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・今ここに生きる霊的な意味

こんな人は宇宙とつながりにくい
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  ストレスフルな現代社会を生きる私たちにとって、グラウンディングやセンタリングが大切だというお話(省略)をしました。でも本来はどうなのかというと、女性は女性であるというだけで、すでに大地とつながっているのです。大地は女性なので、お互い女性同士でフラストレーションがありません。つまり、異質なものを受け入れないといけないという違和感がないのです。
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  眠っている時でも、女性にはマザーアース(母なる地球)のエネルギーがどんどん豊富に入って来ます。だから女性は生命力が圧倒的に強いのです。でも男性は違います。男性は女性と関わることによってマザーアースにアクセスすることを学びます。ただし先住民族は代々、男女ともにマザーアースに関わらないと生き延びることが出来ない生活様式なので、そういう男性たちは今でも、マザーアースと非常に近い形で暮らしています。
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  でも通常の文明社会や先進社会で生きている男性たちにはそれは難しく、しかも母親との関係性が悪いと、男性は自立するのがすごく遅れたり、発育発達にも問題が出ます。それはマザーアースのエネルギーをうまく受け取れないからなのです。
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  宇宙とのつながりについては、地球は宇宙の一部であり、宇宙には男性性と女性性のエネルギー量に差がないので、男女差というものはありません。むしろ宇宙とつながるには、どちらかというと理性やロジック(論理)が必要です。つまり情報の海である宇宙とうまくアクセスするには、コンピューターの0と1のバリエーションで出来ているようなロジックでないと、なかなかつながりません。感性だけで生きているような人は、逆につながりにくいのです。
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  本当はフェアなはずですが、男性であれ女性であれ、感性だけが強くてあまり論理的でないような人は宇宙とつながりにくいと思います。瞑想だけで宇宙とつながろうとするのも難しいです。
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  宇宙とつながっているか、そうでないかは、「自分は地球人である前に宇宙の一員である」という意識があるかどうかでわかります。そういう意識があると、魂の計画通りにいきます。つまり本来の自分の生き方になって、葛藤がなくなるのです。でもそうではなく、地球とだけつながっていると、葛藤が生じる場合があります。大地のエネルギーは得られるけれど、本来の自分の目的が果たせなくなることがあり得るのです。
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  マザーアースは非常に受容性の高い惑星です。
  その人が本来の生き方から外れていることがわかっていても、その上で「どうしてもそうしたいなら、気がつくまでやってごらん」と見守っているのです。
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人はどうしてこう不安を好むのだろう
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  不思議なことに、ポジティヴなアイディアとネガティブなアイディアがあったら、ネガティブなほうを選ぶ人のほうが絶対的に多いです。そのほうが安心できるらしいのです。要は、幸せが逃げてしまうことを心配するのが嫌なのでしょう。そういう人は過去を振り返って反省するか、未来に不安を抱くかのどちらかで、「今」がどうかというのが全くないのです。
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池川 明: 講演会などで、自分の魂と会話するワークというのをやっていますが、「自分の魂に聞くと、自分に都合のいい答えしか来ないので私は会話できませんでした」という人が何人もいました。それで、「都合のいい答えだと何か不都合でもあるのですか?」と聞くと、「ないです」と言うのですが、人に言われた不都合のほうを信じてしまうのです。
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  これは子供の時から、親や先生の言う通りにすればいいと洗脳されているせいでは、と思います。結局、自分らしさを発揮すると怒られるというのがしみついており、自分というものがないからで、他人から「いい子だ」とほめられるのがうれしいからなのでしょう。
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  親や先生の言う通りにするとほめられる、そういう報酬系の神経回路を小さいうちから断続的に(脳で)発火させて行くと、報酬としてドーパミンが出ます。その中毒性はすごく強力で、結局そこに依存しているのです。そのように人の言いなりになる人が大量に生きていて、しかもぬるま湯的なものをみんなが好んでいます。
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  幸せになるとそれがいつまで続くか不安になったり、人に嫉妬されはしないかと心配し、妬まれないように不幸せを演じていると、それが癖になって本当に不幸せになります。誰もがみんな、人からほめられて、好かれて、支持されたい報酬系を生きているので、人から批判されることを嫌うのです。
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  思い切り不幸だと、それもまた疫病神のように思われて嫌われるので、そこそこ不幸で、ぬるま湯的な人生を演じているほうが安心できるのです。でも不幸を演じていると、本当に不幸になってしまいますよ。
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     病院でのお年寄りの病気自慢や、苦労自慢もそうです。あれも面白い光景です。「私の方がもっとひどい」とか張り合っているのです。人の苦労は他人も聞きたがるからですが、でもそういうことで病院のスターになるのも寂しいものです。そこそこのマイナスをよしとしてしまうのは、本来の感覚が鈍っている証拠とも言えます。
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今が楽しく、快適であるためには
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  心地よく瞑想しようとしても、「今」にいることができないと、どうしても心地良い瞑想にはなりません。でも「今にいよう」とか、「うまく瞑想しよう」と思っても難しいので、「気持ちよくしよう」と考えるのがコツです。呼吸法などもそうですが、「深くしなければ」と思ってしまうと、とたんに緊張してしまいます。しかも頑張ると胸式呼吸になってしまうので、自分にとって心地よいと感じられる呼吸法をすればいいのです。「今、気持ちいいかな?」と自分に問いかけてあげるのがコツです。
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  子育てで忙しく、パートなどしているお母さんたちに、私はよく次のような話をします。「家事も仕事も子育ても放棄するわけにいかないので、お母さんたちには逃れる場所がないですよね。でも今、本当に自分がこれをしたいかしたくないかを、やりながらでいいから考える必要はあると思います。
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  本当はやりたくないと思いながら、イヤイヤ作るご飯は必ずまずくなります。それが当たり前になってしまうと、子供にもよくないですよね。ですから今日は私は本当に疲れていてご飯作りたくないと思ったら、「ごめんね、今日は店屋ものにするね」と言ってしまえばいいのです。
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  義務としてやらなければならないと思わずに、子供が小さいうちから、「親も1人の人間なんだ、人としてのスペースをお互いに守り合わなければいけない」という教育をやって行くといいと思います。
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  私は、自分の3人の子供を育てる時にこんなことをしていました。
  「お母さんの営業は夜8時まで」と決めて、そう宣言したのです。子供たちは最初は何のことかわからなかったようですが、お風呂に入れて歯磨きもさせて、子供たちがいつでも寝られる状態にして、その時間になると、営業時間の終了を知らせるために「蛍の光」を歌って、子供を自分の部屋に入れ、私も自分の部屋に入りました。
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  そうすると子供は解放感いっぱいになって、やりたい放題でした。朝起きると、冷蔵庫のドアが全開になっていたり、しまってあったジュースが全部飲み干されていたこともありました。それでもめげずに続けると、子供たちはだんだんわかってきます。ジュースの飲み過ぎはお腹を壊すとか、お母さんがいつも「これをやってはいけない」と言っていたのは、やったら痛い思いをするからなんだなとか、子供なりに理解して、それぞれ落ち着いていきました。
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  寝てしまう子は寝てしまうし、起きている子は勝手に静かにお絵かきしたりして時間を過ごすようになります。下の子は普段は兄に貸してもらえないおもちゃで存分遊んだりと、それぞれが自由な時間を楽しんでいたようです。子供は疲れていれば、起きていろと言っても絶対に寝ます。寝かしつけは親にとってもすごくストレスになるので、必要ないのではと思います。誰かがお腹が痛いときや、ケガをした時などは「お母さん」が復活しますが、それ以外は「どうぞご自由に」でした。
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  もちろん、最初は忍耐が必要です。
  ある朝起きたら、床一面に米がぶちまけられていたこともありました。子供たちが米びつのバーを押して中身をザーッと全部出し、それをお玉ですくってふりまいたり、やりたい放題楽しんだ後だったのです。そんな状態ではお弁当を作るどころではないので、「全員今日は休み! 一緒にこれを片付ける!」と号令をかけて、みんなで片付けました。
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  そんなふうにフレキシブルに対応して、母親と子供、お互いの人としての領域を意識させる生活を続けた結果、みんな枠にはまらない、とんでもない子になりました。でも、自分で人生を考える子になりました。私自身も親の義務としてイヤイヤ何かをすることはなく、楽しみながら子育てができたと思います。
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  「今、自分は気持ちいいか」「今、本当にこれがしたいか」と、このことをあなたも自分に問いかけながら生きる習慣にしてください。
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池川 明: (まとめ)本当に幸せに生きるためには、まず物質的価値観から解放されるように意識を変えることが必要だという、サアラさんの言葉にはまったく同感です。どんな状況であっても、自分が幸せと思えば幸せ。そこに気づけるかどうかなのでしょう。もし自分が幸せかどうかわからなくなっているなら、感情のコントロールに努め、魂にアクセスしやすい意識状態を作り出すことから始めるといいようです。
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  それに役立つものの一つとして、瞑想が上げられています。サアラさんの的を射た解説で、魂のありようと瞑想の関係がよく理解できました。瞑想については、FOTTO TVの番組でより詳しく語られているので、興味のある方はそちらを視聴してください。
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瞑想については、FOTTO TV のサアラチャンネル(有料)で。     
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サアラさんと池川先生のトーク動画は、無料でご覧になれます。
 http://www.fottotv.com/ikegawa-saarahat-secret-talk
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おわりに
   今ここに生きる霊的な意味
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  池川先生とお目にかかったのは、FOTTO TVの番組を、お互いに持たせていただいているご縁でした。初めて先生とお会いした時に、同席させていただいた私の夫の、「先生の明確なご質問は素晴らしい」「同じ疑問を持っていても、知るチャンスのない人が世の中にはたくさんいるはずだ」、という発言から今回の本の出版に至りました。
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  実は、その夫は9月1日に他界いたしました。
  今月の出来事です。あまりにあっという間の出来事で、私は今でも冗談かと思ってしまうくらいです。思えばもともと、私がFOTTO TVさんと出会ったのも主人の紹介でした。私の死生観はこの本をお読みいただいて、少しご理解いただけたかと思います。
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  そのような私にとりましても、主人の死にはやはり耐え難い寂しさを感じ、涙が出ない日はありません。特に私たちは、毎日ほぼ24時間に近いほど一緒におりましたから、生前には彼のいない人生も、現実も、想像することができませんでした。
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  しかし一方では、彼自身にとってはもちろんのこと、私にとってさえも、彼の魂による「死」という選択は完璧なものであったと理解しています。つまり私にこのことが理解でき、納得が行くまで、彼は旅立つのを待っていてくれたのです。私がなぜ彼の死に納得できたのか、与えていただいた紙面の中で全てを語ることはできませんが、この本が出版されるタイミングは完璧でしたね。この本の編集をしてくださった佐藤様も、そこは同意してくださることでしょう。
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  彼の魂は大胆に、「死」という選択をすることで最大の表現をしたかったのです。そして「死」は誰にとっても新たなチャンスを選択することであり、また魂が一つの旅を終えて、帰るべき世界に戻ることを許された祝福すべきことです。
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  夫は魂の意図をくみ取り、人としての自分の力を出し切るために、どんなに辛くても病院に行くことを拒みました。そんな夫と私は8月6日の夜、不思議に神聖な空気が部屋を包み込む中、お互いにとって最も神聖な決断をしました。明日の朝までに奇跡が起きなければ病院に行こう。苦しむ夫にとっても、一瞬たりとも目を離せずに看病する私にとっても、ここが限界だと明確に答えが出たからです。翌日の朝、救急車で病院に搬送され、そのまま集中治療室に入りました。
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  8月29日、彼の意識はすでに肉体を離れていました。
  突然、お香の臭いがして、マントラが聞こえ始め、私は彼がこの次元にはない「ヒマラヤ僧院」と呼ばれる世界にいることに気づきました。これは一般的なルートではありませんが、彼のとてつもなく古いマスターソウルを思えば当然かもしれません。僧院では通常アストラル界のリハビリセンターで行われるようなことを、別の形で受けていました。
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  そして3日後の9月1日に亡くなりましたが、今でも私は彼とコンタクトすることができます。亡くなって3日後、「幽界を通ったの?」と聞くと、「通らないよ。意外と簡単にこっちに来れた。あなたのおかげだ」と。さらに、「(旅立つ際には)見送る側にずい分ウエイトがかかることだよ」と。彼曰く、「(旅立つ人を前に、)見送る側が引き留めないこと、そして愛情深く祝福して、亡くなって行く人の魂の選択に全てを委ねることが大切だ」、と教えてくれました。
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  そしてもう一つ、旅立つ人の行く手を阻まないためにも、残された人たちが力強く生きていくためにも、すべての魂はここに潜在する可能性の一部を担っていて、自由な経験を許されていることを受け入れることも重要です。人としてはどんなに無念で、若くしての死であっても、別れ難い相手の死であっても、魂にとっては深い意味があり、明確な選択の結果であると理解し、受け入れようとすることで未来は変わるのです。
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  私は夫の死によって絆(きずな)が深まり、未来の可能性が大きく広がったことに気づきました。彼は私に「予想外の可能性」という素晴らしい財産を残してくれたのです。人はいつか必ずここから旅立ちます。だからこそ、ここに生きることの霊的意味を理解することが大切なのではないでしょうか。
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  この本を通して出会うことのできた皆さんに、心から感謝するとともに、皆さんの人生に素晴らしい可能性が展開することを心からお祈りします。
       2017年9月28日             Saarahat
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         『「あの世」の本当のしくみ』 サアラ7・池川 明 大和出版
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                       抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に、隠されている、あまり知られていない、あるいは「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をご希望の際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
 
 
 

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