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・日本政府はこれまで韓国の言いなりだった

   平成28年(2016年)12月、韓国・釜山の日本総領事館前に、新たな慰安婦像が設置された。(略)設置したのは「未来世代が建てる平和の少女像推進委員会」という市民団体である。釜山大学に通う女子大生が代表を務めているが、実質的に取り仕切っているのは「キョレハナ」という北朝鮮系の市民団体であると言われている。
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   この記事(略 2016年12月28日付『朝日新聞WEB版』)にあるように、慰安婦像は釜山市東区に無許可で設置されたため、設置からわずか数時間で強制撤去されている。しかし、翌12月29日に釜山市東区に抗議の電話やメールが殺到したため、12月30日、釜山市東区は一転して設置を認めた。
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【抗議の電話やメールが殺到】
  この手法は、日本では朝鮮総連が得意とする手口として知られている。北朝鮮は日本でも韓国でも、同じ手口で役所や報道機関などに圧力をかけているようだ。
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   市民団体は同日中に同じ場所に慰安婦像を再設置し、12月31日に除幕式を行なったのだ。慰安婦像の横にある碑文には、慰安婦問題日韓合意を破棄する宣言文が書かれているという。だが韓国政府がこの暴挙をやめさせるために、必要な措置を講じることはなかった。つまり事実上、韓国政府は慰安婦像の設置を黙認したのだ。
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   平成29年(2017年)1月、日本政府は在韓国日本大使と総領事を一時帰国させた。慰安婦問題日韓合意で約束したはずの、ソウルの日本大使館前の慰安婦像の撤去が一向に為されないばかりか、さらに韓国政府が適切に対処する意思を見せなかったことから、これまでにない強い対抗措置がとられたのである。
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【北朝鮮系の市民団体】
  慰安婦像の設置を推進する市民団体の多くは、北朝鮮工作機関の指導下にある。このことは公然の秘密であり、多くの韓国人も知っている周知の事実であるが、「慰安婦像は北朝鮮の工作」と発言すると、「元慰安婦のハルモニを侮辱した親日派の売国奴」などと言いがかりをつけられて、社会的に破滅させられる恐れがある、それで内心は慰安婦像に反対していても、韓国内ではそれを言い出しにくい雰囲気があるという。
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【最終的かつ不可逆的に解決】
  日韓基本条約でも「完全かつ最終的な解決」が確認されたが、韓国は条約を無視して金を要求し続けている。慰安婦問題日韓合意で「最終的かつ不可逆的に解決」することが確認されたが、「どうせ韓国は蒸し返すに決まっている」と考えた日本人は少なくなかった。そしてその通りになった。
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【無法国家】
  韓国では法より上位の概念として「情」があるとされ、法治国家ではなく「情治国家」であると揶揄(やゆ)されている。韓国では国家権力が法に基づいて厳正に行使されているとは言い難く、行政や司法が世論や国民感情に迎合する傾向が強く、法がないがしろにされているのが実情である。
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世界遺産登録問題での韓国の裏切り
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   慰安婦問題日韓合意が発表された時、多くの日本人は「これでやっと韓国からの嫌がらせから解放される」と胸を撫でおろしたに違いないと思われる。だが多少でも韓国について知っている人であれば、韓国の裏切りは予想の範囲内だったのではないだろうか。
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   韓国が合意や条約を守らないのは、今回の慰安婦問題日韓合意が初めてのことではない。韓国にはこれまでに何度も前科があり、いわば常習犯なのである。無数にある事例の中から、本稿では代表的な3つの事例を紹介しよう。
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その1 「世界遺産登録問題」
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   最近の話では、長崎県の軍艦島の世界遺産登録問題で、日本は韓国の嘘に騙され、手痛い裏切りに遭っている。平成27年(2015年)5月、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関「イコモス」(国際記念物遺跡会議)は、軍艦島(端島・はじま)などの明治の重工業施設を中心とした「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に登録するよう勧告した。だがその直後から、韓国は官民の総力を挙げて、日本の軍艦島の世界文化遺産登録を阻止する反対運動を開始したのである。
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   平成27年(2015年)5月11日、ソウルで日韓議員連盟の会合が催され、日本側は日本政府が推進している「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に、韓国政府が反対していることについて、韓国側に政治問題化しないように求めるとともにこの問題について継続して協議を行なうことを確認した。
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   だがその翌日、韓国国会において、日本政府が「明治日本の産業革命遺産の世界文化遺産への登録を推進していることを糾弾する決議を可決、採択したのである。日韓議員連盟の会合での申し合わせは完全に無視されたのであった。
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   平成27年(2015年)5月20日、朴槿恵大統領はユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長と会談し、「歴史に背を向けたままの世界遺産登録の申請は、国家と国家の不必要な分裂を招くことだ」と述べ、お得意の「告げ口外交」を行なった。さらに韓国政府は尹炳世外交部長官を、議長国ドイツをはじめとするユネスコ委員国に派遣し、日本の登録阻止への協力を呼びかけた。
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   同時に民間では、韓国キリスト教国の代表らが共同記者会見を行ない、「日本の帝国支配に関連する世界文化遺産を登録する日本の試みを非難する共同声明」を発表した。さらにVANKや韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などの反日市民団体は、集団メールなどでユネスコ委員国に対して、「軍艦島はホロコースト施設である」「朝鮮人が強制連行されて奴隷労働に従事させられた後、虐殺された」といった類(たぐい)のデマを撒き散らした。
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【ホロコースト被害者を自称する韓国】
  カナダのトロントにある「カナダ・イスラエル友好協会」は、韓国が慰安婦問題について「ホロコースト」に匹敵する残虐行為と主張していることに対し、「ホロコーストの意味を捻じ曲げている」「ホロコーストに匹敵するものはなかった」と批判する意見書をユネスコに送付している。意見書は、「ユネスコが一部加盟国(韓国)の政治的道具になった」とした上で、「性奴隷」「慰安婦20万人」の主張は裏付けを欠くと指摘している。世界が少しずつ韓国の嘘に気づき始めているようだ。
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   この問題について話し合うため、岸田文雄外務大臣と尹炳世外交部長による外相会談が開かれ、日本が韓国の「百済歴史遺跡地区」を世界文化遺産に登録することを支援する代わりに、韓国も「明治日本の産業革命遺産」の登録を支援することで合意した。
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   2015年7月4日、韓国の「百済歴史遺跡地区」の登録が採決された。しかしその翌日、なんと韓国は合意を一方的に反故(ほご)にし、「明治日本の産業革命遺産」の登録に反対を表明したのだ。このような汚い裏切りをして恥じることがないのが韓国人なのである。
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   土壇場で韓国に裏切られた日本は、世界遺産登録をなんとか採決にこぎつけるために、最終的に韓国に譲歩し、「日本が徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる」ことを約束し、登録が採決されたのだ。韓国人は、韓国政府は「日本政府に韓国人を強制労役させた歴史的事実を認めさせた」と自国民に向けて勝利宣言したのだった。これが韓国という国であり、韓国人という生き物なのだ。
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   安倍総理は、韓国に土壇場で裏切られたこと、韓国側の要求を呑んだ外務省の失態に激怒したというが、すべては後の祭りだった。
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その2 「河野談話」
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   韓国政府の嘘と裏切りの枚挙にはいとまがないが、忘れてならないのがいわゆる「河野談話」の件である。慰安婦問題が生まれる契機となったのは、昭和58年(1983年)に刊行された吉田清治著『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)という本だった。吉田は著書の中で「軍の命令によって済州島で慰安婦狩りを行なった」という嘘の体験談を発表した。これを朝日新聞が事実として報道し、やがて韓国で大騒ぎとなった。さらに韓国で「日本軍に強制連行された」と主張する自称元慰安婦が名乗り出て来たことで、日韓間の国際問題にまで発展したのだ。
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   平成4年(1992年)1月、ソウルで開催された日韓首脳会談で宮沢喜一総理は、「最近いわゆる従軍慰安婦の問題が取り上げられていますが、私はこのようなことは実に心の痛むことであり、誠に申し訳なく思っております」(外務省発表資料による)と述べて、盧泰愚(ノテウ)大統領に何度も謝罪を繰り返した。しかしこの謝罪に韓国政府は納得せず、激高した韓国の世論も収まらなかった。宮澤総理は、慰安婦問題の調査を行なうことを盧泰愚大統領に約束して、帰国の途に着いたのだ。
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日韓首脳会談】
  朝日新聞は1992年1月11日に「慰安所軍関与示す資料」という見出しの記事を出して、「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万とも言われる」と報道した。この記事は韓国メディアで大きく報じられ、韓国の世論は激高した。朝日新聞の記事は、日韓首脳会談のために宮澤喜一総理が訪韓する直前のタイミングを狙って出されたものであった。宮澤総理は盧泰愚大統領に何度も謝罪し、慰安婦問題の調査を約束させられたのだ。(略)
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   日韓首脳会談から半年後の1992年7月、加藤紘一官房長官によって、いわゆる「加藤談話」が発表された。その内容というのは、慰安所の管理・運営に関して、当時の日本政府の関与があったことを認めたものだった。(略)しかし日本政府は、慰安所の日本軍の関与については一部認めたものの、慰安婦の強制連行については認めていなかったため、韓国政府は納得しなかったのだ。
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日本政府は韓国の言いなりだった
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   韓国政府は日本政府(宮沢内閣)が発表した加藤談話について、内容が不十分だとして納得せず、あくまで慰安婦の強制性を認めるよう要求してきた。だが日本政府がどれだけ調査しても、軍による強制性を示す証拠は見つからなかったのである。
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   1992年12月、宮沢改造内閣が発足し、加藤紘一に代わって官房長官に河野洋平が就任することになった。そして韓国側の要求に応えるための加藤談話に代わる新談話の作成は、河野洋平によって行われることになった。韓国側の要求である「慰安婦の強制連行」を新談話に盛り込むために、日本政府は再調査を続けて関連資料を探したが、どうしても強制連行の証拠は見つからなかった。
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   そこで韓国政府の要請で、元慰安婦16人への聞き取り調査が行われることになった。強制連行を示す物的証拠が何も見つからなかったため、韓国は元慰安婦の証言を証拠として採用させて、強制連行を認めさせようとしたわけである。
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【元慰安婦16人】
  聴き取り対象になった元慰安婦16人の中に、日本政府に対して賠償を求めた慰安婦裁判の原告5人が含まれていたことが明らかになっている。
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   特に若い読者の中には、なぜ当時の日本政府がここまで韓国政府の言いなりになっているのか、訳がわからないと感じる人も多いのではないだろうか。インターネットが一般層にまで広く普及するようになったのは、21世紀に入ってからのことであり、当時は新聞やメディアが情報発信の手段を独占していた。それは今ではちょっと想像できないほどに、反日メディアは強大な力を持っていたからである。
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   一部の反日メディアは、韓国や在日に批判的で従おうとしない政治家を思うままにバッシングし、何人もの政治家が辞職に追い込まれるような、そんな暗黒の時代だったのだ。現在であれば政治家はメディアのバッシングに対して、即座にSNSやブログなどで反論することができるが、当時は一方的な報道で袋叩きにする一方で、報道しない自由を行使して反論を封殺することが可能だったのだ。
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   だがインターネットの普及によって、情報の入手と発信の手段を一般大衆が手にすることができるようになり、日本人は特に若い世代が容易に騙されなくなってきた。インターネットの普及がなければ余命ブログも存在しなかったし、それがもう少し遅かったら日本は完全に、売国奴と在日の手に落ちていたかもしれないのだ。
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【SNS】
  橋下徹元大阪市長は、政治家発言が「編集されてメディアに都合よく報道される」「メディアは気に入らない奴の主張は載せない。自分たちに盾つかない識者の主張ばかり載せる」と指摘し、「政治家がSNSを使うことは民主政治にとってはより有権者のためになる」と自身のツイッターで主張している。
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       余名三年時事日記
    『共謀罪と日韓断交』 余名プロジェクトチーム編 青林堂
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   多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
 

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