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・残虐非道を受けたのは朝鮮人ではなく日本人であり、我々はこれまで大嘘を教えられてきた

   (略)なにしろ余命(三年時事日記)の立ち上げ出稿当時は、(在日に支配された)メディアやネット、それに反日や在日朝鮮人に殴られている状況にあり、嫌韓どころか歴史的事実を記述することも妨げられてままならなかったのである。その朝鮮民族の日本における戦後史を過去ログから少しだけお伝えする。
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 日韓戦争を考慮する②
    現状と戦後史(その1) 在日本朝鮮人連盟(1945年~1949年)
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   (日本共産党の)尖兵として、また朝鮮人自らを(戦勝国と同列とする)戦勝国民であると勝手に位置づけ、敗戦国日本の法令に従う義務はないとして、武生事件では裁判所や検察庁を焼き討ちするなどした。終戦後の混乱が続く日本国内各地では朝鮮人による暴行、殺人、窃盗などが続き、官公署への横暴な態度と不当な要求が続いた。朝鮮人による建築物への不法占拠、汽車、電車、バスなどへの不法乗車、人民裁判などを引き起こした。
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   彼らの仲間である朝鮮部落の者は、そのほとんどが入り婿や背のり、戸籍の売買、一家乗っ取りなどによる「なりすまし」の同和であった。また空襲などの戦災で戸籍が消失してしまったが、一時的な措置として戸籍の自己申告制度があったが、これを不法に活用したのが、不法滞在の朝鮮人であった。
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   「やくざで同和で在日で創価」などと言う言葉は、この頃から言われるようになったものである。ここの商店街の会長はパチンコ屋の社長、自治会長は焼き肉屋の店主、PTA会長はパチンコ屋の社長夫人、防犯協会の会長はタクシー会社の在日社長、祭りは在日の地回りがすべて仕切っていた。つまり、全員が日本人名ではあるが、全員が朝鮮人である。
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   北か南かはわからないが、韓国籍か北朝鮮籍かは民団所属か朝鮮総連所属かの違いだけである。そもそもこれらの団体は本人の意志で、どちらへでも自由に脱退や入団ができることから、朝鮮籍を区別することに全く意味はない。だが北朝鮮による日本人拉致の発覚後、朝鮮籍から韓国籍に移る者が相次ぎ、韓国籍の割合が増えたそうである。今や竹島問題のエスカレートで、日本人の反韓意識が増大しており、戦後の彼ら朝鮮人による残虐非道と無法行為の数々が徐々に明らかになりつつある。

残虐行為を行なったのは朝鮮人であり、日本人は彼らによる嘘を教えられてきた
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   日本人のほとんどが抱く疑問に、なぜ在日は自から好んで日本にやって来て住んでいながら、日本人に対立するのかということである。その理由はただ一つであり、これは事実である。日本人はこれまで、彼ら朝鮮人の残虐行為や不法行為の情報や真相を遮断され、捏造された嘘を聞かされ、教科書でもそう教えられてきており、彼らが日本でどのようなことを行なってきたかについての真実を、知ることができない状態にあったのである。
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   もしこうした事実や真相を日本人が知るようになったら、少なくとくとも平穏無事では済まないだろう。在日の強制送還どころではなく、事件になる可能性が非常に高い。なぜなら戦後は未だ終わってはいないからだ。しかも彼ら朝鮮人の残虐横暴なる不法行為の被害者が、未だ生き証人として存在している。私の家系では母方の一族15名が朝鮮で虐殺されている。
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   在日朝鮮人2世は時間的に考えても、在日1世の蛮行、非人間的残虐行為のほとんどを知らないだろう。在日1世もまさか、自分たちが日本人に行なった残虐非道を、息子や娘たちにすべてを正確に話すことなどしないだろうし、できないに違いない。ではなぜ、在日2世は逃げ出すのか?
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   答えは簡単である。
   これまで彼ら朝鮮人1世は、自分たちに不利な情報のすべてを隠蔽し、あらゆる手段を用いて日本を貶めることに全力を注いできた。だがこれが、今や限界に来ているということだ。だから在日2世にとって自分の親たちから正確な情報は伝わってはいないとしても、「竹島だけではない。他にも何かヤバイことがありそうだ。だから何かあればすぐ逃げないと危ない」と本能的に感じているのである。竹島は紛争になっても簡単に片付くと思うが、国内の在日朝鮮人の孫や子の安全については問題が多々ありそうだ。
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   「日本人は周りが朝鮮漬けだから、慎重にやる必要がある」とアドバイスしておく。まったく異なるニュースソースの同じ情報は、多ければ多いほど限りなく真実、史実に近い。ここでは高齢の小生の母や他の複数の情報に共通する、歴史的史実を如実に物語るものとして引用させていただいた談話である。現在このホームページは何者かにより遮断されている。
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強制連行などあり得ず、朝鮮人の目的は日本を乗っ取るために来襲した
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   『終戦後の第三国人どもは本当に酷かった。
   彼ら朝鮮人は軍の兵器を盗んできたようで、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣してあり、これを用いて強盗、殺人、傷害、恐喝、強姦、不動産窃盗、経済犯、実力犯を中心にあらゆる悪事、蛮行を重ねていた。
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   彼らは敗戦国内の混乱に便乗し、朝鮮人は戦勝国民だと自称し「朝鮮進駐軍」を僭称して堂々と闇商売を行ない、派手に稼いでいた。彼らは取り締まりに従わず犯罪のやりたい放題であり、警察の検問を竹槍、日本刀を振り回して強行突破した。
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   当時は物がなく、売る分には素人でもできたが、難しいのは仕入れであったが、彼ら朝鮮人は日本人の露天商を襲っては商品を強奪したが、警察は黙認していた。警察署は頻繁に朝鮮人から襲撃され、署長が殴打されたり、捜査主任が手錠をかけられて半殺しにされたりするのは珍しいことではなかった。
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   上野で、朝鮮人経営の焼肉屋へ国税局査察部が査察に入った時のことである。査察官が大金庫を開けて手を入れた瞬間、20人くらいの朝鮮人が一斉に金庫の重い扉を強力に押して圧迫した結果、査察官の腕は切断されてしまった。
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   当時は警察署が襲撃されるのは珍しいことではなく、第三国人による来襲により犯罪者を奪還された富阪警察署事件や、警官が殺された渋谷警察署事件、共産党が大群で警察所を包囲して外部との連絡を遮断し、攻城戦に出た平警察署事件など枚挙にいとまがなかった。
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   当時あの辺は畜力として農耕牛を使っていたが、深夜、不逞朝鮮人が侵入して牛を盗み出し、河原へ引いていって屠殺した。牛はモー! と鳴いたので皆が気づいたが、彼ら朝鮮人は銃砲や刀剣で武装していたので追うこともできなかった。
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   長年愛して育て慈しんで育ててきた牛が、悲しそうに鳴きながらズルズル引き出されて殺されるのを傍観するのは無念で耐えがたかった。だが手向かえば殺されるのでどうにもできなかった。こうして利根川水系流域一帯の牛はほとんどが、不逞鮮人に盗まれて殺され、闇市で売られた。この辺りにも新聞紙に包んだ肉塊を売りに来たものだが、上流で屠殺した牛の肉をそのまま下流へ売りに来たのだろう。こうして南関東から牛はいなくなってしまった。
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   家畜相手だけならまだしも、人間に対しても関東以西の大都市を中心に犯罪の灰神楽(はいはぐら)が立つような勢いであり、朝鮮人は夥しい犯罪を重ねた。川崎や浜松、大阪、神戸などが特に酷かった。その最も著しい象徴的事例に、元文部大臣のちの首相である鳩山一郎氏に対する集団暴行事件がある。
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   鳩山翁が軽井沢の静養先から帰京するため信越本線の汽車に乗っていた時、例の不逞鮮人の「朝鮮進駐軍」が後から大勢乗り込んで来た。彼らは切符も買わず、鉄道員を突き飛ばして列車に押し入って来たのだ。そして、俺たちは戦勝国民だ。お前ら被支配者の敗戦国民が座って、支配者様を立たせるとは生意気だ。この車両は朝鮮進駐軍が接収するから、全員立って他の車両へ移動しろ! グズグズするな! と追い立てた。
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   そこで鳩山翁は、我々はきちんと切符を買っているんだからそれはおかしいのではないか、と一乗客として穏やかに抗議すると、たちまち大勢の朝鮮人が彼に飛び掛かってきて暴力を振るい、鳩山翁を半殺しの目に合わせた。幸いに重体にまでは至らなかったが、顔面頭部が血まみれとなり、腫れ上がった痛々しい様相で帰京した。のちにすぐ総理大臣になるほどの大物であってもこのようであるから、庶民においてはいかばかりかわかろうというものだ。
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   彼ら朝鮮人は日本人の土地や家屋敷、物資、貞操などやりたい放題の強奪ぶりであった。闇商売や賭博、傷害、強盗事件が頻発し、特に空襲や疎開で一時的に空けてあった土地や家屋敷が片っ端から強奪された。現在、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼き肉屋を営業しているが、あれなどのほとんどが、あの時に強奪された日本人罹災者の土地なのである。
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   それでも警察は手が出せなかった。
   時代は歴代の総理大臣が裁判により絞首刑にされる状況であり、警察ごときには何もできなかった。(略)まことに敗戦は悲しいものである。一方でたまりかねた警察が、秘かにヤクザに協力を頼むなどして浜松大戦争などが起こったが、小戦争のごときは日本国中に頻発していた。
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   ついには日本の憲兵隊ですら手に負えぬ非常事態に立ち至り、そして最後の頼みの綱は連合軍であった。さすがに米軍も朝鮮人の蛮行には腹が据えかねており、日本全土全域の占領を担当していた米国第8軍司令官マイケル・バーガー中将が、関東だけでなく関西や北九州など、不逞朝鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大群を出動させた。街頭に布陣して簡易陣地を築き、そこへ重装甲車両を並べ、人の背丈ほどの大きな重機関銃を構え、不逞朝鮮人共にピタリと狙いをつけ、ようやく鎮圧した。我々はその火器による火の煌めきを間近に見た。
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   このとき、連合国軍総司令官・ダグラス・マッカーサー元帥の発した言葉が、「朝鮮人等は戦勝国民には非ず。彼らは第三国人なり」という声明であり、いわゆる「第三国人」なる言葉の起こりである。この「第三国人」という語は、国際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない』
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   当時を生きた「北斗星さん」の談話である。
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     「余名三年時事日記さん から転載・引用・抜粋させていただきました。
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   多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。著作権利侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
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