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農薬・殺虫剤、除草剤などが難病・奇病などの病気の原因

菅野   我々は60数兆個の細胞でできた肉体で生まれてきて、だいたい6回から7回くらい遺伝子がコピーされて再生されます。その過程で、99・9%はいくけども、0・何%かは外れてきます。それで老化していくわけですよ。でもこれが完全にもとに戻ることがわかったら、人間の寿命が120歳説というのは完全に崩れることになります。

   森下(敬一)先生は、30年以上ずっと続けて、中国の長寿村「巴馬・バーマ」や「ビルカバンバ」などに行っていて、私も行ったことがありますが、今から30年、40年前には間違いなく、200歳とか300歳の人間がいたと言っています。ところが文明の波が押し寄せてきて、くだらない食品工業会がいろんな食べ物を提供し始めた途端、みんな短命になってバタバタ死に始めた。名古屋のあのきんさん・ぎんさんも百何歳まで生きていて、東京の有名ホテルに泊まってうまい物を食った途端に亡くなってしまった。

フルフォード  2週間前にハーバード大学で発表したんですが、60歳相当のネズミにたんぱく質を与えると、20歳みたいなネズミに戻るというのがあったんです。でもそれはなぜか封印されているんです。だけど封印している勢力が、今、失脚しようとしている印象が強い。

菅野   人口が70億、80億に増えたら、地球にはもう住めなくなるとかいうマルサスの『人口論』がありますが、あれ自体が問題のある内容です。人間がやり方を変えれば、地球に対していくらでも余裕があるんです。結局、問題は、人口が爆発的に増えていくと食い物がなくなるからというのですが、食い物というのは「穀物」のことなんです。しかし一方で、肉を食うために穀物を牛とか豚に食わせて人間が食うものがないというわけで、何考えてんだという話なのです。

船瀬   20分
の1になっちゃうからね。

菅野   最近気がついたのは、戦後、日本ではわけのわからない病気が増えていることです。そうしたものが250~260もあります。どこかの国の総理大臣(安倍首相)も、潰瘍性大腸炎じゃないですか。彼はまったく治ってはいない。1日に何回も下痢で苦しんでいるはず。でもあれを簡単に元に戻せる方法があるんですよ、統合医療を使えば。あっというまに元気になる。クローン病も潰瘍性大腸炎も多発性硬化症も、ほとんど元に戻せます。

   福田赳夫さんの奥さんの福田三枝さんは、著名な大学病院でも結局病気が治らなかった。それである元大使から自然療法でやってくれと頼まれて、世田谷の家まで行きました。三枝さんは当時92歳でしたが、去年101歳で亡くなりました。当時は小泉さんが総理大臣で、福田赳夫さんの長男の福田康夫さんが幹事長か何かやっていた。

   それで統合医療を使って福田三枝さんが元気になって、息子の福田康夫さんから言われた。「あなたは一体何がやりたいのか?」「私は統合医療というのを日本に根付かせたい」「わかった。純ちゃんに話してあげるから」 私はその時全然ピンと来なくて、「純ちゃんってどなたですか?」と聞いてしまった。そしたら総理大臣の小泉純一郎だった。 

   
それで純一郎先生の後押しもあって、統合医療の教科書を作るようになりました。
   医者とか歯医者に統合医療の認定は必要だろうということになり、渥美和彦先生が「じゃあ、やろう」となった。私は1998年からずっとやっていて、日本補完代替医療学会もできていたので、「やりましょう」となった。それが2007年に始まり、2008年から正式に統合医療の認定講座が始りました。今もやっていますし、あの本は実はもう3冊目で、統合医療の教科書になっています。

   日本には今、原因がわからなくて、治療方法のない病気が300くらいあります。
   私がワシントン大学の環境医学を聴講していたとき、日本では原因のわからない病気が121あって、それが難病とされるものです。ところがアメリカはその時、そうした難病が6000もあったんです。しかし今それが7000を越えている。去年のデータで、日本は130を認定していて、特定疾患給費制度といって保険負担もゼロです。そうした難病とされる人の数が、昭和47年度は200~300人だったのが、現在は84万人いる。つまり1億2800万人中84万人が、絶対に治らなくて命を取られているんです。

フルフォード  私の友人がカナダの研究所長をしていて、ノーベル賞をもらうかもしれないと言われている人ですが、マルチプル・スクローシスの遺伝を見つけた。それで彼が長生きするための研究、つまり寿命を延ばす研究をしたいと言ったら、途端に研究費が来なくなった。難病治療になら金を出すけど、寿命を延ばす研究には出せないと。

菅野   なぜかわかります?
      難病は治療しても絶対に治らないし、治療すると言っても単なる延命云々だけなんです。

船瀬   マッチポンプだね。難病をつくって、また新薬で稼ぐわけね。

菅野   奇病・変病で調べてみたら、戦後の農薬はバイオウェポン(生物兵器)です。
      つまりその延長線上で殺虫剤や除草剤などの化学物質を元にして農薬をつくったのです。そうしたものの種類の7000くらいを、今でも1年中使っているのです。7000の農薬のケミカルの構造式のものと、病気の数が同じなんです。

   難病、奇病の原因もほとんどそれだろうと。
   メニエール病になったり、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など、徳田さんじゃないですけど、目しか動かせない。

船瀬   あれなんか、自然の摂理からは起こりえない病気でしょう。

菅野   あり得ない。

船瀬   カロリー制限だって、6割のカロリーで2倍生きたマウスの、マッケイ報告はバッサリ切られて今まで封印されてきた。

菅野   カロリー計算の栄養学をやっている限りは、まず話になりません。
      本当の栄養学を突っ込んでやると狙われるから、日本では絶対にやっていない。

船瀬   ウィスコンシン大学のカール・フォイトの栄養学はウソ八百ですよ。
      カロリー至上主義で動物性タンパク至上主義、肉食至上主義ですからね。森美智代さんは、今度一緒にニューヨークに行くんだけど、青汁1杯、50カロリーで、もう19年も生きている。

菅野   栄養学自体が完全に詐欺まがいだってことです。
      西村修という文京区の区会議員は、本来プロレスラーなんです。それで彼は癌になった。肉を食わないと体がつくれないとだまされたという。肉というのは化学物質の塊りなんですよ。農薬の含有量だったら200倍くらい入ります。それで西村先生は悪性リンパ癌だったんです。

   「あなたは手術しないと死にますよ」と言われて、「先生、手術したら、死ぬ云々ではなく、プロレスはできますか?」「プロレスもできません」 それで彼は、「それなら一切手術しない。死んでもいいから俺は死ぬまでプロレスをやる」、と言っているうちに、たまたま自然食事療法に出会った。それを食っているうちに、2ヶ月経っても、3ヶ月経っても半年経っても死なない。しかも半年経って検査に行ってみたら、癌が消えていた。それで食い物が大事だと気がついた。

   実は野菜食も間違っているし、肉食も間違っているんですよ。
   これは森下先生が言っているんですが、絶対大事なのは「穀物食」なんです。基本は穀物で60~80%は穀物を食わなきゃいけない。その穀物は何かといったら、簡単なことで白米じゃなくて玄米です。あとマル麦などの精製してない麦です。

   しかし麦はほとんど遺伝子組み換えしたものしか出回ってはいません。
   『小麦は食べるな! (WHEAT BELLY)』 (Dr. ウイリアム・デイビス著 日本文芸社)という本を書いた人がいますが、あれを読むと、まさにアメリカの小麦などは、食えば食うほどプロティンの変性を起こして、難病・特定疾患(レアディジーズ)になる確立が高くなります。


  book 『世界一底なしの闇の国NIPPON!』
     菅野ひろし×ベンジャミン・フルフォード×船瀬俊介  ヒカルランド


                           抜粋

    

伊豆大島の地震と火山の噴火

   気になる動きが出てきているので、今回はプレートの動きが地震と火山だけではないことを少し説明します。

   7月24日に伊豆大島と草津白根山で地震が起きています。
   草津白根山のものは火山活動が活発化した物であり、この時に約2日くらい地震が増加し、近くの道路の通行制限まで行なわれていました。3・11直後の状況が、また起きつつあります。

   少し離れて九州の阿蘇山ですが、こちらでも活動が活発化しています。
   3・11以降、阿蘇の河口湖は干上がる事態が増えており、2013年の暮れからは水の面積部分が約1割程度になっており、今月に入ってからはほぼ完全に干上がっているとのことです。干上がる理由は火口温度の上昇が主なものなので、活動が活発化しているのは間違いありません。現状ではすぐに噴火につながるものではないとのことですが、注意が必要でしょう。

   伊豆大島でも地震が増えており、一旦は収まったのですが、昨日(28日)くらいから再び活動が活発化しています。26日には富士山の直下でも地震が起きているので、フィリピン海プレートの北側にエネルギーが溜まっていると考えられます。7月初めの台風の後はしばらくエネルギーが抜けた感じだったのですが、ここに来て再びリスクを感じる状況です。

   伊豆大島の物は現在進行形です。
   この島の北側の部分に地震が集中しており、火口への影響はまだ余りない様子です。ただこの火口直下でも地震が起きているので、それがこの先の活動につながらないとは言えません。地震の発生域は島の北側部分から北西へ延びて、伊豆半島の方面へ向かっています。このエリアにも伊豆東部の火山群が存在しているので、火山を刺激していることには変わりはなく、その下にあるマグマ溜まりに対し、広域にわたり影響が出ているかもしれません。

   九州の桜島は、相変わらず活発な活動を続けており、霧島のマグマも火口に溜まったままで、エネルギーの溜まったままの状況が続いています。霧島は2011年以来活動を続けていますが、阿蘇は2012年に1度収まり、13年から再び活発化しています。このエネルギーは、西之島の固着点から来ているエネルギーと考えられます。
(西之島は噴火によるマグマ流出により、現在その面積が東京ドームの約15倍に当る、70ヘクタールに拡大している

   この固着点は、フィリピン海プレートと太平洋プレートにも影響を及ぼしていると考えられます。このフィリピン海プレートの北側のエリアが、南海、東南海、東海の地震エリアであり、これまでに百数十年にわたる単位で地震を繰り返しているところなのです。その中にあるのが富士山であり、伊豆大島です。この2つの火山は、互いに影響しながらその活動を行なってきています。

   フィリピン海プレートは、その本来の動きは太平洋プレートに押される動きです。
   この押され方には2通りあり、1つはハワイ方面から押してくる力、もう1つがこの押しに合わせて発生しているマリアナ諸島を経由して北に押し上げる力です。太平洋プレートがマリアナ諸島にぶつかってこれを押すときに、その海溝の曲線構造がこの向きである北方に力を生み出しているのです。

   つまり、フィリピン海プレートはこの2つの力の合成で動いていると考えられます。
   今回のフィリピン海プレートの北へ向いた動きですが、そのエネルギーが火山の噴火になるのか、それとも地震などの別のものになるのか、現在その動きに注目しています。地震の発生域が伊豆半島に向かって延びているのでこの心配をしています。

   フィリピン海プレートは、関東のある北米プレートと、その西側のユーラシアプレートの下側に沈み込んでいます。プレートの動きによる沈み込みは、当然、その上にあるものを同時に沈めたり、持ち上げたりすることになります。そうした視点から伊豆半島の先端部分を見てみると、比較的浅い海に隆起の激しい浅い領域が広がっているのに気づきます。ゆっくり沈み込んでいれば、通常はその時に削られてしまうことから平らな領域になると思われます。

   地球は1万年単位で、氷河期になっては海水が凍るということを繰り返してきているので、この約150メートルの深さくらいまでは、普通であればそのごつごつした隆起は周期的に海面に洗われて平らになり、消えて海に飲み込まれていると考えられます。しかし実際にはそうではなく、日本においては珍しい状態であることも確かです。もしそうであれば、この部分の沈み込みは、かなり新しい時代の変化であることを示している事になります。

   もし伊豆半島と伊豆大島が沈み込んでいるとすると、次に問題になるのはその「速度」であり、その速度がどのように変化するかが重大なことになります。大きな地震が起きると、1mから2mは沈みこんだり浮かび上がったりするのがプレートの先端部分なので、そこに大きな沈み込みが見えるはずだと思われます。

   実際にこのことが騒がれるようになるまでは、特に問題視されたりすることはないと思われます。しかしそれでも今、フィリピン海プレートの動きが加速しているという現状を考えると、その結果何が引き起こされることになるかについて、改めて関連する地震についての検討が必要になってくると思われます。

   3・11が動かした東北エリアのプレートが、他のエリアへの動きを誘発しています。
   フィリピン海プレートの動きは、南海から東海の地震につながっていますが、それだけでなくこれらは、この伊豆大島と伊豆半島の動きからも心配されることになりそうです。

   今の時点で、このプレートの伊豆大島の北側の変異に注意が必要な状態にあるので、地震と火山の噴火に注意を喚起しておきます。もし起きても、地震は大地震にはならず、少し大きめのものという程度だと考えられます。地震の可能性が高まる場合には、改めてここに載せるつもりですが、他の異変にも注意が必要だと感じています。
                                       
                                           稲生雅之

                           sun

   稲生雅之さんのメルマガから掲載させていただきました。


   

この世界は過去、現在、未来が交差する「パラレルワールド」!

保江邦夫   藤田(一照)さんから、ご自身がなぜお坊さんになったかというお話を聞きました。彼はすごく優秀で、東大の大学院まで行って、修士になるとすぐに心理学の助手になりました。そのご褒美に1、2年アメリカに留学させてもらい、新進気鋭の東大の心理学者ということで、アメリカのいろいろな学会に出て活躍していました。ですが、他の学者から足を引っ張られる。もちろん日本人の学者も足を引っ張るし、アメリカ人も、ほかの国の人も足を引っ張る。表面上は味方のようなことを言っておきながら、いざとなったら陰でおとしめるようなことを平気でやる。

   そういう学問の世界が嫌になって、藤田さんはアメリカにいながら東大に辞表を出しました。「心理学に限らず、学問の世界は汚い。やめます」、と言ってスパッとやめました。そして気持ちをよくしなければいけないと思い、アメリカで見つけた禅寺に入門しました。もちろん他に日本人もおられたけれども、アメリカの禅寺で修行して、得度し、ちゃんと名前も頂戴したそうです。

   そのうちに藤田さんは、アメリカでたまたま「東大大好き」の日本人の大金持ちと出会いました。藤田さんは彼に気に入られて、「俺の家が鎌倉にあるが、私はしょっちゅうアメリカに来ているので留守が心配だ。もし留守番として鎌倉の家に住んでくれるなら、生活費も全部出すし、家も自由に使ってくれてかまわない」と言われました。藤田さんはいい話だと思い、日本に戻って鎌倉の大金持ちの家に住むことにしました。藤田さんは早稲田大学と筑波大学の非常勤講師もしています。古巣の東大には一度辞表を出したのでにらまれているということですが、そのうち東大にも戻られると思います。

   私はその鎌倉の家に行ったことはありませんが、豪邸だそうです。
   彼は「自分がどういう人間か」というお話をして、「もっとすごい話がある」と言うのです。そして彼が鎌倉の豪邸に留守番として住み始めて、しばらくたった頃の出来事を話してくれました。ここからは藤田さんから聞いた言葉をそのまま伝えます。私が言ったわけではないので間違えないでください。

   すごい豪邸を預かっていたら、藤田さんいわく、ある日「何か浮浪者みたいなやつ」が訪ねてきて、その豪邸の一部を会合の場として貸してくれと言う。普通の留守番なら、あるいは普通の坊さんならそれを断っていただろうけども、藤田さんは、その人をうさん臭いけれども、何か憎めない、何か違うと思い、その日の夕方からそこを貸すことをオーケーし、さらに会合に人を集めるのにも協力しました。「近所の人にも、自分のネットワークの人にも声をかけてあげましょう」と、なぜか自分で言ってしまったそうです。実はそこへ「場所を貸してください」と言ってきた浮浪者のような、しかし何か憎めない人物が、木内鶴彦さんだったのです。(笑)

   その日の夕方から会合が持たれましたが、藤田さんは会場を提供するだけなので出る必要はなかったのですが、留守番としてのプロ根性で、最後まで会場で木内さんの話を聞いていました。聞いているうちに吸い込まれて、彼いわく「その日の聴衆の中で自分が最もよく聞いて、最もよく信じた」と。その時の木内さんのお話の内容を藤田さんから聞いた私は、それを今度は次ぎに出会う人みなに語りました。しかも私はまだ木内さんに会ったこともないのに、まるで木内さんの懇意であるかのように、「木内さんってすごいんだよ。こんな凄い人が世の中にはいるんだよ」、と会う人、会う人に言いまくりました。そして今日、初めてお会いしました (笑)。  

   ご存知の方も多いと思いますが、木内さんは臨死体験だけでなく、何度かの死亡体験まで経験していて、30分以上亡くなっていてちゃんと死亡診断書まであるのです。これは藤田さんから聞いた話ですが、木内さんは死亡体験の中で、起き上がってみたらそばに何かあって、それが自分の身体だと気がついた。木内さんはそのうちお迎えが来るだろうと思ったけれども、なかなか来ない。

   そのうちふと、最後にあの友だちに会っておけばよかったな、残念だなと思った瞬間、何とその友人のいるあたりに自分の視野があり、友人は元気そうにやっている。声をかけても相手にはわからず、ともかく安心し、そろそろお迎えが来そうだし、その時に身体のそばにいないと、天国に連れて行ってもらえないかもしれないと心配になり、木内さんはまた病室に戻る。それはやってみると簡単だったそうです。それで「あ、これ簡単なんだ」と思い、木内さんは本来天文学をされる科学者ですから興味が湧き、まだお迎えも来ないようだし、もうちょっと遠くまで行けるのではないか、せっかくだからこの状況を楽しんでみようと思いました。

   私なら、皇居の中とか(笑)、ホワイトハウスの大統領執務室に行く程度ですが、木内さんはずっと疑問に思っていた「ピラミッドをどうやって造ったかを知りたい」と思ったのです。すると何と、ピラミッドの建築現場に来ている。(略) そうだったのか、こうやってピラミッドは造られたのかと長年の疑問が晴れた木内さんは、もうそろそろお迎えが来るだろう、病室に戻らないと俺は天国に行けない、ヤバイ、帰ろうと思いました。その場所がどこだったかはうろ覚えですが、とにかく日本の、ご自分が亡くなった病院の一室を思い描きました。

   ところが、一発で帰れなかった。
   何か日本的な感じの場所には着いたのですが、見ると、人々が「ちょんまげ」を結っている。明らかにそこは江戸時代でした。木内さんがいる場所は、どこかおの寺を建立している最中の工事現場のようで、大工さんがキセルでタバコを吸いながら一服していました。藤田さんから聞いた話では、その時に木内さんはちょっと遊びごころを出した。俺はもう天国に行ってしまうのだから、せめて俺がいたという証拠を残そうと思い、その辺に置いてあった材木に「木内」と何かアルファベット的なサインを書きました。そして再び病室を思い描いたら、今度はちゃんと病室に戻れました。

   しかし病室で待っていてもまだお迎えは来ない。
   そこで木内さんは、過去にも行けたのだから、ひょっとすると未来にも行けるのではないかと思い試してみた。すると行くには行けたのだけれど、藤田さんが私に語ったところでは、その未来は二重写しのようになっていたのです。それは2つの状況が重なり合っており、一方は生き物がまったくいない荒涼とした悲惨な世界。片や緑に溢れた場所で子どもたちがキャッ、キャッと楽しそうに遊んでいる。その2つの場面が二重写しになっている。

   木内さんは、「エーッ、何で?」といぶかしんでいると、ヒュヒュヒュッと病室に戻され、ああ、お迎えが来たのか、もう観念しなきゃいけないと思ったとたん、何と横たわっている自分の体に戻っていました。木内さんが「フンギャーッ」と起きたら、周りの人はみんな「エーッ」とそれはそれは驚いた。それはそうです。30分以上も死んでいたはずの体が動いて起き上がったのですから。

江戸時代に行って残してきたサインを、高知のお寺で発見!!

   その死亡体験からしばらくたって、木内さんは天文学のほうにも復帰され、四国の高知県高知市で開かれた学会に参加しました。しかし木内さんが高知に行かれたのはその時が初めてでした。会場と宿舎の間のどこかの町並みを学会仲間の人と2人で歩いていると、あるお寺の前を通りかかった。木内さんは「あれ? ここには来たことがある」と思いました。何か気になって、一度は通り過ぎたそのお寺に行ってみました。お寺の本堂の形を見ると、死亡体験時にたまたま江戸時代に行ったときの、大工さんが建立していたあのお寺ではないかと思われる。

   それならどこかに自分がサインした板があるはずだと思い、木内さんはそこのご住職に「ここのお寺のどこかの板に梵語(ぼんご)のようなグニュグニュした、何か変な文字が残っていませんか?」と尋ねました。それを聞いてご住職は、「えっ! 何であんた、それを知っているの?」と驚いた。実はそういうものが実際にあって、そのことはそこの檀家の方々でも、昔からの檀家の方しか知らない事実なのだそうです。その場に連れて行かれて木内さんご本人がそれを見ると、果たしてあの死亡体験のときご自分がサインしてきたものだったそうです。藤田さんが私にそう語ってくれました。(笑)

   しかもご住職は、実はこのお寺が建立されたときに、「不思議なことが起きた」という話が巻物で伝えられていると言うのです。その言い伝えとは、職人が一服して休憩していたら、置いてあった材木になぜか勝手にバーッと梵語が出て来たというものでした。当時はアルファベットなんかわからない時代ですから、当然、当時の人は木内さんのサインを梵語だと思う。これはすごい、お釈迦様のお力に違いないということになって、その話を最初の住職が巻物にして残した。それがずっと伝わっているということでした。

   木内さんはそれまで、ピラミッドに行ったり、江戸時代に行ったり、未来に行ったりし、自分が死んでいた30分間の間に体験したことは事実なのか、それとも熱にうかされた脳が勝手につくり上げた妄想、イメージなのかと、科学者として判断できなかったのですが、自分が江戸時代に行ったときに書いたサインが残っている高知のお寺へ行った時、あの体験は全部事実だったのだと悟られたのでした。


      book 『あの世飛行士』 木内鶴彦×保江邦夫  ヒカルランド


                           抜粋

   

「自由意志の法則」

Q、  多くの説明の中で、「自由意志」こそ尊重すべき重要なものだとのことですが、なぜそれほど重要なのですか?

   
自由意志とは、自分自身でしたいことを決められる能力のこどだ。
   それが「魂の法則」の基本となるものの1つであり、魂には自分自身の運命を選ぶ自由がある、とするものである。そして霊的な進歩は、本人自身の決断でそれを決めた時、つまり何の強制や強要もなく、魂の自由意志で進歩しようと決めた場合にのみ、本当のものとなる。もし、進歩することが強いられていたり、強制あるいは強要されていた場合、そうしたものが失われてしまうと、とたんに魂は元の状態に戻ってしまう。なぜならあてがわれた環境には順応できないからである。

   「魂の法則」というものは、本来我々の魂に刻まれているものだ。
   魂には、常に幸せを求めるように駆り立てる力があり、幸福を追求することによって進化する。また魂は本質的に自由な存在であり、それは愛がなけれな幸せにはなれないように、自由でいられなければれば霊的にも完全に幸せではいられない。魂が自由であることを「創造主」が望まなければ、奴隷であっても幸せでいられるように創っただろう。しかし魂はどのような形であれ、隷属によって幸せにはなれず、自由であるために創造されたと結論できる。それは宇宙のどこでもそうであるように、地球においても魂は自由なのだ。


Q、  しかし現実には私たちの惑星のほとんどの人々は、自由に行動するどころか、やりたくもないことを無理をしてしたり、そうするように強いられたりしています。

 
  まったくその通りで、あなた方の地球世界ではそうなのだ。
   それは、地上の住民のほとんどが進化していないために、「自由意志の法則」はいつも守られることがない。その理由には2つあり、人々が未だにこの法則を知らないことと、自由意志を尊重するためにはエゴの放棄が不可欠なことから、故意にこの法則を尊重したくないかのどちらかである。霊的な学習の目的の1つに、「他者の自由意志の尊重」があるが、同時に自分の自由意志をも尊重しなければならないのだ。

   これは宇宙レベルの法則なので、あなた方の惑星よりもずっと進化した他の世界では、「魂の法則」とともに自由意志の尊重が重視されるがゆえに、あなた方よりもずっと幸せである。そうした進化した魂は「自由意志の法則」を理解し尊重し遵守しているので、まだあまり進歩していない魂の住む世界と関わるときには、特にこの法則に違反しないように非常に気をつかっている。つまり、害を与えるつもりがなくても関与しすぎると、遅れている魂や文明を依存させてしまうことで、その惑星の進化を停滞させてしまうことがある。

   そのために、高次元の世界からそれよりも遅れた世界に与えられる援助は、いつも非常に注意深く精妙でなければならず、絶対に要請する側の意に反してはならず、その自由意志を無理強いしてもならない。つまり、要請側が、支援を受けて成長したいという「意思表示」をする必要があるのだ。


Q、  わかりやすい例で示してほしいのですが。

   いいだろう。
   今、あなた方の地球に、高度に進歩した世界からある人がやって来たとしよう。人類は皆その人物の大きな能力を認め、地球の政府を明け渡し、すべての問題を解決してもらうことを決定したと想定しよう。その人の出身地では、魂に関するあらゆる法則が理解されていることから、あらゆる動物を尊重し、その殺傷を禁じ、菜食主義である。それで彼が地球でも狩猟や闘牛、食肉を禁じる動物保護法の奨励を決めた場合、あなた方地球の人々は、自ら進んでそれに賛同し、そうしたことを放棄するだろうか?

   今の現状ではどんなに甘く見積もっても、人類の80%以上の人々がそうした方策に反対するだろう。そして新しいその法律の導入を阻止しようとして、地球上にはひどく暴力的な抗議運動や反乱が起きるだろう。ジレンマに陥った主導者は、どうするべきだろうか? 

   人々を満足させるために、自分自身の信念を放棄すべきだろうか? 
   それとも反対に、大多数が反対しても法律を押し付けるべきなのだろうか? 最初の選択をしたならば、それは自分の意に反したことを行なう必要があるので、自分の自由意志に背くことになる。2つ目を選べば、民衆の意に反する法律を課すので、彼らの自由意志に背くことになる。

   しかし解決法はあり、そして実際にそうなっている。
   つまりあなた方の世界では、進化した者たちが統治していないということだ。あなた方のレベルの世界で、実際に進化した者が政治の要職に就いていないとしたら、それはただ単に、あなた方のほとんどがそうした人に指導されたくないか、それともその改革案を受け入れたくないからなのだ。そして彼らも、強制しても無駄なことを知っているので、自分たちの「改革案」という意志を強要することもない。

   あなた方の惑星の歴史を見ると、ある程度正直な者たちが要職に就き、より良い方向に舵取りをしようと試みた時代が数多く存在した。しかし、その後どうなってしまっただろうか? つまり、そうした期間は長くは続かなかった。周囲の者たちが、彼らを排除してしまったからである。だから進化した魂は、助言を与えて強要せず、手本を示して説得するに留まるために、それぞれが納得したものを選ぶしかないという訳である。

Q、  もし地球世界に「自由意志の法則」を適用し、進化した他の惑星のように、私たちがそれを守る決意をしたらどうなりますか?

  
 あらゆる隷属や強要、抑圧、懐柔(かいじゅう・人を丸め込み利用する)、傷害などのあらゆる形態がなくなるだろう。進化した存在は、絶対に他者の生命の権利を侵すことはない。ゆえに戦争や死刑、殺人や堕胎などの、他人の命の権利を侵害する行為はなくなるだろう。子どもや大人への暴力や性的虐待もなくなるだろう。よって幼児偏愛や強姦、売春、他者の意志を踏みにじったり強要する性行為など、特に弱く無防備な状態への虐待のすべての形態が消滅するだろう。

   思考や感情の自由な表現を阻む、すべてのものが消えるだろう。
   よって検閲や操作、詐欺、弾圧や誘拐も存在しなくなる。人種や宗教、文化、経済、政治やそうした違いなどから起きてきた、他人への抑圧や攻撃、統制、暴力を正当化する利己的な宗教、哲学、学説などは、どれも消滅する。ゆえに人種差別、全体主義、ファシズム、宗教的狂信、軍国主義、帝国主義、資本主義など、少数の者の利益がその他大勢の苦悩の上に成り立つイデオロギーはなくなるだろう。

   魂に強要して隷属させる形態というのは、それが物質的精神的なものであるかどうかにかかわらず、必ず失敗に終わる。なぜなら魂の内面に刻まれているものは、隷従を強いるものに反抗し、遅かれ早かれ、自由を求めて全力で戦うようになるからだ。それが、魂の「自由意志の法則」を尊重しない宗教的教義やイデオロギー、政治および経済体制のどれもが不安定で短命である理由だ。一方、「魂の法則」に基づいたものは安定していて永続的である。

   家族の内外を問わず、親が子をまた子が親を、夫が妻をまた妻が夫を、上司が従業員を、強者が弱者を、奴隷化したり肉体的精神的に虐待したりすることはすべてなくなるだろう。また他の生き物に苦痛を与えたり、殺したりする趣味や気晴らしはどれもなくなる。特に高等哺乳類などの人間と進化の近い存在たちに対する、闘牛や狩猟、釣り、それに先進国における畜産など、それをしなければ人間の生存が脅かされると反論できなくなり、そうした行為はなくなるだろう。


Q、  法則を生きるためには、まずそれを知る必要があると思いますが、どうすれば興味のない人たちに、何らかの強要をすることなく、教えることができるのでしょうか? 登校を拒否する反抗的な子どもに、学校へ行くように強制するのと同じようにしてはいけないのでしょうか?

   
唯一の方法は手本を示すことである。
   どんなに霊的に高い法則であっても、それを押し付けることは法則に反することになる。押し付けたり強制して得られたものは、強制力がなくなると失われてしまい、結局魂は本来の状態に戻ってしまうが、それはお仕着せの強制された状態には順応できないからだ。

   魂が輪廻転生を繰り返し、その都度前世の記憶を忘却するのはまさにそのためであり、魂が自由意志を経験して、何の規制も受けずに自分の力で進化するためにあるのだ。つまり進むかどうするのか、自分が進歩するためにどのような試練が必要で、それを決めるのは魂自身の自由であることはすでに前にも話した。

   あなたが述べた子どもと学校の例に関しては、それはあなた方の世界にもすでに届いていると思うが、霊的に最も進化した潮流では、学校を退屈ではなくもっと魅力的なものにし、強制することなく、子ども自身の能力を刺激する方法を模索しているはずである。それは義務からではなく本人の熱意から行なわれることで、それが子どもが学ぶ一番いい方法だ。


Q、  多くの宗教の信奉者たちには、「自由意志の法則」はちゃんと伝わらなかったようですね。多くの場合宗教は、暴力や強制、恐怖などを利用して、自分たちの信仰を他者に押し付けてきました。キリスト教では、異端審問や十字軍が魔女狩りなどを行ないました。

   
それは総体的に進化が乏しかった、あなた方の世界のエゴのためである。
   そのために、与えられていた真実の教えが特定の人々に独占されるものとなり、彼らは他人を支配し操作するために、教えそのものを歪めてしまったのだ。押し付けたり、強制するような宗教や信仰によって、魂が進化することはあり得ないことであり、それは真実ではないし、高次の霊性と調和したものだとは考えられない。

   「自由意志の法則」を破る者は誰であれ、彼らは神の仲介者ではないし、神の意向に沿う者だと見なすことはできないので、時とともに地上から消え去る運命にある。これについては別の機会に特別に述べよう。


Q、  しかし高次元の存在たちからの関与があったとはいえ、この世界が進歩したり、大きく改善されたようには見えないのですが。

   いくらかは改善されたのは事実だ。
   あなた方の過去の時代には、人間が食用として家畜のように飼育されていたこともあった。今のあなた方には嫌悪すべきことだろうが、しかし今日の地球上では、事実上、カニバリズム(人肉食)は淘汰された。また合法的な奴隷制度が存在し、全世界で奴隷の売買が行なわれていた時から、まだ200年も経っていない。現在では別の形の奴隷が存在するとはいえ、少なくとも合法的な奴隷制は、すべての国々で追及され罰せられたので、今は法の陰に潜んでいる。

   世界ではまだ複数の地域で、宗教上の理由から迫害されることもあるようだが、以前と比べ、激しさや残虐性は緩和されている。宗教改革以前のヨーロッパでは、想像もできなかった「信仰の自由」の権利を保障する法規が、今では多くの国々に存在している。また懲罰の方法としての死刑は、多くの国々では廃止された。しなくてはならないことはまだまだ沢山あるとはいえ、過去の時代の状況と比較すれば進歩している。


        book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット

                           抜粋

『zeraniumの掲示板』について

   
   私はこれまでいつも、「非常に残念でならない」と思ってきたことがあります。
   それは私たちの世界には、すでにおびただしいほどの情報と真実の知識が届けられているのに、それが書物という限られた媒体の中だけにしか、人々に発見される場がないという事実でした。

   つまり、その本を手に取ることがなければ、その情報に触れることができないのです。
   本来ならば当然、学校教育や正常に機能するマスコミなどを通して、必要な情報が発信されるべきものですが、それには期待できないのは皆さんもご存知の通りです。

   私たちの生きる今の世界は、テレビや新聞などのマスメディアによる情報のコントロールが行なわれており、本当の情報がそのまま私たちに伝えられることはありません。そればかりか多くの場合、真相は捏造され、隠され、都合よく操作して伝えられます。そうした状況で、真相を知っている人々がその情報を発信する場はほとんどないような状況ですが、そのわずかな場の1つが本という媒体です。

   しかしながら、多くの人々は以前よりも一層、本を読む機会がほとんどないのが一般的であることから、そのような情報を得ることができません。しかしこれほど多くの情報が詰まったものを、しかもそれを知ることで、私たちの考え方や視点が変わり、これからの生き方が大きく変わってしまうかもしれないような情報が、非常に限られた本の片隅に埋もれてしまうことを、私は黙って見過ごすことができませんでした。
しかもそうした情報は、一方的に絶版という形で隠蔽されてしまうことも少なくありません。

   私が一番重要なことと考えているのは、そうした情報がより多くの人々と共有されることに比例して、私たちの住む社会、世界が変化する可能性があるということです。つまり、真実の情報がより多くの人々に行き届き、共有されるかどうかが、この世界を変える大きな力となり、鍵であるという真実です。

   私たちの生きる社会が、このままではいけないとわかっていながら、なぜこれほど変化しないのか考えたことがあるでしょうか? その原因の一つが、私は真実の情報が人々に知らされてこなかったことにあると考えるに至りました。つまり、捏造された嘘の情報が、テレビや新聞、宗教的教化、人々の間にある共通の合意、あるいは教育というものを通して私たちを養ってきたのです。私たちは与えられるものを疑うことなく受け入れて信じてきました。ですが今や時代は、されるがままであったそうした幼い状態から立ち上がるべき時に来ています。

   そこで私は、これまでに地球世界だけでなく地球外も含め、多くのさまざまな人々から発信されている、本の中に見つけたそうした知識という情報を、ブログという場を通して人々に再発信しようと考えました。自分が知った真実は、それをまだ知らない他の人々にも知らせなければならないと考えているからです。すべての知識と情報は、あらゆる人に知らされることを目的としており、そのことにだけ存在意義があります。

   ですから「zeraniumの掲示板」は、いわゆる個人的な表現をするために使用することはほとんどありません。たまに私の愚考な文章が挟まることはあっても、その目的のほとんどは情報の再発信にあります。つまりこの『場』はすでに発信された情報や真実の知識が経由するところ、単なる「掲示板」としての役割でしかありません。ですから、本から掲載されたものを、私が自分の書いた文章のように主張することはありません。

   本からの掲載に当り、意味をわかりやすくするために、直訳で分かりにくい部分に手を加えることはありますが、それは理解できなければ読んでも意味がないわけで、より理解しやすくするために、私が理解し得た範囲においてそうすることがあります。でもそれは、著者の伝えたいことをよりよく読者に伝えて理解してもらうことが目的です。

   私のサイトを訪問されて、著者を通して与えられた多くの知識という情報と真相に触れ、驚いたり、役に立ったり、考え方やものの見方などに影響を受けられていることと思います。しかし私が掲載しているものは1冊の本全体のほんの一部にしか過ぎず、抜粋であることが多いことから、できるだけ全体を読まれることをお勧めします。

   その時、自分だけに向けられたメッセージを受け取ることができます。
   なぜなら1人1人の歩みはそれぞれが違うものであることから、自分の「ツボにはまる」必要なメッセージは、それぞれに違うものだからです。

著者の方々と出版社の方々にお礼申し上げます

   ここで、そうした多くの真実の知識と情報を本として出版してくださっている、著者と出版社の方々に深くお礼を申し上げます。1冊の本が出来上がり、出版に漕ぎつけ、店頭に並ぶようになるまでに、どれほど多くの人々の努力が払われているかを知っています。そのようにして世に出されたものから、私たちはどれほど多くのものを受け、情報に触れ、影響を受けているかわかりません。

   そうした本が出版されないならば、いかに多くの情報と真実の知識がこの世界にすでに届けられていようとも、私たちはその知識という光に触れることはできず、操作された間違った情報だけが飛び交う、閉じられた「つんぼ桟敷」の世界で生きるしかありません。

   一方で、その何倍もの真実の情報が公けにされることを許さず、本として出版することを阻止し、あるいは出版されたとしても、店頭でその本が人々の目に触れないよう操作が行われていることも知っています。そうした操作されている今の世界で、権力による圧力にも屈せず、それでもこれほど多くの情報を本にして世に出してくださっている、著者と出版社の方々の勇気にはとても感謝しています。

   本を通して情報がより多くの人々に伝えられ、なおかつたくさんの本が人々の手に渡るようにと願っています。そして、そうした真の情報に触れた人々とともに、今の世界がすべての生命の幸せを実現し、愛における共存を目指す世界へと変わっていくために、私たちの今までの意識が変化し、新たな生き方を促すものへと変化することを願うものです

                                              zeranium

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日本の学校教育に潜む「陰謀」

船瀬   私らは相当の情報を得ているけど、一般の人たちは流れの中に置いていかれているようなところがあるね。しかもテレビの情報がすべてだから洗脳されているような状態だ。自分の人生すらも取り戻せていないような人も多い。自閉症とかADHDもそうだけど、統合失調症などの鬱病で人間崩壊が進んでいる。しかしアメリカはもっとひどいんでしょう。

菅野   ひどいですよ。ハンパじゃない。

船瀬   ワクチンを打つとADHDが317%増える。
      自閉症は146%、精神障害は185%だから、予防接種は人類の人格破壊プログラムのようなものだね。アメリカではリタリンなど小さい子どもにまで親が与えるし、向精神薬を打ちまくっているから、人間崩壊が進んでいる。

菅野   そうです。確実に10%を超えています。
      三種混合というのは、まさに自閉症を作り出すオートマティックマシーンですから。アメリカではLD(ラーニング・ディサビリティー/学習障害)だけでも600万人を超えている。

英語学習に対する陰謀

菅野 
  
日本の英語教育は一番最低ですね。
      私は文科省にずい分言ったのですが、英語を英語で教育しないのはおかしいだろうと。何で日本語を使って英語を教えるんだと。

   私が文科省の方に言ったのは、中学高校と6年間も英語をやるわけですから、少なくとも高1になったら、中2中3までの英語を使って教えろと話したのです。そしたらやっと去年の4月から、全国の高校はすべて英語授業は英語でやることになったんです。

   もう1つは、数学も公式として証明できないような公式を載せるなと。
   たとえば中3の教科書に、球の体積として3分の4πrの3乗が載っているんですよ。しかも3分の4πrの3乗の説明がない。ただ円柱の中に水を入れたら、3分の4πrの3乗になったという説明だけです。球の形の水ですよ、その球の形の水をどうやってつくるんだと。それを円柱に入れたら3分の4πrの3乗になったと。それでは公式にならないし、それは説明ではないと。そしたら文科省はそれを中3の教科書から外したんです。

   最近やっと少しはまともになってきましたが、たとえば英語にしても、聴き取れる分だけはしゃべれる、しゃべれる分だけ書ける、書ける分だけは読めるというように、全部統一させなさいと。そういう英語教育をやらない限りは、英語を使いものにはできないと。トップの大学を出ていても英語がしゃべれないようじゃ、今どきこんなのはダメなんだと。それをさんざん文科省へ行って訴えました。それでやっと文科省が、今回から高校の授業は全部英語にしますと。

フルフォード  私はカナダで、実験的な中学校に行ったんです。
          つまり英語で育ったネイティブな子どもたちに、いきなりフランス語で授業をする。たとえば地理も歴史も文学も全部フランス語。数学と科学だけは英語だった。だけどもみなあっという間にフランス語ができるようになったんです。

船瀬   今の教育というのは、要するに苦手意識を植え付けるための教育ですよ。
      まさに勉強嫌いにさせるための”陰謀”です。

菅野   英語の国際試験がありますが、日本は180何位で、北朝鮮よりも悪いんですよ。

フルフォード  私が日本に来たばかりの頃、すごく便利な友だちがいたんです。
          東大生で、受験のために単語を全部暗記していたけど、まったくしゃべれない。だけど私が「これは日本語で何と言う?」と聞くと、パッと答えてくれてすごく便利だった。だけどまったくしゃべれなかった。

船瀬   結局、1つにはアレルギーを植えつけることで、拒絶反応を起こすように仕向けているね。
 
菅野   そうです。
      どう考えても、日本人が英語をしゃべれないように仕向けているものがあると私も思った。これは意図的なもので、わざとやっていると思います。

船瀬   日本人には英語をマスターさせるなという陰謀があるんです。
      あと占領政策ですよ。日本人を国際人にさせないための。

フルフォード  私の祖父はカナダの国会議員だったので、アジア太平洋委員会へ出席したことがあります。それは1930年代のことで日本に来た時、当時会った日本人の政治家の英語がペラペラなのにびっくりしたと言っていた。それは流暢な、非常にきれいなパーフェクトな英語の演説だったと。

   私は何人かの戦後の日本の総理大臣が英語で演説しているのを見たけど、みんな恥ずかしいくらい下手くそ。でも以前はすごかったらしいよ。

菅野   おそらく明治の教育ですよ。あれは素晴らしかったといいますから。
      でもそこから狂ってきたんですよ。漢文のレ点方式を採ったから。だってね、英文解釈なんていうのが昔、授業にあったんです。英文法と英文解釈。なんで解釈させるんだという話ですよ、英語なのに。

   進学教室で外国人を雇って、アメリカの大学を出た人とかを先生に据えて、たとえば東大とか慶応などの入試問題を見せるんですよ。そしたら一様にみな、こんな英語はない、こんな英語はあり得ないと言うんです。

船瀬   だって「アイアム・ア・ボーイ」「アイアム・ア・ガール」なんて、何でそんな危ない英語教えるの? 「アイアム・ア・ボーイ」と言えば返ってくるのは「ハウ・マッチ?」だよ。お尻狙われちゃう(笑)。

菅野   そんなのでアメリカあたりへ行って、「ホワット・イズ・ユア・ネイム」とかとやったら、ホモかと思われる。

フルフォード  教科書で、非常に難しい暗号みたいな文章をよく見るね。

菅野   受験英語でしょう?
      受験問題は、試験作問委員という人たちがいて、必ず過去問を見て、それより外れたものは作るなという至上命令を受けている。だから斬新な試験問題を作ると拒否されるんです。

船瀬   「サンキュー・ベリマッチ」というのは非常におかしいし、普通なら絶対に言わないでしょう。まるで「お世話になり申した」とかそんな感じだね。「グッドバイ」と言うと、「2度と会えないね」くらいの深刻な意味があるから、普通「シーユー」とか「バーイ」でしょう。「ホワット・イズ・ユア・ネーム」と言ったら、江戸時代の「おぬしは、汝は」みたいな意味だよ。つまり日本人の英語はもう使われていない英語なのに、それを我々は生きた英語だと思っているわけ。

菅野   間違いなく言えることは、日本の私教育と公教育というのは本当にないんですよ。

フルフォード  この間亡くなった船井幸雄先生が、昔私に言ったことがあるんだけど、戦後、彼の家にアメリカ軍の幹部が滞在していたことがあったんですって。その人が彼に、「これから日本の教育を変えます。天才が出ないようにする」と言われたという。それで船井さんは船井塾をつくる決心をしたらしいんですよ。それはいかんという意味でね。

船瀬   愚民化政策だね。
      天才というのはある種の奇人、変人、あるいは狂人なんだけど、人類の文化も文明も彼らによって発展したとも言える。だから支配者は、天才の出現を徹底的に阻止しなくちゃならない。

菅野   私は天才をいっぱいつくるべきだと思う。
      ドーマン研究所には、IQが200とか500の子どもがいるんですよ。でも見た目は絶対に頭がいいなんて思えないし、彼らもそうしたそぶりの「そ」の字も見せない。


  book 『世界一底なしの闇の国NIPPON!』
       船瀬俊一/ベンジャミン・フルフォード/菅野ひろし  ヒカルランド


                           抜粋

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戦争は「ある人々」によって計画的に起こされるもの

Q、  もし人から襲われて、それを防ごうとして相手を殺してしまった、あるいは子どもたちに危害を加える者がいて、加害者を殺さなければ子どもが守れない場合、その殺人はどうなのですか?

   
よく聞きなさい。
   霊的世界では、起きた出来事がどのようなものであるかは重要なことではなく、その時の「意図」が重要なのだ。相手を殺すつもりはなく、殺されるのを回避しようとしただけの者と、最初から殺意を抱いていた者とを同じように裁くことはできない。その人は出来る限り損害を与えないように、被害を避けようと努めるはずだからだ。

   しかし戦争に行く人々はこのケースではない。
   人が戦争に赴(おもむ)く時、いつかは他の人間を殺すことになり、また自分が死ぬはめになるかもしれないということを完全に自覚している。もし彼が宇宙を支配する「愛の法則」を信じているならば、敵軍に生まれ変わっている自分の兄弟を殺害しに行くために、自らすすんで入隊など絶対にしないだろう。殺人を正当化し得るほどに高い理念や信仰など、この宇宙には何1つ存在しないからである。


Q、  しかし実際には多くの人々が意に反して徴兵され、前線に出向くように強要されていますが、それについてはどう考えますか?

   当事者の魂にとっては、崖っぷちの選択をしなければならないので、それは大きな試練になるだろう。しかし、このような状況は偶然に起きているのではないと知るべきである。つまり、このような試され方をされる者は、おそらく前世では他者を同じような状況に誘導したことがあるからだ。これは「愛」に賛同するかどうかの、自分の信念が試される、非常に厳しい試練でもある。

   戦争に行き、敵を殺して殺人者になるか、あるいは敵軍に拷問されて傷つけられるか、それとも造反者になり裏切り者のレッテルを貼られて、「友人」だった自分の仲間から投獄されたり拷問され、あるいは死刑にされるかもしれない可能性を選択しなければならない。これらの選択には情状酌量の余地があるが、自分が死ぬか敵を殺すかという戦争に行くように、他者を強要した者の責任はもっとも重く、重い責任を負うのだ。

   あなた方の世界では、命を危険にさらして敵軍の兵士を殺した者は「勇者」である。
   一方で、1人の敵兵も殺さないですむように自分の命をさらした者は「臆病者」とされる。しかしながら霊的世界では、それが正反対となる。勇敢なのは、殺人に反対する平和主義者であり、造反者であり、裏切り者であり、兵役忌避者である。それは、彼の知らないさまざまな信仰やイデオロギーを生きている人々の命を守るためであり、そうすることで自らの軍隊から死ぬまで迫害されることになることを知っていながら、自らの命をさらす勇者なのだ。一方、どちらかの軍隊から自分が殺されることを怖れて、他人の命を奪おうと危険に身を晒す者は、勇者からは程遠いと言わねばならない。

   いずれの場合にせよ、そのどちらかを決めるのは魂である。
   兄弟の殺害を拒んだために、それを強制する利己主義者から報復されて、この地上で一時的に苦しむが、別次元で報酬という進歩を受け取るのか。あるいは戦争の英雄として地上で一時的に報われるが、兄弟を傷つけたことから、後の霊界で苦しみ、再びその学びのサイクルを繰り返すのか。


Q、  ではたとえば、ある国を侵略しようとする国や勢力があったとしたら、そうした攻撃や侵略を防ぐために他の国々は何をするべきなのでしょうか? ナチスドイツのケースを思い出しましたが、ヨーロッパやアメリカは、ナチスがその軍事力で世界を征服するがままにさせておくべきだったのですか?

   
あなた方が知り得る人類の歴史の知識は、ほとんどが過大に操作されたものである。
   多くの者が未だに、戦争には善い陣営と悪い陣営があり、一方は神に支援されていて、他方は悪魔が支配すると信じている。そして今あなたが言及したような戦争は、一朝一夕にして出来上がったものではない。実際には戦争というものは、武力抗争が始るずっと以前から練り上げられ計画されてきたものであり、嘆かわしいことだが、将来的に敵対することになる2つの勢力は、お互いが武装するためにあらかじめ協力し合っており、その後に計画通りに破壊し合うために敵対するのである。

   過激で暴力的なイデオロギーというものは、国民が道徳的に、経済的に退廃してしまうときに台頭してくるものだ。大規模な戦争は、国民が極度の貧困に陥るような、深刻な経済危機の後に起きてきた。しかもこれらの経済危機は偶然に発生したものではなく、人々の不幸と苦悩の上に私腹を肥やし、さらに莫大な力と利益を得ようとする経済的かつ政治的な大きな権力を握る、ごく少数の1グループによって意図的に誘発されたものなのだ。

   彼らは、悪の根源を、自分たちとは違う人種や宗教、信仰や文化の違いなどにある人々だと煽動するために、自分たちのために動く広報やあらゆるメディアを使ってそうした理念を広めるために力を尽くす。その結果、そうしたものに洗脳されたあなた方は自らのエゴをそそのかされてしまい、他者の中に兄弟姉妹を見出すことができなくなってしまう。あなた方人類は誰もが同じ根源を有しており、誰もが兄弟姉妹であることを信じる者は、自分の兄弟を殺すために戦争に行ったりは絶対にしないだろう。

   あなた方には子どもがいないのか?
   あなたは自分の子どもが戦争の残虐さに耐え、傷ついたり殺されたり、食べるものがなくて餓えて苦しんでほしいのか? あなた方の家や村、町が破壊されたいのか? もしそうでないのならば、それは相手側にとっても同じことで、戦争をすれば、望まなくても苦しみや死、痛みや破壊を与えてしまうだろうと考えてみなさい。敵側にも苦しむ子どもたちがいて、その子どもたちにも貧困や飢餓や痛み、苦悩と破壊と死を与えることになるのだ。

   あなた方自身の子どもに望まないことはすべて、他人の子どもにもしてはならない、とはっきり言っておこう。なぜなら他者の子どもにすることは、「霊的裁きの法則」により、実は将来のあなた方の子どもに対して行なわれることになるからだ。


Q、  そうすると、戦争の主な煽動者はごく少数の者たちで、他の人々は自分のエゴによって彼らに引きずられて利用されているということですね。そうすると戦争の主犯者たちは、苦悩と破壊を大勢の人々にもたらすことになるので、霊的に莫大な借金を負うことになりますね。

  
 その通りである。
   彼らが反省して態度が改まる可能性があるので、彼ら「闇の権力者」たちが自らの借金を再び増やしてしまう前に、言っておきたいことがある。

   「彼らは侵略や戦争を企て、躊躇(ちゅうちょ)することなく不和や憎しみを国民の間に浸透させ、しかも厚かましくもそれを、神や民主主義や自由など、その他の高尚な名目の元に行ない、そうした理念を汚している。

   彼らは血の凍るような種を蒔いているのである。
   次の人生では、自らが地雷を撒く指示をした国に不具の子どもとして生まれ、あるいは自らが飢え死にさせた国に飢餓状態の子どもとして転生し、否応なくふんだんに苦い果実を取り入れなければならない、と知るべきである。

   物質的3次元で権力を持っていても、それ以外の世界での地位は、お金や権力や影響力によるものではなく、どれだけ愛の能力を開発できたかだけで決まるので、地上的なものは一時的なものに過ぎず、霊界ではそれを維持することはできない。

   この地球世界で支配者だと信じていた者たちが霊界へ移動し、現実をありのままに見た時、自分のせいで苦しんだり死んだりした者たちが、霊的には自分よりも上のレベルにいるのを見て、なんという失望を味わうことだろう! 国家元首は凱旋で礼遇などされはしない。その反対に彼自らが行なった悪行への報復を望んでいる、大勢の劣った者たちが彼が来るのを待ち構えている。つまり、自分が招いた苦しみの分だけ、苦しみを受けねばならない!」


Q、  結果として戦争により、不具や貧困、飢餓や困窮などの辛苦を味わう羽目になった、武力抗争の犠牲者の学ぶことはどんなものですか?

  
 「物質的な物を喪失することだけでなく、肉体の命でさえ失うことに執着してはならない。それらはすべて、仮そめのものである。あなた方は本来が不死の存在であり、誰もあなた方を殺すことはできないことを、思い出しなさい。あなた方は本来の生の場である霊界に戻った時、それらのことはどうでもよくなるだろう。そこではすべての苦しみが癒され、すべての傷が癒され、そして愛のみが重要なこととなる。

   あなたの経験した災いのすべては、同胞の人々の苦悩を理解し敏感になることに役立つものである。もし二度と同じような経験を繰り返したくないと願えるようになれたのであれば、それは結果として、あなたは愛せるようになったということであり、たとえそれがわずかなものであったとしても、無駄ではなかったのである。」


    book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット

 
 

「平和のために戦争が必要」とする嘘と矛盾

Q、  死後の霊的な世界に、悔い改めたり、やり直したりする機会が無数にあるということですが、ではキリスト教の教義が教える、罪人に対する永遠の刑罰や懲らしめの信念はどこから生まれたものでしょうか?

  
 永遠の懲罰の概念は、神聖な源から生まれたものではない。
   それは恐れによって人々を支配するために考え出されたものであり、そのためにキリスト教会の聖職者たちが導入した誤った教えの1つに過ぎない。他人の霊性をコントロールしようとすることで、人々を混乱させて愚かにさせ、それによって自分たちの立場を固めたのだ。地上における十分苦境に満ちた人々の歩みに、彼らはより一層の苦悩を加えることに加担した。


Q、  ほとんどの場合において人々が、人生における悲惨な出来事を一方的な強制と感じるのはどうしてでしょうか?

   それは生まれる前に決めたことであるにもかかわらず、魂は肉体に宿るとそうしたことをすべて忘れてしまい、自らが決断したことではないと思ってしまう。「魂の法則」を知らない者には理解できないことだが、進化の1歩を踏み出す決意をした多くの魂は、非常に困難な状況に自ら立ち向かおうとする。

   ゆえにそのことを理解できない多くの人々は、何も悪いことをしていない善人が運命のいたずらのような、悲惨で不幸な出来事の数々に見舞われるのを理解することができない。そして善人がそれほど苦しまねばならないことから、この宇宙には「真の裁き」など存在しないと結論づけてしまう。しかしあなた方にその魂の過去を見通すことができるとしたら、その訳を理解するだろう。つまりそこで行なわれているのは、その魂が「魂の法則」を理解し始める前に行なってしまった、間違いの埋め合わせをしているということなのだ。

   だから、困難に立ち向かう人々がいることを喜びなさい。
   なぜなら第一に、その人たちは更生しようと前向きに深く決心した魂であり、第二に、それほどの試練に直面することを選択した進んだレベルに達しているということで、自らの負債を集中的に清算することに成功する可能性があるからだ。

   しかし魂が出会う否定的な状況のすべてが、過去の行為の結果であるとは限らない。
   実際にはその多くが、今世の行為の直接的な結果である。また自分が転生した惑星の進化レベルに特有のものもある。つまり、負債がない場合であっても、惑星特有の逆境を経験する可能性があるということで、それは頻繁に起きていることだ。しかしそうするかどうかは、魂が自由に選択する。

   魂は、苦しいのを楽しむためにそのような道を選択する訳ではない。
   このような選択は進化した魂に特有のものであり、後進の同胞たちを助けるために転生して人々を導こうとする愛のある行為なのだ。そして同時に、自分自身もさらに早い進歩を遂げることができる。なぜなら、後進の者たちの恩知らずな行為と不正の多くに耐えなければならないからで、無条件の愛の能力が試されるよい機会となるからだ。


Q、  確かに逆境は進化の役に立つでしょうが、しかし実際には今の世界は余りにも不平等で非人道的な耐え難い、餓餓や貧困、戦争などの許せない状況があります。しかし人類のこのような未来を変えるために、善良で非常に高い能力を持つとされる存在たちは、何かをしてくれているとは思えませんが、それはなぜなのですか?

   
確かに非人道的で許しがたいことは多いが、それらのことは地球に転生した魂たちが生み出したものであり、それを自覚して地上から撲滅する努力をするのは、その責任があってそうすることのできる人間自身でなければならない。すでに述べたように、霊的な進歩とは何の強制も強要もされす、本人の自由意志と努力で決断されて内面的に取り入れられた場合にだけ起きる。これが「自由意志の法則」であり、進化した魂たちに尊重されている「魂の法則」である。このことが、高次元の存在たちが地球上の不正を改善しようとしない理由である。

   たとえば、ある問題を解決するために、あなた方の世界に全能の力を持つ存在が現れたとしよう。しかし彼の決断が
(たとえば富を互いに分け合うとするものだったとして)、それが常にすべての者の意向に沿うわけではなく、むしろ自分たちが要請していた救世主ではなかったとする地上の者は、彼の出現によって今度は自分たちの利益が奪われたと文句を言うだろう。つまり、あなた方の世界には、エゴを放棄する覚悟のある人や、自分のものだと思っている物を、それを持たない人々と分かち合うことのできる人々もほとんどいないので、どのような決定であったとしても、損をしたと思う不平分子は常に存在するのだ。

   そのゆえに人間には、物質世界で思う存分自由意志を使う経験をさせ、自分が招いた状況に向き合うことで気づかせ、それに対処させるのである。つまり苦しみは自らのエゴが生み出したものであり、このエゴが人類の心に「君臨」する限り、戦争も飢餓も貧困、不正もなくなることはない、という結論に自らが独りで達しなければならない。すべての災いを根絶する唯一の方法は、1人1人の心からエゴを一掃することであるが、そのエゴの毒を解毒できるのは、「愛」だけなのだ。

   腕組みをしながら、救済者がやって来るのを待っていてはいけない。
   行動しなさい。そうすれば助けが得られる。「愛と自由意志の法則」を尊重する高次元の魂たちは、いつでもあなた方を陰から応援するためにそばにいる。しかしあなた方の意に反して助けることはできず、まずあなた方自身の意思で率先して行なわなければならない。それは川に落ちてしまった者が助けを求めていながら、自ら助かろうと浮かぶ努力すらしないようなものである。

   自分の運命の流れを変えるのは、あなた方自身である。
   決断すると、その力が出てくる。しかしそうではなく、間違いを犯して大変な状況になるたびに、父親が助けに来てくれるとしたら、いったいどのようにして進歩できるというのだろうか? 学ぶためには、自分が自ら決断することで起こした効果を経験する必要があり、自ら自由に行動することで、どの道を採るかを決めることでなくてはならない。

Q、  さらに進化している世界から、高次元の霊性を示すために人を送ってはもらえないのですか?

   何度も繰り返しているように、そうしたいとは思っていても、あなた方の自由意志に干渉することはできない。進化した物質界に存在する者たちは、進歩の劣る世界との合意と同意なしには、その世界の発展に集団として干渉することができないのである。そのために大編成のUFOで軍隊を上陸させたりしない目立たない方法で、高次元の人が地球に転生して来ることで手本を示して援助する。そうすることで高度なテクノロジーの魔法に幻惑されることなく、考え方や感じ方などを通して彼らの教えを受け入れることができる。

   もし彼らのテクノロジーで圧倒してくるようなケースの場合、それは「自由意志の法則」を尊重しない文明であるので、地球の人々はその高度な文明に依存するようになり、終には破壊的な結果がもたらされることになるだろう。つまり自主努力によって得た成果でないものは簡単に忘れ去られることから、自分たちで達成できたと思われた革新も、彼らが立ち去ればたちまち崩壊してしまうだろう。

Q、  もっと大きな災いを避けたり、平和や民主主義を守るためには戦争も仕方がない、と戦争を正当化する人たちがいますが、それについてどう思いますか?

   
もし本当に平和や自由を愛するならば、自分が主張することと反対のことをしてはならないだろう。つまり、目的に対して手段が矛盾するのであれば、その人は嘘つきか偽善者なのだ。手段は求める目的と合致しているべきで、目的によってその手段が正当化されることなどあり得ない。戦争によって平和は実現できないし、強制によって自由が手に入ったり、不正によって正義を得ることも不可能である。

Q、  でも大部分の人々は平和に暮らすことを望んでいるのに、一部の権力者たちが戦争を決めてしまうじゃないですか?

   
それなら、なぜあなた方が望むことと反対のことをする者たちに権力を渡すのか?
   あなた方の世界の邪悪な支配者たちが、国民を戦争に招集したとしても、銃を取るものも他者に強要する者も誰1人おらず、武器を製造する者も誰もいないとしたら、彼らがいかに邪悪であろうと何もできないはずである。

   しかしそれが可能だということは、それはあなた方のエゴが動かされてそそのかされてしまうからだ。自分は他の者たちの殉教者だと納得させられるので、羊は屠殺所に連れていかれる。つまりこれは、自分が同類である人間の命を奪う権利があると信じることから、他人も自分の命を奪う権利がある、と納得させられてしまう者の問題なのである。


        book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット

                           抜粋

3歳から生理が 始まる子どもたち

船瀬   2009年の衝撃ニュースに、バクスター社がインフルエンザワクチン(H3N2)を世界中に販売したというのがありました。しかも何とその中に、生の鳥インフルエンザウイルスを混入していた。致死率が60%という超猛毒が混入していたわけで、生きたウイルスをワクチンに入れて打とうとしていたことが発覚したのです。

   72年にWHOの極秘文書が曝露されて、ジャーナリストのパトリック・ジョーダンが暴いた衝撃内容でした。それは要するにワクチンの形をした生物兵器(バイオウェポン)を、WHOが極秘で開発しているというとんでもない文書でした。

フルフォード   それは事実です。

菅野   今、アメリカなんかだと、0歳から1歳までの間に20数回にわたって、20数種類のワクチンを打っていますね。よく赤ちゃんのサドンデスという突然死がありますね。あの突然死の原因を医者に聞いても「わかりません」と言うのです。ある科学者によると、それはゼロ歳児ワクチンだと。

船瀬   乳児突然死症候群です。ワクチン接種後に多発しています。
      このゼロ歳児ワクチンで、日本でも何百人と死んだらしいです。ちょっと解説するとWHOの極秘文書によると、そのワクチンにはワン・ツー・スリーの3つのステップで殺すようになっている。まずゼロ歳児にいろんなワクチンを打つ。つまり、まだ幼くて免疫が発達しないうちにウイルスの種を仕込んでおく。次に、思春期頃に再びワクチンを打って、スタンバイモードにする。スリー・ステップはトリガーを仕込むわけで、それは免疫増強剤と称するものです。

   鳥インフルエンザも完全にWHOによるものです。
   国際的なパンデミック(大流行)を煽り、各国が「予防接種」の強制システムをつくるので、みんな強制的に打たれてしまう。それでサイトカインストーム(免疫嵐の過剰生産)が起きる。1918年に起きた、スペイン風邪で死んだ1億人近い死者のほとんども、サイトカインストームの自己免疫で死んだのです。そうして原因不明だとされた。

フルフォード   人口の8割を減らすつもりだったんですよ。
           ブッシュが9・11でクーデターを起こして軍事政権が始ったわけだけど、中央アジアの何ヶ所かでアメリカの生物兵器研究所が見つかったんですね。だけどうまくいってなくて、逆に今、自分たちのことがばれてしまって大変なことになっている。

船瀬   その時チェコの医者が試しに、届いたワクチンをフェレット(イタチ)に打ってみたら全部死んでしまった。それで調べたら猛毒の生インフルエンザウイルスが入っていた。それでバクスター社に問い合わせたら、「オー、イッツミステイク」。この致死性ワクチンは、すでに世界18ヶ国に配布されていた。チェコの医者が気づかなかったら怖ろしいことになっていた。カナダの新聞「トロントサン」は”ヒロシマが児戯と思えるほどの惨禍を引き起こしただろう」と述べている。しかしそれ以外の世界メディアは、この怖ろしい大事件を一切報道しなかった。

フルフォード   それで誰も何も責められないし、咎めを受けない。
           結局、末端の医者は基本的に自分たちはいいことをやっているつもりなんです。

船瀬   今の厚労省は、たとえば子宮頸がんワクチンを一生懸命やっている。風疹ワクチンとか、現場ではそれを一生懸命やって予算を1000億単位で投入している。彼らは上意下達で動いているだけで、悪意もないけど知識もない。だけどやっていることは完全な殺人鬼ですね。

ほとんどの病気は治せる

菅野   
7年前に認知症は230万人いたんですが、今、認知症だけで462万人と倍になってどんどん増えている。これはつくっているんです。だけど実は、認知症は治せるんですよ。小川メソッドとか藤原さんといった素晴らしい方がいるんです。たとえば自分の名前もわからなくなって、トイレはどこだと言って、その辺にウンコしていた人間が、3ヶ月から半年で治ってしまう。その方法がさっき述べたドーマンメソッドと同じで、人間の脳を全部元に戻し、残っている97%の脳を使う。

船瀬   目覚めさせて、バックアップさせるんだね。

菅野   だけど今の医療はわざと治さないで、介護保険を使う。
      今までの40兆円を越えている医療費を分散しなきゃいけないというので、介護にしたのです。それにかつて350万人が打っていたインフルエンザのワクチンですが、時期になるとテレビで「今回のインフルエンザは大変なことになるよ」と煽るわけです。

        その後、前橋リポートで群馬の医師会が
(インフルエンザワクチンの無効性を)発表した。
    http://www.kangaeroo.net/D-maebashi-F-view-r-R-no-200408_admin_message.html

        そしたら三千何万人だったものがほとんどゼロになった。だから今は老人と赤ちゃんに打っているんですよ。

フルフォード  子宮頸がんワクチンが一旦廃止になったけど、またテレビで、あれは大丈夫だからやりましょうとやっている。

船瀬   製薬メーカーの逆襲でしょうね。
      アメリカのFDAですらウイルスとは無関係と公表している。打つと44%も子宮頸がんを発症するのに、それを強行する。狂ってるね。インフルエンザの死者というけど、実際にはあれは毒性の強い解熱剤など、インフルエンザ治療薬の死者なんだよ。ところが大衆はテレビを信じているからだまされて、中国でインフルエンザの死者が何人とかと聞くと、これは大変だと思うわけ。

菅野   この間の小泉さんが首相だった時、タミフルがワーッとはやって、鳥インフルエンザとかで騒ぎましたね。あのとき私はシアトルにいたんですが、医療機関のどこもタミフルを使ったところはなかった。

船瀬   だって世界中のタミフルの9割が日本に来たんだから。

菅野   日本では煽りに煽って、小泉さんと一緒になってそれをやったのが国防長官のラムズフェルドです。彼はギリアド・サイエンシズという会社のチェアマンで、その会社の会長をしていた。それで小泉純一郎と取引したのです。

船瀬   間違いなくラムズフェルドの圧力だね。
      閣議決定で備蓄の400~500億くらいを一瞬に決めた。あの舛添要一も共犯だね。あの時の厚労大臣は舛添だから。

生理が3歳から始る子どもたち

菅野   今、驚くようなことが起きていて、まだ3歳にしかならない子どもに生理が始っているのです。若い女性に体温の低い人が多く、生理不順が当たり前で、偏頭痛もあるのが普通。 そして49歳というのが平均閉経年齢だったのが、25歳から26歳で閉経してしまう女性が結構多いんですよ。その原因は何かということです。

フルフォード   おそらく一番元気で強い時に子どもを産んで、30代からキャリアを始めればいいわけで、子どもを産まないために生理不順があるんですよ。

菅野   それもありますね。
      若い時に子どもを産んだほうがいいというのも1つの考えです。ただ、その原因を作っている食べ物があるのです。その一番の原因は、rBGH(リコンビナント・ボルボン・グロース・ホルモン)という、遺伝子組み換えをした牛の成長ホルモン剤なのです。

   それが飼料の中に入れられていて、そのホルモンが母親の母乳に行き、赤ん坊に行ってしまう。その結果、赤ちゃんはrBGHの影響からホルモンバランスを崩す。それであっという間に女になって、3歳でもう生理が始る。中国では1歳で生理が始っているんですよ。つまり、おむつなのか、生理用品なのか区別がつかない。

フルフォード   実は、うちの娘が3歳の時に生理が始った。
           その原因は、格安冷凍チキンだったんです。それで、それを食べさせるのをやめたら、治った。

菅野   中国での、1歳の子どもの生理の始った原因というのは、高級フルーツです。
      種無しスイカとか、あの中に入っている成長ホルモン剤なんです。

船瀬   すべて自然に反するものは危険なんだ。教訓とすべきだね。


  book 『世界一底なしの闇の国NIPPON!』 
      船瀬俊介/
ベンジャミン・フルフォード/菅野ひろし  ヒカルランド

                                                            抜粋
                                    

「動機が純粋であれば、いかなることも危害を受けない」

   

       物質的尺度で見る限り、あなた方にとって世の中は不公平と不正、それに邪悪と力の支配するところであり、真実の敗北にしか見えないことでしょう。地上では必ずしも正義が勝つとは限りません。なぜなら因果応報の因果律は、あなた方が生きている間の地上生活期間中に成就されるとは限らないからです。ですが長いスパンで見る時、因果律は1分の狂いもなく自動的に働き、天秤(てんびん)は必ずあるべきバランスを取り戻すように動きます。

   つまり霊的成長において、何があなた方にとって一番望ましいことであるかは、あなた方自身にはわからないのです。もしかすると、あなたにとって一番イヤなことが、実はあなたの祈りに対する最高の回答であることもあり得るからです。ですから物事は表面的物質的尺度ではなく、霊的視点から判断することが大切です。

   あなた方にとっては悲劇でしかないことが、私たちから見ると幸運と思えることがあり、あなた方にとって幸運であることが、実は私たちから見ると不幸にしか見えないことがあります。祈りや願いというものは、それなりに必ず回答が与えられます。しかしそれは必ずしもあなたが望んでいるそのままであるとは限らず、それはその時のあなたの霊的成長にとって一番望ましい形で与えられます。自分の望むように物事が実現しないからといって、あなた方は決して見捨てられているわけではありません。ですからあなたに与えられるものを、地上的なモノサシで批判するのはやめなければなりません。

   絶対に誤ることのない霊的真理がいくつかありますが、そのうちの2つを紹介しましょう。1つは、動機が純粋であれば、どんなことをしても決して危害をこうむることはないということ。もう1つは、「
人のために」という熱意に燃える者には、必ずそのチャンスが与えられるということ。この2つです。焦らないことです。何事も気長に構えることです。この地上に意識を持った生命が誕生し、さらに人間という形態が今日のような組織体を持ち、しかもその中からあなた方のように霊的真理を理解する人が出るのに、どれほど悠久の年月がかかったことでしょうか。宇宙を動かし支配する、その誤ることのないその力を信じることです。

   解決しなければならない問題もなく、争うべき闘争もなく、克服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。悲しみも苦しみも、内なる神性の開発のためにこそあるのです。私もあなた方と同じように、しかも何千年という歳月を生きて経験してきた者です。そしてその長い旅路を振り返る時、ただ宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。そこにはただの1つとして、偶然ということがありません。
偶発事故というものがないのです。霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、そうしたことがわかるようになります。

   恐怖心こそが、人類にとっての最大の敵です。
   なぜなら恐怖心は人の心をむしばんでいくからです。恐怖は理性をくじき、心を枯渇させ、マヒさせてしまいます。そしてあらゆる苦難を克服させるはずの力を取り去り、そうした考えを追いやってしまい、心の安らぎを破壊し、動揺と不安、疑いを呼び起こします。ですからつとめて、恐れの念を打ち消すようにすることです。知識こそが、自信と安らぎの基礎であり、不変の土台となるものです。ですから霊的知識を手にした者は、挫折や失敗も計画の一部であることを悟らなくてはいけません。

   物事には常に「陰と陽」、「作用と反作用」があり、それは正反対であると同時に表裏一体のものなのです。表裏一体なのですから、「陽・表」の部分しか要らないというわけにはいきません。人間の進歩のためにはそうした裏と表の体験が必要であり、つまり成功と挫折の双方を体験することによって全体となることができます。霊的真理も、単なる知識として記憶しているというだけでは真に理解することはできません。実生活の場での体験こそが、理解するための準備なのです。

   そうした霊的知識に目覚めると、その時からあなたはこの宇宙を支配する力と一体となり、その美しさや輝き、気高さ、その厳しさを発揮し始めるようになります。それを一度身につけたなら、もう二度と失うことはありません。それは磁気にも似た強力なつながりを生じさせ、必要に応じて宇宙から力や影響、霊感や真理、美しさなどを引き出せるようになります。つまり、魂が進化した分だけ、その分だけ自由意志が行使できるようになるのです。


Q、 もう1度やり直すチャンスは、すべての人間に与えられるのでしょうか?

シルバー・バーチ  もちろんです。
             やり直しのチャンスが与えられないとすれば、宇宙は愛と公平によって支配されていないことになります。死んで墓に埋められて一巻の終わりであるとしたら、この世界は正に不公平極まりない世界ということになります。私たちが地球世界の人々にもたらすことのできる最高の霊的知識は、人生は死でもって終了するのではないということです。ですから苦しい人生や失敗に思える人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、すべての人が皆もう1度やり直すことができるのです。言い換えれば、悔し涙をぬぐうチャンスが必ず与えられるということです。

   人生は、死後もなお続くのです。
   しかも永遠に続きます。その永遠の旅路の中で、人は全て内なる能力や、地上で発揮し得なかった才能を発揮するチャンスが与えられます。しかし同時に宇宙の法則を無視して、人の迷惑も考えないで横柄に生きた人間は、その行ないの償いをするためのチャンスが与えられます。宇宙の法則とその公平さは完全です。それを知るならば、真面目に正直に生きている人間が怖れることは何もありません。宇宙の公平さを怖れる必要があるのは、利己的に生きている人だけなのです。


Q、 自殺行為は霊的進歩の妨げになりますか?
   自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか?

   
妨げになるのはもちろんです。
   まず自殺には例外があることから、順序立てて話を進めますが、その行為へ駆り立てる力はいわゆる精神的異常者、つまり霊的に言えば憑依霊の仕業による場合がありますが、今はこの問題は置いておきます。そうしたケースはごく少数ですが、ほとんどの場合の自殺は逃避行為に過ぎません。つまり当面の義務に取り組むことができず、今自分が考えていること、つまり死んでこの状況から消えることが、その苦しみから逃れる一番ラクな方法だと考えるわけです。

   ところが実際には死んでも、というより死んだはずなのに、相変わらず自分がいる。
   しかも、逃げて来たはずの責任と義務の苦悩と観念が、相変わらず自分につきまとう。そしてその精神的錯乱が黒いオーラを自分の回りに作り出し、それが外部との接触を遮断することになります。そのために外部からの呼びかけを一切拒否する結果、そうした状態のまま何十年も何百年も苦しみの中に留まる者がいます。

   しかしすでに述べましたが、一番大切なのは動機であり、何が動機で自殺したのかということです。つまり自分の思うようにならない事情から逃れるための自殺は、今述べたようにそう思惑どおりにはいかないのです。いずれにせよ、あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けることになります。みんな自分自身の手で自分の人生を書き綴っているからです。そして1度書いたものは書き換えることはできず、ごまかすことはできません。ゆえに自分を処罰するのは、他でもなく自分なのです。

   どのような事態であっても、本人が思っているほど暗いものではありません。
   その気になれば必ず光が見えてきます。そして魂の奥深くに潜んでいる勇気が湧いてきます。その時、あなたはその分だけ魂を開発したのであり、宇宙からの援助のチャンスが増えるでしょう。あなた方には、背負いきれないほどの荷が負わされることは決してありません。なぜならその荷は、自らの悪業がつくり上げたものだからです。

   宇宙の絶対的な法則は、人間がそれまでの人生に犯してき法則違反に対して、きっちりと正確に、その重さと同じだけの荷を背負うように采配します。ということは、自分が作り出した荷であるので、それを取り除くことも可能である道理なはずです。ですから間違ったことをした時のエネルギーを正しく使うならば、それを元通りにすることができるはずなのです。

   確かにノイローゼ気味になって自殺するケースもありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に見てみるならば、やはりスタートの時点において、私が先ほどから言っている”責任からの逃避”の心理が働いているのです。もしもその人が何かにつまづいた時点で、”自分は間違っていた。やり直そう。それでどんな責めを受けても立ち向かう。絶対に逃げない”と覚悟していたなら、不幸をつぼみの小さいうちに摘み取ることができたはずなのです。

   しかし人間というものは窮地に陥るとついさまざまな姑息な手段を取ろうとするものです。それが事態を大きくしてしまい、そこで神経的に参って正常な判断力が失われてしまいます。そしてノイローゼとなり、自分で自分がわからなくなってしまいます。問題はその始まりのスタートの時点の心構えにあったのです。


          book 『古代霊は語る』シルバー・バーチの霊訓より  潮文社

   

大阪府熊取町で起きた「怪死事件」

  

 大阪府熊取町という地名を聞いて、原発とは別の関心から「あの熊取町ではないか?」とあることを思い出す人がいるかもしれない。今から20年あまり前、この地で起きた”謎の連鎖自殺”と言えば、ピンとくる人もいるだろうか。

   ――大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所は、2011年に起きた福島第一原発事故以来、一躍脚光を浴びるようになった組織である。悪魔に魂を売り渡したようなマスコミの御用学者がテレビでひどいコメントを述べるなかで、一方で数少ない良心的な学者のいる研究所として注目された。彼らはこの組織に所属しながら脱原発を唱える6人からなる学者であり、それを称してかつて”熊取6人衆”と言われたが、学内で異端視されながらも、原発の危険性を訴え続けてきた研究者たちであった。

   戦時の京都帝国大学は、日本の原爆研究を支えた組織であり、戦後の原子力産業の基礎を作った。戦後作られた原子炉実験所も、日本の原子力政策をリードした点では戦前と何も変わらない。それゆえに「”脱原発”を唱える学者は出世の道を閉ざされてさまざまな苦労があった」という話が、福島原発の事故後に世間に広く知られるようになった。

   そして実際に原子力産業に関わる研究者が、原発の危険性やそれの本当の目的などを口にしてしまうと、妙な人たちから監視されたり、尾行されるということがあったようである。東大出身の放射線学者・安斉育郎氏は、「講演に行けば、電力会社の人間が尾行につき、同じ電車に乗ってくる」という体験談を述べている。(『週刊現代』2011年4月23日) しかし原発事故が起きなければ、こういう話も明るみに出ることはなかったと思われる。――

”熊取6人衆”と”反原発派”に対する脅し

   1992年4月から6月にかけて起きたこの事件は、”熊取7人怪死”として報じられた。
   それは6人の男性と1人の女性が、ほとんど同じエリアで連鎖的に奇怪な死を遂げた事件であった。最初の17歳の少年は、シンナー吸引後に自宅近くの池で水死。その1ヵ月後、同じく17歳の少年が、シンナー吸引後に心不全で死亡。それから6日後に、同じく17歳の少年が首吊り自殺をした。さらにそれから6日後には18歳の少年が首吊り自殺し、その7日後にまた18歳の少年が首つり自殺。その8日後には22歳の岸和田市職員が首吊り自殺し、その7日後には19歳の女性が自分の胸をナイフで刺して死亡した。

   ほぼ1週間おきに同じ地域で怪死者が続発したことから、当時は「地縛霊の呪いか」とも報道された。それというのも死者の中には、死因に不審な点のあるケースが認められたからであった。たとえば少年の1人は、なぜか後ろ手に縛られた状態で首を吊っていた。また別の少年は、全身を強張らせて首を吊っており、それは死後硬直後に誰かがロープでぶら下げたような状態であった。しかも彼は死ぬ前に「白い車に追われている」と言い残している。

   最後に死んだ女性は大阪体育大学の学生だったが、死の2日前に1000メートル走の自己新記録を出していた。それをとても喜んでいた一方で、「黒い車に追われている」と言って怯えていたという証言がある。それらの事実から当初は警察も、他殺の可能性を視野に入れていたようだが、なぜかその後自殺と断定され、不審者の捜索も行なわれることはなかった。

   死んだ少年たちは、”地元の暴力団とトラブルになっていた”という噂もある。
   すべてが単なる自殺ではないとする見方は当然あったが、警察が”連鎖自殺”というストーリーで1本化してしまったために、それを受けた評論家が「少年の閉塞感が原因」とする偏った真相究明で締めくくってしまった。それ以上のことはほとんど問題にしないのが、1990年代初期の頃であった。しかも、今よりもはるかにテレビや新聞などの報道を信じている人々が多く、そうしたものから情報を得るのが普通だと考える時代に起きた出来事であったのだ。

   マスコミがこの事件を”日本版ツイン・ピークス”と報じて世間の興味を引きつけている間に、国民の知らない隠されたところで何が起きていたのだろうか。実はこの時期に、熊取町の京都大学原子炉実験所は、安全性を疑問視されて施設の「存続か廃止か」で揺れていたのである。そして同時に、日本初の原発裁判「伊方原発訴訟」が大詰めを迎えていたのである。

   愛媛県の伊方(いかた)原発は、誘致をめぐって地元では賛成派と反対派の対立が続いており、前述の京大の”熊取6人衆”も安全性への疑問という観点から訴訟に深く関わっていた。反対派の請求は裁判で棄却と上告が繰り返され、1992年に最高裁での判断が出ることになっていた。そしてその矢先に起きたのが、”熊取連続怪死事件”であり、この年の10月に原告側つまり反対派の敗訴が確定したのである。しかもそれはまるで、熊取の原発反対派を恫喝するかのようなタイミングで、前述の若者たちの怪死事件が頻発していたのである。

   つまり日本の原子力問題が揺れている最中に起きた”怪事件”だったのである。
   地元住民からは事故の頻発する危険な原子炉は廃止すべきという声が相次ぎ、そうした世論が起きている最中の、まさにその時だったのだ。そして京都大学が実験炉を存続する方針を打ち出したのが、7人目の怪死者が出た直後であった。それはまるで何者かが原子炉存続の決定に満足したかのように、その時をもって熊取怪死事件は終息したのである。

   そして一方で愛媛県の伊方原発は、1969年の原発誘致以来、原発推進側による買収劇が引き起こした人間関係の崩壊、自殺、警察による不当逮捕などの壮絶な経緯が続いていた。そしてその行き着いた結果が、反対派住民の敗訴であった。しかも伊方原発は、最初からアメリカの軍事作戦の実験施設であったので、伊方原発訴訟というのは原発産業だけでなく、日米関係にも影響を及ぼすものであった。

謎の偶然

   かくして大阪熊取の”連鎖怪死事件”はまさに日本の原子力問題が揺れるさ中に起きていたのである。また熊取町と言えば、2003年5月に小学校4年生だった吉川友梨ちゃんが行方不明になる事件が起きている。それは東京電力の原発事故隠しが発覚し、2003年4月に東京電力の全原発が停止に追い込まれる事態となった翌月のことであった。

   その結果、原発がなくても生活に支障がないことが実証されたが、その1ヶ月後に友梨ちゃんの「神隠し事件」が起きた。世間は子どもの行方不明という、原発よりも関心を引かれるわかりやすい不安の方へ目を向けた。東京電力は住民たちのほとぼりが冷めるのを待ち、やがて何事もなかったように福島第一原発6号機の運転が再開された。以後、2011年の福島大震災の時まで、一般的にこのことに関する人々の関心は薄れ、忘れられていくのである。

  
 調べてみると、原発のトラブルが起きて”反原発”の声が高まると、妙な符号のようになぜか”少年少女の事件”が起きており、そこに謎の偶然があることに気がつく。マスコミがテレビや新聞で事件を扇情的に伝えるので、世間の目はそちらへ移り、一方でその陰に隠れて原発トラブルの印象は薄められ、闇に葬られる。この現象を、ある新聞記者は次のように話す。

   「テレビが”怪事件”の発生を伝えれば、現地には取材が殺到する。92年の連続自殺事件の時、熊取町はそうした人々であふれており、警察はそこに”網を張れる環境”が作れたわけで、反原発派の行動を尾行する手間が省けた。もっと言えば冤罪で引っ掛ける機会も多かった。あの連続怪死事件が、反原発派への脅しを含んだメッセージだったとしても驚きませんね」

   伊方原発訴訟に長年関わった斉藤満氏の著書『原発の来た町』には、次のような記述がある。「かつてドイツ工科大学のロベルト・ユンク氏の著書『原子力帝国』に書かれていた、ある場面が伊方で実証されたのだ。(中略) 私(斉藤)は原発誘致の際に、伊方町の要職にあった人物から『マル秘』の印の押された書類を渡された。その書類を1枚1枚めくりながら私は息をのんだ。そこにはユンクさんが怖れていた、為政者や企業・警察などの核開発をもくろむ者たちによって、住民を管理、弾圧して原発推進を進めるということが述べられており、それが伊方町でも行なわれてきたと克明に記されていたのだ」

   ロベルト・ユンクの著書『原子力帝国』によると、原子力施設の周辺30~50キロの区域と、核物質が運搬される沿道の住民については当局は詳細に調査をするのだという。その中には住民の政治的関心を調べることだけでなく、個人の性格についてまで詳しいデータを得ようとする。この調査を行なう場合、無駄な強制力を発動せずに済ませるためには、何らかの事件を利用して”捜査”の名目を作るのが手っ取り早い。”謎の連鎖自殺”という不可解な事件も単なる偶然に起きたのかもしれないが、一方で熊取町の住民や原子力関係者を管理下に置くための手段として使うには、便利な事件ではあっただろう。


               book 『怪奇事件の謎』 小池壮彦著  学研

                           抜粋

   

宇宙の「天秤・てんびん」

Q、 現在の人生に、過去世がどのように関係しているのですか?

   
宇宙的な法則があり、それを作用と反作用、原因と結果の法則と呼ぶことができるが、その意味は、「魂は与えたものと同等のものを受け取る」ということである。それは「自分が他者にすることは自分自身にする」という意味である。つまりそれぞれの魂は、自分が創り出した状況に同じように立ち向かわねばならないということであり、ゆえにあなた方が人生で直面する逆境の多くは、前世で自分が創り出した原因の帰結であり、あるいはその影響なのである。

   魂はさまざまな宇宙の法則や、万物の生命に反する自分の行為が招いた状況に向き合い、それを解決しなければ、霊的な進化において前進することができない。「自由意志の法則」のゆえに、魂には自由な選択と決断が認められているが、自分の行為の1つ1つがそれぞれの結果をもたらし、遅かれ早かれそれらは自分に戻ってくることを知らねばならない。あなたは好きな種を自由に蒔けるが、いずれはそれを自分に刈り取る責任があるのだ。

   もし自分が他者にしたのと同じことをされるのがイヤなら、それはいいことではなかったのだ。自分にとって善くないことは、他人にとっても善くないのだ。自分にして欲しくないことは、他人にもしてはならないわけで、自分がして欲しいと思うことを、他人にもすることである。なぜなら結局は、それは自分自身にしたのと同じことになるからで、すべてのことは実は自分自身に対してしているのである。


Q、 ですが、この法則が一般的に適用されているようには見えません。 よく知られた殺人鬼や犯罪者だけでなく、陰謀による大量殺戮者が、1度も裁判にかけられることもなく、歳とって穏やかに亡くなっているのはどうしてでしょうか?

   確かに今世だけの人生では、特に権力の座を占める者たちの場合、多くの犯罪行為が裁きを逃れて人生を終えてしまう。だから「裁き」が存在していないような印象を与える。しかし他者を傷つけて「愛の法則」に反した者は、その後の転生で、自動的に自分のしてきた行為の結果と向き合うことになる。

   ある統治者が自らの判断から戦争を招き、大勢の人々を拷問したり死刑にする命令を下したとする。しかし権力の座にあることから地上のどの裁判でも裁かれることがなく、有罪とされることもなかった。だがどのような人生も、「宇宙の法則」に対する違反の帳尻は合わされなければならず、作られた借金はその後の転生に持ち越されることになる。かくしてかつての死刑を命令した執行人が、明日は一見無実の犠牲者となり得るのである。

Q、 なぜ時間的なズレが必要なのですか? 
   行為とそれの引き起こす反動が続いたほうが、もっと公正だと思うのですが。

  
 実は、反作用は行為の瞬間に自動的に起動しているが、ただちに効果を発揮するとは限らない。行為は「霊的な実り」と「霊的な負債」であるが、その「収穫」は魂が自分を試す期間、つまり人生が終わるまで延期されることが多い。基本的に償いは、魂が自らの言動を自覚した時に始まるものである。人生が終了すると、法則に反した行為の重みから、魂は自分と似たような性質を持つ他の魂たちがいる、アストラル界下層レベルに留まることになる。「愛の法則」と調和できず、お互いに傷つけあうレベルであることから、そこでの生活はかなりの苦悩と不幸に満ち満ちたものとなるが、そこで更生の決断が待たれることになる。

Q、 魂は他者に与えた害を、どのようにして自覚できるようになるのですか?

   
魂は肉体の死後、終えたばかりの人生の間に起きた、もっとも道徳的な部分に関わる出来事を徹底的に回顧させられることになる。魂は自分が行ない、経験してきた1つ1つの出来事において、その時の自分の気持ちだけでなく、自分の行為に影響を受けた他の人々の感情や思いをも感じ取り、その人たちの喜びや不快、悲しみを自分のことのように感じるのである。その目的は自らの行為が愛によるものであったか、エゴからであったかを回顧するのだ。そしてその転生で取り組んだどの点に合格し、何が不合格であったかを知るのが目的である。

   つまり魂は罰されたり、蔑(さげす)まれたりするのではなく、生命に対する行為を自覚できるように、魂自身の意志により自発的に、与えた損害を修復しようと決意するまで待たれねばならない。しかし遅かれ早かれそれに立ち向かい、犯した過ちを償わねばならない。そして過ちの償いがされるまでは、新たな試練には立ち向かうことができないのである。

   しかし実際には、矯正する意志をまったく見せない魂が沢山おり、彼らはそのために下層アストラル界(低層4次元)に停滞してしまい、更生の段階を踏まないですぐ再び地上に転生してしまうのだ。こうした魂は、たとえ更生のプロセスを開始したとしても、善と親和する意志力が弱いために厳しい試練には耐えられない。しかし一般的に「負債を持つ」魂は、前世で自分が生み出したのと非常に似た状況を、再び身を持って体験することになる。


Q、 理解できるように、例を挙げてください。
  
   よろしい。
   ある魂が、18世紀の白人の家庭へ転生した。その家族は大農場とそこで働く奴隷たちを大勢所有している。おそらくここへ生まれた魂は親の教育によって、奴隷たちも自分たちと同じ人間で、同じように感じて苦しむ人間なのだということに気づくことはない。また個人的な利益のために、他の生き物たちの意志を蹂躙(じゅうりん)してはならないことや、それが自分と同じ人間の場合にはさらに悪質な行為であることに気づくことができない。そのために奴隷制は、「愛の法則」と「自由意志の法則」に反する行為であることに思い至ることもない。

   この魂が大人になり、若主人となった時、彼に「奴隷を所有することがいいことか」と尋ねたならば、おそらく彼は「汚なくて無知な奴隷と、そうでない領主をなぜ比較するのだ!」と言い、彼の自尊心を刺激して怒らせてしまうだろう。「汚くて無知な奴隷」という価値感は、彼が積極的に維持してきた状況である。つまりもしこの状態が妥当だと思えるとすれば、それは逆の立場からもこの状況を経験することに同意していることになる。

   その結果、更生のプロセスを踏まず、以後の転生で彼の魂は、自分の家族に隷属する農奴の息子あるいは娘として生まれ、今度は奴隷であることから生じる苦悩を身を持って体験することになる。そして今度は奴隷となったこの魂に、奴隷制は良いことかと尋ねてみると、彼はそれは非人道的なことだと語る。そして、「神よ、なぜ私をこんな苦悩の中に置かれるのですか?」と、自分の不運を嘆き悲しむことだろう。

   結局、この魂は自分が蒔いた種を刈り取っただけなのである。
   しかしもし彼が、この経験から有益な教訓を引き出すことができたなら、仮に再び大農場の領主となり、社会の状況を変えられる立場になった時に、自分が前世で内的に学習したことを思い出し、あるいは奴隷制度の廃止に尽力するかもしれない。


Q、 この例から、奴隷は前世では、奴隷制度を利用していた領主だったかもしれないという推測ができますね。

   
そう、そして領主が奴隷なのだ。
   自分の自由が尊重されるために必要なことは、どのような状況であれ他者の自由を敬うことなのだと気づくに至るまで、同じレベルの魂のグループが、多くの人生において互いに立場を交代しながらその学びを経験することになる。そしてすべてのことがこのようになっている。

   しかしこれは懲罰ではなく、学習の形態であると言っておく。
   そこには復讐や罰などはなく、宇宙の法則の目的は、他人に行なった行為を自ら体験することを通して、他者の気持ちも理解できるようになり、魂の進化を促進させることにある。愛の法則に反するカルマを清算し終えるには、より多くの転生が必要となってくるが、彼らを指導するガイドの霊たちは、負債をより楽に払い終える道を勧める場合が多い。しかし大抵の場合、魂は犯した過ちの呵責の苦しみから早く脱け出したいがために、カルマを早く消し去ることを急ぐ余り、より厳しい試練を選ぶ傾向にある。

   いずれにせよ、魂は試練に向き合うことを承諾せねばならず、うまく乗り越えられるように準備を整える。


         book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット

                           抜粋


   

   

自動的に作動する「因果応報の法則」

Q、 人間1人1人に守護霊がついているそうですが・・・。

シルバー・バーチ 
 母体における瞬間から、あるいはそれ以前から、その人間を守護する任に当たる霊がつきます。そしてその人間の死の瞬間まで、与えられた義務と責任の遂行に最善を尽くします。守護霊の存在を自覚する人間とそうでない人間とでは、生き方が大いに違ってきます。自覚している人間であれば、守護霊の方も援助しやすくなります。守護霊は決まって1人ですが、その援助に当る霊的存在たちも何人かおります。

Q、 私たちが地上で犯す罪や過ちは、必ず地上生活において報いを受けるのでしょうか?

シルバー・バーチ  その場合もありますが、そうでない場合もあります。
             つまりそれは因果応報、因果律ということですが、必ずしも地上での生活の間に成就されるとは限りません。しかしつくられた原因には必ず結果が伴うので、それは必ず成就されます。そこに時間的なずれが見られるのは、その出来事の性質によっては適切な状況が必要になってくるからです。

   しかしその作用には情状酌量といったお情けの入る余地はなく、ほとんど機械的に作動します。自分の行為は自らの霊に記録されてそれなりの結果を生み出すので、それだけ苦しむことになります。そこにはさまざまな事情が絡んでおり、そうした複雑な構造の中で行なわれる因果律ですが、因果律の根本的目的が霊性の進化にあることだけは確かなことです。

   神の法ともいうべき「宇宙の法則」が支配していないところは、この宇宙のどこを探しても存在しません。それはあなた方人間の人智の及ばないところまでも、完全にその法則が支配しているのです。大自然の法則は完璧です。私たちはただその働きを知っているに過ぎません。原因があれば結果があり、その結果が新しい原因となってまた次の結果を生み出していくという法則です。その間には何者も介入することを許されず、偶然もなければ、運不運もありません。ただ法則があるだけなのです。


Q、 ある人は汚いスラム街に生まれ、またある人は美しいものに囲まれた環境に生まれますが、こうした不公平はどうなるのでしょうか?

   あなた方の誰もが、富んだ生活や貧しい生活を等しく経験してきています。
   大切なことはその経験が魂の進化を促すことにあるので、そうした機会はあなた方すべての人々に等しく与えられています。そうした環境は物質的なものさしで言えば不公平と見えるかもしれませんが、肝心なことは、その環境を通じて「魂の因縁」を解消していくことにあります。因果律は魂の進化のためにあります。環境が厳しいほど魂は強くなり、悟りは環境との闘いの中から生まれるのです。そのことを知る偉大な霊魂は、あえて厳しい環境を選ぶことがあります。


Q、 地震というのは、地球の進化の過程における一種の浄化作用だということですが、その活動で人間が犠牲になるのは不公平ではないでしょうか?

  
 死ぬということは決して不幸でも災難でもありません。
   私たちの側から見れば、魂が肉体の牢獄から解放されるのは祝福すべき出来事なのです。


Q、 ではそうした災害で亡くなる人は、その時期に死ぬべき人だったということなのでしょうか?

   
その通りです。
   前世の因縁によってそこに居合わせたということです。


Q、 大きなカルマ(業)を背負って生まれてきた人間が、何かのキッカケで愛と奉仕の生活に入った場合、その業(ごう)がいっぺんに消えるということはあり得るのですか?

  
 自然の法則の根本は、あくまでも原因と結果の法則である因果律です。
   カルマもその法則の働きの中で消されていくのであり、途中の過程を飛び越えて一気に消えることはありません。原因があればそれ相当の結果が生じるもので、その結果の中に次の結果を生み出す原因が宿されており、因果律はほとんど機械的に作動します。しかし質問にあるように、その後の生き方によっては業の消滅を早めることができるでしょうが、一度にというわけにはいきません。愛と奉仕の生活を積み重ねていくうちに徐々に消えていき、やがて完全に消滅するでしょう。業という借金をすっかり返済したことになります。

Q、 戦争や事故、疫病などで何万人もの人間が死亡した場合もカルマだと考えるべきでしょうか? そうした事故で、持って生まれた寿命より早く死ぬことはないのでしょうか? もし戦争が避けられないことだとするなら、それは国家的なカルマということになるのでしょうか? 

   カルマというのは、結局のところ因果応報ということです。
   つまり、善なる原因が善なる結果を生み、悪い因縁が悪い結果を生むという大自然の因果律の一部です。その働きには誰も介入することは許されません。もしも介入が許されるとすれば、神の公正である宇宙の法則は根底から崩れてしまいます。因果律は、行なう人にそれ相当の報酬を与えるように働き、それが多すぎたり少なすぎたりすることがないように配慮されています。それは当然、それぞれの個人だけでなく個人の集まりである国家についても当てはまります。

   寿命というものは、本来魂そのものが決定するものです。
   個人には自由意志があり、さまざまな事情から寿命を縮めたり伸ばしたりさせることも不可能ではありません。戦争が不可避かとの質問ですが、これはあなた方人間自身が解決するべき問題です。自由意志によって好きなように勝手なことをしておきながら、その報酬は受けたくないというような都合のいい話は許されないのです。戦争をするもしないも人間の自由ですが、もし戦争の道を選ぶなら、それを「モノサシ」として責任問題、つまりカルマが生じるのは当然です。


Q、 飛行機事故のような惨事は、犠牲者やその親族がカルマを消すために前もって計画されているというような考えは、私には得心がいきませんが・・・。

   
その質問にはいろんな問題が含まれています。
   まず”計画されている”という表現は妥当ではなく、それだとまるで故意に、計画的に惨事を引き起こしているかのように聞こえます。すべての事故は因果律によって起こるべくして起きているのです。また犠牲者という言い方も、実際の出来事においては別の観点があることを知ってください。

   あなた方にとって「死」は確かに恐るべき出来事でしょうが、別次元に生きる私たちにとっては死はある意味喜ぶべき出来事なのです。赤ちゃんが誕生すればあなた方は喜ぶでしょうが、実はこちらでは泣き悲しんでいる人がいるのです。またそちらで死んで肉体の束縛から解放された人を、こちらでは大喜びでお迎えすることになります。

   次に宿命についてですが、この真相についてあなた方が理解するのは困難と思われますが、宿命というものが宇宙の大きな機構の中で重大な要素を占めています。これは運命と自由意志という相反する2つの要素が絡み合った問題であり、つまり運命づけられた一定の枠の中で自由意志が許されているのです。

   悲しみは、魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも、特に深甚なる意味を持つものです。悲しみはそれが心の琴線に触れた時、眠れる魂の目を一番よく醒まさせるものです。魂が肉体の奥深くに埋もれているために、それを目覚めさせるためにはよほど強烈な体験を必要とするのです。そのために悲しみや無念、病気や不幸などは、地上の人間にとって教訓を学ぶための大切な手段なのです。

   繰り返し述べてきたことですが、真理は魂がそれを悟る準備ができた時に始めて学ぶことができるものです。つまり霊的な受け入れ態勢ができるまでは、決して真理に目覚めることはありません。こちらからどのような援助の手を差し伸べても、それを受け入れる準備ができていないならば受け取ることはできません。


      book 『古代霊は語る』シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄訳編 潮文社

「目的」のために事件は「つくられる」

   足利事件のキーワードは”DNA鑑定”である。
   この事件は、警察庁が犯罪捜査にDNA鑑定を導入するのと並行して起きた事件である。足利事件とは、1990年5月12日、足利市内のパチンコ店で4歳の女児がいなくなり、翌日に渡良瀬川の河川敷で遺体で見つかったというものだ。

   警察庁がDNA鑑定制度の導入を決定したのはちょうどそれから1年後の、1991年5月22日である。その年の12月1日に菅家利和氏は、突然、警察に連行された。そしてそのまま逮捕され、「犯人は誰でもいい」と言われた。つまりDNA鑑定制度の導入という「予定」が挟まっていたのである。

   菅家氏が容疑者とされた時、「DNA鑑定で一致」というニュースが大きく報道された。
   当時はDNA鑑定と言われればそれを信じるしかない状況であり、1審の弁護人も菅家氏をクロと見て疑わなかった。だから事実審理も行なわれなかった。しかし一部ではその当時から、捜査への疑問も指摘されていた。それは事件当時のDNA鑑定の精度が低かったということが1993
年には指摘されていた。(『法律時報』1993年2月号)

   被害者に付着していた唾液の血液型はA型とAB型だったが、菅家氏の血液型はB型だった。こうした疑問は早い時期に、新聞記者の三浦英明氏が「ルポ・足利事件のDNA鑑定の怪」(『法学セミナー』1994年3月号)で指摘していた。その結果控訴審でそのことが取り上げられたが、しかし東京高裁の高木俊夫裁判長は、そうした一連の重要な疑問を一切無視して控訴を棄却してしまった。

「DNA鑑定機器」が欲しかった

  
 三浦英明氏は前述の「ルポ」で重要な事実を指摘している。
   実は警察庁は、DNA鑑定機器の購入予算を当時の大蔵省に蹴られていたのである。しかしそれが菅家氏が逮捕された月末に、1992年度予算として認められたのだ。これは「復活折衝」の結果であり、予算が認められたのである。まさに事件における「DNA鑑定で一致」という全国ニュースの効果が、そのまま予算要求の復活というベストタイミングである。「これは偶然の一致であろうか」と三浦氏は疑問視する。それはまるでマスコミと警察がグルになって菅谷氏逮捕を後押しし、警察庁の予算要求の旗振りをしたかのように見えるからである。

   足利事件の物的証拠は、唯一DNA鑑定の結果だけである。
   しかも被害者の衣類に残っていたのは、菅家氏のB型でないことが鑑定からもはっきりした以上、菅家氏を有罪とする根拠はなくなったはずであった。しかし、「犯人は誰でもいい」という捜査方針であったことからすれば、実際にはDNA鑑定の結果もどうでもよかったのである。警察にとっての問題は、菅家氏をいかにして犯人に仕立てるかという一点に尽きていたと思われる。

   菅家氏は、『冤罪 ある日、私は犯人にされた』という著書の中で次のように述べている。「誘拐した場所や殺害した場所を(指示するように言われ)、(知らないので)適当に指し示しても何も言われませんでした。でも、遺体の遺棄現場を『ここです』と指し示した時には、同行した刑事に『違う。もっと向こうだろ』と怒られてしまいました」 そしてこれが新聞記事となり、「遺棄したと指し示した場所と遺体発見場所がほぼ一致した」(『下野新聞』1991年12月14日付)と報道されたのである。

   また菅家氏は次のようなことも著書で告白している。
   「ちょっと恥ずかしい話ですが、家には映画やドラマなどを含めて200本以上のビデオテープがおいてあり、そのうち130本がアダルトビデオでした。(中略) ただ、自分がなぜロリコン趣味だと報じられたかは、今でも不思議です。(中略) 押収されたアダルトビデオの中には、いわゆるロリコンもののビデオは1本もなかったからです」

   犯罪心理学者の福島章氏は、一審での精神鑑定の結果、菅家氏は成人女性の代償として幼女に性的関心を抱く”代償性小児性愛者”であると結論している。しかし菅家氏の生活暦にそのような傾向はないことから、弁護人は控訴審で、鑑定の不可解さについて質問した。すると福島氏は、「自分は菅家さんが犯人であることを前提に鑑定しただけ」と答えた。(弁護士・佐藤博史の報告)

   つまり、はじめから結論ありきの鑑定だったことになる。
   そして犯罪心理学者というのは、単なる警察・検察の代書屋に過ぎない、ということがわかってしまったのである。

死刑制度を維持したい

 
  2008年6月17日に宮崎勤の死刑が執行された時、この結末に関して担当弁護士から話を聞いた。それは主になぜ事実認定を争わなかったかについてであったが、一審を担当した鈴木淳二弁護士によると、まず宮崎が犯行を否認していなかったことと、宮崎が犯人ではないとする疑いが証拠などから生じない以上、弁護人としては減刑という線で弁護活動をするしかなかったという。

   控訴弁護人の田鎖(たぐさり)麻衣子弁護士にも見解を聞いた。
   まず控訴審で、田鎖弁護士は再度精神鑑定と医師の意見書の証拠申請などを行なったが、それはすべて却下されたという。世間はこの事件の”本当のこと”をマスコミから知らされてはいないが、実は弁護士はマスコミに事情を伝えていたのである。しかし実際の報道では、マスコミはその事実をまったく伝えなかったという。つまり、表には出さない方針で報道も統制されていたのである。

   それは次のようなことである。
   「控訴審の最後の大詰めの段階で、ある結審の間際、検察官が2点の証拠を出してきました。それは東京拘置所における、彼の生活状況一般についての問い合わせなどへの回答です。その中に、1996年の時点で向精神薬を継続して投薬中であるという内容がありました。しかし実は、1996年というとまだ第一審の判決が出る前なのですが、すでにその早い時期から、実は彼には向精神薬が継続処方されていたのです」

   しかもそのことは、一審の段階でも出されることはなく、”特に異常
はなく、拘置所においても問題なく生活している”ということが前提となって判決が出ている。つまりそれを前提にして死刑判決が出されたのである。宮崎は少なくとも1994年の段階で、拘置所内で向精神薬を処方されていた。1996年6月からは継続的に投薬されていた。病状が改善しなかったということから薬は増量されて投与された。処方された薬はスルピリド、ハロペリドールなどであるという。それらは統合失調症の薬とされるが、同時に症状としては無気力・無言・動かない・うつ症状などの副作用をもたらすとされる。

   そのことから思い出されるのは、宮崎が判決を他人事のように聞いていたことや、終始ボウッとして動かなかったなどの様子である。宮崎は変なやつだと言われ続けてきたが、何のことはない、彼は秘かに薬漬けにされていたのである。


         book 『怪奇事件の謎』 小池壮彦著  学研


                          抜粋

   
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孤独で1人見捨てられている人など誰もいない

Q、 私たちは多くの場合、自分を1人ぼっちで孤独だと思って苦しむのですが、それはどうしてなのでしょうか?

   
あなた方には実は霊的な家族がいる。
   つまりあなた方の誰もが、多くの霊的な存在から愛されているものだ。それはまず至高の創造主から、次ぎに決してあなた方を見捨てることのないそれぞれの守護霊から、そしてその他の多くの存在たちである。その多くは、すでに現世を去ったかつての家族や友人たちである。しかもそれだけでなく、あなた方全員には伴侶ともいうべきツインソウル(双子の魂)がおり、それは愛し始めるには最適な相手でもある。彼らの中には、あなた方と同じ時期に転生している者もいるが、場合によって今世の家族の一員であったりなかったり、あるいは単に仲の良い人であったりする。

   あなた方の苦悩の原因は、霊界から支えてくれている存在や仲間とのつながりを知らず、霊的な世界から隔離されて暮らしているからである。つまり、頭や五感からの要求にのみ応えるために一生懸命であり、心に感じる思いとはかけ離れていて、やろうと決めてきた地上での使命を自覚できないためなのだ。

   1つはっきりさせておこう。
   それは今の物質世界で独りだと感じられたとしても、実際にはあなた方からは見えない世界においては、決して孤独である事などあり得ない。この「つながり」を発見し、その繊細な扉の向こう側に本当の生を見出すことができるかどうかは、1人1人にかかっている。そしてその扉を開くことのできる「鍵」は、愛の感情だけなのだ。

       心を込めて願うならば、あなた方の感受性を目覚めさせ、あなたの苦悩を癒してくれる「助け」が得られることに気づくだろう。だがそれを受け取るためには、愛を阻(はば)む鎧(よろい)を自から脱がなくてはならない。なぜなら、1人で孤立していたいと願う者の意志は最大限尊重されるからである。


Q、 愛を具体的に経験するとどうなりますか?

   
人は真の愛を体験すると、充足して完全な幸福を感じ、高い波動と力の感覚で満たされる。そしてもうそれ以上、他には何も必要とはしなくなる。真の愛と感応した魂は、他者を自分自身の一部のように感じるので他人にも喜びを伝え、幸せになる手助けをしたいと望む。愛の度量が大きければ大きいほど波動は高くなり、伝えられるエネルギー量も増える。人が愛する時には、この愛の波動を伝えているのだ。受け手が敏感であれば、その押し寄せる強いエネルギーの感覚と、体中をめぐる波動を感じることができる。

   このように内面が満ち足りた状態では、人は楽観的で明るく、安らぎと冷静さにあり、自分の問題はそれほど深刻ではないと理解する。しかしあなた方は非常に物質的になっているので、そうした感受性を持つことができない。そのためほとんどの人々は、愛を感じることではなく、行為のみを評価する。しかもなぜそうであるのかも理解していない。


Q、 愛が「魂の法則」で必須のものであるのなら、なぜ皆、愛せるように生まれてついていないのでしょうか?

  
 愛する能力は、それぞれの魂が自分の進化に応じて、独自に発達させなければならない能力の1つである。愛するためには、自分自身でいなくてはならない。自分自身でいるためには、先ず自分というものを知らねばならない。他者への愛に成長したければ、自分を知り、自分を愛することから学びなさい。自分自身を愛せない者には、他人も愛することができないからである。あなた方は愛とエゴを混同しており、愛の概念を間違って理解している。

   愛はその現れにおいて、無条件でなければならない。
   本当に愛する者は、何の見返りも期待しない。自分の得るもののゆえに行動する者は、本当には愛してはいない。愛は自由でなければならず、そうでなければ愛ではない。人を強制して、愛するように仕向けることはできない。

   愛したいと願う者は、エゴを放棄することを望まねばならない。
   愛とエゴは、互いに両立し得ない正反対の概念である。エゴとは実際には「愛の欠如」であり、ゆえにエゴを放棄しなければ愛することはできない。つまり愛することを学ぶというのは、エゴからの脱却を学ぶことなのだ。

   魂がほとんど成長していない初期の段階では、自分より進化している存在から受ける愛を情動として体験し、それを快く感じるものである。また一方で、愛を装ったエゴを体験して不快を感じる必要もある。こうした感情は、そうしたものを区別し評価できるようになるための刺激となる。

   魂が他者からの愛を認識できるようになり、最初に初めての愛情が芽生えるのは、通常は家族の誰かや身近な人々に対してである。自分に冷たい態度をする人には敵対心を抱き、関わりのない人はただの無関心な人である。この段階の魂は、愛すると情熱的ではあるが、それを失うと報復的で恨みに思う。

   より進化した次の段階では、魂は苦しみ自体が愛とは相容れない否定的なことだと気づくようになる。そしてもはや、自分を傷つけた者に害を与えることを望まず、自分が受けた痛手を賠償させる手段であった復讐を放棄する。この段階を、進歩した条件づきの愛と呼ぶことができる。

   次に、魂の理解力と感受性のレベルがかなり高まると、自分を憎み、さげすみ、耐え難い苦痛を与えた者たちも含めて、この世に存在するすべてのものを愛するという、大きな飛躍を遂げる準備が整う。つまり、無条件の愛に達する最終段階に入るのだ。


Q、 これらの段階をわかりやすく要約してください。

   
よろしい。よく理解できるように分けてみよう。

one 愛の受け手としても、送り手としても鈍感。
two 愛の受け手として部分的に敏感であり、送り手としては鈍感。
three 愛の受け手として敏感で、送り手として部分的に敏感(条件づきの愛)。
four 受け手としても、送り手としても、とても敏感(進歩した条件づきの愛)。
five 受け手としても送り手としても、完全に敏感(無条件の愛)。

   進化の初期の段階では、魂は情動しか感じることができず、通常こうした情動は外界からの刺激に反応しているだけに過ぎない。情動というものは、人間以前の段階から発達し始めているもので、実際に犬や猫、牛や馬などの多くの高等哺乳類がかなり深い情動を表現する。この情動を感じる体験を重ねることで、魂は感情を発達させるようになり、つまり感情とは情動の進化した形態なのである。


Q、 情動と感情の違いをもっと詳しく説明してください。

   
感情と情動は緊密に結びついている。
   外からの影響で感じられた情動は、特に感情に影響を与えてそれを呼び覚ましたり、抑制させる刺激となる。最も発達した感情は愛である。魂が無条件の愛の感情を体験するようになると、それは永遠に尽きない感情なので、もはやそれを目覚めさせたり、育てたりするための外からのいかなる刺激も必要とはしなくなる。

   愛の情動や感情は魂から生まれるが、思考は頭脳から生まれる。
   そしてエゴ的な要素は、頭脳から生まれる。

   人はそれぞれが、エゴを消去するためのさまざまな地点にいる。
   このプロセスは連続的なもので、大きく3つのグループに分けることができる。1つは「親切で見栄っ張りな魂」、次に「寛大でプライドの高い魂」、そして「愛情深くて尊大な魂」である。


Q、 なぜ、肯定的なものと否定的なものを使って分類するのですか?

 
  それは利己的な部分だけではなく、それぞれの段階にいる魂が発達させている資質も認めたいからである。つまり否定的な面は魂のエゴの段階を示しており、肯定的な面は到達可能な資質を表している。虚栄心に満ちた者は非常に親切になれるし、自尊心の強い者はとても寛大になれ、また自負心のある者は、エゴに打ち克とうと戦う時にとても愛情深くなれるのだ。

   我々1人1人の中にエゴが存在することを認め、それを自覚して克服するために定義づけするのは悪いことではない。魂にとって一番悪いことは、自らのエゴの存在を認めないことである。つまり、本当に愛して真に幸せになるために、取り除くべき利己的な部分を持っているという現実を認めないことである。認めないものを克服することはできず、エゴを認識することができないならば、必然的に歩みは停滞してしまう。


         book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット

  

私たちの魂は死なず、永遠に生きる

Q、 進化するとはどういう意味ですか? 何において進化するのですか?

  
 あなたは進化するために生まれてきた。
   それはエゴを愛に変化させてゆく過程のことで、私はそれを進化と呼ぶ。つまり進化とは、愛することを学ぶことである。あなたの挙げたこの世界の災いのすべては、愛の欠如、つまりエゴと呼ばれる同一の源から生じたものだ。人々から生じたエゴが集約することで、現状のようにこの世界を完全な地獄にしてしまったが、それぞれのエゴが愛に変わることで一つになれば、この世を天国に変えることもできる。

   人の内面をエゴから愛に変えるのは、それぞれの人の意志にかかっている。
   内側を変えることができれば、当然の結果としてあなた方の外側である周りが変わり、そして世界全体を変えることが可能になる。あなた方を取り囲む外界とは、それを見て自己変革を促し、手伝うために存在するものであり、どのように型を作るかを教わりたい子どもにとっての粘土のようなものである。愛や感情や知識の能力を高めながら、より高次の幸福に近付く人々の進化には決して終わりはない。つまり人の存在は消滅することがなく、不死なのだ。

Q、 毎日、何千何百万という人々が死んでいきますが、どうしてそう言えるのですか?

  
 死んでいるのは 、人が物質界で存在するために使用する乗り物、つまり肉体である。
   しかし人の本質や意識はそのまま存在し続ける。その意味で死というものは存在しない。朽ちてしまうものは、魂が物質界に顕現できるための乗り物としての使命を持っている。

   魂とは、生きて感じることのできる存在のことだ。
   個人の意志や意識が宿るところが魂であり、それは決して破壊されることがない。そして、あなたも魂である。あなた方人間はすべて魂の存在であり、転生と呼ばれる期間においてだけ、物理的な肉体に繋がれて生きる。あなた方は自分自身を肉体だと思っているが、肉体はこの物質的次元で活動するために必要とされる、まとった衣服に過ぎない。魂は完全に肉体から離れて存在し、生き続ける。魂は不死である。場合により停滞したりすることはあるが、決して破壊されることはない。


Q、 肉体の死を超えて命が存在する証拠があるのでしょうか? 私の知る限り、あちら側から戻って来てそれを伝えてくれた人は1人もいないのですが。

   そのように言い切ることはできない。
   臨床学的にも死を迎えて、そこから生き返った人々の膨大な証言がある。これらの人々の多くは、肉体的に死んでいる間に、彼らにとっては強烈なリアルな体験をしたことを覚えている。他人の経験は自分の経験ではないので、疑うことは可能である。だが自分が経験したことには疑いの余地はない。自分の経験は自分の体験であって、実際にそれを感じて体験した人にとっては紛れもない現実なのである。


Q、 そうした人々に共通している話とはどのようなものですか?

  
 肉体から抜け出ていき、外から自分の身体を見ること。
   また暗いトンネル内を通り抜ける感覚と、通り抜けた時にまぶしい光を感じること。以前に亡くなっている家族や友人、知人との再会。光の存在との会話。そして自分の人生の回顧である。多くの場合、肉体に戻ってから、その後の人生が変化したり、死に対する捉え方が変わる。こうした経験をした人々は生が継続することを知り、自分が置かれている人生よりもずっとすばらしいことが待っていることを経験したので、死に対する恐怖がなくなるのだ。

   『かいま見た死後の世界』 レイモンド・ムーディ著 評論社
   『死後体験 光の世界へ』 メルビン・モース著 阪急コミュニケーションズ
   『死ぬ瞬間』          エリザベス・キューブラ・ロス著 中央公論新社

   こうした証言を分析して、正当性を疑うのは簡単である。
   しかし世界中の国や文化や信念の違いにもかかわらず、非常に似た特徴を持つこうした現象が、大人だけでなく子どもにも何度も繰り返されているのであれば、これに関する真剣な研究が行なわれるべきである。あなた方の世界にも、アメリカの精神科医で哲学者でもあるレイモンド・ムーディ博士や、臨死体験をした子どもの調査を行なった小児科医で神経学者のメルビン・モースなど、臨死体験に関する体験談をまとめた真摯で著名な人々がたくさんいる。

   また過去世の記憶を持った人々の証言もある。
   2歳から4歳までの子どもの場合には、それが自発的に現れたりするが、退行催眠によって思い出されるものも多く、これに関しては今ではかなりの文献が揃っている。カナダの精神科医スティーヴンソンは、世界中の幼い子どもたちを対象に輪廻転生に関する研究を行ない、それを20冊以上の本に書いている。

   『Life Before Life (生以前の生)』Helen・Wambach (ヘレン・ウォンバック)著 未邦訳
   『未来世療法』            ブライアン・ワイス著 PHP研究所
   『Coming back (戻って来る)』   レイモンド・ムーディ著 (未邦訳)


   中には想像や精神的な混乱などが、そうした原因となるケースがあることは認めるが、それ以上に過去の人生の詳細を具体的に覚えていて、しかも歴史的な裏づけが確認されたケースはもっと多いのである。彼らは地名や事件や名前などを詳細に覚えており、その多くが現人生では一度も行ったことのない国々でのものだ。

   また幼い子どもに多いのが、前世で話していた言語を急にしゃべり出したり、別の時代や別の場所に生きた過去世を親や兄弟に話し出す。こうした子どもは前の人生に強く影響され、しばしば以前に暮らしていたという家族の元へ返して欲しいと頼むのだ。そうした経験をした多くの人々からの回答には、一連の共通項があることがわかり、非常に似た結論に達したのである。

   それは、肉体の命というものは、決して終わることのない真の命の一瞬に過ぎないこと。 肉体の死はそれで終わりではなく、より自由な存在へと移行する一段階に過ぎないこと。 我々はみな、先に向こうへ渡った愛する人々と再び会えるのだということ。 そしてその人々とは、別の転生でも巡り合うということ。 私たち1人1人に、物質次元を自由に探求しながら、知識や愛において成長していけるように用意された計画があるということ。 この人生で出会う状況は、偶然の産物などではなく、前世からの行為の結果であること。 私たちは生まれる前から、今世で取り組む試練を知っており、それらを上手く乗り越えるための準備を周到に用意して来ていること。

Q、 過去世でも今世と同じような意識状態でしかなかったのであれば、今と同じように前世というものを自覚できなかったのでは? それをなぜ、過去世の体験があると言えるのですか?

   
それは過去世を詳しく覚えているだけでなく、同時に、なぜそのような人生や試練を経験しなければならなかったのかの理由を、覚えている人々が非常に多いからである。つまり物理的な転生と転生の間にある、肉体を持たない中間生である回顧の期間のことも覚えているからだ。心理学博士のマイケル・ニュートンのように、転生と転生の間の記憶を専門的に調べている研究者もいる。彼は人々を深い催眠状態にする技術に熟練しており、中間生の記憶を思い出させることで、「なぜ特定の時期に、特定の家族やそうした環境の下に転生することを決断したのか」を思い出させるのである。

   『死後の世界が教える「人生は何のためにあるのか」』(パンローリング)や、『死後の世界を知ると、人生は深く癒される』(ヴォイス)を読むといいだろう。


Q、 我々が人生で経験しなければならない試練や環境だとするならば、なぜそうしなければならないのですか?

   
そのような試練の多くは我々が他者に対して行なったことであり、それを今回自分自身に味わい、自分が招いた状況の結果に直面する。それによって自分の行為が他者に及ぼした苦悩や喜びを自覚できるようになり、他者の気持ちが理解できるように成長する。実にさまざまな試練や学びがあるが、一般的にすべてのことは、我々がエゴを解き放ち、愛において成長できるようにと意図されているのである。


         book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット


 

   


17年前の「神戸酒鬼薔薇事件」

   2014年3月22日に、「神戸児童殺傷、被害者遺族に加害者男性から手紙」、という報道があった。それによると、1997年の事件当時、少年Aと呼ばれた人物は、自分が殺した女児の命日を前にして、7年前から遺族に手紙を出しているという。手紙は弁護士を通じて渡され、B5版の用紙3枚にワープロ文字で書かれていたと報道された。普通、この種の手紙は自筆で書くべきものだと思われるが、何らかの事情があるかもしれないのでそれは置いておく。この事件からすでに17年が経過しているにもかかわらず、いまだにこのような消息がニュースになるほど痛ましい出来事だった。

   私がこの件について調べたのは、2007年のことだった。
   1997年の事件以来、すでに10年が経っていた。それまで私はこの事件に関心がなかったし、むしろこういう事件が起きるとホラー映画が自粛されたりして、いちいち迷惑をこうむる。しかも事件がきっかけで規制も厳しくなりがちであり、何かと窮屈な世の中になる。ゆえに事件そのものを詳しく調べる動機が私にはまったくなかった。

   ところがある時、雑誌の編集者から「この事件はどうもおかしい」という話を耳にした。
   つまり多くの謎が放置されたままになっており、10年経っても事件の全貌が明らかにされていないというのだ。しかも「冤罪説」まで囁かれているという。私は詳しく話を聞き、編集者から渡された事件の資料を見るうちに、「ナンダこれは?」と何度もつぶやくことになったのである。

犯行声明文の筆跡は、少年Aのものではなかった

   まずわかっていることは、この事件には確かな物証が存在しないことである。
   「神戸家裁決定要旨」によると、警察は最有力の物証を、「酒鬼薔薇聖斗の犯行声明文」と位置づけていたが、実際には科捜研の鑑定では、「少年Aの筆跡と同じものとは認められなかった」のである。しかし警察は少年Aを任意で同行し、犯行声明文と筆跡が一致したと偽装して少年Aを追い詰めたという経緯がある。このやり方には当然違法性があるので、裁判ではそれを警察調書としては認めなかった。しかし、ほぼ同じ内容に作成されていた検事調書の方は、捜査手続き上の問題はないと見なして、そちらを証拠にしたのである。

   つまり、物証がほとんどなかったので、無理な自白に頼ったという面がある。
   弁護士の後藤昌次郎氏は、『神戸酒鬼薔薇事件にこだわる理由「A少年」は犯人か』という著書の中で、「A少年を犯人と認める合理的根拠は何もない」と断言している。確かに物的証拠が「自白だけ」、というのはまずいだろう。というのも、ちょうど私がこの件を調べ始めた2007年には、複数の冤罪事件が次々と明らかにされていたからである。

   たとえば鹿児島県議選の買収事件をめぐって無罪判決が出たり、富山県の強姦殺人事件の犯人として服役を終えた男性の無実が判明したりした。2001年に起きた御殿場事件の再審が決定したのもこの年である。御殿場事件というのは、静岡県御殿場市で、ある少女が婦女暴行の被害を訴えた結果、10人の少年が逮捕された事件である。これは後に少女の訴えが嘘であることが判明したが、物的証拠がないにもかかわらず、なぜか裁判官は少年たちに有罪判決を下したのだ。証拠なしになぜ有罪になるのかわからないが、裁判官は検察の見立てを重く見たのである。そこに違法捜査と自白の強要があったと考えられるが、それでも裁判所のチェック機能は働かなかった。

   そうしたケースが続発する中で、酒鬼薔薇事件もまったくその構図にあてはまるのは確かだった。しかし冤罪と言うには、少なくともA少年は女児を殺害しており、彼にもその自覚があるゆえに、タンク山でJ君を切断して殺害したとする疑いに対しても、自らの無実を訴えなかったものと思われる。つまりJ君殺害に関しては、未だに”未解決事件”なのである。

   殺害現場とされたタンク山は、事件後に改築が行なわれた。
   私も現地に行くまでは、どんな深い山なのかと思ったが、何のことはなく道の側にある小さな丘で、透明人間でもない限り、その姿が人目に触れずにいるとは考えにくい。熊谷英彦著『神戸事件を読む』によると、遺体の切断方法に疑問があるという。首が妙にきれいに切断されていたことや、発見時になぜか濡れていたことから、犯人は「遺体を冷凍したうえで電動ノコギリを使った」と思われるという。しかし首を洗ったから濡れていたとする、元新聞記者の証言もあり、実際に洗ったような特徴があったというので、それも考慮に入れれば冷凍説も鵜呑みにはできない。

「プロ」の手口

   むしろ気になるのは、犯行声明文を送った封筒のことである。
   そこに貼られた切手が油でコーティングされていたのだが、これは消印を弾(はじ)くための工夫である。そのため犯人の指紋はいっさい残されてはいない。このあたりの周到さがプロっぽいので、一時期”酒鬼薔薇=元警察官”説が出たこともある。犯行声明文にも、警察内部の人間が書いたような言い回しが見られる。

   「今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか見えないのである」
 (犯行声明文より)

   そこで兵庫県警は退職警察官のリストアップもしていたようだが、こうした話から思い出されるのは、宮崎勤の”今田勇子”のことではないだろうか。宮崎勤事件の時も”犯人=元警察官”という説が出た。宮崎勤は”祖父の死”をきっかけに悪魔に変貌したと言われたが、少年Aの場合は”祖母の死”がクローズアップされた。そして宮崎の犯行時の心理状態について「夢の中」でやったようだと述べたが、同じく逮捕後の少年Aの様子も弁護士によると「夢でも見ている」ようだったと述べたという。まさか背景に同じシナリオがあったとは思えないが、今田勇子と酒鬼薔薇聖斗の筆跡を鑑定してみたら、あっさり一致したりして・・・などとあらぬ想像をしてしまったりする。

   いずれにしても、宮崎勤の人間的凡庸さと、今田勇子なる人物の抜け目のない用意周到さの間には落差が見られるように、同じく酒鬼薔薇聖斗と少年Aを結びつける筋書きには疑問が残るのだ。しかも物証がなく、調書の内容と現実との溝がある。そこでその溝を埋めるべく警察が公表したのが、「懲役13年」と題された作文だったと見られる。この作文は少年Aの逮捕から3ヶ月後の9月26日に公表された。その文章はダンテやニーチェを引用した高度な文章とも評されたりしたが、実際には映画や通俗本からの孫引きである。だが、そもそもこの「懲役13年」という作文を書いたのは、当の少年Aではないのである。

元同級生のB君

   「懲役13年」を書いたのは少年Aの元同級生である。
   仮にB君としておこう。彼らはそれなりに親しい間柄だったが、中3になって関係が悪化した結果、B君は転校し、少年Aはそれ以来不登校になった。実はB君はなぜか、警察と検察の双方から面接を受けて供述調書を取られている。しかしその2種類の「員面調書」と「検面調書」を読み比べてみると、B君はそれぞれに対して矛盾した供述をしていることがわかる。一方の調書では「少年Aが猫を殺すような行動など見たことがない」と述べ、一方では「見たことがある」と内容を変えているのだ。

   ちなみに少年Aが猫を殺していたという話が、当時ずいぶん喧伝(けんでん)されたが、実際にはそれはデマであって事実ではなかったことが、神戸新聞社の調査ではわかっているという。そのことは、安倍治夫監修・小林紀興編『真相 神戸市小学生惨殺遺棄事件』で述べられている。実はB君は、事件の始まりを告げる「酒鬼薔薇聖斗の犯行声明文」が神戸新聞社に送られた3日後に、早々と警察に事情聴取されているのだ。それは少年Aが逮捕される20日以上も前のことである。学校関係者やAの友人、両親などのすべてが、Aの逮捕後に調書を取られている。しかしなぜかB君だけが、Aの逮捕以前に事情聴取され、早い時期に調書が作成されている。

   その理由はいっさい不明である。
   そして事情聴取されたB君は、少年Aにとって不利な供述をした上で、「懲役13年」という作文を警察に提供したのである。警察の「員面調書」によると、「この作文はA君が書いた」とB君は供述している。B君は少年Aに頼まれて作文をパソコンで清書したという。B君は、その内容を出来るだけ正確に思い出して紙に書いた」ものを警察に提出したと言っているが、作文の現物はその場でB君が書いたものなのだ。ところがこの供述が検察の「検面調書」では変化しており、「パソコンで打った文章を1枚だけ持っていたので、このたび警察に提出しました」と述べている。

   おそらくこれは、「(Aの話したことを)思い出して書いた」という不自然さを修正したかったように思えるが、いずれにしても少年Aが書いた作文でないことに変わりはない。ちなみにフロッピーディスクは「壊して捨てた」という。かくしてB君の所有していた「懲役13年」のテキストは、少年Aの作文としてマスコミに公表されたのである。しかしそれはあくまでも、B君が書いたテキストなのである。

   B君はいずれの調書の中でも、少年Aが”FBI捜査官の本”を持っていたと証言しているが、これはロバート・レスラーの著書『FBI心理分析官』のことである。この本が「懲役13年」の元ネタなのだが、実は少年Aはこの本を持っていない。ならば、なぜB君はそんなことを言ったか。つまり少年Aが作文を書いたことにするためには、元ネタである”FBI捜査官の本”を、Aが所有していないとつじつまが合わないからなのだ。つまり結果的にsunB君は、『作者』しか知らない作文の元ネタを自ら明かしているのである。

   そういうわけで、少年Aの直筆による「懲役13年」が存在しない以上、Aが作者であるという証拠はない。Aが書いたという唯一の根拠は、ただB君がそう言っているというだけであり、しかも現存する作文はB君が書いたものである。一次資料にすらならない作文にもかかわらず、この作文は少年Aの精神鑑定の資料になった。少年Aが”直感像素質者”、つまり物事を即座に視覚的に把握できる特殊能力者と認定される根拠になったのである。

   ちなみに、事件当時の兵庫県警担当記者は次のような証言をしている。
   「兵庫県警は表向きには、J君捜査の時に少年とすれ違った機動隊員の証言から絞り込んだと説明していたが、これは真っ赤な嘘。すべてはこの元同級生の証言であり、それ以外には何もないはずです。(『噂の真相』1998年8月)

   証言のなかの”元同級生”というのは、B君のことだろう。
   他に該当者はいないからである。なぜ警察がB君の言うことをそこまで信じたかは不明だが、とにかく少年Aを逮捕した理由は、全てB君の証言を根拠としていたのである。


”本命隠し”の演出が行なわれた

  
 事件後、週刊誌にB君宅を取材した話が出ている。
   それは、B君は少年Aに暴行された被害者だということで、Aの凶暴性を喧伝するために書かれた記事であるが、当時のB君の様子がわかる。インターホン越しに、B君の母親は終始狼狽した様子でこう答えたという。「息子に強く念を押されていまして・・・。何もしゃべるな、と言われていますから」(『週刊女性』1997年7月29日)

   B君の供述調書が取られた場所は自宅ではなく、転校先の中学校の事務所であった。
   と言うよりB君は転校後、寮に入ったので、学校が自宅代わりでもあった。そこはある宗教団体を母体とする私立中学校で、校舎は教団本部の敷地内にあった。しかも両親の出身校でもあったことから、すみやかに転校が決まったようである。つまりB君は、事件後に宗教団体の庇護のもとにあったのである。それが警察の捜査方針に影響したのだろうか?

   元法務省関係者に尋ねてみると、「これは直接、酒鬼薔薇事件のことではないですが」と断ったうえで、次のように述べた。「ある人物が特殊な団体の組織下に置かれた場合、その団体と警察組織の取引になります。その結果、水面下で何らかの取引が行なわれるのはよく使われる構図です。お金なら警察の裏金になり、政府が事件を利用したなら官房費用になるでしょう」

   少年Aが真実を語らないのも、何らかの取引の結果なのだろうか?
   ある新聞記者によると、B君の存在を見せないために、ひたすら少年Aをモンスターに仕立て上げる演出が為されて、言わば「本命隠し」が行なわれたのではないかと言う。事件の拡大演出があったとすれば、それはどのように行なわれたのか。酒鬼薔薇事件では、通常の捜査班とは別に、特務的な捜査員の存在があった。ジャーナリストの森下香枝氏によれば、科捜研の幹部を配した”特命班”というのがあり、犯人のプロファイリングを元CIA局員など国内外の専門家に依頼していたという。

   そういえば元FBI捜査官のロバート・レスラーが、事件後の早い時期に「犯人像は17歳から23歳」と言っていた。(『朝日新聞』1997年6月3日) 当時はまだ少年犯罪と言う見方は薄かったので、10代の犯行を視野に入れた推理は鋭いと思えたが、ひょっとするとレスラーは特命班のシナリオを知っており、それを不用意に漏らしてしまった結果かもしれない。恐るべき少年事件というイメージは、国策上の利用価値もあったと思われる。つまり、少年法改正から教育基本法改正への流れが視野にあったものと見られるのだ。

   現にある法務関係者は、「あの事件は最大限利用させてもらった」とも言っている。
   また公安関係者はこうも話す。「酒鬼薔薇事件・・・、あれは笑い話、やり過ぎだよ。でも兵庫県警ならやるだろ」 警察内部の人間から見ても「演出が過ぎていたと感じた」というのだ。犯人が前代未聞の怪物であればあるほど、事件が解決した時の評価は高まる。そして実際に少年Aの逮捕後に、兵庫県警ではすぐに「警察庁長官賞もの」という声が上がったというが(『週刊現代』1997年8月2日)、これもそうしたお手盛り、お膳立てがあっての自画自賛だろう。

   中学校の門に被害者の首を置いたのも、少年Aの仕業かどうか疑問である。
   公安関係者が「やりすぎ」といった演出は、普通の人にはできないもので、特命班という組織がやったとも考えられる。元法務関係者は、「この事件は猟奇でもなんでもない、単なる1つの殺人だった。少年Aはたまたま見張り役で、共犯者とともにいただけというレベルから、実際に傷つけた、あるいは殺人を犯したレベルの範囲内。そのあたりでは私も公安や法務省の人間と意見が一致しています」 つまり少年Aにできたのは、諸々の演出抜きの単なる殺人までだろう、というのだ。

   関東医療少年院では、少年Aの”性的サディズム!と”対人接触のあり方”を克服させる特別プロジェクトが組まれたというが、少年Aの性的サディズムの証拠すらほとんどない状況で、それがほとんど何かの実験の大義名分として利用されたようにも見える。実際に少年Aが”直感像素質”なるものの持ち主であれば調べる価値もあっただろうが、それならむしろ「懲役13年」の作文をすべて”正確に思い出して”書いてのけたB君の方が、サンプルとしてはよほど適していたはずである。いずれにしても、この種の事件を特殊化することで予算を獲得するのが目的であれば、それは単なる税金の使い込みに過ぎないわけで、我々国民はむしろそちらに眼を光らせる必要がある。


               book 『怪奇事件の謎』 小池壮彦著  学研

   

どんな時も、「私たちの安全は共同体の中にある」

   あなた方の次元上昇を邪魔したいという闇の政府の思いは強く、そのために彼らは太陽の光を遮(さえぎ)ろうとするでしょう。彼らが作り出す邪悪な「科学雲」の帯は、あなた方の頭上のさまざまな場所に、特に人々が集まる都市や都会の上に急増しています。彼らの悪質な大規模な活動が今や活発に行われており、今ではそれは地球全土を覆っています。あなた方はいつになったら、地球の澄んだ青空が、濁った灰色に変わり始めていることに気付くのでしょうか?

   地球上の狙った地域に、計画的に科学雲を発生させる物質を噴霧する「ケムトレイル」については、今では一般の人々にも知られるようになってきています。このことは今では世界中の空で行われており、薬品が撒かれるところを実際に目にしている人は多いはずです。ますます多くの人々がコミュニケーションネットワークを通じて情報を共有するようになりつつあります。

   それはつまり、権力者に反対する発言をすることが怖くなくなりつつあるのです。
   あなた方の勇気と希望、それに自由を愛する気持ちを称えたいと思います。それこそが、あなた方が「人間である」ということの、高貴な一面なのです。

   どんな時も忘れないでほしいことは、「あなた方の安全は共同体の中にある」ということです。あなた方が多数であるということと、しっかり的を定めた意図こそが、闇の支配権の振り子を人々のほうに振り戻す力なのです。ですから何よりも、恐れから身を隠すのではなく恐れに立ち向かう意思を持つことが、目の前の障害を乗り越えて進む力をあなた方に与えてくれるのです。

   あなた方は団結するとき、前進することができ、すべての人の「至高善」のために努力するとき、あなた方人間の固い決意は、無限のパワーを持つのです。そしてあなた方は、全人類に向かって警鐘を鳴らすためにやってきた、「ラッパを吹き鳴らす人」なのだということを思い出してください。今はまだ戦う意志もなく、その必要に気付いてもいない人々に情報を広めるためには、高らかな声を上げることが必要なのです。

   空に薬品が噴霧されているという、この「人類に対して行われている非難すべき行為」のことをまだ知らない人もいるようですが、空に現れる格子(こうし)のような雲や、飛行機雲に似た、いつまでも消えない雲は、故意に作られたもので、極めて有害なものです。あなた方は諦(あきら)めという砂の中に頭を突っ込むのではなく、勇気を持って目を上げて、空を眺め、その事実をしっかりと確認しなければなりません。   

   有毒な物質を空に噴霧する目的は、彼らの「地球を管理する作戦」に直接関係しています。それは人を死に至らしめるバクテリアやウイルスを使って、狙い定めた人々を病気にし、殺すことによって、地球の人口を減少させようとするものです。つまり彼らは、すでに60年以上にわたって地下の実験室で強力なウイルスを作り続けてきており、今こそそれを大規模に使用するときであると考えているのです。

   米国の地下で作られているウイルスが、いつか地上に持ち出されるのではないかと考えたことはありませんか? それとも細菌戦争はあなたの生活には関係のないことであり、決して影響を受けることはないと信じていたのでしょうか?

   エイズやエボラ熱、豚インフルエンザ、鳥インフルエンザなど、それらは実験室で作られた超ウイルスであり、最初は地球の人類のうち、彼らが犠牲にしても構わないとした地域に対して使用されましたが、今では全世界に広がっています。

   彼らの人類に対する細菌戦争の背後にあるのは、手に負えない爆発的な人口増加をストップさせ、一方で、生き残った者の生存環境を、自分たちの都合に合わせて作り直すという、巧みに計画された地球規模の作戦なのです。


           シリウスの超叡智②
        book  『地球大変動の危機を救うアセンションの光』 
                          パトリシア・コーリ著   徳間書店

 

「本能」を刺激することでコントロールされる人類

  秘密政府に属する最高幹部2000人と、地球の真の統治者であるあなた方70億人の人類との比較は、数学の専門家でなくともできます。それは1:3500000(350万)ということで、権力者のエリート1人に対して一般大衆は350万人いるということですが、圧倒的に少数派の彼らは水面下で世界全体を支配しています。

   常識的に考えても、彼らが人類に対して優位を保っていることは数学的にも不合理なことであり、地球の全生命の生物学的な配列からしてもまったく不自然な状況なのです。それでも彼らは人類の長い歴史を通じて、慎重に巧みな操作を続けてきています。

   そうした支配者たちがどんな人間なのかと詮索してみても意味がありません。
   彼らは匿名性という暗い墓所に完全に隠れて生きている人間であり、その中には人の生き血を吸う吸血鬼もいれば、途方もない富と権力というマントで正体を隠している悪人もいます。

   それよりも彼らがどのような活動をしており、どのようにして人類を操作しているのかということに焦点を当てるべきなのです。彼らを名指しで非難することは勧められないし、またそうすることで何かが変わるわけではありません。むしろあなた方の側の被害者意識や被害妄想がひどくなり、彼らの支配によって生じている重要な問題から注意を逸らすことにしかなりません。

   親愛なる地球の皆さん、慎重になってください。
   そして何よりも、彼らの行動を注視し続けていてください。何よりも重要なことは、あなた方を虐待している今の権力構造の仕組みを理解することです。そのためには自分に対する認識を高め、個人として人類として、
自分自身の権利を彼らの支配から意識的に取り戻すことであり、そうすることだけが彼らを変えることができるのです。

   それは自分自身の自由意志を基盤として考え、自分自身の決断によって行動し、より高次の目的を実現させるために自分の人生を捧げ、自分の思考と行動をすべての存在の幸福に結び付けて生きる、という決意をすることで人生は輝くようになるのです。

  私たちは、 あなたの身を守るための「盾」(たて)として、宇宙の自由意思の領域に響きわたる「マントラ」をあなたにお教えします。日常の習慣の中に取り入れて、精神を整えるために役立ててください。


   「私は至高の存在である。
    私は自由意志に基づいて、精神の螺旋(らせん)を上昇する。
    私はより高次の目的を実現するために、光によって世界を照らす決意がある。」


   つまりは明確な目的を持ち、断固とした態度を取れば、誰もあなた方を支配したりできないということを私たちは伝えたいのです。進化し続ける魂の光を輝かせることで、ネガティブな要素を避けることができます。しかしそうでなければマイナス思考と共振することで、あなたの感情と思考は力を失ってしまうでしょう。

   あなたの潜在能力が、支配者たちの思いのままに操作されていることを知っていますか? 彼らが用いる「強制力」というエネルギーと、それに対する人間の反応の「私1個人としてそれをどう認識するか」ということが、より大きな全体に影響を及ぼすのです。つまり「あなた方1人1人は、全体に対する責任を持つ」、ということを覚えておいてください。

   というのは、あなた方は世界人口の一部として、巨大な感情のフィールドを放射状に広げると同時に、世界のすべての場所にいる「他人」の感情を反映してもいるのです。そうした感情のフィールドは、あなた方の中に入り込んでは通り抜けていきます。

   人類は個人的な観点でものを考えるように訓練され仕向けられていますが、その理由は、権力者たちにとってそれが支配の「要」(かなめ)であると知っているからです。つまり人類を自己中心的な意識の中に閉じ込めておけるなら、長期にわたってあなた方を確実に支配できるということを彼らは知っています。

   彼らはあなた方人間同士を疎遠にさせるだけでなく地球からも切り離すために、まったく意味のないさまざまな分類を押し付けるのです。それがさまざまに異なる宗教であり、国家、人種、そして数え切れないほどに対立している思考形態の分裂です。

食欲・性欲・物欲・支配欲・名誉欲を刺激してコントロールする

   彼らは、人間の「獣性」という本能を活発化させる方法をよく知っています。
   そうやって人々の意識を麻痺状態にして孤立させ、共同体意識を弱めてのち、自分たちの目的に適合させるのです。操作するために「幻想」が必要なときには、人々を愛国主義的狂乱へと駆り立て、超ヒーローへの偽りの忠誠心を作り出したりもします。

   支配者たちは人間を「集団」として考えているので、異なった信条や文化を持った国家、あるいは反対勢力を分裂させ、政府や社会からの疎外感や、人間同士の距離感を大きく助長させています。支配者たちはあなた方に人類を破滅させる道具や武器を与えたうえで、彼らが人間として最低の行動を取っている見本の場面を、マスコミというつまり彼らの「代弁者」によってあなた方に伝えているのです。それがテレビなどのあらゆるスクリーンです。

   麻酔をかけられたように、人々はトランス状態になってテレビの画面を見つめています。自分はぬるま湯に浸かった状態で、世界中で起きている争いや飢え死にしている人々の状況を呆然として見ています。さらに視聴者は、ドラマやバラエティに登場する「セックスシンボル」であるタレントを妬(ねた)み、彼らのようにおしゃれでスリムでない自分に嫌悪感を抱きます。

   番組のスポンサーによって作り上げられたさまざまな番組によって、そうした感情を刺激されながら、一方でニュースの中の現実は、世界の人間が飢え死にし、戦争が準備されています。そのような矛盾が、人類の現状にそのまま表れていることに私たちは気づいています。

   多くの人々がもっと「幸運とお金」に恵まれて、「安全」で、人より「立派」でありたいと思っています。しかしそのような「物差し」は、ますます他人との距離感を生み出すだけなのです。人類の宿命とは、鈍感なロボットのような人種になり、テレビに影響されやすい不安定な生物へと退化することではありません。

   あなた方の魂が地球においてなぜ再び物質界を経験するかといえば、テレビ画面に映る価値感を手に入れることが目的ではなかったはずです。そんなものは、人間の可能性を正しく表現したりはしないのです。

   子供たちにもっと注意を払ってください。
   テレビや携帯、さまざまな小さいガジェット(電子機器)など、それらの刺激がもたらす脳のパターンの「洗脳」を、免れることのできる子供や若者はほとんどいない状態にあり、彼らは大人よりも強烈に洗脳されています。それというのもあなた方の多くが、それらを新しい生活スタイルとして受け入れたからなのです。

   優れた精神と魂を育(はぐく)む道は、テレビや携帯からは遠く離れたところにあります。現代社会を攪(かく)乱したり、人々の注意を散漫にし、人間を無感覚にするこのようなメカニズムは、あなた方本来の直感的で知的な精神が持っている、偉大な潜在能力を抑圧しているのです。


     シリウスの超叡智③
    book 「あなたはいまスターシードとして目覚める」 パトリシア・コーリ著 徳間書店

                         抜粋したもの



   

現在の文明はすでに頂点を越えてしまった

  あなた方が文明の頂点を通過したのは、20世紀半ばに、日本に原(子核)爆(弾)が落とされたときのことです。この爆発は「すべてなるもの」を震撼させ、その強烈な波動を感じた宇宙の意識あるもののすべてが、エデンの園ガイア地球が、永遠に変化してしまったことに気づいたのです。

   この無責任な行動の結果、地球上のすべての政府は、完全に焦点を失いました。
   この攻撃的な力は、あなた方の上に偽りの「神の力」のように押し付けられ、あなた方はそれが、自分の国を守るため、つまり他者から自分たちを守るための唯一の方法であるかのように思い込んだのです。

   あなた方人類は、それまで信じていたことや創造したものを破壊する段階に入ったのです。人々の意識は、動物や海や植物を思いやることをやめ、その魂を失いました。アトランティスの最後の世代の暗闇の日々においてさえ、人類がこれほどまでに完全に孤立していたことはなかったのです。

   あなた方の世界を超えたところにいて、宇宙の出来事を見守っていた私たちは、恐ろしさに身震いしました。なぜなら、次に何が起きるかを知っていたからです。あのようなとてつもない破壊力を、地球という生命体に対して行なった恥ずべき行為は、その説明として、日本の戦争を止めさせるため、というものでした。しかしそれは完全なごまかしであり、あらゆる意味で必要以上の過剰殺戮であり、それは自分たちの実験であったのです。

   この大爆発は、私たちが「秘密政府」と呼ぶ、アヌンナキの闇のエリートたちから世界へ向けたメッセージでした。それは、彼らは今後、あなた方に対して絶対的な力を握っており、この惑星上のあらゆる生命を意のままに破壊することができる、ということをあなた方にはっきり伝えたのです。

   (平和のための)国際連合、つまり国連と名乗る政府同盟のリーダーたちこそが、破壊的原子(核)爆弾を落とした張本人であることを、決して忘れないでください。この恥ずべき、不遜きわまりない行為は、「平和を築くため」というカモフラージュの元で行なわれましたが、その時あなた方は、その後ずっと彼らが地球を統治することになる、その新たな力を押し付けられたのです。

   この原爆によって勢いづいた闇のエリートたちは、自分たちには「敵」に対してあらゆる暴力を正当化する権利があるのだ、と思い込ませる信念体系を作り出しました。それは地球の未来に、「力による支配」という手本を示して見せ、あなた方はそのときを境に、自分たちの生命が壊れやすい脆(もろ)いものになってしまったと感じたのでした。

   この後、世界中でおびただしい暴力と憤怒の時代が続き、あなた方はその災いによって、地球の行く末を怖れるようになりました。過去65年にわたり、あなた方の社会の倫理や精神、価値観は崩れ去り、それとともに多くの破壊が起きるのを見てきました。

   しかしこのことは、これまで支配的であった破壊的な男性性に代わり、慈しみの女性性、すなわちあなた方の「陰」のエネルギーの目覚めに向かう曲線の一部に過ぎないのです。人類の暴力と生態系の崩壊が引き起こした苦しみと悲しみから、あなた方は今、偉大なる母の抱擁によって癒されようとしています。

あなたが被害者になる時

   あなた方の思考は一つ残らず、どんなものであっても全体に影響を与えます。
   何度でも言いますが、地球の意識は非常にはっきりと二極化されていて、あらゆるものの中に「光」と「闇」があります。それが両極性というものの特質だからです。あなた方が送り出す思考、感情のすべては、生活の中で一つひとつが選択されたものです。

   
あなたが被害者になるのは、自分には力がないと信じるときだけです。
   あなたが自分の力を失うのは、誰かがあなたの魂の力をあなたから取り上げることができる、とあなたが信じるときだけなのです。そしてあなたが死を怖れるのは、魂の進化というプロセスについて、あなたが無知の中に留まっている場合だけなのです。

   
人間のマインドに影響を与える要因は、闇の意図と光の意図の両方があります。
   あなた方は、絶え間なく押し寄せる、他人のさまざまな感情と思考の只中に生活していることを意識する必要があります。あなた方はこの目に見えない波動の影響を強く受けており、自分に無意識でいるほど、受け取る影響力は計り知れません。

   あなたの周りでいろいろな変化や出来事が起きている中で、あなた方一人ひとりが自分に集中し、落ち着いて、穏やかであることが必要なのはなぜかおわかりでしょうか? あなたがしっかり自分の穏やかさと静けさに集中していることで、あなたは宇宙の海を渡る特定の周波数に同調するようになり、あなたの周りにいる人たちがその波に「乗る」ことができます。このようにしてあなたは愛の光を他の領域に広げ、平和で調和に満ちた世界を生み出すことができるのです。

   また逆に、この反対を行なうこともできます。
   脳の働きと、マインドがいかに影響されやすいかという知識は、闇に留まることを好む者たちもまた知っています。相手にある特定の化学反応を起こさせるような、あらかじめ決められた波動を送ることで、脳の中に極度の不安や苛立ち、怒り、恐怖といった反応を引き起こすことができます。

   このようなマインドコントロールは、実際に最初の原子爆弾が投下されて、アヌンナキの闇のエリートたちが、あなた方の世界のあらゆる生命を完全に支配していることを確認し、自分たちの力に対して人々がどう反応するかをあまり気にしなくなってからは、闇の政府はもはや、マインドコントロール技術を利用していることを、以前のようには隠さなくなりました。


           シリウス超叡智②
            「地球大変動の危機を救うアセンションの光」 
                          パトリシア・コーリ著   徳間書店

                         抜粋したもの

行方不明のマレーシア航空MH 370便

   台風には地震の調整の役割があるようです。
   大きな被害を伴うかも知れませんので、注意を促したいと思います。

   マレーシア航空のMH370便が行方不明になって4ヶ月が過ぎました。
   クアラルンプールから北京へ向かうフライトの途中で行方不明になり、オーストラリアの西に墜落したと言われながら、その破片さえ見つかることなく時は過ぎています。何があったのか分からないままに行方不明になったこうした飛行機は、他にも例があるとのことです。今回も前例のない事故が起きて、行方不明になった可能性は残っていると思われます。

   こういうケースではさまざまな情報が流されるので、何が正しいのかは分からなくなります。ただ、この様なことを想定した上での追跡装置が飛行機にはついている物なので、ボーイング777という最新型の航空機の失踪には、多くの人が疑問を感じたままでいると思われます。

   中でも、マレーシアの元首相のマハティール氏の意見には、考えさせられる物がありました。マハティール氏は、自身のブログに以下の様に書かれたそうです。内容はまとめるために短く編集してあります。

   『米中央情報局(CIA)や(機体製造元の)米ボーイング社が情報(真実)を隠している。』
   この様に述べて航空や軍事のイギリス専門サイトを引用し、CIAの関与を示唆。

   『ボーイングとCIAによる遠隔自動操縦によって、操縦士はどうすることもできなくなった結果として、370便は恐らくどこかに存在している。航空会社のロゴなどは消されているだろう。破片やフライトレコーダーの捜索などをするのは、時間と金の無駄だ』、と断言したとのことです。

   さらに、『誰かが何かを隠している。マレーシア航空や政府が非難されるのは不公平だ』と述べ、『いくつかの理由から、メディアは米ボーイング社とCIAの関与を報じない。みなさんがこのブログを読んでくれることを望む』、と締めくくられています。

   ここにこういった事を書いても相手にされないのですが、マハティール氏が書けばその影響には大きな物があります。何かが起きたと考えている人が多いと思われます。

   そして実際に、航空機には200人以上の乗客がいたので、、彼ら全員を闇に消すことも厭わないわけですが、あの911の時には実際にこのレベルの行方不明が演出されたのです。テロを実行するとなればあり得るのでしょう。また当時ペンタゴンに突入したのは実際には準備されたミサイルであり、本物の航空機は乗客ごと海の底でしょうから、マハティール氏の話にも現実味を感じるのです。

   前々回のメルマガで、劣化ウランに関するテロの失敗について説明しています。
   劣化ウランを用いたテロは放射線兵器と呼ばれる種類の爆弾・『ダーティーボム』を連想させる物です。テロリストが原子爆弾を製造することはまだ難しいのが現状ですが、核分裂による爆発を起こさなくても、広範囲に放射能を拡散させるだけでも効果があると考えているようです。

   つまりダーティーボムはこの種の爆弾であり、放射性物質をダイナマイトで拡散させる種類の物だと考えて下さい。放射能で人がすぐに死ぬわけではないのですが、爆発の被害で周囲が広範囲に汚染されて、大きな影響を及ぼすのです。この材料になる放射性物質は、米ソ冷戦の終了後、大量に闇市場に流れ出したことがわかっています。もう10年も前のそうした報告書と状況を説明する本があるのですが、この本によれば貧困を無くさない限り、核や放射線兵器によるテロなどが起きるであろうと警告していました。

   昨年のシリアの情勢を思い出してみると、化学兵器の使用が取り沙汰されて、政府かテロ組織かのどちらがやったのかわからないように操作されるなかで、被害は実際に起きており、非人道的兵器を使ったとしてシリア政府を非難しようとしていたのです。6月の日本におけるテロの失敗も、これを放射線兵器の使用の失敗と考えると、悪い人たちはこの種の兵器を使ってみせることで、テロから戦争へと導こうとしているように感じられます。

   現在イラクでは、ISISと言うテロ組織がスンニ派の協力を経てイラクを3分割すべく攻勢に出ています。ISISは自分たちの残虐さを演出しており、自滅的な戦略を用いています。自分たちが消えてしまう予定が明確な分、普通には出来ない事をやってみせるという目的をかねているように見えます。

    しかし彼らには「ダーティーボム」があっても、これを用いたテロをEUや米国に仕掛ける事は難しいように見えます。それでも実際の所は分からず、今回のマレーシア機乗っ取りを彼らがやったという演出であれば、911の様にそれも可能だからです。欧米諸国のイラク、アフガニスタンへの戦争はほぼ終了していますが、イラクからもアフガニスタンからも、自分たちにとって良い結果を得ることなく撤退するのです。少し時間が経てば、それぞれの国のテロリスト達は欧米を追い払ったと勝利宣言をし始めることでしょう。

   (欧米は)戦争にも勝てませんでしたが、彼らはイラク、アフガニスタンの地から生まれてくるテロリストを心底恐れているのでしょう。彼らの考えでは、敵に一度放射線兵器を使わせることで、それが非人道兵器であると非難するなかで、それを世論の煽動に用い、イラクとアフガニスタンへの原爆投下の根拠にしようとしている様に見えます。核という残された戦術上の優位を使い、その後は戦争につながる可能性を引き出すところまで考えていると思われます。

   マレーシア航空・MH370が事故で失われているのであればこの心配は杞憂なのですが、明確なことが分からないのです。他の機体を使うことも考えられたでしょうが、この機体を利用して「ダーティーボム」を欧米の都市に落とせば、戦争への扇動としては十二分でしょう。

   恐らく6月の、日本の劣化ウランのテロも同種の勢力による戦争への扇動と考えられます。こちらのほうはどちらかというと、「日本の核武装」につなげていく予定だったと思われます。中国のテロリストを名乗って犯行声明が出されていれば、世論は大きく動かされたことでしょう。加えて2012年に改正された原子力関連の法に従い、政府が秘密裏に核爆弾の準備に走る十分な理由がすでに出来ていたのです。

   核戦争を望む状況で、戦争が扇動されていると思える状況が見えてきている気がします。核戦争になれば、その結果は悪い人たちの予想を超えて地球を破壊しかねないのですが、こういったこれまでの戦争の経験から起きる暴走の事態の予想をするのは、戦争を望む人々のテロリストに対する恐れの前には難しくなっています。

テロによって煽動されないように自制しよう

   テロについて扇動されないことの大切さを考えて欲しいと思います。
   ダーティーボムはたくさん準備が出来ていると思われますので、この使用によって直ちに核爆弾へとエスカレートすることのないように、自制して欲しいと思います。

   核の使用に対して、イスラムの人々にはすぐに報復する手段はありません。
   それでもこれから進展する科学は、数年後には報復を可能にすると思われます。それは今後、ニューヨークだけでなくペンタゴンにも壊滅的な影響を及ぼす可能性があると思います。しかも最新式のもの故に防ぐことは出来ないでしょう。結局、核爆弾を持ってしても、人々の大きな恨みを買えばいずれ報復にあうのです。その時期がこれほど早まるとは、悪い人たちにはまだ分からないでしょう。彼らに向けておおぼらを吹いておきます。

   (マレーシア航空)MH370を利用しての劣化ウランテロは、某氏も指摘するところの物です。これ一件だけを指して言われても本当なのかと感じていましたが、昨年のシリアでの化学兵器の使用と日本のテロで、その流れが明確になった気がします。今回はこの事があったので劣化ウランテロの続きとして書いています。これが3月であったならば、グラフに現れた核テロだったのかも知れません。

   今後も様々な情報を提供してゆきたいと思っていますが、出所は某所、某氏になったり他の人になったりします。また、祈り合わせのお願いなども適当に対処します。

   彼らの情報には相手を混乱させるための物がこれまでもあったのですが、今後はこちらも必要に応じて出所を不明にして内容に手を入れることがあります。その方がやりやすいようなので、状況に応じて柔軟に対処致します。3分の2ほど予定を伝えてありますので、今後は今迄以上の情報操作が始まることになるかも知れません。

   今この時期には強めの台風が来ています。
   自然の地震への調整としては大きく岩盤を上下するので、久米島近傍とこの先の日本のどこを通るかで、自然の意図する物が分かると思います。調整としては非常にありがたいことです。被害には十分に注意をお願いします。大がかりな調整ですので、昨年の大島のような被害まで想定して頂ければと思います。

   悪い人たちは今必死になって、戦争への流れを作り出そうとしています。
   私たちは情勢に流されることなく、自分たちの未来を真剣に考える必要があります。この先の未来を守るための行動も必要になって来ます。こういった部分は単なる自然まかせの動きだけでは足りないのです。

                                            稲生雅之

「死」とは繭を破って新たに生まれ出る蝶のようなもの

   修行も未熟で、思慮も足りない1人の昔の女性が、おこがましくもこのような場に出る幕ではないのはよく存じておりますが、こうもしばしば再々お呼び出しを受け、ぜひ詳しい通信をと催促を受けるにあたり、その熱心さゆえにお断りできなくなってしまいました。また霊界の指導者の方からも「せっかくなので通信するように」とのお勧めをいただき、今回いよいよ思い切って、お言葉に従うことにいたしました。ただ私がお断りしておきたいことは、できれば私のかつての現世の生活模様を、あまり根堀り、葉堀り聞かないでおいていただきたいことです。

   こちらへ移ってからというもの、私どもの第一の修行は、できるだけ早く醜い地上の執着から離れ、速やかに役にも立たない現世の記憶から遠ざかることにあります。私はこれでもいろいろな工夫の結果、やっとそれができるようになった状況にあります。ですからそうした私に向かって、その記憶をいろいろ話すようにと求められることは、いわばやっと癒えかけた心の古傷を再びえぐり出すような、とても惨(むご)い仕打ちでもあるのです。霊界との通信を試みる方は、常にこのことを念頭においていただきたく存じます。

   本来、私どもの経験にはほとんど過去・現在・未来の区別はないものであり、どんな昔の事柄であれ、はっきり思い出すことができます。現世におられる方々には霊界とのつながりが少しもわからず、取り付くしまもないように感じておられる方々のために、不本意ながら、私の現世での生涯を少しだけ申し上げることに致しましょう。

   私は、相州(相模の国・現在の神奈川県)荒井の城主・三浦導寸の息子、荒次郎義光と申す者の妻であったものにございます。現世での呼び名は小櫻姫(こざくらひめ)です。時代は足利時代の末期で、今から400余年も昔のことです。400年といえば現世では相当長い幾星霜ですが、こちらではそれほどにも感じません。私の生家は鎌倉で、代々鎌倉幕府に仕えた家柄であり、父の大江廣信(おおえひろのぶ)もそこへ勤めておりました。母の名は袈裟代(けさよ)で、加納家から嫁いで参りました。

   両親の間に男児はなく、たった1人生まれた子どもが私だったのです。
   ゆえに私は幼い時分からとても大切に育てられました。身体はまず大柄なほうで健康にも恵まれ、格別美しいほうでもなく、私の娘時代はまったく苦労知らずの、春の小鳥のようなのどかさに浸って過ごしました。よく晴れた日などには、私はよく2、3人の腰元どもを連れて、長谷(はせ)の大仏や江ノ島弁天などにお参りしました。寄せては返す七里ガ浜の波打ち際での貝拾いは、私の何より好きな遊びの1つでした。

   その時分の鎌倉は、武家屋敷の立ち並んだ物静かな、そして何やら無骨な街で、お店といっても品物はみな奥深くに仕舞い込んでありました。そうそう、私はつい最近、ふとした機会にこちらの世界から現在の鎌倉を一度のぞいて見たのですが、青や赤の瓦(かわら)でふいた小さな家屋のギッシリ建て込んだ様と、あのけばけばしさには呆れてしまいました。「あれが私が生まれ育ったのと同じ鎌倉なのか・・・」、と私は1人つぶやいていました。

   やがて私の娘時代にも終わりが訪れ、それが女の一生の大事である結婚なのですが、これが幸不幸、運不運の大きな分かれ道となります。私もその決められた型から外れるわけにはいかず、私が三浦へ嫁いだのは二十歳の春でした。この頃は殺伐とした空気の戦国時代にありましたが、ある時、三浦家は、北條某(なにがし)と申すずるい成り上がり者から戦いを挑まれたのでございます。その後何度かの激しい合戦が行なわれ、その結果、あの3年越しの長い籠城の末、三浦一族は良人(おっと)をはじめとして、ほとんどが全員城を枕にして討ち死にしてしまったのです。

   その時分の私の不安と焦燥、無念と痛みは、今でこそすっかり心の安らぎを取り戻しているので悔しいとも悲しいとも思いませんが、当時の私の胸にはまさに修羅の業火(ごうか)がめらめらと燃えておりました。私は一時は神をも呪い、人も呪いました。大江家の1人娘がなぜ他家へ嫁いだかとの質問ですが、それがその時代の女の道であったのと、父の考えでは、私たち夫婦に男児が生まれたら、その1人を大江家の後取りとして貰い受けるつもりだったようです。

   良人(おっと)との初めての出会いは、彼の方から私の実家へ訪ねて来た時でございました。たしか25歳の筋骨たくましい大柄な男子で、面長の、目じりのつった、きりっとした容貌の人でした。歴史には80人力の荒武者と記してあるそうですが、それは嘘でございます。弓馬に身を入れる武者ではありましたが、気立ても優しかったようです。

   3年にもわたる長い籠城、幾度となく繰り返される夜打ち、朝がけ、矢合わせ、切り合い、どっと起こる「ときの声」、空を焦がすのろし・・・、そして最期は武運がいよいよ尽きてのあの落城。それは400年後の今日思い出して見るだけでも、気が滅入るように感じます。

   戦いが始まってからは女子供はみな城内から外へ出されており、私の隠れていた所は、油壺の狭い入り江を隔てた南岸の森の陰で、そこに形ばかりの借庵を建て、一族の安否を気遣いながら侘(わ)び住まいをしておりました。現在私が祀られているあの小櫻神社の所在地の辺りがそうで、少し地形は変わっていますが大体あの辺りでした。

   『お城もとうとう落ちてしまった。もはや良人もこの世の人ではない。憎っくき敵・・・、女ながらもこの怨みは、、、!』 その時の一念は深く深く私の胸に食い込み、現世に生きていた時はもとより、死んでこちらへ来た後も容易には私の魂から離れることはなかったのです。その私がその後どうやら人並みに修行できて、神の心が湧くようになったのも、指導してくださる方々や、また私のために和やかな念を送ってくださった親しい方々からの祈願の賜物だったのです。そうでなければ私などは、まだまだ救われることはできなかったと思われます。

   しかし何と言っても女の細腕と、力と頼む一族郎党の数も残り少なになり、再挙の計画も到底無益であることがわかってくるにつれ、積もる苦労と重なる失望、ひしひしと骨身にしみる侘しさに、私の体はだんだん衰弱していきました。私は住まいを移し、三崎の港から遠くない諸磯(もろいそ)という漁村の方へ出て参りましたが、その頃の私にはもう世の中が味気なく感じられて仕方がなかったのです。

   実家の両親は私を案じてくれ、目立たぬように私の仮住まいを訪れては、鎌倉へ帰れとすすめてくれました。しかし私はどうしても親元へ戻る気にはなれず、三浦家へ嫁いだ身として三崎へとどまり、亡き良人と一族の後を弔(とむら)う決心をしておりました。

   そして間もなく、私の住まいとして海から2、3丁引っ込んだ小高い丘に、土塀をめぐらしたささやかな隠宅を建ててくださいました。私はそこで忠実な家来や腰元を相手に余生を送り、そこで寂しくこの世の息を引き取ったのでした。それは私が34歳の時のことですが、まことに短命で、つまらない一生涯でありました。しかし今思い出すと、私にもいくらかの霊覚のようなものがあったようです。といいますのも落城後間もなく、城跡の一部に三浦一族の墓が築かれ、私はしばしば墓参を致しましたが、拝んでおりますといつも目の前に良人の姿が現れたのです。

   その頃の私はそれを特別とは思わず、誰にも見えるものだろうぐらいに思っておりました。実は私が三浦の土地を離れたくなかったのも、つまりはこの事があったからでございました。当時の私にとって、良人に逢うのがこの世での唯一の慰め、ほとんど唯一の希望だったのでございます。

   しかし私が死ぬまで三浦家の墳墓の地を離れなかったということが、その土地の人々によほど深い感動を与えたようで、『小櫻姫は貞女の鑑(かがみ)である』などと申して、私の死後にお堂を建てて神に祀ってくれました。それが今、残っているあの小櫻神社なのです。でも私は別に貞女でも何でもございません。私はただ自分の思いを通しただけの、1本気な女性に過ぎなかったのです。

臨終のとき

   
すでに述べましたとおり、私の体はだんだん衰弱していきました。
   床についても眠ることができず、箸をとってもまったく食べ物がノドを通らない。そして心の中はただ悔しい、怨めしい、情けない、寂しい、味気ないと、さまざまな妄念妄想がまるで暴風雨のように私の衰えた体の内を駆け巡っていたのです。鎌倉の両親は、床から起きることも難しくなった私のもとへ来て、介抱に手を尽くしてくれました。

   私を鎌倉へ連れて帰りたい様子が見てとれましたが、そのたびに私の内には、『良人は自分の目の前で討ち死にしたではないか! 憎いのはあの北條!・・・たとえ何があっても親元には帰れない!・・・』、と鬼の心になり、天を怨み、人を怨み続けて日を過ごしておりました。

   しかしそれも長くは続かず、いよいよ私の地上生活の最期の日がやって参りました。
   現世の人々から見れば、死というものは何やら怖い、縁起でもないものに思われるようですが、私どもの側からすれば、1疋(ぴき)の蛾が繭(まゆ)を破って抜け出るのにも似た、単なる自然の現象にしか過ぎません。ですから私としては自分の臨終の様子を、何の問題もなくお話することができるのです。

   なにせ400年も前のことなので、記憶は大変に薄らぎはしましたが、その時の実感を思い出しますと、まず第一に感じられることは、意識がだんだん遠くなってゆくことです。それはたとえばあの「うたた寝」をしている気分と似ており、正気であるようなないような、何ともウツラウツラした気分なのです。しかし側から見ている者には、顔がひきつれたり、脂汗が滲んだりと、死んでいく人の姿は決して見よいものではございません。

   ですが実際に自分が死んで見ると、それは思いのほか楽なことです。
   痛いとか痒い、口惜しい、悲しいという気持ちも、それはまだ魂がしっかり肉体の中に根を張っているからであり、臨終が近づいて魂が肉体を出たり入ったりするようになると、そうしたものはいつの間にか遠のいてしまいます。

   誰かが枕元で泣いたり、叫んだりする時には、行きかけた意識がちょっとまた戻りますが、それもほんの一瞬のことで、やがて何もわからない深い無意識の靄(もや)の中へともぐりこんでしまいます。私の場合はこの無意識が2、3日続いたと、後で指導者の方から教えられましたが、2、3日というのは先ず短いほうの部類だそうで、中には何年、何十年と長い間眠り続ける者もあるとのことです。何にせよ、この無意識から眼を覚ました時、私たちの生活の舞台は変わっており、次なる新たな生活の始まりなのでございます。


           book 『霊界通信 小桜姫物語』 浅野和三郎著  潮文社

   

「トランジスタの発想」と「町工場の技術」でサバイバルしよう

  

     安倍政権は、自民・公明の与党で衆院・参院の過半数を確保しています。
   しかし、そもそも政権発足のきっかけである2012年12月の衆院選挙は、不正選挙ではないかとの疑惑は今も消えていません。また裁判所が「違憲」と判決している「1票の格差」の問題もあり、現在の議会の正当性は非常に疑わしいものなのです。

   国民が疑っているそんな危うい政権が、特定秘密保護法案の強行採決、沖縄基地問題で民意を無視した強硬姿勢、原発再稼動の強行、集団的自衛権の採決などの画策を見るとき、私たちはとうていそれを支持できるものではないでしょう。安倍首相は2度目の首相登坂ですが、最初が体調不良の突然辞任という大失態であったために、今回は失敗が許されず逃げられない「背水の陣」なのです。

   1年半を経て、安倍政権の支持率が60%前後を保っているというのは、これはもう世論誘導もそうですが、数字のトリックでしかなく操作の結果ではないかと思います。なぜなら前回の衆院選で、比例区では34%しか得票していなかった政権が、強硬な国会運営の姿勢を一向に正さないにもかかわらず、60%もの支持率を得るはずがないからです。安部政権が「アベノミクス」と自称する経済政策が、1年以上経っても国民生活に関してはほとんど効果を上げてはいません。

   かつての小泉構造改革の亡霊を引きずる竹中平蔵氏が、再び政府ブレーンに復帰していることも理解できないことです。竹中氏は、今日の格差社会を生み出した張本人であり、TPPを推し進める維新の会のブレーンでもあったのです。そのやり方は、すでに破綻した新自由主義を持ち込んで、格差拡大と大企業優遇政策なのです。

   2013年4月初頭に日銀の黒田東彦総裁による「異次元の金融緩和」に端を発する円安の傾向は、たまたまアメリカ経済が一時的に上向き、米ドルが買われたことが直接の要因でした。しかしその後は円安はいったん停止しています。円安の結果として最初に起こるのは、輸入品の高騰などによる「物価上昇」です。生活実感はさらに苦しくなるので、国民の不満が高まることになります。この金融緩和政策は、いずれ国債金利の上昇を招きます。金利上昇であっという間に財政が圧迫され、1998年の消費税増税後に起こったように、証券会社や銀行がバタバタと倒れる可能性があります。

   そもそもアベノミクスは、日本から資産を奪うための、「裏の仕組みを知る人々」の謀略でしかないのです。世界の中でも日本はもっとも金持ちの国で、国民の金融資産は1400兆円とも言われ、預貯金だけでも数百兆円に上ります。このお金に目をつけて、TPPや消費税導入などが仕組まれたのです。それが日銀の黒田総裁の指揮の下、日銀がどんどん発行し、国債や投資信託を購入して市場に投入されたお金は、海外ファンドマネージャーが株価を操作してすべて掠め取っていく仕組みになっています。

   1970年代にクォンタム・ファンドを創設し、4200%という利益を生み出した投資家のジム・ロジャーズ氏は、安倍政権が発足する直前に日本株を買い漁り、暴落する寸前の5月6日に全て売却して莫大な利益を上げたと語っています。つまり、裏の仕組みがわかっている人々だけが株価などを操作し、利益を独占するシステムでしかないのです。そして現在の株価の乱高下はほんの序の口であり、彼らによって再び株価高騰が演出され、国内の投資家が飛びついたところで大暴落が仕組まれます。

   こうして日本から海外へどんどんお金を吸い取って持ち出していくのが、アベノミクスの役割なのです。消費税の増税もその1つであり、すべての国民から等しく税金を搾り取るわけで、これはアメリカのための消費税なのです。このままいくと日本の国民は、2016年ぐらいまでには、あらゆる資産を掠め取られてみんなが貧困状態になるでしょう。日本の富は、「裏のシステム」によって根こそぎ奪われてしまうことになります。

   アベノミクスの「第一の矢・金融緩和」だけで、これだけ日本の資産が奪われたのですから、「第二の矢・財政出動」、また「第三の矢・成長戦略」に注ぎ込まれる税金によって、国民のお金は今後どんどん流出することになります。

   安倍首相が「成長戦略」についての素案を発表した時、それとほぼ同時に株価が下落するという出来事がありました。本来であれば株式市場が刺激されて株価は上昇するのが普通ですが、そうならなかったのには裏があったのです。そのもっとも大きい理由はその素案に、外国資本の要求している法人税減税が含まれなかったことであり、その次に保険外の医療を促進する「混合診療全面解禁」も入れられなかったことです。

   法人税増税は、外国資本が第一に要求することなのです。
   つまり外国資本はTPP締結後のことをすでに視野に入れているわけで、「混合診療解禁」は日本の医療を崩壊へと導く第一歩になるものです。しかしこうした外国資本の要求が、財務省の抵抗と日本医師会の圧力で「素案」に含まれなかったことに、海外の投資家が即座にダメ出しをしたわけです。あらゆる方法で日本政府に対して圧力をかけている勢力が存在しています。

日本は「トランジスタの発想」と「町工場の技術」でサバイバルできる

   
アベノミクスによる最初の効果とも言うべき「金融緩和」による円安は、安倍政権のブレーンの読みでは「円安による輸出増で景気がよくなる」というものでした。ところが1年半を経過しても輸出は伸びず、一方輸入額が円高によってうなぎ上りとなり貿易赤字がもう3年も続いており、2013年度は11兆4803億円の赤字となりました。

   それもそのはずで日本の製造業は、生産拠点の工場を国内から海外ヘシフトしているので海外で販売します。ですから日本国内からの輸出は増えるわけがありません。海外で現地生産している日本の企業の割合は、1987年には32・5%でしたが、2012年には約68%に増加しています。しかも以前は日本製の車や家電の部品は日本で作り、それを海外の工場に輸出して製品化していましたが、現在は部品のほとんども現地で調達するようになっています。つまり3分の2以上の企業が、海外で部品の調達から生産までを行なっているのです。

   貿易赤字の増加について、「原発が止まっている分、化石燃料の輸入が増えたせいだ」「だから原発を再稼動しないと大変なことになる」という主張をする人がいます。ところが実際には2013年度の化石燃料輸入額の増加は、その大半が「燃料価格の上昇」と「円安」が原因なのです。つまり化石燃料輸入額は10兆円ですが、そのうち輸入量の増加分は約1・3兆円で、何と残りの8、9兆円は「価格上昇約6兆円」+「円安約3・5兆円」なのです。つまり、「原発が止まっているから貿易赤字になるのだ」という考えは間違っているのです。

   エネルギー問題は、根本的に言うならば原油も天然ガスも使用する絶対量を減らすことを考えるべきです。日本は「省エネ技術」では世界の最先端を行っています。ですからさらに効率的に「省エネ」する方法や、太陽光、水素などの活用でイノベーション・革新を行ない、貿易赤字を減らすことができます。

   かつて日本は、「トランジスタ・ラジオ」の普及で、技術立国、科学立国となりました。
   ソニーの研究員であった江崎玲於奈氏は、トランジスタの研究から「エサキダイオード」を発明し、ノーベル物理学賞を受賞しました。その技術革新の精神で、新たな技術を生み出していくことができます。そもそも日本は戦後の焼け野原から出発して、高度成長による工業と技術の発展、科学のイノベーションによって今日の日本の繁栄があるのですから、もう一度出直せばできない話ではありません。

   もう引退しましたがアメリカNASAのスペースシャトルも、日本の町工場で作ったエンジンバブルの部品がなければ打ち上げられなかったのです。日本人お得意の「技術革新」と町工場の技術」に改めて磨きをかけること、それこそが日本が今後、混乱を深める世界の中で生き残っていく「サバイバル戦略」の中心になれると考えています。


    book 『闇の世界権力が「完全隷属国家日本」を強く望む理由』 
                                    中丸 薫著  ヒカルランド

物質・現象の基である周波数という「振動」

   私は小学校3年生の頃から、古文献を研究していた祖母に「カタカムナ文字」のことを少しずつ教わっていました。それは「形というものは振動と音で成り立っており、誰の発する言葉であれ、それは見えなくとも、時間差で必ず形になって現れる」というものでした。

   ある周波数が対象物の波長と相互に一致したとき、そこで起きる共振がさまざまな形になっていくのです。しかし周波数を発する側と受ける側が共振せず、受け取る意志が働かなければ何も起こりません。ただ「水だけはどんなものも受け入れ、その色や形に染まることで共振する」、というのが祖母からの貴重な話でした。そして実際に、水だけがすべての波長を受け入れることで自由自在に変化していくのです。

   何かの対象物にさまざまな周波数を当てた時、たとえば土や砂などに、ある特定の周波数を当てると生き物のように動き出すのです。そこには共振体として、受け入れる意志のようなものがあるかどうかで大きく左右されます。それは私たち人間も同じであり、人間の心も共振するための準備ができていなければ、つまり共振体としての受け入れやすい素材でなければ、ある特定の波動には振動しないということなのです。

   たとえば筋肉が凝り固まっていると、振動の音を入れても共振しません。
   健康という点から考えると、凝り固まった筋肉はそうした一定の振動と共振できない状態にあります。そしてここが、肩こりなどの老廃物が多く蓄積された箇所でもあるのです。一方で筋肉が柔らかく調子のよい部分に振動を当てると、すぐに共振し始めます。

   同じようにさまざまな植物の命は水によって支えられており、それぞれがある特定の周波数を吸収するように長い歴史の中でプログラムされてきています。そしてその周波数を水に放つと、水が作り出す形が植物とほぼ同じになることからもわかります。それは1つの種子は限られた花の形を持っており、ある特定の周波数しか吸収できないように種に組み込まれているようです。

   人間の種と一緒で、植物の原種もまた地球で生まれたものだけではありません。
   ミトコンドリア・イヴの話のようにもともとはどこかの星で生まれ、隕石の中に入って他の惑星から飛来した種や、菌類から発生した可能性が高いこともわかっています。その過程でたとえば3つの惑星と関わりを持ち、その後に地球に来たという場合には、それぞれの3つの惑星の周波数に対して振動し、またそれを吸収します。ですから複雑な形であればあるほど、たくさんの星での経験を積んでいるとも考えられるのです。

   それは私たち人間が、何度も転生してその記憶を自らの内に含んでいるのと同じように、「植物もまた何世代もの間には、何度となくさまざまな星に運ばれて渡り歩いた記憶を種の内に持ち、それが独特な幾何学的な形を持つに至っているのではないか」、というのが天文学者や植物学者、分子生物学者、そして音の研究者たちの間で総合的な意見とされているものです。

   地球ではいかに科学が進み、分析に関する技術が進み、植物の葉1枚が持つすべての成分が解明されたとしても、私たち人類の誰1人として、未だに人工的な葉っぱ1枚すら作り出すことはできません。ある分野において多くのことを知ったつもりでいても、全体を知り尽くしている母なる地球から見れば、人間はほんの0.3%さえも知らないのです。

   この本には、宇宙の星々が奏でる響きだけでなく、地球上に生きる小さな菌類から人間までの万物の命の振動の共振が生み出す、美しい聖なる幾何学が織りなす生命の神秘が映し出されています。

   「『水と音』のことを学ぶと、『宇宙の法則』の一端が垣間見えてくる」というのは決して大げさなことではありません。今という時代は、さまざまな分野において私たちに必要な真理や法則が、その必然性において明らかにされ始めている時代だと思われます。

   地球には人間よりも先んじて高等生物体である植物が住み続けており、そして私たちを含めて万物の命を支え続けてきた水があります。私たちは宇宙の根本原理にある周波数と星と水との関わりを感じるとき、大いなる自然に対する感謝と尊敬を覚えずにはいません。この本がその契機となることを願っています。
                                
                                   監訳者序文 増川いづみ


   『現代の宇宙物理学者の多くは、自然界の構造に畏敬の念を覚えており、宇宙が偶然の産物であるとはもはや考えてはいない。彼らは人間の持つ知性において「意識」という現象が必須の要素であり、意識は原初の時代から存在していたのではないかと推測している。囚われない言い方をすれば、「ことばはそのままの形で不変に存在し、あるとき進化して問いを発することが可能になる。「なぜそこにあるのか?」と』
                     「宇宙の調和という夢」 シュピーゲル誌 1993/6 ドイツ

   「材質の性質上、木は動かず、固い自己の内側で静止している。
   これがまさしく慣性の意味なのだ。自己中心的にどのような試みにも加わらずに引きこもり、心を動かされることなく、どのような共振にも反応にも自己を閉ざしている。この現象について詳しく調べれば調べるほど、これらのプロセスが我々人間の心理状態や出来事、そして体験といかに類似しているかを実感させられる。それは感性豊かで心が柔軟であり、受容力があり、ひらかれた心の持ち主であるか、あるいは一方で打ち解けず無感動で、鈍くて冷たく、心を閉ざして頑固であるか。

   (前述のバイオリンの板の研究からわかることは)、快い音色の楽器というのは、素材の木の板が運動の原理に少しも抗(あらが)わず、最大の性能を活かして振動するものなのだ。振動する共鳴体となった木の純粋な本質は生きており、中心を前後に揺れる動きは「原子の中の動き」と同じであり、自己をはるかに超えた「拡張」と、かつてない内側へと向かう「収縮」なのである。

   ヘーゲルの著書『美学の講義』における楽器の振動と響きにおける考察は、この点できわめて洞察力に富んでいる。ヘーゲルによれば、「物質のなかで今まで静かに存在していたもの(静止、もしくは不活性な物質)を超えるプロセス、それが音の誕生だという。(空間性の破壊というのは、ある物質が静止の状態を捨て、動き出すというだけでなく、内側で振動することにより、全体の構造が入れ替わり、古い状態を捨て去ることである。そしてこの振動の結果が音である。)この内側の振動が、それまでの排他的な個を失うことによって、自分だけの現実に存在
する物質よりも、もっと理想的なより深いものが生じるのである。

   「すべての境界は、真実であると同時に真実ではない。」
   この問いはすべての個人にとって根源的なものである。そして同時に、「あるものが個別化すればするほど、ほかの固体と触れる点が多くなり、隣り合ったものとの境界線はより変動する。」



       book 『ウォーター・サウンド・イメージ』 
                  アレクサンダー・ラウターヴァッサー著 ヒカルランド



      

「今」という一瞬をつかむ

   外に出ると、手元の小さい画面に目を奪われて心ここにあらず、といった様子の人々を見るのは普通の光景になった。携帯電話が普及し始めた頃は、コミュニケーションが余りうまくない私たち日本人にとって、それは一歩前進の兆しかに見えた。面白いことに、誰も同じことを考えたかのように、大学でコミュニケーション学なるものが増えたのもこの頃だったと思う。それを専攻する学生も多かった。しかし、その動きも今では少し廃れたように見える。

   携帯電話は本来非常に便利なものであるが、同時にそれは私たちを拘束するものにもなった。長距離輸送のトラックドライバーたちは、おちおち息抜きをすることすらできなくなった。どこにいるかが絶えず中央から把握されており、目的地で荷物を降ろした後も、分刻みで別の場所への移動が命じられ、それこそ寝る間、休む間もない。それが可能になったのも、携帯電話があるからである。外へ出た営業たちも、絶えず会社への報告を求められ、行動は常に把握されている。電源を切ることは許されない。便利だということは、同時に縛られることでもあるのだ。

   携帯電話やスマホは、初めてそれを手にした子どもたちが「はまる」ものでもある。
   そして縛られていく。学校を離れれば、それで教室での人間関係は一応その日は終わりになるはずだった。イヤなことや不愉快なことがあったけれども、家に帰ればそれなりに気分が変わり、気晴らしもできた。しかし今や、いいにつけ、悪いにつけ、その後も教室での人間関係は途切れることなく継続される。メールが来れば返事をしなければならない。見たのに見なかったフリはできない。電源を切る行為そのものが、関係を拒否することと取られるのでそれはできない。かくして携帯、スマホを常時のぞくのは義務のようになる。

   そして、1人でいることを極度に怖れる若者たちや中高生たちがそこに「はまる」のだ。
   自分たちが怖れているがゆえに、1人でいる人を「ぼっち」と軽蔑し、1人にならないようにと携帯電話やネットを駆使して「仮想」のつながりを増やそうとする。しかし「怖れ」を埋めるための「つながり」であるゆえに、それが真に怖れを取り除くことはあり得ない。むしろより一層、それと引き換えに自分自身というものを見失っていく。いつの時代も、問題の蛇の穴に心し
て手を突っ込むことなしに、それが解決することはないのだ。

今という一瞬をつかむ
  
   
最近の小学校の運動会などでは、ギャラリーの父母たちのために、「ビデオカメラの撮影場所」が別に設けられているのが普通である。種目が始まると、ほとんどの父母がビデオカメラを片手に移動するので、本来の「席」はがら空きになる。しかし実際には昼食時以外はほとんど空席なのである。友人は、彼の子供が競技をしていてもビデオカメラを回さない。そもそもビデオカメラを持って来ない。それで他の人から不思議がられて、「もったいないですよ。この一瞬を撮っておかないと、もう2度とないんですよ。」と言われるという。

   しかし、である。
   その一瞬を逃しているのは本当は誰なのだろうか? ビデオカメラのファインダー越しに見た一瞬は、肉眼で捉えた一瞬とは違う。ビデオで捉えた一瞬の映像を後で繰り返し見ても、もはやその一瞬は「その時」の一瞬とは違うものである。つまりその一瞬は、真の意味でもう2度と戻っては来ない。ビデオカメラでその一瞬が捉えられると思うのは「錯覚」でしかない。カメラのファインダーをのぞいている時、他の人々と同じようにその瞬間は永遠に去ったのである。

   私の親戚に禅寺がある。
   最近は若い人々も多く、中でも女性がやって来るという。瞑想や禅は、ひと言で言えば今という一瞬を捉え、そこにとどまることである。私たちに等しく与えられているものは、「今」という一瞬でしかない。ゆえに禅寺まで出かけて行く必要もないし、今いる場所でその一瞬一瞬に専心して生きれば同じことである。つまり、今という一瞬に生きるために瞑想や禅を組むのであるが、それが生活における意識的な「今の一瞬」になっていかなければ意味はない。そうはなっていかないならば、それは単なる「気晴らしのイベント」だったのだ。

   本質が見えないとき、生活は単なるイベントの積み重ねでしかない。
   人生は波間に漂う小さい小舟のようであり、大波小波に翻弄されるかのように、運不運を生きることになる。しかし、今の一瞬をつかむ時、私たちは自分の人生の「舵・かじ」を自ら握るのである。そのとき、自分の人生にやって来る出来事や出会いは、ほんの小さなことに至るまですべてに意味があり、自分にとって必要な経験と学びを含んだ「贈り物」であることに気づくのである。

                                              zeranium

   




   

現在の自分に過去世のすべてが込められている

   「自分はいったい何のために生まれてきたのだろう・・・」
   人生をつらく重いものと感じている人も、幸せを感じて軽やかに過ごしている人も、時おり、こうした思いにふけることがあるのではないでしょうか?

   私は人の過去世を透視する力や能力を授かり、ヒーリングセンター「アルケミスト」の代表として、日々、クライアントの方々の過去世リーディングやヒーリングを行なっています。センターを開設して以来、これまでに3000人(2007年現在)以上の人々の過去世をリーディングしてきました。リーディングを希望する人々は日本国内だけにとどまらず、世界各地から私のもとに訪ねて来ます。一般的に、成功している人やそうでない人々も、皆同じように何かしらの悩みや苦しみを抱えていて、それを解決したいともがき苦しんでいます。

   しかし私たちは短い人生の中で、自分に降りかかる災難や問題の原因を探すことだけで疲れ果てています。というのは多くの場合、人生の不可解な謎を解き明かすヒントは、実は現在ではなく本人の過去世の中にあるからなのです。

   リーディングに入る時、私はまず椅子に腰掛け、クライアントの名前と顔を心に刻み、意識を深い世界に集中させます。すると突然、目の前に、過去世のリアルな映像が浮かび上がってきます。展開されるストーリーはどの人の過去世も、まるで映画を見ているかのようです。映画と決定的に違うのは、情景とともにその場の香りが漂い、音が精妙に響き、さまざまな感触を実際に味わうという点です。酒場のタバコと安い酒の匂い、巻き上がる砂塵と渇いた大地の感触、馬車が揺られてきしむ音・・・。こういったものが五感を通して全身に伝わってきます。つまり、クライアントが実際に体験した過去世での出来事を、私も同じ目線で体感するのです。

   三世代にわたる過去世を読み取ると、その人自身の大きな流れをつかむことができます。クライアントに、過去世とその軌跡や現世でのプログラムについて解説していくと、大きくうなずいたり驚いたり、そして涙を流しながら感動する人もいます。それは、自分にとっての悩みの種である人物となぜ今そのような関係にあるのかや、どうして自分がつらい体験をしなければならなかったかが解き明かされ、問題解決の糸口をつかむことができるからです。多くの人が過去世リーディングによって人生の地図を手にし、長年の悩みから解き放たれて、自分らしい幸せな人生を歩んでいます。

   本書では、これまでの大勢の方々のリーディングを行なった経験をもとに、実際の相談者の事例を交えながら、転生の仕組みと過去世と今世との関わりまで、根本から詳しく解いています。そこにはあなたが人生に対して疑問に思っていることや、今、苦しんでいる原因を解くカギ、そしてより豊かな人生を歩むためのヒントが隠されているはずです。

   生まれ変わりの仕組みについて、まるで無間(むげん)地獄のようだと考える人もいますが、この世は罰が与えられるためにあるのではありません。それは過去世で成し遂げられなかったことに再チャレンジするためであり、つまり偉大な「敗者復活戦」が行なわれる場なのです。

   私たちが本当の幸せを手にするためには、自分をよく知り、現世に生まれて来た目的に向かって歩む必要があります。あなたがこの本を手に取ったのも偶然ではなく、読むべき時に手に取り、求めている答えを見出すことでしょう。特に人生の岐路に立っている方には、ぜひ読んでいただきたいのです。生きるということは、時に多くの問題や苦難を伴うものですが、同時に多くの喜びももたらしてくれます。この本を読むことで生まれ変わりの素晴らしさとありがたさを知り、生きる勇気と喜びを感じていただければさいわいです。

大災難が私を変えた

   
多くの人々と同じように、私は長年にわたり、「自分は何者で、何をするために生まれて来たのか?」 ということの答えを求めていました。若い頃から劣等感を抱き、他人と比較しては苦しみながら、どのように生きていけばよいのか迷い続けていました。悩みながらも何とか就いた職場では、恵まれて活気にあふれ、それまでの悩みが嘘のように私は幸せに満たされていました。念願のアフリカ行きも決まり、ようやく、自分の方向が見えたと喜んでいました。

   しかし希望に満ちた日々から一転、思いもよらない事故が私を奈落の底へ突き落としたのです。それはまるで、これまでの喜びはうわべだけのもので、お前のやるべきことではないと言われたかのようで、突然、道を閉ざされたかのような大事故だったのです。

   それは忘れもしない20年前のある冬のことです。
   ストーヴの火が元で自宅から火の手が上がり、またたく間にすべてのものを失ってしまったのです。その中には大切な家族まで入っていました。ほんの1時間前までは元気に笑い合っていた家族が、突然、この世から消えてしまった――この苦しみをいったいどのように表せばよいのでしょう。私自身もこの火事で大やけどを負って入院したのですが、痛み止めを一切拒み続けていました。そうすることで、家族を助けられず生き残ってしまった自分に責め苦を与えていたのかもしれません。

   この事故を体験するまで、私は自殺する人を弱い人間だと思っていました。
   なぜなら魂が引き裂かれるような苦しみや悲しみを抱えた人たちの心を、理解していなかったからです。そして私自身がこの体験を通して、辛い現実から逃れようと何度となく死ぬことを考えました。駅のホームや高い建物に行くと、死にたいという誘惑に駆られ、何度もすんでのところで思いとどまったのでした。事故から1年が経とうとしていたある晩、生きる気力を失っていた私を大きく変える出来事が起こりました。2歳半で亡くなった娘が夢に現れて、こう言ったのです。

   『パパね、死ぬっていうのは、セミの幼虫が抜け殻を割って飛び立つのと一緒なんだよ。ママと私は苦しくない。残されたパパが一番つらいんだよ』

   娘のこの言葉に、私は何があっても生きようと決心しました。
   そしてこの事故の体験にはきっと何か意味があるはずだと考え、それからその後何年も生きる意味と自分の使命を探し求め続けたのでした。

突然届いたメッセージ

   
1998年2月、私はインドに向かう飛行機の中にいました。
   すでにインドへの訪問は10回を数え、毎回さまざまな気づきを与えられていましたが、この時は特に、『自分は何者であり、自分の使命は何なのか知りたい』という強い望みを抱いてインドに向かっていました。飛行機があともう少しでムンバイに到着するという時、私は隣合わせた女性と話していたのですが、突然、金属音のような鋭い音が耳の奥で鳴り響きました。そして女性の声や機内の音などが聞こえなくなりました。

   しばらく高音は耳に鳴り響き、同時にまるで舞台の幕が開かれたかのように、目の前に宇宙の広大な映像が浮かび上がったのです。それは目を見張るような光景で、それが次々に現れてまばゆい光が私を包み、はっきりとした声でこう言われたのです。

   『あなたの使命は過去を解き明かし、未来を語ることである。』

   その瞬間、目の前に広がる宇宙の中に、私の壮大な過去世が絵巻物のように映し出されたのです。

   『すべての過去世は、ジグソーパズルの1つのピースのようなものである。
   1つ1つが体験によって確認された時、それは次々と繋がり、ついには壮大なる1枚の絵となる。その絵を完成させるために、人は本質的な使命を知る必要がある。』

   優しくも威厳のある声により、今後、さまざまな人たちに本質の使命を伝えていくことが、私の大切な役割であることを教えられたのでした。しかしどうやってその使命を果たしていけばいいのかわからず戸惑っていると、『あなたの隣に座っている人を見なさい』と言われて、先ほどまで話していた隣の女性に目をやりました。そこには彼女の後ろに、過去世の人々が何十人も列を成して、延々とその姿が続いていたのです。

   『今、あなたの忘却の幕が開かれ、自らの使命を果たす時期が訪れた』

   私が長年求め続けた願いが叶えられた瞬間でした。
   当時、私は獣医として動物たちに治療を行なうかたわら、オーラやチャクラを透視する能力を活用しながら、ヒーラーとしての研鑽を積んでいました。それまでも時おり、断片的に過去世らしき映像が見えていたのですが、このインドへ行く途中での出来事をきっかけに、はっきりと過去世が見えるようになったのです。さらに高次元の存在からさまざまなメッセージが受け取れるようになったことから、人々の役に立てればと願い、動物病院と併設する形でヒーリングセンターを立ち上げることになりました。

すべてのことに意味がある

  
 以来、さまざまな方のリーディングをするようになり、多くの人々が原因のわからない病に苦しんでいることを知りました。そのうちの女性の1人Yさんも、10年以上にわたりパニック障害に悩まされていました。過去世を見ると、彼女は1世代前の過去世において、裕福な家庭に育ったフランス人男性でした。ヨットを所有して豊かな暮らしをしていましたが、両親からの愛情にはあまり恵まれず、淋しい思いをしていました。この男性はある時、仲間たちと開いたパーティで1人の女性に惹かれ、強くアタックしてつながりを持つことができました。しかし女性はいまひとつ気が乗らず、そのために仲を取り持ってほしいと彼は友人に頼んだのです。

   そこで友人がその女性に近づいたのですが、結局、友人のほうがこの女性と相思相愛になってしまったのです。Yさんの過去世である男性は、この友人と2人でヨットに乗っている時、その女性との関係を打ち明けられたのでした。しかし男性は最も信頼していた友人に裏切られたことに憤慨し、謝り続ける友人を殴りつけ、海に突き落としてしまったのです。この事件は結局、男性の父親の力でもみ消され、表に出ることはありませんでした。

   リーディングを進めるうちに、Yさんの過去世での友人であったこの人が、今世ではYさんの父親となっていることがわかりました。今世の人生では、Yさんは幼い頃からいつも、家庭の中でピリピリしている父親の顔色をうかがいながら過ごしていました。父親はYさんに対して愛情表現がうまくなかったのか、どちらかといえばYさんに対して無関心でした。過去世リーディングを終えたYさんは、想像もしていなかった過去世と父親との関係を知り、最初は呆然としていましたが、なぜ父親とぎくしゃくした関係だったのかの謎が解けたようでした。

   その後、「長い間、”わけのわからない不安”を持って発狂しそうな状態にあったのが、過去世を知った翌日からそれがピタリと止んだ」との連絡を受けました。またリーディングを受けた直後から、劇的に父親との関係が変わり、「今は父が大好きです」と嬉しそうに話してくれました。後日談ですが、Yさんは以前、友人と南フランスに旅行に出かけ、帰国してからすぐにパニック障害が発症したことを、リーディングを受けた後に思い出したそうです。

   私たちの身に起こるさまざまな状況や体験は、決して偶然ではありません。
   どんな出会いにも、どんな出来事にも必ず意味があるのです。


       book 『過去世リーディング』 高江洲 薫(たかえす かおる)著 VOICE

                                                          抜粋

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