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・在日「一世の想像を絶する努力」とは

   平成13年(2001年)に設立された「在日コリアン弁護士協会」(LAZAK)という組織がある。このLAZAKとは、Lawyers Association of ZAINITI Koreansの略称なのだそうだ。この在日弁護士協会のWEBサイトに掲載されている設立趣意書の中に、「在日コリアンにおける『法の支配』の実現」と題する大変興味深い文章があったので、ここに引用して紹介しておく。
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 在日コリアンにおける「法の支配」の実現
   在日コリアン法律家協会を設立する第一の目的は、このように在日コリアン及びその社会が必然的に生み出した在日コリアン法律家が結集し、在日コリアンにおける「法の支配」を実現することにある。具体的に言えば、在日コリアンへの差別撤廃、その権利擁護、民族性の回復(民族教育の保障等)及び政治的意思決定過程に参画する権利(参政権・公務就任権)の確保などである。                (「在日コリアン弁護士協会」WEBサイトより)
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【法の支配】
   法の支配とは、専断的な国家の支配を排し、国家権力を法で縛ることによって、人民の権利・自由の獲得を図ることを目的とする法原理のこと。つまり「在日コリアンにおける『法の支配の実現』とは、「法律を駆使して日本政府を縛り、在日の権利拡大を実現する」という意味ではないかと思われる。かつての在日は暴力的手段を駆使して権利獲得運動を行なっていたので、在日もかなり進歩したと言えるのではないだろうか。
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   在日コリアン弁護士協会の設立目的の具体例として「 在日コリアンへの差別撤廃」「その権利擁護」「民族性の回復」などを挙げている。これらについて主張、要求する行為自体は、現行法では取り締まりの対象になっていないので、どんなに日本人が不快な思いをしたとしても、これをやめさせる手段は残念ながらないと言わなくてはならない。
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   しかし、「政治的意思決定過程に参画する権利(参政権・公務就任権)の確保」については、これを認めることはできない。そもそも日本国においては、外国人の政治活動の自由は完全には認められないとされている。それは1978年の「マクリーン裁判」で、最高裁の判断が示されている。
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   従ってこれから明らかなことは、在日外国人の組織である在日コリアン弁護士協会が、「政治的意思決定過程に参画する権利の確保」を実現するために活動することは、最高裁判断に反している可能性があり、違法である可能性もあるということだ。
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【外国人参政権】
   在日は韓国人という立場で、日本の政治に参加することを要求しており、そのために必要な「外国人参政権」の実現を目指している。外国人参政権が実現すれば、日本が韓国の属国となることは確実だろう。かつて在日傀儡政党である民主党(民進党)政権が成立したことで、外国人参政権は実現目前までいったが、民主党(現・民進党)が選挙で大敗したため、日本は危ういところで危機を免れたのである。
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   さらに設立趣意書の中で、「在日コリアンは戦後、厳しい生活状況の中にありながらも、「一世の想像を絶する努力と多くの日本人による支援を受けて、今日までその民族性を死守せんと闘ってきた。われわれはこのような多くの先陣の軌跡を忘れてはならない。」と主張している。
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【多くの日本人による支援】
   それは日本共産党、日本社会党(現・社民党)、民主党(現・民進党)などの反日政党と思われる。日本共産党は、阪神教育事件などにも人員を動員して、在日による大規模テロ活動に協力していた。
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「一世の想像を絶する努力」
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   この「一世の想像を絶する努力」とやらについては、設立趣意書には書かれていなかったが、これについては説明する必要があると思われる。在日一世が日本に来て何を行なって来たかについては、これまでも著書に述べてきたが、余命本に触れるのが初めてという読者もたくさんいるはずであり、すべての日本人が必ず知っておくべき歴史的事実なので、しつこく繰り返し説明することを許していただきたい。
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   在日が戦後の日本で日本人に対してしてきたことを、多くの日本人に周知させることができれば、初代余命の遺志を受け継いだ余命プロジェクトチームの最終目標である「日本再生」は、半ば成し遂げられたも同然なのだ。
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   1945年8月、日本政府はポツダム宣言を受諾し、アメリカをはじめとする連合国に対して降伏することになった。だが朝鮮人は敗戦国民となることを嫌い、日本が戦争に敗北したその瞬間、日本人に対して襲い掛かった。朝鮮人は自らを「戦勝国民」であると称し、敗戦国である日本の法律に従う必要はないとして、略奪、暴行、殺人、強姦などを日本各地で繰り返した。
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   昨日まで同じ日本国民だった日本人を「敗戦国民」「三等国民」であるとして、徹底的に貶め、暴行、虐殺などを行なった。敗戦によって日本軍は解体され、警察力も弱体化して治安維持が困難となっており、旧陸軍の小銃や拳銃などで武装した朝鮮人のやりたい放題になっていた。
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【戦勝国】
   韓国初代大統領の李承晩は、サンフランシスコ講和条約に韓国を「戦勝国」として参加させるように要求したが、アメリカから一顧だにされず拒否されている。「戦勝国」として竹島、対馬を要求することができなくなったことで、李承晩は軍事力による竹島侵略を決意した。
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朝鮮人が起こした凶悪事件
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   以下に当時、朝鮮人が起こした凶悪事件のうち、特に有名なものを一部挙げておく。
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・生田警察署襲撃事件(1945年12月24日~1946年1月9日)
  兵庫県の生田警察署に拳銃などで武装した約50人の朝鮮人が乱入して立てこもる。生田警察署は米国の進駐軍の協力を得て鎮圧した。
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・直江津駅リンチ殺人事件(1945年12月29日)
  朝鮮人3人組が満員列車の窓を割って強引に乗車しようとした。それを拒んだ日本人乗客を引きずり下ろし、鉄パイプなどで撲殺した。
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【直江津駅リンチ殺人事件】
   在日朝鮮人の男3人が列車に乗ろうとしたが、満員のため乘ることができなかった。そこで列車の窓ガラスを叩き割り、無理やり乗り込もうとしたところ、車内の乗客に拒まれたため、デッキにぶら下がり、次の直江津駅まで行った。直江津駅に到着すると、彼ら在日の無法を拒んだ(29歳の日本人男性の)乗客に対して、「乗降口から乗れないので仕方なくガラスを壊して乗ろうとしたのになぜ妨害した」と詰め寄り、「窓から乗り込むという方法はない」と反論されたため、「朝鮮人に向かって生意気だ! 殺してやる!」と叫び、その乗客をホームに引きずり降ろすと、鉄パイプとスコップで殴り殺した。
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・富阪警察署襲撃事件(1946年1月3日)
  東京都小石川区の富阪警察署に逮捕された朝鮮人強盗犯の釈放を求め、約80人の朝鮮人が署内に乱入。警察官に暴行を加え、警察署を占拠した。
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・長崎警察署襲撃事件(1946年5月13日)
  闇市の取り締まり、検挙を行なった長崎警察署に対し、約200人の朝鮮人などが襲撃をかけた。警察官1人が殺され、10人が重軽傷を負った。
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・富山駅前派出所襲撃事件(1946年8月5日)
  約30人の朝鮮人が、仲間が逮捕・拘留されている富山駅前派出所を襲撃。警察官1人が負傷させられた。
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・坂町事件(1946年9月22日)
  闇米の取り締まりをしていた警察官8人に約50人の朝鮮人などが襲い掛かり暴行を加えた。
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・尾花沢派出所襲撃事件(1947年10月20日)
  朝鮮人集団が山形県尾花沢派出所に乱入。派出所内を破壊し、警官3人に重軽傷を負わせた。
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・阪神教育事件(1948年4月14日~26日)
  朝鮮学校の存続を要求して大阪城前に集結した約7000人の朝鮮人などが暴徒化し、大阪府庁を占拠、破壊。警察官31人に重軽傷を負わせた。
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・益田事件(1949年1月25日)
  島根県美濃郡益田町の朝鮮人集落で、密輸物資を押収しようとした警察官らに約100人の朝鮮人が襲いかかり、捜査を妨害した。
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・枝川事件(1949年4月6日~13日)
  朝鮮人窃盗犯を逮捕しようとした刑事2人を、約50人の朝鮮人がとり囲んで集団リンチを加え、瀕死の重傷を負わせた。
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・本郷事件(1949年6月2日~11日)
  福井県本郷派出所を約70人の朝鮮人が襲撃。救援に駆けつけた警官隊に約200人の朝鮮人が襲いかかり、多数の警官が負傷させられた。
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・長田区役所襲撃事件(1950年11月20日~27日)
  生活保護などを要求する約300人の朝鮮人が区役所に乱入し警官隊と乱闘。約900人の朝鮮人が朝鮮学校に武装して集結し警官隊と衝突。
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・王子事件(1951年3月7日)
  犯罪捜査のため東京朝鮮中高級学校を訪れていた警察官を、約1700人の朝鮮人が襲撃。警察官28人が重軽傷を負わされた。
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・下里村役場事件(1951年10月22日)
  兵庫県加西郡の下里村役場に押しかけた約20人の在日が生活保護などを要求し、職員を取り囲んで集団暴行を加えた。
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・半田・一宮事件(1951年12月3日~11日)
  愛知県の半田税務署に朝鮮人集団が乱入して税務署長らを監禁。半田市役所、名古屋市港区役所、一宮税務署、名古屋市役所なども襲撃を受けた。
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・日野事件(1951年12月18日)
  滋賀県蒲生郡日野町に朝鮮人集団が集結し、違法デモを強行しようとして警官隊と衝突。多数の警察官が重軽傷を負わされた。
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・木造地区警察署襲撃事件(1952年2月21日~23日)
  傷害容疑で逮捕された朝鮮人の釈放を求め、約70人の朝鮮人が青森県木造地区警察署を襲撃。多数の警察官が負傷させられた。
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・田川事件(1952年4月19日)
  殺人容疑などで逮捕された朝鮮人の釈放を求め、朝鮮人集団が福岡県田川地区警察署に乱入。警察官7人が負傷させられた。
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・血のメーデー事件(1952年5月1日)
  北朝鮮旗を翻した数千人の朝鮮人を先頭とする数万人のデモ隊が皇居前広場に突入。警備の警官隊と乱闘となり、多くの死傷者を出した。
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・広島地裁事件(1952年5月13日)
  広島地裁で放火の容疑で逮捕された朝鮮人4人の裁判中、傍聴していた約200人の朝鮮人が法廷を占拠。朝鮮人被告4人は逃走した。
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・新宿駅事件(1952年6月25日)
  新宿駅東口に集結した朝鮮人のデモ隊が暴徒化し、駅や派出所を火炎瓶で放火するなどし、警備の警官隊と衝突した。
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・大須事件(1952年7月7日)
  名古屋市の大須球場周辺で約1000人の朝鮮人が暴徒化。警官隊を火炎瓶や硫酸などで攻撃し、さらに警察車両などに放火した。
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在日による土地占拠
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   終戦から数年の間、朝鮮人は武装して集団で徒党を組み、日本各地で暴れまわった。朝鮮人による略奪や暴行、殺人、強姦は、終戦直後の日本では日常茶飯事のことであった。金や食料だけでなく土地を奪われた日本人も少なくなかった。空襲の被害が大きかった地域には朝鮮人が殺到し、家族全員が死亡した家があれば、土地にロープを張って勝手に占拠し、自分のものにしたのだ。
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【朝鮮人の土地占拠】
  2005年5月24日付「朝日新聞」のインタビュー記事で、アサヒビール元社長の瀬戸雄三が、神戸で貿易商を営む親戚の土地1500坪が、朝鮮人に占拠されて奪われたと証言している。
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   戦前の日本は国民皆兵であり、若い男性の多くが徴兵されており、外地の戦地に送られた兵士の復員は、船舶不足や燃料不足などによってなかなか進まなかった。それで終戦直後の日本は、女性や子ども、老人しかいない家も珍しくなかった。朝鮮人はそのような夫や父親がいない家を狙って襲撃し、妻や娘を強姦した上で叩き出し、あるいは殺して金や土地を奪ったのだ。
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   多くの駅前の一等地などは朝鮮人によって不法占拠された。駅前の一等地にパチンコ屋が多いのは、決して偶然ではないことを知っておくべきだろう。
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   これが、在日「一世の想像を絶する努力」の正体である。
   多くの日本人にとって在日とは、恐怖と憎悪の対象そのもであった。しかし、終戦直後の混乱が収束してきて社会が安定してくると、武装して「戦勝国民」を名乗り、略奪や強姦などやりたい放題に暴れることは不可能になった。
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   そこで在日は「戦勝国民」を自称することをやめ、代わりに「強制連行の被害者」を自称するようになった。以前は「我々在日は戦勝国民だから日本人は言うことを聞け!」と叫んでいたのが、今度は「我々在日は強制連行の被害者だから日本人は言うことを聞け!」と叫ぶようになったのだ。
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【朝鮮人による日本人女性の強姦】
  日本国内でも朝鮮人による強姦事件が多発していたが、朝鮮半島で日本人女性が受けた被害も悲惨だった。終戦後に朝鮮半島から引き揚げてきた若い女性の中には朝鮮人によって強姦されていた者も少なくなかったのだ。さらにあまりにも多くの日本人女性が強姦によって妊娠していたため、福岡県筑紫郡二日市町に二日市保養所が設置され、当時は堕胎は違法であったが、超法規的に堕胎手術が行われていた。
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          余命三年時事日記
      『共謀罪と日韓断交』余命プロジェクトチーム著 青林堂
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                       抜粋
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   多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
 

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