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・「生命の法則」

  マスター・エリエルの言葉は、今でも脳裏に焼きついている。

   「他者の命を奪う行為は、たとえそれが未遂であったとしても、その意志がある限り、自分の命が奪われる原因を作動させることになる。誰かが死ぬことを願うような、あるいはそのような感情を抱くと、他者に向けて放たれた感情は、巡り巡ってその感情を放った者に返って来る。

   そして多くの場合、人間は何らかの不正行為に激高した結果、自身のうちに憎しみや恨みが生じるにまかせ、時に不正を働く張本人がこの世から消えることすら願う。だがこれは死の思考の巧妙な手口であり、実際には相手の死を願った者がその報いを受けることになる。

   この不変の法則からは何者も免れ得ないために、多くの者が自ら抱いた感情や行為により自ら死を招いている。そのような感情や思考に翻弄されてばかりいることから、人類は死の体験を逃れられずに、限りなく転生を続けているのだ。

   実際的な暴力行為で死ぬ者の数は、そうした破壊的な思考や感情などが発せられた言葉によって引き起こされる死と比べれば、ほんの微々たるものでしかない。まさに人類は何千年にもわたり、そのような憎しみの感情や破壊的な思考を通して今も互いに殺しあっているのだ。なぜなら人間たちは”生命の法則”を学ぼうとも、従おうともしないからだ。

   宇宙には、”生命の法則”以外、何も存在しない。
   その法則とは”愛”だ。この永遠の命令である慈悲深い命令に従わず、従う気すらない自意識や思考する自己でいる限り、肉体を保つことも、それを維持し続けることもできない。”愛”以外のものは、いずれ形を消滅させてしまうからだ。

   たとえ、感情や思考であれ、言葉や行為であれ、それが意図的であろうとなかろうとかまわず、法則は必然的に作用する。なぜなら思考も感情も、言葉も行為も作用する力、つまりエネルギーであることから、いったん発せられた言葉や感情、思考は、それぞれの軌道を永遠に回り続けるものであることを知らねばならない。

   この法則を理解し、一瞬たりとも自分が創造をやめることがないのだと悟ったならば、人間は”内なる神”の存在に目覚め、これまで誤って自身が創り出したものを浄化し、自らの限界から解き放たれるだろうに。

   人間は、”不和の繭”(まゆ)を自分の周囲に作り出して築き、その中で眠っている。
   そして、築くことができるならば、壊すこともできるという事実を忘れている。だが自分で創った繭を打ち破りたければ、魂の両翼である”敬意と決意”を使えばそれができる。そうすれば再び、自分自身の中心である”内なる神”の光と自由の中で生きることができるだろうに。」

   「無知な世論に十分に立ち向かえるほど強くなった時こそが、素晴らしい神の業(わざ)の証人となる準備ができたということだ。それが達成されるまでは、他者から来る助言や疑いの力に翻弄され、真理の探求をやめてしまうことも少なくない。

   継続的な学びの流れを断ってしまうのは、”不和”以外の何ものでもない。
   ”不和”は、地上に不気味(ぶきみ)な力を割り込ませる陰険な手段であり、人の外界での活動に頻繁に入り込み光を遮(さえぎ)ろうとする。”不和”は、感情に直結して巧妙な作用で感知されずにすり抜けるものであるだけに、非常に厄介なものである。それは執拗で、潜行性があり、表面化するまで本人には何が起きているのか気づかない場合が多い。

   このような感情は、些細なわだかまりから始まる。
   そうしたものを2度、3度感じただけで、それは不信感に変わる。その不信感が感情体を1、2回巡ると疑いになり、疑念は自滅へと行き着く。」

   「あなたが外的世界に戻った時には、これらのことを思い起こしてほしい。
   この認識は今後のあなたの人生経験において、自分を守る防護壁となるだろう。そうすれば、"不和”とは接することなく生きられる。誰もが、自分自身で描いた世界に暮らしている。つまり疑いを放ったならば、自分の放った疑いを受け取るだけだからだ。

   この取り消しの利かない命令は、宇宙全体に存在する。
   衝動的であれ意識的であれ、飛び出した意識はすべて出て来たところに戻ってくる。そこにはただ1つの原子たりとも例外はない。

   真の光の弟子は、光と真正面から向き合い、光に包まれ、光とともに動き、常に光を敬う。たとえ人間の心が抱える不安や恐れ、疑いや無知があろうとも、それらに背を向け、光だけを見る。なぜならそれが、自身の源であり、真の自己であるからだ。」

   マスター・エリエルが、別れ際に送ってくれたこのはなむけの言葉を胸にして、私は外界での日常生活に戻ったのだった。


            (サン・ジェルマンによる)
       book 『明かされた秘密』 ゴッドフリー・レイ・キング著
                      ナチュラルスピリット


                             抜粋
   

 

・7万年前に存在したサハラ砂漠の黄金時代

   「物質を意識的に操作するとは、体験していることに左右されず、いつでもあなた自身が精神と肉体を完全にコントロールし、自らの自由意志を用いて行動できることを示す。」

   サン・ジェルマンが説明を終えると、目の前にかなり古い時代の光景が現れた。
   エーテル体に記憶された世界が目前に再現されていくのを見ながら、しばし2人とも無言で立っていたが、やがてレッスンが始まった。

   「ここはサハラ砂漠だ。ただし、まだ亜熱帯性気候で肥沃な土地であった時代の頃であり、この都が全盛を極めたのは今から7万年前ことだ。」 

     周辺には無数の小川が流れ、ほとんど全域が緑に覆われて潤いに溢れていた。
   王国の中心にある首都は、その繁栄ぶりから、当時その名は全域に知られていたことがわかった。公的機関の建物は高台に集められ、そこから四方八方へ広がっていく造りになっている。街の中心部に足を踏み入れると、重力が少し弱まったかのように足取りが軽くなった気がした。周囲の人々も軽やかに歩いている。それをサン・ジェルマンに尋ねると、次のように答えた。

   「この国の人々は自分たちの”源の記憶”を常に保ちながらこれまで暮らしてきた。
   つまり、自分たちが創造主から生まれた”神の子”であるということを知っており、自覚していたということだ。それが、あなたにとっては神の叡智や力を操ることが奇跡や超人のようにしか見えないわけで、彼らはその力を備え、操作することができた。だが、本当のことを言うと、奇跡などというものは存在せず、それらはただ宇宙の法則が用いられただけであり、人間が奇跡と認識するものもすべて、それぞれの宇宙の法則が応用された結果に過ぎない。」

   「人間はかつてはその能力を駆使していたが、そうした時代の記憶を失ってしまったために、あり得ないことに見えてしまうのだ。生命の真実を正しく理解してしまうならば、現代人が奇跡と見なすような事象はすべて、言葉を発するのと同じくごく自然なものであることがわかるだろう。そうした事象は永遠へと拡大する、進歩する生命の現れであり、すべては愛と平和に基づいた宇宙の法則の手順に沿って、絶えず起きているのだ。」

   「そうしたことが、現代人の感覚にいかに理解し難く奇異に映ろうとも、そうした力は常に我々を取り巻いて、数々の驚異を生み出すために作用している。よって、宇宙の大いなる法則や高いレベルの知性の存在を否定する根拠にはならない。今日の現代人が誇る最高の知性も、内なる偉大な力や叡智を熟知したこの時代の人々にとっては、ほんの幼い子どもの理解度にしか過ぎないだろう。」

   上質の美しい生地の服を身にまとった高官と見える人々の1人が、私たちを宮殿へと案内し、この偉大なる王国の統治者に引き合わせてくれた。何と、その王様はサン・ジェルマンだったのだ! 王様の隣には、若く美しい娘が立っている。床に届くほどの長い金糸のような髪と、貫ぬくような青紫色の瞳。全身から愛おしさを溢れさせている。彼女はいったい何者なのかと、視線で問いかける私にサン・ジェルマンは答えた。

   「ロータスだよ」

   娘のそばには20歳くらいの若者と14歳くらいの少年がいた。
   若者は、すでに見てきたがルクソール神殿の過去世では大神官であり、少年は神官だった人物であり、今回は3人ともが王の子どもとして転生していた。(つまりサン・ジェルマンを王として、私は20歳の若者、すでに亡き妻が娘のロータスに、そして14歳の少年は息子のドナルドであり、3人ともが王の子どもとして転生しており、この時代にもこの4人は一緒に行動していたのだ。)

   「転生の縁が少しわかったところで、祝福された民たちの活動に我々も入り込むことにしよう。彼らを”祝福された”と呼ぶにはわけがあり、それはほとんどの人々が自らの意識をコントロールする力を備えており、神の子としてのあらゆる叡智と力を正しく使うことができたからだ。彼らはその力がどこから来ているのかをよく知っており、それを受け継ぐことが何を意味するのかを理解したうえで、無限に駆使することができた。」

   「外的自己というものは”内なる神”の道具に過ぎず、創造された本来の目的のためだけに使われるべきだということも認識していた。ゆえに当然ながら、彼らの”内なる神”は彼らにおいて何の束縛もなく活動し、あらゆる面において絶大なる完璧さを獲得していた。」

   「この古代文明の時代、この王国は大いなる平和と幸福、それに繁栄に満ちていた。統治者である王は古代叡智のマスターであり、光の使者でもあった。彼はその光に従って国を率い、王国は完全性の生きた手本だった。完全な調和を保った状態は数百年間続き、その間に陸海軍などの兵力の類(たぐ)いを備える必要もなかった。」

   「人々の統率は14人のアセンディッド・マスターたちに委ねられ、7つの光線にその2人ずつが配置され、大いなる神の活動を目に見える形で体現した。この14人の光の存在の下には7つの部門を支配する下位のマスターが14人置かれ、それぞれが”内なる神”に忠実に従い、主に科学や産業、芸術を管轄した。つまり、人間の側から妨げられることなく、神の完全性が絶え間なく上から下へ流れていた。」

   「この統治システムは、最も優れた成功例であり、どの部分をとっても満足のいくものだった。これ以後、地球上でこのレベルにまで近づいた文明は存在しない。今日にまで伝わる古代の記録では、この前時代の文明が黄金時代と呼ばれるのはそのためだ。」

   「あなたがいま目にしている時代より1つ前の時代では、ほとんどの人々が巨大な飛行船を移動手段としていた。技術が高い水準に達した頃には、発展途上地域以外ではそれも必要なくなった。その理由は、人々を導く高官たちは霊的にも進んでおり、あなたがルクソールで体験したように、霊的な体で移動ができたが、同時に肉体での移動も簡単にできたからだ。彼らにとっては重力を超えることは、呼吸をするほど自然なことでもあった。」

”金”(ゴールド)が持つ本来の価値

   「他の黄金時代と同様に、この時代にも”金”(ゴールド)は経済を支えてはいたが、その意味はあなた方の現代とは異なる。”金”の自然な輝きは浄化とバランスであり、生命力を強めるエネルギーである。”金”は、この世界を創造して世界のシステムを統率し、光と愛の大いなる存在である”創造の神々”によって地球に置かれたものだ。」

   「しかし人間の表面意識あるいは知的意識は、なぜこの惑星上に”金”が存在するかの真の意図をまったく理解していない。”金”は本来、地中で植物のように成長するものだ。そして”金”から絶えずエネルギーが流れて出ており、我々が歩く道はそれによって常に浄化され、バランスが取れ、強固になる。その効果は、植物の成長や空気の浄化にも及んでいる。」

   「”金”のさまざまな用途の中でも、最も意味のないものが、貨幣と装飾品としての使用である。地球における”金”の存在意義と目的は、このように本来の特質を発揮することで世界の原子構造のバランスを取り、強めて純化させるエネルギーを放出させることに尽きるのだ。あなた方の科学の分野ではまだその作用に懐疑的であるが、”金”は極寒の地で使用されているヒーターと同じ目的でも使用される。」

   「地中では、”金”は太陽からのエネルギーを地球内部に供給し、維持活動のバランスを取るもっとも重要な手段の1つである。”金”は、太陽の力を我々の世界の物質に伝える変圧器としての役割も持っており、生命の進歩にも寄与している。実際、”金”に含まれるエネルギーは、太陽が放つ電子の1オクターブ下の力を持っている。しばしば”金”が、”太陽光線の降雨”と呼ばれる所以(ゆえん)もそこにある。」

   「”金”に含まれるエネルギーの振動数は高いので、生命のもっとも微細な表現に作用させるためには、それを吸収するしかない。だからどの黄金時代においてもこの金属は、多くの人々に共有され使用されていた。この金属が多くの人々に行き渡っていたということは、人々の霊的進化が非常に高かった証拠でもある。なぜならそうした時代では、”金”は決して貯め込まれたりするものではなく、人々に共有され分配されるものだったからだ。」

   「”金”の持つ浄化のエネルギーを吸収すると、人々はより完全な状態へと引き上げられる。これこそが”金”の正しい使い方である。この法則が人間たちに真の意味で理解され、守られるようになるならば、1人1人が十分な量の浄化のエネルギーを取り入れることができるだろう。」

   「地球の世界各地の山脈には”金”が蓄えられている。
   ゆえに山には活力や生命力が感じられる。それは、地球以外の他の場所では得られないものだ。”純金”を適切に使用するならば、それが有害な影響をもたらすことはない。純粋な状態で”金”は白色に輝き、崩れやすい。それが前に話した吸収目的で使う際の”金”の質の見極め方だ。」

   「さて、霊的にもっとも進んだこの王国の人々は、宇宙からの光の降雨で直接もたらされる”金”を大量に生産していた。多くの丸屋根には”純金”が貼られ、内装にも用いられて輝きを放っていた。宝石類の装飾品として、これも無限の宇宙から直接取り出すかたちでもたらされて、それらに見事な細工が施された。」

   だが、いずれの過去の時代もそうであったように、”内なる神”の偉大な創造計画よりも、一次的な快楽を得ることに誘惑される者がここにも現れた。それはたとえ一部の人間ではあったとはいえ、そのような人間が出て来ることによって、王国一帯が神の力への認識の欠如へと除々に傾いていくことになった。その首都は、『太陽の都』と呼ばれていた。」


           (サン・ジェルマンによる)
      book 『明かされた秘密』 ゴッドフリー・レイ・キング著
                   ナチュラルスピリット


                           抜粋

 

・限りなく繰り返されてきた「地球への転生」の環を抜ける

   『我々のような次元上昇を遂げた存在は、身体の原子構造も自由に組みかえられる。
   それは陶工が粘土を自在に扱うようなものである。我々のようなマスターは、宇宙を統率する権利を与えられており、万物を統制する力も与えられていることから、原子や電子に至るまですべて我々の願いや命令に従ってくれる。人間にとってはこのようなことは驚きであろうが、我々が体の外見や性質を変化させることは、あなた方が服を着替えるよりもたやすいことである。

   人間の意識の困ったところは、自らが課した限界に囚われていることである。
   そして理解できないと感じたとたん、嘲(あざけ)りや恐れを抱く。それよりも悪いのは、「そんなことは不可能だ」と無知のゆえに平気で口にすることだ。何らかの条件下では不可能な事柄もあるかもしれないが、内なる神の大いなる光は、あらゆる人間の条件を変えることができる。よって不可能なことなど何もないのである。

   どのような人間の内にも、神の生命の炎が保たれており、内に宿る神は宇宙のいかなるところであろうとも支配力を発揮することができる。だが人間たちは、精神的怠慢から長年にわたり、深く染み付いた心と体の癖を改める努力をすることもなく、あなた方はいつまでも自らが自分に強いた鎖に縛りつけられて生きている。もし今ここで、自分の内なる神を認識し、その内なる神に自らの活動のすべてを委ねる勇気があるならば、存在の始原に失ってしまった”物質を支配する叡智”を取り戻せるかもしれない。

限りなく繰り返されてきた「地球への転生」を終わりにする

   人類は今や、すでに目覚める時期に入っている。
   つまり、自分がこれまでの限りない転生を繰り返しながら、何百年、何千年と生きて生涯を送ったことを、誰もが何らかのかたちで自覚すべき時に来ている。「転生の法則」は、人間的成長を促す活動であり、たとえばある転生における経験で、本人が意識的に生み出した不均衡に再度バランスを取り戻す機会が与えられる。それは「補完の法則」、あるいは「原因と結果の法則」、また宇宙の至るところですべての力を支配する「自動バランス制御システム」と呼ぶこともできる。

   「転生の法則」を正しく理解するならば、一見あまりにも不公平に思われる、人生におけるさまざまな状況にも納得がいくようになる。それは数限りない人生体験の複雑さに、合理的倫理的に納得のいく理解が得られるからであり、あらゆる状況に公平な作用が及ぶことを明らかにする唯一の法則だからだ。それを知るならば、この世に「偶然のチャンス」や「運・不運」、「不慮の事故」などというものは存在しないことがわかるだろう。なぜならすべての意識的体験には原因があり、それが今度は同時に未来の結果を生み出す要因となるのだ。

   たとえば、ある転生で女性に危害を加えた男性がいたとする。
   その男性は次の転生では女性として生まれ、過去世で自分がした行為と同じ苦悩を味わう運命にある。それは反対に男性を虐待した女性にも同じことが言える。これがこの世界で生み出されるあらゆる「原因と結果」というバランスをもたらす方法であり、各自が否応(いやおう)なく体験させられる唯一の方法である。

   人間は自分の世界で自由に創造し体験することができるが、それによって他者に不快な体験を強いた場合には、それと同じ状況を体験させられることになる。しかもその状況は、他者の人生に自分がもたらした結果であることに、本人が納得するまで繰り返されることになる。

   因果の輪、すなわち「輪廻転生」から脱け出す方法はただ一つだ。
   それは「生命の法則」を理解するよう意識的に努力することである。内なる神を強く求め、外の世界に対するあらゆる状況を前に、高次の自己に触れてその域まで自身を力強く上昇させねばならない。そして他者との関わりにおいて、実践によって学ぶことしかない。

エネルギーはエゴや欲を満たすために与えられているのではない

   建設的な願いは意識を拡大する。
   それは物質界における人間の表現を、より高いレベルの考え方や行動、成果へと押し上げてくれる唯一の行為だからだ。また純粋な願いには、それを果たすための力が宿っている。人間は神の子であるから、創造主の命に従い、生命エネルギーをどのように活用するか、願いを介してどのような自らの資質を表現するかの選択肢を与えられている。それは義務づけられているとも言える。なぜなら自由意志は人間が生まれながらに持つ人間の権利であるからだ。

   外へ向かうあらゆる知的活動も、すべてが建設的な方向で導かれるべきであり、それが外的に生きる自分の目的であり、義務である。しかし残念ながら人類の多くが、願いを破壊的な方向へ使うことに慣れてしまっており、神の偉大なエネルギーを人間特有のエゴという欲を満たすために費やしている。だがその結果は例外なく、不和や失敗、衰弱や破壊へと向かうだろう。

   一方で願いを建設的に用いる行為は、大いなる叡智からもたらされる無限の神のエネルギーを、意図的に良い方向に向けることである。叡智に導かれた願いは常に、自分以外の被造物にも恩恵をもたらす。内なる神に導かれた願いには愛が伴っているために、あなたに与えられる祝福は絶えることがない』

自分の弱さを克服する

   マスターと出会ってから数日間、私は頭の中を整理し、その体験を記録しながら過ごした。ある朝、目を覚ますと、ベッドの脇のテーブルに金色のカードが置いてあった。それは金の薄い板のようで、スミレ色の美しい字体で簡単なメッセージが書かれていた。

   << 明日の午前7時、山のあの場所に来られたし。サン・ジェルマン >>

   翌朝早く起きて、昼の弁当の用意をしようとしたがやめた。
   それで内なる声に従い、必要なものは宇宙の蓄えから直接供給されるだろうと信じた。そして身も心も軽やかに家を出発した。もし可能であって許されるならば、訊きたいことは山ほどあったので、その機会を逃したくないと思った。約束の場所に近づくにつれ、体が軽くなっていくのが自分にも分かり、目的地まであと数百メートルになった時、足が地面から浮いているような気さえした。すでに15キロ以上は歩いているはずなのに、まったく疲れを感じない。

   途中、誰ともすれ違うことなく約束の場所に到着し、私は切り株に腰を下ろすと、サン・ジェルマンを待つことにした。突然枯れ枝が折れる音がし、振り返ると、マスターの姿を期待した私の目に入ったのは、至近距離に迫るジャガーの姿だった。慎重に一歩ずつ近づいて来る。どんなに驚いたか! 悲鳴を上げて、逃げ出したかった。しかし無駄だろう。飛び掛ってきたら一巻の終わりだ。不安が駆け巡る。

   だが不意に浮かんだ考えが、動揺する私の心にブレーキをかけた。
   それは、「私の内には公正な神が存在し、その”内なる神”は完全なる愛だ。そして今、目前で優雅な動きを見せるこの動物も同じ神の生命の一部なのだ」 そう思いながら、私は相手の目を見つめた。次いで、神の一部が別の神の一部を傷つけることなどできないとの思いが浮かび、私はこの思いだけに意識を集中した。

   すると私の内から愛が湧きあがり、光線のようにそれがジャガーに直接放たれた。
   同時に私の恐怖心も去っていった。忍び足で近づくのをやめるジャガー。神の愛が互いを包み込むのを感じつつ近づいていく私。すると相手の目つきが温和なものに変わり、ゆっくり私の足元に来ると、私の脚に肩を擦り付けてきたのだ。

   私は身をかがめて頭を撫でてやると、嬉しそうに顔を上げて私の目を見つめ、そして地面に横たわると、子猫のように転がった。私はしばらく一緒になって遊んだ。濃い赤茶色をした美しい毛並みと、細長くしなやかで強靭な全身がとても優美だ。ふと顔を上げると、そこにはいつの間にかサン・ジェルマンが立っていた。

   『あなたの内なる力の強さを確かに確認した。もっともそうでなければ危険な試しなどはしなかったが。だがあなたは恐怖心を克服したので、まずはそのことを称えよう。あなたが外的自己である表面意識のコントロールをすることができなかったならば、私がジャガーの攻撃を防ぐつもりでいたが、そうなれば我々の今日の関わりは、しばし中断せざるを得なかっただろう。』

   『だが、私の出る幕はなかった。
   そこに”大いなる法則”が働いたことにあなたも気づいただろう。新しい相棒(ジャガー)との関係を築く前に、動揺するあなたの心にブレーキをかけたのは”法則”だ。さて今、あなたの勇気が証明された以上、あなたはさらに上の段階の協力ができるということだ。そしてこれからあなたは間違いなく、日々強くなり、幸せを感じ、より自由な思いで行動できるようになることを約束しよう。』

   そう言って彼が手を差し出したが、その手の平には直径5センチほどの金茶色のケーキが4つ現れた。食べるようにと促され、私は一つずつ口に入れた。すると一気に体が強靭になったのが感じられ、精神も明晰になった感覚が広がった。サン・ジェルマンは私の隣に座ると、教えを話し始めた。


             (サン・ジェルマンによる)
          book 『明かされた秘密』 ゴッドフリー・レイ・キング著
                   ナチュラルスピリット


                           抜粋
   

 

・「内なる神の光」の瞑想がもたらすもの

   人類の95パーセントが、思考と感情をコントロールすることなく野放しにしていることから、先ず始めはそうした規律を身につける努力をしなければならない。だがそのためにいかに労力をかけようとも、この2つのコントロールに時間とエネルギー、努力を費やすだけの価値はある。

   この思考と感情の真に恒久的なコントロールなしには、自分の人生も世界も統率することはできないからだ。これからその方法を伝えるが、この法則を生かしていくならば、あなたは真の叡智を表現できるようになり、完全なるものがあなたにもたされるようになるだろう。

「内なる神の光」の瞑想
 
   自己コントロールの第一段階は、まず外の世界に向けた心と体のすべての活動を静止する。夜寝る直前と、朝起きぬけに、それぞれ15分から30分間を、自分の内面を見つめるために費やすこと。

   第二段階。それにより心身ともに平和で穏やかな状態が得られたなら、自分の体が白く輝く光に包まれる姿を思い描き、実感する。最初の5分間をその場面の想像に当て、次いで心臓の辺りに黄金の太陽が輝く様子に意識を集中させ、外側の自己と内なる神のつながりを強く感じる。

   第三段階は承認だ。『私は自分の内なる神を喜んで受け入れます』と感謝の気持ちを表明する。さらに約10分間、大いなる光の輝きを感じ、体内の一つ一つの細胞を強化する。

   瞑想の最後に、次の称賛の言葉を唱える。
   『私は光の子、私は光を愛しています。私は光に仕え、光の中に生きています。私は光によって守られ、輝き、準備され、保たれています。私は光を祝福します。』

   どんな時にも心に留めておいてほしいことは、『人は自分で思い描いたとおりになる』ということと、万物は光からやって来て以来、光は完全性を持つ至高の存在であり、万物をコントロールしているということだ。

   この光の瞑想と称賛を本心から真剣に実践し継続する者には、心には輝きと、体には健康と活力が与えられ、あなたの人生に平和と調和、そして成功がもたらされる。

   世の始まりから言われてきたことだが、生命が到達しうる最高の状態は『光』であり、光は至るところあらゆる事物に存在する。何百万年経とうとも、この真理は真実で在り続けている。この世界でも時代の賢人と言われた人々が、頭や体から後光を放っていたのはそのためである。

   内なる光は実在する。
   それは、あなた方の家庭にある電気の灯りのように実体のあるものだ。それほど遠くない将来、あなた方1人1人の肉体から発する光を、物理的に観察できる装置が発明される。その装置を通して、思考や感情の乱れた人間においては、内なる光が色あせて汚れた雲に覆われている様子をはっきりと見て取ることができるだろう。それは大いなる生命の流れがもたらすエネルギーを軽んじ、悪用していることの現れである。

   毎日、光の瞑想と称賛を忠実に実践し、心と体を構成する原子一つひとつに宿る光を強く感じていくならば、内なる光の存在と、そこで活動している強大な力と作用、完全性の証拠を多く受け取るようになる。たとえほんのわずかであってもそれが体験できるならば、もはや証拠も必要なくなることだろう。なぜなら自分自身が、まさに動かぬ証拠となるからだ。『光』は神の王国である。光に身を委ねるならば平和を感じる。内なる神の家に戻るからだ。

   光の瞑想と称賛を10日ほど続けたならば、次に朝昼晩の3回に増やすのが望ましい。
   このように言うと必ず、「そんな暇はない!」と言う者がいる。そういう人に私は言いたい。自分の状況や物事が違うことで、他人を批判したり中傷する暇があるのなら、その時間を「内なる光を意識する」ために費やしてはどうなのか? 決心して果敢に挑み、継続するだけの充分な意志を持つ者には、この地上において天国が現れるだろう。そこには不可能なことは何もなく、光は絶対に損なわれることはない。

   光とは、創造主がすべての被造物に対し、秩序と平和、完全性を保つために用いる方法である。それは地上に生きる人類の誰もが、十分な強さの願いを抱いていればいつでも実践できることだ。つまり精神を高めたいと真剣に願うならば、願いの強さそのものが必要な時間を確保し、環境や人材、条件や物を整えてくれる。建設的なことをしたいという純粋な願いが、思い描いた物事の実現に向けて必要なエネルギーと力を発揮するのだ。そしてこの法則は例外なく、すべての人間に及ぶものである。

   人間はみな、創造主の存在に触れるというこの上ない特権を与えられており、その特権は昔も今も、そしてこれから先も、人間たちをこの世の不和や限界を超えた状態へと引き上げる唯一の方法だ。そしてあなた方は根気よく実践を積み、内なる神の力があなたにいかに働くかを理解することになる。


           (セント・ジャーメインによる)
       book『明かされた秘密』 ゴッド・フリー・レイ・キング著
                     ナチュラルスピリット


                            抜粋
   

・人の意識は自分が思い描いた通りの人にする

   あなたが望むものは必ず、宇宙のどこかに現れる。
   それが生命の真理だ。願う思いが強ければ強いほど、成し遂げられる時期も早くなる。ただし自分と同じく神の子である他の人々や、神の創造物が損なわれるのを願い愚かな行為を及ぼすとすれば、自分自身の人生経験のどこかで必ず不和や失敗として罰金を支払わされるだろう。願いを完全に実現したければ、1人1人の人間に対する神の意図が、善と完璧さに満ちていることを忘れてはならない。

   創造主は世界を完璧なものに創造し、その子どもたちにも自分と同じ力を与えられた。本来人間も完璧なものを創造し維持できるし、地上でそれを表現できるはずなのだ。
もしそうならないとすれば、1人1人が自分に与えられている神の権限を正しく使い、自分の世界を正しく統治していないからだ。そうであれば万物に平和も祝福も注ぐことができず、神の愛の法則も果たすことができないだろう。

   その原因は、人間が自らのうちに最も崇高な生ける神を宿していることを知らず、それを絶えず意識していなければならないことに気づかず、認めもしないことにある。現在という幻想の時間と空間、行動の限界に囚われており、ある物を必要としていながら、与えようとする相手を拒絶する人のようでいながら、どうやって恩恵を享受することができるのか?

   残念ながら、現在の人類の意識はそのような状態である。
   自分の内なる神が支配者であり贈り主あり、1人1人の人生や世界に訪れるあらゆる善を行なう存在であることを受け入れるまでは、人間はそうした意識のままで居続けるだろう。1人1人の自己、そして人間の行為、あるいは意識の外界に向けた活動のすべては、何一つ自分のものではないことを認めなければならない。それも完全かつ無条件にだ。なぜなら個人が発するエネルギーはすべて、内なる神によるものであるからだ。

   内なる神への愛と称賛、絶え間ない配慮の心を持ち、自分が正しい意図で使うために何かを望むならば、たとえば真理や健康、自由、平和、驚異などに集中し、あなたの思いと感情をねばり強く意識に保ち続けるならば、宇宙において大いなる引き寄せの法則が働き、必要とする場所に顕在化するはずだ。『心に思い、感じたものは形になる』とは、生命の永遠の法則である。つまり、その人の思考のあるところにその人がある。その意識はその人のためにあり、その人が思い描いたとおりにその人はなるからだ。

類は類を呼び、ネガティブはネガティブを引き寄せる

   憎しみや非難、批判、妬み、羨望、恐れ、疑念、好色といった思いを絶えず内に抱き、そうした思考や感情が苛立ちを生み出すままにしていると、それは確実に、本人の心身や状況に不和や失敗、災難をもたらすことになる。それは対象が国家であれ、他人であれ、場所や状態、何らかの物体であっても同じである。

   自分のネガティブな思考に焦点を合わせたことで、そのネガティブは心や体、そして物事を構成する物質に吸収される。そうなるとその人のネガティブな傾向はますます強まることになり、同じような性質を持つものをどんどん引き寄せるようになる。

   調和を欠いたネガティブな事柄は、思考や感情を介してその人とその人の世界に入ってくる。それは表面意識で知覚する前に、無意識に取り入れてしまうこともある。このように、習慣によって内面に溜め込んだ負の堆積物は、そのくらい強い吸引力でネガティブを引き寄せる。

   人間は意識や知覚に余りにも無頓着であるが、思考を『物』に変えるのは知覚によって蓄積されたエネルギーである。だからこそ自分が生み出す感情はどのようなものかに注意を払い、激高しないように気をつける必要がある。なぜなら精神的なバランスを保つのも、体の健康を維持するのも、あるいは社会で成功するにも、すべてに感情のコントロールが最も重要だからだ。そして思考は感情に裏打ちされて、初めて物質化するということも覚えておいてほしい。

自分の思考と感情をコントロールする

   聖霊とは、生命である神の感情面であり、神の愛もしくは神の母性の活動である。
   そのゆえに聖霊を冒涜(ぼうとく)すると、苦悩がもたらされるといわれる所以(ゆえん)である。なぜなら感情面に生じる不和は何であれ、バランスや調和、完全性の法則である愛の法則を損なうからだ。愛の法則に背くという、この宇宙における最悪の罪を人間は犯し続けており、怒りなどの破壊的感情を絶えず生み出し続けている。

   この地球とその環境に存在する邪悪で破壊的な力は、人間の思考や感情によって引き起こされているものだが、いつの日にか人類は、各自の日々の生活における感情のコントロールの欠如を通じてのみ、そうした邪悪や破壊的な力が個人や国レベルの物事に入り込むことを認識するだろう。なぜならどれほど破壊的な思考の実現であっても、感情の領域を通らない限り表面化も顕在化もできないからだ。つまり、物質的な原子と精神が結びついて固まった時、初めて破壊的な思考は形を取る。

   突然の爆発音は、それを聞いた人間の神経系統に衝撃を与え、体内の細胞を動揺させるが、同じことが感情にも言える。怒りの噴出はそれを受け止めた人間の心や体、そして取り巻く環境の原子構造に衝撃を与え、微細な物質の調和を乱す。そうした悪影響を受け取った受け手が今度は、意識的にあるいは無意識的に、怒りを外に向けて放つようになる。調和を伴わない感情は、老化や記憶力の低下や、その他人生におけるさまざまな欠陥を生み出す。

   調和のない思考や感情を外に表すのは簡単に抵抗なくできる。
   それはコントロールや規律とは無縁で、精神的に幼く成熟していない者に特有の行為である。そういう者たちは内なる神の法則を理解しようともせず、宇宙の法則に従って神の子としての本来の役目に気づくこともない。

   自分の思考や感情をコントロールできない、あるいはコントロールする気のない者は、正しい道を歩んではいない。そういう者は、意識の扉をいくつも全開にして、そこから他人の心や感情が吐き出した不和を呼び込んでいるのだ。破壊的な衝動や邪悪な思いに従うのに、知性や訓練などは必要ないし、自分の力を正しく用いる必要もない。そのように振る舞う大人は、結局、自分を抑制できない段階にある子どもに過ぎない。

   生まれてから死ぬまでの過程で、自己抑制を身につけないことは、人間として恥ずべき人生だ。現在の人間社会にとってそこが最大のネックだと告げておく。それもまた自分たちが作り出した環境や社会に浸かり過ぎた結果であり、調和のない習慣に傾くのはそれほどに容易(たやす)い。

   人間は自ら敷いた繰り返しの限界を超えるためにも、表面意識のコントロールによって、そのような状態から抜け出す努力をする時期に来ている。凝り固まったネガティブな思考や感情に囚われ続ける限り、この世界から、自分の人生から、貧困や不和、破壊的な要素を取り除くことはできない。1人1人を取り巻く環境から生じる小さな不快感の積み重ねが不和を生み出し、それが自分の心と体に生命が力強く流れるのを妨げているのだ。

            (セント・ジャーメインによる)
       book 『明かされた秘密』 ゴッドフリー・レイ・キング著
                    ナチュラルスピリット


                           抜粋

・農薬が引き起こしている病気と難病 ⑦

  米国の反農薬団体(Beyond Pesticides)が立ち上げた「農薬によってもたらされる病気のデータベース」は、農薬が人間の健康に与える影響に関して重要なものである。

   「農薬との関連が疑われている病気」
  よく知られた病気の数々には、喘息や先天奇形、生殖機能の異常、パーキンソン病、アルツハイマー病、そしてさまざまな種類のガンがある。化学物質の中でも特に、農薬曝露(さらされる)ことでこうした病気の関連が益々強く疑われるようになってきた。しかも環境保護庁のリスク評価はそうした影響をキチンと評価してはいない。

   「アルツハイマー病」
  500万人以上の米国人がこの病気を患っている。そしてこれまでの4つの研究結果は、アルツハイマー病と農薬との関連を示している。多くの研究が農薬の神経系への影響を指摘してきたが、新しい研究ではユタ州のあるコミュニティがアルツハイマー病のリスクとして、有機リン系農薬の影響が最も大きかったとしている。

   「喘息(ぜんそく)」
  41の研究が喘息と農薬が関連しているとしている。農薬は喘息を悪化させるだけでなく、その引き金となる。2004年の研究では、子どもの喘息は環境中の農薬暴露によって増加するという。カリフォルニア州の4000人の学童調査によると、1歳までに除草剤にさらされた乳幼児は、そうでない子どもの4倍以上も、5歳になるまでに喘息になるという。

   「発達障害と学習障害」
  米国の子どもの約6人に1人が1つから2つ以上の発達障害を持っている。そして多くの専門家が、子どもを取り巻く環境中の毒性物質が、子どもの脳神経の発達に悪影響を及ぼしていると信じている。発達途上の子どもの脳はきわめて傷つきやすく、子どもの発達の重要な時期に農薬にさらされると決定的な影響をこうむる。

  26の研究が農薬と発達障害との関わりを示唆しており、2010年には米国ハーバード大学などの研究の報告では、注意欠陥多動性障害(ADHD)の子どもは、そうでない子どもと比べて尿中の有機リン系農薬の代謝物が10倍多いことが明らかになった。(だが10倍とはいえこの濃度は低濃度の範囲に入れられるものであり、日常生活で一般の人がさらされる程度の濃度に過ぎない) また有機リン系農薬曝露によってADHDになるリスクは約2倍高くなるという。

   「パーキンソン病 」
  米国には少なくとも100万人以上のパーキンソン病患者がおり、毎年5万人の新たな患者が生まれている。その1%以下は遺伝的要因の可能性があるが、数々の疫学研究と毒性学の研究の証拠が、農薬とパーキンソン病との関連を繰り返し指摘してきており、また同時に遺伝子と農薬との相互作用という重大な影響にも注目している。(その他、ガンや先天性奇形、胎児の異常などは省略)

   今から10年以上前の米国においても、約17%の児童が自閉症やADHD、アスペルガー症候群などの発達障害を一つかそれ以上抱えているとされていたが、その原因を水銀や鉛などの重金属だけではなく、農薬を含めた何千、何万とある化学物質が、子どもの脳の発達に影響した結果ではないかと、最先端の小児科医らが警告を発した。

   一方、日本でも2005年の5歳児検診での発達障害児の頻度は、すでに同年代の子どもの約1割に及ぶ。また特殊学級や擁護学級に在籍する子どもの割合は、文部省の調査によると、1993年から2006年までのわずか十数年で約2倍に増加した。つまり、私たちがまだ認識していない何かが、日本の子どもたちの脳や神経に負荷を加え、おかしくしていることが明らかなのである。

   そうした子どもの出生の時点で見ても、日本の先天性奇形発生率は、最近の数十年間で約2倍になっているのだ。しかしなぜそのような子どもが最近これほど増加しているのかという問いに、農薬を含め化学物質の影響に注目する専門家は日本ではきわめて少ない。「発達障害の子どもの脳の違いとその原因――シナプス接続異常と遺伝・環境要因」という論文を書いた黒田洋一郎氏は、PCBや有機リン、ネオニコチノイドなど神経毒性のある農薬の増加に警告している。

   2000年以降、米国の環境問題専門雑誌には、農薬が引き起こす子どもの発達と病気を指摘する論文が続々と発表されている。
 「神経毒性物質の曝露でサルがADHDの症状を示す」(2000年)
 「胎児期の有機リン系農薬の曝露(母親の農薬曝露)と子どもが7歳の時のIQは関連する」(2011年)

   など、農薬を含めた化学物質が子どもの発達へ与える影響の証拠は次々と明らかになっている。しかしなぜか、日本の多くの専門家は、こうした事実にほとんど目を向けようとはして来なかった。

   2000年、世界的に権威ある神経毒性学雑誌「Neurotoxicology」には、「農薬曝露は、パーキンソン病の発症リスクを増加させる」という研究報告が行われた。それは過去10年間に世界で発表された19の調査研究(英語で公表された信頼できる研究論文)の総合的な再評価である。しかもこれは有機リン系農薬の最盛期にまとめられたものである。

   2006年には米国ハーバード大学の研究者たちが、10万人を超す大規模な疫学調査の結果から、「農薬曝露はパーキンソン病に関連する」と発表した。一方、デンマークでも過去13年におよび、パーキンソン病発症に関する詳細なコホート研究が実施されたが、その結果、農業及び園芸従事者のパーキンソン病発症リスクが増加することが明らかとなった。

   フランスでは2006年、農業共済組合がパーキンソン病の全国規模の疫学調査を始めたが、農業に関わる団体のこうした調査は異例のことで、それは農業従事者にパーキンソン病など神経難病が多発しているからだった。しかし日本では農水省も厚生省も、大学研究機関、そして農業関係者も、誰も真剣に農薬が引き起こす病気との関連を取り上げようとはしてこなかった。

有機リン系ネオニコチノド系農薬とともに増加した難病

   パーキンソン病はよく知られているように、神経伝達物質のドーパミンを作る神経細胞が変性したり死滅することで発病する。運動機能が衰え、手足のふるえ、や筋肉の硬化が起きて寝たきりになる患者が多く、日本では1980年から2010年の30年間に、約10万6000人と13・6倍に増加している。しかし問題はパーキンソン病だけではない。数十もある神経難病やその他の原因不明の難病が日本人に激増しているのだ。(P・163の図を参照) 神経伝達物質がおかしくなり、受容体との結合が阻害されれば神経疾患が起きるのは当然である。

   そもそも有機リン系農薬やネオニコチノイド系農薬が、昆虫の神経系をターゲットにして攻撃するように開発されているのだから、同じ神経系を有する人間に影響しないわけがないのだ。ネオニコチノイド農薬のターゲットである神経伝達物質アセチルコリン受容体は、昆虫では中枢神経により多く存在するが、人間では筋肉や末梢神経により多く存在するからだ。たとえば最近激増している筋疾患、重症筋無力症は、筋肉の神経伝達の異常である。まさに、ネオニコチノイド農薬が深く関る可能性のある病気なのだ。

   「ネオニコチノイドはアセチルコリンの受容体に結合し、アセチルコリンがなくても神経伝達のスイッチがオンになってしまうニセ伝達物質」であることが、なぜ専門家に見過ごされているのだろうか?

子どもがターゲットになっている

   そして神経や筋肉の病気が激増しているのは大人だけではない。
   18歳未満の原因不明の難病に国が治療費を補助する「小児慢性特定疾患事業」を知っているだろうか。その中の「神経・筋疾患」の詳細を見てみると、その受給者の増加に驚かされる。筋力低下や筋緊張低下を主な症状とする”先天性ミオパチー”という疾患があり、その疾患の子は「ぐにゃぐにゃ乳児」と呼ばれることもあるが、身体に力が入らない子どもたちなのだ。

   この先天性ミオパチーを含む子どもの神経・筋疾患の登録者合計は、2001年には978人だったのが、2008年には3995人と、わずか7年で4倍近くに増加している。専門家は「原因は遺伝子の異常」と説明しているようだが、本当にそうなのだろうか? すでに海外では有機リン系農薬とミオパチーとの関連を疑う研究論文が発表されており、農薬曝露の研究が行なわれている。

   世界でも有数の農薬使用国の日本で、私たちは自分たちだけでなく大切な子どもまで農薬の人体実験の対象にしてきたのではないか。その結果にもう気づいてもいい頃ではないだろうか。日本では現在、さまざまな原因不明の難病が増加している。1990年代に20万人余りだった難病患者が、2007年には61万人と3倍に増加した。そして国で指定している難病130種類の中でも増加が特に注目されているのが、実は潰瘍性大腸炎とパーキンソン病なのである。

   すでに生殖の危機は、植物だけでなく動物にまで及んでいる。
   女王バチは不妊症になり、人間の世界でも日本における不妊症カップルは今では6組に1組になっている。これまでの半世紀もの間、日本では農薬の危険性を論じることはマスコミでもほとんどタブー視されてきた。それは暗黙の了解のように原発企業と同じく、農薬企業の利益を守るための圧力が官僚やマスコミを縛っていたからだ。その結果、農水省や厚生省の役人たちは、国民の命よりも企業利益を優先するようになって久しい。

   生き物がいなくなれば、人間も生きてはいけない。
   昔ならどこにでもいたスズメや蝶やトンボ、カエルや蛍、ミツバチだが、今では農薬や除草剤散布で一掃された野山には彼らの姿はなく、それらをまったく見たことのない子どもたちが普通になりつつある。彼らがこれからの日本を背負っていくのだが、このままで本当に良いのだろうか? 私たち大人の次世代への責任はとてつもなく大きいと言わねばならない。


        もうひとつの安全神話
    book『新農薬ネオニコチノイドが日本を脅かす』 水野玲子著
                     七つ森書館


                          抜粋
   

・国民の健康より自分たちの利益が大事な人々 ⑥

   ミツバチの大量死に関し、日本における農薬にかかわる利権構造をなす、農水省や農薬企業、そして御用学者たちが決して認めようとしないのが「農薬説」である。この”農薬ムラ”では農薬原因説を口にしたとたん、専門家として失職してしまうほど農水省の圧力は大きい。だから何としても農薬原因説以外の説を展開しなければならない。

   そして2009年、米国のCCD(蜂群崩壊症候群)の現状視察から帰って来た農水省のミツバチ研究専門家たちは、”ストレスこそがミツバチを弱くする”という説を打ち出し、ミツバチたちの大量死の原因は”ストレス”であると発表した。

   確かにミツバチたちは、その時期になると受粉のためにトラックで長距離移動させられ、夏場では30度を超えるビニールハウスで農作物の受粉に酷使されている。そして人間の食料需給のための重労働の後、弱ったミツバチたちのほとんどが日本では焼却処分されていることを私たちはほとんど知らない。

   だがミツバチ大量死の原因がストレスということになれば、農薬も一つのストレス源に過ぎず、毒も一つのストレス源に過ぎなくなる。人間でいえば、どのような死も「ストレス死」と診断されるようなものだ。そうなれば、真の原因究明などする必要はない。

   しかしどんなに農水省が、農薬の害から国民の目を逸らそうとしても、やはりミツバチの農薬の影響は隠すことができなかった。2010年4月14日付けの「日本農業新聞」の報告書、「養蜂家からのミツバチ異常報告の解析結果」には、北海道ほか22件の農薬被害が報告され、養蜂家から送られてきた巣周辺で死んだ働きバチの92・3%からネオニコチノイド農薬(クロチアニジン・ジフテノラン)が検出されたと記載されていた。

   その後、米国ではミツバチ大量死の原因をウイルスとする説を打ち出した。
   人々の注目をいかに農薬原因説から引き離すかが目的と思われたが、ミツバチたちが農薬などの化学物質によって免疫力が低下し、あらゆる病気やウイルスに感染しやすくなっている可能性は、多くの養蜂家たちはとっくに気づいていることだった。

   そして2010年4月、国際獣疫事務所(OEI)が出した世界中のハチの大量死は”複合的要因による”とする発表を利用し、日本の農水省は、2011年に「日本有機農業研究会」と「全国有機農業推進協議会」が出した「ネオニコチノイド農薬の中止を求める要望書」に対する回答として、「複合要因が関連しているので、特に農薬に対策を講じる必要がない」と回答した。しかし実際には、このOEIの見解には、「無責任な殺虫剤使用がハチの免疫を弱める原因」と記してあったのだ。

   米国の反農薬団体PANNA(Pesticide Action Network North America:北米農薬アクション・ネットワーク)が、2011年に作成した『農薬とミツバチをめぐる科学の現在』の中からその一部を紹介する。

◎ CCDの原因としては、農薬が複合要因の中では最も大きな要因である。
◎ 致死量レベルのイミダクロプリドに曝露(さらされた)ミツバチは異常な採取行動を示し、それはミツバチがイミダクロプリドに汚染された花を何回も訪れることによって起こる。
◎ ネオニコチノイドで種子処理された作物の葉から染み出す水滴で、ミツバチが中毒死する。
◎ ネオニコチノイド系殺虫剤が、マルハナバチ、ミツバチだけでなく無脊椎動物にも影響している。

   2012年3月、PANNAの報告書が出た直後、「サイエンス」誌にイギリスやフランスチームにより注目される2つの論文が掲載され、その情報は世界中の養蜂家たちにもすぐに伝わった。それには、

◎ 「ひんぱんに使用される農薬がミツバチの生存率を低下させる」とし、「ミツバチに浸透性農薬ネオニコチノイド(成分名:チアメトキサム)を与えた実験では、そうでないハチと比べ死ぬ確率が3倍高く、この農薬は中枢神経に作用する」と述べた。
◎ また「低濃度の農薬(成分名:イミダクロプリド)にマルハナバチの群れをさらす実験では、6週間後ではそうでない群れと比べ、産卵の女王バチの数が85%減少した」という。
◎ 「ネオニコチノイド系農薬とピレスロイド系農薬の複合的影響が、働きバチの死亡率を上げ、マルハナバチコロニーが弱体化することがわかった」。

   最近まで日本は世界一の農薬使用大国だった。
   2008年には、ついに韓国に追い越されたが、それでも単位面積当たりの農薬使用量は、OECD諸国平均のまだ17倍も多量に使用している。今日では、中国がそれを上回っている可能性がある。しかし1950年以降の半世紀あまり、日本のような狭い国土に何の躊躇もなく多くの農薬を撒き散らした国は他にはないだろう。

   ネオニコチノイドは浸透性農薬なので、従来の農薬に比べて作物の中にまで広がるので、洗っても落ちないことは前述したが、だから果物の皮を厚くむけば農薬が取れると考えるのはもう古い。例えば日本のブドウの残留基準はヨーロッパ諸国の25倍である。市民からの意見もあって2010年に基準値が一部改定されたが、ブドウの残留基準だけ下げられない理由を厚生労働省の官僚に尋ねたところ、その答えはなんと、「残留基準を下げると、流通に差し支える」というものだった。

   農薬には、果物や野菜、茶などの食品には残留基準が決められている。
   しかし厚生労働省によって決められた残留基準は、P.148に示したように食品のネオニコチノイドの残留基準は米国に比べて25倍、EUと比べても300倍と高く、2010年に行なわれた基準値引き下げは本質的な改正にはなっていない。この状態があと10年も続けば、日本の子どもは農薬まみれとなるので、厚生労働省官僚の次世代への責任はとてつもなく大きい。

原発震災の陰で使用が促進されたネオニコチノイド農薬

   2011年3月の原発震災以降、国民が放射能に気を取られている間に、ネオニコチノイド農薬をさらに促進しようとする勢力が動きはじめていた。つまり残留基準の大幅緩和だ。基準が緩和されれば農薬会社は儲かり、農協もより多くの農薬を販売できる。怖ろしいことだが、命よりも経済を重視している官僚たちは、欧米諸国の100倍以上の農薬に汚染された食物が、この先子どもたちにもたらす影響を想像することすらできない。

   2011年6月、厚生労働省はイミダクロプリドとジノテフランの残留基準設定に関する国民のコメントを募集したが、それはいつものように国民の意見を聞いたという体裁作りだった。その後ほとんどの国民が知らない間に残留基準が緩和され、イミダクロプリドのほうれん草残留基準は従来の2・5ppmから15ppmに、ジノテフランは5ppmから15ppm、春菊は5ppmから20ppm、チンゲンサイは5ppmから10ppmと、青い野菜はほとんどが高濃度のネオニコチノイド農薬汚染を許すことになった。

   この改定は、ただでさえ多種類の農薬汚染にさらされている私たち日本人を、ヨーロッパ諸国の数百倍ものネオニコチノイド農薬漬けにするものだ。このような基準値では、「もっと野菜を食べなさい」と親は子どもに言えるのかどうかわからない。知らないとは言え、こうして知らずに子どもに毒を盛る罪はいったい誰にあるのだろうか?

   国の残留基準改定の理由は明白だった。
   それはミツバチ大量死の原因として疑われているクロチアニジンの代換農薬として、同じネオニコチノイド系農薬の中でも多少毒性が弱いとされているジノテフランを、農家が大量使用できる環境作りのための改定案だったのだ。

   EUでは2008年12月より、農薬の空中散布が例外を除き原則禁止とされたが、日本では半世紀にもおよび、農地だけでなく森林にも空中散布が続けられ、いっこうに事態は改善されていない。しかも無人ヘリになってからは、低空飛行(約4m)が許されていることからきわめて濃い濃度で撒いてよいことになっており、より危険になった。

   では、日本では農薬空中散布の規制が進まない原因はどこにあるのだろうか? 
   それは儲かる人たちが、ここでも農薬利権に群がっているからなのだ。つまり農林省や林野庁、農薬工業会、ヤマハなどのラジコンヘリ製造元数社が原発ムラのように利権構造でしっかり手を組んでいる。そして農水省のOBが役員に名を連ねる農水省天下り法人、(社)農林水産航空協会(会長:元農水大臣審議官)が、この利権構造の中心となってこの農薬ムラを牛耳っているのだ。


           もうひとつの安全神話
    book『新農薬ネオニコチノイドが日本を脅かす』 水野玲子著
                     七つ森書館


                           抜粋

・ネオニコチノイド系農薬に対する各国の対応 ⑤

フランスの素早い対応

   フランスがミツバチの大量死に直面したのは、1990年代半ばであった。
   当時はヒマワリ、ナタネ、トウモロコシの単作農家ほどミツバチ被害が大きく、その原因が新しい農薬ではないかとする説はまたたく間に国中に広まった。そして農業国であるフランスのこの問題への対応は、どこの国よりも迅速でしかも徹底していた。危険性が正式に認められていない1999年の段階で予防原則が適用され、イミダクロプリドによる種子処理を一時的に中止し、調査研究をスタートさせたのだ。

   国の調査委員会も科学者たちも熱心に原因解明に動いた。
   そして2003年、毒性調査委員会は、イミダクロプリドで種子処理された種を蒔くと大気中に農薬が拡散し、その毒はミツバチ経口半数致死量の1000倍(接触DLの597倍)になることを明らかにした。つまり農薬で種子をまぶして消毒すると、それを散布するとき農薬が環境中に散らばり、それによってミツバチが死ぬ恐れもあったのだ。

   この報告書が科学的根拠となり、ついに2006年、ゴーショ(成分名:イミダクロプリド)による種子処理の禁止がフランスで正式に決まった。しかしイミダクロプリドだけが原因ではなかった。

   2003年3月、今度はフランス南西部ミディ・ピレーネ地方でミツバチの大量死が起きたが、その時の死んだミツバチの14の標本からは、新しいタイプの浸透性農薬フィプロニルが検出されたのである。このときの研究者らの報告によると、種まきのときに大気中へ飛散したフィプロニルの毒性もきわめて高く、調査委員会は、ミツバチ死滅がフィプロニルの直接的曝露による急性毒性によるものと結論づけた。それによって2004年には、日本で現在未だに水田で使用が拡大しているフィプロニル製剤は、速くもフランスでは全面禁止されたのである。

   フランスの対応はこうした予防原則だけにとどまらず、この問題を契機に、有機農地面積を3倍に増やすなど、有機農業促進を目標とし、2009年には国をあげて養蜂業の振興策を探ることに尽力した。そして2010年フランスのパリでは、ミツバチが増殖し、勢力を盛り返していた。というのもこの10年ほどは、パリでは農薬がまったく撒かれていなかったために、ミツバチが元気になったと思われた。

   そしてこの年、フランスの研究者は、1994年から2004年までの間に、フランスの農業地帯で起きたミツバチコロニーの消滅の約7割は、農薬イミダクロプリドが原因であったと報告した。それはフランスでミツバチ大量死が始まってから15年後のことであり、こうした結論がようやく出されたのであった。

中南米

   フランスでミツバチ大量死を招いた浸透性農薬フィプロニルは、この頃地球の裏側の中南米でも大きな被害を起こしていた。2003年のウルグアイでは、ハチが大量死したために急遽、新たにミツバチの輸入を開始した。だが2007年には再びそのミツバチの約50%が死滅してしまったのだ。しかし原因の究明にそれほど時間はかからなかった。

   2009年、ラテンアメリカ残留農薬ワークショップにより、蜂蜜とハチの死骸の両方から高濃度のフィプロニルが検出されたことが発表され、ミツバチの大量死と農薬フィプロニルの関連は濃厚になった。そしてフィプロニルの使用は避けるべきとの警告が発せられ、その農薬のもたらす毒性の被害は中南米でも明らかだった。

ドイツ

   ドイツでのCCD(ハチ群崩壊症候群)の始まりは突然の出来事だった。
   2008年の5月はじめ、南西ドイツの小都市ラインタルで、3億~5億のミツバチが死滅したのだ。その当時、ナタネなどの種子処理に使われたクロチアニジンは、ヨーロッパでは「ポンチョ」(商品名)という名称で広く販売されていた。それはライン川沿いに植えるトウモロコシの種子処理に使われており、また作物にも直接散布されていた。それで養蜂家たちは直感的に、原因は2006年から出回り始めたバイエル社のクロチアニジンに違いないと考えた。

   日本人によって開発され、バイエル社によって世界中に販売されたクロチアニジンが、ドイツ南部の美しい地域を混乱に陥れた。その直後の調査により、養蜂家から集められた30のミツバチの死骸のうち29からクロチアニジンが検出されたことで、証拠はさらに動かぬものとなった。

   それを受けてドイツ連邦消費者保護・食品安全庁は、ナタネやトウモロコシに使用されるネオニコチノイド系農薬(8種類)の種子処理剤の登録を一時的に停止した。それに対しバイエル社は、「種子会社が農薬と種子を接着させる”のり状の物質”を忘れたことで、化学物質が大気中に拡散した。使用の仕方が間違っていたのだ」とコメントした。

   2011年11月、東京で開催されたネオニコチノイド系農薬国際市民セミナーで講演した欧州養蜂家連盟代表のウォルカー・ヘフカー氏のスライドには、真紅(しんく)色の農薬でまぶされたトウモロコシやナタネの種子が、トラックから道端にこぼれ落ちている様子が映っていた。不自然に着色された種子が大地に散らばり、水系を汚染し、鳥たちがそれを食べて死んでいくのだ。

   日本でも1960年代に、水銀農薬でイネの種モミを消毒していた時があったが、その後、玄米に水銀が蓄積していることが判明するまでの十数年もの間、水銀農薬は使用し続けられたのだった。

イタリアでは、種子処理禁止でミツバチが復活した!

   イタリアでもミツバチの大量死が起きていた。
   2009年以前の北部のトウモロコシの作付け地域では、毎年トウモロコシの種を蒔くとほとんど同時に、きまってミツバチの大量死が起きていた。養蜂家たちは2000年ごろから、それはネオニコチノイドが原因で、ミツバチが大量死したと繰り返し主張してきたが、科学的証拠が足りないという理由で無視され続けていた。そこで養蜂家たちは献身的に科学的なモニタリング調査を実施し、その結果を公表し続けた。

   それがついに地域の行政を動かし、ネオニコチノイドの種子処理の禁止へと導くことに至った。イタリア政府はフランスやドイツにならい、クロチアニジン、チアメトキサム、イミダクロプリドによるトウモロコシの種子処理を禁止にした背景には、こうした養蜂家たちの動きがあった。今ではネオニコチノイドで処理しない種をまいているが、ミツバチは巣箱で元気に暮らしている。ミツバチが復活したのだ!

EUの対応

   2008年、欧州の1360万のミツバチ群のおよそ30%が死滅し、スロベニアで50%、ドイツ南西部でなんと80%にも達していた。しかしEUでは2007年に、大幅な有機リン系農薬の規制をしたばかりであり、その代わりとして期待されて登場したのがこのネオニコチノイドであったことで、簡単に規制はできなかったようだ。そしてEUは、2008年9月、欧州委員会・消費者保護総局長は、イミダクロプリドのレポートを発表し、認可を決定した。だがその認可には裏があり、そこで出されたEU指令の結論は、全て主なデータの提供者バイエル社によって提案、支持されたものであるとそこには記載されていた。

   その内容とは、「イミダクロプリドの散布の扱いに関しては、適切な防除と装備が必要で、その点に注意するならば許容できないほどの環境への影響は存在しないはずだ」とし、「不適切な使用で悪影響が生じても責任は負えない」という主旨であった。そしてEUは、世界の農薬市場を席巻する農薬多国籍企業バイエル社の要求をそのまま受け入れ、言われるままにイミダクロプリドを”適切に使用すれば安全である”として指令を出していたのである。

イギリスの市民団体がEUの農薬指令を批判

   一方、イギリスでは2009年、いくつかの市民団体が、EUのイミダクロプリドに関する指令を批判する報告書を作成した。そしてEUの農業規制や認可プロセスが適切かどうかの検証を詳細に試みた。その結果明らかになったことは、バイエル社による試験研究結果と、独立した研究試験結果とが大きく食い違っていたことである。そしてEUの農薬認可の判断の基礎として利用されたのが、バイエル社の2005年度のドラフト評価報告だった。

   EUもまた、怪物のような農薬多国籍企業に呑み込まれており、自立した判断すらできない存在になっていたのだ。独立した機関の出した研究結果はどこも、イミダクロプリドの深刻な悪い影響の証拠を示した。そして当然、バイエル社の研究にはイミダクロプリドの悪影響は示されていなかった。

中国、台湾

   2007年、台湾では1000万匹のミツバチ死滅が報告されたが、中国でも2004年には広東省で突然のミツバチの大量死が起き、ある地域では養蜂場がミツバチ数万匹以上の死骸に覆われたと報道した。

   2005年、中国から帰国した熱帯アジアのイネ研究の第一人者である農水省の寒川一成氏は、「1990年代前半から、中国におけるネオニコチノイド系殺虫剤イミダクロプリドとフィプロニルの頻繁な使用が、イネの害虫ウンカ類に薬剤抵抗性を引き起こし、ウンカの大発生を導いている。この農薬は東南アジアを広く移動するトビイロウンカにはすでに効果がなく、2005年以降の中国でのウンカの大発生は、すでに日本にも波及している」と述べた。


        もうひとつの安全神話
    book『新農薬 ネオニコチノイドが日本を脅かす』 水野玲子著
                     七つ森書館


                           抜粋

・ネオニコチノイドの毒性を知りながら規制しない米国政府 ④

   米国におけるミツバチ大量死の始まりは、2006年11月だった。
   フロリダの養蜂家デイブ・ハッケンバーグが、3000箱以上の巣箱のうち2000箱の巣箱を失ったと農務省へ電話したことからこの問題が発覚した。この年に全米22州以上の州で被害が確認され、この現象はCCD(蜂群崩壊症候群)と名づけられた。この年、全米の養蜂家の約4分の1がミツバチの大量失踪を経験し、巣箱の3割以上が全滅した。

   そして翌年も同様の現象が米国東部で発生し、CCDは前年を上回る規模で拡大した。この間、米国養蜂家調査連盟と農務省のミツバチ研究所は、大規模な調査を続けていたが、ミツバチの冬季死亡率は変わらなかった。

   それから4年目の2010年3月、農務省の農業研究サービスの研究者は、ミツバチが集めた花粉や蜜、巣板から合計200種類の農薬とその代謝物を検出していた。それにより、ミツバチを取り巻く環境は、信じられないほど多くの化学物質に汚染されていたことが判明したのだった。

米国環境保護庁はネオニコチノイドの毒性を知っている

   農薬企業を手厚く保護し、新しい農薬の危険性をできる限り隠しておきたいとする米国政府の対応も、そろそろ限界に来ていた。そして米国内でこれまで隠されてきたネオニコチノイドの危険性を示す農務省の研究結果が漏洩し、イギリスの「インディペンデント」紙から報道された。

   同紙は2011年1月20日に、米国農務省のミツバチ研究所のジェフ・ペティス博士や、エンゲルス・ドープ博士により、すでに2年前にイミダクロプリドがミツバチを弱体化させるという研究結果を出していたにもかかわらず、それが米国内で発表されていなかったことを報じた。

   博士たちの実験結果は『ミツバチの不思議な失踪』という映画に制作され、この映画はヨーロッパでは広く上映されたが、米国内ではわずかしか上映されなかった。「農薬イミダクロプリドにほんの微量でも触れたミツバチは、病気になる。それが野外で起きているミツバチ減少傾向に関係している」ということが実験結果から明らかになっており、そうした「インディペンデント」紙の暴露にもかかわらず、米国政府は沈黙を続けていた。

   やはりミツバチ死滅の原因は、抵抗力を奪ってしまう新農薬にあったのだ。
   米国でなかなか発表されなかったイミダクロプリドの危険性を示す研究結果はイギリスで報道され、フランスの研究者によって再検証された。こうしてネオニコチノイドの危険性が、世界中に表面化することになった。

   実は前年にも米国政府が長い間隠し続けてきた、農薬毒性情報がリークされて社会問題化しており、市民団体がそのために国に圧力をかけていたのだった。それは2010年11月、環境保護庁のクロチアニジンに関するメモがウィキ・リークスを通して漏洩し、これまで隠されてきたネオニコチノイド問題がにわかに表面化したことだった。それはクロチアニジンのいい加減な毒性実験による結果だった。

   これを知った養蜂家たちの怒りは頂点に達しており、リークされたメモを引用して環境保護団体などと結束し、環境保護庁に対しCDCに関連する可能性のある農薬の使用中止を求めた。ヨーロッパではすでにミツバチ大量死の原因として疑われていたクロチアニジンだけでなく、イミダクロプリドなどのネオニコチノイドの危険性に焦点が当てられており、2004年にはこの薬剤によるヒマワリやトウモロコシの種子処理が禁止されていた。

クリントン政権とブッシュ政権が農薬規制緩和を推し進めた

   だが米国の状況は違っていた。
   クリントン政権下では、逆にこれまで禁止されていた多くの農薬が認可され、その中には当然イミダクロプリドも入っていた。またそれに続く2001年から2009年のブッシュ政権下では、農薬に関する規制が大幅に緩和されて、より一層、農薬の使用が拡大されていった。環境保護庁では、そうした農薬による種子処理を、条件付き登録とした。

   そして再度ウィキ・リークスは、2012年1月、彼らにとって都合の悪い事実を曝露した。それは101ページに及ぶ環境保護庁のメモの漏洩であり、環境保護庁の科学者たちでさえクロチアニジンの危険性を警告していたのに、それを無視してその農薬の流通拡大が許されていた事実の発覚だった。

   クロチアニジンは、ドイツ、フランス、イタリア、スロベニアでは禁止されているのだ。
   それなのにどうして米国では許可されているのか? このような状況の中で、日本の状況はどうなのか? 明らかな状況があるにもかかわらず、こうした毒性の農薬を多用し、しかも日本の科学者たちは反対意見の表明さえ行なっていないのではないか?

   米国における条件付き農薬登録が持つ、仕組みの抜け穴は以前から指摘されていた。それは企業がヒトなどへのデータを充分そろえられなくても、販売許可を企業に与えるものだった。そして米国で現在使用されている農薬の約3分の2が、こうした条件付きの登録だったのだ。

   米国有数の環境保護活動グループと自然資源保護審議会によれば、現在製品登録されている農薬1万6000の内、68%が条件付き登録であり、そのうち8200の農薬が、再度条件付きで登録が延長されているという。そしてそれを米国の大多数の人々は、確かな毒性試験を通過して安全な農薬が登録されて使用されていると信じているのだ。

   したがって問題のネオニコチノイドについても、農薬登録の評価が正しいものだったかの最検証を迫られるのは当然の成り行きだった。人々は怒っており、2008年にはこの農薬の危険性を疑う人々の1万2000以上のコメントが環境保護庁に寄せられた。そして連邦政府のこの問題の対応の遅さに業を煮やしたカリフォルニア州では、2009年12月、アーノルド・シュワルツネッガー知事の下で、農薬規制局はネオニコチノイド系ニトログアニジン殺虫剤に含まれる、化学物質の評価をやり直す決定をした。

   その根拠は2008年に農薬規制局に届いた、イミダクロプリドが及ぼす有害な影響の資料だった。イミダクロプリドは土壌に長期間残留すること、つまり翌年新しく農薬をまく必要がないほど十分に害虫を殺せるほど高い値だったことと、残留濃度は時間とともに高くなっていくこと、そしてイミダクロプリドの花粉や蜜への残留レベルが予想以上に高濃度であったことだ。そこには連邦殺虫剤、殺菌剤、殺鼠剤法、食品法、農業法の在り方を問い直す内容のデータが揃っていた。

   しかし環境保護庁は、ミツバチに強い毒性を示すことは認めたが、慢性的な影響はわからないとして規制への動きを見せなかった。そして2011年9月、カリフォルニア州の動きに対し、バイエル社は自発的にアーモンドに対してイミダクロプリドの使用を自粛すると表明した。それは再度アーモンドへの残留試験をして高い濃度が判明するよりは、自粛する態度が賢明だと判断したのだ。それはバイエル社にとって大した問題ではなく、つまりイミダクロプリドを使用できる農作物はアーモンドだけでなく、他にいくらでもあるのだ。

農薬企業の多額の寄付に縛られる政府と研究所や大学

   米国におけるネオニコチノイド規制の遅れの原因として、農薬企業と政府の癒着がある。企業から米国議会への寄付は毎年多額にのぼり、2006年の農薬多国籍企業(バイエル社など)の米国議会への寄付金は、化学工業会の8倍を超える5000万ドルにも上った。議会報告によれば何千万ドルという寄付が、農薬企業から大学や研究所だけでなくロビー活動に使われている。つまりこの国の大学でさえが、企業とのこうしたしがらみで身動きが取れない状態にあるのだ。

   こうした農薬企業の暗躍は、当然、ネオニコチノイドの代表格のイミダクロプリドに対する政府の規制にも影響していた。1985年にバイエル社がイミダクロプリドを開発したが、人間には影響がないと説明し、低毒性を掲げてこの農薬を国中に広げるのに一役買ったのが、ブッシュ政権下の環境保護庁だった。環境保護庁は2005年、イミダクロプリドに関しては毒性の環境試験は必要ないとし、連邦登録局は例外的にイミダクロプリドに緊急認可を与えた。

   こうして毒性試験を免除されたネオニコチノイド系のイミダクロプリドは、販売が国によって保証され、次々に多くの農作物に許可されて各州へ広がっていった。米国の研究者や養蜂家たちは、CCD(蜂群崩壊症候群)にはネオニコチノイド農薬、中でもイミダクロプリドが主犯であると信じていた。

   そして政府や学者たちの煮え切らない態度に見切りをつけ、米国最大の自然保護団体であるシエラ・クラブは、環境保護庁に対し、ネオニコチノイド系農薬の禁止を求める要望書を提出した。その結論は、「米国のミツバチに対し、何の被害も及ぼさないという科学的証拠を入手するまでは、ニコチン系殺虫剤の使用をただちに禁止すべきである」とした。


        もうひとつの安全神話
     book『新農薬 ネオニコチノイドが日本を脅かす』 水野玲子著
                      七つ森書館


                           抜粋 

 

 

・洗っても落ちない「浸透性農薬の毒性」 ③

   もしあなたが家庭菜園を始めることにし、トマトの苗を買ったとしよう。
   しかしその苗はすでに、ネオニコチノイド農薬のモスピラン(成分名:アセタミプリド)ベストガード(成分名:ニテンピラム)などでほとんど処理されていることが多い。つまりすでに充分殺虫、殺菌済みということだ。だから庭先に植えても虫が寄り付かず、手間も省けて楽に家庭菜園で収穫ができる。

   それだけではなく、観葉植物や切花やガーデニングも例外ではない。
   そのきれいな花には殺虫剤のアクタラ(成分名:チアメトキサム)アドマイアー(成分名:オミダクロプリド)が使用されていることが多い。ガーデニングのためには、ネオニコチノイド系殺虫剤の、たとえばダントツ粒剤が推奨されている。

   ペットを飼っている人であれば、ペットのノミやダニにフロントライン(成分名:フィプロニル)をたらす人がいるだろう。一方で、農林水産省の動物医薬品副作用情報のページには、ネオニコチノイド系薬剤のアドバンテージ(成分名:イミダクロプリド)や、フロントラインによる犬猫の死亡例が多く掲載されている。米国でも、犬猫のアドバンテージやフロントラインによる多くの死亡が確認されており、動物愛護協会はこの薬剤の副作用を疑っている。

   ネオニコチノイドは、今ではほとんどすべての農作物に使用されている。
   それは米や野菜だけでなく、ミカンやブドウなどほとんどの果物にこの農薬が使用されており、毒性の作物残留試験の結果が詳しく記されている。しかも、日本の農薬残留基準(149ページ参照)はきわめてゆるい。それはその結果が流通の妨げにならないように、規制が限りなく甘く設定されているからなのだ。(P.47に、ネオニコチノイドを用いた松枯れ防除、イネ殺虫剤、シロアリ駆除、ガーデニング用家庭用殺虫剤や、ペットののみ取りなどの商品名が記載されている)

   そして野菜栽培には、ネオニコチノイドだけでなく多くの薬剤が絶え間なく使用される。収穫までの間に、別系統の殺菌剤や殺虫剤を7~8種類も使用することになっている。その農薬防除暦に書かれている農薬の数を見ると、私たちが食べているのは野菜ではなくて、実は農薬だったのではないかと思うほどだ。こうした農薬漬けの野菜を食べたくなければ自分で作るしかない。しかし、海外ではネオニコチノイドによる種子処理が盛んに行なわれているので、輸入された種子がすでにネオニコチノイド漬けになっている可能性はある。

   ネオニコチノイドフィプロニルは、ゴキブリ退治やコバエ退治、シロアリ駆除にも使われており、フランスではフィプロニルがミツバチの大量死の原因とされて禁止されたが、フィプロニルの効き目はそれほど強力なのだ。かつて住宅用のシロアリ駆除剤として使用されてきた有機リン剤クロルピリホスは、その危険性が指摘されて使用自粛となったが、米国ではすでにヒトの先天異常との関係が報告され、2011年にはクロルピリホスが7歳児の神経発達スコアーに悪影響を及ぼすとする論文が発表された。そのシロアリ駆除剤が、今やネオニコチノイド剤に切り替えられ始めている。


ネオニコチノイド系殺虫剤は日本人によって開発された

   世界に広がったネオニコチノイド系殺虫剤の開発には、実は日本人が深く関わっていた。イミダクロプリドは1978年、シェル化学グループが開発した殺虫剤を、日本特殊農業製造(現在の日本バイエルアグロケム社)が改良して新農薬として世に出したが、それを開発したのは日本人だった。そして2010年、アメリカ化学会が、イミダクロプリドを作り出した利部伸三に対し農薬化学研究賞を授与した。

   その他にも、ニテンピラム(武田薬品)、アセタミプリド(日本曹達)も日本で開発され、ドイツで5億匹ものミツバチを死滅させ、日本でも大量のミツバチを絶滅させたと疑われているクロチアニジンも、日本人の手により住化武田農薬(旧武田薬品工業)が開発した殺虫剤だった。全世界の農業と食料需給を左右するポリネーターのミツバチの減少という一大事に、こうした形で私たち日本人が深く関っていたのである。

   開発当初は夢の新農薬として有機塩素系農薬の代表格DDTだったが、その数十年後にはその強い毒性が明らかにされた。DDTを発見した学者はノーベル生理学・医学賞を与えられたが、その後DDTなどの有機塩素系農薬は環境に残留し、生物に濃縮されることがわかり、1970年代に日本をはじめ各国で製造・使用が禁止された。その後に登場した有機リン系農薬も絶賛されて全世界に広まったが、2007年には一転して危険な農薬という理由でEUではほとんど禁止となった。

   しかし日本ではまだ、有機リン系農薬ですら、そのほとんどが禁止にさえなっていない。そして新農薬とされるネオニコチノイドは、まだ日本各地で”弱毒性”との宣伝を受けて讃えられ、しかも減農薬推進のために歓迎されている真最中なのだ。

昆虫と人間の神経は、実は基本的に同じもの

   基本的に人も昆虫も、神経伝達物質といわれるアセチルコリンやグルタミン酸などが必要であり、神経系の基本は同じである。にもかかわらずこれまでの農薬の研究は、いかにして人ではなく虫だけの神経系を攻撃するかに絞られてきた。そして有機リン系農薬が登場して40年あまりを経た今になってやっと、この農薬が影響したのは虫だけではなかったことがわかってきた。

   化学物質の影響を受けやすいのが、乳幼児や胎児である。
   そして子どもの神経と発達に、有機リン農薬の及ぼした悪影響の証拠が発表された。米国の権威ある小児科雑誌(Pediatrics)は2010年6月、低レベルであっても尿から有機リン系農薬が、より多く検出された子どもはADHDになりやすいという論文を掲載した。

   化学物質が生体内に入って変化することを「代謝」というが、それによって毒性が逆転することがある。かつて中国餃子による食中毒騒ぎがあったが、そのときに問題となったのがメタミドホスという物質で、これは有機リン系農薬アセフェートの一つの代謝産物だった。つまり餃子を食べて体内に入った後、それがより強力な物質に変化して体内に影響したのである。

   そして強力な農薬ネオニコチノイドの毒性(P.61の表参照)が起こす、代謝の不安は計り知れない。たとえば代謝産物の一つデニストロイミダクロプリドではそれが体内に入ったとき、その毒性は昆虫よりも哺乳類においてかえって高くなり、ごく微量であっても神経伝達を阻害する。(P.62参照) つまり選択毒性が逆転し、人間の体内に入ると毒性が大きくなるということなのだ。

   これほど重大な事実が、私たち国民にはまったく知らされていないのである。
   「昆虫は殺すが人には安全」などということはあり得ず、農薬企業の説明を鵜呑みにした行政や農業関係者だけでなく、私たちはあまりにも簡単に騙されてしまったのではないか?

洗っても落ちないネオニコチノイド農薬の毒性

   日本ではまだほとんど知られてはいないことに、”浸透性農薬”(Systemic Insecticides)があるが、これは何か。つまり農薬の浸透移行性のことで、農薬が根や葉から吸収されて作物全体に広がる性質のことだ。だからもし毒性が強い場合、作物のどこを食べても昆虫が死ぬ可能性がある。また浸透移行性が強い殺虫剤は水に溶けやすい。

   そして従来使用されてきた浸透性を持たない殺虫剤の多くは、雨などによって少しずつ落ちる。しかしこの浸透性農薬はそうではなく、ひとたび作物全体に内部から浸みわたってしまうと、その影響は長時間持続し、「洗っても落ちない」。

   2006年度の奈良県保険環境研究センター年報によると、さまざまな農薬が使用されている市販のイチゴを、30秒間かけて2回洗浄して農薬除去率を調べたが、5種類の殺菌剤はその除去率が30%を超えたのに対し、ネオニコチノイドのアセタミプリドはわずか1・7%しか洗っても取れなかった。この実験結果を見ると、”洗っても取れないネオニコチノイド”というのは本当のようだ。

   そして日本で登録されている7種類のネオニコチノイド農薬、フェニルピラゾール系フィプロニル有機リン系アセフェートなどもすべて浸透性農薬といわれるものである。この農薬の浸透性の性質が、これまで考えられなかった被害を、昆虫だけでなくすべての生き物や人間にまで及ぼし始めているのだ。

   この浸透性により、ミツバチが死んだ可能性が疑われている。
   フランスやドイツなど多くのヨーロッパ諸国で、ヒマワリやナタネ、トウモロコシの種子をネオニコチノイドでコーティング(処理)し、その種を蒔いた直後に、各地でミツバチの大量死が起きたことが人々を恐怖に陥れた。そしてフランスやイタリアでは原因究明に多くの研究が行なわれた。

   ギロラミ博士による論文『ネオニコチノイド農薬によって種子殺菌された種から染み出る水滴:新しいミツバチ中毒』(2009)より
   「(略)ネオニコチノイド農薬によって種子処理された種から、想定外の高い濃度のこの農薬が作物全体に浸透していた。トウモロコシの葉の先端から染み出る水滴は、夜間に葉に滴(したた)った大気中の露滴ではない。そこには根から吸い上げられ葉や花まで到達した水滴の中に、ミツバチが数分で死滅するほどの高い濃度のネオニコチノイドが残留していることが明らかになった。(略)」

   このイタリアの研究結果による科学的証拠の情報は、またたく間に世界中に広まった。日本の専門家も浸透性農薬の危険性に気づいていた。国土の7%が水田の日本で、農薬の約40%は水田で使用される。今日、全国の田んぼでは、浸透性農薬のイミダクロプリドフィプロニルが猛威を振るい、田んぼに生息する生物を全滅させる勢いである。

   そして赤トンボなどの調査研究が行なわれ、水田水面のイミダクロプリドフィプロニルの動態を調査したところ、赤トンボの代表アキアカネはこの殺虫剤の影響で高い死亡率を示し、特にフィプロニルは48時間後の死亡率が100%だった。

   こうしてトンボの幼虫はこの農薬で完全に消されてしまった。
   トンボはクモとともに、水田内の害虫密度を抑制する役割を持つ「捕食性天敵」といわれる大切な存在だが、こうした昆虫を絶滅させてしまう農薬が何の疑いもなく日本全国で使用されているのだ。フィプロニルの国内出荷量は、1996年から10年間で約10倍に増加した。それはお米だけでなく、さまざまな殺虫剤、ゴキブリ退治、ペットののみ・ダニ取りなどで家庭内でも多く用いられている。


       もうひとつの安全神話
    book『新農薬ネオニコチノイドが日本を脅かす』 水野玲子著
                     七つ森書館


                          抜粋
   
   
   

・ネオニコチノイドの毒が生命を蝕み始めている ②

   その始まりは2003年の熊本県だった。
   5月に玉名地区では、ミカン畑にネオニコチノイド系農薬”ダントツ”が散布されたが、4つの地区のミツバチが大量に被害を受け、1900群のミツバチが絶滅していた。

   2005年の岩手県では、ミツバチ被害の起きる直前に、水稲のカメムシ駆除剤として”ダントツ粉剤 DL”が散布されたが、実はこの年から岩手県では、稲の農薬防除暦に”ダントツ”が記載されて広く使用が始まっていたのだ。この時、県医薬品衛生検査センターが分析した結果、ミツバチの死骸からクロチアニジンが検出された。こうしてミツバチの大量死は、ネオニコチノイド系農薬の”ダントツ”の影響であることがわかり、JA全農岩手県本部と県農薬卸商業共同組合が見舞金を県養蜂組合に支払った。

   岩手県へのクロチアニジンの出荷量は2007年には全国2位であり、第1位は北海道だった。しかしミツバチ被害を受けたからか、2010年にはそれに代わるネオニコチノイド薬剤ジノテフランの出荷がクロチアニジンの10倍近くに増加した。

   2010年、兵庫県の丹波地方の養蜂農家でミツバチの大量失踪が起きた。
   山内秀樹さんによると、120群いた越冬用のミツバチがほとんどいなくなった。しかも巣箱周辺にはハチの死骸もなく、餌となる蜜も豊富に残ったままで、まさに蒸発、失踪状態だった。山内さんは、昆虫の神経に作用するネオニコチノイド系農薬の影響を疑った。というのは、松くい虫防除やイネの害虫防除のために、最近では山でネオニコチノイド系農薬が使用されるようになっていたからだ。

   県丹波農林振興事務所によると、マツクイムシ防除の薬剤は、2008年に島根県出雲市で有機リン酸系農薬スミパインMCが、空中散布されて健康被害が発生して以降、ネオニコチノイド系薬剤に切り替えられたという。ミツバチ研究の大家である大谷剛氏(県立大自然環境科学研究所)は、「ネオニコチノイド系はハチの脳に作用する。失踪は農薬が根本的な原因」と推測している。

   これほどの被害が全国的に起きているなかで、農林水産省は農作物の受粉に大切な役割を果たしているミツバチの減少が、日本の食糧生産にもたらす影響について、真剣に取り組むべきではないだろうか? 全国の養蜂家は、「農薬散布のときにはミツバチを避難させてください」というような、農林省の一時しのぎ的な指導にはっきりと抗議するべきである。

ネオニコチノイドの毒が人間をむしばみ始めている

   2008年6月のある日、長野県上田市で保育園を経営している田口操さんは、園の子どもたちの様子が、明らかにいつもと違うことに気づいた。いつもなら普通に行動できる子どもたちが、急に落ち着きがなくなって大声を出し同じところを走り回った。10人いた園児のほとんどが腹痛や頭痛を訴え、大混乱となった。そして園長の田口さん自身も、この日は頭がぐるぐる回るような不快感を覚えた。そのとき近隣では、ヘリコプターによる農薬の空中散布が行なわれており、その直後のことだったのである。

   その時、上田市では松枯れ対策の空中散布として、例年使用されてきた有機リン酸剤に代わり、ネオニコチノイド系アセタリプリドを含む「マツグリーン液剤2」が、無人ヘリコプターで散布されていた。また同時に別の地区では、有機リン剤「スミパインMC」が有人ヘリで散布されていた。つまり子どもたちの頭上のはるか彼方から、農薬が風で運ばれて降り注いでいたのだ。

   空から降り注ぐ農薬で苦しんでいる人は全国各地にいる。
   龍ヶ崎市の仲村智代さんはこの17年間、「農薬の空中散布をやめて欲しい」と空中散布防除協会を何度も訪れて訴え続け、たった1人で戦ってきた。署名も集めて市に嘆願したが、事態はまったく改善しなかった。

   2008年の夏、空中散布のヘリコプターの音が響いた直後、仲村さんの娘の体調が急に悪化し、家の中に倒れこんだ。娘は激しい手足のしびれと頭を締め付ける激痛を訴え、救急車で病院に運ばれて集中治療室に入れられた。脈が途切れるようになり命の危険な状態が何日も続いた。この時担当の医師は、農薬防除協会に電話して散布された農薬剤を調べ、「農薬中毒」と診断した。

   仲村さんは娘の診断書を持って空中散布防除協会を訪れ、再び農薬散布中止を訴えた。ところがこともあろうに、防除協会の担当者は「農薬は飲んでも死なない。あと2年は散布を続ける」と言った。こうした野蛮な行為がまだ日本の各地では行なわれている。

   例年のように春から夏にかけて、家庭で行なわれるガーデニングだけでなく、農作物への殺虫剤や殺菌剤、除草散布が行なわれるが、それによる健康被害の患者が急増する。群馬県前橋市の青山内科小児科医院でもその時期になると連日、農薬中毒と見られる患者であふれていたが、2004年の春はいつもとは明らかに違っていた。

   従来では有機リン系殺虫剤散布後には、頭痛や吐き気、めまいの患者が普通だったが、この年はそのほかに胸の痛みや胸の苦しさ、動悸を訴える人や、心電図に異常が見られる患者が急増していた。中には重症の農薬中毒と見られる患者も大勢いた。いったい何が起きていたのだろうか? これまでの有機リンの解毒剤として使用してきた薬剤がまったく効かない患者が現れたのだ。実は見えないところで、とんでもない方式でネオニコチノイド散布が始まっていたのだ。

   反農薬東京グループの情報によると、2003年から群馬県では、スーパースパウダーという大型扇風機によるネオニコチノイド系農薬(マツグリーン液剤2:成分名アセタミプリド)の松林への散布が始まっていた。それは長年散布されてきた有機リン剤に代わる新しい薬剤の散布実験である。それは県内十数か所で実施されていたが、翌2004年、2005年にはこの薬剤が住宅地域近くの公園などで大量散布を始めていたのである。

   青山病院のこの年の患者の急増と、それまで見られなかった症状は、この時の散布実験と符号する。この新農薬ネオニコチノイドの地上散布実験が、周辺住民にどれほどの深刻な健康被害をもたらしたのか、ほとんど誰にも知られることはなかったのだ。

ナチス・ドイツの毒ガスが農薬として使用されている

   戦争中に塩素ガスを化学兵器として使用したのを皮切りに、有機塩素系農薬が使用されるようになった。つまり、その有機リン剤を戦争中にナチス・ドイツが毒ガスとして開発したものが第二次世界大戦後に転用され、それが現在、農薬として使用され始めたのである。

   1960年代を中心に、世界各国で使用されたDDTなどの有機塩素系農薬は、その後危険性が明らかになったことで、有機リン系農薬に取って代わられた。そして1970年代から80年代にかけて、有機リン、カーバメート、ピレスロイドの3種類の農薬が世界の殺虫剤市場の8割を独占し続けた。特に有機リン系農薬は、人体の神経伝達物質アセチルコリン分解酵素を阻害するとしてその神経毒性が指摘されたが、にもかかわらず農薬の世界で長く君臨し続けた。

   1990年代に入り、新しいタイプの農薬が登場したが、それがネオニコチノイド農薬だった。中でも「イミダクロプリド」は1998には6億USドルと世界最大の売り上げを記録し、2000年時点では76ヶ国で登録されている。そして2010年現在、この新しい農薬は、世界各地でミツバチ大量死を引き起こし、それだけでなくさまざまな生物の激減という恐るべき事態を引き起こしながら、世界の農薬市場を席巻(せっけん)することになった。

   日本では90年代初頭に販売されるようになり、新農薬ネオニコチノイドは瞬(またた)く間に国内に広まった。しかもネオニコチノイドは「弱毒性」「害虫は殺すが人間には安全」「少量で効果が持続」するという、農薬企業や農協の宣伝を多くの人が信じて鵜呑みにした。生協でさえがそれを疑うことなく、有機リンからネオニコチノイドへの切り替えを生産者に働きかけた。

   こうして私たちのほとんどが知らないうちに、ネオニコチノイド安全神話は独り歩きし始めた。そして20年後の今日、気づいた時には、ほとんどの野菜や果物、家の中のゴキブリ駆除剤や住宅建材、あらゆる殺虫剤や森林の松枯れ防除剤に至るまで、私たちの日常生活はネオニコチノイドで溢れかえってしまった。


         もうひとつの安全神話
    book『新農薬 ネオニコチノイドが日本を脅かす』 水野玲子著
                   七つ森書館


                        抜粋
   
   

・無色無臭の新農薬:毒物ネオニコチノイドの恐怖 ①

   原発の安全神話は、福島第一原発事故でもろくも崩壊したが、もう一つ私たちが知らないうちに、安全キャンペーンに騙されて、私たち日本人の未来を危うくしている問題がある。それが一般には知られていない「ネオニコチノイド系農薬」のことである。

   この農薬は放射性物質のように目にも見えず、臭いもない。
   そのためにどれほどこの毒物が日本の野山を覆い尽くし、農作物を汚染していても誰も気づかない。しかもそのために今では、この目に見えない毒物が米や野菜などほとんどの食べ物だけでなく、住宅建材や家庭菜園、ペットたちにまで及んでおり、すでに私たち日本人の生活の隅々にまで浸透しているのだ。しかしそれの及ぼす計り知れない影響が現れるのは、おそらく数十年先だろう。

ミツバチやトンボ、スズメがいなくなった

   こうしている間にも、ミツバチやトンボなどの昆虫や、昔ならどこにでもいたスズメや野鳥たちが、時とともに姿を消してきており、それはさらに加速して生態系崩壊の進行は止まらない。

   農薬メーカーの宣伝や農林水産省の官僚たちによって作られた「ネオニコチノイド安全神話」の、この毒を弱毒性とし、害虫は殺すが人には安全とする説がまかり通り、このとんでもない毒の流通を強力に推し進めている。しかし事態はネオニコチノイドの被害にあふれているにもかかわらず、私たち国民の無知と無関心のゆえに、この農薬の大量使用が引き起こす現実が放置され続けている。

   2010年夏、今年もまた広大な北海道の大地で、ミツバチの大量死が起こった。
   それは7月末に、水田のカメムシ防除のために行なわれた農薬散布の翌日に、羽佐田康幸さんの蜂場の50群のミツバチの約4分の3が死んだのだ。本来ならば数百万匹いるはずのミツバチの死臭が、辺り一面を覆い尽くしむせかえった。

   この地で壮絶なミツバチの大量死が起きはじめてからすでに9年が経っており、それはいつも、水田のカメムシ防除のために行なわれる農薬散布の後に起きていた。原因はネオニコチノイド「ダントツ」(成分名:クロチアニジン)以外には考えられないのだ。

   翌年の2011年にも北海道では相変わらず、各地でミツバチの大量死が続いていた。農薬にやられて激減した働きバチは蜜や花粉を集められず、弱体化したミツバチ群は冬の寒さを超えることができなかった。しかし北海道養蜂協会や畜産課は、それでも以前と何ら変わらず同じように、「ミツバチ被害が出ないように水田地帯から逃げてください」という指導を繰り返すだけだった。

   ミツバチの大量死は北海道だけでなく、岩手県から長崎県の日本全国の養蜂家のミツバチに起きており、それが「ダントツ」(ネオニコチノイド)の使用が奨励され始めた年から起きていた。

   佐世保の養蜂家久志富士男さんは、昨年まで100群もいたミツバチのほとんどを失い、4群しか残らなかった。彼は「ミツバチが消滅しただけでなく、スズメを見ることがなくなり、虫たちがいなくなった」と言っていた。毎年、水田に仕掛けられたバーンという”ガス鉄砲”の音もまったく聞こえない。スズメがいなくなったので追い払う必要がなくなったのだ。水田も畑も生き物の気配がまったく感じられず、それは水田に撒かれた”ダントツ”が原因に違いないと思われた。養蜂場近くの野山は気味悪いほど静まり返っており、これが”沈黙の春”というものなのか。

   この事態を何とかすべく、久志さんは佐世保の若者たちとグループを組織し、”ダントツ”の使用禁止を訴え、長崎県庁に対策を求め、全国に先立って長崎県北3地域で”ダントツ”の使用自粛が決められた。

   長崎県の離島、壱岐島に住む冨山一子さんは、2008年の6月に起きたミツバチの
異変を体験した。冨山さんのミツバチたちは家のすぐ裏の菊畑から巣に戻って来たが、ハチたちが突然大量死したのだ。ハチたちはボタボタ空から落ちてきて、巣箱に帰り着く前に地面に落ちて苦しんでのたうち回った。そうした大量死が3日間続いた。家で飼っていた養鶏たちも2羽がこのとき苦しみながら死んだ。

   冨山さんは何が起きたのかわからなかったが、実はその近くではホースで水のようなものを散布しており、それが農薬だとは知らなかった。そして富山さんは当時常に体調が悪く、その原因は農薬散布ではないかと思った。それで後日、農協を通して散布中止を訴えたが、そのとき撒かれていたのが、有機リン系農薬と新しく出回り始めたネオニコチノイド系農薬だったのだ。

   2009年、神奈川県三浦大根の産地でも、その前年からミツバチの異常事態が発生していたことが発覚した。4月10日の「タウンニュース横須賀版」によると、2箇所ある関正喜さんの養蜂場で前年の夏にミツバチが大量死した。しかも9割以上の働きバチが帰ってこなかったのだ。

   関さんは言っている。「この冬を越せたのは80群のうちわずか5群だった。これまで40年以上ミツバチを育ててきて、こんなことは始めてだった。6月のある雨の日、ハチが大量に死んでいるのを見て、とっさに思ったのは、おそらくミカンの消毒にやられたに違いないということだった。急いで巣箱を閉め、残っているハチを助けるためにトラックに積んで安全な場所に運んだ。この時は1日だけでミツバチが何万匹死んだかわからないほどだった」

   この年、三浦半島全体で、260群がほぼ全滅した。
   この地域では、ミカン栽培に熱心な農家ほどよく消毒をする。以前は、何回消毒をしたというのが自慢になるほどであり、薬は多く撒けば撒くほどよいという考えが農家にすでに浸透していた。だから殺虫剤や除草剤、土壌改良剤などをたんまり撒く。

2億匹のミツバチがたった1年で全滅した

   あとどれだけミツバチが死滅すれば日本人は気づくのだろうか?
   あとどれだけトンボやスズメが絶滅したら、私たちは自覚するのだろうか? 日本各地でミツバチが謎の死をとげ始めてから、もう8年になる。この生命の大量破壊者は誰なのだろうか? 

   日本養蜂はちみつ協会によると、2009年の全国における農薬によるミツバチ被害は1万1553群(1群は2万~4万匹)、その前年の2008年には1万659群、2011年になっても全国で8352群が農薬の被害で死滅した。

政府や学会の発表の裏にあるものは何か?

   一方、2011年2月に東京で、「ネオニコチノイド農薬」をテーマとした環境ホルモン学会が開催された。しかしその講演会資料には、「わが国の飼育ミツバチ群数は、ここ数年ほとんど変化していない。長いスパンで見ると右肩下がりであるが、これは農業と同様、従事者の高齢化、後継者不足などが原因でミツバチの飼育群数が減ったことによることが大きい」(農林水産省畜産草地研究所 木村澄氏)と記されている。

   これは学界という場で、日本のミツバチ群には何も目立った異変などは起きていないと、研究者たちを通して人々に感じさせる報告だった。

   新農薬の被害は日本だけではなかった。
   2009年4月、ロイター通信は「ヨーロッパの養蜂産業はあと10年で壊滅する。それはミツバチが殺虫剤や農薬を使った集約農業の犠牲になっているためだ」と報じた。それでも日本のミツバチだけは別で、そこには何の異変も起きていなかったというのだろうか?



    book『新農薬”ネオニコチノイド”が日本を脅かす』 水野玲子著  
                    七つ森書館

                     

                          抜粋
   
   
   

・「もうこの世界での体験は終わりだ」と言うとき

   生まれ変わるのは確かに真実です。
   ではなぜここに戻って来るのでしょうか? それは”戻って来たい”からです。あなたは自分をここに戻るようにさせる何らかの命令を、つまり追い出されて肉体をまとい、産道を通る苦労や周りの人々の自我に完全に依存するという苦労を、ただ繰り返すように強制させられたと思っているのですか?

   そこには決して、あなたを送り出した宣告などありませんでした。
   なぜなら、あなたの意志に反することをさせられる人は誰1人いないからです。ここに戻ろうと決心したのは、あなたです。あなたが再び、この次元で自分を表現したいと望んだのです。

   ですからもしあなたが、今のみじめな状況を誰かのせいにしようとするならば、自分の目でしっかりと見据えなければなりません。なぜなら自分の喜びも悲しみも、自分の存在も、あるいは素晴らしき人生も、すべてはあなたに自身にその責任があるからです。本当にすべての人々が、実際、もうこの事実を知るべき時期にきています。

   この地上界に生まれ変わることを強いられる人は誰もいません。
   ただ、気の遠くなるほど長い間、この地上に繰り返しやって来て生きていると、人間はこの在り方が存在のすべてだと思い初めてしまうのです。つまり肉体の死で身体を失って感情的な執着から離れ、いろいろ持っていたものを失ってしまうと、たちまち大急ぎでまたここに戻りたくなるのです。そしてここが一つの天国だと思うようになると、その人にとっては実際にそうなるのです。

自分に必要な体験を通して学ぶために人は生まれて来る

   あなたがここにいるただ一つの理由は、あなたが「ここにいたい」からなのです。
   それはあなたの存在の中に、ここで満たされるべき何かがあるからです。その何かとは、喜びや悲しみ、憐れみや怒り、あるいは痛みや苦悩などで、自分がこの幻影の次元で体験したいと思うものを何でも表現する必要性のことです。それを好きなだけ体験するためなのです。それに飽きてつまらなくなったら、今度は自分の見方を変えて、また別の感情を体験します。事実はそれほど単純です。

   あなたは今、なぜ自分が今のような自分なのかがわかりますか?
   それはほかの役割はもうほとんど体験してきており、今回は今の体験をすることにしているからです。

   なぜ今回は飢えた子どもではなく、今のように裕福な人間に生まれてきたのでしょうか? それはあなたがかつて、裕福な人間になりたがっていた”飢えた子ども”だったことがあるからです。だからいまはそうなっているのです。なぜあなたは今、家族を養うためにパンを焼くパン職人ではないのでしょうか? それはかつてあなたが、パンを焼いて家族を養っていたパン職人だったことがあるからです。そして今度はパンを買うほうの立場になっているのです。

   この次元世界の素晴らしいところは、それが途切れなく続き、変えることもできるし、何でも自分の好きな役になれるところです。そのようにして生命において進化しながら、自分にとってもっとも重要な学びを与えてくれる、幻影を提供してくれる舞台の局面へとあなたは進んでいきます。その舞台では、王にも乞食にも、愛する者にも愛される者にも、奴隷にも自由な人間にもなれる自由があなたにはあります。そこでは、自分の魂を満たすために、必要な叡智を提供してくれる幻影なら何でも可能なのです。

   あなたがまだしていない体験はたくさんあります。
   そしてあなたが、まだこれから体現していかなくてはならない叡智はたくさんあります。その中でもっとも大切なものは、ただ生きるという、単純な理由のために生きることです。生きることだけのために生きるのは、生について得られる叡智の中で最も偉大なものです。それが平和を知り、喜びを知るときなのです。そしてこれが、あなたが全身全霊で”神として存在する”ときなのです。

自分の持つ観念、信念が、自分を限定し、決めている

   生についての叡智は、まだあなたがこれから体験すべきものです。
   それはあなたが脅(おど)され、怯(おび)えさせられることを許してしまい、人を支える役割や労苦を耐える役割、競争する役割、理想主義的な役割、苦しむ役割、神経症的な役割へと自分を追い込んでしまったからです。それを自分の運命と受け入れて許してきたので、そのとおりになったのです。でももしあなたが、他の生という部分を見に行くことを自分に許すならば、これらの役割は、あなたが生きる上で持っている選択の、わずかな一部分に過ぎないことがわかるでしょう。

   この地上における生は、人類の歴史においていろいろなことがあったにせよ、実際には素晴らしいものなのです。しかし残念ながら、多くの人々は淀んだ重い集合意識の中に住み、この場所を惨めでひどいところだと思っています。でももし勇気を出して、そうした集合的な観念や脅しなどの限界のある人間の意識から離れ、自然の中で自らの内なる神とともに生活するならば、生きることはとても素晴らしく、それは途切れなく続く、美しいものであることがわかるでしょう。

   あなたがここに戻って来た理由は、生きるためです。
   しかしあなたはいまだ、自分をこの次元に拘束するものから切り離していないので、生というものの壮大さを体験してはいません。氷河の上を歩いたり、橋のような形をした岩の下に隠れたり、冬の窓の外にとまる紅冠鳥をじっと見たり、砂漠を歩き、獲物を求める蛇を見つめたこともありません。巨大なピラミッドの中で1人眠ったり、誰も足を踏み入れたことのない場所を探検したこともありません。

   そのような場所はまだたくさんあります。
   大洋を航海し、大きな魚が飛び跳ねるのを見たこともないし、鹿の後をつけて木漏れ日のさす森に、足を踏み入れた体験もないことでしょう。自分の存在にとってしびれるような、ぞくぞくする素晴らしいことを、あなたはまだあまりしたことがないのです。そしてそのどれ一つを取ってみても、それに比べたらあなたの仕事や学歴や地位や、車の車種や年式などどうでもいいことなのです。

   これらのことは、あなたがこれからまだ体験していく生という側面です。
   しかし実際に体験すると、それはあなたの神経症や恐れ、策略や疑問などを一気に消し去ってしまうことでしょう。そして喜びで爆発してしまいそうに思う瞬間が訪れます。

   さて、もしここに戻って来たくないのなら、戻って来てはいけません。
   そうしなくてはならない理由など絶対にありません。私は二度と戻らなかったのです。それは風とともに昇華し、自分であるもののすべてを持って行ったからです。そして私は自由な存在となり、この地上において自分が人生でしたことのすべてを超越しました。自分を許し、自分の生のすべてを受け入れて、本来の神になるという、いまするべきことへと進んでいきました。私は無知で惨めな野蛮人でしたが、その私にできたのなら、あなたにもできることは火を見るよりも明らかなことです。

   この次元での生を終えるためには、まずそれを生きて愛し、その単純なものの一部となります。次に生の自由を制限したり、限定したり、あるいは怯えて縮んでしまわせるような観念を、自分の中からなくしていくことです。そして自分自身の自由の中に生きて、自分を愛し、そして自分を他と比べるのをやめることです。

   社会的なイメージに合わせて生きることをやめ、それがどんなものであろうとも、自分自身の理想と真実のために生きることです。こうして自分という永遠の存在を愛するようになったとき、あなたは自然界の植物や動物、魚たちなど、すべての生命と一つになります。そしてあなたはこう言います。

   「この体験はもう終わりだ。私はここにあるすべての生命を愛した。私は新たな冒険に進む準備ができた。遠い国々、あるいは新しい叡智へ向かい、これまでとはまったく違う存在の形になることができる」と。あなたがこのように言うことができるとき、あなたはこの次元を喜びとともに去ることができるのです。私はそうやってここを去りました。


    book『ラムサ――真・聖なる預言』 ラムサ著 角川春樹事務所

                          抜粋

 

・自分独自のあるがままを生きる

   在るがままの自分でいなさい。
   それは私ラムサや、釈迦、イエスや他のどんな師に従うのでもなく、あなたの在るがままでいるということです。なぜなら誰も、あなたに「自分という神なる自己」について教えることはできないからです。彼らはただ、「自分という神」だけを教えられるだけなのです。

   あなたの天命を満たすためには、あなたの在るがままの姿、つまりあなた独自の自分自身にならなければなりません。誰か他の人間の生き方に従って生きようとするならば、あなたは決して自分自身になることはできません。自分とは誰なのか、そして自分の内にあるこの炎は何なのかを理解する「ただ一つの道」は、感情で理解する真実を通してなのです。

   在るがままの自分を深く愛しなさい。
   そして自分の内にある神に耳を傾けることです。その神は微妙な声であなたに語りかけてきます。それが、フィーリングと呼ばれるものです。フィーリングは、あなたがそれに耳を傾けるならば、あなたの真実を語り、あなたの覚醒への道を教えてくれるでしょう。

   自分の内に感じる真実を生きなさい。
   その真実を生き、体現し、あなた自身を示すのです。そうするとき、あなたは自分という観点から人生を評価し、生きて理解したことになります。それがどのような視点をもたらそうとも、それは常にすべて正しいものになります。あなたが自分の師になることです。あなた自身が自分の救世主に、そして神になるのです。

   このあまりに単純明快なことに思いを巡らすならば、すべてを理解できる自由へとあなたを解放してくれるでしょう。そうすれば、何が真実で何が違うのかとか、何が現実で何が幻かといった判断にもはや囚われることはありません。

   さまざまな宗教的な教義や、信念にまつわる規則や法から離れ始め、他の人間が決めた真実になろうとするのをやめる時、あなたは自分に欠けている知識や叡智を満たすようになります。すなわち自分自身を自由に表現し、自分の魂が真に求めることを体験できるようになります。

   すると体験と感情を通して、あなたは自分自身のペースで、一瞬一瞬、本来の在るがままの神になります。そうなるとあなたの時間はもう終わることなく、あなたは永遠に向かって途切れることなく続く本来の存在になります。

   人類はもう長い間、自分たちの選択肢を自らすべて取り上げ、その代わりに多くの法律や規則を作り出してきました。しかし今や、変化を促す風がこの地上に降りて来ています。それは新しいものをもたらし、すべての人々に根本からすべてを見つめ直すことを促すとともに、これまであなた方が絶対と考えてきたものを、改めて問い直すことを要求します。

   あなた方がその動きの一部となるために、こうして一歩を踏み出したことを私はとてもうれしく思います。なぜならこの日から、あなた方の人生はもっと喜びにあふれたものとなるからです。あなたはいったい、誰に申し開きをする必要があるのでしょうか? それはあなた自身に対してだけなのです。そして本当の真実とは何のことでしょうか? それは自分が「そうだ」としたものです。

占星術について

  
 (占星術師の質問に答えて) 占星術を信じる人々はたくさんいます。
   そして確かにそこには真実がありますが、それは真実だと信じられているからです。ですができればもう一歩踏み出して、この真実を与えたのは誰か、そして星や惑星の動きが、それを元々創造した神々よりもどうして偉大であり得るのかを訊ねてみることです。

   これまで数多くの賢者や預言者、あるいは聖者が、星に関するこの強力な信念を用いて国を治め、支配してきました。もし怖ろしい出来事の預言が的中したら、それはいったい誰のせいだったのでしょうか? もちろんそれは、それを言い当てた者ではなく、原因は「あの呪われた星」に違いないということになります。でも星は沈黙し、自分を弁護することも無実を主張することもできません。

   しかし確かに言えることは、ここにいる誰もが自由意志を与えられて創造された神だということです。この瞬間にもあなたは、始まりの頃に持っていたのと同じ、本来の強力な創造性を有する神々の1人なのです。そしてこの気の遠くなるような長い時間を通じて、自分を支配するものは何も創造したことはなかったのです。ただし、それが自分を支配できると信じてしまった場合を除いての話です。

   その意味ではあなたは今でも、自分の人生をコントロールする立場にあります。
   しかしあなたは自分以外の存在によって、自分が支配されているという考えを受け入れたのです。つまり、あなたがそうなることを許したのです。

   自分は誰なのかということが、宇宙の星の動きを通してわかることは決してないでしょう。そして惑星や星の動きが人の運命を決めるというのも正しくありません。もしそうであれば、私たちには夢や想像力や創造性、あるいは生命さえもなかったでしょう。この地球に生きて来た多くの人生で、誰もが数多くの星のもとに生まれており、その瞬間にはそのすべての星たちが輝いていたのです。

   自分の運命がそのうちのいくつかの星によって支配されたり、影響されたりしていると言うのは理に叶わないだけでなく、あなた自身である生命と、神そのものを表現する自由と純粋さを取り上げてしまうことになります。

   神々はたくさんのゲームを作り出しましたが、占星術はその一つなのです。
   それが時として非常に危険なものになり得るのは、人に自分の未来に対する恐怖を植え付け、感情面での将来の状態をあらかじめ決めてしまうことがあるからです。占星術師がすべてを知る知性を持っていると考える人間は、自分の貴重な人生を文字通り人の手に委ねているのであり、私はこれには賛成できません。

   占星術がゲームであるように、宗教の教義もそうであり、政治、経済なども同じゲームなのです。それは生きるためのゲームをするために、自分を隷属させているあらゆるものがまったく同じなのです。占星術を生業(なりわい)としている人たちは、他人を助けたいという願いを持つ人たちであり、そして星を研究するのは素晴らしいことです。しかしそれを元に自分の人生を決めるということになると、あなたはその星をつくっている気体にも劣る存在になってしまいます。

自分以外のところに答えを求めている限り、内なる声を聞くことはあり得ない

   人間はいつも、自分以外のところに自分の運命の理由を見つけようとしてきました。
   それは自分の内にある、無数の宇宙をつくった創造主に目を向けるよりは、沈黙する星や王の支配、あるいは「神の意志」のせいにするほうが安心だったのです。つまり自分自身も充分に賢い存在であり、啓示を与えられるのだと信じるよりは、司祭や預言者や、千里眼の人間から啓示を受けるほうがずっと楽で安心できたからです。

   自分以外のところに、答えや理由を求めている限り、あなたが内なる声を聞くことは決してありません。その内なる声こそが、あなたのすべての真実を与えるのであり、同時に在るものすべての創造主の声なのです。それに耳を傾けない限り、自分の内にある驚くべき無限の叡智に触れることはなく、それらを覆ってしまう迷信的な考えや愚かな論理に支配されることになります。

   あなたがそうしたゲームの一つをしている時、それはもともと誰が作り出したのかを思い出すことです。そして自分が望むような存在でいることもできるあなたという神は、一瞬のうちに自分の人生を再び、自分の手に取り戻すことができるのだということも覚えておくことです。

   占星術というゲームについて一つ言っておきます。
   占星術師は「宮」を12宮と設定していますが、実際は14あります。恒星と考えられている惑星が一つありますが、それはどちらかというと星雲です。それは美しい光を放つ惑星であり、もう長い間存在しています。それがもう一つの宮です。そして太陽の軌道に、すでに形成されようとしている新しい惑星がありますが、それは数千年前に太陽の活動が活発だったときに生まれたものです。それで14宮になりますが、2つも宮が外れているのに、占星術師はいったいどのようにして的確な判断ができるのでしょうか?

   占星術で人を読み終えた時、実行して欲しいことがあります。
   その人にこう言ってあげてください。「宇宙はあなたがいなければ何もなかった。あなたがいなければ星や惑星といったようなものは存在しなかったのです」と。その人はあなたの言ったことを決して忘れず、それで元気になり、自信を持つでしょう。

   ここにいる人々の中で、私の教える無限の真実を受け入れない人もたくさんいます。
   誰もが自由を望むわけではないからです。でもそれはそれでかまわないことであり、その人たちはそれでも愛される存在であり、しかも正しいのです。そしてやはり誰もが、自分のすべての現実の創造主であり神であることも事実なのです。


   book『ラムサ――真・聖なる預言』 ラムサ著  角川春樹事務所

                          抜粋   

・自分の求めているものは何なのか?

   あなた方多くの人々が聞きます。
   「私はなぜ自分が欲しいものを創造し、現実化することができないのですか?」と。ええ、あなたは完全にそれをしていますよ、と私は答えます。するとあなたは言います。「でもアダマス、それは最低の事柄です」 ええ、そうですよ。だからあなたは今ここにいるのです。つまり、もうエネルギーを搾取される必要はないことを学ぶためです。

   あなたはもう、自分のエネルギーを表現する準備ができています。
   あなたは意識的な存在としてエネルギーを引き寄せ、あなたの創造物に生命をもたらすのです。それを引き寄せるのはあなたです。本当の引き寄せの法則は、つまり現実を創造する能力は情熱と欲求から生まれることです。

   どのような魂を持つ存在であってもその核となる情熱は、自分自身という「セルフ」に帰ることです。あなたは絶対に決して、その繋がりを失うことはありません。あなたがあなたの「セルフ」との繋がりを失くすことは、先ずあり得ないのです。

   魂の情熱とは

 one 自分自身を知ること
 two 自分自身を表現すること
 three 自分自身を進化させること
 four 自分自身に帰ること

   これらが、魂の情熱です。
   あなた自身の魂の情熱を、少しの間感じてみてください。

   それが、あなたの現実を引き起こしているものです。
   私は今、魂の情熱と欲求の4つの基本的な生命を与えました。それは別の言い方で表現することができるものですが、この「自分を知り、自分を表現し、自分自身に留まり、自分をこれまで決して実現することのなかったレベルへ移す」ことです。これらの情熱が、あなたの現実を創造するものなのです。

   それは、社会的な常識に従い、つまりその常識に浸って生きているあなたの思考が現実を創造するわけではありません。メンタル(精神的)な思考にはほとんど情熱がありません。ですからそうした表面意識の思考には、まったくエネルギーを引き寄せる力がありません。

   最近のある集会で、参加者の1人が前に出て質問しました。
   ジェニファーは言いました。「アダマス、私の人生はどうなっているのでしょうか? 私は失業し、離婚し、子どもたちも失い、自尊心も、あらゆる人間関係も、キャリアすら失い、すべてを失くしました。いったい、私の何がいけないのでしょうか?」 私の答えは、「何も」。

   あなたの現実を創造するのは、あなたの深い、内なるフィーリングです。
   それはあなたの思考ではありません。ジェニファーはこれまでの何百という長い転生において、「魂」との繋がりを深く切望し、探し求めてきました。彼女は別の生涯では、あまりに多くを持つことでそのために注意を逸らしてしまいました。つまり過剰な権力と過剰なお金、過剰な人間関係です。そしてある時点で彼女は、「魂」を知るためには、人生のすべてを処分しなければならないと思っていました。彼女は美しい人でしたが、その美しさすら魂を知る妨げになると感じ、それすらを失う寸前だったのです。

排除ではなく、すべてを統合していくこと

   ですが、あなたがそのようにする必要はありません。
   そしてあなた方の中にはそうしたプロセスにおいて、過激な手段を取った人々もいました。自分の人間性は卑しいだけで霊性とは関係ないものと考え、極端に走ったのです。それは宗教的な非常に古い信念です。あなたが自分自身に帰れば、あなたは自らの内なる女性性と男性性、光と闇、人間性と霊性を統合することになります。つまり、霊性を持つために人間性を破壊する必要はないのです。それは統合されねばなりません。そして実際に、それは一つになりたいのです。

   ジェニファーは実際、パワフルな「創造者」です。
   自分の注意を逸らすのを回避するために、彼女はあらゆるものを人生から押し出しました。彼女は尋ねます、「何がいけないのでしょうか?」 「まったく何も」。彼女は自分のためにヴォイド(虚空)を創造し、今や彼女が求める「魂」という、彼女自身を知る機会を手にしたのです。

   ここで質問します。
   あなたは何が欲しいのですか? あなたは欲しいものを何でも選ぶことができます。それは人間としての必要性のすべてが満たされながら、しかもなお「魂」との深い、美しい繋がりを持つことができるのです。

   最大の課題は、一つには、あなたは何を欲しいのか分かっていないことです。
   しかも毎日欲しいものが変わります。ある日はこれで、別の日はあれです。欲しいものが分からないので、落ち込み、混乱し、欲求不満を感じます。自分はこれが欲しいはずだ、と思ういろいろなことに惑わされ、罠にはまります。ある日のあなたは人間としての必要性ですが、次の日には霊的な心の必要性が優先されます。あなたは何が欲しいのか分かっていないのです。

   「良い知らせ」は、あなたはまさしく、あなたがいるべきところに、今いることです。
   深呼吸し、あなたがこれに関して、つまり自分が欲しいものが分かっていなくても、まさしく今いるべきところにいることに対して、神に、すなわち自分に感謝してください。

   すると反論する人もいるでしょう。
   「私は何が欲しいのか、本当に分かっています」と。いいえ、あなたは本当は分かっていません。それに対して、あなたは心穏やかでいられますか? あなたはいずれ、何かを「欲しがる」ことを超越します。そして深い、意味のある情熱を持つようになります。それとともに明確さを持ち、その明確さはあなたがこれまでどのように現実を創造してきたかを理解させてくれます。

   あなたは「自分のために」情熱を持ちます。
   「自分への」激しい、表現する愛を持ちます。その時点から先は、本当にもうどうでもいいのです。本物の魂の情熱があればもう何も問題ではなく、問題にする必要もありません。あなたは欲求を超えて情熱に入ります。情熱とは、「私は私である」(アイ・アム)を真に理解していることです。


           アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
     book 『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著  
                    ナチュラルスピリット                                                 


                            抜粋
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・私たちは他人によって準備された「運命」を生きている

   これから私たちは、鍵のかけられた隠された過去の可能性を探っていきます。
   過去は途方もない量の愛を含んでいると同時に、過去は新しいエネルギーと絆(きずな)を結ぼうとしています。しかしそのほとんどが、さまざまな信念体系と歴史の中に閉じ込められています。

   歴史というのはそのすべてが、非常に直線的な形で書かれているので投げ捨てたほうがいいでしょう。これはあなたの自分史だけでなく、この地球という惑星の歴史にも当てはまることであり、さらには地球の創造進化についてあなた方が思い込んでいるすべてのことに該当します。つまり、あなた方が知っていると思っているものは、ごくわずかの真実に過ぎないのです。

   あなたは自分の過去を覗き込んで言います。
   「アダマス、私にはすごくはっきりと確定した過去があります。これが私が生まれた時の写真ですよ。」 実はあなたはごくわずかな過去しか知らないのです。過去の別の可能性には鍵がかけられました。つまり隠蔽(いんぺい)され、極めて巧妙に葬り去られたのです。そのためにあなたは本当の自分自身を知ることはなく、自分は一つものだと思うようになりました。あなたがそれらを閉じ込めたのですが、あなたは自分の代わりに他人を使って閉じ込めさせました。そのようにして、自らをとても狭い領域に規定してきたのです。

   あなたが自分だと思っているその人は、本来のあなたではありません。
   その事実はおそらく、ある人々にとっては喜ぶべきことでしょう。しかしながら、過去の可能性はまだ健在です。それはあなたが、決して焦点を合わせることのなかった現実の数々です。にもかかわらずそれらは、あなたが現実にフォーカスしたものと同じくらいにリアルなのです。

   過去の扉を見張っているドラゴンや悪魔がいます。
   それも、あなたが彼らをそこに置いたのです。それは一つにはあなたを守るために、一つにはあなたが幻想を抱き続けていられるために、あるいは一つにはあなたが過去に行なって来た事への慙愧の念からです。(ざんき・取り返しのつかない深い恥と後悔の念)

   私たちは過去に戻り、別の可能性の数々を訪れることにします。
   それはあなたの過去を変えるでしょう。鏡の中に映る人物は、本当のあなたをよく描写しているとはいえません。私たちが過去に入り、それを今に至るまでのあなたの人間としての目を通して見れば、いくらかは見たくないものをあなたは見ることになります。あなたは1、2年前であれば、まだ準備ができていなかったでしょうが、もうあなたには準備ができています。

   あなたが進む道の一つのステップにおいて、私はあなたと一緒にいるでしょう。
   私から逃げたり隠れたりしないでください。でもあなたがそうするのを私は知っています。あなたが自分自身を、そして自分の(過去の)行動をとても恥ずかしく思い、私がそばにいなければいいのにと思う時があるでしょう。

   親愛なる友人たち、私たちは過去に入り、私たちの未来を発見していきます。
   今の言葉を聞き逃していたらいけないので、念のために繰り返します。「あなたは過去に入り、あなたの未来を発見していきます」。私たちは過去に入り、そこにあるとても活動的で、愛に溢れ、時に怖ろしいエネルギーを開錠します。それはもはや、あなたが監獄に囚われずにすむようにです。

   私がクリスタルの中に10万年いたと言ったら、あなたは笑いましたが、あなたはどのくらいの間閉じ込められていましたか? あなたの監獄とはあなたの過去であり、あなたはその刑に服していたのです。あなたが過去に入り、その一つひとつを開錠すれば、現在が変わります。過去が変わります。あなたの歴史の方向が変わり、すべてが変わります。そこであなたは驚嘆するような、あなた自身に関するさまざまなことを発見するでしょう。


   (この時点でアダマスは、この体験へとグループを導いています。これを個人的に体験することを望むならば、少なくとも45分の間、誰にも邪魔されずにいられる静かな空間を見つけ、アダマスにその体験に導いてくれるように、明確に頼んでください)

   あなたと一緒にこの旅に出るのを私は楽しみにしています。
   それはあなたが、未来の可能性の数々に意識的になれるからです。あなた方の中にはすでに、その未来の可能性の場所がガラクタ置き場になっている人がいます。中には自分の未来に対して、余りにも多くの恐れを持っているので、未来が止まっているように見える人もいます。一般的な霊能者がそのような未来を覗き込んだら、驚いて息を呑んで言うでしょう、「ああ、もう余り長くはないでしょうね」 それは向こう側に余りにも多くの怖れの壁があるので、もう終わりのように見えるからです。

   あなた方の中には、過去の最悪のものを取り出して、それを未来に置いている人たちがいます。それは結果として、何度も同じ事を繰り返すことになるのは必至です。それは何度も繰り返せば、違う結果が得られるかもしれないと思っているからですが、しかしそうはなりません。同じ信念で同じ行動を繰り返すならば、当然同じ結果を得るのです。

自分が創造しないので、運命や他人の創造に支配されるようになる

   中には感じ取れる未来に、ほとんど、あるいは何もない人もいます。
   それはあなたが未来へと拡張し、創造するのを怖れており、間違ったことをしてしまうのではないかと怖れているからです。なので、そこには何もないように見えます。するとあなたには何が起きるでしょうか? 

   あなたは運命や、他のすべての人々の気まぐれに支配されることになります。
   つまり自分のために創造していないので、他人があなたのために創造するのです。ですがそうした状態にかなり満足している人もいます。なぜなら依存せず自力で本来の「創造者」として生きる代わりに、人のせいにして、運命や宿命のせいにできるからです。

   未来は運命づけられているのでしょうか?
   「いいえ」。しかし人間を調査してみると、およそ99・7パーセントの人間は、実際人生をそのように生きています。ほとんどの人々は自分のアスペクト(欲求)に人生を動かしてもらいます。彼らは諦めています。だから運命づけられてしまうのです。

   あなた方は自らのカルマの道をたどり、それが起きるのを許容しています。
   そして言います、「これは私のカルマです」、あるいは「これが神の意志です」と。こうした言葉を使わないにしても、人々は自らの人生に対する責任を放棄しているのです。あなた方は魂は直線的に連続していくと信じており、それに従います。また大衆意識が信じる運命も信じていますが、それはとても分厚く、非常に重いものです。

   選択するということはとても簡単なことですが、そうであっても、それであなたの人生は変わります。しかしほとんどの人間たちは、本当にはそれを望んではいません。ほとんどの人たちは(与えられる)運命の人生を生きています。さらにあなた方がとても強い信念体系を持っていれば、特に宗教や霊的な信念を持っていれば、それが運命を創造します。あなた方は天国への道や地獄への道があると信じており、しかも自分がどの道にいるのかすら分かっていません。

   というわけで、ほとんどの人間たちは確かに(他人によって準備された)運命を生きており、運命を信じています。自分たちの代わりに運命を選択してもらいながら、それを創造したのは神だとして、まったくくだらない神を信じているのです。あなた方にかけられているプログラミングという催眠の覆いはあまりにも強力なために、本来であれば優れた女性であり男性であるあなた方を愚か者にしてしまうのです。

  
          アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
      book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                    ナチュラルスピリット


                           抜粋
   
   

・人間は自らの「自由意志」を引き渡してしまった

   あなたは一度に一つ以上の現実を体験することができます。
   ですがあなたは、一つの現実を選択してそこに注意を集中することに慣れています。つまり起きているのはそれだけであると信じているのです。しかし過去、現在、未来は無数の可能性に満ちており、この数々の可能性は、あなたが現在体験している可能性と同じようにまったく活発で有効なのです。

   あなたは単一で現実化する体験というものに慣じんでいます。
   その意味は、通常のあなたは一つの直線的な現実だけしか認識していないということです。例えば今夜、あなたはあるテレビ番組を見ようと選択します。それはとても安心できることでしょうが、実はさまざまな多くのテレビ番組を一度に見ながら、それを同時に気づいていることが可能なのです。

   これは多重の現実化として知られているものであり、つまり同時発生する出来事を一度に認識するというものです。初めのうちはとても違和感があるかもしれませんが、面白そうです。あなた方は数多くの生涯を転生して過ごすうちに、一度に一つの現実だけを現実化することに焦点を合わせて来たために、一つの直線的な体験しか処理できないはずだと、あなたのマインド(表面意識)は信じ込んでいるのです。しかし現実には、あなたは多くのことに対処することができます。

   分析的なあなたの表面意識は、そんなことができるわけがないと思います。
   同時に多重の夢を見るなどできるわけがない。本を読みながら同時に飲み会を計画するなんてできるわけがない。電車に乗りながら、同時に海岸を歩いて写真を撮るなんてあり得ないと思うのです。

   そのためにはおそらく、あなたには必要な試練が待ち受けているでしょう。
   なぜならあなたのアイデンティティですら、その必要はないのに単一の直線的な現実を基盤としているために、そのアイデンティティを失い、それを拠り所としてきた自分自身を捨てる必要があるからです。

   あなたは同時に、多重の現実化を体験することができます。
   それと遊んでみてください。想像してみてください。そうすれば、実はその方がより自然な存在状態であることが分かるでしょう。

   円の中に「点」のあるシンボル(本書のP.156)
は、「蛇の目」(circumpunct)としても知られています。中心の点は「源」であり、「すべてであったもの」、「永遠なる一」を表しています。これはまたあなたの魂、あるいは神性のシンボルでもあります。外側の円はあなたの魂の拡張、または旅を表しています。円の内側に含まれているのは、あなたのこれまでのすべての体験です。すなわちこれまでの過去の生涯や体験であり、この時点までに起きたことのすべてです。

   またこの円はとても重要なものを表しています。
   それは自分を守る「殻(から)」であり、あなたが守っているものは自分の魂であり、神性です。なぜならあなたは自分という魂、その「点」は、純粋で壊れやすいものだと思っているからです。ですから外からの影響や二元性の勢力のような、あらゆるもので汚したくないからです。

   つまり神性の周りに殻を持っていれば、闇が入って来ることはできないという、誤った信念をあなたは持っているのです。しかし本当の問題は、あなたの闇も光もすでに”その中にある”ということです。本当の問題は、あなたが闇を締め出していることではありません。本当の問題は、あなたが闇を中に入れたままにしていることなのです。

   そして神性を守ろうとするこの試みが、あなたの意識の拡張を制限してきたのです。しかしそれはごく簡単に改善することができます。深呼吸をし、大胆に、怖れることなく、ここ、つまり(円の外側)には何一つ心配したり怖れるべきものはないことを覚えておき、意識的に拡張を選択すればいいのです。

   今ここにあるのは、あなたの未来の可能性の数々に過ぎません。
   あなたには神性の意志と選択があるので、あなたの至高の善になるもの以外をあなたが選択することはありません。その選択があなたにとって至高の善になるのであれば、他人にとっても至高の善になると見なしてよいのです。

   この円の外側にある可能性の数々は、あなたの想像を超えて膨大なものです。
   信じられないかもしれませんが、あなたがその一つひとつをすべて創造したのです。そこには沸き立つような興奮もあれば、インスピレーションに溢れたもの、気が滅入るもの、悲しいものがあります。あるいは怖ろしいもの、楽しいものもあるでしょう。それはあなただけが、自分が体験したい可能性を選択できるのです。

   あなたの可能性のフィールド(領域)を、他の誰かの可能性が干渉することはできません。ただし、あなたがそれを許容し、それを選択しない限りにおいて。同じく彼らがそれを許容しない限り、あなたも他人の領域に干渉することはできません。しかしいうまでもなく実際には、ほとんどの人間は無意識にそれを許容しています。

   もしあなたが自らの主権性を選択し、固く掴んでいる大衆意識という集合意識を手放し、大衆意識の信念である「運命がある」という信念を解き放つならば、あなた独自の個人的な可能性の美しさを体験することができます。つまり円の外側の領域は、運命や宿命、前もって決められた道、あるいは外側の神が決めるルールなどは必要ありません。

   すべて、あなたのものです。
   それは実にシンプルです。なのに、なぜ人間はそれをそんなに複雑にするのでしょうか? おそらく、自分の人生を導いているのは外の力だという幻想を信じているか、あるいはコントロールされているという幻想が気に入っているからでしょう。もしかするとあなた方は、善と悪は一体でなければならないという可能性を体験したいのかもしれません。しかし私たちが共有する、今というこの安全で聖なる瞬間に、あなたはあなたが欲しいものを選ぶことができます。

   マインド(表面意識)は箱です。
   言い換えるならば、表面意識には制限があるということです。それは直線的であり、知っているふりをしてはいますが、マインド(表面意識)は想像することができません。つまり表面意識は、あなたの望む形を現実化することができないのです。

人間は自由意志を他人に引き渡してしまった

   これまで数え切れないほど数多くの転生により生涯を過ごしてきたあなたは、選択と現実化のことをまったく忘れてしまいました。そしてあなたは自分を信頼することもやめました。選択しようとすれば表面意識から出なくてはならず、それはぎこちなくてうまくかないように感じられます。それに加えてあなたには、深い催眠の覆いがかけられているために、自動的にカルマや運命、宿命のようなものを選択してしまいます。

   あなたには芯から怠け癖がついており、意識的に生きることをしません。
   親愛なる友人たち、あなたには本来持つ神性というものがありますが、その自己責任というものを常に他の誰かに任せて満足してきました。そうでありながら、自分の人生の愚痴を言います。私は強調しますが、それはもはや本当のあなたの人生ではありません。「人間にはもうほとんど自由意志がない」と私が言うのは、それが理由です。あなた方はそれを他人に引き渡してしまったのです。

   この概念に取り組むならば、あなたが選択するどのような可能性でも受け入れて現実化することは、とても簡単なことがわかるでしょう。それはすでにそこにあります。あなたはそれを表現し体験したいのかを、選ぶだけでいいのです。 


          アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
     book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                    ナチュラルスピリット


                            抜粋  
   

・1人の意識の拡張が全体にインパクトを与える

   新しいエネルギーは時間と空間を越えています。
   あなた方は尋ねます。「私のこの人生で、新しいエネルギーをどのようにあてはめればいいのですか?」「次に何をすればいいのですか?」「すべてが同時に起きているのですか?」「どうすれば時間を遡ることができ、私は過去を変えることができるのですか? 私は過去を変えたいのです」と。

   時間と空間を超越することはできますが、しかしあなた方が思っているような直線的なやり方ではできません。あなたは言います。「未来に入り、何が起きるのか見てみたい。株式市場がどうなるか知りたい」と。つまりあなたは、これから起きることを知りたいわけですが、それは達成できません。
なぜならあなたにとって現実とは直線的な性質を持っていることを前提にしているからです。

   3次元的な人間の旅は、直線的な体験が欲求の基盤となっています。
   言い換えるならば、「明日は何が起きるのだろう?」というものです。実はあなたのもっとも深い自分自身を体験したければ、それは明日ではなく今この瞬間にあります。あなたは何を待っているのでしょうか? あのプロジェクトを終えるまでですか? 違う街に引っ越すまで? もう少し痩せるまで? 新しい情報を手に入れるまで?

    あなたが何か画期的な出来事が起きるのを待っているならば、新しいエネルギーの到来もまた遅らせることになります。なぜなら新しいエネルギーもまた、あなたに合わせて待つからです。それは待つゲームであり、あるいは私はそれを運命のゲームと呼んでいます。「自分に何が起きるか静観してみるべきだ。これを終えるまで何が起きるか待ってみよう」 

   もう充分です。それはたった今ここにあるのです。
   あなたが自分のことをどれほどまともじゃないと思っていても、どのくらい悪いことをしてきたと思っていても、どんだけ悪習慣を持っていようとも、どれほど多くの失敗をしてきたとしても私は気にしません。なぜなら究極的には、失敗などないからです。

   私の失敗とは、クリスタルの監獄から脱出するのに、とてつもなく長い時間(10万年)を要したことです。しかも答えはずっとそこにあったにもかかわらず、あなた方同様、私もそれに気づく代わりに、「ここからどうやって脱け出すか?」というゲームを延々とやっていたのです。

   今こそ、たった今、時間と空間を越えて、何かを待つのを超えて、”たったいま”、自分自身と絶対的に繋がる時です。それが新しいエネルギーをもたらし、マインド(表面意識)を脱け出し、気づきへ入る時です。もうこれ以上待たないでください。それがまさに、”今”です。

   あなた方の意識には、主要なシフトが数回ありました。
   まず第二次世界大戦の直後に大きな意識のシフトが起こり、続いてテクノロジーの変化がありました。そして別のシフトが、60年代初期に起こりました。それは意識における巨大なシフトでした。それが再び、テクノロジーへの進歩の扉を開いたのです。

   60年代後半と70年代初期に、新しいテクノロジーの爆発的増加という点から何が起きたのかを見てください。つまり、意識が拡張すると同時に、テクノロジーや医療、科学、ビジネス、システムが追随するのです。

   ご存知のように、2001年にも大きな意識のシフトがありました。
   それは価値観や倫理観に影響を及ぼし、現在、金融や政治、そしてある程度、宗教にも現実的なシフトをもたらしました。当時に起きた意識のシフトが、今の現実の中に現れているのです。

   そして2007年に、もう一つのシフトがありました。
   それは世界中の人々には注目されることはなかったのですが、実に記念碑的なものでした。それは歓迎すべき招待としてやって来ましたが、「クォンタム・リープ」と呼ばれました。そしてあなた方のほとんどが、何らかの形でそこに参加しています。それは驚異的な新しいテクノロジーをもたらす扉を開きました。ですがその多くは未だ、いうなればデスクトップ上に置かれたままであり、それらはまだ遂行されてはいません。

   ですが2007年に生じた変化は、最終的には新しいエネルギーの解決策をもたらすでしょう。それは肝細胞の再生のような、医療分野におけるとてつもない問題解決策であったり、そして人類が直面しているもので最大級の課題である、”燃料エネルギー”に驚異的な発見をもたらすでしょう。

   この地球世界では、まるで今後30年以内に、現存する資源をすべて枯渇させるようなペースで古い化石燃料を消費していますが、ほとんどの人間はこの事実を直視することを避けています。そこにはまだ多くの石油やガスがありますが、しかし常識で考えてもわかるはずです。

   つまり、「あと1万年分に相当する量の化石燃料があったとしても、自分たちはただ環境を汚染しているだけではないのか?」 ガイア地球が人間たちに与えてくれているこの地球という贈り物に、「私たちはダメージを与えているだけではないのか?」。そうであれば資源がたくさんあったとしても、「現在のペースで燃料を使用し続ければ、私たちは天候や環境への問題をただ抱え続け、持ち運ぶだけではないのか?」、とあなた方の常識は言うはずです。

テクノロジーや科学は人類の意識の拡張に追随する

   必要性が解決策を創造します。
   そして優れた燃料テクノロジーの飛躍的発見が、すぐそこまで来ています。親愛なる友人たち、それらはソーラー(太陽光)や風力ではなく、そのようなものは単なる気晴らしのようなものですが、それは驚異的で純粋なエネルギーでまさに利用できる状態にあります。常温核融合を例に挙げますが、常温核融合の室内実験のいくつかは成功しました。しかしおかしなことが起こったのです。彼らは結果を再現できなかったのです。

   常温核融合の実験は、実際にうまくいきました。
   そこでは(原子)核エネルギーとは違い、特別ネガティブな副産物もなく、エネルギーが形成されました。しかし研究者たちは、その結果を再現することができなかったために、他の研究者や同僚たちから批判を浴びることになりました。

   そこでは何が起きていたのでしょうか?
   それが新しいエネルギーですよ! つまり、同じ状況下であっても、同じ反応を示さないのです。

   その研究者たちは、新しいエネルギーに近いもの、つまり「新しいエネルギー」の影を利用することができました。彼らは時間と空間を越えてそこに入り込み、常温核融合を創造しました。そしてそれが、あなた方がこれから手にすることになる、数多くの新しいエネルギーの燃料源の一つです。

   テクノロジーに注意していてください。
   テクノロジーの解決策がまさに発見される寸前です。彼らは実験室でそれに取り組んでいますが、少しばかり構成要素が不足しています。つまり意識がもう少し拡張するまでは、彼らに不足している構成要素、あるいは最後の捉えどころのない要素を手にすることはないでしょう。なぜなら、テクノロジーと科学は、常に意識に追随するものだからです。

   たった今、あなたが意識を拡張しているこの瞬間に、何が起きるでしょうか?
   それは、あなたが他の人々のために可能性を築いていることです。それが、病気や燃料エネルギー、地球環境などの問題解決に取り組んでいる人たちの可能性を構築しているのです。

   あなたが自らの意識に対してやっている努力やワークは、人類の潜在的可能性にインパクト(衝撃)を与えます。(あなた方は密接に繋がった存在なので)、1人の意識の変化が全体に違いをもたらすことができるのです。私があなた方とこうしたワークをするのを光栄に思うのは、それが理由です。


   アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
     book『神性を生きる』 ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
                   ナチュラルスピリット


                           抜粋
   
   

   
   

・誰もが、過去そのものである自分自身の浄化をしなければならない

   今、霊的世界やアストラル世界では、あなた方が想像もできないような大きな変化が起きています。それは救われていない魂たちに救済されるチャンスが与えられるように、大きな多次元ポータルが開かれていることです。この多次元ポータルはこれから、過去の膨大な霊たちが高みを目指すことで救済されるように助けていくでしょう。

   あなた方も知っているように、世界には争いや戦争があります。
   それは闇の政府による計画であり、そうした霊的戦いが存在しています。それが、人類がアセンションしないように、人類を奴隷化しようとするシステムや法律を次々と作り出していることです。

   しかし霊的世界では、物事はそれとはまったく逆に進んでいます。
   つまり霊的世界の「カルマ評議会」は、必死に助けを求めている魂たちを救うために、新たなチャンスを提供しようとしていることです。地球には高みを目指すことで救済されることを望む、何兆という数の魂が存在していますが、カルマ評議会は厳然とした秩序に従い少しずつ救済にあたっています。

空中に現れるさまざまな現象


   エジプトや中南米のピラミッドなどにおいて、空中に出現するさまざまな存在について紹介している雑誌があります。それには、アセンションのプロセスとして、そういったものが現れるようになったと書かれていますが、それは間違いではありません。それらは多くの場合、過去の文明であり、今となってはホログラフィーの世界です。

   アストラル世界(という4次元)が、(3次元である)物質的世界に近づいてきていることを、これまでにもあなた方にお伝えしてきました。それはパラレルワールド(という過去)が、あなた方1人1人の手に届くところにあることを意味しています。つまり、今まで見えなかったものが見えるようになるということです。過去の体験や、他の文明における自分の経験が蘇えるのです。

   それだけでなく、今まで見たこともないような存在や奇妙な存在など、知らない文明などのホログラムが日常生活に現れるようになり、過去に何があったのかを明らかにするために現れたりします。それらはエジプトやローマ文明にまつわるものであったり、キリスト教にまつわるマリアやキリストなどの映像、あるいは過去のグロテスクな仮面などのパラレルワールドが、カメラで撮った写真などに出現することがあります。

   現在、あなた方は、自分自身を磨き高めるために絶好の時期を生きています。
   過去のパラレルワールドは、こうしたビジョンや日常的なこと、写真などを通して過去に関する情報をあなた方に提供しようとしています。それはアセンションへの道における変化のプロセスが理解できるためであり、あなた方がかつて生きた過去の時間の中に埋没している文明が、パラレルワールドとして出現したりします。

   中には巨石文明やピラミッドなどについてさまざまな情報が伝えられていますが、実際にはそれにまつわる出来事は、私たちが思うほど表面的なものではないはずです。だとしても、それまた一つの過去です。そうした情報による影響があなた方に引き起こすことは、あなた方がそうした過去を信じるように、あなたの意識を囚えて放さないようにしてしまうことです。

   その結果、あなたを今ある現実や未来を見ないようにさせ、過去のエネルギーで振動させるようになります。しかし過去は過去であり、それはすでに過ぎ去ったものです。またあなた方のエネルギーを高めてアセンションに向かわせるとする、さまざまなカードやペンダント、ブレスレットなどの品物がありますが、それらも結果として、あなた方の心の目を逸らせてしまうものです。

現象や幻覚に引きずられないで生きる

   アセンションは考えるほど、それほど容易なものではありません。
   パラレルワールドには過去の文明が存在しており、それが何万年、何千年、何百年前の歴史を今も生き続けています。つまり、その文明の存在たちは今も救われてはいないのです。その巨人像やピラミッドにまつわる霊たちは救われていないのです。救われていないので、あなた方が写真を撮ったり夢を見たり、ビジョンを通して現れたりするのです。それらのポジティブな部分だけを見るならば、あなた方がパラレルワールドの存在に気がつくように促しているとも言えます。

   これからもあなた方の日常において、しばしば昔存在したものを垣間見ることがあるかもしれません。ポジティブに解釈するならば昔の映像は、あなた方がそれぞれ自分のエネルギーを高めるべく努力するように訴えているのです。それは以前墓地であったり、何かの文明があったようなところ、あるいは教会や神社など宗教的行事が行なわれた土地に建っているような建物で、過去のパラレルワールドが出現することがあります。

   それは過去の時間でありながら、その時間が未だにそこの土地を支配しているからです。物質的な土地ですが、霊的なレベルでは時間的に1000年前のこともあります。そうであれば、夢や幻覚で1000年前のパラレルワールドを見てもおかしくないのです。

   パラレルワールドとは何でしょうか?
   それは今を生きるあなた方の世界と同じく現実的エネルギーの世界であり、見えないけれども存在しているものです。そのエネルギー的霊的世界が、時空を超えてあなた方の3次元に現れます。そうしたことがあなた方の現実で頻繁に起こり始めているのです。そうしたパラレルワールドはポジティブであったり、そうでなかったりしますが、時にそうした幻覚は、あなた方を間違った方向へ意識を向けるように促すことがあります。

   それらがピラミッドや神々、女神の出現などですが、それらはあなた方を偽りの世界へと導くホログラムでもあります。そうした偽りのものと出会うことのないように、自分のエネルギーを高める努力をする必要があります。過去の幻覚であったり、宇宙から光の形で降りて来る存在というようなテーマは、偽りのホログラムである場合が多いのです。

   それは真実の場合もあり、実際に地球や人類を助けに来た存在である可能性もあります。しかし人類を欺(あざむ)こうとしている存在たちには非常に知恵があり、彼らは人類の意識の弱さや物質中心的な思考、そして霊性の欠如をうまく利用するのです。ですから彼らにとって、光の存在に姿を似せて出現するなどのことは非常に簡単なことなのです。つまり、幻覚やホログラムは真実であると同時に虚偽があるということです。

誰もが過去そのものである自分自身の浄化に努めねばならない

   現在、人類は、1人1人がさまざまな形で存在する過去を浄化しなければならない重要な節目に置かれています。よそ見をしないで光に向かい、自分を向上させる努力をすることが必要です。霊的世界では大きな光の多次元ポータルが開きつつあり、地球の時空に留まったままで進めない霊たちや、そうした文明の救済のための動きがあります。また多次元ポータルは、あなた方が今どのような「時」を生きているかについて、より明確な意識を持つことができるようにサポートしています。

   霊的な次元においては、救済を待っている夥しい霊たちの長蛇の列ができていますが、一方で、救済を望んでいない霊たちもたくさんいます。そのような霊たちは当然、地球という物質世界に執着を持っており、それが地球にとっての障害物となっているのです。彼らは物や権力、お金、戦争などに強い執着を抱いています。

   ここは大切なところなので良く聞いてください。
   もしあなた方が、そのような彼らの思考と同じ波動で振動しているならば、あなた方も同じように彼らに引き込まれてしまいます。そうなれば、あなた方は彼らと繋がるパラレルワールドの中を生きるようになります。自分の知らないテーマに首を突っ込むことで、時に非常に大きな危険を冒すことに繋がります。あなた方にとってもっとも容易で安全な道は、自分の波動を上げてアセンションを遂げることであり、神聖な光を楽しみながら、光の存在たちとともに進むことです。


     ”ホワイトブラザーフッドが語った『日本の新しい霊的現実』のすべて”
         神社仏閣にいた神々はすでにたち去りました
  book『もっと悟って もっとアセンション』 A・ジョルジェ・C・R/高木友子
                     ヒカルランド


                          抜粋
   
   
   

・光の柱やパワースポットの抱える深い「闇」

   今、世界中のピラミッドで起きている現象についてお伝えします。
   それは特に中南米のメキシコやグアテマラ、ペルー、ボリビア、ドミニカなど、ピラミッドのある国々においてです。本やネットでパワースポットについてのさまざまな情報が流れているようですが、あなた方のほとんどはパワースポットの危険性を分かってはいません。

   ピラミッドはその黄金時代には、神聖なテンプル(神殿)として崇められていました。
   マヤやインカなどの原住民たちや、その後にやって来た民族たちは神々とコンタクトを取っていました。神々とのコンタクトが意味するものとは、神々の怒りを抑え、その攻撃的な性格をなだめるために、動物や人間の生け贄を提供することでした。しかしそうした時代の更に前の時代には、生きているものの死や血を通してではなく、高い精神を通してより高い神々とコンタクトを取る、高い精神性の文明が存在していました。

   それらの文明は、人類史にとって非常に重要なものであったにもかかわらず、突然途絶えてしまい、今も何が起きたのか分かっていません。それは精神や霊性、知性において非常に優れていた民族が、何の形跡も残さずに消えたのです。

   ネットにもありますが、光の柱が空からピラミッドまで降りている写真が掲載されているのを、あなた方も見たことがあるかもしれません。あなた方は光の柱というと、すぐに神聖な場所であると決め付けるようですが、実際にはそうではないのです。それについて説明します。

パワースポットや「光の柱」が意味すること

     神聖な場所(パワースポット)とされている所のほとんどが、かつて生け贄(いけにえ)の行なわれた場所でもあり、今も多くの魂たちがそこに封じ込められている所です。しかも生け贄とされた人々のほとんどは、自ら進んで犠牲になったわけではありません。人間は狂信的であるか、あるいはよほど志(こころざし)の高い人でない限り、生きている自分の体を提供するようなことはしないものです。誰も死にたくないし、苦しみたくはありません。

   生け贄の儀式の中で、死にたくなかったのに命を絶たれた人々のネガティブな想いがあります。そうした否応(いやおう)なく死ななくてはならなかった場合、その場所にはネガティブな想いのエネルギーが残るのです。それは動物たちも同じです。動物たちも生きたいのです。動物たちはなぜ命を奪われたのか、純粋なゆえにそれが理解できません。そのような血を用いた方法で、神々を喜ばせるために生け贄となった動物や人間たちの、苦しい想いのエネルギーがそこには残っています。

   人が呪術を行なうのに、一番使われる霊的な媒体は血液です。
   それは黒魔術にとっても一番強力な媒体です。そのために血は、たとえば自分たちが崇めている神々や動物霊である神々の怒りをなだめ、コントロールするための主要な媒体として用いられたのです。

   では光の柱は何を意味しているのでしょうか?
   一つの意味は、あなた方が神聖だと信じているピラミッドや神社などに、封じ込められている霊の救済です。光の柱を通して、地上から離れられない魂たちを上へ救い上げていきます。そうしてそこの空間を浄化し、ポジティブなエネルギーを供給するのです。

   一方、闇の存在たちが計画する、人類を退廃に導くプロジェクトというものがあり、恨みや憎しみなどでいっぱいの霊たちを利用した光の柱があります。あなた方はこのような光の柱を見たことがないでしょうが、今のこの光の時代には明らかな闇があります。そして人は一歩間違えればたちまち、光から闇への一瞬の光線で変わってしまうのです。

   これがパワースポットで起きていることです。
   そしてこのパワースポットこそが、あなた方が間違って理解しているものの一つなのです。あなた方はそこを神聖な場所だと信じていますが、そこが純粋に神聖な場所であるためには、多くの人が訪れるべき場所であってはならないのです。

   これまで繰り返しお伝えしてきたことは、多くの人々が訪れることで聖なる場所は汚れてしまい、自然霊やポジティブな精霊などは姿を消していきます。つまり一度に大勢の人々が押し寄せることにより、人々の持つあふれんばかりのネガティブエネルギーがパワースポットの神社へ持ち込まれています。

   その結果、神社はあなた方が持ち込んだネガティブエネルギーを全部浄化し、変容、消滅させなくてはなりません。それは膨大なものなので、神社のエネルギーが高いものであったとしても、それらが浄化されるまでは、その場所はネガティブエネルギーが支配することになります。そしてそこを訪れる人々、特に繊細な人はその影響を直接受けてしまいます。

   人が持ち込んだネガティブエネルギーは人から人へと移動し、それが神社へ行ったことで具合悪くなったり、頭痛を起こしたりするのです。ですから人がたくさん集まる場所へ行くことはお勧めできません。

   今というこの時代には、見えないだけで多くのさまざまなネガティブなエレメンタル(精霊)やバクテリア、ウィルス、ネガティヴな自然霊の黒いエネルギー、灰色のエネルギーが存在しています。それらが人間1人1人のネガティブなオーラに入り込んでおり、その量を知るならばあなた方は驚くことでしょう。それらはあなた方の思考や生き方が引き寄せてしまうものなのです。

   あなた方が知っておいたほうが良いことをお伝えしておきましょう。
   たとえば、なぜ川には霊が集まりやすいのでしょう。それは水の働きによるものであり、霊たちは水の流れを利用します。水は生科学機能を備えており、水の中には生科学物質があります。霊たちにとって水のある場所は居心地の良い場所であり、そういった水の生科学機能を利用します。

   そして繊細な人は、川の近くを通るだけで水の生科学的な動きと容易に繋がります。
   つまり、影響を受けてしまうのです。それは繊細な人であっても、体の生科学機能を担っている部分のバランスが取れていないことによります。誰もが遺伝的な要素を持って誕生しますが、遺伝的に強固な生科学機能を生まれつき持っている人は、この水のエネルギーと簡単には繋がりません。

   パワースポットとは、本来もともと存在していたものであって、目新しいものでも何でもありません。ある意味、そこのエネルギーが強烈になっているのも確かなことです。ピラミッドを訪ねるのが大好きな人がいますが、それによって人生が変わってしまうかもしれません。それは自分から離婚や事故、病気などを引き寄せていくようになるからです
。(自分の思考と生き方が同じ波動を引き寄せる)

   かつてはそこがエネルギーの高いところであったとしても、今はその文明は存在しておらず、そこはすでにネガティブエネルギーの坩堝(るつぼ)と化しているかもしれないのです。すべてのピラミッドに神聖な空間が存在しないというわけではありませんが、どのピラミッドに良いエネルギーがあると誰に分かるのでしょうか? 

   それが分かるためには、そこに存在しているかもしれない光の存在たちと繋がることのできる、高い霊的感性を備えている必要があります。パワースポットの場所は、写真を撮ったり、感動して涙を流したりするようなところではありません。くれぐれも気をつけて下さい。


     ”ホワイトブラザーフッドが語った『日本の新しい霊的現実』のすべて”
         神社仏閣にいた神々はすでに立ち去りました
  book『もっと悟って もっとアセンション』 A・ジョルジェ・C・R/高木友子
                      ヒカルランド


                           抜粋
   

・自分の外にあるいかなる物や人にも依存しない

   神社仏閣にあるさまざまな像や仏像は、どのような目的で作られてきたのでしょうか?
   それは昔、人々が神々にお礼を言う目的のために作られたものです。しっかりした信仰を持ち、よりふさわしい想いで本物の神々に接することを願ってさまざまな仏像を作りました。つまり、高い神々などの存在と接することが不可能なことからそうした形を作ったのです。そうした像や仏像を通して、人々は地球や地球の神々をより近くに感じることができました。

   像の中にはさまざまなものがあり、人だけでなく動物やトカゲ族などを表す形もありました。問題は、ある宗教を通して像が作られる時、その宗教、宗派が祀る神、あるいはそれらを通して邪悪な存在の力を受けることです。それは特に、その宗教団体や創始者の霊的レベルと関係しています。その宗教団体のエネルギーや力がすべてそこへ入るからです。

   ですからある宗教団体が本来の信仰を失い、宇宙の法則である神とは反対の方向へ逸れてしまうと、像のエネルギーも変わってしまいます。それはネガティブなものや、怖ろしいものが入る可能性があるということです。そうした存在のエゴの想いは、像を通して信者をコントロールするようになります。

   初めのうちは奇跡などがあったとしても、次第に人々の魂や想い、信仰がそこで束縛されるようになり、やがて信者たちはそれぞれが大きな問題を抱えるようになります。つまりそうした像や仏像を通して、信者すべてのメンタルをコントロールするようになるのです。

   像の中に宿る霊には動物霊だけでなく、邪悪な霊や自然霊がありますが、それらはすべてそうした像を崇拝している宗教や人々のレベルによります。像とは形を持った単なる物質であり、3・8次元から4次元の空間と関わっています。つまり物質として存在するものには、常にエネルギーである何者かが入るという可能性があるのです。それがさまざまな霊やエレメンタルなどです。

   組織や団体の、あるいは個人の思念や責任の欠如が原因で、ネガティブなものを引き寄せることがあります。たとえばある個人が、ある宗教団体から仏像を引き受けて面倒を見ていたとします。その人が亡くなり拝んだり供養する人が誰もいなくなると、その像の中に棲みついていた霊に見捨てられているという悔しい思いが生まれ、関係者にさまざまなことが起きるようになります。

   彼らはこれまでのように、世話してくれる人々から霊的エネルギーが欲しいのです。
   それが得られなくなったとなると、亡くなった人の家族や親類縁者などに、霊的な問題や病気などがもたらされるようになります。彼らの立場になってみれば理解できることで、今まで信仰の対象として崇められていたものが、ある日突然人間の側からの都合で放置されるわけです。

   それは悔しいに違いありません。
   それを得ようとして関係者たちの霊的エネルギーを吸い続けるので、家族などにはさまざまな問題が生じるようになります。彼らの悔しい思いが、霊的に感情的に、精神的、肉体的な問題を引き起こすのです。

   また、古い宗教の像などがあります。
   それはこれまでしばしば邪悪な力に利用されてきており、それをたくさんの人々が信じてきたわけで、ここには大きな問題があります。そうしたものを崇拝することにより、知らないエネルギーの世界に足を突っ込むことになります。一方、先祖の仏壇へ入れる小さな仏像が、ネガティブエネルギーでいっぱいの場合が少なくありません。

   そうしたほんの小さな仏像が、亡くなった先祖たちを支配したりコントロールするようになります。それにより位牌(いはい)が動いたりすることがあります。そこには先祖は不在であり、動物や邪悪なネガティブなものが仏壇を支配し、手を合わせる人々のエネルギーや供え物のエネルギーを吸収します。それでは先祖は仏壇を訪れることはできません。

   たとえその像が、神の姿や美しい形をしていても、中身は別の物に占領されている場合が多いのです。ですからそのような形あるものを祭るのであれば、ネガティブなものが入り込む隙がないように、小さなものも含めて像に対する必要な取り扱いが求められます。なぜなら一度お祭りすると、そこには義務や契約が発生するからであり、それを破ると子孫がそれを負うことになります。

   そうしたトラブルは、人間関係や病気や事故など、さまざまな形でやってくることがあります。それは知らなかったとはいえ、さまざまな仏や神、人、動物やトカゲ族などの形をしたものを祀った人々の、無知と責任の欠如によるものです。ですからそういうものを引き受ける際には、十分気をつけねばなりません。取り返しのつかない結果になる場合もあるのです。

   もし像を引き受けて家に置くのであれば、そこに義務や契約が発生し、良い悪いにかかわらず、さまざまなことがあることを理解しておくことです。しかるべき場所で像を祀るのは悪いことではありませんし、そうしたエネルギー存在がおられるでしょうが、でもすべてがそうではないことを知っておいてください。

   すでにお伝えしたように、その宗教組織や団体の指導者がどのような霊的レベルにあるかによります。それはどこまで、宇宙の法則に対して忠実に生きているかということです。ですからあなたが買う物や、家へ持ち帰る物には気をつけてください。そうした物を家へ持ち帰ることにより、邪悪なエネルギーとあなたの家とが繋がれてしまうことも実際に起きています。

   一度そうしたエネルギーと繋がると、邪(よこし)まなエネルギーは強いことから、より大きな神々やそうした存在の力でなければ、それを断ち切るのは困難な場合が多いのです。しかも特に、現在のアセンションによるエネルギーの変換期においては、ネガティブな存在たちが人類を逸脱させて霊的進化を妨げようとしており、そうした像に入り込むことで利用しています。

   眺めるのと祈るのとは違います。
   ですからめったに手を合わせたり、祈ったりするべきではありません。多くの場合、そうした像の後ろにどのようなエネルギーが潜んでいるかわからないからです。いつも本物の神々が存在するわけではなく、中にあるものがあなた方には見えないからです。

   祈ることと尊重することとは違います。
   祈りを上げるということは、契約をすることと繋がる場合が多いのです。実は願いも祈りもエネルギーなので、そうした場所で祈ったり願ったりしたことでその場所のエネルギーを持ち帰り、それが自分だけでなく家族にまで影響を与えることがあります。福を呼ぶつもりで家に持ち帰った小さな像が、後に自分や家族の人生に大変なことをもたらす場合があるので、十分に注意してください。

自分の外にあるいかなる物にも人にも依存しない


   これからのあなた方の進み方としては、決して自分の外にあるどのようなものにも依存することなく、まず自分自身を見つめ、自分の考え方を吟味し、意識を上げて成長することを目指してください。大切なのは形ではなく、そこにある神の本質というエッセンスであり、これを見る心の目が大切です。常に本質に目覚めていれば、間違うことはないでしょう。

   ですがあなた方はしばしば、外見や見た目に翻弄され、それがあなた方を盲目にし、違う方向へあなた方を連れていくことになります。物の形や外見、人の意見や噂などに左右されてはいけません。しかし現実には、多くの人々がお札や小さな像などをお寺などから持ち帰ります。しかしあなた方はその中に何が隠されているかを知りません。

   人々や寺の指導者の間違った信仰心をうまく利用して、人をコントロールしようとする見えない存在のあることを忘れないでください。心の目を開き、内なる神聖な本質を求めながら進んでください。家や職場などに神棚を祭るのは悪いことではありませんが、それなりにふさわしい意識や心で祀るのでないならば、あなた方の意識レベルに応じたネガティブな霊的存在と繋がることになり、その影響下に身を置くことになりかねません。神棚への正しい概念を持つことが大切です。

   かつて日本人は信仰心のある国民でした。
   しかし今の人の信仰心は、多くの場合、宇宙の法則や神に向かって自らを高めるためのものではなく、単なる習慣として困った時の神頼み、心の依存、あるいは観光や遊び心によるものです。しかし今のこの時期、地球の変わりつつある波動に合わせて自分も変化する努力をしないならば、加速していく高まる波動についていけなくなるでしょう。

   地球はアセンションするためのプロセスを確実に歩んでいますが、その上で生活している人類にとって、もはやアセンションという次元上昇は個人の問題となっています。


      ”ホワイトブラザーフッドが語った『日本の新しい霊的現実』のすべて”
          神社仏閣にいた神々はすでに立ち去りました
  book『もっと悟って もっとアセンション』 A・ジョルジェ・C・R/高木友子
                      ヒカルランド


                             抜粋

   

 

・日本の霊的伝統的遺産はお金と交換されてしまった

   レムリアやアトランティスには、自然の形状や幾何学的形状というものが存在しており、それは自然界のエネルギーをキャッチするためのものです。日本の神々の中にはレムリア出身の存在たちもおり、彼らが人々に植物の幾何学の園を与えたのです。つまり日本文化は、あなた方が何もないところから創り出したわけではなく、神々が創造するチャンスを与えて生まれたものなのです。

   神々が創って与えた日本庭園は、神聖なエネルギーやオリシャー、エシュー、ディーバ、エレメンタルといった自然界の力を引き寄せ、人々に平和な心やエネルギーを与えてきました。日本人は本質的に平和な民族ですが、それは自然界の神々やエネルギーの働きによるところが大きいのです。そのエネルギーは独自の気象条件を通して、中国や韓国などの他国からの侵入に対し、日本特有の自然界を守ってきました。

   あなた方の国の「生け花」は神聖な芸術です。
   生け花の役割は、花や草木の美しさを表現することにあります。日本人の心の中には、神々から与えられた幾何学的な形が存在しますが、それを花や草木を通して探求し、人々が自分自身の波動を高めていくこと、これが生け花の本質です。生け花は神聖なものですが、多くの日本人はその神聖さを失ってしまいました。それはその神聖な部分を物(お金)の世界と交換してしまったからです。

   書道もそうですが、彼らは漢字を通して自分の意志や力を表現します。
   漢字の持つ高いエネルギーにより、人の精神が培(つちか)われるのです。障子(しょうじ)や唐紙(からかみ)などもそうですが、それらもすべて神々が日本人の直感を通して与えた神聖な芸術なのです。ですがあなた方は、そういった神聖な芸術などのすべてを失ってしまいました。

   現在の日本人は、精神的、霊的な衰退期に入っています。
   数世紀前までは、中国も韓国も精神的に霊的に非常に進化していました。それはヨガを生み出したインドもそうであり、人間の限界を超えたものを表現することができたのです。それなのに今、なぜ日本人は衰退に向かいつつあるのでしょうか? それはすべての芸術が、お金と交換されてしまったからです。

   人類の霊的進化においては、お金には最も注意を払う必要があります。
   そしてお金がすべてだと思うようになるとき、人間は霊的本質を失います。生け花や書道などの日本芸術においては、目的がお金になってしまった時、偉大な師匠たちを支えていた自然霊の後押しを失いました。あなた方日本人の人間としての衰退はそこから始まったのです。

   伝統芸術や伝統園芸、造園なども、今では観光旅行の見世物となっています。
   それらを見物にやって来る人々が置いて帰るネガティブエネルギーは、庭園の小川や自然を守っている自然霊の存在たちを消してしまったり、遠ざけてしまいます。そのようにして変化してしまった庭園のエネルギーはネガティブに変わり、それがあなた方に跳ね返ることになります。

   多くの寓話の中で、妖精の姿をした自然霊が沼や庭園の神々として表現されていますが、それは庭園がネガティブな力に攻撃されないように守る女神たちの存在を見せているのです。日本庭園には、神聖なエネルギーを守る自然霊たちが存在していることを知ってください。

   今日、あなた方日本人は、日常的にあった伝統的なものから遠ざかり、日本人が本来的に持っていた使命からかけ離れたところにあります。では日本人の霊的使命とは何でしょうか? それは自然と共存し、霊的物質的次元における美を追求しながら、愛と調和、平和、そして強い精神を育んでいくことにあります。

   しかしあなた方は、その使命の遂行をやめてしまいました。
   あなた方は農業も失いました。すでにあらゆるものを農産物の輸入に頼っています。それでは自分の国のエネルギーを受け取ることはできません。自分たちの国で生産せずに、すべてを輸入に頼っているからです。

   一方、あなた方は自分たちのテクノロジーを簡単に海外へ売り出しています。
   それでは自分たちの資産を失うことになり、後に他の国々と競争さえできなくなるでしょう。あなた方はお金で、自分の国すら売ろうとするまでになっています。あなた方は中国や韓国、ロシアなどの隣国に対して、自分たちの霊的独立性を保たなければなりません。自分たちの国の独立性を維持できなければ、それはそうした国々の植民地となることを意味しています。

   それはあなた方の母国愛の欠如によるものです。
   日本に住むあなた方の間に母国愛がある時にだけ、神々があなた方をサポートすることができます。それは外国人を追い出すということではなく、受け入れると同時に、どの国でもそうですが元の民族が主体とならなければなりません。

   あなた方は何千年も前から伝えられてきた、そういう民族的本質や生き方を少しずつ失ってきており、しかも今急速に霊的、メンタル、感情的に衰退しつつあります。あなた方は今一度、自分たちの国の本質的なエネルギーを復活させ、あなた方の国にまだ存在する神々や神聖なものを求め続けてください。そうでないならば、いずれあなた方の国の大きな霊的退廃は避けられず、自分たちが誰なのかさえ分からなくなる時が来るでしょう。

   その退廃により、ネガティブエネルギーは以前よりもずっと強くなっています。
   そうしたものに影響されないよう、決して怖れず、日々内なる自分を育んでください。自分を信じることができれば、どのような状況にあってもそれを乗り越えていけるように、常に神々や自然霊たちがあなたのそばにいてくれるでしょう。


   ”ホワイトブラザーフッドが語った『日本の新しい霊的現実』のすべて”
        神社仏閣にいた神々はすでに立ち去りました
  book『もっと悟って もっとアセンション』  A・ジョルジェ・C・R/高木友子
                    ヒカルランド


                          抜粋 
   
   

・出雲大社は役割を終え、神社仏閣にいた神々はすでに立ち去った

   日本の神々が、神無月(かんなづき)に出雲(いずも)大社に集結するという言い伝えがありましたが、”もうここに集まることはありません”。出雲大社におけるその役割はもう終わりました。今、出雲大社にいる神は、日本海と出雲地方一帯をエネルギーバランスを取りながら守っている守護神であり、愛に満ちた霊力の強い存在です。

   かつて神々が集まったという光のテンプル(神殿)は、もう出雲大社には存在しません。光のテンプルは現在、海の次元間世界にある光のシティに存在しています。多次元ポータルを持つ光のシティは、建築学的にも非常に美しいところです。そこでは高い霊的テクノロジーが存在し、日本のバランスを取るために日本の神々が集います。そこではすべてが輝いており、そこには平和と調和、安らぎ以外何もありません。

   神々は次元空間を旅し、日本全土を光の船で移動します。
   一般的に彼らは姿を見せることはなく、富士山や鞍馬山をはじめ、北海道から九州まで光のポータルを通して、さまざまなところと連絡を取り合っています。日本の神々は光の船で光のシティへ集結しますが、船のない者はそこへ近づくことはできません。光の船を持つためには光のテクノロジー、つまり高い意識が必要になります。ですからそこに集まる神々は、霊的次元の高い存在たちなのです。

   神々は、日本のエネルギーバランスを取ったり、日本人の意識を高めるために、大切な使命を担っている小さな神社を訪れたりしています。高い神々は、次元空間に船を留めて地上に降り立ち、地上で働いている他の神々を訪れます。神々は地上の神々と共に、日本の人々が今再び光を見出し、意識を高め、闇の勢力の手に落ちることなく、アセンションの道を進む可能性を見出していけるように働いているのです。

   あなた方も知っているように、次元上昇のプロセスにおいて地軸が変化しつつあります。地軸の傾きが加速していくにつれて、地球のプレートも動き、急激な気候の変化や、空間や時間の変化といったさまざまな現象が現れるようになります。また北極や南極も、地軸の傾きの影響を受け始めています。地軸の傾きは不調和をもたらすのです。

   それにより、地球の物理的バランスだけでなく、人間は肉体とエネルギー体のバランスを崩すようになります。このアンバランスを乗り越えていくことは、多くの人々にとって難しいものとなるでしょう。しかもその上、現在では、宇宙から膨大で強烈なエネルギーが、地球やあなた方の上に降り注いでいます。

   強烈なエネルギーは、自然や川、海、動物や植物の変容を促しています。
   それは日本だけでなく世界中で、特に海において全体的なあるいは局地的な偏りを引き起こし、海中のプレートを動かす力となっていきます。陸地は海の底とプレートで繋がっており、それが大地震や津波を引き起こすのです。

   そのために日本の神々は、海中にある光のテンプルに集まり、日本を守り、日本が神聖な法則に従って進んでいけるようにと、日本列島の霊的エネルギーのバランスを取るために、さまざまな働きを企画しては実行しています。そのような神々の努力や活動が実りあるものになるためには、日本人であるあなた方の意識的目覚めや霊的な高揚が要求されます。

   あなた方日本の人々を助けるために、神々は光のシティを出入りしています。
   その役割を、これまでは出雲大社が担ってきました。しかし今、その役割は海中の光のシティに移っており、そこから日本の守護などさまざまな使命を担う他の神々と意思疎通をはかっています。中でも龍神は、大きな浄化が起きた際に、その衝撃があまりにも大きくならないようにと、海や川の底の浄化を行なっています。

   あなた方の住む町は、電磁波や排気ガスなどでひどく汚れており、建造物を建てるために自然界はどんどん破壊されています。その結果、あなた方の肉体や霊体のバランスを取るために、自然界に存在していたディーバ(自然霊)や光のポータルでしたが、今ではほとんど姿を消してしまいました。出雲大社の光のテンプルもその一つでしたが、それも終わりました。

   人々の神々に対する信仰心もなくなり、その地域一帯が物質的霊的に汚れてしまったために、それが原因で神々はあなた方が知らない場所に安全なスペースを探さなくてはならなかったのです。なぜならそれがどこにあるかをあなた方が知れば、再びあなた方はパワースポットだと言って押しかけて、その空間を汚してしまうからです。神々は、あなた方のネガティブな霊的物質的思考の汚れ、それにあなた方の誤った心霊的な世界から抜け出さねばならなかったのです。

神社仏閣へ行き、自分と同じ波長の霊を連れて帰る

   あなた方にとって神社を訪れるとは何を意味しているのでしょうか?
   おみくじやお札を頂き、お賽銭を投げ入れて願いごとをする、これがあなた方にとっての意味でしょう。そして、自分の前から苦手な人が消えてくれるようになどと、法則に反した願い事をしたりして、神社にやって来てはネガティブなエネルギーの塊(かたま)りを置いて行きます。

   そうしたネガティブなエネルギーは、より一層ネガティブエネルギーを引き寄せるようになります。ネガティブな霊的存在は、そこにやって来る人間を利用して常に神域に侵入しようとします。神々はこれまでも常にそうしたネガティブを浄化してきました。しかし現在、出雲大社の置かれている神域は、観光などを通してよりいっそう汚れがひどくなり、もうこれまでのように神々が集う場所ではなくなってしまいました。

   本来、観光は悪いことではなく、神々の愛はあなた方を手助けするためにあります。
   神々はあなた方の親であり、あなた方はその子どもなので、あなた方を後押しすることもできます。しかしそれにも限度というものがあります。ネガティブな波動で満杯の場所を、深いところから浄化することまではしません。

   神々は、人が神域を汚さない形で来てほしいと望んでいます。
   あなた方は常に唯物的な考えの中にあり、何かの願い事をしてはネガティブな想いのエネルギーを置いていきます。なぜ神社にはたくさんのさまよえる霊がいるのでしょうか? それはあなた方が引き寄せたものなのです。そうした多くのさまよえる霊たちは、神を求めて神社にいるわけではなく、そこへやって来る人々のエネルギーを求めているのです。

   人について神社にやって来た霊たちの多くはそこに残り、自分に合う波動を持った人がそこへ来るのを待っているのです。そうして自分がしばらく定住できる人を見つけて憑依し、思う存分その人のエネルギーで自分の霊体を滋養し続けます。それが神社仏閣をさまよっている霊たちの目的です。高い神々はそこまで浄化することはしません。神々の光は、そういった霊まで届くことはないのです。神々の光は次元が高いので、人について神社までやって来た霊に触れることはなく、彼ら霊たちもそれを望んではいません。

   神社に集まる多くのさまよえる霊たちは、人から人へと憑依しては旅することを楽しんでいます。繊細な人がそういった神社へ行けば彼らの標的となり、肉体的霊的に影響を受けることになるでしょう。ですから神社へ行く時は畏敬の念を持ち、真剣な気持ちと適度の緊張を持って訪れてください。


人間のエゴに感化された、執着心を持つ宗教的な神々

   あなた方は宇宙の法則の中にあり、霊的世界を統括している法則の中に存在しています。あなた方が霊的な法則とともに生きるならば、常に光の中を良い波動で生きることができます。霊的法則とは、宇宙の意志のことであり、「正しい神々」はすべて天意に従って進んでいます。そこには神聖な至高のヒエラルキー(階級的組織構造)が存在します。宇宙にはそうしたシステムが存在しており、それが3次元の神々まで展開し、地球の一番下の神々、たとえば4次元、5次元の神々とも間接的に繋がっています。

   そうした火、水、土に関わる神々は、常により高い次元のヒエラルキーに従い、無数の神々とともに動いています。ですからあなたが自らの内なる神と繋がるならば、そうした地球の神々と繋がり、至高の光のヒエラルキーとも繋がることになります。あなた方の願いを聞いてくれるのは、4次元5次元くらいで働いている存在たちです。この次元に存在する神々が、あなた方の望みや想いを更に上にいる神々に伝達しており、それが一番下の方にいる神々の役割です。

   あなた方が高い神々に繋がろうと思うならば、あなたのすべてが清くなければなりません。そのためにはあなたのエネルギー体にある霊的毒素が浄化され、肉体も浄化する必要があります。あなたにとって大切なことは、内なる神と繋がることであり、そうすれば自然に4次元、5次元の神々と繋がるようになります。

   あなた方の国日本には、間違った霊性、偽りの霊性がたくさんあり、それがあなた方の思考や意識を洗脳しています。それが出雲大社で起こっていることです。今や地球のエネルギー環境は変わり、霊的世界も変化しており、神々の世界も時代に従い変化しています。しかし4次元、5次元に存在する神々の中には、役割が終了したにもかかわらず、自らの執着により地球に残っている存在たちがいます。それが、たくさんの宗教や宗派にかかわる、エゴで動く神々と繋がっているのです。

   そうした神々は、あなた方を正しい道に導くことはできません。
   それが、多くの宗教組織において多額のお金や献金、いじめ、間違った霊能という現象となって現れています。つまり神々が、人間たちのエゴに感化されて変化してしまったからです。そこから神々との契約が始まることになり、これは自分だけでは終わらず、家族や子々孫々にまで継続し影響することになります。なぜなら霊的な契約は、そう簡単には解除されることはないからであり、注意しなければなりません。

   今や神々の世界も大きく変化しています。
   その変化についていくために、常に自分の内なる声に耳を傾けてください。それは自分が20年前、10年前に決めたことではなく、今自分の心が言うことに耳を傾けることです。すでに始まっている地球の大きな変化の時を乗り越えていくために、内なる浄化を楽しみながらアセンションに向けて進んでください。


     ”ホワイトブラザーフッドが語った『日本の新しい霊的現実』のすべて”
        神社仏閣にいた神々はすでに立ち去りました
  book『もっと悟って もっとアセンション』 A・ジョルジェ・C・R/高木友子
                     ヒカルランド


                           抜粋
   

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