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・誰かを侮ることで自分の優越感を維持する「必要性」

呉善花  今の韓国の60代以下の人たちは、日本人と接する機会もないままに、学校教育により反日感情を抱いていますが、大統領もその庶民レベルと同レベルの反日感情しか持っていない。それが朴槿恵氏であり、その前の李明博氏だということです。
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櫻井よしこ  善花さんも反日教育を受けられたそうですが、たとえばどういう教育を受けたのですか?
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  それは、本当に「日本人=悪魔」のような教え方でした。私たちは日本に言葉も文化も奪われ、経済的にも苦しめられ、強制的に連行されたというように、「日帝によって罪なき民族が悪逆非道の仕打ちを受けた歴史」だけを教えられるのです。それを子どもの頃から植えつけられます。
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  ですが私は、親の語る日本の思い出話とともに育ちました。両親は戦前、日本で働いた頃のことを、日本人への親しみを込めてしばしば語ってくれました。私は済州島の村で育ちましたが、村では日本や日本人のことを悪く言う人はいませんでした。
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  ところが小学校に入り、学年を重ねていくにつれて、「日本人はいかに韓国人に酷いことをしたか」と教わるようになりました。教室の前面上方の壁には朴正熙大統領の写真が掲げられ、その両脇には「反共」「反日」と大きく書かれた標語が貼ってありました。反共の「共」は(共産主義の)北朝鮮を指し、いかに北朝鮮が邪悪で恐ろしい国なのかを教わりました。一方、反日の「日」は日本を指しており、日本人がいかに韓国人に対して悪い事をしたかを教わるのです。
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  授業を通して、「父母たちの世代は土地を収奪された」「日本語教育を強制された」「独立を主張して殺害された」「拷問を受けた」「強制徴用された」と知らされました。そのたびごとに、自分自身の身を汚されたかのような、言いようのない屈辱感、そこから沸き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りに震えました。それは今思い出しても身震いするほどです。
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櫻井  当時の教科書の内容はどのようなものだったのですか?
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  基本は現在のものと大差ないと思います。近年の韓国の国定教科書では、「(侵略戦争を遂行するために)日帝は我々の物的・人的資源を略奪する一方、我が民族と民族文化を抹殺する政策を実施した」として、それを「日帝の民族抹殺計画」と名付けています(「中学校国史教科書」1997年初版)。この「民族抹殺」という言葉が、韓国人の感情・情緒を強く刺激するのです。
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  この「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは次のようなことです。「内鮮一体・皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした」「韓国語を禁じて日本語の使用を強要した」「韓国の歴史の教育を禁じた」「日本式の姓と名の使用を強要した」「各地に神社を建てさせて参拝させた」「子どもにまで『皇国臣民の誓詞を覚えさせた」と。
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  ですが、そう列挙されているだけで、実際には具体的な内容は一切載せられてはいない。それは「高等学校国史教科書」も同じです。そのために、強く刺激された感情だけが、実際の知識の媒介を通されることなく、全身にストレートに浸透するのです。小学校でも同様で、「日本によって民族が蹂躙された」「奴隷のように扱われた」「人間の尊厳に大きな傷を受けた」、というように反日教育が学校の教室の中で行われています。幼い時期はより感じやすいので、「ひどすぎる」「絶対に許せない」という思いで感情と心がいっぱいになります。
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  しかもそれは自分たちの親や祖母、祖父のことなので、苦しい気持ちと同時に激しい怒りがこみあげてきます。なぜ日本人はそこまでするのか、同じ人間なのになぜそれほど非情なのか、それは日本人にはそういう民族的な資質があるからだ・・・、そう思うしかない教育なのです。そして「そうなのか、日本人はそんな『侵略的で野蛮な民族的資質』を持つ者たちか」と、心の底から軽蔑の念が沸き上がってきます。
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  これはもはや歴史教育ではなく、明らかな感情的情緒教育です。つまり歴史認識以前に、反日感情、反日心情をしっかりと持たせることが目的として指向されているのです。
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櫻井  アメリカで行われたある研究を思い出したのですが、それはスタンフォード大学アジア太平洋研究センター(APARC)のダニエル・スナイダー副主幹の下に行われたもので、日本、アメリカ、韓国、中国、台湾の5つの国の高校歴史教科書の比較研究です。1931年の満州事変から1951年のサンフランシスコ講和条約の締結までの20年間について、これらの国々の歴史教科書がどのように記述しているかについて、3年間にわたって調査されたものですが、2011年に正式に発表されました。
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  その報告書の中でスナイダー氏は、民族意識の高揚だけを意図している顕著な例として韓国の教科書を挙げました。それは非常に自己中心的な教科書だと分析されていました。それは先ほどの「日本人=悪魔」といった教え方だったそうですが、ちょうどこの分析と一致します。
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呉  韓国では日韓の歴史は、だいたい三つの時代で教えられます。古代、秀吉時代、そして日本統治時代です。中でも古代は韓国の優越意識の為に重要です。古代は韓国の三国時代に当たります。学校では高句麗と新羅、百済の時代、朝鮮半島はとても輝いており、文化や文明があったと教えられます。たとえば仏教があり、漢字も入ってきて三つの国が輝いていた時代だったというわけです。
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  ところがその頃の日本列島には何もなかったと。仏教もなければ文字もなかった。そこで私たちが彼らに文化や文明を教えてあげたのだ、というところから話が始まります。高度な技術も漢字も仏教もすべて、我々が伝えてあげたのだと生徒に教える。そして実際に教科書の表現は、伝えて「あげた」という書き方なのです。文化も、文字も教えて「あげた」。仏教も伝えて「あげた」。そのおかげで日本は未開の地だったが、やっと国らしき形になったということから、日韓の歴史が始まります。
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  このような「私たちはいかに優れていたか」という「辺境の野蛮人(日本)に対する最先端の文明人(朝鮮)」という構図からなる民族優越意識が、韓国人の反日感情の底にはあります。これを知らなければ、韓国の反日感情はわかりません。ですから子どもから大人まで、すべての韓国人が反日的なことを言う時には必ず、「未開で野蛮な日本人」という前提があります。それは日本統治時代の36年間に、日本に酷いことをやられたということだけではなく、「低いレベルの人たちに」やられたという悔しさが必ずあるのです。
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  ですから私は反日感情のことを「侮日(ぶにち)」観と呼んでいます。つまり韓国の反日感情のあり方は「侮日」観なのです。それは常に日本は自分たちより文明的・人間的に劣位にあると見ており、そのような日本人にやられたことが許せないということです。だから日本人には何を言ったりしたりしても失礼にはならないのです。

  (略)「反日」は「我々を侮辱し続けた日本」に対する反日感情として見ないとわからない。ただ日本統治時代に日本がひどいことをしたことへの恨みから「反日」になっていると考えると、韓国のことはわかりません。「反日」の前に「侮日」があり、その根源には「侮日」があるのです。
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櫻井  日本人を侮(あなど)ることによって、自分たちの優越感を満足させるわけですね。
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呉  そうです。本当にこの優越意識を知らないと韓国人のことはわからないのです。北朝鮮も同じですね。非常に民族優越意識が強い国民性です。
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櫻井  しかし韓国人にも冷静に見てほしいのですが、実際には、日本にはすでに文明があり、非常に優れた文字や芸術があったのも確かです。また日本は優れた統治をしたので国民は穏やかな文明を築き、日本列島で日本人は幸せに暮らしてきました。朝鮮統治においても、日本は非常に努力をして一生懸命統治したということです。
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  たとえば福沢諭吉ですが、彼は日本人として朝鮮半島に尽くした人です。彼は朝鮮半島の庶民が読めるように、日本の片仮名に当たるハングル文字を使い、読みやすい新聞を作りました。漢字とハングルを混用した新聞の刊行に彼はとても貢献しました。
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呉  それまで朝鮮では公式には漢字だけでしたからね。ハングルは1443年に李朝の第四代王、世宗の発議によって創出されましたが、ほとんど使われていなかった。それを福沢諭吉の発案で、韓国の「漢城週報」に初めてハングルが使われました。当時の韓国の知識人はハングルは真の文字ではないと馬鹿にしていたので、一般庶民にも普及しなかった。結局、400年の間、ハングルは眠った状態だったのです。
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  ところが日本統治時代になり、朝鮮総督府は国民学校を作りました。そこでまずはハングルを教え、日本語も教えました。同時に朝鮮の歴史も日本の歴史も教えました。小学校に相当する国民学校は1910年の日韓併合時には100校ありましたが、終戦の2年前の1943年には、5960校にまで増えていました。つまり、ほとんどの村には最低1校は国民学校があったということです。
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  また統治時代に、日本語も教えられたということだけをことさら問題にすると、韓国人は韓国語を奪って日本語を無理やり教えたというイメージを持っています。しかし実際はそうではなく、日本は韓国語も日本語も教えたのです。朝鮮語が正課からなくなったのは戦時中の数年間だけで、戦争が起きたために内地と朝鮮の急速な同化推進が必要となったためです。
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  日本語、韓国語に限らず、文字の読み書きができる人間を増やすのはいかに大変なことでしょうか。日本統治時代の末期、朝鮮人の小学校への就学率は男子60パーセント、女子40パーセント程度でした。それに対し総督府は、1946年度から本土と同じ義務教育制度を導入する計画をたて、平安南道をテストケースとして特別に予算を割き、希望者全員の入学を達成しています。これは韓国では教えられてはおらず、日本でもあまり知られてはいません。
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  もう一つ、韓国人はよく「日本統治時代に経済的に奪われた」「苦しめられた」と言いますが、実際には、韓国は日本からの投資で経済成長を遂げました。朝鮮総督府の統計によると、1900年前後以降、韓国に日本から投入された資本は、現在の貨幣価値に換算すると80億ドル(約9000億円)です。それで北から南までインフラ(設備)整備を一気に行ないました。
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  北部には大規模な工業地帯が築かれ、南部では特に資本主義的な商業が大きく発達しました。開墾、干拓、灌漑などの大規模な土地改良や、鉄道、道路、橋梁、航路、港湾などの交通整備、電信・電話などの通信設備の敷設、近代工場や大規模水力発電所の建設などが全土にわたって展開されました。
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  植林も毎年行われ、1922年までに植林された苗木は総計10億本に上りました。1910年の韓国併合当時に米の生産高は年1000万石でしたが、1932年には1700万石、1942年には2200万石と大幅に増産されました。工業生産額は1927年から1933年までは3億円台だったのが、1935年には6億円台、1940年には18億円台となりました。

  こうしてものすごいスピードで仕事が増え、経済的にも韓国は豊かになりました。生活物資の消費量も飛躍的に増大し、1人当たり国内生産(GDP)は1920年代から30年代を通じて、年平均4パーセントほど上昇しました。ですがこの間、世界の他の国々の成長率は、よくても2パーセント程度でした。
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櫻井  イギリスやフランスの植民地統治とはまったく違いますね。朝鮮半島の人々にとっては受け入れ難くても、日本は朝鮮半島の人々を同じ日本人と考えて力を尽くしたことがよくわかります。
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呉  大変なことですよ。その結果、韓国併合時の1910年には朝鮮半島の人口は1312万人でしたが、1944年には2512万人と倍近くにまで人口が増えたのです。しかし韓国ではこのようなことは教えてはならない、知ってはならないということになっています。私は日本で本を書いたり、大学で教えたりしていますが、これを教えるだけでも韓国では反韓活動とされて「売国奴」とされるのです。
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  日本人は短い期間に多額の投資を、日本国内よりも韓国に対して行ないました。そのため日本は万年の赤字で、その赤字を埋めるために日本からの持ち出しが最後まで続きました。そのようにしてまで朝鮮に莫大な公共財を築き上げながら、なぜ日本は戦後、それらをすべて韓国に残したまま日本に帰ることを我慢できたのか、私は不思議でならないのです。
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    『赤い韓国』 櫻井よしこ×呉善花 産経セレクト(S‐007)

                      
抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。

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