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・日本人の知らない「八百万(やおよろず)の神」

   祟りを起こすと言われる”怨霊(おんりょう)”というのは(人間の)霊ではなく、スピリッツが怒っている状態のことである。祟りが起こったと言われる場所に行ってみると、そこにいるのは霊ではなく、怒り狂ったスピリッツがいる。前述の子供の幽霊とバッドスピリッツの合体などは非常に珍しい例だ。
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   バッドスピリッツのことを「いわゆる悪魔のことだ」と説明すると、日本人は祟りを起こす悪霊と勘違いするかもしれないが、まったく違う。バッドスピリッツの目的は、最終的には人間の魂の成長を阻害し、堕落させることである。そのために真理や法を学ぶことを邪魔する。
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   賢く知的なバッドスピリッツは、人間にとって都合の良いこと、つまり”欲望を満たすこと”を与える。よって人々はより多くの欲望と煩悩の中に入っていく。こうして魂を堕落させる。暴力的なバッドスピリッツは事故や病を人々に与え、学ぶ機会や体力を奪う。これは人々が思っている”祟り”とは少し異なるだろう。では人間が祟りと呼んでいるものは実際にはどういうことなのか、身近な話を挙げる。
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   ある時、私は1人でドライヴしていたが、道を間違えてしまい、途中の店の駐車場で車の方向転換をしていると、突然、車がガクンッ!と止まった。一瞬、車が壊れたのかと思った。だが周りを見渡した時、原因を発見した。そして(あぁ、またか)と私は溜息をついた。
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   その店の横に大きな木の切り株があった。それは切り株を土台として上に板が置かれ、テーブルとして利用されていた。切り株には落書きまでされていた。だがこの木にはスピリッツが宿っていた。スピリッツは私に話しかけてきた。それによると、もともとの木に宿るスピリッツは店の人を攻撃することもなく、仲良く暮らしていたつもりだったが、人間の方はそうは思っておらず、ある日、店の横にある木が邪魔になり、木を切ってしまったという。
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   そして上に板を載せて机にし、物置きにしているという。この扱いにスピリッツが憤慨した。そして彼らの話がわかる私がたまたま通りかかったので、自分の話を聞いてもらうために車を止めたのだった。(うん、うん、怒るのは分かるんだけど、見知らぬ私がいきなり店の人に、「あの木が怒っていますよ」とは言えないでしょう。頭のおかしい人だと思われるだけで、人間の側から依頼されないと私も動けないのよ)とスピリッツに説明して、その場を後にした。
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   薄情に思われるかもしれないが、こういったことは私にとって日常茶飯事であり、きりがないのだ。この話から知ってもらいたいことは、力のあるスピリッツというのは、その気になれば”走っている車でも止められるほどの力がある”という点だ。言い換えれば”交通事故に遭わせて人間を殺すことも簡単にできる”のである。
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   このように人々は知らないうちに、スピリッツ達を怒らせる行動をとっている場合がある。その結果、彼らは人々を攻撃して来るのだ。そして人々は原因がわからないままに、不都合なことが続くので何かの”祟り”ではないかと思うようになる。
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   再度述べるが、単なる幽霊すなわち”死者の魂”はこのような力を持つことはない。死者や、ましてや先祖の霊が”祟る”ということはないのである。しかし、ただ一つだけ死者の魂が関与する場合がある。恨み、執着、等々を強く抱いたまま肉体を離れた人の魂をバッドスピリッツが取り込み、人の魂の悪念に呼応してバッドスピリッツが行動した場合、死者の意志を受け継いだ”祟り”が発生することがある。
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自殺者の魂
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   自殺したくなるほど辛い時というのは、人生において誰にでもある。”自殺したい”というのは(自殺すれば現状から逃れられる)、あるいは(死んだら今より楽になれる)と思っているからだろう。だがそれは死後の世界を知らない、無知から来る勝手な思い込みである。では、ある自殺者の魂の話をしよう。
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   「息子が自殺した相談で父親が来る。息子の魂がどこにいるか探すのを手伝いなさい」とスワミから連絡が入った。子供が自殺した親にはこれまで何人も会っている。父親の相談を受け、スワミが魂の救済の儀式を始めた。私は後ろで、(自殺した息子の魂の居場所を教えてください)と祈り、深く瞑想した。
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   頭の中に映像が映し出される。
   橋がかかっている。橋の下の向かって左側が石壁になっており、その近くの地面に息子の魂がいた!
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   その場所を拡大して視ると、そこには楕円状の真っ黒い非物理的な塊りがあった。その黒い塊りの右側に二つの小さな赤い光がある。そこに息子の意識がかすかにあった。赤い光は息子の両目のようだった。黒く大きな醜い塊りに、息子の魂が取り込まれている。これはバッドスピリッツに魂が食べられてしまった状態を示している。
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   わずかに息子の意識が残っていたので、声をかける。
   「お父さん来てるよ」。すると反応はあったが言葉ではなく、恨みの意識が返ってきた。(これ以上やると私がヤバイな)と思い、映像を切った。
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   ちょうどその頃、儀式が終り、スワミによると「残念ながらバッドスピリッツに食べられて、息子の魂はもういない」という話だった。私は映像で見た場所を詳しく説明すると、父親が「そこは自殺した場所だと思います」と言い、自殺現場の写真を見せてくれた。そこが私が視た映像と同じ場所だった。この場所で息子の魂は、すでに真っ黒な塊りに取り込まれてしまっていることを説明した。スワミいわく「チャオカンナイウェイ(後述)の影響で自殺したのだろう」という話だった。
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   自殺者というのは死ぬ間際に、辛い、苦しい、悲しい、憎い、などの強い想念を持ちながら死ぬ。そのような魂はバッドスピリッツから見るとごちそうであり、否定的な強い想念がバッドスピリッツを呼び寄せ、食べられてしまう可能性が非常に高い。そうなってしまうと、死後の世界からお迎えが来ても行けず、輪廻転生の輪から外れてしまう。そして自分という意識は無くなり、バッドスピリッツの一部となる。
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お墓と仏壇に幽霊がいる理由
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   何の疑問も持たず、「死んだ者やご先祖様の魂は仏壇の位牌に宿り、お墓に眠っている」と本気で思っている人々がいるだろう。だが仏壇やお墓を所有してはいるが、先祖や故人の魂がそこに宿っているとすることに疑問を持っている人の方が、実は多数派なのである。ただ彼らは表立っては、そのことを口に出して言わないだけだ。つまり実際には、仏壇やお墓に故人の魂が宿ると信じている人は非常に少ない。しかも真実はどうなのかわからないながら、深く追求することもない。
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   だが私がこれまで見てきた限り、日本では確かに仏壇前やお墓周辺に幽霊が多いことも事実である。それはなぜなのか? 
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   これまで日本人は文化や風習などの共通認識により、(死後、魂は仏壇に宿る)とか、(人は死んだらお墓で眠る)などの思い込みを自分に形成する。その結果、死後、肉体を離れた時、どうしていいかわからず、とりあえず生きていた時の思い込みに従い、仏壇やお墓へ行くことになる。
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   すでに述べたが、亡くなってもまだ肉体が焼かれていない場合は、魂は遺体からあまり離れない。しかも嘆き悲しむ親族たちと一緒に、本人も自分の葬式に参加している。肉体が焼かれてしまった後は、自分の墓に納骨されるのを親族と一緒に見届ける。家族が墓に向かって声をかけるので、そこに居なければいけない気持ちになる。墓や仏壇の認識が薄い魂は、死後も自分の部屋やお気に入りの場所にいることが多い。
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   また事故死した場合は、ショックでわけが分からずその事故現場に留まる場合もあり、家族もなく長い入院の末、病院で病死した場合は、病院が自分の居場所と思っており、死後も病院に留まっている場合もある。
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   ただ、何処にいたとしても、その人の本当の寿命が来て、死後の世界からお迎えがやって来た後は、魂はその場からいなくなる。よって最終的に、家の仏壇や墓に永遠に先祖や故人の魂が居るということはない。「いやご先祖や故人はずっと仏壇や墓にいる」というのであれば、あなたのご先祖たちは永遠にどこにも行けず、お迎えも来ず、次なる輪廻転生もできず、ゆえに何の成長進歩もできない可哀想な魂だ、ということになる。
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神社に神はいない
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   日本人は目に見えない存在のことを、ひとくくりに全て”神”だと思ってきた。しかし日本の神社にいて力を発揮しているのは、神ではない。それはその土地に住む”スピリッツ(自然界の自然霊的存在)”である。スピリッツの中には酒を好む者や、肉、魚を好むスピリッツが多くいる。供物を捧げている人が、神に捧げているつもりでも、実際はスピリッツたちの好物を捧げているのであり、神ではなくスピリッツとの関係性を作っているのである。
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   また、必ずしも神社にスピリッツがいるわけでもない。私が視て来た限り、本殿や拝殿にスピリッツが宿っている神社は、宮司の信仰心が強く、ご神体のお世話をとてもよくしている。専任の宮司(ぐうじ)がいない神社ではスピリッツは境内(けいだい)の祠(ほこら)や岩、木に宿っていることが多い。
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   スピリッツは人間に影響を及ぼせるほどの力がある。そのため、神社で人間が失礼なことをして神社に宿るスピリッツを怒らせると、災いが来る可能性がある。これを、人間が「神の祟り」だと言っているのである。
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   一方で神社に足しげく通い、参拝しているとスピリッツに注目され、願いが叶うかもしれない。人間はこれを「神様が自分の願いを叶えて下さった! 神の恵みだ」と思う。人間が神社にお賽銭をしただけで、神が本当に願いを叶えてくれるだろうか。神の存在とはどういうことなのか、そしてスピリッツの存在など、真の儀式の意味を知らない日本人は、すべてを混同して考えている。
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   古代日本では、土や水、風、火など全てのもの、森羅万象に八百万(やおよろず)の神が宿ると信じていた。しかしそれらは自然に住むスピリッツやエンティティのことである。つまり真の知識や学びが足りないために目に見えない存在のことを全て「神様が」と言ったり、幽霊とか「霊障だ」と思っている。
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   本来、神聖な存在は人間のすることにいちいち干渉しないものである。日本はそうした意味で、真の叡智、真理から非常に遠い国であると言わざるを得ない。
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     ――先祖の霊など宿っていない
          『墓と仏壇の本当の話』 ウズメ著 ヒカルランド
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                       抜粋

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