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・愛に欠けた行為は必ず償われなければならない

   今日では、苦しみを「罪」のせいと考える者はほとんどいない。
   しかしエドガー・ケイシー(1877~1945)のリーディングの観点からすると、たとえその原因は隠れていて見えないとしても、罪と苦しみは厳格な因果関係を持っている。ケイシーのライフリーディングは、人間の現在の苦しみや、思い通りにならないことの原因を、過去の特定の行為に帰着せしめ、カルマという抽象概念をより鮮明に身近に浮かび上がらせた点で魅力がある。(略)
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   カルマという言葉の文字通りの意味は、「行為」というサンスクリット語からきている。
   哲学的な思想としては、あらゆる人間の行為を支配している因果律、あるいは作用反作用を意味する。インドのブラフマン哲学の遵奉(じゅんぽう)者であったエマーソンは、この概念を「償いの法則」と言っている。新約聖書でイエスが、「人は自らが蒔いた通りのものを受け取る」と言ったのは、端的にこの意味である。(略)
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   これまで約2千年の間、西欧の道徳意識は、「神の子であるキリストを通して罪が贖(あがな)われる」とする、「身代わりの教義」を基本とする神学によって鈍化されてきた。つまり、キリストは神の子であり、彼は人類の救いのために死んだ、とするこの説から教義を作り上げ、この信条を信じることこそが救いだとする教えは、一部の神学者の犯した大罪である。しかも自らの行為の責任を他へ押し付けている点においては、心理的犯罪ですらある。
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   救いというものを自らの本質的神性に求めるのではなく、誰か他人の神性を信じることに依存させるような神学は、物質科学と精神科学によって厳しく鍛えられた21世紀の人間にとって、もはやこのような教議を易々と真(ま)に受けることはない。(略)
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   心理的に、かつ倫理的に我々を納得させてくれるケイシーのリーディングは、我々の懐疑を挫(くじ)くために役立ってくれる。不思議な情報源から特殊な方法で与えられるこれらの情報は、人生というものが、我々の閉じ込められている小さな世界よりもはるかに広大で、想像を絶する宇宙構造を持つものであることを、また今まで考えたこともないような、壮大な意味が我々の人生にあることを教えてくれる。
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   これまで述べてきた肉体的カルマのケースを調べると、ある奇妙な事実に気づく。
   それはあるカルマの行為が、壁にぶつかったボールがすぐ跳ね返るように、反動がすぐには現れないことである。時として一つの人生だけでなく、いくつかの生涯という間をおいてから現れるわけであるが、なぜこのようなカルマの停止に見えるものが必要なのかということだ。
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   これに対する答えの一つは、自我は、それがつくり出したカルマを償うのにふさわしい「時と場所」を待たなければならないということだ。それには、適当な機会が現れるまでに数世紀を要するかもしれない。それまでの期間は、本人の性格的な問題の解決に使われる。この種のカルマの停止のよい例は、ケイシー資料の中のかつてのアトランティス大陸に住んでいた人々においてよく見られる。(略) 
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.アトランティスに生きた人々の多くが現在の世界にグループで転生している
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   リーディングによれば、アトランティスは今日の我々よりもはるかに高い水準に達していたようで、電気、ラジオ、テレビ、航空機、潜水艦、太陽エネルギー、原子力エネルギーの動力化などが高度に発達していた。彼らは現代のものよりもはるかに効率の高い暖房や、照明、輸送技術を持っていたという。だが、ケイシーのライフリーディングが繰り返し言っていることは、「アトランティスはその巨大な力を誤用したために破滅した」ことである。アトランティスでは、電気エネルギーや心霊エネルギー、ある種の催眠術を用いて、性欲の満足や他人を強制労働に追いやるために利用したという。そのために人間は極度の堕落に陥った、というのである。
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   それが事実であれば、当時の人間の人格的堕落は、電気や心霊学、心理学などの知識が当時と同じように利用できていない時代には、完全な償いはできないということが理解できるだろう。たとえば大食を克服し得たかどうかの最終的判断は、当人をもう一度美食で囲み、彼が節制を守り得るかどうかを見て判断されるものだ。また、美女に囲まれて誘惑に断固抵抗することができないならば、性欲を克服できたことにはならない。
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   それと同様、アトランティスの科学がその絶頂にあった時に、その巨大な力を濫用した者たちは、それと同じ機会が提供された中で、それを建設的に用いることができないならば、その利己主義と権力欲を克服したとは見なされない。歴史の周期的進歩は、20世紀をちょうどそのような時期にした。ゆえに、ケイシーのリーディングによると、アトランティス時代に生きた人間の多くが現代に非常に数多く転生しているという。つまり、アトランティスと共通するテクノロジーの現代において、かつての利己主義や文明という仮面を付けた蛮行への、新たな誘惑に耐えられるだけの素質と成長を、彼らが獲得したかどうかがこの試験場で試されるのだ。
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   ゆえに、カルマの償いは適切な文化の到来を待たねばならないということが、いっとき、カルマが停止しているかのように見える要因である。これは同時に、地球に転生してくる「霊魂たちのグループ」があることを意味している。だがリーディングは、そうであっても1人1人の魂は自分の転生する時と場所を選択することができるという。
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   カルマの停止のもう一つの理由は、次の例による説明がわかりやすいだろう。
   銀行からある人が5千ドル借りたが、翌日にはとても返済できない。だが翌週、翌月、あるいは翌年になっても返せるかどうか疑問だ。ゆえに借りた人が十分な返済金を準備できるまで猶予されることになる。まだ返す能力がないのに、返済を要求することはできない。これと同じことがカルマの償いにおいても要求されるわけで、同様の扱いが行われるようである。
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.「投げ矢のカルマ」
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   ブーラメンのように投げた人のところに返って来るカルマの実例は、ケイシーのファイルの中に数多く見出される。その一つは、生まれながらにまったく盲目の、ある大学教授の例である。(略)彼のライフリーディングは、4回の生涯にわたる彼の過去世について述べた。直前の一つ前は南北戦争時代のアメリカ、二つ目は十字軍時代のフランス、三つめは紀元前1千年頃のペルシア、そして一番古いのが沈没直前のアトランティスであった。それによると、現在の彼に盲目をもたらした霊的法則は、ペルシアの時代に彼が発動させたものだという。
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   彼は野蛮な風俗をもつ民族の1人で、その民族は赤く焼けたコテで敵の目を潰す慣習があり、彼はそれを行う職業についていたという。ここで当然疑問が生じるのは、単に自分が生きる社会の慣習上で課せられた義務を遂行したに過ぎないのに、どうして個人がその責任を負わねばならないかということである。これについては徹底的に論じる必要のある問題なので、23章で詳しく述べる。
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   次の例は、マニキュアの美容師をしていた女性だが、1歳の時に小児麻痺になり、そのために足の発育が止まり、常に松葉づえと添え木がなければ歩けなくなった。リーディングによると彼女の障害の原因は、アトランティスに生きているときに、彼女が何らかの方法によって――それが薬品、テレパシー、催眠術によるのか、リーディングは明らかにしなかったが――「人々の足を弱くし、人の後からついて歩くことしかできないようにしたところにある」というのだ。このために、今度は自分がそのような目に遭っているというのである。
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   ブーラメンのカルマの興味深い三つ目の例は40歳の婦人で、彼女は子どもの頃からアレルギーの症状で悩まされていた。それは主にパンや穀物だが、それを食べると花粉症のようにクシャミが始まるのだった。またある材質、主に靴の皮やメガネのプラスチック製のふちなどに触れると、横腹に神経性の激痛が起こるのだ。長年にわたりさまざまな医者にかかったが、良くならなかった。
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   リーディングは次のように述べた。
   「この人は前世において化学者だった。そしてある物質を用いて人に痒みを起こさせた。だから今世において自分が同じ目に遭っているのだ。また彼女は、吐く息が他人にとって毒性を持つようにある種の物質を用いたこともある。それゆえこの人は今世において、ある種の金属やプラスチックや匂いや皮に触れるとすぐ中毒するのだ。つまり、この人がかつて前世で他人を害するために用いた材質と同じものであれば、この人は中毒する」と。(略)
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   次の例は「象徴的カルマ」とも呼ばれるべきものである。
   小さな子どものときから貧血症で悩んでいる青年がいた。父が医者だったこともあり、あらゆる治療法が試みられたが何の効果もなかった。いっこうに治らないこの青年の病気は、根深いカルマに原因があることを暗示していたが、事実、リーディングは過去世を5回の生涯もさかのぼったペルーでの前世に原因があるとした。この青年はその当時、横暴な力を用いて国の支配権を奪い、統治者の地位についたのだった。「多くの血が流された。それゆえに今世において貧血症になったのだ」とリーディングは語る。
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   この青年の例は、他の肉体的カルマの例と比較すると、少し異なるのがわかるだろう。もしブーラメンのような「投げ矢のカルマ」であれば、青年は同じく支配者による無情な殺戮の犠牲者になったと考えられるからだ。しかし青年はそうはならず、彼自身の肉体が殺戮の戦場になったのである。いわば自分の罪を償ういけにえの祭壇だ。

   このように、一生肉体的障害から逃れられないということは、戦場における血なまぐさい死よりも、はるかに教育上有効な刑罰である。青年はかつて、征服者の侮蔑を持って人々の血を流した。それゆえ彼は、いま自分自身の血液の不足によって病身となり、彼の肉体の一部が象徴的にカルマを負っているのだ。
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   さて、ここで注目すべきことは、、いわゆる象徴的カルマなるものと身体的な器官との間に見られる、密接な関連である。つまり、象徴的カルマの場合は、その人の意識の中に自己の犯した罪に対する罪悪感が非常に強くあるため、その罪悪感が肉体に投影されて現れてくるように思われることだ。そしてこの場合、犠牲になる器官は象徴的に適切だと思われるものが選ばれる。
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   ケイシーファイルの中の例を二、三挙げてみよう。
   ひどい喘息患者がケイシーに言われた。「他人の命を押し潰す者は、いつか自分の命を押し潰すことになる」。耳の聞こえない人には、「これからは二度と、あなたに助けを求める人に耳をふさいではなりません」。(この人はフランス革命の時に貴族だった)。脊椎カリエスの患者は、「この人は他人を妨害したので、いま彼自身がそのような目に遭っている」。進行性筋萎縮症の患者が言われた。「これは単に下肢の神経や筋肉が萎縮したのではない。前世において、あなたが自分や他人の生活の中につくり出したものの結果である」。
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かつての殺しの伝道師は今世で夜尿症になった
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   象徴的カルマのもっとも注目すべき例は、2歳の時から慢性夜尿症で親を困らせていた11歳の少年の場合だろう。このケースは治療の過程が特異なので、少し詳細に述べることにしよう。

   幼い頃、彼は非常に大人しい子どもで、親を煩わせることがなかったが、2番目の子どもが生まれた時から寝小便をするようになった。それも毎晩必ず漏らす。親は下に赤ん坊が生まれたことでその子の心に動揺が生まれ、親の注意を引こうと、幼児に逆戻りしたのだと考えた。両親はあらゆる努力をして愛情を注いだが、夜尿症は続いた。
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   子どもが3歳になった時、両親は精神科医に相談し、1年あまりかかったが良くならず治療をやめた。その後もあらゆる専門医に相談してはさまざまな治療を試みたが、まったく効果はなく、8歳になっても治らなかった。少年が10歳になった時、両親はエドガー・ケイシーのことを聞き、子どものリーディングをとってもらうことを決心した。
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   少年のライフリーディングによると、彼の前世は初期の清教徒時代、つまり魔女裁判の時代における福音伝道師で、魔女を椅子に縛りつけて池に沈める刑を積極的に行なったという。だがリーディングは、このカルマの説明とともに治癒の希望を与えた。両親は少年が夜眠りに入る時に、ある暗示を与えるよう指示された。その暗示の内容は、肉体的なものではなく、精神的なものでなければならないと言われた。
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   母親はリーディングを受けてすぐに、子どものベッドのそばに座り、子どもが眠りに入るのを待った。彼女は次のことばを低い単調な声で言い始めた。「あなたは親切で立派な人です。あなたは多くの人を幸福にするでしょう。あなたは、あなたと付き合うすべての人を助けるでしょう。あなたは親切で立派な人です」、と同じ内容のことをさまざまな言い方で5分から10分にかけて、子どもが眠りかけた時に繰り返した。

   するとその晩、少年は何と10年ぶりに寝小便をしなかったのだ。
   母親は数か月間、この暗示を続けたが、その間1度も寝小便をしなかった。次第に暗示は週1回ですむようになり、ついにその必要さえなくなってしまった。少年の夜尿症は完全に治癒したのである。
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   この暗示を始めた最初の晩に、9年越しの夜尿症がピタリと止んだのは不思議なことである。しかもこのような素晴らしい効果を現した暗示が、「寝小便をしてはいけない」というような暗示では決してなかったことである。暗示は子どもの肉体的な意識には全く向けられず、むしろその霊的意識とでも言うべきものに向けられたことである。

   つまり、彼がアメリカのサーレム時代の前世から引き続き持っていた罪の意識に向けられたのだ。彼はかつて、自ら手を下して他人を「水に沈めた」か、あるいは水浸しの刑の責任者だった。それゆえ今、自分自身に復讐を受けていることを、ぼんやりとではあるが感じていたのである。
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   この子どもは現世においては、誰にも危害を加えたことはなかったが、彼の心のある層では、かつて自分が他人に与えた惨(むご)い刑罰のしつこい記憶のために、いまだに自分の親切心を疑い、自分は社会に受け入れられないと思っていた。だが母親を通して与えられた暗示は彼の心のこの深層に達し、彼の罪は償われている、償うことができるという保証を与えた。その結果、これ以上、象徴的復讐を自分に与える必要がなくなったのである。
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   子どもはそれ以来、よく順応するようになった。
   彼は人々から好かれて人気者になり、優秀な学生で、生来の内向性は矯正された。両親の観察によると、現在16歳になるこの少年のもっとも大きな特徴は、他人に対するまれな寛容さである。他人の中に見るいかなる性格上の欠点に対しても、彼は何らかの心理的な説明や、何らかの弁明を見出してやるのだった。

   彼のかつての前世での狭量(異端審問などの、そのために肉体的な欠陥が生じて苦しむことになったが)、彼はそれを積極的な寛容さへと変化させたように思われる。このバランスはすでに彼の中に取り戻せているので、当然、肉体的カルマは消え去るはずである。
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 改訂新訳『転生の秘密』 ジナ・サーミナラ著  たま出版
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                              抜粋
 

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