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・日本のエンティティ(自然に住む霊的存在)

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   高い位では龍の姿だが、本当の龍は人間が行けるような場所にはいない。神社で龍神を祀(まつ)っている場所には、白い蛇の姿をしたエンティティ(霊的存在)をよく見かける。白蛇のエンティテイは力があるので、良い関係性を築けるならば、人間にとって都合の良いことが起きやすい。しかし怒らせると大変に執念深いので、龍神系の神社への参拝は失礼がないように注意しなくてはいけない。
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   以前、私は龍神を祀っている神社に参拝に行くことになり、念のため水の龍神の力の神聖物を身に着けて出かけた。神社に着いて本殿を見たが、何のスピリッツも宿っていなかった。そして帰ろうとした時だった。本殿ではなく、本殿の横の祠(ほこら)に、小さく細い白蛇のエンティティが宿っていることに気が付いた。
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   姿は白蛇だが、まだ幼く力の弱いエンティティだった。私は腰を下ろし、「こんにちわ」と声をかけた、。私が神聖物を身に着けていたからか、その白蛇のエンティティは少し戸惑い気味に見え、「何故ここにいるの?」と言った。「今日はここへ参拝に来たんです。もう帰りますね」と挨拶してすぐに帰った。
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   龍神系の神社に住む蛇のエンティティは、たとえ幼くとも妖精や小人(こびと)などよりも力があり、怒らせるとしつこいので、私はある程度の距離を保ち接するようにしている。それは稲荷(いなり)系の神社も同様である。稲荷系の神社も力のあるエンティティ(霊的存在)が住んでいる場合があり、関係性を築くと人間に都合の良いことが起きやすい。だがエンティティの性質が独特なので、やみくもに深入りしたり、怒らせるようなことをすると、その被害は計り知れないほど大きくなる。
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日本のエンティティ(霊的存在)
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   日本でいう山の怪、木の怪、水の怪、雪の怪、動物の怪などの”妖怪”は、まさに日本のエンティティのことである。烏(カラス)天狗、河童(カッパ)、海坊主、雪男、雪女、猫又、座敷童子(ざしきわらし)、等々はお伽(とぎ)話ではなく、大昔から実際にそういった霊的存在に遭遇した人達の体験から、そのような話が生まれたのだ。
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   ”ご神木を切ってはいけない””むやみに花を踏みつけてはいけない””川の水を汚してはいけない””山のものを持ち帰ってはいけない”等、どこかで聞いたことがないだろうか。
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   日本では昔から”森羅万象に神が宿っている”と信じられて来た。至る所に八百万(やおよろず)の神々がおられると信じ、祠を建て豊穣を祈って手を合わせてきた。それは神ではない。つまり至る所に霊的存在であるスピリッツ達が宿っているのである。
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      本当の神聖な存在は彼らよりは遥かに次元が上の存在なので、人間と同じ次元、空間にはおらず、また人間に興味もない。つまり、日本人が「神の恩恵だ!」「神の祟りだ!」と思っていることのほとんどは、実はそうしたスピリッツたちが起こしている現象なのである。
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   田んぼの中にある祠(ほこら)の写真(P.105~106)を撮るため、私はその祠の近くまで行った。だが祠は木の枠組みだけで、何かを祀っているわけではなかった。中に宿る対象を置いていないため、祠は田んぼに住む小さな妖精たちの集会場のようになっていた。
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   森林を切り開いた時、死人が多数出ることがある。それはスピリッツが宿っていた木を伐(き)ってしまい、エンティティ(霊的存在)の怒りをかったことが原因の場合が多い。しかし田畑をつぶして死者が多数出た話はあまり聞かない。
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      スピリッツ側のことを考えると少し可哀想な話になるが、田畑に住む小さなエンティティ達は人間に居場所を奪われても、その場から逃げることしかできない。田畑にいるエンティティはか弱く小さな存在であり、人間に災いを与えるほどの力はないからだ。
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   (写真の)伐られた柿の木の前に祠が建っている。祠を視るとエンティティがいた。話を聞いてみると、もともとは祠の後ろの柿の木に宿っていたというが、木を伐られることがわかり祠に移ったそうだ。祠には大きな存在が宿っているわけではなく、周辺の柿の木に宿るエンティティたちが、祠を拠り所として出入りしているようだった。
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   だがエンティティのことが分かっていても、怒らせてしまうことがある。ある日、私はスワミと数人の仲間とで山の中の洞窟に向かうことになった。危険がないようにと、朝の瞑想の時、神聖な存在に「先に分かることがあれば教えてください」と祈った。すると『その山は多くのエンティティが住んでいる。エンティティが宿っている木に触らないように』と教えてもらった。
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   登山中、仲間たちが木に紐を結び、帰りに迷わないように目印を付けていることを知った。そして私にはその一つの木に、エンティティが宿っているのが分かった。だが仲間たちが息切れしながら必死でその作業をして来ているのを見て、私は言いづらくなり、何も言わずにその場を後にしたのだった。
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      それを知っていたエンティティ達は私を非難したが、無視して山を登った。その後私は道中、2回足を滑らせて転び、足と腰を痛めた。家に帰ってからも、夜夢の中で誰かにずっと責められ、毎朝疲れて目が覚めた。
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   私はスワミに事情を説明した。そして後日、同じ山に行った時、エンティティの宿る木に結んだままになっていた紐をカッターで切り、非礼を謝った。こういう場合、何も分からずに紐を結んだ人よりも、わかっているのに無視した私の方が責任を問われる。私は強力に守られているので、エンティティの怒りをかっても、転んで身体を少し傷める程度で済んでいるが、守りの弱い人間がエンティティを本気で怒らせた場合、とてつもない災難に見舞われるだろう。
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バッドスピリッツ
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   バッドスピリッツというのは、いわゆる悪魔のことだ。悪魔だ、天使だというと映画の中の話だと思うかもしれないが、そうではない。厳然たる事実として彼らは存在している。バッドスピリッツは人間の欲望が大好物で、人間の欲望を増やす手伝いをし、最終的には肉体が滅んだ時に魂を食べようと待ち構えている存在だ。
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   欲望の強い人はバッドエナジー(悪い気)に包まれており、バッドスピリッツから見るとても美味しそうに見える。もし死後にバッドスピリッツに食べられてしまうと、死後に行くべき場所には行けなくなる。すなわち、無理やり輪廻転生の輪から引き離されるのだ。
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   日本は物資が豊かで物欲にまみれ、バッドスピリッツがとても多い国だ。大都会は人口が多く、欲望が渦巻くため、バッドスピリッツが沢山いるので要注意である。特に東京は欲望の塊りの場所であり、ニューヨークと並び、世界有数のバッドスピリッツの巣窟である。
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バッドエナジーとバッドスピリッツの違い
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  ”バッドエナジー”というのは、”悪い気の塊(かたまり)”であり、一般的には物理的に目に見えないものだが、そこには意識というものはない。例えば、腐ったミカンがバッドスピリッツだとすると、バッドエナジーは腐ったミカンが発する腐敗臭のようなものだ。
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   私には、バッドエナジーは黒い煙のように見える。私はスワミのように、個人の内臓までは透視できないが、だいたい患者の身体の悪い箇所にはバッドエナジーが溜まっているので、その悪い箇所が黒く見える。スワミのヒーリングの助手をしている際によくあることだが、心臓の悪い人は心臓の辺りにバッドエナジーが溜まっており、心臓の辺りが黒く見える。脳の一部に損傷がある人は、その箇所から湯気のように黒い煙が噴き出している。
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   スワミはヒーリングの際、瞬間的に深い瞑想状態に入り、その人の身体の中に入って行き、深く精密な診断を出す。「心臓のこの部分に穴が開いているから、それをヒーリングでまず塞ぐ」「頭のこの部分の神経が切れているから、まずこことここの神経を繋ぐ」 こうして患者の容態と真の原因を見極め、最適なヒーリングを行なう。
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   人間だけではなく、汚い物や汚い場所にもバッドエナジーは溜まる。廃墟だけではなく、人が住んでいる家でも掃除をしない汚い家や、長く放置された汚い納屋などには、大量のバッドエナジーが溜まっている。
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   よく建物を壊したことで人が病気になることがあるが、非物理的世界のことが原因ならば、二通りのことが考えられる。一つは建物にスピリッツが住んでいたので、怒って攻撃して来た場合。もう一つは、その場に溜まっていた大量のバッドエナジーを浴びたことだ。建物を壊すと、その場に蓄積していたバッドエナジー(悪い気)が外に溢れ出す。
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   つまり大量のバッドエナジーを浴びたことで、一時的に精神状態が悪くなったり、病人の場合は持病が悪化する場合がある。例えれば、臭(くさい)匂いを嗅ぐと、気分が悪くなる」のと似ている。しかし悪い気を浴びただけなら、綺麗に掃除して、風呂に入って体を洗い流せばほとんど問題はない。
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   ただ注意するべきは、本人がバッドエナジーを発生させるような原因を抱えていないかどうかである。掃除をしない、ゴミを捨てない、洗濯もしない、身なりも汚ない。考え方は欲深く、嫉妬深くと、悪い気を発生し続けていれば、バッドスピリッツが『こいつは美味しそうだ!』と寄って来るだろう。
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   悪い考え、特に物欲や嫉妬、妬みの強い人は、頭の周りが黒い煙で覆われている。バッドスピリッツの影響下にある人は、身体的に悪くなくとも、全身が真っ黒な煙(けむり)に覆われているように私には見える。
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   この場合、エクソシズム(憑依霊を追い出す)でバッドスピリッツを追い払っても、本人が考え方を変えて生き方を改めない限り、また新たなバッドスピリッツを呼び寄せるので、何度行なっても同じである。実際にバッドスピリッツの強い影響下にある人は、考え方や生き方を変えるのが困難だ。
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   その場では改心した言葉を放っても、(病気になればまたヒーリングしてもらえばいい)とか、(またエクソシズムしてもらえばいい)という恩知らずで、自分勝手な考えが根底にあるので、こういう人は同じことを繰り返す。
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   これはヒーリングやエクソシズムをとても軽んじることであり、スワミを通して行われる神聖な存在が起こす奇跡を馬鹿にする行為である。だが、同じ過ちを犯した人には、二度目のヒーリングやエクソシズムを受ける機会は恵まれず、縁が切れて終わった、という状況も数多く見てきた。
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      ヒーリングやエクソシズムで病いを完治することはできても、その後の考え方や生き方を変えることができなければ、何も変わらない。他人は自分を変えてはくれず、自分を変えるのは結局、自分自身でしかない。
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         ――先祖の霊など宿っていない
              『 墓と仏壇の本当の話』」 ウズメ著 ヒカルランド
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                            抜粋
 

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