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日本と北朝鮮は兄弟の国

中丸   北朝鮮には豊富な資源があります。
      それは金鉱山だけじゃなくて、レアメタルもたくさんある。戦争中、日本は何も資源がなかったにもかかわらず、飛行機などを作って戦っていた。あれはすべて北朝鮮から来たレアメタルを使っていたのです。北朝鮮の資源を使うことができたから戦争をある程度継続できたわけです。アメリカはそういうことを知っていて、北朝鮮の資源を狙っているので、だから日本と北朝鮮を近づけさせないように
(日本人拉致などの工作を行なって)仲を裂いている。アメリカにとっては、日本と北朝鮮が仲良くなるのが一番困ることで邪魔なんです。

   北朝鮮には素晴らしいホテルがたくさんあって、世界一高いようなホテルや、ヨーロッパ各国をはじめ、世界中の大使館がピョンヤンにあります。だけど日本だけが蚊帳の外に置かれている。そのことを日本政府は日本人に知らせていないから、日本人は北朝鮮が孤立していると思い込まされている。本当は日本が孤立させられているのに、これは日本のマスコミの大きい罪ですね。

   私は北朝鮮に7回くらい行っていますが、それで実態がわかってきました。
   日本がアメリカに負けたとなったとき、日本の中野学校を卒業した畑中理(はたなかおさむ)という人が北朝鮮に残ったのです。それが別名・金策(キムチェク)という人で、現在もその名前が付けられた金策軍官学校というのがあり、中野学校の仕組みがそのまま残されています。彼は玄洋社の頭山満(とうやまみつる)など、当時の政治家などに推されて朝鮮半島に入りました。それは日本がアメリカの隷属国家になるとわかっていたので、北朝鮮に本当の独立国家をつくろうということで、それを支えるためだった。

   終戦後、金日成(キムイルソン)が1年半くらいロシアに行っている間、金日成の奥さんとの間に金策は子どもをつくった。それが金正日(キムジョンイル)で、下に弟が2人います。つまり畑中理の子どもは3人いるわけで、金正日の父親は日本人なのです。ですから横田めぐみさんは正室ですよ。そして金正日と横田めぐみさんの間には4人の子供がいるといいます。それが次男と言われている金正哲(キムジョンチョル)と、今の第一書記の金正恩(キムジョンウン)で、彼は三男と言われています。その下に妹がいて、その妹がヘギョン(ウンギョン)さん。つまり横田めぐみさんは正室ですから、北の女帝ですよ。

   私がずっと聞いていたことに、「いつも金正日のそばにめぐみさんくらいの女性の姿があります」ということでしたが、しかしこれは北朝鮮の人に知られたらまずいわけです。2013年2月に北朝鮮に行った時、私は張成沢(チャンソンテク)さんに会いましたが、彼はその辺の事情を全部知っているので、このままだと北朝鮮は日本に全部乗っ取られてしまうのではないかと憂えたようです。それで長男の金正男を立てて
(クーデターを起こし)、自分が首相になるという計画だった。

   それを中国がバックアップしており、北朝鮮の軍のお金が5000億円くらいあったのに手をつけて、軍が持っていたいろんなビジネスなどもすごく安く売り、その利ざやを彼はリベートとして受け取っていた。北朝鮮の日本海側に羅津(ラジン)という港がありますが、羅津はみんなが欲しがっている港で、中国もロシアも日本海側の港が欲しいわけです。それでそこの1つは北朝鮮が持ち、真ん中のところを中国側には50年の契約で貸し、もう1つの方をロシアに25年間の契約で貸していた。それもかなり安くやって、間のリベートを全部銀行に入れてお金を貯め、それで張成沢はクーデターを企てたといいます。

   しかし張(チャン)さんの腹心の部下だった、北朝鮮の在中国大使がそのすべてを知り、それを本国の金正恩に伝えた。それでその他にもあった張さんの口座を、アメリカのCIAが全部チェックして出し正恩さんに告げた。ですからあれは本当にクーデター寸前のことだったのです。ところでなぜアメリカのCIAが北朝鮮に手を貸したかですが、もしそのクーデターが成功したら、北朝鮮はバックアップしていた中国の配下になってしまうからで、それが理由です。

   なぜ横田めぐみさんが正室かというと、畑中理こと金策は、国家としての目標に日本をイメージしていた。皇室があって、天皇制があってという制度です。北朝鮮もそういうふうにしたいということで、それで目をつけたのが横田めぐみさんなのです。横田めぐみさんのお母さんの血縁は、梨本宮(なしのもとのみや)家から李方子(まさこ)さんが韓国に行っていますが、めぐみさんのお母さんはその血を引いている。だからめぐみさんを通して、日本の皇室と韓国の李家の血筋がつながる。そのために最初から金正恩はまったく別の形で育てられており、次男も一緒に育てられたといいます。

菅沼   金策は金日成と非常に親しい人で、大変功績のあった人でした。
      今、金策工業総合大学とか、そういったいろんな形で名前が出ていますね。

中丸   金策ストリートとかね。

菅沼   この人の息子が金国泰(キムグクテ)という人で、つい最近亡くなってかなり盛大な国葬が行なわれた。金正恩になってからです。

中丸   金国泰は金正日の兄弟だった人です。
      そしてもう1人の兄弟も生きています。金正日も金国泰も亡くなりましたが、そのもう1人の弟と横田めぐみさんが、しっかり今の金正恩を支えています。めぐみさんはもうロイヤルファミリー扱いなんですよ。だからモンゴルの迎賓館で、めぐみさんの娘であるヘギョンさんを会わせたのです。やがて北朝鮮は、ヘギョンさんを特使として日本へよこすかもしれません。


      book 『永遠のノックアウト』 
             ヘンリー・S・ストークス×中丸 薫×菅沼光弘  ヒカルランド


                           抜粋

プーチンは、「アメリカの第三次世界大戦への企み」を2度止めた

中丸   ウクライナの状況というのは、もともとはNATOとアメリカが引き起こしたもので、アメリカがウクライナに介入して第三次世界大戦を起こそうとしたのです。そのことをプーチンはスノーデンを通して知ったのです。それでソチのオリンピックの最中に、それを防ぐために核を積んだ潜水艦をキューバとも連携して送ってあったのです。で、アメリカが動き出そうとした時に、ロシアの潜水艦をプカッと、アメリカの喉元の海面に浮かび上がらせた。あれで、第三次世界大戦を起こそうとしたNATOの思惑はストップされたのです。

   実はプーチンは、すでに2度それをストップしたんです。
   アメリカはシリアにおいても第三次世界大戦まで起こそうとしていましたが、その2度にわたる彼らの動きを止めたのはプーチンです。ワシントンの国務次官補のヌーランドという女性やライス補佐官などのウクライナ駐在大使には、「第三次世界大戦にまで起こせ。50億ドル用意してあるから、傭兵を使え」などという彼らへの指示が、今や全部外に出て知られています。もう隠しようがないのです。

   ある意味、国連そのものがかなり深くまで闇の権力に支配されているので、新しい国連を作りなおす必要があります。大きな変化は、デビッド・ロックフェラーが失脚したことです。安倍さんは1955年体制をすっかりやめようとしていますね。新しい2016年体制になった時に、今まで政治生命を奪われかけてきた、生活の党の小沢一郎さんがおそらく世界から希望されて浮上して来ます。23年間の間、ロックフェラーにあれだけ痛めつけられて、東京地検特捜部とか司法まで使って「冤罪」を捏造され、彼は政治生命を奪われていました。

   しかしあれだけ叩かれて「冤罪」でやられても、政治家としてしっかりやっている。
   彼はこのままでは日本は潰れてしまうと心配しているし、アメリカともちゃんと交渉できて、官僚も動かしていける日本の政治家にやってもらいたいということで、小沢さんが浮上して来ます。小泉純一郎さんがいきなり「脱原発」と言い出して、しかも東京都知事選に細川護煕さんを立てたのは、その下準備のためですね。小沢さんに対する世界の声を彼はもう知っていて動き出しているわけで、今、もう動きが始っているんですよ。

菅沼   ともあれ現在の国連の常任理事国は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、そして中国の5ヶ国ですが、この体制を変えないことにはどうにもならない。日本とかドイツ、その他の国を常任理事国に入れることについては、みんな賛成しているわけです。今、国連は機能不全になっていますからね。

中丸   そうですよ。
      国連事務総長の藩基文(パン・ギムン)さんは、そもそも闇の権力の一員ですから彼に任せておいたらダメですよ。国連は再生しないとだめですね。ですがロックフェラーが失脚したことでこれから大きく変わります
 国連本部のある土地もロックフェラー家が提供しているのですよ。本当は日本にでも国連本部を持ってくればいいと思います。
     (今月のつい最近、デビッド・ロックフェラーは死亡したと聞いている。zeranium

李承晩大統領はなぜ「従軍慰安婦」に触れなかったか

菅沼   
今、在米の韓国人が、アメリカの地方議会に働きかけて、アメリカのいろんなところで慰安婦像を作ったりしています。この慰安婦というのは、これまでコンフォート・ウィメンというように訳されていた。ところがこの前、ヒラリー・クリントン前国務長官が、これからはアメリカの公文書ではコンフォート・ウィメンではなくて、セックス・スレイブにしなさいと。それ以来、あちこちでセックス・スレイブ(奴隷)と表現されるようになった。

   そこで考えるべきは、なぜそういう表現が出てくるかということですが、アメリカ人あるいはヨーロッパ人にとって奴隷は特別なことではない。彼らはみな奴隷制をやってきたからで、アフリカから黒人たちを奴隷として連れてきた人たちです。どの民族にもみんな奴隷というのがあったわけで、中国にも、韓国にもありました。しかし日本だけは奴隷制度というのはないのです。しかし奴隷制度を採用してきた国々あるいは民族は当然、自分たちと同じようにしか他を見ないわけで、それが世界のスタンダードみたいになっている。

中丸   この間、オバマさんが拉致問題のことについて、アメリカにはやはりスレイブ(奴隷)のような感覚があるから、日本人の感覚とはちょっと違うかもしれないと発言していましたね。

藤田   自分たちが歴史的にやってきたことは、他の民族も同じようにやっているはずだと見てしまうんですね。加瀬英明先生は、それを「ミラー・イメージ」と表現していました。

中丸   自分たちの歴史がそういうものだから当然、日本もそういうことをやっているだろうとなるわけで、そこからギャップが生まれる。

ストークス  評論家の茂木弘道(ひろみち)さんの「慰安婦の素顔」という論文はとても実証的でした。英語で発信している点で、外国特派員の間でも茂木さんの主張はよく知られています。たとえばアメリカの国会図書館の慰安婦に関する文書で、「朝鮮人に対する特別尋問」というものがあるそうです。その中で第二次世界大戦中に、アメリカ軍が捕虜にした当時の朝鮮人軍属が次のように答えていると。


   『「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は、すべて売春婦か、両親に売られたものばかりである。もしも(朝鮮人)女性たちを強制動員すれば、老人も若者も朝鮮人なら激怒して決起し、どんな報復を受けようとも日本人を殺すだろう」

   それについて茂木氏は、「誇り高い韓国人なら当然、そう言うだろうし、実際にもし強制連行などが行なわれていれば、間違いなく暴動が起こったであろうと納得した」とコメントしている。また、「韓国人が言わなかったこと」についても論拠にしている。それは李承晩大統領のことについてで、李大統領は強硬な反日政策で知られるが、戦後、強制的な労働者の徴用に対して補償も含め、あらゆる要求を敗戦国日本に突きつけた。

   だが、その李承晩でさえが、「慰安婦に補償しろなどという、(
ありもしない)あまりにも非常識なことは言わなかった。当たり前である。それは別に慰安婦のことが知られていなかったからではなく、当時は慰安婦とはどういうものかを、誰もが知っていたからである」と結んでいる。』 book  英国人が見た『連合国戦勝史観の虚妄』 詳伝社 ヘンリー・S・ストークス


      book 『永遠のノックアウト』 
             ヘンリー・S・ストークス×中丸 薫×菅沼光弘  ヒカルランド


                           抜粋

セウォル号には「50トンの金塊」が積まれていた

ストークス  日本軍による30万人虐殺というのは、そもそも不可能だと言うことができるでしょう。なぜなら南京戦における当時の南京市の人口は、20万人だったのです。しかも日本軍が攻めてくるというので、多くの人が市内から逃げ出していたので、実際にはもっと少なかったのです。その後南京の国際委員会の報告で、南京が陥落後人口が増え始めており、その翌年の1月には25万人に増加したといいます。30万人虐殺という数字は、ここからも簡単に否定されます。もし30万人も死んでいたなら、南京市の人口を回復するのに1ヶ月どころか、遙かに時間がかかったはずです。

   そもそも中国側からして、公式に大虐殺があったなど、その当時まったく言ってはいない。そればかりかさんざん日本を批判するプロパガンダを行なっていたのに、蒋介石も毛沢東も、「虐殺」にはいっさい触れてはいない。虐殺があったと言っているマイナー・ベイツとジョージ・フィッチですが、この宣教師たちの言う数字は「3日間で1万2000人の非戦闘員が殺された」「約3万人の兵士殺害」というものですが、自分が目撃したわけでもなく、しかもこれがいったいどこで行なわれたのかもまったくわかっていません。

   加えて、国民党の中央宣伝部がティンパーリーに依頼して製作した本がありますが、その中で興味深い訂正が行なわれています。その本はティンパーリーの『戦争とは何か』で漢訳=中国語に訳されて、『外人目撃中の日本軍暴行』という本になっています。つまり、国内の中国人向けに作られたものです。その中で、もとの英語版にあった第3章の文章から、「3000の遺体があったと報告している」「4万人近くの非武装の人間が、南京城内また城内の付近で殺されて・・・」という表現が削除されているのです。しかもティンパーリーはその削除を承諾している。

   私の推理では、欧米人が読む英語版ではこうした表現でもかまわないと思ったようで、中国版でここまで大げさな表現をすると、国内からそれは違うと批判されると考えて削除したのではないかと考えています。つまり削除したほうがいい「大げさな表現」であっても、最大限「4万人不法処刑説」ですから、片や30万人という数字はまったくの捏造としか言いようがありません。また中国側の当時の資料でも、南京の日本軍の行為について、「姦淫、放火、略奪」が批判的に書かれているだけで、「虐殺」という言葉は見当たりません。30万人の虐殺という数字は今言われたように、広島・長崎の原爆犠牲者の数字に合わせたという感じがありますね。

菅沼   習近平がわざわざベルリンで、ドイツ人に向かって30万人の犠牲者という数字を出したのですが、それに対して日本のジャーナリズムは、中国の反日プロパガンダだなどと言っていますが、問題の焦点は、この中国のプロパガンダは実は誰に向けて言われているのかということです。私はアメリカに向けたものだと思うんです。アメリカに対してもう1度、「極東軍事裁判を思い出そう、カイロやポツダムとかヤルタでできた戦後のレジーム(体制)というのをもう1度思い出そう。そして今、再びアメリカと中国の間で、新しい型の大国関係を作り上げよう」というメッセージではないかと思います。

   ですからベルリンでの習近平の演説は、日本とかドイツに対して言ったのではなく、広島・長崎に核爆弾を落としたアメリカに対して、ひとつの脅しとして30万人の犠牲者という数字を使ったのだと思います。

ストークス  確かに広島・長崎で27万人の民間人の虐殺を行なったアメリカと、それを軽く見せるダウン・プレイをするために、30万人の大虐殺の捏造を行なったのは間違いないと思います。中国は今それを掘り起こして、中国とアメリカは戦勝国だから、我々が今の体制の主役だとでも言いたいのでしょう。

菅沼   もっと言えば、ストークスさんが言うように、中国の毛沢東や周恩来、蒋介石などはみな、「虐殺」の存在を否定していたのです。毛沢東もそうで、我々が中国を解放できたのは日本のおかげだ。日本が蒋介石と戦ってくれたから、中国共産党は中華人民共和国を建国できたんだということで、日本に対しては感謝以外何もなかったのです。

   そういう歴史的事実があるにもかかわらず、なぜ今になって習近平が「南京虐殺」について言い出したかです。1つはすでに述べたようにアメリカとの力関係が背景にあることと、もう1つは、中国の国内があまりにも混乱し始めたことにあると考えられます。つまり国民の目を外へ向けるために、そのために日本という敵を再び作り上げねばならないわけです。

北朝鮮による朝鮮半島統一の動きか   


中丸   私は韓国に関して驚くような情報を得ています。
      少し前、韓国の船「セウォル号」が大勢の乗客を乗せたまま沈没して、多数の犠牲者を出しましたね。実はあの船には、50トンの金(ゴールド)が積んであったというのです。それを朴槿恵(パククネ)大統領も知っていたといいます。しかもその金は、盧泰愚(ノテウ)元大統領の奥さんが持っていたものだという話です。そういうものがあの船に積まれていたという情報です。日本が救助の支援をしましょうかと言ったときに、朴さんが断っていますが、その理由は、50トンの金塊にあったかもしれない。

菅沼   しかし盧泰愚(ノテウ)の金塊が済州島へ運ばれたわけは何でしょうね。

中丸   韓国の動きには妙なところがたくさんあります。
      この間、外務事務次官の斎木昭隆さんが韓国に行きましたが、その理由は新聞が言っていることとは正反対のようです。マスコミの言うことなどまともに聞いていたら、真実は何もわからないですよ。逆のことばかり言っているんですから。

   朝鮮半島は、北朝鮮主導でまもなく統一される方向だといいます。
   日本はある程度のお金を今後、毎年韓国に渡していく、その条件を朴大統領はあっさりオーケーしたようです。それで斎木さんはすぐに帰って来た。こんな重要な報告を、1晩泊まってじっくりとかではなくて、パッと帰って来ている。それを日本のマスコミは、何もまとまらなかったからであるとか言っていますが、事実は全然逆なんですよ。

   セウォル号には50トンの金塊が積まれていることを朴さんは知っていた。
   それを追いかけて何とかしようとした。だから人命救救助があんなに遅れたのです。もうその金塊は取り出したと思いますが、結局、北朝鮮主導で南北統一になった時、そうした金は韓国に置いておけない。だからどこか国外へ持ち出そうとしたわけで(南北統一の)その用意ですよ。

菅沼   それで済州島へ持ち出した。
      これは初耳です。金塊なんて重いよね。

中丸   だから急ブレーキをかけて横転したのです。
      50トンの金塊ですからね。あの船は日本から買った時は3階建てだったものを、1階足して4階建てにして、987トンしか積めないものを3608トン積んだのです。めちゃくちゃなことをやっているわけで、韓国内には膨大な金とか、まだいろいろあるんですよ。


      book 『永遠のノックアウト』 
               ヘンリー・ストークス×中丸 薫×菅沼光弘  ヒカルランド

                         
  抜粋

「南京大虐殺」はなぜ「30万人」なのか?

日本とインド、国交樹立60周年の集いでの基調講演  2012年12月
   『日本はアジアの光だった』  ヘンリー・S・ストークス 
(一部抜粋)

   「チャンドラ・ボーズは『日本はアジアの希望の光だった』とはっきり語りました。
   そして続けて、『このたび日本はインドの仇敵のイギリスに宣戦布告し、インド人は日本から独立のための千載一隅の機会が与えられました。我々はこのことを自覚しており、心から日本に感謝しています。もしひとたびこの機会を逃せば、今後100年以上にわたりこのような機会が訪れることはないでしょう。勝利は我々のものであり、インドが念願の独立を果たすと確信しています』

   これまでの500年の世界史は、白人の欧米キリスト教諸国が、有色民族の国々を植民地支配してきた壮大なドラマの歴史でした。その中にあって日本は、前例のない国でした。第一次世界大戦の後行なわれたパリ講和会議において、日本は人種差別撤廃を提案したのです。会議では各国首脳が、大戦後の国際体制づくりについて協議しました。しかし人種差別撤廃提案が提出されると、オーストラリアのヒューズ首相は署名を拒否し、帰国すると言って退室しました。議長であるアメリカのウィルソン大統領は、この件は平静に取り扱うべき問題だと言い、日本に提案の撤回を求めました。

   しかし山本権兵衛内閣で外務大臣も務めた日本代表団の牧野伸顕(のぶあき)男爵は、ウィルソン議長に従わずに採決を求めました。イギリス、アメリカ、ポーランド、ブラジル、ルーマニアなどが反対しましたが、結果的に16ヶ国中11ヶ国の小国が賛成し、圧倒的多数で可決されました。しかしウィルソン大統領は『全会一致ではない』として、この採決を無効としました。牧野伸顕は多数決での採択を求めましたが、議長のウィルソン大統領は、『本件のような重大な案件は従来、全会一致、少なくとも反対者がいない場合に限り議事を進める』としました。

   人種差別撤廃提案が、11対5の圧倒的多数で可決されたにもかかわらず、ウィルソン大統領はこの議決を葬ったのです。今日の文明社会ではあり得ないことです。いま、アメリカの大統領は黒人ですが、当時ではそのようなことは考えられないことでした。日本人も有色人種ですが、同じ有色人種として誇りある日本人は、白人の有色民族への暴虐を看過することができなかったのです。」



中丸   当時、日本は侵略者どころか、アジア解放の希望の光だった、欧米人こそ侵略者だったという趣旨ですね。

ストークス  私がオックスフォード大学の学生だった時、パリ講和会議についても学びましたが、その視点は白人側の、つまりイギリスとアメリカの見方で学んだのです。たとえば日本人が人種平等条約を提案したとか、ウィルソン大統領がそれを蹴ったというようなことはまったく習わなかった。多数決で可決したにもかかわらず、それを無視するような、今日の基準に照らせばあり得ないようなことが行なわれたことは、私はごく最近になって日本で学んだのであり、当時のオックスフォードでは一切知らなかった。

南京虐殺が「30万人」と捏造された理由


ストークス  中国という国の特徴は、4000年の歴史を持つといいますがそれは日本とはまったく違い、常に新たな王朝が前の支配者を倒しては自分たちの正当性を作り上げるという、「捏造の歴史の連続」であることです。南京事件でも同様の捏造が行なわれており、「大虐殺などなかった」ことが数字でも上がってきています。

   当時、中国の軍による市民への暴虐が行なわれていた南京を、日本軍が攻略して解放することは、全世界が注目する「首都攻略戦」でした。天皇の軍隊である「皇軍」を掲げて、世界にアピールする戦いだったのです。しかも世界中が注目する中、大勢の各国のジャーナリストがスクープを狙って南京で取材している中で、中国が主張するような大規模な日本軍による殺戮が行なわれたとはとても考えられません。

   南京大虐殺がなかったという一番の証拠は、中国側の監修による1939年に出版された『南京安全地帯の記録』という文書です。南京が陥落した後の1937年12月に、1日に数件の殺人が起こったという細かい報告があるほかは、「大虐殺」とされている話とはまったく関係のない報告を中国側が行なっている。南京安全地帯というのは、非戦闘員を保護する目的で国際委員会がつくったものであり、新聞記者はほとんどこの安全地帯の中にいたので全体を把握していた人などいなかった。そしてこの安全地帯の代表をしていたのが、ドイツの特派員でありシーメンス社南京支社長だったジョン・ラーベです。

   中国国民党の中央宣伝部はCIAのような機関ですが、ラーベなどはそこで一緒に「お茶会」をしていたことが、彼の日記に詳しく書かれています。このようにして外国特派員を取り込んで、中国政府に都合のいいニュースを報道させることが目的で催されたものです。

   『17時。前の外交部長(外務大臣)張 群氏邸でティーパーティー。
    ヨーロッパ人やアメリカ人が、毎晩8時から9時に国際クラブで、中国人指導者と接触できるというのである。』  ジョン・ラーベの日記

   国際クラブ(連歓社)は、国民党政府が運営したプロパガンダの場です。
   それを中国政府は、南京陥落前の1937年11月につくっており、国民党の中央宣伝部が外国人記者を通して海外にプロパガンダすることが目的だったと思われます。

中丸   南京問題も、ただ状況証拠だけで終わらせるのでなく、数字や証拠もすごく調べ上げてきちっと書かれているので、事実を知らせるためにこの本
(英国人記者が見た『連合国戦勝史観の虚妄』 ヘンリー・S・ストークス著 祥伝社)はかなりインパクトがあると思います。

藤田   まだこれからですが、調査と検証のためにまだまだ多くの資料がありますから。

菅沼   南京大虐殺のことで1つだけ言いますと、中国国民党の中央宣伝部がやった話ではありますが、国際的に一番それについての情報を流したのはドイツ人です。そのために最近、中国の習近平主席がわざわざベルリンまで行って(2014年3月)、南京大虐殺について日本を非難したわけです。そこでジョン・ラーベを取り上げ、彼がこれを広めましたとその当時の記事まで持ってきて、ベルリンで反日プロパガンダをやったのです。

   当時、なぜドイツ人が南京大虐殺の情報操作で指導的な立場をとっていたかというと、実はドイツは蒋介石に武器を売っていたのです。もし南京が陥落すれば蒋介石軍は終わってしまい、そうなるとドイツは中国に武器が売れなくなる。しかし実際に売れなくなった。そのために日本がひどいことをやったという宣伝を行ない、そういう世論をつくろうという別の意図があった。このラーベという人物は、同時にシーメンス社の仕事もしていて、シーメンス社の武器商人だった。

ストークス  これまで、日本側の史実がほとんど英語化されていなかったために、最近やっと英語に翻訳され始めて、今、新しい情報も得ています。本にも書きましたが、『南京大虐殺』というニュースを最初に世界に伝えたのは、南京の安全地帯の中にいて情報が何もわかっていないはずの外国特派員でした。それが『ニューヨーク・タイムズ』のティルマン・ダーディンと、『シカゴ・デイリー・ニューズ』のアーチボールド・スティールです。彼らは12月15日に「南京大虐殺」のニュースをアメリカに送りましたが、自分で事実を確認したわけではなかった。

   調べてみると、この記者たちは、国民党中央宣伝部が依頼した、イギリスの『マンチェスター・ガーディアン』特派員のH・J・ティンパリーからの一方的な情報で記事を書いていた。そしてその情報源は、南京の宣教師として知られたマイナー・ベイツとジョージ・フィッチであることが判明しています。ベイツは国民党政府の顧問だったし、フィッチは中国高官の家族と親密でしたから、とても第三者と言える立場ではない。つまり中国側のプロパガンダに、西欧諸国の特派員や宣教師たちが乗せられたわけです。

   調べてみると、ティンパリーは『戦争とは何か』という本を出版して、南京大虐殺の出来事を創作していますが、そこにも中国国民党のCIAが深く関与していることもわかりました。この本は「レフト・ブック・クラブ」から出版されていますが、要するに「左翼書籍出版クラブ」でありその背後にはイギリス共産党やコミンテルンもからんでいたといいます。さらに中国側の資料に、ティンパリーは「手当てを支払う等の方法で」「我々の代言人になってもらった」と書かれている人物です。(『中国国民党新聞政策之研究』)。つまり、英文資料や当時のニュースなどは、中国版CIAが「手当てを払って」工作していたということが明らかなのです。

核爆弾投下で日本の一般市民27万人を殺したアメリカのトラウマ

菅沼   1つストークスさんにお聞きしたいのですが、最近も習近平がベルリンに行って、南京大虐殺の時に30万人が殺されたと言うわけです。東京裁判でもそうした数字が出てきていてそこから始ったわけですが、その後、常に30万という数字が出てくるわけです。問題は、なぜ30万という数字が出されてくるのかということです。一説では、要するに広島・長崎の原爆で27万人が殺された。このことがアメリカのトラウマになっている。そしてそのトラウマの言い訳のためには、それ以上の30万人を虐殺した日本人という事実が必要であり、これに対してアメリカは、早く戦争を終わらせるために我々は原爆を投下したんだと言っている。

   つまりアメリカの広島・長崎への核爆弾攻撃と、南京大虐殺の30万という数字は連動しているのではないかという見方があるのです。ストークスさんはどうお考えですか?

ストークス  非常に興味のある話です。
        そのことは加瀬英明さんからも聞いています。その「虐殺犠牲者30万人」が、広島・長崎の犠牲者との対比において捏造されたということには非常に説得力があります。30万という数字に関しては、中国の虐殺記念館にも出していますが、一方で中国人の中にもすでに15年くらい前から、これは間違っているという専門家も出てきています。中国側が言う数字にはまったく根拠がないのです。この数字が謀略宣伝、プロパガンダに使われていることは間違いありません。


      book 『永遠のノックアウト』 
               ヘンリー・S・ストークス×中丸 薫×菅沼光弘  ヒカルランド


                           抜粋

「ダグラス・マッカサー元帥の謝罪」

ストークス   東京裁判についても今、さらに新しい見方が出てきました。
         ここまで来るのに50年かかりました。今回、オーストラリアで、『ジュディシャル・マーダー(司法殺人)――マッカーサーと東京戦犯法廷』 デール・スミス著(法学博士)という本が再販されました。これは東京裁判のことをいろいろ調査してまとめられています。

   ここ日本外国特派員協会の近くに第一生命ビルがありますが、そこに連合国軍総司令部(GHQ)が置かれました。現在でもそこにはマッカーサー元帥が執筆した机と椅子と調度品が、当時のまま残されています。これこそマッカーサーの亡霊のようなものでしょう。彼は皇居、つまり天皇を見張れるところに総司令部を置いたのです。

   マッカーサーは、戦勝国の論理だけで、「東京裁判」という茶番劇を一方的に演出しました。外国特派員協会は、マッカーサーが日本占領とともに設立させたものです。その目的は、アメリカをはじめとする連合国軍が行なう日本占領を、正当で人道的に正しく、いかに偉大な事業であるかを全世界に宣伝させるためでした。この協会の「会旗」には「1945年設立」と誇らしげに書かれている。つまりはっきり言うならば、占領軍の「東京裁判史観」を世界中に言い広めたその大本が、この外国特派員協会だったと言えるのです。マッカーサーはメディアをフルに活用して、世界にアメリカの「正義」を喧伝したのです。

   実際には戦争に勝った側が数々の非常に重い罪を犯しており、アメリカの意図とはまったく逆の真実が曝露されるかもしれなかったのです。東京裁判は、裁判という名に値しない「復讐劇」でしかなく、実際にはそれまで西洋文明がアジアで行なってきた非道さ、邪悪さが曝露されたものだったと考えています。

中丸   東京裁判の時、オーストラリアの裁判長ウェッブさんも、引退されてから、あの東京裁判は間違いだったと言っています。マッカーサーもその後、少し反省して、日本の戦争は単なる自衛の戦いだったと言っていろいろ言っていますが、そのことをほとんどの人が知らないから、未だに日本は「悪」だということばかりが1人歩きしている。マッカーサーの告白は、アメリカ上院の公聴会でのものでしたね。


 資料:ダグラス・マッカーサー元帥の告白
    (1951年5月3日、アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会において)

   ――『第二次世界大戦は、アメリカ合衆国のほうが悪かったのです。
   日本は自衛戦争を行なっただけなのです。日本が戦争に進まざるを得なかったのは、国民と国家を守るためでした。(略) 日本人の労働力は、質的にも量的にも、私が知る最高のものでした。日本人は、怠けるより働くことのほうに価値があるという、労働の尊厳を知っていました。しかし労働力があり、工場を建設してもその資源に乏しかった。

   日本に最後通牒として突きつけられたハルノートのことは、私自身もアメリカ国民にも知らされていませんでした。私は日本について誤解していました。日本はアメリカなどによる経済封鎖によって苦しめられ、それが日本を戦争に引き込んだのです。先制攻撃を仕掛けたのは、日本ではなくアメリカだったのです。ゆえに日本が戦争を行なった目的は、侵略ではなく自衛のためだった。

   私は反省しています。
   そして今、反省するべきなのは、日本ではなくアメリカのほうなのです。私は自分が生きているときの証言と、謝罪の言葉を残したいのです。』――


藤田   冒頭の『ジュディシャル・マーダー  マッカーサーと東京戦犯法廷』の著者、デール・スミス博士は、東京裁判のウェッブ裁判長と同じブリスベン出身です。ブリスベンにはウェッブ裁判長の、裁判中とその後の書簡がたくさんあるそうです。そういうものもこれから調べていくといいです。

ストークス  ウェッブ裁判長は、確かに「東京裁判」は「誤っていた」と言いました。
        裁判は最初から間違っていたのです。ぜひ、ウェッブ裁判長が書いた裁判の記録を調べたいです。結局、勝ったほうが正しくて、戦勝国が裁判長になるということです。

中丸   しかし東京裁判のような態度が、今も続いているじゃないですか。
      イラクを、何の罪もないサダム・フセインの国を、かってに捏造した理由でめちゃくちゃにしてしまった。イラク戦争は理不尽そのものですよ。ブッシュ大統領(ブッシュ・ジュニア)は、「イラクは大量破壊兵器・WMDを持っている」とか、「アルカイダとつながりがある」などと言い、マスコミを煽動して世界中を騙し、それだけを根拠に戦争を起こしました。

   でもすべてウソでした。
   イラクを占領したアメリカ軍がいくら探してもWMDはなかったのです。結局、アメリカの調査団はそれを議会に報告した。WMDもなければアルカイダとの関係もなかった。まったく根拠のない戦争だったわけです。日本の当時の小泉首相は、そんな理不尽な戦争を「支持します」と言い、まったくの捏造でしかなかったのに誰も何の責任も取っていない。日本の外務省が、イラク戦争についての報告書というのをこっそり出しているのですが、それがなんと、A4サイズのメモ4ページだけなんです。

   リビアのカダフィ大佐に対してもそうです。
   カダフィ大佐は、欧米に搾取され続けてきた中東のために、アフリカのために、新しく独自の通過を作ろうとして膨大な金(ゴールド)を用意して、ドルも用意していたのです。しかしそれをさせないために、NATOが空爆してぶっ潰し、抹殺して全部それをヨーロッパに奪い去ったのです。でも未だにそれが欧米の当然のやり方みたいに、世界のマスコミは平然と報道しているし、それがまかり通っているじゃないですか。

   私はカダフィにもフセインにも会っているし、両方の国のこともよく知っています。中東、アフリカでもとても進んだ素晴らしい国をつくっていました。イラクは、女性の大学進学率が男性よりも高かったのです。リビアでは、「緑の革命」といって、砂漠を緑化することに成功していました。世界中を見ると、未だにあまりにも横柄な欧米のやり方が、かつての東京裁判だけでなく今も行なわれている。これを改めなければならないと思います。

菅沼   たとえば習近平がドイツに行って、ドイツはきちんと謝ったではないか、日本はまだ何も謝罪していないという形で攻撃していますね(2014年3月下旬)。しかしニュルンベルク裁判で問われたことは、ナチスという政党であって、ドイツ国民やドイツ国家ではなかったのです。ところが東京裁判の場合は、日本人と日本国家そのものがやられた。その点で、ニュルンベルク裁判と東京裁判は根本的に違う。

中丸   習近平主席がわざわざドイツに行って、日本の過去について「告げ口」のようなことを言ったけれど、ドイツ首相メルケルさんはまったく相手にしなかった。そんな過去のことよりも前向きにやりましょうと。しかもメルケルさんは、清朝の時代の古地図を習さんにプレゼントしたそうですが、その地図には尖閣諸島が中国の領土ではないことがはっきり示されていたそうです。それは尖閣諸島が中国の領土ではないという証拠となる地図で、チベットも、新疆ウイグルも、内モンゴルも、中国の領土ではないというものだったといいます。中国に対するメルケルさんの皮肉ともとれます。

   このニュースは世界各国で報じられていて、「傲慢な中国に、毒入りのプレゼント」などとも報じていますね。習主席はホロコースト記念碑にも行きたいと事前に打診したけれど、ドイツ政府に断られています。ナチスドイツのユダヤ人虐殺の記念碑ですから、それを中国が日本に対する「反日プロパガンダ」に利用されることを怖れたのでしょうね。ベルリンの戦没者追悼施設にメルケルさんが同行することも拒絶したそうですから、ヨーロッパでの過去の傷痕に、中国に土足で踏み込まれることを嫌ったということです。

   よその国に行って、日本の過去の行為を非難するような「告げ口外交」のようなものは、今どき世界からは相手にされないのです。それでも習主席は懲りずに、「日本は日中戦争で、30万人以上を虐殺した」などと演説したのですから、厚顔無恥と言うほかありませんね。日本に対する欧米の偏見を、そういうプロパガンダで助長しようとするわけで、それはアジア全体に対する偏見の悪化を引き起こすものでしかありません。

ストークス  私はイギリスで生まれ育ちましたが、子どもの頃から日本人について悪いイメージを与えられていました。とにかく野蛮で残酷だと。なにしろイギリスは、外国と戦って負けるということがなかった国でした。数百年間という間、大英帝国は外国を侵略して打ち負かすことで拡大したのです。子どもの時、地球儀は大陸の多くがピンク色で、インドをはじめアジアの多くの部分も、アフリカ、オーストラリアもピンクに塗られていた。ところが第二次世界大戦が終わると、日本のおかげで植民地が次々に独立して、イギリスのピンク色がごっそり減ってしまったのです。

   戦争には勝ったはずなのに、大英帝国の版図をほとんど失ってしまった。
   それで日本に対する憎しみはさらに深くなった。ヒトラーの出現も衝撃でしたが、同じ白人でキリスト教徒だったから同じ価値感があった。白人にとって文明社会というのは欧米人の国を指していたので、それを有色人種に崩壊させられることは、理解の範囲を超えていたのです。

中丸   インドのパル(パール)判事が、被告人全員の無罪を主張したことはよく知られていますね。東京裁判について、「裁判の方向性が前もって決定付けられており、判決ありきの茶番劇でしかない」とはっきり言っています。裁判官が戦勝国出身者だけで構成されていて不適切だと。国家の侵略戦争だとしても、それを個人に責任を求めることは不当ではないかとも指摘しました。そして、もし非戦闘員の生命財産の侵害が戦争犯罪であるのなら、日本に原子爆弾を2つも投下した者を裁くべきだと、アメリカ政府をはっきり糾弾しました。

   しかし今の日本の若い人たちの中には単純に、「日本が戦争を起こしたのだから悪い」「A級戦犯は戦争の責任がある悪人」などと、歪んだ戦後の教育の中で、マッカーサーが教え込ませたウソを頭から信じているのです。東京裁判で東郷茂徳、梅津美治郎被告を担当したベン・ブレイクニー弁護人は裁判で、「平和に対する罪」への反論として、「戦争それ自体は犯罪ではないので、その罪は成立しない」と主張し、「原爆を投下した者、投下を計画した参謀長、それに国家元首こそが裁かれるべきだ」と弾劾しました。

   こうした国際的視点から、客観的な事実を日本の若者たちに伝えなければならないと痛感します。もし戦争犯罪というものを裁くのであれば、勝者も敗者と同様に裁かれなくてはなりません。一般市民のお母さんや子どもたちが生活しているところへ、そこへ落とせばどうなるかわかっていながら大量殺戮兵器の核爆弾を、しかも2つも落としたアメリカこそが裁かれるべきだ、というのが客観的な視点です。


       book 『永遠のノックアウト』 
               ヘンリー・S・ストークス×中丸 薫×菅沼光弘  ヒカルランド


                            抜粋

白人の植民地を侵した「日本の罪」とは何なのか?

   世界史をもう一度しっかり再検証する必要がある。
  1937年末に南京で何が起こったのか。国際社会では、南京大虐殺は歴史的事実とされている。 『史実を世界に発信する会』の茂木弘道氏が、英語によって膨大な量の情報を発信している。知的でかつ精緻な論陣を展開し、真面目な議論の土台になる内容がある。そして「南京」の実態が、世界で信じられているものとは違う様相を持つことが、徐々にであるが浸透しつつある。だがこれまで、このような情報が英語で発信されることはなかった。

   日本の外務省はそれをするべき立場でありながら、これまで日本を擁護して来なかった。そこには「東京裁判」の影響があり、さまざまな圧力が働いてきたことは事実だろう。しかしGHQの占領期間ならともかく、それが終わったとされている時点から、日本は憲法改正も含めて、独立主権国家としての日本の立場を、もっとしっかり内外へ主張すべきだったのだ。日本は現在もこうした努力がまだまだ足りない。

   「東京裁判」については、それがまったく裁判の名にすら値しないものであったことは、誰の目にも明らかなことだった。日本は「東京裁判」を受け入れたと誤解されているが、この間違いも正さねばならない。東条英機などは「戦犯」として裁かれたが、それは単なる戦勝国による「判決」を受け入れさせられただけのことだ。実際にはあのような不当な裁判を受け入れる必要はなかった。東条の弁護人だった清瀬一郎東京裁判主任弁護人は、裁判の冒頭でオーストラリアのウェッブ裁判長に「「管轄権」を問いただし、この裁判には正当性がないと訴えた。これに対しウェッブ裁判長は、「後で答える」としたまま、裁判が終結するまで回答することはなかった。

   日本側には日本の主張があってしかるべきである。
   たとえば「日本はアジアを侵略したのではない。欧米の植民地となっていたアジアを独立させたのだ」という主張は立派な史観であり、日本から見た史観である。
しかし、日本が自らの立場を主張しなければ、敵国であったイギリスやアメリカが、そのような主張をすることはない。

   「そもそもアジアを侵略したのは、イギリスであり、アメリカである」と言われれば、それは事実である。イギリスをはじめ西洋諸国は、アジアやオーストラリア、北米、南米、アフリカをはじめ、世界中の国々を植民地にしてきた。アメリカは「新大陸」として、そこに自分たちの国を建国した。それに対し先住民である「インディアン」が、いかに血みどろの戦いで自分たちの郷土を守ろうとしたかは、誰もがよく知る西部劇によっても周知の事実である。ハリウッド映画では白人は、「文明をもたらす正義の味方」であり、原住民は「未開の野蛮人」ということになっている。

   そして「東京裁判」も、まったく同じ「アメリカの正義劇」であった。
   そうであれば、日本も「日本には大儀があった」という観点からその史観を世界に発信すべきではないか。イギリス側の立場からすれば、日本はとんでもない「武断国家」で最悪の敵であった。なぜならインドを例にとれば、東インド会社の設立から始まり、イギリスが何百年も植民地として支配してきた領土を、日本が一瞬しして奪ってしまったからで、イギリスにしてみれば日本はまぎれもない侵略者であるからだ。

   オランダも同じであり、彼らは「香辛料諸島」と呼ばれていたインドネシアを、またたくまに日本に占領されて取り返されたのだから、オランダにしても日本は侵略者であるのは間違いない。つまり西洋がアジアに所有していた多くの植民地は、日本によってすべてひっくり返されたのである。インドネシアという名称は、後に独立運動の指導者だったハッタとスカルノによる造語である。日本の力によってそこが独立するまでは、インドネシアとして知られる領域は、オランダ領東インド諸島として世界に知られていたのである。

   イギリス側からすれば元凶は日本であり、日本に対する非難は戦中戦後にわたり、圧倒的なものがあった。私は最近、ウィンストン・チャーチルが妻のウィニーとやりとりした書簡を読む機会があった。戦争では誰もが、敵に対して激しい怒りを抱いて感情的になる。しかしチャーチルの言葉は度の越えたものであり、彼がそこまで口汚く日本を罵った背景には、植民地を奪われたという体験がある。数百年にわたり栄華を極め、日が沈むことはないと形容された大英帝国が、その広い地図があろうことか東洋の黄色い小人たちによって一瞬にして塗り替えられ、崩壊させられてしまったという、拭いきれない口惜しさと怒りがあったのだ。


アジアの国々を独立させた日本の功績

   
当時、私は『ロンドン・タイムス』の東京支局長だったが、白人の世界では戦後一貫して日本への憤りが蔓延していた。そこには怨念があった。日本軍の戦いぶりは、現実とは思えないほど強く、イギリスは何百年も続いた植民地支配から、一瞬にして駆逐されてしまった。イギリスの栄華を極める元であった大英帝国の広大な植民地を失った屈辱は、そう簡単に忘れられるものではない。

   日本に原爆が落とされた。
   その悲惨さは筆舌に尽くし難い。アメリカは日本に原爆を投下する必要がまったくなかった。そして生体実験のように、人間に対して核爆弾である原爆を投下した。そこには「辱めを与える必要性」があった。日本人を、完膚なきまでに叩きのめさねば収まらない復讐心があった。戦勝国の正義などはただの「建て前」であり、復讐せずには収まらない「本音」があった。そして「東京裁判」もまさに復讐劇だった。

   アメリカ軍が日本本土を占領したが、これは「部分占領する」とされていたポツダム宣言に違反していた。ポツダム宣言は、「日本軍」の無条件降伏だけを要求したが、日本は有条件降伏だったが、マッカーサーは日本が無条件降伏したことにすり替えた。そしてアメリカは70年近い年月が経っても、そのまま日本に居座っている。

   英語で侵略(インベージョン)というと、1つの国が武力で他国の領土に強制的に入って行くことを意味する。そしてこの定義では、日本は大英帝国の領土であるアジアの植民地に侵略したとする認識である。しかし私は加瀬英明氏(外交評論家)の話を聞き、異なった視点を持ち、それまでの認識を改めるようになった。日本は大英帝国の植民地を侵略したとしても、欧米による植民地支配を受けていたアジアの諸民族が独立するために、非常に大きな役割を果たしたのだった。日本は欧米によるアジアの植民地を占領し、使命感に駆られてアジア諸民族を独立へと導いたのだ。

   日本はアジアの国々に、民族平等というまったく新しい概念を示し、またたく間にその目標を実現させた。それは植民地支配という動機とはまったく異なるものだった。これは紛れもない事実であり、アジア諸民族にも独立への期待が強くあった。欧米人はこうしたまったく新しい観点から、世界史を真摯に見直す必要がある。西洋人はこうした史観を持たず、受け入れてはいない。


「白人の植民地」を侵した日本の罪とは何だろうか?

 
  日本がアジアの欧米植民地を侵略したのは、悪いことだったのだろうか。
   もし侵略が悪いことであるのなら、世界史でわかるように、白人がアジア、アフリカ、オーストラリア、北米、南米を侵略してきたのは、西洋諸国である。しかしこれまで、西洋諸国がそうしたひどい侵略について謝罪したことなど1度もない。どうして日本だけが、欧米の植民地を侵略したということで謝罪しなければならないのか。

   「東京裁判」では、「世界で侵略戦争をしたのはどちらだったか」という事実を伏せて日本を裁いた。それは侵略戦争が悪いからではなく、「有色人種が白人様の領地を侵略した」からだった。白人が有色人種を侵略するのは『文明化』することであり、劣った有色人種が白人を侵略するのは『犯罪』であり、神の意向(ゴッズ・ウィル)に逆らう『罪』(シン)であると正当化が行なわれた。

   「東京裁判」は白人による「復讐劇」が目的であり、日本の正当性を認めるつもりは最初からなかった。認めれば自分たちの誤りを認めることになってしまう。なぜなら広島、長崎に核爆弾を投下し、東京大空襲をはじめ全国の主要都市を空爆し、民間人を大量虐殺した「罪」だけでなく、もっといえば、世界中で侵略を繰り返してきた白人のその正義の「誤謬」が、決して明らかにされることがあってはならなかったからだ。それが連合国の立場だった。



       英国人記者が見た
    book 『連合国戦勝史観の虚妄』 ヘンリー・S・ストークス   詳伝社


                         抜粋

ペットの病気は、市販のペットフードが原因

池田   ロックフェラーの大きな製薬会社のファイザーや、ギリアド・サイエンシズなどと、日本の厚労省、それに日本の医療利権を握っている医者たちがグルになっています。

中丸   原子力村と同じように、医療村、医学村になっていてとんでもない存在です。

池田   日本でナンバーワン獣医と言われているヤスカワ先生がいます。
   彼はペットの心臓手術ができるので、日韓関係の大変な時に韓国に呼ばれて、向こうのペットを手術してきたそうです。ヤスカワ先生は市販のペットフードに、薬と同じ石油から作られた化学添加物が入っているので、それを食べたペットが肝臓がんや膵臓がんになっていると、学会で真面目に発表したのです。

   そしたらその学会の帰りに、こん棒を持った3人の男に襲われたそうです。
   ヤスカワ先生は日大空手道部で、私は防大空手道部だった。それで悔しいけど大学時代、日大に負けたことがある。ヤスカワ先生は空手5段で180センチだから、その時襲ってきた雇われた暴漢を撃退し、1人を捕まえて警察へ連れていった。

   事情聴取を聞いてびっくりしたのは、誰が指示して襲わせたかです。
   実はペットフードの日本最大のメーカーがオカネを出して指示していた。なぜ彼らがそうした情報を知っていたかというと、学会に来ている先生の誰かが通報しない限り分かりようがないのです。結局、飼い主が犬のためにと思って与えているペットフードを食べて病気にさせ、獣医さんに行かせ、獣医はクスリで儲けるわけです。そういう構造になっていることが、ここでも如実にわかってしまった。

中丸   わざと病気にして、ペットも人間も同じね。

池田   ペットフードであれ、薬、石油業界、核燃料であれ、結局、つくられた同じパターンがいろんなところで展開していて、モンサントを含め水と食料で中から崩壊させ、日本人は知らないうちにだんだん先細りになっていき、間違いなくあと3世代で終わる、という状況になっていることが、その1つの例だけでもわかります。

中丸   大学病院の医者たちはどうなんですか?
    
池田   大学病院が一番ひどいのではないでしょうか。
      大学の研究費は文科省から出ていて限られたものですから、そこに反対するようなこと、例えば原発が危ないとか、子宮頸がん予防ワクチンが危ないというようなことを言った先生の大学には、研究費が出ない。そればかりか、大学教授も辞めさせられるかもしれない。だから結局、研究員が真面目な研究をやっていると、やめさせるわけです。

中丸   みんな生活がかかっているから、知っていても言えないわけね。

池田   医者は基本的に、3割利益です。
      例えば3000万円の薬を使えば、自分には1000万円が入るから、そうなれば使いたい。またそういう教育を受けている。薬剤メーカー関係の彼らがつくった大学の教育シナリオがあって、対症療法でこの症状にはこの薬というノウハウが教科書になっていて、それを信じてしまっている。だから薬剤師も同じです。

   船瀬さんはジャーナリストですが、あと安保徹さんとか、最近では内海聡さんなどが、自分の名誉とか大学の名誉に関係なく、真実を家族のために知らせる腹を割った人たちが、本当のことを言っています。そうでない人たちというのは、注射を打って薬を出せば出すほど儲かるし、そうやって黙っていれば大学教授になって、また栄華を極められるわけで、人間は自分の弱さに負けていくのです。それも結局、金融支配されているのです。

   アメリカの精神医学界はもっとひどくて、薬品メーカーと医者がグルになっています。とにかくメンタルチェックテストというのをさせて、「不安」という項目がある。人間誰でも、失恋しても、試験がうまくできなくても、いろんな理由で不安になるのは当たり前なのに、チェックを1つでも入れたら、すぐ精神科に行きましょうというコースになっている。そして与える薬も次第に症状が重くなるような薬を出している。そして薬漬けにする。最終的には廃人になって自殺するか、あるいは狂ってしまって銃を乱射する。

中丸   アメリカでは乱射事件が多いですね。

池田   しかもメディアは、「彼は精神症になっていて治療を受けていたが、早く病院に行って早期治療を受けていなかったからこうなった」というように流すのです。人間は誰でもうつ状態になるから、そういうのを聞いてますますそういう人たちが精神科や心療内科に行き、薬をもらってさらにひどい状況になっているのです。もともとはかつてのドイツが、精神医学で世界を牛耳ろうとしていて、そこから始ったのです。精神的なものは薬の影響でどうなるとか絶対に見えないのに、それをいかにも効果があるかのように症例としてずっと出している。

中丸   それを日本にも入れたようです。
      名古屋の河村市長もそういうことを言い出しているようで、選挙民は「あの人は洗脳されたんじゃないか」と言っています。
(各学校に校医として精神科医を置くという案)

池田   だから健康診断とメンタルヘルスチェックは、絶対に受けてはダメなのです。
      そこが入り口で、治療と称したコースが決まっているのです。
(かつて内閣府「睡眠キャンペーン」をやって、国民に精神科を受診させて現在の薬害を作り出したように)、厚労省が再びそれを推進すれば、それを信じておそらく8割の人々が行くようになるでしょう。そうなれば薬に加えて放射能、遺伝子組み換えでますます病気になるだけで、自然淘汰です。アメリカの軍人たちも75%くらいがすでに向精神薬の薬漬けです。

中丸   アメリカという国自身が病んでいて、ボロボロです。
      その他大勢の大衆の中から1人1人が気がついて立ち上がる。結局、1人1人が自分のこととして受け取って訴えていくしかないのです。

池田   こういう話を聞いて、日本人の1%が変われば日本も変わると思います。
      つまり100万人が変われば変わるわけで、その中心になるのが核心の1万人です。1万人の先覚者がいれば、大きく変わってきます。この世の中の仕組みを知らないと、3代でこの民族は終わりです。人間はやはり3次元での肉体がしっかりしていないと、あるべき波動の関係で5次元に上がれないと思います。今のままなら、3代で終わりです。ファーストフードとか、電子レンジでチンしたものばかりなら、3代後には子どもが育たない。

中丸   1回の電子レンジで、どのくらいの害になるのですか?

池田   そういうサイトには、たくさんの情報が載っています。
      電子レンジにかけることで、たんぱく質が分子的にどれだけ変質するかということで、変質したものを食べると基本的にがんになります。その積み重ねで、端的に言うと、チンは放射能を浴びたものを食べているのと同じです。

   テレビで料理家が、「これ便利ですよね」とやっていますね。
   これで広告料を5000万、1億円ともらいながら、彼女たちが家でそんなもの食べているわけがないでしょう。自分は健康なものを食べながら、カネのためにやっている。

中丸   テレビを信じている普通の主婦はああいうのを見たら、手軽でいいわ、いろいろできちゃうと思ってしまいますね。電子レンジは、もう捨てないとダメですね。

池田   それを子どもの時から見ていたら、小さい時にお母さんがやっていることやテレビで見たことを、まったく疑問に感じないから、そういう子どもになってしまう。うちはもう20年前に捨てています。ドイツでも電子レンジは禁止でしょう。ロシアも一時禁止していて復活したけれども、今では本当のことがわかって禁止したはずです。いまだにそういうことを知らせずに、宣伝をやっているのは日本ぐらいなものでしょう。

中丸   そんなに害のあるもだと知らないものだから、ほとんどの家庭が買っていて使っていますね。

池田   子宮頸ガン予防ワクチンも、まともにやっているのは日本だけなのです。
      それで昨日、厚労省の人が言うには、「世界的には、WHOが大丈夫と言っている」と。世界的にはとは、どこのことなのか。日本しかやっていないじゃないですか。

中丸   WHOは闇の権力の手先ですよ。
      日本はターゲットになっていますからね。

池田   本当に、冗談じゃないかと思うようなことがあります。
      医者を信じてしまって、注射を打った後に亡くなったにもかかわらず、「ありがとうございました」と医者に言う。完全に洗脳されていますね。


book 【この底なしの闇の国NIPPONで、覚悟を磨いて生きなさい』
                    池田整治+中丸 薫   ヒカルランド


                   
          抜粋
 

 

  

1日1食で、本来の健康を取り戻そう!

   「オイラは1日1食しか食べない。朝は野菜ジュースだけ。
   朝起きたらまず、野菜ジュースをたっぷり飲んで、その後は晩まで何も食わない。軍団のヤツラや、付き人を連れて焼き肉を食いにいくこともあるが、オイラは付き合いでちょっと食って終わり。自分のリズムに合うから、1日1食にしてる。オイラの60代の知り合いは、まるでぜい肉がついてなくて、聞くと、いつも『腹3分』にしてるって言ってた。常に食いたい量の4分の1しか腹に入れないんだって」           ビートたけし 1947年生まれ 67歳

   「オレ、もう30年来、1日1食しか食べてない。
   肌がきれいだって言われるけど、風呂入って、体洗ったことない。10分お湯につかっていれば、汚れの80%は落ちていく。夜8時を過ぎると、一切食べない。風邪などの体調不良で休んだことは1度もない。1日3食は食べ過ぎだね。27時間テレビでも1回も食べない。食べると、絶対バテると思ったから」                  タモリ  1945年生まれ 69歳

   「1日1食」    水谷 豊  1952年 62歳

   「体を飢餓状態にして抗老化遺伝子を目覚めさせ、細胞を若返らせている」
                                 千葉真一  1939年生まれ 75歳
   「1日1食」    福山雅治

   「僕は1日1食しか食べない。だから食べ物にはすごくこだわる」  GACKT

       「1日1食で、若い頃の体形を維持」    京本雅樹

   「1日1食。睡眠時間4時間。冴えた状態をつくるには、やっぱり食べないこと。
   食べれば眠くなるし、頭がぼける。事実太っていたときに書いた曲はよくないんだよね」
                                  三枝成彰(作曲家)  72歳

   「スタミナ・持久力となると、肉食じゃダメ。
   理由は脂っこいものは、消化エネルギーをたくさん使うからスタミナをとられる。だから  さくらはトーナメントでは一切、肉類は食べない。蛋白源は豆と玄米」
                                   横峯さくらパパ 横峯良郎 

       以下、削除しました。続きは本書を買ってお読みください。


          book 『やってみました1日1食!!』 船瀬俊介著  三五館

                           抜粋


       
 
   

石油で作られた薬ではなく、自然生薬が我々を救う

中丸   テレビで放射能のことをしゃべっているのは、ほとんどが「御用学者」でしょう。
      御用学者しか出しませんね。

池田   私も3回くらいテレビに出ましたが、2回目はオファーがありません。

中丸   重要なところはカットされるしね。

池田   テレビ出演の際に、経歴に「在日、S学会
(創価学会)」と書けば大丈夫ですよ。
      日本人は本当に目覚めが必要です。日本の技術はピカイチですが、オカネがないからできないだけなんです。反兵器を考えている先生たちに100億円でやらせれば、あっという間にできるはずです。そういう技術は、私が知っている以外にも、いろんな方々が開発していると思います。

中丸   反兵器ができても、うまく擁護しないとまた邪魔されたり、潰される可能性がありますね。新しいエネルギーを開発して特許まで取っても、最後にCIAの邪魔が入って潰されたりします。

池田   特許を取る人は、こう言ってはなんですが、貧しい中でも頑張っていますから、そんな中で「1億円やるから」と言われれば売ってしまうわけです。それで買ったほうは潰すのが目的だから、それを使うわけではない。そういう例がいっぱいあると思います。

   まさに世界金融支配体制の中にいるわけで、オカネで人の良心を買って、その後の2代、3代の世代がどうなろうと自分には関係ない。だけどやがて自分も滅びていくのです。あるいは自分たちだけ助かろうと思っているのかもしれない。


中丸  みんなオカネで牛耳られるんですね。
      悪魔的なものに憑依されている人たちだから、正常な人たちではありませんね。

実は災害派遣に使えないオスプレイ

池田   やはりアメリカからの圧力が裏から相当あるようですね。
      その1つが米軍を日本に置いていることです。つまり、植民地の武力支配なわけで、独立国家でも何でもない。それを日本人は、在日米軍がいるから中国から守ってもらえるというマインドコントロールを受けているのです。

中丸   アメリカは口では「中国と仲よくしてください」と言っているけど、私が調べたら、キッシンジャーは中国に行って、「尖閣を占領しろ。ある程度攻めれば日本はアメリカにしがみついてくるから、そのとき、アメリカは日本からカネをふんだくる」、とそういう会話をしているんです。

池田   オスプレイ購入の時もそうです。
      12機も買って、1機60億円なので約720億円かかりました。あのオスプレイを海上自衛隊が導入しようとしたことがあったのですが、「あれは未亡人製造機で危険だ」
(死亡事故を起こす危険性)ということがわかって見送ったのです。それを12機も購入した。そのオカネはどこへ行くかといえば、アメリカン・ベル・ヘリコプター社とロッキードなんです。つまり、その2社を通してオーナーのところに行くだけで、720億円の日本の血税が全部そこへ行くのです。

   しかも導入した理由が「災害派遣」というので笑ってしまった。
   阪神・淡路大震災の時に、私は責任者で現地へ行ったのですが、大型ヘリのCH-1は重すぎて現地では飛べない。それで使いものにならないので明野駐屯地から小型ヘリコプターで回ったのです。ですから、さらに重いオスプレイを災害派遣で使うところなんかありません。湾岸戦争でも基地と基地の間でしか使っていない。それを災害派遣という理由にしているけども、そういうことを日本人は何も知らない。それを決定する官僚や政治家はわかっていても何も言わないのだろうけれど、軍事的な能力はまったくないので、災害派遣では納得できません。

   そうやって計上される720億円というのは、子宮頸がん予防ワクチンと同じです。
   子宮頸がん予防ワクチンの場合は、1500億円がアメリカのロスチャイルド系の会社に行き、オスプレイの720億円は同じ世界金融支配体制の軍事部門へ行くのです。そうやってオカネをいろんな形で取られている。なかなかうまいやり方です。

石油で作られた薬ではなく、これからは本来の自然生薬が我々を助ける

池田   五井野さんは、ある意味では「仏の人」です。
      人の過去世を見る光明君は、五井野さんを見たとき、「人間をやるのは初めてだ。かつて地球にいる人間が核分裂を起こしてとんでもないことをやったから、高次元からのチェックというか、人々に教えるために地球に来た人だ」と言っていました。五井野さんは「五井野プロシジャー」という自然生薬を発明しています。それは免疫力を一気に上げてしまうもので、それでチェルノブイリの白血病で死に掛けている子どもたちを助けたのです。

   この前は、プーチンを支えている陰の実力者が病気になったので、ぜひ来て欲しいと言われてロシアへ治療に行ったそうです。その治療経過をビデオで見ましたが驚きました。その生薬にはクリームもあって、それをポイントに塗りながら手を当て、手の波動で悪いものを集めて全部出すのです。余命数日という肝臓がんの末期患者が、治療後にはその日の夕食で乾杯し、5日後にはモスクワ空港に「ありがとう」と見送りに来ていました。

   またかつてのチェルノブイリの3代目の、死にゆく子どもたちを50人だけ選んでもらって、五井野プロシジャーを飲ませて助けたこともあります。それが現地のテレビで40分間放映されて救世主と言われたこともあります。しかもそれは波動によるものだから、これまで封印されていたものなのです。

中丸   これからはそういう治療が多くなります。

池田   今、日本には10兆円の薬の市場がありますが、ホメオパシーと一緒で、ロックフェラーによってそういう本来の治療が封じ込められています。しかし五井野さんがチェルノブイリでやった50人が第2ステージで認められており、ドイツや中国、アメリカ、ロシアなどでは、特許として認められています。でもそういう情報が、日本には入ってはきません。

   それは自然生薬をつくるには、第3ステージで1000人の臨床試験が必要という法律を、厚労省が作ってしまったからです。1000人といえば何百億というどれだけオカネが必要になるかわからないわけで、つまり作らせないためなのです。ですから結局、日本政府は、病気を作り出して薬を売りつけてカネを儲けるという、ロックフェラーの狩場に絶対に手をつけさせないという最終的な意思表示をしたのです。

中丸   そのロックフェラーが、実は追われてポシャッてしまっており、今、インドの地下に作ったシェルターに隠れています。だから実際にはロックフェラーなんか気にすることはないので、日本のためにどんどんいいことを始めればいいのです。

池田   五井野プロシジャーも今臨床試験中です。
      日本のルールに則って薬として売るためには臨床が必要なので、我々のような勉強会のメンバーがボランティアとして自分でオカネを払って買い、自分で飲んでデータを送っています。そうすると負担がかからなくて済む。

   実は五井野プロシジャーが、エイズやがん、生活習慣病も治してしまうことがわかり、2年前にスペイン王立アカデミーで承認されました。それは心臓医学学会なので世界中からそうした権威ある人々が招待されるのですが、日本の医者は誰も呼ばれていません。日本では心臓病学会が一番儲けているのになぜ招待されないかというと、日本の医者は製薬メーカーの単なるセールスマンに過ぎないからだというのです。

   その中で五井野さんだけが呼ばれて、エイズや生活習慣病も五井野プロシジャーで治るということが認められています。ですがそういう情報は、
操作されている日本のマスコミによって全部封じられているので、日本では絶対に知ることができないのです。私も40袋くらい購入させてもらって、私は元気だから毎日飲む必要はなく、2日に1袋飲んで、ずっとチェックを行ないそのデータを送っています。


    book 『この底なしの闇の国NIPPONで覚悟を磨いて生きなさい』
                           池田整治+中丸 薫著  ヒカルランド


                           抜粋

   

   

今のままだとオリンピックで日本に来る人々は被爆する

中丸   明治維新以後の歴史も書き換えられたと思います。
      坂本竜馬も日本をまともな国にしようと思って、「船中八策」を書いた。でもそこで殺されたけれど、その亡くなり方は非常に不可解です。彼は近江屋の2階で密談中で、普通そういう時は階下に監視人がいるので、おかしい人間が来たら判るし止めることができる。しかし彼らが「どうぞ」と上に通したから、竜馬たちは刀を取って太刀打ちする暇がないほど一気にやられてしまった。

池田   大和王朝と一緒です。
      士農工商などの身分は関係なく、本来の和をもってすばらしい政治体制を提案したとたんに殺されたのです。あれは間違いなく、ロスチャイルドの刺客だと思います。私が『マインドコントロール』を書いた1つのきっかけになったのが、NHKの番組の『竜馬伝』でした。最後に坂本竜馬が殺された時、誰を犯人にするかというシナリオによって、NHKつまりこうした組織を動かしている人たちの「意図」がわかるわけです。結局、ただの不満武士がやったということになってうやむやにした。

   これが明確に、たとえば外国勢力の人間が犯人というシナリオになっていれば、事実を出して来ているので、日本をいい方へ向ける意図がある。しかし『竜馬伝』ではそうではなく、再び、明治維新からマインドコントロールしようとしていることがわかってしまった。それでもう書くしかないと思い、歴史上のことを書いたのです。今のNHKを見たらわかるように、もう完全に彼らのプロパガンダになってしまっていますね。

中丸   NHKの中に、韓国と中国のテレビ局、それに在日の人が入っていますからね。
      だからすごく意図的に反日的なものを流して煽るわけです。慰安婦問題も盛んにやってるし、まともな日本人から見たら、何を流しているんだろうと思いますよ。NHKは国民の税金でやっているわけですから、NHKのあり方も誰かが言わないとまずいですね。そこまでやるのなら、受信料を払わなくてもいいんじゃないですか。

池田   本当にそうです。国民の利益になっていないのですから。

ニュートン力学の限界

池田   今、朝日新聞の記者は、電磁波問題を書いたらクビになるそうです。
      でも15年前ころの新聞には「低周波、電磁波で白血病」という記事が一面に載っているので、そのころまではまだ書けたのでしょう。3・11後の大きな問題は、電磁波と放射能のα、β(アルファ、ベータ)の内部被爆問題は、マスコミからは完全にノータッチで葬られています。だとしてもそれが、健康阻害に一番影響しているのです。(略)

   放射能は今も出続けています。
   最近、アメリカの海岸に頭が2個あるクジラの子どもが打ち上げられたりしています。この前、外科医に聞きましたが、6本指の子どもが生まれているそうです。それでわからないように外科手術しているという、すごい状態がもう始っています。

   でもそうしたことをなかったことにできるのはなぜかというと、たとえば日本に原爆が落とされた時、データを取るためにアメリカの原爆障害調査委員会(ABBC)が来ました。そして今もそうですが、原爆の爆心地から2キロメートル以内で、年間100ミリシーベルト以上のγ(ガンマ)線がかかった人だけを、原爆症と認めるという法律があります。

   実際に広島では、爆心地から2キロ超えたところをたまたま1回歩いただけなのに、死の灰でα、βを吸った女の子たちが10年後に子どもを産んだら、目が1つしかなかったという例がある。しかしそれは2キロを超えた場所でのα、βだから、原爆症とは認定されないのです。つまり、α、βの内部被爆は表に出て来ないわけで、出てもせいぜいγ線です。そのγ線だって値を下げられている。地上1メートルで測っても、α、βは飛ばないから引っかかるわけがない。そういうものが今、出っ放しになっています。

   燃料棒を簡単に1本と言うけれども、あれは1センチ四方4メートルで、重さが173キログラムあります。最小に見積もっても、1本で原爆3個分です。でも原爆が爆発したのは、ウラン235のわずか約800グラムの核分裂です。この使用済み燃料棒を50年間、確実に冷やさなければなりません、冷やさないと、集まって爆発するわけで、それが3号炉の使用済み核燃料です。

   東京オリンピックもいいけれど、もし本当にやるのだったら、7年間で完全にクリアにして、日本に来られる人々を被爆させないということを本腰を入れてやらないと。

中丸   でもそういうふうにできるのでしょうか。

池田   今のニュートン力学を続けている限りでは無理です。
      つまり、ニュートン力学の最終的な「あだ花」が、核分裂で燃料を取り出そうということだからです。しかし一方で宇宙には膨大なプラズマがあり、プラズマなら実際には自然エネルギーをいくらでも取り出せるのです。そして実際にアメリカの闇の連中たちはそちらをすでに研究していて、反重力でUFOもつくっている。

   たとえば、普通だったら核燃料が安全な鉛になるまでに40億年かかるのですが、ニュートリノとかプラズマをうまく使うことによって、理論上、発電しながらより早く鉛にできるのです。それをずっと提唱されているのが、もちろん五井野博士もそうですが、もう1人S さんという方がつくろうとしている。その方は本来ロシアのアカデミーで研究されている方です。その方法でやればかなり短期間で、目の前で見る見るうちに鉛にできる可能性がある。

中丸   今の状態のままだと、どのくらいの被害が出そうですか?

池田   放射能は出る一方で、止まっていません。まったく封じ込めていないわけですから。

現在でもチェルノブイリの60~100倍の放射能が出続けている!
   

中丸  
 福島第一原発から、どの程度今も放射能が出ているのですか?

池田   今出ている分だけでも、チェルノブイリの60~100倍と言われています。
      最初の3月15日の爆発でも、実はチェルノブイリの60倍のものが出ています。3号炉の使用済み核燃料は、173キロの核燃料棒が1500本くらいあるのです。それを1年間にだいたい500本使う。それを特別な水の容器ごとクレーンで安全なプールに入れて、とにかく3年間冷やして、もうちょっと長く動かせるようになって、またようやく水の特別な容器に入れてクレーンで運ぶ。そういった1号から6号までの全部の、使用済み核燃料棒の保管プールが別の建物にあるのです。

   どこの原発でもそうですが、燃料棒は6000本ぐらいあります。
   そこで10年から50年冷やして、ようやく固めることができる。固めて容器に入れておいて、それをまたどこかに保管するのが24万年です。3号炉が爆発した時、1500本が爆発しているということは、80トンが吹っ飛んだのです。水蒸気爆発と核爆発があって、水蒸気爆発は水素と酸素、気体と気体の化学爆発で水になりますから、容量が減る。衝撃力でほこりがパンとなって、また収縮されてシューッと漂う。

   ところが核爆発は膨大なエネルギーですから、エネルギーは全部上昇してきのこ雲ができます。だから水蒸気爆発か核爆発が瞬間的にわかるのです。3号炉は、2キロの黒いきのこ雲ができました。だから核爆発とまったく一緒なのです。その時に80トンが吹っ飛んだ。広島の原爆では、約800グラムの核燃料が爆発してあれだけの被害が出た。福島の原発事故でも、普通だったら関東には人が住めない状況になっているはずですが、幸いに他の惑星の金星人や火星人たちが・・・。

中丸   UFOがずい分助けてくれたようですね。

池田   UFOが全部海に落としてくれた。
      もし吹き上げられた固体の燃料が地表に落ちていたら、日本には誰もいなくなっていたはずです。あそこには確か1万4400本燃料棒があるはずですから、原爆だと4万個ぐらいの量が順番に爆発していっていたらもう住めるわけがない。本当は私たち人類が自分たちでやらなければダメなんだけれども、幸い、この時だけは助けてくれたのです。しかも不思議なことに、海に全部落ちてくれた。だから、今海が汚染されています。

   そして言えることは、1号、2号、3号炉の100トン、100トン、100トンにそれぞれ水をかけているのだから、残念ながら太平洋はやがて一層汚染されていきます。そして本当に安全化するためには、あそこを水漬けにするしかないのです。だからある人によると、日本列島が2つの島になる。つまり中央のフォッサマグナ帯で折れてしまって、あそこが水漬けになれば完全に安全だと。そういう意味で日本の中心は東京だから、東京直下型地震が起きるのではないかという論説が出て来るのです。ですから今のように、人間が原発再稼動でまた儲けようというようなレベルの話ではないのです。


      book 『この底なしの闇の国NIPPONで覚悟を磨いて生きなさい』
                           池田整治+中丸 薫著  ヒカルランド

                           抜粋

   

痴呆症の原因の、アルミの溶け出た缶ジュース・缶ビール・アルミ鍋

中丸   ハリウッド映画は、彼らが考える未来をちょっと見せたりするんですね。
      たとえば『エリジウム
』。『地球が静止する日』などでは、人類を殺すためのウイルスロボットというのがAIDS 、SARS 、インフルエンザに該当します。そういうことを知らない人たちが、インフルエンザの注射を平気で打ったり、ワクチン接種をしたりする。ちょっとお年のいった人が打つと、次の年に亡くなったりします。

池田   ワクチンの狙いはただ1つで、免疫力を下げることですから、免疫力が下がると病気になる。それでさらに新しい病気を作り出して、また違う薬で儲ける。最終的には彼らは我々をがんにさせたいわけで、抗がん剤を使いたい。抗がん剤の元はマスタードガスという化学兵器です。それを使うと最初の数週間はがん細胞は小さくなるけれども、それは最初だけで数週間後にはDNA が働いて、がん細胞はまた強くなってきます。

   そして最初の萎縮したがん細胞だけを捉えて薬の申請をするのです。
   申請を受けるほうも彼らの仲間だから、すぐにそれに対応してがんの薬として出してしまう。その高価なものは、1cc が3億3000万などというとんでもないものです。医者はお店の立場だから3割利益で、1cc 1回で1億の儲けが入る。結局、自分たちの栄華のためにやっているのです。医者もそういう教育しか受けていないのです。

   つまり医師制度そのものが西洋医療だけに基いたものであり、その医師資格がないと治療ができない。そしてその医師免許を取るための教育そのものが、ロックフェラーによってつくられた教材や製薬会社によって全部行なわれている。日本ではワクチンを3種やりますが、それによって免疫力を下げてうつ病になる。向精神性の薬が今一番ひどい影響をもたらしていますが、製薬会社と精神科の医師たちがグルになっていたことに気づいた弁護士たちが、アメリカでは立ち上がっています。

中丸   それは今度、日本にも入ってくるようです。
      小学校など各学校に精神科の医者を入れるようですよ。

池田   メンタルチェックをやって、少しでも不安があったら与える「最初の薬」というのがすでに決まっているのです。そしてだんだん、重い薬に替えていく。それは基本的には脳を萎縮させ、壊しながらの対症療法ですから、当然、最終的には廃人のようになって自殺する、あるいは狂ってしまう。ですから銃で何人も殺すなどというのは、ほとんどがそういうふうにして狂ってしまった子なのです。しかもその状態は一生涯続くので、一番儲かる。

   でも今の厚労省なら、チェックなしにどんな薬でも輸入しますよ。
   子宮頸がん予防ワクチンの副作用がこれだけ騒がれていて、わかっているだけでも2000人くらいの被害者がいるのに、「注射を打たれた痛みの不安のせい」などと、厚労省代表の課長が堂々と言うのです。カネを儲けるためなら何だってやるわけで、一体どこまで狂っているのでしょうか。

中丸   日本人は本当に目覚めなければダメですね。

アルミの溶け出た缶ジュースと缶ビール、アルミ鍋

池田   私は米国留学の代わりに、プロジェクトをつくるためにドイツに行きました。
      ドイツでは自然の堤防に全部作り変えたし、2キロごとに小さな公園が作られています。人間はさまざまな小動物たちや自然と一緒に生きる必要があると気づいて、50年前からそういう街づくりをしてきました。ドイツの場合は、哲学が先にあるのです。私もドイツで目覚めたのです。それでドイツの人に「すごい町づくりをしていますね」と言ったら、「江戸時代の再現をしています」と言われました。

中丸   彼らは賢いですね。
      あまりマインドコントロールされなかったようですね。

池田   結局、目先の目標から物事を始めると、先のことなどどうでもよく、政治も何もかも全部カネ儲けが目標になってしまいますが、「人はどうあるべきか、何のために生きるべきか」という哲学から始っているので、街づくり1つにおいても変わってくるのですね。それはおカネを儲けるためだけの、大企業による経済体制とはまったく逆の発想です。

中丸   あれだけビールの好きなドイツ人が、絶対に冷やして飲まないで常温で飲んでいますね。日本だとキンキンに冷やして飲むわけで体にいいわけはありませんね。 

池田   ドイツではものが売られる基準は、安全と証明されたもの以外売ってはならないのです。日本の場合は、危険と証明されない限り、何でも売っていい。そればかりか、基準値を設けて薄めた毒を入れて売っていますからね。

中丸   缶ビールとか缶ジュースがこれほど出回っているのは日本だけですよ。
(自販機は外国にはない) あれは全部アルミ缶ですから、中に溶け出していますよ。アルミ摂取を国民がやめるだけで、医療費は3分の1になるそうです。

池田   アルミは見事に脳に溜まりますから、認知症の大きな原因になります。
      子どもたちの多動症とか精神障害のための薬は全部アルミで溶かしてつくっていますから、飲むたびにアルミが体の中へ入っていきます。そうやって病気にしているのです。   アメリカやヨーロッパではビンのビールが普通なのに、日本だけアルミ缶で大量に飲んでいる。

   しかも塩素入りの水を使ってアルミ鍋で調理する。塩素とアルミが化合してとんでもないことになっている。素材に全部溶けて入っているのです。そしてアルミ張りのポットに入れた水を飲んでいるので、いつかみんな体を壊してしまう。

中丸   ロックフェラーとかロスチャイルドは普通の医者にはかかりません。
      普通の薬も一切飲まない。では何を使っているかといえば「ホメオパシー」です。

池田   日本のホメオパシーは潰しておいて。

中丸   朝日新聞とかを使ってウソの情報をわざと流しておいて、自分たちはホメオパシーを使っているのです。本当に悪魔ですよ。

池田   日本の某パンメーカーと同じですね。
      社長以下従業員は、自社製品は食べないそうです。パンに入れられているトランス脂肪酸はプラスチックですから、体に良くないのは当然です。プラスチックを体に取り込んだらどうなるのか。

中丸   もう亡くなりましたが、某製薬会社の元社長は、「私は薬は売るけれども、自分は一切飲まない」と言っていましたね。特に向精神薬などは絶対に飲まないようです。まさに他人は毒漬けでじわじわ殺しながら、それでおカネを儲ける。もういい加減、こういった悪質なゲームは終わりにしないと。

池田   政治家が「哲学なき政治」をやっているのです。
      まさに目先のことだけで、本当は「いかに生きるべきか」という基本をしっかり持ち、いいものは未来永劫続くように変えるのが彼らの役割なはずなのです。

デビッド・ロックフェラーの過去世は藤原道長だった

中丸   デビッド・ロックフェラーの過去世を見ると、日本の藤原道長でした。
      初めて会った時にも、この人は藤原道長じゃないかなと思ったのですが、最近あまりにも悪いことをしているので、彼の指導霊を呼んで聞いてみました。「あのとき、地獄に落ちたでしょう」と聞いたら、「そうです。真っ逆さまです」と。今世でも過去の繰り返しをやっているので、彼の指導霊に「デビッド・ロックフェラーはもう助からないのでは
。あなたの言うことも全く聞いていないようだし」と言ったら、「そうです。もう一切聞かない。だから黙って見ているしかない」と言っていました。

   平安時代でも栄耀栄華を極めて、自分の娘を全部天皇家に入れました。
   そして何百年の時を経て転生し、また同じことをやっている。カルマというのはすごいですね。でも今後はもう地球には転生できないようで、また一からやり直さなければならないような、全く別の星に生まれるようです。そういうふうに2極化していき、新しいところに住める命と、亡くなったら戻ってこられない命とに別れる。ですから地球が本当のユートピアになるまでには時間がかかるわけです。


   よく言われる次元上昇(アセンション)というのは、ゴールではなくて始りですからね。
   だからこれからどれだけ時間がかかるかわかりませんね。この次元上昇は、地球始まって以来のことなのです。今も3次元的物質世界から上昇し続ける途上にあるので、その結果、さまざまなことが起こり、明るみに出てくるすごい時代です。

池田   ロックフェラーやロスチャイルドというのは、ある意味まだ部長クラスで、まだその奥に表に出て来ない社長や会長がいるわけで、最終的には悪のエネルギーですね。

中丸   そういう悪のエネルギーに、人々はテレビやマスコミを通して恐怖心を煽られ、植えつけられている。悪のエネルギーである彼らは、人々が生み出すそうした恐怖心のエネルギーを得て生き続けている。だから、私たちは恐怖心を持ってはいけないのです。


      book 『この底なしの闇の国NIPPONで覚悟を磨いて生きなさい』
                           池田整治+中丸 薫著  ヒカルランド

                           抜粋

創価学会のカネに牛耳られる人たち

中丸   池田整治さんはオウムのことを体験されたから、宗教団体の怖さをご存知だと思います。ある宗教団体(創価学会)と言えばすぐわかると思いますが、日銀の従業員4800人中、700人がその宗教団体の人だそうです。その宗教団体のトップの個人資産は23兆円あるそうで、全体では何百兆円だといいます。そのお金の力で外務省をはじめ各省庁、法律まで牛耳っている。

池田   日本を絶対に目覚めさせたくないというのが、明治維新から続いてきているのですが、それが今の体制になっている。私は自衛官として唯一、上九一色村のオウムの拠点に入った時そういうことが全部見えたのですが、それらについては一切報道されることなくタブーになっている。その闇を払うなら、日本人の覚醒にもなるでしょう。

中丸   あれだけ人々に迷惑をかけたオウムを潰せなかったのは、その宗教団体
(創価学会)が邪魔をしたからなんです。五井野さんも私に会いに来られて、プレスクラブで一緒に食事したことがありますが、その時、その宗教団体(創価学会)の人が彼の命を狙ったり、邪魔していると言っていました。

池田   3 回狙いに来たそうです。
      その3 回目のときは、握手した女性の手のリングから毒針が出て刺し、それは放射能だったそうです。でも五井野博士はGOP(五井野プロシジャー)を発明しているので、それを飲んで助かったのです。

   北方四島も本当は返ってくるはずだったのです。
   橋本さんが首相の時、エリツィンとの会談で、五井野博士が提唱した北方四島芸術村構想案に合意したのです。しかしそれを潰したのが、外務省とその宗教団体
(創価学会)系統の一派です。

   後藤組を使っていたその宗教組織
(創価学会)の初代のトップは勉強家で、その人が「『一念三千論』という悟りの書を書いた人間が、俺の後の2 代目になる」と予言しているのです。その「一念三千論」を書いた人が、実は五井野正さんなのです。しかしその後、「一念三千論」の著者は「池田大作」ということに偽装されてしまったのです。もしあの宗教団体(創価学会)に五井野さんがおさまっていたら、日本の戦後史にこれほどの闇が生まれることもなく、本当のミロクの世ができた可能性もあります。もちろんアメリカの出方もありますが。

中丸   池田大作の過去世は「蜂須賀正勝」(はちすかまさかつ)です。
      通称、小六(ころく)で羽柴秀吉の家臣。蜂須賀小六は盗賊のようなものです。魂はそれを悔改めなければならなかったのに、それをせずに終わってしまった。池田大作はとっくに亡くなっていると言われていますね。


池田   2年前の2012年2月2日に、慶応病院で亡くなっています。
      脳腫瘍だったので、最悪の状態でした。脳腫瘍だけはどんなモルヒネを打っても効かず、痛みが取れない。だから七転八倒苦しみながら死んだのです。自分の人生の悪行がそれだけ脳に来ました。現在表に出ているのは、声の影武者ですね。組織としてすごい財産を持っているので、内部闘争もあるようです。外国も狙っているはずです。アメリカと繋がれば当然、フリーメイソンやイルミナティなどのネットワークとも繋がるわけですから。でも宗教法人税制度をつくれば簡単なのです、監視が入るようになりますから。

中丸   無税というのが問題なわけですね。おカネを集めて、悪いことに使うから。


オウムの上九一色村拠点の強制捜査に、「待った」をかけたのは誰か?

池田   
その強制捜査の2日前、つまり1995年3月20日にオウムの地下鉄サリン事件が起こりましたが、その前年の1994年に松本サリン事件がありました。実はその少し前に上九一色村では異様な臭いがするという事件があったのです。それで自衛隊の化学部隊が上九一色と松本サリン事件の土壌を調べたら、化学記号が一致した。それで我々が「松本サリン事件はオウムの起こした事件だ」と警察に教えたのです。

   その時すぐに強制捜査していれば、地下鉄サリン事件は起こらなかった。
   ところがその時に「待った」が入ったのです。その「待った」はどこがかけたか。国家公安委員長レベルでないとできないことです。前年から自衛隊と一緒に勉強していた、警察の連中も強制捜査に行きたいのに、「待った」がかかって地団駄踏んでいる。彼らはおそらくいろいろなからくりを知っていたけれど、それは言えない。


中丸   野中広務さんでしょう。彼は問題です、怪しい。
      野中さんを追及すべきです。何でその時「待った」をかけたのかと。


池田   当然、オウムの裁判の中で明らかになると思っていたのです。
      ところが「麻原彰晃が悪い」ということだけで、裁判はそれ以上追及せずに封じられてしまった。なぜ追求しないかというと、その背後にある「大きな闇」に繋
がっているからです。その闇の一番大きなものが、「S学会」(創価学会)だった。

中丸   統一教会も関係していますね。

池田  
 あれはS学会(創価学会)と裏おもての関係ですから。
      私の分析では、オウム真理教はS学会(創価学会)の別働隊、テロ組織です。

中丸   政治家がずい分関わったようですね、
      オウムが東京で宗教団体の認可を受けることを、石原慎太郎さんが許可している。


池田   石原さんの四男がオウムの信者で、中で活動していました。
      オウム事件も結局はS学会
(創価学会)が邪魔して、究極的に調べるところまでさせない。ジャーナリストの江川紹子さんが、オウムの話しになるとよくテレビに出ていますが、私の考えでは、オウム事件の背景を隠しておきたい人が彼女を支援している。話が深いところに飛ぼうとすると必ず、「麻原彰晃以下が悪かった」ということでいつも全部まとめられる。彼女はそういう役割を持っていると、私はそういう観点からずっと見ていました。

子宮頸がん予防ワクチン接種を推進しているのは、共産党と公明党

池田   
厚労省が再び、子宮頸がん予防ワクチン摂取を勧めようとしています。
      それについて国民が何とも思っていないというのは、一体どうなっているのか。本当に日本人は何を考えているのか。私は、子宮頸がん予防ワクチン接種は、「未来の子どもたちに対する殺人」だと思います。私たちは、放射能も含め化学添加物などいろんなものを打たれた初代です。2代目は自分の子どもたちです。その結果、子どもがなかなか生まれません。3代で日本人は根絶やしにされて人口削減されながら、おカネはすべてアメリカに吸い取られる。

中丸   結局、市町村などがお金を出してワクチン接種を進めているわけです。
      私はある地方へ行った時、ある市役所の課長クラスの人に、「誰が子宮頸がん予防ワクチンをやれと言っているのですか?」と聞いたら、「共産党と公明党だ」と言うのです。あの人たちは闇の権力の手先になってしまっていますね。厚労省の人は、真実を知っていて推進しているのでしょうか?

池田   私は安倍さんに直接伺いたいです。
      原発や子宮頸がん予防ワクチンについて、どう考えておられるのか。回りに御用学者しかいないと、まともな判断はできないですからね。もう1つは利権の問題で、カネの問題。たとえば御用学者は「原発は安全だ」と言ったら10億円もらえる。大学の教授になると、申告する必要のないカネや研究費が相当与えられるわけです。それは政治家も同じで、選挙には資金が必要なので、そういうところからカネをもらって、傘の下に取り込まれて弱みを握られる。世界の金融支配体制の目的は、カネの力で人間を支配することです。


    book 『この底なしの闇の国NIPPONで、覚悟を磨いて生きなさい!』
                              池田整治+中丸 薫  ヒカルランド

                           抜粋

 

なぜ長州が政治を牛耳ってきたのか

   

   「日本武尊の東征」は成功を収め、最終的に大和朝廷は(北海道を除いて)「日本征服を成し遂げたのですが、その統治していく過程において、それから先1000年にも続く因縁を生み出すこととなり、大和朝廷最大の敵を生み出す結果となりました。それが大和朝廷による統治を受け入れず、その支配を逃れて山野や山河に隠れた人々のうち、本来は海人国(あまのくに・出雲族)の人々を中心とした「サンガ」(山窩・サンカ?)です。サンガは大和朝廷に敵対し、隙あれば常に大和朝廷を滅ぼそうと画策していました。

   一方それとは別に、大和朝廷による征服劇において敢えて逆らわず、秘かに大和朝廷に溶け込むことで姿を隠していたのが「倭国」(やまとのくに)の「秦氏」(ユダヤの外来系 フリーメーソンと言われた人々も含まれる)であったと言われています。こうした中で、大和朝廷に敵対する者たちから天皇家を守る裏の存在として「闇の八咫烏」(やたがらす)が組織されました。こうして闇の八咫烏と大和朝廷を滅ぼそうと画策するサンガとの間で、1000年を超える争いが始ったのです。

法隆寺は聖徳太子の祟(たた)りのエネルギーを封じ込めている

 
  こうした「三つ巴(みつどもえ)の争い」の中で、それが最初に表面化して歴史に残っているのが、「聖徳太子」を巡る争いだったと言われています。一般にはほとんど知られてはいないことですが、元来、聖徳太子が信仰していたのはユダヤ教であり、そのために今でも「聖徳太子=フリーメーソン説」が囁かれ続けています。しかし実はフリーメーソンと関係があったは聖徳太子というよりも、その補佐をしていたとされる広隆寺を創建した秦河勝(はたのかわかつ)であり、秦河勝が権力の中枢に食い込むために、積極的に聖徳太子に取り入ったと言われています。

   時代は飛鳥時代で、頭角を現した聖徳太子は最終的に皇太子の位を得て摂政となりましたが、自分の信じるユダヤ教では民衆の心を掌握できないと判断したゆえに、聖徳太子が積極的に推し進めたのが仏教の布教拡大でした。また同時に貴族たちの姿勢を正す必要から、反発を受けながらも行なったのが、「行政改革」や「律礼」(憲法)の制定でした。そして結果的に、これが聖徳太子一族の滅亡へと繋がることになったのです。こうした政策活動に積極的に関わり、聖徳太子を補佐したとされる秦河勝は、あくまでも姿を隠した”陰の存在”であり、歴史の表舞台で活躍したのは蘇我馬子でした。

   秦河勝は、聖徳太子が行なった「冠位12階」や、「17条憲法」などの策定にも積極的に関わりました。また「中央集権国家の樹立」を模索した背景には、聖徳太子自身が秦氏一族であったことと、フリーメーソンに属していたということがあったようです。しかしその後、大和朝廷により、聖徳太子一族を含め、それに関わったすべての者たちが次々と罪を着せられて葬り去られることになりました。当然、秦河勝も流罪となってその生涯を閉じており、それに関わる詳しい内容は歴史の中に埋もれる形で抹殺されています。

   また「日本書記」や「古事記」に先駆けて、蘇我馬子によって「天皇記」と「国記」が編纂されており、それとは別に聖徳太子と秦河勝が協働で「先代旧事本紀大成経」(せんだいくじほんきたいせいきょう)を編纂しています。しかしそれが世に出て一般に知られると天皇家の”神聖さ”が汚されることに繋がると判断したのか、それを嫌ったとされる”闇の八咫烏”によって聖徳太子をはじめ暗殺が行なわれました。まず毒によって倒れた聖徳太子を看病していた后が毒殺され、その後聖徳太子が没しています。

   この争いは、大和朝廷の闇の八咫烏と、蘇我馬子を陰で支えたサンガ、聖徳太子を盛りたてた秦一族との「三つ巴の争い」です。最終的に大和朝廷の闇の八咫烏が勝利しましたが、聖徳太子一族を滅ぼした大和朝廷が、聖徳太子の祟りを恐れ、出雲大社にならって建てたとされるものが「斑鳩(いかるが)の郷」、つまり聖徳太子の住居跡にある法隆寺だとされています。出雲大社は鳥居の正面に本殿を建てず、正面から見えない位置で鳥居と直角に本殿を位置することで、祟りのエネルギーを神社の外に出さずに封じ込める方式をとっていたと言われています。また大和朝廷は主に、皇室外の祟(たた)りについては神社で対応し、皇室内の祟りに対しては仏教寺院で対応したようです。

明治維新はサンガによるクーデターだった

 
  サンガと大和朝廷の闇の八咫烏、そして秦氏の「三つ巴の争い」に決着がついたとされているのが、明治時代の始まりのころです。約260年続いた徳川幕府が倒され、明治政府による近代の幕開けとなった「明治維新」ですが、これは実際には、「クーデターによる政権の樹立」と呼ぶほうが正しいと思われます。

   まずその時行なわれた有名なものが「大政奉還」で、これにより”政治の主導権”が天皇陛下に返されることになりましたが、それを受けた明治天皇は「政治には精通していない」ことを理由に、元将軍である一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)の補佐を要請したと言います。それで一橋慶喜は、現在の内閣総理大臣に就任することになりました。しかしそれをよしとしなかった「薩摩・長州連合」は明治天皇に対して幕府への武力討伐を主張し、そのことを強く迫った岩倉具視は宮廷を追放されました。

   しかしそれでも「勝てば官軍」の言葉通りに、明治天皇を蔑(ないがし)ろにしたまま進んだ「薩長連合」の武力討伐は成功し、徳川幕府を倒した薩長連合の特に長州が、武力を背景に政府と軍隊を掌握しました。これが「明治維新」にまつわる”表の歴史”に当たります。しかしこの日本史上最大の転換期においても、やはりその裏では、サンガと闇の八咫烏と秦氏との間で「三つ巴の争い」が繰り広げられており、今回の争点の中心は明治天皇を巡る激しい戦いであったのです。それが、「明治天皇は2人いた」とする説の元になっています。

   すでに述べましたが、大政奉還を受けた明治天皇は、一橋慶喜に内閣総理大臣に就任するように依頼し、それに反対する岩倉具視や薩長連合でしたが、なぜか最初”賊軍”として扱われていた薩長連合は、追放されていた岩倉具視が途中から復権したのと同時に”官軍”へと変わっています。なぜ明治天皇から排除されたはずの岩倉具視が復権することができ、しかも薩長連合が”賊軍”から”官軍”になれたのでしょうか?

   その背景には闇の八咫烏、サンガ、秦氏が関わっています。
   こうして明治天皇を亡き者にしようと画策したサンガと、何としても明治天皇を守ろうとする闇の八咫烏との間で激しい闘いがありました。その結果、本来の天皇つまり1人目の明治天皇は亡きものとされ、そして闇の八咫烏や岩倉具視らによって計画的に仕立て上げられた天皇、つまり2人目の明治天皇に引き継がれたといわれています。

   結局、明治維新とは、大和朝廷の転覆を長年にわたり画策していたサンガによるクーデターであり、それが初めて実現した歴史的な出来事であったのです。これにより、正当な天皇家の血筋は断たれたとして、一定の目的を果たしたサンガが”表の世界”へ出て来るようになりました。特に、明治維新によって”政治体制”が大きく変わり、中でも「邪魔者は消す」といった過激な思想を持つ長州中心の政治が始ったことで、それが第二次世界大戦前までにおける”陸軍の暴走”を生み出し、最終的にはそれが第二次世界大戦に至ったのです。

サンガを解体するために仕組まれた第二次世界大戦

   
しかしサンガが政権を握った時代は、明治時代から大正時代の中期までであり、そこから昭和に至る間に少しずつサンガの表舞台での衰退が始り、昭和天皇の時代には再び、主導権は闇の八咫烏へと移っていきました。そしてサンガを完全に解体するために仕組まれたのが第二次世界大戦でした。その裏ではアジア圏を掌握したいフリーメーソンの暗躍があり、フリーメーソンに繋がる秦氏が、日米双方の国内において第二次世界大戦に参戦するように働きかけていたのです。ここでも再び「皇室の存続」や利権を巡って、サンガと闇の八咫烏、そして秦氏つまりフリーメーソンの「三つ巴の争い」があったと言われています。

   第二次世界大戦の敗戦により、明治維新後から続いてきた長州政治も完全に終止符が打たれたように見えたのですが、実際にはそう簡単に済んだわけではなかったのです。確かに、長州中心の陸軍と薩摩中心の海軍は、占領軍であるGHQによって解体されはしましたが、行政の中枢である「官僚機構」は残されたのです。それは当然、GHQも占領政策を行なう上で必要なものであったことから、秦氏と関わるフリーメーソンの利害があったのです。そして明治維新以降の日本の政治は、官僚政治つまり長州政治と呼ばれる体制のまま延々と続けられ、それがすでに100年を超えています。

   明治天皇の死をもって事実上の「三つ巴の争い」は、ある一定の決着がついたことになってはいます。しかし現代において一見表立った争いは少なくなったものの、それでもサンガと闇の八咫烏、秦氏の争いは終わってはおらず、近代においてはその争いの舞台は政界から経済界へと姿を変えて、今でも継続されていると言われています。しかし地球規模で統合の時代に入った今、この三者の関係も大きく変化し始めているようです。大和朝廷設立時にはできなかった三者の同盟が、1000年以上の時を越えて、現代で再び統合へと向かっています。日本の歴史を作ってきた「三つ巴の争い」が終わり、彼らが手を結んだ時に本当の日本の時代が始るのかもしれません。


       book 『これから10年「世界を変える」過ごし方』 滝沢泰平著 ヒカルランド

                           抜粋
  

人類を霊的停滞へ留めておくために「恐怖心」が吹き込まれる

Q、  私たちは本当は魂であって肉体だけの人間ではないのに、なぜ自分の魂を意識することなく、外見的な身体ばかりを気にし、それを自分だと思うのでしょうか?

   
それが、あなた方の世界が教えていることだからだ。
   魂は存在せず、人間とは単にその体だけであると教えている。つまりあなた方の世界が浸っている快楽主義の世の中では、評価される資質とは物質的なもの、すなわち肉体美や富や権力で、内的な資質である感受性や慈悲深さ、謙虚さ、慎み深さなどは軽視される。しかし物質的3次元以外の世界ではそれが全く逆になり、すべての霊的な資質だけが評価される。中でも謙虚さは最も評価される資質の1つであり、外的な資質というものは魂に固有の付随したものではないので何の価値もない。

   なぜなら外的なものは、舞台が変われば衣装を変える役者のようなもので、転生から転生へと次々に宿る肉体が変わってしまうことから、単なる付随物であるに過ぎない。人は今世では外見的に美しいとしても、次の人生では醜いかもしれず、今回は金持ちでも、次回は極貧であるかもしれないのだ。

   魂は肉体を離れた時には、そういうことを明確に理解していて、自らの霊性の改善のためにこの物質的世界へやって来ることを知っている。しかし一旦肉体に宿るとそうした過去世の記憶を忘れてしまい、転生した社会的文化に影響されて、しかも霊的に改善して進歩する目的意識の低い魂は、自分を肉体と完全に同一視する。そして自らが魂であるという事実を、たとえそれが個人的なあるいは他者の経験からであれ、頭から否定することになる。

怖れ・恐怖心

  
 怖れを生む危険そのものは、現実的なものと、想像上のものである場合がある。
   恐怖心に脅かされている者は、自分に自信がなく無防備であると感じ、悪い結果になることを常に想像する。そうして恐れは恐れを呼ぶことになり、想像する脅威が、自分の恐怖心をより増大させることになる。恐怖心と心配は今や1つとなり、恐怖とパニックは非常にトラウマになりやすい。怖れは、本来のあるがままに振る舞うことを妨げるので、霊的成長にとって最も有害な感情の1つである。進歩成長する意志のある善意の魂であっても、怖れを乗り越えられない場合、長期にわたり成長が滞ってしまうことがある。

   もっとも一般的な怖れとは、他者からの自分に対する否定的な反応である。
   ここから派生するものとして、嫌われる怖れ、理解されない怖れ、拒否され軽蔑される怖れ、肉体的・精神的に攻撃される怖れ、孤独になる怖れなどがある。そして他者からの自分に対する否定的反応が怖いと、それに負けてあるがままの自分を表現できなくなり、自分らしくない他人が望むような生き方をすることになる。この場合の他人とは身近にいる家族や伴侶などのことであるが、全般においてどのような人間関係にも該当する。この怖れは、家族であるないに関わらず、子供の受ける肉体的・精神的な暴力や虐待を受けた幼児期に由来することが多い。

   また別のカテゴリーの怖れとしては、未知なるものへの怖れや死への怖れ、肉体的・精神的な苦痛への怖れがある。未知への怖れは不安を生み、人は知らないものについて大きな脅威や危険を想像してしまう。しかし実は死への恐怖とは未知への怖れであり、死後に起きる未知なるもの、あるいはもっと冷酷なものが来るかもしれないことへの怖れである。

   そして、まだもう1つ別の怖れがある。
   それは人間にとっては最大の怖れであり、他のあらゆる怖れはここから派生するので、特別に述べておく必要がある。それは自分自身を知ることへの怖れであり、自分の欠点や美徳も含め、自分が実はどういう人間なのかを発見する怖れである。我々は自分自身の欠点を知るのが怖い。つまり我々は自分にエゴがあることや、自分に起きる災いのほとんどは、自分のエゴのせいであることをなかなか納得できないために、欠点を認識すればもっと苦しいだろうと誤って思い込んでいる。

   「気づき」は、エゴの1つである「自己愛」を苦しめることはあるが、エゴからの解放を望む魂を傷つけることはない。エゴから解放されるためには、まず自分自身にエゴがあることを認め、それがどのように現れるかを認識することである。知るのを怖れてはいけない。すべての人にエゴがあり、ただ違いはそれを脱却するための過程で、それぞれの人がどのような地点にいるかということである。しかし自分を知ることから逃げてそれを覆い隠してしまうと、我々は先に進めず停滞することになり、長く苦しむことになる。

   同じく我々は、愛情や感受性、謙虚さ、優しさ、そして同情や博愛など、自分の美徳や愛の表現を見出すことを怖れている。それを現すことで、傷つけられたり利用されて苦しむのが怖いのである。そしてここから、自分に対する他人の否定的反応への怖れが生まれる。しかしそれにもかかわらず、この怖れに打ち克って自分自身になり、自己の深い愛を目覚めさせるために戦うならば、内的な幸福が非常に強くなるので、外から来るどのような苦痛や攻撃にも屈しなくなる。

   そして死に対する恐怖も、実は自分自身を知る怖れから生じているのだ。
   つまり死が終わりで、意識である自分が死んで亡くなると信じているゆえに怖いのだ。しかし自分を深く見つめて怖れをなくすることができれば、心の奥深くで「死は存在しない! 私は不死身だ!」と叫ぶ魂の声を聴くことができるだろう。その時に、存在が亡くなることへの怖れ、つまり死の恐怖は消えるだろう。

怖れの感情は、地球を支配する権力者が利用しているもの

   
怖れとは地球を支配する権力者たちが、人類を操作し、霊的な成長が停滞した状態に留めておくために利用している感情である。人間が取り組もうとする霊的な挑戦に対して、彼らは常に架空の敵という脅威を作り出し、偽りの安全を準備して挑戦することを止めさせるのだ。

   その理由は、彼ら自身も怖いからなのだ。
   つまり、あなた方人類の霊性や愛など、人類の同胞意識が目覚めることで彼らの行なってきた悪行や陰謀などが明らかにされ、自分たちの犯行が裁かれて有罪となり、特権や全財産が剥奪されたり、人々を騙して抑圧し、搾取して獲得してきた権力を奪われるのが怖いからである。


Q、  例を挙げてください。

   たとえば人類全体の同胞意識に賛同するような、すべての運動に対して非常に有害な勢力を作り上げることで恐怖心を生み出す。全人類のための連携と協力に基いたもっと公正な政治や経済システムを導入すると、その後混乱や無秩序、経済崩壊が起こると脅す。彼らは、自由は限りなく自由奔放なものとなって厄介な自由思想の考えをもたらし、自由な感情は悪習や堕落や不道徳をもたらすと脅すのだ。

   彼らが怖れているものには、地球人類が他の惑星にも愛に生きる人々がいることを発見し、それを見習うことで変わってしまうことを何よりも怖れている。そのために宇宙に関する情報はすべて操作されており、地球外生命に関する証拠はすべて隠蔽され、他の世界の存在たちと接触すると危険がもたらされるとして、そうした映画などが作られている。映画に登場する宇宙人は、昆虫や爬虫類、ウイルスなどのおぞましい姿に描かれ、それらが人間に入り込んだり、人類を滅亡させる悪意を持つと思わせる。

   彼らは人々が、不死である事実や、人生の目的は愛を深めながら霊的に進歩向上することにあることに気づき、その努力を始められることをもっとも怖れている。そのために、死後の生を示す霊的なものの一切を否定し、物質主義の作り出した科学的教義の中へ逃げ込む。また同時に、死後の生命の追及や、霊界・宇宙との交信などの恐怖を映画やテレビなどを介して助長する。その中で、人間の魂を支配して苦しめる幽霊や悪魔、血に飢えた吸血鬼やゾンビなどの恐怖の存在を作り出し、死後の生命をおぞましく描くのだ。

   そのための大きな役目が恐怖産業の映画とテレビ、ビデオであり、そうした映像を全世界において見せることですべての人の脳にその恐怖イメージが浸透し、脳の中でそれが現実へと変わるように操作が行なわれている。すべての映画の90%は、テロリストや連続殺人犯、レイプ犯、麻薬密売人、宇宙からの侵略者、ゾンビ、さまざまな精神異常者といったあらゆる邪悪な存在による恐怖を、何らかの方法で人々の間に浸透させるのが目的である。このようにして、子どもや大人の想像力を過剰に刺激することで、それぞれが生み出す恐怖に加え、より以上の怖れが外から加えられるようにしてある。


Q、  どのように怖れを克服すればいいのでしょうか?

   
まず、自覚と勇気を持つことである。
   自分が怖れているということと、何を怖れているかに気づくことだ。深く分析してみれば、自分が怖れていることの一部には現実的には何の根拠もなく、自分が過剰に反応していただけで思っていたほどではないことが分かるだろう。現実の脅威に根ざした恐れの場合には、それを生み出した状況や環境に勇気を持って立ち向かい、決断を下す際に怖れに負けないようにすることで乗り越えられる。

   「怖れがなく、完全に自由だとしたら、今自分はどうしたいと思うだろう?」と自問してみなさい。その答えが、選択されるべき正しい決断なのだ。試してみる価値はある。このように絶えず努力しなければならない。

   自分の怖れと向き合い、勇気とともに決断していくにつれて、自分の内面が進歩成長するのを感じて、怖れは力を失い、その代わりに自信と明晰さを得るだろう。そしていつの日か、過去を振り返り、「何であんなことが怖かったのか。今ならそれがはっきりわかる」と言えるようになるのだ。


Q、  自分を知る上でその怖れを乗り越えることに、何か気をつけることはありますか?

  
 自分自身の美徳や欠点も含めて、あるがままに見て、あるがままを受け入れなさい。
   自分は成長進歩の途上にあることを認め、自分のイヤなところを発見しても落胆してはいけない。自分の汚いところに光を当てて欠点を認識するのは、最初は苦痛で不快であるとしても、そうする価値はある。それが霊的な成長における最初の1歩になり、エゴを排除すると同様に愛の感情を発達させることができる。自分の愛の感情を怖れず、それを現したり表現するのを怖れず、それを表現する時の嬉しさを怖れないことである。


        book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット

                           抜粋

「無条件に愛すること」が、地球での学びのゴール!

Q、 頭脳による思考は、どうして愛の感情を抑圧したり規制するようになったのですか?

   
一部はエゴから生じているが、そのほとんどは幼児期からの教育のせいである。
   あなた方の惑星で行なわれている教育は、愛の感情をもっとも強く規制するものなのだ。長い間、あなた方の教育方針は頭脳を発達させることだけを重視し、そのために愛の感情の育成を抑止してきた。子どもたちは、感じたり感情を表現する大きな能力を携えて、あるがままの姿を表現しようと、思い切り心を開いて生まれてくる。しかしあなた方の世界はそうした愛の感情や喜びの自発性を抑制し、代わりに罪悪感を覚えるような、幼いころから愛の代わりに執着を体験させられてきた。

   何世代にもわたり、あなた方の世界が子どもに教えてきたものは何か?
   それは良い子というのは言うことを聞く子であり、親や教師や大人の意志や、社会の規則や便宜性の奴隷であるということだ。子どもはなぜそうしなければならないのかわからず、両親が不機嫌ならば、子どももその状況を我慢しなければならず、命令と厳しさばかりで自由が少ない。

   子どもは苦しまずに済む唯一の方法は、愛の感情を殺すことだと結論するようになる。
   そして本来の自分とは異なる周りの人々が求める、作った自己像を世間に示すことを覚える。あなた方の社会の規制はあまりにも厳しいので、演技し続けなければならず、その結果、大人になると、そうしたものを本当の自分だと思い込んで生きていくことになる。

   ほとんどの子どもが大人になった時には、あるがままに愛してもらうことなどはほとんどなく、ほんの少し愛してもらうためにも何か必ずいいことをする必要があるといった結論に、無意識のうちになっている。つまり支配的、強制的で、利己的、条件づきの偽りの愛である執着を信じるように、子どもたちを教育してきたのだ。だから愛を信じて生きることで、そこから湧き出る幸福をほんの少しでも体験できる人はわずかしかいない。

   あなた方の世界の悪者の中で、子ども時分に愛されたものは少ない。
   「父母を敬え」という戒めがあるのに、なぜ「子を敬え」という教えがないのだろうか? あなた方の世界の弊害のほとんどは、まだ愛の感情を隠すことをしていない子どもたちを愛することで、解決されることだろう。愛するならば、愛を許し受け入れることができるだろう。子どもたちを1世代にわたって愛するならば、世の中は1世紀も経たないうちに天国へと変わるだろう。

   多くの人は苦しむのが怖く、愛情不足だという自分の弱さを見抜かれたくないために気難しさを装う。そして鎧(よろい)かぶとやマントで自分を隠す。それは苦しまずにすむようにするためだったのに、結局はそのために苦しむことになる。それは愛の感情を避けて通ろうとするからであるが、愛し愛されて幸せになるためには愛の感情は欠かせないのだ。

   孤独を怖れる大勢の人がいるのは、なぜだと思うだろうか?
   それは結局のところ、自分自身と向き合うのが怖く、「空っぽの自分」という大きな真実を発見するのが怖いからなのだ。そのために自分から逃げ、実際には多くの頭痛の種をもたらす物質的なあるいは精神的な何らかの対象へと逃げ込んで気を紛らせ、頭を過度に刺激してくれる娯楽へと逃げてしまう。そうして真の答えなど決して得ることはできないとする言い訳にする。

   しかし魂の良心の囁きをいつまでも押さえつけておくことは不可能なので、頭脳がさまざまな気晴らしで逃避している時に油断して、ハプニングやトラウマを刺激される事件などが起きて引き戻される時、あなたの内なる声は再び叫びだす。「私は空っぽだ。見かけの自分と本来の自分は違う。私は人からどう見られるかということしか気にかけてこなかった。体面的なことだけを考えてきたから、自分自身の本当の望みなど捨ててしまったからわからない。私だって愛し愛されたいのに、そのためにはどうすればいいか知らずに諦めて放棄してしまった。だから私は不幸なのだ」と。

   現実を直視するのは、しばしば痛みを伴うほど衝撃的なことがある。
   そして、「私の人生はこんなにも辛いものだった!」「なぜこれほど悪い人たちと一緒になったのだろう!」「私の親でさえが私を愛してくれなかった!」「何で私がもっといい人にならなくちゃいけないんだ!」と言うことになる。そして、そうした憤りや恨み、不信や悲しみや孤独が彼らの内側を蝕(むしば)んでいく。子どもができると、子どもは弱く為すがままにできるので、「人生はどういうものか教えなければ」ということで、自分の抱え込んだ欲求不満の復讐をし、この時再び、愛のない方向へとネジを締め付けることになる。

   人は苦痛に浸りきってしまうとマヒしてしまい、他者にも同じ痛みを味わわせてもかまわないように感じてしまい、自分の与える損害を考えることなく、多くの苦悩と苦痛を生み出してしまうことがある。


Q、  確かに人は苦しみに慣れてしまうと、苦痛がまったく普通のことに思えてしまうのです。ですから、他者に痛みを与えていることに気づかない場合があるかもしれません。

   
しかし私は思うのだが、「自分が経験した苦しみは、私だけでもう沢山だ。もう結構、少しは人生がわかったよ。だから自分がされて苦しんだことは、他人にはしないようにする。親に求めても与えられなかった愛のすべてを、私は自分の子どもや自分の人生で関わるすべての人に与えたい」、と言う人はいないものなのかと思うのだ。

   変わろうという意志と愛の感情の力によってのみ、人生の動きは逆転し始め、それまでの憎しみの連鎖が断ち切られる。こうして固く締められていたネジは緩み始め、愛のない方向へ締められたネジは1つまた1つと反転し始め、最後には完全に引き抜かれる。苦痛と愛のない状態にいるすべての人が、このような決断をすれば、あなた方の世界は1世代だけで変わってしまうだろう。そのようにして親から愛された子どもたちは、自分を守ろうと保身の鎧(よろい)を被らない世代となり、愛されて育てられたゆえに、愛することを怖れない世代となる。

   すでに述べたように、愛する能力とは魂が本来持っている資質である。
   つまり誰にもその能力が備わっているので、それを発見し、発達させることだけが必要なことであり、そう信じるならばそうなる。そのためには他者だけではなく、まず自分自身を愛することから始めなければならない。自己を尊重することは、幸せになるために欠かせないことである。もう1度繰り返すが、人が放棄しなければならないものはエゴであって、愛ではない。自分自身を好きでない状態の中で、どこから他者を愛するために必要となる力と意志を引き出すことができるだろうか?

   愛さずに生きるというのは、死んでいるも同然なのだ。
   そのために愛さずに生きている多くの人が、死んだら苦悩が終わるのではないかという幻想を抱いていて、死にたいと思うのだ。そして自分自身で、あなた方が病気と呼ぶ、肉体の自己破壊の過程を開始する。多くの病気は、その人が自分自身を愛せないことから生じている。自己尊重レベルの非常に低い人たちが、白血病やリンパ腫などの免疫系の病気や自己免疫疾患になりやすい。自己免疫疾患というのは、根深い罪悪感にも関係している。そうした人たちは自身に対して非常に気落ちしているので、他者を愛するのは難しい。先ず最初に、自分を尊重できるようにならなければならない。


Q、  自分自身を愛するには、どのような手順を踏めばいいのですか?

   
最初に、自分に愛情の欲求と愛の感情があることを認め、それらが現れるにゆだね、自覚を高めていく。つまり、それを抑制するのをやめ、発展させることで人生の原動力に変えてゆく。次に行動する際、自分の「想い」に従うことであり、思考に従わないことだ。それはたとえ教えられてきたことであっても、それが自分の心に反するならば、正しくないのだ。さまざまに教えられてきた常識的な理由に左右されてしまう思考に、あなた方の愛の感情が抹殺されるのを甘んじていてはならない。

   愛の感情に従って行動するようになるにつれ、愛だけが与えてくれる内なる真の幸福を少しずつ体験し始めるだろう。その感情を放棄してはならず、それは努力し、生きる甲斐のある唯一のものだ。固く締められたネジが緩み始めるまでは、非常に努力しなければならない。しかしその後は楽になり、愛の感情があなた方の心を愛で満たし、それまで味わったことのない気分にしてくれるので、継続する力が与えられる。


Q、  では、他者を愛するにはどうすればよいのですか?

   
他人を自分と同様に見なすことである。
   彼らもあなたと同じ内面的必要性を持った、本質を同じくする兄弟姉妹であると自覚することだ。我々は皆、同じ資質を持ち、幸せであるためには完全に愛し愛される必要がある。炎天下を長く歩いて来て、自分がのどが渇いているなら、同じ状況にいる人なら誰でも水を欲している、と思いつかないだろうか? 水と同じことが愛についても言える。愛を奪われると、我々は誰でも苦しむし、また与えられると元気になる。ゆえに心が渇いている人を見たら、その人に愛の水を飲ませてあげなさい。我々も愛に飢えていた時、その水を飲ませてくれた人たちがいたのだ。


Q、  他者にいいことをしても、感謝されなかったり、むしろ反対に軽蔑や嘲笑されるだけかもしれません。

   
そうした場合には、その人が未だ愛において成長できていないのだと理解し、その状況を自分を改善させる機会として利用しなさい。そうした状況で自分の中に何か否定的なものが目覚めたとすれば、それは自分自身に未だそうした要素があるということなので、それを排除するべく努力しなければならない。

   すでに述べたが、愛を無条件で与えられるようにならない限り、自分の課題は終了してはいない。感謝されないことを容認できない人は、自分の与えるものの見返りを何か期待しているので、まだ学びの終着点に行き着いてはいないということなのだ。


  book 『愛の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット


                           抜粋


   

自分の反応がその後の運命を変える

   ある時、2人の人間が出会う。
   それは避けられない出来事です。しかしその時、出会いにおいてその瞬間、2人が互いにどのような反応をするかというのは、その人たちがどういう人間であるかということに関わってきます。もし彼らにそれぞれ悩みがあって葛藤を抱えていたならば、おそらく互いの反応というのはお互いを避けるという形になるでしょう。

   同じように、女性と男性が出会います。
   出会うことは避けられません。そして互いに惹かれあう。どこかぴったりこない。相性もそれほどいいとも思えない。だけどこの先1人で生きていくのはいやだ。もう若くもない。子供を産むのもリミットかもしれない。きっとこれは宿命の人だ。結婚するべきだと思う。そして結婚し、残りの人生を絶えず喧嘩をしながら一緒に暮らすことになります。

   そこではただ出会うということだけが決まっていたのです。
   別に友だち以上の関係になるかどうかと言うのは、決まっていたわけではない。だけどこれから先、残り時間も少なくなったし、こうした出会いがまたあるとも思えない。そういった駆け引きから行なわれる選択というのは、違う選択になり得るわけです。

   アメリカでとても有名なケースがあります。
   それがO・J・シンプソンのケースです。
(この事件は、O・J・シンプソンという黒人で有名なバスケットボール選手が、白人の元妻ニコール・ブラウンと彼女の男性友人ゴールドマンを殺害した事件。彼の自宅で行なわれた殺人は、証拠となる犯行に使用した血染めの彼の手袋などから、彼が2人を殺したことは明白だった。当然、彼は無実を主張して、有名な敏腕弁護士を何人も雇って裁判に臨んだ。誰もがシンプソンの有罪を確信していた。が、しかし、結果は、無罪だった。)

   
この事件は完全にカルマでした。
   殺された元妻のニコール・ブラウンとゴールドマンは、ある過去世においてO・J・シンプソンに対して陰謀を行ないました。彼はなぜ有罪にならなかったか。それは今回の事件で、3人のカルマのバランスがとれたからです。ただ、違う結果でバランスを取り戻すことも可能ではありました。この事件は見ていて非常に興味深いものがありました。つまり、カルマ・因果応報がこういう形で結論に達したんだという感じでした。

   奇妙なのはゴールドマンが、O・J・シンプソンの元妻・ニコール・ブラウンの友だちでも何でもなかったということです。彼は単に、彼女が行ったレストランのウエイターだったのです。ただの普通の知り合いに過ぎなかったのに、なぜかたまたま同時に彼ら2人とO・J・シンプソンがそこにいたということです。それが結局、事件の幕引きに関係したのです。

   多くの場合、人生の避けられない出来事は、収縮せずに拡大する形で反応することができれば、どんどん近づいてきては解放されていきます。しかし解放へではなく収縮していくと、その収縮したエネルギーが逆に、避けられない出来事を先延ばしにしてしまいます。でも私たちはある時点で必ず、避けられない出来事に直面することになります。その結果、ほとんどの人が収縮して人生を生きていることから、出来事をどんどん先延ばしにして逃げてしまうことから、最終的に、それらがいっきに全部起こるような体験をすることになります。

   O・J・シンプソンはステロイドという、スポーツ選手が飲む成長ホルモンを飲んでいました。そのステロイドが人の性格を意地悪にするのです。ある時、シンプソン夫妻は友人と一緒に外出していました。その時、奥さんがO・J・シンプソンを怒らせたのです。ステロイドの影響でO・Jの反応はこぶしを握ることでしたが、友人が回りにいることからこぶしをおろしたのです。しかし彼女が、「いいわよ、殴りなさいよ。それでもっと男を感じられるなら殴りなさいよ。何で殴らないの」という感じで追い詰めたのです。また他に人がいるような場で、O
・Jに「今日のあなたの着てる服、本当に趣味が悪い」、「何でそんな歩き方をするの」などと、彼女はそういうことをすることで有名だったのです。

   結局、カルマは3人だけのことであって他の人には関係なかったのです。
   しかし興味深いのは、殺されたゴールドマンという男性のお父さんが、新たなカルマをつくることになったのです。O・Jと殺された2人との間のカルマは今回、バランスがとれて終了しました。ですからゴールドマンのお父さんは、ただ息子の死を悼(いた)むことだけが必要だったのです。

   しかしながら、彼は息子の死を手放して解放することができず、O・Jを恨み、追求することで、死んだ息子のエネルギーを生かし続けることになったのです。そこでまた新たなカルマが生まれてしまった。でも、O・Jは別の強盗罪で刑務所に入っていて、当分出て来られないでしょう。だからゴールドマンさんはすごくいい気分なはずで、カルマは終わったと思っているでしょうが、実はそうではないのです。

   そうした避けられない出来事は、それぞれの転生において、あなたが自分自身という存在に目覚めるために設定されているものです。つまりその出来事に対して、あなたがどのような反応をするかによってカルマのバランスがもたらされます。しかし避けられない出来事そのものがバランスをもたらすわけではありません。多くの人は、この出来事が起きたのは前にこんなことがあったからだと考えるのですが、でも実際にはその出来事というのは何があっても必ず起きたのです。

   もしあなたが過去世において、ある出来事に対し非常に酷い反応をしたことがあるとします。次の転生で、あなたの過去の酷い反応に関係した避けられない出来事が起きた時、それはまさにカルマのように見えます。なぜならカルマというのは、未だ解決されていない過去世の葛藤だからです。そして結局、その避けられない出来事というのは、基本的に完全にニュートラルなものです。しかし、その避けられない出来事という状況の中には未知の部分があります。その未知の部分とは、あなたがその出来事にどのような反応をするかということです。それがあなたの自由なのです。


   book 『光のアカシャ』 ゲリー・ボーネル×よしもとばなな 徳間書店


                           抜粋

特別に選ばれた「選民」などはいない

Q、 聖書や他の聖典が神のみ言葉だと信じるのは間違いだとのことですが、ではこれらは何なのでしょうか?

   
旧約聖書は何冊かの本がまとめられたものであり、そこにイスラエルの歴史の1部が収められているが、指導者たちの征服欲から行なわれた行為を正当化するために、それが「神の意志」であったと思わせるための都合のいい修正が行なわれている。また平均よりも進化した預言者たちのかなり正しい教えも挟まっているが、それらはすでに信仰が狂信的に操作されていることについて警告している。

   すべてが偽りだとは言っていない。
   だから私は引用しているのだ。イエスが説教にたとえを多く用いたのは偶然ではなかった。そうすることで、教会に不都合な多くの部分が、改竄されてしまうことを避けることができた。それは人々にはたとえの意味がよく理解できなかったので、教会の検閲にひっかからずに済んだのだ。

   よく聞きなさい。
   すべての宗教には、神あるいは神の使者の手によるとされる聖典というものがある。なぜならそうしなければ、自分たちの神聖さを正当化できないからなのだ。霊的に平均よりも進歩している者や、高次の霊の感化によって書かれた可能性のものが多少存在していることは確かだが、実際には、あなた方と変わらない同じような人間の手によって書かれたものなのだ。騙されないための一番よい方法は、著者の名前に惑わされずに内容を吟味することであり、メッセージの質を見ることで作者の霊的レベルがわかるだろう。

   また著者は1人だとされているものでも、実際には何人もの手で書かれたものもある。
   そうしたものは千年以上にわたって偽造などの改竄が行なわれてきており、「聖なる仲介者」だと勝手に名乗る者たちの利益となってきた。ゆえにある段落は霊的に進化した者によって書かれているが、その次のものは詐欺師の手になるということがあり、偉大な真実のすぐ脇に大嘘が書かれている可能性がある。ゆえに真実は、徹底的に中身を分析しながら、「麦殻」を捨てて「麦粒」だけを集めることで知ることができる。

   地球には多くの宗教があるが、魂の「自由意志の法則」を尊重せず、権力者の見解による教義を押し付けることで成り立っている学説や宗教はすべて本物とは言えず、神や高次の霊性から与えられたものだとは見なせない。よってこうした宗教的権威者たちを、真の霊性の指導者とは見なすことはできない。なぜなら霊性の指導者は、絶対に力を行使したり操作しようとすることがなく、特定の掟(おきて)を強要することがないからである。

   すべての宗教には高次の存在から閃きを受けて得た真実の一部があるが、その他の多くは地上的な利益に翻弄された者達が付け加えたものだ。


Q、 例を示してください。

   よろしい。
   たとえば旧約聖書にある十戒はかなり的を得た規律であり、これは霊的に進化したものの教えに忠実である。その十戒の1つに「汝、殺すなかれ」というのがある。だが同時に旧約聖書の他の部分には、自らを神と称する存在が「約束の地」を征服するために、イスラエルの民を他民族の攻撃をさせるために派遣するというくだりがある。当然このような戦闘では、人々は互いに争って殺しあう羽目になる。つまり、もしその記述が本当であれば、神がイスラエルの民に「殺せ」と命じたのだと推測できる。しかしその場合、この「殺せ」というメッセージは、十戒の「殺すなかれ」と矛盾する。

   この明らかな矛盾した逆説をどう解釈すべきだろうか?
   神が矛盾したことを言ったのだろうか? しかしそれでは、けた外れに進化した存在のすることとしてはとても認め難いことだろう。そうであれば2つの指示は、それぞれ異なる動機と目的を持った別の者たちに由来する記述だと認める必要があるだろう。「殺すな」というメッセージと、「殺せ」というメッセージとでは、常識的に見てどちらが霊的に進化したものだと言えるだろうか? もし「殺すな」の方が高次の霊性からの教えだと認めるのなら、その反対のものはそれとは同じ源から生じてはいないことがわかる。


Q、  ではどこから生まれたのでしょうか?

  
 それは侵略することに興味があった者たちからだ。
   しかもそれは現在でも同じことが、同じように繰り返されているのだ。表向きは神を信じるキリスト信者として振る舞い、常にスピーチの最後には「神のご加護がありますように」と付け加えながら、自国民を平気で他国への侵略に派遣する指導者が、現在の地球には沢山いるのではないだろうか? それによって何百万人もの死者を出し、何百万もの家庭を何世代にもわたって破壊し続けているのに、聖書の詩編や「神を信じる」とか、「神は我々とともに!」などと言う言葉を、自分たちの行為を正当化するために利用しているのではないか?

   はっきり言っておこう。
   神や高次の霊性を持つ存在たちは、紛争の一方の肩を持って味方することもなければ、いかなる侵略や征服も支持することはない。もしそうすれば、それは創造主自身が設定した「宇宙の法則」の1つの「愛の法則」を侵すことになる。ユダヤ教徒やキリスト教徒の規律に「主の名をみだりに唱えてはならない」というのがあるが、それがまさに今挙げた者たちによって侵されていることであり、単なる話の中で「神」の言葉を多用することではない。彼らは人間という神の子を踏みにじることに神が同意しているかのごとく、その名を利用して自分たちの非道な行為を正当化しているのだ。


Q、  神によって選ばれた民というのは、どういうことですか?

   神から優先される民族や人間などは存在しない。
   神や高次の霊性は、他のものを差別して特定の民族や人種と特別に結びつくことなどはしない。神はすべての人が自らの進歩成長を推し進めるようにと呼びかけるが、それに応えるかどうかも魂の自由であり、「宇宙の法則」に従うことを誰にも強いることはない。

   もし望むなら、それぞれの魂の意志と能力に応じて、個人あるいは集団で、人類の進化の計画において具体的な役割を果たす約束をすることができる。これが魂の選択である。ゆえに「選ばれし者」とは、自分の内面を高次の霊性に開き、「愛の法則」に従った人生を送る約束をした者に過ぎない。それによって自分を成長させ、まだこの呼びかけに心を開いていない者たちの手本となることができる。

   宇宙霊界との直接的な交信は、実はすべての人々に開かれているものであり、1人1人がそれぞれ神や高次の霊性や自分の指導霊と直接的なつながりを持っていて、それぞれが独自の方法でそれを体験していく。大切なことは誠実に真摯にコンタクトを求めることであり、その動機に魂を成長させたいという目的が必要である。もしそうであれば、それぞれが必要としているものが与えられる。その経験は欠点を正当化することではなく、愛においての進歩に役立てることである。

   しかし不幸なことに、「アセンディット・マスター」なるものや、そうした重要な人物だと思われたいという欲望から、自己暗示による経験を本物と思い込んだ結果、他人を騙してしまうような人があなた方の世界には沢山いる。また本当の霊的交信を経験したとしても、それをその後の進歩や他者の援助に生かす代わりに、自分は優れていると自惚れてしまい、他者から神のように扱われることを要求する者もいる。自分をどう改善するかを追及するのではなく、他者からの賞賛を求めてしまうのは、虚栄心に由来する欠点である。これはあなた方の世界ではごく頻繁に見られる現象だ。


Q、  預言者とは何ですか?

   預言者とは、宇宙の真実を教え、「愛の法則」に反する行為が何をもたらすかをそれぞれの時代の人々に忠告するために、高次の霊界から送られてくる者のことである。一般的に転生する惑星の霊的レベルよりは進歩している魂であるが、そうでなければ託された使命を遂行することができない。一般的に、彼らは転生した社会から拒否や拒絶の扱いを受け、虐げられたり罵倒され、馬鹿にされたりする。しかしそうした状況において他者を助けることで、自らの愛の力量を試すこととなり、同時に自分自身の進化を進めることができる。つまり、彼らは通常考えられているように、特別で神聖な特権を持つ存在などではないのだ。

   よってその霊的な能力は、数々の輪廻転生のサイクルを通して、自分自身の修行の功績によって獲得されたものに過ぎない。それは言うなれば、下級生を助ける上級生のようなものであるが、転生の条件は誰もが同じであることから、肉体的な年齢からは彼らを識別することはできないという点だけが異なる。そしてあなた方もいつの日か、この惑星の住民が充分に成長進歩を遂げる日が来たならば、その魂の中から、進化の遅い他の惑星の人々の世界へ預言者として転生し、その役目を果たす者が出て来ることだろう。


  book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット


                           抜粋


   

キリスト教の誤りは正されなければならない

Q、  ナザレのイエスは、神自身の生まれ変わりだったのですか? それとも神の子だったのですか?

  
 ナザレのイエスは、高度に進化した魂が地球へ転生したものだった。
   だから神の生まれ変わりではない。しかも彼は、自身のことを神であると言ったことも1度もない。そのように断定したのは、イエスの後にやって来た別の者たちである。彼は、あなた方がそうであるのと同じように真に神の子である。違いがあるとすれば、彼はそれを自覚していたが、あなた方にはその自覚がないということだけだ。彼はあなた方と同じように、正真正銘の人間だった。


Q、  ではイエスも進化するために、輪廻転生のサイクルを経験しなければならなかったと、ほのめかしているのですか? つまりイエスもかつては、私たちのように全くの未熟者だったという意味ですか?

   
ほのめかしてなどいない。断定しているのだ。
   つまりイエスもあなた方ほとんどの者たちと同じように、物質的世界での経験を積むことを通して自らを改善しなければならなかった。そして、自らの意志と個人的な努力によって、地球世界で果たすべき任務を遂行できるだけの、求められた進歩レベルに至ったのである。イエスの最大の功績は、地球へ携えてきた愛のメッセージを広めた意志の強さと勇気にある。彼はそのために、自分が多くの苦悩と死さえも被ることを知っていたが、誰の脅しにも屈することなく、自分の考えを変えることがなかった。

   イエスのように無条件の愛を知っている者は、自らの償いの必要性のためではなく、使命遂行の任務のためにのみ行動する。魂は進化成長したある段階から、愛だけを動機として行動する。そのような多くの魂たちが、進歩の遅れている世界への転生を希望し、自分たちの後に続く後輩たちを支援して愛に生きることで、より早く進化しようとする。

   その時遭遇する否定的な状況は、自らのカルマによるものではなく、霊的に劣った世界そのものに本来備わっているものだ。だが彼らは苦痛も死も怖れてはおらず、そうした苦悩を味わうことを怖れてはいない。彼らは高次に進歩しているので、死が存在しないことを知っており、肉体的生命は魂のほんの一瞬にしか過ぎないとわかっている。魂はいかなる試練からも学ぶことができるので、教えるためだけではなく、学ぶためにもやってくる。それは自分の進歩レベルと同等レベルの世界にいるよりも、愛と理解の度量を常に試されることになるので、より早く進化できるようになる。

   さらに同等レベルの愛に満ちた環境では露呈することもないような自らの欠点が、そうした極限状況によって表面化し、奥深くに隠れた自分のエゴを改善する機会を得られることからより前進することができる。

   イエスは人生のある時点から最後の数年間にかけて、キリストと呼ばれる別の存在と2人で行動した。断言できることは、キリストとイエスが神とは異なる別々の存在であったことだ。つまり彼らは2人とも神でもなく神の顕現でもなかったが、イエスがキリストから霊感を与えられ、励まされて任務を完了できるためには、そうした援助を与えられる必要があった。しかしイエスは決して、自分の意識や独立性を失うことはなく、自由意志を失うこともなかった。


Q、  イエスの本来のメッセージは、後世において多くの書き換え、付け加えが行なわれて、本来のものは歪められてしまったそうですが、それをどのように見分ければいいのですか?

  
 ごく単純に、「魂の法則」に反する信念はどれも、イエスの教えたものではないということになる。イエスはこうした宇宙の法則を熟知していたので、それを聞く耳を持つ者に伝えようとしたのだ。その中のいくつかを挙げよう。

one  すべての人間は人種や性別、宗教にかかわらず、同じ本質を持つ存在である。
   つまり、すべての者が進化途上にある魂であり、そのゆえに兄弟姉妹である。
   (マタイによる福音12章50節、18章12~14節)

two  魂の生命は永遠であり、死は存在しない。(マタイによる福音10章28節、3章13節)

three  地球上の人間の務めは、無条件に愛することを学び、エゴから解放されることだ。
   魂がどれだけ成長したかの印は、愛の力量だけで量られる。愛だけが我々を進化させるのであり、自らの内なる神へと近づけるのである。(マタイによる福音5章43~48節)(ヨハネによる福音15章12節)

four  霊的成長進歩は、自分自身の努力にかかっている。
   人間の肉体的死後の運命は、生きていた時の「愛の法則」に基いた行為、あるいは反した行為によってのみ決定される。(ヨハネによる福音3章21節)(マタイによる福音18章18節)

five  各人はそれぞれ神との独自の繋がりがあるので、仲介者に依存して霊界と交信する必要はない。(マルコによる福音11章24~25節)(ヨハネの第一の手紙5章14節)(ルカによる福音11章9~13節)

six  魂の成長進化はただ1度の肉体的転生では成し遂げられず、より高度な霊性を獲得する進歩のためには数多くの転生が必要である。(ヨハネによる福音3章3節~13節)

seven  「霊的裁きの法則」あるいは「原因―結果」の「因果応報の法則がある。
    その意味は、自分が蒔いたものは自分が収穫しなければならないということ。(マタイによる福音7章1~2節、12節)

eight  この地球上以外にも人の住む多くの世界があり、その目的はどこも同じである。
   すなわち、魂の霊性を進化させる学校としての役目である。(ヨハネによる福音4章2節)


Q、  霊的な観点から、イエスの死後に付け加えられた、真実でないキリスト教の信念を挙げてください。

   
挙げればたくさんあるが、中でも霊的な進歩にとって一番悪い影響を及ぼしている最も重要なものを挙げてみよう。

①  宗教的儀式の執行に精神的な何らかの価値があり、死後に天国において特別な賜物の確保に役立つという信念。

②  聖書やその他の聖典が神のみ言葉であるという信念。

③  教会や聖職者が、地上における人と神の仲介者であるとする信念。

④  自らの悪い行為を清算するためには「告白・告解」が必要であり、司祭から許されることで解消されるとする信念。

⑤  臨終において悔改めれば、すべてが許されるという信念。

⑥  イエスが十字架上で死ぬことで、人類の罪を贖(あがな)ったとする信念。

⑦  原罪があるとする信念。

⑧  性を何か罪深いものだとする信念。

⑨  人生は1度きりであり、ただ1度の人生で魂の行く末が永遠に決められるとする信念。
    (救われる者は永遠の天国と栄光が約束され、罪人には永遠の地獄と罰が待ち受けるとする信念)

⑩  キリスト教信者だけが救われるとする信念。

⑪  肉体の蘇えりを信じる信念。

   霊性進歩の道には近道などはない。
   我々を霊的に進化させる、つまり「救済する」唯一のものとは自己の改善であり、エゴを手放して愛の能力を成長させること以外にはない。救済には宗教的儀式が不可欠とする信念は、さまざまな教会の指導者たちが人々の霊性を監督指導し、コントロールするために利用してきたものである。


Q、  では宗教に儀式があるのは良くないことなのですか?

   
人々の霊性を操作したり逸脱させるために、儀式を利用するのは良くないことだ。
   儀式など必要ないのに、どうしてその儀式を行ない続けねばならないのか? あなた方の歴史を見ると、儀式や象徴は、メッセージの代わりに別に用意されたあるメッセージにすり替えられてしまうことが多い。その結果、そうした儀式や象徴を盾に取り、結果的に従うべき信仰にことごとく反するという大きな過ちを犯すことになる。

   そのいい例が十字軍と宗教裁判だ。
   それは胸元に大きな十字の印を付けた人々による大量虐殺と殺人であった。彼らは毎日、聖体を受けており、手に聖書を握って、死の宣告を行なったのだ。隣人に対する愛の教えは一体どこにあるのだろうか?


Q、  ですが聖餐式(ミサ)は、イエス自身によって伝えられたのではありませんか?

   
そうではない。
   イエスが自分の処刑までもう時間が残されていないと悟り、別れの晩餐に弟子たちを集めたことは本当である。だが彼は聖体を与えるような儀式だけでなく、その他のいかなる儀式や式典なども確立させようと考えたことはなかった。さらに言えば、たとえそれが象徴的なものであろうと、キリストの肉を食べ血を飲むとする行為は、まさにカニバリズム(人肉食習慣)を連想させるものであり、イエスはそうしたものと何の関係もない。

   こうした儀式には、それ以前からある他の宗教儀式がキリスト教に取り入れられたのである。そのようにしてイエスの使徒たちの名称や十字の印などとともに、後世に導入されたのである。十字の印もイエスに由来してはいない。十字架というものはイエスの時代には、現在の電気椅子と同じように、人を処刑するためだけに用いられていたのだ。

   もしあなた方に正常な判断力があれば、自分の信仰の象徴に十字を使おうと思いつく者は誰もいなかったことがわかるだろう。イエスが現代に生まれて電気椅子で処刑されていたなら、あなた方は電気椅子をペンダントとして胸に下げようとするのだろうか?


Q、  こうしたお話はかなりショッキングなものなので、キリスト信者、特にカトリック信者にとってはなかなか受け入れ難いことではないでしょうか。

   
そうだとしても、それが真実なのだ。
   霊的な真相に眼を開くように努め、イエスの地上での任務が、人々の霊的な成長と進化の道を示すことであったと思い出すとよいだろう。あの時代の宗教組織のしてきたことは、多くの迷信と戒律で人々を怖れさせ、聖職者が自らの富と権力を手にするために神の名を利用し、長い間人々の真の霊的成長を阻害してきたのだ。

   複雑な儀式を利用して人々からお金を巻き上げ、人々の犠牲の上に裕福な暮らしをしていた。そしてイエスがその事実を曝露したので、彼を殺したのだ。当時のユダヤ教会は、イエスの人物像を利用して彼の教えを操作し、人類の霊的な成長を押さえ込んで生きながらえてきた今日のキリスト教会の姿と、非常に良く似ていたのだ。もういい加減に目を醒まし、こうしたことはきちんと正されるべきである。


  book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット


                           抜粋



   

  

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伊勢神宮の20年ごとの式年遷宮の理由

   伊勢神宮の式年遷宮(せんぐう)の制度は、約1300年前の第40代天武天皇が定めたものであり、次の第41代持統天皇の690年に第1回目の遷宮が行なわれました。遷宮とは20年ごとに行なわれてきた場所を移しかえる「お引越し」の行事のことです。その理由については諸説ありますが、これといったはっきりした定説はないようです。

   伊勢神宮には天照大御神(あまてらすおおみかみ)をまつる皇大神宮・内宮(ないぐう)と、豊受大御神・外宮(げぐう)の2つの正宮があり、皇室の氏神である天照大御神をまつってあるとされていることから、天皇家との結びつきが強いとも言われています。しかしながら実際には、天皇が直接、伊勢神宮に足を運んで参拝したのは近代に入ってからであり、それが明治天皇による伊勢参拝で、在位中の天皇としての参拝は何と約1000年ぶりの出来事でもあったのです。そしてなぜこれまで天皇が伊勢神宮に参拝しなかったかについても、決定的な理由がないままに依然として不明です。

   ではそもそも、伊勢神宮とは一体どのような背景を持って今の伊勢の地に誕生したのでしょうか。その謎を解くには、現在の伊勢の地に落ち着くまでに、80年以上の間、諸国を転々と遷宮された「元伊勢」と呼ばれる20ヶ所以上の場所が、大神(おおみわ)神社で始ったことと、その背景となる日本最初の統一政権の「大和朝廷」が出来上がるまでの歴史をひもとく必要があります。

   私たちが教科書で教えられた歴史の流れからすると、当時の日本を治めていた政権が、卑弥呼のいた邪馬台国から大和朝廷へと移り変わった時代の史実があります。しかし残念ながら、それらの歴史的時代背景は謎に包まれています。それが「空白の4世紀」と呼ばれるもので、現代の史学では詳しいことがわかっていません。(266年~413年。中国の歴史文献において、266年から413年にかけての倭国に関する記述がなく、大和朝廷の成立過程などの把握ができない)

   また「歴史は勝者によって作られる」と言われているように、今私たちが教えられている歴史というのは、時の権力者によって都合よく書き換えられている可能性もあります。ですから大和朝廷が出来上がる背景となったこの「空白の4世紀」には、やはり何か大きな秘密が隠されているように思います。

   そして現在、ある1つの興味深い仮説が注目を浴びています。
   それは通常教えられてきた歴史とはまったく異なったものであり、もしそれが真実であるとすれば、伊勢神宮という存在や遷宮という風習そのものが、これまでとはまったく別の意味に捉えられることになります。


五大勢力が統治していた古代日本

   
その頃の日本とは統一国家ではなく、州と呼ばれる60以上の集落があり、そうした中でも特に大きな国として認知されていたものが、次に挙げる「五州」と言われています。

one 「邪馬台国」―源流を中国系渡来人に置き、「日向(ひゅうが)族とも呼ばれる。
   現在の北九州から熊本(阿蘇や高千穂地方)にかけて存在した州とされ、その都は北九州・福岡付近にあったとされる。

   「邪馬台国」や「卑弥呼」という呼び名は「魏志倭人伝」や「中国正史」などの中で、”日本を蔑(さげす)む言い方”の1つとして作られた”当て字”であり、本来は「大和大国」、「日巫女」と書くのが正しいとも言われている。また「卑弥呼」とは「太陽神・天照大御神」に仕える巫女を示す言葉であり、単なる卑弥呼と言う場合には役職・官職名の意味であり、一個人を指す固有名詞ではない。

two 海人国(あまのくに)―源流を韓国系渡来人に置き、出雲族(いずもぞく)とも呼ばれる。
   山陰を拠点としており、朝鮮半島の南端(百済)や対馬(つしま)、壱岐島(いきのしま)、また能登から上越付近までを勢力下に置いており、その都は出雲(いずも)にあったとされる。基本的に「卑弥呼」と呼ばれるシャーマンは壱岐島出身であり、「卑弥呼」から「卑弥呼」へと継承が行なわれた。特に壱岐島は「伊豆」と縁が深く、「伊豆」の語源は「出雲」だと言われている。

three 「倭国」(やまとの国)―源流を中東のハッタイトに置き、「秦氏」(はたし)とも呼ばれる。
   現在の和歌山県付近を拠点としており、近畿および中部地方(岡山県から和歌山県、三重県や愛知県にわたる地域)を勢力下に置き、その都は現在の堺付近にあったという。「ハッタイト」は中東地域(エジプトやトルコなど)で、神殿などを作る技術を持った民族であり、ユダヤ12士族の1つを構成するとも言われ、頭脳集団や技術集団としての流れを残す民族とされる。

four 「日本国」(ひのもとの国)―源流を韓国系渡来人に置き「日本族」とも呼ばれる。
   群馬西部から埼玉北部に拠点を置き、関東一円から信州・甲州地域を勢力下に置き、その都は現在の群馬県の甘楽・富岡付近にあったとされる。

five 「蝦夷国」(えみしの国)―源流を「秦氏」に置き、「蛮族」呼ばれることも多い。
   宮城付近に拠点を置き、現在の東北地方全域を勢力下に置き、その都は塩竃(しおがま)付近にあったとされる。この一族も「倭国」と同じ秦氏の流れを汲むとされるが、源流は「ハッタイト」ではなく、同じユダヤの12士族の1つの「ヒッタイト」である。またアイヌとはまったく別の民族である。

   これらの「五州」の中で最も勢力の大きかったのが「日本国」で、軍事力においても他を圧倒する勢力を持っていたようです。それに対し、勢力の拡大を図っていたのが邪馬台国と海人国であり、そうした間にあって形勢有利な方へつく姿勢をとっていたのが倭国や蝦夷国であり、これらの国々は絶妙な力関係のバランスの上に成り立っていました。

邪馬台国の裏切りで「3国同盟」が崩壊

   
ところが突然、バランスの崩れるような”異変”が起きました。
   今まで覇権争いをしていた邪馬台国と海人国(あまのくに)が、倭国(やまとのくに)を加えて3国による同盟が成立したのです。そこで都をどこに置くかの協議の結果、最終的に選ばれた場所が現在の奈良県桜井市付近であり、その都は「纏向京」(まきむくきょう)と名付けられ、それまでにない大きな規模と豪華さを誇ったそうです。しかしその都は日の目を見ることなく、”ある事件”をきっかけに造成途中で計画は廃棄されてしまいました。

   そのある事件とは、邪馬台国の祭司(実質的にはこの祭司が王だったが)、その裏切りにより、海人国の王である大国主命(おおくにぬしのみこと)が”騙まし討ち”にあい、殺されてしまったのです。さらに同族で海人国の后となった伊都(当時の邪馬台国の女王・卑弥呼)までが、女性の陰部を破壊するなどの惨い方法で殺害されてしまいました。当時、「呪い」を仕掛けることができるのは基本的に女性だけであり、それは生きている、死んでいるに限らず、女性の女性器を用いて「祟りのような呪い」が掛けられると信じられていました。

   そのためにその後、女性の「霊力」を怖れて、その力を封じるために女性を「不浄の者」と位置づけることで、神聖な場から遠ざけることにしたようです。

   こうして3国同盟への裏切りから一転して「専制国家」へと変貌した邪馬台国でしたが、実権を握った祭司はその権力を確固とするために、自らを「天照大御神の写し身」と名乗り、卑弥呼に代わる「卑弥王」として王座につき、築いた王朝が「大和朝廷」でした。都は大和の地に置きましたが、一方で自らが殺害した「海人国の大国主命」の祟りを恐れ、その怒りを鎮めるために「大国主命」を「大物主」(おおものぬし)という名称に変え、神として美輪山に祀り、その麓にあった大神(おおみわ)神社に神宮を開きました。これが現在の伊勢神宮・内宮の起源とされているものです。

   またその時に殺された「邪馬台国の女王・卑弥呼」の呪いを恐れ、伊都を封印したとされている場所が、今も奈良県桜井市に残る「箸墓古墳」(はしはかこふん)と言われています。邪馬台国を大和朝廷とし、自らを卑弥王と名乗る祭司は、祟り神を遠ざけておきたいのと、刃向かってくる出雲族を討伐しながら、結果的にその地を鎮めるために神宮を転々と移すことにしたようです。これが遷宮の始った理由であり、そして最終的に現在の伊勢の地に落ち着いたようです。

   ですから現在の伊勢神宮・内宮に祀られている御祭神は、実は殺された大国主命ならぬ「大物主」であり、伊勢の地が都から遠くに置かれており、山々で隔てられた場所であるのもそうした理由の1つと言われています。また「卑弥王」は近畿エリアを掌握した後、山陰道や南海道、西海道などを平定して西日本をほぼ手中に収めました。(その時、「山陰道」の陰の字を使用したのは海人国を葬り去った後、その都があった出雲を貶(おとし)めるために付けたとされている)

   そして大和朝廷は、ついに日本統一を成し遂げるための第1歩として、最大の脅威である「日本国」(ひのもとのくに)を滅ぼしにかかったと言います。これがあの有名な「日本武尊の東征」(日本武尊とは「大和の国の勇者」という意味であり、実際には1人ではなく、数人いたと言われている)なのです。そして「日本武尊の東征」は成功を収め、最終的に大和朝廷は(奥州・北海道を除いて)日本征服を成し遂げたのです。

祀られた祟り神が1つの地に根付くことを怖れた大和朝廷

   
果たしてこの物語が真実であるかどうかは、今後の検証に光が当てられる時を待たねばなりません。それに最近はこれと同じような説を唱える人も多いことから、仮にこうした歴史的背景があったとすると、現在まで続いている伊勢神宮の遷宮という風習は、本来伝えられている意味合いとは異なったものになってきます。

   伊勢神宮に祀る神様は天照大御神ではなく、実際は大物主であることや、遷宮する理由としては、1つの地に神宮を留めておくことで、その地に「祟り神」が根付くことを大和朝廷が恐れていたからとも捉えられます。また天皇が伊勢神宮に参拝したという記録は明治天皇が初めてであり、それ以前の天皇が1000年の間伊勢神宮に参拝しなかった理由についても、何か納得できる気がします。

   いずれにしても、統合へ向かう2013年以降、日本に限らず世界中であらゆる隠されてきた真実が明らかになる時代がやって来るので、こうした隠された史実が近い将来明らかにされると思います。そこにどのような真実があったとしても、過去は過去であり、そうしたことを理解して受け入れていくことのできる度量を日本人は持っていると思います。そして奇しくも2013年には、20年に1度の伊勢神宮の遷宮と、出雲大社の60年に1度の遷宮が重なったことは、とても偶然とは考えられない必然であったと思います。


 『これから10年「世界を変える」過ごし方』 滝沢泰平著  ヒカルランド


                           抜粋

   
   

 

無条件に愛すれば、無条件に愛される

Q、 どのような理由から、2人の人がカップルになるのでしょうか?

  
 まず①愛から、②霊的な成長の必要性から、また③執着からだ。
   最初に挙げた2つの場合は、転生する以前に、霊的な判断に従って取り決められる。3つ目のものは転生後に本人が選んだものであるが、多くの場合当然、それは霊的なものではなく「現世的な」理由によって決められており、すでに述べたように転生以前に交わされた魂同士の約束が、ここで何度も変更されることになる。

   最初の①のものは、愛情による結びつきと、魂同士の類似性によるものだ。
   ②の霊的な成長のための結びつきは、互いに学びあう必要性によるものだが、通常、互いの間に前世からの課題が残されていたり、特定の欠点や美徳に互いに取り組むことで、霊的に向上する可能性のある魂の間に見られる。③の執着による場合は、外面的な肉体や性的魅力であったり、互いの知的あるいは物質的な目標が似ていたり、物質的な必要性と愛情の欲求、それに一緒になる者同士の便宜的利益や義務などによって結びつく。


Q、 どこへ転生するかが霊界で決められるのは理解できますが、2人がカップルになるというような決定は、いつも現世で決められるように思うのですが・・・。

  
 確かに、最終決定は転生して後に行なわれる。
   しかし何十億という人々の中から見ず知らずの2人が出会うというのはどれほどの確率だろうか? その出会いは偶然なのだろうか? つまり、特定の2人が出会うための環境が整い、知り合う機会が成立するためには無数の状況が重なる必要があることがわかるだろう。そしてこれは、実は霊界からの介入で調整されていることなのだ。また自分の人生において、ある人が自分の重要な人になると予感できるのは、前世の記憶が呼び起こす感覚によるものである。

   我々は、魂の双子・ツインソウルを誰もが与えられているが、あなた方の進化レベルの世界では、しばしば転生ごとに異なるパートナーを選ぶのが普通であり、多くの場合、霊的成長のために変える必要があったり、前世での行為の結果として変わることがある。つまり、霊的に完全に似ているツインソウルであっても、愛よりも欠点が強く、しかもそれを認識も修正もする気がなければ、一時的に別れてしまうこともある。人は失ってはじめて、大切なものに気づくこともある。そうして次には、あまり似てはいないが、自らの欠点を修正するために役立つ人を相手に選ぶことになる。

   あなた方の世界ではほとんどの人が、内面的なものを気にかけたりしないので、愛によって結びつくカップルは非常に少ない。人々の大多数は、物質的あるいは精神的な必要性や便宜性、それに外見や性的魅力などによって一緒になるので、肝心の魂の要求に従って結びつく者はほんの少数である。

   魂が自らのエゴのほとんどを取り除くことのできた進化した者たちの世界では、もっと自分の心の声に忠実であり、彼らのほとんどの結びつきは愛に基いている。それは類似する魂同士が相手を見間違えたりすることがないからであり、物質的欲望がいかに満たされようと、互いの愛情ほど幸せを感じられるものはないことを知っているからである。そうした世界では、私利私欲によって相手を選ぶ者たちはいないし、当然、双子の魂・ツインソウルでないカップルに出会うこともない。


Q、 私たちの今の世界では、1人の人だけをパートナーにするのがもっともいいことだと考えられていますが、あなたのお話によるとそうでもないように思えるのですが・・・。

  
 本来、愛というものと結婚とは別物である。
   ある程度の時間が経過しなければ結婚している夫婦にはわからないのだが、あなた方の地上での結婚生活の90%に真の愛は存在していない。だが届出をしているということが理由で、たとえそうでなくてもあなた方は考えを変える気はないように見える。

   自分たちの関係を感情に基いて選ぶようになれば、進化した世界の人々のように、あなた方の関係も永続的なものとなるだろう。ただその世界で互いを結びつけているものは、義務などではなく、愛情なのである。人には誰にも、相手を選ぶ自由と同じく、自分で決意するなら別れる自由もあり、自分の決めるそうしたことについて誰にも言い訳をする必要がない。

   はっきりさせておきたいことは、2人を結びつけるものは相互の愛であるが、常にそれぞれが個人の自由を完全に持っているということだ。それがたとえ司祭や神主の前であれ、宗教的遺物と花で装飾された祭壇の前であれ、サインした契約書などで結び付けられることはない。2人を結びつけるものはそのような契約や儀式の神ではなく、それらはあなた方が作り上げた法律や習慣であり、あなた方自身がそれを継続してそうしているに過ぎない。

   神が本当に与えてくれたものは、愛する能力と、愛を体験して幸せになるための双子の魂・ツインソウルであり、自らの運命を自分で決定できる自由である。しかしあなた方の世界では確かに、愛情で結びつくほんのわずかな夫婦であっても、それぞれのエゴは克服されねばならず、エゴによって感情が押さえつけられてはならない。誰と一緒にいたいか、あるいはいたくないかを選ぶ自由があるのは常に良いことであり、霊界は常に、自由意志の味方である。

   ただ届け出をしたというだけで、何の愛情もない相手と一緒にいることを強制したり、好きであっても何らかの理由で一緒に暮らすことが不可能な人を強要するのは、自由意志の侵害となる。あなた方は、夫婦になるということを、自由意志の一部を放棄することだと依然として思い込んでいるようであるが、そうではない。たとえばあなた方は、結婚したり同棲すると、絶対に果たすべき義務であるかのように、相手と性行為を持たねばならないと思っているがそれは違う。人は嫌であったり望まないのであれば、ただ結婚しているからという理由で性行為を義務づけられたりはしない。

   また単に性行為を理由に相手と一緒になる理由もなければ、どのような状況で一緒になったにせよ、自分にはない気持ちを感じなければならぬ義務もない。そしてこれが一番重要な
ことであるが、そのために罪悪感を覚える必要はない。感情とは強制されるものではなく、自然に湧き出なければならないものだからだ。つまり霊的な観点からは、すべての上に自由意志があり、他のどんなことであれ、あらゆることに勝って自由意志があるのだ。執着を手放さない限り、愛の至福を味わうことは到底できない。愛における執着とは、鳥にとっての「鳥かご」なのだ。

Q、 愛し合っているからではなく、単なる性行為だけの時間を持つことは、何らかの霊的な法則に背くのでしょうか?

  
 その人たちが自由に選択したのであれば、問題ではない。
   しかし魂は、成長し進歩していくにつれて性行為の関係以上のものを求めるようになるので、ただの肉体的関係だけで満たされることはなく、虚無感を覚えるようになるものだ。またお互いに性的に惹かれ合ったとしても、魂の類似性がなく内面的な気持ちが満たされないならば、そうした性的関係だけの結びつきは飽きてしまうので長くは続かない。たとえ続いたとしても2人の絆(きずな)はとても弱いものなので、不安定な関係ゆえにもめごとが絶えないだろう。

   魂が成長していくにつれて、性行為という生物的本能の欲求は気持ちを表現するものへと変わっていく。原始人の性もまた基本的に本能的なものであり、好きでない人と性行為をしても、まだ感情がほとんど発達していなかったことから空虚感を覚えることもなかったはずである。しかし愛の能力が高く進化した魂であれば、本能を満足させるためだけの性行為には、大きな虚無感を覚えるはずである。進化した魂にとっての性行為は、親密な愛情表現なのだ。

   進歩した世界では、一緒になろうと魂を突き動かすものは、純粋に内に感じる愛だけであり、それ以外の理由で互いが結びつくことは極めて稀なことである。また彼らには洞察力が非常に発達していることから、あなた方の世界によくあるケースのように、外見に惑わされた結果自分の思っていたような人ではなかったことがわかり、騙されたと思ったり失望することもない。

   あなた方地球に住む人々の性の問題は、そのほとんどが何の愛情も感じない人との性行為を持つということに由来している。あなた方が見るのは肉体的な一部分だけであり、性の喜びのもっとも大きいものは、肉体的に非常に魅力的な人と関係を持つことだと思い込んでいる。

   ほとんどの人は自らの感情を認識することがなく、ゆえに自分と霊的に似ている人と一緒になることができない。そのために愛情を持てないことから問題が生じるのだ。つまり、内的に満たされたと感じられないことが問題なのだ。愛のない性行為を持つことで一番苦しむのは、そうした内的なものを求めている進化した魂なのだ。

   互いの間に愛情がないことが問題なのだと気づいていても、自分の正直な気持ちに従う代わりに、また同じような愛のない別の相手と性行為をしてみたり、行為にいろいろな要素を加えてみたりするが、虚しさは埋まらない。この虚しさは感情でしか埋められないものなので、それをどれほど物で埋めようとしても不可能なのだ。

   あなた方が誤って、「情熱的」な愛であるとか、「ロマンチック」な愛と呼ぶものは強い肉体的な魅力による関係で、それは花火のように一瞬は強烈だとしても、その後は完全に消え失せてしまう。それでそうしたものを何とか継続させようと、豪華なプレゼントやディナー、スィートルームでの一夜などを準備して努力する。しかしそうしたものも、実際には単に性欲が満たされればなくなってしまうものであり、求めているものはただの性的魅力であるに過ぎない。

   情熱ということに関して言えば、ほとんどの場合それは愛とは何の関係もなく、ただ誰かを所有したいという満たされぬ欲求だけであり、まさに我々が執着と呼ぶエゴが現れたものである。しかし人は物ではないので所有できないし、本人は本人以外の誰にも属さない。愛することと所有したいこと、また愛と執着を混同してはならない。

   ここではっきりさせておこう。
   我々は、誰かを愛するように強制することはできないのだ。もし愛が自由でなければ、それはもはや愛ではないのだ。そして感情も強要することはできない。感情は他人の提言や操作、強要、命令にも従わない。もしあなたが愛されたいのであれば、何の見返りも期待せず、無条件に愛することである。そうすればいつか、「原因・結果」の「因果応報の法則」があなたが与えたものをもたらすだろう。


    book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット


                           抜粋

   


   
 


   


   

自分の直感と感情が教えてくれる

Q、 家族構成や将来のパートナーなどは、転生以前に互いに相談し合って約束されているということですが、その約束は必ず守られるのですか?

  
 実はあなた方の世界では、絶えず転生以前の約束は破られている。
   その原因は通常、本人が自身のエゴに身を委ねる結果、決断の多くが頭で下されることによる。あなた方の思考は物質主義に多大に影響されているので、物質的な獲得や快楽主義的な生活を志向するように誘導され、本来決めてきた志(こころざし)や霊的な約束を忘れてしまうからだ。


Q、 魂は転生する前のことをほとんど覚えていないと思うのですが、転生してからそうした約束がどんなものだったかをどうやって知るのですか?

   
霊的な直感に従ってみるとよい。
   人は心で感じたとおりにする時、どの道を選ぶべきかを知っている内面の声に従っているのだ。そして当初の目的を果たしていくにつれてより幸せになり、さらに自信がついて落ち着き、人生における次の目標が明らかになってくる。心の声に耳を貸さないでいると、あなた方は頭脳のみに導かれることになる。頭脳は感情とは異なり、純粋に物質的な目的に向かうよう仕向けるので、その結果、人は虚無感を覚え、自分との折り合いがつかず、不満足で自信がなく、人生に意義を見出せなくなる。

   転生前にカップルになる合意をしていた
2つの双子の魂が、現世で出会ったとしよう。
   魂たちは互いを認識し、両者に愛情が芽生えた。しかし一方の魂はすでにひどくエゴに洗脳されており、今回の出会いでの決定もそのエゴに従ってしまった。エゴは頭の中で、物質的に不満足な状況に難癖をつけ、あらゆる方法で感情を無視させようと働く。「そんなにいい相手とも思えない。第一お金を持っていない。学歴がない。育った環境が違う。カッコよくないし、肉体的な魅力がない。多分家族は反対するだろうし、しかも遠方に住んでいる。それに・・・」

   もし自分の本物の感情を味わうなら、真の幸福の一端を一緒に経験できる、霊的に似た魂と生きるチャンスが現れたというのに、このようにしてそのチャンスを逃し、自分の気持ちに反した選択をすることで、転生以前にした双子の魂との約束を破ってしまう羽目になる。エゴの言いなりになると自分の気持ちに従うことはなく、頭脳による知的で物質的な期待に沿って相手を選ぶだろう。こうして外面的肉体的にもっと魅力的な人やもっとかまってくれる人、もっと稼ぎのある別の人を優先した結果、表面的にはもっと刺激的で安楽な生活を送るだろうが、心が満たされず感情的には虚しいに違いない。

   しかし代替計画は常に存在する。
   ガイド役の霊たちはそれぞれの人の能力と限界を把握しているので、霊的にはそれほど類似していない相手であっても、自分の感情のために努力する気のある別の人と人生をやり直すことが可能だ。一見、その人の選択が幸せへの最短距離から外れた否定的なことに見えるが、しかし自分の好きな時に考えを変える自由もあるわけで、やってみなければ自覚できない体験をすることも自由意志の一部である。それに、この方法で学ばなければ、別の方法でも学べるし、同じ場所へ行き着く道はさまざまにあり、選択肢は異なるとしても体験や学びにおいては同じなのだ。

Q、 家族構成、つまり父親、母親、兄弟姉妹はどのように決まるのですか?

  
 通常は、一緒に生まれようとする魂たちがそれぞれの指導霊たちから助言や支援を受けながら、互いの合意のもとに決められる。そこには贖罪(しょくざい)や使命などの目的があり、転生する魂の進化が目的である。

   たとえば、親、子、兄弟を構成する家族全員が前世では互いに天敵同士であり、憎しみや復讐、恨みに駆られて残酷な危害を加えあった過去を持つ場合がある。これらの魂たちは、血縁の中にともに転生することで、生まれる愛情を奮い起こして、お互いの傷を癒すという目的のもとに一緒に生まれ変わる。つまりこのケースでは、前世で互いに傷つけ合って「愛の法則」に反したために、彼らの間に清算すべき負債があったので、家族となることで一種の贖罪が行なわれる。

   使命の場合には、魂は負債の帳尻を清算するために集まる必要はなく、愛し合っているので、より進んだ霊的な目的の遂行のために、援助し合うために一緒に転生する。そうした目的は、進化の遅れた人たちを支援することと関係しているが、同時に自分たちの霊的向上にも役立つ。

   これらは両極端な2つのケースであるが、それだけではなく実際には、その間にはさまざまなエゴと愛、あるいは贖罪と使命を目的とした家族のケースが無数に混在している。魂は霊的進化の道程を進んで行くにつれ、支払うべき「借り」が少なくなり、無条件に与えられる愛の力が大きく成長する。


Q、 しかし贖罪が目的の家族関係の場合、憎しみ合う人たちの共存は、暴力や口論などが起きて逆効果にならないでしょうか?

  
 彼らは、家族として共存することを強要されたわけではない。
   自分たちの悪い感情を克服するために、彼らの指導霊たちの提案を受け入れたのだ。だからあなたが言うような虐待や暴力、緊張や口論が起きるとすれば、こうした魂たちが未だ霊的な悪習を手放さず、自らを改善する気がないから起こるのだ。

   通常、家族の全員が互いに仲が悪いわけではなく、たとえば父親と息子の対立、あるいは兄弟間の仲が悪くても、他の家族とは問題ない場合がある。通常このような家族には、彼らより進化した魂が転生していてあるべき手本を示す。似たような欠点のある魂が一緒に転生する理由は、まさにお互いが相手を映し出す鏡の役目となるためであり、自分と似た存在と共存する体験から学ぶことが目的である。

   この経験から学ぶべき一番大切なことは、我々はみな兄弟なのだということを知ることである。そしてこれがまさに文字どおりに実現しており、前世でもっとも憎むべき相手だったのが、次の転生ではあなたの兄弟となるのだ。

   ここで1つはっきりさせておこう。
   一部の人だけを愛して、その他を憎んでいるようでは進歩はできない。憎しみを愛に変えない限り、あなた方は前進できないのだ。ゆえに憎しみの結果行なった行為は償う必要があるが、自分にとって一番苦手で最も借りがある人に償いをするのが理想的であろう。またエゴが顕れたものが欠点であるが、自分と同じエゴを持つ他人のエゴを認識したり、それを体験してみることも有益である。

   我々は他人のことはよくわかるのに、自分のことは気づかない傾向にある。
   つまり我々は、特に嫌いな人の欠点には神経を尖らせるが、実は自分も同じであるからこそ他人の中によく見えるということには気づかないのだ。他者のエゴのために実際に苦しむことで、自分の中の欠点がどのように自らに響くかを体験し、自覚することができるので、それをなくそうと考えるだろう。


    book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット


                           抜粋

私たちは「愛」の代わりに「執着」を教えられてきた

Q、 エゴが顕れる感情にはどんなものがあるのか、それについて話してください。

 
  エゴにはより原始的なものAと、それが元になって生じているものBとの2通りがある。

   A 強欲・貪欲・好色・憎悪・攻撃性・羨望
   B 執着・独占・嫉妬・恨み・無力感・情欲・罪悪感・怖れ・悲しみ

   強欲とは、物質的財産を蓄えることを過度に熱望することである。
   欲張りな人は、物質的に与えられるものをどんなに沢山持っていても、自分のものだと思っているものを他者と分かち合うことを拒否する。その結果、物質的な強欲は霊的な強欲、つまり執着へと変化する。霊的な強欲とは執着であり、不当に自分の所有物だと考えている人たち、たとえば子どもやパートナーなどと愛情を分かち合うのが難しい。

   執着に苦しむ者は、少数の人しか愛さず、その人たちにも同じことを強要する。
   そして実は多くの人々が、「愛している」と思い込んでいるがそれは誤りであり、相手を強く愛しているがゆえに苦しいと言うのだが、実際には愛着による執着によって苦しんでいるのだ。魂が進歩すると初めて、愛と執着との区別ができるようになる。


Q、 愛と執着との違いを説明してください。

   
人が愛する場合は、愛する人と自分の自由意志を尊重しようと努めるものだ。
   自分がその人と一緒にいられなくても、愛する人が自由で幸せでいられるように尽くすだろう。それに対し、執着を患(わずら)っている場合は、愛する人のためになることよりも、自分のエゴを満たすことを考える。その結果、相手の自由意志を侵害する傾向にあり、相手の意に反して自分の近くに置こうとしたり、自分のやりたいことを強要したりし、相手と「自分の競争相手」と見なす他の人との関係を最大限妨害したりする。

   本当に愛する者は、愛する人を所有しようとはせず、愛する人が他の人たちを愛しても不快に思わない。執着は底をつくかもしれないが、本当の愛、真実の愛は決してなくなることがない。より多くの人を愛せるようになっていったとしても、愛が減るわけではない。しかし執着は、そうだと思いこむ。他の人たちに与えられる愛は、自分から奪われるものだと思わせる。

   執着を持つ者は、愛情を要求し、それを強要し強制する。
   自分がすることの見返りを常に求める。要求して受け取ることだけを考え、自分が与える時は常に利益と引き換えであり、最初に自分が頼んだことをしてくれることが条件だ。執着すると、自分の自由意志までも侵害し、したくないことをするように自己を強要する。真実の愛を感じるものは、無条件に与え、感情を束縛しない。強要も強制もせず、愛する人に何の見返りも求めず、何の要求もしない。

   たとえば、鳥を愛しているという2人の人がいる。
   1人はいつも空調の効いた部屋の中で、金でできた鳥かごの中に鳥を飼っている。栄養のあるえさをやり、きれいな湧き水を与え、定期的に獣医へ連れていく。もう1人は、ただえさを持って公園に行くだけであり、鳥が飛んでくればなでてやり、怪我していて飛べないときは世話をする。

   最初の人は、「自分は本当に鳥たちを愛している。野生であれば得られない快適さを与えているし、そのためにお金も費やしている。でもなぜかすぐ病気になり、どんなに治療にお金をかけても早死にしてしまう。それがとても辛い! どうしたらいいのだろう?」と言う。

   それに対しもう1人は、「私が世話する鳥たちは、私のものではない。彼らは本来の自然の中で生きている。鳥が私と一緒にいてくれるのは、鳥がそうしたいからなので私は幸せだ。自由に飛び回り、望むように生きている鳥を見られてうれしい。友よ、あなたの鳥は自由でないから悲しみで死んでしまうのだ。好きに飛べるように鳥かごを開けてやれば、自由になって幸せになるので生き続けるよ」と言う。

   「かごを開ければ飛んで行ってしまい、2度と会えないじゃないか!」、と最初の者は答える。それに対し2人目は、「逃げたとすれば、それは意に反して捕らえられていたからで、そんな隷属した生活がいやだからだよ。でも私の鳥たちは、好きな時に来たり去ったりできると知っているから、逃げたりしない。それどころか私が公園に行くとすぐに寄って来てくれて、私の上に止まるよ」と言う。

   最初の人は、「それが私の望みだ。私は鳥たちに好かれたいんだ」と言う。
   すると2人目の人は、「強要すればそうはならない。あなたは彼らが最も願っていることの代わりに快適さだけを与えた。鳥は自由に飛びたいんだ。鳥を本当に愛しているのなら、自由に行かせてあげなさい」と答える。


Q、 執着がどのように他人の意志を侵害するのですか?

  
 子どもが大きくなって、恋人ができたとか、家から離れて仕事や勉強がしたいなどさまざまな理由で独立を求める際、これをさせずに自分の側に引き留めようとする母親には執着がある。執着のある母親は、子どもと一緒にいたいという欲求を押し通そうとし、独立して自分の人生を歩みたいという子どもの希望を尊重しない。もしそれが叶わないと感情的に傷つけられたように思い、「子どもは私を愛していない」などと言い、彼らに罪悪感を抱かせるように仕向けて子どもを側に置こうとする。

   「この仕事、あの専門を学びなさい」と子どもに要求して、もしそうしなければ仕送りをしないとか、相続権を譲らないなどとする父親には執着がある。門限は何時だとか、付き合っていい人悪い人を指図する人には執着がある。これらはすべて「偽りの愛」という執着であり、それは執着する相手を監獄や刑務所へ閉じ込めておくことであり、執着する者はまるでその看守である。


Q、 執着は他人の自由意志を踏みにじるだけでなく、自分自身の自由意志をも侵害するとのことですが、それはどのような場合ですか?

  
 たとえば先の母親を例にとると、執着する人は、家族以外の人に支援するなど、自分の心が求めることに時間を使いたいと思っても、そうすると子どもや夫の面倒を見られなくなると考えて自制してしまう場合だ。執着を乗り越えなければ、自分の内面を充足させることに罪悪感を覚えるだろうし、それによってそうすることを自分に禁じてしまうかもしれない。

Q、 しかしそれが執着であるという例には驚きます。なぜならそのように家族に尽くす人は、一般的に家族を愛する人だと思われていることが多いからです。

  
 その理由は、執着というものがあなた方の文明社会に深く根付いており、しかも多くの場合、愛と混同されているからである。ほとんどの人々は、受けて来た教育のために執着心が非常に強くて深く、それを自分の個性の1部として定着させてしまっている。女性は自分の時間の100%を夫や子どもや仕事に捧げないならば、罪悪感を抱かせられるようになっている。

   家族以外の人に時間を費やすと、味方であるはずの家族からでさえ口うるさく批判され、「自分の家族よりあの人たちの方が大事なの?」とか、「一体なぜそんなことに関わるんだ? お前は家族と一緒にここにいるべきだろ」「人にどう思われるか」、などと言って罪悪感を抱かせられる。男性は、社会の慣習によりこれまで大きな自由を謳歌してきたが、彼らもまた執着の感情から免(まぬが)れているわけではない。見も知らぬ人に手を貸そうとすると、特にそれが何の得にもならない場合には、他の人の執着によって非難されたりする。

   すでに述べたが、真実の愛はなくなることがないので、愛する対象が段々増えていっても、それで家族を愛さなくなるわけではない。しかしそうなると約束も多くなり、時間もとられることになる。それが執着を患う者には、前よりも少ししか愛してもらえていないと受け取られるが、実際にはそうではない。結局、彼らから家族の義務を果たさないという罪悪感を弄(もてあそ)ばれるのだ。

   よく観察してみれば、誰かが週に1、2度、2、3時間かけてお金を使い、サッカー観戦やパチンコ、カラオケ、飲み屋などに行くが、それで家族をないがしろにしているという印象を持つ者はいないことがわかる。しかしその同じ人が、自分や他の人々に役に立つような内面的な話に行く人に対しては、あらゆる難癖(なんくせ)をつけて罪悪感を与える。結局これは、分かち合うのが困難という、執着が持つ性質のためである。執着は愛ではないので、この障害を克服できなければ、あなた方は霊的に停滞してしまうだろう。


Q、 家族は霊的成長の障害となり得るのですか?

   障害となるのは、自分にも成長する気がないだけでなく、他者にも成長させまいとする魂たちの理解のなさである。彼らは進歩を願う者を、それがたとえ家族のようにつながりのある者であっても、自分の持つあらゆる手段を駆使してそうさせまいとする。理解のある家族と暮らす者には、家族が霊的な成長を遂げるための支えとなる。しかし地球世界の人類は執着ということにおいてほとんど成長していないので、真剣に覚醒に取り組もうとする者は少数に過ぎない。

   家族には同じレベルの魂がいるが、霊的成長に取り組むつもりでいても、彼らが同時に目覚めることはほとんどない。だがそれをできる人が先陣を切らねばならないのだ。キリスト教の影響力を強く受けてきた人々のために言うと、イエスも家族からの執着のためにその不理解を乗り越えねばならなかった。イエスの家族は彼を理解できなかったので、彼が家の義務を果たさないと言って常に非難したのだ。気が狂っていると言い、罪悪感を感じさせ、ヨセフが亡くなって彼が大家族を養う責任を負うようになってからは特にひどくなった。だが事実はそうではなく、イエスは母親と兄弟姉妹たちが自立できるまで物質的支援をしたのだ。


Q、 無条件に愛するためには、家族を放棄する必要があるのでしょうか?

   
霊的高次元が、家族の放棄を要求することなどあり得ないことである。
   なぜなら家族というものはまさに高次元において創られたものであって、家族において最初の感情を刺激する手段のためである。夫婦間や親子間の愛情は、魂が最初に出会う感情であり、それは生殖本能や子どもへの保護本能から発達したものである。

   ここで唯一伝えたいことは、愛において前進するためには、心を開いて分かち合い、家族という1つの単位の概念を広げ、この世界に存在するすべての霊的存在がその一部であるという考えにまでならねばならないということである。もしあなた方が愛する時に、カテゴリーという区分を設けるならば、真の兄弟愛の実現は不可能である。なぜなら当然、自分の家族が一番先で、次に同じ故郷や国、同じ人種や文化、宗教の者を優先し、それでも残ったものがあれば他者にあげようということになるだろう。

   見返りを期待せずに与えるのではなく、常に何らかの見返りと引き換えであることで、エゴがカモフラージュされている。すべては自分に沢山くれそうな人が第一にリストアップされ、以下はそれに続く。何もくれない人は欄外だ。こうした利己的な態度は、どれほど会員だけの連帯を正当化しようと頑張っても、基本的に「愛の法則」を侵害するものだ。

   執着は虚栄心の段階に始まり、自負心の段階の最後まで克服されることが難しいものだ。もちろん進歩はあるが、しかしそれは常にゆっくりである。虚栄心の強い者の感情はあまり発達していないので、執着心はとても強く、他者の自由意志への配慮がなく、甘やかされたり構われたいという思いや、成長への意志の弱さなどによってそれがより助長される。


Q、 では強欲と執着はどう克服するのですか?

  
 強欲の反対は寛大であるが、強欲に打ち克つためには、物質的および霊的な寛大さを発展させる必要がある。強欲と執着は、物質的、霊的な面において、自分が持っているものを他者と分け合うことで乗り越えられる。


   book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット


                           抜粋


   


   

戦争は「ある人々」によって計画的に起こされるもの

Q、  もし人から襲われて、それを防ごうとして相手を殺してしまった、あるいは子どもたちに危害を加える者がいて、加害者を殺さなければ子どもが守れない場合、その殺人はどうなのですか?

   
よく聞きなさい。
   霊的世界では、起きた出来事がどのようなものであるかは重要なことではなく、その時の「意図」が重要なのだ。相手を殺すつもりはなく、殺されるのを回避しようとしただけの者と、最初から殺意を抱いていた者とを同じように裁くことはできない。その人は出来る限り損害を与えないように、被害を避けようと努めるはずだからだ。

   しかし戦争に行く人々はこのケースではない。
   人が戦争に赴(おもむ)く時、いつかは他の人間を殺すことになり、また自分が死ぬはめになるかもしれないということを完全に自覚している。もし彼が宇宙を支配する「愛の法則」を信じているならば、敵軍に生まれ変わっている自分の兄弟を殺害しに行くために、自らすすんで入隊など絶対にしないだろう。殺人を正当化し得るほどに高い理念や信仰など、この宇宙には何1つ存在しないからである。


Q、  しかし実際には多くの人々が意に反して徴兵され、前線に出向くように強要されていますが、それについてはどう考えますか?

   当事者の魂にとっては、崖っぷちの選択をしなければならないので、それは大きな試練になるだろう。しかし、このような状況は偶然に起きているのではないと知るべきである。つまり、このような試され方をされる者は、おそらく前世では他者を同じような状況に誘導したことがあるからだ。これは「愛」に賛同するかどうかの、自分の信念が試される、非常に厳しい試練でもある。

   戦争に行き、敵を殺して殺人者になるか、あるいは敵軍に拷問されて傷つけられるか、それとも造反者になり裏切り者のレッテルを貼られて、「友人」だった自分の仲間から投獄されたり拷問され、あるいは死刑にされるかもしれない可能性を選択しなければならない。これらの選択には情状酌量の余地があるが、自分が死ぬか敵を殺すかという戦争に行くように、他者を強要した者の責任はもっとも重く、重い責任を負うのだ。

   あなた方の世界では、命を危険にさらして敵軍の兵士を殺した者は「勇者」である。
   一方で、1人の敵兵も殺さないですむように自分の命をさらした者は「臆病者」とされる。しかしながら霊的世界では、それが正反対となる。勇敢なのは、殺人に反対する平和主義者であり、造反者であり、裏切り者であり、兵役忌避者である。

   それは、彼の知らないさまざまな信仰やイデオロギーを生きている人々の命を守るためであり、そうすることで自らの軍隊から死ぬまで迫害されることになることを知っていながら、自らの命をさらす勇者なのだ。一方、どちらかの軍隊から自分が殺されることを怖れて、他人の命を奪おうと危険に身を晒す者は、勇者からは程遠いと言わねばならない。

   いずれの場合にせよ、そのどちらかを決めるのは魂である。
   兄弟の殺害を拒んだために、それを強制する利己主義者から報復されて、この地上で一時的に苦しむが、別次元で報酬という進歩を受け取るのか。あるいは戦争の英雄として地上で一時的に報われるが、兄弟を傷つけたことから、後の霊界で苦しみ、再びその学びのサイクルを繰り返すのか。


Q、  ではたとえば、ある国を侵略しようとする国や勢力があったとしたら、そうした攻撃や侵略を防ぐために他の国々は何をするべきなのでしょうか? ナチスドイツのケースを思い出しましたが、ヨーロッパやアメリカは、ナチスがその軍事力で世界を征服するがままにさせておくべきだったのですか?

   
あなた方が知り得る人類の歴史の知識は、ほとんどが過大に操作されたものである。
   多くの者が未だに、戦争には善い陣営と悪い陣営があり、一方は神に支援されていて、他方は悪魔が支配すると信じている。そして今あなたが言及したような戦争は、一朝一夕にして出来上がったものではない。実際には戦争というものは、武力抗争が始るずっと以前から練り上げられ計画されてきたものであり、嘆かわしいことだが、将来的に敵対することになる2つの勢力は、お互いが武装するためにあらかじめ協力し合っており、その後に計画通りに破壊し合うために敵対するのである。

   過激で暴力的なイデオロギーというものは、国民が道徳的に、経済的に退廃してしまうときに台頭してくるものだ。大規模な戦争は、国民が極度の貧困に陥るような、深刻な経済危機の後に起きてきた。しかもこれらの経済危機は偶然に発生したものではなく、人々の不幸と苦悩の上に私腹を肥やし、さらに莫大な力と利益を得ようとする経済的かつ政治的な大きな権力を握る、ごく少数の1グループによって意図的に誘発されたものなのだ。

   彼らは、悪の根源を、自分たちとは違う人種や宗教、信仰や文化の違いなどにある人々だと煽動するために、自分たちのために動く広報やあらゆるメディアを使ってそうした理念を広めるために力を尽くす。その結果、そうしたものに洗脳されたあなた方は自らのエゴをそそのかされてしまい、他者の中に兄弟姉妹を見出すことができなくなってしまう。あなた方人類は誰もが同じ根源を有しており、誰もが兄弟姉妹であることを信じる者は、自分の兄弟を殺すために戦争に行ったりは絶対にしないだろう。

   あなた方には子どもがいないのか?
   あなたは自分の子どもが戦争の残虐さに耐え、傷ついたり殺されたり、食べるものがなくて餓えて苦しんでほしいのか? あなた方の家や村、町が破壊されたいのか? もしそうでないのならば、それは相手側にとっても同じことで、戦争をすれば、望まなくても苦しみや死、痛みや破壊を与えてしまうだろうと考えてみなさい。敵側にも苦しむ子どもたちがいて、その子どもたちにも貧困や飢餓や痛み、苦悩と破壊と死を与えることになるのだ。

   あなた方自身の子どもに望まないことはすべて、他人の子どもにもしてはならない、とはっきり言っておこう。なぜなら他者の子どもにすることは、「霊的裁きの法則」により、実は将来のあなた方の子どもに対して行なわれることになるからだ。


Q、  そうすると、戦争の主な煽動者はごく少数の者たちで、他の人々は自分のエゴによって彼らに引きずられて利用されているということですね。そうすると戦争の主犯者たちは、苦悩と破壊を大勢の人々にもたらすことになるので、霊的に莫大な借金を負うことになりますね。

  
 その通りである。
   彼らが反省して態度が改まる可能性があるので、彼ら「闇の権力者」たちが自らの借金を再び増やしてしまう前に、言っておきたいことがある。

   「彼らは侵略や戦争を企て、躊躇(ちゅうちょ)することなく不和や憎しみを国民の間に浸透させ、しかも厚かましくもそれを、神や民主主義や自由など、その他の高尚な名目の元に行ない、そうした理念を汚している。

   彼らは血の凍るような種を蒔いているのである。
   次の人生では、自らが地雷を撒く指示をした国に不具の子どもとして生まれ、あるいは自らが飢え死にさせた国に飢餓状態の子どもとして転生し、否応なくふんだんに苦い果実を取り入れなければならない、と知るべきである。

   物質的3次元で権力を持っていても、それ以外の世界での地位は、お金や権力や影響力によるものではなく、どれだけ愛の能力を開発できたかだけで決まるので、地上的なものは一時的なものに過ぎず、霊界ではそれを維持することはできない。

   この地球世界で支配者だと信じていた者たちが霊界へ移動し、現実をありのままに見た時、自分のせいで苦しんだり死んだりした者たちが、霊的には自分よりも上のレベルにいるのを見て、なんという失望を味わうことだろう! 国家元首は凱旋で礼遇などされはしない。その反対に彼自らが行なった悪行への報復を望んでいる、大勢の劣った者たちが彼が来るのを待ち構えている。つまり、自分が招いた苦しみの分だけ、苦しみを受けねばならない!」


Q、  結果として戦争により、不具や貧困、飢餓や困窮などの辛苦を味わう羽目になった、武力抗争の犠牲者の学ぶことはどんなものですか?

  
 「物質的な物を喪失することだけでなく、肉体の命でさえ失うことに執着してはならない。それらはすべて、仮そめのものである。あなた方は本来が不死の存在であり、誰もあなた方を殺すことはできないことを、思い出しなさい。あなた方は本来の生の場である霊界に戻った時、それらのことはどうでもよくなるだろう。そこではすべての苦しみが癒され、すべての傷が癒され、そして愛のみが重要なこととなる。

   あなたの経験した災いのすべては、同胞の人々の苦悩を理解し敏感になることに役立つものである。もし二度と同じような経験を繰り返したくないと願えるようになれたのであれば、それは結果として、あなたは愛せるようになったということであり、たとえそれがわずかなものであったとしても、無駄ではなかったのである。」


   book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット


 抜粋
 
 

日本の農業を取り戻したい

   「自らの食糧を生産することのできない国民は奴隷である」、とキューバ革命の祖であるホセ・マルティは言いました。それは自ら食するものを生産しない国民は、必ず他国に依存することになるという意味です。

   日本の食料自給率(カロリーベース)は、江戸時代まではほぼ100%であり、戦前まででも90%近くの水準を保っていたようです。しかし戦後から急速に自給率の低下が進み、1990年代には50%を下回り、この20年間の間にさらに10%も低下し、現在はついに39%という、先進国ではダントツの低水準にまで陥っています。

   もっともカロリーベースの食糧自給率というのは、カロリーがほぼ0に近い野菜などの農産物は、いくら生産しても自給率には含まれにくいために、日本のような狭い領土で穀物よりも野菜を多く生産する国にとって、この算出方法によれば自給率が低くなるのは当然です。

   そのため海外では、食糧自給率と言えば穀物自給率を指すことが多いのですが、日本はその穀物自給率に至っては30%未満であり、この数値は人口1億人以上の大国の中では最低です。また同じく激減している農業従事者の数を見ても、日本人は間違いなく、「自ら食するものを生産しない国民」となってしまったわけです。まだ外国から食料が与えられているうちはいいですが、この先に世界恐慌や戦争、異常気象による干ばつ、オイルショックなどがあって食料の輸入が止まった場合、自給率の低い都市圏の人々は飢餓民になる可能性があります。

   しかも現在のところ、まだ食べなくても生きていける人はほとんどいません。
   現代の日本人は、海外からの食料供給によって生かされている状況ですが、この危機的な状況を生み出したすべてのきっかけは、戦後のGHQの食料政策にありました。占領軍は彼らが支援した日本の子どもたちへの給食に、小麦粉を使ったパン食を普及させることから始めました。そしてパンに合うおかずとして、肉を中心とした卵や乳製品などの畜産物や油脂の消費が増えるようになりました。

   日本の食料マーケットを狙っていた占領軍は、日本人の主食を米から小麦に替えさせ、畜産物の消費を増やし、日本の食料自給率を低下させ、日本を食料消費国つまり輸入国にする企みがあったのです。そして終戦から69年が経過した現在、その計画は思惑通りの結果となっており、日本はアメリカから、人が生きる根幹部分の食料を奪われて、しかも今なお支配され続けています。

石油依存の慣行農業

   時代は資本主義の急速な工業化に伴い、農村から都市への急激な人口集中により、地方の農家の数は減少していきました。そのため膨大な都市住民の食料を、減少する農家が供給することになり、やがて市場は農家に大量生産で安い作物を求めるようになりました。その結果、多くの小規模生産農家はこの競争から離脱し、大規模生産農家だけが生き残るようになりました。

   しかしそのためには、戦前のような無農薬・有機肥料の人力による生産では、市場が求める大量生産には対応できません。その結果、近代農業の三種の神器と呼ばれる「化学肥料」、「農薬」そして「大型機械(施設)」が農家には欠かせないものとなりました。この三種の神器を使った農業が、今や「慣行農業」と言われるものです。この慣行農業は、石油が安く手に入るうちは野菜などを安く生産できても、石油価格が高騰すれば機械や施設は使えなくなり、当然農薬や化学肥料も使えなくなるので、従来の慣行農業ではまったく生産できない状態になります。

   この設備投資に莫大な資金が必要になることが、農業新規参入者への大きな障壁となり、農業従事者をますます減少させる結果となりました。1960年には1454万人いた農業従事者の数も、この半世紀あまりのうちに80%以上も減少し、現在は260万人以下となっています。しかもその平均年齢は、現在では65歳以上が全体の6割以上になっています。

「規格野菜」外の廃棄率は、生産量の4割に達する

  
 規格野菜とは、大きさのS・M・L(小・中・大)、色・形・品質のA・B・C (優・良・並)などの市場価格によって選別される野菜のことで、それから外れた「キズがある、曲がっている、色が薄い、太さが足りない」などの理由ではじかれるものを、規格外野菜と呼んでいます。それらの野菜は店頭に出ることなく廃棄処分されており、それが生産量の4割に達すると言われています。

   政府は日本の食料自給率を上げるために、農業の生産に対する対策ばかりを進めていますが、実際には食料にできる大量のものを廃棄している現実に対し、生産者や生産量を増加させること以前に、もっとしなければならない対策があるように思います。

F1種の登場

  
 F1種とは人為的に掛け合わせて作った種であり、大柄で生育が早く、形も均一の規格野菜ができます。さらに農薬や化学肥料、水の吸収率がよいことから、大量生産の慣行農業にはぴったりの種として、たちまち日本中で普及しました。

   ただ問題点は、種の2代目以降はメンデルの分離の法則が働いて、形がバラバラになって揃わなくなることであり、均一野菜の出荷という商業ベースで農業を行なうためには、F1種を毎年購入しなければならないことです。「三種の神器」だけでなく、ここでも慣行農業特有の、つまり生産者が実は消費者であり続ける現状があります。これではいくら生産農家が食料を生産しているように見えても、実質は奴隷であることに変わりはありません。

   現在、スーパーなどに出回っている作物の95%以上がF1種と言われており、種の大元は海外で作られているので、石油同様に種そのものが手に入らなくなった場合、作物の生産は止まり、スーパーから食料が消えることになります。市場が大量生産の規格野菜を求める限り、慣行農業をやるためには石油とF1種は必須であり、それは外国に依存しなければならないわけで、これが現在の日本の農業の現状です。繰り返しますが、この石油とF1種が手に入らなければ、日本の食料生産は完全にストップします。

   最近は人々の健康意識も高まり、欧米の肉食中心の食事ではなく、国産の野菜や穀物中心の菜食をする人々が増えてきましたが、しかし実はその国産のものが安全とは言えない状況にあります。慣行農業の三種の神器の2つは農薬と化学肥料ですが、これは戦後に大量に余った毒ガスと爆弾が、ビジネスへと転用されることで開発されたものです。

   毒ガスは農薬に、爆弾は化学肥料の原料として使われました。
   つまり農薬や化学肥料は、農業のために開発されたものではなく、実は兵器の後処理のために作られたのです。ですから人命を度外視した金儲け目的が大量生産の農業のメリットであり、基本的には安全な食料生産のための農業には必要ないものなのです。

   化学肥料を使うことで土壌を酸化させると、そこに病害虫が発生し、農薬の散布が必要になります。そのようにして慣行農業で生産された今の野菜に含まれる栄養素は、ここ60年間で5分の1にまで落ちてしまったと言われています。そして農薬が、さまざまな難病の要因になっています。

   農薬は撒けば撒くほど、耐性を持った虫や病気を次々と発生させることになり、1度使い始めたら永遠にやめられない悪循環へと突入し、毒性の強さと量を増やすことになります。食料自給率が世界最低水準の日本が、実は現在、農薬使用量においては世界一なのです。海外の食品は怖くて買えないとよく聞きますが、実際には国産の野菜も決して安全ではないのです。

   今、市場に出回っている野菜のほとんどは、F1種です。
   このF1種を作るときに多く用いられている方法が、「雄性不稔」(ゆうせいふねん)という、花粉を作れなくなった、つまり種を残せなくなったミトコンドリア異常の突然変異の種を使うことです。そして「種を残せなくなった」という突然変異の性質から、この種を用いて作られた作物を人間が食べると、人間にも同じく不妊作用をもたらすのではないか、と最近になって指摘されています。

   このF1種を作るために、受粉にミツバチが大量に使われていますが、最近ではミツバチが大量に失踪するという現象が起きています。この雄性不稔というミトコンドリア異常の植物の花粉をミツバチが摂取し続けたことにより、ミツバチのミトコンドリアにも異常が発生している可能性が出てきたのです。現在、日本人が普通に食べている野菜は、そのほとんどがミトコンドリア異常の植物なので、現在日本人に不妊が多くなっている1つの要因が、こうした野菜にあるとも考えられます。

   TPPの導入以前に、このようにすでに日本の農業は外国に依存することで成り立っていますが、TPPの導入で完全に切り捨てられて壊滅するでしょう。大部分の消費者や企業の意識は「安ければよい」という意識なので、そうした食品や農産物がどっと入ってきたら、日本の農家はお手上げです。GHQによって作られて、今まで散々甘い汁を吸ってきたJA(農協)も、そのために今は恐怖と怒りにふるえ、ただ何も知らずに農協の指導に支配されてきた農家は、絶望感に苛(さいな)まれています。

   TPPで生産者も消費者も最も注意しなければいけないのは、外国産の食品などが入ってくることではなく、日本の「固定種」に対する規制が入ることです。固定種とは、F1種の対極にある種のことで、地元の気候風土に合わせて自然に改良された種のことです。固定種は種を買わなくとも継続して安定した農業ができます。自然農とも相性が良く、本格的な自然農をやっている農家は主に固定種を使っています。

   アメリカではすでに、「F1種以外の作物は販売できない。(固定種によって育てた作物の販売禁止)」が決まっています。これと同じ規制がTPPによって日本に入ってくると、日本人は極めて危険な状態へと追い込まれることになります。

       日本の農業を救う「自然微生物農法」

               
以下 省略  


 book『これから10年『世界を変える」過ごし方』 滝沢泰平著  ヒカルランド


                          抜粋

天災、人災にかかわらず、準備をしておこう

   「イルミナティカード」というカードゲームをご存知でしょうか?
   おそらく実物だけでなく、名前さえも聞いたことのない人がほとんどだと思います。これはゲーム・デザイナーとして著名なスティーブ・ジャクソン氏設立の、「スティーブ・ジャクソン・ゲームズ」というアメリカテキサス州のゲーム制作会社が、1995年に発売したトレーディングカードゲームです。実際には1990年に発売される予定が、発売直前にシークレット・サービスや警察による突然の強制捜査を受けて一切が押収され、しかし最終的に裁判で勝訴して無事販売されることになりました。

   このゲームは、開発者であるスティーヴ・ジャクソンが、「イルミナティ(Illuminatus! Trilogy)」という秘密結社が舞台の小説からヒントを得て、その背景にある隠された陰謀を題材にして作られたゲームです。このゲームカードは発売後すぐにアメリカでブームになりましたが、再び当局から圧力がかかり、販売中止にせざるを得ない状況に追い込まれ、またたくまにブームも去ってしまいました。

   しかし2001年以降、アメリカで再びこのイルミナティカードが注目されるようになりました。それはこのゲームの中から、9・11のテロを予言していたカードが出て来たからです。これだけに留まらず、イルミナティカードは次々に未来に起こる出来事を的中させてきたのです。近年であれば2010年のメキシコ湾の原油流出のカードもあり、さらにオバマ大統領の登場まで予言しています。繰り返しますが、これは1990年にすでに作られていたカードです。

   「ザ・フナイ」の読者であれば、歴史のほとんどが決められたアジェンダ(計画)によって、すべてが意図的に演出されていることをご存知だと思います。このイルミナティカードは、そのアジェンダにある陰謀を曝露するために善意の行動から世に出されたものなのか、それとも悪意を持った予告カードとして計画どおりに出させられたものなのか、それはわかりません。重要なことは、このカードに書かれた内容は将来的に実現する可能性が極めて高いということです。

   そして問題は、このイルミナティカードの中には、日本に起こる出来事を予言するカードが何枚も含まれていることです。
(本書 P.93  P.96  P.98  P.99  P.101 のカードの絵柄を参照してください)  たとえば「Nuclear  Accident 」(核の事故)と「Tidal  Wave 」(大津波)のカードは、いずれも東日本大震災による事故の福島原発を暗示しているカードのように見えます。

   さて話を戻しますが、実はこのイルミナティカードに関する内容は、ある匿名の人から一通の手紙とともに私宛に届いたものです。手紙の中には「イルミナティカードの解読に成功しました」と書かれており、日本に関する複数枚のカードの図と各カードが解説されていました。しかしあくまでもこれは1個人による独自の解読結果であって、これが正しいか間違っているかはわかりません。ただ1つの可能性として知っておく価値のある情報だと思ったので、手紙の内容を紹介いたします。

阿蘇山と富士山の噴火、首都圏連動型地震と福島原発核爆発の可能性

  
 イルミナティカードの表面に書かれている図柄とは別に、どうも「騙(だま)し絵」のような原理で暗号が隠されているように見えます。そして解読結果の最大のポイントは、これから日本で起こる可能性の高い出来事の「具体的な日付」が、カードの中から暗号として出てくることです。

   たとえば2011年の3月11日に、津波の被害によって破壊された福島原発事故を予言しているカードですが、手紙の内容によると、この2つのカードの中にも「日付の暗号」が隠されています。そして逆さまにすると、「311」と書かれた数字が両方のカードに浮かび上がってきます
。(P.96 参照)  これはすでに発生してしまった出来事ですが、続いて未来に関する暗号の解読から考えられることをお伝えします。

   「611」――今後いずれかの年に、この数字に関係したいずれかの日付で、阿蘇山を中心に九州で大災害が起こる可能性。

   「915」――この数字に関係したいずれかの日付で、富士山が噴火する可能性。

   「711」――この数字に関連したいずれかの日付で、関東大震災(首都圏連動型地震)と福島原発の核爆発の可能性。

    それでは最初のカード「Volcano」からご紹介します。
   これには右記
(P.96)のうち「116」の阿蘇山と「915」の富士山の噴火の両方の暗号が組み込まれています。ただしこの日付が今年、あるいはこれ以降の出来事なのかはわかりません。「915」や地図の暗号については、確かに煙と赤い岩石と空の模様によって、日本列島における富士山と阿蘇山のポイントを示しているように見えます。

   「711」については、複数のカードが絡んでいるようで、インターネットで話題になった「銀座和光の時計塔」のイルミナティカードは間違いのようで、これは「関東大震災」(首都圏連動型地震)の被害状況の予言のようです。それについては今回の手紙には詳しく書かれてはいません。ただ「711」がカードに組み込まれているカードの絵柄の内容は、日本の首都圏の大地震や原発事故を予測させるようなものになってはいます。

   これらの4つのカードと、先ほどの「銀座和光の時計塔」も含めて、次のようなシナリオの可能性があると手紙では伝えています。

   『7月11日、朝6時46分に相模湾で大地震が起こり、巨大な津波が発生。
   同日、午後2時55分に首都圏直下型大地震が発生し、東京湾には再び津波が押し寄せる。その直後の午後3時11分に核ボタンが押され、福島原発が核爆発する』

   今回紹介した3つの日付におけるシナリオが、単なる妄想であるか、それとも本当に暗号を解読したものなのかどうかはわかりません。仮に暗号を正しく解読した結果であったとしても、その日付が今年なのか来年なのか、それとももっと先の未来であるのかはわかりません。今回は深く検証することなくとりあえずお伝えしましたが、情報量も十分ではないことから、あくまでもこれらの情報に関する判断は自己責任でお願いします。

   また、暗号の内容が事実であれば、それが事前に多くの人々の知るところとなることで、計画そのものに変化が起こる可能性もあります。それに計画が変わらずとも、事前に対策を立てておくこともできます。いずれにしても首都直下型地震や東海連動地震も、近い将来起きる可能性が高い災害なので、人災であれ天災であれ、いつ何が起きても対策をとれるように、物質的心理的な準備はしておくとよいと思われます。


 book 『これから10年「世界を変える」過ごし方』 滝沢泰平著 ヒカルランド


                           抜粋

自分をしっかりほめてコントロールして生きよう

木内鶴彦   不思議なもので、生死をさまよって、死という体験をした瞬間にこの体から離れるのですが、離れても自分が体から離れているなんて思っていないし、自分の意識は一緒に動いている。たとえば心臓と呼吸が止まるのがわかります。その前に皆さんに聞きたいのですが、死ぬというのは何が怖いですか? 呼吸困難になって苦しいのが嫌だとか思われるかもしれませんが、それはないです。

   上半身だけ起こしてみようと思ったら、起こすことができました。
   あの時は床ずれとかいろいろあって体中が痛かったのですが、一瞬にしてそうした痛みが一切ないことに気づき、自分は健康になったのだと思いました。私は自分に体があると思っていますから、ベッドの脇に足を出し、起き上がって腰を上げようとしました。すると自分のそばに体が寝ている。俺は今ここにいるのに、ならここで寝ているのは誰なんだ?、ということで事の次第がわかってきます。

   こういう場合、皆さんはどちらの自分を信じますか?
   当然、意識のある自分のほうですよね。ということはつまり、肉体というものは容れ物であり、それは今までお借りしていたものです。この時点で、私はお借りしていたことがよくわかりました。私はおやじの側におり、「大丈夫だよ」と言おうとしたら、おやじの体の中に入ってしまった。なぜそれがわかったかというと、おやじの目線から横になっている自分の姿を見ていたからです。

   俺はおやじに取り憑いたと思って、これはまずいとすぐに出ました。
   出るときに「俺は大丈夫だ」と言い残したのですが、後でおやじが「俺はお前の声が聞こえた。おまえが『俺は大丈夫だ』と言った」としつこく言うので、「だから俺はそう言ったよ」と何度も言いました。

   それが最初の死亡体験で、私が22歳の時です。
   そこで私は、今度は過去の次に未来を想像してみました。すると、すでに述べた高野山で、アジアの留学生に向けた最後のゼミを私がやっている場面に行きました。後に40歳になった時、私は実際にそこでゼミをやることになりました。その高野山の講座は、京セラの稲盛和夫さんがやっていた「将来世代留学生フォーラム(1994年)」というものでした。その時の講演最中の映像が撮ってあり、それを見て、ああ、なるほどと思うことがいくつもありました。

   死亡体験時の私が未来に見てきた記憶は、私が22歳の時のことですから、未来に見た高野山でゼミを行なっている自分は40歳の時の私であり、私は18年後の自分を見ていたわけです。それで今、40歳の私がすでに見てきた状況にいて座っていて、これからゼミを始めようとしている。実際に、記憶で見た絵が飾ってあるのを見た瞬間、昔の俺と今の俺が接触する瞬間がだんだん近づいてきていると思うと、私はドキドキして落ち着かなくなりました。

   すると他の先生たちが、「木内さん、大丈夫?」と言い出した。
   それで生死をさまよう体験をしているときに、ここにすでに来たことを話すと、「詳しく聞かせてくれ」ということになり、「22歳の時にこれこれのことがあり、こういう体験をして、実は自分はここの場所のこの壁から出て来て云々」と話したのですが、より一層、「この人、大丈夫かな」という眼で見られてしまいました。

   そうやって死後の世界の話をして、休憩時間をとってからゼミを始めることになりました。しかし実は、その休憩時間の間に、高野山中のご住職たちにその噂が広がってしまい、「ご住職たちもいっしょに講演会を聞かせてもらっていいですか」という話になりました。そして私のゼミの「講演の内容には死後の世界も加えてください」と言うので、なぜですかと聞くと、「ご住職たちが死後の世界のことを知りたいと言っている」と。

   「あれっ?」と思いました。
   なぜならご住職たちは、うまくお話をして、あちらへ行く人たちを送り出してあげる人々なはずです。(笑) その方々が死後の世界を知りたいというのですから、いったいどうなっているのだろうかと思いました。それでそういう話をさせていただきました。今でも年に1回、四国の真言宗のご住職たちと講演会をやらせていただいています。だいぶその世界に近づいている人たちもいるようで、やはり死後の世界を知りたいようです。

病気は自分で治す――自分の肉体的能力を引き出すために自分をほめよう!

   
私たちは、太陽系の大きなエネルギーの流れの中に存在しています。
   それはすべてが回転運動であり、回転と言うのは時間の概念であり、それを我々は4次元と言っています。たて(1次元)、よこ(2次元)、高さ(3次元)、そして回転運動(4次元)なのです。

   さらにそれをつくり出している元になるものがある。
   私はそれを「某態」(ぼうたい・ある状態)と呼んでいますが、それは物質でもエーテルでもなく、空間そのものが意識であるような状態です。それを5次元という言い方もできます。こういうことをだいぶ多くの人々が表現するようになってきましたが、私はそれを実際に体験したので安心していられます。

   皆さんがこれから間違いなく保証されていることは、死ぬことです。
   皆さんは病気になると死ぬことを考えると思いますが、死ぬことは保証されているんですよ。(笑) だったら保証されていることをあえて考える必要はありません。そんなことを考えないで、そこまで精一杯大事に生きたらいいのです。その時に、自分が持っている体の特性や能力を引き出すのは第三者ではなく、あなたの意識です。

   私は最近、それに気づきました。
   自分が体を借りているのだから、自分が引き出さないならば誰にも引き出せないし、そんなことは誰にもできないのです。体の特性や能力を引き出すには、自分をほめることです。人はほめてくれませんから(笑)、「すごい」と自分で決めればいいのです。自分のことをほめるようになると、自分の中のほめられた部分がどんどん活性化されていきます。

   もし病気になって、その部分の細胞がおかしいなとなったときは、正常に戻っていくことを想像すると正常に戻ります。その理由は、私たちは意識によってつくり上げられているからです。中国で倒れた時、私は肝不全の状態にあってもう体がボロボロでした。つまり、多臓器不全ですでに死ぬ瞬間にいました。

   そのとき、私は自分の体を正常化するように思い、体の細胞に「正常に戻れ」と命令を下して意識の旅に出たのです。そういう命令を言い残されてしまうと、細胞は自分で治らなきゃならない。そのスイッチを入れたまま意識体が出てってしまったから、細胞とすれば治るしかない。それで何だか知らないけれども、治ってしまった。

   病気になったら、たとえば癌になってどうのこうのということになったら、医者に委ねることはやめたほうがよいです。それは自分の体を放棄したことになるからです。放棄してしまえば絶対に治りません。ですからこういうことをよく覚えておいて、自分の体は自分でしっかりコントロールしてください。私たちには、この地球という3次元の空間の中において役割があるのですから、それを果たすために、意識体としてしっかり体を使ってください。


         book 『あの世飛行士』 木内鶴彦×保江邦夫   ヒカルランド

                           抜粋
   
   

動物的「生存本能」というレベルを終了して次へ進もう

Q、  進化の視点から見る時、何がエゴの起源なのでしょうか? つまり、魂の進化のどの時点で、エゴが生まれるのですか?

 
  利己主義は動物的な生存本能の延長であり、魂が自分自身で決断し、自由意志で物事を経験し始める時点で出現する。進化が人間という形態の段階に達した魂は、自由意志の力を発揮し始めたばかりと言える。、知能は基本的に発達しているものの、感情面がほとんど発達していないために、本能に影響されて決断することが多く、その中でもほとんどが生存本能に支配されている。その状態から感情の学習を通して、自分の意志で決めることで独自の道を模索し、本能から完全に独立した方向へと進化を遂げていく。

   本能とは、動物界における進化段階の「魂の原型」が持つ生物的プログラムの一種であり、人間の独立しようとする意志が発展していく基本となるものである。本能は欠陥を補う仕組みであり、まだ自分自身で決定することのできない諸問題に対し、自動的に決断を下してくれるプログラムである。それはあたかも自動操縦装置のように、自動的に進路を修正してくれ、まだ舵取りの仕方を学んでいる段階であっても、衝突を避けて運転することを可能にしてくれる。

   本能の中には、どんなに苛酷な状況下であれ、そこに転生した魂が、肉体の死を避ける手段を探すようにと駆り立てるプログラムである生存本能と、種の存続には欠かせない生殖本能とがある。しかし魂には同時に、初めての感情的な欲求も満たしたいという未知なる衝動も感じる。だが感情については無知であるため、これまでのように本能を過大なほどに満足させていれば十分と思い込み、他の存在に与える害悪を考えることなく知能をそのために使用する。


Q、  お話によると、エゴは進化発展上に本来備わっていたように思えるのですが。

  
 完全性へと向かう過程において、魂がある程度の期間にわたり利己的な段階を経ることと、それが多くの転生で繰り返し継続するのは避けられない現実だが、それは有益でもある。つまり自分という存在や意志というものを再認識することができ、愛がない時の感じや、愛を感じられるようになるにつれて、愛がある時の気分をありがたいと思えるようになるからだ。

   よって初期的虚栄心と名付けられるエゴが最初に現れる形態は、若い魂に特有な基本的に物質主義であり、最も原始的な本能を充足することに向けられる。そして物質主義や消費主義や快楽主義といった生き方につきものの、貪欲や強欲、情欲が目覚める。それが集団的には、帝国主義や植民地主義、つまり権力や物質的な富を切望して他者を搾取する態度となって現れる。

   地球人類のほとんどは、まだこうした霊的な思春期に浸りきっている段階にあり、あなた方の惑星では未だにこのレベルが優勢だ。魂が感情についての知識を得るに従い、このような物質的エゴは霊的なエゴへと変容していく。それがより発達した虚栄心の段階である。魂はここでも霊的エゴにしがみついているが、同時に感情も発達させ始めている。与えることにはまだ抵抗があるが、愛が存在することを認識でき、その恩恵もわかる。

   次に強欲は執着に変わり、貪欲は独占に変わる。
   だがそれは一夜にして変わることはなく、段階的にそうなっていくが、中間的な虚栄心という過渡期を通過する。この中間期には、エゴのあらゆる形態である貪欲や強欲、執着、独占がさまざまなレベルで混在している。これが現在の地球を支配する状況である。

   こうしたエゴの1つから脱却するためにも、計り知れず長い歳月がかかることがある。
   しかし魂が自らのエゴを自覚し、それに流されれば他者を傷つけることを認識するようになると、その時点から自らの行為に責任を持つようになり、自分がもたらす苦悩に関しても敏感になる。そして魂は愛の感情に目覚め、愛する必要性を感じ、自らが幸福になるためには無条件に愛さなければならないと気づく。

   この時期には魂は、愛を受けるだけでなく自ら与えることも模索し始めるが、多くの障害にも遭遇する。つまり、他者から理解されないことや感謝されないことを身をもって体験し始める。それは、人類の4分の3という大多数が、まだ虚栄心のどこかの段階に陥ったままであることによる。未だに自尊心の前段階である因果応報の中にあり、しかも自分に起きていることの原因を多くの者たちが理解できないのである。そうした中にあって、自分は世の中全体を敵に回しているように感じることから、自らを改善して愛し愛されたいという自分の思いが拒絶される気がする。

   感情的にそれに失望して負けてしまうと、頭の中でエゴが再び勢いを得て、目覚めたばかりの感情を傷つけられまいとして自分の心を覆ってしまう。そして孤立することが苦悩を回避できる手段だと思うので、再び社会に対する不信や内向、孤独に陥ってしまう。苦悩を避けるために「諦める」という手段を選ぶ場合もある。あるいは社会の求める期待どおりに、自分を合わせて変えようとするのだ。

   霊的な病気の中では最悪なものが芽を出し始めるが、それは多くの肉体的な重い病いの原因ともなる。つまりそれは自分の自由意志と意欲を放棄することであり、極端な場合には、魂はありのままに行動することも生きることもできず、完全に社会に周囲に隷属し、強制されたことが自分が望んでいることだと信じ込むに至る。この状態は、言ってみれば苦しみたくないがために苦しむことになり、結局、何の霊的な成長ももたらすことのない不毛な苦悩である。そして、人類の4分の1ほどが、この自尊心の段階にいる。

   そして愛することだけが、自尊心の殻を破ることができる。
   すでに述べたが、プライドの高い者のほうが、虚栄心の強い者よりも理解力があり、自分を傷つけるものの仕打ちを受け止めることができる。つまり愛のない利己主義者はまだ進化途上の若い魂に過ぎず、感情の学びとエゴの放棄には時間がかかり、多くの転生を必要としながら次第に学んでいくだろうと理解できるのだ。

   ゆえに感情についてもっとも理解できている魂は、今世の1度きりの人生だけで自分と同じようになることを他人に要求してはならない。なぜならあなた自身も、多くの努力とそのための転生を必要としたからである。かつてはあなたも今のようではなく、かたわらではあなたの学びのためにもっと進んだ者たちが、あなたの利己的な態度や生き方を我慢してくれていたことを思い出さねばならない。

   あなた方の世界の問題は、感じないまま考えることを教え込んだことにある。
   感情に基づかない思考は、エゴを増長させる。愛における進化とは感情の力であって思考によるエゴではなく、ゆえに思考の修正を学ぶことにもなる。


         book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット

                           抜粋

この世界のほとんどの人は「与えられる」ことだけを待っている

   我々全員が学ぶべき大切な教訓は、真の幸福とは、他者が自分を愛するかどうかで決まるのではなく、自分が自分自身を愛せるかどうかによるということだ。だから幸せになりたければ、何がなんでも他者が自分を愛してくれるのをがむしゃらに求めることをやめ、自分自身の感情を目覚めさせるようにしなければならない。

   他人からの賞賛や慈しみや、成功や認められることを得ることでは絶対に幸せになることはできない。もし自分の人生に不満足で、孤独感や虚無感があるのなら、その不幸の原因を外部に探さないことである。なぜなら原因は外にあるのではなく、それを生み出した自分の中にあるからだ。外を探している限り、満ち足りることはあり得ない。他人のおこした火で暖まろうとしてはいけない。他者があなたのために、してくれたりしてくれなかったりすることに振り回されていないで、自らの炎を起こしなさい。内なる虚無感を満たす唯一の方法は、無条件に愛することにある。

   あなた方の世界に起きている天秤の傾きについて述べてみよう。
   全人類を巨大な広場に集めて、愛を分配することにしたとしよう。まず、「愛が欲しい人はいますか」と聞く。すると100%すべての人が、「私だ、私だ。それは私だ。私が最も必要としている」と訴えながら手を挙げるだろう。そして次に「愛を与えようという人はいますか」と聞けば、広場からはたちまち人がいなくなり、手を挙げようと残る人はわずかなものだろう。

   つまり分け与えることができるものは、ほんの少数の者が与える愛だけなのだ。
   これがあなた方人類に起きていることである。ほとんどの者は愛を受け取ることしか考えてはおらず、世界を支えているのはこのわずかな者の愛なのだ。しかもほとんどの者は、実際には愛を受け取っているのではなく、そのほとんどは自分のエゴを満足させているだけに過ぎない。

   我々は主体性に欠けており、愛が外からやって来るのを待っている。
   外からやって来る愛が、まるで魔法のように自分を幸せにしてくれれば、自分では何もする必要がないと思い込んでいる。必要なものを受け取ることだけで、常に受身であり続ける。

   しかしエゴを克服しようと努めない限り、すべてを与えてあなたを愛してくれる存在が現れても、「まだ足りない。私はまだ幸せではない。もっと愛して欲しい」と言うだろう。自分の内面的な虚しさは外からは満たされないので、もっと、もっと、と要求する。人から与えられたものを評価することは決してなく、もらっていないものばかりにこだわる。これまでの人生のどんな些細な障害であろうと、そのすべてが不平の口実となる。

Q、 では魂はどうやって、自分の火を起こす方法を学ぶのですか?

   自分の体験と、進化した魂たちを手本にして学ぶのだ。
   そうしたことが行なわれる場は、通常、家族や結婚生活においてである。多くの場合、他者が自分に尽くすのに慣れきっている進化の遅い魂は、自分に与えられているものを自覚することができず、依然として要求し続け、ついには失う羽目になる。その時になって始めて、自分に与えられていたものを評価できなかったことを自覚し、認識し始める。そこで自分を愛してくれた人たちに対する最初の感情が芽生え、それが以後の転生に持ち越される。
   

   要求ばかりしていた魂は、その後の転生では、自分よりも進化の劣った者たちと身近に共存する体験の中に置かれ、自分が過去に他者に求めたのと同じように要求される体験をする。こうして他人からの利己的な行為の中に、同じような自分のエゴを認識させられ、自分自身と向き合うことになる。この学びは、愛の受け手または送り手という、転生ごとにその役割を交代しながら、数え切れないほど継続する関係となることがある。送り手として与えれば与えるほど、受け手として受け取れるようになる。愛の道を行くのか、それともエゴの道を続けるのかは、魂の意志次第である。

   すでに述べたが、繰り返しておこう。
   あなた方は独りではないのだ。我々は1人残らず誰もが、神から守護霊から、その他無数の霊的な存在や友人、また肉体の有無を問わず、霊的な家族から深く愛されているものである。しかもそれだけではない。つまりあなた方1人1人には、魂の伴侶であるツインソウル(双子の魂)が存在しており、それを介して純粋な無条件の愛の目覚めを体験する。ただそのことを自覚すればいいだけなのだ。

   たとえ自分を傷つけた恩知らずであっても、許すことを学ばねばならない。
   プライドの高い者は、そういうことにまだ気づいていない者を理解する力があるので、かつては自分も同じ状態にあったことを認識しなければならない。同時に本来の自分自身になる恐れを手放さなくてはならない。口では愛していると言いながら、従わせたいだけの人が仕掛けた罠からは自由にならねばならないが、苦しみを怖れて人間関係で孤立するのも良くない。

   愛して欲しいと望むのは悪くはないが、それぞれの愛の能力は同じではないと知っておかねばならない。つまり親子であるとか家族である、一緒に暮らしているからという理由だけで、相手に自分と同じだけの強さで愛したり、尊重してくれるように要求してはならない。

   愛が与えられない場合、より責任が重いのはどちらだろうか?
   愛することを知らずに愛さない者(虚栄心の強い人)か、それとも愛せるのに欠点のためにそうしない者(自尊心の強い人)だろうか?

   自己の自由意志を放棄してしまうような、他者を喜ばせるために過大な努力をしないことも大切である。まだ目覚めていない相手の感情を覚醒できると信じて、報われないのに過剰な努力をすると、いずれ失望や悲しみ、幻滅や苦々しさ、怒りや無力感といった形のつけを払うことになる。

   すでに述べたが、真の愛とは、何の見返りも期待せずに無条件に与えるものであるが、同じく、それをお返しする気のない人やまったく与えることのできない人に、愛を与えるように強要することもできないのだ。

   悲しみや虚しさを感じる時には、自分に閉じこもらないようにしなさい。
   感じることから逃げることが出来れば苦しみが緩和されるだろうと考えて、感情を抑圧してはならない。そうすればもっと苦しむことになるし、それは解消できない不毛な苦悩となる。考えたことではなく、感じたことに従って生きようとしなさい。他者を思いやらねばならないが、その期待に沿おうとするのではなく、自分の気持ちに従うことである。他者のせいで苦しんでいると思っていても、実際には独りで苦しんでいるのだと知るべきなのだ。

Q、 たとえば、ある人ともめている時、相手がその人自身のエゴで苦しんでいるのか、それとも私の利己的な態度が苦しめているのか、どうやって見分けられるでしょうか?

 
  相手の立場になり、自分が相手ならどう感じるだろうか、その状況でどうして欲しいだろうかと分析してみるとよい。自分が相手に行なおうとしていた行為が、自分がそれを受ける立場になれば変化するのであれば、あなたの態度に何らかの利己心や不公正な部分があったということである。行なう側としても、それを受ける側であっても同じ姿勢でいられるのならば、あなたの判断は公正に近い。

   しかしほとんどの場合、そうしたケースはさまざまである。
   つまり両者に利己的な部分があり、双方が自分のエゴを改めねばならないが、エゴでなければ確固とした態度を保ち、相手の利己的な行為に屈してはならない。だが最終的には、「自分のして欲しくないことは、他者にもしてはならない」ことと、「苦悩の原因、意志の侵害だと知っていることを、他者が自分や自分の庇護の下にある者にしないように尽くす」という金言に要約できるだろう。


Q、 よく理解できるように、例を用いて説明してください。

  
 よろしい。
   教育の一環として子供を叩く母親を想像してみよう。そうした、子どもに与える肉体的、精神的苦痛を考えない母親によると、それは子供を従わせる方法だそうだ。もしその母親がその方針を正しいと信じているのであれば、自分が夫から殴られることも問題なく容認できるということなので、彼女が子どもに使ったのと同じ理屈を夫が持ち出して正当化しても、納得できるはずだ。だが誰でも叩かれれば痛いので、彼女はこの状況を苦々しく嘆き、夫が自分を殴り続けることに当然同意しないだろう。

   この母親は、自分が夫に殴られて痛いのであれば、自分が子どもにそうする時にも、子どもも同じく痛いだろうと気づくべきだ。もしこうした現実から学ぶ気があればの話だが、そうした行為自体が悪いことだという結論に至るはずである。

   この女性には、どのような解決策があるだろうか?
   まず子どもに対する暴力の行使を放棄しなければならない。そうすれば自分のエゴを克服し、力づくで他人や弱者の意志を曲げようと懸命になることなく、同時に自分の自由意志を踏みにじる、暴力的で利己的な夫の支配を逃れることに力を尽くせる。攻撃する者がいじめる対象を失って苦しむのは、それは相手に苦しめられているのではなく、他者の意志を力づくで曲げ、自分の思うようにしたいというエゴを放棄するのが嫌なだけなのだ。

   相手を喜ばせてあげればればあげるほど、愛していると考えるのは大きな間違いであり、多くの善意ある者が陥る大きな「罠」である。愛している人には、その人を喜ばせる以前に、まず援助し、理解し、尊重しなければならない。喜ばせることと援助することの違いを知っておくのは大切なことである。なぜなら、支援の代わりに相手の機嫌を取ることで弊害を与えてしまい、結局、喜ばせたのは相手のエゴだけだったということもあるからだ。しかも自分の自由を犠牲に、相手のエゴに自分の意志を服従させて機嫌をとる時は、実は自分自身を犠牲にしているのだ。

   自分で超えなければならない試練や状況を背負っている人を、慰めて喜ばせるだけで助けるのでないならば、能力を試す機会を奪うことになるので、その人の魂の成長の停滞を助長することになる。真の援助というものは、その人自身が試練や状況を解決できるように、支えて励まし、前進できるようにしてあげることなのだ。


         book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット

                           抜粋



 

進化とともに、本来人間はプラーナだけで生きられる

   「不食」とは、「人は物質的な食物を摂取しなくても生存できる」ということを証明するための生き方と言うことができます。よく比較される「断食」にはそうした考え方はありません。断食は一時的に食べることをやめますが、それが終わればまた元の食生活に戻ります。それに対して、食べない生活を習慣としてずっと続けるのが「不食」です。

   そんなことが本当にできるのでしょうか?
   できます。本来、誰にもできるものです。実は今、私たちの誰もが、不食について真剣に考えなければいけない時代に入っているのです。そのための本書です。この本には「不食の人」として有名な山田鷹夫さん、森 美智代さん、そして不食の世界ではまだ新人の私・秋山の3人が、不食の実際的テクニックについてそれぞれに担当しました。おそらく本書をお読みになったら、かなりの人々がすぐにでも不食の準備を始められるのではないでしょうか。私たちはそう願っています。今ならまだ間に合うからです。

   2013年の暮れから2014年3月にかけてのアメリカの異常な気候が、今の世界の状況のすべてを語っています。アメリカでは、それまで誰も体験したことのないような、限界をはるかに超えたような寒波と干ばつが、同時にほとんどの地域を襲ったのです。それによってあのナイアガラの滝が凍りついたのでした。しかも寒波と干ばつだけではありません。世界は洪水と台風、巨大竜巻、地震、火山の噴火などの自然災害のオンパレードです。

   しかし日本の気候変動の影響は、外国と比べるとまだ穏やかなほうなので実感のない人がいるかもしれません。しかし日本は世界でも、食糧自給率が最低の国であることを忘れてはなりません。食糧自給率が40%にも満たない私たちの国は、アメリカやオーストラリア、中国などから食糧を買うことで生き延びているのです。これまでそれができていたのも、地球の気候がまだ穏やかだったことと、外国の食糧生産に余裕があったからですが、それがもうできなくなりつつあります。このような状況があと何年か続くと、その結果がどうなるかは明らかです。今さら日本の食料自給率を引き上げようとしても、もう遅いでしょう。

   すでにスーパーなどで売っている食料品が、高めになっていることに気づいているでしょうか。食糧生産が低下すれば、価格はいやでも高くなります。そしてこの現象はもっと顕著になっていきます。そこへ何らかの自然災害の影響が加われば、スーパーの棚からたちまち食料品が消えていくことになります。しかも最近の経済事情の悪化がそれに拍車をかけていくかもしれず、実は世界経済の問題も異常気象と同じくらいに深刻です。

   だからといって、個人でいくら食糧を蓄えたとしても限界があります。しかも「自分さえよければ」という生き方では、社会そのものが成り立ちません。少ない食糧をみんなで分かち合う時代にすでに入ったのです。10人のうち4人しか満足に食べることができない日本の食料自給率の現状では、そうならざるを得ないのです。しかも気候の変動の影響で、また世界経済の根本的な停滞で、その40%にも満たない自給率すらどうなるかわかりません。

   その最良の答えを、本書に書いたつもりです。
   どうか安心して本書をお読みください。1人でも多くの人が不食の実践に今日からでも取り組むならば、食糧自給率の問題などたちまち解決へと向かうでしょう。それだけではありません。あなたのあらゆるピンチがチャンスへと変わっていくのを体験されるでしょう。新しい時代が始るのです。不食はあなたの世界を変えてしまいます。

   不食とは、食べるのを我慢することではありません。
   食べないことが、心と体にとってどれほど楽なことで、どれほど多くの幸福をもたらすかを知ることなのです。不食があなたを自由な世界へと導きます。まず健康になります。若返ります。もういやな仕事はしなくてもよくなります。悩みが消えていきます。本当の心の安らぎが手に入ります。もう何も気にしなくてよいのです。

   あなたが私たちと同じように不食を実践するならば、この苦難の時代をみごとに乗り越えていく力を生み出すことになるでしょう。あなたは希望の人となるのです。

   野菜だけを食べる人々のことをベジタリアン(菜食主義者)と言いますが、ジャスムヒーンさんは不食の人々のことをブレサリアン(呼吸主義者)と呼んでいます。つまり呼吸によって、宇宙や大気にあふれているエネルギーを摂取して生きる人々という意味です。信じられないかもしれませんが、しかしこの宇宙がエネルギーに満ち満ちていることは事実です。そのエネルギーが素粒子の生成・分化を進め、星々をつくり、さらに地球で暮らす私たちの肉体もそのエネルギーから生じています。

   その大元のエネルギーをプラーナと考えることができます。
   それは「光」、「バイブレーション(波動・振動)」、あるいは「愛」と言い換えることもできます。その意味において、私たちの肉体も含めて、この宇宙に存在するすべての物質は、宇宙のエネルギーであるプラーナによって存在しているのです。ですから物質的な食物からエネルギーを摂取することなく、宇宙に満ちている本来のエネルギーであるプラーナをとるだけで、人間は生きることができるはずなのです。そのことを最初に自らの肉体を使って実験し、証明したのがジャスムヒーンさんでした。ですから厳密に言えば、不食とは何も食べないことではありません。

   2006年のジャスムヒーンさんのワークショップに参加してからというもの、私は物質的な食物ではなく、神々の食べ物であるプラーナで生きていくのも悪くないと考えるようになりました。それは誰とも奪い合うことのない不食こそが、争いのない、真に平和な地球をつくっていくことのできる、これからの人類の新しい生き方になると思えたからです。私はジャスムヒーンさんに出会うことで、自分をしばっていた古い思考や常識から自由になったのです。

   
   そして何よりも、私自身が不食の実験をしてみてわかったことは、「不食はそんなにむつかしいことではない」ということでした。ただ常識と習慣が邪魔をしているだけなのです。完全に食べないことを目標にすると、不食への道は容易ではなくなります。なぜなら、食べないということを強く意識しすぎると、飢餓感が余計に強くなるからです。そういう時は第3章で山田鷹夫さんが説明しているように、むしろ不食ではなく少食、つまり1日1食を目指したほうがよいと思います。不食への近道は「1日1食」にあるのです。

   つまり不食で大切なことは、食べないことを目的にするのではなく、食べないことに体を徐々に慣らしていくことなのです。不食になると、もう強い飢餓感に悩むことはありません。むしろ、食べないことが気持ちよく感じられるのが不食です。

   多くの人は疑問に思うかもしれません。
   それは時間をかけて食事の質を変えたり、その量を減らしたりして、食べないことに慣れていくにつれて、どこかの段階で実際に起きてくる疑問です。「どうしてそんなことができるのか? 栄養学の常識では絶対にあり得ないことだ」と。理屈と常識がいっぱい頭に詰まった人は、すぐにそう考えます。そもそも理屈で考えたら不食はできません。不食が可能かどうかは、頭ではなく体が教えてくれます。これは知識ではなく、実際に試さないとわからない感覚の世界なのです。この不食のコツについては、第3章で山田鷹夫さんがくわしく説明しているので、ぜひじっくり読んでみて下さい。

   私の不食の実験は、まず肉と乳製品をすべてやめて、玄米菜食から始めました。
   そして食べる回数と量を減らしていったのです。ですから無理な減食はいっさいしていません。私は深夜にまで仕事をしなければならないことがあるので、無理して体に負担をかけるようなことができません。ですからあくまでも体が慣れていく感覚に従いました。そして慣れていくと、食べないことが気持ちよく感じられるようになるのです。

   その体の感覚を大切にすればするほど、食事をすることが体にとっていかに負担を強いているかがわかってきます。食べると疲れて体が重くなります。意識も低下し、直感も鈍くなり、自分の中から精妙で明哲な知恵が失われていくような感覚に襲われます。そうした1日1食の生活を始めてからかなりの時間が経過しており、体もすっかりそれに慣れていました。実をいうと、その1食すら体にとって重く感じられて、果物のジュースだけで過ごすことが多くなっていたのです。

   ああそうか、自分はもう何も食べなくても平気なのだ。そう思った時、私はもう何日も前から水を飲まなくてものどが渇かないことに気づきました。ジャスムヒーンさんが言った「プラーナ100%」の意味がよくわかりました。もう水さえ飲まなくても平気になっていたのです。プラーナ100とは、完全にプラーナだけで生かされていて、もう物質的な食物が一切いらなくなった状態のことです。つまり人間の体が空腹に慣れることができるのは、プラーナの摂取が始まるからなのです。

   不食の実験を開始して、体が空腹に慣れ始めたら、あなたの体は空気中からプラーナを摂取し始めています。もしあなたが少食を実践できるようになり、空腹感に快感を覚え始めたら、あなたのプラーナ率は50%に達している可能性があります。そしてあなたが1日1食からさらに進んで、時々絶食をしたり、微食をしたりするようなら、プラーナ率は70~90%になっているかもしれません。

   ただ友人や知人と会うときには、私は会話を楽しむのと同じように、食事のおつきあいもします。子どもたちの誕生日などには、やはり一緒にケーキも食べます。私にとってそれは、友情や敬意、愛情を示す1つの手段であって、決して食べることそのものが目的ではないのです。不食の世界は、透き通った湖面のようにピュアで光り輝いています。この世界で暮らすようになると、元の重苦しい世界に戻ろうとはもう思わなくなるでしょう。


       book 『食べない人たち』 秋山佳胤・森 美智代・山田鷹夫  マキノ出版

                           抜粋
   

人間は進化の終着点ではない

   魂は進化のために、さまざまな形態に宿るという経験を必要とする。
   それはあなた方自身が、「物質的生命」の起源というものを何十億年前に位置づけており、初めに単細胞生物からそれが次第に複雑化していき、植物界と動物界という区分ができたとしている。そしてその形態は単純なものから次第に多様化、複雑化しながら進化した。その後、もっとも進化した哺乳類から原人が誕生し、ホモ・ハビリスからネアンデルタール人、クロマニヨン人の段階を経て、頭蓋骨の容量を増やしながら、現在のホモ・サピエンスに至った。

   こうした物理的次元での進化の過程は、すべてが高次元からの計画に沿っており、魂が能力を向上させて進化するために、ふさわしい物理的な受け皿となる肉体を見出せるようにするためにある。つまり魂の成長進化のためには、もっとも単純なものからもっとも進化したものまで、物質界のすべての形態を体験する必要があるからだ。受け皿というどのような物質的形態に宿るかによって、魂はその形態だけが持つユニークな体験をすることができる。

   魂の創造のプロセスは決してやむことがなく、初期のものから高次の段階に至るまでその進化レベルにはさまざなものがあり、それらは物質界に転生することで学ばなければならない。そして魂が創造される活動には、周期や頻度があるのも確かである。魂たちは物質的世界での経験を求めており、そのために地球においての出生率が、人口爆発と出産の低下を交互に繰り返すことになる。

   しかしすべては、宇宙の進化計画において予定されていることであり、高次の霊的な存在たちが必要性を完璧に理解した上でそれに関わっていることに疑いはない。それが、同時期に同じ進化的飛躍を遂げる魂たちが大勢いる理由や、あるいはある時期に用のない特定種が恐竜のように大規模に絶滅したり、さらに進化した新種が出現して増殖したりする要因であるかもしれない。

Q、 ということは、あなたのお話では、動物に宿っている魂も経験を積んで、人間に生まれ変わるわけですね。我々の誰もが、かつては動物やさまざまな生き物に宿ったことがあるということですが、そうすると特に、人間と進化程度の近い高等哺乳類に対して、我々がしている行ないは非常に問題があると考えます。たとえば飼育して食用にしたり、皮革に用いたり、狩猟や闘牛のように、動物たちの苦しみの上に成り立つものは、彼らが霊的に近いだけに人間を虐待するのと変わらないことに思えますが・・・。

   
その通りだ。
   彼らはあなた方の弟分に当る存在なので、より大きな配慮と尊重に値するものだ。しかしあなた方のほとんどは、人間の生命や権利すら尊重しない状態にあることから、取るに足りないと見下している動物たちを、尊重するように期待するのはさらに難しいことだ。それでもこの惑星の昔の時代と比べたら、あなた方は進歩している。洞窟に住んでいた人々は人肉を食べることに全く抵抗がなかったが、現在ではカニバリズム(人肉食の習慣)は厭(いと)うべき非人間的な行為と考えられている。

   それはなぜだろうか?
   つまりそれは、そのような原始的な時代と比べ、あなた方の他の人間に対する感受性が増したからなのだ。ゆえに動物たちに対しても同じことである。あなた方の多くの者たちが動物の苦痛に敏感になり、彼らが進化的サイクルにおいて、肉体的にも霊的にも非常に近いよく似た兄弟のような存在であることに気づくならば、動物を奴隷化して虐待したり、殺して肉を食べたり、その皮で服を作ることなどをやめるだろう。

   多くの人々が、自分のペットを食べる行為は常軌を逸していると考えてはいる。
   そしてあなた方の世界にも、動物や他の生き物たちとの絆(きずな)を自覚できるほど成長した人々がおり、彼らの権利を守るために戦ったり、肉を食べることを放棄した多くの人々がいる。

   人類は霊的に進歩していくにつれて菜食主義になり、動物の権利を尊重するようになる。そしてあなた方の惑星よりも霊的に一段進歩したヒトの文明においては、動物たちの肉を食べることは、あなた方が人肉を食べるのを厭うように忌み嫌われている。当然、あなた方の世界で行なわれているように、動物たちを檻に閉じ込めたり、虐待したり殺したりはしない。


Q、 私たちは健康のために肉食が必要と教えられてきており、肉を食べないと基本的栄養素が欠けて病気になると聞かされてきましたが、これについてはどう思いますか?

   
これまでずっと長い間、肉食をしてきた人が、菜食主義に変わるためには大きな決心が必要だろうから、段階的にすることが望ましい。だが菜食することに何かの栄養が不足するということはない。豆類は、肉からは採れない豊富なたんぱく質の源である。菜食は、基本的栄養素に欠けるどころか、まったくその反対であり、より健康的な食事なのだ。菜食していれば、体の中で肉が腐ってしまうことから生じる、多くの病気を予防できる。また霊的に進化する上で、自分と似たレベルの存在たちを食べることから生じる、アストラル体の波動が狂って低下してしまうことを避けられる。

   すでに述べたが、人間という段階は、魂の進化の終着点どころではない。
   現在の地球人のレベルですら、魂的、肉体的にも進化したレベルであるとはとても言い難い。かつてあなた方の2段階下にホモ・ハビリスがおり、1段階下にはネアンデルタール人がいたが、現在のあなた方の上にも、霊的にもっと大きな愛と叡智の能力を持った4つのヒト科レベルが存在している。これらの存在たちこそ、さらに進化したもっと精妙な肉体が必要であり、そうすれば、あなた方の用いている肉体よりも一層機能が高く、潜在力を発揮することができる。

   他の惑星には、あらゆる進化段階を経たあらゆる人類が住んでおり、あなた方よりも高次の存在たちである。そうした人々の中には少数だが、あなた方の進化レベルを手助けするために転生し、その中に混ざって一緒に住んでいる。この話はもっと後でしよう。


         book 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著  ナチュラルスピリット

                           抜粋


   



   

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