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・自分という「内なる神」以外に神を創ってはならない

  心から自分を高めたいと願う真の学習者たちに、十分に理解してもらいたいのが、「願い」についてである。願いの伴わぬ行動では、創造力の熟練や次元上昇を遂げることはできない。向上する願いがなければそれは不可能だからだ。覚えておいてほしい。すべての建設的な願いはあなた方の中にある”行動する神”だ。それがなければすべては顕在化するわけがない。「顕在化」とは、内なる神が実現を望んで初めて実現するものである。
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  「願う」行為は、推進力であり拡大する動きだ。
  それは生命そのものの性質とも言えるため、それなしでは存在しない。生命は永遠の活動であり、その活動を支えるのが「建設的な願い」である。だが真の願いと、単なる人間の欲求とは区別しなければならない。両者は「光」と「闇」ほどにかけ離れた性質のものだ。欲求は感情の経験によるエネルギーの蓄積に過ぎず、感覚器官に根付いた習慣の産物だ。
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  何らかの願いがない限り、生命は発展も表現もできない。
  よって何かを行なう際には、自分の動機が何に基づいているかを常に意識する必要がある。学習者は警戒する姿勢を崩すべきではない。自分の感情、行動の理由に厳しいくらいの誠実さが求められる。自分では理性に基づいて行動していると思い込んでいても、実際には自分の感情を満たすためにしている場合が少なくない。
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  ほとんどの人類が未だに、知覚だけに頼って生きている。
  彼らの人生の90パーセント以上を感情が支配しており、理性がコントロールする余地はない。内なる神やマスターたちの導きを受けることなく、物理的な欲求だけを重視して行動するのはそのためである。
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  学習者が自分の感情体を認識するようになり、内なる”アイアム”の愛と叡智、力で完全にコントロールできるようになるまでは、「真の自由」に向けて進歩することは永久にできず、自らに対する信頼も得られることはない。”大いなるアイ・アム・プレゼンス”(自分は在る)(is be)は、自らの力を感情体に蓄える。生命を司る内なる神の完全な計画を果たせるかどうかは、感情体に蓄えられたエネルギーに左右される。
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  自分の感情を抑えることや、それを平和的に用いることを拒み、感情を野放しにしたまま抵抗もしなくなると、その者は自分自身の精神や肉体だけでなく、自分を取り巻く世界を破壊する方向へ向かう。法則では、人間によって発せられた不和の思考や感情は、それがどんなものであってもまず、創り出した者の脳と体を振動させることになっている。つまり外界、宇宙に到達するよりも先に自身が刺激されるわけだ。
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  外に出ていったネガティブな思考や感情は、一回りした後あなたという創造主の元へと戻る旅を始める。だが帰路では同じ性質のものを引き寄せ、集めながら帰って来るために、外へ放った時よりもよりネガティブが増大した状態となっている。これが宇宙の法則であり、不変の真理である。
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  中には何世紀にもわたり、何度も転生を繰り返しながら、わずかの進歩しか見られぬ者もいる。その者の外的自己が強情すぎるためだ。だがそのような人間も、人生の浪費や物事の現実ぶりに疲弊すると、”内なるアイ・アム・プレゼンス”(内なる神)を呼び求めるようになる。

  そうなると、その時からあらゆる障壁が取り除かれ、その者の内に宿った偉大な光が、より完璧な表現をするために本領を発揮し始める。そして最終的には熟練したマスターへの道を歩み始める。
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  これから奉仕とは何かの説明をするが、この言葉は誤って理解されている。多くの人が奉仕だと思い込んでいるさまざまな活動は、実は本当の奉仕ではなく、自分や他者の思考が生み出した創造物への屈従である。そういった肉体レベルの自己満足に浸るだけの行為は、過去も現在も未来も奉仕にはなり得ない。なぜならそれは人間の創造物に隷属し、低い次元で堂々巡りをするだけだからだ。
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  だからこそあなた方には、奉仕に対する認識をここで一新してもらいたい。率直に言うと、「奉仕」とはあなた方が思っているようなものではないからだ。人間1人ひとりにとって最初の真の奉仕とは、”内に宿る偉大な神”を賛美し、敬うことに尽きる。他者に奉仕する際に、この愛と叡智、エネルギーの源である”内なる至高の存在”への意識が欠けると、確実にその活動は失敗する。
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  奉仕の精神に満ち、他者への奉仕を強く願う者も、内なる”至高の存在”への無関心からその奉仕は失敗に終わる。つまり、唯一の真の奉仕とは、あなたの内に宿る”偉大なるマスターなる自分”をしっかり認識し、外的意識を”内なる存在”で満たすことにある。
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  その状態で日々の活動を行なうならば、わざわざ奉仕を考えなくとも、あなたの活動のすべては自然に、内なる神への完全な奉仕となるだろう。そうなった者を導くのは”内なる偉大なマスター”であり、あなたの行動は必然的に完璧さを極めるようになる。
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  人間の外的自己が完全に覚醒しないうちは、自分の能力を他者に自慢したり、虚栄心が強くなる時期があり、自分でもそのことに気づかない。だがそうした行為がネガティブを引き寄せ、それが原因となって外的自己が何らかの打撃や痛手を受け、やがて自分に対する内なる自覚の時が訪れる。そこで初めて、これまで気づかなかった、あるいは意図的に避け続けて来た”内なるエネルギーの源”を探し求めるようになる。
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  だがあなた方がそうしたことに気づくまで、”内に宿る偉大なマスターであるエネルギー”が、あなたの選択に介入することはない。それは、神のエネルギーである人間の「自由意志」を尊重するからである。人間が”内なる偉大なエネルギー”を受け入れると、その力は喜んで顕在化するようになる。なぜなら我々が喜べば喜ぶほど、我々の願いは受け入れられ、何事も素早く顕在化するようになるからである。
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  我々にとって”内なるアイ・アム・プレゼンス”(is-be)(在るもの)の存在を認めることは、従うべき命令であり、拒否できないものである。それはあなたの外的自己の殻が完全に取り払われ、自分自身に本来備わっている力を見出すまで、ねばり強く長期的に実践していくしかない。
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  人間の顕在意識・外的自己は、自分というあらゆるエネルギーが、”内なる偉大な力”から来ていることを理解ぜず、ゆえにそのエネルギーをどのように使用すべきかも重視しない。だが奉仕への願いが、”内なる偉大な力”に対する受容と配慮にかけるべき時間を奪うようであってはならない。何よりも自分自身が、正しい奉仕をしていると自覚できることが重要である。真の奉仕はそれに尽きる。
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  内なる”アイ・アム・プレゼンス””is-be””在るもの”は、「わたし以外の神を創ってはならない」と繰り返し告げているが、これはあらゆることに応用された『法則の神髄』である。(”至高のエネルギー”という内なる神以外に、外に神を創ってはならない)
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              『マジック・プレゼンス』   ゴッドフリー・レイ・キング著
                             ナチュラルスピリット
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                             抜粋
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――多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
                                     zeranium
 
 
 

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