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・明確になる時、自分の本当に欲しいものがわかる

   この集まりの始まりに、呼吸をして「安全な空間」を創造するように私たちは言いました。
   それによりこの意識的な選択が肉体的な次元に、新しい非物質的次元を創造しました。この部屋に私たちは、新しい次元を創造したのです。ですから毎朝この部屋へ入るとき、あなたが初日に入ったのと同じ部屋へ入るわけではありません。物理的にはまったく同じに見えたとしても、もはや昨日の部屋とは違うのです。

   そしてこの新しい次元は、別の領域にある集まりにも直接結びついており、そこでも私たちはこうした集まりを行なっています。あなた方は本来が多次元的な存在ですが、自分の周りでどんなことが起きているかに、ただ気づいていなかっただけなのです! これは一つの次元であり、意識という粒子が集まったあなたの次元です。この新しい空間は、時間とスペースを介していつまでも存続させることができますが、同時にいつでも壊すこともできます。

   次元は必ずしも、互いに順序よく積み重なっているわけではありません。
   ですが「ニュー・エイジ」といわれる人々だけでなく、一般的に共通して見られる誤解は、次元には階層があるというものです。1次元から始まって2次元、3次元、4次元と続き、中には28次元や312次元などと言うグループすらあります。

   次元には階層はなく、つまり意識には階層というものはありません。
   もちろん他と比べてよりオープンな意識や、より活動的な意識というものはあっても、他より良い意識というものはありません。視野の狭い意識であっても本来は狭いわけではなく、ただ単に今のところは、自分自身をそうした焦点に合わせるやり方で体験しているに過ぎません。

   次元はさまざまなあらゆる種類の形状を持ち、それは円形や四角形、三角形、あるいは点や線、音や色の場合もあります。さらにミクロ(極小)やマクロ(大規模)、真空もあれば満杯なものもあります。数学や幾何学、光で測定できる次元もありますが、ほとんどの場合は測定できず、ほとんどの次元は規則のようなものに従いません。というのもその唯一の目的は存在することにあり、規則というルールに従うのは、地球の次元のようなごく少数の次元でしかありません。

   マスターとして、あなたが別次元に意識を広げ混沌に遭遇した時は、十分に深く深呼吸し、それは混乱ではないことを理解してください。そしてこれまでの古いエネルギーの定義を超え、混沌とした複雑怪奇に見えるところを泳いでみてください。すると不意に、創造の美しさを目にするでしょう。それに気づいたあなたは以後、何かを癒そうとしたり、自分を癒そうとすることすらやめてしまうでしょう。それはすべての事物の完璧さに気づいたからです。

   混沌、複雑怪奇に見えるものは、実は芸術家のパレットにある多くの色彩なのです。
   これらがさまざまなハーモニーや振動、音、そして創造されたものを体験するための複合的な方法なのです。そこには悪はなく、悪魔もなく、神に対立する概念のようなものはなく、すべてが、ただの体験でしかないのです。ですから別次元の体験は、結局とてもシンプルなものになります。それは私であれ、偉大な優れたマスターであれ、結局は一つものに行き着くのです。それが選択であり、あなたは創造をどのように体験したいのでしょうか?

     次元は必ずしも単一ではありません。
   (私は拡張という言葉を使っていますが)、それをより大きくなるというような直線的な意味で考えないでください。それは大きくなりながら小さくなり、浅くなりながら深くなるからです。この数日間、あなたが何かに思いを巡らせるたびに、あなたが利用可能なエネルギーにおいても、この次元の性質が変化しました。私の質問にあなたが答えるたびに、エネルギーが変化し、次元が変化しています。

明確になるとき、自分が本当に欲しいものがわかる

   私がうるさいくらいにしている質問はこうです。
   「あなたの監獄(囚われ)は何ですか?」「いま、そこから出ていくことをあなたは選択しますか?」 そしてあなたの答えは、あなたの次元全体を変える可能性を持っています。それは言い換えるならば、固定されたり、定められているわけではなく、つまり運命づけられてはいません、あなたがそうしない限りは。すなわち運命や宿命などありません。すべてが適応性を持っており、意識が変わると次元が変わり、次元が変わるとエネルギーが変わります。

   あなたの監獄は何でしょうか?
   4語かそれ以下で答えを書いてください。あなたの監獄は何ですか? あなたをそこへ押し留めているものは何ですか? あなたが欲しいものを遠ざけているものは何ですか? 何が欲しいのか、あなたは本当に分かっていますか?

   明確さというものが、エネルギーが(あなたの)次元に奉仕する方法を決めるのです。
   あなたが明確でなく、私の「あなたの監獄は何ですか?」という質問に、メンタル(精神的)な答えのページを漫然とめくり続けているのであれば、エネルギーは入って来て、それに見合った奉仕をします。つまり、エネルギーもまた漫然としてとりとめがなく、どっちつかずの曖昧なものになるのです。

   あなたが明確でクリアな時は、エネルギーもクリアです。
   あなたの意識がどのように内なる監獄や、さまざまな可能性を創造しているかを理解するならば、あなたはとてもスムーズに優雅なやり方で、エネルギーと取り組むことができるようになります。肉体的現実で活動するのがずっと簡単になり、前ほど疲れなくなるのがわかります。またメンタルになり過ぎないことから、直感というものがずっと簡単に働くようになります。つまり明確さがあれば、何もミステリー(神秘)ではなくなるのです。

   人間のマインド(表面意識)は矛盾しています。
   それは秩序と構造を好みますが、同時に複雑さも大好きです。なぜなら探求を続けていられるためであり、マインドは答えを探すようにプログラムされていることから、複雑さがそれを可能にしてくれるわけです。

   本物の明確さという、あなたが欲しいものを完全に明確にする能力は、あなたの意識体という全体性から出てきます。こうした集まりで、私はよく皆さんにあなたが欲しいものは何かと尋ねます。その答えの多くのものは、未だマインド(表面意識)から出ています。それはあなたが「欲しい、好きだ」と”思っているものですが、あなたが”本当に”欲しいものは何ですか?
 
   欲しいものを明確にすれば、あなたはそれを手に入れられるのです。


            アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
      book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                    ナチュラルスピリット


                           抜粋
   
   

   
   

・「多次元的気づき」という意識を広げる

   圧倒的多数のほとんどの人間たちは、実に平凡で平坦な人生を送っています。
   彼らはごく小さな基準点という内側に存在し、実際に起きているほとんどのことには気づいてはいません。つまり、多次元的な生き方を本当に体験している人はごくわずかなのです。

   多次元的な生き方をすると、この現実にしっかりと存在することができます。
   重要なことは、「いま」ここに存在することなのです。つまりそうすることで、「いま」この瞬間からあなたの意識的気づきを、別の領域に拡張させることができるからです。それはたったいまこの瞬間に、この部屋のスペースには私たちだけでなく、共に他の存在たちがいることに気づかせてくれます。

   あなたはこの概念や考えを理解しているかもしれませんが、たったいま、あなたのそばを漂う他の存在たちを、実際に感じることができるでしょうか? いま、あなたに向けてエネルギーを放射している者たちや、また肉体を離れて間もない者もいます。彼らは私たちがここで話し合っていることを聴きにやってきており、まったく驚きを隠せずにいます。彼らはこの集会に参加しており、私を手伝っている者たちもいます。そういうことを気づけるのは、すごいことではないでしょうか?

   こうした多次元的な気づきにより、あなたはガイア地球のエネルギーを感じることができます。地球は生きた存在であり、人間が考えるようにただの土や水ではありません。これから来たるべき時代になり「彼女」のエネルギーが旅立つ時、これまで担ってきた地球の守護者、管理者としての役目を人間に手渡します。そして知っているいないに関らず、あなたはその新しい責任を引き受けていく1人なのです。

   あなたはこうした時間を越えた現実に気づきを持ち、未来の可能性や、自らの能力を拡張する力を備えています。多次元的な気づきがあれば、過去に、未来に入っていくことができます。あなたにトラウマを残すような何年も前に起きた出来事であっても、そこで実際には何が起きていたのかを発見することができます。 それはあなたが思っている「こんなことがあった」というものだけではなく、それと同じくらいリアルな別の可能性を見ることができます。そしてあなたはなぜ自分がその選択をし、他の可能性を選択しなかったのかを理解するのです。

   多次元への拡張する自由を自分に許すならば、たとえば「地球に近い領域」のような場所に実際に旅立つことができます。あるいは、他の領域に人間に類似した生物がいる次元へも、気づきを拡張することができるでしょう。

繰り返し地球へ転生することで、多次元的気づきを失ってしまった人間

   このような多次元的気づきは、ごく自然なことです。
   最初に地球に転生する前に、あなたはこの気づきを持っていました。なぜなら当時はもっとずっと簡単なことで、大衆意識を覆い隠すものもなく、誰もが地球上だけの転生を何度も繰り返していたわけではなく、肉体だけの現実に縛られていたわけではなかったからです。

   ですから天使(という創造されたものの持つ)当然の権利として、同時に一つ以上の次元に気づいていられる能力を、持っているのが自然なことなのです。しかしあなたは肉体を持つことで地球に転生し、数多くの生涯を体験することで、そうした多次元的気づきを失ってしまいました。

   しかしそれは幾分、意図的なものでもあり、計画的でした。
   それは地球でのレムリア時代を含めた多くの生涯において、あなた方は(創造されたものである)天使としてのエネルギーを、肉体の現実に入れたいという強い欲求を持っていました。それは非常に困難で、この惑星の厳しい肉体的現実に適合するのはとても難しかったのです。しかし賢明な努力と固い決意の結果、あなたは地球の不自然な密度と制限の中に参入する術を学びました。

   あなたは目的を達成しましたが、いま一巡(ひとめぐ)りして元に戻って来ました。
   あなたは肉体に激しく焦点を合わせ、身体を維持していくことを学びましたが、いまとなっては、どうすれば常にあなたのものであった本来の状態に開けばよいのかわかりません。身体の中に留まったままで、どうやって別の次元に拡張すればいいのでしょうか?

   次元とは何でしょうか?
   次元とは意識の粒子のことであり、それは場所ではありません。つまり、あなたがそのように(場所として)創造しない限り、それは時間や空間を占有するものではありません。次元とは”意識”の粒子(が集まったもの)です。そして次元とは、あなた方のような魂という意識体である存在だけにしか、創造することができないものです。

   次元は、まさにあなたがエネルギーを含まないのと同じように、エネルギーを含んでいません。次元は意識なので、奉仕するエネルギーをフィールド(場)から引き寄せます。そしてエネルギーは、あらゆる形状や深み、時間、流れ、振動、色、効力のように、どのような特性であっても要請されれば、こうした幻想を与えることで意識の欲求を満たすべく奉仕します。

   ではエネルギーはどこから来るのでしょうか?
   純粋なエネルギーはニュートラル(中立)な状態で存在しています。純粋なエネルギーには正電荷も負電荷もなく、それは振動せず、純粋で中立の状態にあるのです。よって、あなた方の科学者がそれを見ることができず、数学者が理解できないのはそれが理由なのです。彼らは実体のあるものを探していますが、純粋なエネルギーとは実は中立なのです。

   意識が次元を創造する際に、現実化のためのエネルギーが必要です。
   中立のフィールドからエネルギーが招集されると、振動の電荷が生み出されますが、それは正電荷と負電荷の混合物に形を変え、正と負の比率はエネルギーが奉仕する次元の必要条件によって決まります。

   エネルギーはどこから来たのでしょうか?
   それは「故郷」、つまり「一なる霊」「源」「永遠の愛」を出た瞬間、あなたは「故郷」へ戻りたいという、途方もなく抗しがたい魂という意識体の欲求を抱きました。その欲求があまりにも強く激しかったために、いわゆるエネルギーが創られたのですが、それは「天使の涙」としても知られています。

   次元は意識の粒子であり、いつでも創造者である存在が創造し、また破壊することができます。たったいま、あなたは次元を創造することができ、それをどのくらいの時間であれ存続させることができます。ちなみにあなた方はそれを時間と呼びますが、私たちはそれを展開、あるいは体験の進化と呼んでおり、そしていつでも創造から失くすことができます。あなたは意識的であるないにかかわらず、いつでもそれを行なっているのです。


            アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
      book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                    ナチュラルスピリット


                           抜粋
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・あなたの本質が活性化すると、すべてが変化し始める

   マスターはエネルギーを取り込み、状況に応じて不純物や病気などの、あなたの人生の旅に要らないものを除去するために、身体の中のエネルギーに命じます。マスターはそうしたエネルギーを常に身体の中に保持しており、あなたも内側の「アイ・アム」性(私は私である)を知ると、それを感じられるようになります。

   あなたは自分の身体や姿勢に、つまりうなだれたような感じではなく、再び自分が開いているのを感じます。それはあなたの姿勢に、話し方に現れ、肉体という賜物(たまもの)をどのように保持するかに現れます。もはや恥ずかしがったり、気おくれすることなく、開いた感覚を持ち、あなたはもうエネルギーも他人のエネルギーも怖れることはありません。

   あなたの肉体の中で「アイ・アム」(私は私)が活気づくと、あなたはこれまでとは違う振る舞いをするようになるので、他人がそれに気づきます。彼らは驚き、感嘆します。つまり、もうあなたからエネルギー得たり、盗んだりできないと理解するのです。あなたは長いこと、彼らからエネルギーを奪われてきましたが、彼らはもうそうすることはできません。

   あなたの本質である「意識体」の「アイアム」(私は私である)が開くと、あなたは生き生きと健康的になり、活気に溢れ、表現が豊かになります。それはあなたのあらゆる部分に影響を与え、あなたが書き表すものだけでなく、文章は明確で簡潔になり、それを読む人々は言葉だけでなくそのエネルギーから影響を受けます。あなたの音楽が変わり、詩が変わり、そこには明確さとエネルギー、マスター性が含まれます。あなたはそれに取り組む必要すらなく、それはただ、起きるのです。

   するべきでないことについて、いくつか注意を喚起しておきます。
   マスター性においては、太陽の熱を変えるようなことや、地平線にある雷雨を変えるようなことはしません。それが自然のサイクルの一部であることを、思いやりや理解とともに知っているからです。ですが自身に命じ、自らのエネルギーに命じることで、あなたは熱や太陽や雨に完全に適応するのです。

   あなたがマスターであれば、他人に命じることはありません。
   あなたはエネルギーだけに命じるのです。つまり他人にお金を出すように命じたり、何か特別な頼みごとを命じたりはしません。ただ、あなたは自分自身を指揮することができ、すべてが優雅な共時性のうちに起こり、うまく収まるのです。

   あなたがマスターであれば、周囲の騒音を心理的に押しのける必要はありません。
   あなたは自分が聞きたいことに焦点を合わせ、自分自身を指揮することができるからです。つまりあなたは、自分の意志を他人に押し付ける必要ばなく、周囲の世界を変える必要がないのです。あなたは意識体の中で自らの存在を指揮しているからです。

   あなたがマスターであれば、あなたはあなた自身に命じます。
   あなたの眠りに命じます。あなたはいつ眠り、どのような眠りであるか、深い眠りなのか、肉体を若返らせる眠りなのかを身体に命じます。するとすぐに、7、8、9時間の睡眠という概念は必要のないことがわかります。ただし、あなたがそのように命じればの話ですが。

   マスターであるあなたは、何日も眠らずにいても、エネルギーに溢れたままでいることができます。その後、とても深い冬眠(休止状態)に入ります。あなた方のほとんどが「夢見の状態の眠り」にどっぷり浸かっていますが、それは活動的で強烈な眠りのことで、それとは違う「冬眠の眠り」というのがあります。冬眠の眠りをあなた方は忘れてしまいましたが、それは活性化のために自身の内部にある繭(まゆ)に入ることです。本物のマスターは、この眠りの状態を自身に命じることができるのを理解しています。

   あなたは自らのすべてのアスペクト(要素)、つまりあなたの人生に、生活にどう命じればよいかのコツが掴めるようになるでしょう。あなたはこれまで、知らずに身体の働きの足を引っ張るようなことをしていましたが、生物としての肉体があなたに奉仕したがっていることを理解するでしょう。

   またあなたのマインド(表面意識)が操作され、歪曲され、感情だけに動かされていることを理解するでしょう。マインド(表面意識)は感情に対処するためにつくられたわけではありませんが、人間はマインドに感情を据え置くことにしました。そしてマスターは、マインドに本来の役割を果たすように命じます。つまり、現実的な舵取りをすることであなたを助けることです。あなたは激高することなく感情的になるよう自らに命じ、エネルギーに敏感になる必要のあるときそうするよう命じることができます。

自らの肉体への信頼を取り戻し、活性化する許可を与える

   身体には、自ら癒し、活性化し、バランスを取り戻す力が内在しています。
   ですから身体は外部からの治療や薬品、セラピーを必要とせずに癒し、修復することができます。身体は非常に高性能なコミュニケーション・システムを備えており、身体の一部がバランスを崩すとすぐわかります。そしてバランスを取り戻すために、適切なエネルギーを送り出す方法を知っています。

   しかし人間は、自分の身体とコミュニケーションを取ることをやめてしまい、身体への信頼を失くしてしまいました。しかもそれだけでなく、ほとんどの人は自分の肉体に起きていることに対して責任を取らないだけでなく、外部の医者やヒーラーに依存するようになりました。つまり、自分以外のものに依存しているのです。

   身体は全体と絶えずコミュニケーションを取りながら、エネルギーをチェックし、バランスを取っています。しかしあなたが自らの肉体への信頼を失くすと、つまりあなたが肉体にとっての主権を持つ存在でなくなると、肉体のコミュニケーション・システムは部分的に閉鎖してしまいます。

   その結果、それはあなたにとても明確なシグナルを送り出します。
   つまり、どこかが痛み始め、どこかが病気になります。しばしば、なかなか治らない長期にわたるシグナルが出る場合があります。もしも1週間以上それが続くならば、それは肉体への信頼を築く時期であることを、身体が送り出している合図なのです。

   あなたはただの肉体ではありません。
   あなたを取り巻く周囲には、あなたのエネルギー体があります。エネルギー体は別の領域に属していますが、それらはみな繋がっています。しかしその繋がりが遮断され、孤立したり、特に物理的に過剰な医療や薬品を受け入れることでバランスが崩れてしまいます。

   身体は、日常生活で蓄積された不純物を、どうすれば浄化できるかを知っています。
   身体はあなたのDNAや細胞、器官などあらゆるレベルで、どのようにエネルギーを変化させ、動かせばよいかを知っています。

   あなたの肉体を愛し、信頼してください。
   それはあなたに奉仕するためにあります。身体は健康でバランスが取れているのが自然な状態です。その自然な状態へ戻し、バランスを取り戻し、活性化する許可を自分に与えてください。

   深く呼吸しながら、身体が活性化し、息を吹き返し、身体があなたの最高の可能性に奉仕することを許可してください。身体は古い毒素を解放し始めます。


            アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
       book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                    ナチュラルスピリット


                           抜粋

・誰もが長い間、自分ではないものに仕える奴隷だった

   マスターだけが、本当に奉仕することができます。
   それ以外の人たちは未だ使用人に過ぎません。本当の奉仕は、(自分自身の”あるじ”となった)マスターにしかできないのです。そうではない人々は皆、使用人でしかありません。あなたはこれまでの多くの生涯で、どのくらい使用人として過ごしてきたのでしょうか? 

   どれだけの生涯で、(精神的眠りという)催眠の魔術をかけられ、本当はやりたくないことをやってきたのでしょうか? あなたは常に誰か他人の使用人でした。それはあなたの上司やさまざまな組織や会社、両親、あなたのアスペクト(欲望)、宗教、自分の信念など、本来があなたではない事柄に動かされてきたのです。あなたは長い間、こうしたことに仕える使用人でした。

   使用人はアジェンダ(行動的な計画、課題)、すなわち欲求を持っています。
   つまり、彼らは何かお金や安心感のようなものが欲しいか、あるいは自分自身という「アイ・アム」を理解できなくさせる、信念体系のようなものを持っているかのどちらかです。

   社会を見てください。
   どのような都会の人々であれ、あなたの友人や家族を見てください。彼らのほとんどは使用人です。(つまり、彼ら自身ではない何かのために動かされているのです) そしてあなたも同じく、こうした使用人の椅子に長いこと座り続けてきましたが、それはあまり素敵な椅子ではありません。

   マスターは、自分自身の「アイ・アム」性(私は私である)を理解しています。
   自分もまた神であり、すべてが、あらゆるものが内側から来るものだということを理解しています。本物のマスターにとって、外側に存在するものは何一つ必要ありませんが、外側のエネルギーすべてと遊ぶことができます。そのすべてを楽しむことができますが、しかし欠乏や欲求がまったくないことからアジェンダ(計画、課題)がまったくありません。

   ですから彼らは、目覚め始めた人間にそれについて話すだけでなく、本当に変化を起こしたい人間に奉仕することができるのです。しかも奉仕するマスターは、まったく計画的な課題を持たないことから、思いやりに満ちた最善の奉仕をすることができます。つまり、奉仕することで良い気分になる必要はないし、奉仕することで自分には価値があると感じる必要もありません。それはただ、彼らに喜びを与えます。

   そのことはマスター自身が、自ら歩んできた旅を、その山や谷、試練を思い起こさせます。そうした中で神性のさまざまな部分が進化してきて拡張し、喜びを発見し、自らの発見の旅を知っているので、奉仕にあたることはマスターに大きな喜びを与えます。

   あなた方の多くが、他人を助けようとして、実は奴隷状態にありました。
   そこに何か計画、欲求というアジェンダをを混ぜ込み、他人の前で四つん這いになり、相手に対して腰をかがめていれば、どうにかネバーランドという天国への道が手に入るのではないかと感じていました。いま私がこれを持ち出したのはなぜかといえば、確かにあなたはマスター性に入りつつあるからです。

   あなたは(あきらめと放棄という)「無の地点」の領域から抜け出し、マスター性に入ろうとしています。私が見るところ、あなたが他人に与えることのできる最大の贈り物は、本物の思いやりに溢れた、(それによって何かの欲求を満たそうとする)アジェンダのない奉仕です。そのためにあなたはこの人生にやって来ることを選択しました。それが、あなたが残りの人生でやっていくことです。つまり奉仕するマスターです。

   マスターは本来の自分自身と協調し、両者は完全に統合されます。
   それはエネルギーへの反応の仕方を変えます。つまり、努力がなくなります。これは誇張ではなく、人生は努力がなくなり、流れていきます。それは本来がそうあるものであり、苦労や訓練という概念そのものが非常に古いエネルギーなのです。もうそれは必要ありません。

   現在、地球上へは、何百というアセンションしたマスターたちが転生して戻って来ています。彼らは、2009年7月にトバイアスが転生して以降もやって来ているのです。それはまったくの奉仕として、あるいは楽しいバカンスを過ごすために来ているのです。彼らは他の人間たちに奉仕するために来ていますが、あなた方多くの人々と一緒にワークを行うでしょう。

   あなたは多くの歳月をかけて、解放へ向けて多くの戸びらをくぐり抜けてきました。
   自分は本当にここにいたいのか、そうではないのかと自問を繰り返し、それに取り組んできました。塞(ふさ)がれて行き詰った古いエネルギーを、解き放つ選択をしてきました。そして地球に留まる選択をし、私の話を聞きに来る選択をしました。あなたの次なるステップはマスター性、すなわち「アイ・アム」(私は私である)です。

   マスター性に関して、いくつかの重要なことを話します。
   第一にそれはとてもシンプルです。あまりにも単純なことなので、最終的に理解した時には、自分自身にいらだちすら感じるでしょう。そしてまず、人生という旅をそこまで難しくしたことで、自分に対して怒りを感じます。それから自分を笑います。そして自分がこれまで、どのようにあらゆるものを創造してきたのかに気づき、そこにある美しさに気づくでしょう。そしてあなたは、もう無意識に創造するような古いやり方には戻らない、と自分自身に言い聞かせるでしょう。

   あなたは意識的で活気に溢れ、愛情に満ち、統合された創造者になります。
   それはまったく、信じられないほどシンプルです。あなたが学ぶ必要はありません。祈ったり、瞑想する必要もありません。祈りとは、(誰かに与えてもらい、叶えてもらおうとする)「使用人」のためのものなのです。彼らはどこかの知らない神に仕えているだけであり、どこかの高位の権力に仕えています。

   彼らは自分自身ではなく、自分の外側のあらゆるものに仕えていますが、それはそれでよいのです。それもまた気づきを目指しており、「故郷」という自分自身へ戻る旅路の一つに過ぎません。そしてあなたもまた、思い出したくもないほどの夥(おびただ)しい多くの生涯で、膝(ひざ)をかがめ、四つん這いになって生きてきました。そしていまあなたはそこを超えてマスター性へと、「私は私である」ものへと入っていきます。

   それは呼吸と同じくらいシンプルです。
   大きく深呼吸してください。呼吸は肉体の現実に生命力をもたらします。呼吸は、すべてが愛である霊という意識体をあなたに思い起こさせます。呼吸は意識体に、あなたが人生を選択していることを伝えます。呼吸はあなたにエネルギーを導き入れ、あなたに奉仕させます。あなたがジレンマを感じている時、あなたが何らかの人間ドラマに入り込み試練にある時はいつでも、深く深呼吸をしてエネルギーを取り込んでください。

   あなた方の多くの人々が、自分の表現を抑えつけて自制しています。
   それは本当のあなたを見られたり知られるのを怖れており、間違ったやり方で表現してしまうのではと怖れているからです。あなたにはまた、これまでの多くの生涯において、自分を表現してはいけないと言われてきた、何層にも重なる生涯があります。あなたは自らを抑圧してきたのです。

   トーニング(異言ともいう。何かに意識を合わせて自由に声を出して、好きな音で歌ったり話したりすること)は、「アイ・アム」の表現を現実にもたらします。それにより、あらゆるエネルギーと素粒子が超補充されて、あなたに奉仕するために引き寄せられてきます。


             アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
       book 『神性を生きる』ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
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                           抜粋
   

 

・すべてのエネルギーはあなたに奉仕するために存在する

   あなたはマスター性へと移っていきます。
   それはエネルギーとは何なのか、それはどのように作用するのか、それは意識にどのように対応するのかという、本当の理解へと移っていくことです。実はそれは極めてシンプルなものであり、エネルギーはあなたに奉仕するためにここにあることを、深く情熱的に理解するようになります。

   エネルギーはあなたに奉仕するために、ここにあります。
   しかもエネルギーはそうしたいのです。エネルギーに命じることについて私たちは話していますが、あなた方の中にはまだ、命じることに抵抗を覚える人々がいます。どうか、エネルギーはあなたに奉仕するためにここにあることを理解してください。そして実際、エネルギーは命じてほしいのです。

   命じられないままであれば、それはあなたの人生に引き寄せられることはなく、あるいはかなり混沌としたエネルギーになってしまうでしょう。完全にあなたに奉仕すること以上に、エネルギーの好きなことはありません。

   さてここで、あなたはちょっとした問題に行き当たります。
   私はサービス(奉仕)という言葉を使いましたが、あなたはこの言葉に抵抗を感じるかもしれません。それはあなた方が多くの生涯において、常に誰か他人の使用人(サーバント)であったことに由来するものです。あなたは過去世で、王族の使用人や軍隊の兵士、企業の使用人であったかもしれません。あなた方はそれを従業員と呼びますが、私は使用人と呼んでいます。

   そしてあなた方の多くは、上司という立場にいたことがあります。
   それは部下という使用人を抱えていた人たちですが、あなたはしばしば彼らを手に負えないと思ったり、あるいはあなたは彼らを公平に扱わなかったかもしれず、彼らを苦しめて、彼らのエネルギーを盗んだのかもしれません。あるいは彼らに当り散らし、こう言ったかもしれません。

   「もうこんなことはしたくない。私は支配者になったり王や女王、上司になんかなりたくない。こんなことはもう放棄する」。そしてこの、「自分はもうこんなことはしたくない、もうするもんか」というあなたの思いのすべてが、あなたを(あきらめと放棄の)「無の地点」へ陥(おとしい)れました。つまり、何もしない場所です。

   どうか理解してください。
   エネルギーはあなたに奉仕したいのです。そして実際に、たくさんの人があなたに奉仕したいと思っているのです。私たちのこのクルーズ船の、スタッフが付けている名札のスローガンに気がつきましたか? それは「情熱的なサービス」と書かれています。エネルギーは本当に、情熱的なサービスであなたに奉仕したいと思っているのです。

   たくさんの人間がいまでも奉仕の仕事に就いています。
   それはあなたがそうであったように、それが彼らの進化の一環なのです。それはあなたの学びの一環であり、あなたもまた多くの生涯を他人の使用人として過ごしてきました。あなたはそこから学び、ついに「あなたもまた神である」ことを学びました。もう他人の使用人でいる必要はありません。多くの人々もまた学んでいくでしょうが、現在のところその状況は彼らが選んだ道なのです。

   マスターは他の人間を自分に奉仕させてあげます。
   これは少し奇妙に聞こえるかもしれず、あるいはあなたの(過去世での)古い記憶が蘇えるかもしれません。ですが親愛なる友である皆さん、立ち止まって、それについて考え感じてみてください。つまり他の人間を通して、ガイア地球を通して、呼吸している空気を通して、すべてのエネルギーは奉仕のために創造されました。エネルギーはあなたに奉仕したいのです。それが、いまエネルギーがあなたのためにやりたいことなのです。

   そして、あなたに提案します。
   エネルギーをあなたに奉仕させ始めてください。ですが、そうなっても驚かないでください。ちょうど良い時にピッタリの人が現れても驚かないでください。必要な時にアイディアが出てきてもビックリしないでください。共時性(シンクロニシティ)は珍しいことではなく、それが日常的なことになっても驚かないでください。それが、たった今あなたに起こります。エネルギーはここにあり、あなたの扉をノックし、あなたに奉仕する準備ができています。

   前の質問に戻りますが、あなたは何が欲しいのですか?
   エネルギーがあなたの扉をノックしているいま、あなたが欲しいものは何でしょうか? これはトバイアスが「分離の地点」と呼んでいるものであり、あなたはいまこれまでの古い自分自身から旅立ち、拡張した意識のまったく新しい時代に入ろうとしています。あなたの欲しいものは何でしょうか? それを選択し、それを楽しみ、エネルギーをあなたに奉仕させ始めてください。

   本物のマスター、つまり自分自身への「気づき」を持つ「アイ・アム」(私は私である)のマスターは、実は最善の奉仕を提供していることをあなたは理解するでしょう。いったん自らのマスター性を理解し、エネルギーがどのように作用するかを理解するならば、あなたは使用人にならずに奉仕することができるようになります。つまり、まったく違うレベルで他人に奉仕することができるのです。

  マスターだけが、本当の奉仕をすることができます。
   それ以外の人たちは、使用人にすぎません。マスターは、結果を気にしません。マスター性とはシンプルです。「私は私である」はシンプルで、誰からも何ももらう必要がなく、あらゆるものを分かち合い、与えることができます。それは自己充足であり、他人から取る必要も、与える必要もない。しかし私は表現し、分かち合う喜びという情熱を持っている。それがマスター性です。

   エネルギーに奉仕してもらう準備はできていますか?
   本物のマスターになる準備はできていますか? それについて考えるのではなく、それをやる覚悟はありますか? 心を開き、エネルギーを表現し、エネルギーと一緒になる準備はできていますか? それについて考えるのではなく。親愛なる友である皆さん、立ち上がってください。あなた方はどれほどの生涯を他人にひれ伏し、跪(ひざまず)き、腰をかがめ、お辞儀をしてきたのでしょうか?

   今、私たちはこのエジプトの地に来ていますが、私たちとともにあるのは古代の人々のエネルギーです。それは自分の力でマスターになった人々や、未だに岩や大地、大気に閉じ込められており、「新しいエネルギー」のマスターたちがやって来て、次のように言うのを待っている人々です。「やっとわかった。私はついに理解した」と。

   そしてあなたは彼らのバトンを引き継ぎ、彼らのような古いやり方にはまることなく、あなたの新しいやり方でエネルギーを進化させることができます。エネルギーと遊び始め、エネルギーを動かし、それを体験してください。それくらい簡単なことなのです。


           アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
      book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著 
                   ナチュラルスピリット


                           抜粋

・欲しいものを手に入れる楽しい人生!

   次の一歩は説明しにくいものですが、これはあなたを「本当のあなた」に繋げることが目的です。説明しにくいというのは、説明をすれば頭で考えてしまいがちだからです。それは自分自身に戻り触れ合う、あの深い統合の感覚です。これは、本を読むことで感じたり、学ぶことはできないものであり、自分にその体験をさせる選択を与えることしかあなたにはできません。

   別の言い方をすれば、あなたはそのために計画したり、自分の力でそれを引き起こしたりできないものです。そして、そのつながりを感じると、マスター性の本当の意味を理解し始めるでしょう。あなたはもはやエネルギーを操作しようとはしなくなり、それについて考えることもなくなります。それは、ただ起こるからです。

   必要なことは、あなたは進んでマウンドに上がり、自分は何が欲しいのかという明確な選択をし始め、かつそれを怖れないことです。自分が欲しいものにフォーカスすることです。たとえば今日、この会場に来る時、あるグループの乗る飛行便に問題が生じました。ですが親愛なる友人たち、もうそのようなことを容認する必要はありません。

   さて、するとこのように言う人たちがいます。
   「でも人生とは、そうしたものじゃないですか? ひどい交通状況なんてあるのは当然だと思うし、そんなことは人生に付き物ですよね?」。まったく違います。そのような態度でいれば、あなたに手に負えないことが遅からず起きて来るでしょう。あなたは自分自身に対して、自分の選択に対して、とてもとても明確になる必要があります。それは空想ではなく、現実的になることです。

   ほとんどの人々が思っていることは、「ただ、なるようにしかならない」というものですが、私はこのようなことはあまり聞きたくありません。「ただ、なるようになる」、とんでもない! それはまったく違います。するとこうも言います、「私には理解できなくても、本当は宇宙が私の高い善のために、すべてをデザインしているのではないでしょうか?」  それもまったく違います。それは権利を奪われた考え方であり、マスター性(自分の現実を創る)創造的な生き方ではありません。

   あなたはこうも言います、「ですが現在、私にはそれをコントロールできないこれだけの状況があります。それらはただ起きているとしか思えません」。それを超えてください。突破してください。創造し始めてください。それを自分自身のためにしてください。ですがそのために、他人を操作しないでください。それはマスター性ではないし、単なる操作です。あなたのすることは、自分のために選択したものを創造することです。

   あなた方は自分のために明確な選択をすることに抵抗を感じる傾向があります。
   しかも、あまり多くを要求することにとまどいを感じます。それは、そうすることが他人の気分を害するのではないか、あるいは自分のために何かを要求すると、他の誰かから奪うことになりかしないかと考えて、これまでのいつもの信念体系に入り込んでしまいます。

   まったく違います。
   あなたが自分のために求めているのであれば、そこで何が起きるかというと、彼らのエネルギーがあなたに応じて再編成されるのです。しかもそれは彼らの選択であって、あなたが彼らに強制したり、何かをさせているわけではありません。

   ですがあなたは、そうした明確な選択をあまりしたくありません。
   失敗するのが怖いからです。最初は失敗するかもしれません。なぜならあなたの中にはまだ、これまでの古いエネルギーや信念体系の「なごり」があるからです。あなたを悩ますこの奇妙な(諦め、無力感という)「無の地点」のエネルギーが、まだあなたの中に残っているために、少しぎこちないことがあるでしょう。

   でもあなたがコツを飲み込むと、それはすぐに起こり始めます。
   そして、自分が求めることが、他の誰かから取り上げることにはならないことに気づくでしょう。しかも実際には、それが彼らを実にさまざまな形ちで助けることになるのです。そしてエネルギーは、ずっとあなたの周りにあってあなたに奉仕していたのに、あなたがそれを使わず避けていたことに気づくでしょう。

   おそらく自尊心の欠如や、何らかの古い取り決めや誓約のようなものがあったからかもしれません。ともかくエネルギーは、あなたに奉仕するためにそこにあることをあなたは学び始め、それは流れて行きます。本当に簡単なことなのです。

   あなたはもはや、困難や試練や苦痛、欠如のようなものを容認する必要はありません。なぜならあなたが、あなたの人生のマスターだからです。しかも何も無理強いをする必要もなく、それはただ起こり始め、流れ始めます。するとあなたは今いる(あきらめの)「無の地点」から抜け出します。あなたは動き出し、流れ始め、それは優雅に螺旋(らせん)を描き、拡張し始めます。それは楽しいもので、驚異的です! 

   そしてあなたは言います、「私は今回が地球で過ごす最後の生涯だと言ったけれど、私はそれを取り消します! 何て楽しいんだっ、!」


            アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
        book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                   ナチュラルスピリット


                           抜粋

・鹿児島川内(せんだい)原発の判決と「ドローン」

稲生雅之さんのメールマガジンから掲載させて頂きました。

残念な川内の決定とドローン

   『予想通りの残念な結果だったのですが、余計なテロまでついてきました。
   原発を維持したい人々は、国民の反原発への思いが強くなっていることを怖れているようです。

   22日に、川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川市)の、差し止めに関する決定が下されるのを待っていました。新聞を買って前回同様に、調べた結果を書こうとしたのですが、驚くことに新聞の一面は原発に関することではなく、ドローンのニュース一色になっていて違和感を感じています。

   今日23日のお昼の時点で、ドローン(軍事目的で作られた無人航空機)は、21日から22日に飛来したと書かれているので、おそらく23日の新聞に(原発の代わりに)載せる目的でタイミングを調整したもののようです。ドローンには、微量のセシウム134と137が含まれた液体が積まれていたとのことですが、これで何ができたかと言えば、大したテロにはならないので、目的は別にあったと考えられます。

   現時点では犯行声明も出されていないようですが、愛媛県で起きた劣化ウランの保管施設向けの放火(住友化学愛媛工場 2014年6月8日)の時と同じものと考えられます。つまり今回のものは、反原発の活動にマイナスになる判断が出るのに合わせて、世論の操作を狙ったという印象です。

   地元で裁判に関わる人々にとっては、この種のテロは無意味なので、こうした程度のことで政治が変わるものでもありません。変わるのは新聞の一面にドローンのニュースを掲載することによる反原発のマイナスイメージでしょう。こうした「ヤラセ」は常に行なわれることで、おかしな状況が起きています。

   ドローンには原子力政策に関する政治的な意図が感じられるので、他の件でもこういったヤラセが行なわれる可能性が心配になる所です。「彼ら」に都合が悪いことが起きると、この種のおかしな事件が起きてくるので、この先、他のパターンによるテロに注意する必要があります。しかも今回のドローンは、戦争に都合のいい法改正にも繋がるものなので、悪意を持つ人々による、相変わらずの傍若無人ぶりが行なわれた事件でした。

   そうした背景には、原発に関して国民が、大きく反原発の方へ振れていくという状況があり、そうした事態が続いていることがあります。よって「彼ら」はこうしたことを起こさなければ、その流れを変えられないと考えており、怖れていることも間違いありません。

   今回の川内(せんだい)原発の判断が、政府に有利になるよう進められることは、裁判官の経歴からも明らかにわかっていたことです。東大卒の前田郁勝裁判長の経歴は、主要都市の地方裁判所をひと通り回っていますが、法務省にとって都合のよい判決を出す人だったようです。福井の裁判でもこの方のように、法務省に都合のいい方が選べたはずだと思うのですが、この辺りの事情はよくわかりません。

   まず決定主旨ですが、朝日新聞のまとめです。
「新基準について
   科学的知見に基き、不合理な点は認められない。
   審査も厳格で詳細。

基準値震動について
   九州電力が詳細な調査で定め、安全性を確保。
   過去の超過は、東日本大震災前の指針で策定された地震動だった。

人格権について
   人格権侵害、侵害の怖れは認められない」。

   また裁判長にマイナスの批判も新聞には書かれており、次は日経新聞からです。
   「今回の決定は、規制委員会の新規制基準への批判的検討の痕跡に乏しい。新規制委の言い分を丸ごと受け入れており、想定される地震の揺れも現行のままで良いと判断している。火山の影響は、一部の火山学者の結論だけを用いており、避難計画への評価も住民側の意を汲み取ってはおらず、安全の根拠が示されていない」。
   これは九州大学の吉岡 斉教授のコメントです。科学技術史専門の方です。

   朝日新聞には面白いコメントが載せられていました。
   「新基準の地震想定の方法について、”最新の科学に照らせば合理的ではある”としながらも、”福島の事故を経て、最新の科学にも限界があることが明らかになった。決定は科学の限界をもう少し考慮しても良かったのでは”と話す」。
   これは東京大学地震研究所 纐纈一起教授のコメントです。

   この判決で明らかなことは、裁判長にとって都合の悪いことは認めないという現実です。
   それが法務省の方針であるのかは分からないことになっていますが、いずれにせよ結論先にありきの決定であり、そのために都合の悪いものは”鼻から無視する”必要があったようです。こうした判断は、噴火の予知がほとんど出来なかった御岳山(みたけさん)の噴火の経験を、まったく生かしていないことになります。これは決定における重過失とも言うべきものです。

   しかも、火山の影響の強いこの地(鹿児島県)において、特に愚かな決定である事を非難したいと思います。

   裁判の判決とは政治が決めるものでもありますが、そのやり方は最高裁での政治判断を優先するレベルのものであり、地方裁判所における判断も政治判断に頼ってしまうというのは、裁判官の良心が問われる大きな問題です。それは、その地に生きる人々や国民を見ていない良心であり、そのような良心しか持っていないと批判されても仕方がないのです。

   東大地震研のコメントは、暗に政治のしていることを批判しているので驚きました。
   今の科学の限界というのは良い表現だと思うし、出来ないことを出来ると言ったところでいずれ分かってくることなので、これまでの経験を生かしているようにも思います。地震の研究をしている方なので、今の日本列島は3・11後の地震活動が高まった状態にあることを意識しての発言であり、3・11レベルの地震が起きるかは分からないにしても、判決の想定を超える地震が起きる可能性の高さを考えてのコメントでしょう。

   いい加減なことを言えば、さらに地震学者に対して批判が高まるのです。
   このことを意識する気持ちの方が、政治寄りのコメントを出すことよりも優先しているようで、これが現実なのです。しかも今のままだと、この種の地震が起きるのは時間の問題だけなのです。

裁判官の○×方式の現行の審査は変えなければならない

   裁判官の判断をする国民審査なるものがありますが、その判断は地方裁判所における判決から判断されるべきで、国民の利益に関わる判決であったかどうかという結果から、○×を付ける必要があります。

       しかし国民は裁判官の審査でそうしたことを何も知らされてはおらず、誰がどのような判決をしたかなど全く示されてはいません。要するに今の国民審査なる制度は何の意味もなく、法務省がこの制度を利用しているとは言い難く、都合良く骨抜きにしているものでしかありません。

   政治的にも、国民の活動としても裁判官の審査をするつもりなら、国民が事前に独自に判断したものを公表し、審査の場にも公表しなければなりません。そして今回の判決のように、この種の政治寄りの判断しかしない裁判官に、国民の利益を守る判断ができないことは明らかです。

   日本だけでなく、他の国々でも多くの問題を抱える司法制度ですが、これらは変えてゆく必要があります』。


   文章を少し、推敲(すいこう)させていただきました。zeranium

   

   

   

   

   

   

・声高らかに、大胆に、自信を持ってエネルギーに命じる

   マスター性とは何でしょうか?
   それは自らの領域で現実を創造し、それを体験する能力のことです。あなたがどんなやり方を選んだとしても、運命や宿命、カルマなどに制限されることなく、エネルギーに働きかける能力のことです。またマスター性とはあなたの魂の核である「セルフ」(自分自身)を知り、自らの意識とエネルギーがいかに関わりあっているかを理解している状態です。それは当然、あなた方が考えているような、他人を指導することで統制することではありません。

   あなた方はここの会場へ来る際に、少しばかり興味深い体験をしました。
   この物理的な場所へ到着する道のりにおいて、ちょっとしたチャレンジがありました。さらに、音響システムや照明、空港の電気やフライトの遅れ、荷物の紛失、そして心を乱される混乱がありました。これが意味することは、あなたの「アウェイニングゾーン」(目覚めの領域)であなた自身に起こっていることを暗示するものです。

   それは、自分は本当は何が欲しいのか、自分は何者なのか、そうしたことにあなたが確信が持てていないからです。あなたは内なる自分自身と連絡が取れていません。エネルギーはあなたの周囲に集まっていますが、あなたに奉仕したくても、今一つどうすればよいのか分かりません。エネルギーはバランスを崩しており、段階がずれています。ですが、それも単なる一次的なことではあります。

   マスター性とは、自分に奉仕するよう、エネルギーに絶対的に命じることです。
   私たちは最近開催した「ミステリー・スクール」でそのことを話しましたが、その参加者の中には、エネルギーに命じることに苦労した人々がいました。彼らは弱気になり、自分へ奉仕させるために、エネルギーに命じることを怖れてしまったのです。

   声高らかに、大胆に、自信を持ってエネルギーに命じてください。
   「私に奉仕するように、命じる」と。すると、そうなります。ですがそれはあなたの核である自分自身の中心から、自信を持って言わなければなりません。それは奉仕するよう請い求めて願うことではありません。あなたに奉仕するように、エネルギーに命じるのです。

   ですが、うまく命じることができない人がいます。
   「エネルギーに命じるなんて、そんなことができるのか? そんなことが正しいとは思えない。私は悪用してしまうかもしれない。力を持ちすぎるかもしれない。エネルギーに命じるなんて不愉快だ」。おそらく、エネルギーに命じることが、過去世で、あるいは現世で、あなたがこれまでエネルギーを濫用してきたことへの反感を誘うからかもしれません。あなたは本当に、マスター性を理解したいのでしょうか?

   マスター性を体験するためには、マインド(表面意識)を脱け出し、いつもの思考プロセスを超える必要があります。つまり、マインドよりもずっと壮大なものがあるということです。それは神性の知性や直観、ノウイングネス(知っている状態)よりもずっと壮大な何かです。

   表面意識(マインド)を超えなければなりません。
   なぜなら、アセンションにおいて次にあなたがどこへ行くかは、マインド(表面意識)にはまず理解できないからです。マインドは、古いエネルギーから自由になる時、拡張します。そしてあなたの神性の知性と統合するのですが、まずあなたは表面意識というマインドから脱け出さなければなりません。ですがあなた方もよくわかっているように、マインド(自我)はそれを嫌がり、表面意識はどうしてもコントロールしたいのです。これについては繰り返し何度も話してきました。

恩寵(おんちょう)を体験する

   恩寵(おんちょう)とは、自然で努力のない流れのことです。
   しかし表面意識(マインド)は、グレース(恩寵)を理解することができず、知りません。あなたのハートや魂は知っていますが、マインドは知りません。マインドは常に自然な流れをコントロールしようとします。恩寵の自然な流れは、あなたの内深くから出て、他のすべてへの共鳴です。マインド(エゴ)はそれを知りませんが、あなたの神性の知性はよく知っています。

   現在、あなた方はこのマインドをくぐり抜けようとしているところです。
   あなたの周囲に混乱、混沌が見られるなら、つまりコンピューターが故障するなら、交通やフライトの遅れ、そうしたあらゆる問題があるならば、おそらくどこかのレベルで、あなたは(自然な流れである)恩寵をコントロールしようとしているのです。

   どうか恩寵をコントロールしないでください。
   なぜならそれは、コントロールをさらにコントロールすることであり、エネルギーを本当に滅茶苦茶にしてしまうからです。恩寵をコントロールしたいと思うのは自然なことですが、結果的に、実はできないことにあなたは気づくようになります。ですからコントロールするのをやめるならば、あなたは自然な努力のない流れを体験し、恩寵を体験するでしょう。


            アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
       book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                     ナチュラルスピリット


                            抜粋
   
   
   

 

・刷り込まれてきた「思い込み」を解き放とう!

   あなたの豊かさは、エネルギーが滞りなく流れるかどうかと関係しています。
   大切なのは、エネルギーを取り込み、それを通してあげることです。

   それは一つには、ブレイン・ロック(脳の回路がロックされ、錆びついて動かない状態。痛みやしびれも脳が作り出して認知しているもので、痛みの回路にエネルギーが流れずロックされることで身体に痛みや痺れを感じる)もので、(意識に思い込みという)催眠がかけられている状態です。

   そしてあなたは、未だにそこにしがみついています。
   だからこう言います、「でも私はトバイアスが教えてくれた(引き寄せる)方法をすべてやってみましたが、未だに一文無しですよ」

   まず最初に深呼吸し、自分自身に豊かさを感じさせ、それを感じてください。
   豊かさとはあなたが本来持つ、あなたが自分自身に与えた権利なのです。この世界には、すべてに行き渡るほどに十分なエネルギーと豊かさがあります。

   ですがあなた方の多くは、光だけに偏(かたよ)っているのと同じく、また「不足」のほうにだけ偏ってもいるのです。あなた方はどういうわけか(特にキリスト教徒は)、豊かさは悪いもので、罪深く、豊かだと霊的にはなれないのだと教えられてきました。

   そうすると、あなた方の霊的な欲求は他のどんな事よりも強いことから、お金は霊性を穢(けが)すという信念が不足をもたらすことになります。それはあなたが自分に取り込んだ「思い込みという」自己達成的な予言です。もしあなたが豊かさを選ぶのであれば、それを解き放ってください。

   私はサン・ジェルマン伯爵の生涯では非常に裕福でしたが、同時に極めて霊的でもありました。私は裕福なマスターであり、そのことに誇りを持っていました。豊かさは人生を楽しむことを可能にします。それはこの地球上だけでなく、信じられないかもしれませんが、別の領域にいてもそうで、とりわけ別の領域における豊かさは素晴らしいものです。そこではお金は必要ありませんが、感覚、霊性の豊かさ、体験の豊かさなど、そのすべてが豊かさの一部なのです。

   金銭的豊かさを制限することは、それはつまり、あなたがブレイン・ロック(思い込みという催眠にかけられている)状態にあるからですが、結局それは人生を体験する能力を制限することになります。それは人間関係やキャリア、人に教えたり、創造的な表現や、健康など、さまざまな豊かさの可能性を制限してしまい、豊かさのあらゆる部分を制限します。

   さて、あなたは魂が豊かさに欠けていると本当に思っていて、それを感じているのでしょうか? そんなことはありません! だからあなたも不足すべきではないのです。あなたはたった今、いますぐそれを克服することができます。豊かさを体験することを選ぶことができます。

   ああ、ですがあなた方はたちまち、これまでのブレイン・ロックに入り込んでしまいます。それはこのようにして。そしてこう言います。「でもどうやって? 私はいい仕事に就けていないし、すぐ死にそうな金持ちの親戚もいない。どうすればいいのかわからない。お金にも詳しくないし」

   そうしたすべてを、思い込みのパターンを手放してください。
   そうすれば、それがどのようにやって来るのかを知って、あなたは目を見張ることでしょう。


            アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
       book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
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                          抜粋
   

・二元性や分離の概念が消え失せる時

   たった今、何ができるでしょうか? 
   まず、深く深呼吸してください。呼吸はいつでもあなたの役に立ちます。そしてグローバル(地球規模、世界的)に起きていることのすべては、あなたにも起きていることを理解してください。あなたの内なる「神々の戦争」はどうなっていますか? 言い換えれば、それはあなたの信念は何かということです。

   人間と神性が統合する上で、あなたは今どこの地点にいるでしょうか? 
   象徴としての意味で、人間を水平線として、神性を垂直線の交差として表すことができます。この二つの統合において、あなたはこの両者を一つにすることができるでしょうか? 上の図(P.92 縦と横が同じ長さの十字)は、キリスト教で用いられて来た、ただの十字ではありません。これは本来、天と地が一つになることを表した古代のシンボルなのです。

   自分という神が現実化するもの、自らの神性がどんなものかを体験する時には、それに関するいかなる思い込みも、どんな信念体系も手放してください。なぜなら、あなたがこうなると思うようなものにはならないからです。

   本の中に、つまり知識の中に神を見出すことは決してありません。
   そして地球上だけでなく、別の領域においても、実に多くの魂がいまだに神について学んでいます。それは実に、強迫的とすら言えるものです。神を学ぶというのは強迫行動です。それはいかなるプラクティス(実践、訓練、行動)、グループ体験、(神秘体験を誘発する)ハーブなど、どのようなものによっても神を発見することはできません。なぜなら、自分自身以外のところで神を神性を見出すことはなく、それは体験なのです。

   その体験は、あなたをそのままで永久に肉体の外に出してしまうかもしれません。
   それがいわゆる、アセンション(次元上昇)です。その体験は、あなたを地球にしっかりと足が地に着くようにグラウンディングさせ、生き生きさせるので、生物学的な死の必要性から脱却することが可能です。

   言い換えれば、あなたが意識的にここを去る決断をするまでは、ただ自分をここに生かし、ここを楽しませてあげるのです。それは肉体やマインド(表面意識)が、ここでの生活を持ちこたえられるかどうかに左右されるのではなく、あなたが、自分の望むものを決めるのです。

   (病気になったり、年を重ねることで、)肉体に裏切られたように思うのはなぜでしょうか? それはあなたが持っている信念が原因です。あなた方は頭を使い、肉体と闘うのですが、完全に体の中にいることがどのようなものかを、実は本当には自分に体験させても、感じさせてもいないのです。それは地球がこの惑星の体であるように、肉体もあなたの魂の身体なのです。

   あなたが歳を取り、鏡を見て「何てことだ! このシミとたるみは!」と言うならば、それを愛してください。それを体験してください。祝福してください。だからといってそれで、これ以上老化の速さが進まないということではありません。それは単に、あなたが抱えてきた古いいくつかの信念や、古いプロセスを逆転させるという意味です。

人間は肉体を無視するよう催眠という洗脳がかけられている

   今日、肉体は非常に誤解されています。
   そして人間は、自分で自分の身体を治す方法をまったく忘れてしまいました。私たちは、肉体に自らの身体を治療するための許しを与え、薬品やサプリメントの過剰摂取をやめることについても話します。それは人間がこの惑星に対して責任を持つ必要があるのと同じで、もうあなた方も自分の身体について責任を持つべき時なのです。

   身体に話しかけ始めてください。
   「愛する私の体、あなたは私が地球に生きて楽しむための乗り物です。ですからあなたはどうやって、自分を治すかをよく知っています。私があなたの中にそれを備えたからです」 身体に話してください。そして指図するのではなく、要求するのでもなく、嘆くのでもなく、ただ自分の身体に再び繋がってください。

   人間の意識は、あまりにもに身体から隔たっていますが、それは一つの洗脳という催眠がかけられてきたからです。「自分はこうしたいのに、身体が言うことをきかない」「私の身体は弱って死につつある」「身体を癒してくれる助けが誰か必要だ」 こうしたことが、あなた方が自分の身体について話していることです。

   違うやり方で話しかけるようにすれば、身体は息を吹き返すでしょう。
   なぜなら肉体は、自らを治療するからです。そうなれば、あなたは体重の心配も、健康問題も心配する必要がなくなります。ですから身体に話しかけ始めてください。

   あなたの身体は、長い間バランスを失っていた神性の構成部分です。
   そして身体にはとても重要な女性性のアスペクト(要素)と、男性性のアスペクトがあります。あなたは自分のことを女だ、男だと思い、鏡を見て「自分は男だ」と思う身体を持っているかもしれませんが、しかし実際にはあなたは男性性と女性性の両方を持っているのです。

   こうした要素をバランスよく内に取り戻すならば、あなたの身体には新しいバランスと新しいハーモニー(調和)が戻ります。そうすればあなたは、あらゆる薬剤やセラピー、ドラッグ、またマントラのようなものを身体に注ぎ込む必要がなくなります。つまりあなたが、自分の身体を完全な神性の本質に戻すことなのです。それと同時に、自然なヒーリング(癒し)の能力を自分自身に開くようになります。

   そうなると、もはやあなたは、女性性や男性性のアスペクトをあなたの存在の内部に一緒に持つこともありません。なぜならもはや、二元性や分離という概念すら消え失せるからです。あなたはもう男性でもなければ女性でもなく、そのような識別はもう必要ありません。そしてあなたの肉体は本来の息を吹き返して蘇えるので、必要なことは何でもできるようになります。

   (ここに来ている)あなた方の多くが、女神のエネルギーに魅了されており、「女神を呼び戻そう」と求めています。ですがおそらく、もう女神や神を手放す時が来ています。(求めることそのものが、分離を認めていることであり、そうした)分離の必要性そのものを手放してください。そして、統合された本来の「意識体」となってください。


             アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
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・自分の中のあらゆる「否定」を統合して生きる

   (キリスト教信者に向かい) どうやって天国に到達すればいいのでしょうか?
   それは地球で肉体に転生することを通してです。それはあなたのあらゆる要素(アスペクト)を、この「今」の瞬間に融合することを通してです。自分自身についてのすべてを受け入れ、今現在の瞬間に、最大限充実した人生を生きることによってです。

   アトランティス時代(約5万年前)に遡ってみると、当時の人々は人間であることと、霊的意識体が肉体とマインド(表面意識)に顕在することに、焦点を合わせていました。それはスピリット(霊的意識体)がそのまま、(目に見える)物質的に具現化した状態でとどまることの困難さをよく理解していたからです。よってアトランティス時代の取り組みの多くは、肉体の旅を尊重し、肉体を強化することを目的としていました。すなわち肉体を神の神殿と考えたのです。

   しかしそれから後、再び地球に転生したあなた方は、自らの人間性を否定するようになりました。つまり、カタリ派の生き方こそが完徳者のものであり、地球上にあるものはすべてが邪悪だと信じるようになったのです。それは肉体に関することだけではなく、自然の美に対してさえも邪悪だと信じたのです。おそらく彼らは、その誘惑的なエネルギーを怖れたのでしょう。彼らは独自の世界の神や悪魔を創造しましたが、そのゆえに、肉体という現実の中に生きることすべてが闘いになりました。

カタリ派が自らに生み出した「地獄」


   カタリ派は古代の多くの謎を知っており、神性についても知っていましたが、それはごく一部分でした。彼らがアンバランスを創り出してしまった原因は、人間自身への否定と、人間の生きる体験への否定があったからです。彼らはさまざまな意味で今のあなた方に似ています。そして実際に、彼らはいろいろな意味で、今の現実を生きている”あなた”そのものです。

   彼らは、魂の進化と、輪廻転生のあることを知っていましたが、輪廻転生を良いものだとは考えず、それは懲罰であると見なしていました。彼らは肉体の現実を否定していたので、セックスに対しても、肉体的な愛という美しいものも否定していました。彼らはこの地球上にあるすべてを否定し、この人生という祝福すべきものまで否定していたのです。そしてこのようなアンバランス(不均衡)が、独自の地獄を創りだし、光と闇という問題を生んだのです。

   カタリ派の信者はたまに少しだけセックスをし、食物や俗世間的な楽しみを享受しましたが、一般の信者たちでさえが、人間の体験は悪いものだと信じていました。そして言うまでもなく(カトリック)教会は、そこに罪や人間の弱さなどを持ち込むことで、そうした信念をより強化したのです。それ以来、現在ではそれが一般的な信念体系に定着しています。すなわち、神は完璧で、人間は欠陥があるというものです。

   それが、(キリスト教会が持ち込んだ)男性女性のエネルギー的優劣、あらゆる二元性的概念、力による操作、独自の教義、歪曲、コントロールだったのです。それ以来、人々は強力な二元的概念のもたらす問題を背負うようになりました。そして彼らは自分たちは光であり、それ以外の人やものはすべてが闇だと信じるようになったのです。(キリスト信者だけが救われるとする考えもここに発している)

   大勢のキリスト教信者の人々が去る準備をしており、あの世に行くのを待っています。
   そしてユートピア(理想郷)はどこか離れた領域にあると信じています。ありません。一般的な人間が地球を去る時は、肉体を離れて、自分の今の意識体と一緒に次の場所へ行きます。あなたの意識は今の意識そのままです。そしてほとんどの場合、たいていはそこが自分が思っていたような、フワフワした天国でないことに失望します。なぜならほとんどの人にとってそこは、(自分の意識レベルに応じた)地球で生きていたのとほぼ同じ状況だからです。違いは、ただ肉体がないだけのことです。

   想像してほしいのですが、それがどれほどの失望と落胆だと思うでしょうか。
   彼らは完璧を目指して全生涯をかけ、決してそうはなりませんが、とにかく神に祈ります。そして「許し」とは彼らが思っているようなものではないのですが、許しを請います、その必要もないのに。彼らはあの世に到達すると、そこが自分の生きていた状況と同じであることを発見します。それであっという間に、彼らが地球に転生して舞い戻って来るのは無理もありません!

   現在、人々の意識は変化しています。
   それはあなたのような霊感に溢れた存在を通して変化しているのです。そうした変化は、今、まさに今ここで起こります。人間性を否定するということではありません。人間性を愛し、表現し体現し、楽しみ、そして何よりもそれと遊ぶことなのです。

   大事なのは、「今」この瞬間に、ここで(自分自身に)統合することです。
   それは完璧さではなく、統合です。もしあなたが完璧さを求めるならば、そのゆえによりいっそう地球上で多くの生涯を送ることになります。完璧さというものはありません。あるのは受容です。

   これは実にシンプルな原則なのですが、どういうわけか、人間はそれをあまり信じたくありません。もっと奥の深い、学ぶべきことが何かあるはずだと信じているのです。肉体を完璧にする何かを、達成する何かを、深遠なミステリーを何か理解する必要があると。

   「あなたもまた、神である」ということ以外に、聖なるミステリーなどどこにあるのでしょうか? あまりにもシンプルなので、(それを信じない)あなたのために泣きたいくらいです。


         アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
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・「光と闇」の概念に引き裂かれてきた人類

   あなた方に尋ねたいのですが、「光の中に在る」というような話ばかりを私は耳にするのですが、それはどういうことなのでしょうか? もしかするとそれは半分の自分でいるということですか? それとも恐れの中にいることなのですか? あるいは自分自身から逃げるということですか?

   カタリ派(中世のフランスにおいて、キリスト教の異端とされたことで教会によって壊滅させられた一派) の本当の試練は何であったか知っているでしょうか? 彼らはつまり、光の側にだけ存在しようとしたのです。その結果、あなた方が知っているように、霊的な物理学から何が起きたでしょうか? 彼らは闇を引き寄せてしまったのです。なぜなら、闇と光は本来同じものだからです。あなた方は一方だけを持つことはできません。

   あなたの神性は、あなたが愛していないあなた自身のあらゆるものを保ち、愛するだけの思いやりを持っています。すなわち、あなたが闇と見なしているあなたのあらゆる部分や、自分を嫌う行動や行いの一つひとつ、あるいはあなたが分類して闇とするカテゴリーに投げ入れている創造の一つひとつに至るまで、あなたの神性はそれらを抱擁して愛しているのです。

   ほとんどの人々は、自分の闇が神性だなどという話を聞きたくありません。
   なぜなら神性を光という観点からだけしか考えていないからです。しかし親愛なる友である皆さん、神性はあなたを無条件に愛しています。それはたとえ何が起きようと、神性はあなたの闇でさえも愛しているのです。そしてあなたも同じように、意識的にそうできるようになる時を待っています。

   これまでも多くの人々が試みてきたことですが、闇を持たずに光を持つことはできません。私はしばしば「ライトワーカー」たちの(内なる)「時の声」を聞きますが、彼らが否応なく、内なる闇に直面しなければならなくなることを知っています。つまり、彼らは闇を引き寄せてしまうのです。しかし、それは自然なことです。ここに来ている人々の中には、自分の女性性が持つ女神を発見するために来ている人たちがいます。すると何が起きるでしょうか? 男性性のエネルギーを引き寄せるのです。そして本来、そのように作用するものなのです。

自分の内なる闇を受け入れ、ひとつになる

   あなたの闇の側面を体験する準備はできていますか?   
   光だけでなく、あなたのあらゆる部分を見る準備はできているでしょうか? 光は素晴らしいですが、完全なものにするには闇がなければなりません。あなたは自分が闇だと思っていたものを、手放す準備ができているでしょうか? あなたは「はい」と言いますが、こうしている間にも、あなたの内側にある闇が上がってきます。それは恥ずべき、後ろめたい、傷ついて、痛んだ部分です。あなたは常にそこから逃げており、いつも光を隠れ蓑にしています。

   そしてこれは私の愚見ですが、キリスト教会の最大の過ちの一つは、彼らが自らの存在の全体ではなく、光だけにフォーカスしたことです。彼らはそうした自らの闇をすべて覆い隠し、礼拝や宗教的儀式を光だけにしました。しかし、光に偏ることが自然に、否応なく自らの闇を浮かび上がらせ、(闇を明らかにしてバランスを取り戻そうとするものを)自然に引き寄せるのです。

   闇とは何でしょうか?
   闇にしても、それはただのエネルギーであり、あなた方が光を見るために創造した最初の鏡なのです。光もまた闇を見るために、あなたが創造した鏡に他なりませんが、もうそろそろその二つが一緒になる時です。つまり、内なる闇から逃げるのをやめる時なのです。

   あなた方の知人の多くが、あなたのやっているワークに疑いを抱くのも無理もありません。彼ら知人たちの多くもまだ闇から逃げているからです。彼らはあなたが光と闇の統合に近づいていることを感じており、それがあなたが闇を扱い、悪魔と戯れているように見えることからそう言います。そして実際にそうなのです。なぜなら、もう光と闇をひとつにするべき時が来ているからです。それをすればあなたは二元性という概念全体が、つまり光と闇がただの幻想であったことを理解するでしょう。

さまざまな内なる痛みは、二元性のアンバランスがもたらすもの

   闇はあなたが考えているようなものではなく、光もあなたが思っているようなものではありません。この二元性という善悪の概念、つまり何らかの懲罰として地球にいるという概念や、人間の状態から脱け出すという概念、また自らの人間性と人間としてのあらゆる恩恵を否定する概念というのは、あまりにも古い概念であり、これらは(ある時地球に持ち込まれたものですが)、未だに地上に残されており、あなた方の中に存在しています。

   あなた方は神は光だけだと教えられてきました。
   もし闇が存在するならば、どうして神は光だけだと言うことができるのでしょうか? あなた方は神が天国を創造し、一方、悪魔も地獄を創造して、人間の旅を脆く、哀れなものに陥れたので、人間の目的は神の恩寵の元に戻ることだと教会から聞かされてきました。

   ですが、それは違います。
   それは美しいもので、壮麗なものなのです。あなたが人間の形態に在ることこそが、自らに与えることのできる最大の贈り物であり、体験です。しかもあなたはそこへ囚われているわけではありません。ですからあなたには救済は必要なく、ただその体験を受容するだけなのです。

   (カトリック)教会が光と闇の概念を持ち込み、ゲームを始めた時、私たちは「本来の道」の教えの中に大きな分裂が生まれたのを見出しました。世界は未だに、光と闇という二元性に魅惑され毒されていますが、それは変わっていきます。そしてその概念は居心地の悪いものになっていくでしょう。

   今日、時間を取り、文字通りの光と闇を観察してみてください。
   太陽の光線が建物や木々、草や人々に当たっている様子に注目してみてください。それが闇とどんな役割を、互いに果たしているのかを観察してください。しかもどれほど互いに愛し合っているかに注目してください。それらは実際に、原初のもっとも素敵なカップルです。

   あなたが自らの闇を否定することが、あなたを窒息させ、やがては自分自身への残酷なゲームを引き起こすことになります。それは闇の否定があなた(の考え方)をアンバランスにさせるからであり、あなたが(考え方において)バランスを崩すと、常に何かが現れてあなたにバランスを取り戻そうとするのです。

   当然、あなたはそれに抵抗するでしょうし、それは何かが侵入しているように思うからです。しかし実際にはそれは、バランスを取り戻すためにあなた自らが創造したものなのです。トバイアス(ジャーメインの仲間で協力者)が、「自分のやり方から脱け出しなさい」と言ったのはそのためです。

   それはあなたの偏見と先入観のことであり、それに従ってあなたは自らを癒し、修復しようとするのです。その結果、あなたは常に光と善、正義に留まろうとします。(つまり、一方にのみ「振り子」が留まるように努力する結果バランスを失い)、あなたはそれを押し戻そうとする自然の力に抵抗し、闘い、逃げ回るので、光と闇のゲームは延々と続けられることになります。


     アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
  book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                               ナチュラルスピリット


                         抜粋

・来たるべき『素晴らしい地球世界』

   少しの間、あなた方の行く手に何がやって来るのかを、一緒に見てみましょう。
   地球に転生していない私たちは、今地球上に重要な流れとエネルギーの動きを見ています。それはまるで丘の頂上に立ち、下方で起きていることを見ているような感じです。地上チームのあなた方からはそれを見るのは難しいかもしれません。

   私たちが見ているのは、アトランティス時代の夢の実現です。
   そのアトランティスの夢では、1人1人の人間たちが本物の自由を手にしています。私たちは新しいエネルギーが地球にやって来ているのを見ています。そこでは人間たちがかつてないほどに、互いに対してもっと思いやりを持ち始めるのを見ています。すべての人々が食べていける世界を見ています。それは1人1人の人間に、等しくチャンスが与えられる世界です。

   それは「故郷」に至るすべての道に対して寛容な世界であり、宗教的、文化的背景がどのようなものであろうとも、「故郷」に至るすべての道に対して敬意を払い、すべての人々の旅を尊重する世界です。「神々の戦争」は現在、より激しくなっていますが、それはいつまでもは続かず、何年か後には新しい思いやりと受容に道を譲ることになるでしょう。

   私たちは見ています。
   あなた方の一生の間に、独裁者がいなくなった世界が来るのを。ボタン一つ押すだけで地球を破壊することができるような兵器を、もはや容認しない世界の到来を。あなた方の一生の間に、地球に対する責任に目覚める世界の到来を。そして今に至るまでガイア地球が担ってきた役割を、今度は地球を慈しむ人間たちが引き受けていく世界の到来です。

   あなた方の一生の間に、新しいエネルギー燃料が現れる世界を私たちは見ています。
   それはもはや、化石燃料が出す公害や政情不安、経済危機を引き起こすような古いエネルギーに頼ることのない世界の到来であり、私たちはそうした石油への依存から自由になる世界を見ています。

   そして、創造のあらゆる場所から、これまで一度も地球に来たことのない宇宙の存在たちが、初めて地球に転生して来ます。こうした新しい者たちは、これまでの者たちがくぐり抜けて来たあらゆる試練や苦難、苦しみ、記憶の喪失などをくぐり抜ける必要がありません。

   なぜなら彼らがやって来れるように、あなた方が彼ら新しい者たちのために、意識と美しい場所を準備するからです。あなた方は彼らが入って来れるように、この地球を整えました。彼らの「アイ・アム」(私は私である)の発見が、優雅で喜びに満ちたものになるように、それはあなたが経験したものよりもずっと楽にできるようにです。

   私たちは見ています。
   あなた方の人生には豊かさとバランスがあり、あなたが人生を謳歌するのを。女性性と男性性、あらゆる人種と肌の色、あらゆる体型や外見、それぞれの背景を超え、1人1人が持つ信念体系を尊重して、みなが平等である世界の到来を見ています。

   あなたの一生の間に、もはや愛を抑えつけることのない世界を、私たちは見ています。そこではもはや愛が操作されることなく、人間たちが歪んだ性的エネルギーを使わず、虐待のための動機や言い訳に愛を使うことなく、開放的でのびのびと、互いに愛を表現する世界の到来です。

新たな地球に生きる人間の意識は、他の存在を損なう人々を容認しない

   そして私たちが見ているのは、自らの内にある愛の源泉を避ける人々や、他人からエネルギーを盗む人々、他人を虐待する人々、権力だけを追及する人々、他人の喜びを抑圧する人々を、人間の意識がもはや容認しない世界の到来を見ています。

   この新しい世界の意識は、こうした人々をもはや容認しないでしょう。
   それは厳しいやり方ではなく、つまり、「あなたがここに転生して戻って来るのを歓迎しません。この時期の、この素晴らしい惑星地球は、あなたを歓迎しません」と言うのです。

   彼らには彼らの別の場所があります。
   それは彼らが必要とするドラマが演じられる別の場所であり、自らの闇というアンバランスを演じられる場所なのです。そこではどのように忌まわしいやり方であっても、彼らが選ぶ方法で神の探求を演じることができます。なぜならこの地球は、主権を持ち、愛情に満ちた「創造者」たちの場所になるからです。

   現在のあなた方が見ている世界から、何年か先の私たちが見ている世界への移行に際し、当然ながら、非常に古いこれまでのやり方にしがみつく人々や、他人の苦しみに快楽を見出し、それを追い求める人々によって分裂がもたらされるでしょう。

   彼らは自分の欲求にしがみつこうとしますが、それはもうできないでしょう。
   人々の間に大混乱をもたらそうとし、人々のバランスを崩すためならどんな方法、戦略であっても試そうとするでしょう。しかし、それはもはや、うまくいくことはありません。

   最終的に彼らは、この地球に留まるために折り合いをつけようとしますが、もはや折り合いをつける時ではありません。今や、思いやりと理解の時であり、折り合いの時ではないからです。なぜならこの地球は思いやりの庭園になるからであり、この地球は「アイ・アム」(私は私である)の新しい学校になるのです。それも、あなたの一生の間に。

   これらのことを可能にしたあなた方1人1人に、心からの感謝と敬意を表します。
   私がこの話をするのは、あなた方の夢が、すなわちアトランティスでの夢であったものが、本当に実現することを知ってもらうためです。そしてあなたがこの新しい時代に向けて、準備ができるようにするためです。未来がもたらすものを心配する代わりに、前進できるようにするためです。

   アトランティスの時代から、地球の新しい時代と新しい可能性への夢がありました。
   それは「新しい地球」と「新しいエネルギー」の実現です。あなたはどれだけの生涯で、神を、「アイ・アム」を延々と学び続けて来たことでしょうか? しかし最終的に、その多くの生涯での終わりに見出したものは空白でしかなく、何も知ることができなかったのです。

   あなたがこの人生だけでなく、これまでの多くの転生でやり続けてきたワークに、私は心から感銘を受けています。そしてこの地球に起きることを聞くだけでなく、あなたにそれを体験してほしいと思います。それが、あなたが夢見てきたすべてであるこの地球であり、ここが平和と学びの場所、愛の場所、そして「故郷」と呼ぶことのできる場所なのです。


     アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
   book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップス、リンダ・ホップス著
                                ナチュラルスピリット


                           抜粋

・勇気ある裁判官 樋口英明裁判長

  稲生雅之さんのメールマガジンからの掲載です。          

  『 勇気ある裁判官のご紹介です。

   関西電力高浜原子力発電所3,4号機の、運転差し止めを住民が求めた仮処分申請で、福井地裁の樋口英明裁判長は、再稼働を認めない決定をしたそうです。昨日(14日)のことで、今日の新聞を買って少し詳しく調べてみました。

   判断の理由は、原子力規制委員会が定めた、原発の新規制基準に合理性がないとする物であり、この判決は、政治と民意の衝突に対して政治の嘘を明らかにする物です。

   日本の裁判の仕組みでは、地方の裁判において裁判官個人の意見が通ることもあるのです。この先、裁判長の判決が三審制の高裁、最高裁まで至るとすると、今度はそれに対する政治力が発揮されて、この判決は覆(くつがえ)されるのがこれまでの政治から考えられる予想です。

   裁判官は、法務省に人事権を握られて飼い慣らされている人が多いと、本に書かれていますので、真に国民の利益を考えた処分決定や裁判の判決は、実際には地裁でしか期待出来ない部分が大きいのです。

   今回の裁判長は、地方の”どさ回り”をさせられている経歴を持つ方なので、良心と信念を貫く部分を強く持つ方なのでしょう。この様な国民思いの方が、この種の決定に関われたことをありがたく思います。

   今月22日には、川内原発における同様の仮処分決定が、鹿児島地裁で予定されているとのことです。この決定がどうなるかは分かりませんが、福井の決定が覆るまでに時間もかかりますし、来年の参議院選挙までには状況が変わることも期待出来ると思います。

   関西電力の主張によれば、基準値震動の700ガルを越える地震は高浜原発には来ないことになっているそうですが、これを決める能力は誰にもないでしょう。現実に2005年以降の10年足らずの間に5回も、4カ所の原発にこの基準を超える地震が起きています。

   関西電力は、裁判官の指摘するこの現実を無視して、高裁に訴えて政治力での解決を目指す姿勢です。

   決定要旨の中では、使用済み核燃料棒のリスクについても触れていました。
   大きなリスクがあるにもかかわらず、格納容器に入れるなどの対策が取られていないのです。福島でもこの使用済み燃料棒の処理を優先しているのに、全くこの現実を無視する態度です。頭から”再稼働先にありき”の原子力規制委員会ですので、現実を無視して政治力で全てを動かせると思っているようです。

   日経新聞には、判決による具体的な危険論拠に乏しいとして、御用学者の森嶌昭夫・名古屋大学名誉教授の意見が載せられていました。民法・環境法の専門家とのことですが、今回の決定では(裁判長の)人格権が論じられており、この点で環境基準に照らすコメントを出しているつもりでしょう。

   「仮処分は、具体的な危機が迫っていると認められる場合に下されるものだ。大地震や大津波が襲うような、具体的な危機があるのかについての論拠に、科学的な根拠は乏しい。法律家としてではなく、一市民としての個人的な感情に振れすぎているのではないか」、としています。

   リスクが分からないを通り越して、法律家なら理解すべき、保険における事故の確率も計算出来ないのでしょうか。基準を超える地震が既に発生しており、その基準では安全は守れないとわかっているのに、この点を全く無視して具体的な危機は迫っていないとしています。法律家としての肩書きで、論点をずらすための反論をしているだけに見えます。

   朝日新聞には、決定で発言が引用された入倉孝次郎・京都大学名誉教授のコメントが載せられています。決定において彼の計算に根拠がないとされているからです。それによると、「計算式は平均像をもとにしているが、基準値振動では最も影響の大きい条件を取っている。」「今の科学でこれ以上の決め方はないだろう。決定通りにすると、根拠なしに一律に決めることになる。」としており、決定への事実誤認があると指摘するものです。

   この人は強震動学という分野の専門家の方の様ですが、今の科学でこれ以上の決め方はないだろうとはよく言えると思います。恣意的に運用するからこそ批判されているのに、自分は正しいと開き直って政治力に頼るのです。

   科学としてこれ以上の決め方など、いくつでも出せるはずです。結局、批判に耐える科学ではあり得ないのです。

   こうしてみると、御用の人たちにはまともな反論は出来ておらず、700ガルを越える地震が実際に起きているリスクを直視することが出来ないのです。政治力さえあれば何でも出来ると思っているようですが、その力を失うときに何が起きるのか、それすら考える事が出来ないようです。これでは2度目の事故が起きかねないのです。

   政府が強権を発動し、様々な事件を引き起こしているので、こういった強権的姿勢は普通に見られる物になりつつあります。いつまで続くのか分からない現在の強権政治ですが、人々の反感を買いすぎているので崩れるときには脆いでしょう。文句を言えるようになった時に、その様な人々がたくさん出てくるのです。

   日銀の黒田氏が、2月に首相に直言した内容が日経新聞に載せられていました。
   これは議事要旨からは削除されている物なので、問題が大きくなっていることと、強権のコントロールが上手く出来なくなっていることを伺わせます。黒田氏も追い込まれていると思われます。

   黒田氏の直言は、海外の銀行の動きが日本の国債のリスクを上昇させる話なので、安倍氏にはコントロールどころか理解も出来ないのでしょう。その姿勢がリークを呼んだ物かも知れません。

   水面下では、日本が国債市場においてババを引かされる話であるという事になりますが、この先の展開を見守る必要性は大きな物となりました。』

・自分のありのままで生きる

   精神のアンバランス、不均衡は、現在、人類が直面しているものの中でも最とも大きい問題です。人類1人1人の精神の偏り、つまり精神がバランスを失っている状態は重症とも言えるものです。私たちは心理的なアンバランスに対処するにはどうすればいいかについて、新しい方法を見ていきます。

   現在、地球上の人間たちのマインド(表面意識)は膨大な量のストレスを抱えています。私が話しているのは神経症や統合失調症、精神障害などと分類されている人々についてです。それは、生まれつき精神的に制限を抱えた人たちについてではなく、それは別のカテゴリーです。知育発育不全や精神的制限を持って生まれた人たちのほとんどは、実はカルマの結果を体験しています。

   私がここで述べている精神のアンバランスとは、脳への過大な負担の結果生じたものです。そこで、脳に本当は何が起きているのかを見出すために、すべての層を剥ぎ取ってみると、その原因は精神的なアンバランス、偏りであることがわかり、それが流行(はや)り病いであるのがわかります。

   あなた方はもう、マインド(表面意識)だけで生きることを超えるべき時に来ているからです。未だにほとんどの人々が、表面意識や頭脳だけが人間の知性の最高の形態だと考えていますが、それはまったく正しくありません。あなたの「意識体」の内側には膨大な知性形態が備わっており、それらが実際には人間たちの人生体験に関わるべきものなのです。

   時に、人生において大きな体験や変容をくぐり抜けている時、あなたはその出来事やそれがもたらすショックから、自分はちょっとおかしいのではないかと思うことがあります。そして精神科にかかると医者もそのように分類します。ほとんどの場合、あなたは自分の内面で何が起きているのかわからず、医療関係者もそうしたことをまったく知らず、理解していないのです。

   現在の地球上では、膨大な人々がこうした精神のアンバランスを体験しています。
   そして医療にかかると、彼らのほとんどはさまざまな投薬治療を施されますが、それはごく表面的な解決策でしかありません。しかもこうした薬品を長期間にわたって摂取し続けることは、まったく摂取しないよりもダメージが大きいことを、今では多くの人々が知っているのも事実です。こうした薬品はさらなる鬱だけでなく、自殺衝動を引き起こします。なぜならその薬剤の摂取が、自然な治癒プロセスを妨げてしまうからです。

苦しい時期、誰もが精神障害だった時がある


   少しの間、過去10年、あるいは20年を振り返り、あなたがこれまでの人生で、目覚めの過程でくぐり抜けてきた、内なる闘いや葛藤を振り返ってみてください。苦しくて、自己批判的で、憂鬱な時期をくぐり抜けるのはどのようなものでしたか? それというのもすべて、あなたの内側で神性が目覚め始めていたからであり、マインド(表面意識)にとっては試練の時だったのです。

   そして同じく、ここには目覚めようとしている苦しむ1人の人間がおり、しかしその人は自分において何が進行しているのかさっぱりわからず、医療に助けを求めた結果、精神障害の診断を突きつけられているのです。

   精神のアンバランスは、地球上ではすでに異常な割合にまで達しており、エネルギーが爆発的に放出されるか、あるいは統合され、とにかく何かが起きなければすまない状態になっています。

   自分に完全な信頼をしてくださいと私は言っていますが、それは表面意識のコントロールを手放すことにも関係しています。つまり、あなたが内の顔と外の顔をコントロールして繕(つくろ)うことをやめ、ありのままで生きられるようになれば、あなたが内なる世界を広げ、自分自身を信頼するようになれば、それはあなたの意識に影響を与えるでしょう。

   そうしたことに焦点を合わせるようになれば、人間が精神的アンバランスに対処する方法が変わってくるでしょう。


         アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
     book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著 
                                ナチュラルスピリット

 
                           抜粋

・神は崇拝を求めることもなければ、される必要もない

   いま、何が起きているのでしょうか?
   それは神々(ET・地球外生命体)の戦争です。たったいま、あなた方は地球上のあらゆるところでそれを目にしているのです、あなた方はそれを戦争とは呼びたくないかもしれませんが、それは地球における完全な全面戦争なのです。あなた方は神々のイザコザを目にしているのです。

   そうしたことのすべては、人類が内なる神を理解したいという心からの欲求と関係していますが、ほとんどの人間はそれを達成するための概念を何一つ持ってはいません。そこで彼らの宗教の教義や経典、予言者を通じてそれらが外面化されることになります。その結果が神々(ET)の戦争なのです。

「地球に近い領域」、低層4次元

   ではそうした神々の戦争は、いったいどこで繰り広げられているのでしょうか? 
   それは地球上ではありません。ある意味で地球にいる人間たちは、「地球に近い領域」(低層4次元)で行なわれている神々の戦争の操り人形であり、そこが本物の闘いが行なわれている場所です。

   「では地球に近い領域」とはどこにあるのでしょうか?
   それは物理的惑星である地球に近接した、エネルギー的な次元にあります。そこは非物質的な場所ですが、地球と密接な関係にあり、それは地球を取り囲むように存在しており、そこには実に数多くの層があります。

   地球の始まり、あるいは地球上に人間がやって来た当初は、実はそうした「地球に近い領域」は存在していませんでした。しかし意識体が肉体に転生し始め、肉体が死ぬようになると、人間は死んだときに地球の体験を手放したくないと思うようになりました。そこで私たちが「地球に近い領域」と呼んでいる、この領域に行くことにしたのです。

   その場所は、あなた方の多くが、転生と転生の間に行ったことのある場所で、ほとんどの人間が死後に行く領域です。彼らはそこに着いてからも、物理的地球にいた時に信じていたことを、引き続き行ない続け、体験し続けます。それはこれまで、気が遠くなるほど無数の人間たちの転生が繰り返されてきたことから、この「地球に近い領域」の場所がいかに混雑を極めているかが、想像できようというものです。

   仮にあなたが仏陀を信仰していて、死後「地球に近い領域」に行くと、その小さな一角の仏陀と一緒にいられると思う場所に行きます。あなたはそこで念仏を唱えたり、仏陀を崇拝したりし続けるかもしれません。自分をどれほどよく思っているかによって、あなたは仏陀に会うかもしれないし、会わないかもしれない。それはともかく、仏陀はそこにいるのでしょうか? まさかね。

   イエスを崇拝している人たちも同じです。
   あなたが強くイエスを信奉しており、救い主だと信じているならば、おそらく死んだ後「地球に近い領域」にある、救世主イエスを崇拝できる場所に行くでしょう。そこには非常に多くの者たちがイエスを待っており、キリストの再臨と、携挙(けいきょ・再臨したキリストと共に挙げられて、永遠の命を得るという終末論)の実現を待っています。

   しかしあなたがイエスに会うことはないでしょう。
   なぜならあなたがそこ「地球に近い領域」に行くとすれば、自分にはそのような価値があるとは思っていないからなのです。つまり、自分がそれに値すると思っているならば、そこには行かず、どこか別の場所にいるはずだからです。

   あなたが敬虔なモルモン教徒であれば、モルモン教の天国に行くでしょう。
   それも同じく、「地球に近い領域」にあるモルモン教の天国です。そこは非物理的次元(の低層4次元)ですが、地球でのそうした特性と密接に結びついていて、自らの信念を行動に移しているモルモン教徒で溢れ返っています。

   カトリック教徒の中には、自分たちには特別な場所があると思っている人たちがいます。そのゆえにそれは「地球に近い領域」(低層4次元)の中でも他の場所とは違うところです。彼らはそこでもやはり大聖堂や教会を建て、聖人を崇拝し、聖体拝領を行ないます。

   もしかするとあなたは、自分の子どもたちや愛する人に対して取ってきた自らの態度に、後悔や悲しみを感じているかもしれません。するとあなたは「地球に近い領域」に居座り、地球にいる家族を導き助けなければと思うでしょう。そしてこの罪悪感が、あなたを彼らに、この惑星に、結びつけることになるのです。

   人間は死ぬとほとんどの場合、別の領域に行った後も、それまで信じていた宗教的信念を行い続けるものです。ユダヤ教徒、モルモン教徒、カトリック教徒、イスラム教徒、仏教徒のグループ、その他さまざまな新興宗教など、例を挙げればきりがありません。しかも「地球に近い領域」では、狂信的な人々は、自分たちのグループへ他の存在たちを勧誘さえしており、それはまさに肉体を持っていた時の地球での行動そのままです。

   ちなみに彼らは、自分が実は死んでいることを常に認識しているとは限りません。
   ですから彼らは合理的な理屈を通して、「そうか、私は死んだのだ。今自分は本物の天国にいるわけではなく、天国のような場所にいるだけなのだ」とわかっているわけではないのです。

   この「地球に近い領域」は、このような非常に多くの宗教的エネルギーでとても混雑しています。そしてこうした存在たちの多くは、未だに自分の宗教的信念を狂信していることから、ここで戦争を始めます。しかしこれは必ずしも地球で行なわれているような、銃や爆弾を使った戦争ではありません。「地球に近い領域」(低層4次元)での戦争とは、心理的戦争です。それはエネルギー戦争であり、地球が創造されるよりずっと前に起きたことのある「天使たちの戦争」に似ています。

   「地球に近い領域」で起きているエネルギー的戦闘では、宗教の一派が別の宗教の一派と戦います。その勢いを維持し、エネルギーを高めるために、彼らは地球上のある宗教的支配者集団に繋がります。すなわち、それがキリスト教会です。そして地球のこうした組織は、「地球に近い領域」にいるグループにとってのエネルギーセンターとなり、エネルギーの接続点になります。(信者のエネルギーはアンテナとしての尖塔を通して送られる)
  このように宗教的信念への情熱のゆえに、このエネルギー的繋がりはとても強固です。

   こうした神々の戦争は、現在とても激しくなっており、それは今後何年も続くでしょう。これは地球上の宗教団体同士の関係に、影響を及ぼしていきます。多くの国の政治機構が、一神教の宗教を基盤にしているために、国家間の緊張も続くでしょう。

神は崇拝を求めることもなければ、崇拝される必要もない
        では誰が崇拝を求めているのか?


   主流の宗教団体から離脱したグループが、より狂信的になっていくでしょう。
   こうした闘いには、多くの宗教が含んでいる愛や霊性は存在しません。それは単なるメンタルな対立であり、言い換えれば宗教が持つ聖典やルールに関するもので、それは人間によって作られた神を崇拝する手段です。そしてこれは危険なものです。そもそも神は崇拝を求めることもなければ、される必要もありません。

   そして宗教が人間をコントロールするために一番手っ取り早く、効果的なやり方なのです。それが現在の地球上でこれまで行なわれてきたことであり、今も行なわれている強力な催眠を与える方法なのです。この神々の戦争は、今後数年間にわたり重要な要因となるでしょう。ですが怖れる必要はなく、驚くこともありません。ですから”関わらないでください!” 関与しないでください!”

   そしてあなた方も初期の段階で、あなた独自の神々の体験をしました。
   何を信じ、何を信じるべきでないか、あるいは公正さ、自らの判断について独自の闘争をくぐり抜けてきました。それは自分のルールに関してで、何が正しくて、何が間違っているか、何が光で何が闇なのかと、多くの闘争で自分自身と闘ってきました。いまではあなたはずっと賢明で、よりバランスが取れており、あなたの内なる神を理解しようとしています。ですからこのような他の神々の戦争には決して関らないでください。

   神についての答えは一つしかありません。
   そして真実は一つだけで、それは完全に個人的なものです。神についての答えを、さまざまな宗教組織や教会を通して見出すことは決してありません。そうしたものはたまにサポートを提供することはできても、あなたに答えを与えることは決してありません。

   答えは常に内側からやってきます。
   答えとは「アイ・アム・ザット・アイ・アム」(私は私である)であり、それは解釈を超えたものです。つまり、悟りを誰かから、あるいは何か他のものから得ることはあり得ないのです。


      アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
  book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
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                           抜粋
   

・自分自身の本質は、「意識体」という気づき

   「目覚めの領域」においては、他にもあなたの注意を逸らすものがたくさんあります。
     中でも最大のものは、霊的な傲慢さです。それはあなた独自の霊性です。あなたは自分自身に非常に没頭し、それは実際気分のいいもので、それを通してあなたは多くを学んできました。

   しかし一方で、あなたは自らの構造を取り壊す代わりに、そうした古くなった霊的価値を膨らませるようになります。突然、あなたはグルになり、賢い聖人になってしまいます。そうした立場に自分を置くのは、他人よりも優位に立っている感じがしていいものです。そしてあなたは他人に向けてこの役割を演じるのが気に入っており、あなたはその地位に留まりたいと思う傾向があります。

   あなたは新たに見つけた霊性が気に入っていて、いい思いをしているのに、わざわざ、さらに先に行く必要があるでしょうか? あなた方の多くは現在、この場所にいます。こうした融合を感じて体験しています。それはこれまでに感じたことがないほどの、自分自身の感触と囁きを感じているのです。

自分自身の本質は「意識体」という気づき

   あなたがあなたという人間を構成する要素だと思ってきたもの、つまり肉体、心、精神について話してきましたが、そういう分離はもう一掃する時期にきています。自分自身をそうした個々の構成要素として捉えてしまうと、それぞれが互いに切り離されてしまいます。ですが、もうそれを超える時期に来ています。

   自分自身を「意識体」として意識する時です。
   もはや肉体と精神、あるいは人間と神性、善と悪、光と闇、男性と女性でもなく、あなたは「意識体」です。それは身体全体であり、主権を持った統合体としての身体です。あなたは意識体であり、意識とは気づきです。あなたは完全で完璧な「意識体」なのです。

   あなたはこれまで自分自身のある部分を無視し、ずっと遠くに追いやってきましたが、そうしたものもあなたの「意識体」と融合します。あなたの全体である意識体は、これまでのあなたのすべての体験だけでなく、あなたの人生では演じられることのなかった、他のすべての可能性をも包含しています。

   神とは何でしょうか?
   それはあなたと同じものです。つまり、意識であり、気づきなのです。神の霊とあなたは一つものであり、あなたもまた神なのです。神の霊はあなたと同じように「意識体」であり、その霊は肉体や人間のマインド、人間の感情を持ったことはありません。

   「意識体」の意味を理解するようになると、あなたは自分自身を超えて、自らの意識を他へ投影することができるようになります。たとえば、あなた自身を犬や猫に投影することもできます。私は犬の中に意識を拡張するのが大好きです。それは犬のマインドを乗っ取ったり、コントロールすることではなく、ほんの短期間、犬の肉体の現実に浸ることが可能です。

   それと同じことがあなたにもできます。
   それはあなたが猫や犬に変貌するということではなく、あなたの意識体を別の意識体へ拡張するということなのです。惑星の反対側にいる犬や猫、あるいは鳥などあなたが選ぶものの何にでも、自分自身を拡張することができます。たった今、ノルウェーのある町の、特定の家や地域で起きていることを、鳥を通じて認識することができます。このように「意識体」を拡張することで、あなたはそこに留まることができます。そして本当にそこにいるのです。

「本物の声」を聞くためには、自分自身に対する無条件の信頼が必要

   「本物の声」が意識体の声なのです。
   それは統一されたものですが、神性だけの声ではありません。あなた方はこの神性を分割してきましたが、今ではそれをどこにしまい込んだかも覚えていません。意識体は神性を備えており、それは人間でもあります。それはメンタルでもあり、あなたの未来の可能性でもあり、決して現実化しなかった過去の数々の可能性でもあるのです。

   過去にあることが起こったというのは偽りです。
   たとえば過去に、あなたがひどい病気に罹ったという出来事があったとします。あなたは人生のある時期ひどい病気になり、ほとんど死にかけたことがあると信じており、あなたはそれを起きた出来事として記憶します。しかしそれはあなたの物語、歴史であって、現実はまったく違うのです。それは数多く存在するリアルな可能性の一つであり、この現実でたまたまあなたが現実化したものなのです。

   つまり別の現実には、非物質的な形態で現実化した多くの可能性がありました。
   実際にはあなたは他の数多くの可能性も検討し、別のレベルで考えていましたが、それらが顕在化することはなかったのです。ですから、起きたのはその一つの出来事、とあなたが思っているようなものではなく、あなたの数々の可能性が、あなたの本物の歴史なのです。

   本物の声が「意識体」なのです。
   それはまさにこの瞬間の「アイ、アム」(私は私である)です。昨日のことは重要ではなく、過去の生涯は関係ありません。未来の可能性の数々はこの瞬間からしか思い巡らすことはできません。これからの何年間にわたり、あなたにはたくさんのことが起きてきますが、それを今ここで熟考してください。ただしそのためには、あなたは自らの「声」を信頼できなければなりません。

   あなたがなぜ頻繁に、過去や未来に自分を投影してしまうかといえば、それはあなたが今この瞬間にある「声」を信頼していないことが原因です。今日、私たちが(この集まりで)やるのは、自分の声を信頼するためのプロセスを始めることです。そして同時に、他からやってくるさまざまな声が、いったいどこからやって来るのかを理解していなければなりません。そうした声には、集合意識や地球外生命、それ以外に肉体を持たない霊的存在たちがいます。

   あなたの「意識体」の声は言語ではなく、フィーリングであり、この瞬間の「ノウイングネス」(知っている状態)であり、それが声です。あなたは頭の中で言葉や音を聞くことはなく、おそらくハートに、あるいはお腹に何かを感じるでしょう。それは黄金の、蜂蜜のような甘い温かいエネルギーが、頭のてっぺんから足先にまで流れてゆき、あのゾクゾクする感じが起こります。それが、声です。それがあなたのノウイングネスであり、あなたはそれを感じて気づき、聞くのです。

   それはあなたの人間的な属性を備えている、あるいは備えていないかもしれません。
   この声は「普遍性」です。それを聞くためには、無条件の信頼が、あなた自身への信頼が必要になります。この聖なる安全な空間において、あなたはあなた自身の本物の声を聞くことができます。それが、あなたの意識体の声であり、気づきの声です。


        アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
  book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著

                                            ナチュラルスピリット


                             抜粋

・自分が来た時よりも、世界をより良いものにして去って行く

   無意識とは、マインド(表面意識)の地下室にあたる。
   無意識の中には実に多くのものが埋められていて、それがあなたの意識を通して表出してくる。たとえば、多くの人々はボクシングや野球の試合を観ながらとても興奮する。だが彼らは自分たちが何を観ているのか気づいていないし、それについて決して考えもしない。ボクシングを観ながら、彼らは純然たる暴力を観ている。そしてそれを楽しんでいる。これは、あなたの中の隠された暴力が表れたものだ。

   そしてこの社会は、完全に間違った方法で人間たちを管理してきた。
   一般的な社会の考え方は、もし何かが無意識という地下室に放り込まれてしまったならば、それで終わりというものだ。しかし残念ながらそうではなく、忘れてしまえばそれで決着したわけではない。それは別の形で現れるもので、それも激しく現れ出てきて、そうしたものは蓄積され続ける。

   小さな怒りはそれほど気にすることはない。
   それは来ては去って行く。だが、もし怒りを抑圧し続けるならば、それはちょうど爆発しそうな火山のようになり、何かの口実で爆発するだろう。

   そして抑圧というものが、歴史全体を通して、人間をコントロールし、礼儀正しくさせるための方法だった。そのために、人間は表面的にだけ振る舞う原因になってきた。だからちょっと誰かを引っ掻いてみれば、たちまち野蛮なものや原始的なもの、動物などが彼の背後に隠されているのがわかる。

   あなた方が娯楽として楽しむゲームはすべて、微妙な意味で、「勝ちたい、勝っていたい」というあなたの欲望を満足させるものだ。テレビや映画などの中で、あなたは暴力や殺人を見たり、強姦を見る。それに馴れると、殺人も強姦もないテレビドラマや映画には、ほとんど魅力を感じなくなってくる。そしてこれらは、人類を魅了する基本的な要素となっている。

   無意識の中で、あなたの欲望は満たされるのを待っている。
   そしてこれらの娯楽の楽しみは、それを満たすための擬似体験を与える方法だ。あなたは殺人をする者に、あるいは殺された者に同化するようになる。あなたは強姦者に、強姦される人に同化する。そして小さな解放が起きる。それがテレビドラマや映画を観たり、小説を読む喜びなのだ。

   米国のカリフォルニア大学で年間を通して、ボクシングの試合が行なわれた時はいつも、その週の間では、犯罪が通常よりも14パーセント以上増加したという発見があった。つまり、ボクシングを観ることで、あなた自身の隠されていた暴力の欲求が現れてくる。その暴力が、通常よりも14パーセント犯罪率を増加させる。それが1週間の間そのままで、その後ゆっくりと平常値に戻る。

   政府はそのことを知っており、ボクシングを違法にすべきだとわかっている。しかしボクシング協会が政府に金を払っているのでそれは実行されない。それが金になるのなら、何でも合法のようだ。

   無意識の中にあるのがそうした抑圧したものばかりで真の価値がないのは、誰も真の価値を抑圧することがないからだ。真の価値を抑圧する必要がないのは、それが誰にも敵対するものではなく、誰にも何の害も与えないからだ。それは愛と慈悲の質だ。しかし人はそうしたものを体験してこなかった。なぜならそれは、意識的マインド(表面的意識)を超えたものだからだ。

自分がやって来た時より、世界をより良いものにして去っていく

   真に価値あるもの、真理や誠実、愛、友愛、慈悲、同情、感受性、美の鑑賞力、優雅さ、などの素晴らしい世界を垣間見るためには、自分の表面的意識を超えていかねばならない。そしてこれらはすべて、列をなしてあなたを待っている。

   そして私たちの生きる社会は、あなたの動物的な遺産を無意識の中へと押し込んだ。しかし押し込み、押さえつければそれで終わりというわけではない。それは表現を求めて表れ続ける。その結果、あなたの無意識が関与できるエネルギーは残されてはおらず、そこにはどんな類(たぐい)の創造性もなく、すべての創造的次元は閉じられることになる。

   超意識について、あなた方の教育システムでは語られることがない。
   取り上げられるのはただ表面的意識についてだけであり、あなたの中の有毒なものは、ただ見ないように否定して、無意識の中へ放り込み、後は忘れてしまえばいいというものだ。

   こうした考え方、方法全体が間違っている。
   その結果、人間社会はこのような間違った状況に至ってしまった。人々は生きてはいるが、本当には生きてはいない。彼らはほとんど歩く死体のようだ。揺りかごから墓場まで、ただ毎日毎日、ゆっくり、ゆっくり死んでおり、それは長い死であり、70年、80年の長い死だ。

   それは生とは呼べない。
   なぜならどんな花も咲かず、どんな歌も流れず、どのような美も創造されることがない。生きているのなら、生を豊かにしなければならない。あなたは自分が見つけたものよりも、さらに良いものとして世界を残さなければならない。しかし現実には、あなたは世界をより暗く、より憂鬱に、より悲しく、より惨めなままにして去っていくのではないのか?

   古い方法は捨てなければならない。
   それはどんな例外もなく、完全に捨てなければならない。

   いくつかの原則を覚えておくことだ。
   無意識には、どんなことも直接的に解き放つ方法はない。それは扉を持たない地下室だ。何かがそこから出るためには、先ず意識的マインド(表面意識)に到達しなければならず、それが扉なのだ。同じく超意識マインドもまた扉を持たず、何かが表現されるためには、それも表面的意識を通してだ。意識的マインド(表面意識)はあなたの一階部分だ。そこからだけ何かが出てこれる。

   だからまず初めに、無意識を空(から)にしなければならない。
   しかし人はそこに踏み込むことを怖れる。その無意識には、あなたが投げ捨て置き去りにしたあらゆる怒りや悲しみ、暴力があるからだ。このようにして無意識に投げ込んだあらゆる心配ごとを、どうやって空(から)にすればいいのだろうか? それらをどのようにして表面意識にまで持って来れるだろうか? そしてもしそれがあなたの意識に表れたら、あなたはそれをどうするつもりだろうか?

   無意識は、ただ単にそのゴミを取り除くために、「偽りの対象」を必要とする。誰も殺す必要はない。その代わりに彫像を、ぬいぐるみを、写真を殺したらいい。写真を燃やしなさい。そうすると気が休まる。このようにして少しずつ、あなたの夢に現れたり、目覚めている時に感情に現れるようになるので、それらが速やかに出て行くように、それに現実性を与えなさい。それを抑圧してはいけない。「こんなことみっともなくて隠さなければ」と考える必要はない。抑圧すると、それは傷となり、最終的には癌になるだろう。

   それを解き放ちなさい。
   自分しかいない部屋で、好きなように、それを解き放つといい。ダイナミック瞑想とは基本的に、無意識が自ら重荷を下ろす助けのために考案されたものだ。インドネシアのラティハンも同じだ。

   ひとたび無意識が完全にキレイになり、抑圧に浪費されるエネルギーがなくなると、エネルギーは上方へ動き始める。なぜなら覚えておきなさい。エネルギーというものは静止したままではいられないからで、それは動かなければならない。今やエネルギーは無意識の中では何の仕事もない。それはあなたの中のより明るい場所の、上へ上へと動き始める。あなたはそこで、人間を人間にし、動物を超えたものにする真の価値を見つける。


         The Transmisson of the Lamp
      book 『炎の伝承  Ⅰ』 OSHO (講和篇) 市民出版社


                           抜粋

・キリスト教と魔女

Q  愛するOSHO、時々人々が私に言うのですが、私の顔の中に非常に古くて、厳しい魔女が見えると言うのです。そして私は自分の内に、これまで女性を強姦して殺してきた男性たちや、女性たちを強制し、傷つけてきたすべての男性に敵対する、深く覆い隠された非常に強くて激しい、執念深く冷たい激怒を感じています。

   これは私が何回もの生涯にわたり、内に運び続けてきた何かのように感じています。
   そしてそれを認識するとき、その思いは私に非常に大きな痛みを感じさせます。これは私自身のある未知の部分の、隠された意地悪い人格なのでしょうか? もしそうなら、この内なる「古い魔女」を明らかにして魔女と友人になれるように、どうか私を助けてください。


OSHO  最初にはっきり認識すべきことは、「魔女」という言葉を非難したのはキリスト教であったということだ。そうでなければ本来、「魔女」というのは「神秘家」、それは「賢者」と同じくらいの最も敬意を表す言葉の一つだった。それは単に賢明な女性、賢者に匹敵するものを意味していた。

   そして中世の時代、キリスト教は危機に直面していた。
   なぜならそこには司教や枢機卿、法王よりもはるかに賢明な多くの女性たちがいたのだ。彼女たちは人々の生を変容させるための術(すべ)を知っていた。彼女たちのすべての哲学は、愛とエネルギーの変容に基づいていた。そして女性は男性よりもそれをより簡単に行なうことができる。何といっても女性は常に母親であり、それは小さな女の赤ん坊でさえが母親としての質を持っている。

   母親としての質は、年齢に関係したものではない。
   それは女性であることの一部なのだ。そして人間の変容には、とても愛情のこもった、非常に母親的なエネルギーの転移が必要だ。

   男性支配のキリスト教には、それと比較すると提供するものが何もない。だがキリスト教には権力があった。キリスト教にとって女性の力は競争相手だった。そして彼らは、「神秘家」
「賢者」であった魔女たちを滅ぼすことに決めたのだ。しかし問題は1人の女性ではなく、数多くの女性たちを殺すことが目的だった。そこで取り調べのための特別な法廷が作られたが、それは誰が魔女かを見つけ出すためのものだった。

   特に人々に尊敬されていた女性たちは誰でも捕らえられ、拷問にかけられた。教会は彼女たちが、「悪魔とセックスした」と白状するまで拷問をやめなかった。そしてこのとき、彼らのキリスト教の神学に準じて、魔女の意味は変えられた。魔女とは、悪魔とセックスする者ということになったのだ。

   だが今、あなたは悪魔が女性と関係を持っているなどと聞くことはもうない。悪魔はキリスト教の司祭になったのか、あるいは禁欲主義者になったのか・・・、いったい悪魔に何が起きたのだろう? 実際に、数多くの女性たちとセックスをしていたのは誰だったのか? 

   拷問を受けて殺された女性たちの大部分は、年老いた女性たちだった。
   本来の意味で、賢者としての魔女になるためには、長い訓練と修行、そして多くの経験が必要だった。だから人々から賢者、つまり魔女とされる頃には年老いており、知恵と錬金術を達成するために、彼女たちはあらゆるものを犠牲にした。

   私が腰を悪くしたとき、訓練を受けたサニヤシン(弟子)たちが私の体を引っ張った。それは牽引する治療法だった。だがこれは中世の時代に、キリスト教徒たちが魔女を拷問するために考案したものだった。それは彼女たちの身体を両端から引っ張り、多くの人々がこの牽引機械で死んだ。そして今、この牽引機械はキリスト教信者が使うのではなく医者たちが使い、医療の一部になっている。

   彼らはこれらの女性たちを、多くの醜い方法で苦しめ、悪魔とセックスをしたと白状させるために、ただその一つのことのために拷問し続けた。毎日続く拷問の苦しみに、求められるように告白すると拷問は止められた。そして彼女は法王によって作られた特別法廷に出頭させられ、キリスト教会は晴れて彼女を重大な罪人として罰することができた。

   しかし仮に彼女たちが悪魔とセックスしていたとして、それのどこが罪なのか、それは他人には関わりのないことで、誰も傷つけているわけではない。いったいキリスト教は、どんな権限でこれらの多くの女性たちを焼き殺してきたのだろうか? 

   唯一の刑罰は、生きたまま焼かれることだった。
   そのため他のどのような女性も、賢者であった魔女にあえて再びなろうとはしなかった。彼らは非常に多くの賢者であった女性たちを滅ぼし、それまで存在していた人間性の非常に意味深い部分を完全に取り除いてしまった。その女性たちの知恵や、人間を変容させる技法など多くの継承されるべきものが、彼女たちとともに消えてしまった。

   だからまず最初に理解すべきことは、魔女という言葉は、本来悪い言葉だと考えてはいけない。それは「法王」よりももっと立派なものだ。なぜなら私は法王を賢明な人間だとは思わないし、彼らはただ受け売りを繰り返すオウムでしかない。

   「魔女」があなたの過去世に関係しているという可能性はある。
   その傷は非常に深いものなので、未だに無意識の記憶をあなたに思い出させ続けている。それが男性たちに対する憎しみであるのは、あなたに為されたことが男性たちによって行なわれたからだ。

   それは単なる連想なので、その連想は落とすべきだ。
   それは男性たちによって為されたのではなく、キリスト教徒たちによって行なわれたのだ。キリスト教信者たちはとても多くの罪を犯して来ており、しかも未だにそれをやり続けている。そしてアメリカはキリスト教国家である。(略)

   私たちのコミュニティは、政治家の背後に隠れたキリスト教徒たちによって破壊された。彼らはお金を持ち、参政権を持っているので、どのような政治家も彼らの誘惑の影響を受けてしまうのだ。彼らは世界中で醜いことを行なっている。それは宗教的な人々が世界を欺(あざむ)き、人間の心を欺き、醜い嘘で汚すために行なっていることだ。

あなたの敵を愛しなさい。あなたの隣人を愛しなさい。

   だから男性それ自体に敵対してはいけない。
   ただ、キリスト教の行なう悪業に敵対するだけで充分だ。あなたの中に沸き上がる思いのために、自分の何かが間違っていると心苦しく感じてはいけない。それはある記憶なのは違いない。あなたは催眠療法を受けるといいだろう。そうすることで、よりいっそうよく思い出すことができる。それにより、あなたは自分が間違った観念を持っていると感じなくなり、あなたが男性たちとキリスト教徒たちとの区別をはっきりさせる役に立つだろう。

   今、すべてのヨーロッパ諸国はキリスト教国であり、そして彼らは科学戦争の準備をしている。「あなたの敵を愛しなさい。あなたの隣人を愛しなさい」と、彼らは聖書を読み、教会で祈り続けている。だが一方で、彼らは多くの人々に対して死を準備している。

   この2000年間、キリスト教は宗教の名において、神の名において、国家の名において、人々を殺し続けてきた。だから彼らを非難するのは完全に正しい。だがすべての男性がキリスト教徒であるわけではない。キリスト教徒であることは堕落だ。それは人間以下になることだ。

   あなたがはっきりと思い出し、見つけ出すために、催眠セラピーの経験をするのはよいだろう。おそらくあなたは魔女の持っていた技術や、彼女たちが人々を変えるために用いた方法などを思い出すかもしれない。なぜなら彼女たちがキリスト教にとって危険でなかったならば、彼らは彼女をたちを殺す必要はなかったからだ。


        The Transmisson of the Lamp
     book 『炎の伝承  Ⅰ』 OSHO  (講和篇) 市民出版社


                            抜粋
   
   

・「目覚め」の第二段階

   あなたが目覚めの第二段階に入ると、とても興味深いことが起こります。
   つまり、そのすべてがこれまでのあなたの構造を取り壊してしまうということです。それはとても痛い! そしてあなた方の多くがそこへ行き、それをやり遂げ、今もその副作用を感じています。

   あなたはアセンションする準備ができており、今や賢明で霊的な人になろうとしています。すると何かが起きてきて、あなたの人生は崩壊します。あなたはこれまでの構造をすべて取り壊してしまうのです。

   それを不運なこと、気の毒なことと私は言うつもりはありません。
   なぜならそれはおそらく、必要なことだからです。しかしそこまで痛みを伴う必要はないし、破壊体験である必要はありません。それが起きる理由は、この領域であなたが自分だと思っていたものが、これまで内に抱えていたあらゆる信念がすべて崩壊し始めるからです。

   それは実は、変容のプロセスなのです。
   すべてが崩壊しているように見えるだけなのです。とはいえ、まるで粉々に砕けているような気分です。それはまるで地震で古い建物が崩れるように感じられます。人間のアスペクト(表面意識)は悲鳴をあげます、「いったい、私の人生に何が起きているんだ!」と。

   さて、あなたはこの途方もない矛盾の真っ只中にいます。
   あなたはスピリチュアルな人のはずなのに、今や人生が崩壊しているように思えます。自分がどれほどすごい人になるかを、あなたは常々他人に言ってきましたが、今あなたはクズ同然です。彼らは陰で笑い、目の前で笑うこともあります。

   あなたは仕事を失います。
   それだけでなく伴侶を、健康を、そして心を見失っていきます。あらゆるものが崩壊し、あなたはこれまでの構造を取り壊していきます。

   さあ、祝杯を上げてください!
   あなたはいま、目覚めを経験する段階にきています。これまでのすべての古い価値が変化し始めます。あなたが信じてきた古い信念体系のすべてが、今、取り壊されるのです。

   あなた方の実に多くの人々が、この人生で成功するためのアスペクト(別の可能性)を持っています。良い仕事に就き、良い家庭を持ち、自分を誇りに思ってくれる人たちが周りにいて、誇りに思う子どもたちがいる・・・。しかし必ずしもそうはなりませんでした。

   そのアスペクト(可能性、欲望))は、ちなみにまだとどまっています。
   まだそこにいてこう言っています。「フーン、君はこの、まともとは思えないスピリチュアルの道に入ったけど、私が与える可能性の人生を見てごらんよ」 そのアスペクトは、別にあなたの人生を気にかけているわけではありません。そのアスペクトはただ自分の満足感を得たいだけなのです。つまり、めでたしめでたしの人生を望んでいるだけで、必ずしも霊的な人生を望んでいるわけではないのです。

   突如としてあらゆるものが崩壊し、あなたは自分がおかしくなったと思います。
   あなたは精神的にだけでなく、肉体的、金銭的、霊的にバランスを失い、もはや何一つ、つじつまが合いません。

   そして、ここが、あなたのすべてのアスペクト(可能性、欲望)たちにとってのパーティ・タイム、一堂に集う時間です。彼らはここで戻って来て、多くの生涯で音信不通だったアスペクトたちが戻って来ます。彼らは別の領域に行っていたのです。それはあなたを信頼していなかったからですが、ふいにあなたの元へ帰らなければという衝動に駆られます。彼らもあなたが聞いたのと同じ呼びかけを聞いたのです。

   彼らもまた何かに掻き回されているかのように感じます。
   そして彼らはあなたの元に戻り、あなたを乗っ取る時なのか、取り仕切る時なのかどうかを確かめます。あなたに今何が起きているのか、好奇心を抱いている者もいます。「ひょっとすると、私たちは本当に故郷に帰れるかもしれない!」 それから彼らは笑います。「あり得ない、あり得ない」。

   あなたのアスペクトたちが戻って来ます。
   中にはあなたを毛嫌いしている者もいれば、バカだと思っている者もいます。権力とコントロールが欲しいアスペクトもいます。そしてこの時期は、あなたにとってもアスペクトたちにとっても、非常に困難な時期なのです。あなたがくぐり抜けようとしているこの時期は壊れやすく、しかも極めて重要な段階なのです。

   覚えておいてください。
   でもあなたは大丈夫なのです。あなたはすでにアセンションしており、今はただ時間を遡り、その到達過程をたどっているだけなのです。唯一後悔するとすれば、大丈夫だということにあなたが気づかなかったことです。それであなたは、自分を大丈夫にするために格闘したことです。大丈夫だと、あなたが信じなかったことです。そしてこの驚くべきプロセス全体を通してあなたが後悔するのは、「しまった! もっと楽しめばよかった」ということです。

   親愛なる私の友人たち、この「目覚めのゾーン」ではすべてが崩壊し始めます。
   それは陰鬱で暗く、あなたはその中で途方に暮れるでしょう。それは肉体の死も含めると、あなたが直面したものの中で最も強烈な死のプロセスともなるものです。

   肉体の死というのはこれに比べれば、まるで天気のいい日に公園を散歩するようなものでしかありません。なぜならそれはただ、肉体のアスペクトを手放すだけのことだからです。一般的に死ぬ何日も前に、肉体から意識が離れていきます。あなたは肉体との繋がりをなくし、ただ次の世界へ行くだけです。

   しかし「セルフ」の死はこれよりもっと困難です。
   それはあなたがいくつもの生涯をかけて入念に構築し、デザインされ、操作してきたセルフです。このセルフはあなたが自分を不滅にするためにデザインしたものですが、突然、あなたはそれが不滅ではないことを発見します。

   私が話しているのは肉体のことではなく、それは人間のアイデンティティ(個性、自分らしさ、支え、慰め)のことです。それは「完成された人間」のようなプログラムです。つまり美しい身体、魅力的な容貌、申し分のない服装のセンス、豊かなお金、優れた知性などです。こうした人間のアスペクト(要素)は、あなたが限りなく地球上に転生することで入念にデザインされ、プログラムされたものです。そして今、それが大きな幻想であったことをあなたは発見しました。

   あなたの思う「完璧な人間」の状態に到達することは決してありません。
   なぜならこのような「完璧な人間」になってしまうと、この惑星を離れられなくなってしまうのを、あなたの内なる何かが知っているからです。よってあなたの魂は、いつかは「帰る」時が来るのを知っています。

   これまでの構造を取り壊す期間は、速い人でだいたい10年から15年続きます。
   もっとのんびりした人なら3つ、4つの生涯をかけるでしょう。途方もなく堆積し、積み重なったあらゆる信念や思い込み、幻想、怒り、傷などの山を考えてみてください。これだけのものを積み重ねながら、あなたというアイデンティティを持つ人間になるために、どのくらい時間がかかったかを考えてみてください。そのすべてを解き放つために、いったいどのくらいの時間が必要でしょうか?


     アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
 book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著                                                                                                        ナチュラルスピリット


                                抜粋

・アセンションに共通するのは、自分の体験が完了したと知っていること

   あなたは神性と人間意識が交差するXゾーンにいます。
   そうした女性性と男性性のような、二元性のあらゆる部分が統合し始めているのをあなたは知っています。ここで重要なことは、自分自身への”信頼”です。それもやみくもな信頼ではなく、健全な信頼です。

   あなたがとても適切で自然なプロセスでくぐり抜けていることに、健全な信頼を持っていてください。「あなたもまた神である」ことを信頼してください。それを本当に、あなたの人間の意識に感じさせてください。ですがあなたにとってそれは正しいことだと感じられるでしょうか? 自らを神性へと開くことを正しいことと感じられるでしょうか? それとも行き詰まり、あるいは無限の深淵を覗き込んでいるような感じがするのでしょうか? 

   もしそうであれば深呼吸をしてください。急ぐことはありません。
   信頼はリアルなものでなければなりません。自らの神性に対する信頼は真実である必要があります。信頼を装ったり、操作することはできません。信頼とは、あなたがこれまで知っていたような外にある信念体系や、あなたがしがみつく感情的な信念などではありません。

   このすべてが、神聖な恩寵の中にあることを信頼してください。
   (上の方を指差して)、彼に、あるいは彼女にではなく、守護霊でもなくグルでもなく、あなたが信頼を置くところは”自分自身だけなのです! それはきれいな数珠でもなければ、マントラのようなものでもありません。信頼とはリアルでなければなりません。

思いやりとは、自分のあらゆる部分を受け入れること

   もう一つの要素は”思いやり”です。
   それは自分自身への思いやりです。思いやりとは、あなたのあらゆる部分を”受け入れる”ことです。あなたがこれまで投げ捨て、暗闇に追いやってきた多くの断片と部分が今あなたに戻って来ますが、彼らはあなたの思いやりを感じて受け入れられる必要があります。彼らを「お帰りなさい」と歓迎してください。信頼と同じく、それは正直でリアルなものでなければなりません。

   思いやりはまた、大きなチャレンジを伴うものです。
   あなたが自分に対して思いやりを持つようになると、自分がいかに思いやりを持ってこなかったかという、あらゆる課題が浮上してきます。それは自らに思いやりを持って対処してこなかった、あらゆるものが表面化するのです。あらゆる傷やさまざまな壊れた暗い状況が、あなたの中に浮上します。なぜかといえば結局、そういうアスペクト(座相)場面はあなたの思いやりを求めているからです。

   思いやりとは、あなたの人生に起きた最悪の出来事を見て、まったく違う見方ができる能力のことです。私の言っていることは、偽りの美点をそこに見出すということではありません。それは本当に感じること、本当に理解することを指しています。理詰めで考えず、その出来事では本当は何が起きていたのかを理解することです。実際、何がそこで起きていたのでしょうか? 

   あなたはただ一つの観点、視点からしか見てはいませんでした。
   思いやりを持つためには感情を込めて、フィーリングで見るためには観察者として、あらゆる角度から眺めて見てください。

   (キリスト教信者に向けて)あなたは長い間、十字架を携えてきましたが、本来十字架は苦しみを意味するものではありません。十字架とは神性と人間性がまさに地球で交差することを表しているのです。「X」あるいは十字架を本来の新しい視点から見てください。

   集合意識や闇の勢力、そうしたものにそそのかされた世間全体が、あなたに陰謀を企てているように感じているかもしれません。しかし実際にはそうではなく、それはあなたがあなた自身に陰謀を企てているだけなのです。それだけのことであり、問題はありません。私も自らに10万年の間、陰謀を企ててきました。

   神性は実にシンプルで美しく、純粋ですが、あなた方は神性を複雑にし、ずっと遠くに追いやり、そこに達するためには仲介者や指導者を必要とするという、商業的、宗教的な取り組みが行なわれてきました。

   目覚めると何が起こるのでしょうか? 
   あなたは再び感じ始め、フィーリングを持ち、すべての物事に対する知覚と認識を、さまざまな次元でこの「いま」に持つようになります。

   目覚めとは何でしょうか?
   それはすべてが完璧な状態であると信頼していることです。物事が不完全だという概念は間違いですが、しかしあなた方の誰もがそれを認めており黙認しています。創造とは、たとえあなたが完璧な仕方で選択しなかったとしても完璧なものなのです。

アセンションに共通するのは、自分の体験が完了したと知っていること

   目覚めのプロセスを引き起こすものは何でしょうか?
   書店でたまたま棚から落ちてきた本かもしれません。あるいはたまたま見た映画に刺激され、人生をまったく異なる視点で見るようになったのかもしれません。あるいは愛する人の死に直面したことが、生と死についての考えるきっかけかもしれません。

   交通事故のトラウマにより、これまでの快適な環境から抜け出ることになったのかもしれません。不意に大きな好奇心を覚えるかもしれません。このようなものはいくつもの転生にわたり、多くの生涯において醸成されてきたものですが、あなたはついにそこに繋がりました。

   次元上昇(アセンション)したマスターたちの目覚めに共通している体験は、一つには自分が完了したと知っていることです。「もう地球での経験はいい。もう繰り返し生涯を重ねるのは終わりだ。もうこれまでのようなやり方で、人と繋がりを持たなくてもいい。ディナーやパーティの席に着くのはもういい。森の中を散歩するのももう終わりだ。セックスはもういい」

   アセンションしたどのマスターたちにも、引き返してあと数回の生涯を送りたいという、非常に強烈な欲求を感じる地点があるものです。つまりこの地球という宇宙船から下船するのは、立派で聞こえはいいのですが、いざ現実にぶち当たるとなかなかそうはいかないのです。あなた方の中には、今回が最後の転生になる人々がいますが、地球には何かとても美しいものがあり、何だかんだと言っても、生きるということは喜びになり得るのです。

   すべてがうまくいく、あるいはうまくいったと分かっているところを想像できるでしょうか? 自分が望むものは本当に、何でも創造できると分かっている状態を想像できますか? 健康の心配も、死ぬことを心配しなくてもよいと想像できるでしょうか?

   この惑星はすごいところなのです。
   宇宙には多くの生命体が存在していますが、人間という生命体に及ぶものはありません。しかもアセンションの入り口になっている惑星は他にはないのです。いつかは誰もが目覚めていき、人によってはずっと後になるかもしれません。

   このようにして、あなたはスピリチュアル系のものなら何でも読み、宗教書を読み、哲学書を読みます。あらゆるチャネリングの本を読み、そしてあなたはスピリチュアルな人になります。私はもうスピリチュアルな存在だと言いますが、それがどういう意味なのかあまりよくわかっていません。でもとても良い気分で、それは名誉の印であり、自分の拠り所であり、あなたが旅の途上にあることを思い出させてくれます。この段階は数年続きます。


     アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
  book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                                ナチュラルスピリット


                            抜粋 
   
   
   

 

・変化するとは、特定の考え方や感じ方、行動、習慣をやめること

   500年前にヨーロッパにいた人々は、地球は端まで行くと落ちる危険のある平面だという考えを捨て、地球は球体であるという真実に直面しなければなりませんでした。つまりそれまでには想像もできなかったような、壮大な次元に生きていることを把握させられたのです。

   とはいえ、地球には大昔の古代から地図というものが存在しており、それにはまだ氷の塊になっていない南極大陸と、それに連なる北の小さい島々までが記されていました。にもかかわらず、そこに実際に何があるかにはっきり気づいている人間は1人もいなかったのです。

   それは真実というものが、あなた方の世界から失われていたからです。
   すれはすべてをバラバラに分離させるような影響力があなた方の世界に入り込んだことから、無知がどんどんはびこっていくことになりました。それは自分たちそれぞれの神が唯一であると教え込むことにより、人々を分離分散させていくことでした。

   現在のあなた方の世界には、20万という数の崇められる神々が存在しています。
   これは宗派として枝分かれしていったものですが、それらの神々を全部含めた数です。

遺伝子実験の結果、誕生した人類

   私たちの経験では、「意識の目覚め」が存在するところはどこであってもすべて、その場所を明らかに示さなければならないことになっています。つまりあなた方はそれぞれ光の家族としての名前と住所、そしてナンバーのある身分証明書が使用されています。そのために、あなたがどこにいようとも常に身元の確認が取れるのです。

   あなた方はナンバーや名前よりも遥かに素晴らしい存在であり、同時にエネルギーそのものです。あなた方の誰もが「光の家族」であり、たとえあなたが誰も知らない生まれであろうと、あるいは由緒ある血筋の生まれであろうと、あなた方は私たちが分かち合うことを、知るべき運命にあることに変わりはありません。

   そして、私たちが「地球の本」に書かれているあなた方の運命を見ると、あなた方全員がある遺伝子の実験に関わっていることが見えます。そしてこれを理解することが、あなた方にとっての一つのテストであることもわかっています。なぜなら、あなた方一人ひとりに選択されたエネルギーはあなたという存在を通して、それが次から次へと受け継がれていくからです。

   宇宙や星々、月の及ぼす影響を認識することが大切です。
   地球に住むあなた方は、月の満ち干によって感情が高まったりするような影響を受けています。月にはあなた方に語る多くの物語があり、その中にはあなた方が失ってしまった、意識を開いていくための鍵があります。このことにあなた方が気づく時期が到来すると、あなた方が月と呼ぶこのサテライトと自由自在にコミュニケーションが取れるようになります。

   あなた方の周りに広がる広い空には、さまざまな動きが満ちています。
   それらの動きは、世界各地で発見されている石に刻まれた暦(こよみ)にも記録されています。冬至や夏至、春分や秋分の位置や、さまざまな宇宙の他の惑星が記されたものもあります。こうした指標は偶然に存在するわけではなく、そのようにデザインされているのです。

   今日、あなた方が注意を払おうともしない宇宙の法則ですが、あなた方の祖先はそれを当然のこととして注意を払いました。そして実際に彼らの宇宙の親戚たちとともに一緒に暮らしていたのです。そうした存在たちはさまざまな他の惑星や、異次元世界からやって来る訪問者たちでした。

   こうした神々たちは、今のあなた方には想像できないほどの何十億年、何兆年、何千兆年という長い年月を通して宇宙へ分散して行き、あらゆる場所に存在することになったのです。それは小さく分離したとはいえ、その一つ一つは壮大であり、自分自身をモニターすることができ、すべての部分とつながる巨大な知的生命であり、その一部なのです。

   今、宇宙からあなた方に押し寄せてくるエネルギーはそのようにデザインされ、計画されたものです。そして大きな存在の小さな一つのかけらとして、遺伝子実験されたのがあなた方なのです。

変化するとは、特定の考え方や感じ方、行動、習慣をやめること

   あなた方は答えを求める過程で、答えを得るにしたがい、さらに大きな疑問が生まれるでしょう。それでも答えを探すことであなた方は生きる輝きを得て、さらに質問に熱中するのです。これは私たちも同じです。

   あなた方が自分自身を発見していくことに関心がないならば、それでゲームは終わりです。そうした状態にある多くの人々は、エネルギーが活性化する世界で、自分はいったい何をすればよいのかと途方に暮れているでしょう。あなたはどこに住み、何をして、どのように生きるのでしょうか?

   あなた方本来の仕事は、自分自身の意識を拡大していくことです。
   つまり今、地球に降り注ぐこの変化のエネルギーが、あなたの中を駆け抜けられるようにすることなのです。あなたのこれまでの古い考え方をこのエネルギーが変えてしまうと、あなたはもはや同じパターンを繰り返すことはありません。あなたは新しい可能性に対してオープンになります。

   この数日間、あるいは数週間、数ヶ月間を振り返ってみて、あなたはこれまでの同じパターンを繰り返すという体験を何度くらいしたでしょうか? もしこれまでのあなたの人生ドラマの中で、同じことが何度も繰り返し起きているならば、一度後ろに身を引いて、じっくりと自分の人生を見つめてみることです。そして、あなたの生活における変化を必要とする部分はどこなのかについて考え、気づいてください。

   変化するということは、特定の考え方や感じ方、行動、習慣などをやめることです。
   そういった事柄に、自分が現実に対して信じ込んでいることが現れていると見抜く必要があります。あなた方はしばしば、堅い殻に包まれている小さな種のように、しっかりと閉じていることがあります。

   でも包んでいた殻が割れると、種はもはや必要ではないものをあっさりと手放すのです。このことを忘れないでください。いったんこのような状態になると、種は順調に成長するようになります。そしてあなた方もまた、太陽の光に向かって芽を出す種のように成長し始め、太陽光線と変化を促す宇宙からの光線に応えるようにと呼びかけられているのです。

   一方、あなた方が変化を怖れるように仕向ける者たちがいます。
   あなた方は自ら発するエネルギーに、彼らからの影響を受けていることに気づく必要があります。恐怖を感じているとき、あなた方の発するバイブレーションは硬直して尖(とが)っています。一方、あなた方が自信を持って信頼と愛に満ちたエネルギーを発する時、そのバイブレーション(振動、波動、周波数)はまったくその逆なのです。

   あなた方が常に謙虚さを維持し、自らの力に対してオープンになれるとき、あなた方のバイブレーションの場はより一層強くますます拡大していくのです。中でもこの力を認識することで、それを導き入れる明確な基準が生まれると、あなた方が未来を予知するうえで役に立ち、それに立ち向かう勇気をも与えてくれるでしょう。

「神々」とは誰のことなのか?

   「地球の本」を見ると、あなた方は非常に恵まれている存在であることがわかります。なぜならあなた方は極めて密度の濃い(三次元物質)世界から、最も高い周波数へと移動することが可能だからです。これができるあなた方は非常に羨ましがられていると同時に、ずっと監視されていることも確かです。

   今地球にやって来ているエネルギーは、あなた方を破壊するために来ているのではありません。そうではなく逆に、あなた方の遺伝子を含む血筋から最も素晴らしいものを引き出し、それを大きくするためにやって来るのです。しかしほとんどの人間たちは、今何が起きているのかさっぱりわからない状態にあります。

   そしてなぜ自分たちがそのような計画の一部に含まれているのかを疑い、不公平に思ったり、これはいったい誰の計画なのかと思い悩むかもしれません。それは、私たちが「神々と呼んでいる」あなた方の祖先なのです。

   私たちはあえて「神々」の定義を避けているので、曖昧な表現をしています。
   その理由は、あなた方のDNAであるタイムラインと、あなた方の眉間にある窓(第三の眼)を通して、あなた方自身が自らの「宇宙的計画」を発見できるようにしているからです。


     FAMILY OF LIGHT Pleiadian Tales and Lessons in Living
 book『プレアデス 光の家族』 バーバラ・マーシニアック著 太陽出版


                          抜粋

 

・自分を他人を批判することをやめる

Q、  愛するOSHO、私は絶え間なく自分自身を非難し、他の人々を批判しています。それは私に分裂と緊張を感じさせます。私はまた、人々や自然と心からの真の接触ができません。私は心を開きたいのです。でもどうすればいいのかわかりません。どうかこれについて何か話してください。

OSHO   私たちの社会の教育はすべて、とても醜(みにく)い。
    私達の社会のすべての「躾」(しつけ)はとても間違っている。それはあなたの内的な成長のあらゆる可能性を奪い去り、あなたの喜びやあなたの理解、あなたの成熟に関する限り、まったく馬鹿げた考えを与えるものだ。

   すべての子どもが、さまざまなやり方で自分自身を非難するようにしつけられる。だからこれはあなただけの問題ではない。子どもたちはいつも、あらゆることについて間違っていると言われる。そしてゆっくり、ゆっくりと、彼は自分自身を非難するという病気になっていく。

   自分自身を非難する人たちは、他の人を許すことができない。
   自分を許せないのに、どうして他人が許せるのだろう? 同じ理由で、彼は他の人たちを非難する。人生のすべてはただ、自分を嫌い、他人を非難することになる。そして愛することは不可能になり、友情は不可能となる。そして彼らはただ苦しむだけなのだ。

   あなたが誰かに「ダメ」と言う時、「あなたは間違っている」と言う時、あなたはいつも力強さを感じる。それはあなたのエゴを満足させ、それがあらゆる人々、つまり教師や隣人たちのエゴを満足させる。子どもは行く先々で、彼を相手に誰もが権力欲を楽しんでいる。そして子どもは押し潰される。大勢の大人たちがお前は間違っていると言うのなら、当然、彼はそれを信じなければならないからだ。

   しかし覚えておきなさい。
   彼はその反動で、今度は他の人達を批判し始める。彼が批判されているのに、彼が他人を批判すべきではないという理由はない。こうしてあなたは批判することを彼に教えているのだ。彼はあらゆる人を批判し、それもできるだけ否定的に批判することを教えている。こうして彼は他の人々は間違っていると、批判し始める。

   これが私たちの世界だ。
   そこでは誰もが自分を嫌って批判し、また同じように他の人も間違っていると批判している。そうでありながら、どうしてあなたは愛することができ、友好的になり、信頼することができるだろうか? 
どうやって心を開くことができるだろう? あなたは孤立し、完全に閉じてしまう。そしてあなたは非難し、非難されるという世界で生きる。

   それは美しい状況ではないが、あなたは理解しなければならない。
   あなたは「どうやって心を開けばよいのでしょうか?」と私に尋ねているが、本当の問題はそのことではない。本当の真の問題は、なぜあなたは心を閉じてしまったのか、ということなのだ。

   批判することを止めなさい。
   どんなことであれ、あなたがそうすることが好きならやってごらん。そこには批判という問題はない。他の誰にも、あなたがしていることを間違っているという権利はない。あなたがそれを楽しんでいるのなら、あなたは誰にも害を与えてはいない。あなたは誰の邪魔もしているわけではないのだ。

   少しずつ、人は自分自身を主張しなければならない。
   それは自分の要点をはっきりさせるということだ。私が他人の権利を侵害せず、自分が楽しめることをし、それがいかなる点においても害あることでないならば、私はどんな人の批判も許さない。なぜならそれは、このことだけの問題ではなく、私が生きる人生すべてに関する問題だからだ。人は私に、批判するという非常に微妙な病気を教えている。そしてもし私が自分自身を非難するならば、どうして他人を非難せずにいられるだろうか?

   誰もがとても惨めな中にあるので、自分がなぜこんなに惨めなのかを説明する理由を欲しがっている。そこで社会はあなたに、よい戦略として批判というものを与えた。

   先ずはじめに、あなたはあらゆるやり方で自分を批判し始め、自分を嫌う。誰もが不完全だから、自分を批判することはとても簡単だ。あなたは自分の中に不完全を見つけると、その時あなたは怒る。社会に、全世界に怒る。「なぜ私はこうなのだ、なぜ完全ではないのだ!」と。その時あなたは同時に、あらゆる人々の中に欠点を見つけるという考えに目を向ける。

   一方、あなたはハートを、心を開きたい。
   それは当然だ、ハートを開かない限り、あなたの生というものはほとんど死んでいるからだ。しかしあなたはすぐには心を開けない。あなたは、これまでに受けてきた幼少期からの躾(しつけ)について、まさにその根元から引き抜かなければならないだろう。

   まずあなたのすることは、自分自身を批判するのを止めることだ。
   批判する代わりに、あなたの欠点、不完全さ、あらゆる弱さや誤り、あらゆる失敗を持つあなた自身を受け入れることから始めてごらん。完全であることを自分自身に求めてはいけない。それは不可能な何かを求めているだけだからだ。あなたは欲求不満を感じるだろうが、所詮あなたは人間なのだ。

   ちょっとだけ動物たちを、鳥たちを眺めてごらん。
   彼らは完全に満足しており、彼らはほとんど光明を得た伝道師だ。そこには緊張はない。それはあるがままの、すべてのものとの途方もない調和だ。彼らはみな笑っているに違いない。「いったいどうしたんだ? なぜあるがままの自分自身でいられないんだ? 他の誰かである必要性とは何なのだ?」と。

   あなたが自分自身を批判していると言う時、それは単なる借り物なのだ。
   人々があなたを批判した。それであなたは彼らの考えを、何も検討することなく受け入れてしまった。あなたはありとあらゆる批判を受け入れて苦しみ、そしてこれらの批判を他の人々に投げつける。この世界に蔓延するこのゲームは法外に成長してしまった。人類全体がそれで苦しんでいるのだ。

   そこから逃れたいなら、まず最初に、自分自身を批判しないことだ。
   そしてあなたの不完全さ、弱さ、失敗を謙虚に受け入れなさい。そうではないフリをする必要はない。ただあなた自身でありなさい。「これが私のありのままだ。私は恐れで一杯だし、暗い夜や深い森の奥には入っていけない」 それで何か間違っているだろうか? それはまさに人間的なことだ。

   ひとたび自分自身を受け入れるならば、あなたは他の人を受け入れることができるだろう。というのもあなたは、彼らもあなたと同じ病気で苦しんでいるという明晰な洞察を持つようになるからだ。そしてあなたが彼らを受け入れることは、彼らが自分自身を受け入れるのを助けることになるだろう。

   自分自身を受け入れてごらん。
   すると他の人たちを受け入れられるようになる。そして誰かが受け入れてくれることで、彼らは初めて受け入れることの素晴らしさを学び、それがどれほど平和であるかを感じるのだ。もし人類全体が、あらゆる人々があるがままの自分を受け入れるという地点に至るならば、不幸のほとんど9割は簡単に消えてしまうだろう。あなたの心、ハートは自発的に開き、あなたの愛が流れるだろう。

   今現在、あなたはどうやって愛せるだろう?
   あなたの中にあなたの周りに、多くの弱点ととても多くの間違いを見る時、あなたはどうやって愛せるだろう? あなたはある人に完全さを求める。誰も完全ではない。そこでは、愛のない状態や、誰かが不完全であるかどうかなど、重要ではないことを受け入れねばならない。愛は分かち合えるものであり、ありとあらゆる人々と分かち合えるものだ。要求してはいけない。

   批判は醜(みにく)い。
   それは人々を傷つける。あなたはそうして人々を傷つけ、苦痛を与え続ける。なのにもう一方ではあなたは彼らの愛を、彼らからの敬意を求めている。それは不可能というものだ。

   人を愛しなさい。
   彼らに敬意を払いなさい。そうすることでおそらく、あなたの愛と敬意は、彼らが自分たちの弱点や多くの失敗を変える手助けになるかもしれない。なぜなら愛は、新しいエネルギーや新しい意味、新しい強さを与えるからだ。愛は、強い風や暑い太陽、激しい雨に立ち向かうための新しい根を与えるだろう。

   ハートはひとりでに開く。
   ハートについて心配することはない。ただ、基礎的な下準備をしなさい。


       book 『炎の伝承  Ⅰ』 OSHO(講和篇) 市民出版社

                          抜粋
   
   
   
   
   

・ マザー・テレサ

Q、   アメリカのある雑誌の記事で、マザー・テレサはカトリック教会の体制である男性優位の、聖職者階級制度にとって”反逆者”だとして記述されています。もしマザー・テレサがジャンヌ・ダルクのような人であると考えられるならば、神はカトリック教会を救うでしょうね!

OSHO   マザー・テレサを反逆者として述べた人物は、言葉の意味を知らないと見える。
       彼女は男性優位のカトリック聖職者階級制度の奴隷にすぎず、彼女は取るに足りない人だ。女性がこれまでローマ法王であったことはなかったし、これからもないだろう。

   彼女を、一体どんな種類の反逆者だと言うのか? 
   彼女はポーランド系のローマ法王(故ヨハネ・パウロ2世)の前でひざまづいて、彼の手にキスをする。これが反逆者だというのだろうか? そして彼女は彼らの(キリスト教信者の)人口を増やすために貢献し、カトリック教会により多くの孤児を供給し続けている。なぜなら人口は政治における重大な要因であるし、そうしたことについて、誰もがそれほど世界全体を注意して見ることはないからだ。

   私はつい先日、知ったことがある。
   それはイスラム教徒たちがより多くの子どもを産むので、イスラエルが非常に心配しているということだ。イスラム教徒の彼らがより多くの子どもを産むのは当然だろう。なぜなら彼らは4人まで妻を持つことができるからだ。イスラム教徒は果てしなく増加している。

   そしてイスラエルは今や世界で唯一の、政府がより多くの子どもを産むことを奨励する国であり、誰もが少なくとも4人は子どもを持つべきだと言っている国だ。彼らは世界人口がすでに超過気味であることには関心がないようだ。彼らの唯一の関心は、彼らの地方政治にとって、イスラム教徒が多くなり過ぎては困る。つまり数において、ユダヤ人は少なくなり過ぎてはいけない、ということにある。

   そこには人口の政策がある。
   カトリック教会は世界に7億5千万人以上の信者を抱えており、宗教に関しては最大の単独の塊(かたまり)だ。そしてマザー・テレサは称賛されている。それは彼女が”反逆者”だからではなく、彼女はただ単に、カトリック教会にますます多くの孤児を連れて来ている卑屈な人であり、貧しいインド人をカトリックに転向させているために・・・。だからローマ法王は彼女を祝福するのだ。

   私は、もしローマ法王がマザー・テレサの前でひざまづき、彼女の手にキスをしたならば、その”反逆者”という記述を受け入れていただろう。なぜならその時、それはカトリックという男性指向の聖職階級制度が、マザー・テレサをローマ法王よりも高い存在として受け入れたという意味を持つからだ。

   しかし彼女は男性優位の教会という手の中の、ただの道具に過ぎない。
   そして教会内においても彼女には地位がない。しかし彼女は信者人口が増加するのを非常に助けてきたために、「彼ら」はノーベル賞を彼女に与える。さらにその他の賞や、博士号を授与する。

   こんなことで騙されてはいけない。
   こんなものはただのおもちゃだ。そしてすべては政治的なものなのだ。

ノーベル賞とは単なる政治的な道具に過ぎない

   私の弟子の1人の経済学者がノーベル賞を受賞した。
   そして彼はノーベル賞委員会の場で、ノーベル賞を自分にではなく、私に与えてくれるように頼んだという。そこにいた人々は大きな衝撃を受け、1本の針が落ちても聞こえそうなほどの沈黙があったという。

   そこで私の友人は彼に言った。「二度とOSHOの名前を委員会で口にしないでくれ。それ(ノーベル賞)は、人がいかに貢献しているかどうかということとは無関係なのだ。それはすべて政治的なものであり、そこに政治的な支持がない限り、ノーベル賞が授与されることはあり得ないのだ」と。

   私はサニヤシン(弟子)たちに伝えた。
   「私はそれがすべて政治劇であることを知っているので、たとえ彼らがそうしても私は拒否するだろうということを、彼に委員会で言うように伝えなさい。そして私はマザー・テレサや多くの愚か者たちと一緒に分類されたくはない」と。

   そして実際にマザー・テレサは女性解放に反対しており、彼女を”反逆者”と書いた人が誰であれ、それは単なる無知か、あるいは彼女を賛美しようとしているかのどちらかだろう。その背後には政治的な動機がある。

   彼女が女性解放に反対しているのは、彼女が産児制限に反対しているという単純な理由からだ。彼女は「ピル」に反対しており、ピルは女性たちが男性から解放されるための最も大きな可能性だからだ。そうでなければ女性たちは、常に男性に依存したままの奴隷でいるだろう。

   もしマザー・テレサの考えに従うならば、女性は次々と子どもを産むべきであり、女性は継続的に妊娠し続けて、ただ母親になるだけだろう。女性の生涯は子どもを産むことと育てることですべて浪費されるだろう。彼女は経済的に独立ができない。教育も受けられない。彼女は男性と対等にどんな分野にも立ち上がることはできない。

   ピルは、女性が男性と対等になれる状況を作れる。
   なぜならピルは、絶え間ない妊娠から彼女を自由にさせるからだ。それは彼女を「依存」から自由にする。彼女は経済的に、財政的に自由でいられる。

   そして究極は、彼女は自分には結婚が必要ではないと要求できる。
   「もし私達が愛し合うなら一緒にいればいい。でも愛さないのなら(子どもはいないのだから)別れましょう。誠意をもって」 そこにはどのような争いの問題もない。

   だからマザー・テレサを”反逆者”と呼ぶ者たちは、誰であれ何も知らないただの愚か者だ。彼女は世界でもっとも保守的な人たちの1人に過ぎない。

   反逆には本物のガッツが必要だ。
   彼女は伝統的、正統的、そして因習的だ。イエス・キリストの処女懐胎を信じる者であり、イエス・キリストの奇跡を信じる者、復活を信じる者、そしてキリスト教はもっとも崇高な宗教であると信じる者であり、ただキリスト教徒だけが救われると信じる者に過ぎない。そしてあなたは、この女性の何を”反逆者”と呼ぶのかね? それなら私は何だろうか?


      book 『炎の伝承 Ⅰ』 OSHO (講和篇) 市民出版社

                             抜粋
   

・知識人も洗脳される「抗がん剤信仰」

   日本のがん患者で、抗がん剤が投与されない人は少数です。
   全がん患者の8割以上が抗がん剤治療を受けています。しかしながら、抗がん剤は猛毒です。

   実際、現在使われている抗がん剤は、国から「毒薬」ないし「劇薬」指定を受けています。薬剤師は抗がん剤を調合する際、隔離された空間で防護服を着て行なうし、看護師は抗がん剤を投与されている患者の汚物に触れぬよう、細心の注意を払わなければなりません。

   がんの治療現場では”ケモ死”という隠語があります。
   つまり、抗がん剤などの化学療法=ケモセラピーで死ぬことを指しています。それがひんぱんに起きることから、病名のようになっているのです。そんな強い毒性があっても、「抗がん剤はがんに効くはずだ」という思い込みは強い。一般大衆はもちろん、知識人と言われるような人たちもそれを信じている。

   将来のノーベル賞候補と言われた物理学者の戸塚洋二さんや、ジャーナリストの筑紫哲也さんも、積極的に抗がん剤治療を行なって亡くなりました。筑紫さんは激しい副作用に耐えながらも、抗がん剤は”健康な細胞もじゅうたん爆撃で全部たたいてしまう”と強い不満を抱いていたといいます。

かつては私も抗がん剤を信じていた

   実は私も、昔は化学療法を積極的に行なっていました。
   数種類の抗がん剤を組み合わせる”多剤併用療法”を、日本で最初に行なったのは私です。放射線に多剤併用療法を合わせることで、悪性リンパ腫の治療成績を上げることに成功し、米国の学界で発表したこともありました。そしてこの成功体験が私の目を曇らせることになった。

   欧米では当時、固形がんにも抗がん剤が標準治療として行なわれていたこともあり、乳がんにも効くはずだと踏んだ私は、多数の乳がん患者に抗がん剤を勧めたのです。しかし多剤併用療法は毒性が強く、患者さんたちは副作用に苦しんで生活の質を落とし、転移性乳がんでは毒性死さえ出してしまった。疑念を持った私は、必死で何千という化学療法関連の論文を読み込み、データの上からも「固形癌に抗がん剤は無意味」という結論に達しました。

   私は、知識や理論だけで抗がん剤は効かないと言っているわけではありません。
   副作用で死なせてしまった苦い経験と、こうした患者さん1人1人の物語が私の中に積み重なっており、抗がん剤の怖さを痛感しているのです。

   現在、抗がん剤治療に励んでいる人たちには、これが厳しい現実をつきつけることになるので、本当に心苦しい。けれども患者本人が真実を知らないと、有害な治療に苦しめられるだけでなく、命を縮めることが多いだけに、私は心を鬼にして警鐘を鳴らし続けているのです。

抗がん剤でがんが消えても必ず再発する

   なぜ、ほとんどのがんは、抗がん剤で治らないのでしょうか。
   最大の理由は、抗がん剤が癌細胞と正常細胞を見分けられないからです。しかしがん細胞は、正常細胞から分かれたものであり、基本的な構造や機能は同じです。つまりがん細胞は異物でも敵でもなく、自分自身の一部なわけです。ですからがん細胞を殺す抗がん剤は必ず、正常細胞も殺します。さらに正常細胞はがん細胞よりも抗がん剤に弱いことから、まず正常な臓器がやられてしまう。臓器が毒性でやられない程度の抗がん剤の量では、がんをやっつけられないということです。

   では医者のいう「抗がん剤が効く」とはどういうことでしょう。
   それは単的に、抗がん剤でがんが縮小・消失することを指します。しかしこれは見かけ上のことであり、実際には必ず再発します。その間には抗がん剤の毒性が強く出て急死したりする。つまり、”治る”とか、”寿命が延びる”というわけではありません。

   抗がん剤で縮小・消失するケースはごくわずかで1~2割です。
   しかも再発癌や転移がんでは、1つの抗がん剤で終わることはまれで、次々と別の抗がん剤に乗り換えることになります。こうして乗り換えるたびに抗がん剤の毒性は蓄積していき、寿命が縮まっていく。数回目の抗がん剤投与で一気に衰弱し、あるいは急死ということもしばしばです。

   この乗り換え治療がもっとも行なわれているのが、乳がんです。
   転移性乳がんは、ほかのがん患者に比べて患者の余命が長く、抗がん剤を次々に試す時間的余裕があるからです。言い換えれば、抗がん剤で苦しむ期間も長くなるわけです。

抗がん剤ありきで治療は進む

   医者から乗り換え治療を提案された患者が、それに同意してしまう気持ちは痛いほどわかります。これまでやっとの思いで、抗がん剤治療に耐えてきたのに、がんは縮小しないばかりか、あるいは増大していることがわかり、絶望的な気持ちになっている。そこへ医者から、別の抗がん剤を提案されたら、藁(わら)をも掴む思いになるのは仕方のないことでしょう。

   医者たちも、目の前の患者を生かすためにできる限り手を尽くしたい。その気持ちにおそらく嘘はないでしょう。しかしだとしても、その使命感が患者の命を縮めていることも事実なのです。そして、抗がん剤はがん治療医の莫大な収入源になっていることもまた、動かしがたい事実なのです。

   もし患者さんが抗がん剤治療を拒否したら、ほとんどの医者はなだめたり、すかしたりして、なんとか治療を受けさせようとするでしょう。「どうなっても知らないよ」「治らないよ」「やらないと死ぬよ」「ほかの医者をあたれ」。私の患者さんたちが、実際に医者に言われた言葉です。

   「抗がん剤を使わなければ余命○ヶ月。使えば1年」などと、余命を持ち出して脅しをかけるのも医者の常套手段。余命宣告のほとんどはデタラメです。2013年に私が『「余命3ヶ月」のウソ』という本を出したら、「余命4ヶ月」と宣告される患者さんが増えました。

   抗がん剤がもたらすものは延命ではなく、縮命です。
   芸能レポーターの梨本勝さんは、「抗がん剤治療を受けなければ3ヶ月の命」と医者に言われ、抗がん剤治療開始からわずか2ヶ月で亡くなりました。医者に抗がん剤治療をすすめられたら、ことばの真意を疑うことです。


         もう、だまされない!
       book 『近藤誠の「女性の医学」』 近藤 誠著  集英社


                           抜粋
   
   
   

・アメリカが「エボラウイルス」の知的所有権を持っている

フルフォード  一般のアメリカ人のほとんどは、まだ目が覚めていない現状です。9・11にしても、何かに気づいた人々はせいぜい600万人くらいだと思います。それはいろいろな情報にアクセスできるレベルの人達で、そうでなければなかなか見えてこないわけです。

山口  (日本でも)9・11の捏造を知らない人達はまだまだ大勢いるんですよ。でもインターネットのおかげで、そういう人もずい分減りましたけどね。マスコミが選択した情報だけを鵜呑みにしないで、いろいろな情報から自分で考えて選択していくべきです。

  最近私はボイス・オブ・ロシアを見ているのですが、そこのニュースで「アメリカがエボラウイルスの知的所有権を持っている」というのがありました。これはエボラはアメリカが作った細菌兵器だということを暗に言っているわけです。こういうニュースは日本やアメリカのメディアには絶対出てこないですからね。やっぱり立場が違う人たちの視点からニュースを見ないと、真実も見えてこないですね。

   今は情報リテラシー(情報から真実を引き出す)の時代なんですよ。
   日本人はこれまでテレビや新聞の出す情報を鵜呑みにしてきましたけど、今は自分で考えるリテラシー能力のある日本人が増えています。そうした人が増えれば、この社会のゆがみや嘘を分かる人が増えてくる。

フルフォード  いろんな事件があるのですが、役者を使って演出しているのが多いことが、最近バレ始めています。2012年にサンディフック乱射事件というのがアメリカで起きています。それはコネチカット州のサンディフック小学校に、引きこもりだったとされる若い男が侵入して銃を乱射し、20人以上が死亡したという事件です。

   実はこの事件そのものが捏造されたもので、すべてが役者を使った芝居だったのです。だから実際には誰も死んではいないのですが、葬式の場面も役者を使って撮影が行なわれ(それがテレビニュースに流され)たのです。

   内部告発によると、銃規制に向けた世論操作のために行なわれたということです。役者を使った演劇を本当の事件として報道するのが、今のアメリカなのです。

山口  秋葉原通り魔事件ってありましたよね。
    犯人とされる男が白昼の秋葉原の雑踏にトラックで突っ込んで、さらに何人も刺し殺したという事件です。実はあの現場に知人がいたんですが、彼の話では発砲音が聞こえたそうです。報道では警官も犯人も発砲していないのに彼は発砲音を確かに聞いたと言っています。

   また現場に居合わせたという人のブログを読むと、小太りの男が笑いながら血だらけになって刺していたという内容の書き込みがあります。しかし報道で犯人とされる男はかなり痩せていて、どう見ても小太りには見えない。報道されていることと、現場にいた人達の話はかくも違うのかと思いましたね。この事件に限らず、カットされている情報は多いんだろうなとつくづく思いますね。

フルフォード  最近のやらせはまだいい方で、事件をデッチ上げるけど役者を使って撮影するから実際には人は死んでいない。日本の場合、一番悪質だったのがオウム真理教事件です。僕はオウム真理教の性奴隷だったという女性を知っているのですが、彼女から聞いた話では「長いヒゲの白人」がおり、彼がオウムのすべての日本人メンバーの上にいて指導していたと証言しています。

山口  では一連のサリンテロは、その白人がプランニングして訓練して実行させたということですね。

フルフォード  サリンテロ事件などを起こした理由は、おそらく日本に関する社会工学のデータが欲しかったからでしょう。こういう事件が発生した場合、人々はどう反応するのか確かめたわけです。これは昔からCIAなどがやってきたグラディオ作戦が原型なんです。こうした作戦は基本的に、軍事政権をつくり出すためのものなんです。まず爆弾テロを起こして多数の民間人を殺し、それでテロに恐怖した国民が軍に助けを求めるように仕向ける。

   エボラ熱で、エボラ患者の写真を2012年からの新しいものが出ないように検索すると、最近の新聞に載っているものが出て来るのです。

山口  つまり昔の患者の写真が、今の患者の写真として使われているわけですか? アメリカがエボラ熱を捏造したとして、どうしてそんなことをするのでしょうか?

フルフォード  エボラ熱を捏造する理由としては、まずワクチンを販売して儲けるためです。それと他の国の地域でエボラが流行しているとされる地域に石油資源が見つかっていることです。たとえばキューバは165人の医師団を派遣と発表しましたが、アメリカはエボラ熱対策としてなぜか軍隊を派遣したのです。

   このことは彼らの本当の目的がエボラ熱対策ではなく、石油資源確保にあることを示していると思います。資源強奪のための戦争は、建前としてのストーリーを作るんです。(たとえばイラクの)「悪い独裁者を追い出す」「テロと闘う」とか、必ず正当化するんです。「資源泥棒をします」では世論がついて来ませんから。

山口  デング熱騒動は日本国内でもおかしいという人が多かったです。

フルフォード  2009年に新型インフルエンザの騒動がありました。
        そのときWHOのメンバーが3人とも出てきて、今までのインフルエンザよりも危険だから予防ワクチンを打ったほうがいいと発言したんです。だけど後からこの3人がそのワクチン製薬会社から金をもらっており、しかもそこの株主でもあったことが分かったわけです。

山口  僕の両親くらいの年齢の人に、意図的に病気をばら撒いて、ビジネスとしてワクチンを売ることがあるという話をしても、日本の老人たちは理解できないんですよ。「アメリカの政府高官や大企業のお偉いさん達は、戦後の日本に対して優しかったから、そんなひどいことをするはずがないだろう」って、未だに洗脳がかかっているのです。


 book 『超陰謀論』 ベンジャミン・フルフォード×山口敏太郎 青林堂

                          抜粋

 

  danger 多くの方々の著書から掲載させて頂いています。
    私は基本的に、隠されている、決して公けにされることのない「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、「真実」と考えるものを掲載させて頂いています。”著作権利侵害のトンデモナイ奴”とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせ下さい。ありがとうございます。
                                             zeranium
 

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