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・他人にする批判、中傷、嘲笑に気をつけよう

   ケイシーファイルの中には、興味深い前世的起源を示す次のような例がある。
   ニューヨークで生まれ育ったある歯科医がおり、彼はずっと都会で生きてきた。彼の家族も何代も前からずっと都会育ちの人々だった。歯科医の仕事は繁盛し、都会生活もきわめて彼の性に合っていて好きだった。だが彼にはある衝動があり、それは鉄砲や釣り竿を担いで、自然や野山や川へ出かけたい衝動に駆られることだった。そして実際に彼は定期的に、荒野へ行って1人でキャンプしたり、野外生活に強烈な興味を抱いていた。
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   それは彼の徹底的に都会的な性格とは矛盾する要素である。
   だが輪廻説から見れば、このことはよく理解できる。ケイシーのリーディングによれば、彼の前世は初期のオランダ植民地時代に、この国(アメリカ大陸)にやって来たデンマーク人だった。彼はニュージャージーの沼や湖や川の多い地方に住み、猟師であり毛皮の商人だった。それゆえ、森や小川に対する郷愁が、今世において都会生活をするようになっても残っていたのである。
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   このようなどこかの場所に魅力を感じる原因は、ケイシーのリーディングによれば、そこで楽しく過ごした前世の無意識の思い出にあるようだった。アメリカ東海岸に住んでいたある実業家の女性は、長年にわたり西南部へ移転したいとずっと願っていた。彼女はついに願いが叶って移転し、現在はニュー・メキシコ州でホテルの支配人をしている。リーディングによれば、彼女は2回の生涯をこの地方で過ごしたことがあるので、その地方への郷愁がずっと持続していたのである。
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   そのほかにも、人が持つ特徴や興味や態度などが、前世にその起源をもつことを示すおもしろい実例をケイシーファイルは提供してくれる。ある資産家の婦人は、非常に尊大で横暴だったが、ライフリーディングによると彼女のこの傾向は、かつて前世でオハイオ州で教師をしていたことや、パレスチナやインドにおいて権力者の地位にあったことからきていることがわかった。(略)
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   ある少年は、子どもの頃から非常に議論するのが好きで、きわめて鋭い推理力を持っていた。その性質は、アルフレッド大王によって陪審制度が設立された頃に、彼が法律家として生きていたことと、ペルシアで裁判官をしていた前世に由来していた。また神秘的で瞑想的な傾向を持つある婦人は、19世紀における前世で修道院の院長をしていた。ある金持ちの青年は、治る見込みのない悪質な飲酒癖のために、名門の家名を貶めていたが、この欠点の基は、アメリカのゴールド・ラッシュ時代の自堕落な経験によってつくられたのだった。(略)
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霊魂の性質は自ら育
て、稼(かせ)ぎとったもの
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   ケイシーのファイルには、これに似た何百という実例を見出すことができる。
   以上を要約すると次のようになる。つまり、近代心理学は、人間の相違は第一に両親の遺伝子により、第二には環境の影響によって決定されると考えている。しかし輪廻の考え方によると、遺伝も環境もともに前世のカルマが持つ決定的要素の結果であり、1人1人の霊魂の持つすべての性質は、両親から遺伝されたというよりは自ら稼(かせ)ぎとったものなのである。(略)
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   ケイシーファイルの中には、社会的的適応がうまくいった例やそうでない例で、これまで述べた原理を裏書きするものが多くある。その一つのケースは、ワシントン州で私設秘書をしていた48歳の女性の例である。彼女は過去にその外交的才能を濫用したために、現在否応なしにその心理的態度を矯正させられている。彼女の手紙には、彼女が入っていくどのようなグループにおいても、自分が歓迎されない人間だと感じていることが現れている。
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   「私は恐怖心を持って育ちました。それが一生つきまとっています。群衆の中にいるとき、私はいつも自分が不要な存在であると感じます。どうしてよいのか、何といったらいいか途方にくれるのです。私は人から嫌われるのが恐ろしくて、そのために、人から求められる以上のことをしなくてはならないという気がいつもしています。ですから誰か他の人のために何かしようとして、そのために自分の楽しみや健康まで犠牲にしてしまうのです。私は人から必要とされたいのです」
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   彼女はこれまで3度恋愛の経験があったが、そのうち3度とも、男は愛を誓いながら彼女を捨てて他の女と結婚してしまった。ライフリーディングは、彼女が前世でオハイオ州の初期の頃の移民であったと指摘し、次のように述べている。「過去において、彼女は他人に対して慇懃(いんぎん 形式的には丁寧で礼儀正し)かったが、それは自分の利己的な目的のためであった。それゆえ、自分は満足したが、多くの人を失望させた。つまり今世において彼女を躓(つまづ)かせている人々に、かつて彼女は権力をふるったのである。他人を踏み台にすることは、いつか必ず自分自身でその埋め合わせをしなければならないカルマに陥ることになる」。
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   宇宙は正直である。
   宇宙はそこへ放たれたものをそのまま投げ返す。この婦人の悲惨な状態は、彼女がかつて他人の生活に対してつくった状態を、真実を映す鏡のように暴露する。前世における彼女は、他人との交際も、それが自分の利益にならない場合はしなかった。そのために現世では家庭における彼女の子ども時代の環境も、自分を無用な人間だと思わせる基をつくった。こうして彼女は不安定な内向的性格となり、それが大人になっても続いている。彼女は十人並みの容姿を持ち、男性を惹きつけるだけの社交的才能もあったが、男たちが彼女を愛していても、結局どの男にも失望したのだ。
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   自分は要らない人間であるという意識や内向的性格が、人から好かれて必要とされるようになるために、他人を助けようという努力へ向かわせることになった。このようにしてカルマの矯正目的は行われつつある。つまり自分の利益のために、過去において自分の社交的能力を不誠実に濫用したが、その能力が今世では抑圧されているので、いやでも誠実で無私な態度をとり、自分を社会に順応させることしか道がないのである。(略)
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.他人への批判や中傷、嘲笑のカルマ
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   不寛容と同じような特徴に属するものに「批判的傾向」がある。
   次の例は過度の批判が生み出すカルマの結果の興味深い例である。その人は27歳になる青年で、劣等感でひどく苦しんでいた。この人格的な欠陥に対する原因を、彼の子ども時代に見出すことはできなかった。あるいは批判的で理不尽な親を持っていたのかもしれず、もしかすると肉体的な外見が彼を級友の嘲笑の的にしていたのかもしれない。我々がこのような推測をするのは、彼のカルマの罪の性質のためである。

   リーディングは、「人は蒔いたものを刈り取らなければならない」という。
   「あなたが人を批判したから、今度は自分が批判される番になったのだ」と。リーディングは、この青年が前世で文芸批評家であり、自分の気に入らないものはすべて容赦なく痛烈に批判したことを明らかにした。つまり、過去において他人に多大な自己不信を植え付けたために、今度は自分自身が自信喪失で悩まなければならないというわけである。ここにカルマが持つ多種多様な働きの一断面が見られる。このことは非常に重要な面であり、我々が当然と思って行なっている行為についての、道徳的な意味を熟考する必要がある。
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   なぜなら現代に生きる我々にとって、他人に対する気軽な批評や批判はたやすく、どこででも行われる娯楽のようなものになっており、おもしろおかしく気晴らしに行なっている。それがたとえ1円もかからぬ批評、批判であっても、自分の口から出た言葉に対して、いつか必ず支払わねばならぬ高い娯楽であるのは確かである。ケイシーの情報源はしばしばこうした面において、多大な誤りを犯している多くの人々に鋭い警告を与えている。
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   リーディングは言う、「人は腹を立てると他人を厳しく批判する傾向がある。これは改めなければならない。なぜなら、他人について言ったことはすべて、いつか何らかの形で自分自身の身にふりかかってくるからである」。注目すべきは、動機と目的がカルマの作用を引き起こす力になるという点である。つまり、この青年が前世で文芸批評家を職業としていたことが問題なのではなく、むしろ彼のとっていた心の態度や、それに従って自分の職業を軽率に遂行したことがカルマを引き起こしたのである。(略)
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権力の濫用と性的過剰のカルマ
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   前章において我々は、前世で人々に命令を下していた経験が、しばしば高慢な性格を形成した例を見てきた。リーダーシップは称賛すべき性質であるが、同時にしばしば横暴へと堕落するものである。そうした職務上の地位が、不謹慎なうぬぼれや尊大さへと導いた例はケーシーファイルにも多々見られ、権力の濫用とそのカルマの結果のひどい実例がある。
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   その一つだが、アメリカのサーレムで行われた魔女裁判の時代、有力な地位についていたある人物のケースを見てみよう。多くの女性たちが魔女の嫌疑をかけられて迫害されたのは、ほとんどがこの人物の責任だった。そのときの清教徒たちは、キリスト教信仰の保護のためとして魔術を防止することに情熱を傾けていたが、この男は自分の置かれた地位と権力を利己的な目的のために行使するようになった。彼は投獄された女性たちを、自分の肉欲の満足のために利用したのだった。
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   ケイシーファイルでは、この清教徒の「やくざ者」が、今世ではしばしば猛烈な「てんかん」の発作に襲われる、11歳の少年として生まれていることを明らかにした。彼の母親は夫に捨てられて貧困に喘いでおり、リーディングがとられたとき、彼は左半身の自由がきかず、しゃべる能力も失っていた。一人で大小便もできず、衣服を脱いだり着たりもできなかった。肩は前にかがみ、2、30分ごとに起こる痙攣が2、3日も続くと、頭を上げることも一人で座っていることもできなかった。
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   ケイシーによると、「てんかん」はしばしば性的過剰のカルマの結果である。
   この場合は権力の濫用がこの事態を引き起こした主要な要素であり、母親の貧困と最底辺の生活は、かつての彼が経済的に安定した立場であったのとは対照的であるが、彼の「てんかん」そのものはやはり性的過剰のカルマの結果であり、これは職務上の地位の濫用の一形態なのである。(略)
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   こうした実例から理解できることは、輪廻の考え方とは、決して日和見(ひよりみ)的な安易な態度をとることではないと力説しなくてはならない。おそろしい窮乏の教訓を学ばなければならない人々は、それが可能な歴史的時期や場所、環境を選んで誕生する。しかし同時に、他人の運命改善のために積極的に動かない人々は、怠慢の罪を犯しているわけである。他人を意識的に食い物にする者は、積極的な犯罪を犯している。こうした同胞、隣人に対する2つの罪は、いつか償わなくてはならないものである。
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   私の理解が正しければ、輪廻は同胞を欺こうとする者や、横暴な人間にとって救いにはならない。輪廻の教えが第一に強調している点は、心理的な面である。なぜならそれは個人の魂や、魂が完成を実現するための法則や条件に関係しているからである。そしてすべてのものにとって愛が究極の目的であり、愛こそが人々の進化を調整するカルマの主要な部分だと言える。
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         MANY MANSIONS by Gina Cerminara
              改訂新訳 『転生の秘密』 ジナ・サーミナラ著  たま出版
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                                  抜粋
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   多くの方々の著書から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。著作権利侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
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連絡方法; トップページのバックナンバーから、2014年7月26日「”zeraniumの掲示板”について」へ行ってください。コメント欄から連絡できます。
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