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・自然界に宿る「霊的存在たち」

スピリッツ(自然界の霊的存在)と幽霊の違い
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   ここで、特に日本人が誤解している点について述べておこう。これまでの説明で幽霊の話はほぼ出てこなかった。だが日本人なら、お墓や仏壇、非物質的存在とくれば”幽霊”を連想するだろう。しかし私はあくまで”スピリッツ”として説明してきた。
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   スピリッツというのは天界にいる神様でも天使でもない。彼らは人間と同じようにこの世界に住んでいるが、肉体を持たないため、普通は人間の目には物理的に見えない存在である。そして幽霊も、天界ではなくこの世界におり、肉体を持たず、人間の目には物理的に見えない存在である。ではスピリッツと幽霊では何が違うのだろうか。何か特色があるのか。
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   スピリッツというのは、輪廻転生のサイクルから外れている(霊的)存在である。そのためスピリッツは、人間の魂のように生まれ変ったりしない。つまり何百年、何千年とこの世界に住んでいる。そしてお墓の章でも説明したように、スピリッツを怒らせると、人間を病気にさせるくらいの力がある。彼らスピリッツは、”人間の現実世界に直接、物理的影響を及ぼすことができる存在”なのだ。(略)
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   幽霊とは、輪廻転生の輪の中にいる人間の魂である。肉体というのはあくまで魂の器のことである。だが本来の寿命よりも早く、肉体が滅んでしまった場合、魂は肉体という器がないまま、次の世界からお迎えがやって来る日を待たねばならない。しかし生きている間に、死後のことを何も学ばず、正しく知らないために、どうしていいかわからず、ただとまどっている者たちが多い。この存在を”幽霊”と呼んでいるのだ。だが幽霊には、”現実世界に物理的影響を及ぼすほどの力はない”。
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   ではここから体験談も交えてより詳しく説明していこう。
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お墓、仏壇、神棚のスピリッツ
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   まずはスピリッツについて説明しよう。
これまで述べてきたように、お墓や仏壇だけでなく神棚にスピリッツが宿りやすい。これは一体何を表しているのだろうか。
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   お墓にスピリッツが宿りやすい主な理由は、スピリッツが多く存在する豊かな自然の中にお墓が建っている場合が多く、しかもスピリッツの好む自然の石などを使っていることにある。さらに人間が墓参りで花や食物等を供えることが多い。これはスピリッツからすると好条件の場所である。
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   自然界に存在するスピリッツの中には力のあるものもおり、そうしたスピリッツが宿る場合も多い。一般的に人々は知らないが、一家庭が所有する土地の範囲と、スピリッツの土地の縄張りは異なる。そして各土地にはスピリッツの長(おさ)がおり、縄張り内に長の配下であるスピリッツ達がいる。よって自然界ほど、スピリッツたちの縄張り意識が強くなるために、自然に近い場所にあるお墓に宿るスピリッツは、縄張り意識の強いことが多い。
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   そのため、スピリッツの宿った墓石を、他の場所に移動させたりすると問題が起きる可能性が高い。ましてやスピリッツの住みかとなっている墓石を壊すようなことをすると、大変な怒りをスピリッツから「かう」ことになる。
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   ところで墓石とは違い、仏壇や神棚は家の中にある。なのになぜスピリッツはわざわざ家の中にやって来るのか。その答えはお墓と共通する。日本では神棚よりも仏壇の方が多く、しかも死者と結びついた考え方のため、毎日のように線香を焚いたり、食べ物を供えたりする人が多い。日々お経を唱える人もいるだろう。つまり、毎日毎日そのようなことをやっていると、『ここに居れば毎日食べ物をくれて、拝んでくれて大事にされる』と、か弱く幼いスピリッツが宿る場合がある。
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   だが一方で、人間が仏壇の前で死者をしのんで毎日泣いて暮らせば、仏壇にバッドエナジー(悪い気、エネルギー)が溜まり、そこに住むスピリッツにも悪影響を与えることになるので要注意だ。仏壇の章で説明したが、本来、”仏壇とは何をする場であるか”を、日本人はもっと理解しなければならない。
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   家の中の神棚にもスピリッツが宿る場合があるが、家の中に来るスピリッツは自然界のスピリッツと比べてとてもか弱い。仏壇、神棚ともに同じことが言えるが、高尚なスピリッツというのは、欲深い生活を送る一般家庭の中には宿らない。一般家庭の仏壇や神棚に宿っているスピリッツは、か弱くて幼い存在がほとんどで、私はそれ以外には今まで見たことがない。
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   日本の一般的な神棚はお社(やしろ)があって榊(さかき)や水、米、お神酒(おみき)をお供えするが、ほとんどが天井近くの高い位置にあることから、毎日お供えをしてお世話している人は少ない。このためか、私が見てきた限り、一般家庭の仏壇と神棚とでは、仏壇の方がよりスピリッツが住んでいることが多かった。
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   そして日本人は、仏壇と神棚の前では意識が異なる。仏壇の前では、暗く後ろ向きなことが多く、神棚の前では、欲深く前向きな意識である。そしてその意識に見合ったレベルのスピリッツを呼び込むことになるので、注意が必要だ。
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   仏壇や神棚に住むスピリッツは、お世話をされている間は人間に好意的である。時には願い事が叶うこともあるだろう。
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  仏壇に願ったら、願いが叶った。
   「きっと亡くなった父が私の願いを聞いてくれたんです」
  神棚に祈ったら、願いが叶った。
   「必死で祈ったから、神様が僕の願いを聞いてくれたんだ」
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  違う! それらは全てスピリッツの仕業である。
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スピリッツの大きさ
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   スピリッツというのは宿る対象に応じて大きさを変える。大きな木ならその大きさで、小さな花ならその花に乗れるくらいの大きさだ。川の水に宿っている場合、水の流れに沿うように長かったり、山のような大きさの巨人もいれば、小石と一緒に踏んでしまいそうな小さな小人たちもいる。墓石なら墓石の大きさに、仏壇ならそこに住めるくらいの大きさになる。
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   スピリッツは霊的な存在なので、宿る対象の大きさによって変化が可能なのだ。以前、実際に巨人のようなスピリッツが憑いている人を見つけ、スワミに頼み、手に乗るくらいの小さい丸い石に移してもらい、持ち歩いていたこともあった。彼らは一瞬で移動し、一瞬で宿る。
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スピリッツの種類
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   スピリッツの種類はさまざまである。
   スピリッツを大きく分類すると、ルーシー、エンティティ、バッドスピリッツなどに分かれる。ルーシーというのは、本来なら天界の高いレベルにふさわしい魂だが、天界を選ばず、あえて徳を積むためにこの世に留まっている存在である。例えば過去における歴史的に有名な大聖者と言われる魂などは、死んで神になるのではなくこの世に留まり、肉体を持って生きる現世の聖者たちに力を貸し、人々を助けている。
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   スワミには高い位のル―シーがついている。だからスワミのヒーリングは、人間であるスワミの力で治しているわけではない。ルーシーの力を借りてヒーリングを行なっているのだ。病院から見放された末期がん患者の癌が治ったり、歩けない人が歩けるようになったり、目が見えなかった人が見えるようになったりと、人間の常識の世界ではあり得ないことが起こる。そうした奇跡は、人間の常識外にある”ルーシーの力”を借りているから起こる現象なのだ。
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エンティティ(霊的存在)
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   土地や水、火や空気など、自然界に宿るスピリッツを”エンティティ”という。エンティティもさまざまである。
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花に宿る妖精
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   人間が妖精、フェアリーと呼ぶ存在は、自然の中でも主に花に宿っているエンティティ(存在)のことだ。花に宿るエンティティはとても純粋でか弱い。花の妖精フェアリーというと、皆が連想するのは、背中に羽のついた小さな愛らしい少女が、花の周りを飛んでいるという感じだろうか。実際のフェアリーの姿を見た時、私はこう思った。「うわ、蚊みたい」 美しい夢を壊して申し訳ないが、存在が小さくか弱すぎて、エンティティの世界でいうと虫のような存在である。
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   私は昔、フィリピンのジャングルで行われていた”魔法学校”に入学した。魔法学校の授業の一環としてフェアリーの観察が行なわれた。その時、フェアリーはとてもか弱い光を途絶えることなく放っていた。この光は物理的に見ることができる。フェアリーは青い小さな光を放ちながら飛んでいる。蛍(ほたる)の光は点滅するが、フェアリーの光はっずっと点灯しているのだ。
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   魔法学校の1人の先生が、私の手の平にフェアリーを乗せてくれた。最初、蚊を乗せられたかと思ったが、集中してよく視ると小さな人型をしていた。この時の体験から私はフェアリーを視る感覚を覚え、日本でもよくフェアリーを視るようになった。私が視てきた限り、フェアリーは草ではなく花に宿っている。(なぜ草には宿らないのだろう?)と不思議に思っていたが、ある日その謎が解けた。
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   私はスワミと一緒に、ある家を訪問した。
   私はひとり庭に出てフェアリーたちと話をしていた。すると後からスワミが庭にやって来た。するとこの時、フェアリーだけでなく、か弱いスピリッツ達も一斉に逃げ出したのだ。スワミの存在感はとてつもなく大きく、か弱いスピリッツ達からすると、何もされていなくとも恐ろしいのだ。
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   フェアリーの動きを注意深く観察すると、花から花へと逃げていた。そして(なるほど!)と気づいたことがあった。つまり、人間は草は平気で踏んで歩くが、咲いている花をわざわざ上から踏みつけて歩く人はまずいない。スピリッツ達からすると恐ろしいスワミも、花は踏まないように歩いている。フェアリーが花に宿るのは、ただ花が好きなだけかと思っていたが、踏まれないよう自分の身を守る一つの知恵なのかもしれない。
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木や岩に宿るエンティティ(霊的存在)
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   すでに述べたように、人間が木の精霊と呼ぶ存在は木に宿るスピリッツのことであり、地のエンティティのことだ。彼らは妖精よりももっと力が強い。その木に強烈な存在が宿っていると、人間が木を切り倒した場合、災いを起こして人間を殺したりすることもできる。樹齢数百年以上という古木や、自然の中の古い岩などには、強いエンティティが宿ることが多く、災いを怖れて人間はそれを御神木、御神岩などと呼び大切にしている。だが、決して木や岩そのものに力があるわけではなく、それらを住みかとするスピリッツの力によって、様々なことが起きているわけである。
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   だが御神木、御神岩として祀られている木や岩に、必ずしもエンティティが宿っているわけではない。写真のご神木とご神岩には人間に好意的なエンティティが宿っている。神社内の木や岩に宿るスピリッツは、わりと人間に好意的なエンティティが多い。(P.94~98を参照)
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   気をつけなければならないのは、人がほとんど行かないような自然の中や木や岩に宿るエンティティである。人間が足を踏み入れない自然界に宿るエンティティは、力も圧倒的に強い。もしもそのようなエンティティを怒らせてしまえば、大変な被害に見舞われることになる。
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   自然界に宿るエンティティは人間に関心が低い。だから人間が故意にエンティティの領域を荒らさない限りは、被害も出にくい。しかし注意するべきことは、人間の側に悪気がなくとも、彼らとは価値観が異なるエンティティを怒らせることがあるということ。木は切らないように触らないように気をつけることもできる。だが人間は木よりは岩に対する意識が低い。むやみに腰かけたり、山の岩を持ち帰らない方が賢明である。
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   山のふもとで小さな祠(ほこら)を多々見かける。それぞれの山にはその山に宿るエンティティの領域があり、ふもとの祠には門番を務めるエンティティが宿っていることがある。もし山に入る時に祠を見かけたら、手を合わせて「これからこの山に入らせて頂きます。もし気づかずに失礼がありましたら、どうぞお許しください」と、一言挨拶すると良いだろう。
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巨人
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   高い木々が生い茂る森林や山には、巨人が住んでいることがある。巨人は何体か見たが、私が視た限りでも巨人にもいろいろ種類があった、全身毛に覆われた巨人、手足の長い巨人、頭にコブのある巨人、鬼の姿の巨人と姿はさまざまであった。巨人は力は強いが、知能が少し低いようだった。丸い石に移して所有していた巨人も知能が低く、何かしてもらうにも何度も説明が必要だった。私の思うように巨人を動かせずイライラすることもあったが、これはスピリッツ同士の間でも同じらしく、利口なスピリッツが頭の悪い巨人にイラついていたのを見たことがあった。
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   巨人が憑いている人はたまに見かける。巨人が憑いている人をエクソシズムする(憑いている霊を祓う)場合には、巨人の影響が強く出て、人間とは思えない力で暴れることが多々ある。魔法学校でスワミが女性患者のエクソシズムをしている時、彼女が突然暴れ出し、4人の男性が彼女を押さえつけていたが、4人を同時に5メートルほど吹っ飛ばした。その4人は、1人は空手の師範、一人は元陸自の特殊部隊、一人はヒマラヤのガイド、1人は190センチある大男であった。
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小人
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   小人が憑いている人間は、手足が異常にやせ細ったり、多動症のように落ち着きがなくなったり、精神的に不安定になりやすい。特に子供に憑いているのをよく見かける。また声が小さくか弱くなる。多動症の子供を視ると小人が原因の場合が多かった。
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   小人は、樹齢数百年の立派な太い木や古くて大きな岩よりも、その辺の木や岩、石の周辺をウロウロしているので、家の木を切ったり、山の石を持ち帰ったりするだけで、運悪く小人が憑いてしまう場合がある。また、人間の目に見えないために、登山中や、家の庭で踏みつけてしまい、小人を怒らせることが多い。
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   山や森林など自然界の物をむやみに傷つけたり、持ち帰ってはいけないのはもちろんことで、木や岩のある庭付きの古い家は、小人などエンティティの問題が起こりやすい。特に、広い庭であまり人間が手入れをしていないような鬱蒼(うっそう)とした庭は、何らかのエンティティが住んでいる可能性が高い。
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水に宿るエンティティ
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   水に宿るエンティティ(存在)もたくさん見たが、これもいろいろ種類があった。灰色でドロドロと上から泥が溶けているような姿や、灰色や茶色でビラビラとしたヒラメのような姿であったり、丸くプックリしたゼリー状の姿などが多かった。水のスピリッツの中でも最も知能があり、影響力が強いのは、見た目が河童(かっぱ)のような人型のエンティティである。
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   井戸や池に住まうスピリッツは水のエンティティだ。水のエンティティは人間の価値観からすると、雰囲気も見た目もおどろおどろしく不気味な感じだ。だが人間への影響力が非常に強いため、私は水のエンティティとはなるべく直接は会話せず、別のスピリッツに水のエンティティのことを聞く方法を取っている。
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   昔から井戸や池など、そうした水にまつわる物を埋めたりすると、一家全滅するほどの悲劇が起こる場合がある。それは水のエンティティを怒らせてしまったからだ。この対策は大変に難しい。彼らからすれば自分の家を突然壊されてしまったことになる。知能も力もずば抜けた水のエンティティの怒りは容易には静まらない。だから「井戸を埋めて、空気穴を開けた」程度のことで、水のスピリッツが許してくれようはずがないのだ。
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空のスピリッツであるエンティティ(霊的存在)
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   空には空のエンティティ(存在)がいる。私は何度かUFOを目撃したことがあるが、UFOを見たことのある人は少なくないはずだ。私のところにも何人も「こんな形のUFOを見た」「宇宙人に会ったことがある」などという相談があった。ちなみに私が視たのは、色は白くて円盤状であり、一定の場所で八の字に動いていた。当時の私はもっと身近な怪奇現象に日々悩まされていたので、遠い空に浮かぶUFOなど、自分の身に被害が及ばないものには全く興味がなかった。
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   その後、私は様々な奇跡現象を体験し、偉大な多くの先生方から貴重な叡智を授かった。学びが深まったことで、”UFOは空のエンティティ”(スピリッツ)であることがわかった。つまり空のスピリッツたちがそのような姿で物質化し、こちらに見せているだけなのだ。”そういった姿をとって人間に見せているエンティティがいる”ということなのだ。
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   「UFOは宇宙人の乗り物」と多くの人たちが勝手に思い込んでいる。しかし真実はUFO現象も空のスピリッツたちの悪戯(いたずら)だ。「UFOの中から宇宙人が出て来るのを見た!」という人もいる。だが多くの場合、それはまさにエンティティたちの姿に過ぎない。すなわち昔で言えば、”河童(かっぱ)”と同様の現象である。
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      ――先祖の霊など宿っていない
               『墓と仏壇の本当の話』 ウズメ著 ヒカルランド
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                           抜粋
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。。。多くの方々の著書や文章から掲載させて頂いています。
   私は基本的に「誰もが知るべき真実」は、まだ知らない人々に伝えなければならないと考えています。その意味で、新たな情報、真実と考える物を掲載させて頂いています。削除をお望みの際は、コメント欄にてお知らせください。いつでも削除致します。掲載させて頂き、ありがとうございます。
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                                             zeranium

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