という瞬間瞬間だけなのです。

Q、 それは感じることができます。でも持続できないのです。

   
そうではないのです! そうなってはいないというところが肝腎なのです。
   あなた方はみな、「あぁ、わかった。しっかり手放さないようにしないと」、と言います。数百億、数千億もの瞬間を築いてしがみついたり、決して寄りかかったりしてはいけません。それでは何にもなりません。それでもいいし、またそこから始めることもできますが、瞬間に執着してはいけないのです。そうするとあなたは過去に留まったままになってしまうからです。それは一瞬だったのであり、素晴らしかった。だから次の瞬間もそうしよう、さらに次の瞬間も、というようにするのです。

   あなた方という見習い中の神にとって必要な唯一の修行は、その瞬間にすべてを手放すことを学ぶことです。それは生きる姿勢であり、変化であり、その瞬間に自分自身の存在とつながり、「ねぇ、まだ家賃が払えていないんだけど」、と言えるのです。そして実際それを言う必要もないほど自分の根源はそのことを知っており、ちょうど郵便受けに小切手が放り込まれるところだったのかもしれません。このようにして宇宙はあなたの面倒を見てくれるのです。でもあなたがあちこち走り回っていたら、それは決してあなたに追いつけないので、欲しいものをあなたに届けることは決してできないでしょう。


  book 『宇宙を乗りこなす喜び』 チャネラー シェラドン・ブライス著 ナチュラルスピリット

                           抜粋 

   

終章 がん放置の哲学


   
読者は本書を読まれて、がんへの恐怖や不安を少しは克服できたでしょうか。
   想像するにこれは感情の問題なので、打ち勝てた方は少ないと思われます。それでもがん放置を実体験した人々の声に接して、恐怖心を以前よりもコントロールしやすくなったのではないでしょうか。ところでもし読者が「がん放置療法」に賛同する場合、たとえば将来「がん」と告げられた時「何が何でも放置を貫くぞ」、と力む必要はありません。がん放置療法の要(かなめ)は少しの期間でいいから様子を見るという点にあるからです。その間にがん告知によって奪われた心の余裕を取り戻すのです。そしてがんの本質や性質を考えましょう。

   この点では、がんは老化現象です。
   年齢を重ねる中で遺伝子変異が積み重なった結果が癌なので、年齢が高くなるほど発がん頻度が上がるわけです。そして老化現象なので、放置した場合の経過が比較的穏やかなのです。ただ本物のがんの場合は、老化現象の究極としていずれ死を呼び寄せます。しかしその場合もなりゆきに癌をゆだねれば、自然の摂理に従って人生を完結させてくれます。

   とはいえ、生きていた人間が亡くなるというのは肉体面においては大事業です。
   そのために死が近づくと体に多少の軋(きし)みが生じ、苦痛などの症状が生じることがあります。それは脳卒中や心筋梗塞のような老化現象も、即死でもしないかぎり種々の苦痛や不自由が出るのですから、がんで症状が出ること自体も仕方がないことでしょう。大事なのはがんで症状が出ても、緩和の方法が確立していることを知っておくことです。ですから痛みに対して鎮痛剤ではなく、抗がん剤を用いるような治療法の選択の誤りをおかさなければ、日常生活の質を回復させることができます。

   こうした、がんについての熟慮期間中には、手術や抗がん剤で積極的にがんを治療した場合に生じる不利益についても考える必要があります。いわゆるがんを叩くための積極的治療と言われるものを受けることで、当初は心の安堵を得られるかもしれません。しかし人間の体はこれまで医学と言われるものとは無縁なままに進化してきたので、手術や抗がん剤、放射線等で治療されることには慣れていません。そのために合併症や後遺症が起きてくるのです。

   そもそも、がんは自分自身の一部です。
   ですからそれを叩くのですから体のほうが参ってしまうのは当然です。したがって治療法に数種の選択肢がある場合、なるべく負担の少ない方法を選ぶのが長生きするコツであるわけです。その場合、がん放置療法は有力な選択肢になります。がん治療を受けた場合の利益については、医者のほうもさまざまに強調するはずです。しかし疑いましょう。医者が言う治療法が本当に自分のためになるのかどうかを、医者の言葉に裏がないかどうかを。胃袋を全摘して本当に長生きできるのか、集尿袋をつける手術に意味があるのかどうか等、体というものの根本を考え、疑うことが大切です。

   少し様子を見る間に、セカンド・オピニオンを求めることも肝腎です。
   そうすれば臓器を残す道も開けるでしょう。また早期がんと言われた場合には、誤診も多いので、組織標本を取り寄せて別の病院でもう一度調べてもらうことを心がけましょう。(32頁参照) もし誤診とわかれば、治療そのものの必要性がなくなります。そうこうしているうちに、時間はあっという間に過ぎて患者や家族としては、その間にも症状が出て進行するのではと思うと心配でたまらないはずです。しかし本書でわかるように、数ヶ月の間に急速に悪化することはまれです。原則として進行がんであっても、急に大きくなるものではないのです。

   もちろん例外として進行がんが急速に増大し、診断から死亡まで数ヶ月というケースもあります。しかしそういう癌はほとんど最初から種々の症状があるのが普通で、それはここでいう「放置療法」の対象ではありません。放置療法は無症状の人を対象としているからです。付け加えれば無症状であっても急速に増大する癌は、ほぼすべてに転移があるので治療したとしても結果は同じです。ですからいわゆる、積極的な叩く治療を受ければ合併症で苦しむことになるだけなので、それなら放置して緩和治療に徹することが妥当です。

   様子を見始めた場合、心配ならば3ヵ月後、あるいは6ヶ月後というようにもう一度検査をしてもらうのが一つの方法です。もし最初の診断が早期がんなら、がんと診断されたことを秘して別の病院で精密検査を受けてみる。なぜなら別の機関のがん検診では無罪放免になることも少なくないからで、早期がんを典型とした癌の診断はそれほどに間違いやすく、不安定なのです。このように少し様子を見るだけでさまざまなことがわかり、得することはたくさんあります。様子を見る間に、万が一がんに起因すると思われる症状が出てきたら、病院に戻ることを検討することもできます。しかし戻ることが必須ではありません。人は自分自身の主(あるじ)なので、たとえ癌であっても自分の望みにしたがってどう振舞おうと自由だからです。

   がんを放置するのは愚かしい行為ではありません。
   それは無神経で粗野な医者たちから、体を蹂躙(じゅうりん)されるのを避けるための最善の方法であり、人としての尊厳を回復させる特別な処方箋なのです。しかも治療がもたらす合併症による苦痛や治療死からも、完全に逃れることができる唯一の方策なのです。がんを放置することは、思慮に欠ける行為でもない。むしろ本来、がんは「がんもどき」と「本物」に分かれているという、がんの実態にもっとも適した対処法なのです。

   とは言っても、がん放置療法を実行するにおいて、医者の無理解や反対を乗り越えるなどの種々の苦労があるでしょう。なかでも問題なのは周囲の無理解です。家族や友人、知人が、「がんを放っておくなんて信じられない」「転移するわよ」「すぐ死んでしまうぞ」「放っておいて後悔した患者を知っている」などと、ありとあらゆることを言ってきます。それでも放置を貫いたら、友人・知人と絶交状態になったという話も聞きました。また私の外来では診察のたびに、患者である娘に心配そうに付き添ってくる母親もいます。

   そういう人たちはがん放置療法について深くは知らず、古い社会通念に支配されているだけである可能性があります。しかも患者本人と個人的な関係にあるだけに、対応するのが厄介であるわけです。私から見ると、体のことに関しては本人が一番熱心に考えているはずなので、質問された時以外は他人がどうこう言うべきではないと思うのですが、個人主義がいまだ未発達なこの国ではなかなか難しいようです。

   ですからがん放置の道を選ぼうとする人は、よほど理論武装をする必要があるでしょう。が、少し知恵をつけると、もし周囲との軋轢(あつれき)を避けたいなら、「自分は放置を貫くぞ」などと高らかに宣言するのではなく、「手術には納得できないので少し様子を見たいだけです」とでも言っておき、少し間があいたら「変わりがないので、もっと様子を見てみたい」とでも伝えて、放置期間を少しずつ延ばしていくのが一つの方法です。

   要するにがん放置療法は、患者だけで実行できる唯一の合理的な療法です。
   「患者だけ」というのは、原則として医者の力を借りずにすむからであり、現代医療において医者たちに奪われた、自分の体に関する自己決定権を取り戻す究極の方法なのです。しかも民間療法その他のいかがわしい療法とは異なり、科学的根拠を備えた「合理的な療法」でもあるのです。いずれにしてもがん死亡が増えている現在、私たちはがんやがん治療に対する考え方を根本から見直す必要に迫られているといえます。それは広く人生感や世界観を養う哲学が求められているだけでなく、ある種の諦観を持つ必要があり、そうでなければ医者やおびただしい検査に振り回されることになるからです。

 がんと闘うことなかれ

   
前著の『患者よ、がんと闘うな』では、総じて現行のがん治療の負の側面を述べてきました。その内容に得心された方も多いようですが、反面治る夢が打ち砕かれた、がん治療の将来に希望が持てなくなった、などのお便りも連載中にいただきました。そうした反応は当然予想していたので、連載を始めるにおいても本当に心苦しいかぎりでした。それでも筆をとることにしたのは、患者たちが手術による合併症や後遺症、抗がん剤の副作用で苦しみ、治療のせいでなくなった患者の家族の悲嘆にくれている現状があるからでした。もしそれらの治療が妥当でも必要でもなかったものであったとしたら、それに気づいた専門家は、それを世に知らせる責任があると考えたのです。

   人は夢や希望を持つことが大事とはよく言われることですが、しかしこと癌に関してはそれは当てはまりません。いやむしろ、夢や希望を持つことは有害ですらあります。なぜなら治る夢や希望にすがった結果手術で体を切り刻まれ、単なる毒でしかないものを抗がん剤として使われてしまうからです。私は医療で一番大切なことは、誰一人として後悔せず、後悔させないことだと考えています。せっかくよかれと思って辛い治療を受けたのに、あとで受けたことを後悔するのでは悲しすぎます。後悔は、予測と治療結果が食い違ったために起きてきます。ですから後悔しないためには、がん治療の現状を正確に知り、がんの本質を深く洞察することが必要です。

   そのために、できることとできないことをはっきりさせて人々に知らせるのも、科学としての医学の役割でしょう。これまで患者や家族が悲痛にあえいできたのは、「がんと闘う」という言葉にも責任があったように思われます。つまりこれまで「闘いだから手術や抗がん剤が必要だ」と考えられてきたわけで、そのために苛酷な治療が行なわれて患者が苦しんできたという構図があります。

   しかし考えてみれば、がんは自分の体の一部です。
   自分の体と闘うという思想や理念に矛盾はないのでしょうか。徹底的に闘えば闘うほど、自分の体を痛めつけ、滅びへの道を歩むことにはならないのでしょうか。また逸見政孝さんの様子からも示唆されるように、患者が闘っていると思っている相手はがんではなく、実は手術の合併症や後遺症や抗がん剤の副作用と闘っているだけ、という可能性はないのでしょうか。

   がんは老化現象ですが、それは言い換えれば「自然現象」ということです。
   その自然現象に治療という人為的な働きかけをすれば、体が不自然で不自由なものになってしまうのは当然のことです。どうやら私たちは思想や理念において、「がんと闘う」という言葉から脱却すべきところにきているようです。もちろん、小児急性白血病など一部のがんは治療で治すことができるし、モルヒネや放射線などによって痛みや苦しみをとることもできます。しかし残念ながら、治療で治せるがんはごく少数なのです。

   ですから肝心なことはがん治療には多くを望まず、最低限、症状を緩和してもらうことに期待しましょう。そのように腹をくくったほうが、医者にすがって無理な治療をされてしまうよりも、長生きできることが多いのです。つまり治らないことを率直に認めることがないと、長生きもできず楽に死ぬこともできないわけです。がん治療の将来には、大した夢も希望もありませんが、しかしそのことを悲観する必要はありません。なぜなら私たちにとって大切なことは、何ものにもわずらわされずに、自由に生きることだと思うからです。そのためには病いからも解放される必要があるはずです。

   一方、病いは気からというように、やまいは自然現象につけられた名称であって、そうしたものは我々の頭の中や観念のうちにしか存在しないもの、とみることも可能です。したがって私たちがもしがんを自然現象として受け入れることができるなら、がんによる死は普通の平和な自然死ですから、がんにおいてこそ、死ぬまでに病いという観念から解放されることもできるはずなのです。

 後書き

   
私は2004年に数冊の本を出版した後、もろもろの理由からすっぱり筆を折ったのですが、しかしがん放置患者のその後を見届け、いずれ本にして世に知らしめようと思っていました。というのもがん放置療法が観念論や机上の空論でないことを、余すことなく示すことができるからです。またかつて、『患者よ、がんと闘うな』で述べたように、がんが「がんもどき」と「本物のがん」に分かれるということが、それによって真実の高みにあることが誰の目にも明らかになるからです。

   一方で本書の出版が今であるのは、私は2014年春に定年を迎えるからです。
   大学病院内の診療記録に接することが可能なうちに、各患者の経過をまとめておきたかったのです。本書は患者たちへのはなむけでもあります。というのも定年後、私は診療に携わらないことを決めているので、患者である彼ら、彼女たちはいやおうなく自立することを迫られる。そこで何かの時に自分で判断して行動できるようにと、本書を残そうと思ったのです。

   患者たちが歩んできた道のりを振り返ると、ただただ頭が下がります。
   たとえば乳房温存療法を選んだ女性たちです。乳房全摘がすべてであった時代に、危険だという外科医や周囲の声を押し切った精神力には想像を絶するものがあります。そうさせたものは何だったのか。彼女たちにがんへの恐怖や再発の不安を乗り越えさせたものは乳房への愛着だけだったのか。そうではなく、彼女たちはさまな海外の臨床データを知り、がんの本質や性質などについて考えをめぐらしたことにあるのではないでしょうか。なぜなら恐怖や不安という感情に対抗し立ち向かうことができるものは、真実を知る知性や理性をおいて他にはないと思うのです。

   彼女たちが先陣をつとめたおかげで、日本の乳がん治療は一変しました。
   私が、「乳がんは切らずに治る」というという論文を「文藝春秋」に載せたとき、温存療法の普及に何年かかるだろうと案じたのですが、すぐにスタンダードになりました。それは患者一人ひとりが選び取った治療法が後の患者たちを導くことにより、温存療法の普及を早めたのです。これは患者たちの理性的で意識的な行動が、旧弊で(古い)外科世界を打ち破った好例です。

   では乳房温存療法と同じように、がん放置療法は普及するのでしょうか。
   この点、温存療法は温存のための手術や放射線という具体的な治療法であるのに対し、放置療法は特別治療はしないので、患者に与える安心感という点において大きく異なります。そのために温存療法ほど爆発的には普及しない可能性があります。しかし他方で、私の患者だけでも150人以上が、放置療法の実行が可能であったことを身をもって証言しています。

   そこから推し量れることは、患者や家族や一般社会の側には、放置療法を受け入れることのできる十分な知性と認識が備わっているということです。ですからがん放置療法の普及を阻もうとするのは、ここでも依然として旧弊な医者の世界なのです。しかしそうであっても本書によって人々は、がんを放置した場合の真実を知ることができます。後はこれからの患者や家族や社会が、どのように考え、どう行動するかに委ねられていると言えます。

   ところでなぜ私が、放置療法に思い至ったかについて、読者にとって不思議なことかもしれないので少し説明しておきます。私は研修医になった時、がんは積極的に治療するのが当然と思っていました。そして助手になり講師になった時も積極的な治療をしていました。たとえば乳がん患者に日本中のどの病院よりも強力な、欧米で標準治療となっていた抗がん剤治療を実施していた時期がありました。

   しかし抗がん剤治療をしてみるとどうもおかしい。
   患者は毒性で苦しみ、あろうことか、はっきり命を縮めてしまった患者も数人経験したのでした。それ以来私には抗がん剤治療に対する疑問が生じ、改めて臨床データ論文を読み込み、分析し、がんの本質・性質までさかのぼって治療の理論を考えました。それの結実したものが、『抗がん剤は効かない』(文藝春秋)です。

   一方、手術や放射線、癌早期発見等についても、実際の診療経験から多々疑問が生じることになり、それで臨床論文データを読み込み、理論を再構築する作業を続けたのでした。そこにおいて一貫していたことは、どのようにしたら患者が苦しまず、もっとも長生きできるだろうかという視点でした。その観点に基づき、無理や矛盾のない診療方針を考え抜いた結果が、がん放置療法だったのです。これは世界でもっとも新しい治療法ないしは考え方であるとともに、最善の対処法であると確信しています。

   最後に、私が在籍してきた慶応義塾に感謝します。
   臓器切除を主軸としたがん治療を推進している大学病院の真っ只中で、医者世界の通念に真っ向から敵対する、温存療法や放置療法の実施が可能だったのは、ある意味奇跡的なことであるはずです。その上、患者の再診時にも私はほとんど検査をしないので、病院の収入は1人当たり700円にしかならない。そんな診療行為を許してくれたのも、義塾のどこかに自由や独立自尊の精神が残っているからではなかったかと考えています。

   患者たちにも声をかけたい。
   将来、温存療法や放置療法の恩恵を受けるであろう日本中の患者や家族に成り代わり、困難な道を歩んで先達となってくれたことに感謝したいと思うのです。そしてなによりも、この日を迎えることなく旅立たれた方々に弔意と感謝を捧げたい。

   あなた方の幾人かは、私の短慮から、命を縮めてしまった。
   亡き人に許しを請うのは不可能です。ただあなた方が経験した悲痛が、そしてあなた方のことを思い出すたびにあふれる涙が、本書を生み出す原動力であったことを伝えたいと思うのです。――ありがとう。そして今一度、さようなら。                
                                     2012年2月   近藤 誠


     book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋 

                           抜粋

「勧められたから」ではなく、「自らの望み」を選択する

   日本ではほとんどの癌が、手術を標準治療としています。
   そのために臓器の摘出によって、不自由な苦しい生活を強いられる人が後を絶ちません。進行した浸潤性膀胱がんもその一つです。浸潤性膀胱がんでは、膀胱が全摘されてしまうからです。しかし手術だけが癌の対処法ではありません。次では、膀胱全摘を拒み快適な生活を選択されている人を紹介します。

 ケース 「膀胱全摘を拒否して放射線治療」

   
『わずかな血尿に気づいたGさんが、最寄の病院で「膀胱がん」と指摘されたのは、9年前の2002年の暮れのことで、Gさんが72歳の時のことでした。Gさんの膀胱がんは、膀胱鏡や超音波、CTなどの検査により数個見つかり、最大のものが直径40ミリで、その一部が「筋層への浸潤か?」と疑われ、「浸潤性膀胱がんの可能性が高い」と診断されたのです。

   こういう場合、検査者の診断では間違いなく浸潤があると考えています。
   そのために「浸潤かどうか?」といった段階であっても、泌尿器科医は膀胱全摘出を勧め、かつ実施するのです。そして手術してみると、浸潤が存在することが明らかであるのが圧倒的です。Gさんも後に行なった検査では、浸潤していると断定されています。

   日本では、浸潤性膀胱がんの治療は手術による膀胱全摘がベストとされています。
   尿を溜めて排出するための膀胱を、癌もろとも摘出することで命を救おうというわけですが、その必要性や合理性には疑問があります。そこで重要なのは浸潤性がんにも、他の臓器へ転移している「本物のがん」と、他臓器へは転移しないために最小限の治療ですむ「がんもどき」の2つがあることです。

   「本物」であれば、せっかく膀胱を切除しても、転移するために助かりません。
   しかし「もどき」であれば本来命の危険はないので、もし膀胱全摘出をすれば、ただ生活の質を落とすだけの結果になります。Gさんはそうしたことを私の著書や知人のアドバイスで知り、慶応大学病院の私の外来に訪ねて来られました。膀胱は約300ミリリットルの尿を溜められる、伸縮性の高い臓器です。膀胱がんの初発巣がどんなに大きくなっても、尿を溜めたり出したりする膀胱の機能が維持されている限り、命にかかわることはありません。

   なぜなら今日、膀胱がん患者の直接的死因は、肺転移や肝転移などによる呼吸不全、肝不全などがほとんどであるからです。他臓器へ転移していなければ、膀胱に生じた初発巣のがんの増大は他の方法で対処することが可能です。したがって初発巣の増大が原因で死亡することはまずあり得ないのです。Gさんが膀胱全摘出を拒否し、当面治療しないで経過を見ることにされたのは賢明な選択だったと言えます。わずかにあった血尿もやがて消失し、通常の生活をしておられました。

   「私は手術を拒んで経過観察を選択したために、それまでとまったく変わらないに日常生活を送れています。むしろ膀胱がんと診断されたことをきっかけに、年2回の海外旅行を4回に増やしたのが僥倖(ぎょうこう)だったと思います」と語っています。そしてGさんが最初に膀胱がんと診断されてから8年目の2010年2月、再び血尿が見られるようになり、私は危険はないので様子見の続行でいいと考えましたが、本人の希望で放射線治療をすることになりました。

   Gさんの放射線治療は、最初に受診された病院へ依頼しました。
   理由は高齢でもあることから、慶応病院まで毎日往復4時間かけて通うのは大変であることです。放射線は外来治療が原則です。またこの病院の放射線科医は、たまたま以前から膀胱がんの治療を頼んでいる関係にあったことも理由です。Gさんは、膀胱全摘を勧められて逃げ出した病院でもあったことから、また行ったら切られてしまうのではないかと心配のようでしたが、「主治医になる人は放射線科医だから、そんなことはありません」とお話ししました。

   放射線治療は、通院で週5回、6週間にわたって行なわれました。
   それにより腫瘍は消失し、現在まで再発の徴候は認めません。後でGさんから聞いた話では、病院では泌尿器科医も診てくれたそうで、再び「膀胱全摘術を勧められた」そうです。しかし嫌だと言うと、放射線治療に協力してくれたそうです。』

                             sun

   全摘術の術後合併症としては腹腔内膿症や腸閉塞(イレウス)などで、腹部の手術において一般的に見られるものがあります。最大の合併症は「手術死」で、裏口退院する率は1~4%にもなり、高齢であるほど死亡率は高くなります。別の合併症は、性機能の喪失・低下で、女性は膣まで切除されてしまう場合があります。それらの合併症を別にしても日常生活の悪化の最大の原因は、膀胱を切除した結果、必然的に起きてくる尿の処理の問題です。

   そのために下腹部の皮膚に集尿袋を装着する必要があり、時々袋に溜まった尿を捨てる作業も煩雑です。しかも袋と皮膚の接着部位が少しでも緩むと、尿が漏れてしまうので細心の注意が必要です。また種々の刺激で皮膚がかぶれ、かゆみが生じます。かゆみは非常につらいものです。集尿袋の装着場所は変えることができないために、その部分の皮膚のかぶれを治癒させることは難しく、かゆくてたまらないのに引っかくこともできない、しかし無意識のうちにかいて痒みを悪化させるという、悶々とした状態が続くことになります。

   生活があまりにも変わってしまうために患者は通常、身体障害者と認定され、年金が支給されます。Gさんはがん放置期間中、年4回も海外旅行をしていましたが、全摘術を受けていたらそれが可能だったでしょうか。

   泌尿器科医たちも、患者ができるだけ自然な形で排尿できるように工夫はしてきました。しかし十分ではなかった。・・・。このように膀胱を全摘すると、いろいろ工夫しても臓器機能を完全に回復することはできません。それはすべての臓器がんの手術に共通する一般則です。そのうえ全摘術までしたのに、浸潤性膀胱がんの予後は不良です。治療の目安とされる5年生存ができる患者の割合は、全国平均でも5割以下です。

 泌尿器科医たちの放射線治療に対する無経験と無知

   
全摘術にはいろいろ問題があるために、ヨーロッパや米国では放射線治療が盛んです。報告論文を見ても、治療成績は全摘術のそれと同等以上です。排尿機能に関しては、自然に備わる膀胱に勝るものはないのは当然であり、そのことからも放射線が第一に選ばれるべき治療法です。・・・。

   本来がんは転移する「本物のがん」と、転移しない「がんもどき」のどちらかなのです。
   前者であればどのような治療をしても治ることはなく、後者であればかりにがんを放置しても死なないので、結局どういう治療であろうと治る率に変わりはありません。だったら膀胱を残す方法を選ぶのが得策です。それで万一腫瘍が残存すれば、そのとき手術を検討すればよい。ですから初回治療としての膀胱全摘術は必要のない時代になっていると言えます。

   しかし日本の現状は、理想にはほど遠いものです。
   浸潤性膀胱がんは100%、放射線治療ですむのに、それを知って実際に受けている人は、全患者のせいぜい5%程度と思われます。もっと低率かもしれない。そして大学病院やがん専門病院でも相変わらず全摘術だけを行ない、膀胱温存を可能にする放射線治療には見向きもしない泌尿器科が多いのです。

   泌尿器科医が放射線治療を採用しないのは、実施してみて駄目だったからではなく、単純に行なったことがないのが一因です。それで私の乳がん患者から聞いた話ですが、父親が膀胱がんと診断された時、全摘術を勧められて断ったら、担当の泌尿器科医に「手術しても苦しむことがあるのに、手術しなければどんなに苦しむか分からない」と言われたそうです。その方は自分で地元の放射線治療科の治療の約束を取り付けたのですが、まもなく転移が出現し、しかも脳梗塞まで発症し、結局放射線治療を受ける機会がないまま亡くなられました。死亡後にその泌尿器科医は娘さんに、何も治療を受けない患者や放射線治療を受けた患者も診たことがなかったと話したそうです。

   非常に率直な告白で、泌尿器科医たちの放射線治療に対する無経験と無知がよくわかります。このような日本で、浸潤性膀胱がんと診断されたらどう行動すればよいのでしょうか。本書の読者であれば真っ先に考えるのは、何かあったら私の外来を訪ねるというものでしょう。しかし私は2014年に定年を迎え、その後は診療に携わる予定がありません。ですから2010年末から、私は新たな患者の主治医になることを止めています。

   2011年のある日、浸潤性膀胱がんの男性Jさんが、私の外来に相談に来られました。
   Jさんは、都内の膀胱がん治療で有名な大学病院やがん専門病院の泌尿器科を何軒も回ったが、どこでも全摘術を勧められ、途方に暮れて私の外来に来たのでした。話を聞くと、放射線治療に好意的であったのが東京女子医大の泌尿器科ただ1軒だったそうですが、いざ治療を受けたいと言ったところ、手の平を返すように全摘術を勧めたというのです。

   しかし、放射線治療に好意的であったというのだから脈はあるだろうと思い、私はその病院の放射線科の教授に「治療してあげて下さい」という紹介状を書きました。直接頼めば何とかなると思ったのです。ところがしばらくすると患者が戻って来て、教授に会ったが、「全摘術が標準治療だから、泌尿器科医の言う通りにしなさい」と言われたというのです。しかし、「あなたが強く希望するのであれば、やってあげないこともない」とも言われたと。

   この状況からわかることは、こういう場合
放射線科医は、泌尿器科に遠慮しているのです。もう少しはっきり言えばそこには力関係があり、患者を握っている外科医や婦人科医、泌尿器科医、耳鼻科医たちよりも放射線科医は弱い立場に置かれているので、言いたいことも言えずに黙っているわけです。それでJさんには、「放射線科医が積極的に治療を開始した形になるのはまずいので、患者自身の強い希望でしぶしぶ治療を始めたという形をつくる必要があるから、もう一度放射線科を訪ねて、どういう結果になろうとも構わないのでどうかお願いします、と再度言いなさい」とアドバイスしました。

   Jさんはその後しばらく来られなかったので、1件落着かと思っていたら、ある時慶応病院の放射線科の外来治療棟でばったり会いました。なんでも向こうの病院で放射線治療をしてくれることになりはしたが、途中のやり取りが嫌になり、慶応の泌尿器科の門を直接叩いたという。泌尿器科では膀胱鏡で見ながらがん種瘤を削る手術をし、その後私とは別の放射線科の医者に依頼して治療が始まったところだと言いました。

   Jさんが、希望通り治療が受けられるようになってよかったと心から思います。
   ただ泌尿器科医が多分知らないことなので一言しておくと、膀胱鏡でがんを削る手術は、放射線治療の前には不要です。・・・。つまりがん種瘤が削り取られていると、そのために膀胱粘膜面が平らになってしまい、がんの部位だけを狙って精密な放射線治療をしようとしても目印がなくなり、精密治療が困難、あるいは不可能になる欠点があります。ですから本書を読んでいる泌尿器科医の方は、是非がん種瘤を削らずに残したままにしてください。

   私はJさんの話を聞いて、実はほっとしました。
   というのは慶応病院の泌尿器科では、かつて全摘術が全盛であり、中には患者から「切り裂きジャック」というあだ名をつけられた医者も在籍していたのです。それで私は膀胱がんの新患が来ると当院の泌尿器科に診せる気にはならず、しかし放射線治療をするには泌尿器科医の協力が必要でもあり、それで別の病院に患者を紹介していたのです。それなのに今回、泌尿器科医が放射線治療
を自ら主導したのです。代が替わったからなのか、考え方が柔軟になったからなのか、いずれにしても喜ばしいことで、時代が動いている予兆でしょう。

   というのも、私は乳がんの乳房温存療法で似たような経験をしているからです。
   かつて乳がんは、乳房のみならずその裏側の筋肉までを全摘する「ハルステッド手術」が全盛でした。私が80年代に乳房温存療法を唱導し始めた頃は、温存療法の全国実施率はほぼゼロだったのです。そのことに憤りを感じた私は、「乳がんは切らずに治る―治癒率は同じなのに、勝手に乳房を切り取るのは、外科医の犯罪行為ではないか」、という論文を「文藝春秋」(88年6月号)に載せたので、外科医たちは猛反発。慶応の外科教授も激怒し、私の上司である教授を呼びつけて叱責しました。しかもどうしたことか、それに同調する放射線科医まで出現して、「近藤先生は医の倫理から外れているのでは」とまで言われました。

   しかし私には確信があった。
   それは、「乳房温存という道がある」という情報を得た患者たちが理性的に行動し、やがて日本の乳がん治療を変えていくと。そして実際に現在では、ハルステッド手術は廃(すた)れ、乳房温存療法が標準治療になってきています。その経験から、今回のJさんの行動は、膀胱がんで放射線治療が標準治療になる先駆けだと思われるからです。しかし問題は、放射線治療が標準治療になっていくのに何年、何十年かかるのだろうか、ということです。しかしそれはひとえに膀胱温存を求める患者たちが、どこまで自らの望みを貫き、かつ主体的に行動できるかどうかにかかっていると言えるのです。


     book 『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』 近藤 誠著 文藝春秋

                           抜粋
   

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