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  実は、アメリカでも今、国を腑抜けにしようとする恐るべきことが進行中なのです。これが今日のアメリカの大きな問題となっており、その目的は明らかに、アメリカらしくない国にしてしまおうというものです。2016年の大統領選挙でトランプ氏が勝利したのは、アメリカ国民の間に長い間溜まっていた多くの鬱憤が、一気に噴き出た結果でもあります。
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  それは日本でも戦後、(共産主義思想に感化された)知識人が進めてきた自虐史観教育とよく似ており、トランプ氏はオバマ民主党が進めてきたこのような動きに対し、否定的姿勢であることを明らかに示しました。その姿勢に多くのアメリカ人が共感したのです。トランプ氏はよく人種差別主義者だと非難されますが、実はアメリカ国内の人種間の分裂を推進したのはオバマ民主党のほうなのです。
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  アメリカ人の伝統的な価値観の中で重視されるのは「自立精神」です。
  自立精神を持った人々の集まりこそが、アメリカ合衆国の建国の本義なのです。自分の生活は自分で守り、家族を愛し、地域や社会のために尽くし、正義のためには自己犠牲をいとわない。こうした価値観をアメリカはもっとも大切にしてきました。
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  個人が自立するということは、つまり自己決定と自己責任が重視されるということです。ところが今、アメリカに蔓延するリベラリズム(自由主義)は、そうした自立心を軽んじるばかりか、問題があれば何でも社会のせい、政府のせい、他人のせいにして、個人の権利を声高に主張しようとするのです。日本では戦後の日教組教育がその始まりであり、自分の欲求や欲望は無制限にどこまでも広げるが、それに対する責任はいっさい取らないといっているに等しい。
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  こんな依存的で恥知らずな考えの人が多数派になれば、社会そのものが成り立たなくなります。つまり、堕落したリベラリズムの終着点は破滅であり、その思想は反社会的、非人間的であるといえます。そして日本も米国も同じような被害に遭っているのは、実は両国がよく似た国であるからかもしれません。私は長年日本に住んでみて、精神面などもっとも根本的なところで似ていると、心からそう思うようになりました。
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  どちらの国の国民も戦いにおいては勇敢で、名誉や正義というものを重んじます。つまり「理想」を掲げる国つくりをしてきた点も同じです。そういう日米両国を引き離そうと、一生懸命に工作活動をしてきたのが中国・韓国という国であり、それは非常に迷惑なことですが、無駄なことでもあります。
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日系人マイク・ホンダ氏は中国・韓国の手先
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  2016年の大統領選挙と同時に行なわれた連邦下院議員選挙では、これまで徹底的な反日活動を行なってきたマイク・ホンダ氏が落選しました。彼は日系人でありながら、抗日連合会という中華系反日団体の手先として働き、「歴史のねつ造」を拡散することで日本の地位を貶めてきた人物です。この人のおかげで、日本がどれほど苦しめられてきたことか。
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  ホンダ氏のように米国民の税金を使って、中国や韓国のために反日活動を行なう議員がワシントンにいたことは残念なことですが、彼らがあれほど騒いだ割には、反日感情の定着という「成果」はアメリカではほとんど上がってはいません。日本人に悪感情を抱くアメリカ人は本当に少数派なのです。本来、マイク・ホンダ氏を使って大騒ぎした中国の抗日連合会や、慰安婦問題で騒いだ在米韓国人は、私から言わせれば「アメリカ人を名乗る資格」を根本的に欠いています。
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  アメリカ合衆国の公民権法には、差別だけでなく、出身国の民族紛争や政治問題をアメリカ国内に持ち込んではならないという規則があります。にもかかわらず在米の中国系や韓国系の一部の団体は、アメリカ国内で日本叩きを盛んにやっているわけです。そうやって髪を振り乱し、喚き散らしながら、感情的かつ不条理に騒ぐ韓国人や中国人と、感情を抑え、冷静に持論を述べる紳士的日本人を比べて、たとえ歴史問題をよく理解していないアメリカ人であっても、どちらが信頼に足る国であるかはわかります。中国と韓国はいい加減、自ら墓穴を掘っていることに気づくべきでしょう。
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  アメリカでの最近の反日活動では、2015年に安倍首相が訪米した際、韓国は日米の親善が深まることを阻止する目的で、現地で多くのロビイストを雇い入れ、ワシントンの国会議員らに慰安婦問題の資料を配ろうとしました。しかし皆、それを拒否したといわれています。実は日本政府の側もロビイストを雇っており、韓国のロビイストに先回りしたのです。日本政府はこのような情報戦を、引き続き強化するべきです。
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  かくいう私も微力ながら、慰安婦問題に関する日本の立場について、正確な情報をブログからできるだけ発信してきました。もちろん英語です。こうした地道な活動が功を奏したのか、『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』などは完全にトーンダウンし、今では20万人の強制連行や性奴隷といった嘘の言葉を使わなくなりました。これまでただ悔し涙を流すしかなかった日本人の名誉回復に、少しでも役に立てたならば私にとってもうれしいことです。
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真の愛国心は本来、他人の愛国心にも敬意を払う
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  愛国心とは本来、競争の中で生まれてくるものです。
  競争といっても、他を蹴落として勝つということではなく、自分の帰属性や共同体への愛着を確認するための感情なので、むしろ(比較するための)他の存在があって初めて成り立つ性質のものです。(つまり比較するものがなければ愛国心は生まれようがない) たとえばオリンピックやFIFAワールドカップなどの大会で、日本代表が勝てば当然うれしいし、負けると悔しいものです。これは極めて当然の反応で、どこの国の国民も同じです。
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  ある時、そのような感覚について、「これは健全な愛国心の現れではないか?」とブログで指摘したのです。するとそれに対して、「それは愛郷心や民族としての親しみから生まれるものであって、愛国心からではない」と、わざわざ否定する人がいました。要するに彼は、日本人という民族や生まれ故郷は好きだが、日本という国家は嫌いなのだということを言いたかったようです。
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  これこそまさに、かつてのGHQが施したWGIPの洗脳に最も「ハマった」人と言うべきです。もっと素直になれば良いものを、なぜそこで「愛国心」と「愛郷心」をイデオロギー的に分けようと苦労するのでしょうか?
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  スポーツだけでなく、これは国家についても同じです。
  つまり他の国々があるからこそ、その比較という関係性の中から自国という意識が生まれるのです。比較してその違いの認識から、自国の美しさや素晴らしさを発見することができ、同時に自国にはない他国の文化の素晴らしさも知ることができます。それが本当の国を愛する「愛国心」なのだと思います。
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  すなわち、本物の愛国者というのは、他国の愛国者と相通じるものがあるので、自分が国を愛するように、他国の愛国者に対しても深い敬意を払うものなのです。中国人や韓国人は、このことをぜひ学んでほしいものです。
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日本人の「オール・オア・ナッシング」という狭量さ
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  一方で日本人の傾向として、すぐに「あの人はいい人だ」とか「あれは信用できない」といった評価を簡単に下してしまいがちなところがあります。つまり、「同意できる部分もあるが、そうでない部分もある。でもあれも彼の意見だからね」「あなたが私に同意しないという考え方に、私は同意しますよ」といったような、相手の立場も認める距離の取り方をするのが苦手な人が多いことです。
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  おそらく日本人は互いの意識が近いことから、少しでも相手が自分と違うと、それがほんの些細な考え方の違いであってもすぐわかってしまい、イヤになってしまうのでしょう。たとえば日本では保守や革新の陣営も、まとまったと思ったらたちまち分裂することが繰り返されます。少しでも違う部分が出てくると、「ケントは間違っている」といって全力で攻撃してきたりする。これは心が狭いというよりは、ある意味では潔癖症に近いものかもしれません。
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  これに対して、アメリカ人の場合は本来、さまざまな国の文化や民族によって成り立っている国なので、同一性を見つけるほうが難しいのです。するとどうしても、自由だとか平等などの理念を持ち出さなければならず、互いの違いを見つけ出すのではなく、同じところを見つけ出さないと、同じ町で一緒に仲良く暮らすことさえできません。潔癖症的な感性ではアメリカの国民などやっていられないのです。これは愛国心に目覚めた日本人が陥りがちな「潔癖症的傾向」なので、このことについてよく認識しておく必要があると思います。
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  潔癖症という点でいうと、日本人は国際関係を見る時でも、「all or nothing 」(全てあるいは無)の態度を取る人が多いように思います。それがたとえば「アメリカは善。とにかくついていけばいい」とか、「中国やロシアは絶対悪であり、だまされてはいけない」というような、二分論です。なのでアメリカが国益追求の過程で日本を突き放したような言い方をすると、日本人はかなりショックを受けてしまいます。
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  それはまるで、信じて尊敬していた交際相手に突然、裏切られたような気分になるわけです。「前回は国益に沿ったことだったので協調できたけれど、今回は申し訳ないが握手できない。でもとりあえず、話し合いはしましょう」、といったクールな取引が日本人は苦手です。(一つ否定されたり批判されただけで、すべてを否定されたと受け取ってしまう狭量さ) 
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  そもそもアメリカが、将来的にも絶対に日本の味方になり、必ず守ってくれるなどといった甘い幻想を、いい歳をした大人が信じていること自体が不気味です。本来、どこの国でもそうですが、アメリカも徹頭徹尾、自国の国益のためにしか動きません。
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アメリカや中国、ロシアは国益によっては裏で手を結ぶ
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  たとえば、大東亜戦争が終わる直前のヤルタ会談などでソ連の参戦が決まり、それが今の北方領土問題の原点になっているわけです。その一方で韓国が竹島を占領した(李承晩政権)時も、アメリカの意図的な黙認あるいは何らかの後押しがあってやらせた可能性があるのです。なぜなら日本がまた朝鮮半島と団結して強くなれば、アメリカにとってそれこそ何のために、米国の若者たちが日本兵と死闘を演じて死んでいったかわからなくなります。
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  このように分断して統治する方法は、アメリカに限らず世界中の大国がやってきたことです。つまりアメリカは何の躊躇もなく、当時から今日にかけてもずっと、日本を必要以上に強くさせない方針を維持しているという、冷徹な現実があるのです。
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  1971年、キッシンジャーと周恩来が会談した時、北方領土や尖閣、竹島の帰属権が曖昧(あいまい)になっていることについて、周恩来が「あのようなグランドデザインを描いたのは誰ですか?」と尋ねたのに対し、キッシンジャーは「ダレス国務長官だ。あなたの古い友人だ」と答えています。
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  そして、その時そこで2人が合意したのは、もしこれ以上日本を経済的に成功させると、中華人民共和国だけでなくアメリカにとっても、大変なことになるだろうという共通認識でした。そのためには時にはアメリカと共産国中国が、共同で日本を封じ込めなければならないと合意しているのです。
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遅まきながら日本は他国と同様、
       自主防衛能力を強化しなければならない
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  そんなことも知らずに、アメリカは必ず日本を守ってくれるとか、尖閣有事の際にはアメリカ軍が一斉に出動してくれるとか、信じて疑わない日本人がまだまだ大勢いるということです。それがアメリカの国益にならないならば、アメリカ軍が出るわけはないのです。私はそうした多くの日本人の甘い期待が裏切られかねないことがわかっているので、口を酸っぱくして「日本よ、時間がないから、直ちに自主防衛能力を強化しなさい」と言っているのです。
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  当然、そのことを十分にわかっている日本人もだいぶ増えてきました。それは純粋にうれしいことです。その一方で彼らは、未だ日本はアメリカの属国であることに、どこか諦めのような感情を持っているのは残念なことです。たしかにアメリカ政府のエリートたちの中には、日本を属国か保護国だと思っている人も多いでしょう。しかし、そう思われてるからといって、日本人はがっかりする必要はありません。もっとヤンチャで、やりたいように言ってかまわないと思います。でも日本人は我慢強くおとなしいので、なかなか突き抜けたことは言いません。
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  そういう意味では、2016年に大ヒットした映画『シン・ゴジラ』は面白かったです。戦後に製作されたゴジラの第1作目では、ゴジラそのものが完全にアメリカという存在を意識したものでしたが、ここにきてゴジラはアメリカの暴力的な一面を現しており、それを解決する手段もまた同様に暴力的ではないかという認識を、日本人が持ち始めているのかもしれない。
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  つまり、アメリカが世界中で軍事力にまかせて強引なことやってきたからテロリストが増えたのに、その根本原因を探ることなく、今度はそれを何とかするために、対テロ戦争に各国を巻き込んでおり、「協調しなければ、お前らもテロ支援者だ」と決めつけるような、ここ数十年の制御不能なアメリカの強引さと自己矛盾をも、この映画は表現している気がしました。
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  戦後、日本は中東諸国と良好な関係を結んできたのに、1991年の湾岸戦争以来、それらの国々との付き合いが難しくなりました。それはアメリカが盛んに中東で戦争を展開したためであり、日本にも協力するように要請したからです。日本は大いに戸惑ったはずで、それが『シン・ゴジラ』を観ることでその感覚を追体験できる気がしました。日本には「泣く子と地頭には勝てない」という言葉があるそうですが、今では「泣く子とアメリカには勝てない」ということでしょう。
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  でも、いつの日にか、日本人はこの感覚を克服すべきです。
  日本に強くなってもらわないと、アジア太平洋は共産主義国中国のものになってしまいます。もはやアメリカ単独では無理なのです。そのことをアメリカ人も理解する必要があるし、沖縄や南西諸島を狙われている日本人にとっては、もはや待ったなしの喫緊(きっきん)の課題となっているのです。
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          『ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人』
             ケント・ギルバート著 PHP新書 1107(840)
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                          抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、公けにされていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。侵害とお考えの際は、いつでも削除しますので、コメント欄にてお知らせください。ありがとうございます。
 

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